世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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前回、大島渚の小評論「今井正 下手くそ説について」(1958)を読みながら、「中平・増村vs今井」論争の要約を試みたのですが、要約していくうちに大島渚の3人に対する位置取りが、だんだん分かってきました。

この小評文を読む限りにおいて、批判者の中平康と増村保造の批判(下手くそ・事大主義・低劣な倫理観)よりも、今井正の反論(大衆のウケ、大衆の身の丈に合った倫理観に寄り添う、観客動員数)の方に大島渚は、少なからず肩入れしているように感じられたからです。

今井正が主張する要点「映画に観客が入らなければ、なんの意味もない」は、確かにそのとおりだよな、と大島渚も、明らかにそこの部分で今井側に同調を示していると読めました。

そして、この同調には、撮りたいものを自由に撮れる大映の優等生・増村保造や、言いたい放題のわがままを許されている日活のやんちゃ坊主・中平康の、ともに大企業の中で優遇されて、ぬくぬくと甘やかされている2人の主張など、せいぜい世間を知らないわがままなお坊ちゃんの言い掛かりか、極端に言えば、(いつも100点をとっている)優等生へのみっともない「嫉妬」にすぎないと、暗に彼らが「劣等生」であることをみずから自認してしまっていると、大島渚は、増村・中平の批判を一蹴しています。

なにがなんでも、いつも100点(キネ旬ベスト10圏内)のシャシンを撮っていなければ、即仕事の機会を失う厳しくギリギリな環境に身を置いている独立プロの仕事を理解できない世間知らず(増村・中平)の愚挙でしかないと。

「映画監督・中平康伝」を拾い読みしていたとき、「自分たちは劇場にいる観客を面白がらせるのが仕事で、観客を劇場にまで来させるのは宣伝部や営業の仕事だ」みたいな文言をどこかで読んだ記憶があり、改めて読み返したのですが、掲載箇所の確認はできませんでしたが、そうした甘い認識に照らしても、大きな会社を後ろ盾にして安穏と仕事をする人間と、独立プロというギリギリの環境に身を置いて仕事をしている人間の違いだなと痛感しました。

しかし、「甘々な環境」に身を置く彼らとしても、ベストテン発表の時期に、「プログラムピクチャー」という見えない足枷に絡めとられていることを実感することになります、この中平康伝の随所で漏らされている苛立ちは、金のために身売りした映像作家の、撮りたいものをとれないという奴隷の嘆きにすぎません、その状況は、今井正のそれより、かなり深刻なものだったかもしれません。

この中平康の評伝を読むと、自分の作品を熱心に見に来ない観客への非難と、もうひとつは、自分の作品を一向に評価しない映画批評家たちへの呪詛があります。

そして、これらの非難や呪詛の根底には、もちろん、今井正が、キネマ旬報ベスト・ワンに、なんと5たびも輝いたという驚異的な快挙があることは、いうまでもありません。

そこで、ちょっとした「ひとり遊び」を考え付きました。

今井正がベスト・ワン作品を連発していた同じ時期に、ほかの映画作家たちがどういう作品を撮っていて、どういう評価をされたかを一覧表にしてみようという「ひとり遊び」です。

下記の一覧表を見て感じることは、映画の新しい形式(ヌーヴェルバーグの波)への過剰反応と猿真似の無力さ、そしてもうひとつは、批評家の定見なき無節操です。

ヌーヴェルバーグの波といっても、影響を与えたものといえば、せいぜい手持ちカメラで撮る絵の面白さくらいなもので、時代が経過するにつれ、クラシックなストーリーに回帰し、やがて吸収されてしまう程度のものですし、いま「突然炎のごとく」を見れば、いつも男からちやほやされていなければヒステリーを起こし、それでも自分に関心を示さない男とみると、復讐のために無理心中して強引に道連れにしてしまうという、なんとも身勝手なヒステリー女の話で、この映画を時代的に解釈するためには気の遠くなるような「映画史的説明」を要するかもしれません。

大島渚の「日本の夜と霧」は、内容はともかく、映画としてはどうなの、という映画です、この作品を高ランクにつけた批評家を「批評家の定見なき無節操」といわざるをえません、「なんだか理解できないけれども、分からないからきっと凄いらしい、そうに違いない」という理由で票を投じたのではないかと想像できます。よく分からないが、なんだかすごそうなヌーヴェルバーグを妄信することが「形式を革新する」ことだと見当違いの思い込みをして、今井正に突っかかっていったのと、なんだか共通しているようで苦笑を禁じ得ません。

フランスとかイタリアなんかのやることをそのまんま妄信しちゃあ、だめだったんじゃないかなあ、そんな気がします。個々の作家の卓越した仕事が、なにかのムーブメントの現れと錯覚し、集合体としたときに、皮肉にもたちまち勢いを失うということをみれば、あらゆる芸術活動は、あくまでも個の情動から発する以外のものでないことは、一目瞭然だとおもいます。


【1950】
また逢う日まで(1950東宝)監督・今井正、キネ旬1位

【1951】
どっこい生きてる(1951新星映画)監督・今井正、キネ旬5位

【1952】
山びこ学校(1952八木プロ)監督・今井正、キネ旬8位

【1953】
にごりえ(1953新世紀プロ=文学座)監督・今井正、キネ旬1位
ひめゆりの塔(1953東映東京)監督・今井正、キネ旬7位

【1955】
ここに泉あり(1955中央映画)監督・今井正、キネ旬5位
愛すればこそ・第二話とびこんだ花嫁(1955独立映画)監督・今井正、キネ旬35位
由紀子(1955中央映画)監督・今井正、

【1956】
真昼の暗黒(1956現代ぷろ)監督・今井正、キネ旬1位
狂った果実(1956日活)監督・中平康、
狙われた男(1956日活)監督・中平康、
夏の嵐(1956日活)監督・中平康、
牛乳屋フランキー(1956日活)監督・中平康、

【1957】
米(1957東映東京)監督・今井正、キネ旬1位
純愛物語(1957東映東京)監督・今井正、キネ旬2位
くちづけ(1957大映東京)監督・増村保造、キネ旬20位
殺したのは誰だ(1957日活)監督・中平康、キネ旬24位
暖流(1957大映東京)監督・増村保造、キネ旬31位
青空娘(1957大映東京)監督・増村保造、
恋と浮気の青春手帖 街燈(1957日活)監督・中平康、
誘惑(1957日活)監督・中平康、
美徳のよろめき(1957日活)監督・中平康、

【1958】
夜の鼓(1958現代ぷろ)監督・今井正、キネ旬6位
巨人と玩具(1958大映東京)監督・増村保造、キネ旬10位
四季の愛欲(1958日活)監督・中平康、キネ旬40位
紅の翼(1958日活)監督・中平康、キネ旬40位
氷壁(1958大映東京)監督・増村保造、
不敵な男(1958大映東京)監督・増村保造、
親不幸通り(1958大映東京)監督・増村保造、

【1959】
キクとイサム(1959大東映画)監督・今井正、キネ旬1位
愛と希望の街(1959松竹大船)監督・大島渚、キネ旬33位
その壁を砕け(1959日活)監督・中平康、キネ旬36位
才女気質(1959日活)監督・中平康、キネ旬42位
最高殊勲夫人(1959大映東京)監督・増村保造、
氾濫(1959大映東京)監督・増村保造、
美貌に罪あり(1959大映東京)監督・増村保造、
闇を横切れ(1959大映東京)監督・増村保造、
密会(1959日活)監督・中平康、
明日の太陽(1959松竹大船)監督・大島渚、

【1960】
日本の夜と霧(1960松竹大船)監督・大島渚、キネ旬10位
太陽の墓場(1960松竹大船)監督・大島渚、キネ旬11位
偽大学生(1960大映東京)監督・増村保造、キネ旬15位
青春残酷物語(1960松竹大船)監督・大島渚、キネ旬18位
女経 第一話耳を噛みたがる女(1960大映東京)監督・増村保造、キネ旬25位
あした晴れるか(1960日活)、監督中平康、キネ旬37位
白い崖(1960東映東京)監督・今井正、
からっ風野郎(1960大映東京)監督・増村保造、
足にさわった女(1960大映東京)監督・増村保造、
「キャンパス110番」より 学生野郎と娘たち(1960日活)、監督中平康、
地図のない町(1960日活)、監督中平康、



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# by sentence2307 | 2018-09-23 21:32 | 中平康 | Comments(0)

増村保造の今井正批判

先月、旧友から映画関係の本を何冊もいただきました。

なかでもいちばん驚いたのは、1982年にフィルムアート社から出版された「小津安二郎を読む―古きものの美しい復権」です。

表紙を見ただけなら、「小津安二郎を読む」がメイン・タイトルのように見えますが、背表紙では「古きものの美しい復権」(きっとこちらがサブ・タイトルです)の方が大きな活字で印刷されていて、メインのはずの「小津安二郎を読む」は、むしろ添え物みたいにやや小さな活字になっています。

書店の棚で初めてこの本と邂逅する読者は、他の多くの本のなかから、背表紙のこの活字が訴えかけてくる「古きものの美しい復権」という書名をまず目にするわけで、あえて背表紙に採用したこのタイトルが、この本の刊行当時の小津監督に対する認識の「空気感」を伝えているような気がします。

内容も、惚れ惚れするくらい実にクールです。

まずは、どんな些細なものでも、それが事実なら、なにひとつ見過ごしになどしないぞとばかりの静かな決意さえ伺える「年譜」と、製作年の順に並んだ作品群(ストーリー、スタッフ・キャスト、その作品が製作された時代的雰囲気が詳細に解説されています)と、小津情報の金鉱のような「小津事典」と、そして、自分もいちど試みたことがある「小津関係文献」とか、つまり、字数稼ぎのような余計なものは一切掲載されてないという、実にクールで実用を考えた信頼に足る名著です。

この基本書(自分では、この本をそう位置づけています)は、小津監督のコラムを書くうえで、自分にとっては欠かせない本になっていました、どんなにすぐれた大先生(名前は、あえて挙げませんが)の評論集なんかより、書いてあることが明確で、よほど頼りになる本なのですが、残念ながら自分の蔵書のなかにはなく、必要なときは近くの図書館にいって、2週間の期限を、さらに1週間延期してもらいながら借りていました。

自分にとっては、そういう名著です、

小津監督の作品や人柄を敬愛し、そして、その孤高の生涯に強く魅せられている人間なら誰しも、この本の持つ重要さは十分に認識しているはずです。

そういう大切な本を、このたび旧友があっさり譲ってくれたことに対する驚きもありましたが、むしろ、その「手放す」という行為に対して驚いてしまいました。

そして、その手放す理由を聞いて2度びっくりしました、いま少しずつすすめている「終活」の、これはそのひとつの行為なのだそうです。

反射的に出そうになった「えっえ~、まだまだそんな歳じゃないよ」という言葉を思わず呑み込みました。

そういえば、自分のいとこが、今年、墓を買ったという話をしていました。10年ほど前に定年を迎えた彼は、すぐに体調を崩して病院通いが始まり、この10年で心身ともにずいぶん弱気になってしまったように見うけられます。

彼の場合は次男なので、たとえ体の不調を来さなかったとしても、墓を買ったとは思いますが。

そして、契約したその霊園のサービスとかがあって、後日「遺影写真」を撮ってもらったと言っていました、その3枚を前にして、どれがいいかなとお茶を飲みながら、仲睦まじく夫婦で話し込んでいました。

自分などは、なんだか業者の言いなりになって愚弄されているように思うのですが、しかし、本人たちはさほどでもなく、とても楽しそうに終活というトレンディなブームにのって、来るべきその日に飾られるであろう自分の遺影写真の品定めに夢中になっていました。

とてもではありませんが、気の弱い自分などは、死を弄ぶそのグロテスクさに居たたまれない気持ちになりました。すでに死を達観しているのか、あるいは、なにも考えていないからなのか、なんだか空恐ろしくなり、到底まねのできないことと、思わずどん引きしてしまいました。

ほら、よく言うじゃないですか、定年を迎えたら、行きたかった旅行やできなかった趣味を存分にやろうと随分前から楽しみにしていたのに、会社を辞めた途端に皮肉にも病院通いが始まってしまったとかいう話、あれは、今までの会社勤めの緊張から解かれた気の緩みの表れだとか、通勤が結構なエクササイズになっていて、会社を辞めたとたん体を動かさなくなったから運動不足で不調になったんだとか聞いたことがありますが、しかし、その実態は、そんなことじゃなくて(自分が見聞きした限りでは)会社に勤めていた時に既に健康を害していたのに、仕事のために病院に行く時間が十分に取れず、疾患を先延ばしにしていたために、やっと病院に行くことが出来るようになった定年時には、症状が相当進んでいたと見る方が事実に近いような気がします。

つい先日も、いとこに会ったとき、秋から市が主催する「老後の安心講座~終活のすすめ」というのに参加するつもりだと、そのパンフレットを見せてくれました。「なんていったって高齢化社会だからね」というわけです。

こんなとき、以前なら自分は、「高齢化社会だろうがなんだろうが生きることとなんら関係のないことだ。それがいかなる社会であろうと」と全否定して論争になったものですが、もう、そういうことは止めにしました。

自分で「なんの関係もない」と言っているくらいなのですから、他人が死を弄んで楽しんでいようと、べつに何やかや言う権利など自分にはないと気が付きました。

なので、その講座で話されるという「成年後見制、相続、遺言、認知症、終末期医療、介護保険」など、いとこが得意気に滔々と話していることも、すこし距離を取って静かに聞き流すことが出来るようになりました。

さて、旧友が、大切な名著「小津安二郎を読む」を自分に無償で譲ってくれた理由というのが「終活」の一環と知って驚き、思わず連想した身辺雑事についてあれこれと書いてしまい、随分本論からはずれてしまいましたが、その贈られた本というのが10冊以上あって、すぐには読み切れず、いまのところ本棚に並べて置いてあり、気が向いたときにあちこち摘まみ食い的に読んでいる状態です。

あるとき、無造作に並べたその本の背表紙に何気なく視線を遊ばせていたら、ふっとあることに気が付きました。

目についたその本というのは、

★「映画監督・増村保造の世界」(ワイズ出版)増村保造著、藤井浩明監修
★「映画監督・中平康伝」(ワイズ出版)中平まみ著
それから、わが蔵書
★「今井正 映画読本」(論創社)今井正監督を語り継ぐ会

の3冊ですが、これらの書名を見ているうちにこの3監督のあいだで、ちょっとした論争があったことを思い出しました。

そのことを知ったのは、たしか「今井正 映画読本」のなかに収録されていた大島渚の論文だったはずとアタリをつけて開いてみたところ、やはり、そうです。

これです、これ。大島渚著「今井正 下手くそ説について」です。それにしても鬱憤晴らしみたいな凄い題名です。

増村保造が「下手くそ」と名指しで今井正を批判したそのままの言葉を客観的に紹介するかたちで、あたかも引用しているように見せかけて(つまり、増村の今井正批判に乗っかるかたちで)、実は大島渚も今井正批判にちゃっかり加担して、まんまと本音を吐いたのではないかと勘繰りたくなるような物凄いタイトルの論文です。

しかし、だからといって大島渚が、全面的に増村・中平にべったりと同調しているかというと、そんなことはありません、返す刀でこの二人もバッサリと批判しているあたりは、いかにも大島渚らしくて面白いなと思いました。

まず、2頁にも足りない小文なので、読み直しながら要約してみますね。(この小文が書かれたのは、1958年です)

≪どだい今ほど今井正をケナしやすい時はない。「夜の鼓」は評判が悪かったし当たらなかった。共産党はオチ目だし世の中は平穏無事だ。「社会科監督」今井正には辛い時である。≫という書き出しで始まるこの小文、3者の論争の要点をこうまとめています。


1 中平康と増村保造の批判の要旨
「とにかく演出技術が下手」
「なにか大そうなことを言おうとしているように見えるが、せいぜいのところ常識程度のものにすぎず、大衆雑誌の倫理感レベル」
「この程度の内容なら、なにも映画でなくとも社会批評の論文を読めば十分」

2 今井正の反論
「細かい演出技術が拙劣でも観客の心に訴えかけるものはある」
「表現が常識的・大衆雑誌の倫理観程度であったとしても、2人の作品はそれすら表現できてない」
「2人のシャシンが大衆に支持されてないのは、観客動員数の低劣を見れば一目瞭然」


お互いに痛いところをこうしてチクチクつつき合っているわけですが、大島渚は、この論争じたいを一蹴します、「おやっさん、はっきり言わせてもらいますがの、坂井も悪いがあんたも悪い。どっちこっち言うてないですよ。わしゃホントにあいそが尽きた。もうあんたの手にはのらん。盃は返しますけん、今日以降はわしを山守組のもんと思わんでつかいや。じゃけん、わしを騙した坂井はわしがとったる。あんたら、手出しせんといてくれ」みたいな。

3 大島渚の見解
今井正は、中平・増村が批判しているように、現在(1958年当時)の日本映画界で問題とされている「形式の革新」や映画における社会性の切実な問題意識をまったく有していないと言えるが、しかし、今井正を論難し否定する中平・増村が、はたしてその「新しさ」を持っているかというと、そうではない。


そして、大島渚はこう続けます。
≪今井正の発言や映画製作の根本にあるものは、「映画対観客」という考えである。今井正はいつも「観客」に何かを訴えかけようとして映画を作り、どのようにすれば「映画」を分かってもらえるかと懸命に考えている。そのことが、彼の作品を貫くヒューマニズムと合理的精神に基づく演出手法となって表れている。したがって彼の作品には、人間の内部の非合理なものは捉えられていないし、人間の存在もそれ自体が非合理なのではなく、周囲の状況の不備としてしか考えられていない≫としたうえで、
≪このような今井正の態度が、戦後の日本映画を貫くひと筋の赤い糸として、観客の信頼を集めてきたのは当然である≫と結論づけ、返す刀で中平・増村に
≪いま、中平・増村が今井正を批判するためには、この今井正の方法がなぜ十分に革新的であり得なくなってきたかという点についての分析と、今もなお今井正の作品に寄せられている観客の支持の保守的な部分を打ち砕き、革新的な部分を自らの上に背負う態度を必要とする。しかし、それははたして可能であろうか≫

大島渚は、あからさまに中平・増村に「お前らに映画の革新など、できるものか」という幾分嘲りに似た懸念を示しています。
それを大島渚は、こう表現しています。

≪中平・増村の発言および製作態度において特徴的なのは、それがつねに映画内部に閉ざされていることである。彼らが新しさと自負するものは、今まで監督がやらなかったことをやってやろう、ということにすぎない。この地点で今井正を批判しても無駄である。彼らの映画対観客という考え方のうえに立たなくては≫

どのように言おうが、大衆に理解されず、(映画に客が入らず)そっぽを向かれてしまえば、いくら気負ったところで、ひとりよがりで空回りの大風呂敷でしかなく、結局は、開き直って「オレのシャシンを理解できない観客はバカだ」と言いながら、みずから隘路に迷い込み、墓穴を掘り、身を横たえて腐り果てるのを待つしかない。大衆から忘れ去られ、映画史からも消し去られる。



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# by sentence2307 | 2018-09-21 10:58 | 増村保造 | Comments(0)

火花

先週の土曜日の夜、wowowで「火花」を放映していたので、見てみました。

なにせ、菅田将暉が、名だたる映画賞の主演男優賞を総なめにしたという話題の作品です、機会があれば一度は見てみたいなと思っていました。

まず、その映画賞なるものをネット検索しました。


【2017年度】
★第42回報知映画賞 主演男優賞
(『キセキ―あの日のソビト―』『帝一の國』『あゝ、荒野』『火花』)
★第30回日刊スポーツ映画大賞 主演男優賞
(『キセキ―あの日のソビト―』『帝一の國』『あゝ、荒野』『火花』)
★第91回キネマ旬報ベスト・テン 主演男優賞
(『キセキ -あの日のソビト-』『帝一の國』『あゝ、荒野』『火花』)
★第72回毎日映画コンクール 男優主演賞
(『あゝ、荒野』)
★第41回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞
(『あゝ、荒野 前篇』)
★おおさかシネマフェスティバル2018 主演男優賞
(『あゝ、荒野』『火花』『帝一の國』)
★第22回日本インターネット映画大賞 主演男優賞
(「キセキ -あの日のソビト-」「帝一の國」「銀魂」「あゝ、荒野 前篇」「あゝ、荒野 後篇」「火花」)
★第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞
(『あゝ、荒野』)


以上掲げた8つの賞のうちの実に5つの賞の対象に挙げられていたわけですから、なるほど、なるほど、この「火花」、たいしたものです。まさに、順風満帆といった勢いを感じますね。

一方で、ただ、わめき散らしているだけで、「あれのどこが演技だ」という声もないではありません。

そりゃあ「勢い」は大事なことには違いありませんが、演技には、ただ「わめき散らす」だけでなく、ほかのこと(ごくフツーのセリフまわしとか、繊細な喜怒哀楽とか)も必要となる場合もあり、そりゃあ、できたことに越したことはないと思うので、日常生活者を演じる役が回ってきたときに備えて、「わめき散らす」以外の演技も、できたらいいかなと思っています、暇を見つけて練習しておくことが望ましいですね。

この作品「火花」でいえば、菅田将暉が主演男優賞の対象になったシーンというのは、おそらく、相方山下(川谷修士)から突然漫才を辞めたいと告げられた徳永(菅田将暉)が、最後のステージで「逆のことを言う」漫才を客席に向かって絶叫する場面でしょう。自分たちの漫才が売れてさえいれば解散なんてしなくてもよかったのだぞ、と恫喝される観客にとっては、大いにハタ迷惑な、勘違いの恨み節です。

この場面を、諧謔・揶揄・自嘲・自己卑下のどれでもなく、まともな心情として演出したのなら、演出家の頭の具合を心配しないわけには、いきません。

観客に向かって? 明らかに「敵」を見誤った浅知恵の「逆切れ」です。

あらすじには、このシーンをこんなふうに要約しています。


≪スパークスは解散ライブで『逆のことを言う』というネタで漫才をしますが、徳永が突然アドリブで山下や客への感謝、漫才への熱い想いを叫びます。徳永の絶叫に客席は笑いではなく涙に包まれ、山下もツッコミができません。その型破りなやり方はいつかの熱海で見た神谷の漫才のようで、最後に常識を覆す漫才が出来たと徳永は自分に言い聞かせ、10年間の芸人生活に終止符を打ちました。≫


このシーン、客が泣いていたかどうかまでは分かりませんでしたが、徳永の「恫喝」で客席が凍りつき、いやな緊張感が漂っていたことだけは分かりました。

むかし、中学とか高校などに、教室を凍りつかせるのが得意なこういう勘違い・熱血教師みたいなヤカラがどこにでもいて、薄っぺらな教訓を得意げに延々と開陳し、「お前らもな」みたいな愚にもつかない説教をたれ流し、心底辟易したことを思い出しました。

たかだかこんなしけた学校の教師ふぜいで天下とった気でいやがる。教室のドアを閉めたら、ここは俺がすべてを支配できる独裁者・権力者だってか? 言いたい放題ぬかしやがって、そのうえのやりたい放題で、自分では途轍もなく凄いことを話していると思っているつもりらしいが、せいぜいが賢人・偉人の断片的なみえみえの受け売りで、それもほとんどは誤解釈、自分で考えたらしいオリジナルなんて、生徒の失笑をかうくらいの薄っぺらな幼稚なもの、「自己満足もいい加減にしろ」、悲壮感に酔いしれているその間抜けな熱弁男の熱弁に水を差し、内申書にさんざんなことを書かれた自分です、こんな空々しい嘘八百のシチュエーションにそう易々と感心する振りをするわけにはいきません。

このシーン、観客に向かって言いたい放題の恫喝をして徳永(菅田将暉)は、「ああ、すっきりした」と満足していますが、本当にそうなのかという思いは残りました。言う相手が違うだろうと。

むしろ、なにを基準に漫才の優劣を審査しているのか(なにか、「漫才」に室町時代からつづく確立された審査の伝統があって確固としたスタンダードでもあるのか)、まったく分からない能書きを垂れている漫才コンクールの審査員とか、吉本から押し付けられた面白くもない無芸の漫才師を「これでもか・これでもか」と連日テレビで強引に流しつづけ、ついに「人気タレント」に無理やり仕立て上げてしまうテレビ局とか、面白くもない漫才をディレクターの振り回す手の合図に従って、顔を引きつらせてヒステリックに馬鹿笑いをしてみせる「仕込み」(「笑い」さえ操って、そんなん漫才といえるか、アホ)とか、誰が監督に指名したか知らないが(金か? ん、金なのか?)、もういい加減分かれよ、無能の板尾になんか映画を撮らせるなって。吉本よお、ん?

