世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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ずいぶん以前にアップした作品のコメントに、最近になって多くのアクセスをいただいて、意外な思いをしたことが幾度かありました。

例えば、松本俊夫監督が亡くなられた時には、「薔薇の葬列」に多くのアクセスをいただきましたし(あの訃報を知った日、自分も書棚から久しぶりに「映画の革命・芸術的ラジカリズムとは何か」を引っ張り出して、学生時代に引いた傍線の力のこもった文体にしばし読みふけり、受けた影響の大きさとか、鋭い論理で既成の価値観に決然と立ち向かった松本監督の孤高の「過激」をひとりしみじみと偲びました)、そのほかにも、思い出の作品に多くのアクセスをいただいたときなど、きっとどこかのチャンネルでその作品が放映されたに違いないという当て推量で、懐かしさも手伝って、もし再放送でもあれば是非みたいものと考え、大急ぎで検索をかけてみたことも再三ありました。

それに、自分が、当時いったいどんなことを書いたのかも、とても気になりますので、テレくささを抑え、恥ずかしながらと拙文をチラ見することもしばしばあり、ここ数日のことについていえば、成瀬己喜男監督の「山の音」がまさにそういう感じでアクセスをいただきました。

おそらくはきっと、この作品も、どこかの上映会かチャンネルで放映したに違いありません。

そして、本当に久し振りに自分のその感想なるものを読み返してみたのですが、文章のあまりの稚拙さ・言葉足らずに思わず顔が赤らみ、恥ずかしさでひとりウツムイテしまったほどだったものの、しかし、思えば、その稚拙さは、「言い回し」とか「語彙の貧しさ」とか「文体」についてだけのことであって、当時必死になって書こうとしたことのエッセンス自体は、「いま」でも、さほど変わっているとは思えません、いや、もしかすると同じようなことをまた書いてしまうかもしれないなというのが正直なところです(人間の感情というものは、たとえ時間がいくら経過しても、そう簡単には「変わったり、進化したり」するようなものではないということなのだろうと思います)。

さて、今回、自分の書いたものながら、読んでいるうちに、ハッと気づかされることがありました、最近見た幾つかの映画で共通して感じた「あること」が、その「山の音」のコメントのなかに書き込まれていたからでした。

少し長めの引用になりますが、「その部分」を契機にして自分が感じたことも併せて書いてみようかと思います。


≪「山の音」一部引用≫
「夫の異常な性向は、事務所の女子事務員を伴って愛人宅を訪れるという不自然なシチュエーションに加えて、さらに、その愛人と同居しているという女友達をも巻き込みながら、酔って荒れるという「乱交」的な異常さを連想してしまうような部分に簡潔に描かれていると思います。
そうした異常な余韻を受けて、観客は「娼婦の真似など出来ない」妻を追い詰める夫の冷ややかな朝のシーンの皮肉な言葉に、夜の寝間での夫婦の性的なやり取り(ある性技の要求と拒絶、あるいはその延長にある無理矢理の性交)という秘められた淫らなイメージがどこまでも広がっていき、だからこそ妻は、自分に宿った命を殺すという堕胎によって、そういう夫に対する拒絶の意思を明らかにしたのだと思います。」

*

最後の部分「だからこそ妻は、自分に宿った命を殺すという堕胎によって、そういう夫に対する拒絶の意思を明らかにしたのだ」というところですが、これってまさに最近見て感銘を受けた「レボリューショナリー・ロード / 燃え尽きるまで」(2008サム・メンデス監督)そのものじゃないですか。


会社での仕事が思うようにいかずに、すっかり生気を失って苛立ちを募らせている夫(レオナルド・ディカプリオが演じています)を見かねた妻(ケイト・ウィンスレットが演じています)は、こんな淀んだ生活なんかさっさと清算し、心機一転、かつて夫が夢のように語っていた「パリでの新生活」を提案します。

最初は半信半疑だった夫も、すっかり行き詰ったこの生活(妻とのあいだにも不協和音があり、言い争いが絶えません)を打開するには、あるいはいいことかもしれないなとちょっぴり気持ちを動かされ、ずるずると妻に同意してしまいます。

しかし、この時ですら、「パリでの新生活」に対して、ふたりの気持ちがぴったりと寄り添っていたかといえば、それはきわめて疑問だったといわねばなりません。

夫は、表向きには妻の提案に同意したものの(正確には、「拒否できなかった」からというのが本音です)、意識のどこかで、「そんな夢みたいなことなど、できるわけがない」と高をくくっていて、それは、そう決めた以後の夫の奇妙な陽気さと快活さ(そこにあるのは、パリ行きなど、所詮は非現実的な絵空事としか捉えてない実感のなさからくる解放感です)に序実に表れているように思えます。

そんな折、夫は図らずもオーナーから自分の仕事を評価され、破格の待遇で共同経営者にならないかと誘われます。

気持ちが揺らぐ夫に対して、その優柔不断さを妻は厳しく詰ります。

そしてある日、夫婦は修復不可能なくらいに互いを激しい言葉で難詰し、非難し、卑しめ、完膚なきまで傷つけ、もはや互いに共感できるものなど何ひとつ残ってないという極限の絶望の淵まで追い詰め、疲れ切って失意の夜を過ごします。

そして翌朝、すっかりぼろぼろになった夫は、「もはや、すべてを失ったのだ」という絶望と不安のなかで起き出していった台所で、不意に、背中を向けて甲斐甲斐しく朝食の支度をしている妻の姿を見出します。

妻は、静かに振り向き、優しい笑顔で夫を迎えます。

昨夜、口汚く罵り合った激しく無残な言葉の応酬は、あれは錯覚かマボロシにすぎなかったのかと思わせる奇跡のように穏やかな朝の食事をとりながら、ふたりは静かに言葉を交わし、微笑み合い、深く心を交わす(かに見える)素晴らしいラスト・シーンでした。

そして、妻は夫に穏やかに語り掛けます。

妻「夢を話しているときのあなたが、とても好きだったの」

夫「どの夫婦もするように、微笑みを交わしながら静かに朝食を食べ、そして、妻に笑顔で送り出されて会社にいく平凡な毎日が自分の望みだったんだ」

思えば、妻と夫のこの言葉のあいだには、修復不能な絶望的な亀裂があって、夫は「これで、すべてうまくいく」と喜びに胸躍らせて会社に向かっているそのとき、妻は、夢を失い、愚劣な「現実」を嬉々として語る夫に失望しながら、失意の中でお腹の子供(という「現実」)をオロス作業にわが身を傷つけ、そして失敗し、苦悶のなかで血まみれになって無残に息を引き取っていきます。

最初から「パリの新生活」など求めてもいなかった夫には、妻を不意に失ったその理由も、彼女が熱く求めていた夢のことも、結局は理解できなかったのだと言わざるを得ません。

「レボリューショナリー・ロード / 燃え尽きるまで」で描かれた妻と夫の絶望的な亀裂の物語は、日常に深く根ざした成瀬作品「山の音」が描いた妻の失意と諦念の物語に比べれば、随分と観念的なストーリーと感じられてしまうことは否めないとしても、それだけに一層ピュアなものを感じてしまったのかもしれませんね。


当初、「堕胎によって夫を見限る妻たち」と大きく構えてタイトルをつけたのは、橋口亮輔監督の「ぐるりのこと。」と、マイケル・ウィンターボトム監督の「トリシュナ」を絡めながら書くつもりだったのですが、ついにチカラ及ばず息切れして、残念な結果に終わらせてしまったことを告白しておかなければなりません。

アシカラズ


Revolutionary Road
(2008アメリカ・イギリス)監督・サム・メンデス、脚本・ジャスティン・ヘイス、原作・リチャード・イェーツ『家族の終わりに』(ヴィレッジブックス刊)、製作・ボビー・コーエン、ジョン・N・ハート、サム・メンデス、スコット・ルーディン、製作総指揮・ヘンリー・ファーネイン、マリオン・ローゼンバーグ、デヴィッド・M・トンプソン、音楽・トーマス・ニューマン、撮影・ロジャー・ディーキンス、編集・タリク・アンウォー、プロダクションデザイン・クリスティ・ズィー、衣装デザイン・アルバート・ウォルスキー、音楽監修・ランドール・ポスター、製作会社・BBCフィルムズ、ドリームワークス
出演・レオナルド・ディカプリオ(フランク・ウィーラー)、 ケイト・ウィンスレット(エイプリル・ウィーラー)、 キャシー・ベイツ(ヘレン・ギヴィングス夫人)、 マイケル・シャノン(ジョン・ギヴィングス)、 キャスリン・ハーン(ミリー・キャンベル)、デヴィッド・ハーバー(シェップ・キャンベル)、 ゾーイ・カザン(モーリーン・グラブ)、 ディラン・ベイカー(ジャック・オードウェイ)、 ジェイ・O・サンダース(バート・ポラック)、 リチャード・イーストン(ギヴィングス氏)、 マックス・ベイカー(ヴィンス・ラスロップ)、 マックス・カセラ(エド・スモール)、 ライアン・シンプキンス(ジェニファー・ウィーラー)、 タイ・シンプキンス(マイケル・ウィーラー)、 キース・レディン(テッド・バンディ)、



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# by sentence2307 | 2017-04-23 16:52 | 映画 | Comments(0)
インターネットの怒涛のような普及で、web対応に遅れた雑誌(紙ベースにこだわってきた雑誌は特に悲惨です)は、刊行部数激減の果てに、雪ダルマ式に負債を増やしながら追い詰められ、どんどん廃刊に追い込まれている現実に歯止めがかかりません。

雑誌の刊行部数の戦後最低記録を年毎にますます塗り替え続けているというのが現状です。

通勤電車のなかで雑誌はおろか新聞を読んでいる人さえ最近はまったく見かけませんし(ましてや書籍などトンデモナイという感じですから)、町で行き交う人たちが片手に雑誌を抱えている姿など見なくなりました。

スマホがそういう日常風景の在り方を根本から変えてしまったのでしょうね、驚くべきことだと思います。

以前ならサラリーマンが週刊誌(自分の場合は「週刊文春」か「週刊新潮」でしたが)を抱えている姿などザラだったし、なかにはあの分厚い「文芸春秋」をさえ持ち歩いていた人もいたくらいですから、いまの出版業界の閑散としたシャッター状態と比較すると、ほんとに昔日の感があります、実にさびしい限りです。

まあ、ハナから発行部数が少なかった学術誌や地味系の専門誌などは、それでも律儀な固定読者がしっかりと支えてくれているので、どうにか踏みとどまっているらしいのですが、もっとも厳しい局面にあるのが膨大な発行部数を誇っていたトレンディなファッション雑誌や料理本など趣味の本関係ということらしいのです。

しかし、なにも読者が「ファッション」や「レシピ」の情報を必要としなくなったのかといえば、そうではなくて、いま必要な部分だけが提供される「切売り」があれば十分(まさにスマホです)なので、いま必要としない情報までには金は出さないという「シビア」な姿勢に変わってきたのだと思います。

そういう熾烈な状況を考えると、自分が愛読している「キネマ旬報」などは、随分と頑張っていると思います、実にたいしたものだと常々感心している次第です。

まあ、これからちょっと苦言を呈しようかと思っているので、ここはひとつ軽く褒めておかないといけないかなということで。
しかし、この「キネマ旬報」、月にたった2回の配本だというのに、(自分のズボラとテイタラクを棚に上げて言うのもなんですが)ここのところ、じっくり腰を落ち着けて読んだという記憶がありません。

いえいえ、記事がつまらないということではなくて、むしろ「ぜひとも読んでみたいという記事があるのにもかかわらず」ですから、そこを「読み逃」してしまう(イメージは「見逃す」と同じです)というのですから、自分のグウタラ振りもほとんど重症です。

