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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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先週の月曜日、午後7時のニュースを見ながら、何気なく夕刊(たしかその日は朝刊は休刊でした)のテレビ番組表を眺めていたら、なんと午後7時30分からwowowで木下恵介監督の「カルメン故郷に帰る」を放映するとか書いてあるじゃないですか。

えっ~、こりゃあ、のんびり夕食なんかとっている場合じゃありません、目の前の飯やらおかずやらを急いで掻き込み丸呑みして、早速テレビの前にスタンバイしました、そうそう、思い出しました、そういえばwowowの今月号に「松竹特集」とか、なんだか書いてあったような気がします。

そうか、いまになってやっと思い出すくらいじゃあ、きっと、もうかなり特集も進んでしまっていて見逃した映画も結構あるだろうなこの分じゃ、と少し気落ちしながらwowowの冊子を引っ張り出して確認したところ(恥ずかしながらこの冊子、届いてもそこらにほったらかして中身を精読したことなんか滅多にありません)、はは~ん、なるほど、「特集・松竹映画の100年」というのは、まさに「今日」からのはじまりって書いてありますね、なになに、その第1作目がこの「カルメン故郷に帰る」というわけですね。

作品のライン・アップをみると

カルメン故郷に帰る(1951木下恵介)、東京物語(1953小津安二郎)、男はつらいよ(1969山田洋次)、幸福の黄色いハンカチ(1977山田洋次)、必殺! (1984貞永方久)、キネマの天地(1986山田洋次)、復讐するは我にあり(1979今村昌平)、その男凶暴につき(1989北野武)、御法度(1999大島渚)、武士の一分(2006山田洋次)、

しかも、なんと明日は、なにィ~、「とと東京物語」を放映するとか書いてあるじゃないですか。ラッキー!! いやはや、見逃さずに良かった良かった。長生きしていると、たまにはこういう、いいこともあるんですよねえ。

なるほど、なるほど、それでこの10作というわけですね。ふ~ん、しかし「特集・松竹映画の100年」と大きくカマシタわりには、なんか、独特のカタヨリ感も禁じ得ませんね。

それは10作品中4作品を山田洋次作品が占めているというあたり、これってずいぶん山田洋次の「生存」に気兼ねして無理して立てた企画のように見えなくもないというあたりが、ちょっと気になるところではあります。

まあ、かつて「男はつらいよ」シリーズを盆と正月にはさんざん見てきたくせに(この習慣が途切れてからもう随分経ちます)、その恩ある作品をいまさらこう言っちゃなんですが、金に飽かして延々と続いた豪華な「映画・男はつらいよ」よりも、それ以前、狭いスタジオでちまちま撮られたなんとも貧弱でガチャついていたテレビ版「男はつらいよ」(高視聴率を獲得して映画製作に道をつけたテレビ作品です)の方が、その発想の原初(故郷を持つ風来坊の物語)のアナーキーさ(精密にいえば、アナーキーになりきれない故郷から縁の切れないアナーキーの滑稽さ)がよく出ていて、よほど面白かったという記憶があります。

そうか、いま思い出しました。「特集・松竹映画の100年」といえば、少し前、国立映画アーカイブでもたしか同様の企画で上映会があったという記事をなにかで読んだ気がします、というわけでさっそく検索をかけてみました。

ほら、これこれ、企画の正式タイトルは「松竹第一主義 松竹映画の100年 Shochiku Cinema at 100」(データの詳細は、末尾に添付しておきますね)とあり、1921年の「路上の霊魂」からはじまり2006年の「花よりもなほ」までの64本が挙がっています、これでこそ「特集・松竹映画の100年」の名にふさわしい企画といえるわけで、「100年」などと大きく出るからには、せめてこの半分くらいのリキは入れてほしいと思います。

しかし、興味の向かうところ千々に乱れ、手当たり次第に本をひっくり返しているかと思えば、パソコンの検索に没頭し、調べながら不意に遭遇した意想外の興味深いネタに誘われるままに別の道をずんずん突き進んで、ついに当初自分が何を調べていたのかすっかり失念していることにやっと気が付いたときには、いつの間にか日暮れを迎えている窓外の夕景をただ呆然と眺めやり「今日もまた、かくして一日が終わったか、いやマジで」とヒトリゴツそんなワタシを見ながら、「映画が趣味」にイマイチ距離を置いている醒めた配偶者は、なにやら口だけモグモグ動かして、無言でなにごとかをワタシに問いかけています。

きっと「このADHD野郎」と言っているに相違ありません、いつものことです、まあ和訳するとすれば「注意欠如の多動症野郎」とでもいったところでしょうか(まんま、直訳じゃねえか)。

そして、

「アンタさあ、『東京物語』の放送があるたんびに録画しているけどさあ、オンナジもの何本録ったら気が済むの、こっちだって見たい番組あるんだよテニスとかさ、いい加減にしてよね、だいいち録画したって全然見てないじゃん」

とかなんとか非難がましいことをノタマウのであります。

お前らみたいなド素人に分かってたまるか、とそのたびに心の中で言い返していますが、まぁ、つまらない妄言に反応して、いちいち対応するっていうのもずいぶん大人げない話なので当然無視しているのですが、まあそれもある意味逃げで、実のところだらしない部分もあるかもくらいは、もとより十分承知いたしておるところではあります。

すると、わが黙殺に苛立った彼女は、ズルそうな薄笑いを浮かべながら、さも訳知り顔にこんなことを言うのです。

「それってさあ、いくら見たって『東京物語』を理解できないあんたの無知蒙昧(あるいは「無能」と言ったかもしれませんが、どちらにしても亭主へのリスペクト感のなさにおいては、ほぼ同じような気がします)のなせる焦燥感を反映した一種の病的行為だよ。臨床学的にみると、いわば精神病だわさ」などと、とんでもないことをほざくのであります。

しかもよりにもよって「だわさ」とはなんだ(ソッチ!?)、と一瞬逆上しかけましたが、しかし、どうにかコンニチまで心強い婚姻制度にも支えられながらではありますが、まがりなりにも「夫婦」という社会的関係性が維持継続できたというのに、ここにきて「東京物語」の録画くらいのことで口争いなどをして婚姻関係を破綻の危機にさらすというのも、どうかなと思う部分もあり、ここは光秀じゃないですが、ぐっと我慢の大五郎ということにアイなりました。いつものことです。

しかし、いままで自分でも考えたことがなかったのですが、そう彼女に言われてみると、たしかにテレビの放送があるたびに、この「東京物語」を録画せずにいられないのというのは、まあ不思議と言えば不思議な話で、「どうしてだ」という疑問は当然起こりますし、あって当然といえるでしょう。

そんななかで、今回もまた録画しながら、「東京物語」を鑑賞しました。鑑賞しながら、あの「どうしてだ」の意味が、だんだん分かってきたような気がします。

自分も年齢を重ねるにつれ、ミタビ・ヨタビと繰り返しこの映画を見ていくなかで、そのつど、いままでとは違うもの・新しい部分が見えてくるというか、「発見」があるのだなということが分かってきたのです。

自分にとって、今回見た「東京物語」は、十代とか二十代で見た「東京物語」とは明らかに違います。こんなふうに、年齢を重ねながら、その節目節目で見た「東京物語」は、それぞれに違った顔を見せて自分を感動させ続けてきたのだろうなということに気がついたのです。

なんだ、そんなことか、当たり前じゃないかと言われてしまいそうですが、自分的には、今回もちょっと目が覚めたような感動を受けたので、そのへんのところを書いてみたいと思います。

いままで自分は、この物語が、尾道の老夫婦が、東京で暮らす子供たちを訪ねて、しかし、そこにはきびしい現実の生活に追いまくられている生活者としての彼らがいて、都会人としてどうにか自立し、それぞれが家族を持って、そのなかで悪戦苦闘している彼らは、もはや老夫婦が育てたあの「子供たち」などでは当然なくて、むしろ彼ら自身が自分の家族の維持のために悪戦苦闘している別のファミリーであって、かつての「老夫婦の家族・親子関係」はかなり薄れてしまっていて、あるいは無きがごときか、さらに「すでに壊れてかけているのかもしれない」ことを薄々感じ始めて、いささか失望する(老妻が「私たちは、まだまだいいほうでさあ」と自分に言い聞かせるように呟くその言葉が、そのことを端的に示しています)という物語だと認識していました。

つまり、老夫婦の、そして老妻の死で「家族が散り散りになって終わる失意の物語」だと。

老夫婦は、東京で暮らす「子供たち」の家に順々に泊まっていくのですが、しかし、子供たちにはそれぞれの生活があって、とてもじゃないが、上京した両親をつきっきりで世話することができません、わずかな小遣い銭を渡されて東京の(あるいは熱海の)街中におっぽり出され、さまよい歩くのですが、しかし、どこにも老いたふたりの安らげる落ち着き場所などあるわけもなく、行き場を失った老夫婦は、仕方なく戦死した次男の嫁・紀子(原節子)を訪ねます。

実の子供たちには、さんざん邪険にあつかわれたあとで、次男の嫁・紀子に、実のこもったあたたかいモテナシを受けて、やっと落ち着けた老妻は、その夜の床で感謝の気持ちを込めて「なあ、紀さん」と、嫁・紀子に語り掛けます。

とみ「気を悪うされると困るんじゃけど、昌二のう、死んでからもう8年になるのに、あんたがまだああして写真なんか飾ってくれとるのを見ると、わたしゃなんやらあんたが気の毒で・・・」
紀子「どうしてなんですの?」
とみ「でも、あんた、まだ若いんじゃし」
紀子「もう若かありませんわ」
とみ「いいえ、ほんとうよ。あたしゃ、あんたにすまん思うて。ときどきお父さんとも話すんじゃけえど、ええ人があったら、あんた、いつでも気兼ねなしにお嫁に行ってつかあさいよ」

(紀子、笑ってやり過ごそうとする)

とみ「ほんとうよ、そうして貰わんと、わたしらもほんとうにつらいんじゃけ」
紀子「じゃあ、いいとこがありましたら」
とみ「あるよ、ありますとも、あんたならきっとありまさあ」
紀子「そうでしょうか」
とみ「あんたにゃいままで苦労のさせ通しで、このままじゃ、わたしすまんすまん思うて」
紀子「いいの、お母さま、わたし勝手にこうしていますの」
とみ「でもあんた、それじゃァあんまりのう」
紀子「いいえ、いいんですの。あたし、このほうが気楽なんですの」
とみ「でもなあ、いまはそうでも、だんだん年でもとってくると、やっぱり一人じゃさびしいけえのう」
紀子「いいんです、あたし、年とらないことに決めてますから」
とみ「ええひとじゃのう、あんたァ」
紀子「じゃ、おやすみなさい」

そして紀子は立ち上がって、電灯を消して寝床に入ります。

玄関扉のあかり取りからアパート廊下の常夜灯の光が紀子の涙のにじんだ顔を薄っすら浮かび上がらせている、自分は長いあいだ、その紀子の涙のわけを、直前に義母から言われた「やっぱり一人じゃさびしいけえのう」という言葉に感応して、断ちがたい亡夫・昌二への思いとか、この厳しい現実に独り身で生きていかねばならないさびしさ・わが身の不幸を悲観しての「悲しみの涙」だとばかり思ってきました。

それは、この映画の白眉といえるラストシーン、その義父・周吉との会話の中でも繰り返されていて、そこでも紀子がはじめて感情をむき出しにして語る述懐こそは「厳しい現実に『戦争未亡人』のまま独り身で生きていくことのさびしさ・あてどなさ・わが身の不幸と悲観」の訴えなのだという観点でずっと理解してきたのだと思います。

しかし、今回、義母・とみと紀子との会話のシーンを見ていて、むしろこれは自分のために親身になって気遣い心を砕いてくれる義母の深い優しさに対しての感謝の涙と素直に理解してもいいのではないか、嫁いだこの「平山家」から自分が再婚することによってそんなふうに縁・関係が切れてしまう(家族を失う)ことへの、さびしさの「涙」ということも肯定できるような気がしてきたのでした。

義母・とみの葬儀も終わり、紀子がいよいよ帰京するという朝、

周吉の「あんたみたいなええ人はない言うて、母さんも褒めとったよ」という優しい言葉にイザナワレルように、紀子はそれまで抑えに抑えていた思いを噴出させる迫真のシーン、実は、このシーンは、あのアパートの紀子の部屋で交わされた「とみと紀子の会話」と対を成し、さらに周吉が妻・とみの気持ちをそのまま受け継いで、紀子に語り掛ける場面として見なければ、この「東京物語」を理解したことにはならないと思い至った次第です。

たとえ、血はつながっていなくとも、(自分が育てた子供より、いわば他人のあんたの方が、よっぽどわしらにようしてくれた)紀子を「家族」として受け入れようというその証しが、妻・とみの懐中時計のあの形見分けだったのだなと思い至りました。

この場面でも、義父・周吉は、「とみと紀子との会話のシーン」で、とみが紀子に語り掛けたあの「再婚の勧め」を繰り返しますが、すでに観客は、その話が、紀子を「平山家」から放逐することを意味するわけではないことを十分に察していて、義母・とみには話せなかった領域(とみにとっても、紀子に対しての「それ」は十分にあったと思います)に踏み込んで話始めるふたりの会話がはじまります。


周吉「京子、出かけたか」
紀子「ええ、お父さま、わたくし、今日お昼からの汽車で」
周吉「そう、帰るか、長いこと、済まなんだなあ」
紀子「いいえ、お役にたちませんで」
周吉「いやあ、おってもろうて助かったよ。お母さんも喜んどったよ、東京であんたのとこへ留めてもろうて、いろいろ親切にしてもろうて」
紀子「いいえ、なんにもお構いできませんで」
周吉「いやあ、お母さん、言うとったよ、あの晩がいちばん嬉しかったいうて、わたしからもお礼を言うよ、ありがとう」
紀子「いいえ」
周吉「お母さんも心配しとってたけえど、あんたのこれからのことなんじゃがなあ」
紀子「・・・」
周吉「やっぱりこのままじゃいけんよ、ええとこがあったら、いつでもお嫁にいっておくれ。もう昌二のこたあ忘れて貰うてええんじゃ。いつまでもあんたにそのままでおられると、かえってこっちが心苦しゅうなる、困るんじゃ」
紀子「いいえ、そんなことありません」
周吉「いやあ、そうじゃよ。あんたみたいなええ人ぁないいうて、お母さんもほめとったよ」
紀子「お母さま、わたしを買い被っていらしたんですわ」
周吉「買い被っとりゃせんよ」
紀子「いいえ、わたくし、そんな、おっしゃる程のいい人間なんかじゃありません。お父さまにまでそんなふうに思っていただいてたら、わたくしの方こそ却って心苦しくって・・・」
周吉「いやあ、そんなこたあない」
紀子「いいえ、そうなんです。わたくし、ずるいんです。お父さまやお母さまが思っていらっしゃるほど、そういつも昌二さんのことばかり考えている訳じゃありません」
周吉「いやあ、ええんじゃよ、忘れてくれて」
紀子「でもこの頃、思い出さない日さえあるんです。忘れている日が多いんです。わたくし、いつまでもこのままじゃいられないような気もするんです。このままこうして一人でいたら、一体どうなるんだろうなんて、ふっと夜中に考えたりすることがあるんです。一日一日が何事もなく過ぎていくのがとても寂しいんです。どこか心の隅で何かを待っているんです。ずるいんです」
周吉「いやあ、ずるうはない」
紀子「いいえ、ずるいんです。そういうこと、お母さまには申し上げられなかったんです」
周吉「ええんじゃよ、それで。やっぱりあんたは、ええ人じゃよ、正直で」
紀子「とんでもない」
周吉「いやあ」

周吉は立ち上がり仏壇の引出から、なにやら取り出して紀子の前に置きます。

周吉「これは母さんの時計じゃけえどなあ、いまじゃあこんなもの流行るまいが、お母さんがちょうどアンタくらいの時から持っとったんじゃ。形見にもろうてやっておくれ」
紀子「でも、そんな」
周吉「ええんじゃよ、貰うといておくれ、あんたに使うてもらやあ、お母さんもきっと喜ぶ」
紀子「すみません」
周吉「いやあ、お父さん、ほんとにあんたが気兼ねのう、さきざき幸せになってくれることを祈っとるよ、ほんとじゃよ」

紀子、胸に迫ったものがあり思わず顔を蔽います。

周吉「妙なもんじゃ、自分が育てた子供より、いわば他人のあんたの方が、よっぽどわしらにようしてくれた。いや、ありがとう」

周吉から贈られたとみの懐中時計は、長女・志げが自分から言い出してハンバ強引に持ち去った形見(ただの物質としての露芝の夏帯と絣の上布)とは、そこに込められた意味においては大きく異なります。
義母・とみが長年愛用したその懐中時計を紀子に贈ることは、紀子にどのような将来が待ち受けていようと、周吉にとって彼女が、かけがえのない家族の一員であることを伝え示していて、帰りの汽車の中で紀子がその懐中時計を感慨深げにじっと見入るラストシーンは、そのことを彼女自身も十分に知悉し、癒されたことを示しているのだと思います。


(1953松竹大船撮影所)監督・小津安二郎、脚本・野田高梧・小津安二郎、製作・山本武、撮影・厚田雄春、美術・浜田辰雄、録音・妹尾芳三郎、照明・高下逸男、音楽・斎藤高順、編集・浜村義康、録音技術・金子盈、装置・高橋利男、装飾・守谷節太郎、衣裳・齋藤耐三、現像・林龍次、監督助手・山本浩三、撮影助手・川又昂、録音助手・堀義臣、照明助手・八鍬武、進行・清水富二
出演・笠智衆(平山周吉)、東山千栄子(俳優座)(とみ)、原節子(紀子)、杉村春子(文学座)(金子志げ)、山村聡(平山幸一)、三宅邦子(文子)、香川京子(京子)、東野英治郎(俳優座)(沼田三平)、中村伸郎(文学座)(金子庫造)、大坂志郎(平山敬三)、十朱久雄(服部修)、長岡輝子(文学座)(よね)、桜むつ子(おでん屋の女)、高橋豊子(隣家の細君)、安部徹(鉄道職員)、三谷幸子(アパートの女)、村瀬襌(劇団ちどり)(平山實)、毛利充宏(劇団若草)(勇)、遠山文雄(患家の男)、諸角啓二郎(巡査)、三木隆(艶歌師)、長尾敏之助(尾道の医者)、




〖付録〗
「東京物語」を見終わり、しばらくその感動を引きずったまま、余韻がまだまだ覚めやらないとき、ぼんやりと新聞をながめていたら、たまたま、その余韻の気持ちにぴったりと寄り添うような書評に遭遇しました、その偶然の符合にちょっと驚き、虚を突かれて動揺してしまったのかもしれません。

しかし、こんな偶然は、滅多にあることではありません。これはぜひ保存しておかなければと考えました。

そして、忘れないうちにと、慌ててその記事を切り抜き、手近にあった本に適当にその切抜を挟み込んでおきました、「しかし、待てよ」と、そのとき自分の行為をおしとどめるような声が、自分の中から聞こえてきたのです。

確かにいまは、後日、時間が出来たときにでも、その切抜をゆっくりと読めばいいとか思っていても、実際に時間が経ってしまえば、(当のその本が読みかけの本でもない限り)本は行方不明となり、そもそもそんな切抜を本に挟んでおいたこと、思い立って切り抜いたこと自体、いやいや、そういう記事が存在したことさえも忘れてしまうなどということを、しょっちゅう繰り返している迂闊な自分です。「こりゃあ駄目だな」と考え、そして同時に、適切にして最良の、一番いい保存方法というものを即座に考えつきました、

この「東京物語」の記事のすぐ下に貼ってしまうのが「適切にして最良の、一番いい保存方法」です、そうだ、これ以外にはないと天啓に撃たれたように思いついた次第です。

私的流用じゃないかとか言われそうですが、申し上げるまでもなく、そもそもブログというものは、最初から私的なものなのですから、ワタシが自分のブログになにをくっ付けようと一向に構わない性質のものなのであります。

それでは、当の「書評」をご紹介しますね。

対象にされた書籍は、保坂和志の「猫がこなくなった」(文芸春秋)で、書評氏は、苅部直東大教授です。

「東京物語」を念頭に置いて読んでみてください。

≪「親に死なれる」という言い方がある。
「死ぬ」は自動詞なのに、受身の作用を示す助動詞がついてくる珍しい例である。
語り手にはどうにもできない運命であるとともに、親の死は、まるで半身がもがれたように感じられる。
そうした自分の悲しい思いによって、世界を満たそうとする感覚が、その表現の奥には働いているような気がする。
この本に収められた短篇小説のうちいくつかは、身の周りにいた猫や、若い友達が拾った猫の死を描いたものである。
その情景は哀切で、「胸が裂けるほど泣いた」という表現もある。
だが、「猫に死なれた」とは書かず、一貫して「死んだ」となっている。
「私はもう猫のすることを、人間の何かに喩えない」。
「私」の期待を持ち込んで、猫との想像上の心の交流を熱く語るような言葉は、ここにはない。
世間にありがちな猫エッセイとは異なって、猫の意図など分からないという態度に徹している。
しかし、孤独なニヒリズムに陥っているわけではない。
むしろ逆である。
作中の表現によれば、レンブラントの描いた修道士の絵を見て、「ああ、この人がこの世界にいたんだ」と思うとき、そう思う人と修道士の間には、言葉のやりとりを介さずに深い「コミュニケーション」が成り立っている。
猫と人もそういうやり方で同じ状況を「共有」し、おたがいに「共振」し合いながら生きている。
それは目の前にいる猫だけではなく、過去の記憶のなかの猫との関係でも変わることはない。
さらに近所の大きな樹木、少年時代に出会った子連れの謎の女性や川端康成の姿。
フランツ・カフカ、サミュエル・ベケット、ジャン・ジュネの言葉。
さまざまなものが時間を超え、世界のなかで個々の実在感を放ちながら、自分とともにある。
9編の小説は、言葉で綴られながら、もの(物あるいは者)との間の言葉を超えた対話へと、読者をいざなうのである。≫ 読売新聞2021.2.21朝刊11面


≪参考≫ 
国立映画アーカイブ「松竹第一主義 松竹映画の100年」詳細

1 路上の靈魂[弁士説明版](84分・24fps・HDCAM-SR・白黒)
(1921松竹キネマ研究所)(監・出)村田實(原)ヴィルヘルム・シュミットボン、マクシム・ゴオリキイ(脚・出)牛原虚彦(撮)水谷文次郎、小田濱太郎(美)溝口三郎
(出)小山内薫、英百合子、伊達龍子、東郷是也、澤村春子、久松三岐子、南光明、蔦村繁、岡田宗太郎(説明)徳川夢声
1920 年、小山内薫は松竹のキネマ俳優学校の校長として招かれ、同校出身者らとともに松竹キネマ研究所を設立した。本作は、芸術としての映画を追究した同研究所の渾身の第1作。クリスマス・イブ、山の別荘に集う人間模様を通して、憐れみや不寛容といった人間の普遍的な価値に迫る。上映するのは2014 年に当館が復元した弁士説明版。封切当時の映画説明者だった徳川夢声が1954 年に再び説明を披露したときの音声が、最初と最後の54分間に収録されている。

2 海浜の女王 他(計88分)
海浜の女王[松竹グラフ版](14分・18fps・35mm・無声・白黒)
(1927松竹蒲田)(監)牛原虚彦(原)津久秋良(脚)小林正(撮)水谷文二郎
(出)鈴木傳明、柏美枝
晴れゆく空(53分・18fps・35mm・無声・白黒)
(1927松竹蒲田)(監)赤穂春雄(原)逓信省簡易保險局(脚)吉田百助(撮)越智健治
(出)石山龍嗣、松井潤子、小藤田正一、戸田辨流、二葉かほる、木村健次、斎藤達雄
石川五右ヱ門の法事[パテベビー短縮版](21分・16fps・35mm・無声・白黒)
(1930松竹蒲田)(監)斎藤寅次郎(原)絹川秀治(脚)池田忠雄、伏見晃(撮)武富善雄
(出)渡辺篤、横尾泥海男、青木富夫、坂本武、香取千代子
『海浜の女王』は、蒲田モダニズムを代表する牛原虚彦監督=鈴木傳明主演の1 本で、映画保存協会の「映画の里親」プロジェクトにより、2006 年に復元したもの。二枚目スターの傳明が女装姿で水泳、カーチェイス、乱闘を繰り広げる。『晴れゆく空』は松竹を代表する名プロデューサー・城戸四郎の知られざる監督作(赤穂春雄はペンネーム)で、逓信省の簡易保険と郵便年金のPR 短篇。『石川五右ヱ門の法事』は斎藤寅次郎の貴重な無声期のナンセンス喜劇で、1997 年に9.5mm短縮版が発見された。恋人の父親に結婚を反対されて撲殺された男が幽霊になってよみがえり、先祖の大盗賊・石川五右衛門の助力を得て恋人を奪い返す。
弁士:片岡一郎 伴奏:上屋安由美