さんざん、こき下ろしたので、久しぶりに胸がすっきりしました。

でも、別に悪気があって言ったわけではありません。(悪気がなくて、そこまで言えねえっての)

それもこれも、ラヴ・ディアス監督のせいなのです、なにせあの重厚な「立ち去った女」を見たあとに、へみたいな「火花」を見てしまったもので、作品の意識の低さ、その貧弱さ、そしてなんともみすぼらしく貧相な板尾創路演出、そしてあからさまな拝金主義が、同じ日本人としてとても恥ずかしくて、つい本音をもらしてしまいました。あんなやつに望むべくもない過重な期待を持ってしまった自分が悪いのです。どうぞお察しください。

ごめんなさいね、でも本心です。

まあ、なんですね、こんなつまらない、どうでもいいような映画見ているより、いとし・こいしの漫才の台本写したほうが、よっぽとマシやで。

ということで、名作漫才「ジンギスカン」のリライトです。

この漫才台本のダイナミズムが、この映画に少しでもあったなら、すこしは救いがあったのに、主よ、彼らをおゆるしください。彼らは自分が何をしているのか知らないのです。



【わたしの好物】または、ジンギスカン

夢路いとし・喜味こいし


こいし「正月というたら、食べるもんが、だいたい決まっとるからね」
いとし「そうそう、おしめ、いや、おしめやない、お煮しめや。お煮しめと、それから餅」
こいし「それから数の子な」
いとし「雑煮」
こいし「そうそう」
いとし「なんぼ正月のものいうたかて、あんなもん毎日毎日食べてられへんがな」
こいし「まあ飽きるわな」
いとし「飽きてきますよ」
こいし「だから私は正月のものは食わん」
いとし「正月のもん食わんの」
こいし「食わん、食わん。自分の好きなものだけ食うてる」
いとし「好きなもん」
こいし「好きなもんやったら、なんぼでも食う」
いとし「なんぼ好きなもの言うたかて、一年中は食べてられへんやろ」
こいし「そんなことない、好きなもんやったら、一年中食べてても飽きへんねんで」
いとし「君、飽きへんの」
こいし「そう、わたし」
いとし「君、なに食べてんの」
こいし「わたしは鍋、鍋。わたしゃ鍋が好きでねえ。もう、一年中食べてます。あれはうまい」
いとし「あんた、鍋、食べんの」
こいし「そうや、食うてんのや」
いとし「丈夫な歯しとんねえ。ぼくは歯が弱いからいかんけど、鉄の鍋と土鍋とどっちが、うまいの、どっちが齧りやすい?」
こいし「鍋てな、鍋そのものは食わないの」
いとし「あんた、いま、鍋食べてる言うたやないの」
こいし「そりゃ、鍋は食うわいな」
いとし「ほら、食う言うとるやないの」
こいし「鍋を食う言うとるわけやなくて、鍋の中身、つまり実を食うとるわけや」
いとし「鍋の実ィ? あの鍋のどこを剥いたら実ィがでるの」
こいし「ちゃう、鍋の中に入れて炊いて食うやろ」
いとし「鍋を炊いて食うの」
こいし「鍋やない、ちゃう言うてるやろ、鍋はそっちに置いときなさい」
いとし「なんやねん、いったい」
こいし「つまり、う~ん、鍋料理や」
いとし「ああ、鍋料理なら鍋料理と最初から言うたらええやん」
こいし「分かってるやろ」
いとし「分かってるがな」
こいし「寒うなって食べておいしいのが、ぼたん鍋、これがうまい」
いとし「へえ~、こんなボタン、ちぎって食べるの」
こいし「ちがう、ちがう。ぼたん、いのしし」
いとし「へえ、いのししのこと、ぼたん、いうの」
こいし「生きてるあいだは、いのしし。死んだら戒名が、ぼたん」
いとし「君は葬式屋のまわし者か。ぼくは、そういう戒名鍋きらいやねん。焼いて食うのが好きやねん」
こいし「焼くのがええの」
いとし「あの牛の牛肉。牛の牛肉を焼いて食うのが好きや」
こいし「牛肉は、牛や」
いとし「生きている間は牛、死んだら戒名が牛肉」
こいし「なんや、それ。焼くもんがええなら、いい料理教えよ。ジンギスカン。これやってみ、ええよ」
いとし「君はぼくに好かんもの食えっちゅうのんか」
こいし「いや、ジンギスカンいう料理があんねん」
いとし「ちょと牛の牛肉を・・・」
こいし「これはちょとちゃうねん、これは羊でやるから美味し」
いとし「なんでやるて」
こいし「これは羊でやるから美味し。あっさりしてる」
いとし「羊いうたら」
こいし「羊や」
いとし「だから羊いうのんは」
こいし「だから。今年の干支や」
いとし「今年の干支の羊というたら」
こいし「あのなあ、ちょと田舎行け。田舎かどこかの地方へ行ったらな、畑とか田んぼの横でヒゲはやしたのんがメエメエ鳴いとるから、見たらわかる、それが羊や」
いとし「ヒゲはやしてメエメエ鳴いてるのは、あれはヤギや。メエメエ小ヤギいう歌があるやないか。羊がメエメエ鳴いたりするかい」
こいし「ほな、羊はどない鳴くねん」
いとし「ひ~つじ、ひ~つじ」
こいし「まて~や、おい」
いとし「羊の戒名が、ぼたん鍋」
こいし「羊の戒名いうのは、マトンとかラムいうのがあんねん」
いとし「マトンとかラム」
こいし「それを焼いて食うわけや」
いとし「そういう料理はお店屋さんにいかんと食べられへんの」
こいし「家でやれるよ、私なんか家でしょっちゅうやってる」
いとし「ぼくでもやれるか?」
こいし「ああ、どないなアホでもやれる」
いとし「アホてなんやねん、やり方教えて。料理やったことないから、いっぺんやったろか思うて」
こいし「ジンギスカン、やる? 教えてあげよう、簡単、簡単。シンギスカンやるねんな。やるとすれば、まず・・・、君のとこにジンギスカン鍋あるか?」
いとし「ジンギスカン料理知らんのに、なんでジンギスカン鍋がある?」
こいし「そりゃそうやな」
いとし「常識で判断せえ」
こいし「えらそうに言うな。鍋ないのんか」
いとし「鍋ないよ」
こいし「鍋なかったら、そやな、鉄板はないか、鉄の板、鉄の板」
いとし「鉄板いうたら、お好み焼きの鉄板がある」
こいし「鉄板あんの、それでええねん」
いとし「あれでええの」
こいし「その上に羊をのせたらジンギスカンやがな」
いとし「そらちょっと載らんと思うでえ。こんな小さな鉄板やから羊一匹はのらんと思うわ」
こいし「だれが羊一匹載せゆうた」
いとし「なにを」
こいし「羊の戒名の方を載せんねん」
いとし「戒名を載せんねんな」
こいし「せやがな、ほなやり方教えたげるわ、家でやる場合、油使うよって、油が飛んだらいかんから、まず準備として、畳の上に新聞紙を引くわけや」
いとし「朝刊と夕刊のどっちにしよ」
こいし「どっちゃでもええがな、とにかく、ひけゆうとんにや」
いとし「はあはあ、どっちゃでもいいのやから、朝刊と夕刊を重ねてひくわ」
こいし「そしたら今度は、ガスコンロを持ってきて新聞の上に置くわけ」
いとし「どこの家のガスコンロ」
こいし「自分の家で、やんのやろ」
いとし「はい」
こいし「なら、自分の家の台所からガス管引いてきて・・・」
いとし「うちに、ガスないねん、うちのおばあちゃんが、ガスは怖い言うて、ガスコンロ使わへん」
こいし「ガスないの」
いとし「うち、ガス抜き」
こいし「ガス抜きはええけども、コンロとかなんかは、ないの」
いとし「カンテキていうの、大阪で。七輪ちゅうヤツ」
こいし「ああ、土て作ったやつかい」
いとし「そうそう、真ん丸に作ってあって、こう小さい入り口があって、だれが出入りするのやろか」
こいし「せえへん、せえへん、それでええねん」
いとし「あれでええの」
こいし「それでええねん。それを持ってきて、新聞紙の上に置く。その七輪かカンテキの上に鉄板を置くわけや」
いとし「七輪の上に鉄板を載せる」
こいし「せやせや、やがてその鉄板が熱くなるから、熱くなった場合・・・」
いとし「ジンギスカン料理て不思議なものやね」
こいし「なんでや」
いとし「七輪の中に火もないのに鉄板が熱くなるかい」
こいし「火ィは、いるやろが」
いとし「いるなら、ちゃんと言うて」
こいし「新聞紙をひいて・・・」
いとし「邪魔くさそうに言わんと」
こいし「新聞紙をお引きになって」
いとし「お引きになって」
こいし「カンテキを持ってきてその上に置きまして」
いとし「置きまして」
こいし「その上に鉄板を置く前に・・・せや、火ィや。え~と、ガスないねんな。君とこは、火力はなんでやっとんねん」
いとし「豆タン」
こいし「なつかしいね、豆タンね」
いとし「こんな、ちっちゃいやちゃ」
こいし「あったなあ、いま時分あんなものあるか」
いとし「戦争中、買い溜めしとったのが、ぎょうさん残ってる」
こいし「古い豆タンやなあ」
いとし「豆タン、皺だらけです」
こいし「あほな、古い豆タンは、火が付きにくいから、こうしましょ。豆タンを入れる前に、このカラ消しを入れまして」
いとし「なに、なんや、そのカラ消しいうのんは」
こいし「だから、カラ消しや」
いとし「なんやねん、そのカラ消しいうのん」
こいし「カラ消しいうのは、炭がこうおこってきて、いらんようになったら消壺で消して」
いとし「なんや、その消壺いうのは。カラ消しの消壺ていうの、なんやねん」
こいし「あのな、ちょと火事の焼け跡行け」
いとし「火事の焼け跡」
こいし「あこに黒こげの木ィ、ぎょうさんあるやろ。燃え残りいうか、焦げ残ってる木は、火が付きやすいから、ああいうのをカラ消しいうねん」
いとし「あれが、カラ消しか」
こいし「カラ消し」
いとし「ジンギスカン料理やろ思うたら、よその家一軒焼かなあかんね」
こいし「あほなこと言うな、なんで人の家、焼かなあかんねん、もう新聞紙で行け」
いとし「新聞紙で」
こいし「新聞放り込んで、その上に豆タン放り込んで、新聞紙に火つけたら、豆タンに火がつくやろ」
いとし「火がつくわ」
こいし「それで鉄板を置いといたら熱うなるやろ」
いとし「そら、熱うなる」
こいし「鉄板が熱うなったなあと思うたら、食用油、てんぷら油、あの油を鉄板の上にじゅうじゅうじゅうと塗る」
いとし「ふにゃあ~」
こいし「な、なんや」
いとし「この料理でこれが、一番むずかしい」
こいし「むずかしことないやろ。焼けた鉄板の上に油をじゅうじゅうじゅうと塗るだけや」
いとし「君は、しょっちゅうやってるからええけどもな、考えてみいな、焼けた鉄板の上に指の先で油じゅうじゅうじゅうと塗ったら熱くてたまりませんよ」
こいし「誰が手で塗れ言うた」
いとし「君はいまそうやったやないか」
こいし「これは、格好だけや」
いとし「ちゃんと言うて、ちゃんと」
こいし「ぼんぼらさんに油をつけて」
いとし「なんや、そのぼんぼらさんいうのは」
こいし「綿まるめて、キレまるめて」
いとし「お好み焼きの油ひくやつや」
こいし「知ってたら早よ言え。油をつけて鉄板の上をじゅうじゅうじゅうと塗る」
いとし「じゅうじゅうじゅうと塗るの」
こいし「はい」
いとし「じゅじゅじゅうでは、いけないの」
こいし「好きなようにすればええねん」
いとし「じゅじゅじゅうと塗るわ、塗った」
こいし「やがてこの油が踊るわ」
いとし「なんですか」
こいし「油が踊る」
いとし「誰が歌うたうの」
こいし「違うがな、はねるのを踊るいうねん」
いとし「はねるのをね」
こいし「油が踊り出したら羊の戒名、マトンの肉を載せて、表を焼いたら裏を焼いて、裏を焼いたら表を焼いて」
いとし「あの、羊の肉の裏表はどこで分かるの」
こいし「しらんがな、ええ加減に焼いてタレ付けて食え」
いとし「ええ加減に焼いてタレ付けて食うの」
こいし「ジンギスカン」
いとし「ゆうべ食べた」



夢路いとし・喜味こいし漫才傑作選〜ゆめ、よろこび しゃべくり歳時記〜 

収録内容一覧

第1巻
1.交通巡査
2.こいしさん、こいしさん
3.二十五年目の新婚旅行
4.もしもし鈴木さん
5.ジンギスカン料理

第2巻
1.物売り・季節感
2.幽霊指南
3.女の一生
4.娘の縁談
5.花嫁の父

第3巻
1.ポンポン講談
2.私は役者よ
3.仲人さん
4.レストランにて
5.機械に弱くてこまります
6.我が家の湾岸戦争

第4巻
1.迷い犬探してます
2.あなたの代行引受けます
3.全国名物がいっぱい
4.ああ結婚記念日
5.親子どん
6.地球にやさしい男
7.ファーストフード初体験
貴重なインタビュー映像と喜味こいしが語る逸話を収録した特別盤。

第5巻
1.相方 芸人その世界
2.相方 弐 芸人その世界
3.いと・こいを科学する
4.いとしこいしよもやま噺




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# by sentence2307 | 2018-09-18 22:47 | 映画 | Comments(0)

立ち去った女

「やっぱり映画は、劇場に行って大きなスクリーンで見なきゃだめだよ」と言われると、返す言葉もありません。

そりゃそうですよ、昔も今も、本来映画はスクリーンに投影して見ることを想定して作られてきたわけですから、反論の余地などあろうはずもありません。

自分もまったく同意見なのですが、しかし、このラヴ・ディアス監督の「立ち去った女」に限っては、あえて異を唱えさせて頂かなければならないかもしれません。

この「立ち去った女」を見終わったあと、久々に手ごたえのある作品を見たという満足感と快い疲労感を覚えました。

でも、これは凄い映画だという感銘は受けたのですが、「じゃあ、どこがどう凄かったのか説明しろ」と言われたら、具体的に言葉にして説明することができるかどうか自信がありません。

この3時間48分36秒の映画の中で語られる言葉はどれも重く、その量たるや夥しいものがあり、しかもそれが速射砲のように発せられるのですから、詰め込めるだけ詰め込んだ頭の中はすでにキャパ(許容量)を超えており、いまだ整理が追いつかないカオス状態で、ただトータルとして「凄いということは分かる」というくらいの感じでしょうか、残念ながら、今の状態では、自分のなかに滞った情報の仕分けがつかず、詳細な分析など思いもよりません、なので、いまは、まともなコメントひとつ発することができない状態です。

まだ、ビデオもDVDもないひとむかし前なら、劇場で映画を見て、その作品をトータルでどう感じたか、「見た印象」で自分なりの優劣を嗅ぎ分けたものでした、まさに「感性の一本勝負」みたいな感じです。

それはそれでよかったのかもしれませんが、それは単にどこまでも感情的な「好き嫌い」で作品を一面的に評価していたにすぎません。

逆に言えば、いままで見てきた映画が、そういう判断で十分に対応できた映画だったからだと思います。

しかし、この「立ち去った女」は、もっと深い理解を僕たちに求めてくるタイプの映画です。

もし、この映画が突き付けてくるものを受け止められず、自分なりの理解を持てなければ、あの理解放棄の捨てセリフ(つまらない・分からない・くだらない)を吐いて開き直るしかなく、結局は、それでオシマイの話で、3時間48分36秒という篩(ふるい)にかけられ、試されたすえに脱落していくしかありません。

「劇場鑑賞主義」の方には、まことに申し訳ありませんが、この「立ち去った女」に限っては、一過性の鑑賞だけでは、とうてい「理解」に至らず、不安で、繰り返しになりますが、ひとことも発することができないというのが、いまの自分の現状です。

録画したうえで、重要なシーンを何度も見直し、セリフやモノローグをメモし、時間差のある関連するシーンをつき合わせ、照合し、この東南アジアの映像作家の見た修羅を、冥府魔道を、自分も確かめてみたいと思いました。

まず一度通して見てから、大まかなストーリーを頭に入れたあと、主人公と接触する重要な登場人物との関係やそのセリフ・モノローグを詳細に記録し・検討しながら整理してみようと思います。そうでもしなければ、この難解な映画は、一度見ただけでは、見落とし・聞き逃し・錯覚さえ気づくことなくやり過し、とうてい真正な理解ができるとは思えません。

メモを取りながら2度目の鑑賞に入るまえに、ざっくりとしたアラスジをおさえておこうと思います。


≪30年服役した女性(元小学校教師のホラシア)に、彼女の罪が「冤罪だった、あなたは釈放だ」とある日、突然、刑務所長から告げられます。
同じ監獄に収容されているペトラ(これまで同じ監獄で過ごしてきた親友です)が、ホラシアの犯行とされていたものは、実は自分がやったものだと自供したからでした。
その自供によって、あくどいこの企みの黒幕も分かります。
ホラシアが別の男と結婚したことを逆恨みした元カレ・ロドリゴが、ペトラを使って彼女に罪をかぶせたのです。
そして、ホラシアが釈放されるところからこの物語、自分に罪を被せ陥れた男ロドリゴへの復讐と息子探しの旅が始まります。
自分を罪に陥れた男への憎悪と殺意を抱いて復讐の旅にでたホラシアは、ロドリゴ(いまではその土地の名士になっています)のいる町に棲みつき、拳銃まで用意して、ロドリゴを殺そうと日夜つけ狙い、復讐の機会をうかがっているとき、そうした暮らしの中で社会の底辺で生きる貧しく悲惨な人たちとの出会いがあって、貧しさに耐える彼ら悲惨な生活へ寄せる深い同情と慈悲を注ぎながら、ときにはその窮地を善意と金(貧乏人にとっては、「善意と金」は一体のものです)とによって助力してあげることで、皮肉にもこの「慈悲」が「復讐」(資力のない彼らにとってのせめてもの「感謝」の気持ちを実現できる行為でした)を呼応し遂げさせてしまうという不意の結末を迎えます、そして彼女の憎悪も殺意も突如終結し、この地に留まる理由を失い、消息を絶った自分の息子を探すために、別の地へ旅立ちます、最後に息子の姿を見かけたという噂話を頼りにマニラにむけて。
疲れ切り絶望にうちひしがれながらも、それでも自分に鞭打つように「尋ね人のチラシ」をまきつづけるホラシアの姿が、そこにはありました≫という物語です。


まず、最初に通して見て気が付いたことがあります、最初のシーンで語られ、また、最後のシーンでも語られる「漆黒の塔」という詩(?)の奇妙な符合です。作者は「南の虹」とあります。

もし、これが固有名詞(日本名でいうと「西川さん」が、さしずめ「ミスター・ウエストリバー」とでも訳されてしまうような感じでしょうか)、それなら、なにも訳さなくたってよさそうなものですが、もしかしたら本当に「南の虹」氏なのかもしれません。単なるハンドルネームみたいな?

映画の冒頭で、監獄で元小学校教師ホラシアが、女囚たちを集めて言葉の学習をしているシーンがあります。

過去形や未来形について皆に教えたあとで、ホラシアは一冊の本を取り出し、この本を読める者はいるかと問いかけ、手を挙げたペトラを指名します。

それが「漆黒の塔」という詩で、ペトラは静かに読み始めます。


≪私は鏡のない部屋に住んでいる。窓は小さく、入る風もほとんどない。部屋の窓はブラインド式の3枚ガラスだが、汚れた空気や蚊が入るから開けられない。網戸は破れている。部屋の隅々にネズミの通り道があって、壁の裂け目から、次々と放たれるのは、誇り高き無礼なゴキブリども。エアコンが取り付けてあった壁の小さな穴は、段ボールを粘着テープで貼り付けて塞いであった。この部屋の隅々で、思いをめぐらせてもがく苦しむ魂たちが、息もできずに汚れて湿った死にかけの大地から逃れようとする。≫


真に迫って読み続けるペトラの朗読に(あるいは、異様に緊張したそのペトラの姿に)周りの女囚たちが恐れて「何だか怖い」「おとぎ話は?」という囁き声を、ホラシアが「黙って」と制し、ペトラは再び朗読を続けます。


≪彼の意識にある焔は、鉛色をした夢の続きか、狂気の沙汰なのか、彼の意識は自由なる世界を捨てたのか。もし彼が正気でないなら、来るべき自由よりも、いまを永遠に望むだろう。だが、どうする。許しを請う日を待っていたのでは? 真実を暴かれるのを求め続けたのでは? 彼の魂を浄化するには、それしかない、それだけが・・・彼の・・・≫


ペトラは不意に絶句します、「続けて、ペトラ」とホラシアから促され、そして、女囚たちからも「聞きたい」との声にはげまされて、ふたたび


≪それが彼の魂を救う。それのみが・・・≫


どうにか読もうとするのですが、すぐにまた言葉を途切らせて、もうそれ以上は読むことが出来ません。異常な緊張感が支配するシーンです。

ホラシアの「どうしたの?」という問い掛けを振り切るように、ペトラは本を閉じ、苦しそうに表情を歪めながら、その場を立ち去ります。

最初にこのシーンを見たとき、この場面が何を意味しているのか、まったく分からず、考えることもなく見過ごしてしまいましたが、このシーンは、ペトラが自ら犯した犯行をホラシアになすりつけ、そして秘め続けながらホラシアの善意のまえでは、素知らぬ顔で平然と「親友」として振舞い通してきたことへの自責の念に苦しめられているという重要なシーンであることが、2度目に見たとき、やっと分かりました、ずいぶん迂闊な話ですが。

あの「漆黒の塔」を読み上げるペトラは、その言葉(例えば、この部分「もし彼が正気でないなら、来るべき自由よりも、いまを永遠に望むだろう。だが、どうする。許しを請う日を待っていたのでは? 真実を暴かれるのを求め続けたのでは? 彼の魂を浄化するには、それしかない、それだけが・・・」のクダリ)の一語一語を読み上げるとき、その一語一語がペトラの虚偽と欺瞞の心にぐさりぐさりと突き刺さり、贖罪の気持ちを高め、自供する心境に至らしめたのだと分かりました。

次のシーンは、農作業の手を止めて木陰で女囚たちが小休止している姿を遠景で捉えた場面に変わります。

監獄での生活を紹介風に描いた冒頭で、銃を構えた看守に見張られながら、女囚たちは畑を耕し、種をまいていました。

すぐ前のシーンで僕たちは、ペトラの動揺と贖罪の思いを既に知っているので、こちらを向いて座っているホラシアの姿と、ずっと離れた場所に背中を見せて座っているペトラの姿と動きを同時に観察することができます。実をいうと、1度目に見たとき、ホラシアの姿ばかりに気を取られて、奥にいるペトラの姿には気づかず、その落ち着きのない「挙動不審」ともいえる動きを、まったく見逃してしまいました。

ホラシアから離れて座っているペトラは、ホラシアの姿を気にしながら幾度もチラ見し、逡巡のすえに、ついに意を決してホラシアに近づいてきて、こう言うのです。

「あなたに贈り物がある」と。

「わたしに?」訝し気に、ペトラの思いつめたような悲痛な顔を見て、ホラシアは驚き「ペトラ、どうしたのよ」と語り掛けます。

「あなたは母のように優しいのね、私とは大違いだわ」と泣きながらペトラは走り去ります。


長い間、ペトラは、ホラシアを偽計を用いて欺き罪に陥れたことを悔いていて、彼女の善意溢れる思いと行いに接するたびに心を痛めていた負い目が、あの詩の朗読(言葉)によって彼女の気負いが一挙に崩され「自供」(この自供で、この事件の黒幕がロドリゴであることが判明します)にまで至ったことが、この一連のシーンでよく理解できました。

ペトラの「贈り物」とは、自分が真犯人だと告白する「自供」のことだったのです。

もし、この映画を改めて2度見なければ、こうした経緯や登場人物の心の在り様の詳細など到底理解できなかったと思います。

この調子で、さらに「3度目」の鑑賞を試みるとすれば、また新たな発見があるかもしれません、その可能性は大いにあります。


さて、ペトラの自供を直接的に促したこの「漆黒の塔」という詩が、この映画の最後に再び登場します。

ゲイのホランダが、まるでホラシアから受けた恩を返すようにロドリゴを殺して、この映画の主な部分、「復讐」が果たされ、ホラシアがこの地に留まる理由も消え、噂を頼りに行方不明の息子を探しにマニラへと旅立つ前夜、子だくさんのくず拾いの女のもとに別れを告げに行く場面です。かつて、このくず拾いの女が子供たちに暴力をふるって虐待している現場に遭遇したホラシアが怒りのあまり徹底的に殴りつけ足蹴にして、同行していたバロット売りに「それ以上やったら死んでしまうぞ」と制止されるくらい逆上して怒りをぶつけたあのくず拾いの女です。冤罪とはいえ30年服役していたあいだに子供を失い、家族をばらばらにされてしまった母親ホラシアの悲痛な怒りと悲しみの「逆上」であることを僕たちはすでに知っています。

そのホラシアが、別れのいま、今度は「漆黒の塔」を暗唱します。

ペトラが語ったあのときの「漆黒の塔」と、どこが違うのだろうか、と思いながらメモに写し取ったあのときの詩と照合しながら聞き入りました。


≪私は鏡のない部屋に住んでいる。窓は小さく、入る風も~≫

と、あのときのペトラと同じように詩は語り出され、ペトラが言葉を途切らせた同じ個所

≪それが彼の魂を救う。それのみが・・・≫

までホラシアは語り継ぎ、そして、さらに暗唱を続けます。


≪その瞬間、残された唯一の機会だと彼は気づいた。心を解き放ち、束縛を振りほどけ。自由になるときはいま。そして彼は、淵に沈む魂の力を残らず拾い集めた。疲れ切った手でドアを開けたとき、きらめいた光の音に驚き目を閉じた。彼を倒そうとして風が吹きはじめる。彼は力を振り絞り心に残された希望にしがみつく。そして、ふたたび彼は目を閉じた。≫


かつて、ペトラに「罪を告白して、許しを請え」と諭した同じ詩が、ホラシアには、「心を解き放ち束縛を振りほどいて自由になれ」と諭しています。しかし、その自由は「嵐のようにお前を打ちのめすぞ、お前が希望を抱く限り・・・」と告げています。ここで語られている「希望」とは、行方不明になっている息子との、おそらくはあり得ない邂逅→絶望を示唆しており、その「希望」にしがみつく限り、ホラシアにとっては、同時に「死の棘」でもあることを意味していると感じました。


この映画「立ち去った女」の始まりの部分と、くず拾いの女の一家に、ホラシアが「さようなら、もう会えない」と別れを告げて立ち去るこの復讐が遂げられた最後のシーンまで見てきて、この作品のふたつの重要なシーンが浮かび上がってきました。


ひとつは、ロドリゴが、自分をつけ狙うホラシアの姿を一瞬見かけて恐慌を来し、かつて犯した自分の罪を思い出して、どうにも制御できないみずからの根源的な邪悪さと向き合ったとき、教会で神父に「神はいると思うか」とその屈折した思いを問いかける場面、

もうひとつは、ゲイのホランダと酒を飲みながら深く酩酊して、心を許したホラシアが、つい30年も監獄に入っていたことを、前科者の証である腕の入れ墨を示しながら告白してしまう場面です。


ロドリゴは、ある日、教会で自分を密かに付け狙うホラシアの存在に気づき、驚愕します。かつて自分を裏切って別の男と結婚したことの復讐として、ロドリゴが罠にはめ、監獄に追いやったはずの元愛人、そのホラシアです。

そして、同時に、いまでは穏やかな街の名士として振舞っているロドリゴも、不意の彼女の出現によって動揺し、かつて自分が犯してきた悪行の数々を思い出し、そのみずからの邪悪さについて(後悔しているとか、思い悩んでいるとかではなく、ただ「思い出した」という程度の即物的な感じにみえます)教会の片隅で神父と話す場面です。

ロドリゴは語り出します。

「神父の知るロドリゴという男は、私ではない。それは作り物だ。表の顔だよ。多くの者を傷つけたし、多くの人生も壊した。いったい自分がなにをしたか、自分の行いくらいは分かっているつもりだ。だが、なぜ自分は善人にはなれないのかと、いつも思うよ。なぜ心に棲む悪魔と戦えないのかとね。なぜか魂は、いつも悪魔に負けてしまう。次々と憎悪と怒りが湧きあがり、怒りを鎮められない。邪悪な心と分かってはいても、どうしても勝てない。おれの心にはケダモノがいるんだ」

神父は問います。「懺悔の気持ちはあるのか?」

「ある、そして、ない。後悔するときもあるが、正しかったと思うときもある。恨む相手の人生を壊すと心底楽しかった。」

困惑した神父は口ごもり、躊躇し、逃げ腰になってこう言います。

「こうしよう・・・日を改めて懺悔室で話を聞こう。もっと詳しく、なにもかも、いつどこで、相手の名前と何が起きたのか、包み隠さずすべてを話してくれ。罪の赦しを」

ロドリゴは、神父のその言葉を聞いて、思わず哄笑の発作に捉われます。

〔こいつは、なにひと分かっちゃいない。こんなやつに話すんじゃなかった〕という自嘲に身を震わせながら、立ち去ろうとする神父に、ロドリゴは、さらに「神父」と語り掛けます。

身を固くしてロドリゴの次の言葉を待つ神父の表情は、緊張でひきつっています。

「神は、いると思うか」

「そう信じている。誰にでも神は存在する。赤ん坊にも。迷い人や犯罪者、そして貧者たちにも」

そんなことじゃない、というあからさまな侮蔑と微かな怒りのきざした険しい顔でロドリドは、さらに神父に畳みかけるように問い詰めます。

「その神は、どこにいる? 」

「探すのだ、君ならできる。私は導くだけだ」

〔だめな男だ、こいつは。なにも分かっちゃいない、なにひとつ分かってないただの俗物だ〕

ロドリゴは、失望と蔑みの微笑をたたえて、やがて、体を震わせて哄笑すると、神父は憮然として立ち去ります。

〔神を探せだと。馬鹿々々しい〕

しかし、ロドリゴの顔から蔑みの哄笑はすぐに消え、自己嫌悪の苦々しい影に覆われます。


シナリオに文字化すれば、せいぜい1頁弱にしかならないこのシーンをラヴ・ディアスは、固定カメラで6分強という時間をかけて、長回しでじっくりと濃密にとらえています。


教会におけるロドリゴと神父とのこの一連のやりとりを簡潔にまとめてみようと苦慮しながら、しばらく考えてみたのですが、どうもいいアイデアが浮かびません。

聖職にある男に、あえて「神はいると思うか」と問うのですから、無茶ぶりにはちがいありませんが、邪悪のなかで生きてきたロドリゴが、あえてそう「問う」というその行為自体が問題なのではないか、いままで悪の限りを尽くし好き勝手に生きてきたこの男にとって「神の存在と不在」などなにほどの問題でもないはずです、そんなことは心に留めたことすらなかった無価値のものだったはずです。