そのなかで、これだけは是非ともじっくり目を通したい・通さねば、という一冊がありました。それは去年の11月下旬号掲載の「100%監督主義」という巻頭の特集記事で、サブタイトルが「100人の評論家が選んだ外国映画監督ベスト・テン」という物凄い企画です。
なるほど、なるほど。

世の中の急激な変化を敏感に反映する映画のことです、昨日の情報が、今日には役立たないなんてことは当然で、入れ替わりの激しいトレンディな「映画監督情報」なら是非ともチェックしておきたいとは気になっていながら、なんだかんだと延び延びになり、ついに「今日」になってしまいました。

記事の構成は、「外国映画監督ベスト・テン」の12人(同数として7位が2人、9位が4人)が顔写真入りで紹介されており、次頁に、下位の監督名がずらっと並んでいます。

大まかに振られているNo.を辿っていくと総勢361人になる勘定なのですが、実は、189位とすべき箇所を「289位」と表示したミスプリントがあって、実のところの総勢は、261人であることをリスト(下記参照)を作成して確かめました(「読者1位」は、読者のベストテン1位の意味です)。

そして、リストのうち1行空けた箇所は、そのグループの獲得ポイントの境目で、例えば、

クリント・イーストウッドの81ポイントの1位からはじまって、ドゥニ・ヴィルヌーヴの43ポイントの2位、ポール・トーマス・アンダーソン30ポイトンの3位、という具合にベストテングループがあり、順次ずっと下がって、【アベル・フェラーラ】のグループがすべて3ポイント獲得、【アヌラーグ・バス】のグループがすべて2ポイント獲得、【アキ・カウリスマキ】のグループがすべて1ポイント獲得した監督という感じで下位の大きなグループが極めて僅差な点差で接しています。

しかし、考えてみれば、なんとアバウトで大味なランキングかとあきれてしまいました。なにしろ、各グループ内は、きっちり「五十音順」になっているところを見ると、最初に五十音順になっている整然たるリストがあって、それを切り取ってきただけらしいイージーさです、あきれないわけにはいきません。

なにしろ、たった2ポイントの差で100位からの差がついてしまううえのこの「五十音」ですから、どこがベストテンかと、思わず苦笑してしまいました。日本の雑誌でこんなことして遊んでいるなんて知ったら、カウリスマキはなんて言うでしょうね、うっかり教えられませんよね。

知られたら大変だ、もう日本になんか来てくれないかもしれません。

それに、末尾に掲げた4人は、読者のベスト10でランクされていた監督なのですが、業界人が選んだ261位にも入らなかったというわけで、「それってどういうことなの」という気分です。

なんだか釈然としませんが。

以下は、ランキング・リストです。とにかく「労作」です、褒めてください。


【クリント・イーストウッド】1位・読者2位
【ドゥニ・ヴィルヌーヴ】2位・読者5位
【ポール・トーマス・アンダーソン】3位
【ミゲル・ゴメス】4位
【ウェス・アンダーソン】5位・読者17位
【デイミアン・チャゼル】6位・読者9位
【ジャン=リュック・ゴダール】7位
【キム・ギドク】8位
【ジャン・ジャンクー】9位・読者26位
【ラース・フォン・トリアー】10位
【クリストファー・ノーラン】11位・読者1位
【ジョエル&イーサン・コーエン】12位・読者20位

【ジョニー・トー】13位・読者14位
【パオロ・ソレンティーノ】14位

【グザヴィエ・ドラン】15位・読者8位
【スティーヴン・スピルバーグ】16位・読者7位
【トッド・ヘインズ】17位
【リチャード・リンクレイター】18位・読者28位

【アルフォンソ・キュアロン】19位
【アルハンドロ・ホドロフスキー】20位
【イエジー・スコリモフスキー】21位

【アピチャッポン・ウィーラセタクン】22位
【アスガー・ファルハディ】23位
【クェンティン・タランティーノ】24位・読者4位
【トーマス・アルフレッドソン】25位
【ブリランテ・メンドーサ】26位
【ホン・サンス】27位
【ワン・ピン 王兵】28位

【アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ】29位・読者10位
【ウディ・アレン】30位・読者6位
【ジャウマ・コレット=セラ】31位
【ブライアン・デ・パルマ】32位
【ポール・フェイグ】33位

【アルノー・ディプレシャン】34位
【アンドレイ・ズビャギンツェフ】35位
【イーライ・ロス】36位
【ジャック・オディアール】37位
【ドリュー・バリモア】38位
【ポン・ジュノ】39位・読者18位

【イ・チャンドン】40位
【ヴィクトル・エリセ】41位
【ギヨーム・ブラック】42位
【ケン・ローチ】43位
【サラ・ポーリー】44位
【ジャンフランコ・ロージー】45位
【ジョン・カーペンター】46位
【ジョン・ワッツ】47位
【ミア・ハンセン=ラブ】48位
【レオス・カラックス】49位

【アブデラティフ・ケシシュ】50位
【アン・リー】51位
【ヴェルナー・ヘルウォーク】52位
【シュー・ハオフォン 徐浩峰】53位
【チャウ・シンチー】54位
【ディアオ・イーナン 刀亦男】55位
【トム・フォード】56位
【ハニ・アブ・アサド】57位
【ホウ・シャオシェン】58位
【リドリー・スコット】59位・読者24位

【アダム・ウィンガード】60位
【ギレルモ・デル・トロ】61位
【ジョン・カーニー】62位・読者15位
【ソフィア・コッポラ】63位
【ペドロ・アルモドバル】64位
【マーティン・スコセッシ】65位・読者20位
【モフセン・マクバルハフ】66位
【ラヴ・ディアス】67位

【ショーン・ペン】68位
【ディヴィッド・ミショッド】69位
【ヌリ・ビルゲ・ジェイラン】70位
【ノア・バームバック】71位
【ベン・アフレック】72位

【アイラ・サックス】73位
【アニエス・ヴァルダ】74位
【アリ・フォルマン】75位
【イム・グォンテク】76位
【ギジェルモ・アリアガ】77位
【ジェームス・L・ブルックス】78位
【ジェームス・キャメロン】79位
【ジェームス・グレイ】80位
【ジェフ・ニコルズ】81位
【ジャファール・バナヒ】82位
【ジョージ・ミラー】83位・読者19位
【ジョン・トレス】84位
【シルヴェスタ・スタローン】85位
【スサンネ・ビア】86位
【スティーヴン・ダルドリー】87位
【スティーヴ・マックイーン】88位
【セバスチャン・シッパー】89位
【ダン・ギルロイ】90位
【チャン・ロンジー】91位
【ツァイ・ミンリャン】92位
【トミー・リー・ジョーンズ】93位
【トム・ティクヴァ】94位
【ナ・ホンジン】95位
【ニコラス・ウィンディング・レフン】96位
【バズ・ラーマン】97位
【ファティ・アキン】98位
【フィル・ロード&クリストファー・ミラー】99位
【フランソワ・オゾン】100位・読者13位
【ペドロ・コスタ】101位
【マティアス・ピニェイロ】102位
【ミロスラヴ・スラボシュピツキー】103位
【リ・イン 李纓】104位
【リョン・ロクマン&サニー・ルク】105位
【レナ・ダナム】106位
【レニー・エイブラハムソン】107位
【ローズ・ボッシュ】108位
【ロブ・マーシャル】109位
【ロブ・ライナー】110位

【アトム・エゴヤン】111位
【ウィゼマ・ボルヒュ】112位
【ウィリアム・フリードキン】113位
【ギャスパー・ノエ】114位
【クアク・ジャヨン】115位
【クレイグ・ブリュワー】116位
【サイモン・カーティス】117位
【シーグリット・アーンドレア・P・ベルナード】118位
【J・J・エイブラハムス】119位
【ジム・ジャームッシュ】120位
【ジョー・カーナハン】121位
【ジョシュア・オッペンハイマー】122位
【ジョン・ファブロー】123位
【チャンヤン 張楊】124位
【チャン・ユーシュン】125位
【チョン・モンホン】126位
【デイヴィッド・エアー】127位・読者25位
【デブ・ラグラニック】128位
【ナンシー・マイヤーズ】129位
【ネヴェルダイン/テイラー】130位
【パン・ホーチョン 彭浩翔】131位
【ブルハン・クルバニ】132位
【フレデリック・ワイズマン】133位
【ベルトラン・ボロネ】134位
【ホイット・スティルマン】135位
【マーレン・アーデ】136位
【マルガレーテ・フォン・トロッタ】137位
【ミケランジェロ・フランマルティーノ】138位
【ミシェル・アザナヴィシウス】139位
【ミヒャエル・ハネケ】140位・読者23位
【ヤウ・ナイホイ】141位
【リチャード・アイオアディ】142位

【アベル・フェラーラ】143位
【アレクセイ・フェドロチェンコ】144位
【イー・ツーイェン】145位
【ヴォルフガング・ベッカー】146位
【ウルリヒ・ザイドル】147位
【エリック・エマニュエル・シュミット】148位
【キム・ゴク&キム・ソン】149位
【ギャヴィン・フッド】150位
【キャスリン・ビグロー】151位
【クリスティアン・ペッツォルト】152位
【クリストファー・マッカリー】153位
【クリスビン・グローヴァー】154位
【ジェイ・ローチ】155位
【J・C・チャンダー】156位
【ジェームズ・ガン】157位
【ジャスティン・リン】158位
【ジャド・アパトー】159位
【ジャン=マリー・ストロープ】160位
【ジョディ・フォスター】161位
【ジョナサン・グレイザー】162位
【ステファヌ・ブリゼ】163位
【ダニー・ボイル】164位
【ダン・トラクテンバーグ】165位
【ディヴィッド・フィンチャー】166位・読者3位
【ディヴィッド・リンチ】167位
【ティム・バートン】168位・読者12位
【テリー・ギリアム】169位
【トッド・フィールド】170位
【トニー・ガトリフ】171位
【トム・フーバー】172位
【ナワポン・タムロンラタナリット】173位
【ニール・ブロムカンプ】174位
【ネメス・ラースロー】175位
【ハイレ・ゲリマ】176位
【パトリシオ・グスマン】177位
【フランシス・F・コッポラ】178位
【ベネット・ミラー】179位
【ベン・ウィートリー】180位
【ホセ・ルイス・ゲリン】181位
【マーク・ローレンス】182位
【ミランダ・ジュライ】183位
【メイベル・チャン】184位
【ラージクマール・ヒラーニ】185位
【リュ・スンワン】186位
【ロバート・ストロンバーグ】187位
【ロン・ハワード】188位

【アヌラーグ・バス】189位
【ウォン・カーウァイ】190位
【エドモンド・ヨウ】191位
【オリヴィエ・アサイヤス】192位
【カルロス・ベルムト】193位
【カン・ギェジュ】194位
【ゲイリー・ロス】195位
【サース・ヤーノシュ】196位
【サミュエル・ベンシェトリ】197位
【ジャンニ・アメリオ】198位
【ジュゼッペ・トルナトーレ】199位
【ジョージ・クルーニー】200位
【ジョゼ・パジーリア】201位
【ジョセフ・カーン】202位
【ジョン・ブアマン】203位
【ジョン・リー・ハンコック】204位
【スティーヴン・フリアーズ】205位
【ソト・クォーリーカー】206位
【ダン・ニャット・ミン】207位
【ディヴィッド・クローネンバーグ】208位
【ディヴィッド・マッケンジー】209位
【ディヴィッド・ロバート・ミッチェル】210位
【トム・マッカーシー】211位
【ニコラス・ローグ】212位
【ニック・パーク】213位
【パスカル・フェラン】214位
【プラッチャヤー・ピンゲーオ】215位
【フレッド・カヴァイエ】216位
【フロリアン・ダーヴィト・フィッツ】217位
【ホアン・ミンチェン 黄銘正】218位
【マーティン・マクドナー】219位
【マシュー・ヴォーン】220位・読者11位
【マルタン・プロヴォスト】221位
【ヨアヒム・トリアー】222位
【ラミン・バーラニ】223位
【リー・ダニエルス】224位
【リサンドロ・アロンソ】225位
【リチャード・ケリー】226位
【リティ・パニエ】227位

