世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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喜劇 駅前競馬

前回、映画「ぶっつけ本番」のコラムを書く前に、この作品の予備知識を得ようと、ネットで検索した結果、意外な収穫があって、作品評はそっちのけで、作品の時代背景について、つい熱中して書いてしまいました。

いえいえ、そのことについて反省しているわけではなくて、むしろ「収穫 その2」があるので、そのことを書いておこうと思っています。

実は、このコラムを書く前に、この作品が公開された1958年という年の「キネマ旬報ベスト10」をチラ見しました。

まあ、当時の批評家が、評価を含めてどんなふうにこの作品を見ていたか、その距離感というか、空気感みたいなものを知りたいと思ったのが動機です。

結果は、こうでした。

1 楢山節考(木下恵介)
2 隠し砦の三悪人(黒澤明)
3 彼岸花(小津安二郎)
4 炎上(市川崑)
5 裸の太陽(家城巳代治)
6 夜の鼓(今井正)
7 無法松の一生(稲垣浩)
8 張込み(野村芳太郎)
9 裸の大将(堀川弘通)
10 巨人と玩具(増村保造)

なるほどね、ここまでが、ベスト10圏内の作品ですか。

さすがに、映画「ぶっつけ本番」が圏内に入っているとは最初から思っていませんでしたが、それにしてもお約束のとおり、ベスト10といえば、やはり、名実ともに「ベスト10監督」に相応しい名匠・巨匠がずらりとランクされているわけですが(「なにをいまさら」という当然すぎる話ですが)、しかし、もし仮に、ここに、軽妙洒脱な異色作「ぶっつけ本番」がランクインしていたら、ずいぶん面白いだろうなとチラッと思ったりしました。

べつに、偏ったジャンル(「社会問題」とか「政治的陰謀の暗示された事件」)にこだわった作品や、「深刻さと重厚さと悲壮感」ばかりの「見せかけ」だけ整えた作品が必ずしも優れた映画とは思わないし、むしろ、コメディやエログロに徹した映画の中にも傑出した映画はたくさんあることをいままで学んできた(「思い知った」といった方が相応しいかも)わけで、強引な演出力で最初からグイグイ映画の中に引き込んでくれる、たとえば山中貞雄作品のような、いわば、映画の本質を瞬時に分からせてしまうような映画を、自分的には、ずっと待ち続けながら、日々映画を見漁っているような気がします。

しかし、やはり結果的には、この時代特有の「もっともらしい深刻さと重厚さ」を過大評価する「時代の囚われ」から自由でいられた映画批評家など、ただの一人もいないのだということは、この1958年のベスト10の場合だってなんら変わらないのだということが、すぐに分かりました。

いつの時代でも、評価されるのは、「それ(真実)」ではなく、「それっぽい(深刻ぶった)」作品や人なのであって、鑑識眼が脆弱なら、見極めの基準として「深刻さと重厚さと悲壮感」を頼りにでもすれば、それほど低劣な評価の失敗を世に晒さなくて済むというわけなのかもしれません、やれやれ、結局、今も昔も(右も左も、ですが)映画批評家なんて、やっぱり「右向け右」の人種といわれても仕方ないのかもしれませんね、痛感しました。

さて、わが異色作「ぶっつけ本番」が、ベスト10内に見当たらないので、仕方なく視野を広げて(「下げて」です)少しずつカウントダウンしてみることにしました。

そして、ようやく「19位」に「ぶっつけ本番」を見つけました(しかし、思っていたより高評価でした)、その間の順位は以下の通りです。

11 陽のあたる坂道(田坂具隆)
12 鰯雲(成瀬己喜男)
13 一粒の麦(吉村公三郎)
14 白蛇伝(薮下泰司)
15 赤い陣羽織(山本薩夫)
16 悪女の季節(渋谷実)
17 蛍火(五所平之助)
18 つづり方兄妹(久松静児)
19 ぶっつけ本番(佐伯幸三)
20 谷川岳の記録・遭難(高村武次)


とありました。そして、このベスト10を紹介しているサイトのなかで、合わせて「有名人のベスト10」という記事も併載してありました、面白いのでちょっと紹介しますね。

その「有名人」というのは、安部公房、武田泰淳、花田清輝、淀川長治の4名ですが、安部公房だけは、「洋画」のみを選出対象としているので、この際は除外しなければなりません。


それではまず、武田泰淳から。

1 彼岸花
2 夜の鼓
3 楢山節考
4 裸の大将
5 赤い陣羽織
6 無法松の一生
7 白蛇伝
8 隠し砦の三悪人
9 張込み
10 森と湖のまつり

まあ、取り立てて奇抜さも特徴もなく、「ごくフツウじゃん」という感じです。
それにしても「森と湖のまつり」(泰淳の原作です)があって、「炎上」を入れてないのは、なんだか三島由紀夫に対するジェラシーと思われても仕方ないかもしれませんね。
いかに内田吐夢の力作とはいえ、「森と湖のまつり」と「炎上」では、最初から優劣が明らかにされているわけで(遠慮がちの「10位」という位置づけも、なんだかその辺を自認しているような)、それをどう転倒させてみたところで、世間の人は「奇抜」とは見てくれないと思いますが。

つぎに、淀川長治です。

1 炎上
2 楢山節考
3 彼岸花
4 隠し砦の三悪人
5 杏っ子
6 白蛇伝
7 結婚のすべて
8 紅の翼
9 裸の太陽
10 無法松の一生

こちらは、「ジェラシー」がない分、「公式のベスト10」に接近し、より一層堅実な印象を受けてしまいます。
逆に言えば、映画紹介者としてのバランス感覚に満ちた「公式的見解」に寄り添った、平均点的な大人しい「ベスト10」という感じがしますが、しかし、すでに「公式ベスト10」というものが存在する以上、面白味がまるでない(邦画を面白がろうともしていない)姿勢みたいなものを感じます。「杏っ子」を除いてはね。

そして、最後の花田清輝、見た途端ぶっ飛びました、なんと「ぶっつけ本番」を第4位にランクしているではありませんか、実に驚きです。批評家など皆「せいぜい右向け右の人種だ」などと悪口をいった手前、赤面する思いで「花田ベスト10」をじっくりと眺めました。

以下が、そのベスト10です。

1 張込み
2 炎上
3 夜の鼓
4 ぶっつけ本番
5 隠し砦の三悪人
6 若い獣
7 巨人と玩具
8 大菩薩峠・第二部
9 裸の大将
10 鰯雲

なるほどね、自己主張が、「しっかり見える」力強い印象を与えるベスト10だと思いました。

そして、続いて花田清輝の「選評」(そう言っていいですよね)が紹介されていたので、ちょっと引用させてもらいますね。

≪一般的にいってこの種の行事の選者たちには、ほかの芸術の領域においても同じことだが、大家とかなんとかいわれる人の作品を選ぶ傾向がある。私は次の時代をになう人たちの作品に注目し、一貫してそれらを見てきた。その結果比較的未熟であっても、未来への可能性をもっている作品を選んでみたのである。

決定をみて、ちょっと感じられるのは、こういう選者たちの傾向として、比較的最近封切られた作品が印象に残り、それを推してしまうということである。文学などと違って、たやすく読み返しができぬという映画の特殊性があるとはいえ、いささか不満である。≫


なるほど、なるほど。

「大家・時系列」偏重説ですか、自分がうだうだ言ったことをズバリと言われて、ますます顔が赤らみました。

そして、このサイトの管理者のコメントが続きます。

≪「ほほう、ちょっと個性を感じる10本ですね。当時若手の野村芳太郎の『張込み』を1位に挙げ、石原慎太郎が初監督した『若い獣』まで入れてます」

「若い世代を積極的に評価したい、と主張する花田は翌年の1959年度では、大島渚のデビュー作『愛と希望の街』を6位に推している。キネ旬ベスト・テンでこの作品に票を投じたのは二人だけだったから、大島はとても感激したそうです」≫

この文中、「翌年の1959年度では、大島渚のデビュー作『愛と希望の街』を6位に推している。キネ旬ベスト・テンでこの作品に票を投じたのは二人だけだったから、大島はとても感激したそうだ」とあるのに注目しました。

「愛と希望の街」を翌年に撮り、その次の年には、いよいよ「青春残酷物語」を撮って松竹の看板監督の地位に一気に駆け上る(背景には従来の松竹作品『大船調』の低迷と不振があります)、そういう年だったんですね、この年は。

この時期の勢いを得た大島渚の気負った顔がありありと見えるようです。

半裸の桑野みゆきを、これもまた裸の川津祐介が、思い切り張り倒す、張り倒された女の苦痛に歪んだ顔の大写しが描かれた煽情的な宣伝ポスターに、まるで煽られたかのように大衆は雲霞のごとく映画館に押し寄せました。いままで楚々としたメロドラマ調に慣らされてきた松竹映画ファンには恐ろしくショッキングな驚天動地の「事件」だったと思います。

そのときの小津監督のコメントがあります、「これからも松竹は、筏の上でズロースを干すような映画を作るつもりなのかね」

木下恵介「あの人たちの作ったものを見ているとまったく遣り切れない気持ちになるよ。僕の見た場面で、一人の男が豚のモツで顔を叩かれるというのがあったが、あの人たちはどうしたらお客を不愉快にできるかということに心を使っているのではないかと思った。暴力や愛欲シーンをどぎつく描かなければ、自分の意図が表現できないとすれば、それは演出が未熟だということになる。映画はやはり娯楽であり、美しさが必要だと私は信じている。」

そして、大島渚は、こう言います(木下さんの堕落は『二十四の瞳』以来のことと切って捨て)「いまの松竹は撮影所のスタッフを全部戦後派で固めること。百歩ゆずっても、小津安二郎、渋谷実、野村芳太郎以外の戦前派監督はいらない」とまで言い切っています、木下恵介への痛烈な批判です。

ステージ上で野坂昭如と殴り合った大島渚のあの傲岸不遜は、なにもあれが最初というわけではなく、遠く松竹時代、監督としてスタートをきった時もそのまま「傲岸不遜」だったことは、これでよく分かりましたが、ただ、そのとき、不意にあるひとつのことを思い出しました。

以前、you tubeで、大島渚のナレーションで、日本映画の100年を振り返る「100 Years of Japanese Cinema (1995)」というドキュメンタリー映画を見たことがあります。

その中で、大島渚は、自分が映画界に入ったのは、木下恵介の「女の園」に衝撃を受けたからだと告白しています。

「二十四の瞳」と「女の園」、その作品に対する愛憎の落差のなかに「大島渚」という男の人間像が浮かび上がってくるような気がしますよね。

なんだか、雰囲気が盛り上がってきたので、自分もなにかコクりたい気分になってきました、佐伯幸三監督絡みで、ですが。

実は、リアルタイムで見た「喜劇駅前競馬」1966という作品があります。

競馬にハマッタお約束の面々が、例のドタバタを繰り広げる佳作ですが、その1シーン。

馬券を当てたフランキー堺が、恋人か女房(大空真弓が演じていました)にセーターを買ってあげようと、メジャーで胸を測って寸法をとるという場面です。

それまでに二人の雰囲気は、すでに熱々、相当にヒートアップしていて、ネチネチ・コチョコチョとてもあやしいムードになっています。

メジャーを胸に回され、くすぐったそうに身をくねらせる大空真弓のその悦楽の表情を楽しみながら、フランキー堺は、さらに乳首(薄いブラウスからはっきりと透けて突き出て見えてます)をメジャーで挟み、その柔らかさを楽しむみたいにコリコリと刺激し、妻は身もだえします、これってまるで「前技」です。
当時思春期真っ只中の自分は「これ」にはまいりました。

外の世界は、世情騒然たる時局にあって、暗い映画館の片隅でひとり、密やかな股間の高揚に戸惑っていた、これが自分の佐伯幸三体験の最初でした。

(1966東宝)監督・佐伯幸三、脚本・藤本義一、製作・佐藤一郎、金原文雄、音楽・松井八郎、撮影・村井博、編集・諏訪三千男、美術・小島基司、照明・今泉千仭、録音・原島俊男、スチル・橋山愈、
出演・森繁久彌(森田徳之助)、フランキー堺(坂井次郎)、伴淳三郎(伴野孫作)、三木のり平(松木三平)、山茶花究(山本久造)、藤田まこと(伴野馬太郎)、淡島千景(景子)、池内淳子(染子)、大空真弓(由美)、乙羽信子(駒江)、野川由美子(鹿子)、北あけみ(紙子)、稲吉靖(白馬)、松山英太郎(五郎)、藤江リカ(安子)、千葉信男(由在巡査)、館敬介(駒山)、三遊亭小金馬(ゲスト)、安藤孝子(安藤女史)、星美智子(しるこ屋の女将)、北浦昭義(若い警官)、島碩彌(アナウンサー)、渡辺正人(解説者)、
製作=東京映画 1966.10.29 7巻 2,483m カラー 東宝スコープ


≪参考≫
1.1958.07.12 喜劇 駅前旅館 豊田四郎
2.1961.08.13 喜劇 駅前団地 久松静児
3.1961.12.24 喜劇 駅前弁当 久松静児
4.1962.07.29 喜劇 駅前温泉 久松静児
5.1962.12.23 喜劇 駅前飯店 久松静児
6.1963.07.13 喜劇 駅前茶釜 久松静児
7.1964.01.15 喜劇 駅前女将 佐伯幸三
8.1964.06.11 喜劇 駅前怪談 佐伯幸三
9.1964.08.11 喜劇 駅前音頭 佐伯幸三
10.1964.10.31 喜劇 駅前天神 佐伯幸三
11.1965.01.15 喜劇 駅前医院 佐伯幸三
12.1965.07.04 喜劇 駅前金融 佐伯幸三
13.1965.10.31 喜劇 駅前大学 佐伯幸三
14.1966.01.15 喜劇 駅前弁天 佐伯幸三
15.1966.04.28 喜劇 駅前漫画 佐伯幸三
16.1966.08.14 喜劇 駅前番頭 佐伯幸三
17.1966.10.29 喜劇 駅前競馬 佐伯幸三
18.1967.01.14 喜劇 駅前満貫 佐伯幸三
19.1967.04.15 喜劇 駅前学園 井上和男
20.1967.09.02 喜劇 駅前探検 井上和男
21.1967.11.18 喜劇 駅前百年 豊田四郎
22.1968.02.14 喜劇 駅前開運 豊田四郎
23.1968.05.25 喜劇 駅前火山 山田達雄
24.1969.02.15 喜劇 駅前棧橋 杉江敏男



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# by sentence2307 | 2017-07-08 08:19 | 映画 | Comments(0)

ぶっつけ本番

昼過ぎから「半日出張」に出かける予定だった木曜日、たまたまその午前中に、以前から気になっていた佐伯幸三監督作品「ぶっつけ本番」1958が放映され、ようやく見る好機に恵まれました。

友人から推薦されて以来、意識しながら十数年ものあいだ、ずっと見る機会がなかったわけですから、この巡り合わせは、まさに「好機」といっても差し支えないと思います。

鑑賞前、ざっくりとした知識でも得ようかとネットで検索してみたのですが、その「ヒット」のあまりの少なさには、意外というよりも、ちょっと不吉なタジログものを感じました、「見る機会の少なさ」というものが、あるいは、こういうところにも象徴的に表れているのかなと、チラっと思ったりもしました。

それでも、だいたいの雰囲気を知る情報だけは得ることができました。

ざっとこんな感じです。

≪戦後の混乱期、ニュース・カメラマンとして活躍した松井久弥の、カメラマンとしての逞しく厳しい生涯を描いた異色作で、同僚の水野肇と小笠原基生の原作を笠原良三が脚色し、佐伯幸三が監督した。

終戦後、戦地から戻り、ニュース映画会社に復職した松木は、突撃的な事件カメラマンとして著名な数々の事件現場(下山事件、メーデー事件など)を迫真の映像でとらえて高い評価を受けたが、品川駅で引上げ列車を取材中に列車にひかれて殉職した。