ポーズとして敬虔な信者の振りをして「日曜日のミサ」にせっせと通って、それらしくやりすごしてしまえば、彼はいつまでも町の名士でいられました。かげでは自分の利益のために、多くの人々を欺き、元恋人まで罠にかけ、他人を操って邪魔者は殺してきた悪事を我がものとして親しんできたはずの彼には、神父に、いまさら「神はいると思うか」と問う必要などまったくなかったはずです。

そんな彼にそのような問い掛けをさせた鬱屈や焦燥を呼び起こさせたもの、みずからの「邪悪」を完全に制御して弄んでいると思い込んでいたものが、逆に、「邪悪」に支配され、いまや持て余していることに気がついたのは、ホラシアの突然の出現が契機となったに違いありません。この映画において、この二人ロドリゴとホラシアが、かつてどのような恋愛関係を持ったのか、までは描かれていませんが、自分的には、そこに、ほんの微かでもロドリゴの失意があったに違いないと彼の側に身を置いて考えてみたいと思っていたので、「解釈するための苦慮の時間」を必要としたのだと思います。


しかし、結論から言えば、まとまった考えを得るまでには至りませんでした。

でも、ロドリゴの心境を代弁するに適当な引用なら、することはできます。

それは、アルベール・カミュの「異邦人」、ちょっと貼っておきますね、好きなので。


《そのとき、私の中で何かが裂けた。
私は大口を開けて怒鳴り、彼らを罵り、祈りなどするなといい、消えてなくならなければ焼き殺すぞと叫んだ。
私は法衣の襟首をつかみ、私のなかに沸き立つ喜びと怒りとにおののきながらも、彼に向かって、心の底をぶちまけた。
君はまさに自信満々じゃないか。そうだろう。
しかし、その信念のどれをとっても、女の髪の毛一本の重さにも値しないことが分からないのか。
君は死人のような生き方をしているから、自分が生きているということにさえ自信がない。
私はどうだ、このとおり両手は空っぽだが、しかし、私には自信がある。自分について、すべてについて、君なんかよりはよほどに強く。
また、私の人生について、来るべきあの死についても。
そうだ、私にはこれだけしかない。しかし、少なくとも、この真理が私をとらえているのと同じだけ、私はこの真理をしっかりと捉えている。
私はかつて正しかったし、いまもなお正しい。いつも私は正しかったのだ。
私はこのように生きたが、また別なふうにも生きられるだろう。私はこれをして、あれをしなかった。こんなことはしなかったが、別なことはした。そして、そのあとは? 
私はまるで、あの瞬間、自分の正当さを証明されるあの夜明けを、ずうっと待ち続けていたように思う。なにものも、なにものといえども重要なものはなにひとつなかったといえる。そのわけを私は知っているし、君もまた知っているはずだ。
これまでのあの虚妄な人生の営みのあいだじゅう、私の未来の底から、まだやってこない年月を通じて、ひとつの暗い息吹が私のほうへ立ち上がってきた。
その暗い息吹がその道筋において、私の生きる日々ほどには現実的とはいえない年月のうちに、私に差し出されるすべてのものを、等しなみにしたのだ。
他人の死、母の愛-そんなものがいったいなんだろう。いわゆる神、人々の選び取る生活、人々の選ぶ宿命-そんなものに何の意味があるだろう。
ただひとつの宿命がこの私を選びとり、そして、君のように、私を兄弟とよぶ、その無数の特権ある人々を、私とともに、選ばなければならないのだから。
君は分かっているのか? いったい君は分かっているのか? 
誰でもが特権を持っているのだ。特権者しか、この世にいはしないのだ。他の人たちもまたいつか処刑されるだろう。君もまた処刑されるだろう。
そのなかでたまたま人殺しとして告発されたその男が、母の埋葬に際してただ涙を流さなかったという理由のために処刑されたとしても、そんなことに何の意味がある? 
サラマノの犬には、その女房と同じ値打ちがあったのだ。機械人形みたいな小柄な女もマソンが結婚したパリ女と等しく、また、私が結婚したかったマリイと等しくすべて罪人だったのだ。セレストはレエモンよりすぐれてはいるが、そのセレストと等しく、レエモンが私の仲間であろうと、それがなんだ? マリイが今日、もう一人のムルソーに接吻を与えたとしても、それがなんだろう? 
この死刑囚め、君はいったい分かっているのか? 
私の未来の底から・・・

すべてをこのように叫びながら、私は息が詰まった。
すでに司祭は私の手から引き離され、看守たちは私を脅しつけていた。しかし、司祭は彼らをなだめ、そして一瞬黙って私を見た。不可解だったが、その目には、たしかに涙が溢れていた。彼はきびすを返して、消えていった。

彼が出て行くと、私は平静を取り戻した。
私は精根尽きて寝台に身を投げた。
私は眠ったらしい、顔の上に星々の光を感じて目を覚ましたのだから。
田園のざわめきが私のところまで届いた。夜と大地と塩の匂いが、こめかみをさわやかにした。この眠れる夏の素晴らしい平和が、潮のように、私を浸した。
このとき、夜のはずれで、サイレンが鳴った。
それは、いまや私とは永遠に無関係になったひとつの世界との決別を告げているかのようだった。
そして、ほんとうに久しぶりで、私はママンのことを思った。
ひとつの生涯のおわりに、なぜママンが「許婚者」を持ったのか、そして生涯をやり直す振りをしたのだろうか、それがいまなら分かるような気がする。
いくつもの命が消えていくあの養老院のまわりでも、夕暮れは憂愁にみちた休息のひとときをもたらす。死に近づいて、ママンはあそこで解放を感じ、あらためて生きることを実感したに違いない。なんびとも、なんびとといえども、ママンのことを泣く権利などない。
そして私もまた、いまこそ生きていることを実感できる。
私をとらえたあの大きな憤怒が、私の罪を洗い浄め、愚劣な「希望」などすべてを空にしてしまったおかげで、星々にみちた静かな夜につつまれて、私ははじめて世界の優しい無関心に心を開くことができた。
自分を世界の一部と感じる安らぎのなかで、私は、いままで自分が幸福だったことと、いまもなお幸福であることをつよく悟った。
一切がはたされ、わたしがより孤独でないことを感じるために、この私に残された望みといえば、私の処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて、私を迎えるであろうという思いにとらわれたとき、これほど世界を自分に近いものと感じたことはなかった。》



そして、もうひとつの重要なシーン、

ゲイのホランダと酒を飲みながら、いつしか深く酩酊して、つい心を許したホラシアが、30年も監獄に入っていたことを告白してしまいます、思い切って前科者の証である腕の入れ墨を示しながら。

そのシーン。

「あなたに伝えたいことがあるの、ホランダ。感謝の気持ちをね」

「感謝するのは、私の方よ」

「あなたは私を知らない、本当の私を知れば、きっと怖くなるわ。ほら、よく見て。刑務所にいたの、あそこよ、あの呪われた場所に30年入っていた。刑務所に30年よ」

目の前に突き出されたホラシアの腕の入れ墨に驚いて、そこから目が離せなくなったホランダは、それでもこう言います。

「知っていたわ」

「なんだって!?」驚いてホラシアは、ホランダの顔を見つめます。

「書類を読んだの」

「読んだって?」突如、激昂するホラシア「この野郎、よくも勝手に。読んだのか、言え! このバカが。余計なことを。読んだのか、なめてるのか!」

さらに酔っているホラシアの「泥酔」が、時間の経過を観客に教えています、そして、先ほどの激昂をホランダに詫びます。

「さっきはごめん。突然言われたから」

「いいの、知りたがりの私が悪い。ごめんなさい、恥ずべき行為だわ」

「もういい、私も気にしてないから。あの書類はペトラの供述書。刑務所にいたときの友人よ。まさか彼女が私の冤罪事件の犯人だったとはね。黒幕はロドリゴ・トリニダッド。私の元恋人よ。まだ子供たちは幼くて。知ってる? あなたが家に来なければ、あの夜、私は教会に行き、ロドリゴを殺すつもりだった。あなたが来なけりゃ、あいつは死んでいた。お礼を言うわ。よく来てくれた、ありがとう。殺人犯になっていたわ。殺さずに済んだ」

もうすっかり泥酔しているホラシアに、ホランダは訊きます。

「まだ、ロドリゴは、この島にいるの?」

しかし、ホラシアは、酔いつぶれて眠っています。


翌日、ゲイのホランダが、ロドリゴを殺したことが明らかになります。

思わぬ形で復讐が完結してしまったホラシアは、行方不明の息子を探すために、マニラへ旅立ちます。


そして、ラストのナレーションが、流れます。


≪遠い昔のこと、願いがあった。願いは、夢の中にすんでいて、夢は秘めた世界に住んでいた。その世界は砦にあって、砦はけっして崩れなかった。砦の扉を開けることは、永遠にできない。
遠い昔のこと、彼女は願いを創った。その願いは、夢となり、夢は天に奪い去られた。遠い昔のこと≫


(2016フィリピン)監督・原案・脚本・撮影・編集ラヴ・ディアス
出演・チャロ・サントス(ホラシア/レナータ/レティシア)、ジョン・ロイド・クルーズ(ホランダ)、マイケル・デ・メッサ(ロドリゴ)、 シャマイン・センテネラ=ブエンカミーノ(ペトラ)、ノニー・ブエンカミーノ(バロット売り)
ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞



【参考】 wiki

ラヴ・ディアス(Lav Diaz, 1958年12月30日 - )は、フィリピンの映画監督。フィリピン映画界の怪物的映画作家と呼ばれる。

来歴
1998年、長編『Serafin Geronimo: Kriminal ng Barrio Concepcion』で映画監督としてデビュー。2001年に発表した4作目の『Batang West Side』は上映時間が5時間15分に及ぶ大作であり、ガワッド・ウリアン賞で作品賞・監督賞を含む10部門で受賞を果たす。2005年にはフィリピンのある一家の1971年から87年までを描いた10時間43分に及ぶ『Ebolusyon ng Isang Pamilyang Pilipino』を発表。その後もともに上映時間が9時間に及ぶ『Heremias: Unang aklat - Ang alamat ng prinsesang bayawak』(2006年)や『Kagadanan sa banwaan ning mga Engkanto』(2007年)といった大作を矢継ぎ早に発表。2008年には上映時間が7時間30分に及ぶ『Melancholia』が第65回ヴェネツィア国際映画祭のオリゾンティ部門でグランプリを受賞。翌2009年にはオムニバスの一篇として製作した短編『蝶は記憶を持たない』が第22回東京国際映画祭で上映され、初めてディアスの作品が日本で紹介された。
2010年代に入り、2011年には3本の長編を、2012年には劇映画とドキュメンタリーを1本ずつ製作した。2013年、ドストエフスキーの『罪と罰』をモチーフにした『北(ノルテ) ― 歴史の終わり』を発表。第66回カンヌ国際映画祭のある視点部門で上映され、無冠に終わったものの概して高い評価を得た。2014年、1970年代のマルコス政権下のフィリピンの農村を舞台にした『昔のはじまり』を発表。第67回ロカルノ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、金豹賞を受賞した。

作品
Serafin Geronimo: Kriminal ng Barrio Concepcion (1998年)
Burger Boys (1999年)
Hubad sa Ilalim ng Buwan (1999年)
Batang West Side (2001年)
Hesus, rebolusyunaryo (2002年)
Ebolusyon ng Isang Pamilyang Pilipino (2005年)
Heremias: Unang aklat - Ang alamat ng prinsesang bayawak (2006年)
Kagadanan sa banwaan ning mga Engkanto (2007年)
Melancholia (2008年)
Purgatorio (2009年) 短編
蝶は記憶を持たない Walang alaala ang mga paru-paro (2009年) 短編
Elehiya sa dumalaw mula sa himagsikan (2011年)
Siglo ng pagluluwal (2011年)
Babae ng hangin (2011年)
Florentina Hubaldo, CTE (2012年)
Pagsisiyasat sa gabing ayaw lumimot (2012年) ドキュメンタリー
北 (ノルテ) ― 歴史の終わり Norte, hangganan ng kasaysayan (2013年)
Prologo sa ang dakilang desaparacido (2013年) 短編
Ang alitaptap (2013年) 短編
Alamat ni China Doll (2013年) 脚本のみ
昔のはじまり Mula sa kung ano ang noon (2014年)
Mga anak ng unos (2014年) ドキュメンタリー
痛ましき謎への子守唄 Hele sa Hiwagang Hapis (2016年)
立ち去った女 Ang Babaeng Humayo (2016年)



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# by sentence2307 | 2018-09-15 13:03 | ラヴ・ディアス | Comments(0)
以前このブログで、「あったかもしれない渡辺邦男監督の『七人の侍』」というコラムを書いたことがありました。正確なタイトルは、すこし違うかもしれません、忘れてしまいました。

ときの流行を敏感に反映しなければ、「映画」という産業は成り立たず、すぐに大衆から見放されかねない危機を常にはらんでいることは、実際、過去に何度も経験してきたことだと思います。

しかし、大衆におもねってばかりいると、じきに飽きられてしまうという側面も、また見すごしにはできません。

「七人の侍」において黒澤明監督が、当初むすんだ契約を無視して、撮影にあまりにも時間をかけすぎることに業を煮やした会社の上層部は、黒澤監督への嫌がらせか、単なる脅しにすぎなかったとしても、後半部分は監督を交代して早々に撮り上げようという話まで飛び出した、というエピソードを紹介しました。候補に挙がった監督は、早撮りの巨匠の異名を持つ渡辺邦男監督です。

上層部から、やいのやいの言われて、イササカうんざりしていた黒澤監督が、気も弱っていたこともあって、その監督交代の話を「了承してもいい」の一歩手前までいったということを、そのときはじめて知りました。

しかし、渡辺邦男監督の「七人の侍」というのも、結構面白いものに仕上がったかもしれません。

前半では威厳があって重厚だった志村勘兵衛が、後半では一変して妙に軽々しくなり、踊りながら歌なんぞも歌ったりして(「鴛鴦歌合戦」1939の例があります、あのときも、既にお爺さんでした)、へらへらしながら、たまには志乃のお尻を撫ぜたりして、キャッキャッと飛び跳ねながら、ついにラストは、百姓も野武士も死んだ亡者たちも総出で、やけっぱちのヒステリー気味大団円、なんと後半部分はわずか1週間と半分で撮り上げたぞという撮影所長の賛辞のコメントが添えられたにこやかなツーショット写真が新聞に掲載され、さらに、「いやいや、1週間と半分の『半分』の方は余計だったな、馬さえオレのいうことを聞いてくれていれば、もっと早く撮れたはずだ、相手が動物じゃ仕方ないけどな、ワッハッハ」みたいなコメント付きの渡辺監督の写真も掲載されていて、これもまた違った伝説的な映画になっていたかもしれません。いまのような世界で1~2を争う名作とはいかないまでも、カルトムービーで生き残るという途もありますし。

そして、自分は、このいきさつを読んだとき、ずいぶん象徴的な話だなと思いました。

黒澤監督は、作品を作るうえにおいて、自分の信念とか構想を曲げてまで「時流」に乗ったり、取り入れたりするようなタイプの映画監督なんかではありません。

たとえ契約書に「撮影期間」という欄があって、そこに何かを記載しなければならないから、適当な日付を記入するだけのことで、最初からそんなものに従う気など毛頭なく、自分が取りたいものを納得できる時間をかけて撮るだけの話で、会社側も「少しくらいなら仕方ないか」と諦め半分のつもりでいて、それでもズルズルと引き延ばされ、とうとう資金繰りも尽きて、そろそろ「破産」の危機が現実的なものとなるにあたりで、とうとう切羽詰まって監督交代の話まで出てきたのだろうと思います。

たしかその頃だったと思います、この「あったかもしれない渡辺邦男監督の『七人の侍』」というフレーズが気に入って、しばらく、ひとり遊びに耽ったことがありました。

つまり、「あったかもしれない〇〇〇〇監督の『〇〇〇〇』」という○○の部分に適当な言葉を入れ、妄想を膨らませて楽しむのです。

例えば、小津安二郎の「仁義なき戦い」とかね。

小津監督は、松竹の監督ですから、メロドラマとか、軽い小市民映画(小津監督の小市民映画は、本当は「軽重たい」という本当は深刻な作品が多いのですが)などは、お手のものだと思うので、どうしても「東映」のやくざものとか、「日活」の社会派作品とかしか思い浮かびません。だけど、小津監督自身は、推測ですが「暴力描写」はあまり好きではないとお見受けしました、だって、「風の中の牝鶏」で、亭主が売春した妻を階段から突き落とす場面など、ずいぶん無理して撮ってるなあという痛々しい印象を受けましたから。野田高梧が、「風の中の牝鶏」を小津安二郎らしくないと言った意味が、なんとなく分かるような気がします。

それから、成瀬巳喜男の「四畳半襖の裏張り」なんていうのは、どうでしょうかね。あっ、これなら、なんとなく「あり」な気がしますね。あるある、きっと、ありそうだ。でも、成瀬監督は、濡れ場のシーンは、「そういうイヤらしいことは、やめましょう」とかなんとか言って、シーンやセリフをどんどん消してく人ですから、きっと濡れ場シーンのない「四畳半襖の裏張り」ができあがると思います。でも濡れ場シーンがない分だけ役者に複雑微妙な演技を求めるわけで、思えば、「山の音」なんて随分、隠微な夫婦の性生活が暗喩的に描かれていて、それを原節子は、夫から強いられる性技への嫌悪と、そういうことにどうしても応じられない、「女」に成り切れない自身の頑なさへの劣等感との葛藤が、微妙な表情と、身をすくませるようにして生理的に受け入れられない嫌悪をみごとな象徴的な演技で魅せてくれました。

考えてみれば、時代が進めば進むほど性行為の描写がどんどん許容されつづけ、それが直接的になればなるほど、印象度はますます薄まり、現在では「そのものズバリ」の性行為を(こうなると、もはや演技ではありませんが)行う女優も男優も、ほとんどの俳優が、真正な意味で、ついに「顔」そのものを失ってしまったということができると思います。

無限に続きそうな言葉遊びに飽きてきたころ、古い友人から「沢島忠全仕事」(ワイズ出版)をロハで譲り受けました。時間が空いたときなどに、思いついたところを適当に開いて拾い読みしているのですが、偶然読んでいたページにこんなことが書かれていました。


―― 右太衛門さんは、はじめてですか。

沢島 監督になってからも、私は若手ばかり撮っていましたから、市川先生には一本もご縁がなかった。今度はじめて監督することになった。所長も代わって。髙橋さんが所長でしたから。右太衛門さんがあんたとやりたがっているって。じゃあ、行きましょうと。
それで、「赤ひげ」が撮りたいって言ったんです。僕は前から山本先生の原作を読んでましたから。おお、ええやないかと。右太衛門先生もそれでいけと。喜んでホンを書いたんです。
そのころ、右太衛門先生は、南禅寺に物凄い大きな邸宅をお建てになった。北大路の家を売って。疎水の水が庭に引き込まれて、庭の池に鯉がピチピチしてて、門を入ってから玄関に行くまで、しばらく玉砂利を踏んでいかないとつかない。
大邸宅の応接間でホン読みしたんです。「赤ひげ」の。
「あかん、こんな地味なものはだめだ」即座におっしゃった。「小石川療養所なんて、そんな貧弱なものはだめだ。道場を持っていて、その横に診療所があって、剣と医術両方をやっている。街を歩くときは、〈悪鬼必殺道場〉と書いたのぼりをもって、それで庶民の治療に当たる。女にもてる。酒は強い。これをそのように書き直して」
もう封切りも決まっているしね。これを直すのは大変なんですよ。でも、右太衛門先生らしいでしょう。もっともこれは右太衛門先生らしい話です。それで急遽やり直しましたけれどもね。長崎から帰ってくる若い医学生の役が千代ちゃんだった。

――黒澤監督作品で加山雄三がやる役が千代之介さんに決まってたんですか。

沢島 私がそういうふうに配役していた。アタマから千代ちゃんを使うことになってるから。年のことは言わんでください。会社から与えられるものを私たちはやらなきゃならない。そういう監督ですから。黒澤さんみたいに自分が好きなものを全部呼んできてやるんじゃないんです。僕らのは、主役級を全部与えられる。右太衛門さん、千代之介さん、それから里見君。女は月丘夢路さん。これだけくらいは決まっている。その中で、こっちが料理していくんです。「赤ひげ」の原作に当たった役は皆あったんです。急遽変わりましたから、それを全部違う役にして、書き直しましたが、少し原形がのこるんです。これは山本周五郎先生の所へ許可を貰いにいかないかん。
先生は前の「暴れん坊兄弟」をすごく気に入ってもらってた。あれは先生の「思い違い物語」を脚色したんです。それで、僕のことをすごく信用してもらっていたから、企画部長の渡辺さんが、先生の所へお許しを貰いに行ってくださった。そしたら、山本先生は、「いいじゃないですか。時代劇の世界っていうのは、狭い世界だから、似た話もありますよ」って。許してくださった。




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# by sentence2307 | 2018-09-12 22:34 | 黒澤明 | Comments(0)

風雲城史

長年、使い慣れてきたので、ついついフィルムセンターと言ってしまいますが、今年の4月から「国立映画アーカイブ」と言わなければいけないんでしたっけね。

なかなか慣れることができません。

その開館を記念する上映会のチラシというのを見かけました。

開催期間は、10月16日~10月21日とあり、これまたずいぶん先の話なんだなと、当初は思い、「そんな先の話を、いまから告知しているのか。やっと夏休みが終わったばかりじゃないか」という気さえしたのですが、すぐに考えを改めました。

この夏休みの終わり方の早さを思えば、1か月なんて、その調子でまたたく間に過ぎてしまうに違いありません。

ですので、「10月16日~10月21日・上映会」の告知というのは、決して時期尚早でもなんでもないのだなと考えを改めた次第です。

その上映会のタイトルは、「映画を残す、映画を活かす。―無声映画篇―」ということで、ほぼ100年前に作られた映画7本(6プログラム)を上映すると書かれています。

上映プログラムの作品の詳細については末尾に掲げましたので、ご参照ください。

その上映作品のうち、日本映画は、トーマス栗原監督の「成金」1918と、山崎藤江監督の「風雲城史」1928の2本です。

この2本の作品について調べてみようと思い、インターネットで関連情報を検索してみたのですが、情報らしい情報がまるっきりないのには驚きました。

とにかくこうしてフィルムセンター(国立映画アーカイブ)の上映の予告があったわけですから、もう少しなんらかの記事がアップされていてもよさそうなものと(なにせ、「あらすじ」さえロクなものがないのです)、未練がましく、しばらく「クリック・クリック」していたら、こんな一文に遭遇しました。


《風雲城史(無声)
昭和3年(1928)2月10日公開の松竹下加茂=衣笠映画聯盟映画。
全6巻構成で、父が殺害される場面が抜け落ちているらしい。
監督 山崎藤江は、衣笠映画聯盟に所属していたようで、6本しか監督作品はなく、活動期間は2年間だった。
原作脚色 星哲郎
撮影 円谷英一;円谷英二》

なるほど・なるほど、もし、この監督「山崎藤江」を「やまざき・ふじえ」と読むのだとしたら、当然女性監督でしょうし、それに、実質活動期間2年とは、これまた怪しいじゃないですか。なんか、あったな、という桃色の予感がします。あまりにも不自然に短すぎると、俄然ミステリアスな興味が湧いてきて、ちょっとその生涯を調べてみたくなりますよね。

そりゃそうですよ、女性がからんでくるとなると、情交がらみなんてことも大いにあり得るわけですから、こりゃ楽しみだわ、「ああっ、だめ」とか「いや~ん、いけませんわ」とか、考えているうちに、もうじっとしていられなくなりました。性分です。もちろん性向とか妄想好きというのもあります。これ、言い方が違うだけで、同じ意味かもしれません。

これから映画を生業としようかと考えている方々にひとこと申し上げておきますが、「変態」と「映画好き」とは、同義です。情熱のミナモトです。これなくしては、そのうちに、なにひとつ生み出せなくなり、一歩も前に進めなくなりますよ。


まずは、インターネットとjmdbでフィルモグラフィを確認しました。

★山崎藤江
(「やまざき・とうこう」と読みます。れっきとした男性です、な~んだ、がっかり。1903年生まれなので「風雲城史」を撮った時は25歳です)

監督
1.1927.09.30 紅涙  衣笠映画聯盟=松竹下加茂
2.1927.10.28 蝙蝠草紙  衣笠映画聯盟=松竹下加茂
3.1927.12.23 天保悲剣録  衣笠映画聯盟=松竹下加茂
4.1928.02.10 風雲城史  衣笠映画聯盟=松竹下加茂
5.1928.03.31 白井権八  衣笠映画聯盟=松竹下加茂
6.1928.08.20 おんぼろ草紙  中根プロ

脚本
1.1927.09.30 紅涙  衣笠映画聯盟=松竹下加茂

原作
1.1927.09.30 紅涙  衣笠映画聯盟=松竹下加茂

なるほど、なるほど、確かに2年間で6本監督していますね。「情交がらみ」というのは、さすがに期待薄でしょうけれども、でも調べてみるだけの価値はありそうです。

さっそく、キネマ旬報の「日本映画監督全集」を取り出して「山崎藤江」の項を読んでみました。しかし、読んでみて、びっくりしました。「なんですか、これは」という感じです。

この「日本映画監督全集」のどの記事も、その映画作家がどこで生まれ、どういう生い立ちで、何年にどういう作品を監督して、とくに何々という作品が高く評価されて代表作となり、何年に没したということが書かれていればOKで、読者もそれ以上のことは望んでいないという本だと思います。ここに書いている多くのライターたちも、そのことは十分に承知していて、事実のみを簡潔に書こうとしている印象は受けます。

少なくとも、評伝執筆者は、本人の気配を極力「殺して」客観的に書くというのが、一般的ルールなのだろうなと自分でも信じていました。例えば「黒澤明」の項目を見るのは、黒澤明の作家活動と生涯を知りたいと思うからで、この評伝・記事を書いているライターの意見が知りたいと思って読むわけではありません。極端に言えば、黒澤明本人が一人称で語っていると思わせるくらいが相応しいと思っています。

この「山崎藤江」の項目を書いたのは、映画評論家の岸松雄という人、自分も以前、記事から引用をさせてもらったことがあるので、ある程度の知識はあったのですが、並み居る巨匠監督(清水宏、成瀬巳喜男、山中貞雄ら)に対して上から目線のため口で見当違いな作品評や内輪話でお茶を濁しているというだけの、およそ映画評論家などというには、おこがましい、ただ業界の噂話や裏話にやけに詳しいだけの、陰では皆から嫌がられているタチの悪い業界誌のドンみたいな印象でした。

しかし、今回、この「山崎藤江」の項目の評伝記事を読んで意を改めたのかというと、そうではありません、さらに「意を強くした」と書きたいのです。

例えば、こんな箇所

《出生地も学歴もわからない。松竹蒲田撮影所に入社、野村芳亭監督の宅に身を寄せ、助監督として大いに働いた。その後、下加茂に移り、助監督を務めた。食満南北の原作を三村伸太郎が脚色した28年の「海国記」は衣笠貞之助監督の自信作であるとともに三村も処女作として情熱を打ち込んだものであった。チーフ助監督はたしか古野英治ではなかったかと思う。脚本料もたくさん貰うし、撮影所での評判も良かったので、だれかが脚本家より監督になったらとすすめた。三村も少しその気になったが、助監督時代の山崎が、タッツケ袴、草鞋ばき、腰にトンカチを差し込んでいる姿がどうしても気に食わない。あんな格好をしなければ監督に成れないのならごめんだと思った。三村は翌29年下加茂を出て河合映画に入った。》

自分が編集者で、執筆者からこの原稿を持ち込まれたら、まずは受け取りを拒否するかもしれません、ここには「山崎藤江」のことなんか、まるで書かれてないじゃないですか、とね。