【アキ・カウリスマキ】228位
【アラン・モイル】229位
【アレキサンダー・ペイン】230位・読者30位
【イム・スルレ】231位
【ヴァンサン・マケーニュ】232位
【エドウィン】233位
【カルロス・レイガダス】234位
【ジェームス・T・ホン】235位
【ジェームズ・ヴァンダービルト】236位
【ジェフリー・C・チャンダー】237位
【シャロン・マイモン&タル・グラニット】238位
【ジョー・グータイ 周格泰】239位
【ジョエル・ホプキンス】240位
【ジョージ・A・ロメロ】241位
【ジョージ・ルーカス】242位
【ジョージ・ロイ・ヒル】243位
【ジョン・ハイアムズ】244位
【スティーヴン・ナイト】245位
【スパイク・ジョーンズ】246位
【スペイシー・ペラルダ】247位
【ダミアン・マニヴェル】248位
【タル・ベーラ】249位
【チェ・ドンフン】250位
【チェン・ユーシュン 陳玉勲】251位
【チョン・グンソプ】252位
【デレク・シアンフラン】253位
【ドーリス・デリエ】254位
【トビアス・リンホルム】255位
【ハーモニー・コリン】256位
【ブリュノ・デュモン】257位
【マイケル・マン】258位
【モンテ・ヘルマン】259位
【リリ・リザ】260位
【ルーシャン・キャステーヌ・テイラー&ヴェレナ・パラヴェル】261位

【ジャン=ピエール&リュッリ・ダルデンヌ】・読者16位
【ペドロ・アルモノバル】・読者22位
【ギレルモ・デル・トロ】・読者26位
【ナ・ホンジン】・読者29位



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# by sentence2307 | 2017-04-08 13:40 | 映画 | Comments(0)

小津安二郎と俳句

実は、前回ブログに書いた「エイゼンシュテインと俳句」の後日談というのがありまして、例の理髪店から帰宅して、しばらくテレビを見たあと、すこし早めの夕食でもとろうかと思っていたとき、さきほどの理髪店のオヤジさんが訪ねてきました。

なにか店に忘れ物でもしたのかと思って出てみると、先ほど店で話した雑誌をオヤジさんがわざわざ届けにきてくれたというのです。
手渡されたその雑誌の表紙には「月刊・俳句界」(文学の森刊行)2015.3月号とあり、その下に幾分小さめの活字で「特集・映画人の俳句」と書いてあります、なるほど、なるほど。

そしてそのすぐ下には、確かに「小津安二郎から渥美清、夏目雅子まで」とありました。

「これですよ、店で話した特集記事というのは。ほら、ほんとだったでしょう。さっき旦那が、なんだか疑わしそうな顔をしていたので、実物を見てもらおうと思って届けにきました」ということでした。

「返却の方は、いつでも結構ですからね」とそれだけ言い残して、オヤジさんは、そそくさと帰っていきました。

「あっ、いえ、かえって恐縮」とかなんとか、およそ場違いな挨拶を遠ざかっていくオヤジさんの背中に慌てて投げかけました。

このときの自分の応対が素っ気なかったとすれば、それは不意のことに戸惑っただけなので、「小津安二郎と俳句」というのなら大歓迎、興味なら大いにあります。

しかし、こうした「証拠」を目の前にしたいまでも、なんだか半信半疑なのは解消していません、そもそも「小津安二郎と俳句」なんて、いままで考えたこともありませんでした。

だって、なんだか「らしくない」感じの方が勝って、どう考えてもしっくりこないというのが正直な気持ちです。

いままで自分のなかで「小津安二郎」と「俳句」を結びつけるという「発想」そのものがなかったということもありますが、そもそもあの寂しがり屋の小津安二郎がひとり孤独にふけって俳句という言葉遊びに興じたり・熱中したり・煩悶したりという孤独な時間を過ごしたということに(仲間を集めてワイワイ賑やかなことがとても好きな小津監督のことですから、そういう孤独な「時間」をひとりで過ごして言葉遊びにふける人とはどうしても思えなかっただけに)、なんだか意表を突かれたからだと思います。

さっそく「月刊・俳句界」の小津安二郎の俳句が掲載されているとかいうページを開いてみました。

なるほど、ありますね、あるある。

ページの右端に「小津安二郎」という見出しがあり、俳句が6句掲載されています。

ごく短いので、ちょっと書き写してみますね。


つくばひに水の溢るる端居かな
黒飴もひとかたまりの暑さかな
手内職針の針のさきのみ昏れのこる
未だ生きている目に菜の花の眩しさ
月あかり築地月島佃島
春の雪石の仏にさはり消ゆ


最初から分かっていたことですが、俳句の素養なんてまるでない自分です、この6つの句を目の前に並べて、その句の良し悪しが「どうこう」判断できるわけもありません、ただ言えることは、どの句にも感情というものが些かも感じられないということくらいでしょうか。

あっ、そうか、これって正岡子規がいっていた「写生」とかいうもので、後継者の虚子も「花鳥諷詠」とかいってたっけな(これは深見けん二先生からの受け売りです)と乏しい知識から、これら小津俳句の「素っ気なさ」の意味がだんだん分かってきました。

そういえばあの司馬遼太郎の「坂の上の雲」で、なんで正岡子規の設定が必要だったのか、読んだ当時も(そしていまでも)訝しく思ったことを思い出しました。

とかなんとか余計なことを考えながら、まあ、この小津俳句、早い話が、感動していいものやら、しなくていいものやら、少しも分からないという思いだけがヤタラ空回りして同じ所を堂々巡りするばかりです。

で、いつもなら、これで話は途切れて「おしまい」になってしまうのですが、この特集記事の最初に掲載されている齋藤愼爾という方の「映画人の俳句逍遥」という論考の、そのなかの一文を読んで、俄然興味が湧いてきました。

そこには、こんなふうに書かれていました。

「田中眞澄(小津映画の研究家)が、小津の手帳、メモ帳、覚書帳から編集した1933年から63年に至る「全日記小津安二郎」(フィルムアート社)には、およそ123句の俳句と10首ほどの短歌を拾うことが出来る。最も多産だったのは、「東京の宿」が公開された1935年の46句だ。5月18日には、同行13名で仙台行。夜は句会を開いている。連衆は小津の他に斎藤寅次郎(監督)、清水宏(監督)、野村浩将(監督)、野田高梧(脚本家。小津とは処女作以来、終生の名コンビ)である。」


そして、そのすぐあとに、つぎの3句が紹介されていました。
籤運の悪さをなげく旅の空 斎藤寅次郎
さみだれに濡るる仔馬を見て過ぐる 野田高梧
郭公もしとどに濡れて五月雨 小津安二郎

ちなみに、ここにある13名とは、

斎藤寅次郎、清水宏、野村浩将、野田高梧のほかに、荒田正男、佐々木啓祐、柳井隆雄、井上金太郎、池田忠雄、北村小松、伏見晁、斎藤良輔、そして小津安二郎だったそうです。

なるほど、なるほど、これならよくわかります。出来の方はともかく、あの寂しがり屋の小津が愛した俳句というのが、こうして仲間内でワイワイ賑やかに楽しむ華やかな連句だったんだなと、「小津安二郎にとっての俳句」の意味が少しだけ分ったような気がしてきました。



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# by sentence2307 | 2017-04-01 10:41 | 映画 | Comments(1)
先週の木曜日、朝の通勤途中のことでした、別段急いでいた訳でもないのですが、歩道の段差に蹴躓いて転倒し、その勢いで車道まで転がり出て、アスファルトに額をしたたか打ち付けてしまいました。

しばらくは容易に立ち上がれず突っ伏したままでした。

そのときのタイミングで自動車が通りかかっていたら、完全に軋かれていました。

激突で衝撃を受けた額はかなりの痛みがあり、手を当てるとどんどん腫れてきたのが分かり、血も少し滲んできたのですが、救急車のお世話にもならずにそのまま出勤しました。

とりあえず会社に入って、総務課で労災の手続きをしてもらい、そのうえで病院に行こうととっさに判断したのだと思います。

手続きが終わり、虎の門病院に連絡してもらって、緊急外来として駆け込みました。

そこでCTスキャンなどの検査をしてもらったのですが、脳内に出血はなく、骨にも「別段の異常はない」という結果が出たので、ひとまず安心です。

早々に会社に戻り、上役に経過を報告し、翌日の休暇届を出し、金曜日の夜に友人と飲む約束があったので事情を話して約束の延期をお願いしたり(ごめんなさい)、仕事の引継ぎをしたりと、大方の手当てをしてその日は早めに退社した次第です。

翌日は、別段静養というほどでもないのですが、脳内出血していれば痙攣は2日後くらいにはあるはずだぞ、そのときの処置はだね、などと救急担当医師に脅されていたので、おとなしく痛み止めを飲んだり湿布を変えたりして終日家で過ごしました。

その日の夕方には何事もなく腫れも引き、痛みの方も和らいできたことが自分でもはっきり実感できました。

そして、明けて土曜日には、あっけないくらい「いつもの常態」に戻っていたので、「もう、なんともないぞ」と家人に話したところ、「ちょっと鏡を見てみなさいよ」と言われ、言われるままに鏡を覗き込んでビックリ、「これがオレ!?」、そこには顔面全部痣だらけの物凄い顔が写っていました。

あの「豹柄」とでもいった方がふさわしいくらいの、まるで歌舞伎のくま取りといっていいシュールさです、特に目の周りなど黒々と腫れあがっていて、これじゃあまるでパンダです。

そういえば、額を打ち付けた際に眼鏡の枠が目の周囲の柔らかい部分に食い込んだかもしれません、そのときだって、たまたまそこに自動車が通りかからなかったから良かったし、それに加えて眼鏡にしても、よくぞガラスが割れなかったものと、ぐにゃりとひしゃげた眼鏡のフレームを見ながら、いずれにしても「一歩間違えば大変なことになったのだ」と今更ながら事故の重大さにゾッとした次第です。

しかし、よく見ると、目の周りの痣は、ちょうどアイラインを入れみたいに色っぽくなっていて、退職したら一度ニューハーフのホステスでも試してみるか、結構いけるかも、などと冗談が出そうになりましたが、なんだか昨日から不機嫌な家人には到底通じるとは思えないので、躊躇の末に口にするのはやめました。

まあ、痣だらけの猛烈なこの顔はどうにかカモフラージュするとして、体は健康なので、とりあえず、月曜日には出勤するつもりでいますが、そのためには、このひしゃげた眼鏡をどうにか修理しとかなければなりません。

そうそう、それに、髪も伸びすぎているのでそろそろ散髪に行かなければならないだろうな等と考え、とりあえず、この土曜日は、このふたつのことを一回の外出で一挙に処理してしまうことに決めました。

眼鏡は去年の12月に安売りで有名な近所のチェーン店の年末セールで買ったばかりのもので、いつもなら領収書とか保証書のたぐいは、早々に捨ててしまうのですが、今回は幸いにもちゃんと保管してありました。ああ良かったという感じです。