作品には、随所に彼が撮った実写映像が挿入され、迫力ある戦後動乱期を回顧する歴史的ドキュメンタリーの趣きもある作品である。≫

そして、映画を見始めてすぐに松井久弥(劇中では「松木徹夫」です)の最初のスクープとなる下山事件・総裁轢断現場の激写のクダリで、あの綾瀬・北千住間の生々しい現場の実写映像が挿入されています、ああ、このフィルムも松本久弥の仕事だったのか、これなら確か熊井啓の「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」にも一瞬衝撃的に使われていたアレだなと気が付きました。

そこには、後進の多くの優れた映像作家たちの心を震わせる緊迫した冷然たる時間がそのまま切り取られたようなワンショットが写し込まれていました。

あるいは、「三鷹事件列車転覆」、「伊勢湾台風による大洪水」、「オイルタンカー火災」、「メーデーのデモ隊と警官の皇居前衝突」、「洞爺丸沈没」、「相模湖の内郷丸遭難」、「第五福竜丸の被爆者死去」など、それらどの事件の「迫真の映像」も、いささかも揺るぐことなく、それぞれに圧倒的な迫力で当時の緊迫した死の気配を臨場感をもって伝えています。

しかし、その迫力に満ちた映像が世評で高く評価されればされるほど、松木への同業者からの風当たりは強く、仲間内の申し合わせを無視する「抜け駆け野郎」と陰口をたたかれ、スクープ狙いのその孤高の突撃スタイルは、そのたびに同業者からの熾烈な批判に晒され続けていることも描かれています。

オイルタンカーの火災現場を、生命の危険を冒してまでスクープ撮影に成功した松木は、会社の幹部とともに意気揚々と試写に臨みます。

当然、迫力に満ちたそのスクープ映像を皆から称賛されるものと思っていた松木に、しかし、管理職や同僚からの非難が集中します。

「たったこれだけかね」と山田製作部長は松木に尋ねます。

「たったこれだけかって、600フィートも回したんですよ」と松木は部長の冷ややかな言葉を訝しく思いながら抗議します。

山田部長「これじゃ燃えている船が映っているだけで、客観性もなにもないじゃないか」とさらに指摘します。

小林製作課長「客観描写っていうのはな、人物を描き込むってことだよ。例えば、事故を見守る人たちとかね。これじゃ客観描写の欠落って言われても仕方ないぞ」

同僚「いくら松木でも、今度のやり方は反対だな。子供を危険に晒したり、巻き添えにして、燃えているオイルタンカーまで小舟を漕がせたそうじゃないか? そんなスクープ精神は、根本から間違っていると思わないか」

しかし、松木は、この身内からの非難の渦中にあるときでさえ「いまの俺には、ほかにはなにもできないから、この仕事に体を張るしかないんだ」と内心思っていたに違いない、と自分的には確信しています。

たしかに、映画では「そう」は、描いていません。いや、むしろ「逆」かもしれません。

ストーリー的にこの映画を追えば、松木は、人間味を欠いた「スクープ精神」を非難され、少し反省して、「孤児の親探し運動」の人間味あふれるニュース映画を撮り(この仕事で彼は実際に高い評価を得ています)、「改心」して人間的に「成長」したかのように描かれていますが、しかし、それはあくまで「映画」として話を整えただけなので、実際の松本久弥はどうだったかといえば、それは、ラストの「列車で轢死」という事実が証明しているように思えて仕方ありません。

松木は、相変わらずスプーク狙いのために、がつがつと、ひとりホームから線路に降り立ち、危険も顧みず、線路上を彷徨いながら、格好のアングルを探しているそのサナカに列車にひき殺されました。

そして、その直前、同じ取材をしている同業者から、またしても「抜け駆けするなよ」と皮肉を言われ、松木はそれを無視してやり過ごすというシーンも描き込まれています。

このラストは、松木という男のハングリーさが、最初から最後まで、なにひとつ変わっていなかったことを示している証左ではないかと思えて仕方ないのです。

サラリーマンなら、与えられた仕事をこなすだけで、自分の好みで「仕事」を選ぶことなど、とてもできるわけがないことくらい常識です。

その仕事の履歴をつなげて、それがあたかも人間的な成長の軌跡であるかのように描くこの行き方は、なんだか脚本の巧みなウソに嵌められたような嫌な違和感を覚えました。

この「自分の違和感」が、どこから始まったのか、この映画を少しずつ巻き戻しながら探してみました。

メーデーの皇居前騒乱の現場取材で大けがを負った夫・松木を気遣い、妻・久美子は病院で「いつまでもあんな危険な職場にいたら心配だ」と、不安を夫の上司に話す場面がありました。

そこで山田製作部長が「こりゃあ、なんとかせにゃあいかんな」と小林課長(佐野周二の好演がひかります)と話す場面があり、そのすぐあとに松木が、風物を撮る仕事(明らかに閑職です)に職場替えされて、刺激のない仕事に心底腐って、飽き飽きしている場面が描かれていますが、すぐに国会詰めの部署に回されて、紛糾する国会乱闘を夢中になって取材するという場面に続き、松木は改めて事件現場を取材する仕事の充実感を味わい、その喜びを嬉々として妻に話す場面に繋がっていきます。

事件取材ができる仕事の充実を嬉しそうに語る夫の笑顔を見ながら、妻は「あなたは、やっぱり、そういう仕事が好きなのね」、そして、「実は、自分が職場転換を会社にお願いしたのだ」と告白します、松木は激怒し、「自分が今までどんな気持ちで『風物』を撮っていたか、その気持ちがお前に分かるかと」と言い捨てて、家を飛び出す場面です。

ここで松木が怒るのも無理はありません、仲間が嬉しそうに事件取材に飛び回っているのを横目で見ながら、意に添わぬ「風鈴や金魚」を撮っていたわけですから、話の筋は十分に通っています。

しかし、彼がなぜ「国会詰め」(この仕事は明らか事件現場です)にこんなにも早く戻されたのかが不思議でした。

会社は、彼の身の安全や体の心配をしたから(奥さんからの申し出もありました)彼のことを気遣って「風物」に配転したのではなく、なにかの「ほとぼり」が覚めるまで事件現場から意識的に彼を遠ざけていただけなのではないか、という気がしてきました。仕事上のトラブルに巻き込まれたときなど、事態が沈静化するまで一時配転させる(時期がくれば戻すという前提です)ということなら、会社ではよくある話です。

TV業界に転職する仲間(親友・原もそのうちの一人です)の送別会のあとの二次会で、松木は小林課長に「自分の職場転換は、誰が指示したのか、妻が願ったからか」と問いただします。

「そんなわけないだろう。まさか会社が、奥さんの意見を入れて人事なんか動かすと思うか。君の職場転換を具申したのは自分だ」と小林課長は答えます。

驚いて「どうして」と松木が問い返すと、

小林課長は、「これから、TVの速報性にはかなわない時代がくる。君のニュースには迫力や驚きはあるが、感動がない。これからどういうものを撮ればいいか、自分でよく考えろ」と諭します。

ここで自分の職場転換が妻の希望だったのかという疑念は否定され、迫りくるTV時代に対抗するためにはどうすればいいのか考えろという話に(強引に)引き戻されます。

そう諭されて考え込む(かに見える)松木の描写に、自分の違和感は増幅しました。

それは、時代がどのように動こうと、松木がそんなものに捉われて仕事をしたことが、かつてあっただろうか、という思いからです。

彼は、事件現場にいち早く駆け付け、誰もが躊躇するような危険な場所に踏み込み、誰にも撮れない現場を激写した熱血漢です。

警察が張った規制線のさらに遥か後方から「あちらに見えるのが事件現場です」などととんでもない見当違いの場所から安全に中継するチャラチャラとダレきった愚劣なTV報道なんかとはワケが違う。

いまのTVにできることといえば、お笑い芸人の馬鹿笑いを3台のカメラで必死になって追いかけるくらいが関の山ですから。

どのような時代がこようと、誰よりも「踏み込んで撮る」姿勢で撮ってきた松木にとって、TV時代の到来など何ほどのことでもなかったはずです。

この男と、その仕事にとって、TVの隆盛は、果たしてそれほどの脅威だったのか。

どんな職場であろうと、身の危険を冒してでも、突撃取材することが、この男の仕事のやり方である以上、「TVとは、違った方法」など、最初からとるにたりないものだったと思います。

ですので、この一連のやり取りは、なんだかとてもおかしい、不自然と感じた所以です。

TVの速報性は、確かに「脅威」だったに違いありませんし、それに、入場料をとって見せるニュース映画に比べれば、ロハで見られるTVニュースの廉価性の脅威というのも確かにあったでしょう(しかし、この二つが、TVが芸術性から見放され、猥雑で無様な弱体とアンモラルな荒廃を招いたことも明らかで、このことはいつか機会があれば別のときに話したいと思います)。

しかし、当初から松木(松本久弥)が目指していたものが、そもそも速報性なんかでもなければ、「廉価」でもなかったのは明確です。

「下山事件の轢断現場」にしても、「三鷹事件列車転覆現場」や「伊勢湾台風出水現場」や「オイルタンカーの火災現場」や「メーデーのデモ隊と警官の皇居前衝突現場」にしても、また、「洞爺丸沈没」、「相模湖の内郷丸遭難事件」、「第五福竜丸の被爆者死去」など、そのどれをとっても、『君のニュースには迫力や驚きはあるが、感動がない。』の言葉が当て嵌まるとは思えません。

彼のニュースが多くの人々の気持ちを引きつけ捉えたのは、まさにその≪迫真の映像によって、驚きや感動≫を与えたからです。

そういえば、小林課長の「そんなわけないだろう。まさか会社が、奥さんの意見を入れて人事をすると思うか」も言わずもがなで、あまりに当然すぎて奇異な感じさえ受けます。

そして、その転換の理由が何かといえば、

「ニュースが記録と思っているうちはダメだ。本当のニュースキャメラマンになって欲しいんだ」という小林は、なんとも抽象的な理由しか述べていません(元々「ない」のだから、理由など述べられないというのが本当のところかもしれませんが。)。

そこで、ふたたび、松木の「風物撮影」への職場転換の話に戻しますね。

なぜ彼は「一時的」とはいえ、唐突な職場転換をさせられたのか、なんらかの差しさわりがあって、事件取材のセクションから、当分のあいだ遠ざけられたのではないか(会社ならよくある話です)という仮説を立ててみました。

このコメントを書き始める直前に行った「検索」で、映画「ぶっつけ本番」でヒットした事項が気抜けするくらい少なかったことを書きました。文頭に戻って読み返してみると、それを「意外というよりも、ちょっと不吉なタジログものを感じました」と表現しています、なんだか尋常じゃありません。

実は、その「数少ないヒット」のなかで、二つの記事に出会っています、それを紹介しておきますね。

少し長文の引用になるので、その引用文の最後につける予定にしている一文をここに書いておきますね、つい忘れてしまいそうなので。

≪なるほど、なるほど。それでたまたま飛んできた投石に当たって負傷したとしておく方が、すべてにわたって好都合だったと、こういうわけですね。これで、自分の疑問も氷解しました。≫


★引用(文中、松本久弥の名前を目立たせるために墨付きパーレンで囲いました。)

まず最初の引用です、昭和26年3月15日付けの「第010回国会 法務委員会 第10号」議事録となっています。
当日の議題は、3点「犯罪者予防更生法の一部を改正する法律案(内閣提出第五二号)」、「有限会社法の一部を改正する法律案(内閣提出第一〇〇号)」、「犯罪捜査及び人権擁護に関する件」で、その3つ目の「犯罪捜査及び人権擁護に関する件」の中でこんな質疑が交わされています。
「○上村委員 まず第一に、三月七日に東京都北区の朝鮮人学校において、その前に行われた朝鮮人の不当な捜査に対する事件真相発表演説会というものが持たれました。そのときに、朝鮮人の会合する者二千人、これに対して約三千の警官が参りまして、それを解散しようとしたのでありますが、その光景を写さんといたしまして、日本ニユースのカメラマンの【松本久彌君】がそこへ行つて撮影しておつたのでございます。ところがその撮影が当時の警官の気に入らぬために、そこで暴行を力えられ、右後頭部に非常に強烈な打撃を加えられて、鮮血淋漓たる状態になつて昏倒したのでございます。この事実を一体法務府ではお調べになつておりますか。お調べになつたとすれば、暴行を加えた警官の人たちを取調べておるかどうか、そういう点について詳細の御説明を願いたいのであります。
(中略)
○上村委員 ここに【松本久弥】自身の手記が私どもの方へ届いておりますが、これによるとカメラのサックを忘れて来たので、それを届けに労働者風の人が来て、そいつを受取つた。そうするとそばにおる二人の警官がいきなり、どういう理由ですか、そのカメラのサックを届けたところの青年に手錠をかけてしまつた。そして自分の持つておるカメラをとろうとするので、自分は同業の朝日の記者を呼んだ。そうするとそれがどういうふうに向うへ聞えたか、いきなりそばにおる制服の警官が自分を、こん棒でもつて右の後頭部をたたいた。そして自分はその間に足がよろめき頭が混濁して来た。こういうふうにはつきり言つておるのであります。そうするとそれに対しては、今警視庁と捜査機関としては、そういう点を見のがしておるのでございますか。そういうのを基準にして捜査を進めておるということでございますか。
(中略)
○猪俣委員 これはちつと法務行はうかつでございますよ。そうなつております。そこで当時の新聞を見ますと、トップに出るような大事件について、ニュース写真が載つておらぬのはふしぎだというようなことを、新聞記者が自嘲的に書いておる。それはおわかりにならなければそれでよろしい。そうすると、これは法務府でもごらんになつておらぬと思うのでありまして、これをぜひひとつ法務府でもごらんになつていただきたいし、これは法務委員長に私お願いがあるのですが、あとで国会でこのニュースを映写してもらいたいと思います。どういう理由でこれが一般に映写されないのであるかわかりませんが、事実映写はできないそうであります。
 そこでなおいまひとつ法務府にお尋ねいたしますが、この【松本久彌】が王子駅前の岸病院にまだ入院加療中であります。ところが警視庁の捜査第二課の田島領四郎という警部補がしよつちゆう行つて、お前の傷はぼくらがなぐつたんじやない。あれは石が当つたんだぞということを言い聞かせておる、こういうのであります。一体自分たちがなぐりもせぬのに、病院に行つて、かような病気見舞においでになることは、殊勝なことであるけれども、ちつと異例だと思うのであるが、この辺について何か事情をお聞きになつたことはございませんか。

そして、引用の二つ目です。

青丘文庫月報(第264 号 2012.11.1 1)とあります。
「朝鮮戦争中の1951 年2 月と3 月に米軍政部と日本政府当局による都立朝鮮人中高等学校への武力弾圧が行われた。それを『警視庁史』はこのように記している。
〈2 月23 日占領目的阻害文書を所持した都立朝鮮人中・高校の生徒を検挙し調べたところ、同校内で印刷していることが判明したので、2 月28 日早朝に同校の捜索を実施し多数の印刷物を押収した。翌日、それを不当として朝鮮人が抗議に押しかけ、3 月7 日同校において「真相発表大会」という無届集会が開催された。主催者に対し大会中止を勧告したが応じずに集団暴力行動を行ったので実力で解散させ首謀者を逮捕した。〉
3 月7 日約700 名の警官が出動し校内に突入した際、多くの生徒・教員以外にも取材中の日本映画社カメラマン【松本久弥】も警棒で頭を殴られ重傷を負った。【松本】は翌日、事件に関する一切を布施に委任した。3 月の中・下旬の国会法務委員会では上村進、羽仁五郎らがこの事件を取り上げ、報道の自由の侵害と警官の暴力行為を追及し、ついで4 月27 日には暴行した警官を刑事告発している。
しかし警視庁は警官の暴力を認めない姿勢であるので、同年11 月に東京都と警視総監田中榮一を相手に「謝罪状及びこれに附帯する慰謝料請求」という民事訴訟を提訴することになり、数回の公判が開かれた。
しかし結局この裁判は1960 年に取下げられている。裁判の中心人物である布施が1953 年に病死し、原告【松本久弥】自身も1956 年事故死したこと、さらに警官の暴行を立証するのは非常に困難なことなので、敗訴の判例が出るのを避けるためにも取下げることにしたのではないかと推測される。」

