世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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愛怨峡

ある人に指摘されるまで全然気がつきませんでした、無意識というのは、ホント恐ろしいものだなとつくづく感じたことが、つい最近ありました。

これまで、たぶん何年にもわたってだと思います、その人と何気なく映画のことについて、あれこれ会話を交わしている際に、自分が必ず溝口健二作品「愛怨峡」に言及したというのです、それも二度や三度のことじゃない。

自分では全然意識してなかっただけに、この指摘には驚きましたし、大変なショックを受けました。

それというのも、自分は、そのときまで、映画「愛怨峡」という作品をまだ見ていない状態だったからです。

では、それならなぜ(無意識にもせよ)その「愛怨峡」というタイトルを再三にわたって口にしたのかと推測すると、(もちろん、「愛怨峡」という字体の、見るからに妖艶な立ち姿にも惹かれたのですが)思い当たることといえば、ただひとつ、自分が所有している「日本映画作品全集」の最初の第1ページ「あ」の項目に、当のその作品が掲載されていて、つねに必ず目にしていたところから、いつも気になっていたのだと思います。

この本をつねに机の脇に置き、絶えず眺めている自分にとって、いわば座右の書といえる存在なのですが、この本を開くたび(たぶん習慣で、いつも、まずは最初の頁を開けているに違いありません)、そこに印刷されている「愛怨峡」の三文字が必ず目に止まって、そのたびに意識のどこかで、「これは、まだ見ていない作品だ」という密かな条件反射を繰り返していた結果、なんども意識のどこかに刻みつけられたものが、そんな形でジワジワ表出していたのかもしれません。

しかし、このときの「ショック」は、ただそれだけではありませんでした。

このように指摘されたあと、その友人は、さらに驚くべきことを口にしたのです。

「溝口健二の『愛怨峡』なら、you tubeでいつでも見られるよ」

まさに「えっ~!」でした。

さっそく、つねにデイバックに忍ばせて持ち歩いているタブレットを引っ張り出して、検索してみました。

そして、びっくりしました、あるわあるわ、なんだ、こりゃ、という感じです。

パッと見ただけで「虞美人草」「残菊物語」「マリアのお雪」「ふるさとの歌」「夜の女たち」「赤線地帯」「瀧の白糸」「山椒大夫」「東京行進曲」「噂の女」「折鶴お千」「女性の勝利」「歌麿をめぐる5人の女」「祇園囃子」「お遊さま」「女優須磨子の恋」「雨月物語」、そしてカノ「愛怨峡」です。

さらにスワイプすれば、まだまだゾロゾロありそうですが、いや、もうこれだけあれば十分です、よく分かりました。

その場でさっそく、「愛怨峡」の冒頭の部分をチラ見しました。

なるほど、なるほど、お客の立て込む旅館の台所とおぼしき場所で、若旦那の謙吉(清水将夫)と女中のおふみ(山路ふみ子)が、人目を忍んでなにやらヒソヒソと深刻な話を交わしている場面です。

おふみさんは「謙吉さん、みんな、あなたが悪いんだわ」てなことを言っていますから、さしずめこの色男に孕まされて、彼の不実をなじっているという場面でしょうか、フムフムよくあるパターンだな、こりゃあ。

島崎藤村をはじめとして、信州の人は、みんなスケベだから。

そうですか、なんか、面白そうじゃないですか。

ひとむかし前なら、フィルムセンターにでも行かなければ絶対に見られそうになかった貴重な作品ばかり、折角のキャブレット端末も自分などに持たせると、ただの小重たい役立たずのガラス板に成り下がるというわけです。

なんでいつも、こんなに重い物を持ち歩かなければならないんだと、ずっと厄介に思っていたくらいですから、宝の持ち腐れとは、まさにこのことで、これが「猫に小判」ということなのかもしれませんね。

我ながら、自分の迂闊さ、血のめぐりの悪さには、ほとほと呆れ返ります。

さて、念願の作品「愛怨峡」との出会いは、こんなふうに始まったのですが、作品の感想を書く前に、こんなサイトを見つけたので、紹介しておきますね。

題して「溝口健二監督の映画ランキング」。溝口健二監督の全36作品をランクづけしたものです。これによると・・・

1 残菊物語 1939 主演:花柳章太郎
2 瀧の白糸 1933 主演:入江たか子
3 西鶴一代女 1952 主演:田中絹代
4 近松物語 1954  主演:長谷川一夫
5 雨月物語 1953 主演:京マチ子
6 山椒大夫 1954 主演:田中絹代
7 お遊さま 1951 主演:田中絹代
8 祇園の姉妹 1936 主演:山田五十鈴
9 赤線地帯 1956 主演:京マチ子
10 浪華悲歌 1936 主演:山田五十鈴
11 夜の女たち 1948 主演:田中絹代
12 歌麿をめぐる五人の女 1946 主演:坂東簑助
13 噂の女 1954 主演:田中絹代
14 新・平家物語 1955 主演:市川雷蔵
15 武蔵野夫人 1951 主演:田中絹代
16 雪夫人絵図 1950 主演:山村聡
17 楊貴妃 1955 主演:京マチ子
18 愛怨峡 1937 主演:山路ふみ子
19 折鶴お千 1935 主演:山田五十鈴
20 虞美人草 1935 主演:夏川大二郎
21 元禄忠臣蔵 前篇 1941 主演:河原崎長十郎
22 藤原義江のふるさと 1930 主演:藤原義江
23 女優須磨子の恋 1947 主演:田中絹代
24 マリヤのお雪 1935 主演:山田五十鈴
25 名刀美女丸 1945 主演:花柳章太郎
26 女性の勝利 1946 主演:田中絹代
27 わが恋は燃えぬ 1949 主演:田中絹代
28 ふるさとの歌 1925 主演:木藤茂
29 元禄忠臣蔵 後篇 1942 主演:中村翫右衛門
30 宮本武蔵 1944 主演:河原崎長十郎
31 紙人形春の囁き 1926 主演:山本嘉一
32 浪花女 1940 主演:坂東好太郎
33 あゝ故郷 1938 主演:河津清三郎
34 団十郎三代 1944 主演:河原崎権十郎
35 露営の歌 1938 主演:山路ふみ子
36 必勝歌 1945 主演:佐野周二

この「溝口健二監督の映画ランキング」を眺めていると、単に世評の高い作品を頭から順に並べただけなので、なんの面白味も感じられません。

これじゃあまるで優等生を成績順に整列させただけの殺伐とした成績リストです。

ここには知的冒険など一切感じられないどころか、これではまるで選者の個性という主張がないじゃありませんか。

その証拠に「愛怨峡」が18位というのが、大いにおかしい。

36作品のちょうど真ん中ということは、つまり名作ではないけれど、駄作でもないという、いわば選者自身が判断を放棄して逃げをうつという姿勢を露骨に表している証拠です、それ以外には考えられません。

この作品の女優・山路ふみ子の豹変振りは、もっと評価されていい出色の演技です。

それも、捨て鉢とかやけっぱちからの他動的で軽々しい「豹変」じゃない、彼女は、子どもの養育費を稼ぐために、女の武器を十分に機能させる自発的な「豹変」であることを意識的に力強く演じており、「そこ」のところが、「愛怨峡」より上位にランクされている、いわゆる名作群とはちょっと異なるところです。

つまり「残菊物語」「瀧の白糸」「西鶴一代女」「近松物語」「雨月物語」「山椒大夫」「お遊さま」「祇園の姉妹」「赤線地帯」「浪華悲歌」「夜の女たち」の、時代や社会の制度、そして運命に翻弄され、いじめられるばかりの卑弱な女たちとは決定的に異なるのと同時に、そこが溝口作品らしくないと「愛怨峡」が疎まれ忌避されたところなのかもしれません。

実は、「愛怨峡」をyou tubeで見たあとで、そのままのノリで木村荘十二の「兄いもうと」1936も見てしまいました。

以前、成瀬巳喜男の「あにいもうと」1953の感想を書いたとき、機会があれば、木村荘十二作品も、是非見てみたいということを書きました。

いま考えると、成瀬作品において、兄・森雅之の演技があまりに強烈すぎて、受けに回る妹・京マチ子(こちらもかなり強烈な演技でした)の、森雅之の強烈な演技を受け止めるのが精一杯、あの場面の京マチ子はただただ振り回されているだけのように見えましたし、兄妹で言い争うクライマックスの修羅場があまりにも痛々しく激しすぎるために、それがいったい何のための罵り合いなのかまですっかり分からなくさせてしまったかもしれません。

見る側も、単なる「激しい応酬」に気をとられてしまって、兄妹の距離感とか、一家の物語の大切な部分(凋落)を見逃してしまっていたことを、この木村荘十二作品「兄いもうと」が明確に教えてくれました。

この物語は、奉公先で妊娠させられた妹が、そのことが原因で静かに・確実に身を持ち崩していく転落の姿を描いていて、家族もまた、なすすべもなくその転落を見守っていくしかないという、遣り切れない家族の失意と絶望を描いた作品だったのだと気がつきました。

妹の留守に、妊娠させた相手の学生が、彼女のその後の様子を気にして訪ねてきたことを母から聞かされた妹は、当初、その学生が、粗暴な兄と会わずに帰ったと聞いて、ほっと安心します。

あの乱暴者の兄のことだから、彼に会えばどんなことをするか分からないと心配したのです。

しかし、そのすぐあとで、兄の口から直接、帰り道で待ち伏せして野郎を半殺しの目に合わせてやったと聞きおよび、妹は「そんなことを、誰が頼んだ!」と逆上して、兄にむしゃぶりついていきます。

怒った兄も殴る蹴るの応酬があって、「さあ、殺しやがれ!」と妹は叫びます。

ふたりの諍いを呆然と見ていた老母は、娘のその姿を見て「大変な女におなりだねえ」と嘆きます。

なにも妹は、かつての恋人の学生をかばって、そうした修羅場を見せたわけではありません、もはやこんなにも身を持ち崩してしまった自分が、いまさらあの学生と、元の関係に戻れるなどとは少しも思っていないはずです。

もちろん兄の暴力の報復に「いらぬお節介だ」と憤りを感じたかもしれませんが、それとても彼女が逆上したことのすべての理由ではない。

むしろ、兄妹それぞれ、家族それぞれが、互いを深く思い合いながら、しかし、空回りするばかりで噛み合わないそのもどかしさ、これからどう生きていけばいいのか分からない不安と絶望、そうした互いの苛立ちを悲痛にぶつけ合ったのだと思います。

木村荘十二の「兄いもうと」は、その辺(家族の凋落)をしっかりと見せてくれました。

冒頭で、親方の老父が、多くの河職人の荒くれ者たちを荒々しく束ねて、激しい仕事に従事している労働の丹念な描写が的確で、どの子どもたちも、その無骨な父の粗暴さのもとで成長しながら、おそらく反発したり、ひねくれたり、同情したりしながら成人したのだということが、ストーリー全体をしっかりと覆っていて、それが十全に「効いて」おり、息子の荒くれ、長女の反発、次女の優しさの意味するところを、よく理解させてくれました。

わが「愛怨峡」もまた、優柔不断で不実な男に孕まされて捨てられ、転落のなかで生きる、いわば「大変な女におなりだねえ」という女性像を描いてはいるのですが、しかし、彼女は、ただ途方にくれるばかりの女では終わってはいません。

生きるために「大変な女」になった以上、彼女は決然と、どこまでも「大変な女」であることの誇りを抱いて、彼女の道を歩んでいくのだと、映画は幸福の余韻さえ込めて終わっているように見えます。

溝口作品としては、珍しく肯定的で「前向きな女性像」(そのラストも、ハッピーエンド風です)であることが敬遠されて、もし「18位」という低評価のランキングにつながったのだとしたら、その「判断」の在り方は、やはり誤っているというしかありません。

漫才の相方・河津清三郎が演じる鈴木が、復縁を求めて山路ふみ子に会いに来た若旦那・謙吉(清水将夫)に対し、彼のこれまでの不実をなじりながら、手荒くすごんで金品をもとめる脅迫の場面があります、そして実際に暴力を振るって警察に逮捕されます。

しかし、釈放された彼は、「彼女が宿屋の女将におさまって幸せになってくれればそれでいい。ああでもしなければ、ここから離れていく切っ掛けがつかめなかっただろう」と述懐しますが、ふみを思いやる彼のその密かな意図は、ラストで、どこまでも不甲斐ない謙吉の不実を見限って再び家を出る際のふみの怒りの言葉の中で、彼女もまた、自分のことを気遣い思いやってくれる鈴木の気持ちをまっすぐに受け止め、理解していたことが明かされます。

ふみは、再び鈴木とともに、みずからの不運な人生をネタにした漫才で客から笑いをとりながら、貧しい放芸人として暮らしていくに違いありません。

ぎりぎりの場所まで追い詰められた人間が、わが身の不幸や不運、あるいは不具を見世物として人目にさらして飯のタネにする下積みの人間の悲痛な強靭さを、溝口健二はまるで「希望」のように描いているのが鮮烈で印象的でした。

そういえば、この旅一座の閑散とした不入りの芝居小屋の寒々しい描写が素晴らしく、嬉々として自虐ネタを演じるふみの漫才を、恐る恐る物陰から盗み見る謙吉の怯えた表情の描写が圧巻です、これはのちの「赤線地帯」のラストに生かされたのかもしれません。

最近考えていることを、ひとこと書いておきますね、いわば蛇足です。

誰の証言だったか忘れてしまいましたが、「ある映画監督の生涯」のなかで、溝口健二のことを、「溝口健二は、本当の意味のリベラリストではなかった」とか「階級意識が強かった」とか「官尊民卑の思想が強かった」と評されている場面がありました。

たしか、文部大臣賞やベニス映画祭銀賞や紫綬褒章をもらうことを非常に喜んでいたという流れを受けての証言だったと思います。

なにをことさらに、そんなことを言わなければならないのかと、この場面を見るたびに、とても違和感を覚えました。

あたかも、あれだけ優れた作品を量産した溝口健二が、まさか・・・という感じで編集されているように感じたからです。

しかし、あれってむしろ逆じゃないのか、という気がして仕方ありません。

その証拠に、リベラルで、階級意識にも捉われず、官尊民卑の思想もない現代の映画監督たちが、溝口に匹敵するだけの仕事ができているかというと、そんなことはありません。

発想も枯渇し、映画への情熱もとっくに失せ、映写技術は格段の進歩を見せながら、映し出す作品は、どれも愚劣なものばかり、「映画」の発明以来、最大の危機を迎えているといってもいいくらいです。

