世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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GYAOからメールマガジンの配信を受けているのですが、今日だったか、昨日だったかに着信していたメールを読まずに放置していました。

しかし、そこには、いまGYAOで、かつてキネマ旬報ベスト・テンに入ったような名作を70本も立て続けに無料配信すると書いてあったらしいのです、たまたま回転寿司で会った近所の知り合いのオヤジが教えてくれました。

「70本はすごいよ。なにしろ、すべてタダなんだからさ」

タダという言葉の響きにめっぽう弱い自分などは、おもわず立ち眩みがして、うわずった大声をあげてしまいました。

「ほ、ほ、ほんとですか!!」と。

話をよく聞けば、この企画、ここ1月に始まったばかりらしいので、まあ、そんなに慌てなくてもよくて、まだまだ先は長いみたいだよ、というオヤジの言葉に一応は安心したものの、さっそくタブレットを取り出して検索してみました。

なるほど、これですね、ありました。

ありましたけれども、アナタ、このリストのなかで、もう既に期限が過ぎてしまっている作品てのが何本かあるじゃないですか、そのなかでもまず最初に目についたのが「セデック・バレ」、えっ、なんだよお、これだけは絶対見たかったのにい、アレマ~。

この映画を見る前は、「首狩り族」なんて、とても怖くて薄気味悪く、むかしの現地台湾において生首をいっぱい並べてニッコリなんて写真を見せられると、とてもじゃありませんがおぞましくって、見るのはおろか、ただ聞くのでさえも嫌だったのに、あの映画「セデック・バレ」を見たあとでは、すっかり慣れて平気になっていて、ああ、これがその国の文化を知るってことなのかなあと変な感心をしたのを覚えています、わけ分かりませんが。

まあ、とにかく、GYAOのホームページに載っていたリストを貼っときますね。でも、貼りながらざっと数えてみたら、54本しかないので、このあとまだまだ追加されるということですよね(全70本ということですから)、いまから楽しみですけれども、反面、意識しすぎて「期限切れ」に追いまくられる日々を考えると、見る暇がなくて返却期限がきてしまったレンタルビデオみたいで鬱陶しい強迫観念に待ち伏せされているような気がしないでもありませんが。
以上、こういう経緯があるので、締切日の早いものから見る必要があります、ホームページに載っていたものを、便宜上、締切日の順に組み替えました。ほとんど自分ためだけの必要に迫られた作業にすぎませんが。


≪以下が放映リストです≫

大鹿村騒動記【日本映画/2011年2位】配信期間:2019/1/7~2019/1/13
セデック・バレ【外国映画/2013年4位】配信期間:2018/12/15~2019/1/16
ペコロスの母に会いに行く【日本映画/2013年1位】配信期間:2019/1/8~2019/1/21
岸辺の旅【日本映画/2015年5位】配信期間:2019/1/9~2019/1/22
まほろ駅前多田便利軒【日本映画/2011年4位】配信期間:2019/1/8~2019/1/28
松ヶ根乱射事件【日本映画/2007年7位】配信期間:2019/1/16~2019/1/29
ノー・マンズ・ランド(2001)【外国映画/2002年2位】配信期間:2019/1/1~2019/1/31
灼熱の魂【外国映画/2011年9位】配信期間:2019/1/4~2019/1/31
下妻物語【日本映画/2004年3位】配信期間:2019/1/18~2019/1/31

チェイサー(2008)【外国映画/2009年4位】配信期間:2019/1/3~2019/2/2
川の底からこんにちは【日本映画/2010年5位】配信期間:2019/1/22~2019/2/4
チルソクの夏【日本映画/2004年9位】配信期間:2019/1/11~2019/2/10
キャタピラー【日本映画/2010年6位】配信期間:2019/1/28~2019/2/10
GONINサーガ【日本映画/2015年6位】配信期間:2019/1/12~2019/2/11
さらば、わが愛~覇王別姫~ 【外国映画/1994年2位】配信期間:2019/1/14~2019/2/13
サッド ヴァケイション【日本映画/2007年4位】配信期間:2019/1/31~2019/2/13
ディア・ドクター【日本映画/2009年1位】配信期間:2019/1/25~2019/2/14
0.5ミリ【日本映画/2014年2位】配信期間:2019/1/17~2019/2/16
冷たい雨に撃て、約束の銃弾を【外国映画/2010年6位】配信期間:2019/1/18~2019/2/17
花様年華【外国映画/2001年2位】配信期間:2019/1/21~2019/2/20
苦役列車【日本映画/2012年5位】配信期間:2019/2/1~2019/2/21
黒衣の刺客【外国映画/2015年5位】配信期間:2019/1/23~2019/2/22
御法度【日本映画/2000年3位】配信期間:2019/1/24~2019/2/23
愛のむきだし【日本映画/2009年4位】配信期間:2019/2/11~2019/2/24
JSA【外国映画/2001年5位】配信期間:2019/1/26~2019/2/25
隠し剣 鬼の爪【日本映画/2004年5位】配信期間:2019/2/15~2019/2/28
道(1954)【外国映画/1957年1位】配信期間:2019/1/29~2019/2/28

血と骨【日本映画/2004年2位】配信期間:2019/2/18~2019/3/3
キャロル【外国映画/2016年2位】配信期間:2019/2/5~2019/3/4
ぐるりのこと。【日本映画/2008年2位】配信期間:2019/2/20~2019/3/5
母べえ【日本映画/2008年7位】配信期間:2019/2/21~2019/3/6
嫌われ松子の一生【日本映画/2006年6位】配信期間:2019/2/21~2019/3/6
マッチポイント【外国映画/2006年10位】配信期間:2019/2/8~2019/3/7
私の男【日本映画/2014年7位】配信期間:2019/2/22~2019/3/7
GO【日本映画/2001年1位】配信期間:2019/2/22~2019/3/7
おみおくりの作法【外国映画/2015年10位】配信期間:2019/2/9~終了日未定
桐島、部活やめるってよ【日本映画/2012年2位】配信期間:2019/2/23~2019/3/8
8 1/2【外国映画/1965年1位】配信期間:2019/2/9~2019/3/8
ハート・ロッカー【外国映画/2010年5位】配信期間:2019/2/23~2019/3/8
イル・ポスティーノ【外国映画/1996年1位】配信期間:2019/2/11~2019/3/10
ミリオンダラー・ベイビー【外国映画/2005年1位】2019/2/11~2019/3/10
小さいおうち【日本映画/2014年6位】配信期間:2019/2/25~2019/3/10
凶悪【日本映画/2013年3位】2019/2/12~2019/3/11
フェリーニのアマルコルド【外国映画/1974年1位】配信期間:2019/2/13~2019/3/12
クライマーズ・ハイ【日本映画/2008年8位】配信期間:2019/2/27~2019/3/12
戦場のピアニスト【外国映画/2003年1位】配信期間:2019/2/14~2019/3/13
ピンポン【日本映画/2002年9位】配信期間:2019/2/14~2019/3/13
ミッドナイト・イン・パリ【外国映画/2012年5位】配信期間:2019/2/15~2019/3/14
<39>刑法第三十九条【日本映画/1999年3位】配信期間:2019/3/1~2019/3/14
野火【日本映画/2015年2位】配信期間:2019/2/16~2019/3/15
クラッシュ(2004)【外国映画/2006年9位】配信期間:2019/2/16~2019/3/15
愛、アムール【外国映画/2013年1位】配信期間:2019/2/17~2019/3/16
ブルージャスミン【外国映画/2014年5位】配信期間:2019/2/23~2019/3/22
レスラー【外国映画/2009年5位】配信期間:2019/2/23~2019/3/22


「おいおい、そんなところでガッカリしてないでさ、こっちきて寿司でも一緒に食べようや」などとオヤジが手招きしています、寿司でも食おうやってアナタね、ここで寿司のほかになに食うつもり? えっ。ほかにったって、ほかなんてねえじゃねえかよ、ここは寿司屋だバカとか思いながら、仕方なく隣に座りました。

そうそう、よくいるじゃないですか、回転寿司の席に座るやいなや店のタブレットを独り占めして、自分の好みの握りをひととおり注文しておいて、あとはオモムロにゆっくりと食べ続けるだけみたいな人。何を隠そう、このオヤジというのが、まさにそのタイプなのです。

しかし、自分などは、あえて注文なんかせずに回ってくる寿司のなかから、自分の好みをチョイスするという(たとえ好みでなくたって、とりあえず目の前にあるもので空腹を満たすという現実容認主義の焼け跡闇市派です)堅実なタイプなので、このオヤジとはどうも波長が合いません。

あちらは、注文した握りがこないうちは手持無沙汰なので、コチラの迷惑も考えず、つまり、コチラは集中して食べたいというのに、そんなことは一切無視して、べらべらと一方的に喋りまくるわ、無理やり同意と返答を要求する無茶ぶりをするわで、落ち着いて食べているような状況じゃありませんし、やがて、オヤジの方に注文のブツが届いてコチラがやっと喋れる段になると、やっこさん、食うのに夢中で、最初のうちは気のない生返事をしていますが、そのうちついに「いま食べてるんだから、うるさいよ!」とぶち切れるという身勝手さです、とてもじゃありませんが、やってられません。

食べ疲れ、話し疲れてゲンナリして黙りこくっている自分の横で相手は活力に満ちて黙々と食べつづけているという実に惨憺たる図柄ですが、しかし、そんな状況でも、自分の話は自然にいつもの「黒澤明のデルス・ウザーラ論」になっていました。

やっと食べ終わったオヤジは、ティッシュで口を拭いながら、

「いままで話をきいているとさ、なんだかんだ言っても、結局オタクは黒澤監督のことが大好きだってことだわな」とバッサリ言われてしまいました。「でもさ、『デルス・ウザーラ』を、なんで『七人の侍』みたいに撮ってくれなかったんだと、いまさら嘆いてみても、そりゃ無理な話だよ」

この黒澤明論、自分が何度も蒸し返すので、もういい加減にしてくれよと言わんばかりのウンザリした顔です。

しかし、そのあとでコチラの気持ちをオモンパカッテか、こう付け加えてくれました。「でもね、その気持ち、大いに分かるよ」

それを契機に、それからのひととき≪あの監督にこそ、こういう作品を撮ってもらいたかった≫という無い物ねだりの空想ファンタジー・ゲームに花が咲きました。

そこで、自分は開口一番、「小津監督に『七人の侍』なんての、どうかね」と。

「おい、またかよ。あり得ねえだろ、もういい加減にしろよ」と、あからさまに嫌な顔をされてしまいました。あり得ないことを、あれこれ空想して楽しもうとしているんだから、いいじゃねえかと思ったりするのですが。

ともかく、それから次々と名匠・巨匠監督の名前をあげて、その監督に「こういうのを撮ってもらいたかったな」という小説とかノンフィクションを次々と挙げつらいながら楽しんだわけですが、そうこうしているうちに、今村昌平監督の名前になったとき、いままでテンション・マックスで声高にワアワア騒いでいたオヤジが、大げさにトーン・ダウンして声を潜め、秘密の重大事でも打ち明けるみたいにこう言いました。

「これはずっと考えていたことなんだけどもさ、今村監督にはぜひ撮って貰いたかった作品ってのがあったんだよ」

相手のペースにつられて、つい自分もひそひそ声になってしまいました、「なにそれ、なになに」

「宮本常一の『土佐源氏』」

「な~んだ、やめてよ、そういうの」

オヤジ、むっとして「なにがよ」と、幾分けわしい顔つきでにらんできました。

「だってさ、それって例の『忘れられた日本人』の宮本常一でしょ。しかもオレ読んだことあるし」

「オタクの読んだのは、高尚でご清潔な岩波文庫版。おれの言ってるのは全然ちがうの」

「えっ、なに、なんなの。早く言えよ、言えってば。言わないかこのタコ」

「まあまあ、そう興奮しないで」となだめるオヤジ。「オタク、相対会って知ってるだろ」

「うんまあ、キンゼイ報告みたいな?」

「あんたね、相対会報告に比べたらキンゼイ報告なんて、ごく「最近」の毛唐の無害な健康診断書みたいなママゴトにすぎないよ。こちとらはずっと歴史があって、もっともっと生々しいんだから。なにしろ1910年代の日本の話だからね。それにその社会的な影響を考えれば、いまでもそこらに出回っている地下出版の春本の原型と基盤(事実、「土佐乞食のいろざんげ」は、「地下発禁文庫シリーズ」(昭和57年)の一冊として刊行されたとのこと)になったという意味では格が違うんだ。オレなんかさ、若いときは『赤い帽子の女』や『田原安江』にはずいぶんとお世話になったもんよ」

「はあ」

「『赤い帽子の女』なんかさ、芥川龍之介が裏の名前で書いたんじゃないかって言われるくらいの名文なんだから。いまどきのガキに比べたら豪儀なもんだよ、なにしろこっちゃあ芥川龍之介センセイの名文でシコシコやってたわけだからヨ」

下品で大胆不敵なその大声に、恐怖と羞恥に縮み上がり、全身の毛という毛が総毛立って、思わず周囲に近所の知ってる人がいないかと、とっさに見回してしまったくらいでした。

「うっもう~、そんな大きな声で・・勘弁してくださいよ」ボケて声量の調節までおかしくなってしまったのかよお、まったく。

オヤジは、そんなリアクションなどお構いなしに、興に乗ってつづけます。

「でね、ちょっとさ、そのタブレット、貸してみなっての」

タブレットをひったくり、パッパッパツと、ある画面を出しました。

「これよ」とオヤジが画面を出したタブレットをもどしてきます。「それが宮本常一の土佐源氏の原型ってやつだよ」

「えっ? みやもとって・・・、さっきのあの話、まだ続いてたの」

「あったりまえだろ、アンタ、いままでなに聞いてたのよ。ちょっとこれ、読んでみ」

タブレットの画面に映し出されていたのは、読書感想文を日記風に綴ったある方のブログで、そこに≪名作・土佐源氏、幻のオリジナル?≫との見出しのページがあり、まず岩波文庫版「忘れられた日本人」の「土佐源氏」冒頭頁の複写が掲げられたあとに、「週刊新潮」(平成15年6月12日号)の数頁にわたる記事の切り抜きが貼ってありました。

記事の総見出しにあたる部分は大きく切り取られていて、判読もなにも手掛かりとなりそうなものなどまったくありませんが、最初の文字が「ポルノ」で始まり、最後が「土佐源氏」で終わっているらしいことくらいはどうにか分かりました。

「それが宮本常一の『土佐源氏』の原型といわれる『土佐乞食のいろざんげ』の一部分らしい」と、さっきのはしゃぎぶりをすっかり失ってしまったオヤジは、なんだか厳粛な低い声でそうつぶやきました。自分がやましくなると、逆に厳粛な顔になる人って世の中にはいますから。

「岩波文庫に収載するときに、差しさわりのある猥褻な個所を自主的に割愛したということだろうな」言下にその「いろざんげ」の書き手も宮本常一自身であることは間違いないと言っているのだなと感じました。

オヤジとの回転寿司店での話は、なんだか尻切れトンボの感じがしましたが、しかし、それでその話は終わりました。

自分は帰宅してすぐに、岩波文庫「忘れられた日本人」を開いて、ブログの「土佐乞食のいろざんげ(週刊新潮・平成15年6月12日号)」との逐語的な照合を試みました。

過激に色っぽい場面のほかは、完全に一致することを確認しました。

そういうことを考えれば、岩波文庫に収載するにあたって、直接的な猥褻な表現の個所を学術的な意味において不要だと判断し割愛したことは、そりゃあ確かにあったと思います。

しかし、そのことと表現の自由がどうのこうのというのとは、また別の次元の問題のような気がしました。

この週刊新潮に掲載された部分を読んで感じることは、読者受けする煽情的で淫らがましい箇所はたしかに積極的に採用・掲載されてはいるけれども、民俗的に貴重な学術的部分は、退屈さを理由に、あえて割愛しているようにも読めました、不自然なくらい話が飛んでいる箇所があり、それは双方がそれぞれに意味の通じない不全な個所を抱え持っているというのが、正直な印象につながっています。

これじゃあ、どこまでいっても同じことではないか、という気がします。

矛盾やリスクを分散して、おのおのがその分野にふさわしい部分だけをもっぱら引き受けて、その結果、お互いがお互いのテリトリーを犯さないようにして自己保身をはかっている、それが共棲するための契約とか取引みたいなご都合主義に見えて仕方ありません。

あらゆる戦時下において市民社会の健全な秩序を守るための口実として公営売春施設を考え出すいかがわしさに通じるような印象をどうしても禁じえないのです。

民俗学の本質は、人畜無害な「土佐源氏」のなかなどにはなくて、おそらく、「土佐乞食のいろざんげ」のなかにこそあるのだろうなということくらいは自分にもかろうじて分かります。



# by sentence2307 | 2019-01-20 16:35 | 今村昌平 | Comments(0)

捜索者

全米撮影監督協会(ASC)が、20世紀における優れた撮影の映画作品100本を発表したことを、たまたまネットで知りました。

ただ、そのサイトではベスト10までの発表しかなかったので、あちこち検索して「11位~100位」までの記事を探したのですが、残念ながら、その他の90本については、結局記事を見つけることはできませんでした。

まあ、なければ仕方がないと諦めかけたのですが、反面、どうしても見られないとなると、なおさら見たくなるというのも人情です。

そこで、ASCのホームページにあるリストを引っ張ってきて自分のブログに掲載しました。どこにもアップされてないとなれば仕方ありません、非常手段です。

アップするに際して、英文リストのタイトルを邦題に置き換えなければならないのですが、原題をそのままカタカナ表記にしたものは別にして、イメージを膨らませ創造力を盛ってつけた邦題は、原題を特定するのに少々手間どりました。

製作年度と英語タイトルから邦題の見当をつけるわけですが、だいたいのところは判断できたものの、ほんのいくつかについては、ちょっとした「推理」を必要としたものもありました。

なにしろ邦題命名者が苦労して「意訳」したその分だけ、思考のプロセスを逆にたどる必要があるというやっかいな作業です。

このリストを見て、それにしても日本映画のアップがきわめて少ないじゃないかという非難もあるかもしれませんが、なにせ選んだのが全米撮影監督協会なのですから、そこはホラ仕方ないんじゃないかなと割り切って考えた方がいいと思います。

そして、このリストをざっと見ていくと、

≪捜索者(1956・撮影ウイントン・C・ホック)≫

があるのに気が付きました。

そのときは、意識のどこかでウイントン・C・ホックを「さすがアカデミー賞をとったカメラマンだけのことはある」(「全米撮影監督協会のリスト」→「卓越した『捜索者』の冒頭シーン」→「アカデミー賞受賞の名カメラマン」)と、こんなふうに自分は意識のどこかで考えたかもしれません。

この「捜索者」なら、いまでもyou tubeで断片的なシーンを見ることができますので、ぶつ切りされた一部分のシーンを適当にハシゴして楽しんでいます。そりゃあ、まるごと見るのに越したことはないのでしょうが、「一部分」を見て楽しむのも捨てたものではありません。

ほら、予告編ばかりを見て楽しむっていうのもあるじゃないですか、予告編鑑賞というのも、自分の日常生活のルーティンのひとつになっています。

かねがね思うのですが、本編より予告編の方がよほど魅力的に作られている作品がいかに多いかというのが、自分の偽らざる実感としてあります、考えてみれば、予告編が魅力的に作られていなければ「集客」にはつながらないわけですから、予告編が面白いのはしごく当然な話なのかもしれませんが。