なるほどね、これじゃあメディアもビビッてドン引きするわな。

「はい、こちら事件現場です」なんて呑気なこと言ってる場合じゃないしね。


(1958東京映画)製作・佐藤一郎、山崎喜暉、監督・佐伯幸三、脚本・笠原良三、原作・水野肇、小笠原基生「ぶっつけ本番 ニュース映画の男たち」、撮影・遠藤精一、音楽・神津善行、美術・北辰雄、録音・酒井栄三、照明・伊藤盛四郎
出演・フランキー堺(松木徹夫・ニュースキャメラマン)、淡路恵子(松木久美子・徹夫の妻)、大谷正行(松木隆・長男三歳)、二木まこと(松木隆・長男七歳)、板橋弘一(松木明・次男)、小沢栄太郎(製作部長・山田)、佐野周二(製作課長・小林)、仲代達矢(キャメラマン・原)、増田順二(キャメラマン・川崎)、堺左千夫(キャメラマン・ドンちゃん)、天津敏(キャメラマン・小山)、守田比呂也(キャメラマン・大木)、中村俊一(企画部員・後藤)、佐伯徹(企画部員・長谷川)、内田良平(企画部員・関口)、吉行和子(編集部員・飯田マサ子)、光丘ひろみ(女事務員・北村)、山田周平(他社のキャメラマン・森)、沖啓二(他社のキャメラマンB)、木元章介(他社のキャメラマンC)、三谷勉(他社のキャメラマンD)、水の也清美(アパートの主婦)、黒田隆子(病院看護婦)、塩沢登代路(赤線の女)、中原成男(宗谷船員A)、鷲東弘功(宗谷船員B)、池田よしゑ(相談所の先生)、坂内英二郎(院長)、磐木吉二郎(父親)、川内まり子(産婦人科看護婦)、森静江(産婦人科看護婦)、田辺元(運転手・平さん)、

配給=東宝 1958.06.08 10巻 2,712m 白黒



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# by sentence2307 | 2017-07-02 08:37 | 映画 | Comments(0)
先週の木曜日、毎月恒例の「半日出張」というのがありました。

最近は、もっぱら若い課員たちの持ち回りで行われていたので、永い間、この「半日出張」から自分は遠ざかっていたのですが、本当に久し振りにお鉢がまわってきました、そのワケというのを書きますね。

大企業の出張といえば、華々しい「ニューヨーク出張」とか、「ロンドン出張」ということになるのでしょうが、わが社では、せいぜい東京近郊の営業所に顔を出して、現場で最近の営業成績の報告を聞き、それを報告書にまとめて本社の担当部長にあげるだけの、半日あれば十分こと足りる楚々とした可愛らしい出張です。

まあ、営業所とのコミュニケーションを図るというのが主たる目的ですね。

それでもバブルの頃は、このミーティングのあとには「酒席」が用意されて、現場の営業所員の慰労も兼ねた賑やかな親睦の会が持たれていました。

なにしろ、景気のいいピークのときなどは、コンパニオンの綺麗どころをよんでチークダンスを踊ったり、飲めや歌えの大騒ぎをしたなんてこともあったんですよ、実にシアワセな思い出です、いまとなっては大昔の夢物語です。

なので、当時は、これは課長(あるいは、それに準ずる管理職)の特権的な出張ということだったのですが、現在のこの深刻な営業成績の大低迷期にそんな浮かれた「酒宴」などとんでもない話で、最近では、若手が順番に営業所に出向いて報告を聞き、そのまま帰ってくるという素っ気ない出張に落ち着いています。「落ち着いてきた」というのは、言い換えれば、「ダレ始めてきた」ということでもあったかもしれません、後述しますが

そして先月、ちょっとした事件がありました。

当日、出向く予定だったわが課の若手担当者が、その朝になって俄かに急用ができて、営業所に
「急に行けなくなったので、こちらで報告書を上げておきますから、行ったことにしておいてほしい。ついては、そちらの方も口裏だけ合わせてください」
と連絡したのだそうです。

これはなにも悪気があって会社の方針に楯突くとか叛逆するとか、そんなダイそれたことではありません、「急用ができたので仕方ない」という素直な気持ちから(たぶん上記の「ダレ始めていた」ことが、その発想を後押ししたとしても、「出張拒否」までの意識はなかったと思います)、彼は定石通り「ホーレンソー」の「連絡の項」をチョイスし、忠実に責務を果たしたのだと思います。

連絡を受けた営業所も、営業報告なら定期的に逐一本社に送っているわけだし、なにも本社の人間がわざわざ出向いてくるには及ばない、しかも来る人間といえば何の権限もない若手ばかり、といっても、本社の人間がわざわざ来るとなればムゲにもできず、時間を割いてそれなりの対応をしなければならない、そのうえで実際に話すことといったら決まりきった儀礼的な話をするだけで半日つぶされてしまう、日ごろはこちらの事情も無視して「もっと頑張れ、稼げ、稼げ」などと無理難題を吹っかけてくるくせに、なにもこの忙しい時期に形骸化した鬱陶しい慣行を押し付けて営業の邪魔をしなくたっていいじゃないか、本社はなにを考えているんだ、マッタクモウ、こんなもの「さっさとやめてしまえ」というのが、常日頃の営業所の「本音」なので(時間をとられるということでは、本社の若手課員の方だって同じです)、この申し出には営業所の方もすぐにのってきて、架空の相互アリバイ工作は成立しました。常日ごろ、抑制していた不満が噴出する切っ掛けみたいになって、互いに共鳴してしまったという感じです。

もともと形骸化していた「半日出張」です、相互で「懇談」があったことにすれば、あとは営業所が本社に告げた数字を教えてもらい、定型文書の空欄にそれを書き込み、通常ルートでハンコをもらって、上へあげておけばそれでオシマイというわけです、「なんの支障もありません」とこの若手社員は考え、このダレた半日出張のその「ダレ」感を、営業所ばかりでなく、本社の担当部長も共有しているに違いないといつの間にか思い込んでいたのが、そもそもの誤りだったのかもしれません。

この、「あったことにする」という口裏合わせの企み(甘い誘惑)は、出張の当事者なら誰もが一度は妄想した魅惑のアイデアには違いありませんが、それを実行に移すかどうかは、また別の問題です。けれども、実際、出向いた営業所で話されることといえば、先月だって先々月だって、半年前だって1年前だって、いつも同じなので、口裏を合わせるもなにもそんな大仰なことでなく、虚を捨てて実を取るという観点からすれば、この「相互アリバイ工作」、それなりに合理的な考えだったことは否めませんが、のちにこの事件が発覚した時、事件にかかわった関係者のすべてが、基本的にこの考え(「口裏合わせ」には「やめてしまえ」が強く作用しています)に同調したことは明らかで、これが「半日出張」を立案した担当部長の怒りをさらに一層煽って逆上させたといえるかもしれません。

「無礼者! 会社の決め事をどう考えておるのだ」という感じです。

さて、「事件の発覚」の話に戻りますね。

この事件、関係書類さえ完璧に整っていたら、あるいは、「発覚」までは至らなかったかもしれません、たぶん、ここで話はおしまいだったはずでした。しかし、この企み、ひょんなところ(ささいな書類の不備)から「足が付いた」のです。

営業所とのミーティングには、さすがにお酒こそ出ませんが、その都度、人数分のコーヒーを近所の喫茶店からとることは許されており、コーヒー代は予算にもしっかり計上されています、そのほかには電車賃相当額の「出張旅費 請求書」と「半日出張手当 請求書」というのが、部長の元に集まることになっており、それを部長が一括して専用ファイルに綴り込むというのが手順になっています。

つまり、担当部長の手元には、その日の「出張報告書」、「半日出張手当 請求書」、それに当日出された「コーヒーの請求書」と「交通費請求書」がセットになって提出されるのですが、そのときの書類のセットに、「コーヒーの請求書」だけが欠落していることを部長は気づきました、経理に問い合わせても、それらしい「領収書」も「請求書」も届いてないという返事がかえってきました。
担当部長は、当初、

「なにも遠慮することないじゃないか、コーヒーくらい頼めよ」

と慰労するくらいの積りで(そのときは、当然上機嫌でした)担当者を部長室に呼びました。

サラリーマンなら、誰しも「部長室に呼ばれる」ということが、いかにプレッシャーであるか、お分かりいただけると思いますが、なにしろ、われわれはまさに「ここ」で、突然の僻地への「異動」を命じられたり、君には本当に申し訳ないが、なにしろこの不景気でねと「減俸」を告げられたり、酒席での暴言を咎められて「譴責」を受けたり、果ては悪夢のような「解雇」だって言い渡されかねない、そういうさまざまな「理不尽で忌まわしい命令」に甘んじて受けなければならない実に恐ろしい処刑場のような場所なので、「部長室に呼ばれ」た若者が、部長室に歩を運ぶまでに「自分がなにか悪いことでもしでかしたのか」と恐る恐る妄想をめぐらし、「もしかしたら、あの半日出張の口裏合わせ!」と思い至り、「ああ~あれか!」と恐怖・恐慌に襲われた瞬間がちょうど部長室の前、震える手でノックするときには、顔面蒼白、血の気が一気に失せて、部長の問いにもまともな返事ができないまま、すぐに「出張報告書」が虚偽であることを自供しました。
A部長が、烈火のごとく怒ったのは、当然といえば至極当然のなりゆきといえます。

この「半日出張」は、いまも担当部長をしているこのA氏の肝いりで始められたプロジェクトだけに、「会社の決め事を無視した」よりも、「自分のプライドを傷つけられた」と思ったとしても無理ありません。

たぶん、どこの会社もそうだと思いますが、「本社」と「営業所」は、なにかと敵対し合い、いがみ合って、つまらないことで仕事そっちのけの見苦しい足のすくい合いをします。

営業所勤務の長かったA部長は、かつて当事者だっただけにそういう事情(弊害です)には精通・熟知していて、それをとても気に病んでおり、なんとかして本社と営業所との風通しをよくしようと様々な施策を講じてきました、チームワークなくして営業成績アップなんて、とても望めないのだと全社員に力説し続けてきたのです。

その施策のひとつが、「半日出張」で、A部長にとってはとても思い入れの深い施策でした。まさに、A部長にとっての理想(本社と営業所が手を取り合い、かばい合い、和気藹々と協力し合って一丸となって仕事をする)につながる大切な施策です。

みんなが努力すれば「全社一丸」は夢物語なんかじゃないと固く信じている「半日出張」推進の懸案者で推進当事者でもある担当部長(「一人は皆のために、皆は一人のために」が口癖です)にとって、この「半日出張」こそは、その精神性のシンボル的な仕事として位置づけ、重要視し、とても熱心に注視していたことが、あとで分かりました、この出張は部長にとっては「形骸化」でもなんでもない、とても重要な施策だったのです。

その大切な施策を虚偽の出張報告で誤魔化そうとしたことは、たぶん、A部長のプライドを深く傷つけただけではなく、同時に、この虚偽報告を通して、本社と営業所のほとんどの人間がこの「半日出張」を批判的に冷笑していることを瞬時に察知したのだと思います。

それは、徳川綱吉が、目の前で「生類憐みの令」の愚かしさ・馬鹿々々しさ・愚劣さを家臣から正面切って直接罵倒され嘲笑され冷笑されたようなものだったかもしれません。誰一人自分の理想を理解しようとしないA部長の失望と怒り(社員のすべてが自分を揶揄する敵に見えたに違いありません)は、想像を絶するものがあったのだと思います。

疑心暗鬼になったA部長の怒りの嵐は、本社と営業所を揺るがしました、部長室には入れ替わり立ち代わり関係者や無関係者(人事課長とか営業所長とか)が慌ただしく出入りし、そのたびにトビラは叩きつけるように閉められたり、恐る恐る開けられたり、その一瞬開いた扉の向こうからは誰のものとは分からない悲痛な絶叫「お前たちはな!」とか「そんな理由で有能な社員を・・・」などというさまざまな声が入り乱れて漏れ聞こえてきます。

それを同じフロアで逐一聞かされている当の青年はじめ社員たちは、身をすくめて、真っ青になって聞いていました。

やがて、部長室の騒ぎもだんだん収まってきたのが雰囲気で分かるようになった頃、部長室の扉が静かに開いて人事課長の顔が現れ、自分を手招きしています。

ジェスチャーで「わたし?」と自分を指さして目を見開いた顔が、我ながらなんとも間抜けだなと思いましたが、この際そんなことを気遣っている場合ではありません。

フロアにいる社員全員の注視を受けながら、おずおずと部長室に入りました。

実は、A部長と自分とは同期です。

例の「コンパニオンとチークダンス」の際も、一緒になって泥酔して騒いだ仲です、たぶんそのときが、彼と「同僚」として付き合った最後の時期だったかもしれませんが。

その後、彼はめきめきと頭角を現し出世街道を邁進しました。

しかし、相変わらず、その根っから「叩き上げ」のような貪欲な仕事ぶりから、彼が、とんでもない高学歴の持ち主であることが、どうしても結びつかず、その辺の愚直さも周りから好感をもたれたことのひとつだったと思います。

そして、この部長室に呼び入れられたとき、自分は気心の知れたかつての同僚として「事態の収束」の役目を課せられるのだなと察しました。

A部長は、まず、今度の虚偽出張は、社員の無自覚と綱紀の緩みにあるが、そもそも、そういうことを許した管理職にも責任の一端があり、自分としては、当事者数人を処分すれば、それで今回の問題が済むなどとは少しも考えていない、「半日出張」なんてつまらないことかもしれないが、会社の仕事で「つまる」ことなんてどこにある、円滑な人間関係があってはじめて・・・とかなんとか話をまとめたA部長は、自分に向かって、

「そこで当分のあいだ、半日出張は、営業所に顔の利く〇〇さん(自分です)に、行ってもらうことにしましたので、よろしく」と指示しました。

一連の騒動は、これでお仕舞いになりました。

管理職が皆退出したあと、自分は、ガチガチになっている虚偽出張の当事者の若者を呼び入れて、ともに部長に謝罪し、深々と最敬礼しました。

部長は青年に歩み寄り、肩に手を置いて「これからは気をつけろよ、君にもいい薬になっただろう。この経験を忘れるな」と言い渡しました。

元はといえばこの事件を引き起こした当の本人が、ごく間近で、身をすくめながら騒動の一部始終を見ていたわけですから、それだけで十分な制裁を受けたと判断した部長の、これがいまの彼ができる精一杯の励ましなのだなと思いました。

さて、これでようやく自分が「半日出張」に行くようになったイキサツが書けました。

それが文頭の
「先週の木曜日、毎月恒例の『半日出張』というのがありました。」
です。

ですが、なにせ午後から出かければいいので、前夜床に入る際には、翌朝はぎりぎりまで朝寝をして、午前中は家でゆっくりできるなと思いながら寝付いたのですが、結局、骨身にしみた貧乏性のために、いつものとおり午前6時前には目が覚めてしまいました。

いったん、目が覚めてしまうと、体まで目覚めてしまい、それ以上横になっていることができません。

起きだして自分が最初にすることは、新聞なんか読むより先に、今日どんな映画を放送するか、プログラムを眺めて確かめることから始まります。

そんなことをしても、会社のある日には、ほとんど見られないのですが、眺めて「こんな作品をやる」と思うだけでも楽しいのです、これはストレスではなく、十分な楽しみな習慣のひとつになっています。

その木曜日、なんと日本映画専門チャンネルで午前6時30分から佐伯幸三監督の「ぶっつけ本番」(1958東宝)が放映されると書いてあるじゃありませんか。

この作品の高評価は、ずっと以前、友人から聞いたことがあったのですが、いままで見る機会がありませんでした。

まだ間に合う、いやいや、間に合うどころじゃない、大セーフだ、それに今日は午後出張だから、ゆっくり見られます。

実にいいタイミングだ、こんな巡り合わせって、滅多にありません、初めての経験です。

「あなた、出張、大丈夫なの」と女房に嫌味を言われながら、見事全編を見通しました。

ということで、次回は、佐伯幸三監督「ぶっつけ本番」(1958東宝)のコラムを書こうと考えています、予告先発みたいですが。


さて、このコラム、実は、フランス映画「パーフェクトマン 完全犯罪」(2015、監督・ヤン・ゴズラン)を見たときに、思わず最近の会社であったこの騒動を連想し、しかし、完全犯罪映画の傑作といえば、やはり「太陽がいっぱい」だろう(死体をビニールでぐるぐる巻きして処理した感じが似てました)と連想がさらに飛び、あの死体のバラシ方が「パーフェクトマン 完全犯罪」の方では随分あっさりしていて淡白なので、やはり、そのあたりを凝りに凝って見せた「太陽がいっぱい」は、やはり名作だったんだなという思いを込めて書きたかったのですが、実際の生々しい事件を前にしては、どうもしっくり嵌りませんでした。