その凋落の原因は明らかです、「リベラル」などという悪平等の幻想に呪縛され、「階級意識」や「官尊民卑」という公認されることの栄誉の喜びが支える「上昇志向」という倫理観をすっかり失って骨抜きにされてしまったために、その活力も共に去精されてしまったのだといえます。

むしろ、封建的で、階級意識にも捉われ、官尊民卑の思想にこだわって権力に弱く、しかし自分は天才だと思い上がる偏見だけを頼りにして(ときには、その妥協のなさが、「軍部への迎合」だったり、「戦後民主主義への妄信」のカタチをとることもあったにしても、です)優れた映画は、そのように作られ成り立ったのだということを、そろそろ気がついてもいい時期にきているのかもしれません。

ときはいま、溝口健二の再発見。

(1937新興キネマ・東京大泉撮影所)監督・溝口健二、原作・川口松太郎、脚色・依田義賢、溝口健二、台詞監督・水品春樹、撮影・三木稔、美術監督・水谷浩、衣裳・新興衣裳部、編集・板根田鶴子、近藤光夫、音響効果・杵屋正八郎、音楽・宇賀神味津男、助監督・高木孝一、関忠果、監督補助・寺門静吉 上砂泰蔵、助撮影・田島松雄、源佑助、堀越達郎、装置・川上栄、装飾・北川鉄治郎、録音・安藤彰、灘源太郎、照明・内田昌夫、阿部定雄、技髪・高木石太郎、美髪・桜井君子、漫才指導・奈美乃一郎、舞踊指導・ジョー・オハラ、ジャズ・コーラス・東京ロマンス・クラブ
出演・山路ふみ子(村上ふみ)、河津清三郎(流しの艶歌師・鈴木芳太郎)、清水将夫(旅館の若主人滝沢謙吉)、 三桝豊(謙吉の父安造)、明晴江(謙吉の母おしん)、加藤清一(おふみの伯父村上藤兵衛)、田中春男(謙吉の友人広瀬恒夫)、野辺かほる(その妻里子)、浦辺粂子(産婆村井ウメ)、大泉慶治(その夫浩太)、菅井一郎(街の紳士森三十郎)、大友壮之助(刑事新田格)、大川修一(よたもの小山譲二)、鳥橋弘一(講談師神田伯山)、田中筆子(万才師春廼家小春)、上田寛(万才師春廼家笑福)、ジョー・オハラ(小唄流行亭左松)、奈美乃一郎(浪曲師天広軒虎松)、滝鈴子(女道楽立花家歌之助)、
1937.6.17 帝国劇場/電気館/新宿大東京 10巻 2,498m  108分 白黒
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# by sentence2307 | 2016-05-04 10:01 | 映画 | Comments(2)

悼む人

月曜日から金曜日にかけて一週間に見た映画の中から、感動した作品ばかりでなく失望した作品も含めて、どうにか書けそうな作品を物色し、細々と感想を書いています。

一週間に一本くらいは「感想」をアップさせたいなと思いながら、結局それはあくまでも理想にすぎないことを証明するかのようなダレた映画鑑賞生活を送っているわけですが、思えば、ネタ探しをしながら映画を見るなんて、映画鑑賞者として、ずいぶんな邪道を走っていると、我ながら呆れかえります。

しかし、見てからすぐに書き始めるなどという器用なマネなど到底できませんので、どうしても更に一週間とか二週間くらい「寝かせる時間」が必要になり、実際のアップはさらに遅れ遅れになってしまうというのが現状です(まさに、アップアップ状態ですね)。

その、書くことの苦行に比べたら、(当たり前ですが)見る方が遥かに楽なので、どうしても鑑賞過剰状態になってしまいます。

それに、あまりにも見る本数が多くなりすぎると、印象の薄い作品など、それでなくとも細かい部分はハシから忘れてしまうくらいですから、ややもするとストーリーまですっかり忘れてしまうという惨状を呈することもあります。

必死に集めたネタのカケラだけが空中分解して取り留めなく飛び散り、収拾のつかない精神混迷錯乱状態に陥ってはじめて、本来の映画鑑賞の楽しみから自分がすっかり逸脱していることに気がついて、そのたびに慌てて反省し軌道修正(感動を素直に書く)をしたり、原点(映画を愉しむ)返りを図ったりして、どうにかココロのバランスをとりながら、土曜日と日曜日のどちらかは、時間をみつけて、できるだけパソコンの前に座るようにしています。

こうした霞みかけた危うい記憶に基づいて「書く」ことのしんどさ・辛さに比べたら、その前段階での、どの作品を書こうかと思いをめぐらす「作品選び」は、まさに至福の時間といえます。

今週の候補作品は、「悼む人」(堤幸彦監督2015))と「海街diary」(是枝裕和監督2015)、そして「奇跡の2000マイル」(ジョン・カラン監督2013)でした。

これらの候補には入れませんでしたが、「恋はハッケヨイ」(イモジェンキンメル監督1999、日本の大相撲を扱っています)というイギリス映画も見ました、これがなかなかの拾い物で、予想に反したそのキュートさには、ちょっとウルウルさせられるものがあって、はからずも感動してしまいました。

そうそう、以前イギリス留学したという女の子から聞いた話ですが、イギリスでも(ロンドンに限ってだと思いますが)かなりの日本ブームらしく、意味の分からない日本語が大受けして(だぶんそのエキゾチックな響きからだろうと思います)クールに捉えられ、例えば、あの「スーパードライ」をロゴとして「売り」にしているファッションブランドが人気を博しているのだそうです。

商標とかの権利関係の方がどうなっているのかまでは聞きませんでしたが。

そういえば、以前、片言の日本語を話す外国人と話していて、こちらが「ちょいちょい」とか「てきぱき」などという何気ない言葉を言うたびに「なにそれ?」と興味深そうに反応し、大受けしたことを思い出しました。

日本人が何気なく使っている言葉も、外国人が聞くと奇妙で不思議な響きに聞こえるのかもしれません。

そういうブームのなかで日本の大相撲もかなり正しく理解され(ひと昔前なら、せいぜい顔に歌舞伎の隈取りを施したスモウ・レスラーだったものですが)受け入れられ、根強い人気があることを、この映画からも雰囲気として感じ取ることができました。

しかし、この「恋はハッケヨイ」、いかにも一昔前のゲテモノ映画でござい、の線を受け継いだ投げやりな題名がイケマセン。

これさえなければ、見る前から変な先入観もなく、少しは緊張して見ることができたのではないかと思うと、なんだかとても損をしたような気分になりました。

それにしても、こうした題名のハンディを乗り越えても、肥満コンプレックスを日本の相撲の精神性(心技体)によって立ち直らせ、みずから幸福を掴み取るという女性の、高潔なチャーミングさ(必ずしも「美しさ」だけが女性の価値ではない、という)は、大いに感じることができました。

さて、感想書きのための「作品選び」の方です、まず「奇跡の2000マイル」(ジョン・カラン監督2013)ですが、自分などには決して出来ないくせに、放浪への憧れ(コンプレックスです)が強いせいか、むかしから、ロードムービーというと、どうしても見ずにはいられません。

実は、学生時代に購入して以来、現在も捨てずに、いまだ持っている最後の一冊というのが、アルチュール・ランボオ「地獄の季節」(岩波文庫、小林秀雄訳)です。

放浪のどこに惹かれるかというと、たぶん、流れ者として眺める寒々しい風景と、その精神性の「荒涼」と「喪失感」、そして「沈黙」だと思います。

しかし、現実生活で当然に求められる「良識」と「定着」に捉われ、べったりと根を下ろしてしまった家族持ちの自分には、いずれも、すっかり失ったものであり、今更どうにかなるようなものではありませんが、だから尚更自分にとってのロードムービーは、特別な意味があるのだと思います。

駱駝4頭を引き連れてオーストラリアの砂漠3200Kmを踏破する24歳の女性を描いたこの作品、ヴェンダース作品のような「ワビサビ」の味わいには欠けるものの、そんな薄っぺらな批評眼などどこかに放っぽって、ただただ憧れと羨望の気持ちで、映し出される荒涼とした風景をひたすら愉しむことができました。

ですので、この作品に対して批評とか感想などは、もとより試みようとは最初から考えていません。
残る候補作品は、「悼む人」と「海街diary」ですが、理解度と書き易さからいえば、それは圧倒的に「海街diary」の方でしょう。

しかし、長女・香田幸が、奔放に生きた親たちの、しかし、あまり幸せそうでもない晩年を見据えて、最後には「家族を選択し、妻子ある恋人と別れる」というストーリーを順に追っていけば、どうしても、そこには「とても感動しました」というしかない隘路に追い込まれる嫌な予感がします。

実は、そういうのが、自分はすごく苦手なのです。

映画を見始めるとき、いつもこんなことを感じます。

ストーリーは最初、どのように発展してもいいような色々な可能性を持っています。

主人公がこれから誰を愛そうが、どこに旅に出ようが、どの大学を受験しようが、はたまた殺人を犯そうが、どうなるかは、まだ分かりません。

しかし、物語が徐々に進行するにつれて、選択肢がどんどん減っていく。

最愛の恋人が難病にかかって死ぬとか、マフィアの縄張り争いで殺し合いをするとか、火星から宇宙人が攻めてきて地球防衛軍が反撃するとか、走り始めたストーリーは、どの方向に走ってもいいかのように見えますが、実はそうじゃない。

走り始めてしまったら、走る瞬間瞬間にも、ストーリーの進行はそのたびに限定され、同時に発展の余地をどんどん失い狭めながら、最終的に決められた唯一の場所に落ち着くしかない。

それは、例えていえば、「詰め将棋」のようなものではないかと考えたりすることがあります。

では、「海街diary」において、妻子ある男から誘われるままに、長女・香田幸が愛する男とアメリカへ同行するという、本編とは真逆の線は絶対に有り得なかったかというと、あってもよかったかもしれませんが、しかし、そうした場合、感動の方はどうなるワケ?ということになります。

姉妹の前に親たちが犯した「あやまち」の結晶のような薄幸の腹違いの妹すずが登場し、姉妹それぞれのすずに対する哀れみや愛おしさが、たぶん「アメリカ行き」を許さない(王手飛車取りみたいな)位置に効いていて、長女・香田幸は、最後には家族を選択する(すずの行く末を見守る)しかないように進行するのが、やはり自然で最良の「納まり方」だったのだと思います。

最初、まったくの自由であるはずのストーリーが、まるで決められた線路(が存在するかのように)の上を脇目も振らずひたすら疾走する、その隙のない見事な疾走振りを持つ映画こそを、僕たちは「名作」と読んでいる作品なのではないか。

それに反して、ストーリーが脇道に逸れたり、脱線したりする映画、例えば、不倫をして周囲も自分も散々不幸に陥れた親のダラシナサを憤る娘の十分な意思説明がないまま、彼女もまた不倫という同じあやまちを犯すとしたら、それはやはり「名作」と呼ぶには相応しくない作品と言うことになるだろうと思います。

「海街diary」という作品が名作であるのか、そうでないのかは自分には分かりませんが、すくなくとも決められた「線路」の上を整然と走るような「名作」風な作品が、かえって自分にはとても苦手としている部分でもあることを、この作品を見ながら感じました。

それに比べたら「悼む人」はどうでしょうか。

はっきり言って、自分の中では、この映画が押し付けようとしている「悼む」という行為に対して、いくら説明されても、いまだに「大きなお世話じゃないか」という思いが強く、納得できていません。

さらに、生前の悪行もよく知らないくせに、「極悪人」に対しても、「善人」と同じように悼んだりしていいのか、という疑問からも自由になれていません、要するにこの作品の存在そのもの・在り方自体が甚だ疑問なのです、押し付けがましい安手のエセ新興宗教じゃあるまいし。

この「悼む人」という作品は、小説では通用するかもしれない言葉の波状攻撃によって成立する「言いくるめ」の詐術というものが、すべてを見せてしまうリアリズムを旨とする映画においては、「その手」が通用しないことを如実に証明した映画だったと思います。

この作品には、自分には納得も解決もできないこの「甚だ疑問」が、至るところに存在していて、最初、いざ感想を書くとしても、どこから「否定」を書き始めていいのか、取っ掛かりが掴めずに躊躇していました。

しかし、大切なことは、もっともらしさの仮面を被った納得できない部分を捉えて、この物語の「偽善」や「破綻」を白日の下に引きずり出すことだと思ながら映画を見続けました。

そして、その「破綻」は、ラストにありました。

その部分の「あらすじ」を以下に引用してみますね。

《家庭内暴力を受けた女性をかくまって「仏様の生まれ変わり」とまでいわれた夫・甲水朔也(井浦新)を殺害した奈義倖世(石田ゆり子)は、裁判で嘱託殺人であることを認定され4年の刑期を終えて出所します。
しかし、身寄りがなく行くあてもない倖世には夫の亡霊が取り付いていて「死んでしまえ」と、常に肩口から語りかけてきます。
衰弱し、生きる気力も失せて途方に暮れた倖世は、(たぶん、死ぬつもりで)二度と足を踏み入れないと決めていた東北の町(かつての殺害現場)を訪ね、そこで亡き朔也を悼む静人と出会います。
動揺する倖世に、静人は「この方は生前、誰を愛し、誰に愛されたでしょうか。誰かに感謝されたことはあったでしょうか」と問いかけます。
静人の真意を測りかねた倖世は、訝りながらも、この奇妙な「悼む人」に惹かれて、夫殺しの事実は隠したまま、静人のあとを付いていきます。
そして、夫の亡霊から逃れられないと知った倖世は絶望し、橋から身を投げて自殺を試みますが、静人に制止され、思いを吐露した2人はお互いを求め合います。
静人とのsexのあと、夫の亡霊から解放されたことを始めて知った倖世は、静人と別れて旅立ちます。》