眼鏡店については、いままで安売りのチラシにつられて眼鏡を買いに行って、店員のしつこい営業トークにあい、圧倒され、フレームはブランドものでなければ見栄えがしないとか、安物レンズは分厚くていかにもチープでみっともないとか、話自体を聞いているのが面倒になって(いま思えばそれが営業戦略だったのでしょうが)、逃げる許可を得るみたいについつい高価な眼鏡を買ってしまう・買わされるという苦い経験を幾度もしてきました。

その点この安売りチェーン店の対応は実にあっさりしていることが大いに気に入っています。

それに、もともと安価なので、たとえ予備の眼鏡をもうひとつ作ったとしても、いままで買わされた眼鏡よりもはるかに安い価格で済むということもあり、最近はもっぱらこの店を愛用していますし、今回もそのとき作った予備の眼鏡があったので実に助かりました。

価格の安い眼鏡を求めて来客が多くたて混んでいるせいもあるのですが、対応も余計なことは一切言わないクールなビジネスライクに徹しており、その点も自分好みです。

今回の修理もサービス内で、翌日にはできるというので、まずは、こちらの方は一安心でした。

さて問題は散髪の方です、顔見知りの理髪店なので、この痣だらけの顔を見たら、あの好奇心の強いオヤジのことですから、きっと根掘り葉掘り何かとうるさいことを聞いてくるに違いありません、間断なく話しかけることがサービスかなんかだと勘違いしているらしい、その善良さ(かどうかは分かりませんが)そのまま面倒くささと同居しているごく単純な、それだけに厄介なオヤジなので、いわば今の自分にとっては、「死の棘」といってもいいような存在というしかありません。

客足が鈍る昼下がりを見計らって理髪店のドアを開けました。案の定お客さんはひとりもいません。

「いらっしゃい」とやたら元気ないつものオヤジの声です。「しばらくですね、どうされました」などと話しかけ、椅子を回しながら、にこやかな顔で客を招くいつもの仕草をして自分が座るのを待っています。

こちらは、オヤジが顔の痣のことをいつ切り出すかと身構えているのですが、一向にその気配はありません、緊張していたぶん次第に拍子抜けしていく感じです。

オヤジは、いつもの手順で散髪を始めながら、いつも最初は「野球」か「俳句」かのどちらかの話から始まります。

どの客にたいしても「そう」なので、きっとこれが彼にとっての営業用のルーティンなのだなと考えられ、今日のところもひと当たりこれをやらないと彼も私の「顔の痣」の話題に取り掛かるきっかけがつかめないのかもしれません。

そのときは終わったばかりの「WBC」の話題の方も大いにあり得たのでしょうが、今日の最初の話題は、「俳句」の方でした。方々の句会にも参加しているという、もう40年からのキャリアをもつ俳人で、大そうな号もあるとか、詳しいことは知りませんが、いずれにしてもたいしたものです。

オヤジは言います。「今日の夕刊見ました? 室生犀星の全集未収録の手紙が64通も発見されたそうですよ」

ここに来る前に自分も夕刊はチラ見してきたので、その記事は読みました。犀星に対して特別な興味があるというわけではないのですが、彼がまだ金沢にいた当時、裁判所に勤めていたという経歴が強くインプットされて印象に残っているので、関連記事には一定の反応をするのだと思います。

「なんだかその手紙には未発見の俳句も書かれていたんですってね」

オヤジが「俳句」の話題を振る前に、自分が先に言ってしまったのは、たぶんお喋りの彼に対して少しばかり意地悪をしてやろうという邪心があったことは否めません、事実です。

しかし、そのときは「そう」ではありませんでした。

いや、それは、話題を横取りした自分に対するオヤジの更なる逆襲だったのかもしれません。

「私が購読している俳句の雑誌に、たまに「小説家の俳句」とか「文化人の俳句」なんかを特集することがあるのですが、ごくたまに「映画人の俳句」なんていう特集もあるんですよ。」

「あっ、そうなんだ」映画好きの自分を見込んだうえで意表を突いてそうくるか、という感じです。

「そこにね、小津安二郎監督の俳句も載っていたことがありましたよ。小津監督も俳句を作ったんですね、五所監督や吉村監督が俳句好きってことは、有名ですけどね。」

「へえ、そうなんだ」だの「ほほお、なるほど」だの、今日の自分は、まるでバカみたいな「あいづちマシーン」になり下がっています。

「それによると、俳句っていうのは、それぞれまったく違う言葉の組み合わせによって異なるイメージが喚起するという部分で、映画作りにも多大な影響を与えたんだそうですよ」

もはや相槌どころではありません、感心しなから聞き入ってしまっていました。

「それって、小津監督が、ですか」

「いえいえ、そちらはエイゼンシュテイン、例のモンタージュ理論のもとになったとか。日本の文化が好きだったから、彼。もちろん小津監督や日本の多くの映画監督にだって相当な影響を与えたこと間違いないとは思いますけどもね」

散髪してもらっているのに、ほんとうに申し訳なかったのですが、あえてのけぞり、オヤジさんの顔を思う存分しげしげと仰ぎ見ました。


やがて散髪も終わり、「どうもありがとうございました」というオヤジの声に送り出されて店を出てきたのですが、結局最後まで、オヤジは、自分のこの顔の痣のことには一切触れませんでした。

ああ見えても、あのオヤジ、自分が顔の痣のことを気にしているかもしれないと忖度して、差しさわりのある話題をあえて避け、「エイゼンシュテインと俳句」などという驚天動地の話題を振ることができるあたり、彼も結構なプロだったんだなと感心しました。

たとえ自分が店のドアを閉めた途端、さっそく奥さんに「お前、あの人のすごい顔の痣見たかい、なんだろうね、ありゃ、ええ」などといつものオヤジらしく興味本位のネタにされたとしても、まあ、今度ばかりは許してもいいかなと考えながら家路をたどりました。



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# by sentence2307 | 2017-03-26 10:51 | 映画 | Comments(0)

自分対策

いつの間にか時間が物凄い勢いで過ぎてしまい、このブログにもすっかりご無沙汰で、実に大きなブランクをつくってしまいました。

まあ、仕事の方もそれなりに忙しく、慌ただしいこともありますが、もちろん、そんなことは、なんの言い訳にもなりません、いままでだって、そういう繁忙期の中でどうにか時間をやりくりしては、ささやかな映画の感想をコツコツと書きついできたわけですから。

その「ブランク」には自分の「なまけ癖」というものが大いに関係しているのは、事実ですが、しかし、要は、ある作品に対して筋道のついた考えをじっくり深めたり組み立てたりという集中力が、このところすっかり切れてしまったというのが、本当のところのような気がします。

モチベーションが途切れた理由として思いつくことといえば、去る2月の中旬、久しぶりに旧友と会い、雑談のなかで「好きな監督は誰」と聞かれ、思わず清水宏と答えたところ、「現在活躍している監督じゃなきゃ意味がない」と言われたことにあるかもしれません。

いまこの瞬間、「時代」に対峙して、この現実をどのように生きていけばいいのか、そういうテーマに取り組みながら、たとえ稚拙な表現ではあっても(これは、どのような作品でも器用にかたちをつけてしまう初期の清水宏監督のことを皮肉っているようにも聞こえました)閉塞した時代を切り開こうとしている同時代人の「映像作家」のことを話さなければなんの意味もないと言われたのだと思います。

彼は、一応映画関係の仕事をしていた人なので、この世界の苦労を知っている人に、素人の自分などが「青い議論」を吹きかけることなど、実におこがましく愚かしいことは、十分に承知しており、そのときはなんの反論もできずにいたことが、ストレスになってしまったのかもしれません。

それ以来、なにかにつけて、ちょっと不調なのです、特に映画の感想を書こうとすると、出かかってきた言葉が、変な自制心に邪魔されて、どうもすんなりでてきません。

しかし、だからといって映画の方は、相も変わらず見ているわけで、いわゆる「ストック」(正確には「保留」という感じですが)は、着実に増え続けています、まあ、見るだけなら「楽」という部分もありますので、見ることの方は、いまでも途切らせてはいません。

見た順に作品のタイトルと製作年度、それに監督名くらいはメモしていますが、実は、そのリストも、ただ書きっぱなし、それきりほったらかしているという極めてダレた状況にはあります。

自分の不甲斐なさを棚に上げて、出会う作品のクオリティの無さに責任転嫁してしまうみたいで気が引けますが、たぶんいままで、ぜひ書きたいという思いにさせてくれる程の作品に出会えなかったのだから、ということを言い訳としてずっと考えてきました。

しかし、それを言ってしまえば、「称賛」よりも、むしろ、ひたすら「けなす」ことの方がずっと多い自分のブログの性格上、「感動した作品」に出会えないからというのは、書けない理由にはならないわけで、むしろ「見すぎる」ということの方が、集中力を欠く原因になっているのかもしれないなどと、あれやこれや「行ったり来たり」「七転八倒」の迷いを重ねたすえに、そうだ、大づかみな「クオリティうんぬん」などと言っておらずに、実際にいままで見てきた映画を10本ごとに括って、ひとつひとつ検証してみたらどうだろうかと思いつきました。

時期的なくくりとしては、そうですね、このブログに最後にアップした「八日目の蝉」あたりくらいからではどうかなと。

ベスト10というわけではないのですが、一応自分の好みの順になってしまったかもしれません。

これは、いわば、自分自身の活性化をはかるための自分整理というか、「自分対策」みたいなものですね。



八日目の蝉(2011)監督・成島出
ブリッジ・オブ・スパイ(2015)監督スティーブン・スピルバーグ
この国の空(2015)監督・荒井晴彦
殺人カメラ(1948)監督ロベルト・ロッセリーニ
ザ・ウォーク(2015)監督ロバート・ゼメキス
黒の魂(2014)監督フランチェスコ・ムンズイ
忠臣蔵(1958)監督・渡辺邦男
妹の体温(2015)監督・アンネ・スウィツキー
シービスケット(2003)監督ゲーリー・ロス
ユーズドカー(1980)監督ロバート・ゼメキス


からゆきさん(1973)監督・今村昌平
元禄忠臣蔵(1941)監督・溝口健二
団地(2015)監督・阪本順治
総長賭博(1968)監督・山下耕作
葛城事件(2016)監督・赤堀雅秋
最愛の子(2014)監督ピーター・チャン
蜜のあわれ(2016)監督・石井岳龍
カナリヤ(2004)監督・塩田明彦
シン・ゴジラ(2016)監督・庵野秀明
僕だけがいない街(2016)監督・平川雄一朗


怪談(1965)監督・小林正樹
さよなら人類(2014)監督ロイ・アンダーソン
情事(1959)監督ミケランジェロ・アントニオーニ
岸辺の旅(2015)監督・黒沢清
王将(1948)監督・伊藤大輔
オデッセイ(2015)監督リドリー・スコット
黄金のアデーレ 名画の帰還(2015)監督サイモン・カーティス
サヨナラの代わりに(2014)監督ジョージ・C・ウルフ
クロノス(1993)監督ギレルモ・デル・トロ
白鯨との闘い(2015)監督ロン・ハワード


キャロル(2015)監督トッド・ヘインズ
三里塚の夏(1968)監督・小川紳介
大丈夫であるようにCOCCO終わらない夏(2008)監督・是枝裕和
ドラゴンタトゥーの女(2011)監督デヴィット・フィンチャー
春香伝(2000)監督イム・グォンテク
約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯(2012)監督・齊藤潤一
12人の優しい日本人(1991)監督・中原俊
さや侍(2011)監督・松本人志
森山中教習所(2015)監督・豊島圭介
ドレイ工場(68)監督・山本薩夫、武田敦