パーフェクトマン 完全犯罪
(2015フランス)監督ヤン・ゴズラン、製作チボー・ガスト、マシアス・ウェバー、ワシム・ベシ、製作総指揮ウーリー・ミルシュタン、脚本ヤン・ゴズラン、ギョーム・ルマン、撮影アントワーヌ・ロッシュ、音楽シリル・オフォール
出演ピエール・ニネ、アナ・ジラルド、アンドレ・マルコン、バレリア・カバッリ、ティボー・バンソン、マルク・バルベ、ロラン・グレビル



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# by sentence2307 | 2017-06-25 09:28 | 映画 | Comments(0)

スモーク

前回、「マイ・ベスト10」というタイトルでコラムを書きました。

おもな理由は、自分がいままで書いてきたコラム群が、そのまま自分が感動した映画作品と必ずしもイコールってわけじゃないことを書き残しておきたかったからです。

つまり、映画「花芯」の感想を書いているあいだにも、実に多くの映画に出会っていて、実は、そちらの方をこそ書きたかったこと、むしろ書き残しておくべきだったのだけれども、そうできなかったのは、それなりの「遣り過ごさなければならなかった事情とイキサツ」のあったことなどを書いておかなければと、ちょっと「遣り切れない気持ち」から、背中を押されるようにして書きました。

いつのときもきっと「そう」なのでしょうが、すべてのことを忘れてしまうくらいの時間が経ってしまったとき、コラムの表題の羅列を眺めながら、そのなかに混ざり込んでいる「花芯」のタイトルを見つけ、「ああ、こんな作品にも関心を持ったんだ」と、この自分でさえもシンプルに思ってしまうに違いない可能性(いわば、「懼れ」です)が大いにあることに呆然とし、当然それは現実には避けられないことであって、そういうこと(忘却)の繰り返しで日常は成り立っているのだとしても、そのタイトルを掲げたことによって剥落したもの(タイトル)もまたあったのだということを書き残したかったのだと思います。

時が過ぎ、すべての記憶が失われ、やがてくる未来のいつの日かに、たまたま「花芯」のタイトルを見出した時、「花芯」に囚われていたその時間の流れの中には、自分のチカラ不足のために、たとえ自立したコラムとして成立させることができなかったとしても、そこには同時に


「ニーチェの馬」、「裁かれるは善人のみ」、「ひつじ村の兄弟」、「ブルックリン」、「若者のすべて」、「スモーク」、「さよなら歌舞伎町」、「裸足の季節」、「教授のおかしな妄想殺人」、「ティエリー・ドグルドーの憂鬱」、「セトウツミ」、「ある終焉」

に寄せる想いもまたあったこと、いや、そればかりではなく、実に多くの愛すべき作品たち、

「ドリームホーム 90%を操る男たち」、「朗らかに歩め」、「座頭市 地獄旅」、「箱入り息子の恋」、「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」、「ターザン:REBORN」、「カミハテ商店」、「黄色いからす」、「ザ・ギフト」、「ジュラシック・ワールド」、「ジュリエットからの手紙」、「座頭市 牢破り」、「地獄」

に揺れた想いもまたあったのだということを書き残しておきたかったこと、少なくともそれが「いま」の自分のリアルでもあったことを「未来」に向けて是非とも書き残しておきたかったのだと思います。

さて、こんなふうに言い訳がましいことを縷々書き綴ってきたのですが、それにはひとつの理由があります。

それは、「スモーク」(監督:ウェイン・ワン)の感想を書きたいと思いながら果たせないでいるという現状があって、ただ、手元にはその素晴らしい一場面を書き残したメモだけが中途半端な「猶予」の状態で残ったままになっています。

これをなんとかしなければという気持ちから、この一文をここまで無理やり引っ張ってきた次第です。

ブルックリンの街角で小さな煙草屋を営んでいるオーギー・レン(名優ハーヴェイ・カイテルが演じています)は、10年以上毎日同じ時刻の同じ場所で写真を撮影する習慣をもっている。

煙草屋の常連でオーギーの親友でもあるポール・ベンジャミン(これまた名優ウィリアム・ハートが演じています)は作家で、数年前の銀行強盗があったとき流れ弾で妻を亡くして心に深い傷を負っています、それ以来、小説がまったく書けない状態(静かな悲嘆と空虚な日々)が続いています。

ある夜、切れた煙草を求めて閉店間際の店に駆け込んできたベンジャミンは、たまたまオーギーに写真撮影の趣味のあることを知り、アルバムを見せてもらいます。

「みんな同じ場所だ」と驚くポールに

「そう、しかも同時刻にね」とオーギーは答えます。

いわゆる「同時刻・定点撮影」というやつです。

そして、アルバムのページをめくっていくポールは、その写真集のなかに亡き妻の在りし日の姿を見つけて驚き、号泣するというとても素晴らしい場面です。

妻を亡くして傷心を抱え持った男の孤独と、孤独がどういうものか知り尽くしている親友の優しい交歓の傑出した場面、そう簡単には忘れるわけにはいきません。

そのシーンのやり取りを必死になって逐一メモりました。


ポール「みな同じだ」
オーギー「そう、4000枚、みな同じ写真だ。朝の8時の7番街と3丁目の角、4000日、1日も欠かしていない。休暇もとれない。毎朝、同じ時間に同じ場所で写真を撮る。」
ポール「こんな写真は初めてだ。」
オーギー「おれのプロジェクトだ。一生を懸けたおれの仕事だ。」
ポール「驚いたな。だが、分からない。なぜそんなことをする。そもそもこんなことを始めた切っ掛けはなんだ。」
オーギー「ただの思いつきさ。おれの街角だ。世界の小さな片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。おれの街角の記録だ。」
ポール「確かにすごい記録だ。」

同じ時間・同じ場所で撮られた写真ばかりだと知ったポールは、無造作にさっさとページを繰り始めます。

オーギー「ゆっくり見なきゃだめだ。」
ポール「どうして?」
オーギー「ちゃんと写真を見てないだろう。」
ポール「でも、皆同じだ。」
オーギー「同じようでいて一枚一枚全部違う。よく晴れた朝、曇った朝。夏の日差し、秋の日差し。ウィークデイ、週末。厚いコートの季節、Tシャツと短パンの季節。同じ顔、違った顔。新しい顔が常連になり、古い顔が消えていく。地球は太陽を廻り、太陽光線は違う角度で差す。」
ポール「ゆっくり見る?」
オーギー「おれはそれを勧めるね。明日、明日、明日、時は同じぺースで流れる。」

そして、

ポール「これを見ろ。見ろよ。エレンだ。」
オーギー「そうだ、奥さんだ。ほかにも何枚かある。出勤の途中だ。」
ポール「エレンだ。見ろよ。僕が愛したエレン。」

そして、ポールは泣き崩れます。

同じようでいて一枚一枚全部違うこと、ポールにとっては特別な一枚である写真を見つけ出します。


よく晴れた朝、曇った朝。

夏の日差し、秋の日差し。

ウィークデイ、週末。

厚いコートの季節、Tシャツと短パンの季節。

同じ顔、違った顔。

新しい顔が常連になり、古い顔が消えていく。

地球は太陽を廻り、太陽光線は違う角度で差す。


季節はめぐり、時は移ろい、穏やかな静けさで残酷に時を刻み、新しい顔が常連になり、そして、古い顔が消えていく。

失われた名優ウィリアム・ハートに思いをはせながら、名優ハーヴェイ・カイテルのこの述懐の素晴らしい場面を繰り返し見続けました。

(1995米日独)監督・ウェイン・ワン、原作脚本・ポール・オースター『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』(邦訳・新潮文庫『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』所収)、製作・ピーター・ニューマン、グレッグ・ジョンソン、黒岩久美、堀越謙三、エクゼクティヴ・プロデューサー・ボブ&ハーヴェイ・ウェインスタイン、井関惺、製作・堀越謙三、黒岩久美、ピーター・ニューマン、グレッグ・ジョンソン、撮影・アダム・ホレンダー、音楽・レイチェル・ポートマン、美術・カリナ・イワノフ、編集・メイジー・ホイ、
出演: ハーヴェイ・カイテル(オーギー・レン)、ウィリアム・ハート(ポール・ベンジャミン)、ハロルド・ペリノー・ジュニア(トーマス・コール)、フォレスト・ウィテカー(サイラス・コール)、ストッカード・チャニング(ルビー・マクナット)、アシュレイ・ジャッド(フェリシティ)、エリカ・ギンペル(ドリーン・コール)、ジャレッド・ハリス(ジミー・ローズ)、ヴィクター・アルゴ(ヴィニー)、ミシェル・ハースト(エム)、マリク・ヨバ(クリーパー)、ジャンカルロ・エスポジート(トミー)

95年ベルリン映画祭金獅子賞受賞。95年度キネマ旬報外国映画ベストテン第2位



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# by sentence2307 | 2017-06-18 09:39 | 映画 | Comments(0)

「マイ・ベスト10」

なにせ性分なのでどうにも仕方がないのですが、映画を10本見るごとに、どうしても順位をつけずにはいられません。

むかしからずっと続いているこの習慣(ほとんど性癖です)を知った友人も「そんなことして、どうする」と訝しがりますが、「したいから、しているだけ」と、まるで小学生のような受け答えしかできないでいます。

べつに、このことを吹聴して、世間に対してどうこうする積りなど毛頭ありません。

たとえば、メモを大切に保管して2000本溜まったら(安打じゃねーし)集大成の一覧表でもつくって世界に向けて発信するとかなんて、ひとむかし前なら、こんなこと、大風呂敷のただの戯言として失笑されるのがオチだったのが、いまでは世界がネットで繋がっていて情報が世界の隅々にまで瞬時に拡散する時代です、到底冗談なんかでは済まされるわけもなく、こういう無責任な言いっぱなしは深刻な混乱を招きかねないので、そのへんは慎重に発言しなければならないと肝に銘じています。

このあたりがインターネットの面倒くさいところですよね、それに情報がまたたく間にグローバル化する「便利さ」が行き過ぎると、「自由」のはずのネット社会の盲点をつくみたいに、異常にナーバスな部分(弱者に対する「差別」意識とか、犯罪のたくらみとかテロの陰謀など)が密かに醸成され、単なる言い回しなどにも生真面目に反応し、皮肉にも、逆にひと言も発せられない「言葉の魔女狩り」みたいな息苦しい時代が迫っているような不吉な予感がします(いや、いまだって、十分「そう」かもしれません)。

この世から差別をなくすために、一挙手一投足にびくびくと気を使い、他人の行動にも異常に反応して、お互いを監視し合うサイト狩りに狂奔し、そうしたことに無知・無頓着な人々の揚げ足をとるみたいに暴き出しは糾弾し、正当化された「いじめ」みたいに苛烈に、まるで集団リンチのような集中攻撃をかけて追い詰め、自殺などという陰惨な結果を再生産しているのではないか(そもそも、その「正義」っていったいなんなんだと問いたいです)と胸を痛めているこの頃です。

さて、「映画を10本見ると、それごとに順位をつける」という自分のオタク的な私的行事(今どきの言葉でいえば「ルーティン」ですが)のことを書きますね。

あのとき、「そんなことして、どうする」と訝しがられた友人に、自分がささやかながらも映画のコラムを書く習慣があること(いずれにしても、べつに大したものではありませんが)を知らせていたら、せっせと「マイ・ベスト10」を考えたり、思いついたフレーズを手帳に書きとったりしていたことも、きっと友人はあんなふうに訝しがらずに済んだかもしれません。

友人には、自分の趣味は「映画鑑賞」と漠然と伝えていたので、そのへんで「いつもなにをそんなにメモしているわけ?」と戸惑わせてしまったことを、いつか機会があれば弁解したい気持ちです。

しかし、ただのコラムとはいえ、やはり「書く」よりも「見る」方が、はるかに楽なので、あるひとつの作品にこだわり続けていると、ずるずると書けない状態を長引かせてしまうので(なんだって長引かせれば煮詰まるのが当然です)、その期間に日々見ている映画の在庫をひたすら増大させてしまうという状態が常にあるわけですが、問題はテンションの高め方が、「書く」ことと「見る」こととは、まったく違うために、その切り替えが容易でないというところにあるかもしれません。

それに、どう転んでも自分には到底書くことのできないジャンルの作品というものがありますし、いざ書き始めても、モタモタしている間に「見る」方がどんどん捗って本数が増え、さらに10本に届いてしまったなんてこともざらにあります、自分の日常はその繰り返しで成り立っているといってもいいくらいです。

それに、「さらなる10本」の方が、現在モタモタとかかずらわっている作品より、はるかに優れた作品ぞろいだったりした場合など(多くの場合は「そう」なります)、かなり悲惨な状況で、「いったい自分は、なにをやっているんだ」みたいな惨憺たる気分におちいるわけなのです。

嫌味がましくなるかもしれませんが、例えば、安藤尋監督の「花芯」のコラムにグズグスとかかずらわっていた時が、まさに「それ」でした。
あのコラム全体に漂っている「まったく、もう」という苛立ちの半分は、その背後に、もっと書くに値する優れた作品があったこと、しかし、現状は、どうでもいいような作品に時間をとられていて、そのあいだにも、すぐれた作品を検討する機会を失い続けている外的圧力に対する腹立たしさだったと思います。

恨みごとみたいになりますが、今回は、「花芯」のコラムにかかずらわっていた間にやり過ごさねばならなかった作品群について、「マイ・ベスト10」を検討するみたいに(いつもの方法です)書いてみようと思い立ちました。

まずは、ラインナップを見た順に書きますね、数えていませんでしたが、当然10本は超えていると思います。

「ドリームホーム 90%を操る男たち」(2014)監督:ラミン・バーラニ
「ニーチェの馬」(2012)監督:タル・ベーラ
「スモーク」(1995)監督:ウエイン・ワン
「朗らかに歩め」(1930)監督:小津安二郎
「さよなら歌舞伎町」(2014)監督:廣木隆一
「座頭市 地獄旅」(1965)監督:三隅研次
「箱入り息子の恋」(2013)監督:市井昌秀
「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」(2011)監督:瀬田なつき
「ターザン:REBORN」(2016)監督:デヴィッド・イエーツ
「カミハテ商店」(2012)監督:山本起也
「裸足の季節」(2015)監督:デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン
「ブルックリン」(2015)監督:ジョン・クローリー
「教授のおかしな妄想殺人」(2016)監督:ウデイ・アレン
「ティエリードグルドーの憂鬱」(2015)監督:ステファヌ・ブリゼ
「裁かれるは善人のみ」(2014)監督:アンドレイ・スビャギンツェフ
「ひつじ村の兄弟」(2015)監督:グリームル・ハウコーナルソン
「黄色いからす」(1957)監督:五所平之助
「ザ・ギフト」(2015)監督:ジョエル・エドガートン
「セトウツミ」(2016)監督:大森立嗣
「若者のすべて」(1960)監督:ルキノ・ヴィスコンティ
「ジュラシック・ワールド」(2015)監督:コリン・トレヴォロウ
「ある終焉」(2015)監督:ミシェル・フランコ
「ジュリエットからの手紙」(2010)監督:ゲーリー・ウィニック
「座頭市 牢破り」(1967)監督:山本薩夫
「地獄」(1979)監督:神代辰己