さて、この「捜索者」、まずは冒頭のシーン、暗い室内の扉を開けた瞬間、目の前に西部の荒涼とした風景モニュメント・ヴァレーがまばゆい陽光とともにスクリーンいっぱいに広がって、観客は一気に西部の荒野のただなかに引きずり込まれます。

まばゆい逆光を一身に浴び、黒い影になっている人物の後ろ姿を部屋の内側からとらえたカメラは、ゆっくりと歩み出すその影を追って戸外に出、遥か地平線に目を凝らし、彼方から馬に乗ってやってくるイーサン(ジョン・ウェイン)を遠望し、そして少しずつ近付いてくる彼を家族総出でじっと待つというこのファーストシーンは、何度見ても集中して見入ってしまう静かで抑制のきいた実にすばらしい場面です。

実弟の妻マーサが、まぶしそうに義兄イーサンを見つめ、そして高まる思いを抑えて室内に招き入れる所作の優美と艶めかしさに、このふたりの間に秘めたタダならぬ思いが瞬時にかよい合うのが見て取れますし、義妹へのこの秘めた思いが、この映画のラストにおいて、強烈な人種偏見者イーサンが、一族の血統を守るためにインディアンによって汚された姪への殺意を和らげていく「理由」になっていることを、この映画「捜索者」を何度も見ていくうちに、やっと気が付いたことでもありました。

このわずかなシーンだけで、場所と人間関係の大方を一瞬にして観客に理解させてしまうというジョン・フォードの力量を感じさせずにはおきません。

ジョン・フォードの失われゆくものに対するこの郷愁と抒情性が、小津監督にも、黒澤監督にも多大な影響を与えたということも、なんだかうなずけますよね。

月末にwowowのプログラムが送付されてくると、その放送日に予定があろうとなかろうと、ともかく、一応、「見たい」作品に総チェックを入れるというのが自分の楽しみのひとつになっています。

この1月には、なんとジョン・フォード監督の3本の名作が予定されていて、つまり「怒りの葡萄」「わが谷は緑なりき」「荒野の決闘」を放映するそうなのです。

なるほど、なるほど。そりゃ楽しみだわ。

28日~30日は、いまから予定を開けておいて、なんとしてでも絶対に見たい、と思った瞬間、ちょっと待てよと。
自分的にも、いままでジョン・フォードの名作の3作といえば、やはりこの「怒りの葡萄」「わが谷は緑なりき」「荒野の決闘」の3作をあげていました。

やっぱり、自分の意識の中でも「捜索者」(この作品に対する最近の高評価を知っていますが)という作品は、まだまだなんだなと思いながら、この作品がどんなふうにいままで扱われてきたのか、ちょっと調べてみたくなりました。

まずは、AFI(アメリカ映画協会)が、1997年に発表した「アメリカ映画100年ベスト100」というランク・リストがあって、その10年後(2007年)には改訂版というのが発表されています。

そのリストの中でジョン・フォード作品の評価がどう動いたか、見てみますね。

怒りの葡萄 1997年・21位→2007年・23位
駅馬車 1997年・63位 →2007年・消去
捜索者 1997年・96位 →2007年・12位 

アメリカ映画史において歴史的な金字塔をうち立てた名作「駅馬車」も、その記念碑的な役割を終えて姿を消し、そのかわりにアメリカ開拓史における特異で深刻なインディアンによる白人の拉致事件を描いた「捜索者」が、近年、評価が高まり、あるいは、歴史的な意味からも注目され始めた象徴的な「交代」ということを反映しているのかもしれません。

しかし、公開当時においては、この緊張感と迫力に満ちた作品も興行的には成功したとは言いがたく、また批評も芳しくなくて、ジョン・ウェイン主演のありきたりな西部劇の1本と認識されて軽く扱われ、ほどなく失敗作という評価が定着して忘れ去られたということでしょうか、もちろん同年のアカデミー賞の候補にも選出されていません。ジョン・フォードのキャリアもこの作品以降ゆるやかな下降線をたどったといわれています。

再評価の契機となったのは、1989年創立のアメリカ国立フィルム登録簿に登録された最初の映画のなかの1本となって、現在ではフォード監督の西部劇「駅馬車」「荒野の決闘」を凌ぐ代表作であり、西部劇映画を代表する傑作として高い評価を得ています。

2008年にはアメリカ映画協会によって「最も偉大な西部劇映画第1位」に選出されています。

自分が、「捜索者」でいい仕事をしてアカデミー賞を受賞したと思い込んでいたウイントン・C・ホックの実績も勘違いだったことに気が付きました。受賞したのは、以下の3本。

1948年 ジャンヌダーク
1949年 黄色いリボン
1952年 静かなる男

そもそも、それまで、インディアンによる白人女性の虜囚と奪還の物語「捜索者」という作品に対して、注意も敬意も払われなかった(単に見たくないものを遠ざけた)というのが、実態だったような気がします。いわば、すべてのアメリカ人の痛みと血の恐怖を描いた作品だったからこそ、あえて無視し「冷遇」したというのが本当のところだったのではないかと。

この作品を論難した代表的な見解というものがあります。

≪(先住アメリカ人の扱いについて)これまでに製作された最も悪意に満ちた反インディアン映画のひとつである。全編を通して、インディアンを殺すことが「インディアン問題」の唯一の解決策という論調に加担している。(ジョン・タスカ)≫
あるいは、
≪この映画は、憎悪と偏見の痛ましい結果を描いており、人間はそうした感情を克服したときにのみ生き続けることが出来ると言っているかのようだ。・・・インディアンはおしなべて残忍で強欲な強姦者か殺人者であるという「真実」と「公正さ」(やられたからやり返す)の追求という点で、この映画は当時の如何なる西部劇よりも先端的だったかもしれないが、もどかしいのは、この映画が本当の意味での公正さのかなり手前で立ち止まっていることだ。≫

たしかに、この物語を最後まで強力に牽引するものは、濃密で根深い「人種的偏見」であり、その思想が端的に描かれているのは、イーサンとマーティンが長い旅のあいまに久しぶりに故郷に戻ると、そこでは、恋人マーティンの帰還を待ちくたびれたローリーが別の男と結婚しようとしている場面、いままさに式がおこなわれようとしているところに行き会い、マーティンは激怒して花婿と殴り合って男を追い払ったあと、恋人ローリーが長い間自分をほったらかしにしていたマーティンの無責任さをなじり怒りをぶつける場面です。

ローリーは彼に、デビー探しなどイーサンにすべて任せてしまえばいいと迫ります。あなたは私のそばにいてと。

「コマンチからデビーを救い出したら、イーサンは異人種の血で汚されたデビーを殺すつもりなのよ。そのためにデビーを探しているの、そんなこと分かり切ったことじゃない。きっと、何度も売り物にされて、高値をつけた男たちにさんざん弄ばれたはずよ。もう、いまごろは野蛮人の子供だっているかもしれない。イーサンがデビーを殺したとしても、それは善いこと、正義にかなうことだと思うわ。天国にいるデビーのお母さんだって、きっとそれを望んでいる。家族の誰もが野蛮人の血で汚された恐ろしい汚点を断ち切って血統を守ることを望んでいるわ」と。

ローリーの美しい顔は、恐ろしい言葉を吐きながら険しくゆがみ、その目は、≪コマンチの頭皮を踏みつけて土中に埋めたときのイーサンの目のように、燃えるような憎悪で輝いていた≫

インディアンを餓死させるために、その食料であるバッファロウを殺しまくり、そして、冷笑を浮かべながらコマンチの死体の目を憎しみを込めて打ち抜いたジョンウェインのその怒りと憎悪に燃える険しい目つきは、まさに鬼気迫る迫真の演技でした。

しかし、マーティンは「自分がいる限り、そんなことはさせない」と激しく否定します、「だから自分も一緒に行かなければならないのだ」と。

実は、このマーティンは白人娘とインディアンの混血で、エドワーズ家に拾われて養育されたという生い立ちをもち、これもまたイーサンの偏見に晒されているひとりとして設定されています。「俺のことを伯父さんなんて呼ぶな、お前のおじさんなんかじゃない」とマーティンに吐き捨てるように言うシーンもありました。

このインディアンと交わりをもった白人(混血児のふくめて)についての強烈な偏見に満ちた所感なら、1961年に撮られた「馬上の二人」のなかでも再度語られています。

ジェームス・スチュアート扮する保安官が、コマンチに拉致されて10年も経った少年について語る場面、

「その子はいま、三つ編みにした髪を肩まで垂らして、髪はバッファロウの脂を塗りたくられ、もの凄い悪臭を放っている。そして、体中のあちこちに傷跡をつけている、自分が勇ましい男であることを証明するためにさ。英語はもうとっくに忘れている。ただコマンチの言葉を唸るように発するだけだ。当然、いままでにも何人もの白人を殺しているだろうさ。そして、頭皮をはぎ取っている、白人の頭皮をね。いわば勇者の誇りってやつだよ。しかも、チャンスさえあれば、相手がきみだろうと白人娘とみればレイプするだろう。それから、切れ味のいいナイフやおんぼろのライフルと交換に、きみを品物みたいに仲間に譲り渡す。そういう若者を、私に連れ戻してほしいと言うのかい?」

もはや、そういう彼を白人社会に同化させることは、いまさら無理なのだと。

しかし、一族の血統を守るためにインディアンへの憎悪と殺意にもえたイーサンが殺すことばかり考えていたインディアンに汚された姪を救出して抱きかかえたとき、気持ちに変化が訪れます。

ジョン・ウェインは、このシーンの演技を正確に理解して、こう語っています。

「最後にイーサンがデビーを抱き上げるとき、その顔を見つめるイーサンの胸中にはどんな思いが浮かんでいたのか、それを自分は考えたんだ。その時イーサンはデビーの瞳の中に彼が愛する女の面影を見ていたのだと思う。それは、イーサンの憎悪を流し去るのに十分だったのさ」

インディアンから姪を奪い返し、安住の家に届けたイーサンは、その家に入ることなく、きびすを返して荒野にむけて立ち去ります。
ファーストシーンで開けられた扉は、このラストシーンでは孤独な男イーサンの後ろ姿を断ち切るように静かに閉じられて物語は終わります。

ジョンフォードは、この映画を、「家族の一員になることの出来なかった一匹狼の悲劇」と述べています。

数日かけてこの小文を書いているあいだに、数本の映画を見たのですが、そのなかにSF西部劇映画「カウボーイ&エイリアン」(2011、ジョン・ファヴロー監督)があって、その解説で、こんな一文に出会いました。

≪スピルバーグがこの映画のエグゼクティヴ・プロデューサーをつとめたとき、監督のジョン・ファヴローや脚本家たちに「捜索者」のニュープリントをみせて、本物の西部劇のなんたるかを理解させた≫と。

この一文を読んだとき、スピルバーグが少年の時にジョン・フォードを訪ねたと、なにかの作品で話していたことを思い出しました、あて推量の「たぶん」という気持ちを手掛かりに、ピーター・ボグダノヴィッチのドキュメンタリーを検索してみました。

なるほど、なるほど。

「ヒッチコック/トリュフォー」 (2015)ってボグダノヴィッチの作品だったんですね。

そして著作としては、

"The Cinema of Orson Welles" (1961)
"The Cinema of Howard Hawks" (1962)
"The Cinema of Alfred Hitchcock" (1963)
"John Ford" (1967; expanded 1978)
"Fritz Lang in America" (1969)

などがありました。すごい、すごい。

これってもう立派な映画史家ですよね。

この分なら、ジョン・フォードのドキュメンタリーだって、あながち「ない」とはいえないのではないかという気持ちになってきました。

そこで、「John Ford」と打って動画検索をかけてみたところ、あるじゃないですか、ボグダノヴィッチが監督した1時間50分のドキュメンタリー映画「映画の巨人 ジョンフォード」(2006、ワーナーと記されています)、これです、これ、自分がむかし見たのと同じものです。

きっと、スピルバーグが少年のときにジョン・フォードを訪ねたというエピソードを語る場面もきっとこのなかに存在しているはずで、最初からとおして見てみることにしました。

イーストウッド、スピルバーグ、スコセッシ、ウォルター・ヒルのフォード賛辞のコメントのあとに映し出されたのは、なんとあの「捜索者」のファーストシーンでした、やっぱね。

そして次には、ボグダノヴィッチが、フォードにインタビューし、ぶっきらぼうな答えしか得ることができず、結局は適当にあしらわれたすえに、業を煮やした偏屈なフォードから「カット!」と叫ばれ突然インタビューが打ち切られてしまうという失笑の場面のすぐあとに、「それ」はありました、スピルバーグの「少年の時にフォードを訪ねた」というエピソードを語るインタビュー、もちろんこの場面のすべてを聞き書きタイプしました。

≪ジョン・フォードに会った、15歳の時分だ。
ある人に会いに行き、将来何になりたいか聞かれたので、監督ですと答えた。その人は、自分はテレビ畑の人間だから、向かいのオフィスの人に逢って話すといいと言われた。誰ですか、と聞くと、ジョン・フォードさと答えた。
そのオフィスに行くと、フォードは昼食に出て留守で、彼の秘書に紹介された。椅子に腰かけて彼女と45分くらい話をした。
突然男が入ってきた。まるで猛獣狩りの格好だ。サファリの服にへなへなの帽子をかぶっていた。アイパッチをしていてハンカチを噛んでいた。手には葉巻を持ち、顔中にニセモノのキスマークがついていた。完全な唇の形をしているやつが、額と頬と鼻にあった。彼はさっさと部屋に入り、秘書がティッシュを持ってあとに続いた。やがて出てきた秘書が1分だけ話せるわよって告げた。
私が部屋に入ると、ジョン・フォードが座っていた。彼の前の机にはブーツが載っていた。
「映画の作り手になりたいんだって?」
「はい、監督志望です」
「映画は、詳しいか?」
「故郷のアリゾナ州で8ミリ映画を撮っています」
「芸術について何を知ってる?」
私はしどろもどろで、なにか答えたと思う。
フォードは、「壁に絵が掛かっているだろう」と言った。
西部の絵だった。「あの絵に何が見えるか言ってみろ」
「馬に乗った先住民がいます」
「そうじゃない、地平線はどこだ。地平線が見えんか」
自分が地平線を指さすと、
「指さすな、どこにあると言ってるんだ。絵全体を見て地平線は?」
「絵の一番下です」
「よし、次の絵だ」次の絵の前に立つと、また「地平線はどこだ」
「絵の一番上にあります」
「こっちにこい」と言われ、彼の机のそばに行った。
フォードは言う。
「つまり地平線の位置を画面の一番下にするか、一番上にする方が、真ん中に置くよりずっといい、そうすれば、いつかいい監督になれるかもな。以上。おわり!」≫

なにしろ、ジョン・フォードとスピルバーグの組み合わせなんですから、とにかく想像力を掻き立てられるものすごい場面ですよね、う~ん、ヒッチコックとトリュフォーの取り合わせというのもすごいには違いありませんが。


捜索者
(1956アメリカ)監督・ジョン・フォード、脚本・フランク・S・ヌージェント、原作・アラン・ルメイ、製作・メリアン・C・クーパー音楽・マックス・スタイナー、撮影・ウィントン・C・ホック、編集・ジャック・ムーレイ、美術・フランク・ホタリング、ジェイムス・べイスヴィ、
出演・ジョン・ウェイン(イーサン・エドワーズ)、ジェフリー・ハンター(マーティン・ポーリー)、ナタリー・ウッド(デビー・エドワーズ)、ワード・ボンド(クレイトン牧師)、ヴェラ・マイルズ(ローリー・ジョージェンセン)、ヘンリー・ブランドン(コマンチ族酋長スカー)、ラナ・ウッド(デビーの少女期)、ハリー・ケリー・ジュニア(ブラッド・ジョーゲンセン)、オリーヴ・ケリー(ジョーゲンセン夫人)、ケン・カーティス(チャーリー・マッコリー)、パトリック・ウェイン(グリーヒル少尉)、メエ・マーシュ(砦の夫人)、ジョンクェイルン、



# by sentence2307 | 2019-01-16 16:08 | ジョン・フォード | Comments(0)
全米撮影監督協会(ASC)は100周年を記念して、20世紀において優れた撮影を誇る映画作品100本を発表した。
トップ10以下は順位づけされていない。


ASC Unveils List of 100 Milestone Films in Cinematography of the 20th Century

1.アラビアのロレンス(1962・撮影フレディ・ヤング)
2.ブレードランナー(1982・撮影ジョーダン・クローネンウェス)
3.地獄の黙示録(1979・撮影ヴィットリオ・ストラーロ)
4.市民ケーン(1941・撮影グレッグ・トーランド)
5.ゴッドファーザー(1972・撮影ゴードン・ウィリス)
6.レイジング・ブル(1980・撮影マイケル・チャップマン)
7.暗殺の森(1970・撮影ヴィットリオ・ストラーロ)
8.天国の日々(1978撮影ネストール・アルメンドロス)
9.2001年宇宙の旅(1968・撮影ジェフリー・アンスワース/ジョン・オルコット)
10.フレンチ・コネクション(1971・撮影オーウェン・ロイズマン)


Titles 11–100 (in order of release):