レヴェナント:蘇りし者(2015)監督・アレハンドロ・G・イニャリトゥ
あん(2015)監督・河瀬直美
風花(1959)監督・木下恵介
殿、利息でござる(2016)監督・中村義洋
沈黙(1971)監督・篠田正浩
あ、春(1998)監督・相米慎二
式部物語(1990)監督・熊井啓
先生と迷い猫(2015)監督・深川栄洋
日露戦争勝利の秘史 敵中横断三百里(1957)監督・森一生
ドグラ・マグラ(1988)監督・松本俊夫


永い言い訳(2016)監督・西川美和
スポットライト 世紀のスクープ(2015)監督トム・マッカーシー
弥勒MIROKU(2012)監督・林海象
野のなななのか(2013)監督・大林宣彦
起終点駅 ターミナル(2015)監督・篠原哲雄
珈琲時光(2003)監督・侯孝賢
地球最後のふたり(2003)監督・ペンエーグ・ラッタナルアーン
無知の知(2014)監督・石田朝也
リトル・マエストロ(2012)監督・雑賀俊郎



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# by sentence2307 | 2017-03-13 20:59 | 映画 | Comments(0)

八日目の蝉

自分が、この作品を見たときは、すでにweb上には、あまりにも多くの「八日目の蝉」の感想が氾濫していて、思わずその量の凄さに圧倒されてしまいました。

いまさら自分が何を書けるのかと迷い、最初から「書く意味」を見失って意気阻喪したその「徒労感」と、今までアガライ続けきたような気がします。

しかも、この乳児誘拐という深刻なストーリーは、あらゆるネガティブな要素が互いに錯綜しながら打ち消しあっていて、果たしてこの映画のどこからアプローチすればいいのか、手も足も出ないお手上げ状態という迷いもありました。

こんなふうに、この重厚な作品に対して、一言の感想も発せられないという自身の不甲斐なさもあって、たぶん、ねじ伏せられてしまったような敗北感を抱きながら、長いあいだ、この作品から自分を意識的に遠ざけてきたのだと思います。

それに、正直、ラストの恵理菜のセリフも、それまで彼女が経てきた過酷な人生を真正面から受け止めうえでの言葉とは到底思えず、なので、あたらしい未来に向かってこれから生まれる子供とともに踏み出そうという不意の「転調」にも、なんだかそぐわない違和感をおぼえ、正直繋がりも感じ取れないまま、この作品と距離をとるしかなかったのかもしれません。


しかし、あるとき偶然に、この作品について極く短いコメントに遭遇し、突然目が覚めるように、自分の中にあった「迷い」が、ふっと溶解しました。そのときのことを書きたいと思います。

そのフレーズには、前後にもう少し説明的な語句が幾らか散りばめられていたかもしれませんが、それはこんな感じでした。

「犯罪者であるのに、いつしか捕まって欲しくないという気持ちになっていて、最後には、育ての母親に会ってほしいと思い始めていました。」

それまで、数多くのコメントに接してきていたので、この感想の稚拙さと特異さ(あまりにも素直で率直なために、ストーリーを読めてないKY的な「幼稚すぎるコメント」として無視されたとしてもなんら不思議ではありません)は突出しており、とても目を引きました。


かつての乳児誘拐事件のルポを書くために秋山恵理菜(井上真央が演じています)に近づいてきた安藤千草(小池栄子が演じています)から、幼少期をすごしたエンジェルホームを訪ねる旅に誘われたとき、恵理菜はとっさに、千草がその旅で自分を野々宮希和子(永作博美が演じています)に逢わせようとしているのではないかと疑い、その危惧をあらわにして、自分にはまったくその気持ちはないと千草に釘を差しています。

そんなことをしたら自分の「負け」になると、恵理菜自身がいちばんよく分かっていることを映画は明確に描いており、「逢う可能性」についてなど、それからのストーリーの進行の中でも二度と触れることも仄めかされることもありませんでした。
少なくとも、被害者・秋山恵理菜が、犯罪者・野々宮希和子を許せるわけがないことは、「大人の分別」として明確に理解できることですし、説明することもできます。

かつて乳児だった自分が野々宮希和子に誘拐され、偽の親とはいえ濃密な情愛を一身に受けて生育するものの、幼児期に至りそれが突如奪い取られるという異常な体験によって、物心がつく人格形成の大切な時期に、人間的な関係を保つための根本的な情緒が傷つけられ(心が拉致され奪われたというべきかもしれません)、親も含めた他人との関係が築けないという心の空虚と不具に見舞われた痛切な半生を考えれば、(たとえ、父・秋山丈博との不倫の代償として中絶を強いられた希和子が、二度と子供のできない体にされてしまった絶望と憎悪とを考慮したとしても)恵理菜が、犯罪者・野々宮希和子を許せるわけもなく、ましてや彼女に逢いに行くなどということは論外で、有り得ない絵空事としか思えないと、映画は最後まで「無視」の態度を貫いています。

僕が読んできた多くのコメントも、ほとんどがそうしたスタンスで書かれていたものでした。

しかし、あの特異なコメント氏が、こうした痛ましい過去のイキサツや彼女の歪められた感情を考慮しうえでも、それでもなお「育ての母親に会ってほしい」と願っていたのだとしたら、それっていったい何なのだと、すこし混乱してしまいました。

あのコメントには、希和子が犯した過去の犯罪や憎悪や絶望など些かも考慮することなく、また、たとえそれが「誘拐犯」という犯罪者であろうと・偽ものの親子であろうと、「寄り添って二人で過ごした濃密なあの情愛の時間」だけを真っ直ぐに見据え、あの時間までをも否定できるのかと問い掛けているように思えたからでした。

ラストシーンで恵理菜は、「自分は、長いあいだ、この場所に帰ってきたかったのだ」と述懐します、自分が違和感を覚えたあのラストシーンです。

幼児の自分を心から愛してくれた希和子の存在を欠いた場所で、希望に満ちて子供との未来に微笑みかける恵理菜のアップに違和感を覚えたわけが、少しだけ分かった瞬間でした。


蛇足ですが、この作品を思い返すたびに、この映画で描かれている幼い恵理菜の手を引いた希和子の逃避行の姿が、自分のなかで、不治の病におかされた父と子の当てのない巡礼を哀切に描いた「砂の器」とダブッて仕方ありません。

(2011松竹)監督・成島出、脚本・奥寺佐渡子、原作・角田光代(2005・11・21~2006・7・24読売新聞夕刊連載、第2回中央公論文芸賞受賞作)、音楽・安川午朗、撮影・藤澤順一、照明・金沢正夫、美術・松本知恵、装飾・中澤正英、製作担当・道上巧矢、録音・藤本賢一、衣装デザイン・宮本茉莉(STAN-S) 、編集・三條知生、キャスティング: 杉野剛、音響効果・岡瀬晶彦、音楽プロデューサー・津島玄一、スクリプター・森直子、ヴィジュアルエフェクト・田中貴志(マリンポスト)、助監督・谷口正行、猪腰弘之(小豆島・子役担当)、ヘアメイク: 田中マリ子、丸山智美(井上真央担当)、制作プロダクション・ジャンゴフィルム、製作総指揮・佐藤直樹、製作代表・野田助嗣、製作・鳥羽乾二郎、秋元一孝、企画・石田雄治、関根真吾、プロデューサー・有重陽一、吉田直子、池田史嗣、武石宏登、製作・映画「八日目の蝉」製作委員会(日活、松竹、アミューズソフトエンタテインメント、博報堂DYメディアパートナーズ、ソニー・ミュージックエンタテインメント、Yahoo! JAPAN、読売新聞、中央公論新社)、主題歌・中島美嘉「Dear」、挿入歌・ジョン・メイヤー「Daughters」、坂本九「見上げてごらん夜の星を」、ビーチ・ハウス「Zebra」、
現像・IMAGICA、
ロケ協力・小豆島映像支援実行委員会、小豆島観光協会、小豆島町、土庄町、小豆島急行フェリー、四国フェリー、香川フィルムコミッション、諏訪圏フィルムコミッション、岡山県フィルムコミッション連絡協議会ほか、撮影地・小豆島・寒霞渓、二十四の瞳映画村、福田港、洞雲山寺、中山農村歌舞伎舞台、戸形崎、中山千枚田、その他・平塚市日向岡(秋山家があり、特徴的な三角屋根が集合する住宅地)、青梅鉄道公園(0系新幹線車内)、大阪城とOBP(空撮)、長野県富士見町の廃校(エンジェルホーム)、東金市の城西国際大学(恵理菜が通う大学)、足利市の松村写真館(タキ写真館)、

出演・井上真央(秋山恵理菜)、永作博美(野々宮希和子)、小池栄子(安藤千草)、森口瑤子(秋山恵津子)、田中哲司(秋山丈博)、渡邉このみ(薫・幼少時の恵理菜)、吉本菜穂子(仁川康枝)、市川実和子(沢田久美・エステル)、余貴美子(エンゼル)、平田満(沢田雄三)、風吹ジュン(沢田昌江)、劇団ひとり(岸田孝史)、田中泯(小豆島の写真館主・滝)、相築あきこ、別府あゆみ、安藤玉恵、安澤千草、ぼくもとさきこ、畠山彩奈、宮田早苗、徳井優、吉田羊、瀬木一将、広澤草、蜂谷真紀、松浦羽伽子、深谷美歩、井上肇、野中隆光、管勇毅、荒谷清水、日向とめ吉、日比大介

受賞
第36回報知映画賞・作品賞 / 主演女優賞(永作博美)[27]
2012年エランドール賞 プロデューサー賞 - 有重陽一(日活)[28]
第85回キネマ旬報ベスト・テン・主演女優賞(永作博美) / 助演女優賞(小池栄子)
第66回毎日映画コンクール・女優助演賞(永作博美)
第54回ブルーリボン賞・主演女優賞(永作博美)
第35回日本アカデミー賞・最優秀作品賞・最優秀監督賞(成島出)・最優秀主演女優賞(井上真央)・最優秀助演女優賞(永作博美)・最優秀脚本賞・最優秀音楽賞・最優秀撮影賞・最優秀照明賞・最優秀録音賞・最優秀編集賞
第3回日本シアタースタッフ映画祭 主演女優賞(井上真央)
第35回山路ふみ子映画賞 新人賞(井上真央)
第3回TAMA映画賞 最優秀新進女優賞(井上真央)主演女優賞(永作博美)
第24回日刊スポーツ映画大賞 新人賞(井上真央)
第21回日本映画批評家大賞 監督賞(成島出)
第66回日本放送映画藝術大賞 最優秀作品賞・最優秀脚本賞・最優秀助演女優賞(小池栄子)最優秀音楽賞・最優秀撮影賞・最優秀録音賞・最優秀音響効果賞
上映時間・147分、映倫 G



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# by sentence2307 | 2017-01-09 14:53 | 映画 | Comments(0)

殺人カメラ

you tubeで志ん朝の「三枚起請」を見たあと、なにか珍しい映画でもアップされてないかとテレテレ検索していたら、奇妙な写真を掲げた動画(すっとぼけたオッサンが、呆けたように、あらぬ方向を向いている写真です)に遭遇しました。

なんだか直感的にルイス・ブニュエルの「昇天峠」を連想させるほどのオーラを放ったインパクトのある写真なのですが、映画のタイトルはといえば、それがなんとも軽々しい「殺人カメラ」というのです。

「なんだこりゃ」的なこのタイトル、古今東西のあらゆる映画の題名に精通していると自負していた自分でも、こんな脱力系のタイトルなんか、今のいままで聞いたことも見たこともありません。