あるいは、2行目の「食満南北の原作を三村伸太郎が~」の部分以下すべての削除を求めると思います。

怒った岸先生が怒気荒く「どうしてだ!!」と詰め寄ってきたら、こう言おうと思っています。

「ここには、山崎藤江についてのことなど、なにひとつ書かれてないじゃないですか。書いてあるのは、三村伸太郎がどうしただとか、下加茂を出て河合映画に入っただとか、山崎とはまるで関係のないことでしょ、そして、そのすべてをひっくるめて、おれはこいつらのことは何でも知ってるんだぞという岸先生のくさいエリート臭がぷんぷんと匂ってくるんですよ、先生がどんだけ偉いか知りませんがね、こんな愚にもつかないものを読まされたら大枚を払って本を買った読者はたまらんですわ」なんてね。

「それにですよ、山崎は衣笠映画聯盟にいたときは毎月のように切れ目なく映画を撮っていたのに、5本を最後にぴったり撮らなくなって、それから6か月おいて中根プロというところで『おんぼろ草紙』(中根竜太郎主演)という作品を撮ってますよね。ふつうなら、この間のブランクになにかあったと思うのが普通ですよ、何かあって移ったのか、移ったこと自体がトラブル(背信とか)の原因だったのか、しかもこの作品が、山崎藤江の最後の作品になっているんですよ。そして山崎にとって、この作品の不評ないし失敗が致命的だったんでしょう? そこは情報通の先生だ、本当はなにもかもすべて知ってるんでしょう、知ってて書かないっていうなら、そりゃあずいぶんお人が悪いな。

さらに、評伝のラストの方には、こんなふうに書いてますね。

《以後、山崎は、翌28年まで5本の作品を作ったが、同年5月、日本映画プロダクションの創立とともに、中根プロで中根竜太郎主演の「おんぼろ草紙」を発表する。その当時、山崎は下加茂の永田雅一の別邸に留守番代わりに住んでいたが、ある夜、学生時代からの友人の箕浦甚吾がやってきて、なにごとを企んだか、2人して夜具布団をかついで東京へ行ってしまった。衣笠貞之助が心配して探したが分からない。しかし、夜具布団まで持ち出したのだから、よほどの決心に違いない。東京に来た2人はプロダクションを起こそうとして奔走したが、うまくいかなかった。と同時に「白井権八」などで林長次郎の相手役として抜擢し、恋愛関係にあった糸浦柳子(のちの日活スター櫻井京子)とも別れることになった。それからの山崎の消息はヨウとしてわからない。》

「それからの山崎の消息はヨウとしてわからない。」

これですよ、これ。

いかにも昔気質のやくざな活動屋らしくて、いいじゃないですか、この消息不明。

活動屋は、こうでなくっちゃいけませんよ、天才ばかりじゃ息が詰まる。

撮った作品は凡庸なものばかり、べつに人の評価を待たなくたって、そんなことは自分が一番よく分かってます。くさって、やる気も失せていくうちに、だんだん仕事だって来なくなる。

ついに映画が撮れなくなって、仕方なく東京にでも行ってプロダクションを立ち上げて一旗揚げようと、義理ある人に不義理して内緒で東京に出てきたものの、思うように金が集まらず、ついに夢破れて失意と落胆の日々を下町のスラム街に身を隠して酒浸りの日々を送っている。

そのうち不義理をした永田雅一の追手に見つけられ、追い詰められて、ついに消されてしまったなんていうの、どうでしょう。結構いけるかもしれませんよ、岸先生。

「馬鹿野郎!!」



【風雲城史のあらすじ】
若武者相沢新八は、文武の修行を終えて、3年ぶりに江戸から懐かしい故郷に戻ってきた。丘の上から城下を見下ろす新八は、恋人の千草との思い出を胸に秘めて懐かしんでいた。しかし、兄英之進らの話によると、城内には陰謀の嵐が吹きまくっており、多くの忠臣が反逆の徒の手に掛かっていた。新八の父も暗殺の魔手に倒れ、兄英之進は不治の病でお家の一大事に手をこまねいていなければならなかった。それよりも新八を落胆させたものは、恋人千草が、城主の輝秋の目に叶い、いまでは愛妾お蘭の方として大奥の人となっていたことだった。輝秋の従兄で謀反の張本人である左門之助は、傷心の新八に近づいて煽動し、自分の一派に引き入れようと計ったが、恋人を奪われた恨みはあっても、主君に対する臣下としての道を踏み外す新八ではなかった。陰謀を漏らした新八を左門之助は亡き者にしようと幾度か襲ったが果たさなかった。一方、恋人千草は、3年前に楽しく語り合った丘の上の思い出を懐かしみながら、城内で毎日淋しく新八の幻を思い描いていた。そうしたある夜、新八は一目千草に会いたさに大奥に忍び込んだ。そのことは城主の反感を買ったばかりでなく、友人たちにも反逆者の一味であると誤解された。兄英之進は弟の冤罪をそそぐために切腹した。かくして新八は天誅の刃を振って左馬之助を倒し、反逆の徒を一掃するにおよんだ。彼の名声は国中に広まったが、悲しい恋の痛手はいやせなかった。主君輝秋公は、自分の命が救われたのを喜びながらも、千草をはさんでの恋敵新八をこころよく思わなかった。新八が国を旅立とうとした日、彼のもとに届けられたのは千草の黒髪であった。

(1928衣笠映画聯盟=松竹キネマ・下加茂撮影所)監督・山崎藤江、脚色・星哲六、原作・星哲六、撮影・円谷英一(英二)、
出演・林長二郎(相沢新八)、風間草六(相沢英之進)、中川芳江(母節女)、千早晶子(千草・お蘭の方)、小沢茗一郎(城主峰谷輝秋)、相馬一平;高勢実乗(従兄左門之助)、小川雪子(愛妾お京の方)、正宗新九郎(二階堂十平太)、阪東寿之助(輝秋の側近)
1928.02.10 浅草電気館 6巻 白黒 無声



長谷川一夫は、1908年(明治41年)12月27日、京都府紀伊部堀内村字六地蔵に生まれた。のちにこの土地は、京都市伏見区桃山六地蔵となる。1913年(大正2年)、5歳の時に初舞台を踏み、1914年(大正3年)関西歌舞伎の琴高屋中村福円に弟子入りして中村一夫を名乗り、1917年には嵐佳寿夫と改名、翌18年に関西歌舞伎の大御所初代成駒屋中村鴈治郎の門に入り、鴈治郎の長男林長三郎のもとで林長丸と名乗って修行を積むことになった。
日本における最初の映画スターと目される「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助は、日本映画の父マキノ省三によって発見され、育てられた俳優であった。それ以来、映画俳優を歌舞伎の世界に求める気運が強く、初期日本映画の時代劇スターは、ほとんど歌舞伎出身者であった。歌舞伎の世界では、親子代々の世襲制度が厳然としてあったから、名門に生まれた子でなければ大名跡(だいみょうせき)は継げず、その他の者は実力のいかんを問わず下積みに甘んじなければならなかった。松之助以降の時代劇スターとして名をはせた嵐寛寿郎、阪東妻三郎、大河内伝次郎、市川右太衛門、片岡千恵蔵、市川百々之助等々、彼らに共通しているのは、歌舞伎の世界で傍流を歩まざるを得ない人々であった。一時代前まで「河原乞食」と蔑まれていた歌舞伎の人々が、新興勢力たる「活動俳優」を逆に見下すという現象が生じた。日本の演劇界の主流をなす歌舞伎界に一大勢力を持つ松竹は、映画界に進出したものの、先発のマキノ、日活、帝キネなどに比べて時代劇部門で遅れをとり、歌舞伎の世界から新人を引き抜かれて大スターに育っていくのを指をくわえて見ていなければならなかった。そこで松竹でも時代劇用の下賀茂撮影所の人気スターを育成しようとして、弱冠18歳の林長丸に白羽の矢を立て、1926年12月25日入社して林長二郎と改名した。ここに日本映画界に「永遠の美男スター」として足跡を残すことになった。映画俳優長谷川一夫の誕生を迎えたのであった。
翌1927年3月19日、入社第1回作品「稚児の剣法」が封切られた。監督は犬塚稔(1901年生まれ)で、下加茂の脚本部員からこの作品で監督としてデビュー、撮影の円谷英一(英二)もこの作品で一本立ちになるという新人トリオの作品となった。林長二郎は注目の的となり、この年1927年中だけでも14本の作品に出演しています。

稚児の剣法(1927.03.19衣笠映画聯盟=松竹下加茂)須田市次郎
お嬢吉三(1927.04.01衣笠映画聯盟=松竹下加茂)
乱軍(1927.04.15衣笠映画聯盟=松竹下加茂)
鬼あざみ(1927.04.29衣笠映画聯盟=松竹下加茂)並木麗三郎
勤王時代(1927.05.29衣笠映画聯盟=松竹下加茂)小柳吉之助
板割浅太郎(1927.06.15衣笠映画聯盟=松竹下加茂)
女夫星(1927.06.30衣笠映画聯盟=松竹下加茂)
御用船(1927.07.22衣笠映画聯盟=松竹下加茂)
破れ編笠(1927.08.12衣笠映画聯盟=松竹下加茂)梁瀬籐十郎
暁の勇士(1927.09.01衣笠映画聯盟=松竹下加茂)草間柳太郎
紅涙(1927.09.30衣笠映画聯盟=松竹下加茂)冬木佑之助
蝙蝠草紙(1927.10.28衣笠映画聯盟=松竹下加茂)手代新助
月下の狂刃(1927.12.01衣笠映画聯盟=松竹下加茂)
天保悲剣録(1927.12.23衣笠映画聯盟=松竹下加茂)南條神之助

この作品の監督山崎藤江は、巨匠衣笠貞之助が主宰する衣笠映画聯盟に属し、犬塚稔、円谷英一らも衣笠のもとにあり、この当時下加茂の時代劇作品は聯盟との提携によっていた。
この作品「風雲城史」は、長二郎デビュー以後18本目の作品である。




国立映画アーカイブ開館記念
≪映画を残す、映画を活かす。-無声映画篇―≫ プログラム

★囁きの合唱 The Whispering Chorus
会社の金を使い込み、その発覚を恐れて死を偽装するも、やがて自らの「殺人」の犯人として窮地に立たされる男。暗闇にぼんやり現れる「顔」たちの“囁き”が、男を追い詰めてゆく。デミルが自伝で経歴上の転換点になったと語る心理ドラマ。ジョージ・イーストマン・ハウス(現ミュージアム)復元による染色版を上映。
(1918フェイマス・プレイヤーズ=ラスキー)監督・セシル・B・デミル、原作・パーレイ・プーア・シーハン、脚本・ジェニー・マクファースン、撮影・アルヴィン・ワイコフ、美術・ウィルフレッド・バックランド
出演・エリオット・デクスター、レイモンド・ハットン、エディス・チャップマン、キャスリン・ウィリアムズ
(93分・18fps・35mm・無声・染色)

★ぶどう月 Vendémiaire
第1次世界大戦中のフランス。一人の傷痍軍人が自分のぶどう農園に避難民を受け入れるが、そこへベルギー人に偽装した2人のドイツ軍人が紛れてくる…。連続活劇の王ルイ・フイヤードが、故郷の南仏ラングドック地方を舞台に、祖国愛を訴えた大作。題名は、ぶどうの収穫期を示すフランス革命暦の月の名前。
(1918ゴーモン)監督脚本・ルイ・フイヤード、撮影・レオン・クロース、モーリス・シャンプルー
出演・ルネ・クレステ、エドゥアール・マテ、ルイ・ルーバス、ガストン・ミシェル、ジョルジュ・ビスコ
(148分・18fps・35mm・無声・白黒)

★成金
トーマス栗原の数少ない現存作品で、輸出映画”SANJI GOTO”として製作されたスラップスティック喜劇。前半部のみ現存。
(1918東洋フィルム)監督・ハリー・ウィリアムズ、トーマス栗原、撮影・R・D・アームストロング
出演・中島岩次郎、木野五郎、鈴木美代子、鈴木千里、ナダ・リントン
(34分・15fps・35mm・無声・白黒・部分・英語インタータイトル/日本語字幕付)

俳優名(誤)中島岩次郎→(正)中島岩五郎

●参照  JMDBで映画「成金」を検索した結果

☆成金
(1921大活)監督・栗原喜三郎
出演・中島岩五郎、木野五郎、鈴木美代子、鈴木千里、ナダリントン
製作=大活 1921.09.02 水天館 5巻 白黒 無声


●wikiで映画「成金」を検索した結果

☆成金 Sanji Goto - The Story of Japanese Enoch Arden
1918年(大正7年)ごろ、横浜の東洋汽船の子会社・東洋フィルム会社が製作し、まずアメリカ合衆国で上映されるべく、Sanji Goto - The Story of Japanese Enoch Arden (「ゴトウサンジ - 和製イノック・アーデン物語」の意)のタイトルで輸出された。同社は、1920年(大正9年)4月に大正活映と改称され、1921年(大正10年)9月2日に東京・日本橋人形町の水天館で公開された。トーマス・栗原監督による日本のサイレント映画である。
1990年代にアメリカで、英語字幕のみの輸出版プリントが発見され、東京国立近代美術館フィルムセンターに収蔵された。同センターは現在、29分、16ミリフィルムの部分プリントを所蔵している。
(1918製作・東洋フィルム会社、1921配給・大正活映)
監督・トーマス・栗原、製作総指揮・ベンジャミン・ブロツキー、撮影・アームストロング、稲見興美、
出演・中島岩五郎・中島洋好(ゴトウサンジ)、木野五郎(金子)、鈴木美代子、鈴木千里(花子)、ナダ・リントン
初回興行 : 日本橋人形町・水天館 1921年9月2日 5巻 モノクロフィルム スタンダードサイズ(1.33:1) - サイレント

★風雲城史
若々しくキレのある殺陣が魅力的な、林長二郎(長谷川一夫)デビュー翌年の作品。帰藩した相沢新八は、許嫁の千草が藩主の側室となっていることを知り愕然とする。1977年にベルギー王立シネマテークで発見された1本。
(1928衣笠映画聯盟=松竹下加茂)監督・山崎藤江、原作脚本・星哲六、撮影・円谷英一、
出演・林長二郎、小沢茗一郎、相馬一平、小川雪子、千早晶子、正宗新九郎
(68分・20fps・35mm・無声・白黒・英語字幕付)

★のらくら兵 Tire au flanc
軍隊に入れられた詩人と召使が巻き起こすドタバタ騒動を描き、若きトリュフォーに「フランスでつくられた最も愉快な映画の一本」と言わしめた傑作喜劇。怪優ミシェル・シモンが、いやいや兵役につく召使いを熱演。
(1928ネオ・フィルム〔ピエール・ブロンベルジェ〕)監督脚本・ジャン・ルノワール、脚本・クロード・エイマン、アンドレ・セール、アルベルト・カヴァルカンティ、撮影・ジャン・バシュレ、美術・エーリク・オース
出演・ジョルジュ・ポミエス、ミシェル・シモン
(130分・16fps・35mm・無声・白黒)

★東洋の秘密 Geheimnisse des Orients/ Secrets of the East
アラビアン・ナイトの物語を下敷きに、聴けば踊りだす笛を手にした靴職人の、笑いありロマンスありの冒険譚。大胆なアール・デコ様式の美術、バスビー・バークレーに先立つ幾何学的振付けのダンスシーン、要所で使用されるステンシル・カラー技術も見所。
(1928ウーファ/シネ・アリアンス)監督脚本・アレクサンドル・ヴォルコフ、脚本・ノルベルト・ファルク、ロベルト・リープマン、撮影・クルト・クーラン、ニコライ・トポルコフ、フョードル・ブルガソフ、美術・アレクサンドル・ロシャコフ、ヴラディーミル・マインガルト
出演・ニコライ・コリン、イヴァン・ペトロヴィッチ
(103分・20fps・35mm・無声・染色/彩色)

★エリソー Элисо
1864年、帝政ロシアはグルジア(ジョージア)山岳地帯の少数民族たちを強制移住させようとしていた。チェチェン人は、ヘフスル人と宗教の違いを超えて友好関係にあったが、ロシアの策謀で移住承諾書にサインさせられ、チェチェンの娘エリソーは恋人とも引き裂かれてしまう。
(1928ゴスキノプロム・グルジー)監督脚本・ニコライ・シェンゲラーヤ、原作・アレクサンドル・カズベギ、脚本・セルゲイ・トレチャコフ、撮影・ヴラディーミル・ケレセリジェ、美術・ディミトリ・シュワルナゼ
出演・キーラ・アンドロニカシヴィリ、コフタ・カララシヴィリ
(110分・16fps・35mm・無声・白黒)

≪参考≫
まだ見てないテンギズ・アブラゼ監督の「祈り 三部作」
ジョージア(やっぱ「グルジア」の方が、イメージつかめますね)・・・
ジョージア映画の不朽の名作であり、巨匠テンギズ・アブラゼ監督が 21 年の歳月をかけて完成させた「祈り 三部作」<『祈り』(67)、『希望の樹』(76)、『懺悔』(84)>を日本で初めて一挙上映することが決定、8 月 4 日(土)より岩波ホールほか順次全国にて 3 作品同時公開される。あわせてポスタービジュアルと本予告編が完成した。
コーカサスの国、ジョージア(グルジア)に、映画が誕生して今年で 110 年。一世紀を超える雄大な時の流れを感じる節目の年に、世界映画史の金字塔とよばれるジョージア映画の不朽の名作が日本で初公開される。その映画とは、実に 51 年の歳月を経て日本初公開を迎えることとなり、ジョージア映画史の戦後の発展を担ってきた巨匠テンギズ・アブラゼ監督が 20 年の歳月をかけて完結させたトリロジーの一作目である『祈り』。
この『祈り』日本初公開を受けて、アブラゼ監督渾身のトリロジーであり、世界的にも伝説と化していた「祈り 三部作」の一挙上映が今夏、日本で実現。宗教間の対立を描き、人間の尊厳と寛容を謳った『祈り』(67)に加え、1979 年のダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を受賞した『希望の樹』(76)、そして 1987 年のカンヌ国際映画祭の審査員特別賞を受賞した『懺悔』(84)の三作品が同時公開。いずれも異なる視点から、一貫して社会の不条理を告発した作品だ。
このたび解禁されたポスタービジュアルは、『祈り』に登場する少女が右手に蝋燭をかかげながら暗闇に佇む静粛さを感じさせる場面写真が挿入され、『祈り』の作品そのもののような白と黒のコントラストが印象的なビジュアルとなっている。また解禁された予告編は 3 作品の特徴を印象付けるものとなっており、『希望の樹』の若者2人の瑞々しいやり取りが映し出された次には、スターリン時代の粛清を描いた『懺悔』の象徴的なシーンが挟み込まれ、最後に『祈り』の白と黒のコントラストに圧倒される、まさに三者三様の描き方でアブラゼのメッセージを受け取ることのできる予告編となっている。

【「祈り 三部作」 上映作品】
★『祈り』<日本初公開>
日本初公開。19 世紀ジョージアの国民的作家 V・プシャヴェラの叙事詩をもとに、モノクロームの荘厳な映像で描いた作品。ジョージア北東部の山岳地帯に住むキリスト教徒とイスラム教徒の因縁の対立を描き、敵味方を超えた人間の尊厳と寛容を謳う。
<受賞歴>
1973 年サンレモ国際映画祭グランプリ
1967 年/ジョージア映画/ジョージア語/白黒/78 分/シネマスコープ
★『希望の樹』
20 世紀初頭、革命前のジョージア東部カヘティ地方に美しい農村。時代の大きな変化を予感して村人たちはそれぞれに動揺していた。そのなか美しい娘と青年の純愛は古い掟と因習のために打ち砕かれてゆく。20 世紀を代表する G・レオニゼの短編集が原作。
<受賞歴>
1977 年全ソヴィエト映画祭大賞、テヘラン国際映画祭金牛賞、1978 年カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭特別賞、1979 年ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞
1976 年/ジョージア映画/ジョージア語/カラー/107 分/スタンダード

★『懺悔』
架空の地方都市で、元市長の墓が何者かに暴かれ、犯人の女性が捕らえられる。彼女の証言によって、元市長の独裁により、多くの市民が粛清されたことが明らかになってゆく。スターリン時代を描いたといわれ、ソ連邦のペレストロイカの象徴となった。
<受賞歴>
1987 年カンヌ国際映画祭審査員特別賞・国際批評家連盟賞・キリスト教審査員賞、シカゴ国際映画祭審査員特別賞、1988 年ソ連アカデミー賞作品賞、監督賞、主演男優賞、撮影賞、脚本賞、美術賞
1984 年/ジョージア映画/ジョージア語/カラー/153 分/スタンダード © Georgia Film ,1984



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# by sentence2307 | 2018-09-10 15:49 | 衣笠貞之助 | Comments(0)

鏡獅子

先日、神田の古本屋街をぶらぶら歩いていたら、映画・演劇関係の書籍や資料を扱っている店で、めずらしいものを見つけました。

むかし(1970年前後だったと思います)、フィルムセンターが出していた30頁~40頁くらいのカタログですが、同センターで特集上映(フランス映画特集とかアメリカ映画特集とか)する際に、作品の詳細な解説をしたカタログを同時に発行・販売していました、いまにして思えばとても貴重で、なかなか有益な資料でした。

当時、リアルタイムでそのカタログを買った号もありますし、買いたくても買えなかったものもあります。

たぶん、そのときの価格は200円とか300円くらいのものだったと思いますが、それでも毎回買うというのは、自分には、ちょっと経済的にしんどくて躊躇せざるを得なかった価格だったかもしれません。

いまでも、ときおり古書を扱っているサイトを検索し、安いものがあれば買おうと思って狙っているのですが、当時200円・300円くらいのものが、いまでは2000円とか3000円の高値がついて取引されているのをみると、やはり積極的に買おうという気持ちにはどうしてもなれません、つねに手元不如意の状態にある自分には、いつまでたっても買えないものだなと半分は諦めています。

そんなとき、神田の古本屋でそのカタログが数冊まとめて売りに出されているのを見つけたのでした、瞬間「やったぜ!」という気持ちにはなりましたが、やはりそこは価格次第の話です、糠喜びはできません。

さっそく表紙裏に貼られている価格をみたら、どのカタログも1000円と記されていました。

う~ん、「安い!」というまでの値段とは思えませんが、現在2000円とか3000円で取引されていることを考えれば、思わず身を委ねたくなるような魅惑的な価格であることは間違いありません。

ここは、少し冷静になって考えてみる必要があります。

まず、この価格が「売りに出ている物をすべて買えるような安さか」といえば、そうではありません。

では何冊買える? 例えば、3冊買って3000円払い、あとで後悔しないかと。

いや、それは、きっと「後悔する」と思います。その3冊に収録されている「50年前の情報」の対価として3000円というのは、価格的に決して相応なものとは思えません。

単なるノスタルジーだけで、その物が本来もっている価値の判断を曇らせてはならないということに気が付きました。

まずは、目の前にあるカタログの中から1冊だけ厳選して買うということに決めました。

それでは、なにを買うか、という問題ですが、正直、いまの時代、インターネットで大抵の情報なら(正確・不正確を問わず)溢れかえるほど出回っていますので、ここは「現在ではなかなか入手できない情報」を買うべきなのではないかと考えました。

そう考えると、選択はきわめて容易です。

巨匠の作品なら、出回っている情報量も入手のしやすさも現代の方が格段に優っていて、その量も多く充実していることは確かです。比較的無名な監督のレア作品も、ストーリーを持つ劇映画ならマニアの発信者も多く、たどり方さえ誤らなければ、ある程度、「時代的に更新された」情報を入手できる環境は整っていると思います。

そうした日の当たらないマイナーな作品にしても、いまの時代、いつナンドキ、どのような弾みで「カルト」の栄えある評価を与えられないとも限りません。
そう考えれば、これらの条件で淘汰した後に残るもの、つまり「劇映画でなく」「時代に更新されなかったもの(時代に取り残されたもの)」ということになれば、戦前の軍国主義の時代に「官」の息のかかった記録映画の資料(戦後民主主義によって封殺されて、その存在すら禍々しいものとして黙殺されました)ということになり、その情報の希少さに金を払うというのであれば一応は納得できます、その価値は十分にあると思います。

神田の古書店に出ていたフィルムセンターのカタログでは、「日本の記録映画特集 戦前編」の(1)と(2)という2冊が、この条件に該当します。

「戦前編(1)」は、戦争の暗雲がまだ及んでいないおおらかな時代の記録映画なので(もちろん、「古さ」という魅力はありますが)、切迫感とか逼迫感には乏しく、その分だけ購買意欲を掻き立てる牽引力というものには欠ける感じはしますが、ただし、巻末に「日本記録映画史年表」という素晴らしい記事が付録として付いているので、やはり捨て難いものがあります。

しかし、なにせ「戦前編(2)」には、小津監督の「鏡獅子」が掲載されているので「年表」の方は諦めました、躊躇なく(2)に即決しました。

一般的には、小津安二郎の初めてのトーキー作品は、「一人息子」とされていますが、正確には、この「鏡獅子」が最初ということになります、この「鏡獅子」の前後に作られた「東京の宿」と「大学よいとこ」は、いわゆるサウンド版といわれるもので、トーキー作品ではありません。

その間の経緯について、小津日記の「一人息子」から「鏡獅子」に至るまでの記述が詳しいので紹介しますね。


《「一人息子」2/5大船撮影所での第1回作品準備中、
3/15第1回オール・トーキー作品着手の予定、
4/5・4・5月から撮影開始、
4/15信州田舎家セットから撮影開始、
4/25小学校教室セット撮影中、
5/5信州田舎家セットから再撮影中
5/15トンカツ屋場面のセット撮影中、
5/25「一人息子」撮影の傍ら(菊五郎の)「鏡獅子」を完成、
・・・8/25「一人息子」撮影終了、編集中
9/5完成》


トーキー映画「一人息子」を撮影しているあいまに「鏡獅子」を撮ったというこの経過を読めば、やはり小津監督のトーキー映画第1作は「一人息子」とした方がいいかなと自分でも思います。

さて、小津監督の最初にして最後の記録映画「鏡獅子」の製作された時代背景をざっとオサライしておきますね。

戦前から半官半民の機関である国際文化振興会(現在の国際交流基金の前身です)では、日本文化を海外に紹介するための映画製作を映画会社に委嘱するという活動を行っていました。

そのなかでも日本の伝統芸能としての白眉、世界に誇る歌舞伎の神髄を宣伝するために、六代目尾上菊五郎の「鏡獅子」の記録映画を松竹に委嘱して製作したもので、タイトルもアナウンスもすべて英語の海外向けのトーキー作品です。

一般公開はせず(そもそも、稀代の名優六代目尾上菊五郎がこの映画の出演を承諾したのは、国内では公開しないということが条件だったと伝えられています)、プリントは海外の日本大使館に送られて外国人向けの上映会に用いられたそうです。

狂言は新歌舞伎十八番の舞踊劇で、舞台は東京歌舞伎座、長唄も三味線も太鼓も当代一流をそろえ、監督は小津安二郎に依頼しました。小津安二郎がこの監督に起用されたのは、六代目を高く評価していたためであると同時に、小津ほどの監督でなければ、六代目が撮影を承諾しなかったからだともいわれています。小津監督は、「鏡獅子」の映画的構成だけを引き受けて撮影に立ち会いました。

「キネマ旬報」昭和10年(1935)4/1号の「小津安二郎座談会」では、小津監督の六代目に対する並々ならぬ思い入れと傾倒ぶり、手放しの絶賛が以下のように熱く掲載されています。