メトロポリス(1926・撮影カール・フロイント)
ナポレオン(1927・撮影レオン・アンリ・ブュレル、ジュール・クルージェほか)
サンライズ(1927・撮影チャールス・ロシャー)
風と共に去りぬ(1939・撮影アーネスト・ホラー)
オズの魔法使い(1939・撮影ハロルド・ロッソン)
怒りの葡萄(1940・撮影グレッグ・トーランド)
我が谷は緑なりき(1941・撮影アーサー・C・ミラー)
カサブランカ(1942・撮影アーサー・エディスン)
偉大なアンバースン(1942・撮影スタンレイ・コルテズ)
黒水仙(1947・撮影ジャック・カーディフ)
自転車泥棒(1948・撮影カルロ・モンテゥオーリ)
赤い靴(1948・撮影ジャック・カーディフ)
第三の男(1949・撮影ロバート・クラスカー)
羅生門(1950・撮影・宮川一夫)
サンセット大通り(1950・撮影ジョン・サイツ)
波止場(1954・撮影・ボリス・カウフマン)
七人の侍(1954・撮影・中井朝一)
狩人の夜(1955・撮影スタンリー・コルテス)
捜索者(1956・撮影ウイントン・C・ホック)
戦場にかける橋(1957・撮影ジャック・ヒルドヤード)
黒い罠(1958・撮影ラッセル・メティ)
めまい(1958・撮影ロバート・バークス)
北北西に進路をとれ(1959・撮影ロバート・バークス)
勝手にしやがれ(1960・撮影ラウール・クタール)
去年マリエンバードで(1960・撮影サッシャ・ヴィエルニー)
8 ½(1963・撮影ジャンニ・ディ・ヴェナンツィオ)
ハッド(1963・撮影ジェームズ・ウォン・ハウ)
博士の異常な愛情(1964・撮影ギルバート・テイラー)
怒りのキューバ(1964・撮影セルゲイ・ウルセフスキー)
ドクトルジバゴ(1965・撮影フレディ・A・ヤング)
アルジェの戦い(1966・撮影マルチェロ・ガッティ)
バージニアウルフなんて怖くない(1966・撮影ハスケル・ウエクスラー)
暴力脱獄(1967・撮影コンラッド・ホール)
卒業(1967・撮影ロバート・サーティーズ)
冷血(1967・撮影コンラッド・ホール)
ウエスタン(1968・撮影トニーノ・デリ・コリ)
明日に向かって撃て!(1969・撮影コンラッド・ホール)
ワイルドバンチ(1969・撮影ルシアン・バラード)
時計仕掛けのオレンジ(1971・撮影ジョン・オルコット)
コールガール(1971・撮影ゴードン・ウィリス)
ラスト・ショー(1971・撮影ロバート・サーティーズ)
ギャンブラー(1971・撮影ヴィルモス・ジグモンド)
キャバレー(1972・撮影ジェフリー・アンスワース)
ラストタンゴ・イン・パリ(1972・撮影ヴットリオ・ストラーロ)
エクソシスト(1973・撮影オーエン・ロイズマン)
チャイナタウン(1974・撮影ジョン・アロンゾ)
ゴッドファーザーPart II(1974・撮影ゴードン・ウィリス)
バリーリンドン(1975・撮影ジョン・オルコット)
カッコーの巣の上で(1975・撮影ハスケル・ウエクスラー)
大統領の陰謀(1976・撮影ゴードン・ウィリス)
タクシードライバー(1976・撮影マイケル・チャップマン)
未知との遭遇(1977・撮影ヴィルモス・ジグモンド)
デュエリスト/決闘者(1977・撮影フランク・タイディ)
ディアハンター(1978・撮影ヴィルモス・ジグモンド)
エイリアン(1979・撮影デレク・ヴァンリット)
オール・ザット・ジャズ(1979・撮影ジョゼッペ・ロトゥンノ)
チャンス(1979・撮影キャベル・デシャネル)
ワイルド・ブラック/少年の黒い馬(1979・撮影キャベル・デシャネル)
マンハッタン(1979・撮影ゴードン・ウィリス)
シャイニング(1980・撮影ジョン・オルコット)
炎のランナー(1981・撮影デヴィット・ワトキン)
U・ボート(1981・撮影ヨリス・バカーノ)
レッズ(1981・撮影ヴットリオ・ストラーロ)
ファニーとアレクサンダー(1982・撮影スヴェン・ニクヴィスト)
ライトスタッフ(1983・撮影キャベル・デシャネル)
アマデウス(1984・撮影ミロスラフ・オンドリチェク)
ナチュラル(1984・撮影キャベル・デシャネル)
パリ、テキサス(1984・撮影ロビー・ミューラー)
未来世紀ブラジル(1985・撮影ロジャー・プラット)
ミッション(1986・撮影クリス・メンゲス)
太陽の帝国(1987・撮影アレン・ダビュー)
ラストエンペラー(1987・撮影ヴットリオ・ストラーロ)
ベルリン・天使の詩(1987・撮影アンリ・アルカン)
ミシシッピーバーニング(1988・撮影ピーター・ビジウ)
JFK(1991・撮影ロバート・リチャードソン)
紅夢(1991・撮影チャオ・フェイ)
許されざる者(1992・撮影ジャック・グリーン)
バラカ(1992・撮影ロン・フリック)
シンドラーのリスト(1993・撮影ヤヌス・カミンスキー)
ボビー・フィッシャーを探して(1993・撮影コンラッド・ホール)
トリコロール/青の愛(1993・撮影スラヴォミール・イジャック)
ショーシャンクの空に(1994・撮影ロジャー・ディーキンズ)
セブン(1995・撮影ダリウス・コンジ)
イングリッシユ・ペイシェント(1996・撮影ジョン・シール)
L. A.コンフィデンシャル(1997・撮影ダンテ・スピノッティ)
プライベート・ライアン(1998・撮影ヤヌス・カミンスキー)
シン・レッド・ライン(1998・撮影ジョン・トール)
アメリカンビューティ(1999・撮影コンラッド・ホール)
マトリックス(1999・撮影ビル・ポープ)
花様年華(2000・撮影クリストファー・ドイル)



# by sentence2307 | 2019-01-14 14:36 | 映画 | Comments(0)

人はなんで生きるか

自分は、子どものころに、「ちょっと、おかしな子」と言われていました、どこがどうおかしいのかは、もちろん自分では分かりませんし、大人になったいまでは、お陰様で世間知に長けたごくフツーの常識人として人並な成長をとげ平穏な生活もできていますので、たぶん、あれは、誰もが子ども時代に持ったであろう一般的な特徴としての「おかしさ」の範囲内のものにすぎなかったのだなと思います。

しかし、「おかしな子」と言われていた当時でも、本人としては、これと思い当たることもありませんし、当然、その自覚もありませんでした。

しかし、あるとき、テレビを見ていたら、なにやらの専門家とかいう大学教授の先生が出てきて、この「おかしな子」の特徴として、特定な分野や事象に対して「異常なこだわり」を持つことがあげられ、それが芸術分野だったなら、偉大な芸術家となる素地になるというようなことを話していました。

なるほど、映画「gifted/ギフテッド」2017じゃありませんが、天才数学者だとか、天才物理学者だとかは、もしかするとギリこれだなと、だいたい、ああいう賢さはどこか異常なものがなければ在り得ないことだよな、などと妙に納得しながら、そのテレビを見ていました。

つまり、そのときはまだ、自分とはなんの関係もない、まったくの他人事として聞いていたわけですが、自分は少し前のブログで、黒澤明監督の「デルス・ウザーラ」について、黒澤監督らしからぬ作品であると非難を込めて書いたことがあります。黒澤監督の作品として「あれはないだろう」という感じです。

実は、そのことがずっと気になっていました、いえいえ、非難しすぎて後悔しているとか、疚しいとか罪悪感ということではありません、むしろ、当初これだけは言ってしまおうと考え用意していたものを、書き進む勢いに酔っているうちに、肝心な「これ」の部分をすっかり失念して、コラムを完結させてしまった、その「言い足りなさ」がいまでも気持ちのどこかに引っかかっていて、モヤモヤがずっと晴れなかったのです。

口論をしているうちに、次第に激してしまい、当初考えていた「これだけはどうしても言わなければ」と用意していた重要で決定的なキモの部分を失念し提示できなかったという不完全燃焼のモヤモヤ感です。

そんなふうにウダウダ考えているときに、テレビのあの「おかしな子の異常なこだわり」の解説に遭遇し、そして、かつて自分が「おかしな子」といわれていたことも同時に思い出しました。

しかし、いま自分が囚われているウダウダのこだわりが、もし「それ」なら、それはそれで仕方ないじゃないか、むしろそういうのは優れた資質ではないかという気分になり、なんだかだんだん安らかな気持ちになっていくのが実感できました。「こだわり? あった方がいいでしよう、そりゃあ」という感じでしょうか。

なので、あのとき、失念してしまって「言い足りなかった」ものをストレス解消の意味を込めて書いてみますね。

あのとき、自分は、ロシア文学には、黒澤監督が映画化するのにもっとふさわしい土俗的・土民的な粗野で野蛮で残忍な題材が山ほどあることを具体例(ドイツや満州での暴虐もそのひとつでした)をあげて証明するつもりでした。

横暴な地主は農奴を徹底的に酷使し、彼らが命令に従わなければ足腰が立たなくなるまで殴りつけ、駈りあげ、皮膚が破れ、血が噴き出し、肉が裂けて、骨が見えるまで鞭打ちます。もとより同じ人間などとはハナから考えておらず、2本足で歩く薄汚いただの家畜としか思っていない地主は、強情な家畜のなまけ癖は骨身にしみてぶちのめして分からせなければ示しがつかないと、死ぬほど打擲します、そのためにたとえ死んでも、こんな食い詰めた農奴など代わりならそこらに幾らでもいると嘯きます。

農奴は農奴で、ただ従順に鞭打たれているわけではなく、ひそかに寄り集まっては、自分たちが殺されるよりも先に、横暴で残忍な地主をなぶり殺すことばかりを憎悪と憤怒のなかで謀議しています。

これじゃあ、そのうち革命だって起こるわな、という感じです。

それにこの憎悪の深さは、革命後の反革命勢力にたいする執拗で残忍な徹底弾圧を納得させるものがあるかもしれません、そんな例ならソヴィエトでも中国でもゴマンとあります。

自分が、ロシア文学のなかでこれらの残忍な描写を具体的に意識しだしたのは、実はトルストイ後期の民話集「人はなんで生きるか」(岩波文庫)でした。

トルストイの後期というのは、その特徴として、宗教性・道徳性・社会教化性が顕著になり、宗教家・道徳家の側面が高まり強調されていく時期です、とくにその時期に書かれた「人はなんで生きるか」は、虐げられている下層社会であえぐ民衆の、その救いを描いた作品として夙に知られています。

しかし、その高貴な宗教性にもかかわらず、小説においては、結局最後には否定され、救済されはするものの、核になるその悲惨で無残な「エピソード」というのが、実にリアリティがあるのです。

どういうことかというと、「バカまぬけオタンチン、お前の母さんデベソ、デブ、ブス、インポ、つるっぱげのゲジゲジ野郎」と罵ったあとで、「というのは全部うそ」と否定して澄ましているようもので、つまり、最後には全否定するものの、「全部、言っちゃったじゃん!!」という感じを持ったのです、あとで否定するからといって、そこまで言っちゃっていいのか、という感じです。

とにかく、その「悲惨すぎてむごたらしい」箇所に付箋を付けまくりました。

その前にコラムを書くときに自分がよくやることなのですが、amazonで一般的な「感想文=世評」というのを幾つかチラ見してみることにしています。いわば書く前の「世評」のカンニングというやつですね。

つまり、「世評」に従って添い寝するなり、受けねらいで意表をつくなり、無視するなりと、そこはいろいろ作戦というものがありますから。

ひととおり読んでみて、はは~ん、という気持ちになりました。

やっぱ公式的な「神の愛」とか「隣人愛」とか「心を洗うような作品」ですかね。

こうして大方の感想を読んでみて、なんか予想したままなので、いささか失望してしまいました。

Aと書かれていたら、そのままAとしか読むことも理解することもできないとしたら、そういう人は読書の面白さなんて永遠に味わえないと思いますよ、きっとね。

そりゃあ、「愛」は「愛」でいいですよ、よく分かりましたから。

しかし、トルストイの説く神の愛が、結局は貴族で地主の上から目線の角度で説かれている限界と「姿勢」とを、うまい具合にシンクロさせているだけということも見逃すわけにはいきません、偽善者とまでは言いませんが、農奴の扮装で仮装してひとり悦にいっている貴族地主の変態野郎という思いからどうしても自由になれません、少なくとも本当の農奴ではなかったわけですから。

「人はなんで生きるか」に収録されている作品は5作品、その中で地主・管理人と農奴の確執を描いた「ろうそく」という小説を紹介しますね。

まず、地主に管理人として雇われた男の描写

≪地主がほかの領地で使っていた屋敷つき農奴を抜擢して、その土地の管理人になおした。・・・金もだいぶこしらえていたので、罪なことをしないでも暮らしに心配はなかったのであるが、人を羨む心の強い男だったので、いつでも罪からはなれることが出来なかった。手はじめに、彼はまず百姓たちを、きまりの日数以上の賦役労働に追い立てはじめた。煉瓦工場をはじめて、男女の百姓を酷使し、作った煉瓦を売りに出した。百姓たちは、モスクワにいる地主のところに嘆願に出かけたが、それはなんにもならなかった。地主は百姓たちをただ追い返して、管理人の頭を抑えようとはしなかった。管理人は、百姓たちが嘆願に行ったことを知ると、それを根にもって彼らに仕返しをはじめた。百姓たちの生活はますます悪くなった。百姓たちのなかにも不信なものが出てきて、管理人に自分の仲間を密告したり、互いに告げ口をしたりしはじめた。それで、百姓たちはみんな混乱するし、管理人はいっそう我意をふるうようになった。
こうして進んでいくうちに、管理人はついに人々から、まるで、狂暴な野獣かなんぞのように恐れはばかられるようになった。彼が馬で村を通ると、百姓たちはみな、まるで狼でも来たように彼を避けて、彼に見られないように、ところきらわずどこへでも隠れるのだった。管理人はそれに気がつくと、みんながそんなに自分を恐れることに対して、いっそうひどく腹を立てた。そして打擲と仕事とで、いよいよますます百姓たちを苦しめたので、この男のために百姓たちは、日増しに多くの苦しみを受けなければならなかった。≫

そして、

≪世には、こうした悪者をそっと殺してしまったことがよくあった。そして、この百姓たちのあいだでも、よりよりこんな話が出るようになった。どこかわきのほうでこっそり寄り合うと、その中の血気な者がこう言いだす。「わしらはいつまであの悪党を我慢しなきゃなんねえだ。どうせ破れかぶれじゃねえか。あんな奴はいくらぶち殺したって罪にもなんにもなるもんじゃねえ」
一度、百姓たちが、復活祭の前に森へ集まったことがあった。管理人から主人の森の下生えを刈るように言いつけられたので、昼弁当に集まった時に彼らは相談をはじめた。
「こんなことでわしらはどうして生きていけよう? あいつはわしらの骨までしゃぶっちまうだろう。仕事ばかりむやみに押しつけくさって、昼も夜も、おれたちだって女どもだって、ちっとも休む暇なんてありゃしねえ。ちょっとでもあいつの言い分にさからったが最後、難癖つけてぶちのめしゃがる。セミョーンはあいつにぶん殴られたおかげで死んだし、アニーシムは手枷足枷でへとへとにされちまった。このうえわしらに何を待つことがあるだ。今日だって、夕方ここへやってきて、またひでえことをやりだしたら、かまうこたあねえ、奴を馬から引きずりおろして、斧でたたき切っちまや、それで事はおしまい。そして犬のようにどこかへ埋めて、証拠を水に流してしまうまでのこんだ。ただ申し合わせが大切だ。みんなが心をひとつに合わせて、裏切りなんかしちゃならねえ」≫


激烈な言葉群を一字ずつタイプしているうちに、これって「七人の侍」の利吉のセリフではないかと錯覚してしまうほどでした。

この小説群が書かれたのは1885年ですが、やがて1910年に家庭不和からトルストイが家出を決行して地方の小駅で、野垂れ死に同然で死亡します。

しかし、トルストイの描き夢見た階級融和も神の奇跡も一向に示されることなく、階級対立はますます悪化し、激化し、深刻化して、死の数年後には、ついに同じ民族が凄惨に殺し合うロシア革命が勃発しました。

これらの小説に書かれている「隣人愛」や「神の愛」を多くの善良な読者と同じように額面通り受け取っていいものかどうか、かすかな戸惑いを感じているところです。


# by sentence2307 | 2019-01-05 17:28 | 映画 | Comments(0)
去年の暮れに国立映画アーカイブでスウェーデン映画特集上映があって、そのことをブログに書いて以来、なんだか最近、自分的には北欧映画づいているのかもしれないなと思い始めています。

たまたまかもしれませんが、前回ブログに書いた「365日のシンプルライフ」2013という作品もフィンランド映画でしたし、「ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命」2017や「女神の見えざる手」2016に主演したジェシカ・チャスティン(どちらの作品も同一人物が演じたとは思えない素晴らしい演技でした)などは明らかに北欧系の美女ですよね。

また、自分が大好きな「gifted/ギフテッド」2017に主演した天才子役マッケナ・グレイスにも北欧系美女の雰囲気を感じましたし。作品自体も自分のタイプとしてこうした「天才もの」映画が大好きなので、この「gifted/ギフテッド」も1週のうちに2度も立て続けに見てしまった映画でした。同じ映画を週に2度見るなんて異例なことで、実に久しぶりの出来事でした。

そうそう、つい一昨日見たばかりのアレキサンダー・ペイン監督の「ダウンサイズ」2017にも、後半に出てくるコロニーのシーンにはノルウェーの美しいフィヨルドの風景が映し出されていて、その美しさには思わず目を見張りました。

「北欧か、実にいいよなあ」って感じです。

でもこれは、夢みたいな憧れにすぎず、たぶん北欧旅行なんか自分には到底実現不可能な話だと思うので、せめて旅行会社の案内チラシを眺めるくらいで気を紛らわしている始末です、その観光チラシには、代表的な5つのフィヨルドとして、ガイランゲルフィヨルド、ノールフィヨルド、ソグネフィヨルド、ハダンゲルフィヨルド、そしてリーセフィヨルドが紹介されています。

さらに解説には、2005年にガイランゲルフィヨルドと、ソグネフィヨルドの支流、ネーロイフィヨルドが世界遺産に登録されたと記されていました。

手元にある「世界遺産事典」の「西ノルウェーのフィヨルド ガイランゲルフィヨルドとネーロイフィヨルド」の項に、こんな説明がありました。

≪西ノルウェーのフィヨルド、ガイランゲルフィヨルドとネーロイフィヨルドは、ノルウェーの西部、海岸線が複雑に入り組んだ美しいフィヨルド地帯。フィヨルドとは、陸地の奥深く入り込み、両岸が急傾斜し、横断面が一般にU字形をなす入江で、氷河谷が沈水したものである。ガイランゲルフィヨルドは、オーレスンの東にあるS字形をしたフィヨルドで、ノルウェーの文学者ビョーンスティヤーネ・ビョーンソンが「ガイランゲルに牧師はいらない。フィヨルドが神の言葉を語るから」と言ったことで有名なフィヨルドでノルウェー四大フィヨルド(ソグネフィヨルド、ガイランゲルフィヨルド、リーセフィヨルド、ハダンゲルフィヨルド)のひとつである。ネーロイフィヨルドは、ベルゲンの北にある全長205km、世界最長・最深のフィヨルドであるソグネフィヨルドの最深部アウランフィヨルドとともに枝分かれした細い先端部分にあるヨーロッパでもっとも狭いフィヨルドである≫

なるほどね、このまま読みふけっていると、ますます「北欧行きたい」が募って遣り切れなくなるので、ここでちょっと話を映画「gifted/ギフテッド」に戻しますね。

自分が「天才もの」映画にたまらない魅力を感じるのは、例えば「gifted/ギフテッド」でいえば、こんな場面です。

孫メアリー(マッケナ・グレイス)が数学にずば抜けた能力を持っていることを知った祖母(リンゼイ・ダンカン)は彼女を大学に連れていき、旧知の教授の前でその能力を証明しようという場面、メアリーは黒板に書かれた膨大な数式の問題を前にして、ずっと考えていますが、ついに「解けない」と大人たちに伝えます。

帰り道で、祖母は「いくらなんでも子供にあんな難しい問題を出すなんてね」と、がっかりしているに違いないメアリーを思いやって慰めます。

しかし、メアリーは、こう言います「問題が間違っているんだもの、答えられないよ」と。

その言葉を聞いて驚いた祖母は、取って返して、もう一度、メアリーを黒板の前に立たせます。メアリーは、問題の誤記をひとつひとつ修正してから、その問題をなんなく解いてしまいます。

その天才ぶりを目の当たりにした教授は、メアリーに問います、「なんでさっき、問題に誤記があることを言わなかったのか」と。

メアリーは答えます、「目上の者の誤りを正して不快な思いをさせるな、そんな生意気なことをしたら、世間に受け入れてもらえないぞ、と同居している叔父のフランクからいつも言われている」と。