3 民族の叫び 他(計123分)
民族の叫び(61分・18fps・35mm・無声・白黒・部分)
(1928松竹蒲田)(監)野村芳亭(原)黄子明(脚)吉田百助(撮)小田浜太郎
(出)井上正夫、清水一郎、筑波雪子、岩田祏吉、木村健兒、東榮子、岡田宗太郎、押本映治、松浦浪子
島の娘(62分・35mm・サウンド版・白黒)
(1933松竹蒲田)(監)野村芳亭(原)長田幹彦(脚)柳井隆雄(撮)長井信一(美)脇田世根一(音)佐々木俊一
(出)坪内美子、竹内良一、江川宇礼雄、若水絹子、岩田祐吉、鈴木歌子、河村黎吉、宮島健一、水島亮太郎、高松栄子、兵藤静枝
『民族の叫び』は満蒙開拓宣伝のための大作映画で、満鉄が出資し、満洲でロケーション撮影が行われた。山東省の豪家・楊老大人(井上)や、父の「日中親善」の遺志を継ぐ福本眞太郎(岩田)を軸に、理想郷としての満洲開拓の意義が説かれる。オリジナルは12巻だが、現存するのは後半部分と思われる。『島の娘』は、当時の大ヒット曲をモチーフにしたサウンド版小唄映画。伊豆大島を舞台に、若者たちのすれ違いと悲恋が抒情豊かに描かれる。当時、三原山で続発した若者の自殺が、物語に機敏に取り入れられている。

4 不壞の白珠 他(計103分)
恋の捕縄(2分・18fps・35mm・無声・白黒・断片)
(1925松竹蒲田)(監・原・脚)清水宏(撮)佐々木太郎
(出)奈良真養、森肇、吉村秀哉、石山龍嗣、筑波雪子、田中絹代、二葉かほる、人見松調、富士龍子
不壞の白珠[染色版](101分・24fps・35mm・無声・染色)
(1929松竹蒲田)(監)清水宏(原)菊池寛(脚)村上徳三郎(撮)佐々木太郎(美)水谷皓
(出)八雲恵美子、髙田稔、及川道子、新井淳、小村新一郎、鈴木歌子、伊達里子、髙尾光子、小藤田正一、藤田陽子、滝口新太郎、谷崎龍子
松竹時代の清水宏は、メロドラマやシリーズものなど「蒲田調」を支えるプログラム・ピクチャーを多く手がけながらも、斬新でモダンな感覚を持つ新進気鋭の監督として注目されていた。『不壞の白珠』は、清水による菊池寛の小説の映画化。俊枝(八雲)は成田(高田)に好意を寄せているが、成田はそれに気づかず俊枝の妹・玲子(及川)と結婚してしまう。玲子の奔放さゆえ、二人の結婚生活も長くは続かないが…。俊枝の孤独や挫折が、ショット構成、編集など、映画的手法の駆使によって表現され、城戸四郎に一目置かれた清水のメロドラマ演出の才腕を堪能できる。2018年に神戸映画資料館で断片が発見された『恋の捕縄』とともに上映。

5 若者よなぜ泣くか(193分・20fps・35mm・無声・白黒)
1930(松竹蒲田)(監)牛原虚彦(原)佐藤紅緑(脚)村上徳三郎(撮)水谷至閎(美)西玄三、藤田光一、矢萩太郎
(出)鈴木傳明、岡田時彦、田中絹代、藤野秀夫、川崎弘子、筑波雪子、吉川満子、山内光
アメリカで映画製作を学んだ牛原虚彦は、帰国後、鈴木傳明を主演にアメリカニズムあふれる作品を次々と発表した。本作は牛原=傳明による最後の作品。妻に先立たれた上杉毅一(藤野)がモガの歌子(吉川)を妻に迎え、上杉家の空気は様変わりしていく。学生時代、水泳選手として活躍した傳明の鍛えられた体型は日本映画の新たな俳優像を提示している。

6 マダムと女房(56分・35mm・白黒)
1931(松竹蒲田)(監)五所平之助(原・脚)北村小松(撮)水谷至閎(美)脇田世根一(音)高階哲夫、島田晴誉
(出)渡辺篤、田中絹代、市村美津子、伊達里子、横尾泥海男、吉谷久雄、月田一郎、日守新一、小林十九二、関時男、坂本武、井上雪子
国産初の本格的なトーキー。「ドラマの構成の上に、発声効果を取入れる」というのが城戸の方針であったが、まさしく映画の音響効果は、劇作家・新作(渡辺)の創作の邪魔をする日常のさまざまな雑音を表現し、物語を展開する上で不可欠な要素になっている。ユーモラスな台詞もトーキーならではの軽快なテンポを生み出している。

7 婚約三羽烏(66分・35mm・白黒)
(1937松竹大船)(監・脚)島津保次郎(撮)杉本正二郎
(出)上原謙、佐分利信、佐野周二、三宅邦子、髙峰三枝子、森川まさみ、武田秀郎、葛城文子、斎藤達雄、河村黎吉、小林十九二、飯田蝶子、水島亮太郎、岡村文子、大塚君代、若水絹子
入社同期の仲良し三人組が社長令嬢を巡って恋の争いを繰り広げる。松竹入社間もない上原謙、佐分利信、佐野周二が「三羽烏」を掲げて共演した最初の作品。都会的で理知的な上原、野生的で豪傑肌の佐分利、気弱で純朴な佐野は、各々の持ち味を発揮し、不動の人気を獲得した。モダニズムに富んだ戦前の大船映画の特色を味わえる一作。

8 愛染かつら[新篇總輯篇](89分・35mm・白黒)
(1938-39松竹大船)(監)野村浩将(原)川口松太郎(脚)野田髙梧(撮)髙橋通夫(音)萬城目正
(出)田中絹代、上原謙、佐分利信、大山健二、水戸光子、三桝豊、桑野通子、藤野秀夫、葛城文子、森川まさみ、河村黎吉、吉川満子、小島敏子、斎藤達雄、坂本武
高石(田中)と津村(上原)は「愛染かつら」の木の下で愛の誓いを交わすも、運命のいたずらに翻弄され、すれ違い続ける。川口松太郎原作の映画化である本作は、公開後、その恋愛を中心とした感傷性が、総力戦体制下の映画としてふさわしいかという論争を巻き起こしたが大ヒットし、大船では女性向けのメロドラマが主流を占めていった。

9 和製喧嘩友達 他(計125分)
『和製喧嘩友達』は、二人のトラック運転手が、身寄りのない娘を引きうけ、恋の鞘当てを演じる小津安二郎の監督第9作。『突貫小僧』は青木富夫の愛らしさと悪童振りが魅力的な喜劇。原作の野津忠二は、野田高梧、池田忠雄、大久保忠素と小津の合名である。『鏡獅子』は日本文化の海外への紹介のため、国際文化振興会が松竹に委託して六代目尾上菊五郎の舞踊を撮影させた、小津唯一の記録映画。『父ありき』のゴスフィルモフォンドで発見されたフィルムは、国内版とくらべて15分程度短いバージョンだが、より良好な音声を聞くことができる。
和製喧嘩友達[パテベビー短縮版/デジタル復元版](14分・24fps・35mm・無声・白黒)
(1929松竹蒲田)(監)小津安二郎(原・脚)野田高梧(撮)茂原英雄
(出)渡辺篤、浪花友子、吉谷久雄、結城一郎
突貫小僧[パテベビー短縮版](14分・24fps・35mm・無声・白黒)
(1929松竹蒲田)(監)小津安二郎(原)野津忠二(脚)池田忠雄(撮)野村昊
(出)斎藤達雄、青木富夫、坂本武
鏡獅子[英語版](25分・16mm・白黒・日本語字幕なし)
(1936国際文化振興会=松竹)(監)小津安二郎(撮)茂原英雄(音)松永和風、柏伊三郎、望月太左衛門
(出)尾上菊五郎
父ありき[ゴスフィルモフォンド版](72分・35mm・白黒)
(1942松竹大船)(監・脚)小津安二郎(脚)池田忠雄、柳井隆雄(撮)厚田雄治(美)濱田辰雄(音)彩木暁一
(出)笠智衆、佐野周二、津田晴彦、佐分利信、坂本武、水戸光子、大塚正義、日守新一

10 陸軍(87分・35mm・白黒)
(1944松竹大船)(監)木下惠介(原)火野葦平(脚)池田忠雄(撮)武富善男(美)本木勇
(出)笠智衆、田中絹代、東野英治郎、上原謙、三津田健、杉村春子、星野和正、長濱藤夫
太平洋戦争開戦3周年記念映画として陸軍省の要請で製作された作品。田中絹代が、気弱な息子を立派な軍人に鍛え育てることに使命感を持つ母親を演じる。プロパガンダ映画の空虚な明るさは、息子の出兵の日、突然、茫然自失になって軍人勅諭をつぶやくわか(田中)のクロースアップから急転し、息子を戦地に送る母親の悲痛な心境が浮かび上がる。

11 フクチヤン奇襲 他(計100分)
フクチヤン奇襲(11分・35mm・白黒)
(1942松竹動画研究所)(監・撮)政岡憲三(原・脚)横山隆一(動画)桒田良太郎、熊川正雄(音)淺井舉瞱
くもとちゅうりっぷ[デジタル復元版](15分・35mm・白黒)
(1943松竹動画研究所)(監・脚・撮)政岡憲三(原)横山美智子(動画)桑田良太郎、熊川正雄(音)弘田龍太郎
桃太郎 海の神兵[デジタル修復版](74分・DCP・白黒)
(1945松竹動画研究所)(監・脚)瀨尾光世(構成)熊木喜一郎(影絵)政岡憲三(音)古關裕而
松竹は日本のフィルム式トーキーアニメーションの最初期の1本『力と女の世の中』(1933、政岡憲三)を製作するなど、国産アニメーションの革新を推し進めていた。『フクチヤン奇襲』は、その政岡を責任者に、1941年に設立された松竹動画研究所の第1作。ミュージカル調の『くもとちゅうりっぷ』は、てんとう虫の少女を主人公にした物語で、戦時下にありながら詩情に満ちている。敗戦間際に公開された日本初の長篇アニメーション『桃太郎 海の神兵』は戦争アニメーションの白眉。奇襲作戦の実話に題材をとり、落下傘部隊のシーンのため実際の動きを徹底研究した。

12 そよかぜ 他(計132分)
そよかぜ(60分・35mm・白黒)
1945(松竹大船)(監)佐々木康(脚)岩澤庸德(撮)寺尾清(美)本木勇(音)萬城目正(出)上原謙、佐野周二、斎藤達雄、髙倉彰、奈良眞養、伊東光一、加藤清一、並木路子、波多美喜子、若水絹子、三浦光子、霧島昇、二葉あき子
はたちの青春(72分・35mm・白黒)
(1946松竹大船)(監)佐々木康(脚)柳井隆雄、武井韶平(撮)齋藤毅(美)小島基司(音)萬城目正
(出)河村黎吉、髙橋豊子、幾野道子、西村青兒、大坂志郎、坂本武、逢川かほる、髙倉彰、三村秀子、櫻庭あき、奈良眞養、佐藤忠治、志村榮美、稲川忠一、榊保彦
『そよかぜ』は、戦前に名曲映画シリーズでヒットを飛ばした佐々木康=万城目正コンビの戦後第1作。レビュー劇場の照明係・みち(並木)の愛と夢が、敗戦の影などどこにもない抒情的でのどかな雰囲気のなかに描かれる。松竹歌劇団出身の並木路子が劇中で歌った「リンゴの唄」は、その明るく和やかなメロディで人々の心を癒し、戦後最初のヒット曲となった。並木は『はたちの青春』でも主題歌「可愛いスイトピー」を歌い、美声を披露した。日本映画史上初の接吻映画と受け止められた本作は、戦後、スクリーンにもたらされた自由と解放を端的に示している。幾野道子と大坂志郎のキス・シーンは、当時、賛否両論を起こすほど話題になった。

13 安城家の舞踏會(89分・35mm・白黒)
(1947松竹大船)(監・原)吉村公三郎(脚)新藤兼人(撮)生方敏夫(美)浜田辰雄(音)木下忠司
(出)原節子、逢初夢子、瀧澤修、森雅之、淸水將夫、神田隆、空あけみ、村田知英子、殿山泰司、津島惠子、岡村文子、日守新一、松井ゆみ、紅沢葉子、二宮照子
舞踏会が開かれている安城家の夜。そのはでやかな舞踏会の背後に渦巻く人間模様から敗戦後の世相が浮き彫りになる。原節子扮する安城敦子が、旧態依然とした華族の家柄に縛られる姉(逢初)に舞踏会の開催反対を表明する強烈なオープニングは、彼女を戦後民主主義の象徴たらしめた。後に近代映画協会を設立する吉村公三郎=新藤兼人コンビの第1作。

14 悲しき口笛(83分・35mm・白黒)
(1949松竹大船)(監)家城巳代治(原)竹田敏彦(脚)清島長利(撮)西川亨(音)田代与志
(出)美空ひばり、原保美、津島恵子、菅井一郎、徳大寺伸、大坂志郎、神田隆、水島光代、清水一郎、山路義人
同名の主題歌もヒットした、美空ひばり初主演作。路上生活をしていたミツコ(美空)は、バイオリンの流しをしている修(菅井)とその娘(津島)と生活することに。一方、ミツコの兄・健三(原)は復員後、妹の行方を捜していた…。逆境にめげず、燕尾服でステッキ片手に歌う美空の姿が、戦後の新たなスターの登場を印象づけた記念すべき作品。

15 てんやわんや(96分・35mm・白黒)
(1950松竹大船)(監)澁谷実(原)獅子文六(脚)斎藤良輔、荒田正男(撮)長岡博之(美)浜田辰雄(音)伊福部昭
(出)佐野周二、淡島千景、桂木洋子、志村喬、三島雅夫、藤原釜足、薄田研二、望月美惠子、三井弘次、三津田健、紅沢葉子、佐々木恒子、髙堂国典、高松栄子
東京での生活に嫌気がさした犬丸(佐野)は、社長(志村)の指令で四国に向かうも、そこでは「四国独立運動」が展開されていた。長年松竹でキャリアを積みながらも大船調からはみ出す型破りな演出で知られる渋谷実が、獅子文六の原作を得て、風俗映画作家としての手腕を発揮している。淡島千景が水着姿で鮮烈なデビューを飾った作品でもある。

16 女優と名探偵 他(計109分)
松竹映画三十年 思い出のアルバム(78分・35mm・白黒)
(1950松竹大船)(構成)池田浩郎(撮)坂本松雄(美)熊谷正雄(音)万城目正
(出)田中絹代、淡島千景(司会)松井翠聲(解)靜田錦波、生駒雷遊
女優と名探偵(31分・35mm・白黒)
(1950松竹大船)(監)川島雄三(原)瑞穗春海(脚)中山隆三(撮)長岡博之(美)熊谷正雄(音)万城目正
(出)日守新一、西條鮎子、河村黎吉、坂本武、増田順二、髙屋朗、小藤田正一
『松竹映画三十年 思い出のアルバム』は、松竹キネマ創設30周年を機に製作された映画。松竹作品の名場面を引用し歴史をたどる。女優に重点が置かれ、30年間の女優史にもなっている。無声映画は、松井翠声による紹介とともに登場する静田錦波や生駒雷遊の説明つきで楽しむ構成で、観客として田中絹代と淡島千景もゲスト出演する。『女優と名探偵』は、探偵(日守)とスリ(西條)、警備員たちの追いつ追われつの大追跡を通じて、本来なら見ることのできない松竹大船撮影所の舞台裏を活写していく。田中、佐野周二など、本人役として特別出演するスターたちの豪華な顔ぶれも見どころ。当時も2本立てで上映され、松竹映画史と1950年当時のスタジオの裏側を同時に知ることができた。

17 カルメン故郷に帰る(86分・35mm・カラー)
(1951松竹大船)(監・脚)木下惠介(撮)楠田浩之(美)小島基司(音)木下忠司、黛敏郎
(出)髙峯秀子、佐野周二、笠智衆、井川邦子、坂本武、見明凡太郎、小林トシ子、三井弘次、望月美惠子、山路義人、磯野秋雄
富士フイルムとの提携により製作された国産初のカラー長篇劇映画。ストリッパーのカルメン(高峯)が里帰りし、田舎町に波乱が起きる。感度や発色など、初期カラーフィルムの限界を克服すべく、木下惠介、楠田浩之らスタッフは入念にテストやシナリオの検討を行い、信州の山を彩るカルメンの華やかな踊りで、カラー映画ならではの魅力を最大限に引き出した。

18 波(111分・35 mm・白黒)
(1952松竹大船)(監・脚)中村登(原)山本有三(脚)大木直太郎(撮)生方敏夫(美)熊谷正雄(音)吉沢博、黛敏郎、奥村一
(出)佐分利信、淡島千景、津島恵子、桂木洋子、笠智衆、坂本武、北龍二、岩井半四郎、十朱久雄、石浜朗、村瀬禅、設楽幸嗣
実子かどうか疑問を抱きつつも、子供を育ててきた見並(佐分利)の日々と悲恋の人生を、回想形式で描く。『羅生門』(1950、黒澤明)のヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞など、海外で日本映画への評価が高まる中、松竹が企画段階から海外輸出も狙って製作し、1952年のカンヌ国際映画祭に出品した作品。

19 新東京行進曲(97分・35mm・白黒)
(1953松竹大船)(監)川島雄三(原)入江徳郎、辻本芳雄、戸川幸夫(脚)柳沢類壽(撮)長岡博之(美)逆井清一郎(音)木下忠司
(出)高橋貞二、北上弥太朗、小林トシ子、淡路惠子、三橋達也、日守新一、坂本武、大坂志郎、須賀不二夫、桂小金治、北原三枝、望月優子
数々の災害をくぐり抜けてきた東京。そんな東京のど真ん中にある泰明小学校を卒業した同級生たちの愛と友情の物語。東京を変貌させた歴史的事件を経て、いまや各々異なる人生を歩んでいる彼らの青春群像が軽快に描かれる。ほぼ毎作、独創的なオープニングを披露した川島雄三が、本作では意外な人物を特別出演させ、異色なオープニングを演出する。

20 君の名は(127分・35mm・白黒)
(1953松竹大船)(監)大庭秀雄(原)菊田一夫(脚)柳井隆雄(撮)斎藤毅(美)熊谷正雄(音)古関裕而
(出)佐田啓二、岸惠子、淡島千景、月丘夢路、川喜多雄二、小林トシ子、野添ひとみ、淡路惠子、笠智衆、市川春代、望月優子、須賀不二夫、市川小太夫
大空襲の夜に出会った眞知子(岸)と春樹(佐田)は、互いの名も知らず、半年後に数寄屋橋で再会する約束だけを残して別れるのだが…。菊田一夫のラジオドラマ(1952-54)の映画化。3 部作として公開され日本映画史に残る大ヒットを記録した。本作の成功は、松竹の企画の方向性を決定づけ、「大船調」はメロドラマの代名詞になっていった。

21 君の名は 第二部(120分・35mm・白黒)
(1953松竹大船)(監)大庭秀雄(原)菊田一夫(脚)柳井隆雄(撮)斎藤毅(美)濱田辰雄(音)古関裕而
(出)佐田啓二、岸惠子、淡島千景、月丘夢路、川喜多雄二、小林トシ子、北原三枝、笠智衆、日守新一、柳永二郎、市川春代、望月優子、淡路惠子、野添ひとみ、三井弘次
夫・勝則(川喜多)との離婚を決意した眞知子は春樹のいる北海道に向かい、つかの間の再会を果たすが…。前作に続き、たった一晩の出会いに運命を感じた二人の再会と別れが、北海道、佐渡などの大自然を舞台に描かれる。運命に翻弄される男女の切ないラブストーリーを描いた本作は、戦前の『愛染かつら』と双璧をなす「すれ違いメロドラマ」の代表作である。

22 君の名は 第三部(123分・35mm・白黒)
(1954松竹大船)(監)大庭秀雄(原)菊田一夫(脚)柳井隆雄(撮)齋藤毅(美)濱田辰雄(音)古関裕而
(出)佐田啓二、岸惠子、淡島千景、月丘夢路、川喜多雄二、小林トシ子、紙京子、三橋達也、笠智衆、柳永二郎、大坂志郎、市川春代、望月優子、野添ひとみ、磯野秋雄
眞知子は離婚を求めて雲仙に旅立つものの、勝則は離婚に応じてくれない。春樹に思い焦がれる眞知子はついに病に倒れるが…。1939年の監督デビュー以来、松竹お家芸のメロドラマを多く手がけた大庭秀雄は、本作でその職人芸を遺憾なく発揮して観客の涙を絞り、今に至るまで『君の名は』とともにその名を残すことになった。

23 二等兵物語(95分・35mm・白黒)
(1955松竹京都)(監)福田晴一(原・出)梁取三義(脚)舟橋和郎(撮)片岡清(美)川村芳久、加藤㐂昭(音)原六郎
(出)伴淳三郎、宮城野由美子、アチヤコ、関千惠子、幾野道子、松井晴志、山路義人、戸上城太郎、青山宏、柳紀久子、有木山太
梁取三義の同名小説に心ひかれた伴淳三郎の提案による作品。中年の二等兵古川(伴)の笑いあり涙ありの兵営生活を通じて「帝国軍隊」の不条理や非人間性が告発される。低予算で製作されたが、予想外の大ヒットを記録してシリーズ化され(1955-61)、伴淳の代表作となった。敗戦後、戦争や軍隊の経験を、ユーモアを交えて風刺したコメディ映画の先駆けとして特筆される。

《松竹時代劇と下加茂・太秦撮影所》▶No. 24-34
 1923年9月1日の関東大震災の発生後、松竹は製作スタッフを京都・下加茂に移し、新たに撮影所を開設した。当初、下加茂では現代劇と時代劇の両方が製作されたが、折から到来した時代劇ブームによって人気剣劇スターたちが次々と独立プロダクションを興した機をとらえ、松竹は彼らとの連携によって時代劇の量産を開始する。まず1925-26年に阪東妻三郎プロダクションを下加茂撮影所に迎え(同プロはその後、太秦に専用の撮影所を開設して移る)、26年には衣笠映画聯盟、28年には市川右太衛門プロダクションとも配給提携、また27年には林長二郎、30年には高田浩吉がそれぞれデビューを飾った。こうして松竹では、蒲田撮影所=現代劇、下加茂撮影所=時代劇という分業が成立し、『斬人斬馬剣』(1929、伊藤大輔)のような問題作や『雪之丞変化』3部作(1935、衣笠貞之助)などのヒット作が京都から次々と生み出された。1940年には、既存の撮影所を買収して松竹太秦撮影所とし、溝口健二の歴史大作『元禄忠臣蔵』前後篇(1941-42)などを製作、京都の松竹は2撮影所体制となった。
 敗戦後の占領期、時代劇の製作が制限されたため、松竹京都でも再び現代劇が作られるようになった。ところが1950年、下加茂撮影所で火事が起こり、敷地の3分の1を焼失してしまう。翌51年、時代劇の製作本数制限が撤廃されたことに伴い、太秦撮影所のステージが増設され、拠点も太秦に移される(下加茂撮影所は52年に売却)。以後、太秦撮影所は、超大作から芸道もの、歌謡時代劇、コメディなどの時代劇作品を幅広く製作し、その中心には戦前からの生え抜き監督・大曾根辰夫(辰保)がいた。太秦撮影所は、現代劇のヒットシリーズ「二等兵物語」(1955-61)なども生み出しながら時代劇製作を続けたが、松竹本社の合理化による閉鎖(1965)によってその機能を停止することとなった。その後1974年、松竹傍系の京都映画が太秦撮影所に移転し、現在もなお映画やTV、CMなどの撮影を行っている(現在の社名および撮影所名は松竹撮影所)。