倖世から不意に別れを告げられた静人の戸惑いの表情が、とても印象的でした。

そりゃあ誰だって、あのsexによって倖世と静人は固く結ばれ、これから行動を共にすると考えるのが当然で、映画もそういう描き方をしていたはずと考えたのは、倖世の別れの言葉を誰もが「唐突」と感じたことにでも明らかです。

それに、このラストで、自分が抱いていた数々の疑問が、すべて解決されたといえるのだろうかと、しばらく考え込んでしまいました。

当初、倖世が抱いた静人の「悼む」行為への疑問(それは「いまだ」観客すべての疑問でもあったはずです)は、彼とのsexや、その結果、夫の亡霊が消失したことによって、静人の「悼む」行為自体は不問、疑問とするほどのことではなかったのだと、この物語は語りかけているのでしょうか。

もしかしたら、倖世の突然の立ち去りは、静人の「悼む」行為への静かな拒絶の意思表示ではなかったのか、その愚劣なエセ宗教活動を続ける静人への嘲笑と侮蔑であったのなら、少しは理解ができるのですが、とさえ考えてしまいました。

それならば、この映画が始末の悪い駄作中の駄作かというと、そんなことはありません。

奈義倖世の、どうような環境・状況に置かれても、あらゆる形の「いじめ」を呼び込んでしまうような歪な人間像として描かれていることに惹かれました。

いじめられてしまうような人間は、彼女自身マゾヒスティックな特殊なオーラを発していて、虐待される宿命であり、彼女もそれを望んでいて、あたかも虐待者を蝟集させる能力があるかのような描かれ方をしています。

歪んだ映画には、歪んだ人間像が描かれて当然なのかどうか、誰も問題視しようとしないことが、どうしても不思議でした。

この映画を見ながら、むかし見た映画を思い出しました。

「風流温泉 番頭日記」(青柳信雄監督1962)です。

旅館の番頭さんの話で、確か井伏鱒二の原作だったと思いますが、無能よばわりされていた番頭が失踪し、その後田舎のある旅館で再会したときは、とても有能な支配人になっていたというそれだけのストーリーでした。

しかし、環境を少し変えただけで、人間は大きく生まれ変われるのだと教えてくれた忘れられない素晴らしい映画でした。

(2015東映)監督・堤幸彦、原作・天童荒太『悼む人』(文春文庫刊)、脚本・大森寿美男、製作代表・木下直哉、エグゼクティブプロデューサー・武部由実子、長坂信人、プロデューサー・神康幸、音楽プロデューサー・茂木英興、協力プロデューサー・菅野和佳奈、ラインプロデューサー・利光佐和子、撮影・相馬大輔、照明・佐藤浩太、録音・渡辺真司、美術・稲垣尚夫、装飾・相田敏春、編集・洲崎千恵子、音楽・中島ノブユキ、記録・奥平綾子、Bカメラ・川島周、現場編集・似内千晶、VFX・浅野秀二、音響効果・壁谷貴弘、助監督・日高貴士、制作担当・篠宮隆浩、監督補・高橋洋人、主題歌・熊谷育美「旅路」(テイチクエンタテインメント)、企画協力・文藝春秋、特別協力・朝日新聞社、製作・キノフィルムズ、製作プロダクション・オフィスクレッシェンド、製作委員会・「悼む人」製作委員会(木下グループ、オフィスクレッシェンド)
出演・高良健吾(坂築静人)、石田ゆり子(奈義倖世)、井浦新(甲水朔也)、貫地谷しほり(坂築美汐)、山本裕典(福埜怜司)、麻生祐未()、山崎一(沼田雄吉)、戸田恵子(比田雅恵)、秋山菜津子(尾国理々子)、平田満(坂築鷹彦)、椎名桔平(蒔野抗太郎)、大竹しのぶ(坂築巡子)、眞島秀和、大後寿々花、佐戸井けん太、甲本雅裕(水口)、堂珍嘉邦(弁護士)、大島蓉子、麻生祐未(沼田響子)、山崎一(沼田雄吉)、上條恒彦、
138分 公開: 2015年2月14日
受賞・第28回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞(2015年)、主演男優賞(高良健吾)『きみはいい子』と合わせて受賞。
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# by sentence2307 | 2016-04-30 18:56 | 映画 | Comments(0)
寝るにはまだ早く、少しだけ起きていたい就寝前の中途半端な時間つぶしに、ネットサーフィン(この言葉、いまではすっかり聞きませんが)をしています。

だいたいは、最近の映画の予告編を見たり書評を読んだりとか、あるいは、思いつくままに適当な「キイワード」(だいたいは、芸能関係の話題が多いのですが)を打ち込んで、ヒットした情報を走り読みしているうちに(運が良ければ)、だんだん眠気がさしてきて穏やかな眠りにつけるという、ちょうどいい睡眠導入剤になるので、いまではすっかり一日の終わりには欠かせない習慣になっています。

しかし、就寝前のほんの数十分間とはいえ、芸能人のゴシップを追いかけて、時間の無駄遣いをしていたら、なんだかとても空しい気持ちになってしまったので、そこでハタと考えました。

普段では、なかなか検索できないような、なにか実になるテーマを考えてチョコチョコ調べてみようかと。

思いついたのが、「映画監督シリーズ」でした。

小津・成瀬・黒澤のお約束の御三家から始まって、お気に入りの清水宏、山中貞雄、そして思いつく限りの映画監督を片っ端から検索してみました。

やはり、すでに知っていることもありましたし、未知の事実もありましたが、総じて、映画監督という人たちの情報は、小説家などに比べると、段違いに乏しいことを実感しました。

なかには、これでは芸能人のゴシップとあまり変わらないではないかという酷いのもあり、わが「映画収集狂」の書き込みが、この空白を少しでも埋めることが出来ればと考えたりもしました。

おもだった映画監督をひと当たり検索したあとで、世界および日本の「古典映画作品」を検索してみました。

ここもやはり、すでに知っていることもありましたし、未知の事実もありましたが(成果は、少しずつブログに反映していくつもりです)、総じて、主演スターの浮名とか「あらすじ」程度のことしか触れていない貧弱な内容のものが多く、例えば、その作品が世界の映画史の中でどういう位置づけになる作品かなどという大局に立ったものがまるでないのが寂しくて、なんだかがっかりしてしまいました。

その次が「日本の小説家」の検索を試みました。かつて、その一人として藤澤清造を調べ、その成果をまとめてブログにアップしたこともあり、その過程で分かったことですが、自分の好みが「私小説作家」やその作品にあるらしいことに気がついたのでした。

露悪的な自然主義文学の影響を受けながら、その申し子のような存在である「私小説作家」たちは、まるでなにかの「業」に憑かれたかのように貧困に耐え、その自傷的・自嘲的なスタイルを保ちながら、不運な宿命と格闘した(あるいは無様に逃げ回った)彼らの悲壮な生き様と、それを痛切に綴った小説には、強く心惹かれるものがありました。

岩野泡鳴、近松秋江、水野千子、素木しづ、田村俊子、葛西善蔵、嘉村礒多、北条民雄、梶井基次郎、小山清など、就寝前のひとときの「検索」としては、かなり刺激の強い作家たちの悲痛な生涯ではありましたが。

そんなある夜、やはりなかなか寝付けないので、布団から抜け出てパソコンの前に座り、一度切った電源を入れ直して、さて、今夜はどういう言葉を打ち込もうかと暫し考えていたら、そうそう、そういえば、まだ「世界文学」というのを試みていないことに気がつきました。

自分の蔵書としては、中央公論社が昭和40年代に出版した朱色の装丁の「世界の文学」(世界文学全集もので最も売れたシリーズと聞いています)が、飛び飛びにですが、書棚に並べられています。

そして、その第1巻が「シェイクスピア」、数々の名作戯曲が福田恒存の名訳で収められています。

「生か、死か、それが疑問だ。どちらが男らしい生き方か、じっと身を伏せ、不法な運命の矢玉を堪え忍ぶのと、それとも剣を取って、押し寄せる苦難に立ち向かい、止めを刺すまであとには引かぬのと、一体どちらが。」という例のアレです。

かつては、ハムレットのこの台詞を暗記しようと、「シェイクスピア戯曲集」をどこにでも携帯して、まるで英語の辞書かなにかのようにチラ見しつつ、ブツブツ暗唱したものでした。

そのうちにハムレットのその頁の部分だけがいやに目立って変色してしまったのを覚えていますが、そういえばあの本、いつの間にか失くしてしまいました。

さて、打ち込むキイワードは、「シェイクスピア」と決まりました。

とにかく世界の「シェイクスピア」です、その情報量たるや、もの凄いものがあり、目の前に展開する洪水のような情報量を見ると、根が天邪鬼にできていて、どうしても素直になれない自分のことです、「5飛び検索」「10飛び検索」などというトンデモナイことをやらかしたりします(始めの方でヒットした情報の方が、よほど重要なのに、です)。

しかし、こういう天邪鬼の検索が逆にラッキーな事態を呼び寄せるコトだって、ないわけではありません。

そのときが、ちょうど「そう」でした。

こんな記事に遭遇したのです。題して「王は車輪の下に眠る」。シェイクスピアの戯曲にもあるあの有名な「リチャード3世」の遺体が発見されたという事件の顛末と、その埋葬に関するいきさつが記されている小文でした。

以下、要約して紹介しますが、要約できない部分は、極力「原文」を尊重して引用しながら紹介しようと思います。

そうそう、その前に、あの「世界の文学 第1巻・シェイクスピア」の巻末の解説で、リチャード3世の人間像をどのように紹介しているか、その部分を転写しておきますね。

《なるほど、リチャードは徹底した悪党である。同じ王位簒奪者でもマクベスのほうがまだしも人間味を残している。しかし、リチャードの性格は、決して単なる類型ではない。彼にはマクベスにない魅力がある。それは、彼が権謀術数に徹したマキャヴェリアンであり、びっこでせむしという不具者でありながら、なかなかの芝居上手だということだ。しかも、彼は冗談や皮肉を弄ぶ明るい意識家である。偽善の面をかぶりはするが、自分が偽善を演じていることを隠そうとはしない。少なくとも、自分に向かって、それをはっきり意識していることを示さずにいられない皮肉屋なのだ。・・・つまり、この劇には、個人の意思を越えた大きな運命の流れが一貫していて、自分だけはそれから免れると思っていた人々が、次々とその罠にかかる。そして、他人のみならず自分の運命さえ操れると思っていたリチャードが、最後に、最も完璧に、自分の破滅によって運命の存在を証明する。そういう悲劇的アイロニーそのもののために、この作品は書かれたといえよう。》

さて、「リチャード3世」の遺体発見の顛末と、その埋葬に至る概要を紹介する前に、「悪名高き王・リチャード3世」が殺されるまでの歴史的背景をシェイクスピア史劇をとおしてざっとおさらいしておきたいと思います。

リチャード3世(Richard III, 1452.10.2 – 1485.8.22)は、英国中世末期(在位1483−85)、プランタジネット王朝最後のイングランド国王、薔薇戦争の最後を飾る王である。

エドワード3世の曾孫ヨーク公リチャード・プランタジネットとセシリー・ネヴィルの八男で、即位前はグロスター公に叙されていた。

戦死した最後のイングランド王であるが、他に戦死した王は1066年にヘイスティングズの戦いで敗死したハロルド2世と、1199年に矢傷がもとで死亡したリチャード1世がいるのみである。

1484年1月に王直属の機関として紋章院を創設したことでも知られる。旗印は白い猪、銘は”Loyaulte Me Lie (ロワイヨテ・ム・リ)”で意味は、古いラテン語で「忠誠がわれを縛る」。

在位中に年代記が編纂されなかったため、その人物像には多くの謎が残されていますが、一般には、彼の名を冠したシェイクスピア史劇によって知られており、狡猾にして冷酷な肉親殺しのイメージが定着しています。

それは、シェイクスピアが、リチャード3世を、背むしの醜悪な容姿を持ち、その自虐的な反抗心から、邪悪な隠謀を企み、王位を簒奪するために目的のためには手段を選ばぬ、奸智に長けた残忍狡猾な人物として描いたからでもあります。

史劇の舞台は、ヨーク王家が骨肉の王統争い(いわゆる薔薇戦争)を制して王権に返り咲き、ようやく平穏が訪れた中世イングランド、おのれの醜悪な容姿を嘆くグロスター公リチャードは、美丈夫の長兄・国王エドワード4世を妬み、密かに王位簒奪を狙っています。

リチャードは、謀略を巡らし、王位継承権を持つ次兄・クラランス公ジョージを冤罪に陥れて刑死させ、手練手管を弄して、薔薇戦争の仇敵ランカスター王家の未亡人アンと結婚して、彼女が相続する広大な所領を手に入れます。

リチャードは,国王エドワード4世が亡くなると、その息子であり、当時12歳で王位を継いだ王子エドワード5世の後見人となり、叔父として摂政(護国卿)に就任しますが、その後、突如、態度を豹変させて、王子の側近を次々と処刑したうえ、前王の結婚は重婚ゆえに無効であると宣言し、エドワード5世を廃位に追い込みます。

そして、幼いエドワード5世とその弟王子をロンドン塔に幽閉したのちに、密かに殺してしまいます。

こうして、彼は、ついにリチャード3世として王冠をわがものとします。

しかし、そのわずか2年後、フランス亡命中のヘンリー7世(テューダー王朝の祖)の旗の下に反乱軍が蜂起し、ボスワースにて軍勢が相まみえると、リチャード3世は,味方の思わぬ裏切りにあって敵に追い詰められ、落馬してしまいます。

「馬を持て、馬を! 馬を! 代わりにこの国をやるぞ、馬を持て、馬を!」リチャード3世はこう叫び、戦場で壮絶な最期を遂げます。

このようなシェイクスピア史劇のイメージにより、おのれの野望のためなら幼い肉親をも躊躇なく殺してしまう悪人像が作り上げられ、世界中に広く知れ渡りました。

しかし、一方で、こうしたリチャード3世の悪評は、新王制のテューダー王朝によるプロパガンダの産物にすぎないという見方もあります。

シェイクスピアの史劇は、テューダー王朝時代に編纂された年代記に基づいており、また、シェイクスピア自身も同時代の王室の庇護を受けたお抱え劇作家だったため、旧王朝の君主リチャード3世を殊更におとしめ、一方で、テューダー王朝の正統性を過度に強調しているというのが定説です。