思えば、映画「アマデウス」も、俗世間のなかでは天才が天才として生きていくことの困難を描いた映画でしたよね。モーツァルトは、天性の無邪気さで俗世のなかで生きていこうとしますが、その「無邪気さ」は徹底的に世間から利用され、その「才能」までも食いつぶされて破滅に追い込まれる。しかも、それは、モーツァルトの天才(努力しないでも、出来てしまえること)を見抜き理解したただひとりの人物、凡庸なる同業者サリエリの嫉妬と怯えによって仕掛けられた罠にはめられたという皮肉な映画でした。

映画「gifted/ギフテッド」においては、「世間知」を欠落させた天才ゆえの不幸(自殺したメアリーの母親)が、このストーリーの前提となっていて、そういうイキサツで姉を失った弟フランクは、姪のメアリーにだけはそんな人生を送らせたくないと考えています。

しかし、この映画を見ていると、俗世に晒して傑出した才能をむざむざ埋もれさせたくないと歯噛みする祖母の気持ちも、なんだか理解できるような気がします、メアリー自身、年相応の幼稚な学校の授業に無理やり押し込められ、うんざりして机に突っ伏している場面だってありましたし。自分にもこの「机に突っ伏す」という記憶なら、あるにはあります、まあ自分の場合は、授業についていけなかったので、なんかこの・・・。

天才が俗世に埋もれてしまう悲惨を描いたのが「アマデウス」だとしたら、「gifted/ギフテッド」は、凡人とした俗世に生きる気楽さを奪われて「特別な人間」として常に結果を求められる極限状態に身を晒すことを強要され、心身ともにボロボロになることが、「それって人間としてどうなのよ」と疑問を投げかけた作品なのだなと理解したのですが、そうそう、「天才もの」映画といえば自分の好きな作品がもう1本ありました。

ガス・ヴァン・サント監督、マット・デイモン主演の「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」です。この作品は、逆に、世俗にまみれ悪環境に埋もれている「天才」をすくい上げるという作品でした、こう考えていくと、天才といってもいろいろだなあと思います。とにかく、いずれにしても自分にとっては、はるか遠い無縁の世界(なにしろ当方は、何十年も机に突っ伏しつづけていて、いまだに顔をあげるタイミングさえつかめていません)のことなので、夢物語を楽しむ以上の実感は湧いてきません(結論って、それだけかい!)。

ここまできて自分が何について書いているのか、だんだん分からなくなってきましたので、最初に立ちかえって読み返してみました、なるほどね、「北欧、実にいいよなあ」あたりから、どんどんズレまくっているじゃないですか、そうだ、そうだ、この小文のタイトルは≪「卵の番人」の謎は「キッチン・ストーリー」で解け!≫なんでしたよね、ちょっと修正させてください。

ベント・ハーメル監督「卵の番人」1995は、年老いた兄弟の物語で、ストーリーはひとことで言えてしまうシンプルなもの(老いた兄弟のもとに兄の隠し子がやってきて平穏な生活が乱され、弟がひっそりと家を出ていく)なのに、いかにも北欧の監督作品らしい、幾分悲し気な、ゆったりとした時間の流れる映像に身を任せ浸り溶け込んで、時間などすっかり忘れてじっくり見入ってしまう魅力的な映画です。

途中から老兄弟の生活に加わる兄の隠し子というのが、ベルイマンの「第七の封印」で悪魔を演じていたあの俳優ではないかと錯覚してしまうくらいの険しい表情のつるっぱげの不気味な巨人、それでなくとも夜中に目をギラギラ見開いて奇声を発するというこの薄気味悪いキャラクターが、この映画の理解を一層困難なものにしていて、さらに加えて、ベント・ハーメル監督の一切説明的な説明をしないという撮り方もあり、映画を見たあとでも、実際には各人の中ではまだ「映画」は完結しておらず、尾を引いていて、その後もあれこれと考えることを強いる奇妙な作品ということができるかもしれません。

その最大の不可解さは、ラストシーンで弟・モーが夜中にひっそりと家を出ていくその理由というのが「なぜなんだ」「分からない」といったネット上での感想の氾濫とさまざまな憶測がアップされていることから見ても分かります。

あえて言えば、兄のファーが隠し子コンラードの入浴の世話をしているスキを狙って、コンラードの部屋に忍び入り、卵の蒐集箱の卵をいじりまわしたり、メモを読み漁ったり(その気配をコンラードもリアルタイムで察知しているかのような微妙な目つきを捉えた不気味な描写もあります)、そのあとで兄ファーから「コンラードの物を触ったろう! コンラードが動揺しているぞ」と弟モーが厳しく非難されるという場面が、あるいはこのラストの謎を解く唯一ヒントなりうるシーンかもしれません。

つまり、弟としてみれば、いままで兄から曲がりなりにも払われていた「敬意」が、この瞬間に崩れ消滅したと感じ、弟は家を出ることになったのだという見解です。家を出ていく弟モーを窓からじっとうかがうコンラードの気配も、その線でドラマに奥行きを持たせたものと解釈することもできます。

などと考えていたとき、引き続いて同じベント・ハーメル監督の「キッチン・ストーリー」2002を見ました。

この作品の解説にはこうありました。

≪1950年代にスウェーデンで実際に行われたという「独身男性の台所での行動パターン調査」をヒントに、調査員と調査対象者となった2人の中年男性の交流をユーモラスに綴ったコメディ≫なのだそうです。

つまり、独身老人の家におのおの調査員が配属され、台所における調査対象者の一日の動線を調査しようという奇妙なものなのですが、部屋の隅に頭が天井に届くくらいの背の高い椅子に腰かけて一日中無言で被験者をじっと見続けるというのも、設定からしてとにかく笑わせます。

最初は、気難しい被検者の老人は心を開かず無視無言の態度をとっていますが、調査員が無断で塩を借りたことから徐々に打ち解けあって親交を深めるというストーリーで、あまりに近づきすぎて、誕生祝の飲酒が規則違反だと上司から咎められ、調査員が失職してしまうというストーリーです。上司に密告したのが、それまで被検者の老人と親交のあった友人グランドで、酒盛りの翌朝早く上司を同乗させ、上司に現場を急襲させています。

このシーンを見ながら、あの設題≪「卵の番人」の謎は「キッチン・ストーリー」で解け!≫の回答もまた、やっぱ「嫉妬だ」という気がしました。

そう思いながらも、しかし、この映画でやはり見逃してはならないのは、ノルウェーにとっての、スウェーデンという国の位置づけなのではないのかな、という思いがありました。

極東の島国でのんきに暮らす日本人には、ノルウェーにとっての、スウェーデンという国の位置づけ(歴史的にも)というのが、いまひとつ分からないのですが、この映画からは、ノルウェーにとってのスウェーデンは、なんだか偉そうにしているような煙たい違和感のある国という印象がありますよね、右側通行とか左側通行とか。もしかしたら、国境を接する近しい国だけにそれなりのイザコザもあったでしょうから、そこには微妙な違和感もあって、その分、鬱陶しく感じる部分もあるのかもしれませんね。そんな気がしました。


★卵の番人
(1995ノルウェー)監督・ベント・ハーメル、脚本・ベント・ハーメル、製作・フィン・イェンドルム、撮影・エリック・ポッペ、美術・ジャック・ヴァン・ドンバーグ、編集・スタッフィ・グドマンソン、衣装デザイン・ライラ・ホルム、
出演・スベレ・ハンセン、ヒエル・ストルモーン、レーフ・アンドレ、トロンド・ホヴィック、レイフ・マルンバーグ、アルフ・コンラッド・オルセン、ウルフ・ベンガール

★キッチン・ストーリー
(2002ノルウェー・スウェーデン)監督・ベント・ハーメル、脚本・ベント・ハーメル、ヨルゲン・ベリマルク、製作・ベント・ハーメル、ヨルゲン・ベリマルク、撮影・フィリップ・オガールド、音楽・ハンス・マティーセン
出演・ヨアキム・カルメイヤー、トーマス・ノールシュトローム、ビョルン・フロベリー、リーネ・ブリュノルフソン、スブレエ・アンケル・オウズダル、レーフ・アンドレ



# by sentence2307 | 2019-01-04 12:15 | ベント・ハーメル | Comments(0)

365日のシンプルライフ

映画の冒頭、素晴らしいファーストシーンに出会いながら、そのあとに続くストーリー展開が、あまりに凡庸で、結局、予想の範囲内で小さくまとまったストーリーにすぎなかったりすると、当初の一瞬煌めいた素晴らしいファーストシーンも、映画全体の凡庸さに引き摺られ、取り込まれて色褪せ、ついに忘れ去ってしまうという、実にもったいない経験を幾度も重ねてきました、そんな経験を最近もしたので、そのことをちょっと書いてみますね。

まあ、忘れたままでいられるのなら、なにもこのように未練がましく書くこともないのでしょうが、こういう稀有な経験にかぎって、なにかの折にふっと、まるで前世の記憶がよみがえるみたいに「覚醒」してしまうというあたりが、始末に悪いところかもしれません。

その「素晴らしいファーストシーン」というのは、最近wowowで見たフィンランド映画「365日のシンプルライフ」(ペトリ・ルーツカイネン監督、2013)という作品です。

プログラムには、こんなふうに紹介されていました。

≪全所有物を倉庫に預け、1日に1個だけものを持ち出し、新品は何も購入しない実験を行った青年の一年を追う。「人生で大切なものは何か」を問うドキュメンタリー。≫

うん、惹句としてもなかなかいいじゃないですかコレ、「具象」から「抽象」へ、一切の猥雑なものをすべて切り落とし、剥ぎ取り、シンプルで純粋な核心を捉えた素晴らしい映画なのではないか(シンプルと抽象性は、名作映画の必須条件です。例えばゴダール作品みたいな)という勘みたいなものが、自分の中で敏感に「反応」しました。あとで、それが単なる「錯覚」に過ぎなかったことが判明します。

でも、この「なにも所有しない」という考え方なら、ずっと以前、滅茶苦茶好景気で生産が追い付かないほど誰もが消費に狂奔し、だからそれにつれて物価もどんどん高騰して、また、それに見合う札びらも狂ったように刷られ放題、給料も毎月どんどん上がったという、社会に物と金とが溢れかえった狂気の循環に身を任せたあの時代に、その反動のように、狂奔の社会に嫌気がさしてドロップアウトしたジェネレーション(あふれかえる物質から自由になるために逃避する世代)というのが、少し前の時代にも、確かにありました。

彼らのことを、あるいは「フラワー・ジェネレーション」などという言い方で呼んだかもしれません。

そういう背景もあって、自分としては大いなる期待をもって、あえて、この作品を見たのだと思います。(いえいえ、自分は、「フラワー・ジェネレーション」に属した世代というわけではありませんし、その辺のことを詳しく承知しているわけでもありませんので、念のため)

そして、前述した映画「365日のシンプルライフ」のその冒頭のシーン、なにもないガランとした部屋の壁にもたれかかっている青年が映し出されて、そこに青年のモノローグがかぶさります。

≪モノとは、なにか。この6か月間、ある実験を試みている。そして、本当に必要なものが、だんだん見えてきた。≫

いや、ここまでは、いいのです。この言葉は、そのあとの映画の展開ともまっすぐに結びついていて、この趣旨で一貫しています。

まあ、自分が思い描いていた「あふれかえる物質から完全に自由になるために逃避する」というのと、この述懐は根本的に考え方としては異なりますし、むしろ、「こちらさん」の方が健全で理にもかなっており、シゴク真っ当な気がします。

なにしろ、かつての「フラワーさん」は、顔中・体中にド派手なペインティングなんかで塗りたくっちゃって所かまわず踊りまくるわ、騒ぎ倒すわ、free sexはするわ、果てはハッシシだのとかでラリッて好き放題やっちゃうわけですから、むしろ彼らこそ常軌を逸した暴走気味の勘違いだったかもしれません。

狂乱の物質消費社会から逃れでた先にあったものも、やはり同じノリの「狂気の自由」に過ぎなかったというわけですよね。

どこまでいっても、あの時代、結局は、金に踊らされるか、クスリに踊らされるか、どちらかにすぎなかったというだけで、結局、なにも変わらなかったんじゃないか、なんともやりきれないパラレルの世界で堂々巡りしていただけなのかもしれませんね。

聞くところによると、酒が厳禁されているイスラムでは、酒の代わりにハッシシが普通に常用されているらしいです、それも恐い話ですが。

人間をそんなに歪めてしまって、いったいなんのための宗教かと。勘違いもいい加減にしろと。バカ

しかし、この映画「365日のシンプルライフ」で描かれているのは、「あらゆる物質は悪だ」などと極端なことを言っているわけではなくて、「自分にとって本当に必要な物とはなんだろうか」と健全に模索しているだけで、いったんすべての家財・洋服をレンタル倉庫に収納してから、1日1個ずつ、生活するために「真に必要な物」をそのつど厳選して倉庫から毎日毎日運びつづけるという原則を貫く、いわば記録映画です。

なにもそこまでしなくともいいだろうという、この映画を貫くルールをふくめた「健全性」が、なんだかこの映画を凡庸で弱々しいものにしてしまっているような気がして仕方ありません。つまり、こんな「健全」をわざわざ映画として描く必要があるのか、という思いです。

う~ん、なんて言えばいいのでしょうか、すぐには適当な言葉が見つかりませんが、いってみれば「ドラマ性」の不在とでもいうことなのかもしれません。

だって、この青年は、
≪モノとは、なにか。この6か月間、ある実験を試みている。そして、本当に必要なものが、だんだん見えてきた。≫
と言ったあとで、こう言っています。

≪何もかもいやだ≫と。

どの時点で彼は、「モノとは、なにか・・・」と言い、さらに、「何もかもいやだ」と付け加えたのか、そういわなければならない必要があったのか、どうしても分かりません。

しかし、厳しい禁欲生活のなかで、質素に暮らす祖母から「物の意味」を教えられ、やがて恋人ができて、物が増えていく、祖母が緊急入院したとき、欲しいものがあったら持っていっていいと言われ、物色し選びながら、それらの物には祖母の「愛着」がしみ込んでいることを実感して、貰うことに気後れを感じて躊躇する、いずれの場面においてもそれぞれ「物」の意味が語られているわけですが、映画の冒頭で、雪の街路を全裸・素足で自宅マンションから倉庫まで走る衝撃的な場面に見合う結論なのかという気がしてきました。

映画のラストで、恋人とともにロッカーのシャッター扉をガラガラと開けるシーンがありました、倉庫のなかにうず高く積まれた家具や洋服の山を目の前にしたときの恋人のなんとも嬉しそうな表情が忘れられません、

物質の山を前にして「何もかもいやだ」ともらした彼が、同じ物を見た恋人の嬉しそうな顔をなんの感慨もメッセージも込めることなく撮る神経の中途半端さ(映画の方向付けの放棄)が分からず、混乱しました。

それくらいなら、物欲を全否定して、
≪顔中・体中にド派手なペインティングなんか塗りたくっちゃって所かまわず踊りまくるわ、騒ぎ倒すわ、free sexはするわ、果てはハッシシだのとかでラリッて好き放題やっちゃう≫
のほうが、まだしもマシちゃうのん、という気がしてきました。

自分としては、当然、アホな「フラワージェネレーション」のストイックさに肩を持つよりほかありません。
こんなことしているうちに、今年もなんだか暮れてしまいそうです、やれやれ。

(2013フィンランド)監督・脚本:ペトリ・ルーッカイネン、製作:アンッシ・ペルッタラ、撮影:イエッセ・ヨキネン、編集:アルッティ・ショーグレーン、音楽:ティモ・ラッシー、音響:キュオスティ・ヴァンタネン、制作:ウニフィルムOy/ヘルシンキ,フィンランド、原題:Tavarataivas 英題:My Stuff 



# by sentence2307 | 2018-12-31 16:18 | ドキュメンタリー映画 | Comments(0)
超弩級の傑作活劇映画「七人の侍」の黒澤明監督が、その後に撮った作品で次第に爽快な荒々しさを失い、以後の作品に色濃くなる湿っぽいヒューマニズムや虚無感など、およそ「七人の侍」を撮った黒澤明には到底似つかわしくないというのが自分の持論なので、酒の席などで友人相手に酔いに任せて、ぐずぐすとオダをあげて嫌がられていました。

そりぁ、そういう作品(ヒューマニズムや虚無感)にだっていい映画はあるには違いないでしょうが、あの黒澤明が、よりにもよって「デルス・ウザーラはないだろう」という思いでいたので、その気持ちをそのままブログにも書きました。

青年期からロシア文学に親しみ傾倒していたといわれる黒澤監督です(ドストエフスキーの超難解な「白痴」を映画化しようなどと思うこと自体、その「傾倒」ぶりは並大抵のことではありません)、読み漁ったであろうロシア文学のなかには、そりゃあ「デルス・ウザーラ」もあったでしょうが、なにもそれだけというわけではなくて、もっと粗野で、もっと荒々しい、獣のような露国の野蛮な土民を描いた(鴎外の翻訳した)「樺太脱出記」や「馬丁」とも出会っていたでしょうから、自分としては、黒澤監督にもっともふさわしいと思えるそれら「粗野で、もっと荒々しく、獣のような露国の野蛮な土民」の小説をあえてしりぞけて、甘々な「友情と郷愁」とを描いた静謐な「デルス・ウザーラ」なんかを選択したその脆弱さを「はなはだ残念」という思いもふくめて、どうにも納得ができず、これは明らかに黒澤監督のミスチョイスだよなという居たたまれない思いから、夜の居酒屋で「オダをあげた」ということに相成るわけです。

そのときの自分の中には、当然、第2次世界大戦時、ナチス劣勢とみるや独ソ不可侵条約を突如破棄してドイツになだれ込みドイツ人女性・市民を手当たり次第にレイプ虐殺したこととか、また、同じく満州国境にも侵攻して日本人開拓民に対して淫らな薄ら笑いを浮かべながら行った悪逆非道な、人の弱みに付け込む鬼畜のような数々のソ連軍の蛮行(空恐ろしいロシア人のケダモノ性)が、もちろん脳裏にはありました。アンブローズ・ビアスは、その著「悪魔の辞典」でロシア人のことを「カフカス人の肉体とモンゴル人の魂を持つ人。吐き気をもよおさせるタタール人」と評していました。名言です。

それにまた、「七人の侍」においては、おのおのの侍の死が、あれほどに精密に痛ましく・重々しく描き分けられていたのに、例えば「乱」における兵士たちのおびただしい死体が累々と広がる荒涼たる戦場を、まるでキャベツ畑を俯瞰でひとまとめに撮ってしまう無神経な素っ気なさによって、実にあっさりと捉えた場面を見たとき、人間をもはや単なる物質、そのカタマリとしか捉えることができなくなってしまった黒澤明の不能と衰弱をはっきりと実感せずにはいられませんでした。

しかし、友人にここまで話したとき、それまでドン引きしていた迷惑顔の友人から、かえってこう言われたことがありました。

「どんな監督だって、柳の下の2匹目のドジョウを狙って同じタイプのものを作り続けていたら、いつかは世間からは飽きられ・呆れられ、その才能さえも疑われ、結局『傑作・七人の侍』も巻き込むかたちで映像作家・黒澤明の価値を自分からおとしめてしまう結果になるんじゃねえのか?」と。