24 無声時代劇選集(計75分)
一殺多生剱[マーヴェルグラフ短縮版](29分・Blu-ray・無声・白黒)
(1929市川右太衛門プロ)(監・原・脚)伊藤大輔(撮)唐沢弘光
(出)市川右太衛門、高堂國典、金子弘、泉春子、沢村勇、春日陽二郎、中村栄子、実川童
切られ與三[短縮版](20分・16fps・35mm・無声・白黒/染色/染調色)
(1928松竹下加茂)(監)小石栄一(原・脚)前田弧泉(撮)円谷英一
(出)林長二郎、千早晶子、浦浪須磨子、坪井哲、市川伝之助、関操
斬人斬馬剣[パテベビー短縮版/デジタル復元版](26分・18fps・35mm・無声・白黒)
(1929松竹下加茂)(監・原・脚)伊藤大輔(撮)唐澤弘光
(出)月形龍之介、天野刃一、伊東みはる、関操、石井貫治、市川傳之助、岡崎晴夫、中根竜太郎、浅間昇子
『一殺多生剱』は、『斬人斬馬剣』とともに「傾向映画」時代の伊藤大輔の代表作とされるが、長らく現存が確認されていなかった幻の作品。2011年に16mm短縮版が映画研究者・牧由尚氏によって入手され、陽の目を浴びることとなった(オリジナルは12巻3606m)。幕末の動乱期に、生き写しの旗本と髪結い(市川右太衛門の二役)が、時代の大きなうねりに抗い、命を燃やしていくさまを描く(松竹配給)。牧氏所蔵の上映素材を借用して上映する。『斬人斬馬剣』では、現存する長さはオリジナル(10巻2502m)の2割強に過ぎないものの、鉄砲隊が出動する場面や主人公が農民の救出に駆けつけるクライマックスなどを見ることができる。『切られ與三』は神戸映画資料館所蔵の3本の16mmフィルムから今回最長版を作製したもので、デビュー翌年の若き林長二郎の匂い立つような色気を確認することができるだろう。
弁士:澤登翠 伴奏:湯浅ジョウイチ、鈴木真紀子

25 雪之丞変化[総集篇](97分・35mm・白黒)
(1935松竹下加茂)(監・脚)衣笠貞之助(原)三上於菟吉(脚)伊藤大輔(撮)杉山公平(音)松平信博、杵屋正一郎
(出)林長二郎、嵐徳三郎、髙堂國典、千早晶子、伏見直江、山路義人、志賀靖郎、髙松錦之助、南光明、日下部龍馬、原健作
松竹時代劇の金看板、衣笠貞之助=林長二郎コンビの代表作にして大ヒット作。長二郎が復讐心に燃える歌舞伎の女形・雪之丞とその母親、やくざ者の闇太郎の三役を演じて魅力を存分に発揮した。オリジナルは計5時間に及ぶ3部作だが、現存するのは戦後に再公開された際に、第二篇を中心にまとめられた97分の総集篇。

26 風雲金比羅山 他(計97分)
風雲金比羅山(92分・35mm・白黒)
(1950松竹京都)(監)大曾根辰夫(脚)鈴木兵吾(撮)太田真一(美)桑野春英(音)須藤五郎(出)阪東妻三郎、山田五十鈴、黒川彌太郎、山路義人、草島競子、井川邦子、永田光男、清水将夫、寺島房作、原駒子
故 阪東妻三郎 関西映画人葬実況(5分・35mm・白黒)
(1953松竹京都)
『風雲金比羅山』は、やくざ映画の知られざる傑作である。盆の暮れに銚子に戻ってきた素っ飛びの安(阪東)が、網元たちを虐げる磯の長右衛門(山路)と衝突し、義のために立ち上がる。二人の名優、阪妻と山田五十鈴の見せる粋と情の厚さもさることながら、篠突く雨や風車といった情緒溢れる演出が、映画に豊かな奥行きを与えている。『故 阪東妻三郎 関西映画人葬実況』は、1953年に亡くなった阪妻の功績を讃える、松竹京都撮影所での関西映画人たちによる葬儀の記録。

27 獄門帳(131分・35mm・白黒)
(1955松竹京都)(監)大曽根辰保(原)沙羅双樹(脚)井手雅人(撮)石本秀雄(美)松山崇(音)鈴木静一
(出)鶴田浩二、香川京子、笠智衆、岡田英次、近衛十四郎、須賀不二夫、香川良介、左卜全、小園蓉子、有島一郎、夏川静江、寺島貢、市川小太夫
主殺しと不義密通の科で投獄された若い武士・喬之助(鶴田)を見て無実と確信した熟練の牢奉行(笠)は、事件の再調査に奔走するが、処刑の時は刻々と迫る…。回想を駆使しながら人間心理のひだを探る異色の時代劇で、明暦の大火をモデルとしたスペクタクル描写も迫力満点。

28 流轉(94分・35mm・カラ)
(1956松竹京都)(監)大曽根辰保(原)井上靖(脚)井手雅人(撮)石本秀雄(美)水谷浩(音)鈴木静一
(出)髙田浩吉、香川京子、市川段四郎、市川小太夫、雪代敬子、北上彌太郎、渡辺篤、市川春代、近衛十四郎、山路義人、永田光男、目黒祐樹
花形役者(市川段四郎)と対立し江戸を追われた三味線の名手(高田)が、旅芸人の踊り子(香川)に助けられながら彼女に芸を教え、自身も再び芸道に戻るまでの苦難を描く。芸に対する名人同士の意地の張り合い、師匠と弟子の愛というメロドラマ的葛藤が、厳しい試練を経て唯一無二の芸へと昇華するさまは、芸道ものの極め付きと言っても過言ではない。

29 歌う弥次喜多 黄金道中(102分・35mm・カラー)
(1957松竹京都)(監)大曾根辰保(脚)吉田一郎、淀橋太郎(撮)石本秀雄(美)水谷浩(音)万城目正
(出)高田浩吉、伴淳三郎、高峰三枝子、シーリア・ポール、日守新一、アチャコ、山路義人、永田光男、堺駿二、トニー谷、広澤虎造、島倉千代子、東富士、小坂一也、内海突破、関千惠子、草島競子
高田浩吉と伴淳による正月映画で、当時の人気歌手や喜劇人が大集合した賑やかなロードムービー。弥次さん(高田)と喜多さん(伴)が、偶然出会った娘(ポール)と共に、黒船に連れ去られたという娘の母(高峰)を探して旅をする。キャスト欄に表記した者以外にも、ミス・ワカサと島ひろし、蝶々=雄二、こまどり姉妹、東けんじと玉川良一なども登場。日本芸能史のドキュメントとしても貴重な作品である。

30 侍ニッポン(105分・35mm・白黒)
(1957松竹京都)(監)大曽根辰保(原)郡司次郎正(脚)久板栄二郎(撮)石本秀雄(美)大角純一(音)鈴木静一
(出)田村高広、高千穂ひづる、松本幸四郎、山田五十鈴、森美樹、近衛十四郎、松山清子、山路義人、龍崎一郎、河野秋武、石黒達也
郡司次郎正による同名小説の4度目の映画化で、田村高廣が、自らの出生に苦悩しながら攘夷運動に身を投じる青年・新納にいろ鶴千代を熱演する。スケールの大きなセットや陰影に富んだ白黒シネマスコープの画面など、松竹京都撮影所の底力が随所に発揮された正統派時代劇。

31 武士道無残(74分・35mm・白黒)
(1960松竹京都)(監・脚)森川英太朗(撮)川原崎隆夫(美)大角純平(音)真鍋理一郎
(出)森美樹、山下洵一郎、高千穗ひづる、渡辺文雄、小田草之介、桜むつ子、倉田爽平
大曾根辰夫に師事した森川英太朗のデビュー作にして唯一の監督作。お家断絶を避けるため、死んだ若君の後を追って殉死するよう命じられた若侍(山下)が、武家社会の不条理に翻弄されるさまを描く。「ヌーヴェルヴァーグ」期の松竹における、京都撮影所からの鮮烈な一作。

32 いも侍・蟹右ヱ門(93分・35mm・白黒)
(1964松竹京都)(監)松野宏軌(脚)犬塚稔(撮)酒井忠(美)大角純一(音)山本直純
(出)長門勇、天知茂、宗方勝己、野川由美子、倍賞千恵子、小畑絹子、蜷川幸雄、高梨まゆみ、竜崎一郎、堀雄二、吉田義夫、穂積隆信、江見俊太郎
浪人・蟹右ヱ門(長門)が、道場を開く従兄弟(宗方)を訪ねる旅すがら、さまざまな出来事に遭遇する。出世作となったTV時代劇「三匹の侍」(1963-69)での浪人役そのままに、長門勇が岡山弁のとぼけた口調と風変わりな殺陣で魅せる。逆手の邪剣使い・淵上(天知)の見せる殺陣にも注目。

33 コレラの城(96分・35mm・白黒)
(1964松竹京都=さむらいプロ)(監)菊池靖(監・出)丹波哲郎(脚)田坂啓(撮)小杉正雄(美)大角純一(音)佐藤勝
(出)鰐淵晴子、南原宏治、稲葉義男、河野秋武、三島雅夫、山本麟一、花沢徳衛、坊屋三郎、葵京子、伊藤弘子、宝みつ子
『三匹の侍』(1964、五社英雄)に続く、丹波哲郎が設立したさむらいプロダクションと松竹の提携作品で、丹波は主演の他、製作と殺陣場面の監督も務めている。コレラで廃墟と化した城に眠る砂金をめぐり、悪徳商人や用心棒、取り潰しとなった城の旧家臣たちが入り乱れる。怪奇・残酷描写もふんだんに盛り込まれた娯楽作。

34 忍法破り 必殺(89分・35mm・白黒)
(1964松竹京都)(監)梅津明治郎(原)犬塚稔(脚)元持栄、舟木文彬(撮)小辻昭三(美)倉橋利昭(音)阿部晧哉
(出)長門勇、竹脇無我、丹波哲郎、大瀬康一、片岩正明、路加奈子、佐治田恵子、山東昭子、曾我廼家明蝶、名和宏、島米八、堀雄二
足軽の孫兵衛(長門)と兵七郎(竹脇)はひょんなことから、城を失い再起を期して落ち延びる若君小太郎(片岩)を助けることに。だがそこに悪徳家老(名和)の配下の忍びたちが迫る…。本作が監督デビューの梅津明治郎が、長門勇の持ち味を活かし、オフビートな忍者ものに仕上げた。少林寺拳法を採り入れた殺陣も目新しい。

35 抱かれた花嫁(96分・35mm・カラー)
(1957松竹大船)(監)番匠義彰(脚)椎名利夫、光畑碩郎(撮)生方俊夫(美)浜田辰雄(音)牧野由多可
(出)有馬稲子、高橋貞二、高千穂ひづる、大木実、田浦正巳、朝丘雪路、片山明彦、日守新一、望月優子、須賀不二夫、永井達郎、櫻むつ子、桂小金治、高屋朗
松竹グランド・スコープ第1作。浅草の老舗すし屋の女将・ふさ(望月)は、婿養子をとって店を継がせようと焦るも、娘の和子(有馬)は興味がない。結婚をめぐる世代間の葛藤を描いた松竹得意のホームドラマであるが、日光の広々とした景色や華やかなレビュー、大がかりな火事シーンなど、シネマスコープならではのスペクタクルを堪能できる。

36 黒い河(110分・35mm・白黒)
(1957松竹大船)(監)小林正樹(原)冨島健夫(脚)松山善三(撮)厚田雄春(美)平高主計(音)木下忠司
(出)有馬稲子、渡辺文雄、仲代達矢、山田五十鈴、桂木洋子、淡路惠子、東野英治郎、宮口精二、清水将夫、髙橋とよ、賀原夏子、三好栄子
木下惠介に師事し、社内では第2の木下と目されていた小林正樹がその殻を打ち破ったと評される作品。米軍基地周辺を我が物顔で闊歩する愚連隊と安アパートの住人たちを中心に、敗戦後の世相が生々しく描かれる。凶悪で非道な愚連隊のリーダー、人斬りジョーを演じた仲代達矢は、本作を機に小林の代表作の数々に出演することになる。

37 日本の夜と霧(107分・35mm・カラー)
(1960松竹大船)(監・脚)大島渚(脚)石堂淑朗(撮)川又昻(美)宇野耕司(音)真鍋理一郎
(出)桑野みゆき、津川雅彦、渡辺文雄、芥川比呂志、佐藤慶、戸浦六宏、吉沢京夫、小山明子、味岡享、速水一郎、左近允洋
1960年の安保闘争がきっかけで結ばれた記者と学生の結婚披露宴が舞台。闘争を敗北と総括し、その犠牲をめぐって共産党を批判する新世代と、党の責任を認めない旧世代の学生運動家OBたちの激しい応酬が回想も交えて描かれる。松竹は封切から4日で上映を打ち切り、大島渚は抗議し松竹を退社。「松竹ヌーヴェルヴァーグ」の1本だが、大島本人はこの呼称を嫌っていた。

38 非情の男(82分・35mm・白黒)
(1961松竹大船)(監・脚)高橋治(脚)国弘威雄(撮)加藤正幸(美)梅田千代夫(音)三保敬太郎
(出)三上真一郎、瞳麗子、芳村真理、久我美子、城所英夫、三井弘次、渡辺文雄、上田吉二郎、小坂一也、織田政雄、中村是好、幾野道子、左卜全
高橋治の第3作。やくざの片棒を担ぐ五郎(三上)は、日雇い労働者たちの搾取や青年結社の活動で金を稼ぎ、成り上がろうとする。だが自分以外の誰も信じず、他人を利用するばかりの五郎には、強烈なしっぺ返しが待っていた…。開巻から凄絶なラストまで、非情な青年を鮮烈に演じ切る三上真一郎が素晴らしい。

39 スパイ・ゾルゲ 真珠湾前夜(128分・35mm・白黒)
(1961松竹大船=テラ)(監・脚)イヴ・シャンピ(原)ハンス・オットー・マイスナー(脚)沢村勉、アンリ・アルロー(撮)生方敏夫(美)梅田千代夫(音)セルジュ・ニッグ
(出)トーマス・ホルツマン、岸恵子、小沢栄太郎、山内明、南原宏治、マリオ・アドルフ、ジャック・ベルチエ
ゾルゲ(ホルツマン)はスパイとして、日本の機密情報をソ連に伝えていた。外国人を監視する任務を負ったユキ(岸)は、ゾルゲに接近する。同じく松竹とフランスの映画会社との合作『忘れえぬ慕情』(1956)の監督で、岸恵子の夫でもあったイヴ・シャンピが監督。ゾルゲ事件の映画化を発案したのは、岸だったという。

40 秋刀魚の味[デジタル復元版](117分・35mm・カラー)
(1962松竹大船)(監・脚)小津安二郎(脚)野田高梧(撮)厚田雄春(美)浜田辰雄(音)斎藤高順
(出)笠智衆、岩下志麻、佐田啓二、岡田茉莉子、吉田輝雄、三上真一郎、中村伸郎、北竜二、東野英治郎、杉村春子、岸田今日子
小津の遺作で、男手一つで育てた娘を嫁に出す父(笠)の気持ちや、嫁ぐ娘(岩下)の心情を細やかに描き出す。父の友人たち、老いた恩師とその娘、父の海軍時代の部下、団地住まいの兄夫婦など、主筋以外も豊かに点描している。2013年に作製したデジタル復元版を上映。冒頭に4分の復元デモを含む。

41 男の嵐(80分・35mm・白黒)
(1963日米映画)(監)中川信夫(原・脚)松浦健郎(撮)宮西四郎(美)中野忠仁(音)小沢秀夫
(出)村田英雄、青山京子、山本豊三、五月みどり、清川新吾、中西杏子、小林重四郎
中川信夫が、TV映画や劇映画を製作していたプロダクション・日米映画で撮った任俠映画(松竹配給)。予算や人材に恵まれたようには見えないが、ロケーション撮影の見事な活用などによって娯楽映画としての高い質を維持する中川の職人的才覚が際立つ。村田英雄が渡世人・松次郎に扮して熱演。

42 嵐を呼ぶ十八人(109分・35mm・白黒)
(1963松竹京都)(監・脚)吉田喜重(原)皆川敏夫(撮)成島東一郎(美)大角純一(音)林光
(出)早川保、香山美子、殿山泰司、平尾昌章、芦屋雁之助、根岸明美、三原葉子、中村芳子、浦辺粂子、浪花千栄子、高桐真、白妙公子、沢美子
瀬戸内海の造船所で働く社外工の島崎(早川)は、特別給与が出るという話に惹かれ、寮の管理人になる。ところが新たに入寮したのは、大阪から集団就職してきた18人の無軌道な若者たち。彼らと島崎の間の軋轢が荒々しいタッチで描かれる。資本家・労働者の二項対立を超えた描写により、「社会派映画」への吉田喜重からの返答と評される。

43 乾いた花(96分・35mm・白黒)
(1964文芸プロダクションにんじんくらぶ)(監・脚)篠田正浩(原)石原慎太郎(脚)馬場当(撮)小杉正雄(美)戸田重昌(音)武満徹、高橋悠治
(出)池部良、加賀まりこ、藤木孝、杉浦直樹、三上真一郎、佐々木功、中原功二、原知佐子、宮口精二
刑務所帰りの村木(池部)は、賭場で謎の美少女冴子(加賀)に出会い、彼女に惹かれていく。革新的な映像表現で知られる篠田正浩が、光と影、明と暗の対比を活かして奥行きを演出し、官能的でありながら虚無感が漂う世界を創造している。公開当時、内容が反社会的だという理由で成人映画に指定されたが、かえって話題になり大ヒットを記録した(松竹配給)。

44 新宿そだち(88分・35mm・カラー)
(1968松竹大船)(監)長谷和夫(脚)成沢昌茂(撮)丸山恵司(美)佐藤公信(音)鏑木創
(出)荒井千津子、高橋長英、松岡きっこ、川津祐介、藤田憲子、桜井浩子、應蘭芳、金子信雄
カウンターカルチャー全盛期の1968年、松竹は鮮やかな刺青をまとった女性を主人公にした風俗映画『いれずみ無残』、『新 いれずみ無残 鉄火の仁義』(共に関川秀雄)を製作しヒットさせる。本作はシリーズ3作目で、主演も前2作と同様に荒井千津子と松岡きっこ。大木英夫と津山洋子のデュエットによるヒット歌謡曲「新宿そだち」がモチーフになっている。

45 いい湯だな 全員集合!!(89分・35mm・カラー)
(1969芸映プロ)(監・脚)渡邊祐介(脚)森崎東(撮)荒野諒一(美)宇野耕司(音)萩原哲晶(出)いかりや長介、加藤茶、仲本工事、高木ブー、荒井注、木暮実千代、生田悦子、左とん平、春川ますみ、犬塚弘、左卜全、三木のり平
ザ・ドリフターズの「全員集合!!」シリーズ(1967-75)の第3作。強面の長吉(いかりや)をリーダーにギャング団を結成した5人は、高校生芸者をめぐって対立深まる洞爺湖温泉で、推進派の女将(木暮)に雇われ、反対派の用心棒(左とん平)と相対する。女将の莫大な財産もからみ、家族関係の愛憎も真偽も入り乱れていくコメディ映画(松竹配給)。

46 男はつらいよ(91分・35mm・カラー)
(1969松竹大船)(監・原・脚)山田洋次(脚)森崎東(撮)高羽哲夫(美)梅田千代夫(音)山本直純
(出)渥美清、倍賞千恵子、光本幸子、笠智衆、志村喬、森川信、前田吟、津坂匡章、佐藤蛾次郎、関敬六、三崎千恵子、太宰久雄、近江俊輔、広川太一郎、石島房太郎
1968-69年放映のTVドラマの人気を受け、ドラマの脚本を担当した山田洋次が松竹に直訴して映画化を実現した、26年にも及ぶ寅さん放浪記の第1作。中学のとき、父親と喧嘩して家を飛び出したフーテンの寅(渥美)がふらりと葛飾柴又に舞い戻り、恋と笑いの大騒動を巻き起こす。2019年には、開始から50周年を迎え『男はつらいよ お帰り 寅さん』が公開された。

47 虹をわたって(89分・35mm・カラー)
(1972松竹大船)(監)前田陽一(脚)田波靖男、馬嶋満(撮)竹村博(美)佐藤公信(音)森岡賢一郎
(出)天地真理、沢田研二、なべおさみ、谷村昌彦、岸部シロー、大前均、日色ともゑ、有島一郎、武智豊子、左時枝、財津一郎、萩原健一
松竹で数多くの喜劇映画を手掛けた前田陽一による、天地真理の映画初主演作品。家出したマリ(天地)は、川に浮かぶ安宿で、持ち家を夢見る愉快な住民たちと一緒に暮らすことになる。競艇狂いの住民を演じたなべおさみや、マリの継母を演じた日色ともゑの名演も見どころ。天地が歌う同名の主題歌もヒットした。

48 旅の重さ(91分・35mm・カラー)
(1972松竹大船)(監)斎藤耕一(原)素九鬼子(脚)石森史郎(撮)坂本典隆(美)芳野尹孝(音)よしだたくろう
(出)高橋洋子、高橋悦史、三国連太郎、横山リエ、岸田今日子、砂塚秀夫、中川加奈、秋吉久美子、園田健二、森塚敏
家出をした16歳の少女(高橋)が、旅芸人の一座や行商人などさまざまな人との出会いを経て、自分なりの生きる道を見つけ出そうとする。映画初出演とは思えない高橋洋子の演技に驚かされる。スチルカメラマン出身で、自らプロダクションを興して監督になった斎藤耕一による青春映画。

49 女生きてます 盛り場渡り鳥(89分・35mm・カラー)
(1972松竹大船)(監・脚)森崎東(原)藤原審爾(脚)掛札昌裕(撮)吉川憲一(美)佐藤之俊(音)山本直純
(出)森繁久弥、中村メイコ、川崎あかね、山崎努、春川ますみ、なべおさみ、浦辺粂子、財津一郎、南美江、藤原釜足
「女」シリーズ(1971-72)最終作。金沢(森繁)と妻・竜子(中村)が営む「新宿芸能社」に住み込みで働き始めた初子(川崎)は、家事を完璧にこなし、二人も大助かり。ところがある日、初子の姿が消え、金沢のへそくりも消えていた…。山崎努や春川ますみといった助演俳優陣が怪演し、平穏な生活が破壊されていく。森﨑東の家族観が強烈に表現された一本。

50 砂の器(143分・35mm・カラー)
(1974松竹大船=橋本プロ)(監)野村芳太郎(原)松本清張(脚)橋本忍、山田洋次(撮)川又昻(美)森田郷平(音)芥川也寸志
(出)丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、山口果林、加藤嘉、春田和秀、笠智衆、夏純子、松山省三、内藤武敏、春川ますみ、佐分利信、緒形拳、渥美清
野村芳太郎=橋本忍コンビによる松本清張原作の最後の映画化。天才作曲家(加藤)の暗い過去が、殺人事件を捜査する刑事・今西(丹波)によってあぶりだされる。原作ではわずか数行でしか説明されない父子の旅が、壮大な音楽と四季折々に移ろう美しい風景のなかに描かれ、清張をして「小説では表現できない」と言わしめた壮絶な叙事詩に昇華されている。

51 ブロウアップ ヒデキ BLOW UP! HIDEKI(87分・35mm・カラー)
(1975松竹=芸映プロ)(構成・監)田中康義(撮)坂本典隆、羽方義昌(美)横山豊
(出)西城秀樹、藤丸バンド、永尾公弘とザ・ダーツ、クル クル、惣領泰則、秦野貞雄、一の宮はじめ
“ウッドストック”のような野外コンサートを企図した一大ツアー「西城秀樹☆ʼ75 全国縦断サマー・フェスティバル」の密着ドキュメンタリー。富士山麓で30mクレーン3台を駆使したロックなライブを皮切りに、北海道から沖縄、ラストの大阪球場まで、時代を疾走する 20歳の秀樹と仲間、ファンの熱い夏を描く。