いやいや、むしろ逆に、この手のタイトルなら、言葉の組み合わせを自在に入れ替えただけの幾通りもの紛らわしい題名のバリエーションがある分だけ、今までに接したかもしれないとしても、覚えていられるわけもなく、何が何やら、どれがどれやら、ぐちゃぐちゃに錯綜して、頭の中はカオス状態で最早判別など覚束ないというのが実情です。

そうそう、いま思い出しました、そういえば、むかし、「血を吸うカメラ」とかいう作品(確かカメラにナイフが括り付けてあって、アップしながらグサッと殺す、まさに死の瞬間をリアルに捉えようというカメラ狂の映画だったような記憶です)がありましたよね、これって、あの作品とちゃうのん?。

当時(たぶん、今でもそうかもしれませんが)あの作品は、マニアックな人たちが、盛んに持て囃していたという先入観があったので、急いでウィキで「血を吸うカメラ」を調べてみました。

しかし、そこでは、カルト・ムービーの評価どころか、惨憺たるフィルムの来歴にぶち当たることになりました。

1960年公開のイギリス映画で、監督は、なんと名作「赤い靴」や「ホフマン物語」で名高いあのマイケル・パウエルだそうです。

へぇ~、そうなんだ、ますますこの作品の「解説」を読まないわけにはいかなくなりました、さあ早く早く。

≪本作品はしばしば、ほぼ同時期に発表された映画『サイコ』と比較される。『サイコ』が「殺害される人間の恐怖」を表現しているのに対し、『血を吸うカメラ』では「殺戮を行う側の心理」を惜しげもなく表現している。また、この作品は人間の目から見たカメラ視点が特徴である。≫

ふむふむ、ここまでは、まあいいじゃないですか、ベタ褒めという感じではないにしろ、少なくとも貶したり腐したりしているわけではないし、むしろ、かの名作、ヒッチコックの『サイコ』と並び称された作品とあるくらいですから、一応は敬意を払われているとみてもよさそうですし、当時はそれなりのインパクトのあった作品だったのだろうなと思っていた矢先、このあとがいけません、驚嘆するような事実が書かれていました。

≪性的・暴力的な内容から、公開当時はメディアや評論家から酷評を浴び、イギリスを代表する映画作家の一人ともみられていたパウエルの名声は失墜した。パウエルはこの映画の後はほとんど映画を撮ることができないまま死去した。しかし後年になって再評価の声が高まり、本作は米国を代表する国際ニュース誌『TIME』が発表したホラー映画の歴代ベスト25に入っている。≫

なるほどなるほど、自分は、この「しかし後年になって再評価の声が高まり」と同じ時期にこの作品に遭遇したので、さほどの悪印象を持つことがなかったのだと分かりました。

おまけに、マイケル・パウエルが、この作品によって、名声を失墜させ、二度と映画が撮れなくなって、失意のなかで死んでいったという惨憺たる事実(いかにも、建前と本音の落差の激しいイギリスらしい「おもてなし方」じゃありませんか)も知らなかったくらいですから、多くのB級映画と同じように、呑気に「血を吸うカメラ」を鑑賞し、軽く軽侮の吐息をついたあと大した印象も抱くことなく、あっさり忘れてしまったのだと思います。

さて、呆けたような顔のオッサンの写真を掲げたこの動画が、かの「血を吸うカメラ」じゃないとすると、いったいこの「殺人カメラ」とは何なんだと、さらにクリックを進めると、なんとそこには、ロベルト・ロッセリーニが監督した1948年の作品と書いてあるではありませんか。

おいおい、あの「無防備都市」や「戦火のかなた」、「ドイツ零年」で知られた硬派なロッセリーニが「殺人カメラ」なんて軽々しいオチャラカ映画を撮ったのかよ、嘘だろう、いや、嘘だ嘘だ、そんなはずはない、大嘘にきまってる、自分の記憶の中には、ロッセリーニ作品として「殺人カメラ」なんてタイトルの映画はインプットされていません、そんなの全然知らない、聞いたこともない。

やがて徐々に、ショックというよりも、無知だった自分が、なんだか小馬鹿にされて辱められているような感じがします。

こりゃあ、「紅白歌合戦」どころじゃないぞと(この時間には、そろそろ公共放送で全国民的必見番組「紅白歌合戦」が始まろうとしています)さっそく、最近はとんと開いたことのないジョルジュ・サドゥールの「世界映画史」(1964.12.30発行、みすず書房刊)を書棚から引っ張り出して、ロッセリーニのフィルモグラフィ1948年のページを開きました。

なるほど、なるほど、ありますね、1948年の項に、イタリアの原題で「LA_MACCHINA_AMMAZZACATTIVI」とあり、英語では「THE MACHINE TO KILL BAD PEOPLE」と題された作品が撮られたことが書かれていました。なるほど、これですか、つまり、直訳的には、「悪人を殺すための機械」ということですね。「フムフム、そういうことか」という気持ちです、このふたつのタイトルの違いについては、微妙ですが(「機械」を「カメラ」と意訳したのでしょうが、そういう姿勢が、この場合、ほんとうに正しい姿勢といえるのか、ということについてです)、まずは、とにかく、動画を見ることにしました。実際に見てみなければ、なにひとつ始まりませんしね。

しかし、ここだけの話ですが、こういう歴史的な作品をクリックひとつで手軽に見られてしまうなんて、すごい時代だと思います、しかもロハで。

さて、さっそく、映画「殺人カメラ」を見てみました。以下に、メモ程度にストーリーを書いておきますが、当ブログは、あくまで個人的な心覚えの場所なので、「ネタバレ」などといわれるのは心外です。だいたい「あらすじ」が分かったくらいで、どうこうしてしまうような映画なら、最初から大した映画なんかじゃありません、心配しないでください。

さて「あらすじ」です。

≪舞台は第二次世界大戦後のイタリア南部の小さな漁村、大聖堂の祝祭日に、人の良い写真家チェレスチーノは、多くの人でにぎわう祭りの様子を写真に撮ろうとしたところ、暴君の警察署長に邪魔されてしまいます。その夜、彼のところに、旅の老人が一夜の宿を求めて尋ねてきます。
聖アンドレアと名乗るその老人は、写真の被写体をカメラで撮影するだけで写真の人物(悪人)を殺すことのできるという大変な能力をチェレスティーノに授けます。
この老人を、聖人とすっかり信じている写真屋チェレスティーノは、その驚くべき力に驚きながらも、試しに警察署長の写真を撮ってみたところ、その直後、本当に署長は突然死してしまいます。
常日頃、自分さえよければ他人などどうなっても構わないという強欲な村の人間たちに怒りを覚えていたチェレスティーノは、次第に自分の不思議な力に取り憑かれたようになって「写真」を撮影し、強欲な村人(もちろん欲深い悪人たちです)を次々に殺していきます。
村を牛耳る警察署長の次には、高利貸しの老婆マリアも殺しますが、遺書に遺産の相続人を村で最も貧しい3人に与えると書かれていることを知り、チェレスティーノは動揺し混乱し、さらに事態は紛糾するのですが、そこにアメリカ人によるホテル建設計画も加わって、欲に溺れた村人たちが織りなす騒動はさらに大きくなっていきます。
チェレスティーノはカメラで悪人を次々と消してゆきますが、事態は一向に改善しません。
村で最も貧しいという3人も、善人というわけではないということが分かってきます。
そんな中、彼に力を与えた例の老人が現われ、実は自分は悪魔なのだと告白し、チェレスティーノは彼に十字の切り方を教え、悪魔も改心し、ただの人間になってしまうのでした。
めでたたし、めでたし。≫

というわけなのですが、自分は、この「貧乏人が、必ずしも善人なわけじゃない」という部分に強く惹かれました。このことをロッセリーニは、言いたかったのではないかと思いました。

これは、現代にも通ずる(ヒューマニストとかいう人たちが決して認めたがらない)社会保障の根幹を問う辛辣な指摘です。

生活保護費を全部パチンコにつぎ込むとか、働けば保護を打ち切られるので働かないとか、いまでもこういうのってよく言われているじゃないですか。

人を救うのがヒューマニズムなら、人を堕落させるのもまた、ヒューマニズムだということでしょうか。

ジョルジュ・サドゥールの「世界映画史」で、ロッセリーニのフィルモグラフィを見たとき、あることに気が付きました。


1948年にこの「殺人カメラ」を撮った翌年、「ドイツ零年」に続いて撮ったのが「神の道化師・フランチェスコ」でした。(自分も2004. 11.6に小文をアップした記録がありました)極貧の中で信仰を貫いた聖人を描いた映画です。たしかゼフィレッリも「フランチェスコもの」を撮っていたと記憶しています。

戦争という極限状態の中で撮った「無防備都市」や「戦火のかなた」が、高く評価されればされるほど、やがて平和な時代が訪れたとき、自分の撮るべきものを見いだせないまま、焦燥感のなかで模索し、やがて失意の中で沈黙におちいったロッセリーニの「迷い」の姿を示すような2作だったのかもしれません、ロッセリーニにとって、戦争が過酷だったように、平和な時代もまた同じように過酷だったのかしれないなと思えてきました。

(1948イタリア)監督脚本製作・ロベルト・ロッセリーニ、脚本・セルジオ・アミディ、ジャンカルロ・ヴィゴレルリ、フランコ・ブルザーティ、リアーナ・フェルリ、原案・エドゥアルド・デ・フィリッポ、原作・ファブリチオ・サラツァーニ、製作・ルイジ・ロヴェーレ、撮影・ティーノ・サントニ、エンリーコ・ベッティ・ベルット、音楽・レンツォ・ロッセリーニ、原題・LA_MACCHINA_AMMAZZACATTIVI (THE MACHINE TO KILL BAD PEOPLE)

出演・ジェンナーノ・ピサノ(Celestino esposito)、マリリン・ビュファード、ウィリアム・タブス(Il Padre della Ragazza)、ヘレン・タッブス(La Madre della Ragazza)、マリリン・ビュフェル(La Ragazza Americana)、ジョヴァンニ・アマート、ジョ・ファルレッタ、ジアコモ・フリア、クララ・ビンディ、ピエロ・カルローニ

モノクロ音声 上映時間 83




【参考】
「神の道化師、フランチェスコ」

すごい映画だと聞いていました。

まぼろしの名作と紹介している本もあります。

なにせ「無防備都市」や「戦火の彼方」を撮ったロッセリーニの作品です。

それらの作品が映画史に与えた影響の大きさを思えば、この映画を見る前の期待と緊張は当然だと思います。

それに、イタリア人にとって聖フランチェスコは、特別な意味があるらしいのです。

その証拠に僕たちが知っているだけでもフランコ・ゼフレッリの「ブラザー・サン シスター・ムーン」、リリアーナ・カヴァーニの「フランチェスコ」とそれ以前に「アッシジのフランチェスコ」という作品も撮っているそうです。

話は、中世の修道士たち(聖フランチェスコと仲間たち)の布教活動と、その質素極まる生活をリアルに描いたものです。

荒涼とした原野に廃墟のような小さな教会を建て、粗末なボロ服に裸足という驚くべき徹底した極貧のなかで、彼らは寄り添いながら教化活動に携わります。

俗世の欲望を捨て去り、貧しさの極限で自己犠牲の歓びを見出すという被虐的なまでの修道士たちの様々なエピソードが綴られます。

それはこの世で持てる総ての財産を失い尽くすことが、精神世界の豊かさを得、ひいては神の身元へ近付きうる唯一の方法ででもあるかのような感じです。

「奪い合えば足りず、譲り合えば余る」という逆説的な精神世界が描かれてゆきます。

所有欲から解放されれば、気高い精神世界が獲得できると信じて疑わない単純極まる率直さには、そのあまりの無邪気さに、ときに失笑を誘いますが、しかし、このリアリズムに徹した優れた作品が、「無防備都市」や「戦火の彼方」と、どうつながってゆくのか理解できずに戸惑いました。