その言葉に二の句を継げなかった自分は、せいぜいのところ「そうだよな、そういうことなんだよな」としか言うことができませんでした。
「だってさ」と友人は続けます。「おれに『黒澤明の100本』を教えてくれたのは、オタクじゃん。『七人の侍』は、たしかに世界におけるナンバーワン映画かもしらんが、必ずしも『これでパーフェクトだ、ついに到達した』とは、黒澤明自身が思っていなかったという何よりの証拠だよ。どんな天才にだって、どこかしら自分にないもの、自分に欠けているものを埋めようとして≪「次の作品」(未来)≫を模索して前進していくしかないんだ。生きている限り、もがきながらね、だから『赤ひげ』も『どですかでん』も『夢』も『八月の狂詩曲』も、それぞれ必死の模索した結果だし、評価もしている、オレは、あんたのようには考えられないわけよ」

「うん、うん」

「それにね、話は少しそれるかもしれないけど、あるサイトに『黒澤明のベスト10』というのが掲載されていてね、それとオタクに教えてもらった『黒澤明の100本』とを照合してみたら、なんか微妙に違っている部分があるのよ。ほら、これこれ」と友人は、タブレットを引っ張り出してその画面を見せてくれました。

それはこんな感じです。


黒澤明の10本
ドクトル・マブゼ(1922) フリッツ・ラング監督
チャップリンの黄金狂時代(1925) チャールズ・チャップリン監督
✔ニーベルンゲン(1925) フリッツ・ラング監督
✔ウィンダミア夫人の扇(1925) エルンスト・ルビッチ監督
三悪人(1926) ジョン・フォード監督
アッシャー家の末裔(1928) ジャン・エプスタン監督
アンダルシアの犬(1928) ルイス・ブニュエル監督
モロッコ(1930) ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督
会議は踊る(1931) エリック・シャレル監督
三文オペラ(1931) G.W.パプスト監督


なるほど、なるほど、チェックの入った「ニーベルンゲン(1925)フリッツ・ラング監督」と「ウィンダミア夫人の扇(1925)エルンスト・ルビッチ監督」の2本が「黒澤明の100本」の中には入ってないというわけね、つまり、彼が言いたいのは、好みはその時々で変化するし、作家たちは現状に満足できないからこそ進歩できるっていうことを言いたいわけで、たとえ、そこで生み出されるものが駄作でしかなかったとしても、過去の栄光にすがりついて遺産の模造品を作り続けるよりも、オタクのいういわゆる駄作(自分的には「そう」は思わないからこそ)の方が、よほど価値があると思うわけよ。

そこで自分が「よく分かりました!」と宣言して平伏して負けを認め、「デルス・ウザーラ懐疑説」を全面撤回して引っ込めてしまえば、それはそれでよかったのかもしれませんが、もともと素直な性格とは程遠い自分です、こんな時にも、ついひとこと余計なことを言いたくなる性分なので、こんなふうに言ってしまいました。

でもこの2本てさあ、小津監督の好きそうな映画じゃね? 特に「ウィンダミア夫人の扇(1925)エルンスト・ルビッチ監督」なんて、もしかして、小津好みの作品の方から誤って紛れ込んでしまったなんて考えられないか。そういえばフリッツ・ラングだって、ドイツ表現主義の線から言えば小津監督とのつながりを否定はできないだろう?

まさに「虚を突く逆襲、一矢を報いる」というやつです、だって言われっぱなしで撤退なんて、あまりにも悔しいじゃないですか。

ここまできて、自分も友人も「小津監督が影響を受けた映画」、例えば、それが10本というカタチで存在するのなら、その「小津安二郎の10本」というものが存在するのかどうかを知りたくなりました、しばし沈黙、すぐにタブレットであれこれ検索してみたのですが、それらしい記事を探し出すことはできませんでした。つまり、その夜の「討論」は、ここにきて打ち切り、情報不足でにっちもさっちもいかないドンヅマリ状態に達したので、これは次回までの「宿題」ということになりました。

そして、帰宅してすぐ、その夜のうちにアレコレ(小津監督が影響を受けた映画など)検索してみたのです。

あっ!! ありました、ありました。

「映画に狂って・・・」というブログに「映画人たちのオールタイム・ベスト」(個別)という記事があり、そのなかに、ついに見つけました、例の「小津安二郎の10本」。

この「すかあふえいすさん」のブログ内のどの記事も精密な調査の行き届いた素晴らしいものばかりです。

その「小津安二郎が影響を受けた映画」の全文をコピペしてみますね(無許可でスミマセン)。

しかし、この記録の緻密さには、ホント、驚かされますよね。自分などは、ただただ読み飛ばして、あとは、おぼろげな記憶をたよりに思いつくままに勘で書いている始末なので到底この緻密さには及ぶものではありません、あらためて、その資料に取り組む几帳面さと精密な記録に徹するお仕事に敬意を表したいと思います、いえいえ、これは無許可で転載するための言い訳なんかじゃ決してありません、念のため。


≪小津安二郎が影響を受けた映画(2016/12/21(水) 午後 11:56 映画人のオールタイムベスト:個別 映画監督・・・脚本家・映画監督等で活躍した小津安二郎が影響を受けた・好きだった映画のまとめ)
●「映画評論家 岸松雄の仕事」より
結婚哲学 エルンスト・ルビッチ…セックス・コメディ。オーヴァラップ(オーバーラップ、ある画面の上に別の画面が二重に重なり、やがて前の画面が消えていく演出)の使い方の巧さについて
私の殺した男 エルンスト・ルビッチ…シリアスな戦争、戦後、罪の意識
南風 キング・ビダー(キング・ヴィダー)…老後、恋愛。小津が心から感動した作品の一つ。ルビッチ以上に夢中になり演出にも影響を与えるほどだったとか
小判しぐれ 山中貞雄…時代劇。山中とは後に交流を深め、弟のように可愛がる関係に。フィルムは現在行方不明
暗黒街の女 ウィリアム・ウェルマン(ウィリアム・A・ウェルマン)…刑務所、復讐、ギャング、強盗。パラマウント時代のウェルマンは好きだったそうです。「民衆の敵」になると少し泥臭くなってしまったとのこと
ウィリアム・ワイラー
ジョン・エム・スタール(ジョン・M・スタール)
レックス・イングラム
ルイス・マイルストン
ロイドの活動狂 クライド・ブラックマン/ハロルド・ロイド…コメディ、バック・ステージ、映画狂。ロイド作品にしてはギャグが行き詰まっていると言いつつ、キャメラの使い方の上手さについて褒めていました
★常磐木ホテル チャールズ・チャップリン…コメディ…らしいのですが、題名と一致するチャップリン作品の情報を得られず。詳細求む
大久保忠素…師の一人
スットン狂 斎藤寅次郎…コメディ。フィルムは現在行方不明。斎藤とは大久保の下で共に学び、小津にとって兄弟子のような存在だったそうです
人生劇場 内田吐夢
オーバー・ゼ・ヒル(あの丘超えて) ハリー・ミラード
キック・イン(文明の破壊) ジョージ・フィッツモーリス…「懺悔の刃」への影響について
レ・ミゼラブル アンリ・フェスクール…「懺悔の刃」への影響について
豪雨の一夜 ジョン・フォード…「懺悔の刃」への影響について
・その他
暗夜行路 志賀直哉…小説
内田岐三雄…映画評論家。小津のことをデビュー作から評価していた人物の一人。親交を深めたそうです
※小津はルビッチが一番大好きな監督だと語っていました。小津本人はオーヴァラップは嫌いだったそうですが、ルビッチのように「偉い監督が有効に使うと素晴らしい効果があります」とのこと
●田中眞澄による編著「小津安二郎「東京物語」ほか」より
・Hearts of the world(世界の心) D.W.グリフィス…戦争、死。徴兵され戦地で過ごした際に手紙に記した映画の一つ
清水宏…交流の深かった映画監督の一人。口伝えで「朗かに歩め」のアイデアを貰ったそうです
溝口健二
内田吐夢
島津保次郎
マダムと女房 五所平之助…日本映画のトーキー時代の訪れについて
西部戦線異状なし ルイス・マイルストン…戦争。蝶の場面について。徴兵され戦地で過ごした際に手紙に記した映画の一つ。「非常線の女」にもポスターが登場
●「小津安二郎文壇交遊録」より
百万円貰ったら エルンスト・ルビッチ…「東京の女」で引用
結婚哲学
シヴィリゼーション トマス・ハーパー・インス(トマス・H・インス)
山中貞雄
●その他
未完成交響楽 ヴィリ・フォルスト…「一人息子」劇中に引用
明日は来らず レオ・マッケリー…老後、家族。「東京物語」のラスト・シーン
第七天国 フランク・ボーゼイジ(ボザージ/ボザーギ)…「学生ロマンス 若き日」にポスター
スピーディー( Speedy) ハロルド・ロイド…「大学は出たけれど」ポスター
ラヴレター ウィリアム・ディターレ…「風の中の牝雞」ポスター
育ちゆく年 ヴィクター・サヴィル…「風の中の牝雞」ポスター
接吻売ります リチャード・ウォーレス…「風の中の牝雞」ポスター
雨 ルイス・マイルストン…「母を恋はずや」ポスター
打撃王 サム・ウッド/ゲーリー・クーパー…「晩春」で言及していたゲーリー・クーパー主演の野球映画はコレ
乱暴ローシー フランク・ストレイヤー/クララ・ボウ…ボクシング。「朗かに歩め」に出てくるポスター
非常線 ジョセフ・フォン・スタンバーグ…ギャング。小津初期の暗黒街もの(ギャング)への影響
チャンプ キング・ヴィダー…「出来ごころ」として翻案
駅馬車 ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。日本で公開された際、淀川長治に頼まれ溝口健二とともにポスターにコメントを寄せていました
恋人たち ルイ・マル…「お早よう」でポスター
手錠のまゝの脱獄 スタンリー・クレイマー/ネドリック・ヤング…「お早よう」でポスター
切腹 小林正樹…「秋刀魚の味」でポスター
●佐相勉による編集「溝口健二著作集」より
コンドル ハワード・ホークス…脚本を評価していました
●佐藤忠男の著「小津安二郎の芸術」より
チャールズ・チャップリン…サイレントにおける喜劇は最高のものとして評価する一方、トーキーとは融和しないものだと語っていました
市民ケーン オーソン・ウェルズ/ロバート・ワイズ…「大人の見る繪本」以降。かなり高い評価をしていました。従軍関係者向けの上映会で見た作品
小狐 ウィリアム・ワイラー…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
ウエスターナー ウィリアム・ワイラ-…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
嵐が丘 ウィリアム・ワイラー…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
怒りの葡萄 ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
タバコ・ロード ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
我が谷は緑なりき ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
北西への道 キング・ヴィダー…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
レベッカ アルフレッド・ヒッチコック/デヴィッド・O・セルズニック…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
ファンタジア ベン・シャープスティーン/ウィルフリッド・ジャクソン/ハミルトン・ラスク/ウォルト・ディズニー他…「大人の見る繪本」以降。上に同じ≫


ねっ、凄いでしょ、よくぞここまで調べたものと感嘆の思いで読みました、まさに完璧、言うことありません。

ただですよ、冒頭の<「映画評論家 岸松雄の仕事」より>の記事のなかに★印を付した項目、あのチャップリン作品について書かれている部分があるじゃないですか。

つまり、

「常磐木ホテル チャールズ・チャップリン…コメディ…らしいのですが、題名と一致するチャップリン作品の情報を得られず。詳細求む」

と書いてありますよね。へえ~、「詳細求む」ですか、なんか求人広告みたいじゃないですか、しかも、もっか求職中の自分などは、この「求む」の二字に相当ナーバスになっているので、すぐに反応してしまいました、でも要するに、結局のところ「常磐木ホテルのタイトル作品の所在が分からない」ということなのですよね、しかし、こんなふうな投げかけられ方をされたら、どうしても気に掛かってしまって捨て置きにできません。

でも、当初は気楽に「常磐木ホテル チャップリン」とでも検索すれば、なにかしらそれっぽい情報がでてくるだろうなぐらいに安直に考えていたのですが、ヒットしたのは、「チャップリン コネチカット州 アメリカ」という、どうもそういうホテルが米国にあるらしく、分かったのはそれくらいでした、しかし、いまはそんなホテルの記事をのんびり読んで感心している場合じゃありません。

映画のタイトルとはなんの関係もないかもしれませんが、一応、戦前、チャップリンが来日したときに泊まったというホテルを確認したところ、それは「箱根の富士屋ホテル」ですし(東京では、とうぜん帝国ホテルでしょうから)、果たして日本国内に「常磐木ホテル」なるものが存在するのかどうか、徒労を承知で検索をかけてみました。

まあ、結果からいえば、「常磐木」という地名とかはあるものの(滋賀県高島市安曇川町常磐木)、そのものズバリのホテルなんかありゃしません。それにまた、あったとしても、もはやチャップリンとは、なんの関係もないでしょうしね。

まあ、どう考えてもこちら方面には、目ぼしい情報があろうとは思えなくなりました。

しかし、自分がなぜここまで「日本名」にこだわっているかというと、ほら、チャップリンの日本人秘書に高野虎市という人がいたじゃないですか(忠勤誠実な彼の影響でチャップリンは大の日本贔屓になったといわれていますし、その訪日も高野秘書の影響と思います)、その関係から、なんとなく「常磐木」ホテルもそんな感じでスンナリ出てくるような気がしたのですが、やはりダメでした。

地名と「ホテル」の接点らしきものでも見つけられれば、あるいは「常磐木」という言葉の解明の端緒になるかもしれないと考えてアプローチを試みたのですが、どこまでいってもこのライン上には答えは見えてこないみたいですね。

しかし、考えてみれば、チャップリンの作品のなかに「ホテル」を舞台にした作品なら、それこそゴマンとありそうな気がします(なんという題名だったかは忘れてしまいましたが、その中の一シーン、貧しい放浪者チャップリンが、酔ったアル中の富豪に気に入られ意気投合して豪華ホテルに連れられていったものの、いざその富豪の酔いが醒めたら虫けらみたいに追い払われるなんていうのもありました、富豪は酔っぱらった時だけ善人に戻るという辛辣な皮肉です)が、それだってわざわざそこに日本名「常磐木」などという言葉を被せる必要なんてあるだろうか、考えれば考えるほど、その取り合わせの不自然さ、疑わしさからは免れません。

でも、折角ここまで調べを進めてきたわけですから、もう少し先に行ってみますか。

ということで、まずは、キネマ旬報から刊行された「世界の映画監督・19 チャールズ・チャップリン」を引っ張り出しました、そこには「チャップリン全作品解説(内田精一)」という実に118ページにわたる長大にして詳細な解説が掲載されています、もうほとんど書籍1冊分のボリュームという力作です。

そのリストの中に「ホテル」とつくタイトルがひとつだけありました。

作品番号13「半日ホテル(caught in the rain)」(1914)という作品です。1巻ものとありますので、10分程度の短編ものでしょうか。そうそう、この作品番号ですが、最後の作品は81「伯爵夫人」1967となっています。

さて、この「半日ホテル」、原題のcaught in the rain「雨の中の逮捕→とんだ災難のごろ合わせ」からすると、直感ですが、この作品はどうも違うような気がします。

ちょっと解説を見てみますね。

〔解説〕チャップリン最初の主演も兼ねた監督昇進第1回作品。ストーリーは、酔っぱらいのチャップリンが公園であった既婚女性を追い回しホテルの部屋までつけていって、ヒゲむじゃらの亭主に追っ払われる。この女は夢遊病、チャップリンは女を誘導しようとして部屋の窓から転落、怒った亭主やキーストン巡査の追っかけとなって、チャップリン逮捕。表現は、事件の発展につれての寄り目の画面によるカット・バックがダイナミック、テンポが好調で見事、カメラはドラマに溶け込んでいて間然するところがない。演出、演技上、感情の表出もきわめて自然でリアル、夢遊病者の人妻がチャップリンのベッド脇に来たところの描写や表現のデリカシーにはチャップリン・タッチが際立って光っている。エッサネイ=チャップリン映画「アルコール夜通し転宅」作品番号37の一部祖型的作品。

ここまで読んできて、これは違うなと感じたのは、「事件の発展につれての寄り目の画面によるカット・バックがダイナミック、テンポが好調で見事」の部分、小津監督が「ダイナミックなカット・バックによるテンポの好調さ」なんかに感心するわけがないという思いからでした。

他の解説も通して読んでみたのですが、どうもピタッとくるものがありません、正直手詰まりというやつです。

これ以上、検索しても、この先目ぼしい収穫があるとは思えませんので、だいぶ夜も更けてきたこともあり、その日はそれで就寝ということにしました。

明けて翌朝、昨夜だいぶ言葉を工夫してあれこれと検索をかけたので枯渇状態、改めてなにから始めようか、しばらく考え込んでしまいました。

そうだ、そのとき自分は、いままで「常磐木」という言葉を丸呑みして、そのまま使っていたわけですが、これが固有名詞にしろ、元々どういう意味だ、という疑問が湧いてきました。

さっそく、yahooで語句検索にかけてみました。そこには、こう書かれていました。


≪常磐木とは、冬になっても枯れず、落葉しない樹木のこと。常緑樹。常磐(ときわ)は本来は時を経ても変わらない岩石を指すが、常緑の意や永久不変の意でも使われる。「常盤」という字が使われることもある。原語のEvergreenは、常緑樹や常緑多年草など、年間を通して枯れない植物を指す。またこちらも永久不変であることの比喩としても使われる。≫


へえ~、これによると、常磐木の原語はEvergreenなんですって。

じゃあ、ちょっと待ってくださいよ、この当時日本に入ってきた欧米の横文字を日本語に直して表示するとしたら(それは大いに考えられます)、この原題は、さしずめ「Evergreen Hotel」ということになるじゃないですか。そうか、そうか。分かったぞ。

そこで、「Chaplin Evergreen Hotel」の3文字を入れ替えながらメクラメッポウ検索した結果、ありました、ありましたよ。

You tubeにチャップリンの短編ばかりを集めた「Best of Charlie Chaplin The Classic Laugh」というサイトのNo.1~42の内のNo.2に「Breakfast at Hotel Evergreen」3:11という作品がありました。

泊り客のために朝食の用意をしているチャップリンが、同時に自分の朝食を作りながら、ちゃっかり自分の方にだけ、おいしいところを盛ってしまうというコメディです。

そうか、そうか、これなら小津監督が感心したと言われれば、なんか納得できるような気がします。

この作品、自分が調べたリストには掲載がありませんでしたが、推測ですが、たぶん長編を作るための試作(ディテール)みたいなもので、コメディの短編集の中の1本として含まれていたのではないかという気がします。



# by sentence2307 | 2018-12-25 15:15 | チャップリン | Comments(4)

樺太脱獄記

書評は、新聞各社にとって看板記事、いわば、その新聞の「顔」ともいい得るものなのではないかと思います。

読売新聞日曜版の朝刊にも、毎週「書評」の特集が掲載されていて、いつの間にかそれを読むのが日曜日の朝の自分の楽しみのひとつになっています、いわば欠かせない日曜日のルーティンと言っても過言ではありません。

でも、つねにのんびりと新聞を読んでいられるようなときばかりではないので、朝から多忙でワサワサしているようなときもあります、そんな忙しさに取り紛れて、新聞などあとでゆっくり読めばいいかと後回しにしたりすると、そのことがいつまでも気に掛かって、気分的になんだか落ち着きません。