ざっとこんな感じです。なるほど、なるほど、25本になりますか。

一応、見た順に並べましたが、この作品群からベスト10なるものを選び出すとなると、これはもう相当な難題です。

しかし、それがまた愉しみでもあるんですよね。

さて、上記の作品のうち、自分的に「ベスト10」としてイメージできない作品を、まずは抜き出してみました。

【「ベスト10」としてイメージできない作品とその理由】
*「ドリームホーム 90%を操る男たち」・・・最初被害者だった主人公が、加害者の側に加担しようとした悪への決意が明確に描かれていないのでは。
「朗らかに歩め」・・・もう少し気持ちに余裕があるときに見たら小津ワールドを堪能して、あるいは素直に評価できたかも。
「座頭市 地獄旅」・・・三隅研次監督作品として失望した。あの「座頭市物語」の孤独の深さはどこへいった。
「箱入り息子の恋」・・・夏帆のオヤジ役・大杉漣の演技は、アレで良かったのか。
「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」・・・怖い話なら、それなりの語り口で話してほしい。
「ターザン:REBORN」・・・今度のターザンは、とても小男に見えたのだが、ああいう理解でよかったのか。
「カミハテ商店」・・・自殺の名所の脇にある売店の老女の話で、そのたびごとに自殺者に立ち寄られて、彼女、最後まで鬱から抜け出せない。
「黄色いからす」・・・母親に甘えて纏わりつく設楽幸嗣の嫌らしさに、ちょっと嫌悪感を持ちました。
「ザ・ギフト」・・・ギフトが意味する最後のこのオチ、以前どこかで見たような。それともこれってリメイク。
「ジュラシック・ワールド」・・・改めてみると、ストーリーは、ジョーズそのまま。緊迫感だけが欠如。
「ジュリエットからの手紙」・・・恋でも愛でも、むかし失ったものは、それなりの理由があってそうなったわけだから、いまさら取り戻せないし、失われたものは、そのままでいいというのが、自分の立場です。
「座頭市 牢破り」・・・山本薩夫に座頭市を撮らせるなって。結果は最初から見えてたよ。あの「先生」とやらを、最後に腹黒い詐欺野郎だったとラストでバラしたら、結構座頭市らしくなっただろうに。タケシはそうしてたよね。
「地獄」・・・前振りのストーリーが理屈っぽくて長すぎて、これじゃ中川信夫に到底敵うわけない。


そして、いよいよ「ベスト10」作品です。

評価基準は、以下の5項目

荒涼たる風景、または心象風景が、自立した映像として捉えられている
荒廃した都市に見捨てられた人々の絶望と希望
孤独の深さと物語の完結度
痛切な演技
シナリオのちから


そして【「ベスト10」としてイメージできる作品】は、以下の通り

「ニーチェの馬」(2012)監督:タル・ベーラ
「裁かれるは善人のみ」(2014)監督:アンドレイ・スビャギンツェフ
「ひつじ村の兄弟」(2015)監督:グリームル・ハウコーナルソン
「ブルックリン」(2015)監督:ジョン・クローリー
「若者のすべて」(1960)監督:ルキノ・ヴィスコンティ
「スモーク」(1995)監督:ウエイン・ワン
「さよなら歌舞伎町」(2014)監督:廣木隆一
「裸足の季節」(2015)監督:デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン
「教授のおかしな妄想殺人」(2016)監督:ウデイ・アレン
「ティエリードグルドーの憂鬱」(2015)監督:ステファヌ・ブリゼ
「セトウツミ」(2016)監督:大森立嗣
「ある終焉」(2015)監督:ミシェル・フランコ

一応、順不同ですが、上位5本は、圧倒的な映像のチカラで、ねじ伏せられてしまった5作品です。





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# by sentence2307 | 2017-06-17 22:26 | 映画 | Comments(0)
週末の夕方、久し振りに神保町の三省堂前で友人と待ち合わせをしました。

友人と会うのも久し振りなら、神保町に来るのも本当に久し振りです。

帰宅部だった高校生の頃の自分は、帰途、雨さえ降っていなければ九段の坂を下って神保町の古書店を見て回り、御茶ノ水か、気分次第で秋葉原(ここだって当時は古色蒼然としたドヤ街みたいな感じの街でした)や湯島・根岸くらいまで足を延ばして帰宅したものでした。

あるいは、秋に行われる恒例の「古書店まつり」には、どんな用事があっても都合をつけて必ず行ったものですが、社会人となってからは勤めが多忙になるにつれて行けなくなり、徐々にその習慣も崩れて途絶え、いつしか「神保町」の雑踏や匂いのことなども思い出さなくなり、現在にいたっています。

考えてみれば、この街に来るのはあれ以来ですから、ほんと何十年振りになるわけで、ほとんど「里帰り」状態で、どこもかしこも懐かしく、それだけに激変した町並みが一層物珍しくて、キョロキョロとあたりを見回して歩きました。

それだけに「ここは自分の知っている街じゃない」という思いに強く囚われたのかもしれませんが、なんといってもその極めつけは、待ち合わせ場所とした三省堂書店前についたときでした。

あの正面のパッと見の感じは、そのまんま高級レストランではないですか、それは少なくとも自分の知っているコテコテの「本屋」、店頭に野放図に本を山積みした「あの無防備な三省堂書店」なんかではありませんでした。

こう考えると、かつて自分の知っていた「三省堂書店」は、むしろ「焼け跡・闇市」の時代(戦後の荒廃)を引きずっていたのかもしれませんね。

そんなふうに、どこもかしこもすっかり綺麗になってしまったヨソヨソしい神保町ですが、それでもここはやっぱり「神保町」なんだよなと、足早に行きかう人の波をぼんやり眺めながら(誰もがとても身ぎれいで裕福そうなのが、むかしとは大違いです)、そこに立っているだけで、流れ去った時間の重さに押しつぶされそうになり、なんだか胸がいっぱいになってしまいました。

それにこんなに街の様子がサマ変わりしたと感じたのは、その人群れにチラホラ外国人学生や観光客が混ざっていて、その彼らが真顔で古書を物色している様子が、なんの違和感もなく自然に「神保町」の風景に馴染み溶け込んでいると感じたからかもしれません。

さて、待ち合わせの時間に少し早く着いてしまったので、靖国通りからすずらん通りを廻って(舗道はどこも綺麗に整備されていました)ふたたび三省堂まで戻ってこようと、古書店の店頭にあるワゴンや棚の廉価本を眺めながら、ぶらぶら歩き出しました。

そこには、なんと3冊で100円なんていう魅力的なサービス本もあるので、仇やおろそかに見過ごすわけにはいきません、なにせ自分は廉価本(小説か映画関係の本か歴史ものですが)というのには滅法弱く、内容よりも、まずは価格の誘惑に負けてしまって「とりあえず買っておいて、あとで精査する」という収集狂タイプの人間です、それが昂じてこんな夢をみたことがありました。

たぶん場所はこの神保町、古書店巡りをしている自分が、ある店の店頭で「三島由紀夫全集」全巻で100円という廉価本をみつけて、飛び上がらんばかりに狂喜乱舞し(夢なのですが)、歓喜のあまり大声をあげながら(こちらは現実です)跳ね起きたことがありました。

横で寝ていた家人がびっくりし起き上がり、訝し気に「ウナサレテタよ、なんか怖い夢でも見たの」と声をかけてきたので、そこは反射的に「うん、なんか、もの凄く怖いやつ」とかなんとか取り繕っておきました。

それでなくとも現状は整理の追いつかない「廉価本」で家が溢れかえり、生活に必要な空間まで徐々に占領し始めている危機的状況に常に苛ついている家人のことです、自分の能天気な夢のこと(三島由紀夫全集全巻100円で発見)、そして歓喜のあまり大声を発して飛び起きたなんてことを知ったら、それこそ逆上して明け方まで延々と嫌味を言われるのがオチなので、ここは機転を利かせた咄嗟の返答でうまく躱すことができたのは、我ながら実に見事な対応だったと思います。

さて、一応そのとき買った「3冊で100円」という本をちょっと紹介しておきますね。

①木村威夫「彷徨の映画美術」(株式会社トレヴィル)1990.10.25初版
②藤本義一「映像ロマンの旗手たち(下)ヨーロッパ編」(角川文庫)昭和53.12.20初版
③ダイソー日本の歴史ブックシリーズ6「平清盛」(株式会社大創出版)平成24.15.2刷

なのですが、この3冊のうち、当初いちばんの掘り出し物と思っていた①の木村威夫「彷徨の映画美術」は、意外に淡白・脱力系の内容で、映画美術というよりも、木村氏が仕事を始める前にいかに熱心に資料集めに奔走したか、今度やる映画が描く当時の世情や町並み・生活や風物を知るための資料集めがドンダケ大変だったかという、いわば資料集めの苦労話(それは、それなりに楽しいのですが)、「本の虫 行状記」みたいに読めば面白いにしても、「映画美術」の木村威夫の仕事が知りたい読者の期待にこの本がどれだけ答えられるかといえば、そこは大いに疑問とするところかもしれないなというのが、正直な印象でした。ですので、当初の「いちばんの掘り出し物」という看板は引っ込めなければなりません。

②の藤本義一「映像ロマンの旗手たち(下)ヨーロッパ編」は、ゴダール、トリュフォー、フェリーニ、パゾリーニの生い立ちを、彼らが撮った作品を随所に配して辻褄合わせのようにつなげながら生い立ちを「小説」に仕立てているのですが、しかし、個人的作業の小説家と違い映画監督に「生い立ち」を知ることが、それほど重要で有効なことなのかと少し疑問に囚われ、しかし逆に、この強烈な個性の4人なら、あるいは「あり」なのかもしれないなと考え直しました。

どちらにしても、映画が強烈な個性を前面に出して撮ることのできたあの「時代」こそ、そういうことも、あるいは許される「天才たちの時代」だったのだと、その「食い足りなさ」の残念な印象でさえも、それなりに楽しむことができました。

問題は③の「平清盛」です、具体的な執筆者名の表示がなく(当時放送していた同名の大河ドラマを当て込んだ際物として急遽作られた本だと思います)、ほんの140頁のパンフレット同然の如何にも安価な歴史本ですし、定価も100円と表示されていますので、100均のダイソーの100円ブランドとして売られたものと見当はつきましたが、その「侮り」は見事に裏切られました、一読して実に見事な間然するところなきその要約ぶりには心底感心してしまいました(巻末に16点のネタ本が参考文献として掲げられています)。

いずこかの名もなき編集プロダクションがダイソーから請け負って執筆・編集されたものだと思いますが、プロに徹した「匿名」氏たちのその見事な仕事ぶりには感銘を受け、密かな称賛を捧げた次第です。

自分は、「メディアマーカー」というサイトに蔵書を入力して管理しているのですが、以前はその「蔵書」という言葉に拘って、こういう3冊(読了したら処分する予定です)は「蔵書」扱いせずに、読了したら右から左にさっさと処分するだけ、あえて入力(記録)はしていませんでした。

いわば「読み捨て」状態のこれらの本は、期間限定の「記憶」に残るだけで「記録」としては残りません。

しかし、これってなんかオカシナ話ですよね。買って読みもせずにただ積んでおくだけの本(多くは権威ある執筆者によるメジャーな出版社の本です)は「蔵書」としてコマメに記録するのに、たとえダイソー本であっても、自分に大きな感銘を与えた「平清盛」は、ある日「燃えるゴミ」と一緒に処分されようとしている。

しかし、自分にとって、一番大切なこと(記憶すべきもの)は、まずは自分に感銘を与えることができた「実績」の方であって、少なくとも未だ頼りない存在でしかない「期待」の方なんかじゃないことは明らかです。

ここまで考えてきたとき、「それなら図書館から借りて読んだ本は、どうなんだ」と自分の中から問い掛けてくる声がありました。

実は、こんなふうに考えたのは、ひとつの理由があります(前振りが少し長くなりましたが、ここからが表題の「小津安二郎、厚田雄春、宮川一夫」です)。

小津監督作品について考えているとき、派生的に、以前なにかで読んだエピソードがふっと思い浮かんできて、それを原典にあたって確かめたくなるなんてことがよくあります。

例えば、そういう位置付けにある本として蓮實重彦が聞き手になった厚田雄春の「小津安二郎物語」(筑摩書房)があげられ、近所の図書館が在庫しているので時折借りて愛読しています。

しかし、この本、難点もないわけではありません。

本来なら、撮影現場で小津監督のすぐ傍らにいて、時折遠慮がちにでも小津監督にお願いしてカメラを覗かせてもらっていた小津組のハエヌキ・厚田雄春の述懐ですから、それだけでも「第一級資料」たるべき役割を果たさなければならないのに、自由奔放、移り気で散漫な厚田雄春の思うがままに四散する述懐を制御できない蓮實重彦の聞き出しのまずさが、掘り下げにも広がりにも失敗したという大変残念な印象だけが残る淡白な本です。

しかし、それでも折に触れ、そこに書かれているエピソードを確かめたくなるときもあって、図書館から借り直すということをしばしば繰り返している本で、例えば、木暮実千代が厚田雄春に撮り方について注文をつけるクダリ(170頁~171頁)は、こんな一文ではじめられています。

「で、『お茶漬けの味』は、女優が木暮実千代、木暮が小津さんに出たのは、後にも先にもこれっきりでしょう。いまだからいえるけど、これは撮影中にいろいろあったんです。スキャンダルめいたことはいいたくありませんけど・・・」と前置きし、まず、木暮実千代が自分がどんなふうに撮られているか、所長試写ということで、小津監督には内緒でラッシュを(製作の山内武と渋谷組のキャメラ助手とともに)見ていたという話を紹介したあとで「大変無礼なことだと思いましたね」と憤慨し、「で、木暮は自分のアップが少ないから不満だっていってるんだってことがあとでぼくの耳に入ったんです。で、ぼくは小津さんに言ったんです。『撮影がまずくて汚く撮れた』っていわれたんなら仕方がない。でもそうじゃなくて、アップが少ないからいやだなんていわれたんじゃあ絶対困る。小津さん、『そんなことで騒ぐなよ』っていっておられましたけどね。」

そして、さらにこんなふうに続きます。

「御承知のように、小津組で『アップ』というときは顔一杯のアップじゃない。本当のこといえば、『アップ』は『バスト・ショット』なんです。みんな、胸から上くらいをねらっててそれが小津さん独特の画面になってる。そしたら、ある日、準備ができて位置が決まったとき、木暮が『厚田さん、こっち側から顔を撮ってね』といったんです。自分が綺麗だと思ってる右側の顔にしろというんでしょう。ぼくは、『うん、うん』っていって7フィートの位置をつけたんですけど、小津さんそれを聞いてらしたようで、『ロングでいいよ』と。で、ぼくは小津さんの顔を見たわけですよ。あ、私に対して気をつかって下さるんだな、ありがたいなって思いましたね。」

この一連の文章をどう読み取るか、「あ、私に対して気をつかって下さるんだな」でこのエピソードを覆い包むか、それとも、傲慢で我儘な女優の横暴を茶坊主よろしくご注進に及びバタバタと騒ぎ立てる厚田氏に対して「そんなことで騒ぐなよ」とうんざりしながら苦笑する小津監督の言葉の真意が、この文章の最後まで覆って支配しているとみるべきか、自分などには判断がつかないところですが、ただ、フィルムアート社刊・田中眞澄編の「小津安二郎 戦後語録集成 1946~1963」における厚田雄春への小津監督の言及のあまりの少なさとか、例の「女中に手を付けてしまった」発言などを考えると、小津監督は厚田氏をあくまで内輪のスタッフとして冷徹にみていたことが分かります、その裏付けとして、大映に出向いて宮川一夫と仕事をした際の、過剰ともいえる気の使い方や、敬意の払い方を伝えるエピソードなどを読み比べてみれば、あるいは、おのずとそこに答えは出ているのかもしれませんね。



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# by sentence2307 | 2017-06-04 08:59 | 映画 | Comments(0)

花芯

この「花芯」という作品が、もの凄く優れた作品なのか、それとも単に奇をてらっただけの愚劣な作品にすぎないのか、ずっと考え続けているのですが、もうかなりの期間、考えをまとめられないまま煩悶の日々を過ごしています。

そして、いまでは、この「花芯」は、自分にとって「躓きの石」というか「死の棘」というか、そういう作品になっていて、まるでそれは黒々とした癌細胞のように自分の内部を侵蝕しつづけています、たぶん、こういうのを「脅迫観念」とでもいうのだろうななどと、まさに恐慌状態にあります。

しかし、そんなふうに共感はおろか理解のできない映画というなら、なにもこれが最初の遭遇ってわけでもないので、この作品もそのうちの一作とみなしてさっさと思考放棄してしまえば、それはそれで済むことなのですが、しかし、それがなかなかできません。