52 同胞はらから(127分・35mm・カラー)
(1975松竹大船)(監・原・脚)山田洋次(脚)朝間義隆(撮)高羽哲夫(美)佐藤公信(音)岡田京子
(出)倍賞千恵子、寺尾聡、松尾村青年会員、統一劇場劇団員、下條正巳、大滝秀治、井川比佐志、三崎千恵子、下條アトム、杉山とく子、今福正雄、赤塚真人、市毛良枝、渥美清
東京から劇団を招いて公演を実現させるべく奮闘する岩手県松尾村の青年会の物語。公演シーンでは、 5台のキャメラを動員した大がかりな撮影が行われた。経済成長に伴い過疎化が進む農村社会へのノスタルジアが感じられる一作。本作の最後、村を立ち去った「統一劇場」は、山田洋次の77年作『幸福の黄色いハンカチ』にも登場し北海道の夕張で公演する。

53 さらば夏の光よ(88分・35mm・カラー)
(1976松竹=バーニングプロ)(監)山根成之(原)遠藤周作(脚)ジェームス三木(撮)坂本典隆(美)森田郷平(音)梅垣達志
(出)郷ひろみ、秋吉久美子、川口厚、仲谷昇、進千賀子、林ゆたか
行動的で調子のいい現代っ子・宏(郷)と内気で真面目な少年・野呂(川口)は京子という少女(秋吉)に恋をするが、やがて三人の愛の共同体は瓦解させられてゆく。野呂が主人公だった原作を大幅に書き変えたジェームス三木の大胆な発想もさることながら、山根成之の繊細な演出と郷ひろみの演技がとりわけ光る 1970年代青春映画の名篇。

54 俺たちの交響楽(112分・35mm・カラー)
(1979松竹)(監・脚)朝間義隆(原)山田洋次(脚)梶浦政男(撮)吉川憲一(美)出川三男(音)外山雄三
(出)武田鉄矢、友里千賀子、伊藤達広、永島敏行、森下愛子、岡本茉莉、熊谷真実、山本圭、田村高廣、田辺靖男、倍賞千恵子、渥美清
「男はつらいよ」シリーズ(第7作以降)をはじめとして、山田洋次作品の脚本で知られる朝間義隆の監督デビュー作。川崎の労働者たちが、仲間を集めて公演でベートーベンの「第九」を歌うまでを描いた青春群像劇。初主演の武田鉄矢が滑稽さとペーソスとで魅せる。

55 ざ・鬼太鼓座(105分・35mm・カラー)
(1981/94デン事務所=松竹=朝日放送)(監)加藤泰(脚)仲倉重郎(撮)丸山恵司(美)梅田千代夫、横尾忠則(音)一柳慧
(出)河内敏夫、林英哲、大井良明、藤本吉利、高野巧、森みつる
加藤泰最後の作品で、『炎のごとく』(1981)と同時並行で製作されたドキュメンタリー。鬼太鼓座の若者たちの青春を、その躍動する肉体への注視によって浮かび上がらせる。オールシンクロの撮影、ロケとセット両方を駆使した大胆な美術やカメラアングルなど、加藤泰のアヴァンギャルドな実験性が噴出する。4 年をかけて製作され、一般公開はさらにその13年後となった。

56 必殺! THE HISSATSU(123分・35mm・カラー)
(1984松竹=朝日放送)(監)貞永方久(脚)野上龍雄、吉田剛(撮)石原興(美)芳野尹孝、倉橋利韶、北尾正弘(音)平尾昌晃
(出)藤田まこと、三田村邦彦、鮎川いずみ、菅井きん、白木万理、ひかる一平、中条きよし、山田五十鈴、芦屋雁之助、片岡孝夫
人気TV時代劇「必殺」シリーズの第21作「必殺仕事人IV」(1983-84)をベースにした劇場版。表の顔は昼行燈の同心、裏の顔は凄腕の殺し屋である中村主水(藤田)を筆頭に、三味線屋のおりく(山田)と勇次(中条)、飾り職人の秀(三田村)といったおなじみの面々が「仕事人殺し」の悪党に立ち向かう。TVでも数々の名エピソードを手がけた貞永方久が監督を務めた。

57 キネマの天地 他(計169分)
キネマの天地(135分・35mm・カラー)
(1986松竹)(監・脚)山田洋次(脚)井上ひさし、山田太一、朝間義隆(撮)高羽哲夫(美)出川三男(音)山本直純
(出)中井貴一、有森也実、渥美清、松坂慶子、倍賞千恵子、すまけい、美保純、笠智衆、松本幸四郎、藤山寛美
ありがとう大船撮影所―新たな天地へ向けて―(34分・35mm・カラー)
(2000松竹)(解)澤登翆
『キネマの天地』は松竹大船撮影所50周年記念作。東映京都で撮影された松竹=角川作品『蒲田行進曲』(1982、深作欣二)に刺激を受けて作られた。昭和8、9年頃の松竹蒲田撮影所を舞台に、大部屋出身の新人女優が大作映画の主演に抜擢され、見事スターとして花開くまでを描く。『ありがとう大船撮影所』は2000年の大船撮影所の閉鎖に伴い製作された作品。蒲田撮影所からの引越しの記録映像に始まり、数々の大船作品の名場面をアンソロジー形式で見せる。作品名と監督名に加えて、登場する俳優の名前もテロップで教えてくれるので、松竹映画入門にぴったり。

58 異人たちとの夏(108分・35mm・カラー)
(1988松竹)(監)大林宣彦(原)山田太一(脚)市川森一(撮)阪本善尚(美)薩谷和夫(音)篠崎正嗣
(出)風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎、永島敏行、名取裕子、川田あつ子、ベンガル、笹野高史、入江若葉、竹内力、峰岸徹、高橋幸宏、本多猪四郎
山田太一の同名小説を市川森一が脚色し、大林宣彦監督が映画化。妻と別れたばかりの脚本家・原田(風間)はある夜、同じマンションに住む女性・桂(名取)の突然の訪問を受けるが、冷たく追い返してしまう。その後、原田は故郷浅草を訪れ、幼い頃に死んだはずの父(片岡)と母(秋吉)に再会する。古典的怪奇映画のテイストとノスタルジックなヒューマンドラマが融合し、忘れがたい余韻を残す。

59 釣りバカ日誌(93分・35mm・カラー)
(1988松竹)(監)栗山富夫(原)やまさき十三、北見けんいち(脚)山田洋次、桃井章(撮)安田浩助(美)重田重盛(音)三木敏悟
(出)西田敏行、石田えり、三國連太郎、谷啓、山瀬まみ、アパッチけん、戸川純、笹野高史、江戸家猫八、丹阿弥谷津子
仕事そっちのけで釣りにいそしむ「釣りバカ」サラリーマン浜崎伝助(通称ハマちゃん)を主人公とした人気漫画の映画化。鈴木建設の高松営業所から東京本社へ転勤してきたハマちゃん(西田)は、偶然知り合った寂しげな老人スーさん(三國)に釣りの指南をすることに。ところがスーさんの正体は…。「男はつらいよ」シリーズの併映作品としてヒットし、全22作(1988-2009)が製作される松竹の看板喜劇となった。

60 つぐみ(106分・35mm・カラー)
(1990松竹富士=FM東京=山田洋行ライトヴィジョン)(監・脚)市川準(原)吉本ばなな(撮)川上皓市(美)正田俊一郎(音)板倉文
(出)牧瀬里穂、中嶋朋子、白島靖代、真田広之、安田伸、 渡辺美佐子、あがた森魚、下條正巳、財津和夫
吉本ばななの同名小説を映画化。老舗旅館を営む両親のもとに生まれたつぐみ(牧瀬)は、病弱な体質ゆえに甘やかされて育ち、家族を困らせてばかりいた。従姉妹のまりあ(中嶋)、姉の陽子(白島)とともに過ごすことになった18歳の夏、つぐみはある出来事をきっかけに恭一(真田)という青年と出会う。監督の市川準、主演の牧瀬里穂が各映画賞を独占するなど高い評価を得た思春期映画の秀作(松竹配給)。

61 ソナチネ[再タイミング版](94分・35mm・カラー)
(1993バンダイビジュアル=松竹第一興行)(監・脚)北野武(撮)柳島克己(美)佐々木修(音)久石譲
(出)ビートたけし、国舞亜矢、渡辺哲、勝村政信、寺島進、大杉漣、北村晃一、十三豊、深沢猛、津田寛治、逗子とんぼ、矢島健一、南方英二
幹部の命を受けて沖縄へ渡ったヤクザの村川(たけし)は、手下とともに混乱を避け、ひとときの遊戯に興じるが、やがて激しい抗争の只中に身を投じてゆくことになる。死に取りつかれたかのような独特の諦観と危ういユーモアが全篇を支配し、いまだ彼の最高傑作と評する者も多い北野武の監督第4作。カンヌ国際映画祭で絶賛されるなど北野映画の海外での認知度を高めるきっかけともなった(松竹配給)。今回初めて上映するプリントは、柳島克己キャメラマン監修のもと、当時本作のタイミング(色彩補正)を担当した大見正晴(当館技術職員)による技術的助言を得て、現役のタイミングマンが公開当時に近い色彩を再現したものである。

62 釣りバカ日誌スペシャル(106分・35mm・カラー)
(1994松竹)(監)森﨑東(原)やまさき十三、北見けんいち(脚)山田洋次、関根俊夫(撮)東原三郎(美)重田重盛(音)佐藤勝
(出)西田敏行、石田えり、富田靖子、加勢大周、加藤武、田中邦衛、清川虹子、松尾嘉代、谷啓、西村晃、三國連太郎
「釣りバカ日誌」シリーズの通算7作目にして、初めて「男はつらいよ」の併映を離れ単独公開された特別篇。前半では佐々木課長(谷)の娘・志野(富田)の結婚をめぐるエピソード、後半では妻のみち子さん(石田)とスーさんの不倫を疑うハマちゃんの暴走が描かれる。それまでの栗山富夫監督に代わり森﨑東が登板、破天荒な演出でシリーズに新風を吹き込んだ。石田えりの初代みち子さん(次作より浅田美代子に交代)が見られる最後の作品でもある。

63 珈琲時光(103分・35mm・カラー)
(2004松竹=朝日新聞社=住友商事=衛星劇場=IMAGICA)(監・脚)侯孝賢ホウ・シャオシェン(脚)朱天文(撮)李屏賓
(出)一青窈、浅野忠信、余貴美子、小林稔侍、萩原聖人、江乃ぶ、江庸子
東京で一人暮らしをしているライターの陽子(一青)は、もうすぐシングルマザーとなる。彼女は台湾出身の作曲家・江文也について調べており、ときおり肇(浅野)が営む古書店を訪れている。東京の街や喫茶店を舞台に、二人の緩やかな交わりが描かれ、電車の行き交いが物語を紡ぎだす。侯孝賢ホウ・シャオシェンによる小津安二郎生誕100周年記念作。

64 花よりもなほ(128分・35mm・カラー)
(2006「花よりもなほ」フィルムパートナーズ)(監・原・脚)是枝裕和(撮)山崎裕(美)磯見俊裕、馬場正男(音)タブラトゥーラ
(出)岡田准一、宮沢りえ、古田新太、香川照之、田畑智子、上島竜兵、木村祐一、加瀬亮、千原靖史、平泉成、絵沢萠子、夏川結衣、國村隼、中村嘉葎雄、浅野忠信、原田芳雄
父親の敵を討つために江戸へやって来た青木宗左衛門(岡田)。しかし、気が弱く剣術にも疎い宗左衛門は、貧乏長屋で暮らすうちに少しずつ心変わりしてゆく。是枝裕和監督の現時点で唯一の時代劇だが、「弱さ」を見据える視点、復讐の物語を通して浮かび上がる「罪と罰」の問題、寺子屋の描写に顕著な子どもと地域社会の関係性など、是枝作品の一貫したテーマはここにも明確に表れている。



# by sentence2307 | 2021-02-22 11:41 | 小津安二郎 | Comments(0)
カーリングの日本選手権を予選から見ていて、無敗で勝ち上がったロコ・ソラーレが、当然優勝かと思っていた決勝戦、最後の最後のラウンドで北海道銀行に支配権を奪われ、ちょっとあっけない意外な結果で終わってしまいました。

それまでの全試合を無敗で快調に勝ち進んできただけに、自分の肩入れ・身びいきを差し引いても、最後のたった一投・1敗でいままでの実績がフイになってしまうなどというこの決勝ラウンドというシステムの「いままでの連勝は、いったいなんだったんだ」と思わずにいられない理不尽な思いが、どうしても付きまといます。

しかし、逆の側に立てば、これって起死回生のチャンスに満ちた希望の制度ともいえるわけで、「見る側の面白さ」を盛り上げる意味からすれば、あるいは、そういうこともあるのかもしれませんが、これって「興行」を長引かせて二重も三重も稼ごうという興行サイトの企みとかじゃないのかと勘ぐってみたくもなります。

しかし、反面、ロコ・ソラーレにしても、後半、随所でロコ・ソラーレのショットとスウィープの精度を欠いたちぐはぐさというのも確かにありましたし、そもそもあのオリンピックで「銅メダル」を獲得できたのも、このシステムのお陰だったと言えなくもないので、まあ、それを思うと、やっぱりなんとも言えませんか。

とにかく、今日の新聞記事によると「北海道銀行と前年優勝のロコ・ソラーレは、2022年北京五輪代表の座をかけて代表決定戦を行う」とありますから、まあ、心機一転、そちらで頑張ってもらうしかありません。

今度は必ず、やってくれると思います(って、これが彼女たちに常勝を過剰に意識させてメンタルを圧し潰した「エールの重圧」ってやつか、スマソ)。

実は、あの「五輪銅メダルフィーバー」のとき、関連記事を自分もブログに幾つか書いていて、べつに「ヨイショ記事」ではないのですが、それが今頃になって、(この結果で)ふたたび読まれていることについて、少し照れくさいというか(明らかに当時、ロコ・ソラーレのサクセス・ストーリーにすっかりはまって、酔っていたことは事実なので)、なんだか具合の悪い思いで過ごしています。


# by sentence2307 | 2021-02-16 10:05 | カーリング | Comments(0)

「にごりえ」反証

コロナの緊急事態宣言のために、家にこもりがちになると、しぜん配偶者と顔をつき合わせている時間も増えてくるわけですが、もともと趣味も性格も大きく違うので、とうぜん話題というものも限りがあって、一緒にいてもそのうちに話が尽きてしまうという状況が、しばしば訪れます。

こうなると少し前、お互いの生活環境とか習慣がそれぞれ違っていて、そのなかで顔を合わせるのは、せいぜい朝食と夕食のときだけという、ほぼすれ違いの日々が、いかに二人の関係に調和をもたらしていたかということが痛感されます。

さすがに喧嘩までには至りませんが、会話がこじれて気まずくなり暫く口を利かないなどという事態は結構あります。

これが気軽な男友だちとなら、来たる「東京新聞杯」とか「きさらぎ賞」なんかの予想で二時間でも三時間でも盛り上がり、夢中になって和気あいあいと話せるのですが(しかし、いま街はこういう状況なので、ウマ友とはLineで簡単な情報交換をするくらい、直接顔を合わすことは最近ではほとんどなくなってしまいました)、まさか女房と競馬の話もできませんしね、そうそう、先日なんか、BSで大好きなマーヴィン・ルロイ監督の「心の旅路」を放映していたので、日課のウォーキングを取り止め、もう何十回目になるかもしれない鑑賞に浸って、この不朽の名作を堪能しました。

あの「スミシィ!!」&「ポーラ!!」の感動のラストでは、すでにその場面を十分に知悉しているのにもかかわらず思わず落涙をやらかしてしまいます(このラスト、頭ではいくら「そういうラストになる」と分かっていても、いざ見てしまえば手もなく泣かされてしまうというテイタラクな、「こんなジジイを泣かすなよ」と言わずにおれないくらい、われながら実に不甲斐ないものだと思います)。

しかし、やたら感激している亭主を横目で見て、わが配偶者は実に冷ややかに「これのどこがそんなに面白いの」と、とんでもないことをノタマウのであります。

ただの被害妄想かもしれませんが、彼女のそのときの表情には、心なしか口角に意地の悪い微妙な歪みが翳り、見ようによっては「冷笑」と受け取れなくもないスゲスミの気配が窺われたりするのであります。

「いや、これはべつに面白いとかじゃないだろう、感動だよ感動。記憶喪失で失われた幸福だった日々を、オトコは木戸の音とか桜の枝とかをたどって記憶を取り戻し、肌身離さず大切に持ち続けてきた「鍵」がはじめてそのドアのものだと思い出し、失われた自分の過去の扉を自ら開けたときに《スミシィ!!VSポーラ!!》とくるから感動シマクリなんじゃないの、彼が取り戻すのは、幸福ばかりじゃない、最愛のわが子をすでに失っている苦痛も同時に受け入れなければならないという、実に痛切なこのラストが分からないちゅーわけ!!」

しかし、わが配偶者は、冷め掛けた焼き芋を頬張りながら、鼻で笑っているだけなのです。

だからホント、やんなっちゃうよな、これだから映画とかは、ひとりで見たいんだよ、とつくづく遣り切れない孤独地獄に落ち込む瞬間ですが、

「だったら言うけどさ」と彼女は言います。「あんたの解釈はいつもオカシイ、変だ」

「なにがよ」

「昨日、あんたがあれだけ言うからさ、私もyou tubeで今井正の『にごりえ』見てみたんだ」

ああ、あれか、昨夜、話のなりゆきで、つい今井正の「にごりえ」の話をしてしまいました。

話のネタが尽きたときなんかには、二人の唯一の共通点、彼女の文学好きを頼りに、小説ネタを振って気まずい沈黙の窮地をどうにか脱しようと凌ぎに努めているのですが、「にごりえ」については最近若干調べたこともあり、原作なども読んで、さらに作家論も二、三拾い読みしているくらいなので、その勢いからつい知ったかぶりを発揮して、「映画と文学」の関係などについて暴走気味に滔々と彼女に話したかもしれません(今井正が独自の演出のために原作を自分なりに「かなり解釈」して演出したという例のわが持論です)。

「あんたさあ、いつも自分のいいように解釈するけどさ、それって、ホントおかしい」

「なにが」

「だいたい間違っているからよ。ほら、この今井正の『にごりえ』でも、なんとか言ってたよね、どら息子・石之助が下女・おみねの盗みを見てないとかなんとか強引に押し通そうとしてたじゃん。そう言っちゃったらさあ、このハナシ滅茶苦茶にならない? 放蕩がやまない石之助は近々廃嫡されることになっていて、継母もあからさまにこの息子を嫌がっていてアワヨクバ家から追い出しにかかっていて、そのことに腹を立てている息子は、その腹いせで硯箱の金を搔っ攫っていくんだよ、その行為のなかには当然「おみねの盗みを庇う」ことが「継母に対する腹いせとか当て付け」という部分に密接に関係していることを含めて考えなきゃ全然意味ないじゃん、これってとても重要な要素だとそこらをほっつき歩いている猫でも思うわ、アンタ以外はね。この物語からそこを外してしまったら、もうほとんど小説の体裁をなしてないと思わない? おみねが居間で金の入った硯箱から金を盗む際、寝ている石之助をアンタ「微動だにしなかった」とかなんとか言ってたけどさ、もう一回、you tubeよく見てみな。ここぞという場面で、あのドラ息子、意味ありげにもそもそ動いているからさ。あんたは昔っから言葉に酔う癖あったよね、≪微動だにしなかった≫なんてかっこいい言葉使っちゃったりなんかして、だけどそれって、ただ言葉の響きに陶酔したかっただけなんだよね、そういうご都合主義で、目の前にある事実を強引に歪め、隠蔽し、自分勝手に解釈しただけでしょう、でもそもそもそれが間違っているっていうのよ、結局のところ」

思わず「マジか」と呟きましたが、それはいま女房から糾弾された自分のご都合主義とかに対してではなくて、もちろん「ここぞという場面で、石之助が意味ありげにもそもそ動いている」という部分に、ワタシは思わず「マジか」と呟いたのであります。

そんなに言うなら見てやろうじゃねえかこの野郎という訳で、早速、パソを開いて、you tube動画の「映画・にごりえ」をクリックしました。

そうですね、まずは酔った若旦那・石之助が、主人家族が出払ってる留守に、勝手口からふらりと現れる場面あたりから再生することにしましょうか。

かなり酩酊しているのに、さらに酒の支度を命じられたおみねを訪ねて叔父の子供・三之助が、依頼した金の受け取りにやってきます。

おみね「奥様は外出してしまったの、遠いところを悪いけど、また出直してきてくれない」と三之助少年をいったん家に返します。どうしよう困ったわというおみねの不安な表情が印象的な場面です。

家に戻った三之助から「まだお金の用意ができてない」ことを伝え聞いた叔父は、「やはり無理な依頼だったのだ。あの子にこんなことを頼める義理じゃない、筋違いだった」と年端の行かない娘・おみねに過重な依頼(依存)をしたことを後悔し、(暗に叔母に)おみねへ断りの詫びにいかないといけないなと仄めかす会話が交わされます。

のちに叔母がおみねを尋ねて、「無理な依頼をして済まなかったね、今回のことは忘れてご主人大事に働いておくれ」と言われたとき、おみねは、もう工面(盗んで)してしまったのだから、いまさらなにを言い出すんだとむっとする場面があって、そこには、おみねが、伯父から信頼されて期待に応えようと必死で盗みまでした彼女の自尊心の強さと、そのような苦労も知らずにただ一言で自分の挺身を一蹴されそうになって深く傷つけられたことのショックの大きさが巧みに対比されて描かれていて、いままでおみねは大それた犯罪に手を染めたことに後悔と迷いのあったことが、このときはじめて自分が犯した盗みの罪も迷いもすべてひっくるめて引き受けようと決意したことが明確に描かれています。

居間で寝ている若旦那・石之助のもとに、命じられた酒を持ってきてお燗をつけるおみねは、なにも掛けずに仰向けにごろりと寝ている石之助にフトンを掛けてあげる(この仰向けに寝ている石之助の姿をしっかりと目に焼き付けておかなければなりません)。

おみねがお勝手に戻り、こまごまとした後片づけをしているところに、継母と娘二人が帰宅する。

そこで石之助の来訪を知らされた継母は、突如不機嫌になって(この不機嫌が、一度は了承したおみねの借金の依頼にも否定的に影響したことは明らかです)居間に入った継母は新之助の枕元で、聞こえよがしにあからさまな嫌み(忙しくって暇な誰かさんの体を半分欲しいくらいだ)を言う。

なるほど、このとき石之助は首を右にねじ向けます。

熟睡しているところを枕元が騒がしいので薄っすら目を覚ましたというよりも、とっくに目は覚めていて、そのうえでそんな話なら聞きたくもないという拒絶のポーズと見たほうが、やはり妥当かもしれませんね。

だから、そのあとに続くおみねの「借金の申し出」と女主人の「拒絶」のやり取り、それから嫁いだ娘の出産の手伝いのために慌ただしく継母が出かけたその際に、職人が借金の20円という金を届けに来て、それが硯箱の中に一旦おさめられたという一連の事情のすべてを石之助は覚醒したまま聞いていたと見るのが妥当かもしれません。

もしかしたら、そのあと叔母が訪ねてきて「すまなかったね、ご主人大事に働いておくれ」の一連のやり取りまでも聞いていたかもしれません。それは大いにありうることです。

いやはや、なるほど、恐れ入りました。やれやれ

配偶者は、そんなワタシを「なんか言え」みたいな顔でじっと見ています。

いっそ「どうだ、グウの音もでまい」とでも言つてくれたら、悔しいので「グウ」くらいは言ってやろうと思って身構えていたのですが、しばらく気まずい沈黙があって、あっ、そうだ、思い出しました、もうひとつ、ほらあったじゃん、ほらほら、石之助にそんな善意や侠気があったとして、ハッピーエンド風の結末のストーリーになったとしたら、このオムニバス映画の、その他の物語とのバランスはどうなっちゃうのっていうアレ。