というか、言い方としては、ちょっと奇異に聞こえるかもしれませんが、「気持ちが悪い」という感じが、いちばん近いような気がします。

最近でも、大いにインスパイアされた書評があったので、その記事を読み直しながら要所に線を引いていたら、全体のほぼ五分の四を傍線で埋め尽くしてしまいました。

こういうすぐれた書評を、以前なら切り抜いてノートに貼り込んだり保存箱に仕舞っていたりしたのですが、結局、仕舞いっぱなしで、そのまま読み返すこともなくゴミになってしまうことが多いので、それは止めて、そういう記事に出会ったら、即「文字化」することに決めました。

つまり、そのとき受けた感興を、自分の文章にして「消化」してしまうことにしたのです。

そして、それが無理なく実行できるいちばん相応しい場所が、このブログに書き込んでしまうことだと思いつきました。

思い立ったが吉日ということで、最近気になった書評からさっそく実行しようと思います。

書評に紹介されている書籍の書名は、「ヒトラーのモデルはアメリカだった」(みすず書房)という本で、著者は、ジェイムズ・Q・ウィットマン(米国、イェール・ロー・スクール教授)、そしてこの書評の執筆者は藤原辰史准教授(京大)です。

こんな感じです。

≪本書は、こうしたナチスの暴力の根拠となった人種主義のアイディアの最大の源泉がアメリカであると主張する。私たちがいまなお政治、経済、軍事的に強く依存し、その文化を存分に味わっている、好感度の高い国である。ヒトラーは、「数百万人ものインディアンを銃で撃ち殺して数十万人まで減らした」としてアメリカへの賛美を惜しまなかった。ナチスは、人種法を制定するにあたって、アメリカの移民法や異人種間の結婚に重罰を与える法律、黒人の選挙権の制限、移動の自由の制限、職業の選択を制限する制度を学び、それを人種法構築に応用したのだった。

ナチスの著述家たちはアメリカを「移民立法を通じてその血をよみがえらせようとしている」と褒めたり、「自身の至上性を維持」しそれを未来永劫確保するために「外国人種分子の流入を防ぐ」ことに共感を示したりする。アメリカの白人至上主義がなければ、ナチスはこれほどまでにエスカレートしなかったかもしれない、と思ってしまうほどだ。

本書の分析のなかで重要なのは、こうした民主主義国家と独裁国家の法的な親和性だけではない。アメリカとナチスを支える社会心理的基盤の共通性を分析していることだ。階級意識の強いヨーロッパと異なり、「最下層の者でも才能さえあれば」上り詰めることができるアメリカン・ドリームは「白人の平等主義」と表裏一体だったが、実はヒトラーもまたアーリア人であれば貧困から救出することを約束した。民主主義とナチズムの相違点と類似点。現代史の核心を衝く論点である。≫

なるほど、なるほど。

アメリカの白人至上主義と人種差別が、ナチズムの思想的基盤を形作り支えていたとは、実に驚くべき明晰な分析じゃないですか。感心しました。いやいや、これだけの傑出した書評を読めば、もう一冊の本を読了したのとナンラ変わりません。いやいや、たとえ一冊の本を読んだとしても、自分がこれだけ簡潔に理解できるかどうか、どう考えても無理な話です。

とまあ、こんな感じで書評をアレコレいじりまわして楽しんでいるわけですが、本当のところをいえば、そりゃあ新聞に掲載されている書評ですから、いまこの瞬間に世界で起こっている問題を取り上げている最新刊の書籍の紹介や書評もそれなりに貴重で魅力的なのですが、自分としてはむしろ、ある程度時間が経過して評価が定着している明治から昭和初期にかけての名作小説の記事とか、かつての文豪たちの紹介など幾分古びた話題の方がどちらかというと好ましいので、そちらの方の記事を積極的に読んでいます。

思えば、「映画」についても、そういうことが言えるかもしれませんよね。

wowowなどで2016年~2018年あたりの最新作ばかりを毎日毎日追いかけて見ていると、なんだか目まぐるしくって、それなりの「感動」というものは、もちろんあるのですが、そのうちになんだか気持ち的にパサパサに乾いてしまうような飢餓感みたいな強迫観念を抱いてしまい、その切迫感に追い立てられるのに耐えられず、そんなときは少し古い時代の名作映画を見て癒されるというか、充電して気分を一新させています。

例えば、つい最近も、久しぶりに清水宏監督の「信子」1940(神保町シアターで「清水宏と小津安二郎」の特集上映をしていますよね)を見て、「当時にあって、現在にないもの」を実感しました、こういう気分はささくれだった最近の映画からは決して得られるものではありません。

地方出身の若い女性教師(高峰三枝子)が、その方言を都会の洗練された生意気な女生徒(三浦光子)から嘲笑され、いびられて、その悔しさのあまり泣き崩れるのですが、それが意外にも見た目ほどのダメージではないらしく、むしろ継母に心を開けないまま荒んでしまった女生徒の孤独を理解してあげて逆に改心させてしまうという、現在から見るとなんとも無防備で超楽天的な不思議な映画でした(獅子文六の原作で、漱石の「坊ちゃん」の逆バージョンらしいことは分かるのですが、なにせ設定に無理があってホコロビが見えてしまい苦笑するような場面もあちこちにあります)、いまならもっと陰湿で深刻な感情問題とか人権問題が絡んできて、とてもじゃありませんが、こういう軽い結末には到底なりようがないと思う反面、現代のすっかり歪みきってしまった人間関係というものを逆に痛感した次第です。

たぶん、そう感じてしまうのも、自分の考え方とか価値観が、いまの時代の「それ」と少しずつズレ始めているからだと思いますけれども、だからなおさら「信子」みたいな、清水宏監督作品の安心できる映画が必要なのだなと自分的には考えています。

いまさら映画に社会悪をえぐったり、深刻な怒りで絶叫したりするような内容を求めようとも思っていませんし。なんだか最近、小津監督の晩年の境地に近づいているんじゃないかと我ながら思うこともあります。

しかし、このプログラムの冒頭によりにもよって清水監督の最高傑作とはいいがたい「信子」持ってきた神保町シアターの姿勢にはある意味感心するものがありました。

だって、プログラムの最初を飾る作品なのですから、ここは一発ガツンと「有りがたうさん」とか「風の中の子供」とか「按摩と女」とか「みかへりの搭」とか「簪」とか「女医の記録」とかを持ってくるのが普通じゃないですか。それをよりにもよって、フィルム状態だって万全とはいいがたい「信子」を持ってくるなんて、意外性を突いた見上げた見識だと思いました。

ちょっと寄り道をしてしまいました、例の書評の話に戻りますね。

先月末、脇に退けて置いた例の「読めないまま、後回しにした書評欄」というのが、ずっと気に掛かっていたのを遂に引っ張り出して読みはじめました。

なぜ、その新聞を忘れずに覚えていたかというと、≪「夏目漱石と森鴎外」のどちらが好みか≫という見出しがとても気になっていたからです、あとで是非とも読まなければなと思ったからでした。

自分は、漱石も好きですし、鴎外のものも「文学全集」などに掲載されている作品くらいなら、ひととおり読んでいるつもりです。

ということで、楽しみにその記事を読み始めたのですが、その内容というのが、どの図書目録にも掲載されているような、なんとも新鮮味のない代表作の羅列に過ぎないので、少しがっかりしてしまいました。

舞姫、文づかひ、山椒大夫、高瀬舟、最後の一句、寒山拾得、雁、阿部一族

なるほど、なるほど、こうしてラインアップすると、鴎外の作品というのは、ずいぶんと生真面目で堅苦しい小説ばかりなんだなあと、いまさらながら思います。

映画化された作品「山椒大夫」「雁」「阿部一族」は、なんといっても巨匠たちの名作映画ばかりなので、映画の方は繰り返し見ていますが、しかし小説自体は、たぶんその重厚な堅苦しさもあって自分も二度まで読んだ小説は、たぶんないと思います。

しかし、ただ、それだけなら、「夏目漱石と森鴎外」という見出しから、それがどういう内容の記事かとか、あるいはどういう作品が取り上げられているかなど、わざわざ確認する気にもならなかっただろうと思います。

実は、自分は、むかしから鴎外の翻訳ものをとても面白く読んでいて、いまでも折に触れて読んでいるという意味では、愛読書と言ってもいいかもしれません。

手元にある岩波書店刊「鴎外選集」でいえば、第14巻、第15巻の「諸国物語」というのがそれに該当します。

「えっ!! そりゃあダメだわ、翻訳なんか、いわば他人の作品の紹介にすぎないわけでしょう。そういうのはオリジナルとはいわないから。だめだ、だめだめ」

まあ、そりゃあそうかもしれませんが、鴎外が、欧米のもろもろの社会情勢や文学事情を紹介した「椋鳥通信」として書き続けた仕事は、まだまだ海外の事情に疎かった日本の民衆や作家たちに与えた影響は計り知れないものがあって(芥川龍之介なんかにね)、それは同時に、当時の欧米の世紀末的な文学状況を紹介し、日本の社会に多大な影響を与えたことを考えれば、この貴重な仕事の考慮と評価を欠くとすれば、森鴎外という作家の位置と役割と見損なうことにはならないかと危惧しているくらいです。

ちょっと、その内容というのを紹介しますね。


「鴎外選集 第14巻 諸国物語・上」(岩波書店)
尼(グスタアフ・ヰイド)
薔薇(グスタアフ・ヰイド)
クサンチス(アルベエル・サマン)
橋の下(フレデリツク・ブテエ)
田舎(マルセル・プレヲオ)
復讐(アンリ・ド・レニエエ)
不可説(アンリ・ド・レニエエ)
猿(ジユウル・クラルテエ)
一疋の犬が二疋になる話(マルセル・ベルジエエ)
聖ニコラウスの夜(カミイユ・ルモンニエエ)
防火栓(ゲオルヒ・ヒルシユフエルド)
己の葬(ハンス・ハインツ・エヱルス)
刺絡(カルル・ハンス・ストロオブル)
アンドレアス・タアマイエルが遺書(アルツウル・シュニツツレル)
正体(カルル・フオルミヨルレル)
祭日(ライネル・マリア・リルケ)
老人(ライネル・マリア・リルケ)
駆落(ライネル・マリア・リルケ)
破落戸の昇天(フランツ・モルナル)
辻馬車(フランツ・モルナル)
最終の午後(フランツ・モルナル)
襟(オシツプ・デユモツフ)
パアテル・セルギウス(レオ・トルストイ)


「鴎外選集 第15巻 諸国物語・下」(岩波書店)
★樺太脱獄記(コロレンコ)
鰐(ドストエフスキー)
センツァマニ(マクシム・ゴルキイ)
板ばさみ(オイゲン・チリコフ)
笑(アルチバシエツフ)
死(アルチバシエツフ)
フロルスと賊と(クスミン)
★馬丁(アレクセイ・トルストイ)
うずしホ(エドガア・アルラン・ポオ)
病院横町の殺人犯(エドガア・アルラン・ポオ)
十三時(エドガア・アルラン・ポオ)


と、こうあるのですが、読んでいて思わず「黒澤明」を思い描いたロシア小説が2作ありました、「★」印を付けた作品です。

コロレンコの「樺太脱獄記」は、定職も住む家もない貧しい乞食同然の流れ者たちが、ロシア本土で犯罪をおかし、樺太の監獄に囚人として送られてくるのですが、厳寒の地での看守たちの過酷な扱いに堪えられず、ついに集団脱獄を果たして、数々の要所を警戒する官憲の手を辛うじてのがれながら、遂に逃げ延びるという波乱万丈のストーリーです。たとえロシア本土に帰っても、しょせんは無一文の流れ者の身にすぎず、また犯罪を重ねなければ生きていけないことは十分に分かっていても、それでも自由の身になりたいと過酷な脱出をやりとげるその姿には、なにか神聖なものを感じてしまいました。

アレクセイ・トルストイの「馬丁」は、ある日、自分の牧場から自慢の名馬が盗まれ(見張りの男は居眠りをしていたから気づかなかったと証言します)、どうしても諦めきれない牧場主は、ある土地で大きな「馬市」が開かれると聞き込み、その市には各地で盗まれた馬が持ち寄られるという噂話を頼りに、馬を探す旅にでます。そして、その市で牧場主は自分の馬を見つけます。盗んだ男は、その土地でも数々の悪さを重ねていて、タチの悪い盗人として反感をかっていることから、この事件を切っ掛けにして土地の百姓たちになぶり殺しにされてしまいます。牧場主は自分の馬を引いて牧場に戻ってきますが、そこで見張り番をしながら馬を盗まれた男を問い詰めます。問い詰められた男は逆上し、あの馬市で百姓たちになぶり殺されたのは自分の息子で、自分が手引きして馬を盗ませたのだと叫び、憎しみに燃えて牧場主を殺そうと襲い掛かってきます。二人の争う声を聞きつけて牧場の人間が駆けつけ、牧場主はかろうじて助かります。牧場主を殺しそこなった男は、憎悪と殺意にみちた叫び声をあげながら、裸馬に乗って脱兎のごとく走り去っていきました。

どうにか要約してみたのですが、この小説の荒々しさと広大さとが、うまく表現できないので、「解説」の該当箇所をちょっと引用させてもらいますね。

≪コロレンコによる樺太と東シベリアの描写からは極寒の北陬の荒い風土とそこに生きる囚人や半ば流人であるともいふべき寂しい開拓者たちの、あきらめに裏打ちされた深いため息が立ち昇ってくる。また、アレクセイ・トルストイはロシアの大平原に文明の秩序も社会通念も無視し蹂躙して野獣のやうに生きる土民の、恐るべき生活力を容赦のないリアルな筆致で描いている。ともにロシアの途方もない大きさと底知れぬ険しさ荒っぽさを如実に体現し得た作品である。これがロシアなのだ、といふ鴎外の感嘆と、その感嘆をなんとかして日本の読者に伝へてみたいといふ熱情が堅く凝縮したやうな剛直の文体であると評してよいだらう。(小堀桂一郎)≫

この2作品の解説を読みながら、自分は、黒澤監督の「デルス・ウザーラ」のことを考えていました。

「七人の侍」のような豪快な作品を撮っていた黒澤監督が、果たしていつから、撮るべき作品を選び誤ったのか、とその晩年にはつい考えてしまう時期が続きました。

思い返せば「赤ひげ」も「どですかでん」も、明らかに素材の選択を誤ったと感じました。

「ヒューマニズム」も「市井に生きる庶民の哀歓」もその「色彩」でさえも、別に黒澤明が撮らなくたって、もっと器用に上手に撮ることのできる映画監督なら日本にはたくさんいるわけだし、黒澤明は、黒澤明でなければ撮れない映画だけをどうして撮れないのかと考えたものでした。

粗野で荒々しい野獣のような小説、「樺太脱獄記」や「馬丁」を読みながら、黒澤監督は、なんでよりにもよってあまりにも静謐なあの友情物語「デルス・ウザーラ」なんかを選んだのだろうかと、ちょっと疑問を感じてしまいました。



# by sentence2307 | 2018-12-18 23:28 | 映画 | Comments(0)

春の悶え

むかし、といっても小学校の上級年くらいからのことだと思いますが、大人の誰彼に映画館に連れて行ってもらって観た映画の一シーンとか、当時のテレビで放映された映画の断片的なシーンをふいに思い出すことがあり、「あれって、いったいどういうタイトルの映画だったのか」とたまらなく知りたくなることがあるのですが、しかし、多くの場合は、それが前後の脈絡が断たれたぶつ切りのワンシーンにすぎないために、それをたどってタイトルを調べあげるなど(俳優の容貌から国を想定したり、ストーリーからジャンルにあたりをつけても)到底不可能、それこそ雲をつかむような話で、結局のところどうにも調べようがなく、仕方なくあきらめて、そのうちに「知りたい」と思ったこと自体もいつの間にか忘れてしまうなんてことが、いままでもよくありました。

しかし、そんななかでも、記憶に残る強烈な印象のシーンを手掛かりにして、いろいろと調べていくうちに、ついに実体の伴うタイトルに行き当たった映画というものも、ごく稀にですがありました。

そういう作品のひとつにアルネ・マットソンというスウェーデンの監督の「沈黙の歓び」1962という作品があって、その探索のイキサツを、少しむかしになりますが、このブログに書いたことがあります(2008年6月7日付)、そしてここ最近にきて、多くの方からこの「沈黙の歓び」にアクセスをいただいて、当初は「なんでだ?」と訝しく思いながら検索してみたところ、やっと分かりました。

いま、国立映画アーカイブで「スウェーデン映画への招待」というタイトルで11月27日から12月23日までのあいだ、特集上映をやっていたんですね、はじめて知りました。

なるほど、なるほど、それでこの「沈黙の歓び」が、国立映画アーカイブで上映されるのかと早合点し、アーカイブのサイトで上映プログラムを確認してみたところ、当の「沈黙の歓び」は上映予定にないことも知りました、ここでまたまた新たな壁にぶち当たったというわけです。

しかし、この「疑問」に付き添って、さらにまた、ずるずると調べをすすめていったら、なんだか途方もない迷路とか隘路とかの深みに嵌まり込んでしまいそうな不吉な予感がします、きっと、以前の自分なら、まあここらあたりで、とりあえず「まっ、いいか」と早々に切り上げて、この先に踏み込むことなく(面倒くささを敬遠して)、さっさと諦めてしまうところなのですが、しかし、なんといってもこの映画には、以前、記憶の中に埋もれていて、その「身元」さえ不明のまま永遠に失いかけていたものを苦労して発掘したという経緯があります(忘却の中から「掘り返した」という意識が強いので)、それを考えれば、自分にとって特別な意味を持つこの映画「沈黙の歓び」です、ここはまあひと汗かくのもいいかなという気持ちで、プログラムに掲載されてある作品の監督名をひとつひとつ当たり「アルネ・マットソン」という名前があるかどうかを確かめてみることにしました。

それにしても「しんどい仕事」ですが、まあ「コピペして不要部分を削除」という回りくどい作業をするくらいなら(実際、過情報のデジタルというのは、かえってそういう煩雑さってありますよね)、地道にひとつひとつアナログ的に潰して見てしまった方が、逆に能率的にも優れているように思います、いえいえ、皮肉なんかじゃありません。

それに、いざ作業にかかってしまえば、なんていう手間でもありませんし。自分は以前にも、似たような仕事をしていましたから。

そうやって、一作ずつ監督の名前を確認していくうちに、ついに「アルネ・マットソン」の名前に行き当たりました。

「春の悶え」1951という映画を監督したと記載されています、まあ、リストには、アーネ・マットソンという表記になっていましたが。

この「春の悶え」がアルネ・マットソンの作品だと知ったとき、思わず「えっ、え~!!」と驚いてのけぞってしまいました。

「らしくない」という意外さが、まずありました、不意打ちをくらって、まさに衝撃といっていいサプライズだったからでしょうか、だって、あの孤独の青年の破綻を描いた「沈黙の歓び」と、自分の知っている淫らっぽい(正直、そういう印象でした)「春の悶え」では、イメージとして天と地ほどの差があるように思えたからだと思います。

実は、この「春の悶え」が日本で公開された当時の世情(雰囲気みたいなもの)というのを自分はよく覚えています。

いやいや、ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したこの秀作を日本の配給会社がどのように煽情的に宣伝し、そして世間がどのように淫らがましく受け止めたか、その淫猥な紐帯で意思統一して身構えた配給者と鑑賞者の日本では、この作品をどのように受け入れたのか、その雰囲気というのを自分はよく覚えていたのです。