それに、たとえ、自分の第一印象が「嫌悪」や「理解不能」であったとしても、また、この作品自体のチカラ不足のために見る側に十分な理解を届けられない卑力な映画なのだからと「負い目」に感じる必要はないと思う一方で、そういう作品にだって(「だからこそ」というべきか)なんらかの「伝えたいもの」があるはずで、たとえそれが自分にとって「負の部分」に位置するものであっても、そのことを理由として、つまり自分の「負の部分」を占めるものは一切考えないし書くことも放棄するのかという部分で引っ掛り、自分は「躊躇」し「煩悶」もしてきたのだと思います。

それに、自分の反応として、せいぜい「嫌悪感」くらいしかなかったのですが、やはりそれが「反応」のひとつであるなら、そのことをもって「思考停止」につなげるのはなんだか違うかなという思いもあり(むしろ、そちらの方が大きいかも)、たぶんそんなふうにこの作品を放棄したら、いままでの経験から、きっとあとあとまで後悔するに違いないと思いました。

思考停止して、過去に置き去りにしてきた「書けなかった作品」というのが、自分の中ではまるで「水子」か「喉につかえた魚の骨」みたいに、記憶の底深くに淀み沈殿しつづけ、ときおり疼き出して、その存在を痛みとして意識することに辟易しているので、いま目の前にあるこの映画「花芯」までミスミスそのうちのひとつとすることに戸惑うものがあるからかもしれません。

ですので、書けないのなら書けないなりに、そこに確かに存在しているものだけを頼りにしてでも、つまり「花芯」という作品に対して持った、たとえ「苛立ちと嫌悪感」だけを手掛かりにしてでも、ということですが、考えを少しでも前へすすめてみようかと思い立ちました、そして、足掻きついでに、この映画の感想をサイトでざっとオサライしてみました。

「この女性(主人公の園子です)は、誰も幸せにできないし、自分も幸せになれない感じで切ない。男性からすると、どう扱っていいものやら、どうしようもないって感じですかね。」とか、

「全く理解できないふしだらな女の話で、当時なら青線や赤線ででも働けば、きっと天職だっただろうにという感想しか思い浮かばなかった。」とか、オオムネこんな感じでしょうか。

しかし、この感想の背後に、自分が感じたのと同じ「嫌悪感」が見え隠れしているところからすると、このコメント氏もきっと男性に違いありません。

この「誰も幸せにできない」とか「青線や赤線ででも働けば、きっと天職だ」という、本質論とはまるで無縁の感情的な感想は、逆にいえば「自分のことを幸せにしてくれない女は駄目だ」とか「フシダラな女は、自分の伴侶にしたくない」と読み替えもでき(そこに男性の側の身勝手な願いや一方的な危惧が込められているだけなら)、当然、女性の側にだってそれなりの言いたいことも在り得るわけで、そこのところを是非とも知りたいと思いました。

たぶん、検索するまえの自分は、「男の所有物になって、経済的にも性的にも支配下に置かれることに反発する」という「男におもねらないで生きる時代を先取りした女性讃歌」みたいなコメントを想定していて(その延長線上で「寂聴先生バンザイ」なんていうのもあるかもしれません)、検索前に自分がどういう方向で論を進めていこうとしているのか、すでに無意識下で組み立てていたと思います。たぶん、ジェンダーギャップみたいな方向からのアプローチとか、ですが。

しかし、意外なことに、自分の安易な予想は、悉く裏切られました。

多くのコメントは、この作品を「理解」しようと務めてはいるものの、手放しの「好意的」なコメントはまったく見当たらない、「性差」を論ずる以前に「なんだか嫌な感じ」みたいなものがほとんどで、いわば「シャットダウン」的な拒否反応という印象を受けました。

「そうか、分かった!」思わず自分は膝を叩きました。

つまり、これってこういうことですよね。

「それが、どういう世界のことかは不明だけれども、とにかくフツーの人間の理解を阻む『いかがわしさや嫌悪感』だけなら、それは確かに『ここ』にある」みたいな。

つまり、(「つまり」だかどうだか分かりませんが)「それでも地球はやっぱ回っている」だったのです、自分の「嫌悪感」だけは確かに正しかった、のです。

自分は、この「花芯」という作品を、いつの間にかトッド・ヘインズ監督作品「キャロル」2015と同じタイプの誠実な作品と思い込み、必死になってその次元で理解しようと努めていたために、なおさら「理解」できずに(最初からそこには「出口」なんかなかったのですから当然だったのです)、拒否反応のような「嫌悪感」だけが、まるでサーモスタットか安全装置のように反応・機能して、思考がシャットダウンしたのだと始めて気がつきました。

あの作品において、中年女キャロルがテレーズを求めたのは、なにもレスビアンとして彼女の若い肉体をムサボリたかったからではありません。そもそもキャロル自身が真にレスビアンだったかどうかさえきわめて疑問と考えているくらいです。

もはや嫌悪感しか抱けない夫との冷え切った夫婦関係を修復できないまま、娘の親権さえ失おうとしているなかでキャロルはテレーズと出会います、上辺だけの人間関係に上手に適応できずに疲れ切り、世間の悪意ある偏見をうまく捌けないまま社会の片隅に追いやられようとしている孤独を抱え込んだ彼女にとって、その「孤独」を理解し合えるその一点で寄り添う誰かが必要だったというだけで、たとえその関係を成立させるものが、仮に「レスビアン」だったとしても一向に構わない、それは単にひとつの関係を築く手段にすぎないというだけで、孤独な人間同士が結びつくことができれば、その理由づけなんて実は「なんでもよかった」のだというのが、自分の印象でした。

しかし、映画「花芯」は、そういう世界のことが描かれているわけではありません。

親が決めた「いいなずけ」と結婚した園子は、夫との無味乾燥な夫婦関係を惰性的に続けていくうちに、逆に「無味乾燥でないsex」があることを徐々に肉体的に自覚します。

そして彼女は、「大恋愛」と思い込みながら夫の上役・越智と肉体関係をもちますが、実はそれは「無味乾燥でないsex」の歓びを自己証明するためのほんの最初の試みにすぎなかったということが、第二の自己証明としてなされる画学生・正田との性交のあとの「な~んだ、こんなことだったのか」というヒステリックな不意の高笑いによって彼女の「性の気づき」は的確に描かれています。

性交における肉体の歓びの前では、「親子関係」や「夫婦関係」と同じように、真実らしくみえる「恋愛関係」(じつは不倫です)でさえも空々しく、ただの取り繕ったマヤカシにすぎないことを、このとき園子は見抜きます(あるいは、「見抜いた」と錯覚します)。

しかし、彼女が、本当に「見抜いたのか」どうか、僕たちの抱いた「嫌悪感」は、まさに「そのこと」を正しく感覚的に否定していたのだと思います。

そのとき彼女の感じた性の歓びは、小学生や中学生が発見するのと同質の、極めて素朴な、単なる「自慰」の切っ掛け程度の「訪れ」でしかなかったはずなのに、園子にとっては、親が決めた許婚に唯々諾々と従ったように同じ無能な無抵抗さで、襲いかかる「快楽」にも唯々諾々と蹂躙・従属しただけのことにすぎなかったのであって、そのダラシナサや、「きみという女は、からだじゅうのホックが外れている感じだ」というセリフの演出者の解釈間違い(だらしない歩き方や阿部定のような着崩れでしか表現できない演出者の底知れない無能)が、僕たちに堪らない嫌悪感を抱かせたのだと思います。

フツーの人間ならやり過ごせるその性との遭遇を「事大」にしか認識できない意志薄弱な園子は、驚き戸惑い、自分の中で上手に処理できないまま(中学生がオナニーにふける他動的な熱心さで)性の快楽にのめり込んでいったにすぎません。

それは、少なくとも僕たちの世界のものではないし、映画「キャロル」が描こうとしたものでもありません。

むしろそれは、「わが秘密の生涯」や「O嬢の物語」や「悪徳の栄え」で描かれるべきものであって、そうである以上、同時に社会の見え透いた価値観に敢然と立ち向かい、みずからの全存在と命を懸けて戦いつづけ、ついには早世を余儀なくされた誠実な文人たちと同じような誠実さが不可欠だったのに、しかし、瀬戸内晴美こと寂聴は、よりにもよって、仏門などといういかがわしい見当違いな場所に逃れ込み身を隠してのうのうと小銭稼ぎに精を出しているという偽善者以外のなにものでもないことに心底あきれかえり、その「あきれ返り」の直感として、僕たちのあの「嫌悪感」があったのだと思い当たりました。

ラストシーン、久しぶりに逢った実の子供に手を差し伸べたとき、母親として・人間としての存在そのものを全否定されるような子供からの拒否にあったとき、園子はただぶざまな薄笑いを浮かべることしかできませんし、そこにはいささかの演出の工夫もありません。

そこにはただ、どうしていいか分からないでいる単なる定見なき淫乱女の惨憺たる戸惑いが描かれているにすぎませんでした。


(2016日本)監督・安藤尋、原作・瀬戸内寂聴『花芯』(講談社文庫刊)、脚本・黒沢久子、製作・間宮登良松、藤本款、エグゼクティブプロデューサー・加藤和夫、根上哲、プロデューサー・佐藤現、成田尚哉、尾西要一郎、キャスティングディレクター・杉野剛、ラインプロデューサー・熊谷悠、撮影・鈴木一博、照明・中西克之、録音・小川武、美術・小坂健太郎、編集・蛭田智子、助監督・石井晋一、
出演・村川絵梨(古川園子)、林遣都(雨宮清彦)、安藤政信(越智泰範)、藤本泉(古川蓉子)、落合モトキ(正田)、奥野瑛太(畑中)、毬谷友子(北林未亡人)、



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# by sentence2307 | 2017-05-28 10:32 | 映画 | Comments(0)

阪東妻三郎の強欲

wowowで放送した番組を、たとえそのとき見逃しても、パソコンでいつでも見ることができる「メンバーズ・オンデマンド」というのがあって、これってなかなかの優れもので、結構便利に活用させてもらっています。

とにかく、放送時間にこちらが合わせなくてもよくて、しかも、わざわざテレビの前に陣取る必要もないという「時間と場所」に拘束されないで済む自由で手軽なところが大いに気に入っています。

しかし、考えてみれば、「放送時間に合わせてテレビの前に座るのが億劫だ」なんて、なんという怠惰かと我ながら呆れ返りますが、思えばこの手の進化って、テレビのコントローラーが登場したあのあたりから、こんなふうな便利グッズへの「依存と鈍感」が始まったのではないかという気がしています。

便利に使わせてもらっていて、散々恩恵を受けているくせに、こんなふうに言うのも随分と身勝手で気が引けるのですが、逆にいえば、視聴者に対するメーカーの際限のないオモネリが、どんどん歯止めがかからなくなったという面もあるような気がします。

視聴者をただ甘やかしているにすぎない現実の「技術の進歩」が目指している定見なき「方向」というものが、なんだか間違っているのではないか・本当にこれでいいのかと、家電メーカーの凋落の報に接するたびに、なんだか分からなくなることがあったりします。

そういえば、むかしのテレビは、チャンネルを合わせるたびに、ダイヤルをガチャガチャ回していたわけで、それだけにダイヤル部分の劣化が激しく、故障といえば、まずはダイヤルの接触不良によって画像が写らなくなるというのが、最もポピュラーな故障だったように記憶しています。

応急処置として、その緩みはじめたダイヤルの下に文庫本かなにかを当てがい持ち上げておけば、しばらくはどうにか写るのですが、また少し経つと再び画像が乱れて薄れ始める、さらに文庫本を追加して持ち上げる、なんてことを際限なく繰り返しているうちに、いよいよ画像が心霊写真状態になって、とたんに「プシュー」とかいって消え、ついになにも写らない「放送終了画面」(当時は、深夜の放送はありませんでした)に至るということが多かったような気がします。

しかし、そんなふうに故障しても、当時はとても高価だったテレビ受像機のことですから、そう簡単に買い替えるなどという発想はなく、町の電気屋さんに幾度も修理にきてもらい、散々手を尽くし、いよいよ「こりゃ駄目だ」と最終宣告を受ける臨終状態になるまで、どうにかテレビ受像機を持たせていたことを思い出しました。

それを思うと、「死なないダイヤル」を生み出したテレビのコントローラーっていうのは、物凄い発明だった代わりに、その発明自体がテレビ受像機の販売台数を激減させた原因ともなったのだとしたら、なんだか皮肉な話だなあと思ったりしました。

話が物凄く横道に逸れてしまいましたが、なんでしたっけ、あっそうそう、wowowの「メンバーズ・オンデマンド」でしたよね。

アレ、結構よく見ていて、いまでもジャンル的には圧倒的に「映画」をチョイスすることが多いのですが、先日たまたま「ドキュメンタリー」というジャンルを選択してみました。

しかし、別に、この選択が初めてというわけではなくて、少し前に「アンダーカバー・ボス」とかいうアメリカの番組をよく視聴していました。

企業の社長とかCEOが変装して、身分を隠して自社の工場に新米の臨時工として入り込み、現場の様子(勤務状態とか不満とか)をつぶさに実見し、忠誠心を正当に評価されていない社員には金銭的な顕彰をして感謝・感激を強要するというなんとも安普請の「泣かせ番組」なのですが、その変装といっても、ヅラをつけて眼鏡をかけた付け髭という誰が見たってすぐに「あっ、社長だ」と分かってしまう程度のもので、それらを撮影するカメラだって別段隠す様子もないという「ヤラセ」はみえみえ、しかし、そういうことすべてを差し引いても、結構面白く見ていたのは、最後の「恐れ多くもここにおわしますのは」という水戸黄門的な、社長が身分を明かしたときの従業員のワザとらしいお約束のサプライズ・リアクションと、生活苦にある忠誠心に満ちた社員にボーナスを与えるときのスーパー・サプライズ・リアクション(感謝する従業員は大げさに号泣し、社長も貰い泣きします)にあるのですが、注目は、噓泣きしている貧しく哀れな従業員の方ではなくて、むしろ、二代目か三代目と思しき苦労知らずの若社長の見え透いた「どや顔」の方にあり、アメリカのクールな経営者たちがもし仮に、いままでの労使間関係になんらかの反省があって、ウワベではこうした家族的な繋がりもまた必要だなどと考えているのだとしても、アメリカの現実おいては、すでにシビアな格差社会(もはや移動不可能な固定された強固な階級社会です)がすっかり成熟して極限まで進行していて、すでに「自由と博愛」を語る小奇麗なタテマエなどとうに崩れており、そういう貧乏人の怒りを煽り、彼らの苛立ちを利用して仕事を奪う移民の排斥と過剰な保護主義政策を標榜して、実はひと儲けしようと画策している「死の商人」にすぎない「荒唐無稽なトランプ」を合衆国大統領に選出してしまうという、切迫した怒りの本音を吐露せざるを得ない貧困に苦しむ追い詰められた労働者たちが、この番組では、まるで従順な哀れで無力な羊にすぎなくて、そういう惨憺たる状態にある人間関係を、札びらを切って(あるいは、社長のポケットマネーを小出しにするような上から目線の見えすい行為によって)塗り固めようと夢見る経営者たちの見え透いたグロテスクなその時代錯誤の視点の噓寒さと滑稽さに(それが彼らのリアルの限界です)たぶん自分は惹かれ続けていたのだと思います。

それに、この愚劣な猿芝居(想像力の限界)を見ていると、アメリカのクールな経営者たちにとって、日本の「終身雇用」などという慣行は、まるで集団自決か自滅行為=カミカゼ特攻隊みたいな荒唐無稽で無謀な慣行としか考えてない冷笑さえ感じ取れる、実に興味深いものがありました。

あっ、またまた話が横道に逸れてしまいましたね。

≪その日、たまたま、ジャンルをいつもの「映画」ではなく、「ドキュメンタリー」を選択したとき≫までに話を戻しますね、やれやれ。

その日、たまたま、ジャンルをいつもの「映画」ではなく、「ドキュメンタリー」を選択したとき、真っ先に、「阪東妻三郎」の笑顔の写真が目にとまりました。

へぇ~、こんな番組があったんだと、意外な感じでちょっと驚きました。

タイトルは、「ノンフィクションW 阪東妻三郎 発掘されたフィルムの謎 ~世界進出の夢と野望」というものなのですが、なんで「意外な感じ」をもったのかというと、つい最近、高橋治の「純情無頼 小説阪東妻三郎」という本を読んだばかりだったので、この偶然になんだか不思議な巡り合わせを感じたからかもしれません。