え~、まだ言うの、懲りずに。だってさ、おみねという娘は、2円の盗みであれだけの罪悪感を持ってしまう女の子なのよ。
「ああ、若旦那は、自分の盗みを帳消しにするようなことを敢えてしてくれて、自分のことを庇ってくれたんだ、ありがとう」とほのぼのとした気持ちになってこの物語は終われるのに、もし「石之助のチラ見」がないうえに石之助の盗みが重なるんだとしたら、おみねの罪悪感とその贖罪は宙に浮いたまま納まり所を失ってしまうと思わない? 
そんなふうのおみねだったら「しめしめ、バカ息子のお陰で、自分の盗みがばれずに済んで本当によかったわ」っていう最悪な立場しかなくなっちゃうじゃないの。
おみねが、そんな悪ずれした子で終わるのだとしたら、この小説そのものが下卑た最悪の物語になってしまうじゃない。そんな解釈したら樋口一葉だって怒るわよお。
アンタが言った3篇のなかで、この1編だけが「ほのぼのとした気持ちになってこの物語が終わってしまう」ようなら、オムニバス映画のバランスが崩れるとかなんとか。
そもそも、それがアンタの認識違いってやつなのよね。
この3編は、明治の女たちの悲惨さをそれぞれに描いた物語であることには変わりないけど、その結末はどうかというと、おみねの場合がそうだったように、悲惨の中にも「一点の救い」は描かれていると思うの。それがこの映画のキモなのよ。
「十三夜」のせきは、婚家のイビリと仕打ちに耐えられず親元に逃げ帰ってきたのを、父親に説得されて追い返されるわけだけど、その説諭の内容は「自分だけの個人的な苦痛」なんて「貧しいことの社会的悲惨」に比べれば何ほどのものではない、だってあんたは「正妻」じゃないの、その身分的保証の後ろ盾をしっかり認識していれさえすれば少しくらいのイビリや仕打ちなんてなにほどのものでもない、我慢できないはずはないと身分制の拘束を逆手に取ってチカラを得て「帰還」したのだったし(彼女にとってはとても大きな収穫と成長だったに違いありません)、「にごりえ」のおりきにしても、それが傍目には凄惨な無理心中だったかもしれないにせよ、その死に顏のやすらかさは、なによりも「一点の救い」を描いていると思って差し支えないと思うのよね。
どうよ、これ。どうなのよ。

いやはや、なるほど、なるほど、重ね重ね恐れ入りました。やれやれ、やれやれ、やれやれ、やれやれ


# by sentence2307 | 2021-02-06 12:30 | 今井正 | Comments(2)
先日、またまた牧子嘉丸さんから、うれしい「宿題」をいただきました。

コロナ禍の緊急事態宣言とかで仕方なく家に引きこもり、日々を持て余し途方に暮れている今日この頃、この思わぬ「宿題」になんだか心にハリができたような感じです、いえいえ、むしろこの「宿題」をいつの間にか心待ちしている部分だって大いにあります。

さて、今回の「宿題」は超難問です、あの誰もが知っている今井正監督の名作中の名作「にごりえ」1953からの出題で、そりゃうもう緊張して、脊髄に1万ボルトの電流を流されたような昇天感を味わったとしても少しも大げさではなく、むしろそれくらいの緊張は当然すぎるほど、この作品は日本映画史上に燦然と輝く不動不朽(不要不急ではありません)の名作であることに変わりはありません。


その設題というのは2問あって、こんな感じです。


第1問 二話「大つごもり」のラスト、下女・おみね(久我美子)は、恩ある叔父が病気で臥せって働けず暮らしが困窮したため、彼女の雇い主に借金を申し出てくれないかと依頼されます、女主人は一度は了承したものの、気難しい気まぐれから機嫌をそこね一転して借金の話など知らぬ存ぜぬと拒絶します、切羽詰まったおみねは、思い余って人目をぬすんで主家の金に手を付けてしまう(石之助の寝ている枕元に金の入った硯箱はありました)。その大晦日の大勘定の夜、主人夫婦は帳面が合わないのに気付き、そうそうまだあの金が残っていたぞと、おみねに例の硯箱を持ってくるように命じます。いよいよ盗みが発覚するかという絶体絶命のとき、その空の硯箱にあったのは道楽息子・石之助の「この金も拝借した」との書き付けで、急転直下、おみねの盗みも放蕩息子の仕業に紛れて、彼女の所業は発覚することなく、結局有耶無耶になってしまう(牧子嘉丸さんはこれを「救われる」と表現されています)というラストですが、牧子嘉丸さんは、これだけでは説明不足なので、こう補足すべきだとご提案をされました。
「これでは石之助が金ほしさで盗んだことになってしまい、おみねへの同情やら侠気やらがうまく描けていない。ここはひとつ、おみねの盗みを石之助がちらりと盗み見るシーンがあったほうがよいのではないか」というのです。

第2問 三話「にごりえ」で、おりき(淡島千景)が銘酒屋の二階座敷で結城朝之助(山村聰)に身の上話を語るシーン、そこで大写しになったおりきの口説が一瞬途切れ、クチパクになる場面があって、それを牧子嘉丸さんは「もちろん、これは禁止用語が語られたからだと思うが、あの場面でその手の言葉(禁止用語)が発せられるというのがどうにも解せない、ニュアンスとしては「恋は盲目」とでもいったことなのだろうが、どう思うか」という問いでした。



まず、第1問、「大つごもり」の石之助の方から考えてみました。

自分的には、まず念頭にあった論点は、「はたして石之助に、おみねを救いたいと考えるほどの『同情』やら『侠気』やらが本当にあったのだろうか」という視点から考えようとハナから思っていました(最初から自分は、映画から受けた印象として、石之助は金ほしさで盗んだものという認識を持っていて、それ以外にはあり得ないという、そもそもこのスタートから、自分の認識違いがあり、そのあたりのズレはのちほど説明しようと思っています)。

というのは、この映画を見る限り、仲谷昇の演技や、今井演出から、自分には、石之助がおねみに対して『同情』やら『侠気』やらを有しているなどとは、到底考えられなかったからでした。

雇人の下女などに目もくれずに着飾って遊びほうけているお嬢様たちと同様、放蕩息子・石之助も同じレベルの人間にすぎず、下女の苦労やその事情、その去就、そして下女の些細な行為など(たとえそれが「盗み」であったとしても)なんの関心もなく、父親から脅しのように仄めかされた「自分の勘当」が現実となることだけが気がかり、その前にできるだけ多くの家の資産の取り分(金)をかすめ取りたいというのが彼のもっぱらの関心事である以上、そもそも下女の困窮やその盗みなど彼には取るに足りない些細事で、たとえ偶然にその盗みの現場に居合わせたとしても、彼にとってはどうでもよかったことに違いないというのが、今井演出の意図であると信じていました。

なので、石之助にとっては、硯箱にある金だけが問題なのであって、たとえそれが幾らであろうと(20円だろうが、あるいは2円足りない18円だろうが)、鷲掴みして持ち去るだけの石之助にとっては、どちらにしても大した問題ではなかったはずという演出に自分には見えたのです。

牧子嘉丸さんから「おみねの盗みを石之助がちらりと盗み見るシーンがあったほうがよいのではないか」という提案を読んだとき、≪たとえそれが20円だろうと、2円足りない18円だろうと、どうでもよかったはず≫と考える自分には、正直奇異にしか感じられませんでした。

なぜなら、石之助にそうした「義侠心」を想定すること自体穿ちすぎで、もしそれが事実なら、自分が受けた今井演出が意図したと思われるこの作品の理解や認識(後述しますが)の全体像を根底から揺るがすものになってしまうからでしょう。

硯箱から金をムンズと鷲掴みして持ち去る石之助と、あるいは、「架空の20円(実際は18円でしたが)」という金額の違いの意味を十分に分かっていて持ち去る石之助とでは人物像に雲泥の差を来し、その「2円の足りない」ことの認識を有しているか否かは、この物語の在り方自体を大きく変えてしまう重要な論点です。

極貧の憐れな下女が思い余って犯した盗みを知っていて、さらに自分の行為をそこに覆いかぶせることで帳消しにしてあげようという(ほどなく勘当される大商店の惣領としての特権の最後の行使です)そうなれば、そこには、まさに牧子嘉丸さんがおっしゃられた高貴な「同情と義侠心」とが存在するわけですが、しかし、この映画において、ほどなく勘当される惣領息子の恨みや反抗や捨鉢さも含めて、はたして今井正は彼をそこまで情け深い甘々な人間として踏み込んで描いているだろうかという疑問から、自分はどうにも自由になれないのです。

この映画を見て、石之助という人物像をそこまで見誤るほどの認識不足が自分にあるなら、そしてこの映画が本当にそう描いているのなら、それは映画を読み解くうえでの自分の致命的な能力不足であり、情緒の絶望的な欠落か、深刻な認知症と指弾されても致し方ないという覚悟のうえでいうしかありませんが、もし、牧子嘉丸さんが述べられたように彼がおみねの盗みを垣間見て、義侠心とか同情心を起こし彼女を庇うため、さらなる罪を犯して彼女の犯行を曖昧にしようとして、家の金を盗む、というふうに描かれているとするなら、ほかの2話が描いているオムニバス映画としてのバランスが大きく崩れてしまうのではないかと思えて仕方ないのです。

このどうしようもない放蕩息子は常に遊興のために家の金をこれまで幾度もネコババし盗み取っています、そして今回の「盗み」だって、繰り返してきた多くの盗みと大差ないほんの一部にすぎず、そこには「義侠心や同情」などおよそ無縁な(おみねを酷使し虐待する)この因業な主家の構成員の一人としての、いかにもしでかしそうな所業以外のなにものでもないと描かれていると見る方が、このオムニバス映画にもっともふさわしい、大切なシチュエーション(持てる者の冷酷な虐待や酷使と弱者の理不尽で屈辱的な隷従の対比)を支える柱として理解しやすい行為であるように感じました。

だからこそ、極貧に苦しむ貧乏人にとって、この皮肉な偶然(極貧からのやむにやまれぬ盗みの罪が、有産階級者の遊興に蕩尽するための遊びのような盗みによって掻き消されてしまうという奇妙な恩寵)が生きてくるのだと思い、納得もできました。

自分もこのラストを見たときに、侮辱され虐げられ、常日頃理不尽に苦しめられ続けている貧乏人なのだから、たまにはこんなふうに偶然の皮肉な、まるで夢のような救われ方こそが、もっとも相応しいとさえ感じたくらいでした。いや、むしろここは、ふたりの絶望的な身分の隔たりを超えるためには、嘘っぽい「同情や義侠心」なんかよりも、この突飛で奇矯な、ほとんどあり得ないような「偶然の恩寵」こそが、有効であるとさえ感じ、今井正のリアリズムの手腕に感服したくらいでした。

それに、もし、石之助が突然善意に目覚めて改心し、おみねに救いの手を差し伸べるという善意の結末が描かれているのだとしたら、このオムニバス映画を構成するほかの救いのない悲惨な物語(十三夜とにごりえ)を裏切ることにも繋がってしまうだろうし、そんな一貫性を欠いた変節の物語をことさらにこの物語だけ孤立させて、わざわざ今井正が演出するだろうか、いやそんなはずはないと考えた次第です。

石之助とおみねの間には、相容れない埋めがたい階級的な溝があり(この考え方は、今井正作品に一貫している「信仰」でさえあります)、その埋めがたさは、かの「十三夜」でも「にごりえ」でも描かれている通り、この「大つごもり」においてもそのとおりに演出されたのだと思って差し支えないと思ったのでした。

ですので、以上の理由から、自分としては、第一問の答えは、

「石之助は金ほしさで盗んだだけで、おみねへの同情やら侠気やらなど最初からなかったのだから、そもそも、おみねの盗みを石之助がちらりと盗み見るシーンを用意する必要もあり得ない」と結論付けようと思った矢先、実はとんでもないものを読んでしまいました。

それは、論創社から刊行された「今井正映画読本」2012.5.30発行の「大つごもり」の「あらすじ」207頁の記述です。

そこにはこんなふうに書かれています。

「商家に奉公しているみねは叔父に育てられた。その叔父の頼みで金の工面をしなければならなくなり、女主人に前借を依頼するが断られ、切羽詰まって主人の引き出しにある金に手を付ける。その様子を主人の先妻の息子・石之助が、眠ったふりをして見ており、引き出しに自分の借用書を残して去った。」

おいおい、マジか。それじゃあ絶対的に融和することができない階級対立の構図とか、自分が信じた今井演出とかも、いとも簡単に崩れちゃうじゃないですか、そりゃあ文芸評論風にいえば、実生活で散々借金で苦しんだ樋口一葉の夢想した部分とかもあったかもしれませんが、映画を見る限りにおいて今井正はそんなふうには描いてないけどなあ・・・と思いつつも、裏付けじゃありませんが、つい原作の方を拾い読みしてしまいました。

ああ、なるほど、なるほど、ありますねえ。

≪罰をお当てなさらば私ひとり、遣ふても叔父や叔母は知らぬ事なればお免しなさりませ、勿体なけれど此金ぬすまして下されと、かねて見置きし硯の引出しより、束のうちを唯二枚、つかみし後は夢とも現とも知らず、三之助に渡して帰したる始終を、見し人なしと思へるは愚かや。≫

はっきり言ってますね、【見し人なしと思へるは愚かや】って。

しかし、負け惜しみじゃありませんが、改めて繰り返し、勝手口から入って来た酔った石之助が硯箱のある部屋でうたた寝している一連のシーンを繰り返し見直しました。

なるほど、牧子嘉丸さんが、あえて「おみねの盗みを石之助がちらりと盗み見るシーンがあったほうがよいのではないか」と思うのが無理からぬくらい、今井正の演出は、石之助に対してはあまりにも素っ気なく、迫真の演技を求めたおみねのド迫力な盗みの場面のような執拗で追い詰めるような熱心さは一向に窺われません。石之助はまるでマグロの屍体みたいにゴロリと寝転がっているだけで、観客の憶測を誘ったり、忖度させたり、邪推させるような思わせぶりな挙動など今井正は一切許していないようにさえ見えます。

いままさに、おみねが主家の禁断の金に手を付けようとしている緊迫したデリケートな場面、観客は息をのんでスクリーンをじっと見つめている緊張の中、同情も義侠心も有している石之助という設定なら、遠慮がちにでも微かにチラリとまばたきでもすれば、観客は一瞬のうちに「演出家の意図」を感じ取ることができるという、演出家と観客の意思疎通の条件なら十分すぎるくらいに整っている、なんとも好条件の「待たれる」状況下にあるわけですから、もしそれが「そう」なら、微かなサインとして「おみねの盗みを石之助がちらりと盗み見るシーン」くらいは、当然あるべきだったでしょう。

しかし、たぶん事実は「そう」ではなかった、石之助は、チラ見も、思わせぶりなまばたきも、わざとらしい寝息さえも立てなかったし、(今井演出は)それらの所作を許さないままに、彼を屍体のように寝転がらせ微動だにさせなかったのだろうと思います。

それが「なぜ」だったかは、三話「にごりえ」の、おりき(淡島千景)のクチパクの考察のなかで当然導き出されるものと信じながら、再度、あの銘酒屋の二階座敷の場面を見始めようとしたとき、そうそう「大つごもり」のときの大チョンボの教訓を生かして、遅まきながら原作と対比しながら、該当のシーンを見て見るべきなのではないかと思いつきました。原作の方は、身近に「樋口一葉集」があるので問題ないのですが、その際、できれば、水木洋子・井手俊郎のシナリオも入手できれば「なお可」という感じで、まず、インターネットで検索し、シナリオ「にごりえ」が掲載されている書籍を特定しました。

それは、毎年シナリオ作家協会が編集している「年鑑代表シナリオ集」1953年版(三笠書房、339頁、1954.1.1刊行)に掲載されていると分かりました。同時に掲載されているシナリオは以下のとおりです。

まごころ(木下恵介)、やつさもつさ(斎藤良輔)、煙突の見える場所(小国英雄)、雨月物語(川口松太郎・依田義賢)、縮図(新藤兼人)、雲ながるる果てに(八木保太郎・家城巳代治・直居欽哉)、日本の悲劇(木下恵介)、あにいもうと(水木洋子)、東京物語 (野田高梧・小津安二郎)、にごりえ(水木洋子・井手俊郎)

すごいラインナップです。ぜひ見てみたい、という思いで、近所の図書館のホームページで蔵書を検索してみました。当然、日本映画史に残るこれだけの名作です、シナリオくらい簡単に入手できるものと軽い気持ちでクリックしたのですが、その楽観は見事に裏切られてしまいました。

わか図書館では「年鑑代表シナリオ集」の蔵書は1989年から2019年までの分だけで、それ以前のものはすべて廃棄してしまったそうです、マジか(今日何度目の「マジか」でしょうか)。

試みに東京中央図書館も蔵書検索してみました。さすがです、1952年からの分がすべてそろっていました、勢いついでに国会図書館も蔵書検索をかけてみました、なるほど、さすが国立国会図書館です、蔵書はもちろんありますし、1953年版なら、国会図書館内限定という条件でデジタルで見ることができることも分かりました、しかし、小生の住むド田舎からわざわざ永田町とか広尾まで出向くというのは、なかなか難しいものがありまして、まあ、そこは「貧すれば鈍する」とでもご理解いただくとして、むしろ鈍は鈍なりに工夫して窮地を脱するしかありません、「窮鼠、猫を噛む」という感じで。

問題は、映画を原作やシナリオと「対比」して、忠実になぞっているかどうかの検証にあるのではなく、今井正が原作やシナリオに捉われることなく、どれだけオリジナリティを発揮して演出したかにあるのだとしたら、現に映画の中で交わされている会話を、まずは確認することから始めなければなりません。

盆の休みに、羽目を外したお店者の酔い乱れた愚劣な宴席を逃げ出したおりきが、さ迷い歩く夜店で偶然に結城朝之助(山村聰)と出会い、ふたたび菊之井に戻って、その二階座敷で語らう二人の迫真のやり取りのなかで、例のクチパクが出現します(クチパクの部分は●●●●で表記しました)。

とにかく、画面を見ながら逐語的にセリフを追ってタイプしてみたのですが、以下のとおりです。


結城「おい、いいのかい。下の座敷」
おりき「ええ、どうせお店者のしろうりなんか怒るなら怒れです。少し休むならともかく、今はご免こうむらせてもらいます。ああ、いやだ、いやだ。つくづくもう人の声の聞こえない静かな静かな果てに行っちまいたい。いつまでこんなこと、私つづけなけりゃいけないんでしょうかね」
下女「お待ちどうさま」
おりき「あ、すまないね。取りにもいかないで」
下女「いいんだよ。また姐さん、頭痛でもするかね」
おりき「あ、いいよ、つけなくても。あ、そうそう。閻魔様で櫛売ってたから。夕べ落としたって探してたから。さ、あげるよ」
下女「まあ、きれいな。似合う? 姐さん」
おりき「うん、早く下おいで。また息抜きしてたって怒られないうちに」
下女「旦那さん、どうもお邪魔しました」
結城「ああ」
下女「姐さん、どうもありがとう。今夜は眠られないよ」
結城「ふふ、無邪気な子だな」
おりき「ええ、あんな頃もみんなあったんですよねえ。・・・結城さん、今夜はお酒を思い切っていただきますから、止めないでくださいね」
結城「そりゃ、介抱はいつもさせられてるから」
おりき「うそ、あなたの前で取り乱したことなんてただの一度だって」
結城「よし、いつも壁ひとつ隔たったお前の物言いが気に入らなかった。今夜は心底から遠慮なく付き合おう」
おりき「ええ。じゃこれに下さい」
結城「まあ気の晴れるほど飲むのはいいが、なにをそう怒っているんだ。また聞かせられない話か」
おりき「いいえ、これを二、三杯いただいて、酔ったら今夜は何もかもお話しします。驚いちゃいけませんよ」
結城「あはは、前置きは、すさまじいもんだな。・・・なにをうっとりしてるんだ」
おりき「あなたのお顔を見てますの」
結城「こいつ」
おりき「おお、こわい方」
結城「冗談はのけて」
おりき「いいえ、嬉しいの。今夜はあなたは、ことにご立派に見えるんですもの」
結城「なにをいまさら」
おりき「よっぽど私ってうっかり者なんですわねえ。あ、ごめんなさい、自分ばかりに注いで」
結城「どうしたんだ今夜は。下地があるんだろ」
おりき「いいえ、まだまだ荒れませんから。先にお断りしておきますけど、私の自堕落は承知してて下さいまし。嘘偽りは申しません。なにもかも白状しちまいます。泥の中に生きるには転がらなけりゃ繁盛どころか見に来る人もありませんもの。可愛いの、愛しいの、見染めましたの、出鱈目のお世辞」
結城「そんなことは、当の昔に知れてる。」
おりき「ええ、それを本気にする阿呆がいます。私だとて、たとえ九尺二間の裏長屋でもいわれてみれば身を固めてみようかと考えないこともありませんけど、まんざら嫌いと思わない人でも所帯を持てたらどれほど嬉しいか本望か、いまさら私には分からないです」
結城「やはり浮き草が性に合ってるか」
おりき「そもそも私、始めっからあなたが好きで・・・」
結城「おいおい」
おりき「ねえ、●●●●」
結城「それで?」
おりき「それで、一日お目に掛からないと恋しくて、恋しくて」
結城「おい」
おりき「いや。ねえ、もしもあなたが奥様にと、もしもよ、そうおっしゃって下さったら、どうでしょう。私、やっぱり持たれるのいや」
結城「自由がいいのか」
おりき「ですけど、好き、どうしてもあなたが。こんな気持ち、浮気なんでしょうか。・・・もとはといえば、三代続いた出来損ないからです」
結城「おやじさんというのは?」
おりき「父は職人です。三つのとき、縁石から落ちて片足悪かったものですから、人中に出ることを嫌って坐りっきりの飾り職人・・・」


と、引き続きこの映画「にごりえ」の白眉ともいえるシーン、おりきの幼い日々の痛切な回想へとつながっていくのですが、しかし、ここはとりあえず、「クチパク」の解明を優先させなければなりません。

しかし、こうしてセリフだけをピックアップしてたどっていると、こういう作業って映画の魅力を半減させるだけで、当たり前のことですが、映画は、映像が伴って初めて「映画」なんだよなということをつくづく痛感させられます。

そこで気が付いたことがあるのです。菊之井の二階座敷で交わされる情感に満ちた一連のシーンの流れるような映像の美しさに圧倒されたために、このシーンをあたまから艶っぽい「ふたりの愛の交歓」のような先入観で見ていたわけですが、こうして逐語的にセリフを映像に添わせ当て嵌めてみると、その縫合がどうにも疑わしく思えてきたのです。

おりきは、この二階座敷で結城朝之助に、幾度か「あなたのことが好きで好きで」とか、「恋しくて恋しくて」と愛の言葉を告げていますが、自分には、なんだかこのセリフだけが突飛で、長いおりきの口説のなかで、そこだけ白々しく浮いてしまっているように見えて仕方がありません。

確かにおりきは、結城に、できればこの苦界から救ってほしいと願っていたでしょう。そのために囲われ者になっても構わないと思ったかもしれない。

自尊心をどんなに踏みにじられ、金にために身体をおもちゃにされ、その屈辱とやり場のない憤りに身も心もズタボロにされた酌婦が、客の気を引くために美辞麗句を費やす出鱈目を、「そんなことは、当の昔に知れてる」と受け流す粋人・結城朝之助と、そして「ええ、それを本気にする阿呆がいます」とみずからを自堕落と自認して本音を交わし合える間柄で、なにをいまさら、おりきが結城に、あえて、「好きだ」とか「恋しい」などと言うことがあるだろうか。自分はこの部分に、リアリスト・今井正に、在りうべからざる「ちぐはぐさ」を感じました。


それは、クチパク「●●●●」というセリフを挟む前後のこの一連の部分、

結城「やはり浮き草が性に合ってるか」
おりき「そもそも私、始めっからあなたが好きで・・・」
結城「おいおい」
おりき「ねえ、●●●●」
結城「それで?」
おりき「それで、一日お目に掛からないと恋しくて、恋しくて」
結城「おい」
おりき「いや。ねえ、もしもあなたが奥様にと、もしもよ、そうおっしゃって下さったら、どうでしょう。私、やっぱり持たれるのいや」
結城「自由がいいのか」


まずは、前後のセリフのやり取りから「●●●●」が、どういうことを語ろうとしたのか、大体のニュアンスを考えてみました。

まず、結城は、最初と最後で、「やはり浮き草が性に合ってるか」と語り始め、「自由がいいのか」と締めています。

その間で、おりきは、「あなたが好きで」「恋しくて、恋しくて」「もしもあなたが奥様にと」と愛の言葉を言い募り、しかし、結局、人の持ち物になることを拒むわけですが、その中で、あの「●●●●」というセリフが語られています、それがたとえどういう言葉であろうと、愛の言葉であることには変わりないであろうことは容易に想像できますし、していいと思います。