この映画を語る時の大人たちは、淫らな薄ら笑いを浮かべながら、人差し指と中指のあいだから親指を淫猥にのぞかせたいやらしい下卑たサインを示し「あの」映画のことを淫猥な興奮に上気して話していたのも知っています。

それに街の隅々、あらゆる電信柱とか掲示板には、まばゆいような半裸の少女のポスターが貼られ、その逆光に輝く美形の少女は、全裸が透けて見えるような薄物の服をハダケルように着て、顔だけは背けながらも、しかし、ふくらみかけた胸を恥ずかし気に両手で隠している、そんな煽情的なポスターだったと記憶しています、そしてそのポスターも貼ればたちまち剥ぎ取られて盗まれてしまうというスキャンダラスな噂話までもがまことしやかに報ぜられたことも記憶しています。

ポスターに象徴されたこのような扱いは、この秀作映画にとっても、また、思春期にあった少年たちにとっても、じつに過酷な受難であり試練だったに違いありません。

しかし、逆に、この映画が、それなら「愛こそすべてだ」と高邁に描いているのかというと、当時にあっても、そうとまでは言えないのではないかという印象を持ちました。

実は、このコラムを書く前に、ネットでこの映画に対する2、3の感想を読みあさりました。いまの若い人たちが、この映画をどういうふうに受け止めているのか、少なからず興味がありました。

しかし、もともと、この作品が超レアな作品(ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作なのにね)ということもあって、感想自体もごく少ないのですが、代表的なものをちょっと引用させてもらいますね。それはこんな感じでした。


≪愛の前では、どんな教義も説教も全て効力を持たない。
愛を交わし語り合う若者に対して世間が持つイメージが淫靡であるように感じることがある。
愛ってそんなものなのでしょうか。
「汝の隣人を愛せよ」とキリスト教の有名な言葉があります。
それなのに、この作品で登場する神父は、若い二人が道を間違えるだろうということで引き離そうとします。
これは「若年者をコントロールしたい」という欲求があるから起こるものなのかな、と感じました。
思い通りに行かない若者を「懲らしめてやろう」ということです。
大人というものは、若者に対する偏見を持ってしまうことが多い。
それは何故か?
若さゆえの心の素直さへの「嫉妬」、はたまた年長者である自己の支持従わないことへの「怒り」、そして若さへの「羨望」。
あげたらきりが無いのかも知れないのだが、この作品にはその滑稽なまでの姿が当然の様に描かれるのだった。
ラストの葬儀のシーンでの神父と若者の顔つきの違いをとくとご覧いただきたい。
両者の表情は単純な老若でも、美醜でもないなにかが違う。
それは魂を、生を生き切る姿の違いから来る輝きなのかも知れない。
邦題が作品のカラーに合っていないので、タイトルで敬遠してしまう方がいるだろうと思うと大変残念です。≫


なるほど、なるほど、そういうことですか。

ここに書かれていることは、おおむね理解できますが、世間では、「若さがすべて、愛がすべて」と素直に妄信している人たちばかりでは、必ずしも「ない」ことは、容易にネットでも知ることは可能です。

以下は、自分が読んだうちのこの作品の解説として一般的なスタイル(ステレオタイプとまではいいませんが)だと思うので、ちょっと紹介しておきますね。


≪逆光の中で湖畔での若い男女の全裸のラブシーンが「セックス王国スウェーデン」の名をスキャンダラスに高めることになり大ヒットしたが、美しい自然描写と性的な自由さという、スウェーデン映画の一般的イメージを確立した作品でもある。この全裸シーンは輸出先の国の検閲の程度に合わせて大胆なものからおとなしいものまで3種類撮影されたというが真相は不明。日本ではむしろ「処女の泉」の強姦シーンがカットされたというところに、その後の擬似検閲の問題の始まりがあった。しかし、全篇を支配するのは、教会に代表される旧道徳に縛られた農村社会と、都市文化の流入によって、一瞬の青年期を燃焼し尽くすかのように純粋に異性を求めようとする若者たちとの、熾烈な世代間闘争のドラマである。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞。1954年日本公開。≫


ほらほら、あるじゃないですか、これですよ、これ。

「全篇を支配するのは、教会に代表される旧道徳に縛られた農村社会と、都市文化の流入によって、一瞬の青年期を燃焼し尽くすかのように純粋に異性を求めようとする若者たちとの、熾烈な世代間闘争のドラマである。」

ここには「愛こそすべて」ばかりじゃない、さらにハイブローらしきことが書かれているにしろ、しかし、それにしても自分がこのステレオタイプの解説で興味をひかれたのは、むしろその前半部分に書かれてある箇所でした。

「逆光の中で湖畔での若い男女の全裸のラブシーンが「セックス王国スウェーデン」の名をスキャンダラスに高めることになり大ヒットしたが、美しい自然描写と性的な自由さという、スウェーデン映画の一般的イメージを確立した作品でもある。この全裸シーンは輸出先の国の検閲の程度に合わせて大胆なものからおとなしいものまで3種類撮影されたというが真相は不明。日本ではむしろ『処女の泉』の強姦シーンがカットされたというところに、その後の擬似検閲の問題の始まりがあった。」

この一文、どこかで読んだ記憶があるぞという気がしたので、書棚の本を片っ端から漁っていくと、ありました、ありました、キネマ旬報の「世界の映画作家34 ドイツ・北欧・ポーランド映画史」の219ページ中段~下段に、このようなマンマの記述がありました。

「アーネ・マットソン(1919~)の「春の悶え」1951は、逆光の中であるとはいえ、若い男女の全裸シーンのおかげで「セックス王国スウェーデン」の虚名を高めることになった。そのシーンは輸出先の国の検閲の程度に合わせて大胆なものからおとなしいものまで3種類撮影されたというが真相はわからない。日本ではむしろ『処女の泉』の強姦シーンがカットされたというところに、その後の擬似検閲の問題の始まりがあった。」(三木宮彦「北欧映画史」より「復活した北欧映画」)

あるいは、こんな一文も見つけました。

「シェーベルイ監督の『もだえ』1944のシナリオライターとしてデビューし、50年代半ばに『不良少女モニカ』『道化師の夜』ともに1953、『夏の夜は三たび微笑む』1955などで世界を驚かせたイングマル・ベルイマンが、スウェーデン映画の神秘主義を一身に背負って今日に至っている。ギリシア神話のダフネスとクロエの物語を純潔な官能美で満たした北欧版アルネ・マットソン監督『春の悶え』1951の大ヒット以来、スウェーデン映画はセックスの氾濫時代を迎えるが(その頂点がビルゴット・シェーマン監督『私は好奇心の強い女』1967)、ベルイマンはそうした流行とはまったくかかわりなく、『沈黙』1963に見られるようなセックスと神,すなわち肉欲と信仰の葛藤をテーマに映画をつくり続け、60年代末には『ベルイマンの神秘主義』に反発してフランスのヌーヴェル・ヴァーグの感覚を意識的に採り入れ、抒情性と社会性をミックスした映画をめざした新鋭監督ボ・ウィデルベルグ(『みじかくも美しく燃え』1967、『ジョー・ヒル』1971)などの登場が注目されたものの、やはり、その豊饒な創作活動と息の長いキャリアで巨匠・ベルイマンの位置は不動のままである。
なお、グレタ・ガルボを筆頭に,『第二のガルボ』といわれたイングリッド・バーグマン、アニタ・ビョルク、ビベカ・リンドフォース、ビビ・アンデルソンといったスウェーデン女優がハリウッドに輸入されたが、なかでもガルボとバーグマンはハリウッドの女優史の中核をなす重要な存在になった。」

こういう一文を前にすると、なんだかベルイマンの方へ持っていかれそうになりますが、ここはこらえてアルネ・マットソンに拘りたいと思います。

とはいえ、「アルネ・マットソン」というキイワードで検索してみても、その結果が惨憺たるものであることは経験済みです。
せいぜいのところ、≪出生地・スウェーデン、生年月日・1919年12月2日 いて座、没年月日・1995年6月28日(享年75歳)≫くらいしか存在しません。

そもそもこの監督、キネマ旬報社の「世界映画人名事典・監督(外国)編」に掲載がありません、ネットが、原本があってのコピーで成り立っている砂上の擬似(偽造)楼閣みたいなものとの認識はありましたが、しかし、ここまでひどいとは。

オリジナルなどなにひとつ存在しない、もう最初からナニオカイワンヤという感じです。国民性を考えると、著作権無視のコピー帝国・中国においてネット社会が大繁栄するということが、なんだか実感をもって深く納得できてしまう事態だと思いました。

そのなかでも、「沈黙の歓び」や「春の悶え」を含んだマットソン監督作品というのが幾本かヒットしましたので(たったのこんだけ!!)、あげておきますね。


★春の悶え
ペロロフ・エクストラームの小説「彼女は一夏しか踊らなかった」からW・セミチョウヴが脚色、新進アルネ・マットソンが監督したスウェデン映画1952年作品。撮影は「令嬢ジュリー」のイエラン・ストリンドベルイ、音楽はスヴェン・シエルドで52年度カンヌ映画祭において音楽賞を獲得した。主演はフォルケ・サンドクィスト、ウラ・ヤコブソンで、以下「愛欲の港」のベルタ・ハルとエリック・ヘル、エドウィン・アドルフソン、イルマ・クリステンソンらが助演する。
中学を終えたイエーラン(フォルケ・サンドクィスト)は夏休みに田舎の伯父の農園に行き、隣家の娘シエルスティン(ウラ・ヤコブソン)と遊び友達になった。処が頑迷な村の老人達はこの健康な若者達の行動に眉をひそめ就中牧師はことごとに彼らを攻撃した。シエルスティンの父母も娘の教育に関しては厳格をきわめ、若い二人はやっと伯父の理解で農園の納屋を解放して貰っていたが、ここで若者達の芝居をやろうという計画も、事故による伯父の重傷や二人のデイトが娘の義母に発見されたことなどからオジャンになった。娘は遠くの農家へ送られ、恋の想いに堪えられなくなったイエーランは彼女を追って森の中で再会、二人はすべてを忘れて恋に酔った。イエーランは町の両親の許に連戻されたものの再び学校を脱出して村へ戻り、納屋が牧師の指金で焼かれたので、他場所で芝居を敢行した。しかし幸福も束の間、その帰途二人をのせたオートバイが転覆して、重傷を負ったシエルスティンの若い命はうばわれた。葬儀の日、参列したイエーランが受けたのは牧師の嘲笑であった。堪えかねた彼はひそかに墓地を脱け、悄然と思い出の森の湖畔に立って、二度と帰らぬ恋に泣いた。
(1951ノーディスク・トーネフィルム)監督・アルネ・マットソン、脚色・ヴォロージャ・セミチョフ、オーレ・ヘルボム、アルネ・マットソン、原作・ペロロフ・エクストラーム『彼女は一夏しか踊らなかった』、製作・レナート・ランドハイム、撮影・イョーラン・ストリンドベルイ、音楽・スヴェン・シエルド、編集・レナルト・ウォーレン、美術・ビビ・リンドストルム/プロダクションデザイン
出演・ウーラ・ヤコブソン(Kerstin)、フォルケ・スンドクヴィスト(Goran)、エドヴィン・アドルフソン(Anders Persson)、イルマ・クリステンソン(Sigrid)、ヨン・エルフストローム(The Priest)、ニルス・ハルベルグ(Nisse)、グンヴォール・ポンテン、ベルタ・ハル(Anna)、ゴスタ・グスタフソン(Berndt Larsson)、エリック・ヘル(Torsten)、ステン・マットソン(Olle)、アルネ・シューレリュード(Viberg)、ステン・リンドグレン、エーリヒ・コンラッド、オラヴ・リエゴ、カルル・グスタフ・リンドステット、クリスティナ・アドルフソン、ジョン・メラン、ジャン・サンドクイスト、John Elfström、Nils Hallberg、Arne Källerud、Axel Högel、Hedvig Lindby、Margaretha Löwler、Ulla-Bella Fridh、Ejnar Haglund、Ingemar Holde、Gustaf 'Stålfarfar' Håkansson、Gunilla Pontén、Birgitta Wetterhall、
(日本公開年1954.3.6  110分・スタンダード(1:1.37)、モノクロ 35mm)


★沈黙の歓び
ラルス・フォルセルの原作をエヴァ・ゼーベルグが脚色し、アルネ・マットソンが監督した。撮影はアーケ・ダルクビスト、音楽はウルリク・ノイマンが担当。出演はこの映画で63年度スウェーデン・フィルム・アカデミーの最高演技賞を獲得したペール・オスカルソン、ジオ・ペトレほか。製作はローレンス・マルムステット。
この若い男(P・オスカルソン)は百貨店の夜警である。彼は毎夜、空虚な店内に投げ出されてあるマネキン人形の群を見ているうちに、いつしかその中のひとつに烈しい恋をした。彼には生身の女性よりもマネキン人形の方がはるかに美しく理想的に見えた。そしてついにある夜、彼はその人形を盗み出し、自分のアパートの部屋へ持ちこんだ。一瞬にして殺風景な男の部屋に花が咲いたようになった。彼はその人形を狂おしく愛撫した。そして沈黙の支配する中で彼は生れて初めて愛する歓びを知った。ある夜、固く動かなかったマネキン人形(G・ペトレ)が彼の愛撫に応えた。アパートの住人たちは彼の不可解な様子をいぶかった。ひとりの荒くれ男は、好奇心をおさえかねて、夜警の部屋におしいった。男がベッドの中に見たのは冷たい石のマネキン人形だった。仕事から帰ってきた夜警は皆から笑われ、その上人形をぶちこわされてしまった。愛人をこわされ、夢を破られた男は怒り狂い拳銃でその男を殺そうとしたが、失敗した。夜警の部屋には、手も足も胴もバラバラになったマネキン人形が散らばっていた。だが暗い片隅にころがっている首だけが、ニコッとほほ笑み、夜警の愛撫を求めていた。
(1963スウェーデン)監督・アルネ・マットソン、脚色・エバ・ゼーベルグ、原作・ラルス・フォルセル、製作・ローレンス・マルムステット、撮影・アーケ・ダルクビスト、音楽・ウルリク・ノイマン、
出演・パール・オスカーソン(Nightwatchman)、ジオ・ペトレ(The Doll)、トル・イセダル(Barber)、Elsa (PrawitzLandlady)、ベント・エクルンド(Caretaker)、MalouYoung(Girl)、ミミ・ネルソン(The Mother)、Ric Axberg(Young Son)、Dagmar Olsson(Charwoman)、
配給・NIC、1966年公開


★断罪
ユングベ・リットケンスの同名小説を「愛のレッスン」に出演したエヴァ・ダールベックが脚色し、「沈黙の歓び」のアルネ・マットソンが監督した作品で、犯罪実話の映画化。撮影はラース・ビヨルネ、音楽はゲオルク・リーデル。出演は「沈黙」のグンネル・リンドブロム、「禁断」のクリスティーナ・ショリン、新人エスタ・エクマンほか。製作はローレンス・マルムステット。
スウェーデン南部のある農家。近所づきあいも悪く、意地のきたない女アンナ(G・リンドブロム)は、年頃になった息子のヤン(G・エクマン)に何とか嫁をとらせようと、八方手をつくして探し廻ってみたが、そう簡単には見つからなかった。それというのもアンナとヤンの不倫な関係が噂にのぼっていたからである。だがアンナの念願がかなって、やっと近くに住む地方判事の娘ハンナ(C・ショーリン)を迎えることが出来た。息子を溺愛し、彼と肉体関係まで結んでいたアンナは、結婚後三日とたたないハンナを執念深く、皮肉たっぷりにいじめ始めた。ある日母子の破廉恥な行為を目撃したハンナはあまりの恐ろしさに気も転倒したが、何時かはヤンも自分のところ戻ってくると信じ、虐待にじっと耐えた。だがアンナの仕打ちは日増しに度を越すばかりであった。そしてアンナは息子との関係を続けていくのにどうしてもハンナが邪魔だと知るや、息子と共謀して一八八九年三月も終りに近づいた日の深夜、ひそかにハンナを殺害し、近所の人びとには誤って地下室へ落ちて死んだとふれ歩いた。裁判にのぞんでもアンナとヤンは、根も葉もない嘘をならべたて無実を証明しようとした。だが結局は判事の巧みな誘導尋問が彼らの罪をあばくことになった。かくして実子に相姦を強要し、結婚後に夫婦の関係を禁じていた世にも恐ろしい母親アンナは、スウェーデン最後の女子死刑囚として、無残にもナタで首を断たれた。しかしヤンは村人の協力でかろうじて無罪となった。
(1966スウェーデン)監督・アルネ・マットソン、脚色・エバ・ダールベック、原作・ユングベ・リットケンス、製作・ローレンス・マルムステット、撮影・ラース・ビヨルネ、音楽・ゲオルク・リーデル、
出演・グンネル・リンドブロム(Anna)、クリスティナ・ショリン(Hanna)、エスタ・エクマン(Jan)、Elsa Prawitz
配給・松竹映配、1967年公開


★慕情のひと
「春の悶え」のアルネ・マットソンが脚本・監督を担当した純愛ロマン。撮影はラース・ビヨルネ、音楽はモーツァルトの『クラリネット五重奏曲イ長調』と、ヨハン・シュトラウスの『ウィーンの森の物語』を使用。録音はラルス・クレットナーとハンス・アンデルソン。出演はノルウェー出身の歌手グリネット・モルビグ、新人ビヨルン・タンベルト、「春の悶え」のフォルケ・サンドクィストとウラ・ヤコブソンほか。
青年クリステル(B・タンベルト)は、母ベラ、父ベルイと、何不自由なく平穏な生活をしていた。だが、ある日のこと、父が交通事故で不慮の死をとげたときから、彼の日常は一変した。バルブロ(G・モルビク)という女性が現われたからだ。彼女は平凡なOLだが、生前の父と、ひそやかに関係を秘めていた。彼にとっては尊敬する父親だったのにそんな一面があったとは--。傷つきやすい青年の心はバルブロへの憎しみにもえた。だがその憎しみが、バルブロへの深い想いに変わっていくのも遠い日ではなかった。彼は愛した。そして多分、彼女も。一方、母親のベラは、息子との話しあいから、すべてを知り、バルブロに会った。一人を男を同時に愛した二人の女。共通する喜びと悲しみ。だが、その男も今は亡い。二人の女は、クリステルの将来のために、一年ほど外国留学させることにした。別れがせまった頃、バルブロの胎内に新しい生命が宿っていた。ベルイの子である。本当に愛したのはベルイ。彼のほかに自分の愛はない。彼女は、その喜びをかみしめながら、海辺の道をどこまでも歩いていく。
(1968スウェーデン)監督・アルネ・マットソン、脚本・アルネ・マットソン、撮影・ラース・ビヨルネ、音楽・ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト、ヨハン・シュトラウス2世、録音・ラルス・クレットナー、ハンス・アンデルソン、
出演・グリネット・モルビグ(Barbro)、ビヨルン・タンベルト(Christer)、フォルケ・スンドクビスト(Mr. Berg)、ウーラ・ヤコブソン(Vera)、
配給・東和、1969年公開