作品それ自体が優れて自立していれば、それだけでいいのだとも思いますが、一方ではやはり納得するだけの理屈も欲しい気がします。

パゾリーニの「奇跡の丘」なら分かるのです。

パゾリーニのイエスは、荒涼とした原野をせかせかと足早やに歩き回り、言葉がまるで人を打ち砕くことのできる武器ででもあるかのように人々に、そして権力者に恫喝を投げかけ挑発する、まさに全存在を賭けた戦闘的な布教活動を展開します。

為政者を怯えさせ危機感に追い込んで処刑を決意させた程のイエスとは、多分こうだったんだろうな、とパゾリーニの姿勢とともに十分納得できたのです。

しかし、ロッセリーニのこの作品の異常なまでの被虐的な謙虚さは、いったい何を示唆しているのか、見当もつきません。

これからの宿題です。 



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# by sentence2307 | 2017-01-02 23:22 | 映画 | Comments(0)
仕事納めの数日前から軽く風邪をひいてしまい、納めの翌日から予定していたツアー旅行を泣く泣くキャンセルしなければならなくなりました。

でも、当日までにどうにか平熱に戻って参加できるだろうくらいに高をくくって楽観し、ギリギリまでねばったのですが、熱はなかなか下がらず、キャンセル料はどんどん嵩むで、結局、コン負けして3日前に旅行会社にキャンセルの連絡を入れざるを得ませんでした。

手持ちの札は惨憺たるものなのに、ハッタリをかまし、ギリギリまで手を明かさないで、相手が先に勝負を降りるのを待つような、まるでポーカーでもしているような追い詰められた気分でした。

この数か月、仕事に忙殺され、休暇をとる暇も余裕もなかった毎日の中で、「年末の旅行」だけが、いつのまにか単調な生活に耐える唯一の励みになっていたので、キャンセルしたときはとてもショックで気落ちし、まるでうつ状態みたいになってしまったのですが、結局なにもかもがすべて自分の油断からきたことなので、諦めも結構早かったかもしれません。

ですので、この年末、旅行の予定を入れていたことから、それがスッポリ抜けてしまったので、これといってとりたてて用事もなく、どこからも電話が入らない(自分は、今頃、どこかに旅行中のはずです)まったくの空白の数日を過ごしました。

ここで電話が鳴っても、ばつの悪い言い訳のひとつも言わなければならないのかと思うと気が重く、たぶん電話は鳴りっぱなしにしておくことになると思います。かえってその方がいいような気がします。

その一方で、あれほど望んでいた「自由時間」を突然手にしたわけですから、これまでしたくとも出来ずにいたことを片っ端から処理できる絶好の機会のはずなのですが、いざ「自由時間」が実現したとなると、何をすればいいのかさっぱり思い当たりません。

あれやこれや考えてみるのですが、いざ「それ」を目の前に据えると、自分にとって、こんなことがそれほど重要なことだったのか、「なにも今、わざわざそんなことをしなくともいいではないか」という感じで、結局いままで後回しにしてきたことには、それなりの理由があったことが判明し、逆に自分の「ズボラ」を正当化してしまう妙な納得をしてしまいました。

そこで、常日頃、わずかの余白時間を工面して行っていることを、ひとつひとつ箇条書きにしてみました。

その選択の条件としては、時間切れで中断されて悔しい思いをしたことがあるもの、そして、いつも時間切れになるのをビクビクしながらしていることの2つです。

① 録画を最後まで見切れずに中断しなければならない。一夜ではどうしても見切れずに、一本の映画を刻んで見ている現状です。鑑賞したあとで、さらに映画の感想を書くというのも、一応自分に課しているスケジュールのひとつです。

② 小説でも評論でも、そこらにあるものを手当たり次第、手に取って読んでいるぶつ切りの乱読状態なので、読みたいものを読むなんてほど遠い、じっくり関連付けて読書するなんて、いまの生活では夢みたいな話です。

③ 上記と関係あるのですが、毎週の「書評」を読んでから、その中から興味のある本を選択して読むというのが理想なのですが、そもそも「書評」をwebでも新聞でも、じっくりなんて読めたためしがありません。新聞は、たまるいっぽうだし。mailチェックも追いつかないし。

④ ときどき東大TVの特別講義を見ているのですが、どれも一コマでは済まず、短くても200分以上あるので、午後9時に帰宅して、明日も早出などという限られた時間しか持てないしがないサラリーマンの身では、到底見るなんてことは不可能です。

⑤ パソコン(you tubeなど)で見られるクラシックな邦画もだいたい100分はありますから、東大TVとほぼ条件は同じです。そうそう、ときどき、志ん生、文楽、円生、志ん朝、米朝の落語を聞くというのも、自分にとって大切なストレス解消の一つになっています。

⑥ パソコンの前にいることが多いので、わざわざ録画を見るよりもパソコンで見られるwowowのメンバーズ・オンデマンドの映画が見やすいので、極力見るようにしているのですが、なにせ上記の項目が押せ押せになっているので、どうも捗々しくありません。

⑦ 投資信託の基準価格のチェックというのもあります。いまになって、やっと景気も上向きかけ「そろそろ」と盛り上がってきた雰囲気なのですが、「売り」にでるほどには、まだまだ「戻り」に至ってないというデリケートな時期ではあります。

⑧ そうそう、この時期、そろそろアカデミー賞の情報が飛び交い始めるので、いろいろなサイトをのぞき見しています。

う~ん、これだけの「したくても出来ないこと」を毎晩抱えているのですから、こりゃストレスになるのが当然かもしれませんが、よく考えてみれば、これって結局自分が自分にストレスをかけているだけじゃないかと思えてきました。あほくさ

そこで、結局は、「今晩もyou tubeで落語」ということにしました。

最近の出版物を見ていると、落語の関連本が何冊も出ていて、ちょっとした落語ブームみたいな印象を受けますが、みなさん「古典」をじっくり聞いてのブームなのか、いまひとつ疑問です。

実は、この晩に聞いた落語は、志ん朝の「三枚起請」、やり手の女郎が客をつなぎ止めるために起請文(本来は、誓紙なので1枚のはず)を乱発し、それを知った3人の騙され男たちが、仕返しに女郎に恥をかかせようとお茶屋に乗り込むのですが、逆に開き直られてしまい、剣突を食わされてしまうというストーリーです。

じつは、この落語、いろいろな噺家で何度も聞いているのですが、この晩に聞いた印象が、以前とは少し異なっていました。

噺は、通りかかった亥之吉を棟梁が呼び止め、「最近、遊びが過ぎてるっていうじゃねえか、たいがいにしねえな、おふくろさんが心配していたぜ」と問うところから始まります。そこで亥之吉は、ナカにいいのが出来た、末を誓った起請文まで貰った仲だと告白します。

その起請文を読んだ棟梁は、すこし驚きながらも、自分も同じ女郎から貰ったという起請文を見せます。

そこに清公がやってきて亥之吉の起請文を読み、自分も同じ女郎から起請文を貰ったことと、それについちゃあ妹に苦労を掛けた顛末を話して「あの女郎、ただじゃおかねえ」と激怒します。

そして、お茶屋に乗り込み、証拠の乱発した起請文を突き付けて追及するのですが、

「打つなと、蹴るなと、好きにするがいいや。だけど言っとくけどね、あたしの体は売り物だ。身請けしてからどうなと好きにしておくれ」
と開き直られます。

男たちは、鉄拳制裁ができずに、たじたじになるという結末ですが、話を順に聞いていると、この「たじたじ」になるずっと以前に、彼らは、すでに制裁の意思を喪失しているように見えます。

いまさらながら「女郎の体は売り物だ」と言われなくとも、彼らはそんなことは十分に承知していて、むしろ、最初から「制裁」なんて真剣に考えているとは思えない軽妙なお祭り気分で登楼していくようにさえうかがわれます。

陰惨な「女郎の体は売り物だ」というあまりにも生々しい台詞の彼方に広がる現実をいささかでも薄めるためにも、一方で、この軽妙なシチュエーションが、バランス的にどうしても必要だったのかもしれませんね。

川島雄三「幕末太陽傳」の軽妙さと共鳴するなにかが、この「三枚起請」には、あるのではないかと、ふと感じた年の瀬でした。



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# by sentence2307 | 2017-01-01 22:27 | 映画 | Comments(0)

この国の空

映画の元ネタといえば、ほとんどがコミックや、ゲームをストーリー化したアクションものなどが多い昨今、この作品は、いまどきめずらしい(古いタイプと言ってしまえばそれまでですが)硬派な文芸作品の映画化で、自分としてはそれだけでもとても嬉しくて、この幸せな先入観のおかげで、随所に、かつての松竹大船調のオマージュなどを見つけ十分に堪能できた佳作だったと、内心とても好意的な気持ちを抱いていたのですが、友人からwebでは酷評が満ちていると聞いて、さっそく自分でも検索してみて、はじめてこの作品に対する嫌悪と失望感が尋常でない量であることを実感し、とても意外でした。

しかし、最近の映画というのは、極端に言えば、開始早々、バタバタ人が死ぬ凄惨なシーンが展開したり、くんずほぐれつの濃厚なsex場面が挟まったり、ひどいのになると、手ひどく強姦されたはずの被害者女性が、たくましく豹変して熟達した濃密な性技をみせたりするなどの一貫性を欠いた「なんだこりゃ」的な自家撞着のタフなストーリーを嫌というほど見せつけられてきて「その手の」物語に慣れきってしまった観客は、sexシーンに至るまで相当な心理的手続きを要するこういう「この国の空」みたいなタイプの文芸作品には、もはや辛抱も理解もできなくなってしまったのだろうなというのが、自分の率直な印象でした。

なにしろsexシーンに至るまで、主人公は、沸き上がるみずからの内なる欲望にああでもない・こうでもないと思い悩みながら、しかしそれは優柔不断なんかでは決してなく、静かな決意で一歩を踏み出すという、こういう物語こそ「松竹大船調」の真骨頂なのですが、「発情」を持て余しぎみの、すっかりセッカチになってしまった観客には、こんな悠長なストーリーなど、たぶん受け入れ難かったのかもしれないなと感じました。

しかし、その片方で「この非難だって、随分とおかしな話じゃないか」という憤りの気持ちが、自分にも次第に沸き上がってきました。

わが職場でも、団塊の世代が徐々に去り、入れ替わりに若い世代(20代~30代)が構成員の大勢を占めるようになったのですが、わが課のスタッフで既婚者といえば、自分と50代の「お局様」のふたりだけで、ほかの若い世代のスタッフは、(彼ら自身が「そう」言っていますし、既婚者から見ても)到底「結婚なんてできそうにもない」人たちなのです。

いわゆる、「結婚しない世代」というやつですが、自己防衛と被害者意識が異常に強く、他人に余計な口出しをしないかわりに、だからお前も俺のことを干渉するなよ的な自分勝手な面々で、当然、得にもならない他人の仕事の協力やバックアップなどするはずもなく、他人事には一切関心も興味も示さないという徹底ぶりです。

そして、この「ルール」を他人が逸脱し自分の領域を侵そうものなら、その逆上ぶりは異常に凄まじく、それに一度でも接したことがある者なら、もう二度と彼らには関わりたくないと思うくらいの狂気の逆切れ体験をしなければなりません。