つまり、「恋は盲目」でも「抱かれたいの」でも「sexしたいの」でも一向に構わない、それらどの言い回しもこの文脈に添った「正解」だからです、「気ちがい」以外はね。

しかし、彼女の心境からその状況下で、果たして、おりきが結城に、そんな悠長な愛の告白なんかする余裕なんかあるだろうか、自分にはどうにも疑わしいのです。

泥酔した下卑た客から面白半分に胸を触られ、股間をまさぐられ、散々おもちゃにされたうえに笑いものにされた屈辱(同僚の酌婦は、戯れに抱え上げられ庭に投げ出されて笑いものにされても、悲憤に歪む表情を隠して卑屈に笑うしかありません)から逆上したおりきは、堪らなくなって外に飛び出します。

身動きのとれない現在の酌婦という境遇の何もかもが嫌になって、悲しみと怒りで張り裂けるような気持ちを抱えて夜店の町を彷徨い、そこで偶然結城朝之助に出会います。結城を伴えば、後先も考えず高ぶる感情に任せて飛び出した手前、帰りづらかった菊乃井にも、帰れる理由となったからでしょう。

そんな気持ちを引きずってのおりきが、やがて菊乃井二階の座敷で結城に果たして本心から、「あなたが好きで」とか「恋しくて、恋しくて」とか「もしもあなたが奥様にと」などと言うとは到底思えないのです、それにこの二人の仲で、いまさら「手練手管」でもないでしょうし。

おりきが、「驚いちゃいけませんよ」と前置きして結城に語り出そうとしたものは、そらぞらしい愛の告白や、むかし極貧の中でなけなしの金をはたいてやっと買ったコメをドブに流してしまった幼い日の痛恨の思い出などではなくて、むしろその根にある出自、こんな惨めな境遇に堕とした自分につながる「三代祟った卑しい血筋」の方だったのではないか、そこでは、「卑しい」とか「気違い」とかと、微妙な言葉を連ねるなかで、この「血筋」のために結城と結ばれることなど到底望めないことを、おりきは彼に話したかったのではないかと考えたのですが、しかし、この映画において「この線」は、深く探求されることなく途切れ、まるでその抑制の裏付けのように浮かび上がってくるのが、この「結城朝之助」という男の薄情ともとれる淡白さ、物語の高揚を逸らせるかのようなあまりの希薄さです。

映画のラスト、深刻な夫婦喧嘩の翌朝、源七が陋屋から姿を消して騒ぎになります。

おりきも身の回りの物を残して、忽然と菊乃井から姿を消し、地回りが探し回っています。

当初は、結城朝之助と駆け落ちでもしたのかと疑われますが、朋輩から「結城さんは駆け落ちするような方じゃない」と即座に否定されています。

やがて、町のはずれの雑木林で付近に入浴道具が散乱した惨たらしい男女の死体が発見され、それが、源七とおりきだと分かります。

脇腹を後ろから刺さされたうえに喉を突かれた刺し傷からみて、源七がおりきを道連れに心中をはかったのだろうと、死体の傷をあらためた巡査が検分します。

「心中だな、相当女は抵抗しているな。後ろから脇腹を刺されている。喉も突かれたのか。男も切腹とは見事なもんだ」

しかし、意外なのは、つづいて野次馬の男が発する「合意のうえなんじゃねえか」というセリフです。

目の前で巡査が検死して「女は、かなり抵抗しているな」と語っているのに、そのうえで野次馬の男は即座に「合意のうえなんじゃねえか」と言うとは、ずいぶん矛盾した奇妙な感想・リアクションだなとずっと思っていました。

しかし、このラストシーンを幾度か繰り返し見ているうちに、その理由がやっと分かりました。

野次馬の男は、じっとおりきの死に顔を見下ろしています、そしておりきの顔の大写し、突然の不運な死に遭遇したにしては、おりきの顔には無残な苦悶の色はなく、穏やかで安らかとさえ見える表情があって、野次馬の男はその顔を見て素直な感想を漏らしたのだな分かりました。どのような惨たらしい理不尽な死に方であろうと、おりきを、その生の絶望から救い、平穏を与えることができたのだと。

しかし、このラストでは、無力な結城朝之助の、姿どころか消息さえも窺い知ることはできないまま、物語は終わりを告げてしまいます、「今日もひねもす蒸して暑い。なにごともなし」と。

多分、結城朝之助は、複雑な事情を抱えるおりきへの好奇心は彼女の死によって満たされ、ふたたび面白そうな酌婦のいる歓楽街をひやかし探し歩いているに違いありません。


(1953新世紀プロ=文学座、配給=松竹)監督・今井正、原作・樋口一葉、脚色・水木洋子、井手俊郎、脚本監修・久保田万太郎、製作・伊藤武郎、製作補・吉田千恵子、宮本静江、製作主任・柏倉昌美、浅野正孝、監督補佐・西岡豊、撮影・中尾駿一郎、編集・宮田味津三、美術・平川透徹、音楽・團 伊玖磨、録音・安恵重遠、照明・田畑正一、企画・文学座、

出演・
第1話 十三夜
丹阿弥谷津子(原田せき)、三津田健(せきの父・齊藤主計)、田村秋子(せきの母・齊藤もよ)、久門祐夫(せきの弟・齊藤亥之助)ノンクレジット、芥川比呂志(人力車夫・高坂録之助)、

第2話 大つごもり
久我美子(みね)、中村伸郎(みねの叔父・安兵衛)、荒木道子(安兵衛の妻・しん)、河原崎次郎(みねの従弟・三之助)ノンクレジット、龍岡晋(石之助の父・山村嘉兵衛)、長岡輝子(石之助の継母・山村あや)、岸田今日子(山村家次女)ノンクレジット、道明福子(山村家三女)、仲谷昇(先妻の息子・山村石之助)ノンクレジット、戊井市郎(三之助)、加藤(のちに北村)和夫(車夫)ノンクレジット、

第3話 にごりえ
淡島千景(小料理屋「菊之井」の酌婦お力)(松竹)、山村聰(結城朝之助)、宮口精二(源七)、杉村春子(源七の妻・お初)、松山省二(源七の息子)、十朱久雄(菊乃井亭主・藤兵衛)、南美江(菊之井女将・お八重)、北城真記紀子(お力の母・お高)、加藤武(やくざ)ノンクレジット、加藤治子(縁日の若妻)、賀原夏子(酌婦お秋)、文野朋子(お高)、小池朝雄(女郎に絡む男)ノンクレジット、神山繁 (ガラの悪い酔客)ノンクレジット、
その他の出演者(ノンクレジット)内田稔、河原崎建三、三崎千恵子、北見治一、有馬昌彦、青野平義、稲垣昭三、小瀬格、
協力出演・前進座、東京俳優協会、文学座

1953.11.23 13巻 3,554m 白黒
第27回キネマ旬報ベスト・テン 第1位
第8回毎日映画コンクール 日本映画大賞、監督賞、女優助演賞(杉村春子)
第4回ブルーリボン賞 作品賞、音楽賞、企画賞(伊藤武郎)


# by sentence2307 | 2021-01-23 12:01 | 今井正 | Comments(2)
自分が以前書いた川島雄三監督作品「還って来た男」1944のコメントについて、先日、牧子嘉丸さんから

≪なんでこの映画を見て、後味の悪さを感じるのかちょっと不思議。
戦時下のなかでも懸命に生きる庶民の健気さとユーモアを感じないのか。≫

というコメントをいただきました。

このコメントを書いてから、なにせ相当に時間が経過しているので、当の文章はおろか、映画の内容までもすっかり忘れてしまっている始末だったので、慌てて読み直したり、映画を見直したりと、そりゃあもう大変な騒ぎで失われた時を取り戻した次第です。

さいわい作品の方は、ご奇特な方がいらっしゃってyou tubeでどうにか見ることができました。

しかし、いざ作品を見てみれば、やはり、ご指摘いただいた「後味の悪さ」と「戦時下のなかでも懸命に生きる庶民の健気さとユーモアを感じないのか」という部分について、当時感じたままの「ちぐはぐさ」を抱いたまま、やはり今回も同じような感想を持ったに過ぎなかったとご報告しなければならないみたいです。

でも、この感想をどう表現したら的確に理解していただけるかと、ずっと考えていたのですが、ついに象徴的な例を思いつきました。

以前、集英社で刊行した「コレクション戦争と文学」シリーズの1冊「帝国日本と台湾・南方」に収められていた小説を思い出したのです。

それは、戸石泰一の「待ちつづける兵補」だったか、周金波の「志願兵」の方だったか記憶が定かではありませんが、戦時下、南方の戦場でフィリピン人と朝鮮人(どちらかが「将校」で、片方が「軍属」にしても、どちらも「日本国軍人」です)が大喧嘩をしたというエピソードの部分です。

戦争末期になると、南方の戦地では多くの兵士が戦死し、次第に員数が不足してくると、現地人や植民地の人間を日本の軍人として採用して欠員を補填したという事実があったそうです。

この小説は、そのへんのところを描いた物語でした。

そういう状況下で、喧嘩をおっぱじめたふたり(フィリピン人と朝鮮人)、どちらも既に日本の軍隊で「日本軍人」たるべく厳しく訓練され、日本人と同じように教育も受けています(たどたどしい日本語しか話せないのに、軍人勅諭となると苦も無くスラスラと暗唱できるくらいです)、しかし、この「スラスラ」という言葉の語感には、出来なければ凄惨な体罰や制裁を科せられたであろう膨大な屈辱と恐怖に培われた倒錯的な「自負」も込められていることを見逃してはなりません。

だからこそ本人もまた立派で厳格な日本の軍人であることの自覚を持っていて、目の前の植民地人などになめられてたまるかという、「我こそは栄えある日本の軍人だ」という自負があって、その覚悟を競うように言い争い、果ては、凄惨に殴り合いに至るという場面が描かれているわけです。

当然その気持ちの裏には、「俺に比べれば、お前なんか、たかが植民地の人間じゃないか」という相手を蔑む冷笑の気持ちがあるわけですが、しかし、このふたりの実態もその状況も(ともにフィリピン人と朝鮮人なのですから)、その陰惨さにおいては些かも変わるわけでなく、そこには植民地支配の惨憺たる現実がやはり厳然としてあり、ただ、この喧嘩の仲裁に入るとはいえ、この日本人の将校だけが、優越的な「特殊な位置」にいるのであり、日本人将校がいくら「なにを争うのだ、馬鹿なまねは止めて仲良くせんか、どちらも同じ日本軍人じゃないか」と中立公平を装おうとしても、おのずからその口説には、「フィリピン人と朝鮮人の真摯さ」と同じものがあるなどとはどうしても考えられません。

必死に日本人になりきろうとした植民地人=彼らに比べたら、その「真摯さ」において、えらそうに仲裁に入ったこの日本軍の将校が持ち合わせた「もの」など、たかがしれたものと気がついた次第です。

いってみれば、川島雄三作品「還って来た男」を見て感じた自分の居心地の悪さ、そして「ちぐはぐさ」も、その日本軍の将校が持ち合わせた「もの」と同質なものを、この映画の能天気な主人公中瀬古庄平(佐野周二)に感じ取ったのだと思います。

映画のラストシーンで中瀬古庄平(佐野周二)は、すでに好感を抱きはじめている見合いの相手国民学校の教師・小谷初枝(田中絹代)に、自分の夢(子供たちが健康に育つことができる施設を私財を投じて建設すること)をこんなふうに語りかけています。

「進駐先のマレーの原住民の児童を見て、日本の子供はこれではいけない。学童が健康なら次の時代の日本は安心です」

この佐野周二演じる軍医の将校は、日本軍の領土的野心=侵略によって戦場と化した荒廃した地で、過酷な成長を余儀なくされ、将来を滅茶苦茶にされたマレーの憐れな子供たちの惨状を見て、子供がすこやかに成長するためには好環境が絶対に必要だとはじめて気が付き、私財を投げ出してでも、その「日本における子供たちの施設」が必要だと思いついたのです、「マレーの子供みたいになってはダメだ」と。

それって、おかしくないですか。

中瀬古庄平氏が、「これではいけない」と感じたのは、自分たちが理不尽に痛みつけて過酷な目にあわせている当のマレーの瀕死の子供たちに対してではなく、日本の子どもたちなのです。

なんたる狭視野、なんたる傲慢、なんたる教訓、なんたる自己中、なんたる想像力かと、この映画を貫く「姿勢」には、ほとほとあきれ返ってしまいました。

まるで夢の新天地のように語られる、この映画で繰り返し発せられる空疎な「南方」という言葉のなかに、どれほどの「占領地の悲惨なリアル」が描き込まれているか、このラストシーンを見れば一目瞭然、なにをかいわんやです。

自分としても、この作品の定着している世評というものを聞いてないわけではありません。

多分、その定着した「世評」(代表的なものを末尾に添付しておきますが)に反して、自分の感想が悲観的な意味で突飛だったので、

≪なんでこの映画を見て、後味の悪さを感じるのかちょっと不思議。
戦時下のなかでも懸命に生きる庶民の健気さとユーモアを感じないのか。≫

というご意見を頂戴したものと思います。

しかし、この映画が撮られた1944年6月28日の前後には、連合軍がノルマンディに上陸した直後、北九州にはじめて空襲があって、学童疎開がはじまり、米軍がサイパン島・グアム島に上陸し、日本軍守備隊全滅という局面を迎えていた相当切迫した時期であって、カラ元気を装いつつも、当然国民は危機感を身近にしていたはずです。

戦況が切迫した時期に、このような能天気な映画を撮らなければならなかった川島雄三の苦衷にこそ思いを致したいものと思います。


(1944松竹大船撮影所)企画・海老原靖兄、製作・マキノ正博、監督・川島雄三、脚本原作・織田作之助、撮影・斎藤毅、音楽・大澤寿人、美術・小島基司
出演・笠智衆、佐野周二、吉川満子、小堀誠、文谷千代子、辻照八、田中絹代、三浦光子、草島競子、日守新一、山路義人、坂本武、渡辺均、
1944.07.20 白系 7巻 1,849m 67分 白黒/スタンダード



≪ネットで拾った「イワユル世評」です≫
登場人物の行動は、国策に沿ったものなので、検閲では問題がない。このままだと、時局迎合の国民精神教育映画となる。ところが、完成作品を見ると、全編を漂うユーモア、登場人物の行動原理、さわやかな恋、そしてささやかな楽しみと、人生の喜びに溢れていて、戦時下の映画とは思えないほどリベラルである。
織田作之助原作・脚本らしく、京阪神のおっとりとした文化風俗の匂いも全編に漂う。いつも雨に悩まされている「夜店出し」のおじさんも町場のアクセントとなっている。ラブコメディであり、スクリューボールコメディであり、ユーモア映画でもある時局迎合映画。前年の木下恵介のデビュー作『花咲く港』とともに、戦時下の明るい光のような佳作である。


# by sentence2307 | 2020-12-25 22:33 | 川島雄三 | Comments(0)
新型コロナは、ここにきておさまるどころか、いよいよ第三波のピークがやってきそうな勢いです。

有効なワクチンとか特効薬とかも、完成までにはまだまだ時間がかかりそうなので、こう長引くとなると、流行当初、盛んにいわれていた「新しい生活様式の導入」とか「新しい働き方」を、いよいよ本気で生活に取り込まなければならない現実味を帯びてきました。

それに、はたしてコロナが終息するまで、どれくらいの企業や店舗が、この厳しい状況を乗り切れるかも心配です。

自分の近所でもここのところ多様な業種の店舗が、いつの間にか少しずつ、ひっそりと閉店していく状況を目の当たりにしていて、シャッター街がますます寂れていく厳しさを日々実感しているだけに、これから卒業し就職する学生諸君はさぞかし不安だろうなと、老婆心ながらただただお察し申し上げるばかりですが、自分はこの「就職」の話題が取りざたされる時期になると、きまって思い出すことがあります、その辺をちょっと書いてみますね。

題して、不謹慎にも「アンネ・フランクのふともも」という一席。

自分が就職活動をした時期(もう何十年も前の話です)に、ある雑誌でこんなコラムが載っていました。それが就職関係の雑誌だったかどうかは、すっかり忘れてしまいましたが。


学生を面接した会社の重役が質問します。「君の愛読書はなにかね」
学生「はい、『アンネの日記』です」
重役「ほ~う、そりゃあ頼もしい。いっちょ宴会のときにでもかくし芸として披露してもらおうかな。ワッハッハ」


というこれだけのものなのですが、現代からすると、ちょっと理解の困難な部分があると思うので、少し補足しますね。


当時、学生のあいだでは、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」(みすず書房)がさかんに読まれていて、それに、アラン・レネの同タイトルの映画や「二十四時間の情事」などが高い評価を受けていた時期でした。いわば、重苦しい深刻な「政治の時代」の中でナチスの虐殺の忌まわしい記憶と怒りとがまだまだ十分に有効なそういう時代、そういう雰囲気の中で、ナチスの強制収用所の中で死んでいった思春期の少女の記録「アンネの日記」も、戦争に対する告発の書として共感をもって広く読まれていました。いわば、戦争によって若い命を絶たれた少女の怒りと悲しみの「清潔さ」の象徴みたいな本だったと思います。ジョージ・スティーヴンス監督の「アンネの日記」もヒットしました。

一方、この面接した会社の重役の頭の中には、当時あった女性の生理用品の会社「アンネ株式会社」と、その「アンネ」が女性の生理日を意味するものとして、

「ほ~う、そりゃあ頼もしい。いっちょ宴会のときにでもかくし芸として披露してもらおうかな。ワッハッハ」

という重役の言葉となって、それが重役と学生との意識の落差を象徴的に現わしているコラムだったのですが、自分もまたイカガワシイ「かくし芸」を強要する「宴会」(いまでは到底考えられませんが、「高度経済成長期」にはパワハラまがいのこういうことは、まだまだそこらじゅうにいっぱいあって、その理不尽な強要のことごとくが当たり前のことで、どこか「軍隊」の尻尾を感じさせたくらいでした)が象徴する「会社」というものの愚劣をこのコラムから読み取ったのだと思います。これから自分はそういう会社や社会に入ろうとしているのだと、就職の鳥羽口に立って、たまらない嫌悪感とある種の怖気を感じていたのかもしれません。

しかしまあ、その動揺も一瞬のことで、結局は就職し、会社員生活に慣れるにつれて、すっかり立派なすれっからしになってしまったわけですが。

そして、ここからは最近のことになります、コロナで引きこもっていた期間に読んだ本のなかに小川洋子の対談集がありました。
その記載のなかに「アンネの日記」に言及している部分があって、それがどうも自分の知っている清潔な「アンネの日記」とは、だいぶ違うようなのです。

思春期を迎えたアンネが口汚く母親に反抗したり、隠れ家に同居している男の子と性的にじゃれあったり、性に目覚める過程で姉妹の月経について感心を示し、女友達の身体(婉曲にですが「性器」と思います)に興味を持つ記述があるらしいというのです。

いやいや、アンネ・フランクはそんなんじゃない、自分の記憶にそんな箇所はありません、あるわけないじゃありませんか、自分にとっては、とにかく清潔にして悲しい犠牲者の書「アンネの日記」だったわけですから。

さっそく、近所の図書館に行って増補新訂版と書かれた文庫本「アンネの日記」(文春文庫)を借りてきました。奥付を見ると、この本は2010年7月5日の発行で15刷、2003年4月10日が1刷となっています。

なるほど、なるほど、自分の蔵書の「アンネの日記」は、同じ文芸春秋の発行で、刊行日が昭和48年10月20日で21刷とある大分古い本なので、比較するには最適です。

比較しながらパラパラと頁をめくっていくと、なるほど、「これだな」というのがありました。

日付は、1944年3月24日の項(旧版には、そもそもこの日付が存在しません)です。

ちょっと筆写してみますね、こんな感じです。


《そのうちぜひペーターに訊いてみたいんですけど、彼は女性のあそこが実質的にどんなふうになっているか、知っているでしょうか。わたしの思うに、男性のあそこは女性のほど複雑じゃないようです。写真だの絵だので、裸の男性のようすは正確に見ることができますけど、女性のは見ることができません。女性の場合、性器だかなんだか、呼び名はなんだか知りませんけど、その部分は両脚のあいだの、ずっと奥にあります。おそらく彼も、そんなに近くから女の子のそれを見たことはないでしょうし、じつを言うと、わたしもありません。男性については、説明するのもずっと簡単ですけど、女性については、いったいどうしたらその部分の構造を彼に説明することができるでしょう。というのも、彼の言ったことから推測するかぎり、彼も細部の構造についてはよく知らないみたいだからです。彼は「子宮口」がどうのとか言ってましたけど、それはずっとなかにあって、外からは見えないはずです。女性のあそこは、ぜんぶがはっきりふたつに分かれたみたいになっています。十一歳か十二歳のころまでは、わたしもそこに二組の陰唇があることには気づきませんでした。どちらもぜんぶ見えませんから。わたしの誤解の最たるもの、いちばん滑稽だったのは、おしっこがクリトリスから出てくると思っていたことです。いつぞやわたしはおかあさんに、ここにある小さな突起みたいなものはなんなのかと訊いてみたことがありますけれど、知らないとの答えでした。いまだにおかあさんは、なんにも知らないようなふりをしています。
とはいえ、そのうちまたその問題が持ちあがってきた場合、いったいどうしたら実例を使わずに、その仕組みを説明できるでしょうか。なんならここで、いちおうそれをためしてみるべきでしょうか。えっへん、ではやってみましょう。
立ったところを正面から見た場合、見えるのはヘアだけです。両脚のあいだに、小さなクッションのような、やはりヘアの生えたやわらかな部分があって、直立すると、それがぴったり合わさるので、それより内側は見えなくなります。しゃがむとそれが左右に分かれますが、その内側は真っ赤で、醜くて、生肉っぽい感じです。、てっぺんに、外側の大陰唇にはさまれて、ちっぽけな皮膚の重なりがあり、よく見ると、これが小さな水ぶくれのようなものになっているのが分かります。これがクリトリスです。つぎに小陰唇があって、これも小さな襞のように、たがいに合わさっています。これをひらくと、その内側に、わたしの親指の頭ほどもない、小さな肉質の根っこのようなものがあります。この先端は多孔質で、それぞれ異なる小さな孔がたくさんあり、おしっこはここから出てきます。さらにその下の部分は、一見ただの皮膚のように見えますが、じつは、ここに膣があります。見つけにくいのは、このあたり全体が小さな皮膚の重なりになっているせいです。その下の小さな孔は、見たところおそろしく小さく、ここから赤ちゃんが出てくることはおろか、男性がはいってこられるとさえ思えないくらいです。それほど小さな孔なので、人差し指を入れることもできません、すくなくとも、簡単には。たった、それだけのものなのに、これがとても重要な役割を果たしているんです。》


てな感じで、次から次へと見つけられるかぎりの「青春の桃色記述」を徹底的に筆写しまくろうと思って始めたのですが、この筆写だけで十分その「ひたむきさ」に撃たれました。

成熟していく自分の身体をじっと観察するそのひたむきな少女の健気さと清浄さは、従来のアンネ・フランクの印象をいささかも損なうものでも裏切るものでもありません。

せいぜい、これらをただの宴会芸としてしか認識できなかったあの日本高度経済成長の時代こそが呪わしいものであることを改めて再認識したくらいです。

その後の関連の読書で知ったことですが、戦後、強制収容所から生還した父親・オットー・フランクが、この日記を世に出すにあたって、アンネや家族の名誉のために、さしさわりのある部分(上記のような部分でしょうね)をせっせと削除・添削して出版したという事実を知りました。

しかしまあ、親としてなら、それくらいのことは許されていいものかもしれないなと、いまは考え始めているところです。


# by sentence2307 | 2020-11-14 20:31 | 徒然草 | Comments(0)

弱者の糧

さて問題です。
下記小説の原作者は誰でしょう?
回答は末尾にあります。



映画を好む人には、弱虫が多い。私にしても、心の弱っている時に、ふらと映画館に吸い込まれる。心の猛っている時には、映画なぞ見向きもしない。時間が惜しい。

何をしても不安でならぬ時には、映画館へ飛び込むと、少しホッとする。真暗いので、どんなに助かるかわからない。誰も自分に注意しない。映画館の一隅に坐っている数刻だけは、全く世間と離れている。あんな、いいところは無い。