高橋治には、「絢爛たる影絵―小津安二郎」という名著があって、読んだ当時は、随分ハマってしまいました。
その当時、自分もこの本から幾つかのネタを拝借した覚えがあります。

この著者の魅力は、なんといってもご当人が、しばらく松竹の撮影所に在籍していて、多くの絢爛たる映画人にジカに接したという生の経験の「引き出し」を多く持っていることで、紹介するエピソードの豊富さと迫力は群を抜いており、いわば余人の口出しを許さない「犯人しか知りえない事実の重み」みたいなものを語れる「特権的立場」にあるといえるからでしょう。

これは書き手とすれば最強であって、いわば「独壇場」には違いないのですが、その一方で、その関係があまりにも近すぎると「しがらみ」という要素が勝って、ややもするとそのエピソードに見え隠れする「きな臭い事実」の部分については、あからさまな言及ができずに口を閉ざすという、自制を伴う「足枷」も背負い込むという弱点もないわけでなく、その配慮が過剰であれば、当然単なる「ヨイショ本」に堕落するというリスクのあることは容易に想像できます。

紅白歌合戦のような華やかな「絢爛たる影絵―小津安二郎」においてなら「独壇場」という真価を十分に発揮できたものも、「純情無頼 小説阪東妻三郎」にあっては、「しがらみ」が大いに災いして、機能したのは「ヨイショ」の視点だけという残念な印象を受けました。
そして、今回wowowで見た「ノンフィクションW 阪東妻三郎 発掘されたフィルムの謎 ~世界進出の夢と野望」もまた、同じようにその無残な「ヨイショ」的な視点の域をいささかも出ていなかったのではないかという感じを持ちました。

このドキュメンタリーは、サブタイトルにもあるように阪東妻三郎の「世界進出の夢と野望」という文字通り華々しい視点から作られたものですが、しかし、映画史的に見れば、このユニヴァーサル社との提携と破局に至るまでの事情について、もうひとつ別の観点がなかったわけではありません。

田中純一郎の「日本映画発達史 Ⅱ」には、ユニヴァーサル社の現代劇部長だったという近藤伊与吉の談話が紹介されていますが、かくいう近藤伊与吉もユ社との契約解除後に「美しき奇術師」(1927)という作品を監督したと記録されています。どういうイキサツでユニヴァーサル社の現代劇部長になり、契約解除になったあとに提携作品を監督し(たぶん、残債整理ということもあったかもしれません)、そしてどういう立場で以下のようなコメントを残したのか、大いに興味があります。


≪ユ社は、The Picture of Bantsuma,Tachibana and Universal Corporation のCorporationは、製作を含めた興業、配給の共同責任と解釈し、阪妻、立花はCorporateしても、製作は自由で、ユ社は配給と興業に専念すればよい、と解釈した。だから、アメリカから技術者が来たり、製作上のアイデアをいくら持ってきても少しも受けつけず、ユ社と契約して来た自分などは、異端者扱いにされた。何よりもいけないことは、阪妻、立花は、1フィートいくらでユ社にネガフィルムを売り、これによってユ社は独占権を持つというだけの、紳士契約であった。ユ社は第一回配給映画を試写した時から、この紳士契約に悩まされた。1フィートいくらで買うのだから、どんな作品でもいいのだというので、片っ端から出鱈目な作品を製作した。尺数が予定に足らなければ、金のかからぬタイトルを、どしどし長引かしたのである。つまり、「あっ! しまった!」というタイトルは、通常1フィートでよいのに、それを6フィート、10フィートにして、観客はいつまで経っても「あっ! しまった!」を熟読し玩味しなければならなかった。だが、ユ社はこれに対しても、劇的場面同様、1フィートいくらの代金を支払わされたのである。≫


ユニヴァーサル社相手に尺数で金儲けを画策した「商魂」と、作品によって世界進出を図ろうとした「野心」とのあいだにどういう整合が成り立つのか、いまさら誠実さだとか営業倫理などを持ちだすまでもなく、ただひたすら戸惑うばかりですが、少なくともこのドキュメンタリーのタイトルに「世界進出の夢と野望」など到底似つかわしいとは思えず、この小文のタイトルとして冒頭に掲げた「阪東妻三郎の強欲」くらいが最も相応しいのではないかと愚考した次第です。


提携作品は、以下のとおりです。


★1927年 1月
1 「切支丹お蝶」原作脚本監督山上紀夫、撮影ハロルド・スミス・高城泰策、照明アル・ボックマン、主演五月信子、高橋義信 (※同時上映『大帝の密使』ヴィクトル・トゥールジャンスキー監督) 
★1927年 2月
2 「吸血鬼」監督山口哲平   
3 「笑殺」監督川浪良太、製作ジェイ・マーチャント、原作・脚本志波西果、主演金井謹之助   
4 「青蛾」監督鈴木重吉  
5 「突風を突いて」監督深海陸蔵  
6 「狂乱星月夜」監督悪麗之助  
7 「馬鹿野郎」監督志波西果   
★1927年 3月
8 「相寄る魂」監督小沢得二  
9 「濁流」監督多々羅三郎  
10 「明暗」監督安田憲邦  
11 「血潮」監督深海陸蔵  
12 「若人とロマンス」監督服部真砂雄  
13 「逆生」監督石川聖二  
14 「輪廻」監督門田清太郎  
15 「潮鳴」監督小沢得二  
16 「愛怨二筋道」監督宇沢芳幽貴  
★1927年 4月
17-1 「嵐に立つ女・前篇」監督小沢得二  
18 「泥濘」監督山口哲平  
17-2「嵐に立つ女・後篇」監督小沢得二  
19 「武士の家」監督深海陸蔵  
20 「惑路」監督笹木敦  
21 「当世新世帯」監督小沢得二  
22 「石段心中」監督古海卓二  
23 「仇討奇縁」監督宇沢芳幽貴  
24 「湖」監督服部真砂雄  
★1927年 5月
25 「雲雀」監督鈴木重吉
26 「兄貴」監督小沢得二  
27 「閃影・前篇」監督悪麗之助  
28 「閻魔帖抜書」監督宮田十三一  
29 「街道」監督石川聖二  
30 「弱虫」監督鈴木重吉  
31-1 「飛行夜叉・前篇」 監督宇沢芳幽貴  
★1927年 6月 契約解除後  
32 「武士なればこそ」 監督山口哲平  
33 「港の灯」 監督印南弘  
★1927年 7月
34 「美しき奇術師」 監督近藤伊与吉  
31-2「飛行夜叉・中篇」 監督宇沢芳幽貴(最終作品、後篇は製作せず)




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# by sentence2307 | 2017-05-05 09:41 | 映画 | Comments(0)
ずいぶん以前にアップした作品のコメントに、最近になって多くのアクセスをいただいて、意外な思いをしたことが幾度かありました。

例えば、松本俊夫監督が亡くなられた時には、「薔薇の葬列」に多くのアクセスをいただきましたし(あの訃報を知った日、自分も書棚から久しぶりに「映画の革命・芸術的ラジカリズムとは何か」を引っ張り出して、学生時代に引いた傍線の力のこもった文体にしばし読みふけり、受けた影響の大きさとか、鋭い論理で既成の価値観に決然と立ち向かった松本監督の孤高の「過激」をひとりしみじみと偲びました)、そのほかにも、思い出の作品に多くのアクセスをいただいたときなど、きっとどこかのチャンネルでその作品が放映されたに違いないという当て推量で、懐かしさも手伝って、もし再放送でもあれば是非みたいものと考え、大急ぎで検索をかけてみたことも再三ありました。

それに、自分が、当時いったいどんなことを書いたのかも、とても気になりますので、テレくささを抑え、恥ずかしながらと拙文をチラ見することもしばしばあり、ここ数日のことについていえば、成瀬己喜男監督の「山の音」がまさにそういう感じでアクセスをいただきました。

おそらくはきっと、この作品も、どこかの上映会かチャンネルで放映したに違いありません。

そして、本当に久し振りに自分のその感想なるものを読み返してみたのですが、文章のあまりの稚拙さ・言葉足らずに思わず顔が赤らみ、恥ずかしさでひとりウツムイテしまったほどだったものの、しかし、思えば、その稚拙さは、「言い回し」とか「語彙の貧しさ」とか「文体」についてだけのことであって、当時必死になって書こうとしたことのエッセンス自体は、「いま」でも、さほど変わっているとは思えません、いや、もしかすると同じようなことをまた書いてしまうかもしれないなというのが正直なところです(人間の感情というものは、たとえ時間がいくら経過しても、そう簡単には「変わったり、進化したり」するようなものではないということなのだろうと思います)。

さて、今回、自分の書いたものながら、読んでいるうちに、ハッと気づかされることがありました、最近見た幾つかの映画で共通して感じた「あること」が、その「山の音」のコメントのなかに書き込まれていたからでした。

少し長めの引用になりますが、「その部分」を契機にして自分が感じたことも併せて書いてみようかと思います。


≪「山の音」一部引用≫
「夫の異常な性向は、事務所の女子事務員を伴って愛人宅を訪れるという不自然なシチュエーションに加えて、さらに、その愛人と同居しているという女友達をも巻き込みながら、酔って荒れるという「乱交」的な異常さを連想してしまうような部分に簡潔に描かれていると思います。
そうした異常な余韻を受けて、観客は「娼婦の真似など出来ない」妻を追い詰める夫の冷ややかな朝のシーンの皮肉な言葉に、夜の寝間での夫婦の性的なやり取り(ある性技の要求と拒絶、あるいはその延長にある無理矢理の性交)という秘められた淫らなイメージがどこまでも広がっていき、だからこそ妻は、自分に宿った命を殺すという堕胎によって、そういう夫に対する拒絶の意思を明らかにしたのだと思います。」

*

最後の部分「だからこそ妻は、自分に宿った命を殺すという堕胎によって、そういう夫に対する拒絶の意思を明らかにしたのだ」というところですが、これってまさに最近見て感銘を受けた「レボリューショナリー・ロード / 燃え尽きるまで」(2008サム・メンデス監督)そのものじゃないですか。


会社での仕事が思うようにいかずに、すっかり生気を失って苛立ちを募らせている夫(レオナルド・ディカプリオが演じています)を見かねた妻(ケイト・ウィンスレットが演じています)は、こんな淀んだ生活なんかさっさと清算し、心機一転、かつて夫が夢のように語っていた「パリでの新生活」を提案します。

最初は半信半疑だった夫も、すっかり行き詰ったこの生活(妻とのあいだにも不協和音があり、言い争いが絶えません)を打開するには、あるいはいいことかもしれないなとちょっぴり気持ちを動かされ、ずるずると妻に同意してしまいます。

しかし、この時ですら、「パリでの新生活」に対して、ふたりの気持ちがぴったりと寄り添っていたかといえば、それはきわめて疑問だったといわねばなりません。

夫は、表向きには妻の提案に同意したものの(正確には、「拒否できなかった」からというのが本音です)、意識のどこかで、「そんな夢みたいなことなど、できるわけがない」と高をくくっていて、それは、そう決めた以後の夫の奇妙な陽気さと快活さ(そこにあるのは、パリ行きなど、所詮は非現実的な絵空事としか捉えてない実感のなさからくる解放感です)に序実に表れているように思えます。

そんな折、夫は図らずもオーナーから自分の仕事を評価され、破格の待遇で共同経営者にならないかと誘われます。

気持ちが揺らぐ夫に対して、その優柔不断さを妻は厳しく詰ります。

そしてある日、夫婦は修復不可能なくらいに互いを激しい言葉で難詰し、非難し、卑しめ、完膚なきまで傷つけ、もはや互いに共感できるものなど何ひとつ残ってないという極限の絶望の淵まで追い詰め、疲れ切って失意の夜を過ごします。

そして翌朝、すっかりぼろぼろになった夫は、「もはや、すべてを失ったのだ」という絶望と不安のなかで起き出していった台所で、不意に、背中を向けて甲斐甲斐しく朝食の支度をしている妻の姿を見出します。

妻は、静かに振り向き、優しい笑顔で夫を迎えます。

昨夜、口汚く罵り合った激しく無残な言葉の応酬は、あれは錯覚かマボロシにすぎなかったのかと思わせる奇跡のように穏やかな朝の食事をとりながら、ふたりは静かに言葉を交わし、微笑み合い、深く心を交わす(かに見える)素晴らしいラスト・シーンでした。

そして、妻は夫に穏やかに語り掛けます。

妻「夢を話しているときのあなたが、とても好きだったの」

夫「どの夫婦もするように、微笑みを交わしながら静かに朝食を食べ、そして、妻に笑顔で送り出されて会社にいく平凡な毎日が自分の望みだったんだ」

思えば、妻と夫のこの言葉のあいだには、修復不能な絶望的な亀裂があって、夫は「これで、すべてうまくいく」と喜びに胸躍らせて会社に向かっているそのとき、妻は、夢を失い、愚劣な「現実」を嬉々として語る夫に失望しながら、失意の中でお腹の子供(という「現実」)をオロス作業にわが身を傷つけ、そして失敗し、苦悶のなかで血まみれになって無残に息を引き取っていきます。

最初から「パリの新生活」など求めてもいなかった夫には、妻を不意に失ったその理由も、彼女が熱く求めていた夢のことも、結局は理解できなかったのだと言わざるを得ません。

「レボリューショナリー・ロード / 燃え尽きるまで」で描かれた妻と夫の絶望的な亀裂の物語は、日常に深く根ざした成瀬作品「山の音」が描いた妻の失意と諦念の物語に比べれば、随分と観念的なストーリーと感じられてしまうことは否めないとしても、それだけに一層ピュアなものを感じてしまったのかもしれませんね。


当初、「堕胎によって夫を見限る妻たち」と大きく構えてタイトルをつけたのは、橋口亮輔監督の「ぐるりのこと。」と、マイケル・ウィンターボトム監督の「トリシュナ」を絡めながら書くつもりだったのですが、ついにチカラ及ばず息切れして、残念な結果に終わらせてしまったことを告白しておかなければなりません。

アシカラズ


Revolutionary Road
(2008アメリカ・イギリス)監督・サム・メンデス、脚本・ジャスティン・ヘイス、原作・リチャード・イェーツ『家族の終わりに』(ヴィレッジブックス刊)、製作・ボビー・コーエン、ジョン・N・ハート、サム・メンデス、スコット・ルーディン、製作総指揮・ヘンリー・ファーネイン、マリオン・ローゼンバーグ、デヴィッド・M・トンプソン、音楽・トーマス・ニューマン、撮影・ロジャー・ディーキンス、編集・タリク・アンウォー、プロダクションデザイン・クリスティ・ズィー、衣装デザイン・アルバート・ウォルスキー、音楽監修・ランドール・ポスター、製作会社・BBCフィルムズ、ドリームワークス
出演・レオナルド・ディカプリオ(フランク・ウィーラー)、 ケイト・ウィンスレット(エイプリル・ウィーラー)、 キャシー・ベイツ(ヘレン・ギヴィングス夫人)、 マイケル・シャノン(ジョン・ギヴィングス)、 キャスリン・ハーン(ミリー・キャンベル)、デヴィッド・ハーバー(シェップ・キャンベル)、 ゾーイ・カザン(モーリーン・グラブ)、 ディラン・ベイカー(ジャック・オードウェイ)、 ジェイ・O・サンダース(バート・ポラック)、 リチャード・イーストン(ギヴィングス氏)、 マックス・ベイカー(ヴィンス・ラスロップ)、 マックス・カセラ(エド・スモール)、 ライアン・シンプキンス(ジェニファー・ウィーラー)、 タイ・シンプキンス(マイケル・ウィーラー)、 キース・レディン(テッド・バンディ)、



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# by sentence2307 | 2017-04-23 16:52 | 映画 | Comments(0)
インターネットの怒涛のような普及で、web対応に遅れた雑誌(紙ベースにこだわってきた雑誌は特に悲惨です)は、刊行部数激減の果てに、雪ダルマ式に負債を増やしながら追い詰められ、どんどん廃刊に追い込まれている現実に歯止めがかかりません。