「僕は名人だと思っている」
「僕は音羽屋の踊りを見て、娘よりは娘らしいと思っている。例えば、踊りのときのあの色気です」
「音羽屋は、動かなくとも女らしく見える。客席に背を向けて、足を開いてお尻が落ちているだけでも、娘らしく感じる」
「音羽屋の芝居を見ていると、音羽屋がやっていることが分かるような気がするのです。こんな場合はこういうことをするのじゃないかということを漠然と感じるのです」
「音羽屋の芸談は、理屈なしで人情の機微に触れているのです」
「それは行って話をきいたのです。ああいうことを知っている人から聴かないで置くというのは実に惜しい」


小津日記を見ると、撮影は昭和10年6月25日で、一般興行の終わった深夜から明け方まで舞台をそのまま使い、徹夜で撮影して、1日おいた27日に、これまた徹夜でフィルムの整理と編輯をおわり、28日に試写、その夜、菊五郎の家で関係者一同シャンペンを抜いて祝杯を挙げたと書かれています。

さて、神田の古書店から帰宅後、購入してきたフィルムセンター刊「日本の記録映画特集 戦前編(2)」の25頁掲載の「鏡獅子」の項を読んでびっくりしました。

前半の記述「国際文化振興会が歌舞伎の映画製作を企画した」~「菊五郎宅でシャンペンで祝杯を挙げた」までは、だいたいその通りですが、後半には物凄いことが書いてありました。

《ところが、それから約1年後の昭和11年6月29日に国際文化振興会の主催で帝国ホテル演芸場にて披露試写をしてみると、これがさんざんの不評だった。この狂言は大奥の腰元が正月の鏡開きに踊り、飾ってある手獅子を持つと腰元に獅子の精がうつるという節で、前半はたおやかな娘姿の踊り、後半は豪放な獅子の舞いとなっており、和事と荒事を一人二役の早替わりで、しかも巧妙に踊り分けるところが見どころになっているのだが、後半はともかく、前半の娘姿の踊りが、太り気味の菊五郎では、どのような仕草でカバーしても、カメラのリアリティに捉えられると、グロテスクな女形のアラが見えて、お世辞にも美しいとは言えない、というのだった。そのうえ、撮影が平板で、カットが少なく、映画作品としての立体的構成が欠けているから、遠くから舞台を長々と見ている退屈さがそのまま伝わるような欠点があった。小津監督はこの時32歳、すでに多くの名作映画を撮っていて鏡獅子の場合も、楽屋や客席、大写し、移動などを取り入れたかったらしいが、協会側と歌舞伎関係者の反対で不本意な作り方に終わったらしい。せめてカラーで撮れたら別な魅力が出せただろう。》

小津監督が「僕は音羽屋の踊りを見て、娘よりは娘らしいと思っている。例えば、踊りのときのあの色気です。音羽屋は、動かなくとも女らしく見える。客席に背を向けて、足を開いてお尻が落ちているだけでも、娘らしく感じる」と語っていたことを思い出してください。

小津安二郎が絶賛した名優六代目菊五郎をグロテスクと言い放ち、映画の出来も「撮影が平板で、カットが少なく、映画作品としての立体的構成が欠けているから、遠くから舞台を長々と見ている退屈さがそのまま伝わるような欠点があった」とまでこき下ろしているのです、まるで何か意趣遺恨でもあるのかのような悪口雑言と思ってしまうくらいの悪意を感じました。

いやいや、ちょっと待ってくださいよ。ここには、「カットが少ない」と書いてありますが、佐藤忠男の「日本映画史」には、そんなふうには書かれていなかったと薄れた記憶をたよりに、索引で見当をつけて本文を探しました。

ありました、ありました。

ここには、このように記されています。

《「舞踊劇だから、一気に踊り抜くしかないのに、映画として形を整えるために小津はいちいちカット割りをし、そのたびに演技を中断させたからである。踊りの気勢をそがれて六代目はおおむくれだった。」(「日本映画史」2巻91頁)》

映画鑑賞者の立場からは「カットが少ない」と感じ、演出者としては平板になりがちな舞台撮影にできるだけメリハリをつけるために踊りを中断させてまで「カット割り」に努め、名優は踊りを中断されて、おおむくれだった、ということですよね。

これじゃあまるで「藪の中」だ、「羅生門」だ、わからん・わからん、です。

まあ、ここで、こんなふうに言っても仕方ないので、実際にyou tubeで「鏡獅子」(20分に少し欠ける作品です)を見てみることにしました。

しかし、すぐ踊りが始まるその冒頭に、少し違和感がありました。

フィルムアート社の「小津安二郎を読む」(1982.6.20.1刷)には、この「鏡獅子」の冒頭について、こんなふうに書かれています。

《この作品は、上演の舞台である歌舞伎座のスケッチから始められる。外観から正面入り口そして舞台内部へと、紹介が続き、更にカメラは楽屋に入り、6代目の額や風景が紹介される。ここまで、すべて固定ショットで撮影され、例によってスチール写真が積み重ねられたような小津調は健在で、楽屋スケッチは、劇映画における室内描写と全く変わりがない。ここまでの映像に、歌舞伎座の構造、鏡獅子の梗概、六代目についての簡単なナレーションが重ねられる。》

現在アップされているyou tubeで見られる「鏡獅子」では、この導入部分が完全に欠落しているのか、それとも、二種類つくられたという内のひとつが「そう」なのかは分かりませんが、you tubeで見た感じ、少なくとも4台のカメラで捉えた演技は不自然な切れ目などなく、整然とつながっていると感じました。「編集」の秀逸さを感じました。

踊りながら六代目が、両手で持った開いた扇子を小さく投げて回転させるところ、そのタイミングで画面が切り替わるのですが、取り損ないそうになって一瞬身を固くしたそのままの緊張が、次の場面にスムーズにつながっています、決して平板なんかではありませんでした。

そして《前半部と後半部を仕分ける圧巻となる場面は、獅子頭を手にした六代目が、乗り移った獅子の勢いに引き摺られて花道から揚幕に一気に駆け入るところであるが、この場面は、カメラを花道の前の客席に据え、大胆ともいうべきパンニングで一気に撮影し、六代目の入神の演技を余すところなく捉えている。このパンニングは、小津のこれまでのスタイルから言えば破調ともいうべきもので、小津の自己のスタイルを破壊する気迫と六代目の演技とが相俟って、異様な迫力を生んでいる。》

同感です。1000円損した。こんなもの買うんじゃなかったと、やはり後悔してしまいました。

(1935松竹蒲田)監督・小津安二郎、撮影・茂原英雄、
出演・六代目尾上菊五郎、長唄・松永和楓、三味線・柏伊三郎、太鼓・望月太左衛門
2巻(530m) 19分


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# by sentence2307 | 2018-09-08 17:40 | 小津安二郎 | Comments(0)
アジア大会、女子100メートル背泳ぎ
決勝 

1 酒井夏海(日本)59.27
2 小西杏奈(日本)59.67
3 チンケツ(中国)1:00.28


日本、勝ったわよ、女子100メートル背泳ぎ

へ~え、すごいじゃん

1.2着とも日本よ、メダル独占

へ~え、すごい、すごい

3位は?

チンケツっていう中国の選手、残念だったけど

えっと、種目、なんてったっけ

女子100メートル背泳ぎよ

あっそか、「またフライ」かと思った、チンケツだから

ばか、あんたねえ、そういう下らないこと言ってるから出世できなかったのよ

そのことだけは言うなっていってるだろ、この野郎、カー!!
しかも過去形だ、それ




(注)いままで書かずに辛抱してきたのですが、ついに書いてしまいました、限界です。



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# by sentence2307 | 2018-09-06 00:30 | 徒然草 | Comments(0)
フランスで開催されている「ジャポニスム2018」のなかのイベントの一つとして「日本映画の100年」という企画があって、そこで上映されるという日本映画119本の具体的な作品名を知りたくて、右往左往したドタバタは昨日のブログにアップしたとおりです。

そして、苦労のかいあって、ついに2018年8月30日の読売新聞朝刊に該当の記事が掲載されていることを突き止めました。

さっそく図書館でその記事のコピーをとってきて、全体の数量からすればほんの一部にすぎませんが(23本+3本)、判明した作品についてブログにアップすることができました。

昨夜の時点では、自分的には「よくやった」という達成感もあり、それなりの満足感も得ていたのですが(この話はこれで完結だなと考えていました)、一夜明けて、あらためて「26/119」というのを見ると、比率的にどうなの? という不安に苛まれ始めました。

しかし、例のあの記事が伝えようとしている本当の主旨は、表(上映予定作品の開示)の方ではなく、文章(日本の選考者とフランスの選考者が思いの違いをぶつけあった経緯)の方なのであって、結論的な作品名の羅列のみで(それも不完全です)果たして良かったのかという思いは残りました、その「思い」を「迷い」と言い替えても、決して誤りではありません。

自分の気持ちをもう一度、整理するために、再度、記事を精読してみました。

 1 「日本映画の100年」は、日仏で最も議論を戦わせた企画のひとつである(ジャポニズム事務局)

 2 公式企画「日本映画の100年」で上映する作品119本について日仏の専門家が幾度も激論を戦わせた。

 3 作品選定 日本側・安藤紘平(早大)、フランス側・ジャン・フランソワ・ロジェ(シネマテーク・フランセーズ)、ファブリス・アルデュイニ(パリ日本文化会館)

 4 日本側主張(過去から現代への流れを俯瞰できるプログラムを想定した)、フランス側主張(黒澤・小津・溝口・成瀬ら巨匠の作品は、もはや知れ渡っていて、むしろ、さらに突っ込んで「知られざる日本」をコンセプトに「三隅研次特集」など、特定な監督や時代に焦点を絞りたい)

 5 日本側提案(クラシック作品群も4Kデジタル修復版があり、新しい形で見れば新しい発見があるのではないか)、フランス側(了承)→ 方針【巨匠の傑作も含め過去から現代へと概観する方向性は決定】

 6 「第2部・part2 フランスでは、まだ知られていない名監督や、良く知られた監督の知られざる傑作」(全部の作品が開示されていた例の32本です)の選択の調整について、さらに時間を要した。

その「選択の調整について時間を要した」という部分を、記事は具体的に、こんなふうに記述しています。

《例えばこのパートでは、小林正樹監督の壁厚き部屋が上映される。安藤さんは、「小林監督作品ならば『切腹』を」と提案したが、フランス側は、「さんざん上映されている」と譲らなかった。逆に安藤さんが譲らなかったのは、寺山修司監督作品。フランス側は、「ボクサー」を望んだが、安藤さんは作家性が濃密な「田園に死す」で押し切った。

フランス側が欲しいものと日本側が見せたいもの。意向をぶつけ合った結果、できあがったのは、俯瞰的だが個々の作品選択はユニーなプログラム。第2部・part2は、日本文化会館で上映の予定だったが、シネマテーク側が気に入って、自分の所で上映することにしたという。
日仏の感性を共鳴させ、新たな文化の創造や交流につなげることも「ジャポニスム2018」の目的。この企画では既にそれが始まっている。》


記事の趣旨は、日仏双方の主張(温度差の論点)を含めて、よく分かりました。

しかし、依然として分からないのは、「その他○○本」などと端折って表示されている作品名です。

いくら検索し、探しても見つからないので、もう探すのは諦めました、きっぱり、もう止めました、でも、いずれ暇を見つけて伏せられた作品は推理してみたいと思います。

それも結構たのしいかもしれませんよ。

でも、フランス人がまだ知らない、未知の日本、ですか。

う~ん、でもこれって、一歩間違えると「フランス人が好む日本の映画」ってことになりませんかね。

もしそうなら、「知られざる未知の」なんて、カッコつけないで、正直に「わたし好みの」って正直に言えばいいのにね。



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# by sentence2307 | 2018-09-05 23:33 | 映画 | Comments(0)
BIGLOBEの動画ニュースを見ていたら、タイトル【「宮内庁式部職楽部、パリで『雅楽』を演奏」】という動画がアップされていたので、さっそく見てみました。

TBSニュースからの引用と書いてあります。

要旨は、こんな感じです。


《フランス・パリで、宮内庁楽部が42年ぶりとなる公演を行い、観客は「世界最古のオーケストラ」とも言われる宮廷音楽に酔いしれました。
平安時代に始まり、宮廷や貴族社会などで演奏されてきた雅楽。雅な歌や舞に、会場を埋めた2000人が見入ります。宮内庁楽部のパリ公演は、今年7月に始まった日本文化や芸術をフランスで紹介する「ジャポニスム2018」に合わせて行われたもので、海外公演は6年ぶり、パリでは1976年以来、42年ぶりです。
「すばらしい。見たこともないものだった」(観客)
「魅了されました。本当にすばらしかった。知らない世界にいざなってくれた」(観客)
宮内庁式部職楽部は、若い楽師に海外での経験を積ませたいとしていて、現地6日夜にはフランス北東部のストラスブールでも公演を行います。(04日09:31)》


たとえ日本人でも、雅楽を見る機会なんて、そう滅多にあることではありませんが、知識としてなら一応は持っていますし、そのなんたるかくらいは「知って」います。

しかし、この動画を見ていたら、鑑賞したあとのフランス人の「はじめて見たけど感動した」というリアクションが物凄く、「それほどか?」と、こちらが白けてしまうくらいの激賞ぶりなのです。

本当は、《今に生きる1000年前の音楽》みたいな周辺の予備知識の方に「あらかじめ」感激を示しただけで、目の前の「演奏と歌」そのものに感動したわけではないのではないかと、どこまでも半信半疑の気持ちで、その動画を見ていました。

だって、むかし、ジャン・コクトーが能を観劇したあとで漏らした感想というのが、「卒倒するくらい退屈だった」と言ったとかいうエピソードを教えてもらったことがありました。

いやいや、あれはむしろ、本人が実際に「卒倒した」のだったか、その辺のことはすっかり忘れてしまいましたが、とにかく、能を見たこの詩人が、その驚くべき退屈さに惨憺たる反応を示したということだけは、どちらのエピソードからも、ひとしなみに窺い知ることはできます。

自分に話したくれた友人は、話しながら、この自称詩人とか名乗っている胡散臭いフランス野郎の感性の愚昧と愚劣を散々に罵り、憤慨していました。「なんだ、あの野郎」という感じです。

日本の古い伝統芸能に対して敬意を示すどころか、そんな反応しか示せなかった身勝手な異国の芸術家の頑なさに対する憤りと、伝統芸能を愛する自尊心を傷つけられた彼の思いというのは、たしかに理解できます。

理解できますが、「能は退屈だ」と言ったこの異国の詩人の幼い率直さにも、捨てがたいものがあります、ある程度の覚悟を持って緊張して(厳めしい「今に生きる1000年前の音楽」に対する敬意=社交辞令とかを前提にして)見るのでなければ、きっとほとんどの日本人でも卒倒か、あるいは、立ち眩みくらいには襲われるに違いありません。驚嘆するほどの、その「退屈さ」のあまりね。

なので、どちらかというと、「コクトーの率直さ」の方を評価したい自分は、雅楽を見て「すばらしい。見たこともないものだった。魅了されました。本当にすばらしかった。知らない世界にいざなってくれた」と言った人たちの言葉をそのまま額面通りに鵜呑みにすることが出来ません。

やはり「ほんとか?」という思いは、どこまでも付きまといます。

ということで、雅楽を見て無茶苦茶感動したというフランス人の反応を白けて聞き流す感じで(まさに「蒋介石は相手にせず」という思いです、古いですが)、さて次の動画は・・・と思った時、ふっと目の端に今のニュースの文字化したものの中に「ジャポニスム2018」という言葉を捉えました。

あっ、これって、フランスでいまやっている「ジャポニスム2018」のイベントのひとつだったのか、とそのときやっと気が付きました。

いや、それならそうと最初に言ってくださいよ、「ジャポニスム2018」と分かっていたら、対応が違ってくるんですから。

実は、この8月に「ジャポニスム2018・世界はふたたび、日本に驚く」というサイトに掲載されたプログラムのすべてを熟読するためにテキストファイルにして保存しておきました。

そして、ことあるごとにファイルを開いては熟読して、また、折に触れ気に掛かるところは検索したりしています。
例えば、いま見た「雅楽」は、プロクラムには、こんなふうに掲載されています。


《★雅楽 宮内庁式部職楽部(Gagaku 1. Gagaku_Ryouou)
2018年9月3日(月)パリ公演 2018年9月6日(木)ストラスブール公演
宮内庁式部職楽部による雅楽の公演。
平安時代に端を発し、宮廷、貴族社会、有力社寺で演奏されてきた雅楽が、平成のパリで蘇ります。
実に千数百年の歴史にも及ぶ伝承を守る宮内庁式部職楽部が、器楽を演奏する「管絃」、舞を主とする「舞楽」、声楽を主とする「歌謡」を披露します。雅楽は歴史的、芸術的に世界的価値を有する伝統芸能として、2009年にはユネスコ無形文化遺産にも指定されました。古代アジア各地の歴史が色濃く反映された「現代の古典音楽」は、音楽関係者を中心に海外でも注目を集めています。雅な歌と舞、豪華絢爛な装束による「世界最古のオーケストラ」とも呼ばれる宮廷音楽を、平成のパリに再現します。
フィルハーモニー・ド・パリ》


でしょう? 

でも、なにも闇雲にプログラムをコピーしたわけではありません、それなりの歴史と順序があります。

最初に「映画」「演劇」「歌舞伎」「絵画」といった具合にコピーしていくうちに、これって逆にこれらをすべてカバーすれば、いまの日本の文化現状というのが客観的に分かるということじゃないかと遅まきながら気が付いたのです。

ということで、すべてのプログラムの保存に掛かったわけですが、しかし、第一の目当ては、やはり「映画」です。

映画に関しては、幾つかの項目がアップされているのですが、やはり日本映画の100年を総花的に紹介しようという企画「日本映画の100年」をまず最初に上げないわけにはいきません。

プログラムのその部分を引用してみますね。


★日本映画の100年
2018年9月26日(水)~ 10月22日(月)、
2018年11月21日(水)〜 12月21日(金)、
2019年1月 〜 2月、
2019年2月 ~ 3月
日本映画の100年の歴史を119本の映画で紹介します。1920年代の作品から2018年の最新作まで、日仏の専門家が共に選ぶ珠玉のラインナップです。
1920年代から2018年まで日本映画の100年の歴史を、日仏の専門家が共同で選ぶ約100本の映画で辿ります。上映作品は2017年秋現在選定中。諸外国の中では比較的日本映画が親しまれているフランスでもまだ知られていない作品や監督にも焦点を当てたラインナップを、3部構成で紹介します。
皮切りの第一部(2018年9月~10月)では、フランス映画文化の中心拠点、シネマテーク・フランセーズにおいて、1920~1940年代の映画27本を上映。日本映画の発芽期から黄金期が始まる時代の作品をカバーします。あわせて、サイレント映画に命を吹き込む活動弁士と楽士による公演も計画しています。
第二部「日本映画再発見」は、第二次世界大戦後から2000年代までの、厳選された映画約55本を、2セクションに分けて上映します。第一セクション(2018年11月)はまず、パリ日本文化会館に場を移し、日本映画史上極めて重要な、誰もが知る作品を、最新技術で生まれ変わったデジタル修復版で再発見する機会を提供します。国際交流基金も修復に協力した作品を含め、23本の作品が集中上映されます。次いで第二セクション(2019年1~2月)は、シネマテーク・フランセーズで、フランスではまだ知られていない名監督の作品と、よく知られている監督の知られざる傑作を、32本紹介します。また、上映作品に出演している往年の名俳優のトークやデジタル修復関連シンポジウムも計画中です。
第三部(2019年2月)は、シネマテークと日本文化会館の両方を使い、今活躍中の監督の作品を紹介します。
2018年に公開される最新作も数本含め、現在の日本映画界を牽引する巨匠から若手監督までの作品37本で、日本映画の今を伝えます。上映作品の監督たち、出演俳優・女優がパリの映画ファンと交流する、楽しい関連企画も予定しています。
なお、事業の一部は、トゥールーズやリヨン等フランス国内の別都市にも展開します。

・期間:
 ①「日本映画の発芽」: 2018年9月26日(水)~ 10月22日(月)
 ②-1「日本映画再発見(4Kクラシック傑作選)」: 2018年11月21日(水)〜 12月21日(金)
 ②-2「日本映画再発見(知られざる傑作特集)」:2019年1月 ~ 2月
 ③「現代監督特集」」 2019年2月 ~ 3月
・会場:
① シネマテーク・フランセーズ
  ②-1 パリ日本文化会館
-2 シネマテーク・フランセーズ
  ③ シネマテーク・フランセーズ、パリ日本文化会館
 ①~③ アンスティテュ・リュミエール(リヨン)、シネマテーク・ドゥ・ニース、シネマテーク・ドゥ・トゥールーズ、ヴズール国際アジア映画祭
シネマテーク・フランセーズ


このHPのプログラムによると、「日本映画の100年の歴史を119本の映画で紹介」するそうで、内訳は「1920年代の作品から2018年の最新作まで、日仏の専門家が共に選ぶ」とあり、具体的な「上映作品については2017年秋現在選定中」と書かれています。

ということは、それからすでにほぼ1年を経過しているのですから、いくらなんでもすでに上映作品くらいは決定しているはずと方々に検索をかけてみましたが、それらしい情報はまったく見つかりません。

はは~ん、パリまで映画を見に行くわけでもないお前らに教えたって、しょうがないと見くびっているな、極東の島国の黄色い肌をしたアジア人になんか教えられないか、えっ? そうか、そうなのか、ああ? いつまでもそうしているがいいや。お前らな・・・

いやいや、からんでいる場合なんかじゃありません。でも、それらしい情報がまったくないっていうのも、なんかおかしいじゃないですか。

でも、探しても探しても見つからないうちに、ついに根負けしたというか、飽きたというか、いつの間にか、探していることも「ジャポニスム2018」のことも、すっかり忘れてしまいました。

そして今回の動画ニュース「宮内庁式部職楽部、パリで『雅楽』を演奏」との邂逅となったわけですが、しかし今回は反省も込めて、雑誌・新聞記事のすべてにわたって徹底的に検索しようと決意しました。

まず、いちばん手っ取り早いのは、なんといっても新聞社に直接電話をかけて聞いてしまう、というのがありますが、なんと読売新聞社に電話で聞くと、あっさり判明しました。
2018年8月30日の朝刊に「ジャポニスム2018」で上映される作品名が具体的に掲載されているというのです。なんだよ、もう~

さっそく近くの図書館に出向き、読売新聞2018年8月30日朝刊の該当記事をコピーしてきました、3段抜きの大きな記事です。左横には表組にした映画作品のリストがあります、これだよ、これ。

でも、ぱっと見、なんか少なくないか。

よく見ると、「第1部 日本映画の発芽(1920年代~)」の箇所には「赤西蠣太」(伊丹万作監督1936)とあり、そのわきに「など27本」としてあります。当然、27本が具体的にどういう作品なのかは、分かりません。

あっ、そういうことか、とちょっと拍子抜けしてしまいました。

同じ感じで「第2部 日本映画再発見(第2次世界大戦後)」には、「Ⅰ 4K修復で見直すクラシック傑作選」の項には、「東京物語」(小津安二郎監督1953)のわきに「など23本」と書かれています。23本が具体的にどういう作品なのかは、やはり分かりません。

そして、つぎの「Ⅱ 知られざる映画特集」には冒頭に32本と記されていて、その下には、かなり多くの作品が掲載されています。

ちょっと、数えてみました。

32本、確かにありました、すべての作品が完全にアップされているのは、どうも第2部の「Ⅱ 知られざる映画特集」だけのようですね。

「第3部 現代監督特集」は、「親密さ」(濱口竜介監督2012)とあり「など37本」とありましたから。

まあ、せっかく料金まで払って図書館で複写してきたのですから、

「Ⅱ 知られざる映画特集」32本というのを転写しておきますね。

蜂の巣の子供たち(清水宏1948)
お嬢さん乾杯(木下恵介1949)
壁あつき部屋(小林正樹1953)
女中ッ子(田坂具隆1955)
キクとイサム(今井正1959)
瞼の母(加藤泰1962)
その場所に女ありて(鈴木英夫1962)
女の一生(増村保造1962)
マタンゴ(本多猪四郎1963)
次郎長三国志(マキノ雅弘1963)
処女が見た(三隅研次1966)
八月の濡れた砂(藤田敏八1971)
軍旗はためく下に(深作欣二1972)
津軽じょんがら節(斎藤耕一1973)
田園に死す(寺山修司1974)
祭りの準備(黒木和雄1975)
はなれ瞽女おりん(篠田正浩1977)
天使のはらわた 赤い教室(曽根中生1979)
の・ようなもの(森田芳光1981)
遠雷 (根岸吉太郎1981)
ざ・鬼太鼓座(加藤泰1981)
タンポポ(伊丹十三1985)
海と毒薬(熊井啓1986)
1000年刻みの日時計 牧野村物語(小川紳介1987)
大誘拐RAINBOW KIDS(岡本喜八1991)
地獄の警備員(黒沢清1992)
棒の哀しみ(神代辰巳1994)
東京兄妹(市川準1995)
Shall we ダンス? (周防正行1996)
眠る男(小栗康平1996)
月光の囁き(塩田明彦1999)
ピストルオペラ(鈴木清順2001)


で、で、で、「ジャポニスム2018・世界はふたたび、日本に驚く」の全プログラムを参考のため、貼っておきますね。
せっかくテキストファイル化したので、もったいないので・・・。


●ジャポニスム 2018:
世界はふたたび、日本に驚く 響きあう魂

日本とフランスの両国が連携し、芸術の都フランス・パリを中心に
“世界にまだ知られていない日本文化の魅力”を紹介する大規模な複合型文化芸術イベントを開催します。
ゴッホやモネの芸術にも多大な影響を与えた「ジャポニスム」。
この現象は、19世紀のフランスで浮世絵に代表される日本文化が紹介されたことから一気に広まりました。
日仏友好160年にあたる2018年、時を越えて、現代日本が創造するジャポニスムは、
新たな驚きとともに世界をふたたび魅了することでしょう。


★「teamLab: Au - delà des limites(境界のない世界)」展
2018年5月15日(火)~ 9月9日(日)
世界中で話題の展覧会を創り出し、国内外で大きな注目を集めているウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」が手掛ける大規模な展覧会。
アート、サイエンス、テクノロジー、クリエイティビティの境界を越えて、集団的創造をコンセプトに活動し、米メディアCNNの「最も感動した視覚的瞬間」にも選ばれるなど、世界的に高い評価を得ているウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」による大規模な展覧会です。
デジタルで描かれた滝が高さ11メートルの壁から床へと流れ、来場者の足元で割れながら空間に広がっていく作品から、自分で描いた動物が世界を創っていく教育的な作品まで、大空間を生かしたさまざまな作品が展開されます。
デジタルアートによって個々の作品を独立させたまま融合し、境界のない体験と世界を実現することを試みる本展では、インタラクティブな要素によって、作品と鑑賞者の境界や、鑑賞者同士の境界も曖昧にしていきます。
「ジャポニスム 2018」全体に先駆けてスタートした展覧会です。
ラ・ヴィレット

★「Enfance / こども時代」展
2018年6月22日(金)~ 9月9日(日)
日本人漫画家を含む日仏、および国際的なアーティスト、フランス工芸職人などによる多彩な作品を、現代美術的なアプローチで紹介する日仏共同企画の展覧会。
最先端の現代アートを常に発信しているパレ・ド・トーキョーにおいて開催する、日本とフランス、ならびにさまざまな国のアーティストによる、「こども時代」をテーマにした日仏共同企画の現代アート展です。
3000㎡の展示スペースを使って繰り広げられる現代アートの作家やフランス工芸職人による大型作品の数々は、ラビリンスのように展開し、こども時代の空想、神話、そして成長の問題などを問いかけます。
本展は、日本人作家を含めた20人近くのさまざまな国の作家たちの作品をご覧いただくと共に、日本人漫画家・横山裕一とフランス工芸職人とのコラボレーションを発見して頂くまたとない機会となるでしょう。
パレ・ド・トーキョー