★牝あわせ
数々の官能作品に出演するスウェーデン女優、マリー・リシュダールが主演を務めたエロティックドラマムービー。それまであまりテーマとして取り上げられることがなかった同性愛をテーマにし、本格的なレズシーンが展開する構成で話題となった衝撃作。
年増の映画評論家アンと結婚を間近に控えたイヴ(M・リシュダール)の旅先でのアヴァンチュールを描いた作品。M・リシュダールのピチピチヌードは拝めるもののエロさはイマイチ。ただ、トラックの荷台でまわされるシーンはそれなり。アン役のG・ペトルの熟女パワー炸裂だが、いかんせん貧乳+タレ乳なので萎える。エロそうな儀式?なんかもあったが、そのとき変な映像処理がされてて最悪。ストーリーは偽善や憎しみなど、複雑な女心を描きつつ、現代女性の恋愛を描いている感じでした。それと、映画評論家に対する痛烈な皮肉なんかも描いていました。
この映画の感想にこんなのもありました。「マリーリシュダールがレズシーンに挑戦したことで、センセーションを巻き起こした話題作? 嘘つけ! レズシーンなんてどこにもないぞ! 買って損した!」なんてね。
(1971スウェーデン)監督・アルネ・マットソン、製作・レナルト・ベルンズ、脚本・エルネスト・ホッチ、撮影・マックス・ウィレン、音楽・ベンクト=アルネ・ワリン
出演・ジオ・ペトレ、マリー・リシュダール


★仮面の殺意
(1985アメリカ)監督・アルネ・マットソン、製作・トミー・イワーリング、脚本・ヴォロージャ・セミチョフ、撮影・トミスラフ・ピンター、音楽・ビョルン・ヨーソン・リンド
出演・ロッド・テイラー、ヴァレリー・ペリン、クリストファー・リー、フランク・ブレナン


★魔・少・女/ザ・ガール
小悪魔のような14歳の妖艶な少女(クレア・パウニー)に翻弄され、やがて殺人にまで巻き込まれて行く中年弁護士(F・ネロ)を描く。映像は秀逸だが、思わせぶりな冗長な描写が目立つ異常心理サスペンス物としては描き込みが足りない感じだがパウニーに魅了される。
(1986イギリス/スウェーデン)監督・アルネ・マットソン、製作・アルネ・マットソン、脚本・エルネスト・ホッチ、撮影・ラース・カールソン、ゴーラン・マシェヴァ、トミスラフ・ピンター、音楽・アルフィ・カビリョ、
出演・フランコ・ネロ、クレア・パウニー、バーニス・ステジャース、フランク・ブレナン、クリストファー・リー、マーク・ロビンソン、デレク・ベンフィールド、クリフォード・ローズ


前述の「愛こそすべて」のコメント氏は、「春の悶え」という煽情的なタイトルが、この作品の本来の価値を損なっていると嘆いている一文がありましたが、「牝あわせ」に比べたらアナタ、「春の悶え」なんかまだまだ可愛い方ですって。

しかし、これだけではあまりにさびしすぎます、このコラム、ここで打ち切ってしまうと、悲惨な尻すぼみの「なんだ、これ!」みたいになってしまうので、アルネ・マットソンがこんなもんじゃない(なにせ、ベルリン国際映画祭金熊賞受賞監督なわけですから!)というところを、失地回復の願いを込めて海外wikiの記事を丸投げしてしのぎたいと思います。

結局、丸投げじゃん!!

訳の方はヨロシク、とはいっても、他の作品は、もともと輸入されていないわけですから、わざわざ和訳したところでどうにもなりませんが。あしからず


Arne Mattsson
From Wikipedia, the free encyclopedia

【Arne Mattsson】
Born 2 December 1919
Uppsala, Sweden

Died 28 June 1995 (aged 75)
Nationality Swedish

Occupation
Director, writer
Years active
1941–1989

Spouse(s)
Elsa Prawitz (m. 1956–1965)

Arne Mattsson (2 December 1919 - 28 June 1995) was a Swedish film director, born in Uppsala.
His early movies were mostly comedies. His biggest success was Hon dansade en sommar (1951, aka. One Summer of Happiness), which earned him the Golden Bear at the Berlin International Film Festival[1] and a nomination for the Grand Prize at the Cannes Film Festival in 1952.[2] It caused some controversy at the time because it contained nudity.
His 1953 film of Peder Sjögren's second novel, Bread of Love (Kärlekens bröd), based on Sjögren's experiences as a volunteer in the Finnish Continuation War of 1941-44 angered the author, was banned in Finland and incurred the wrath of the Soviets at the Cannes Film Festival. In spite of all this, Sjögren grudgingly admitted that as a study of men under severe pressure it was impressive.[3]
In 1958 he directed Damen i svart, the first in the series of five Hillman-thrillers, centred on Folke Mellvig's crime-solving middle-class city couple Kajsa and John Hillman. The second in the series, Mannekäng i rött (1958), is considered by some to be a precursor of the Italian giallo films, notably Mario Bava's Blood and Black Lace.[4][5]
The popularity of his mystery movies declined and in the 1970s and 1980s he made mostly low-budget thrillers - some in collaboration with Mats Helge Olsson - which got mostly bad reviews.

★Filmography[edit]
I brist på bevis (1943, writer)
Räkna de lyckliga stunderna blott (1944, writer and assistant director)
... och alla dessa kvinnor (1944)
I som här inträden (1945)
Maria på Kvarngården (1945)
Rötägg (1946)
Peggy på vift (1946)
Pappa sökes (1947)
Det kom en gäst (1947, also writer)
Rallare (1947)
Kvinna i vitt (1949)
Farlig vår (1949, also writer)
När kärleken kom till byn (1950)
Kyssen på kryssen (1950)
Kastrullresan (1950)
Hon dansade en sommar (1951, known as One Summer of Happiness)
Bärande hav (1951)
För min heta ungdoms skull (1952)
Hård klang (1952)
Det var dans bort i vägen (1953, short film)
Kärlekens bröd (1953, known as Bread of Love)
Salka Valka (1954)
Storm över Tjurö (1954)
Förtrollad vandring (1954)
Hemsöborna (1955)
Nattens väv (1955, also known as Männen i mörker)
Flickan i frack (1956)
Litet bo (1956)
Livets vår (1957)
Ingen morgondag (1957)
Körkarlen (1958, known as The Phantom Carriage)
Damen i svart (1958)
Mannekäng i rött (1958)
Ryttare i blått (1959)
Får jag låna din fru? (1959)
Sommar och syndare (1960)
When Darkness Falls (1960)
Ljuvlig är sommarnatten (1961)
Vaxdockan (1962)
Biljett till paradiset (1962)
Vita frun (1962)
Den gula bilen (1963)
Det är hos mig han har varit (1963)
Blåjackor (1964, also writer)
Brott och straff – men det är svårt (1964, also writer)
Morianerna (1965, also writer)
Nattmara (1965, also writer)
Här kommer bärsärkarna (1965)
Yngsjömordet (1966)
Mördaren - En helt vanlig person (1967, also writer)
Förtrollad resa (1966, also writer)
Den onda cirkeln (1966)
Bamse (1968, also writer)
Ann and Eve (1970)
Smutsiga fingrar (1973)
Mannen i skuggan [sv] (1978, also writer)
Sometime, Somewhere... (1983)
Mask of Murder (1985)
The Girl (1987)
Sleep Well, My Love (1987)
The Mad Bunch (1989, with Mats Helge Olsson)

References
[1] "2nd Berlin International Film Festival: Prize Winners". berlinale.de. Retrieved 2009-12-22.
[2] "Festival de Cannes: One Summer of Happiness". festival-cannes.com. Retrieved 2009-01-17.
[3]Problem while searching in The Literature Collection
[4] Andersson, Pidde (October 2, 2006). Blue Swede Shock! The History of Swedish Horror Films. The TOPPRAFFEL! Library. ISBN 1445243040.
[5]Alanen, Antti. "Mannekäng i rött / Mannequin in Red (SFI 2000 restoration)". Retrieved September 3, 2014.
The director, Arne Mattson is mentioned in chapter 29 of the police procedural novel, The Laughing Policeman, by Major Sjowall and Per Wahloo



# by sentence2307 | 2018-12-12 12:49 | スウェーデン映画 | Comments(0)
デッド・エンド (1937)ウィリアム・ワイラー監督
オズの魔法使 (1939)ビクター・フレミング監督
マルタの鷹 (1941)ジョン・ヒューストン監督
カサブランカ (1942)マイケル・カーティス監督
無防備都市 (1945)ロベルト・ロッセリーニ監督
戦火のかなた (1946)ロベルト・ロッセリーニ監督
自転車泥棒 (1948)ビットリオ・デ・シーカ監督
黄金 (1948)ジョン・ヒューストン監督
赤い靴 (1948)マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー監督
白熱 (1949)ラウール・ウォルシュ監督
勇者の家 (1949)マーク・ロブソン監督
忘れられた人々 (1950)ルイス・ブニュエル監督
羅生門 (1950)黒澤明監督
地獄の英雄 (1951)ビリー・ワイルダー監督
巴里のアメリカ人 (1951)ビンセント・ミネリ監督
ミラノの奇蹟 (1951)ビットリオ・デ・シーカ監督
雨に唄えば (1952)ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン監督
裏窓 (1954)アルフレッド・ヒッチコック監督
波止場 (1954)エリア・カザン監督
道 (1954)フェデリコ・フェリーニ監督
狩人の夜 (1955)チャールズ・ロートン監督
炎の人ゴッホ (1956)ビンセント・ミネリ監督
突撃 (1957)スタンリー・キューブリック監督
戦場にかける橋 (1957)デビッド・リーン監督
群集の中の一つの顔 (1957)エリア・カザン監督
めまい (1958)アルフレッド・ヒッチコック監督
黒い罠 (1958)オーソン・ウェルズ監督
黒いオルフェ (1959)マルセル・カミュ監督
お熱いのがお好き (1959)ビリー・ワイルダー監督
大人は判ってくれない (1959)フランソワ・トリュフォー監督
北北西に進路を取れ (1959)アルフレッド・ヒッチコック監督
甘い生活 (1960)フェデリコ・フェリーニ監督
勝手にしやがれ (1960)ジャン=リュック・ゴダール監督
スパルタカス (1960)スタンリー・キューブリック監督
ウエスト・サイド物語 (1961)ロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンス監督
用心棒 (1961)黒澤明監督
アラビアのロレンス (1962)デビッド・リーン監督
アラバマ物語 (1962)ロバート・マリガン監督
8 1/2 (1963)フェデリコ・フェリーニ監督
大列車作戦 (1964)ジョン・フランケンハイマー監督
怒りのキューバ (1964)ミハイル・カラトーゾフ監督
博士の異常な愛情 (1964)スタンリー・キューブリック監督
パリは燃えているか (1966)ルネ・クレマン監督
アルジェの戦い (1966)ジッロ・ポンテコルボ監督
俺たちに明日はない (1967)アーサ・ペン監督
暴力脱獄 (1967)スチュアート・ローゼンバーグ監督
夜の大捜査線 (1967)ノーマン・ジュイソン監督
真夜中のカーボーイ (1969)ジョン・シュレシンジャー監督
M★A★S★H マッシュ (1970)ロバート・アルトマン監督
パットン大戦車軍団 (1970)フランクリン・J・シャフナー監督
暗殺の森 (1970)ベルナルド・ベルトルッチ監督
ラストタンゴ・イン・パリ (1972)ベルナルド・ベルトルッチ監督
ゴッドファーザー (1972)フランシス・フォード・コッポラ監督
チャイナタウン (1972)ロマン・ポランスキー監督
ゴングなき戦い (1972)ジョン・ヒューストン監督
ミーン・ストリート (1973)マーティン・スコセッシ監督
地獄の逃避行 (1973)テレンス・マリック監督
さらば冬のかもめ (1973)ハル・アシュビー監督
映画に愛をこめて アメリカの夜 (1973)フランソワ・トリュフォー監督
ゴッドファーザー PartII (1974)フランシス・フォード・コッポラ監督
カッコーの巣の上で (1975)ミロス・フォアマン監督
狼たちの午後 (1975)シドニー・ルメット監督
Cooley High (1975)マイケル・シュルツ監督
マラソンマン (1976)ジョン・シュレシンジャー監督
未知との遭遇 (1977)スティーブン・スピルバーグ監督
Killer of Sheep (1977)チャールズ・バーネット監督
天国の日々 (1978)テレンス・マリック監督
ブルーカラー/怒りのはみだし労働者ども (1978)ポール・シュレイダー監督
マッドマックス (1979)ジョージ・ミラー監督
レイジング・ブル (1980)マーティン・スコセッシ監督
ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー (1981)マイケル・マン監督
マッドマックス2 (1981)ジョージ・ミラー監督
ストレンジャー・ザン・パラダイス (1984)ジム・ジャームッシュ監督
カメレオンマン (1984)ウッディ・アレン監督
乱 (1985)黒澤明監督
赤ちゃん泥棒 (1987)ジョエル・コーエン監督
太陽の帝国 (1987)スティーブン・スピルバーグ監督
黒い雨 (1989)今村昌平監督
ボーイズ’ン・ザ・フッド (1991)ジョン・シングルトン監督
バッド・ルーテナント 刑事とドラッグとキリスト (1992)アベル・フェラーラ監督
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雨に唄えば(1952)ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン監督
波止場(1954)エリア・カザン監督
裏窓(1954)アルフレッド・ヒッチコック監督
七人の侍(1954)黒澤明監督
十二人の怒れる男(1957)シドニー・ルメット監督
戦場にかける橋(1957)デビッド・リーン監督
めまい(1958)アルフレッド・ヒッチコック監督
お熱いのがお好き(1959)ビリー・ワイルダー監督
北北西に進路を取れ(1959)アルフレッド・ヒッチコック監督
サイコ(1960)アルフレッド・ヒッチコック
ウエスト・サイド物語(1961)ロバート・ワイズ監督
アラビアのロレンス(1962)デビッド・リーン監督
アラバマ物語(1962)ロバート・マリガン監督
メリー・ポピンズ(1964)ロバート・スティーヴンソン監督
博士の異常な愛情(1964)スタンリー・キューブリック監督
ドクトル・ジバゴ(1965)デイヴィッド・リーン監督
サウンド・オブ・ミュージック(1965)ロバート・ワイズ監督
俺たちに明日はない(1967)アーサ・ペン監督
卒業(1967)マイク・ニコルズ監督
2001年宇宙の旅(1968)スタンリー・キューブリック監督
明日に向って撃て! (1969)ジョージ・ロイ・ヒル監督
時計じかけのオレンジ(1971)スタンリー・キューブリック監督
ゴッドファーザー(1972)フランシス・フォード・コッポラ監督
チャイナタウン(1974)ロマン・ポランスキー監督
ゴッドファーザー Part II(1974) フランシス・フォード・コッポラ監督
ブレージングサドル(1974)メル・ブルックス監督
JAWS/ジョーズ(1975)スティーブン・スピルバーグ監督
ヤング・フランケンシュタイン(1975)メル・ブルックス監督
モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル(1975)テリー・ギリアム監督
カッコーの巣の上で(1975)ミロス・フォアマン監督
ロッキー(1976)ジョン・G・アビルドセン監督
タクシードライバー(1976)マーティン・スコセッシ監督
大統領の陰謀(1976)アラン・J.パクラ、ジョン・ブアマン監督
スター・ウォーズ / EP4 新たなる希望(1977)ジョージ・ルーカス監督
アニー・ホール(1977)ウディ・アレン監督
未知との遭遇(1977)スティーブン・スピルバーグ監督
ディア・ハンター(1978)マイケル・チミノ監督
エイリアン(1979)リドリー・スコット監督
地獄の黙示録(1979)フランシス・フォード・コッポラ監督
シャイニング(1980)スタンリー・キューブリック監督
レイジング・ブル(1980)マーティン・スコセッシ監督
フライング・ハイ(1980)ジム・エイブラハムズ監督
スター・ウォーズ/帝国の逆襲(1980)アービン・カーシュナー監督
レイダース/失われた聖櫃(1981)スティーブン・スピルバーグ監督
E.T. (1982)スティーヴン・スピルバーグ監督
ブレードランナー(1982)リドリー・スコット監督
ゴーストバスターズ(1984)アイバン・ライトマン監督
アマデウス(1984)ミロス・フォアマン監督
バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985)ロバート・ゼメキス監督
ブレックファスト・クラブ(1985)ジョン・ヒューズ監督
フェリスはある朝突然に(1986)ジョン・ヒューズ監督
プリンセス・ブライド・ストーリー(1987)ロブ・ライナー監督
ダイ・ハード(1988)ジョン・マクティアナン監督
恋人たちの予感(1989)ロブ・ライナー監督
グッドフェローズ(1990) マーティン・スコセッシ監督
羊たちの沈黙(1991)ジョナサン・デミ監督
美女と野獣(1991)ゲーリー・トゥルースデイル、カーク・ワイズ監督
レザボア・ドッグス(1991)クエンティン・タランティーノ監督
テルマ&ルイーズ(1991)リドリー・スコット監督
ジュラシック・パーク(1993)スティーヴン・スピルバーグ監督
恋はデジャ・ブ(1993)ハロルド・レイミス監督
シンドラーのリスト(1993)スティーヴン・スピルバーグ監督
フォレスト・ガンプ / 一期一会(1994)ロバート・ゼメキス監督
ショーシャンクの空に(1994)フランク・ダラボン監督
パルプ・フィクション(1994)クエンティン・タランティーノ監督
ライオン・キング(1994)ロジャー・アラーズ, ロブ・ミンコフ監督
ユージュアル・サスペクツ(1995)ブライアン・シンガー監督
ブレイブハート(1995)メル・ギブソン監督
トイ・ストーリー(1995)ジョン・ラセター監督
セブン(1995) デヴィッド・フィンチャー監督
ファーゴ(1996)ジョエル・コーエン監督
グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)ガス・ヴァン・サント監督
タイタニック(1997)ジェームズ・キャメロン監督
プライベート・ライアン(1998)スティーブン・スピルバーグ監督
ビッグ・リボウスキ(1998)ジョエル・コーエン監督
ファイト・クラブ(1999)デイビッド・フィンチャー監督
アメリカンビューティー(1999)サム・メンデス監督
マトリックス(1999)アンディ&ラリー・ウォシャウスキー監督
メメント(2000)クリストファー・ノーラン監督
グラディエーター(2000)リドリー・スコット監督
あの頃ペニー・レインと(2000)キャメロン・クロウ監督
アメリ(2001)ジャン=ピエール・ジュネ監督
ロード・オブ・ザ・リング(2001)ピーター・ジャクソン監督
ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還(2003)ピーター・ジャクソン監督
エターナル・サンシャイン(2004)ミシェル・ゴンドリー監督
ブロークバック・マウンテン(2005)アン・リー監督
パンズ・ラビリンス(2007)ギレルモ・デル・トロ監督
ウォーリー(2008)アンドリュー・スタントン監督
スラムドッグ$ミリオネア(2008)ダニー・ボイル監督
ダークナイト(2008)クリストファー・ノーラン監督
カールじいさんの空飛ぶ家(2009)ピート・ドクター監督
アバター(2009)ジェームズ・キャメロン監督
インセプション(2010)クリストファー・ノーラン監督



# by sentence2307 | 2018-12-12 12:42 | 映画 | Comments(0)