私は、たいていの映画に泣かされる。必ず泣く、といっても過言では無い。愚作だの、傑作だのと、そんな批判の余裕を持った事が無い。観衆と共に、げらげら笑い、観衆と共に泣くのである。五年前、千葉県船橋の映画館で「新佐渡情話」という時代劇を見たが、ひどく泣いた。翌る朝、目がさめて、その映画を思い出したら、嗚咽が出た。黒川弥太郎、酒井米子、花井蘭子などの芝居であった。翌る朝、思い出して、また泣いたというのは、流石に、この映画一つだけである。どうせ、批評家に言わせると、大愚作なのだろうが、私は前後不覚に泣いたのである。あれは、よかった。なんという監督の作品だか、一切わからないけれども、あの作品の監督には、今でもお礼を言いたい気持がある。

私は、映画を、ばかにしているのかも知れない。芸術だとは思っていない。おしるこだと思っている。けれども人は、芸術よりも、おしるこに感謝したい時がある。そんな時は、ずいぶん多い。

やはり五年前、船橋に住んでいた頃の事であるが、くるしまぎれに市川まで、何のあてもなく出かけていって、それから懐中の本を売り、そのお金で映画を見た。「兄いもうと」というのを、やっていた。この時も、ひどく泣いた。おもんの泣きながらの抗議が、たまらなく悲しかった。私は大きな声を挙げて泣いた。たまらなくなって便所へ逃げて行った。あれも、よかった。

私は外国映画は、余り好まない。会話が、少しもわからず、さりとて、あの画面の隅にちょいちょい出没する文章を一々読みとる事も至難である。私には、文章をゆっくり調べて読む癖があるので、とても読み切れない。実に、疲れるのである。それに私は、近眼のくせに眼鏡をかけていないので、よほど前の席に坐らないと、何も読めない。

私が映画館へ行く時は、よっぽど疲れている時である。心の弱っている時である。敗れてしまった時である。真っ暗いところに、こっそり坐って、誰にも顔を見られない。少し、ホッとするのである。そんな時だから、どんな映画でも、骨身にしみる。

日本の映画は、そんな敗者の心を目標にして作られているのではないかとさえ思われる。野望を捨てよ。小さい、つつましい家庭にこそ仕合せがありますよ。お金持ちには、お金持ちの暗い不幸があるのです。あきらめなさい。と教えている。世の敗者たるもの、この優しい慰めに接して、泣かじと欲するも得ざる也。いい事だか、悪い事だか、私にもわからない。

観衆たるの資格。第一に無邪気でなければいけない。荒唐無稽を信じなければいけない。大河内伝次郎は、必ず試合に勝たなければいけない。或る教養深い婦人は、「大谷日出夫という役者は、たのもしくていいわ。あの人が出て来ると、なんだか安心ですの。決して負けることがないのです。芸術映画は、退屈です。」と言って笑った。美しい意見である。利巧ぶったら、損をする。

映画と、小説とは、まるでちがうものだ。国技館の角力を見物して、まじめくさり、「何事も、芸の極致は同じであります。」などという感慨をもらす馬鹿な作家。

何事も、生活感情は同じであります、というならば、少しは穏当である。

ことさらに、映画と小説を所謂「極致」に於いて同視せずともよい。また、ことさらに独自性をわめき散らし、排除し合うのも、どうかしている。医者と坊主だって、路で逢えば互いに敬礼するではないか。

これからの映画は、必ずしも「敗者の糧」を目標にして作るような事は無いかも知れぬ。けれども観衆の大半は、ひょっとしたら、やっぱり侘びしい人たちばかりなのではあるまいか。日劇を、ぐるりと取り巻いている入場者の長蛇の列を見ると、私は、ひどく重い気持になるのである。「映画でも見ようか。」この言葉には、やはり無気力な、敗者の溜息がひそんでいるように、私には思われてならない。

弱者への慰めのテエマが、まだ当分は、映画の底に、くすぶるのではあるまいか。


青空文庫より

底本:太宰治「もの思う葦」新潮文庫、新潮社
   1980(昭和55)年9月25日発行
   1998(平成10)年10月15日39刷


# by sentence2307 | 2020-08-18 23:44 | 映画 | Comments(0)

新藤兼人の死生観

あっという間に新型コロナウイルスが世界に拡散蔓延し、いまや世界は感染の恐怖にさらされています、東京もますます感染者数に拍車がかかり、その間、少しでも経済活動を継続したい政府対応は明らかに滞り、遅ればせながら先日やっと東京を含めた七都市に対して緊急事態宣言を発出したものの、その内容たるや「極力外出しないように」という程度のユルユルの規制で(人は遊興を求めて規制の無い隣接県へ流れているのが現実で、こんな前提を欠いたダダモレのクラスター調査など無力化するのは明らかです)「そんなことで大丈夫か」と危惧している次第です。

しかし、そんななかでも一際目立ったのは、この状況に対応した愛知県知事の一連の醜態ぶりでした、直前に、独特の偏屈さと愚鈍さを示しながら国の指摘に対して、失礼だとかなんとかのポーズだけのみえみえの憤りをとりつくろい、まるで言いがかりでもつけるかような難癖をつけ(それもみえすいた「演技」なのは、誰が見ても明らかな偽善ぶりでした)、その負け惜しみと開き直りの引っ込みがつかなくなったために大都市・名古屋だけが唯一指定から除外されて(それもこれもすべては本人が掘った墓穴です)、その自らの失態にブザマに大慌して遅ればせながら、たぶん県や議会から突き上げでも食らったのでしょう、恥ずかしげも無くまたまた記者会見で開き直って嘯いていました。あれって、どういう恥知らずな神経をしているのか理解に苦しむとともに、思わず失笑してしまいました。

大都市の首長として、公人として、まずは求められて当然の、しかるべき「公正さ」が深刻なレベルで欠落していて、どう見てもまともな人間とは思えません。

こんな小物の、どこの国を向いて行政を行なっているのか理解に苦しむような愚劣な首長に命運を握られている愛知県民こそいい災難です。いまさら特措法緊急事態宣言の対象地域に加えてくれとか独自の対策を施行するなどとその場しのぎの適当なホラをふいて県民を欺き自ら招いた苦境を姑息にやり過ごそうとしていますが、去年のあの愚劣な展示会対応を記憶に刷り込まれている一般常識人からすると、その売国奴のような無恥蒙昧さには心底あきれ返ります、そんな茶番のあいだにも死者がどんどん出ている逼迫した状況にあるのに自分の感情だけで時間を空費し公金を費消し、多くの県民の生命を失っていること自体、犯罪行為に等しい悪行と言わざるを得ません。

この大村に比べたら、低能を恥じてひたすらに沈黙を守り、側近の県幹部が書いたと思しき原稿を大仰な演技で棒読みしている無策で哀れなタレントくずれの金勘定に長けた我欲のカタマリの森田知事の「無能さ」のほうが、まだしも可愛げがあり好感がもてるというものです。

しかし、いずれにしても中国や欧米に比べると徹底を欠いたずいぶん緩い規制なので(その理由というのが、日本の現状が欧米ほどひどくないというだけの頼りないものです、ついこのあいだ、その油断こそが初動段階で出遅れて痛い目にあったという教訓があるのに、です)、こんなことで本当に大丈夫か、この感染が抑えられて落ち着く方向に向かうことができるのかという不安は限りなく拭いがたいものがあります。

そんなこんなで不安でたまらない日常を家に閉じこもって過ごしているのですが、こうしてただじっと息を潜めている状態にも、やっぱり限界というものも当然あります。

いずれにしても都市機能と医療体制を維持するという意味では、この辺の「緩さ」加減がぎりぎりのところですよね、まさか中国や韓国のように人民大会や選挙を意識して政治的圧力をかけ死者数を捏造・改ざんしてまで誤魔化して嘘八百で通すわけにもいきません(最近はそろそろ改ざんを持続していることに怖くなったのか、隠し通す限界を感じ始めたのか陰性が再び陽性に転じたなどという禁じ手をだして辻褄を合わせようとしています)、それにまた規制を守らない「不要外出者=不届き者」を片っ端から警防で叩きのめすとか(インド)、罹患した家の扉を外から釘付けして見殺しにして夜陰に乗じてひそかに罹患者を焼き殺すとか(北朝鮮)なんてわけにもいきませんので、この「強制力なきお願い」程度が、自由社会・日本においては、行政が為し得るせいぜいギリギリなところなのかなと納得するしかありません。

印象として、こんなぎりぎりまで他国(中国・習近平の来日問題や春節一陣の観光客の入国を許したあたり)や自国内抵抗勢力にまで気を使い遠慮して緊急事態宣言(あるいは、インバウンド効果のご利益を惜しむ拝金主義圧力を抑えていち早く国を閉ざす措置)を先送りにすることはなかったのではないか、という「遅きに失した」印象はやっぱりあったと思います。

日本に限らず、祖先の遺産(観光名所)にすがり、観光でやってくる中国人の落としていく金をひたすら期待し頼りにしていた観光立国を標榜していた欧州の国々(イタリア、スペイン、フランス)が、その「金」とともにもたらされた「菌」をも無抵抗に受け入れざるおえず、感染の多大なダメージを無抵抗に受けてしまったという凄惨な皮肉を目の当たりにしている感じです。

日本にあっても対策の初動が遅れた一因としての「国内の抵抗勢力」というところがありました、考えてみれば、なにしろ彼らは、あの震災前に「仕分け」とかのポーズばかりの中味の無い見せかけだけの「愚民政策」で翻弄し、結句、国民の命を危機にさらしたうえに、多大な犠牲者をだして無辜の国民に害をもたらした刑事罰に相当する悪行・前科のあるあのテアイでしかありません、いわば単なる脆弱な「テイ脳勢力」にすぎないのですから、なにもそこまで配慮することもなかったのです。

しかもまた、そもそも生命を託さなければならない「医療体制」というのも、報ぜられた慶応病院のセンセイ方の酒池肉林の爛れたソドムとか、その乱交の隠蔽工作に走った愚劣きわまる報道を読んだりすると、自分たちがこんなヤツラに命を託さなければならないのかと思うと虫唾が走り、恥を知れとの怒りを通り越して、なんだかやりきれない脱力感におそわれ、苦笑・嘲笑・冷笑・憐笑・哄笑など、いずれにしてもやけっぱちの気分で「どうともなれ」という捨て鉢な「篭城」の日々を送っているという現状です。

こんなふうに終日、家にこもって不気味に広がる感染報道やいかがわしい慶応病院スキャンダルをテレビやパソコンで見せ付けられ、翻弄されているこの状況は、どうにも不健康で気が滅入ってしまいました。

こんなことではいけないと、ここはひとつ気を取り直して、外の空気を吸うために散歩がてら、久しぶりに近所の図書館にでも出かけてみようかと思い、家を出ました、しかし、いざ図書館に行ってみると、5月6日まで休館という告知が張り出されていました。

そうか、そうだよな、わが町の図書館がいかに小ぶりといえども、それでも人が蝟集する公共施設には変わりありません、感染恐怖のご時世を考えてみれば当然の話です、小さくて、それに来館者ときたら老人ばかりときていますので、ここだって例の「三密」のサイたる場所といえるわけで、もしひとりでも感染者がいたら、なにしろ老人集団です、バタバタっと全員一発で逝ってしまうのは火を見るよりも明らかです、これは迂闊でした。

しかし、とはいえ、このまま家に戻るのもなんだか業腹です、第一もったいない、せっかくこうして外に出てきたのですから、もう少し足を伸ばして、そうそう、この先にある古書店をのぞきにいくことにしました。

一応その店はbook and caféと銘うっていて、軽食やコーヒーも飲める店内は、壁一面に書棚がすえつけられていて、かなり硬派な書籍もずらっと揃っているので、実はかねてからじっくり腰をすえて見てみたいという気持ちでいたのですが、店内に飲食をしているお客さんがいたりするとやっぱり気恥ずかしくて(これで結構、来店者というのが途切れないのです)本を物色するためだけに店内に入るというのには気後れを感じてしまい、結局、自分などはもっぱら店頭の廉価ワゴンをうろつき、50円から300円までの均一本をおずおずと物色するだけで帰ってくるというのが、もっぱらの習慣です。

しかし、廉価本といえども侮るなかれです、自分はここで結構な掘り出し物をみつけました。

たとえば、「吉本隆明全著作集」(勁草書房)の第1巻「定本詩集」、第4巻「文学論Ⅰ」、第13巻「政治思想評論集」などをこの廉価ワゴンからゲットしました。この分なら、そのうちこの廉価で全巻そろってしまうのではないかと密かに期待し、そのセコイ想いが日常的なチェックの情熱を下支えしているのかもしれません。

それだけでなく、そのほかにも今ではなかなか手に入りにくい名著をこのワゴンで10冊ほど手に入れました。

さて、古書店の前から中をうかがうと、そのときもお客さんが数人いて、店長となにやら談笑している姿が見えましたので、やはり中に入ることは諦めて、今回もまた例によって散歩がてら何気なく立ち寄り廉価ワゴンの本をのぞくという特性を欠いた通行人を装うことになりました。

そうそう、週に幾度か通りすがりに見ているうちに気がついたことですが、このワゴンは本を詰め込んだままの状態で店内かと店外を朝夕ただ移動しているだけで、ワゴンのラインナップというのは、それ自体よほどのことがない限り変わらないみたいなのです、つまり、一冊売れれば、その減った一冊分のささやかな空間に新たな一冊を補充する、そもそも基本、変更というものは滅多にないワゴン・ラインナップのその法則性と恒常性に気づいたとき、そういうことなら、ただその補充本の「位置」をチェックればいいのだと天啓のように「物色の要領」を習得し、簡潔にして要を得た目配りのポイントというものを獲得しました。まあ、あえていえば「100円ポイント」といったところでしょうか。

そのポイントに位置した本(その日の新顔、でした)が目を引きました。

書名は「生きるための死に方」とあり、もちろんこの意味深な書名にまず目を留めたことは確かですが(見えない恐怖としての「死」をいまほど身近に感じたことは、いままでなかったなと切実に思います)、しかし、それよりもさらに目を引いたのは編者として左上隅に記された「新潮45 編」の四文字でした。

月刊誌「新潮45」の廃刊にいたるスキャンダルは、つい最近の記憶としていまだ鮮明に残っています。それはまさに「問題」とか「事件」と呼ぶにふさわしく社会問題化されて、いまでも「継続」している問題です、しかも、非難を浴びたこの廃刊によって、むしろ逆教師的にLGBTが社会的に認知される切っ掛けをつくったのではないかという印象さえあるくらいです。

しかし、なおいまでも事態は流動的に変転していて、だからなおさら生々しくて完結感はなく、廃刊にいたる経緯を追い掛けるなど、あまりに「近すぎて」まったく意欲がわきません、ただひとつ、かつて編集者の経験のあった自分の印象からいえば、月刊誌「新潮45」の凋落は、発行部数減少の焦りから決して開けてはならないパンドラの函を開けてしまった感があります。

発行部数増を至上のものと捉え(まさかそれを世間の支持の証しなどとすり替えて考えたとは思いませんが)、ひたすら部数を伸ばすことが善、それこそが月刊誌に課された善なる社会実現と位置づけて、部数の伸びるネタ「スキャンダル」や「挑発」をひたすら追い求めた結果、結局は「雑誌」自体を貶め、だから編集者としての自分もどんどん貶めていくことにつながって、世間の歓心を買う悪スパイラルから抜けられなくなって、ついに追い詰められ、火達磨になって破滅しなければならなかったのではないかと。

さて、古書店で手にしたこの「生きるための死に方」の帯には、こんなコピーが記されていました。

《「その日」のために私たちは、どう生きればいいのか、各界の識者が語る死生観。いま、私たちに必要な準備とは?  各界の識者42人が綴る様々な死生観。月刊誌「新潮45」好評掲載のアンソロジー》

なるほど、なるほど、42人の有識者が、来るべき自身の死をどう考えるか、月刊誌「新潮45」に連載したものを書籍化したものらしいのです。

掲載された期間は
昭和63年3、4、6、7、9、10月号「特集・死ぬための生き方」
昭和63年8月号「特集・自分にとって死はないという切札」
平成元年1月号「特集・自分の死を悲劇にしないために」

これらをとりまとめて書籍化した発行年月日が、平成元年6月20日ということですから、最初から書籍化を考慮したうえでの連載だったことがわかりますが、「特集」で謳われたコピーが微妙にぶれているのが気になります。「死ぬための生き方」(死から目を逸らさないで生を充実させようという意識)に対して「自分にとって死はないという切札」(死などに捉われず生ある今の一瞬を大切に生きろ)は、ニュアンス的にはかなり隔たりがあると思うし、「自分の死を悲劇にしないために」に至っては消極的な相当な後退感を禁じえません。ちなみに本文の頁数は254頁、ハードカバーの上品な装丁で定価1150円(本体1117円)と記されています。その丁寧なつくりからすると、かなりお得感のある本だとおもいました。やはり、最初から部数を見越せる名の通った大手の出版社は、やることが違います。

だから、ことさら、こういう本が100円で買えてしまえるのかと思うと(仮に「買う」としての話ですが)、なんだか申し訳のない気が強くなります。

しかし、いずれにしても、この「自分の死をどう考えるか」の特集、ありそうでなかなかない、あるいは、できない斬新な企画かもしれません。だって、あえて「死」について書いてもいいと思う人って、ごく限られているのではないかと自分ではつい思ってしまうからですが(縁起でもないと依頼を忌避する人も多分かなりいるのではと)、それを42人もの有識者を集めたというのですから、それだけでもすごい数字だなと、まずは感心しながら、表紙に羅列された執筆者をながめていたら、そこに新藤兼人と高峰秀子の名前をみつけました、反射的に思わず手にとってしまったというわけです。

映画人の名前を見ると思わず反応してしまうのが習い性になっています。読みたい記事の対象者がただの二人にすぎないなら立ち読みで十分と思い、当初はこの本を買う気などまったくありませんでした。

まずは高峰秀子の随想から読んでみることにしました。

タイトルは「死んでたまるか」、いいですねえ、他人や社会に流されないリアリストとしての、いかにも高峰秀子らしいタイトルじゃないですか、ここに掲載されている他の「42人の有識者」(高峰秀子を除くと「その他」は41人ということになります)の随想を読むと分かるのですが、多くの識者は依頼されたお題の「死」に関するエピソードを自分の人生の越し方行く末に探し求め、あるいは、必死になってあれこれと、事象としての「死」を理解しようと解釈するばかりで、結局は「死の恐怖」の前にたじろぎ、立ちすくみ、思考停止の自動停止装置に翻弄された挙句に一歩も前に進めなくなるというテイタラクな随想ばかりなのを思えば、高峰秀子はそのタイトルが示すとおりすこぶる小気味いい「一蹴する」姿勢に貫かれていて、信じられるものは、いままで自分が生きてきたこと、そのなかで自分が信用できると確信したもの、それだけしか信じないぞという孤高にして清冽な姿勢が、日本映画史に輝かしい足跡を刻印したこの稀有な女優の、その賞賛が作り上げる虚像にさえ溺れることも毒されることもなかった強烈な「人間性」を示していると感じました。

この随想「死んでたまるか」を読むと分かるのですが、ここに書かれているものは、あくまでも「現在の生活」(来るべき老後に備え、いまより少し小さな家に移転しようという顛末を書いたささやかなリアリズム随想です)であって、そのほかの自ら積み上げてきた過去の「燦然たる虚業」だとか、ありもしない「来世」(死後)のことなどには些かも一切触れることなく、終始「潔い一蹴」の姿勢に貫かれているのが一種爽快でさえありました。

そして、その「らしさを貫く」という観点からいうと、新藤兼人の随想「遺言状を書く必要が無かった人」の方こそ、さらにその「一蹴性」は徹底しているという印象を持ちました。

わずか6頁しかないこの随筆で触れられている人物といえば、田中絹代、溝口健二、小津安二郎、そして宇野重吉の4人のそれぞれの死に様(病名とその最期の様子)が描かれています。

宇野重吉の項は便宜上割愛するとして、その他を要約してみると、以下のとおりです。

【田中絹代】
昭和52年3月21日、脳腫瘍のため順天堂病院で死去、67歳。この一世を風靡した大女優に遺言状はなかった。脳腫瘍のため最後は盲目となり、それでも側近には「目が見えなくとも、やれる役があるだろうか」ともらしていた。死後のことは考えなかった。生きている間のことしかあたまになかった。目が見えなくなったことが恐怖だった。17歳でスターの座にのぼり、松竹を背負って立つほどの大スターになったが、ぼつぼつ人気が下がりかけた30歳のとき、溝口健二に出会って演技開眼した。溝口・絹代コンビが残した「西鶴一代女」「山椒大夫」「雨月物語」は人のよく知るところである。
溝口の死後、20年も生きた絹代は、年をとるとともに厳しい道を歩むことになる。スターの条件は若さである。目じりにしわが寄り頬がたるんでくると大衆は目をそむける。老け役しか廻ってこない。それでも昔日の栄光を背負って生きなければならない。
絹代が死の床に横たわったときは無一物であった。いったんスターの座にのぼったものはスターの座を失ってからも、スターのプライドは捨てきれない。華やかだった幻影を捨てることができないのだ。いつかまた、王座を取り戻せそうな気がする。日常の穏やかな雰囲気に静にひたる心境になれない。スターとは非人間的な存在なのである。
仕事がしたい、もう一度ライトを真っ向から浴びたい。自分というものが無くなったらおしまいなのだ、あとのことなど考えられない。だから絹代は遺言など書く必要が無かった。
そして、新藤兼人は、「溝口健二は絹代に執着することによって生涯最高の仕事をした。」と記し、話を溝口健二につなげます。
(このクダリを読んでいて、ふっと湧いた妄想ですが、この一文を「黒澤明は三船敏郎に執着することによって生涯最高の仕事をした。」と言い換えたら、ずいぶん面白い論点で小文を書けるかもしれないという妄想に囚われました。もし三船敏郎に執着して「強靭な男」を主人公に据え続けていたら、あの晩年の黒澤作品の不安定なあてどない低迷というのは、もしかしたらなかったかもしれないなという妄想がわきました。強き者もやがて老いさらばえるという屈辱と失意と絶望のテーマが延々と続くかもしれないマンネリはまぬがれないとしても、それなりのテーマの一連性は担保され作家性は発揮できたのではないかと。)

【溝口健二】
昭和31年8月24日、単核細胞白血病のため京都府立病院で死去、58歳。このクダリも「溝口健二にも遺言状はなかった。」という一文で始まっています。死の直前、「もう新涼だ。早く撮影所の諸君と仕事がしたい」と乱れ字の辞世らしきものを残したが、リアリスト溝口にはふさわしからぬ言葉だった。そんな穏やかな心境ではなかったに違いない。死の無念さを抱えて逝った。
溝口が倒れたのは、「大坂物語」という中村鴈治郎主演のシナリオを作って撮影に入る準備中だった。病床に呻吟しながらもこの撮り方ばかりを考えていた。溝口健二も田中絹代のように仕事だけに生きたのである。家庭よりも仕事であった。家庭の不幸など意に介さなかった。むしろ家庭の不幸が溝口健二をふるいたたせた観さえある。昭和16年に作った「元禄忠臣蔵」の最中に夫人が発狂してから、溝口健二の家庭は二度と元には戻らなかった。
仕事で結ばれた溝口健二と田中絹代は、男女の愛でも結ばれたが、結婚という形には至らなかった。だから死の間際には互いの魂は相寄ったとも思えるのだが、それはメロドラマに冒された勘繰りで、二人の胸に去来したものは死への無念さだけだっただろう。
そして小津監督に話は続くのですが、溝口健二と田中絹代のクダリと比べたら、ほんのわずか、だった12行の分量しかありません。最後に書かれる宇野重吉が優に2頁を占めていることを考えれば、ちょっとした違和感もないではありません。

【小津安二郎】
昭和38年12月12日、頚に癌症状の瘰癧ができ全身に転移した、医科歯科大学付属病院で死去、60歳。生涯独身。
この人も仕事ひとすじだった。頑固に自分自身に固執した。溝口健二は陋巷に埋もれた女の生態をとらえたが、小津安二郎は平凡な庶民の正義を描いた。庶民は体だけで生きて死ぬのである。カネを残しもしないし、教訓を垂れたりもしない。あるときぽつんと死ぬだけなのである。もったいぶって遺言状を書いたりはしない。
小津作品の正義は何かというと、ゆずりあいである。人を押しのけて前へ出ないという生き方、これが小津作品のすべてであった。
すぐれた映画監督に富に恵まれた人は少ない。良心的な監督は年に一本か二年に一本かである。その収入はたかが知れている。バイプレイヤーの収入にも達しない。だから残すべき財産もない。この点からいっても遺言状など書く必要はないのだ。