★井上有一 1916-1985 -書の解放-
2018年7月14日(土)~ 9月15日(土) 2018年9月29日(土)~ 12月17日(日)
「書」の概念を塗り替え、前衛画家にも通ずる挑発的な作品を生み出した書家、井上有一。そのアグレッシヴで、オリジナルな表現の世界を紹介。
古来の伝統的な書に留まらず、それを紙と墨からなる芸術作品へと昇華させ、戦後日本の伝統美術の前衛グループの中で、もっとも創造的活動を展開した一人とされる書家、井上有一(1916〜1985年)。その代表作を中心に紹介する個展。紙と墨による簡素な材料、技法によって生まれる豊かで多様なモノクロームの世界を紹介する。
初期の代表作《無我》、生き様と思想が表現された《貧》、ボンド(墨)や凍らせた墨など、使用する素材と描法にも工夫を凝らした一字書《花》のほか、コンテや鉛筆、木炭を使って、語りながら書いた《宮沢賢治童話 よだかの星》など、さまざまなタイプの作品を展示します。日本の伝統文化である「書」を、世界の芸術の中でどのように位置づけていくかを追求し続けた井上有一芸術の核心に迫ります。
パリ日本文化会館

★ルーブル美術館ピラミッド内 特別展示 名和晃平 彫刻作品 “Throne”
2018年7月13日(金) ~ 2019年1月14日(月)
ルーブル美術館のピラミッドに浮遊する空位の玉座。
彫刻家 名和晃平による大作。
今年7月よりパリで開催される「ジャポニスム2018:響きあう魂」の一環として、ルーブル美術館のピラミッドに名和晃平の大作を展示します。名和は、加速度的に進化を遂げるコンピュータや人工知能などの存在が、やがて政治や経済に影響を与える”権力”や”権威”に置き換わるのではないか、という予感を”浮遊する空位の玉座”として表現します。東洋の神事や祭事に出てくる”山車”の形態やそのルーツを考察しながら、ルーブル美術館のコレクションとも呼応する金箔貼りの技術と最新の3D造形システムを融合させた、高さ10.4mの彫刻作品になります。約6ヶ月の展示期間中、ピラミッドの中央に浮遊する本作品は、古代から連綿と続く”権力”や”権威”が遺してきたものは何か、そして未来はどうなるのかを問いかけます。
ルーブル美術館・ピラミッド内

★雅楽 宮内庁式部職楽部(Gagaku 1. Gagaku_Ryouou)
2018年9月3日(月)パリ公演 2018年9月6日(木)ストラスブール公演
宮内庁式部職楽部による雅楽の公演。
平安時代に端を発し、宮廷、貴族社会、有力社寺で演奏されてきた雅楽が、平成のパリで蘇ります。
実に千数百年の歴史にも及ぶ伝承を守る宮内庁式部職楽部が、器楽を演奏する「管絃」、舞を主とする「舞楽」、声楽を主とする「歌謡」を披露します。雅楽は歴史的、芸術的に世界的価値を有する伝統芸能として、2009年にはユネスコ無形文化遺産にも指定されました。古代アジア各地の歴史が色濃く反映された「現代の古典音楽」は、音楽関係者を中心に海外でも注目を集めています。雅な歌と舞、豪華絢爛な装束による「世界最古のオーケストラ」とも呼ばれる宮廷音楽を、平成のパリに再現します。
フィルハーモニー・ド・パリ

★「日本の食と文化を考える」シリーズ
2018年9月8日(土)、2018年10月15日(月)~ 19日(金)、2018年12月、2019年2月4日(月)~ 5日(火)
日本の味覚を楽しむだけではありません。アートと食の関わり、地方文化としての郷土食、学際的な食研究、日仏文化におけるお茶の位置付けといった、さまざまな切り口から食の本質に迫り、日仏が共に考えるきっかけ作りをします。
日本の食文化に多角的、学術的にアプローチし、味わいを楽しみつつ、その魅力の本質について日仏共同で考え、話し合います。
プロジェクト第1弾は、ポンピドゥ・センター“Extra Festival!”参加企画「亡霊の饗宴」(仮称)。デザイン、文学、パフォーマンス等諸分野で活躍中の日仏芸術家・専門家たちが、それぞれの切り口から議論を繋げ、各議論に着想を得たメニューを日本人シェフが創作、披露するユニークな分野横断的文化事業です。ポンピドゥ・センターと詩人・翻訳家の関口涼子がキュレーションします。
第2弾は、「ユネスコ・ジャパン・ウィーク2018」で開催される「日本へのクリエイティブな旅展」特別企画の「日本のガストロノミー地方の食文化を中心として」。日本各地の郷土料理に焦点を当てて、シンポジウム、展示、デモンストレーションを通じて、和食文化、日本文化の幅と奥行きを総合的に考察します。
第3弾には、和食のユネスコ無形文化遺産登録、フランスにおける日本人シェフの目覚ましい活躍といった近年の動きを踏まえ、日本食の歴史と哲学、グローバリゼーション等について、日仏で考察するシンポジウムの実施を検討しています。
Pompidou Extra Festival!「亡霊の饗宴」
ポンピドゥ・センター

★【特別企画】 パリ東京文化タンデム2018 アール・ブリュット ジャポネⅡ
2018年9月8日(土)~ 2019年3月10日(日)
アル・サン・ピエール美術館 では日本のアール・ブリュットを紹介する2回目の展覧会を開催します。アール・ブリュットが現代アートの領域で独自の存在感をもつようになる中で、アール・ブリュット発祥の地の西洋の枠組みを超えて、日本発のアール・ブリュットはその可能性の拡大の一翼を担っています。
出展作家52組からは、どの文化にも独自の神話や表現手法を生み出すアーティストがいるということが分かります。伝統的な陶芸から折紙の応用のようなものまで、作家たちはあらゆる手法と材料をもちいて制作に取り組んでいます。
本展には初めて海外出展される展示作品も多くあります。一方で、2013年のベネチア・ビエンナーレでも賞賛された澤田真一氏は新作を携えてパリに再び戻ってきます。澤田氏の作品にも見られるように、創造とは、まさにアール・ブリュットという概念の提唱者として知られるジャン・デュビュッフェも語ったように、「完全に純粋で、なまで、再発見された、すべての相の総体における作者による芸術活動であり、作者固有の衝動だけから出発している」ものです。
本展は『アール・ブリュット ジャポネ』(2010-2011)に続く第2弾です。また、連携企画として、知的障害者によるプロの和太鼓集団「瑞宝太鼓」の公演もあります。2019年2月23日(土)と24日(日)にナント市のフランス国立現代芸術センターリュー・ユニックで、2月27日(水)と28日(木)にパリ日本文化会館でパフォーマンスを披露します。
アル・サン・ピエール美術館

★松竹大歌舞伎
2018年9月13日(木)~ 19日(水)(9月17日 休演)
パリが待ち焦がれた日本の歌舞伎。
今をときめく人気俳優の中村獅童、中村七之助が国立シャイヨー劇場にて華やかに御目見得!
日本の歌舞伎が国立シャイヨー劇場のシーズンオープニングを華々しく飾ります。本公演がパリデビューとなる中村獅童と中村七之助による歌舞伎の代表作をお楽しみ下さい。
『色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ) かさね』
下総国羽生村の木下川(きねがわ)堤で、与右衛門と腰元かさねは道ならぬ恋の末、心中を決意。そこへ、草刈鎌が突き刺さった髑髏と卒塔婆が川面に流れてきます。かつて自らが殺めた男の髑髏と気付いた与右衛門が、鎌を引き抜いて髑髏を割ると、かさねが顔を押えて苦しみ出します…。美男美女ふたりの風情を描く前半、後半の立廻りと殺しの場、さらにはかさねが怨霊と化して与右衛門を引き戻すクライマックスと、全編に歌舞伎の様式美が溢れる舞踊劇の名作です。
『鳴 神(なるかみ)』
平安時代、朝廷に恨みを抱いた鳴神上人は、世界中の龍神を滝壺に封じ込め、その結果雨が一滴も降らなくなりました。そこで、鳴神上人の行法を破り雨を降らせるべく、帝は雲絶間姫を鳴神上人のもとに差し向けますが…。美貌の雲絶間姫の色香によって高僧である鳴神上人が堕落、破戒する分かりやすい筋立てで、男女の愛欲情痴を描き出します。前半は古風でおおらかな台詞劇、後半は豪快な荒事と見どころの多い一幕です。
国立シャイヨー劇場

★エッフェル塔特別ライトアップ<エッフェル塔・日本の光を纏う>
2018年9月13日(木)~ 14日(金) 20時30分 ~ 翌1時
パリの象徴的存在、エッフェル塔を特別にライトアップ。フランスのランドマークに日本の文化を重ね、フランスを代表するモニュメントが日本の光を纏う、輝くアート作品を創造します。
フランスといえば誰もが思い浮かべるシンボルの一つ、エッフェル塔は、「鉄の貴婦人」とも呼ばれ、フランスで国家的な行事や国際的な催事がある度に光技術を駆使したライトアップにより、夜の顔として美しい光の衣に包まれてきました。今回は「ジャポニスム2018」を記念して、初めてエッフェル塔が日本を題材とする光のアートを身にまといます。
そんな歴史的ライトアップを手がけるのは、国内照明デザイナーの草分けとして世界各地の街並みや建造物を輝かせてきた石井幹子氏と、パリを拠点に活動する娘の石井リーサ明理氏。
「ジャポニスム2018」で紹介する、日本文化の美しい事象や日本人の美意識を象徴するデザインを音楽に合わせてパリのランドマークに映し出し、「光の都」の夜をさらに華やかに彩ります。
エッフェル塔

★「若冲―〈動植綵絵〉を中心に」展
2018年9月15日(土)~ 10月14日(日)
欧州初の大規模な若冲展。宮内庁三の丸尚蔵館の若冲最高傑作、『動植綵絵』を、相国寺蔵『釈迦三尊像』と共にパリで紹介。
江戸中期の京都で活躍し、その緻密な描写と色彩で、日本国内でも絶大な人気を誇る伊藤若冲。最高傑作とされる『動植綵絵』(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)は、動植物の丹念な観察を通じて得られた現実の姿と、空想の世界を絵画として具現化した作品で、その驚くべき緻密な描写と極彩色で描き上げられた花鳥画は、芸術的にも、技巧的にも、日本美術の最高水準を示すものです。
本展は、「ジャポニスム2018」のメインプロジェクトの一つとして、若冲の作品の中でも、最も注目を浴びている彼の代表作『釈迦三尊像』と『動植綵絵』全33幅をまとめて、欧州にて初公開します。
これまでに、海外で『動植綵絵』全30幅が一堂に展示されたのは、2012年に米国ワシントン・ナショナル・ギャラリーで開催された展覧会のみです。今回は、『動植綵絵』30幅を、相国寺が所蔵する『釈迦三尊像』と共に本来の一揃いの形で展示します。
パリ市立プティ・パレ美術館

★伝統工芸シリーズ
2018年9月15日(土)~ 22日(土)、11月9日(金)~ 12日(月)、11月17日(土)~ 24日(土)(調整中)、2019年2月5日(火)~ 16日(土)、2月20日(水)~ 24日(日)
日本のものづくりの原点、日本各地で長い時間をかけて受け継がれてきた日本の匠の技と美を、工芸品の展示や職人による製作実演とワークショップ等多彩な企画で総合的に紹介します。
日本各地に伝わる伝統工芸こそ、日本のものづくりの原点です。その繊細なデザインと緻密なつくり、高い品質は、海外からも高い評価を受け続けてきました。「ジャポニスム2018」においても、それぞれの土地に深く根ざし、長い時間をかけて受け継がれてきた、日本の匠の技を、工芸品の展示、職人による製作実演とワークショップ、講演、映像上映、シンポジウム等、多彩な企画で総合的に紹介します。
「ジャポニスム2018」会期中計3回、各約10日間に亘り、それぞれ数品目の工芸品を取り上げて、その美しさと使いごこちを伝えます。日本人がものを作ること、使うことについてどう考え、どう感じてきたか、ものに込められた日本各地の人々の思いや暮らしを紹介します。
匠の技と美、日本の木で繋ぐ「和」の空間、伝統と先端と―日本の地方の底力
事業の一部は、パリ以外の都市・地域への展開も予定しています。
パリ日本文化会館

★日仏ダンス共同制作 トリプルビル
2018年9月18日(火) ~ 11月14日(水)
日仏の注目アーティストが共に創り出すヒップホップ・ダンスの最前線。
日仏のヒップホップ・アーティストを交流させるこのプロジェクトは、Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2018のディレクターを務めるフランス人振付家ドミニク・エルヴュのアイディアから生まれました。高い芸術性を備えたヒップホップ・ダンスで注目されているカデル・アトゥと近年頭角を現している若手振付家ジャンヌ・ガロワが5人の日本人ダンサーをオーディションで選出し、共に新作に挑みます。さらにフランスでは初公演となるMIKEY率いる東京ゲゲゲイが加わり、三者三様の感性とアプローチによって生み出される作品は、ヒップホップ・ダンスのイメージを全く一新するものになるでしょう。これらの作品は横浜で創作、上演された後、国立シャイヨー劇場、リヨン・ダンスビエンナーレなどフランス国内各地をツアーします。
国立シャイヨー劇場

★野村万作・萬斎・裕基×杉本博司『ディヴァイン・ダンス 三番叟』
2018年9月19日(水)~ 25日(火)(9月23日休演)
日本を代表する現代美術作家・杉本博司による舞台空間の中、第一線で活躍する狂言師・野村万作、萬斎、裕基の親子三代による夢の共演!三人三様の三番叟に挑みます!
『三番叟』
三番叟は我が国に伝わる幾多の芸能の中でも、最も古い形式を留める古曲である。その源は天照大神の天岩戸伝説の頃まで遡ることができると言われている。この舞は、神が降霊する様を現したものであり、神事として最も重い曲として扱われる。その曲の流れは、時に静かに、時に激しく、舞を舞う生身の人間の身体に、密かに舞い降りる神霊の姿が見え隠れする。我が国における神の姿は、古来より気配としてのみ現われる。その気配は、現代社会へと堕した今日の日本にあっても、確実に存在することを、あなたは目の当たりにする。そして神が秘そむ域で、あなたは息を潜める。鏡板にかえて、雷(いかづち)を染め抜いた幔幕をもって古代の神話空間とした。
『月見座頭』
「狂言」は悲劇的なテーマを持つ「能」と共に演じられる。死者の霊を呼び出して昔語りをさせるという、時空を超えた舞台に観客の心は魅了される。舞台が終わり、死者の魂が黄泉の国に戻っていく様を目の当たりに見た人の心が、冥界に迷い込む恐れがある。その観客の心をこの世に引き戻す為の演劇的な仕掛け、それが喜劇としての狂言である。
笑は人の心を弛緩させる。日常とは心の弛緩であり、演劇とは心の非日常である。笑は時として日常の中に潜在する不条理の中にある。狂言『月見座頭』はその極みを表現する。盲者が月見をするという設定がまず不条理である。しかし話を聞くと、満月の光を浴びて喜ぶ秋の虫の音に聞き入ることで、盲者はその心に名月を見るのだという。その盲目の詩境を共に過ごす日常者としての眼明きは、酒の酔いとともに、盲者だけに見えているその詩境に嫉妬をし、人格が豹変するのだ。共に酒を酌んだ友が、別れた後に暴漢となる。盲者にとっての善者と悪者は、実は健常者一人の心に潜む心の裏表であったことを、その盲者は知る術もないことが観客の笑を誘う。
笑は人の心を弛緩させる。しかしその笑いの中にも、底知れず深い、人の心の闇が広がっているのだ。(杉本博司)
パリ市立劇場 エスパス・カルダン

★「香取慎吾 NAKAMA des ARTS」展
2018年9月19日(水) ~ 10月3日(水)
歌手、俳優といった活動にとどまらず、現代アーティストとして壁画、オブジェ、絵画、さらには自身のSNSなど幅広いメディアを通じ常に表現活動を続け、大きな反響を得ている香取慎吾初の個展。
展示内容は、香取自身がそうであるように既成の枠にとらわれずあらゆる枠組みを超えていくものとなる。
「アートを題材にしてNAKAMAとつながりたい」というコンセプトのもとに制作された絵画、オブジェだけでなく、ファッションや「“弱さ”が“強さ”」というコンセプトのもとフランス初上陸となる「ZUKIN【頭巾】」を何個もつなぎ合わせたドーム型の形をとる「新しい建築」とのコラボレーション作品も紹介する。
ルーブル美術館シャルル5世ホール(カルーゼル・ドゥ・ルーブル内)

★現代演劇シリーズ―タニノクロウ演出 『ダークマスター』『地獄谷温泉 無明ノ宿』
『ダークマスター』 2018年9月20日(木)~ 24日(月) 『地獄谷温泉 無明ノ宿』 2018年9月25日(火)~ 29日(土)
ここは日常か、非日常か―。倒錯した世界で生きる人間を緻密に描くタニノクロウ、2作品一挙に上演!
2016年にパリで初演を迎えたタニノクロウ率いる庭劇団ペニノ、観客の熱い期待に応え、早くも2作品をフェスティバル・ドートンヌ・パリで上演します!
『ダークマスター』
大阪にある洋食屋「キッチン長嶋」。超一流の腕を持つマスターが一人でやっている小さな洋食屋にある日、一人の若者が客として訪れる。マスターは自分の代わりにここのシェフになれと提案するが、若者に料理人の経験はなく、マスターは若者に無線を使って料理の手順を伝えるという。行く当てもない若者はそれを引き受けるが…。
『地獄谷温泉 無明ノ宿』
舞台は山奥にある古い湯治宿。秋が冬支度をし始めたある日、東京から風変わりな二人の親子がやってきたことから物語は始まる。この宿の主人に頼まれて人形劇を見せに来た人形遣いの親子。村人たちはこの風変わりな親子の突然の訪問に、困惑する一方、強く興味を惹かれていく。村人たちが心の深淵を揺さぶられ、暗部を露わにしていく様を描いた2016年岸田國士戯曲賞受賞作品。
国立演劇センター ジュヌビリエ劇場

★日仏ダイアローグ① 講演会「クローデルの『繻子の靴』」
2018年9月25日(火)
<日仏ダイアローグとは>
様々な催しがパリ中、フランス中で開催される「ジャポニスム2018」の会期を通じ、日本とフランスの接触と交流の歩みや 両国共通の課題への取り組みをテーマに、シンポジウムや講演、セミナーを実施します。回ごとに文学、俳句、歴史、芸術、社会科学等の切り口を設定し、「ジャポニスム2018」に至る経緯と意義について日仏の専門家が共に考察し、語り合います。
パリ日本文化会館

★現代演劇シリーズ―リーディング 飴屋法水作『ブルーシート』、前川知大作『散歩する侵略者』
2018年9月22日(土)
近年、日本で大きな話題となった2つの演劇作品をフランスの俳優たちがリーディング上演します。
飴屋法水『ブルーシート』
現代美術家・演出家・劇作家・パフォーマーでもある飴屋法水が、福島県立いわき総合高等学校*の生徒たちとやりとりをしながら書き下ろした戯曲。同校のアトリエ公演として、飴屋演出により、東日本大震災の記憶がまだ冷めない2013年1月末に上演。第58回岸田國士戯曲賞受賞作。登場人物は10人の高校生のみ。会話の断片やモノローグを重ね、それぞれの中に刻みつけられた東日本大震災と原発事故の記憶、その街に暮らす現在が、鮮やかにすくい取られている。パリでは若い俳優がリーディングする。
*演劇を授業に取り入れていることで知られる福島県立の総合高校。
前川知大『散歩する侵略者』
2005年に初演、その後前川が主宰する劇団イキウメが上演を重ねる。黒沢清監督が『散歩する侵略者』(邦題。映画の英語題は“Before We Vanish”)として映画化し、2017年カンヌ国際映画祭ある視点部門に出品され、本年には20か国以上で公開される映画の原作である。舞台は、日本海に面した小さな港町。数日の行方不明の後、子供 のような人格となって帰ってきた夫と向き合わざるをえず、戸惑う妻。町には似たような症状の人間がぽつぽつと出没しはじめる…。身近な社会に現れる不思議な現象を通して人間への深い洞察力をみせる前川戯曲の真骨頂ともいえる作品だ。
パリ市立劇場 エスパス・カルダン

★★日本映画の100年
2018年9月26日(水)~ 10月22日(月)、2018年11月21日(水)〜 12月21日(金)、2019年1月 〜 2月、2019年2月 ~ 3月
日本映画の100年の歴史を119本の映画で紹介します。1920年代の作品から2018年の最新作まで、日仏の専門家が共に選ぶ珠玉のラインナップです。
1920年代から2018年まで日本映画の100年の歴史を、日仏の専門家が共同で選ぶ約100本の映画で辿ります。上映作品は2017年秋現在選定中。諸外国の中では比較的日本映画が親しまれているフランスでもまだ知られていない作品や監督にも焦点を当てたラインナップを、3部構成で紹介します。
皮切りの第一部(2018年9月~10月)では、フランス映画文化の中心拠点、シネマテーク・フランセーズにおいて、1920~1940年代の映画27本を上映。日本映画の発芽期から黄金期が始まる時代の作品をカバーします。あわせて、サイレント映画に命を吹き込む活動弁士と楽士による公演も計画しています。
第二部「日本映画再発見」は、第二次世界大戦後から2000年代までの、厳選された映画約55本を、2セクションに分けて上映します。第一セクション(2018年11月)はまず、パリ日本文化会館に場を移し、日本映画史上極めて重要な、誰もが知る作品を、最新技術で生まれ変わったデジタル修復版で再発見する機会を提供します。国際交流基金も修復に協力した作品を含め、23本の作品が集中上映されます。次いで第二セクション(2019年1~2月)は、シネマテーク・フランセーズで、フランスではまだ知られていない名監督の作品と、よく知られている監督の知られざる傑作を、32本紹介します。また、上映作品に出演している往年の名俳優のトークやデジタル修復関連シンポジウムも計画中です。
第三部(2019年2月)は、シネマテークと日本文化会館の両方を使い、今活躍中の監督の作品を紹介します。
2018年に公開される最新作も数本含め、現在の日本映画界を牽引する巨匠から若手監督までの作品37本で、日本映画の今を伝えます。上映作品の監督たち、出演俳優・女優がパリの映画ファンと交流する、楽しい関連企画も予定しています。
なお、事業の一部は、トゥールーズやリヨン等フランス国内の別都市にも展開します。

・期間:
 ①「日本映画の発芽」: 2018年9月26日(水)~ 10月22日(月)
 ②-1「日本映画再発見(4Kクラシック傑作選)」: 2018年11月21日(水)〜 12月21日(金)
 ②-2「日本映画再発見(知られざる傑作特集)」:2019年1月 ~ 2月
 ③「現代監督特集」」 2019年2月 ~ 3月
・会場:
 ① シネマテーク・フランセーズ
 ②-1 パリ日本文化会館
 ②-2 シネマテーク・フランセーズ
 ③ シネマテーク・フランセーズ、パリ日本文化会館
 ①~③ アンスティテュ・リュミエール(リヨン)、シネマテーク・ドゥ・ニース、シネマテーク・ドゥ・トゥールーズ、ヴズール国際アジア映画祭
シネマテーク・フランセーズ

★野田秀樹演出 『贋作 桜の森の満開の下』
2018年9月28日(金)~ 10月3日(水)(10月1日休演)
「日本の素晴らしい作品が集結する『ジャポニスム2018』の公演ならば、ぜひ、野田秀樹作品を!」と、国立シャイヨー劇場直々のラブコールを受けて、野田秀樹、3度目となるパリ公演が実現!
野田秀樹が敬愛する作家・坂口安吾の『桜の森の満開の下』と『夜長姫と耳男』を主な下敷きとして、そこに幾つもの安吾作品のエッセンスを散りばめるという大胆な剽窃(=remix)によって、野田にしか描くことのできない壮大な戯曲を書き下ろした作品、『贋作 桜の森の満開の下』。1989年の初演以来、野田作品の中でも伝説となった舞台がパリで花開く。
珠玉の名作を引っ提げ、野田秀樹と演劇界最強の日本代表メンバーがパリを席巻する!!
国立シャイヨー劇場

★ジャポニスム2018 テクノ・イベント TOKYO HIT vol.3 クラブ・イベント feat.石野卓球
2018年9月28日(金)
パリ日本文化会館で第3回を数えるオールナイト・イベント。第1回からともにイベントを作り上げてきたフランスの音楽イベント集団Take Hitに加え、今回はポンピドゥー・センター、そしてパリにてTechno ParadeやParis Electronic Weekなど、大規模なテクノ・イベントを開催するTechnopolとタイアップしてイベントを実施します。
Ken Ishiiを迎えた前回に続き、今回ゲストに招くのは別の切り口で日本のテクノ界を黎明期から牽引してきた石野卓球。電気グルーヴのメンバーとして知られる石野は、横浜アリーナで1999年から2013年まで毎年開催されたレイヴ・イベントWIREの発案者でもあります。同時に1995年頃からベルリンを中心とした日本国内外でも精力的にソロDJ活動も行っており、1998年には同市のテクノ・フェスティバルLove ParadeのFinal Gatheringで150万人の前でプレイしました。テクノやジャーマン・トランス、アシッド・ハウスの影響を受け、イマジネーションが広がる音色とナンセンスなユーモアの見え隠れする独自の音楽を築いてきた石野卓球。
そのカラフルでちょっと不気味な音楽世界で 、今回のTokyo Hitを高揚させてくれるに違いありません。
Tokyo Hit、フランス語読みはトーキョイット、つまり「Tokyoïte =東京風」。
普段、舞台公演に使用するパリ日本文化会館のステージ・客席が、照明やVJ等の演出で魅せるオールスタンディングの会場になる様もぜひお楽しみください。
パリ日本文化会館

★ジャポニスム2018 テクノ・イベント テクノ・コンサート
2018年9月28日(金)
日本のみならず欧州など世界でエレクトロ・ミュージック・シーンの新しい可能性を追求しながら活動するミュージシャンたちがポンピドゥ・センターに集結!
Forum -1では、DJ Scotch Egg が最高にハードな8bitでベース会場を盛り上げ、大ホールではTakami Nakamoto&Sébastien Benoitsのオーディオビジュアルプロジェクト「Reflections」、Kyokaの実験的でありながらダンサンブルな電子音楽、水を奏でる音楽家Aki-Ra SunriseとDJ Ben Vedrenのコラボレーションを体感できるクラブ・イベントです。
ポンピドゥ・センター

★「日本の食と文化を楽しむ」シリーズのロゴ「日本の食と文化を楽しむ」シリーズ
2018年9月 ~ 2019年2月
パリ市内のレストランやワインバーの協力を得て、街中で広く、集中的に、日本の食、お酒、お茶を味わい楽しむ機会を提供します。
パリ市内のレストラン、カフェ、ワインバー等の協力を得、 日本酒をはじめとする日本の「味わい」に触れて、楽しんでもらう機会をパリのみなさんに提供して、「ジャポニスム2018」を広く盛り上げる参加型企画を準備しています。
たとえば、パリ市内のさまざまなジャンルの料理店が日本酒蔵元とそれぞれタッグを組み、各銘柄と相性の合うメニューやアラカルト一品を考案して、その日本酒とともにお客様に提供する特別週間を、毎秋パリで開催される日本酒紹介イベントSalon du Sakéのプレ企画として計画中です(コーディネーション:関口涼子)。そのほか、ワインバーに通うワイン愛好家に日本酒の味わいを発見してもらうデギュステーション企画、カフェやレストランでの日本茶月間等の企画の実施なども検討しています。