彼らそれぞれが殻に閉じ籠りそういう感情を持ってトゲトゲしく身構えているので、これではとても職場の連帯意識なんてハナから育つとは思えません。

しかし、この手のことを、職場などで公言したりするとセクハラだとかパワハラだとかの面倒くさいことになるというので、一切口にするなよと総務部長からきつく釘をさされているので、それじゃあ自分は彼らの何を管理すればいいのか、と問い返しても、「そんなことくらい自分で考えろよ」というのがいつもの答えですから、結局なすすべもないお手上げ状態です、個人情報の過剰な保護といい、なにもかもが悪意と疑心暗鬼に満ちたとても嫌な時代になったものだと、ため息のひとつも出てしまいますよね。

ですので、以下に述べることは、まあ、無能な中間管理職の愚痴だと思って聞いてくださいましな。

少なくとも、自分たち旧世代の人間は、他人に自分のことを良くみせたい、みっともない真似だけはしたくない、それにせっかく同じ職場で働いているのだから、和気藹々とやろうじゃないかと雰囲気作りに精を出して、いろいろと気遣い、お互いの足らざるところを庇い合って協力しあってきたものです。

しかし、いまの若い連中ときたら、職場の「殺伐さ」なんてそもそも自分には何の関係もない、「それもまた、いいんじゃね」くらいにしか思っておらず、これが常態で結構ですと受け入れて、職場環境の改善など自分には一切無関係の他人事としか考えていないのです。

他人からとやかく言われる干渉を極力嫌悪し、気持ちを閉ざして自分だけの世界に充足して他人に興味も関心も一切持たない彼らにとって、だから必ず相方が必要となる「性欲」も、抑制することになるというのも当然の帰結であり、相互過干渉が大前提の「結婚」なんて最初から論外で、当然受け入れられるわけもないのです。

なにも「結婚」するだけが人生のすべてだとは思っているわけではないですが、ただ揃いも揃って全員が同じようなことを言うっていうのがどう見ても異常です、互いに反発しながらも、個性を欠如させた連帯意識なき「右へならえ」を疑いもなく大合唱して憚らない、そういうことが自分にはどうにも異常で薄気味悪く感じられてならないのです。

この映画に対して若い多くの観客たちがあからさまに表明した「嫌悪感」は、まさに映画「この国の空」に描かれているものが、彼らのそうした「思考」を逆撫でするような、彼らにとっては嫌悪しか催さないような、いまではすっかり失われてしまったかつての若い日本人の男女が備えていた思考性(少なくとも成熟をとげるみずからの「性欲」に対しては誠実であったことを含めて)を色濃く描き込んでいたからに違いありません。

戦争末期、配給の食料を待っていたのでは、どうにもならない食糧不足の困窮のなかで、母娘が交換する着物を持って、闇の食料品を求め、農村へ買い出しに出かける場面、河原で弁当を食べながら語り合う重要なシーンがあります。

母は、娘のすっかり成熟した体を見ながら、娘が「成熟した性欲」を持て余していることにも気がついています。

しかし、いま内地では「若い男」がすっかり戦地へ出払ってしまっていて、若い女性の「成熟した性欲」を上手に開花させてくれるような適当な男性がいないことも知っています。

だから母は、「普通の状況なら、たとえ隣家であろうと、若い未婚の娘が、一人暮らしの男の元へ行くなど決して許さないのだけれど」と前置きして、「市毛さんに気をゆるしてはだめよ、女は溺れやすいから」と忠告しながら、「でも、いまはこういう時代だから、隣家に市毛さんがいることに感謝しているわ、『娘をよろしくお願いします』って言いたいくらいよ」とさえ話します。

ここには、「悶々と」であれ、若い女性の成熟していく性欲の存在と、その極限状態のなかで性欲が歪められることなく育成され完熟を遂げさせてあげたいと見守りながら願っている母親の姿が、きわめて冷静に描かれています。

しかし、この部分こそが「他人からとやかく言われる干渉を極力嫌悪し、気持ちを閉ざして自分だけの世界に充足して他人に興味も関心も一切持たない彼らにとって、だから必ず相方が必要となる「性欲」も、抑制することになるというのも当然の帰結であり、相互過干渉が大前提の「結婚」なんて最初から論外で、当然受け入れられるわけもない」現代の若い世代の感性を逆撫でし、当然のように忌避されたのだと思います。

あるサイトで、この作品に対する象徴的な感想に接しました。

書かれていることが、結局無様な恐怖感でしかないことに本人もまた気が付いていないことが異常ではあります。

≪荒井晴彦の完全監督作という事で興味があり鑑賞。日常生活部分のパートがやたらに冗長だったな。確かインタビューで「戦争時中ではあるけれど庶民、ある男女の視点から戦争を視る映画を創りたかった」と語っていたような気がしたがセットや衣装役者陣のしゃべり方などで“とりあえず”戦争中なのかな〜とボンヤリと時代背景がわかるような・・・わからないような・・既視感はあるんだけどはっきりいって隣の別居中の男と隣に住む母娘の娘とのポルノチックなドラマでも良いんじゃあないか・・・なぜ戦時中にしたのか・転がり込んで来た母の姉をストレスに思いながら三人食卓に交えた現代劇をバックに隣の中年男に惚れる娘・・正直映画終盤の終盤までその必然がわからなかったさらに追い討ちをかけるように枕の匂いを嗅ぐ汗ばんだ肌と蛾が着付する電燈トマトとトマトのムシャブリ口元の水を払うしぐさ長谷川博己が二階堂ふみにそぞろと歩み寄る歩み寄り大樹に追い込まれた瞬間!!蝉の歓奇と二階堂の歓喜がシンクロする!!!すんげーベタwwwwwwwwwwあまりのエロ表現度の素人ブリがこの映画から俺をトンデモナク遠ざけてしまったなwwww古くさいというよりセンスなさすぎwwあからさまに童貞が撮ったかのような青くさいエロ表現ほんとう教科書どおりのセンスのない映像表現にゲンナリしてしまった・・・最期の最期で『戦争と不倫は同じで みな、憎しみ嫌っているけれど 実はみな戦争が好きなんだよ』その同義語である事を云いたいがための『戦争映画』だったのだろうか、それにしては中だるみすぎである。≫

やれやれ、これからも、この手の連中と付き合っていかなければならないのかと思うと、気が重くなります。

それはともかく、高井有一が、情緒不安定な母親を、死の予感におびえながら少年の視点から描いた繊細な作品、芥川賞受賞作「北の河」をふと思い出しました。


(2015日本)監督脚本・荒井晴彦、原作・高井有一『この国の空』(新潮社刊)、ゼネラルプロデューサー・奥山和由、プロデューサー・森重晃、撮影・川上皓市、美術・松宮敏之、音楽・下田逸郎、柴田奈穂、録音・照井康政、照明・川井稔、編集・洲崎千恵子、ラインプロデューサー・近藤貴彦、助監督 野本史生、詩・茨木のり子『わたしが一番きれいだったとき』、制作担当 森洋亮、VFX・田中貴志、効果・柴崎憲治、装飾・三木雅彦、配給/ファントム・フィルム、KATSU-do
出演・二階堂ふみ(田口里子19歳)、長谷川博己(市毛猛男)、工藤夕貴(里子の母・田口蔦枝)、富田靖子(里子の伯母・瑞枝)、滝沢涼子、斉藤とも子、北浦愛、富岡忠文、川瀬陽太、利重剛(物々交換先の農家を紹介する男性)、上田耕一(里子の上司)、石橋蓮司(疎開を待つ町の住人)、奥田瑛二(疎開する画家)、 所里沙子、土田環、福本清三、木本順子、前島貴志、上田こずえ、岡部優里、川鶴晃弘、下元佳好、高橋弘志、司裕介、星野美恵子、宮崎恵美子、矢部義章、宮田健吾、福岡歓太、山野井邦彦、あきやまりこ、太田敦子、奥村由香里、小泉敏生、鈴川法子、武田晶子、西山清孝、細川純一、宮永淳子、山口幸晴、篠野翼、井上蒼太郎、七浦進、泉知奈津、大矢敬典、桂登志子、小峰隆司、髙野由味子、武田香織、林健太郎、松永吉訓、安井孝、山中悦郎、覚野光樹、小野寛、七浦紀美代
公開・2015年8月8日 130分



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# by sentence2307 | 2016-12-29 07:41 | 映画 | Comments(0)

前回、「岸辺の旅」の感想を書き進めながら、自分がこの作品に対して、かなり低い評価しか持っていないことが徐々に分かりはじめたとき、そのことが、かえって自分でも、とても意外でした。

この作品を鑑賞する前に、世間では既に定まっていた「高評価」が、自分にはどうにも気に入らず、ただ「そのこと」の反発だけで自分の真意を歪めてしまったのではないかと。

それはいまでも他人から評価を押し付けられたり、決めつけられたりすることをもっとも警戒し嫌悪している自分ですので、そう考えれば、あながち無理のない選択ではなかったのかもしれないのですが、ときには極端な「勇み足」というものも、ないではありません。

なにせ、根が「へそ曲がりの天邪鬼」ときている自分です、そういった心にもないリアクションを思わず採ってしまい、内心「しまった」と反省しながらも、もはや訂正できないまま「誤った立場」を固辞しなければならなくなり、心ならずもその「誤った立場」を正当化するという詭弁を積み上げていって、自分をどんどん窮地に追い込んでいくという苦い経験を幾度も繰り返してきているので(仕事の場でもです)、その辺は十分に注意している積りですが、今回もまた「それ」をやらかしてしまったのではないかと、この一週間にあいだ、年末の事務処理に追われながら、忸怩たる思いで、ずっと考え続けてきました。

つまり「岸辺の旅」の感想が、「高評価」に対する反発からの詭弁の積み上げにすぎなかったのではないか、と。

しかし、いくら考えても、あの作品「岸辺の旅」の妻・薮内瑞希と夫・薮内優介の実像が、自分にはどうしても見えてこなかったのです。

彼らが、かつての生活のなかで積み上げてきたはずの具体的な「愛憎の機微」、生活していくなかで彼らがお互いに対して持ったはずの「ブレ」と違和感みたいなもの、つまり生活史の実態が全然見えてこないのです。

その果てにあったはずの失意や絶望が見えなければ、夫がどういう思いで失踪し、生きている間は決して妻の元には帰ろうとせずに、誰も知らない土地で絶望のなかで野垂れ死んでいったのか、この「不意の失踪」や「かたくなな放浪」や「身元を放棄した絶望のなかでの野垂れ死に」にこそ、夫・薮内優介の意思がこめられているとしたら、それらすべては、妻・瑞希を苦しめるための当てこすりのような「憎しみ」だったのではないかと。

そういう鬱屈を妻に打ち明けたり弁明したりすることもなく、無言のまま失踪したそのこと自体に妻は深く傷つき、彼にとって自分とはいったい何だったのかと苦しみ、その死さえ知らされずに無視されたことに対して憤ったに違いありません。

こういうことすべてが、世俗にまみれて暮らす人間のごく普通の(誰もが経験するはずの)愛憎の感情なら、あの映画で描かれていた夫婦は、なんと生活感のない無機質なただの人形にすぎなかったのか、と。

その意味では、たぶん、あの小文にこめた違和感は、自分の真意を正当に反映したものだったと思います。

そして、自分のなかにあの作品に対する「真の反発」があったとしたら、それは、妻・瑞希が、亡霊となった夫・優介に最初に出会うシーンの、出会いの感動や憎しみや恐怖を欠いた無機質さに対してだったかもしれません。

このことを考え続けてきたこの一週間、自分の気持ちの中には、つねに溝口健二の「雨月物語」の最後の場面、源十郎と妻・宮木の美しい再会の場面が占めていました。

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# by sentence2307 | 2016-12-23 10:21 | Comments(0)