リチャード3世の評価について、18世紀には、歴史学者による見直し論が展開され、1924年には、歴史的な名誉の回復を目指して、愛好家らが「リチャード3世協会」を設立しました。

リチャード三世による次兄および甥らの謀殺が史実であったかどうかについての議論は、いまだ決着を見ていません。

しかし、リチャード3世が、短い在位中に多くの治績を残したことは、広く知られています。

例えば、リチャード3世は、王が議会の承認なく徴収していた徳税(強制献金)を廃止する法律を作りましたし、公正な取引を担保するため、新しい計量基準を導入したり、財産権の登録も義務付けたりしました。

さらに、彼は、刑事司法制度改革にも取り組み、有罪判決前の私有財産の没収を禁じ、重罪の被告人に対する保釈制度を新設したほか、当時陪審員への賄賂、買収が横行していたことから、陪審員に対して最小限の資力要件を課すことも決めました。

また、リチャード3世は、請願裁判所(Court of Requests)も創設しようと試みたのですが、議会の承認を得られずに、実現には至りませんでした。

こうした功績を虚心に見れば、リチャード3世が、かなり進歩的なリベラル思想を持ち、優れた行政手腕を発揮した名君であったことが考えられます。

リチャード3世の亡骸の行方については諸説あり、ボスワースからレスターに運ばれたところまでは判明しているものの、その後ソアー川に投げ捨てられたとする説や、簡略な葬儀を経て修道院に埋葬されたとする説などの言い伝えがあるのですが、その修道院も宗教改革の際に取り壊されてしまっており、長いあいだ人々の記憶から失われていました。
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# by sentence2307 | 2016-04-30 18:51 | 映画 | Comments(0)
しかし、21世紀に入り、リチャード3世の遺体発見に情熱を燃やす一人の女性が出現しました。

「リチャード3世協会」会員のラングレイ女史です。

彼女は、独自に初期研究に取り組み、言い伝えにある修道院の跡地が、現在のレスター市役所の駐車場に位置していることを突き止めました。

2011年、女史は、レスター大学考古学研究チームの協力を得て、駐車場の発掘調査を実現しようと関係機関との折衝に奔走します。

この段階では、女史を除く誰もが、まさかリチャード3世の遺体の発見など絶対にあり得ないと考えていました。

ところが、レスター市から地盤掘削の許可が出され、2012年8月24日、駐車場の掘削作業が開始されると、掘り始めたその日のうちに人骨が発見されました。

すぐに、レスター大学は、遺体発掘を行うために、法務大臣に対し、法定の許可申請を行いました。

申請書には、本件調査目的がリチャード3世の遺骨発見にあること、発掘された遺骨は(それが誰の遺骨であれ)市立博物館に収蔵することが記載され、さらに、万が一、リチャード3世の遺骨が発見されるという事態が生じた場合、発掘後4週間以内にレスター大聖堂に埋葬する旨が付記されていました。

この申請を受けた法務大臣は、同年9月3日、市立博物館への収蔵ないしレスター大聖堂への埋葬を条件として、遺体発掘許可を与えました。

9月5日、早速遺骨が発掘されると、そこに脊椎側彎症(背骨の湾曲)の痕跡や多数の戦傷痕が見つかり、リチャード3世の遺骨である可能性大であることが判明します。

そして、レスター大学(University of Leicester)が遺骨のDNA鑑定を実施した結果、カナダに住むリチャード3世の姉の子孫から採取されたDNA型と合致することが確認されました。

のちに、英医学専門誌ランセット(Lancet)に掲載された遺骨の検視に関する論文を通じて、これまで論争の的になってきたリチャード3世の凄惨な最期・1485年8月22日、イングランド中部レスターシャー(Leicestershire)州での「ボズワースの戦い(Battle of Bosworth Field)」で死亡の状況が明らかにされました。

軟部組織が残っていないリチャード3世の場合、分析の対象となったのは遺骨のみで、チームは切り傷や擦り傷、刺し傷など遺骨に残された痕跡を当時の武器が人体に与える損傷と比較して、死亡した当時の状況を推測した。

ランセットに掲載されたレスター大の論文によると、リチャード3世の頭部には致命傷となったもの以外に、絶命直前のものとみられる損傷が9か所みられる。致命傷となったと考えられる2か所については、その痕跡から鋭利な武器が頭蓋骨を貫通して脳にまで達していた。

その他、胴体部分にも傷が2か所あったが、これは死後に鎧を引きはがされた後にできたとされる。

ぬかるんだ地面にうつぶせにされ、鎧も剥がされ兜も着用していない頭部への攻撃で、鋭利な武器が脳を貫通したための死亡が確認されました。当時32歳。

レスター大考古学チームの病理学者ガイ・ルティ(Guy Rutty)氏によると、リチャード3世が頭部に受けた損傷が示唆するものは、当時の戦いで「敗者はうつぶせにさせられた」との考察と一致するという。また同大のサラ・ヘインズワース(Sarah Hainsworth)氏は、遺骨の傷の状況から、複数の敵に襲撃されたと推測している。

シェークスピアの戯曲では背骨が湾曲し、権力に飢えた残忍な人物として描かれるリチャード3世だが、現代の研究ではリチャード3世を倒して台頭したテューダー(Tudors)朝によって本来の姿が歪曲されていることが分かっており、現代に伝えられているシェイクスピア史劇とは異なり、その死体の傷から推察するに、リチャード3世が勇猛果敢な戦士でもあったことがうかがえるとされた。

レスター大学は、2013年2月4日、リチャード3世の遺骨であることが証明されたとして、レスター大学、レスター市及びレスター大聖堂の3者で、レスター大聖堂に遺骨を埋葬することを合意した旨を発表しました。

500年前の国王の遺骨発掘は稀代の歴史的発見であり、レスター市民のみならず、英国中が大きく湧きました。

ところが、この段階になって、リチャード3世の埋葬場所をめぐり、イングランド北部の古都ヨークから思わぬ物言いがついたのです。

ヨーク市は、リチャード3世の遺骨をヨーク大聖堂(ヨーク・ミンスター)に埋葬すべきであると主張しました。

ヨーク市によれば、リチャード3世は少年期をヨークシャーで過ごし、婚姻後はその領主となったほかに、在位中にも何度もヨークを訪れており、ヨークは彼の権力基盤である場所であり、一方、レスターは、たまたまリチャード3世が絶命した戦地に近かったというだけのことにすぎないのだから、ヨーク王家最後の国王の埋葬地としてふさわしいのはレスターではなくヨークであるというのです。
ヨークとレスターの対立は国会での議論にまで波及し、同年3月12日、この問題について国会議員によるディベートが行われました。

しかし、それでも、法務大臣は、遺体発掘許可及びその条件の見直しをしません。

こうした混乱が続くなか、ヨークへの埋葬を求める一部の子孫ら(リチャード3世の16代目の姪孫等)は、非営利法人を設立したうえ、2013年5月3日、司法審査を請求しました。

彼らは、
①法務大臣が意見聴取手続を経ずに遺体発掘許可を出したこと、
②遺骨がリチャード3世であることが判明した後も、法務大臣が意見聴取手続をせず、遺体発掘許可の条件(埋葬場所)変更を再検討しなかったこと
などが違法であると主張して争いました。

一般に、英国の司法審査請求は、政府や地方公共団体その他公法的機能を有する機関の決定、作為及び不作為を対象として、公的機関に対する法的義務の強制履行命令(mandatory order)、違法行為の禁止命令(prohibiting order)ないし差止め(injunction)、違法な決定の取消命令(quashing order)、または、法律関係を確認的に宣言する判決(declaration)を求める訴訟手続です。

司法審査の手続は、許可と聴聞の2段階に分かれており、実質的審理に進む前に裁判所の許可を求めることにより、一見して明白に認容可能性のない提訴が排斥されます。

原告適格が認められるのは、法律上、「十分な利益」を有する者と定められていますが、判例は相当緩やかにこれを解釈しており、法律上のみならず事実上の不利益を被る個人のほか、こうした利益を有する個人を代理又は代表する団体、さらに、個人的利益の有無にかかわらず、公益を代表する団体にも原告適格が認められます。

本件司法審査請求は、2013年8月15日裁判官の許可を得て、高等法院の行政裁判所において、合議体により審理されましたが、2014年5月23日いずれも棄却されました。

まず、原告適格について、裁判所は、請求人である非営利法人のメンバーは、リチャード3世から16世代以上離れた傍系子孫であり、リチャード3世との関係は時的にも血統的にも薄弱なものと言わざるを得ず、十分な個人的利益を有しないと判断しました。

しかし他方で、請求人の主張は高度な公共性を有すると判断し、公益代表団体としての原告適格を肯定しました。

次に、裁判所は、法務大臣の意見聴取義務に関する前記①及び②の主張について検討を行いました。

前記①の主張については、前提として、一般に意見聴取義務は、顕著な不公正のない限り、意見聴取手続を定めた法令、約束又は慣行がある場合にのみ発生すると述べたうえ、遺体発掘許可の申請時においては、リチャード3世の遺骨が発見される現実的可能性は極めて低かったため、同許可前の意見聴取手続は時期尚早であって必要性が認められず、その許可条件として意見聴取手続を盛り込むこともまた不可能であった(したがって意見聴取手続を経ずに遺体発掘許可を出したことは違法ではなかった)と判断しました。

続いて、前記②の主張について、裁判所は、法務大臣が、意見聴取手続を経ずに遺体発掘許可を見直さないとの判断をしたことにつき、埋葬法上のガイドラインや法務省及び英国国教会のガイダンス等を検討し、本件のような傍系子孫に対する意見聴取を義務付ける慣行は見当たらないと判断しました。

もっとも、裁判所は、法務大臣が、意見聴取手続を経ずに遺体発掘許可を見直さないとの判断をした際、その判断に必要十分な情報を把握していたのか否かを問題とし、本件が500年前の国王の遺体発掘という前代未聞の極めて例外的な事態であったことから、王室、国家及び英国国教会には特別の配慮を要し、法務大臣の意思決定にあたって、少なくとも前記3者の意向を確認しなければならない旨示しました。

そのうえで、本件において、法務大臣は、前記3者の意向を十分に把握しており、また、国会でのレスターとヨークとの埋葬地を巡る討論等、許可条件見直しの要否判断に必要十分な情報を把握していたことから、法務大臣が意見聴取手続を行うことなく、遺体発掘許可を見直さなかったことは合理的であったと判示しました。

こうして埋葬地を巡る紛争には区切りがつき、リチャード3世にもようやく安らかな眠りが訪れようとしています。

レスター大聖堂では、改修工事が進められ,国王にふさわしい荘厳な霊廟が建設される予定だそうです。

また、かつてキャッスル・パークにひっそりと置かれていたリチャード3世の青銅像も、きれいに修繕を施され、今ではレスター大聖堂の前に誇らしげに立っています。

遺骨が発掘された駐車場にはリチャード3世博物館が建てられ、必ずしも観光資源が多いとはいえないレスターの見所の一つになっているそうです。
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# by sentence2307 | 2016-04-30 18:46 | 映画 | Comments(0)
もうずっと以前の話ですが、映画関係の雑誌を定期購読していた時期もありましたが、しかし、それもすぐに止めてしまいました。

ときどき、なにかの切っ掛けで、そのときの惨憺たる心情みたいなものがふっと甦り、実に苦々しい気持ちに捉われることがあります。

カタログやチラシに書かれているコピーの丸写し、どうでもいいようなスターの噂話、あるいは同じ誤植を晒したままコピーしまくりの「あらすじ」を丸写ししただけの、ただの原稿料稼ぎにすぎないあの手の腹立たしい記事を幾ら読んでも、自分にはなんの果実ももたらさず、結局は読みたい記事にめぐり合えない失望と、ストレスだけが増していくという惨状をトコトン思い知らされたからでした。

どんなに感動した映画も、あの映画ライターという人種にかかると、なんだか自分が、どうでもいい映画にヤタラ感動しまくっている(「オレって、変なのか」みたいな)実に虚しい気分にさせられたものでした。

そのような見当違いな記事を読めば読むほど、苛立ちがどんどん募っていく、そんな最悪なウツの悪循環に陥ってしまったというのが、雑誌購読を止めた主な理由だったと思います。

それくらいなら日常的に読んでいる新聞記事のほうが、よっぽどマシで、自分の欲求が最低限満たされることに気がつき、それ以来、特に映画雑誌の講読は止めました、新聞記事だけで十分コトは足りますし、それで別段これといった不自由を感じているわけでもありません。

それに、「読みたい記事」がないのなら、いっそ自分で書いてしまおうと思い立ったのが、このブログを立ち上げた理由です。

だから、このブログは、自分にとって、いわば「実に嫌な気分に落ち込んだ」ことをバネにして思いついた副産物(読みたいものがないなら、自分で書く)みたいなものといえるかもしれません。

さて、このように、自分が映画の情報を仕入れるのは、若干の関係書籍を除けば、新聞記事だけなのですが、だからといって決して厳密な管理をしているわけではなく、気になった記事があると、ざっと傍線を引いて、畳んで本棚の隅に突っ込んでおく、そして、週末の空いた時間にそれをネタにして適当にブログに書き込むということを繰り返しているのが、ここのところの習慣です。

ただ、「書く」よりも「読む」ほうが余程ハカがいくので、現状は、かの畳まれ突っ込まれた新聞が、漫然と汚らしく書棚に溜まっていくという怠惰な惨状を晒していますが、しかし、そんなことではいけません、どんどん書かなければと決意を新たにして、その新聞の束のなかから、傍線を引いた当時のモチベーションが保たれたままの記事があるか、幾つもの記事を再度読み返しました。

あっ、ありました、ありました。これです、これ。

日経新聞2016.3.7夕刊の文化欄に掲載されていた「LGBT映画、共感呼ぶ現実感 普遍的な愛、繊細に」という記事です。

LGBTというのは、性的マイノリティのことで、ここのところ相次いで公開される三本の映画、アイラ・サックス監督の「人生は小説よりも奇なり」、トッド・ヘインズ監督の「キャロル」、トム・フーパー監督の「リリーのすべて」について解説した記事ですが、筆者は新聞社の編集委員ということなので、記事全体は無難な告知という体裁をとっており、批評にわたる部分だけ、映画批評家や映画館主から得たコメントを貼り付けるというカタチになっています。