★禅文化週間
2018年10月2日(火)~7日(日)
禅に関わる書画・庭園・茶道などを取り上げた映像上映や展示、坐禅会、写禅語体験、老師による講演を通し禅の精神を伝えます。臨済宗黄檗宗連合各派合議所/禅文化研究所と協力し、禅の文化を多角的に紹介する「禅文化週間」を設けます。
雲水(修行僧)の修行の様子や主たる禅文化である書画、庭園、茶道などを紹介する特別制作映像の上映や写真パネルの展示、坐禅の体験、毛筆で禅語を模写する「写禅語」を計画するほか、メイン企画として、禅の指導者である老師による講演を予定しています。
フランスの人々が禅の精神に体験的に触れることができる一週間を通じて、西欧諸国では「クール」と捉えられている「ZEN」本来の精神を伝え、茶道、いけばな、能など、多くの日本文化の源流とも言える禅への理解を深める機会を創出します。
本プロジェクトの一部はリヨン地方へ巡回します。
パリ市立劇場 エスパス・カルダン

★コンテンポラリーダンス―川口隆夫 『大野一雄について』
2018年10月2日(火)~ 5日(金)
伝説の前衛舞踊家に寄せる全身全霊の讃歌。
ダンスアーカイヴの活用から生まれた作品『大野一雄について』は、舞踊シーンに独自の軌跡を描きつつ、上昇飛行を続けています。大野一雄の『ラ・アルヘンチーナ頌』(1977)、『わたしのお母さん』(1981)、『死海』(1985)のビデオを分析し、舞踏家の微細な動きから、観客の咳払いやビデオ収録の操作ミスまで「完全コピー」する一方、大野一雄の前衛映画 『O氏の肖像』(1969)を大胆に再解釈してパフォーマンス化する力強いコンセプトは、「オリジナルとは何か」「振付とは何か」という問いを投げかけ、「大野一雄」を知る、知らないを越えて、世界の観客を魅了してきました。
本作は、2016年のニューヨーク公演においてベッシー賞ファイナリストにノミネートされました。
パリ市立劇場 エスパス・カルダン

★現代演劇シリーズ―松井周演出 『自慢の息子』
2018年10月5日(金)~ 8日(月)
観客の五感全てを呼び覚ます松井の代表作『自慢の息子』がフェスティバル・ドートンヌ・パリのプログラムにてヨーロッパ初演。テキストやイメージが精緻に積み重なる瞬間を見逃すな!
40歳を超えて定職につかない独身の男「正」がアパートの一室に独立国を作る。そのアパートの家賃は年老いた母親の年金生活で賄われている。「ガイド」と呼ばれる男に導かれ、日本からの亡命を試みる兄妹と「正」の母親が、その独立国を訪ねる。アパートの隣の部屋には、騒音に近い音楽を聴きながら洗濯物を干す女が住む。彼らは自らの領土を主張しながら、奇妙な同居生活を始める。日本人独特の親子のつながりや登場人物たちの孤独を考察した2011年岸田國士戯曲賞受賞作品。
劇作家・演出家の松井周(1972-)は、2007年に劇団サンプルを結成。松井が描く猥雑かつ神秘的な世界の断片を継ぎ目なくドライブさせていく作風は、世代を超えて広く支持を得ています。本作がヨーロッパデビュー作品となります。
国立演劇センター ジュヌビリエ劇場

★「安藤忠雄 挑戦」展
2018年10月10日(水)~ 12月31日(月)
建築家・安藤忠雄の半世紀に及ぶ挑戦の軌跡と未来への展望に迫る。
国際的に著名な建築家、安藤忠雄(1941-)の個展です。独学で建築を学んだ安藤忠雄は、デビュー以来、常にその斬新な作品で建築界に衝撃を与えてきました。
本展では、これまでの活動の軌跡とこれからの展望を、模型、スケッチ、ドローイングや映像などを通して紹介します。
フランスにおいて近年とりわけ人気の高い日本の建築の魅力をパリ、さらには世界に向けて発信します。
ポンピドゥ・センター

★文楽
2018年10月12日(金)~ 13日(土)
ユネスコ無形文化遺産に登録されている舞台芸術・人形浄瑠璃文楽。太夫、三味線、人形の三業が一体となって日本の情(じょう)の世界を表現します。
《日高川入相花王~渡し場の段》
皇位継承を巡り追われている桜木親王は、「安珍」と称して身を隠していた。その安珍に一目惚れした地元 の有力者の娘・清姫。しかし安珍には既に恋人がいた。恋人と落ち合い道成寺へ逃げる安珍を、嫉妬で逆上 した清姫が追いかける。ついには蛇の姿と化し、日高川の激流を泳ぎ渡っていくのであった。
蛇体に変化する清姫の顔の仕掛け、クライマックスでの太夫と三味線の合奏など、文楽ならではの魅力に満ちた作品です。
《壼坂観音霊験記~沢市内より山の段》
盲目の沢市は、夜な夜な家を抜け出す妻・お里の浮気を疑っていた。それを知り驚いたお里は、沢市の眼 が開くように毎夜観音さまにお参りをしており、今日がその満願の日なのだと告白する。得心した沢市は、妻に謝り、二人で壷坂観音に参詣する。
沢市は自分の事でお里に苦労をかけることがしのびないと谷底へ身を投げる。お里もまた、絶望の余り夫の後を追い自殺をはかる。
すると、谷底へ慈悲の神として知られる観音様が現れる。観音様はお里の信仰心の篤さを褒め、夫婦愛の絆から二人を蘇らせると同時に、沢市の眼も開眼させる。目覚めた二人は、お互いに喜び合い、観音様に 感謝をするのであった。
文楽の演目の中では珍しくハッピーエンドで終わる本作は海外各地で好評です。ストーリーの明快さのみならず義太夫節の音楽性の高さもあって名作の一つとされています。
シテ・ド・ラ・ミュージック

★伶楽舎 × 森山開次
2018年10月13日(土)
雅楽の演奏グループとして世界各国で公演をしている伶楽舎。今回の公演ではダンサー森山開次が現代雅楽作品を舞います。
伶楽舎は雅楽古典曲以外に、廃絶曲の復曲や現代作品の演奏に積極的に取り組み、国内外で幅広い活動をしており、現代作曲家へも定期的に古典雅楽様式の新作を委嘱しています。今回の公演ではそんな伶楽舎ならではのプログラムが組まれています。第一部『露台乱舞』は平安時代から室町時代にかけて宮中で行われていた音楽行事を、音楽監督の芝祐靖が復曲、構成したもので、音楽や歌、舞で構成された宴が再現されており、雅楽の初心者にとっても親しみやすい内容の作品です。
また第二部では伶楽舎が委嘱し初演された権代敦彦の『彼岸の時間』(2003、2018改訂)と猿谷紀郎の『綸綬(りんじゅ)』(2010)を、現代日本を代表するダンサー・振付家の一人、森山開次演出振付によるコンテンポラリーダンスとのコラボレーションで世界初演。舞台美術には、日本古来の岩絵具を用いたスケール感ある作品のインスタレーションをパリの教会や世界遺産など国内外で展開し、国際的に評価の高まっている美術家・大舩真言の新作「VOID」が登場。ヘアメイク・松本順、衣裳・大脇幹裕と、新進気鋭のアーティストが結集し、新体操元日本代表選手を含む4名の女性ダンサーとともに創作される舞台に注目が集まります。
フィルハーモニー・ド・パリ

★太鼓 林英哲と英哲風雲の会
2018年10月14日(日)
世界初の太鼓独奏者・林英哲と彼が育て上げた実力派太鼓ユニット・英哲風雲の会による伝統と革新が織りなすライブパフォーマンス。
林英哲は1982年に太鼓独奏者として活動を開始、現在の舞台パフォーマンスとしての「日本の太鼓」の礎づくりに貢献し、ロック、ジャズ、クラシック、現代音楽、民族音楽など、様々なジャンルの演奏家らと垣根を越えた音楽作りをし、和太鼓の伝統とは一線を画した独自の太鼓の表現を築き上げてきました。美術家の生涯をモチーフにしたシリーズなど、太鼓によるオリジナルな舞台作品を多く生み出し、独創的な演奏家として国内外で広く活動しています。
英哲風雲の会は日本各地で活躍する若手太鼓奏者の中から、林英哲の音楽に共鳴する実力者で構成される次世代を担う俊英たちの集まりです。単独で国内外の公演も行い、その圧倒的な迫力とライブパフォーマンスは大反響を呼んでいます。
革新的な表現を兼ね備え、太鼓の響きを身体中で体感すると同時に、和の伝統的な演出も垣間見ることができる彼らのパフォーマンスに、フランスの聴衆も大いに盛り上がることでしょう。
フィルハーモニー・ド・パリ

★日本舞踊
2018年10月14日(日)~ 15日(月)
400年の伝統を有する日本舞踊。人間国宝・井上八千代、富山清琴をはじめ、伝統を受け継ぐ現代を代表する舞踊家が、日本舞踊の真髄を披露。
日本舞踊は約400年にわたって受け継がれてきた日本の伝統舞踊です。日本舞踊ならではの独特のリズムから生まれる身体の動きは、時に繊細、時に躍動的で観る者を魅了します。今回の公演では日本舞踊の代表的な演目である『藤娘』、『八島』、『連獅子』を上演します。
『藤娘』は、藤の花の精が踊るという幻想的な作品で、美しい衣裳も見どころです。それとは対照的に『連獅子』は、獅子に扮した二人の舞踊家が勇壮に踊るダイナミックな演目です。そして『八島』は、人間国宝・井上八千代が、同じく人間国宝・富山清琴の地唄とともに迫真の舞を披露します。日本における舞の多彩な演目を、一流の舞踊家、演奏者による最高の舞台でお届けします。
シテ・ド・ラ・ミュージック

★「縄文」展(Jômon)
2018年10月17日(水)~ 2018年12月8日(土)
縄文時代の美を体現する国宝火焔型土器をはじめとした土器に加え、土偶や装身具など、多くの国宝や重要文化財を含む出土品を一堂に紹介。
一万年もの長きにわたって続いた縄文時代。その時代に生きた人々の豊かな感性と、力強い造形美、そして精神文化は、21世紀を生きる私たちにも、深い示唆と刺激を与えてくれます。
1998年、国際交流基金がパリ日本文化会館で開催した「縄文展(JŌMON: l’art du Japon des origines)」は、
日本の芸術に造詣の深いフランス人に新鮮な驚きと共に迎えられ、多くの人々を魅了しました。
今回、20年ぶりに再びパリで開催される本展覧会は、2018年夏、東京国立博物館で開催される特別展「縄文‐一万年の美の鼓動」をパリ向けに再構成するものです。縄文時代の美を体現する国宝火焔型土器をはじめとした土器に加え、土偶や装身具など、多くの国宝や重要文化財を含む出土品を一堂に紹介し、日本美の原点である縄文の美と、それを生み出した縄文人たちの豊かな精神文化の魅力を提示します。
パリ日本文化会館

★「明治」展
2018年10月17日(水)~ 2019年1月14日(月)
激動の時代「明治」にスポットを当て、洋画、日本画などの近代絵画から、工芸、テキスタイルまで、多岐にわたる作品群により、明治という時代の美術的側面を紹介。
明治150年、および本展会場となるギメ東洋美術館の創設者であるエミール・ギメの没後100周年を記念して、明治時代をテーマとする美術展を開催します。
日本の歴史の中でも、あらゆる分野、特に文化において、もっとも重要な変革の時代であった明治時代。本展は、日本に
とって激動の時代であった明治時代に、美術的な側面から焦点を当てます。
フランスのコレクションに含まれる日本の知られざる作品の再発見と、その価値へのフォーカスをテーマに、浮世絵、日本画、油彩画から、陶器、漆器、金工品、テキスタイルなどの作品を展示します。フランスのコレクションを中心に、欧州や日本の美術館からも重要な作品を加えて構成する予定です。
ギメ東洋美術館

★現代演劇シリーズ―岡田利規演出 『三月の5日間』リクリエーション、
『三月の5日間』リクリエーション2018年10月17日(水)~20日(土)
Cycle de théâtre contemporain: Cinq jours en mars et Pratthana - Un portrait de la possession mise en scène par Toshiki Okada Image principale 
日本現代演劇の旗手・岡田利規(チェルフィッチュ主宰)が生み出す、演劇の起点かつ新領域。
チェルフィッチュ『三月の5日間』リクリエーション:アメリカ軍がイラク空爆を開始した2003年3月21日を含む5日間を過ごす数組の若者たちの日常を描き、当時の社会不安を浮き彫りにした『三月の5日間』。独特の言葉と身体性を用いた手法で日本現代演劇の潮流を変え、2005年岸田國士戯曲賞を受賞した本作を、90年代生まれの若い俳優とともにリクリエーションし、作品の新境地を切り拓く。
★『プラータナー:憑依のポートレート』
『プラータナー:憑依のポートレート』2018年12月13日(木)~16日(日)
日タイ国際共同制作プロジェクト『プラータナー:憑依のポートレート』:タイの気鋭小説家ウティット・ヘーマムーンによる『プラータナー:憑依のポートレート』を岡田利規が舞台化。1990年代初頭から2017年のタイに生きる芸術家の半生と性愛遍歴を描きながら、同じく芸術家であり同世代でもある岡田とウティットが自身の半生を投影し、日本とタイの<今>を映し出す。
ポンピドゥ・センター

★「地方の魅力」週間―祭りと文化
2018年10月17日(水)~27日(土)
12の地方自治体と連携し、各地伝来の7つの祭り・踊りと15の民俗芸能公演や生活文化企画を11日間にわたり集中的に紹介。まだフランスで十分には知られていない部分も含め、日本の各地方に根ざした、彩り豊かな文化を伝えます。
地方自治体等と連携し、日本各地で大切に守り伝えられてきた民俗芸能や、土地の人々に長く親しまれてきた生活文化を取り上げて集中的に紹介する特別週間を開催します。日本文化の多様性豊かな魅力に注目し、フランスでまだ 知られざる日本を見つけてもらう機会とします。
平日はパリ日本文化会館にて、いろいろな土地に伝わる、民俗芸能公演、工芸品製作実演やワークショップ、写真パネル等の展示、講演等を通じ、日本の中にいかに彩り豊かな地方文化が育まれているか、それぞれどういう歴史を持ち、どのように育まれた文化なのか、各地はそれらをいかに活用し、守り、継承していこうとしているのかを、楽しく伝えます。
会期中の週末には、パリ市民憩いの場所、アクリマタシオン庭園で、各地伝来の祭りや踊りを、華やかなパレード形式で、またステージを使って披露します。見学に訪れる方々にも一緒に踊りに参加していただくことを期待しています。
あわせて、同庭園内には、各地の「B級グルメ」を紹介する屋台や、観光ブースの設置も予定しています。
パリ日本文化会館

★【特別企画】 パリ東京文化タンデム2018 「東京画 SHIBUYA - TOKYO CURIOSITY」
2018年10月18日(木)~ 11月17日(土)
伝統と現代性が共存し、さまざまな世代の人たちが行き交う渋谷は、対照的なものの共存とダイナミックな変化によって生じる創造的なカオスを内包しているといえるのではないでしょうか。世界的にも有名な交差点がある渋谷は、新しいトレンドが生まれる東京の実験場です。そして日本全体が抱えているあらゆるパラドックス、魅力、はたまた異国情緒までもが詰め込まれている場所でもあります。
今回開催される写真展は、渋谷の個性に焦点を当てた初の展覧会です。アートプロジェクト『東京画』の100人の写真家が渋谷の貴重な光景、驚くような場面、わくわくする非日常そして穏やかな日常のシーンを捉えました。こうしたさまざまな視点が合わさることによって、渋谷の魅力を紹介します。
パリ4区 庁舎

★「京都の宝―琳派300年の創造」展(Rinpa hujin-raijin)
2018年10月26日(金)~ 2019年1月27日(日)
国宝 風神雷神図屏風のヨーロッパ初公開。宗達、光琳をはじめとする琳派の傑作が揃う、今後またとないであろう珠玉の展覧会。
桃山時代後期に京都で生まれた琳派は、時と場所に縛られることなく、世代を超えた私淑により受け継がれた他に類を見ない美術の流派です。その潮流は、本阿弥光悦、俵屋宗達から、尾形光琳・乾山、近代の神坂雪佳に至るまで、古典的な要素を含みつつも、常にその時代における新しい美として受け継がれてきました。
本展では、特に京都での創造に絞り、日本国内でも公開される機会の稀な琳派の傑作を、国宝、重要文化財を含めて選りすぐって展示します。琳派芸術の中心をなす絵画をはじめ、書跡、陶芸、漆工などの調度品も取り上げ、日本美術の粋ともいえる琳派の総合性を示すとともに、その絢爛豪華な様式美、現代の生活美術全般にも通じる斬新なデザイン感覚を紹介します。
パリ市立チェルヌスキ美術館

★現代演劇シリーズ―木ノ下裕一監修・補綴 杉原邦生演出・美術 木ノ下歌舞伎『勧進帳』
2018年11月1日(木)~ 3日(土)
古典と現代、日本とフランスの境を越え、歌舞伎の可能性を追求する演劇団体・木ノ下歌舞伎、ポンピドゥ・センター初見参!
木ノ下歌舞伎は歴史的な文脈を踏まえつつ、現代における歌舞伎演目上演の可能性を発信する団体。あらゆる視点から歌舞伎にアプローチするため、主宰である木ノ下裕一が指針を示しながら、さまざまな演出家による作品を上演するというスタイルで、京都を拠点に2006年より活動を展開しています。
本作『勧進帳』は2010年の初演後、杉原邦生[KUNIO]の演出・美術により、2016年に完全リクリエーション版として上演。監修・補綴の木ノ下裕一がその成果に対して平成28年度文化庁芸術祭新人賞を受賞するなど、高い評価を得ました。一般的に「忠義の物語」とされる勧進帳を、〈関所=境界線〉として読み解き、現代社会を取り巻くあらゆる〈境界線〉が交錯する、多層的なドラマへと再構築した木ノ下歌舞伎の代表作です。
ポンピドゥ・センター

★【特別企画】 パリ東京文化タンデム2018 FUROSHIKI PARIS
①2018年11月1日(木)~ 6日(火) ②2018年11月
パリの市庁舎前にて、建築家・田根剛氏のアートディレクションのもと、「東京からパリへの贈り物」として風呂敷包みをイメージしたパビリオンを設置します。
内部では、風呂敷関連の様々な展示のほか、今日までの風呂敷の様々な使い方を映したビデオプロジェクションなどが展開されます。
展覧会のテーマは「風呂敷のアート」で、日仏のアーティストやデザイナーの協力作品が展覧されるほか、参加型デモンストレーションも展開されます。
風呂敷における伝統的な包む技術とは、四角い布を折りたたんで物を包んで運ぶというものです。風呂敷は8世紀(奈良時代)から日本で使われ始め、時が経つにつれて日本人の日常生活に馴染んだものとなりました。
世界初のエコバッグとされており、文化的、環境的、美的特長があるこの伝統技術を世界に発信させるための最高の展覧会がパリで開催されようとしています。
また、パリ日本文化会館では、11月2日・10日・17日・24日に風呂敷ワークショップが開かれます。
パリ市庁舎前広場

★【2.5次元ミュージカル】"Pretty Guardian Sailor Moon" The Super Live
2018年11月3日(土)~ 4日(日)
日本の漫画、アニメ、ゲームが原作の2.5次元ミュージカル、いよいよヨーロッパへ!
世界中で愛される「美少女戦士セーラームーン」の魅力を活かした新たなパフォーマンスショーを上演。
漫画「美少女戦士セーラームーン」は1991年に講談社の少女漫画雑誌「なかよし」で連載が開始され、その人気は少女を中心に大人の女性、男性の間まで広がり、従来の枠を超えたブーム、社会現象となりました。
そして1993年、初めてミュージカル化され、2013年、「美少女戦士セーラームーン20周年プロジェクト」の一環として8年ぶりに、出演者が全て女性という新しい試みのもとに新作を上演。2014年夏の公演に続き、2015年1月にはミュージカル「美少女戦士セーラームーン」史上初の中国・上海公演を開催し、現地でも大好評を博しました。
今ではミュージカルを観るために多くの外国人も日本に訪れるほど、2.5次元ミュージカルを代表するビックタイトルとなっています。また、2017年にはアメリカヒューストンでの「Anime Matsuri 2017」にてショーを行い、1万人を動員。
現在「美少女戦士セーラームーン25周年プロジェクト」として様々なプロジェクトが進行しており、2018年パリでの公演は、世界中で愛される原作の魅力を活かした新たなパフォーマンスショーとして上演を予定しています。
パレ・デ・コングレ・ド・パリ

★『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』特別上映会
2018年11月9日(金)~ 10日(土)
日本を代表する記録映画作家、羽田澄子監督による日本映画史上空前のドキュメンタリー映画『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』全6部、計10時間46分を、パリ日本文化会館にて一挙上映します。
2歳で初舞台を踏み、視力を失った晩年まで現役であり続けた名優、十三代目片岡仁左衛門(1903年-1994年)と、名門プロダクション岩波映画製作所でキャリアを重ねた後、夫工藤充プロデューサーとのコンビで傑出した記録映画を生み出してきた羽田監督との出会い。数々の名舞台はもちろん、楽屋から稽古場、片岡家の日常まで、カメラが黒衣のごとく寄り添い、その芸の深さと人間としての魅力をあますところなくとらえた傑作です。
全編一挙上映の機会は日本でも滅多になく、海外では今回のジャポニスム2018が初めてとなります。めくるめく歌舞伎の世界、日本の古典芸能の世界、そして真実と向き合うドキュメンタリー映画の世界を愛する方々には、逃しがたい貴重な機会となるでしょう。
パリ日本文化会館

★「ジャポニスムの150年」展(Japonismes工芸展)
2018年11月15日(木)~ 2019年3月3日(日)
装飾美術館の日本美術コレクションと、日本から出品される工芸作品等、さらに、現代の作家、職人、デザイナーらの作品も展示。19世紀後半から現代までの工芸、デザイン、ファッションを横断的に紹介。
本展では、パリの装飾美術館の10,000点を数える日本美術コレクションから厳選された作品を中心に、日本から貸し出される作品、日本の影響を受けて欧州で制作された作品を加えて構成し、19世紀後半から今日までの150年にわたる日仏両国の芸術上の相互影響に焦点をあてます。
2,000㎡を超える大規模な本展は、発見者、自然、時間、革新、動きという5つのテーマに沿って展開され、美術工芸品からプロダクト・デザイン、グラフィックアート、ファッション、写真も含めて幅広い芸術作品がジャンルを横断して展示されます。
装飾美術館

★宮城聰演出 『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』
2018年11月19日(月)~ 25日(日)(11月22日休演)
世界最高峰のフェスティバルであるアヴィニョン演劇祭で大絶賛された『マハーバーラタ』再びフランスへ!
インドの国民的大叙事詩の中で最も美しく壮大な愛の物語を、絵巻物のように壮麗なビジュアルで描くSPAC版『マハーバーラタ』。2014年7月、フランスで開催されている世界最高峰の演劇フェスティバルである「アヴィニョン演劇祭」で約1,000席の会場を連日満席にし、スタンディング・オベーションを巻き起こしました。その後も各地で上演を重ね、進化を続ける本作が、「ジャポニスム2018」に登場します。客席を360度取り囲む“リング状”の舞台、重厚な語りと動き、そして俳優による生演奏―。2017年、『アンティゴネ』で同演劇祭のオープニングを飾り、勢いに乗る宮城聰とSPACが贈る祝祭音楽劇の頂点です。
ラ・ヴィレット

★日仏ダイアローグ② 俳句討論会「クローデルの日本―『百扇帖』をめぐって」
2018年11月20日(火)
<日仏ダイアローグとは>
様々な催しがパリ中、フランス中で開催される「ジャポニスム2018」の会期を通じ、日本とフランスの接触と交流の歩みや 両国共通の課題への取り組みをテーマに、シンポジウムや講演、セミナーを実施します。回ごとに文学、俳句、歴史、芸術、社会科学等の切り口を設定し、「ジャポニスム2018」に至る経緯と意義について日仏の専門家が共に考察し、語り合います。<俳句討論会「クローデルの日本―『百扇帖』をめぐって」>
パリ日本文化会館

★現代演劇シリーズ―藤田貴大演出 『書を捨てよ町へ出よう』(Takahiro Fujita)
2018年11月21日(水)~24日(土)
「言葉の錬金術師」寺山修司の初期代表作をマームとジプシーを率いる若手演劇人の藤田貴大が演出します。
没後35年を迎える寺山修司の初期の代表作『書を捨てよ町へ出よう』…青春の叙情にあふれるそのタイトルはあまりにも有名ですが、同名の評論集(1967)、舞台(1968)、映画(1971)のそれぞれが別個の内容になっています。
2007年に演劇団体マームとジプシーを立ち上げ、2012年に26歳の若さで岸田國士戯曲賞を受賞し若手演劇人として活躍を続けている藤田貴大。その藤田が2015年に映画版に依拠しつつ、寺山を思わせる登場人物を配することにより、寺山の評論・舞台・映画を集大成した、寺山に捧げる新たな作品として演出しました。寺山とその作品が常にそうあったように、時代を挑発し、すぐに消えてしまう若さというものに、美しさとグロテスクさを刻み付けた作品になっています。
パリ日本文化会館

★現代演劇シリーズ―岩井秀人構成・演出 『ワレワレのモロモロ ジュヌビリエ編』
2018年11月22日(木)~ 12月3日(月)
岩井秀人×国立演劇センタージュヌビリエ劇場の日仏コラボレーションがフェスティバル・ドートンヌ・パリで実現。ジュヌビリエに生きる人々を取材しながら、フランス人と初の共同制作に挑む!
国立演劇センタージュヌビリエ劇場新芸術監督ダニエル・ジャヌトーが、現代日本演劇シーンを代表する劇作家・演出家の岩井秀人(劇団ハイバイ主宰)にアソシエイト・アーティストとして2018年秋発表の新作をオファー。16歳から20歳の間ひきこもり生活を送っていた岩井は作品を通して、自由でエスプリのきいた表現を駆使し、儚く美しいながらも躍動感のあるタッチで様々な側面を持つ現代社会やそこに生きる人々の生き様を描き出します。
今回の新作はアマチュア・プロに限らずその人自身の人生を演劇にするプロジェクト。2018年秋の本番に向けて、岩井は ジュヌビリエに複数回滞在しながら、ユニークな人生経験を持つ住民や俳優とワークショップや稽古を重ね、台本を作ります。彼らと共に生み出される岩井の初・日仏共同制作に乞うご期待!
国立演劇センター ジュヌビリエ劇場

★日仏ダイアローグ③ 講演会「ジャポニスム:北斎とセザンヌ」
2018年11月22日(木)
<日仏ダイアローグとは>
様々な催しがパリ中、フランス中で開催される「ジャポニスム2018」の会期を通じ、日本とフランスの接触と交流の歩みや 両国共通の課題への取り組みをテーマに、シンポジウムや講演、セミナーを実施します。回ごとに文学、俳句、歴史、芸術、社会科学等の切り口を設定し、「ジャポニスム2018」に至る経緯と意義について日仏の専門家が共に考察し、語り合います。<講演会「ジャポニスム:北斎とセザンヌ」>
パリ日本文化会館

★河瀨直美監督特集 特別展・特集上映
2018年11月23日(金)~ 2019年1月6日(日)
近年いよいよ脂が乗って活躍を続け、「ジャポニスム2018」公式オープニングでの新作特別上映が予定される河瀨直美監督の半生を、特別展と回顧上映会で追います。
「ジャポニスム2018」公式オープニングで新作『Vision』の特別上映が予定されている映画監督、河瀨直美の半生を、特別展と映画上映会で描きます。現代美術の殿堂、ポンピドゥ・センターからの熱い要望で企画が実現しました。
特別展では、「生命」「自然」「世界」「家族」といった、河瀨映画に共通するテーマを、写真、インスタレーション、映像などさまざまな表現で紹介します。一方特集上映においては、初期の短篇から最新作まで、カンヌ国際映画祭受賞作品を含めた映画作品約35本を一挙に上映します。
ポンピドゥ・センター