雑誌の刊行部数の戦後最低記録を年毎にますます塗り替え続けているというのが現状です。

通勤電車のなかで雑誌はおろか新聞を読んでいる人さえ最近はまったく見かけませんし(ましてや書籍などトンデモナイという感じですから)、町で行き交う人たちが片手に雑誌を抱えている姿など見なくなりました。

スマホがそういう日常風景の在り方を根本から変えてしまったのでしょうね、驚くべきことだと思います。

以前ならサラリーマンが週刊誌(自分の場合は「週刊文春」か「週刊新潮」でしたが)を抱えている姿などザラだったし、なかにはあの分厚い「文芸春秋」をさえ持ち歩いていた人もいたくらいですから、いまの出版業界の閑散としたシャッター状態と比較すると、ほんとに昔日の感があります、実にさびしい限りです。

まあ、ハナから発行部数が少なかった学術誌や地味系の専門誌などは、それでも律儀な固定読者がしっかりと支えてくれているので、どうにか踏みとどまっているらしいのですが、もっとも厳しい局面にあるのが膨大な発行部数を誇っていたトレンディなファッション雑誌や料理本など趣味の本関係ということらしいのです。

しかし、なにも読者が「ファッション」や「レシピ」の情報を必要としなくなったのかといえば、そうではなくて、いま必要な部分だけが提供される「切売り」があれば十分(まさにスマホです)なので、いま必要としない情報までには金は出さないという「シビア」な姿勢に変わってきたのだと思います。

そういう熾烈な状況を考えると、自分が愛読している「キネマ旬報」などは、随分と頑張っていると思います、実にたいしたものだと常々感心している次第です。

まあ、これからちょっと苦言を呈しようかと思っているので、ここはひとつ軽く褒めておかないといけないかなということで。
しかし、この「キネマ旬報」、月にたった2回の配本だというのに、(自分のズボラとテイタラクを棚に上げて言うのもなんですが)ここのところ、じっくり腰を落ち着けて読んだという記憶がありません。

いえいえ、記事がつまらないということではなくて、むしろ「ぜひとも読んでみたいという記事があるのにもかかわらず」ですから、そこを「読み逃」してしまう(イメージは「見逃す」と同じです)というのですから、自分のグウタラ振りもほとんど重症です。

そのなかで、これだけは是非ともじっくり目を通したい・通さねば、という一冊がありました。それは去年の11月下旬号掲載の「100%監督主義」という巻頭の特集記事で、サブタイトルが「100人の評論家が選んだ外国映画監督ベスト・テン」という物凄い企画です。
なるほど、なるほど。

世の中の急激な変化を敏感に反映する映画のことです、昨日の情報が、今日には役立たないなんてことは当然で、入れ替わりの激しいトレンディな「映画監督情報」なら是非ともチェックしておきたいとは気になっていながら、なんだかんだと延び延びになり、ついに「今日」になってしまいました。

記事の構成は、「外国映画監督ベスト・テン」の12人(同数として7位が2人、9位が4人)が顔写真入りで紹介されており、次頁に、下位の監督名がずらっと並んでいます。

大まかに振られているNo.を辿っていくと総勢361人になる勘定なのですが、実は、189位とすべき箇所を「289位」と表示したミスプリントがあって、実のところの総勢は、261人であることをリスト(下記参照)を作成して確かめました(「読者1位」は、読者のベストテン1位の意味です)。

そして、リストのうち1行空けた箇所は、そのグループの獲得ポイントの境目で、例えば、

クリント・イーストウッドの81ポイントの1位からはじまって、ドゥニ・ヴィルヌーヴの43ポイントの2位、ポール・トーマス・アンダーソン30ポイトンの3位、という具合にベストテングループがあり、順次ずっと下がって、【アベル・フェラーラ】のグループがすべて3ポイント獲得、【アヌラーグ・バス】のグループがすべて2ポイント獲得、【アキ・カウリスマキ】のグループがすべて1ポイント獲得した監督という感じで下位の大きなグループが極めて僅差な点差で接しています。

しかし、考えてみれば、なんとアバウトで大味なランキングかとあきれてしまいました。なにしろ、各グループ内は、きっちり「五十音順」になっているところを見ると、最初に五十音順になっている整然たるリストがあって、それを切り取ってきただけらしいイージーさです、あきれないわけにはいきません。

なにしろ、たった2ポイントの差で100位からの差がついてしまううえのこの「五十音」ですから、どこがベストテンかと、思わず苦笑してしまいました。日本の雑誌でこんなことして遊んでいるなんて知ったら、カウリスマキはなんて言うでしょうね、うっかり教えられませんよね。

知られたら大変だ、もう日本になんか来てくれないかもしれません。

それに、末尾に掲げた4人は、読者のベスト10でランクされていた監督なのですが、業界人が選んだ261位にも入らなかったというわけで、「それってどういうことなの」という気分です。

なんだか釈然としませんが。

以下は、ランキング・リストです。とにかく「労作」です、褒めてください。


【クリント・イーストウッド】1位・読者2位
【ドゥニ・ヴィルヌーヴ】2位・読者5位
【ポール・トーマス・アンダーソン】3位
【ミゲル・ゴメス】4位
【ウェス・アンダーソン】5位・読者17位
【デイミアン・チャゼル】6位・読者9位
【ジャン=リュック・ゴダール】7位
【キム・ギドク】8位
【ジャン・ジャンクー】9位・読者26位
【ラース・フォン・トリアー】10位
【クリストファー・ノーラン】11位・読者1位
【ジョエル&イーサン・コーエン】12位・読者20位

【ジョニー・トー】13位・読者14位
【パオロ・ソレンティーノ】14位

【グザヴィエ・ドラン】15位・読者8位
【スティーヴン・スピルバーグ】16位・読者7位
【トッド・ヘインズ】17位
【リチャード・リンクレイター】18位・読者28位

【アルフォンソ・キュアロン】19位
【アルハンドロ・ホドロフスキー】20位
【イエジー・スコリモフスキー】21位

【アピチャッポン・ウィーラセタクン】22位
【アスガー・ファルハディ】23位
【クェンティン・タランティーノ】24位・読者4位
【トーマス・アルフレッドソン】25位
【ブリランテ・メンドーサ】26位
【ホン・サンス】27位
【ワン・ピン 王兵】28位

【アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ】29位・読者10位
【ウディ・アレン】30位・読者6位
【ジャウマ・コレット=セラ】31位
【ブライアン・デ・パルマ】32位
【ポール・フェイグ】33位

【アルノー・ディプレシャン】34位
【アンドレイ・ズビャギンツェフ】35位
【イーライ・ロス】36位
【ジャック・オディアール】37位
【ドリュー・バリモア】38位
【ポン・ジュノ】39位・読者18位

【イ・チャンドン】40位
【ヴィクトル・エリセ】41位
【ギヨーム・ブラック】42位
【ケン・ローチ】43位
【サラ・ポーリー】44位
【ジャンフランコ・ロージー】45位
【ジョン・カーペンター】46位
【ジョン・ワッツ】47位
【ミア・ハンセン=ラブ】48位
【レオス・カラックス】49位

【アブデラティフ・ケシシュ】50位
【アン・リー】51位
【ヴェルナー・ヘルウォーク】52位
【シュー・ハオフォン 徐浩峰】53位
【チャウ・シンチー】54位
【ディアオ・イーナン 刀亦男】55位
【トム・フォード】56位
【ハニ・アブ・アサド】57位
【ホウ・シャオシェン】58位
【リドリー・スコット】59位・読者24位

【アダム・ウィンガード】60位
【ギレルモ・デル・トロ】61位
【ジョン・カーニー】62位・読者15位
【ソフィア・コッポラ】63位
【ペドロ・アルモドバル】64位
【マーティン・スコセッシ】65位・読者20位
【モフセン・マクバルハフ】66位
【ラヴ・ディアス】67位

【ショーン・ペン】68位
【ディヴィッド・ミショッド】69位
【ヌリ・ビルゲ・ジェイラン】70位
【ノア・バームバック】71位
【ベン・アフレック】72位

【アイラ・サックス】73位
【アニエス・ヴァルダ】74位
【アリ・フォルマン】75位
【イム・グォンテク】76位
【ギジェルモ・アリアガ】77位
【ジェームス・L・ブルックス】78位
【ジェームス・キャメロン】79位
【ジェームス・グレイ】80位
【ジェフ・ニコルズ】81位
【ジャファール・バナヒ】82位
【ジョージ・ミラー】83位・読者19位
【ジョン・トレス】84位
【シルヴェスタ・スタローン】85位
【スサンネ・ビア】86位
【スティーヴン・ダルドリー】87位
【スティーヴ・マックイーン】88位
【セバスチャン・シッパー】89位
【ダン・ギルロイ】90位
【チャン・ロンジー】91位
【ツァイ・ミンリャン】92位
【トミー・リー・ジョーンズ】93位
【トム・ティクヴァ】94位
【ナ・ホンジン】95位
【ニコラス・ウィンディング・レフン】96位
【バズ・ラーマン】97位
【ファティ・アキン】98位
【フィル・ロード&クリストファー・ミラー】99位
【フランソワ・オゾン】100位・読者13位
【ペドロ・コスタ】101位
【マティアス・ピニェイロ】102位
【ミロスラヴ・スラボシュピツキー】103位
【リ・イン 李纓】104位
【リョン・ロクマン&サニー・ルク】105位
【レナ・ダナム】106位
【レニー・エイブラハムソン】107位
【ローズ・ボッシュ】108位
【ロブ・マーシャル】109位
【ロブ・ライナー】110位

【アトム・エゴヤン】111位
【ウィゼマ・ボルヒュ】112位
【ウィリアム・フリードキン】113位
【ギャスパー・ノエ】114位
【クアク・ジャヨン】115位
【クレイグ・ブリュワー】116位
【サイモン・カーティス】117位
【シーグリット・アーンドレア・P・ベルナード】118位
【J・J・エイブラハムス】119位
【ジム・ジャームッシュ】120位
【ジョー・カーナハン】121位
【ジョシュア・オッペンハイマー】122位
【ジョン・ファブロー】123位
【チャンヤン 張楊】124位
【チャン・ユーシュン】125位
【チョン・モンホン】126位
【デイヴィッド・エアー】127位・読者25位
【デブ・ラグラニック】128位
【ナンシー・マイヤーズ】129位
【ネヴェルダイン/テイラー】130位
【パン・ホーチョン 彭浩翔】131位
【ブルハン・クルバニ】132位
【フレデリック・ワイズマン】133位
【ベルトラン・ボロネ】134位
【ホイット・スティルマン】135位
【マーレン・アーデ】136位
【マルガレーテ・フォン・トロッタ】137位
【ミケランジェロ・フランマルティーノ】138位
【ミシェル・アザナヴィシウス】139位
【ミヒャエル・ハネケ】140位・読者23位
【ヤウ・ナイホイ】141位
【リチャード・アイオアディ】142位

【アベル・フェラーラ】143位
【アレクセイ・フェドロチェンコ】144位
【イー・ツーイェン】145位
【ヴォルフガング・ベッカー】146位
【ウルリヒ・ザイドル】147位
【エリック・エマニュエル・シュミット】148位
【キム・ゴク&キム・ソン】149位
【ギャヴィン・フッド】150位
【キャスリン・ビグロー】151位
【クリスティアン・ペッツォルト】152位
【クリストファー・マッカリー】153位
【クリスビン・グローヴァー】154位
【ジェイ・ローチ】155位
【J・C・チャンダー】156位
【ジェームズ・ガン】157位
【ジャスティン・リン】158位
【ジャド・アパトー】159位
【ジャン=マリー・ストロープ】160位
【ジョディ・フォスター】161位
【ジョナサン・グレイザー】162位
【ステファヌ・ブリゼ】163位
【ダニー・ボイル】164位
【ダン・トラクテンバーグ】165位
【ディヴィッド・フィンチャー】166位・読者3位
【ディヴィッド・リンチ】167位
【ティム・バートン】168位・読者12位
【テリー・ギリアム】169位
【トッド・フィールド】170位
【トニー・ガトリフ】171位
【トム・フーバー】172位
【ナワポン・タムロンラタナリット】173位
【ニール・ブロムカンプ】174位
【ネメス・ラースロー】175位
【ハイレ・ゲリマ】176位
【パトリシオ・グスマン】177位
【フランシス・F・コッポラ】178位
【ベネット・ミラー】179位
【ベン・ウィートリー】180位
【ホセ・ルイス・ゲリン】181位
【マーク・ローレンス】182位
【ミランダ・ジュライ】183位
【メイベル・チャン】184位
【ラージクマール・ヒラーニ】185位
【リュ・スンワン】186位
【ロバート・ストロンバーグ】187位
【ロン・ハワード】188位

【アヌラーグ・バス】189位
【ウォン・カーウァイ】190位
【エドモンド・ヨウ】191位
【オリヴィエ・アサイヤス】192位
【カルロス・ベルムト】193位
【カン・ギェジュ】194位
【ゲイリー・ロス】195位
【サース・ヤーノシュ】196位
【サミュエル・ベンシェトリ】197位
【ジャンニ・アメリオ】198位
【ジュゼッペ・トルナトーレ】199位
【ジョージ・クルーニー】200位
【ジョゼ・パジーリア】201位
【ジョセフ・カーン】202位
【ジョン・ブアマン】203位
【ジョン・リー・ハンコック】204位
【スティーヴン・フリアーズ】205位
【ソト・クォーリーカー】206位
【ダン・ニャット・ミン】207位
【ディヴィッド・クローネンバーグ】208位
【ディヴィッド・マッケンジー】209位
【ディヴィッド・ロバート・ミッチェル】210位
【トム・マッカーシー】211位
【ニコラス・ローグ】212位
【ニック・パーク】213位
【パスカル・フェラン】214位
【プラッチャヤー・ピンゲーオ】215位
【フレッド・カヴァイエ】216位
【フロリアン・ダーヴィト・フィッツ】217位
【ホアン・ミンチェン 黄銘正】218位
【マーティン・マクドナー】219位
【マシュー・ヴォーン】220位・読者11位
【マルタン・プロヴォスト】221位
【ヨアヒム・トリアー】222位
【ラミン・バーラニ】223位
【リー・ダニエルス】224位
【リサンドロ・アロンソ】225位
【リチャード・ケリー】226位
【リティ・パニエ】227位

【アキ・カウリスマキ】228位
【アラン・モイル】229位
【アレキサンダー・ペイン】230位・読者30位
【イム・スルレ】231位
【ヴァンサン・マケーニュ】232位
【エドウィン】233位
【カルロス・レイガダス】234位
【ジェームス・T・ホン】235位
【ジェームズ・ヴァンダービルト】236位
【ジェフリー・C・チャンダー】237位
【シャロン・マイモン&タル・グラニット】238位
【ジョー・グータイ 周格泰】239位
【ジョエル・ホプキンス】240位
【ジョージ・A・ロメロ】241位
【ジョージ・ルーカス】242位
【ジョージ・ロイ・ヒル】243位
【ジョン・ハイアムズ】244位
【スティーヴン・ナイト】245位
【スパイク・ジョーンズ】246位
【スペイシー・ペラルダ】247位
【ダミアン・マニヴェル】248位
【タル・ベーラ】249位
【チェ・ドンフン】250位
【チェン・ユーシュン 陳玉勲】251位
【チョン・グンソプ】252位
【デレク・シアンフラン】253位
【ドーリス・デリエ】254位
【トビアス・リンホルム】255位
【ハーモニー・コリン】256位
【ブリュノ・デュモン】257位
【マイケル・マン】258位
【モンテ・ヘルマン】259位
【リリ・リザ】260位
【ルーシャン・キャステーヌ・テイラー&ヴェレナ・パラヴェル】261位

【ジャン=ピエール&リュッリ・ダルデンヌ】・読者16位
【ペドロ・アルモノバル】・読者22位
【ギレルモ・デル・トロ】・読者26位
【ナ・ホンジン】・読者29位



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# by sentence2307 | 2017-04-08 13:40 | 映画 | Comments(0)