しかし、実際は、「現実」はつねに、過激に遥か彼方を先行・疾駆しているのが常で、それを後追いしながら、どうやらそれらが市民権を得たらしい時期、社会的に定着・成熟したと看做していいような状況を受けて、そこでやっと映画は、おもむろに「理屈づける」作業を行って「世に問う」みたいなことになることが多いので、この「性的マイノリティ」問題も、この編集委員氏は、相次いで公開されるこの三本を提示することで、この問題がようやくスタート・ラインに立ったと判断し、このような記事を書くことを思いついたのだと思います。

しかし、ここに掲載されているコメントは、「批評」とはいっても「カイエ」みたいな攻撃的・好戦的な姿勢とは違い、いずれもおとなしめの「説明」程度のものにすぎません。

それにケチなどをつける積りは毛頭ありませんが、自分が感心したのは、この編集委員氏が、それぞれの作品を紹介したあとに付け足したちょっとした部分でした。

例えば、アイラ・サックス監督の「人生は小説よりも奇なり」の締めの部分には、こんなふうな書き足しがありました。

「家を失った高齢者の苦境を描き、2人の寄る辺なさを浮き彫りにする。うるさくて眠れないジョージや、甥の妻に疎まれるベンの姿は、上京して子供の家を転々とする小津安二郎『東京物語』の老夫婦を連想させる。一人ひとりは善き人なのに、その間に埋めがたい溝がある。そんな現実を冷徹に見つめ人生の哀歓を繊細に描き出す。」

この一文を読んだとき、なんだかとても嬉しくなって鳥肌がたってしまいました。

アメリカだ、日本だなどとこだわらず、たとえこの作品が、これから以後どのような運命を辿るとしても(簡単に忘れ去られてしまうか、人々の間で永遠に語り継がれて記憶されるか)、ともかく、この作品が、遠くに「東京物語」を意識しながら、世界の映画史上に生み出された作品であることを、まるでサルトルが木の根を見て存在の実体を突然意識できたような、そんな感覚に捉われたのでした。

あえていえば、どのような作品も、決して映画史からは自由になれないのだ、という感じでしょうか。

トッド・ヘインズ監督の「キャロル」には、こんなふうに書き足されていました。

「同性愛への抑圧を描きつつ、ラブストーリーとしての純度は高い。互いに惹かれあうさまを2人の視線で繊細に表現する手法は、成瀬三喜男を思わせる。」

そして、トム・フーパー監督の「リリーのすべて」では、「夫は、モデルとして女装したとき、自身の内に潜む女性に気づく。妻はこの絵で成功するが、夫の苦悩は深まる。妻は夫の本質を理解し、共に解決策を探る。運命に抗い魂の自由を求める2人の姿は、溝口健二作品にも一脈通ずる。」

こんなふうに映画史を少しだけ意識させられることによって、なんだか視野が広がり、とても豊かな感覚を持つことができました。

あくまで私見ですが、なにごとにつけても、映画に関する文章に限っては、すべからくこのようなものでなくてはなりません。

さて、もっと面白い記事はないかな? まだまだ物色してみますね。
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# by sentence2307 | 2016-04-17 12:36 | 映画 | Comments(0)

根津権現裏 ふたたび

自分がお世話になっているこのエキサイト・ブログには、単に全体のアクセス数だけでなく各記事別にアクセス数が分かるという大変おもしろい機能があって、ときたま興味本位で覗いて見ることがあります。

自分のブログは、一応、映画専門という看板を掲げているのですが、たまに気が向けば、「小説」の感想めいたものも書いたりするものの、いかんせん、そちら方面の知識が致命的に乏しいので、すぐに話題が枯渇してしまい、書いたブログの全体の割合からすれば、ほんのちょっぴりしかないというのが実態です。

なので、わが「小説」部門は、かくのごとき貧弱さで、数量的にも内容的にも、とてつもなくお粗末な状態なので、それを誰かに読まれるかもしれないなどと考えるだけで、なんだか身の縮む思いというか居た堪れない気持ちになってしまいます。

ですので、そうした恐るべき可能性は、あまり考えないようにしながら図々しく開き直って書いているわけですが、しかし、この「考えないようにしている」と考えること自体、「意識」の表出の一部であることに違いなく、同じように顔から火がでるような恥ずかしさを感じ、やはり、どうしたって「恥ずかしい」ことには変りないのだと実感するばかりです。

それでも懲りずに、ふたたびなにか書きたくなる衝動が起こるのは、きっと、「居た堪れなくなるような」素晴らしい小説に出会うからだろうと思っています。

世の中は、未だ読まれずに、ひっそりと眠り続けている名作が、ゴロゴロしているに違いありません。

そういうわけで、例えば、「記事別アクセス」を見て、そこに藤澤清造の「根津権現裏」のタイトルが上位にアップされていたりすると、思わず赤面してしまいます。

こんな貧弱なブログにも多数のアクセスをいただくのは、この小説の情報自体が、とても乏しい現実を現わしているからだろうと思います。

この「根津権現裏」をブログに書いた頃の事情は、よく記憶しています。

あれは確か西村賢太が何年か前に芥川賞を受賞したとき(調べたところ2011年でした)、崇拝している作家として藤澤の名前をあげ、みずから藤澤清造の没後弟子と名乗り、受賞を機会に出版社に頼んで文庫本を出版させた(この「根津権現裏」と「藤澤清造短篇集」の二冊だったと記憶しています)ということが報じられたときに、それまでは自分も藤澤清造が、まったく未知の作家であったために興味を持ち、ネットで調べたり、実際に小説「根津権現裏」を購入して読んでみたりしたのでした。

そういう付け焼刃程度の知識をもとに書いた極めて底の浅い、やっつけ仕事の記事だったので、なおさら、こんなに多くのアクセスをいただくと、かえって「大丈夫なのか」と不安になり、そのたびに赤面し、あわてて読み返したりしたことも二度や三度のことではありません。

そして、その内容が、小説「根津権現裏」の感想などには、まるでなっていないことを確認し、そのたびにひとり赤面し、恥ずかしさで顔から火を噴かなければならず、これではまるで故障したゴジラ人形みたいになっています。

いま読み返してみると、はたしてそのとおりで、書かれているのは、藤澤清造の凍死と、芥川賞受賞作家の個人的な圧力で出版社に二冊もの本を出版させたという事情だけ、自分としては、このふたつの出来事が、当時、よほどショックだったとみえて、嫉妬に激した論調の陰に、覆い隠せないほどの物欲しげな調子もあったりして、その辺をクズクズとこだわり続けた結果、ついに「根津権現裏」の内容の紹介まで至らず頓挫した始末で、これはこれで、ずいぶん恥ずかしい話だなと感じています。

このブログ・タイトルにひかれて、単に、小説「根津権現裏」の内容を知りたいとアクセスしていただいた方に、あるいは失望させてしまったかもしれないことを反省し、いまさら遅いかもしれませんが、「補遺」として、以下、一文にまとめてみました。先のブログと重複する部分は、ご容赦ください。

《補遺》
藤澤清造(明治22年(1889)10.28~昭和7年(1932)1.29)
藤澤清造は、明治22年(1889)石川県鹿島郡藤橋村(現在の七尾市馬出町)で小作農の末っ子として生まれた。
明治28年(1895)に旧七尾町の大火災で家が類焼、3年後に父親が急死し、家の地所も借金の担保に入った。
明治33年(1900)に小学校尋常科(当時4年制)を卒業したが、貧窮のため進学せず、活版印刷所で働き始める。そこは新聞の取次を兼業しており、藤澤の仕事は新聞配達だったが、間もなく右足に骨髄炎を発症し自宅療養したが、完全に治癒させる金がなく、以後、足を少し引き摺る後遺症を残した。この間、市内の足袋屋、代書屋に奉公しながら、独学で文学書に親しみ泉鏡花などの小説を耽読した。
明治39年(1906)に上京し様々な職に就いた。芝居好きだった藤澤は、当時俳優志望だったが、足の後遺症を理由に断念し、志望を文士に切り替える。
明治43年(1910)三島霜川が編集主任をしていた「演芸画報」誌の記者となり随筆や劇評などを発表した。霜川の死後、その後を継いで主任となり、小山内薫、徳田秋声、三上於莵吉、室生犀星、菊池寛、芥川龍之介、広津和郎などの知己を得て、開放的で社交的な性格を愛され、これらの作家と広く交わった。
大正9年(1920)社長との対立から退職し、創作の筆を執る。
大正11年(1922)長編「根津権現裏」(日本図書出版株式会社)を発表、評価されて新進作家として文壇に迎えられた。宿痾の骨髄炎と貧困、性の懊悩を抱える青年記者が主人公で、根津神社近くの下宿で暮らしていたが、入院先で自死を選んでしまう同郷の友人を含め、作家を翻弄した悲惨な境遇と孤独をモデルとした私小説である。ふたりの雑誌記者の酒と女と貧乏の陰惨な生活を描き、最後にその一人が先輩を裏切ったことを後悔して謝罪するが許されず自殺するという追い詰められた者の切羽詰った心理を描いたもので、主人公の劣等感、絶望、憤怒、金銭に焦がれる様を繰り返し描いたが、どこか落語や演劇のリズムにも通じる江戸っ子口調の会話文がユーモアを交えた独特の共存を見せて、違和感もあり、ドストエフスキーの模倣が指摘されつつ、冗漫で、かつ平板との微妙な評になったといわれる。
以後、好んで人生の悲惨醜苦を描き、これに徹することにより真の人間が形成されるという藤澤の信念に基づいた作品が書かれることとなる。
病気とその治療費の金策に苦しみ行き詰った様子を描く「一夜」(大正12年1923)、買春を自慢する初老の男たちへの羨望と嫌悪を綴る「ウィスキーの味」(大正13年1924)、借金の新しい口実を考え出しながら知人を訪ね歩く男の悲喜劇「刈入れ時」(大正13年1924)、病気の母を足手まといに思いその死を願う「母を殺す」(大正14年1925)、ほか戯曲・随筆・雑文を発表するが、大正12年(1923)震災後あたりから盛んになった新感覚派・プロレタリア文学運動の時流に対応・追随できず、また、小説同様、病と貧困は作家の体を徐々に蝕んでゆき、執筆量も衰え、次第に奇行も見られるようになった。
昭和6年(1931)「此処にも皮肉がある」(「文芸春秋」昭和6.5)を最後に文壇から姿を消した。
昭和7年(1932)悪疾による精神病を発したびたび失踪したが、昭和7年1月、下宿に戻らず(「精神病院」から脱走と書かれたものもあるが、小説の内容と取り違えたものと思われる)行方不明となったが、芝公園六角堂内で凍死体として発見され、行路病者として火葬された。


追記
この「補遺」を書きながら、いま思い出したのですが、当時「根津権現裏」に対してイマイチ情熱を沸かせられなかった理由というのがありました。

それは、この年譜にもあるとおり、当時「根津権現裏」に対して、「ドストエフスキーの模倣がみられ、それも冗漫かつ平板」との評価が記述されていましたが、自分としては、「冗漫」であろうが「平板」であろうが、別にそれが小説の評価を下げるものだとは考えていませんし、むしろ、そういう書き方に対して愛着すら持っていると自認しているくらいだと思っています。

それなら、「根津権現裏」にもっと情熱を持ってもよかったじゃないかと言われそうですが、実は当時、「根津権現裏」よりも、もっと「それっぽい」素敵な作品に出会い、心惹かれていたことを不意に思い出したのでした。

それは、木山捷平の「大陸の細道」1962という作品です。

出口のない閉ざされた状況で、右往左往する物語なのですが、一言でいえば悲惨な滑稽さとでもいえばいいのか、苦渋のなかで生きる底には、不思議な楽観があって、小説を読んでいる間中、なんだかとても癒された空間に浸っているような心地よさを感じていました。

その心地よさを引き摺っていた状態の、きっと、そのすぐあとで読んだであろう「根津権現裏」の止め処ない悲観的な視点には、正直いって、たぶん「辟易」するものがあったのだろうと思います。
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# by sentence2307 | 2016-04-17 12:31 | 映画 | Comments(0)
先月は、4月の人事異動で地方に栄転される方々の送別会が何件かありました。

こちらの会に出て、あちらは欠席というわけにもいきませんので、そういう意味では結構忙しく、思わぬ出費も重なりました。

でもこの「会費」だけなら、そこはなんとでもなるのですが、問題は必ず誘われる二次会というやつで、当然「義理で出席」という仕儀になり、ホロ酔い気分で幹事さんが用意してくれた場所へ皆の後ろからぞろぞろ付いていくという感じです。

妻などは、こちらだって退職が間近いのだから、たとえ不義理をしても、皆さん、分かってくれますよと軽く言うのですが、会社の組織の中で生きてきた人間にとって、そんな割り切り方など、できるものではありません。

だいたい、自分が然るべきポストにいたときには、そういうことをされては困る(もちろん「暗に」ですが)みたいに言ってきた手前、自分も仕方なく出席しているのだと妻には返しています。

しかし、妻はこちらの言うことなど頭から信じておらず、疑わしそうな目で「あなた、本心はどの会にも出席したいんでしょう?」と、この手の話題がでる度に、薄ら笑いさえ浮かべて、まるで人の心を見透かしたような失礼な皮肉を言うのです。

まあ、当たっているだけに腹が立ちます。

ですが、この3月・4月はどうしても月ぎめの小遣いだけでは足らなくなり、妻から資金の援助を受けている手前、自分のこの「腹が立ちます」は、決して表情には出せません。

むしろ、媚びるようなへつらい笑いになってしまっているかもしれず、我ながらこの不甲斐ない拝金主義には、ほとほと愛想がつきます。

しかし、妻も少しの間ですが、かつて会社勤めの経験もあり、ウワベと本音の違う会社内の複雑な人間関係の中で散々揉まれてきた苦い経験もありますので、その辺の理解度は人並みで、この「桜散る」時期の彼女の金離れの良さは賞賛にアタイします。