★「MANGA⇔TOKYO」展
2018年11月29日(木)~ 12月30日(日)
都市〈東京〉を映し出してきた日本のマンガ・アニメ・ゲーム・特撮作品と、それらフィクションを注入された現実の〈東京〉の、複合的体験を提供する企画展示。
日本のマンガ・アニメ・ゲーム・特撮作品は、都市〈東京〉の特徴や変化を、鏡のように映しだしてきました。本展は、そのさまざまな描写を、多数の原画や模型、映像などでたどります。現実の都市の特徴がいかにフィクションを生起し、方向付けてきたのか。またそれらフィクションやそのキャラクターが、現実の都市にいかなるイメージを重層的に付与し、作用をおよぼしてきたのか。本展は、日本のマンガ・アニメ・ゲーム・特撮の展示であると同時に、そこに映し出され、さらには人々の記憶の中で重合された、〈東京〉を展示します。「聖地巡礼」など、アニメやゲームが観光資源として注目される中、その意味や可能性に光を当てます。
ラ・ヴィレット

★HATSUNE MIKU EXPO 2018 EUROPE(初音ミク)
2018年12月1日(土)
日本から世界へと「創作の輪」を広げ続けるバーチャル・シンガー初音ミク。待望のヨーロッパ初上陸となるコンサートを開催!
初音ミクは2007年にクリプトン・フューチャー・メディア株式会社から発売された歌声合成ソフトウェア。このソフト一つでメロディーに歌詞を乗せた歌を作ることが出来るため、多くの人が初音ミクを採用しました。
そうして出来た歌は様々な創作意欲を沸き立たせ、イラストや動画、ダンスなどの活動に繋がり、初音ミクを中心とした「創作の輪」として広がり続けています。
現在、初音ミクはインターネット内に留まらず、現実世界へと飛び出し、バーチャル・シンガーとして生身のミュージシャンの演奏に合わせてステージで歌うようになり、日本だけでなくアジアや北米など世界各国で多くの観客を魅了しています。
ヨーロッパでは第一弾となるコンサートを「ジャポニスム2018」の一環としてフランスで開催!
ラ・セーヌ・ミュージカル

★ジャズ 小曽根真featuring No Name Horses
2018年12月5日(水)、6日(木)
小曽根真が率いるビッグ・バンド、No Name Horsesによるジャズ・コンサート。
バークリー音楽院を卒業すると同時にゲーリー・バートンとツアーし、世界にその名を知られた小曽根真。以来、活躍を続け、NYフィルとの共演などクラシック演奏などでも近年注目を集めています。しかし、その原点は、大人の中に当時12歳で参加したプロのビッグ・バンドでの演奏だといいます。No Name Horsesは、ビッグ・バンドにそのような特別の思い入れがある小曽根真を中心に2004年3月に結成されました。15名のメンバーのいずれもが日本を代表するミュージシャンで、自身のバンドでリーダーを務めるなど活躍しています。ビッグ・バンドの醍醐味を余すところなく伝え、その音楽は日本のみならず、世界各国から注目を集めています。これまで国内ツアーの他、アメリカ(世界最大のジャズ・コンベンション「IAJE (国際ジャズ教育協会/NY)」)、フランス(ラロック・ダンテロン・ピアノ音楽祭)、スコットランド(エジンバラ・ジャズ・フェスティバル)、ウィーン、シンガポール(モザイク音楽祭)等で演奏してきました。今回のパリ公演で演奏する曲のひとつは、ガーシュウィンのピアノ協奏曲を小曽根真がビッグ・バンド用にアレンジしたRhapsody in Blue。ジャズ色の強いこのクラシックの名曲に、小曽根の感性が即興を通して発揮されます。
ほかには、ビッグバンドならではのハーモニーとスイング、各パートの魅力などが存分に楽しめるオリジナル曲を予定しています。
パリ日本文化会館

★柔道 ジャポニスム2018 × JITA-KYOEI PROJECT
2018年12月7日(金)~ 9日(日)、2019年1月19日(土)~ 20日(日)、2019年2月8日(金)~ 10日(日)
世界の柔道大国である日本とフランスが、子どもから指導者まで、老若男女さまざまなレベルでの柔道交流を深めます。
世界の柔道大国として知られるフランスでは、柔道は他者への敬意や礼の精神が身につく教育的なスポーツとしても評価され、子どもから大人まで多くの人が取り組んでいます。
この度は日本とフランスが、「心身の力を最も有効に使用し、己を完成し、世を補益する」(講道館柔道の創始者・嘉納治五郎師範の言葉)柔道の精神に基づき、さまざまなレベルで柔道を通じた交流を深めます。
パリ郊外の多目的施設ル・グラン・ドームでは、モントリオールオリンピック金メダリストで講道館長の上村春樹氏と、オリンピック3連覇を達成した野村忠宏氏による指導者向け講習会、柔道の道を志す青少年を対象とした講習会を開催します。ル・グラン・ドームの他、マルセイユにも巡回します。
またフランス柔道連盟の正月恒例「鏡開き」では、講道館の専門家による形のデモンストレーションや、フランス中から集まった指導者に向けた講習会が行われます。
更に、毎年パリで開催される国際柔道大会「グランドスラム・パリ」の機会を活用し、嘉納治五郎師範はじめ柔道の歴史を紡いできた柔道家ゆかりの品々や写真、書などの展示のほか、映像の上映等も予定しています。

★日仏ダイアローグ④ シンポジウム「グローバル・プレイヤーとしての日仏協力:日仏協力の現実と未来」
2018年12月7日(金)〜 8日(土)
外交関係樹立160年を迎えた日仏は今、テロや安全保障、移民・難民等のグローバルイシューにどう向き合うのか。その中で広報文化外交の持つ力とは。国際舞台における日仏協力の可能性を考えます。
パリ日本文化会館

★コンテンポラリーダンス―伊藤郁女×森山未來『Is it worth to save us? 』
2018年12月18日(火)~ 20日(木)
踊ることで世界は救えるのか?!
フランスで活躍する振付家・ダンサー伊藤郁女と多彩な活動で注目を集める森山未來による初のデュオ。
国際的に活躍する振付家・ダンサーであり、メゾン・デ・ザール・ドゥ・クレテイユのアソシエイト・アーティストである伊藤郁女と、俳優として、またダンサーとしてめざましい活躍を見せる森山未來による新作デュオ。2人はまるで自分たちが「異星人」であるかのような違和感を共有し、この世界と奇妙な距離感をもって生きています。それは三島由紀夫のSF小説『美しい星』の登場人物が感じているものとよく似ています。2人はこの小説の核心である「地球は救うに値するのか?」という問いをめぐる異星人の対話に焦点を当て、伊藤による執筆を通じて舞台化。2人のダンサーの身体とその間にある距離を通して、温かな関係性が生まれたかと思うと次の瞬間には冷淡になることもできる、人間たちの振る舞いを考えます。
メゾン・デザール・ド・クレテイユ

★日仏ダイアローグ⑤ シンポジウム「日本人が見たフランス、フランス人が見た日本」
2019年1月11日(金)〜 12日(土)
1858年以降、日仏は外交、芸術、文学等、多方面で交流を深めていきます。両国が互いにどのような魅力を見出し、いかに相手国を受容したのか、文化や社会にはいかなる影響があったかを、日仏の専門家が探ります。
パリ日本文化会館

★「藤田嗣治」展
2019年1月16日(水)~ 3月16日(土)
中南米からアジア、日本への旅。そして戦地へ――。パリに輝き、パリに没したフジタの知られざる時期の作品を中心に紹介。
藤田嗣治は若くしてパリに渡り、ここでエコール・ド・パリの芸術家として高い評価を得ました。三度にわたる彼のパリ滞在(1913-1931、1939-1940、1950-1968)中には、藤田にとって重要な出来事がいくつも起きています。個展の成功、フランスへの帰化、カトリックへの改宗などです。
本展では、藤田がパリに渡った1913年からパリを離れる1931年までの作品、中南米を旅し日本に戻り、東京を起点に日本各地や中国から東南アジアまで足を延ばした1930-40年代の作品、さらには戦後、終の棲家と定めることになるフランスへのオマージュとして制作された作品を紹介します。フランスで最も知られているのは最初のパリ滞在時に制作されたものですが、これまで紹介されることが少なかった1930-40年代の作品はほとんど知られていません。60年に及ぶ藤田の創造活動を総括し、藤田にとって第二の故郷であるパリで日本を中心に各地から集められた作品を展示する貴重な機会となる展覧会です。
パリ日本文化会館

★KINOTAYO現代日本映画祭
2018年11月 ~ 12月、2019年1月17日(木)~ 26日(土)
13回目を迎えるKINOTAYO現代日本映画祭。「ジャポニスム2018」では、例年にも増して魅力的なプログラムを紹介します。
フランス最大の日本映画祭として、2006年の創設以来、多くの人が毎年楽しみに待ち望んでいるKINOTAYO現代日本映画祭。フランスでの公開前の最新作を含め、幅広いジャンルの日本の現代映画を数多くフランスに紹介してきました。第13回映画祭は、「ジャポニスム2018」の一環として、例年にも増して魅力的なプログラムをご用意します。
パリ日本文化会館

★『FOUJITA』特別上映会
2019年1月18日(金)〜 27日(日)
藤田嗣治展開催に合わせ、小栗康平監督の最新映画『FOUJITA』(2015年)をフランスで初めて上映します。
「ジャポニスム2018」公式企画として、2019年1月から3月までパリ日本文化会館で開催される藤田嗣治展に合わせ、小栗康平監督による日仏合作映画『FOUJITA』(2015年)を上映します。
フランス・ジョルジュ・サドゥール賞を日本人として初めて受賞した『伽倻子のために』(1984年)や、カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ・国際批評家連盟賞ダブル受賞で話題になった『死の棘』(1990年)で知られる小栗康平監督が、10年ぶりに手がけた最新作『FOUJITA』。静謐な映像美溢れるこの日仏合作映画が、フランスにおいて初めて紹介されます。
展覧会と合わせ、日仏の間に生きたフジタの未だ知られざる世界を紹介し、近代とは何か、改めて問いかけます。
パリ日本文化会館

★「古都奈良の祈り」展
2019年1月23日(水)~ 3月18日(月)
奈良・興福寺の代表的仏像の展示をとおして、一千年以上の長きにわたって培われ・育まれてきた祈りの精神と美を紹介。
「日本」のはじまりの地と言われている奈良には、ユーラシア大陸における東西文化交流を背景に持つ仏像が受け継がれてきました。奈良の社寺では長い祈りの歴史とともに、その伝統に根差した造形文化が育まれています。
本展では、名刹・興福寺で大切に守り伝えられてきた至宝のうち、「国宝 木造金剛力士立像(吽形)」「重要文化財 木造地蔵菩薩立像」「国宝 木造金剛力士立像(阿形)」を厳選して展示します。普段は奈良を訪れなければ味わえない、眼前の仏像から放たれる美しさや迫力、その精神性の一端を伝える貴重な展示をとおし、シルクロードの東の終着点として日本文化の礎を築いた古都「奈良」の新たな魅力を紹介します。
ギメ東洋美術館

★いけばな
2019年1月30日(水) ~ 2月2日(土)
日本のいけばなの5つの流派(池坊、一葉式いけ花、小原流、草月流、未生流)がパリに会し、作品展示やシンポジウム、ワークショップを通して、華道の真髄を紹介します。
四季折々の草花を愛で日々の彩とする日本伝統の文化、いけばなは、フランスでも多くの人々に愛好されています。
今回は、日本いけばな芸術協会といけばなインターナショナルの協力を得て、多種多様ないけばなの様式や技法を紹介します。パリ日本文化会館定例事業のいけばな教室・講座を「ジャポニスム2018」会期中も行いつつ、日本から各流派の家元をはじめとする専門家が渡仏し、展覧会、デモンストレーション・シンポジウム、ワークショップを行う特別週間を企画して、華道の奥深い世界を五感で体験する場を提供します。
フランスの参加者にとっては、花の美しさを観賞するだけでなく、日本文化の中で育まれてきた、自然を尊び、洞察し、あらゆる生命に美を見出そうとする考え方に触れられる機会となることでしょう。
パリ日本文化会館

★能楽
2019年2月6日(水)~ 10日(日)
野村萬、梅若実、浅見真州ら現代一流の能楽師が本格的能舞台で日本文化の精髄である能楽を披露する公演です。
野村萬、梅若実、浅見真州ら現代一流の能楽師の出演により毎年東京の国立能楽堂で開催している「日経能楽鑑賞会」のパリ版ともいうべき公演です。能楽の原点として別格に扱われる『翁』に始まり、恋をめぐる怨念が渦巻く『葵上』、優艶な敗者・平清経の悲しみを描く『清経 恋之音取』、夫の留守を守る妻の恋慕から絶望へ至る『砧』と、能の傑作が上演されます。狂言では野村萬らによる『木六駄』、『二人袴』が上演されます。屋根・柱・橋掛かり・鏡の間付きの本格的能舞台、能装束、構成などすべてにおいて、これまでの能楽海外公演ではなし得なかったレベルの公演がパリで実現します。
シテ・ド・ラ・ミュージック

★高校生プレゼンテーション発表会のメイン画像高校生プレゼンテーション発表会
2019年2月9日(土)
「日仏交流 この人に注目~ジャポニスム2018につながる人と歴史」
「ジャポニスム2018」期間中に行われる様々なイベントや書籍等を通じて、仏の高校生が自分たちで調べ、考えたことを日本語で発表します。テーマは、日本とフランスの交流の歴史を築き上げた人物たち。フランス語を学ぶ日本の高校生も参加します。
パリ日本文化会館

★蜷川幸雄演出 『海辺のカフカ』
2019年2月15日(金)~ 23日(土)(2月18日休演)
村上春樹×蜷川幸雄。世界が注目する奇跡のコラボレーション、パリへ。
ニューヨーク・タイムズ「年間ベストブック10冊」や、世界幻想文学大賞に選ばれた村上春樹の傑作長編小説『海辺のカフカ』を蜷川幸雄が演出。原作の世界観を世界のニナガワならではの美しくも壮大なスケールで舞台化し、大きな話題を呼びました。二大巨頭による話題作、パリ初演です。
国立コリーヌ劇場

★2018ジャポン×フランス プロジェクト (日本の障害者による舞台芸術の発信/瑞宝太鼓 in フランス)
2019年2月23日(土)~ 24日(日) ナント公演、 2019年2月27日(水)~ 28日(木) パリ公演 
2017年フランス・ナント市で大絶賛された知的障害者によるプロの和太鼓集団「瑞宝太鼓」の公演を中心に、日本の障害者の優れた舞台芸術をフランスから世界に発信。
年間約100回の公演活動、500回を超える講習活動や社会貢献活動、そして、スペイン、アメリカ、オーストラリア、マレーシア、スウェーデン、フランスの6カ国で海外公演を行うなど、国内外において高い評価を受ける瑞宝太鼓の公演ほか、フランス共同団体のディレクターが選考した、障害者らで構成するダンスカンパニー等の作品を上演する予定です。
パリ日本文化会館

★Ikeda visuel「池田亮司 | continuum」展
2018年6月15日(金) ~ 8月27日(月)
池田亮司の「音」、「光」、「データ」による最新のインスタレーション。
パリと京都を拠点に活動する作曲家・アーティスト、池田亮司(1966-)の個展を開催します。池田は90年代よりダムタイプでの活動を始め、同時に独自の革新的なコンピューターコード、科学、テクノロジーを駆使したパフォーマンスやオーディオビジュアル・インスタレーションを制作してきました。世界各地の美術館、フェスティバルなどでも活躍する池田は、日本の電子音楽を代表する人物であり、音響、イメージ、空間、知覚現象、数学的概念等を用いた、体感型の作品を数多く発表しています。
本展覧会では、ポンピドゥ・センターのために新作のインスタレーション2点が展示されます。一つの作品は真っ暗な空間、もう一つの作品は明るい展示空間で、2つは対照的で、補完しあうようなインスタレーションとなります。前者は、池田が「メタ・コンポジション」と呼ぶ、視覚、音響のデータ、数学的概念を用いた眩暈を起こすようなインスタレーション、後者は、巨大なスピーカーを使ったオーディオビジュアル・インスタレーションです。鑑賞者は、このパフォーマンス的な作品を聞き、またその中を自由に歩き回ることができます。会期中、4回のコンサート(6月15、16日の各20:30~《formula》、6月16日15:00~《datamatics》、6月16日18:00~《C4I》)が予定されています。
ポンピドゥ・センター

★邦楽ライブ 和太鼓×津軽三味線
2018年7月5日(木)、6日(金)
邦楽の新たなる可能性へ!―和太鼓・古立ケンジ×津軽三味線・大野敬正による伝統と革新のライブ・パフォーマンス。
「伝統と革新」をテーマに和を代表する楽器である津軽三味線と和太鼓による進化系の邦楽パフォーマンスをジャパンエキスポにて実施します!本来の伝統的なスタイルとは別に常に新しさを追い求める側面を持つ和楽器。今回は邦楽の持つ「間」と洋楽のリズムを取り入れ、デジタルサウンドに合わせたパフォーマンスを披露します。伝統楽器に真剣に向き合うことを通して伝統に対するイメージを覆し、革新へと挑みながら、常に進化する邦楽の新しい可能性をお楽しみ下さい。
ジャパン・エキスポ

★河瀨直美監督 新作『Vision』特別上映
2018年7月12日(木)
フランスが愛する日本人映画監督・河瀨直美の新作『Vision』を、「ジャポニスム2018」公式オープニング事業としてインターナショナルプレミア上映。
『萌の朱雀』(1997年)、『殯の森』(2007年)、『あん』(2015)、『光』(2017年)など、世界を魅了する作品を創出する映像作家、河瀨直美。カンヌ国際映画祭グランプリをはじめとする数々の賞を受け、世界において、とりわけフランスで、高く評価されています。
その河瀨監督による2018年の新作映画『Vision』を、「ジャポニスム2018」公式オープニングを記念し、特別にお披露目上映します。2017年秋と冬に河瀨監督の故郷・奈良を舞台に撮影された本作は、世界三大映画祭すべてで女優賞を獲得したフランスの名女優・ジュリエット・ビノシュと、日本のみならず世界を舞台に活躍する俳優・永瀬正敏がダブル主演、ダンサーだけではなく近年活躍の場を広げている岩田剛典も参加している日仏合作。フランス人女性・ジャンヌは、来日して訪れた森に一人住む山守・智と出会い、幻の薬草・Vision(ビジョン)を巡って不思議な運命を体感していく、壮大な物語です。
シネマテーク・フランセーズ

★和太鼓 DRUM TAO『DRUM HEART』
2018年7月13日(金)、15日(日)
世界23カ国・500都市・観客動員数700万人―世界を魅了する和太鼓集団がフランス初公演。
表現力豊かな和太鼓演奏と圧倒的なヴィジュアルにより世界を魅了してきたDRUM TAO。
近年ではコシノジュンコが衣裳デザインに加わり、和を基調とした衣裳がDRUM TAOの独自の世界観に華を添えています。「最新の日本エンターテイメント」と評された2016年のニューヨーク・オフ・ブロードウェイ公演では全6公演が完売し、ニューズウィーク誌が「TAOは日本を世界へ売り込む『顔』になる!」と絶賛しました。
年間400回を越える公演によって和太鼓を主とする和楽器の魅力を世界に広めた功績が称えられ、「大分県文化功労者 学術・文化振興賞」、「竹田市文化創造賞」、「第6回観光庁長官表彰」を受賞。今回、フランスでは初の公演となります。
ラ・セーヌ・ミュージカル

★「深みへ‐日本の美意識を求めて‐」展
2018年7月14日(土) ~ 8月21日(火)
伝統と現代、混沌と形式、永遠と一瞬、2つで1つとなること‐「日本の美意識」がひらく共存、共創への可能性。
本展は、パリの中心に位置する19世紀に建てられたロスチャイルド館において、伝統的な作品と、現代の作品をあわせた展示を通して、日本の美意識を見せます。例えば縄文土器と、それから想をえた、若手デザイナーのアンリアレイジによる彫刻ドレスは、異なる芸術的ジャンルと異なる時代の間に存在する調和を表す完璧な例であり、日本の美意識に特徴的な価値のひとつである「生命感」を表しています。「プリミティヴィズム」、「異種混淆」、「引き算の美学-ミニマリズム」、「物質の変容-錬金術」、「軽みの哲学」、「新生-繰り返される再生」、「変化-生命の表現」などさまざまなテーマや媒体の多様性(絵画、インスタレーション、写真、ファッション、彫刻など)を通して、この展覧会は伝統と革新の二つの要素が一つになっている日本の美学に新しい視点と理解をもたらします。
ロスチャイルド館

★【2.5次元ミュージカル】ミュージカル『刀剣乱舞』 ~阿津賀志山異聞2018 巴里~
2018年7月15日(日)
名だたる刀剣が戦士の姿になった“刀剣男士”を育成する超人気ゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」(DMM GAMES/Nitroplus)を原案とする、ミュージカル『刀剣乱舞』がヨーロッパに初上陸!
PCブラウザ・スマホアプリゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」を原案としたミュージカル作品。2015年10月の初演より、まるでゲームの中から出てきたようなキャラクタービジュアルの再現度はもちろんのこと、重厚な歴史ドラマを描くミュージカルと、華やかなライブでの二部構成がファンの心をつかみ2.5次元ミュージカルの人気作品となりました。
2016年にCDデビューを果たすと、1stシングルが音楽チャートで1位を獲得。その後もシリーズは続き、海外公演や「真剣乱舞祭」と銘打ったライブも行われている他、嚴島神社にて世界遺産登録20周年記念奉納行事として特別公演を行うなど、革新的な試みを次々と成功させ、国内のみならず海外でも人気を博し、2.5次元ミュージカルの新たな可能性に挑戦し続けています。
パレ・デ・コングレ・ド・パリ

★宮本亜門演出 能×3D映像 『YUGEN 幽玄』
2018年9月
宮本亜門演出、観世流能楽師出演による能楽と3D映像を初めて融合させた新たな日本文化の誕生!
宮本亜門演出、観世流能楽師出演による能楽と3D映像作品を融合させた新たな舞台芸術がパリで繰り広げられます。本公演では、能の演目である『石橋』と『羽衣』をベースに3D映像で日本の自然を表現し、美しき日本の幽玄の世界を舞台上に再現します。観客は特別な3Dメガネを着用し、3D映像と能による美のコラボレーションを楽しんでいただきます。日本の伝統芸能と最新テクノロジーの融合による新たな日本文化の創出の瞬間を体感できる作品です。

★ファブリック・シャイヨー/島地保武 ダンス創作のためのレジデンス・プログラム
2018年9月 ~ 11月
島地保武が日本人として初参加。国立シャイヨー劇場が才能溢れる振付家・ダンサーに提供する創造のためのレジデンス・プログラム。
国立シャイヨー劇場が、世界から集めた才能ある振付家・ダンサーに創造の機会を提供するために開始したレジデンス・プログラム。本プログラムにダンサー・振付家の島地保武が日本人として初めて参加します。欧州のトップカンパニーで活躍していた島地は、ダンサー・振付家としての卓越した技術と創造力が高く評価され、多くの候補者の中からシャイヨー劇場の指名を受けました。島地は、ダンサーの小尻健太と辻本知彦、音楽家の岡直人と共にパリに約1ヶ月滞在し、シャイヨー劇場のスタジオで、4500種類ほどあると言われる日本語のオノマトペを題材とした新作ダンスの制作に取り掛かかります。その創造の成果は、ワーク・イン・プログレスとして、フランスの劇場関係者に向けて公開される予定です。
国立シャイヨー劇場

★テレビ日本月間
2018年9月
フランスのテレビが日本のドキュメンタリー、映画、アニメ他日本のコンテンツを集中的に放送します。
文化・教養専門チャンネルARTE他、フランスのテレビ放送局において、日本をテーマとする特集を予定して、日仏共同で製作したドキュメンタリーや紀行番組、また日本の優れた映画、アニメ等、さまざまなジャンルの日本関連テレビ番組を集中的に放送します。幅広い層に向けて、日本の人々の生きた暮らしや社会、日本で育まれてきた文化芸術、日本人の考え方や感じ方を伝える企画です。本特集に向け、歴史や紀行、人々の生活を扱ったスケールの大きなドキュメンタリーの日仏共同制作も進行しています。
優れた番組放送を通じ、さまざまな角度から、日本の多彩な顔を楽しく紹介します。

★「日本の食と文化を学ぶ」シリーズ
2018年7月 ~ 2019年2月
フランスのシェフ、調理師を志す学生から一般・子供まで、さまざまな層を対象に、お菓子やお茶も含めた日本の食文化を学ぶためのセミナー・ワークショップを開催。理論と実践で日本の食の魅力を伝えます。
「ジャポニスム2018」の会期を通じ、日本の食の魅力と楽しみ方を伝えるセミナー・ワークショップ・シリーズを開催します。各対象層に合わせたテーマを回ごとに設定して、日本の専門家を講師として講義と調理実習を行います(コーディネーション:相原由美子)。和食が既によく知られているフランスにおいて、より深く、より広く、日本食を学び、理解し、堪能してもらうための試みです。
フランスでシェフとして活躍している人や調理師になるための専門の勉強をしている学生を対象とした回では、フランス料理にも応用できる日本食材、出汁やうまみ、日本料理特有の調理技術、日本茶等をテーマ候補として検討しています。また、一般の人々や子供を対象とした回では、「手まり寿司・巻き寿司」「お好み焼き」「どら焼き」など、フランスで入手が可能な材料で、自宅で気軽に作れるメニューを取り上げる予定です。
本プロジェクトの一部はパリ以外への都市・地方での開催も検討しています。
パリ日本文化会館

★茶の湯
2019年2月
茶道具の展覧会、シンポジウム、茶会を組み合わせて企画して、見て、聞いて、体験することを通じ、茶道の「和敬清寂」の精神を伝え、日本の伝統文化を代表する茶の湯の美学を味わう機会を提供します。
「ジャポニスム2018」の会期を通じ、折に触れて茶の湯を紹介するさまざまな機会を設けることにより、人を敬い、和を大切にし、物事に動じない、茶道の精神「和敬清寂」をパリの人々に伝えます。長年継続しているパリ日本文化会館での茶道体験講座や茶道教室に加え、「ジャポニスム2018」に際しては特別に、茶会や、茶道具展示、講演会等を予定しています。
見て、聴いて、体験することを通じて、「亭主」と「客」の間に生み出される人間的なぬくもりを体感し、日本の伝統文化を代表する茶の湯の美学を味わう機会をパリの人たちに提供します。
パリ日本文化会館

★【特別企画】からくり人形の動態展示(Exposition de la dynamique de la poupée karakuri)
2018年11月上旬
本催しでは、19世紀前半に「からくり儀右衛門」こと田中久重(1799-1881)が日本各地で行った「からくり人形」の興行を再現します。
「からくり人形」が制作された江戸時代(1603-1867)は、約250年もの長い間戦乱のない世が続いた世界的に見ても稀有な時代でした。平和が続いたこの間、産業や商業が著しく発展し、職人らの高度で緻密な技術力が醸成しました。なかでも「からくり人形」は、動力や仕掛けに優れた技巧が結集し制作されたものです。田中久重による、文字書き人形、弓曳童子などの「からくり人形」は、見世物興行で披露され、多くの人々を驚かせ喜ばせました。
一方、田中久重は和時計、蒸気機関、電話機など、他の様々な発明でも才能を発揮し、日本の科学技術史にその名を刻んでいます。その足跡は、在来技術から近代技術への推移と発展を体現したものといえるでしょう。
このたびのパリ公演は、貴重な「からくり人形」の実演をご覧いただくまたとない機会となります。本公演により、現代まで脈々と息づいている、日本のものづくりの原点を紹介します。
パリ日本文化会館

★スポーツ交流
東京2020からパリ2024へ、オリンピック・パラリンピック開催を見据え、さまざまなスポーツを通じた日仏交流事業を企画します。
日付調整中




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# by sentence2307 | 2018-09-04 18:56 | 映画 | Comments(0)