また、妻は続けてこう言うことがあります「あんまり飲まないでよね」と。

酒が入ると気が大きくなったり、腰が重くなったり、ズルズルの長話しになったりして、相当な深酒になってしまうことを諌めているのです。

普段なら「なに言ってんだ」と少し怒気を込めて強い調子で言い返すところですが、その分別を欠いた衝動的な発言が、後々微妙に資金援助の多寡にも反映してくるので、ここは慎重に細心の注意を払い、あるいは、三木のり平ふうの陽気なノリも忘れずに「なにを言っておるのですか」などと、妙な物言いになったりすることもあり、「これはマジヤバイぞ」と内心忸怩たるものもありますが、そこは致し方ありません、金のためです、つまらぬ節操など気にしている場合じゃない。

しかし、前述した妻の「深酒」への懸念などは、はっきり言って、ただモノゴトの表面だけをぼんやりなぞっているだけの実に視野の狭い一方的な見方にすぎず、その状況下で為される意義深い「会話」という実質が甚だしく欠落しているので、細心の柔らかさを保ちながらですが、「結構、有意義な話もしているんだけどね」とイナシタリすると、妻は「なに言ってんのよ、クダラナイことをグダグタ垂れ流しているだけじゃないの」とにべもなく、実に無礼な暴言を吐くのでありまして、この市井に生きる健気なサラリーマンの喜怒哀楽の機微などハナから理解しようともしないその不遜な態度は実に許しがたく嘆かわしい限りであります、それにあなた、言うに事欠いて「垂れ流し」とはなんですか、それを言うな「喋り散らし」くらいに(同じか)してください、お願いします(「お願い」してどうする!)。

さて、妻の軽視する「グダグダ会」ですが、実を言うと、こういうことが自分は大好きです。

昔の上司が、飲み会を仕事の反省の場と勘違いして、同席している部下のひとりひとりに、延々と苦言を呈するという苦行のトラウマもあるので、自分は飲み会を文字通り「グダグダ会で結構」と位置づけ、ひたすらストレス発散の場と考えていましたし、今でもそうしています。

そうそう、なんならこの会が、決して「くだらない」ものではないという証拠を、ひとつお示しすることだってできるのです。

3月のはじめのことでした、3月いっぱいで退職(再雇用の期限が切れます)される経理の田中さんを囲んで、ごく内輪の「お送りする会」を開きました。

正式な送別会は、押し詰まってから、また別にあるのですが、この会はそれに先立ち、旧い仲間数人が集り気の置けない飲み会でもやろうじゃないかというのが発端です。

会のはじめに「え~、田中さんは昭和○○年の入社でありまして」などという無粋な挨拶もなければ、締めの「皆様のあたたかいご指導により」なんていう気の抜けた謝辞もない、いつ始まっていつ終わったかも分からない実に気楽な会です。

談論風発、わあわあ騒いでいたときに、人事の綿引さんが、その日の日経新聞朝刊を取り出し、小さなコラム(一面下の「春秋」というコラムです)を指差して「ここんとこ、読んだか」と言うのです。

まだまだ「酔う」程ではないクリアな頭の状態でしたので、新聞記事くらいなら理解できます。

そこには、こんなことが書いてありました(本文は、後日、実際の記事に当たって確認しました。)。

《「ヤンキーが来る!」といっても、改造バイクに乗ったやんちゃな若者のことではない。南北戦争に翻弄される米南部の女性、スカーレットの半生を描いた「風と共に去りぬ」の一節である。ヤンキーとは北軍の兵のことだ。1865年、終戦を迎え奴隷制も終わった。
米では「内戦」と呼ぶ。技術革新の波に乗って工業化が進む北部と、綿花や砂糖などのプランテーションが根付く南部の利害の対立が背景にあったとされる。62万人にも及ぶ戦死者は、独立戦争からベトナム戦争まで8度の対外戦争の死者の総数58万人より多い。当時の米国はかなり深刻な「分断」の瀬戸際にあったのだ。》

これは、今たけなわのアメリカ大統領選挙での対立を報ずる部分の前振りですが、綿引さんが問題にしているのは62万人という南北戦争における戦死者の数です、「な、凄いと思わないか」と言うのです。

しかし、自分には、「62万人」という数字が、どのくらい凄いのかが実感できません。

この「62万人」を誰かうまく説明できる者はいないかという感じで一同の視線は、数字に強い今日の主役、経理の田中さんに集りました。

お酒がいけない田中さんは、酒宴の席でも、いつも覚めた冷静な目をしている反面、それだけに酔漢の賑わいに付きあいきれないまま、ひとり取り残されているさびしい印象が強いのですが、いま突然自分に視線が集ってきて、今日ばかりは、なんだかパッと輝いて嬉しそうです。

田中さんは、こんな話をしてくれました。

《いま統計学の本を読んでいるのだけれども(「統計学」とは、いかにも田中さんらしいじゃないですか)、沈没したタイタニック号の乗員・乗客の死者数・生還者数というのが、合わせて2201人だそうで、「62万人」といえば、タイタニック号を281回沈没させるくらいの死者数・生還者数という規模になるのかなあ。》

チラシ広告でカバーした新書版をチラチラ見ながら田中さんは話してくれました。

「ああ、なるほど」と一同感心はしたのですが、「281回の沈没」の方だって、相当理解不能です。

タイタニックといえば、当然、話題はデカプリオといきたいところですが、あえて「統計学」の絡みの方を聞いてみました。

「田中さん、なんでタイタニック号が、統計学なんですか」と質問したのです。

私のこの絶妙な突っ込みには、さすがの田中さんも嬉しそうでした。

《乗員・乗客の死者数と生還者数が、統計上どのようになっているかを分析した結果があるのです。
分類の項目としては、「1等」から「3等」の乗客、それに「乗務員」、それらを「大人/子ども」「性別」に分けるのが予測変数で、それを「生死」の別で分けるのが基準変数、その分析結果です。
要するに、生還できたのは誰々で、死亡したのは誰々、その「男女別」と「等級別」で分析した統計結果というわけですね。
この結果によりますと、女性の73%が生還し、男性の79%が死亡しました。
これは、映画「タイタニック」でみたとおりで、圧倒的に女性の生還率が高かったことが分かりますね。
さらにそれを「等級別」に見ると、女性の「1等乗客」が97%の生還、「2等乗客」が88%の生還、「3等乗客」が54%の死亡となっています。女性のこの生還率の高さは、男性の死亡率(男性の「1等乗客」66%死亡、「2等乗客」86%死亡、「3等乗客」83%死亡)の高さと対比させると、なにかが見えてくるような気がしませんか。
しかも感動的なのは、「1等」「2等」の男性乗客うち子どもの生還率は、ともに100%で、この率を差し引いた男性の死亡率は、「1等乗客」67%死亡、「2等乗客」92%死亡と変化します。
子どもを助けた分だけ大人の死亡率が上昇していることを現わしていて、つまり、男性が自分たちの命を犠牲にして女性と子どもを助けたという構図が、この数字から窺われるのです。
実に感動的な数字じゃないですか。》

本に書かれた統計数字をじっと見つめながら、無味乾燥なただの「数字」に、やたら感動している田中さんの横顔を思わずみつめ、やっぱ経理畑の人は人間が違うわと感心してしまいました。

数字の向こうにドラマを見たり、そして感動したりと、ただ散文をいじくり回しているだけの人文系の人間には到底考えられない営為です。

なんだか田中さんに拍手でも送りたい気分になりました。

しばらくして、田中さんがトイレに立ったあと、そこにポツンと残されていた新書版を、失礼して手に取り、パラパラと捲ってみました。

先程、田中さんが話していたタイタニックの話は「タイタニックの運命」というタイトルで書かれています。

ほかに「偽札データ再考」とか「不動産の鑑定」など、読んでみたい項目もチラホラあります。

なるほどね、なんだか面白そうじゃないか、そもそも、これはなんという書名なんだと中扉を見て「金鉱を掘り当てる統計学」(豊田秀樹著、講談社・BLUE BACKS)という本であることも知りました。

ずいぶん難しそうですが、でも、その割にはなんとなく古びた本という感じも受けます。

発行日を奥付で確かめようとしたとき、最終頁に「○○図書館リサイクル本」という朱印が押されているのを見つけ、この本が、図書館にある「リサイクル棚」に置かれていた本であることに気がついたのは、そのときでした。

リサイクル本を広告チラシでカバーし、それを夢中になって読みふけり、タイタニック号の話にひとり静かに感動して、その感動を懸命になって話していた先程の田中さんの姿が思わず目に浮かび、あまり豊かではなさそうなこの孤独な老人が、なんだかとても愛おしくて、滅茶苦茶感動してしまいました。

あっ、田中さんが戻ってきました、自分はあわてて本を元の位置に戻します。

戻ってきた田中さんは、依然として申し訳なさそうな微笑みをたたえ、誰にともなく会釈をして遠慮がちに席に座ります。

そして、少し震える左手で古びたリサイクル本の新書版を慈しむように軽く触れています、まるでその存在を確かめるみたいに。

気取りもなく、欲もなく、リサイクル本の中で見つけた小さなエピソードに感動し、なんの衒いもないままその感動を夢中で話して、人の心を揺り動かすことのできるこのような老人に、自分もなることができるだろうか、目の端で田中さんの震える皺くちゃな左手と新書版を捉えながら、いつまでも考えていました。
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# by sentence2307 | 2016-04-10 19:44 | 映画 | Comments(0)

私の男

とても重厚な作品「私の男」を見たあと、ネットでこの作品の感想を読み漁っていたら、こんな記事に遭遇しました。

それは、監督と出演者がそろって受賞記念の舞台挨拶をしたときの出来事だそうです。

どの受賞記念か特定できませんが、受賞暦は最後に記しましたので見てください、実に壮観です。

その記念の舞台挨拶の出来事というのを、以下に引用しますね。

《ところが、先日、二階堂ふみ、浅野忠信、熊切和嘉監督らによる受賞記念の舞台挨拶でちょっとしたハプニングが起きた。観客からの質疑応答で、近親相姦の被害者という女性の観客から疑問が投げかけられたのだ。
「私は近親相姦の被害者です。浅野さん演じるお父さんは加害者。二階堂さん演じる花さんは、未成年だから被害者。一般の人たちはアダルトビデオでしか知らないと思いますが、あまり美化されてしまうと……」
 この突然の質問に、場内は静まり返ったという。壇上の熊切監督も「美化して描いたというつもりはない。そこにある厳しさをもって描いたつもりです」と緊張した震え声で答え、主演の浅野も「もし、見る方によって思い出させたりすることがあるならば、申し訳ない」と謝罪をするのが精一杯だった。
 だが、こうした反応は当然といえるかもしれない。》

こう言ってはなんですが、たかが映画の受賞記念の舞台挨拶、そのような浮かれ気分の華やいだ場の雰囲気のなかで、多くの観客の好奇の視線を一身に集めながら、堂々と「私は近親相姦の被害者です。」などと異様な自己紹介をすることのリアリティのなさとか、もしそれが事実だったとしても、その冷水を浴びせるような行為と発言に、はたしてどんな意味があったのか、そのなにもかもが、とても奇異に感じられてなりませんでした。

本当に「近親相姦の被害者」であることを訴えるのなら、実効性のある救済機関とか、捜査・公訴の強制力を持つ公的機関に告発するのならともかく、なんの効果も効力も期待できない映画の試写会場などというユルイ場所で、そんなに深刻な話をされても、受けた側はどう対処していいのか戸惑うばかりで、たぶん本心からは程遠い「謝罪」をするくらいがせいぜいだったと思います。

これでは、お騒がせだけが目的の、まるで嘘くさい低次元の「テロ」としか思えませんでした。

たとえ、こんなふうに衝撃的な「前置き」(この被害妄想発言は、「人道」を盾にとって他の反論を一切封じてしまうという狡猾な論難技巧みたいなものに感じられます)などしなくとも、単に近親相姦を美化した映画(自分としては、そんなふうには感じませんでしたが)への疑問を呈するだけで、質問者の意図は十分に果たせたはずで、むしろその方が、かえって監督や出演者たちの冷静で深みのある返答を引き出せたと思いますし、また、観客の共感も得られたと思います。

そう思えばなおさら、この目的不明の異様な「異議申し立て」は、結局ただのひとりの共感も得ることなく、誰にも利益をモタラさず、ただ単に場内を最悪な気まずさで制圧して、異様な静まりを強いただけであって、その不毛な状況を作り出したことに対する責任も含めて、この発言嬢が、いったいこれをどのように感じていたのか、たまらなく知りたいと思いました。

そして、加えて言うなら、この状況を伝えた記事の書き手は、ご丁寧にも、その文脈の最後で「だが、こうした反応は当然といえるかもしれない。」などと被害者に肩入れしているかのような結語を書き足しています。

これも随分唐突で奇異な感じを受けました。

しかし、これは、よく読むと、この原作が直木賞を受賞する際に、選考の過程で一部にあった「物議」に言及するための布石というか、無理やりの「つなぎ」みたいなものにすぎず、この筆者が本心から「この反応は当然」と考えているわけでないことが、すぐに分かりました。

単に文章の流れを体裁よく整えるためだけに、一見するとこの異常で奇妙なクレームを十分な検証もすることもなく「公認」してしまったように受け取れるご都合主義の無定見な締め括りだったらしいのです。

最初読んだときは、この記事の前後の乖離の甚だしさに、強引な論理の捻じ曲げの印象を受けて、ただ呆れ返ってしまいました。

しかし、ここまで書いてきて、自分の意図が少しずつズレ始めていることに、はじめて気がつきました。

たぶん、この杜撰な記事が、みずからの論理展開を無視して、唐突な同情と共感を装ったことへの苛立ちが、いっそう過剰に「発言嬢」への指弾に動いてしまったかもしれず、すこし反省もし、思わず立ち止まる感じで、いままで書いてきた全文を読み返してみました。

たぶん、描かれた陰惨で深刻なテーマ「近親相姦」を常日頃真摯に考えている者にとっては、その会場の、あまりにもかけ離れた鼻持ちならない華やかな賑わいへの苛立ちから、その和やかな雰囲気をぶち壊す目的のためだけに、「自分は近親相姦の被害者である」と思わず口走ってしまったのかもしれないという印象はありました。

たぶん、そうしたタグイの衝動なら、可能性も含めて自分の中にも確かに存在するかもしれないことに、遅れ馳せながら気がついたのでした。

まるで「スターウォーズ」でも鑑賞するかのようにして映画「私の男」を鑑賞しようとしている場違いな華やぎに対して、その雰囲気にどうしても馴染めず、単に疎外感を感じてしまうような者なら、その孤独な怒りを大衆の中で炸裂させようという衝動は、なおさら理解できないことではありません。

しかし、それが、あえて「近親相姦の被害者」であるという表明でいいのかとなると、おそらく、その必要性も含めて理解の外にあるというのが、自分のこの発言に対する根本的な違和感であって、たぶんそれ以上ではなかったのだと分かりました。

「発言嬢」に対する拒否の気持ちなど、はじめから微塵もないことだけは、はっきりと確認しておかなければならないかもしれません。

「近親相姦」は、たしかに映画なんかでは軽々しく扱ってほしくないと考えても無理からぬとても深刻で重大な問題です。

ネット検索をしていたら、最高裁判例・昭和48.4.4判決というのに出会いました。

中学生だった14歳の少女が父親に犯され、そのことを知って激怒した母親や親戚なども中にはいったのですが、結局効果なく失敗して一家離散、父親の元に残された娘は、日常的に性交を強要され続け、少女が29歳になるまで夫婦同然の生活が続けられたとのことです。

その間、彼女は5人の子どもを産み、5回の中絶をして、その5人の子どものうち2人は生後間もなく死亡して、3人が育ったと記事にはありました。

その後25歳で印刷会社に就職し、29歳のときに社内恋愛をして、父親に結婚の許しを求めます。

しかし、父親は激怒し、「男の家へ行って、そいつをぶっ殺してやる」と逆上して暴れます。

少女は絶望し、このままでは自分が駄目になる、彼氏にも迷惑がかかると一度は父親の元を逃げますが、連れ戻されて暴行を受け監禁されます。

酔った父親は、「お前を一生不幸にしてやる。今度逃げたら3人の子どもを殺すぞ」と脅され、さらに体を求め、拒むと殴られました。

追い詰められた彼女は、「もうどうにもならない」と絶望し、泥酔した父親を絞殺したという事案です。

親殺しは重罪で、死刑か無期懲役という当時にあって、懲役2年6月、執行猶予3年という最高裁としては、異例の温情判決として知られた事案でした。

この判例だけで十分に「近親相姦」の深刻さ・陰惨さ・重大さは理解できますが、しかし、一方で、この陰惨な案件の印象を、そのまま映画「私の男」に反映させてもいいものだろうか、という疑問が拭えません。

映画「私の男」は、そういう作品ではないような気がします。

血のつながりを十分に認識している娘は、父親との性的接触を最初から積極的に求め、父親は躊躇しながら娘の行為に引き摺られるように応じているかのような印象を受けます。

娘の方に性の快楽はあっても、はたして男に「それ」があっただろうか、「家族」がほしい、そして、ただ父親としての役割に憧れながら、しかし、「家族」というものをどのようにして作ればいいのか分からない男には、「娘への愛」の境界を見失ったまま、2人を追ってきた元警察官を殺害するに至るという印象です、そこには、あの最高裁判決の陰惨さはなく、むしろ、ラストの二階堂ふみの妖艶さにつながる爽快ささえ感じてしまったくらいでした。

それならば、この映画をキューブリックの「ロリータ」のように見ればいいのかというと、そこまで拡大することはできませんでした。

震災によってなにもかもを失ってしまった少女の孤独をもっとも理解できた父親もまた、この世に信じるに足りる確かなものなどなにもないという空虚を抱えたまま、絶望の淵で生きてきた男です。

一度壊れてしまった風景も家族も、二度と元には戻らないことを知っているふたりは、かつてあった「それら」を自分を責めるようにしてしか思い返せません。

少女の荒涼とした日々の風景は16mmフィルムで捉えられ、追い詰められて悲しい殺人を犯してしまう流氷の街の日々は35mmフィルムで撮影され、ウワベを装うだけの寒々しい都会はクリアなデジタルで捉えられています。

すっかり荒廃した故郷も、いまは亡き愛する家族のことも、そして家族に対して何もできなかったという悔いのなかでしか思い返すことができません。

家族をもち、「父親」でありたいと願う男と、大自然の理不尽なチカラによって家族を奪われ、突然この世にたったひとりで残された孤独な少女、この父と娘は、喪失の空虚をうめるかのように身を寄せ、あるいは性交によってしか、互いの生存の実感が得られなかったのだとしたら、ここで描かれている「近親相姦」は、あの試写会場で異議申し立てをした彼女の考えていたものとは、少し違うものだったかもしれません。

(2014日活)監督・熊切和嘉、製作・藤岡修、由里敬三、分部至郎、木村良輔、宮本直人、エグゼクティブプロデューサー・永田芳弘、プロデューサー・西村信次郎、西ヶ谷寿一、ラインプロデューサー・金森保、原作・桜庭一樹「私の男」(「別册文藝春秋」2006年9月号(265号)~2007年7月号(270号)まで連載。第138回直木賞受賞)、脚本・宇治田隆史、撮影・近藤龍人、美術・安宅紀史、衣裳・小里幸子、編集・堀善介、音楽・ジム・オルーク、VFXスーパーバイザー・オダイッセイ、スクリプター・田口良子、ヘアメイク・清水ちえこ、照明・藤井勇、装飾・山本直輝、録音・吉田憲義、助監督・海野敦、ロケーション総括・中村哲也、制作担当・刈屋真、アソシエイトプロデューサー・西宮由貴、小松重之、製作・「私の男」製作委員会(ハピネット、日活、マックレイ、ドワンゴ、GyaO!)、制作協力・キリシマ一九四五、企画協力・文藝春秋
出演・浅野忠信(腐野淳悟)、二階堂ふみ(腐野花)、高良健吾(尾崎美郎)、藤竜也(大塩)、モロ師岡(田岡)、河井青葉(大塩小町)、山田望叶(花10歳)、三浦誠己(美郎の先輩)、三浦貴大(大輔、花の婚約者)、広岡由里子(タクシー会社の事務員)、安藤玉恵(小町の先輩)、竹原ピストル(花の父親)、太賀(大塩暁)、相楽樹(章子)、康すおん(タクシー会社の運転手)、吉本菜穂子(海上保安官)、松山愛里(花の同僚)、奥瀬繁(ずぶ濡れの中年男)、吉村実子(老婆)、細谷隆広、高島恵美、高橋篤行、五十嵐陽子、諏訪陽子、佐藤友美、伊藤尚美、磯村カイ、川崎代気子、我孫子正好、松浦伸二、和田裕美、柳川英之、池田宜大、関寛之、ルビー、ダニエル・アギラル
上映時間:129分
第13回ニューヨーク・アジア映画祭(2014)ライジングスター・アワード(二階堂ふみ)、第36回モスクワ国際映画祭(2014)最優秀作品賞・最優秀主演男優賞(浅野忠信)、第6回TAMA映画賞(2014)最優秀女優賞(二階堂ふみ)、最優秀新進男優賞(太賀)、第38回日本アカデミー賞優秀主演女優賞(二階堂ふみ)、第69回毎日映画コンクール日本映画大賞、第57回ブルーリボン賞主演男優賞(浅野忠信)、第10回おおさかシネマフェスティバル2014年度ベストテン第5位、撮影賞(近藤龍人、「そこのみにて光輝く」と合わせて)
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# by sentence2307 | 2016-04-02 17:36 | 映画 | Comments(0)

動物と裁判

朝一番、会社での「最初の仕事」は、デスクに積み上げられた業界紙や専門誌に一通りざっと目を通すことから始めます。

これは、前日に郵送されてきた雑誌や業界紙ですが、内訳は、各課が仕事上必要として、オノオノの申請が認められた購入雑誌と、その他寄贈を受けた業界紙・専門誌です。

そして、購入・寄贈にかかわらず、各資料の上部には回覧と記載された紙片がそれぞれ添付されており、一応順番にハンを押すことになっていますので、たとえ興味がない雑誌でも、形だけは、とりあえず目を通さないわけにはいきません。

会議のときなど、その日の日経新聞の記事から話が始まりますが、たまに回覧雑誌の掲載記事が取り上げられ、話題を広げる部長もいますので、その辺は緊張感をもって記事のチェックをしなければなりません、気は抜けません。

さて、その日届けられた雑誌の中には「法律時報」3月号がありました。

毎月送られてくる購入本の一冊で、法律関係の購入雑誌は、ほかに「ジュリスト」「判例時報」「法曹時報」などがあります。

なかでも「法曹時報」は、毎号、判例の動向を知るのには欠かせない貴重な最高裁判所判例解説が掲載されているので、はずせない一冊となっています。

さて、「法律時報」3月号の表紙を見ると、今月の特集は「集団的労働関係法の時代」ですか、フムフムなるほどね、こりゃかなり難しそうだ。

そしてその大きな活字の下には、有名大学教授の各論文が仰々しく6~7本掲げられており、やはりどれも相当ヤバそうです。

まあ、どう転んでも自分の仕事には直接関係がありませんし、正直言ってあまり興味もなかったりするので、まさか会社も自分ごときに「集団的労働関係法の時代」の理解までは要求してこないと思いますから、ここはさっさとハンコを押して、「さて次」とばかりに処理済みの雑誌の上に雑誌を積み重ねようとしたとき、表紙下の部分に「小特集・動物と法」という小さな活字が目に入ってきました。

とっさに、「動物と法」とは何だろうと訝しく思い、興味もわき、再びその雑誌を手に取り直して、該当頁をパラパラと大雑把にめくりました。

そういえば、つい最近だったか、都内各地で犬や猫など小動物を残酷に殺傷したり、水鳥に執拗に危害を加えるなどという異常で残忍な事件が頻発していると報道されたことを思い出しました。

たぶん、あれだな、「動物愛護」関係だなと思いました。

まあ、だいたい、その線で正解だったのですが、その中の論文のひとつに思わず釘付けになってしまいました。

メインタイトルは、「動物、生類、裁判、法」、サブタイトルは、「日本法制史からの俯瞰と問い」とあり、著者は、新田一郎東京大学教授と記されています。

タイトルからは、相当難しそうな内容ですが、ざっと読んだところ、どうも「動物愛護」というストレートなテーマではなさそうです。

文脈のタイミングとして、こんなふうに書き挟むのは、少し唐突で僭越かもしれませんが、いままで自分は、書名やタイトルを見ただけで、だいたいこういう内容だなという予想をし、それが外れたり、予想もしなかったことに遭遇するということは、まずありませんでした、「想定内」というやつです。

それぐらいは、本に対する勘を働かすことのできるくらいの読書量を重ねてきたつもりだし、読みこなしてもきたつもりだったので、とにかくそういった自信だけはありました。

たとえ、実際に未読の本でも新聞・雑誌などの書評に目をとおし、サイトの書評などもできる限り日々チェックしています、どういう本が出版されたかぐらいは知識として備えるように努めてきました。

一時期は「出版ニュース」なども購入したりして、自分なりのデータベースらきしものを作成し、カードも作ったことがありましたが、結局、月々の膨大な出版量に追いつかず、また、興味のない分野の本までカバーしなければならない矛盾に気がつき、記憶するのに相応しい本だけを絞るようにし、この壮大な構想は、単なる「妄想」として萎み、数ヶ月で結局「撤退」を余儀なくされたのですが、しかし、本の書名からその内容を類推し見当をつける自信みたいなものは、依然として十二分にあるつもりだったのです。

たぶん、一方で随分と鼻持ちならない嫌味な「読書家」だったかもしれませんし、いっぱしのマニア気取りで、「自分には、知らないことはない、知らない世界はない」くらいの自信過剰の大錯覚に陥っていたかもしれません。

しかし、この論文「動物、生類、裁判、法」に接して、ここには自分がいままで知らなかった世界のことが展開されており愕然としました。

その衝撃を是非書いておかなければと思い立ち、さっそくパソコンの前に座った次第です(内心、「知らなかったのは自分だけ」と笑われ、哀れな喜劇に終わるかもしれませんが、そこは恐る恐る手探りで書いてみるつもりです)。

この論文は、大きく分けてふたつの章から成っていて、前半はヨーロッパ中世に行われていた「動物裁判」のこと、後半は日本の「生類憐みの令」の論考です。

サブタイトル「日本法制史からの俯瞰と問い」とあるとおり、論点は「日本法制史」にあるのですが、なんといっても圧巻は、前半の「ヨーロッパ中世に行われていた動物裁判」の紹介の部分です。

まず「動物裁判」という字面を見て、なにを連想するか、何を意味するか、ということろから書き始められています。

ヨーロッパ中世においては、人間に害を与えた家畜・動物など生物(もちろん、そのなかには「虫」もふくまれます)は、人間と同じように公式の裁判に掛けられて、処刑されたというのです。

「えっ~! 動物が、人間と同じように裁判にかけられた?」

信じられません、とにかく、違和感だらけの「動物裁判」です。

論者は、「動物裁判」を、ネタ本の池上俊一著「動物裁判-西欧中世・正義のコスモス」(講談社現代新書、1990)からも部分的に引用しながら、こんなふうに要約しています。

「(動物裁判は)人に害をなした動物にどのような処分を下すべきか論ずる、いわば「刑事」的な審問によってもっぱら占められている。たとえば、子どもを食い殺した豚や、女を突き殺した牛などが訴追され、断罪・処刑されている。」

なるほど、なるほど。

さすが東大の先生ですが、「要約」があまりに明解に凝縮されすぎて、門外漢のシロウトの頭では、さっぱり理解できません。

自分としては、スキャンダラスな(あるいは、ミーハー的に)「具体的事例」が知りたいだけなので、さっそく、帰りに図書館に寄り、この論文のネタ本とされる池上俊一著「動物裁判-西欧中世・正義のコスモス」(講談社現代新書、1990)を借りて、さっそく読んでみました。

読んでみると、あるわあるわ、その壮絶さに慄然とさせられました。

家畜の牛が人間を襲って殺し、大人の留守のときに子どもが襲われ、赤ん坊が食われるなどという事例が実に多かったらしいのです。

その場合、(人間と同じように)動物たちも通常の裁判にかけられ、死刑判決がでれば、絞首刑・斬首刑・石打ち・溺殺・生き埋め・磔刑・四つ裂き・切り刻みなどの刑に処せられたということです。

そうそう、火刑なんていうのもあって、そこにはこんなふうに書かれていました。

「人間を殺すという同じ犯罪でも、それが、土曜日になされたのなら絞首刑なのに、金曜日ならば、断食の掟の侵害として生きたまま焼かれる、というふうに変更されることがあった」というのです。

本文からの引用としては若干前後しますが、こんなふうに書かれていました。

「処刑方法は、絞首刑がもっとも普通にみられるものであったが、もちろん他の処刑方法も存在した。たとえば、瀆聖(神に捧げられた人・もの・場所・行為などを侮辱し、その神聖をけがすこと)・性的逸脱行為(獣姦等)や魔術・異端は、初期中世以来、伝統的に火刑に処せられることとなっており、したがって獣姦罪に問われた人間のみか、相手の動物も火刑台の露と消えたのである。火とそこからのぼりたつ煙には、ものを浄め、もろもろの害悪を防止する効能がある、と信じられていたのである。」

ここまで読んできて、思わずカール・ドライヤーの「裁かるるジャンヌ」1928のラストシーン、あのあまりにも悲痛な火刑シーンを想起しました。

そうだったのか、「動物裁判」という言葉の違和感=謎がこれで解けました。

これは、「悪魔祓い」とか「魔女裁判」「破門」「聖水」などにつながるヨーロッパ中世の象徴的な言葉だったのだということだったのですね。

おかげで、朝の資料整理の貴重な時間を「法律時報」3月号一冊に掛かり切ってしまいました、「やれやれだわ」と思ったのですが、しかし、この「やれやれ」は、実はこれだけでは終わりませんでした。

つづく愛知大学法学部の紀要「法経論集」3月号に伊藤博文教授筆(あえて申すまでもなく元勲ではありません)「人工知能の民事責任」という論文が掲載されていて、そこには、ひとつの事例(近未来の想定です)が紹介されています。

「人工知能型介護ロボットが、食事介護時に、誤作動を起して食後投与される処方薬を過剰投与してA(70歳)を死に至らしめた」というもので、「どうような法理論に基づいて損害賠償請求が可能か」という問題提起がなされているのですが、提起の方はともかく、更問として、こんなことが書かれていたのです。

「もっとも、人工知能型介護ロボットが、A(70歳)の死期が近いことをバイタルサインから読み取り、もっとも効率的な介護動作を選択した結果、(誤作動ではなく)処方薬を過剰投与してA(70歳)を死に至らしめた」場合はどうかという更なる想定の問いが発せられていたのです。

これは、すごく怖い話です、囲碁どころの話ではありません。

そう遠くない未来では、生きていても仕方のない無能・無益な人間は、人工知能が勝手に「安楽死」を判断・選択し、知らぬ間に一服モラレそうなのです。

なんだか「動物裁判」と関係あるような・ないような、そんなモヤモヤとした朝のひとときでした。

あっ、コーヒー飲むの忘れてた。

ここではじめて、心から「やれやれ」と言うことができました。


【付録】
本文に引用しようとして、タイプしてみたのですが、あまりに難解なので挿入箇所がみつからず、あえて不採用とした一文ですが、せっかくタイプしたので、無碍に消去してしまうのは、なんだかもったいので、「付録」としてみました。

そして、「動物裁判は、如何なる紛争解決能力もなかったにせよ、人間の私法上の権利を介して、人間界の動物の王国=自然界の関係を定義し、さらに、社会の自己像が普遍的に正しいのだ、と自ら肯定するのを助ける観念的効果はあった、と評価される」と述べているが、それはつまり、動物の行動によって惹起された事態を、人間界の力の射程に収めて処理し、状況を治癒する、ということを意味する。「裁判」という形式が、人と動物との関係を(相互的な「対決」の結果としてではなく)人間界の側から一方的に定義づけるuniversalな手段として用いられた、ということに他ならない。例示された「動物裁判」においては、人間化命からが動物に対していかに行使されるべきかが、人間たちによって議されているのであって、訴追された動物は、形式上は「被告」の立場に立つとはいえ、訴追者と動物とが対決する構図になるかというと、そのような能動的な役割が動物に配当されているわけではない、のではないか。
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# by sentence2307 | 2016-03-19 14:41 | 映画 | Comments(0)
この作品が、映画批評家や観客に大きな衝撃を与え高く評価された理由は、ある家族の12年間を描くにあたって、すべての俳優を実際と同じ12年間という「時の経過」の中に晒しながら、そのままドラマを進行させて撮った斬新さにあったからだと思います。

もちろん、いままでの映画の「時間の経過」を表現する技法といえば、「子役を使い、やがて青年の演者に交代させて」成長の姿を見せるとか、若い俳優に「老けメイク」をほどこすとか、あるいは字幕による「時間とばし」やCGを駆使するといったことが常識だったわけですから、長大な時間のなかで実際に成長したり老いたりする姿をその都度ドラマの中に織り込みながら撮るなどということは、ある意味、根源的なカルチャーショックみたいなものを含んでいて、その辺が多くの観客や批評家に評価されたのだと思います。

映画製作には莫大な金がかかる映画経済の面からいえば、各界から資金を集めて製作し、できるだけ早く興行をうって資金の回収をはかりたいという産業システムからいえば、映画の「製作期限」に余分な時間など与えられないというのが資金提供者からの喫緊の要請なのであって、それを考えれば、この「12年間」という空費は、どう考えても常識外れで、まずは「有り得ない」衝撃だったのかもしれません。

まさに、フェリーニ作品やヴェンダース作品にも、その辺の切迫・焦慮した裏話を描いた映画がありましたよね。

しかし、この作品の「衝撃」がどの程度のものだったかというと、一本の映画を12年間にわたり、すべて同一スタッフ・キャストで撮るという、その超アナログ的な考え方に対してよりも、まずは、その「期間」の不安定な悠長さ(例えば、その12年の間、はたして演出者は、演出の意図を同じレベル・同じテンションで保つことができただろうかなど)に対してだったでしょう。

すべて同一スタッフ・キャストを12年間コウソクするというのは、人事的に大きなリスクがあるわけですし(生死も含めてです)、演出者の忍耐とか、厳しい経済条件など、そのどれもが映画制作的な「時間の観念」という常識枠から大きく逸脱する考え方なので、その意味でちょっと考えられない「期間」への驚きだったのですが、しかし、ノンフックションの製作では別に珍しいケースでもないらしいので、その意味からすれば、この映画に携わった関係者の考え方に「軽く驚いた」くらいが、まあ適当だったかもしれません。

むしろ、もっと「大きな衝撃」は何だったかといえば、冒頭、草原に寝転びながら、真っ青な空に浮かぶ白い雲を夢見るように微笑して眺めていた愛くるしい少年メイソン(6歳)が、ラストの方では、いかにも扱いにくそうな、むさくるしい髭モジャの気難しげな青年に変貌していることにあるのだと、多くのメディアやサイトにもそのように書いてありました。

僕たちの日常には、確かに時間の境目なんか、どこにも記されているわけではありませんし、実際急に老け込むなんてことも滅多にあることではなく、普段の生活で実感することなどもないので、まあ、あるとすれば、久しぶりに会った親戚のおばさんに「あんたもずいぶん老けたわね」などと嫌味ったらしく言われるくらいで(カゲで僕のことを「若年寄」と言いふらしていたことは知っていました)、思わずカッとしながらも、改めて「時の経過」を苦々しく実感するのがせいぜいです。

その意味では、この作品は目からウロコ的に「映画の嘘」を教えてくれた画期的な作品といえるのかもしれませんが、しかし、僕的には、正直いうと「教えてくれなくとも、よかったかなあ」という感じをもってしまいました。

「時間の経過」を表現する「子役」や「演者の交代」や「老けメイク」や「字幕による時間とばし」などは、創成期から映画が持っていた愛すべき技術であり(それを「嘘」といってしまえば、「映画」芸術の単なる否定にすぎません)、もちろん「長所」なのであって、この映画のように、その辺をそれほど責め立てることにどんな意味があるのか疑問です。

それに、たった一本の映画の中で、どこの誰とも分からない外国人俳優の「12年間」を追体験できたからといって、それほど感動すべきことだともトウテイ思えませんでした。

などなどと考えながら、別の意識の部分で、最近亡くなった原節子の幾本かの映画を、ぼんやりと思い返していました。

この映画でいわんとしていることなど、自分などはアタマの中でとっくの昔に実行してるワイ、少女だった頃から、壮年に至るまでの原節子の映画群をいままで繰り返し何度も見てきた自分にとって、「時間の経過」など、なにも「一本の映画」である必要など、どこにもないわけで。

この作品風にいえば、「自分は、いつまでも、草原に寝転びながら、真っ青な空に浮かぶ白い雲を、夢見るように微笑して眺めていた愛くるしい少年メイソンのままでありつづけたい」と思うばかりです、少なくともあの・・・いやいや、やめておきましょう、この作品でいっているように、そんなことはトウテイ不可能ことと大いに分かっていますから。

(2014)監督脚本製作・リチャード・リンクレイター 、製作・キャサリン・サザーランド、ジョン・スロス、ジョナサン・セリング 、撮影・リー・ダニエル、シェーン・ケリー、編集・サンドラ・エイデアー
出演・エラー・コルトレーン(メイソン・エヴァンス・ジュニア、主人公)、パトリシア・アークエット(オリヴィア・エヴァンス、メイソンの母親)、ローレライ・リンクレイター(サマンサ・エヴァンス、メイソンの姉)、イーサン・ホーク(メイソン・エヴァンス・シニア、メイソンの父親)、リビー・ヴィラーリ(キャサリン、オリヴィアの母親)、マルコ・ペレッラ(ビル・ウェルブロック、オリヴィアの二番目の夫)、ジェイミー・ハワード(ミンディ・ウェルブロック、ビルの娘)、アンドリュー・ヴィジャレアル(ランディ・ウェルブロック、ビルの息子)、ブラッド・ホーキンス(ジム、オリヴィアの三番目の夫)、ジェニー・トゥーリー(アニー、メイソン・シニアの後妻)、リチャード・アンドリュー・ジョーンズ(アニーの父親)、カレン・ジョーンズ(アニーの母親)、ビル・ワイズ(スティーヴ・エヴァンス、メイソン・シニアの兄弟)、ゾーイ・グラハム(シェーナ、メイソンの彼女)、チャーリー・セクストン(ジミー、メイソン・シニアの友人、ルームメイト)、リチャード・ロビショー(メイソンの上司)、スティーヴン・チェスター・プリンス(テッド、オリヴィアの彼氏)、トム・マクテイグ(ミスター・ターリントン、メイソンの写真の先生)、マクシミリアン・マクナマラ(ダルトン、メイソンのルームメイト)、テイラー・ウィーヴァー(バーブ、ダルトンの彼女)、ジェシー・メクラー(ニコル、バーブのルームメイト)、バーバラ・チザム(キャロル、オリヴィアの友人)、キャシディ・ジョンソン(アビーキャロルの娘)、ウィル・ハリス(サマンサの彼氏)、アンドレア・チェン(サマンサのルームメイト)

2014第64回ベルリン国際映画祭 監督賞受賞、Prize of the Guild of German Art House Cinemas 受賞、Reader Jury of the Berliner Morgenpost 受賞、金熊賞ノミネート、サウス・バイ・サウスウエスト映画祭 Louis Black Lone Star Award 受賞、Special Jury Recognition 受賞、サンフランシスコ国際映画祭 Founder's Directing Award 受賞、シアトル国際映画祭最優秀作品賞受賞、最優秀監督賞受賞、最優秀女優賞受賞、国際映画批評家連盟賞グランプリ受賞、ゴッサム・インディペンデント映画賞作品賞ノミネート、男優賞ノミネート、女優賞ノミネート、ブレイクスルー演技賞ノミネート、観客賞受賞、ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞受賞、監督賞受賞、助演女優賞受賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞受賞、監督賞受賞、主演女優賞受賞、英国インディペンデント映画賞外国映画賞受賞、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞2014作品賞トップ10受賞、ボストン映画批評家協会賞作品賞受賞、監督賞受賞、アンサンブル・キャスト賞受賞、脚本賞受賞、編集賞受賞、カンザスシティ映画批評家協会賞監督賞受賞、助演女優賞受賞、サンフランシスコ映画批評家協会賞作品賞受賞、監督賞受賞、助演女優賞受賞、編集賞受賞、助演男優賞ノミネート、オリジナル脚本賞ノミネート、ダブリン映画批評家協会賞作品賞 受賞、監督賞受賞、トロント映画批評家協会賞作品賞受賞、監督賞受賞、助演女優賞受賞、脚本賞次点、2015ノーステキサス映画批評家協会賞作品賞受賞、監督賞受賞、助演女優賞受賞、ゴールデングローブ賞作品賞 (ドラマ部門) 受賞、監督賞受賞、助演男優賞ノミネート、助演女優賞受賞、脚本賞ノミネート、放送映画批評家協会賞作品賞受賞、監督賞受賞、助演女優賞受賞、毎日映画コンクール外国映画ベストワン賞受賞、おおさかシネマフェスティバル2014年度ベストテン外国映画(作品賞)1位、アメリカ映画編集者協会エディ賞 最優秀作品賞(ドラマ部門)受賞、サテライト賞作品賞ノミネート、監督賞受賞、助演男優賞ノミネート、助演女優賞受賞、脚本賞ノミネート、編集賞ノミネート、主題歌賞ノミネート、インディペンデント・スピリット賞作品賞ノミネート、監督賞受賞、助演男優賞ノミネート、助演女優賞受賞、編集賞ノミネート、アカデミー賞作品賞ノミネート、監督賞ノミネート、助演男優賞ノミネート、助演女優賞受賞、脚本賞ノミネート、編集賞ノミネート
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# by sentence2307 | 2016-03-14 13:12 | 映画 | Comments(0)