最後に「溝口健二も小津安二郎もそれぞれいい死に方であったと思う。」と書いて、この映画人たちの項は閉じられているのですが、それぞれが病魔に囚われ、まだまだ成し遂げられなかった「仕事」への思いを悔恨とともにこの世に残しながら無念のうちに死んでいった彼らの最期を、それでも「それぞれいい死に方であったと思う」と賞賛する新藤兼人の「らしさを貫く」を高く評価する視点から推し量ると、たぶん新藤兼人その人も、「遺言状を書く必要が無かった人」だったのだろうなと思ったのですが、この本について、ここまで書けたのは、「立ち読み」によってではなく、結局、この本を購入して家で読み直したからなのですが、なぜ購入することにしたのかという理由を、最後にちょっと書いておきますね、忘れないうちに、

この本を読んでいるうちに、こんな思いに捉われました、30年前に出版されたこの本の執筆者たち42人のうち、いったいどれだけの人が、いまも生存しているだろうか、拾い読みした高峰秀子や新藤兼人監督は、すでに故人となっているように、きっと30年という時間を経て多くの人たちはすでに亡くなっているに違いなく、うまく言えないのですが、それを個々に確認することが、なんだかその人たちを「供養」することにつながるのではないかという気持ちになりました。

自分の死生観を恐怖や焦燥や楽観や無視など、それぞれの思いを込めて熱く語ったこの執筆者たち、かつてこの本に熱い言葉を書き残した彼らもこの30年という時のどこかで既にこの世から消え去り、いま自分が読み取っている言葉や熱は、沈黙のなかに閉ざされている死者たちの「気配」でしかなく、目で活字を追うことが、なんだか死者たちの言葉に耳を傾けているような不思議な錯覚に囚われたのかもしれません。

きっと、彼らの「死の時」を確認しないままで済ませたら、あとで後悔するのではないかという思いに駆られ、結局この「生きるための死に方」という本を購入して帰りました。

とりあえず、調査にそなえて執筆者の名前だけでも書き残しておきます。もちろん、このなかには、生存されている方もおられるはずです。

芹沢光治良、高橋正雄、城夏子、石垣綾子、佐藤朔、山室静、長谷川周重、中村伸郎、飯澤匡、岡本太郎、戸川幸子、新藤兼人、榛葉英治、舟越保武、澤野久雄、青山光二、金田一春彦、大来佐武郎、梁瀬次郎、柴田南雄、秋山ちえ子、福田定良、伊藤桂一、古山高麗雄、阿川弘之、高峰秀子、高田好胤、菊村到、樋口廣太郎、三浦朱門、神崎倫一、諸井虔、河合隼雄、上坂冬子、笹沢左保、諸井薫、後藤明生、佐江衆一、下重暁子、ひろさちや、清水邦夫、浦野純子、


まあとにくか、この新型コロナウイルス感染が、一刻の早く終息することを祈ってやみません、月並みですが切実です。



# by sentence2307 | 2020-04-14 15:56 | 新藤兼人 | Comments(0)
自分はずっと、曲がりなりにも雑誌と書籍の編集者をしてきたので、この映画が描く「ノーベル文学賞を受賞した作家ジョゼフ・キャッスルマンの作品は、本当は妻ジョーンが代筆していたものだった」というストーリーには、経験的にちょっと受け入れがたいものがあって、すごい違和感を覚えました。

この破綻の物語の最後で、自分は妻ジョーンに「あなたはこれで本当に満足か」と問い掛けてみたいくらいでした。

かつて自分も仕事上、不意のアクシデントにそなえて使い勝手のいい「都合のいいライター」のネットワークというものを持っていました。

執筆者がなにかの事故や事情でどうしても原稿を書けなくなったときなど、その空気をたくみに読んで迅速かつ器用に穴埋めをしてくれる力強いフリーのライターたちです。

そのままページの穴埋めができなければ「始末書」か「退職願い」間違いなしの絶体絶命の状況を、彼らに何度も助けてもらいました。

傍目から見ても明らかに才能にあふれ、オフのときは寸暇を惜しんで勉強していたことも知っています、そんなふうに地道に「自分の原稿」をひそかに書き続け、発表と評価を得る機会を模索しながら、しかし、適当なチャンスにめぐまれないまま、金にあかした政治家や企業経営者の嘘八百の如何にもいかがわしい半生記を請け負ったり、舌も脳も十分に廻らない痴呆タレントの支離滅裂なうわ言を口述筆記して、ちゃんとしたコメントにでっちあげるなど、生活のためとはいえ赤の他人の原稿を代わって執筆するという不毛な仕事に耐えることができるのも、片方で、自分の原稿をひそかに書き続け「自分だけの世界」に誇りを持って、そうやってバランスをとっていたからだと思います。

しかし、この映画「天才作家の妻 40年目の真実」における妻ジョーンは、そうではありません。

夫の小説を代筆したそもそもの発端というのは、「私のことを捨てないで」の代償行為にすぎないし、その小説のテーマ(内容)というのも、「夫に浮気されて苦しむ妻」を描いたそのまんまの私小説らしいので、そりゃあ、ゴシップのネタを求めて付きまとう芸能記者ふうのクリスチャン・スレイターならずとも、その作品が夫のオリジナルなんかではなくて、妻の代筆を疑うのも容易に想像でき、邪推(というか「図星」だったのですが)を受けるのも無理からぬところだったと思います。

そしてラスト、アメリカへと帰国する飛行機のなかで、妻は記者クリスチャン・スレイターにきっぱりと宣言しています。

「あなたの憶測は事実ではないわ。これ以上、夫の名誉を傷つけることがあれば、訴訟を起こしますからね」と。

そして、さらに、隣に座っている息子に向かって「家に帰ったら、姉さんも呼んで、本当のことを話してあげる」とも言っているのですから、自分の代筆は世間に公表しないまま、家族にだけは「真実」を告白しようしているらしいことが分かります。

しかし、ここで守られようとしている「夫の名誉」とはなんなのか、まったく首を傾げざるを得ません。

このラストのメッセージを素直に受け取れば、偽ものと真実の見分けがつかないまま、イカサマ野郎に晴れがましい賞を与えて澄まし込んでいる間抜けな「財団」と「世間さま」を家族でひそかに嘲笑しようと企んでいるわけで、その「悪意」たるや、相当なものと受け取らないわけにはいきません。

それはまるで、愛情を人質にされた夫からさんざんに利用され、そのうえ浮気もされて、それをネタにした小説の苦痛の代筆にさえあまんじた妻の屈辱と積年の恨みを、「真実」を告白して家族を味方につけ、復讐するみたいにウサを晴らそうと、家族中で夫=父の裏切りの生涯とブザマな「虚名」を暴き、唾を吐きかけ、徹底的に貶め嘲笑し、加えてイカサマ野郎を崇め立てた無知無能な「財団」と「世間さま」ともどもその愚劣と無定見ぶりを嘲笑しようというしたたかな「悪意」をさえ感じてしまわないわけにはいきません。

まるで妻の鬱憤晴らしみたいにこの世界や「ノーベル賞」をどのように嘲けようと、しかし、彼女が苦痛のなかで書き続けた自身の作品をどのように考えたのかが、このストーリーからでは終始不明でした、そんなふうに夫の虚名とともに、自身のそれら作品も葬ってしまっていいのか、もし自身の作品をそんなふうに諦められるその程度の価値しか持っていなかったとしたら、彼女の誇りは、いったいどこにあるのだと考えてしまいました。

自分の才能や作品を守るためなら、あえて離婚も辞さず、生涯独身を貫き通して孤独に「書き続けること」を覚悟・選択した多くの孤軍奮闘のライターを知っているだけに、血を吐くようにして書いた自身の作品をあのようにあっさりと放棄できてしまう妻ジョーンのこの素っ気無さはリアリティを欠き、かえって不気味で不潔なものとしか映りませんでした。

夫の愛を繋ぎ止めるために自分の名も作品も棄てて夫に献身を捧げる文学少女の話など残念ながら自分はいままで聞いたことがありません。逆のケースなら大いにありますが。

このような掘り下げの欠いた「妻ジョーン」像への嫌悪を募らせていくにつれて、ここで一方的に「悪者」にされている無能な夫ジョゼフへの同情が湧いてきました。

そもそも家族から嘲笑されなければならなかったほどの彼のその「無能」とは、いったいどういった種類のものだったのか、妻ジョーンの不可解な「潔さ」よりも一層興味をそそられました。

若き日の夫ジョゼフの原稿を読んで妻ジョーンは顔を曇らせ「描写がなってないわ」と批評したうえで「ストーリーは面白いんだけどね」と言います。

もちろん「描写がなってない」は、小説としての全否定ですし、それができてない以上、彼は作家としても根底から「無能だ」と面罵されたと同じなので、それが真実を突いているだけに侮辱されたと夫ジョゼフが激怒するのも無理はありません。激昂するしか、無能な彼にはなにひとつできなかったとも言えるくらいです。そして、この出来事からこの倒錯の物語のすべてが始まるわけですが、実は、後半になるにつれて徐々に失望を余儀なくされることになるこの映画で、唯一興味を引かれたというのが、この「出来事」の部分でした。

自分のつたない想像にすぎませんが、たぶん編集の仕事に従事する者の多くが、この「ストーリーは面白いのにね」という妄想家のタイプで、内心では誰もが「これでオレに描写力さえあれば、小説家にだってなれるのに」と考えながら、編集の仕事にあまんじているような気がします。なので、この夫ジョゼフには最初から並々ならぬ思い入れがあったのかもしれません。「オレも同じだ」みたいな。

芸術的価値は十分に理解できるのに、その表現者には決してなることのできない単なる理解者、それをシンパサイザーという意味で、芸術の周りをうろつく「周辺者」とでもいえるかもしれません。

そんな感じの「周辺者」ということを意識していたときに、たまたま角田光代の小説を読んでいて、気持ちにぴったりと寄り添うようなクダリに遭遇しました。

ちょっと紹介してみますね。

《あの男の子は本当にこのアーティストが好きだったんだな、と苑子は思った。本気で、体の全部で好きだったんだな。彼に憧れ、彼の才能を賛美し、彼の持つ力にひれ伏し、そうすればそうするほど、自分の凡庸さが許せなくなる。あのとき25歳だったあの男の子は、自分の凡庸さを壊すのに必死だったんだろう。ただ酒を飲むために、知りもしない花見客に混じること。そこで知り合った女の子とその日のうちに寝ること。野良猫のようにその子の家に居着くこと。ふらりといなくなること。「どうしようもない男だ」と思わせること。そんなようなことに、懸命に、きまじめに、必死に心を砕いていたんだろう。非凡な誰かになるために。まじめで平凡で平和な、大嫌いな自分から少しでも遠く逃げるために。あの男の子は、このアーティストの作品に出会わなければ、もっと自由に生きていただろう。スーツを着ることも着ないことも、凡庸な恋愛をすることもしないことも、平凡な一日を送ることも送らないことも、もっと自由に選べただろう。》(角田光代「くまちゃん」新潮社刊2009.3.30)

「見る」ことはできても、みずからは決して「表現する」ことのできない「周辺者」の苦しい立ち居地を痛切に表現し得た優れた一節だと、ちょっと感動したのだと思います。

文学を愛しながら、しかし、自分はなにひとつ生み出すことのできない凡庸な男・夫ジョゼフは、若い女を誘惑する口説き文句として決まって繰り返す文学作品かららしき引用の一節があります(口説かれた娘は「素敵、それはあなたの作品なの」と問い、「いや、引用だ」と答えています)、ナンパするためにうろ覚えの名作の一節を恥ずかしげもなく繰り返し口にするという、文学周辺者の風上にも置けないこれが、この無能な老人の臆面もない軽薄さと俗悪さを一層際立たせる描写ともなっているのですが、実はこの部分の文章の詳細は、オンデマンド放送を再び見直して、あとで確認すればいいかと簡単にやり過ごしたのちに、この映画がオンデマンドのリストに入ってないことを知って慌てました。

しかし、全体は思い出せないながらも、すこしだけのヒントなら残っています。

なにやら最後の言葉は

「この世の最期がくるまで、雪は音もなくひそやかに、生ける者にも、死せる者にも平等に降り注ぐ」

みたいな感じだったと思います。

これ、どこかで聞いた覚えがあります。

「雪は音もなくひそやかに、生ける者にも、死せる者にも平等に降り注ぐ」

小さな声に出してしばらく繰り返しているうちに、突然思い出しました。

これは、ジョン・ヒューストン監督の名作「ザ・デッド/『ダブリン市民』より」1988のラストで重厚に読み上げられていたあの一節じゃないですか。

そうそう、自分もこの作品の感想をブログに書き込んだ記憶もあります。

さっそく検索して、ありました、ありました、当時、自分も余程感銘を受けたものらしくこの一節をまるごと転写していましたので、以下に貼っておきますね。

あ、それからこれは余談ですが、思いついて岩波文庫版のジェイムス・ジョイス「ダブリンの市民」(結城英雄訳)を引っ張り出して該当箇所と照合してみたら、映画とはまったく異なるのでちょっと意外でした。むしろその方が当然なのかもしれませんが。

念のため、このさらに下に岩波文庫版のものも貼っておきますが、こうして比較すると、映画スーパーの要約が、いかに格調高く要約されていたかがよく分かります。

自分ではなにひとつ生み出すことのできなかった無能な周辺者=夫ジョゼフが、たとえ、わが著作(実は妻が代作)の登場人物の名前を失念して言い間違え、冷笑されたとしても、ジョイスの名文は、まるで呪いのように脳裏に刻印されていて、それを女を口説くための決め言葉としてしか活用できなかった哀しい凡庸さと愚劣さのなかで生き延びる絶望と孤独に自分はむしろ限りない親しみを覚えたのだと思います。

《夫婦とは、いったい何なのだろう。
私は妻の人生のなかで、なにを演じてきたのだ。
むかしの君の美しさを知らないけれども、きっと君は美しかったに違いない。
しかし、時を経たいま、もはや君はマイケルが思い焦がれた美しい少女ではない。
過ぎ去った時を取り戻すことはできない。
なぜこんなにも心が乱れるのだ。
なにが原因なのか。
馬車で君は私の手のキスに応えなかったからか。
パーティーでの下手な私のスピーチに腹を立てたのか。
それともワイン、ダンス、音楽か。
おお哀れなジュリア。
「婚礼のために」を歌ったときのあの老いた悲しみの表情。
彼女も祖父や馬のように、やがてこの世の亡霊となるのか。
私は喪服を着てあの客間に座り、日よけが降りたなか、弔辞の言葉を考えるだろう。
しかし、すべては、無意味なたわ言でしかないだろう。
そう、その日は、きっと間近なのだ。
新聞の予報は正しかった。
アイルランドを雪が覆っていく。
雪は暗い中央の平野にも、樹木のない丘にも、アラン島の沼にも降り続ける。
そのむこう、西の彼方にも音もなく雪は降り注ぐ。
暗く渦巻くシャノン川の流れにも雪が降る。
人は皆いずれ亡霊になるであろう。
むなしく年老いて死ぬより、せめて情熱を抱きながらあの世へ旅立ちたい。
絶望し死を望んだほどの彼の思い出と哀しみの囚われから、できることなら君を解放してあげたい。
誰かのことを生涯をとおして強く思い続けることが、本当の愛というものなのだろうか。
この世の始めから今まで、多くの人がこの世で生き死んで行ったように、私もいずれこの世を離れ、やがては彼らのように灰色の世界へと旅立つだろう。
この世にあって私とともに生きた人々が消え去り、やがてはこの世界自体もいつか衰えて消え去っていく。
雪は降り続ける。
マイケルが葬られたあの寂しげな墓地にも、雪は音もなくひそやかに、宇宙から降り注ぐ、この世の最期がくるまで、生ける者にも、死せる者にも平等に。》
ジョン・ヒューストン監督「ザ・デッド/『ダブリン市民』より」



《彼女はぐっすり眠っていた。
ゲイブリエルは片肘を突き、怒りを覚えることもなく、妻のもつれた髪や半ば開いた口を見つめ、そして深く吸い込む寝息に耳を澄ませた。なるほど、妻の人生にもそんな恋があったわけだ。一人の男がこの女のために死んだのか。自分が夫として、この女の人生の中で実につまらぬ役割を果たしてきたと考えても、もはや心が痛むこともなかった。彼は寝ている妻を見つめた。二人がこれまで夫婦として一緒に暮らしたことがなかったかのように。彼の好奇心に満ちた目が妻の顔と髪に長らく注がれていた。そして当時、まだうら若い美しい娘のころ、妻がどんな様子であったかを考えてみると、不思議なやさしい憐れみが心に湧いてきた。この顔がもはや美しくないとは、自分自身にだって言うつもりはない。だが、これはマイケル・フュアリーが死を賭けたときの顔ではもはやあるまい。
おそらく妻は物語の一部始終を話してはいないだろう。彼の目は妻が脱ぎ捨てた衣類が載っている椅子へと向かった。ペチコートの紐が床に垂れ下がっている。深靴の片方が上を向いているが、上の柔らかい部分が曲がっている。もう片方は倒れて横になっている。一時間前の動揺が不思議に思える。何が発端であんなことになったのだろう。叔母の家の夕食から、自分の愚かしいスピーチから、ワインや踊りから、玄関でさようならの挨拶を交わしているときの浮かれ騒ぎから、雪の中を川沿いに歩いた楽しさからだ。かわいそうなジューリア叔母さん! しばらくすれば叔母さんも影になり、パトリック・モーカンや彼の馬の影と一緒になるだろう。「婚礼のために装いて」を歌っているあいだに、一瞬、あの顔にやつれた表情を見せた。しばらくすれば、自分はあの同じ居間に、喪服を着て、膝にシルク・ハットを載せてすわることになるだろう。ブラインドが降ろされ、ケイト叔母さんが横にすわり、泣き声を上げたり鼻をかんだりしながら、ジューリア叔母さんの最期の様子を語っていることだろう。自分は叔母さんを慰める言葉を心の中で探し求め、結局はぎこちなくて役に立たない言葉しか見つけられないだろう。そうとも、そうとも。こうしたことが近いうちに起こるだろう。
部屋の空気が彼の肩を冷やした。彼はシーツの下にそっと身を伸ばし、妻の隣に身を横たえた。一人ずつみんなが影になってゆく。年をとって惨めに老いさらばえ、消え失せてゆくよりも、情熱の絶頂にあるときにあの世へと大胆に入るほうがましではないか。自分の傍らに横たわる女は、何年もの間、もう生きていたくないと語った恋人の目のイメージを、どんなふうに心のうちに閉じ込めていたのだろう。
寛容の涙がゲイブリエルの目にあふれた。自分自身、これまでどんな女にもこのような感情を持ったことがなかった。だが、このような感情が愛に違いないことはわかる。涙は目の中でさらにあふれ、自分が片隅の暗がりの中で若い男の姿が雨の雫の滴る木の下に立っている情景を目にしている、と想像してみる。他の者の姿も近くにある。自分の魂は大勢の死者たちの群がるあの領域に近づいている。その気まぐれに揺らめいている存在を意識したが、それを理解することはできない。自分の正体も灰色の得体の知れない世界に消え失せていこうとしている。これらの死者たちがかつて築きあげ、暮らしていた堅固な世界そのものが、溶けて縮んでいく。
窓ガラスを軽くたたく音が二、三度聞こえ、彼は窓のほうへ目をやった。ふたたび雪が降り出していた。彼は眠そうな眼ざしで銀や黒の雪片が街灯の明かりを背景にして斜めに降るのを眺めた。自分も西への旅に出る時が来た。まさしく、新聞のとおりだ。雪はアイルランドじゅうに降っている。暗い中央平原の各地にも、木の生えていない丘陵にも降り、アレンの沼地にもやさしく降り、さらに西では、暗く騒ぎ立てるシャノン川の波にもやさしく降っている。またマイケル・フュアリーが埋葬されている、丘の上のさびしい教会墓地の至る所にも降っている。歪んだ十字架や墓石の上に、小さな門の槍の先にも、不毛な茨の上にも厚く降り積もっている。彼の魂はゆっくりと知覚を失っていった。雪が宇宙にかすかに降っている音が聞こえる。最後の時の到来のように、生者たちと死者たちすべての上に降っている、かすかな音が聞こえる。》
ジェイムス・ジョイス「ダブリンの市民」(結城英雄訳)岩波文庫版2004.2.17.1刷


(2017スウェーデン、米、英)監督・ビョルン・ルンゲ、原作・メグ・ウォリッツァー、脚本・ジェーン・アンダーソン、撮影・ウルフ・ブラントース、製作・ロザリー・スウェドリン、ミタ・ルイーズ・フォルデイガー、クローディア・ブリュームフーバー、ジョー・バムフォード、ピアース・テンペスト、製作総指揮・ジェーン・アンダーソン、ビョルン・ルンゲ、ゲロ・バウクネット、ニナ・ビスゴード、マーク・クーパー、フローリアン・ダーゲル、トマス・エスキルソン、ヨン・マンケル、ガード・シェパーズ、美術・マーク・リーズ、衣装・トリシャ・ビガー、編集・レーナ・ルンゲ、音楽・ジョスリン・プーク、原題:The Wife
出演・グレン・クローズ(ジョーン・キャッスルマン)、ジョナサン・プライス(ジョゼフ・キャッスルマン)、クリスチャン・スレイター(ナサニエル・ボーン)、マックス・アイアンズ(デビッド・キャッスルマン)、ハリー・ロイド(若い頃のジョゼフ・キャッスルマン)、アニー・スターク(若い頃のジョーン・キャッスルマン)、エリザベス・マクガバン


# by sentence2307 | 2020-03-10 13:08 | 映画 | Comments(0)
年明けのある日、久しぶりにちょっと高めの寿司でも食べにいこうかと近所にある寿司職人のいる回転寿司「寿司勢」にいったところ、新年早々店が閉まっていて、張り紙には、モト会社の小野瀬水産が破産したために破産管財人がどうのこうのというようなことが書かれていたので、びっくりしました。

この「寿司」は、わが町ではちょっとしたハイ・グレードな寿司店として一目おかれている存在です、たしか数年前の新聞に、他店の回転寿司とは違ってハイ・グレードな差別化をはかっている寿司店とかで紹介されていた記憶があります。そのあたりが最盛期だったのかもしれません。

まあ、回転寿司に果たして「ハイ・グレード」なんてものがあるのかどうかはさておいて、例えば通常ひと皿100円・平日なら90円(はま寿司)というところが、わが町の回転寿司店の価格帯の通念だとすると、小野瀬水産の「寿司」の富裕層ねらいは、新鮮さにこだわったネタ選びが贅沢なぶん、価格もそれだけ高めに設定するというところが特徴だったのだと思います。

安価な回転寿司店では、当然、寿司職人の姿など見かけることなく、目の前に皿がのったベルトがただぐるぐると廻っているだけで、そこから自分の好みの皿をチョイスして食うという回転寿司が世に登場した当初は、本格的な寿司屋のツウの客からすれば、人の顔の見えない無味乾燥さを「あんなもの」呼ばわりして冷笑していたものでした。

ほら、チャップリンの「モダンタイムス」で、未来の機械が自動で人間に食事を無理やり押し込むなんて随分と皮肉っぽく「機械」を揶揄した場面が冷笑的に描かれていましたよね、ちょうどあんな感じだったのだと思います。

なにしろ当時庶民にとっては、やはり高価で特別な食べ物だった寿司に「回転ベルト」を考案・導入し、とにかく家族で気軽に寿司を食べられるシステムを考案し大衆化につなげて成功した優れものの改革だったわけですから(この「工夫」と「安価」が外人客の集客につながったと思います)、「握る」ことにこだわって本格的な寿司職人を雇うなどという発想をまず棄てて、当然、「握る」部分も機械で自動化することをコミで考えたに違いありません。

たとえ店の奥まった厨房で大学生のアルバイトが型でカタドリした飯の上に機械的にネタをのせているだけだとしても、人件費をそうやって削り込まない限りその「コストパフォーマンス」は実現できなかったと思います。

しかし、そうした「無味乾燥」を味気なく思い、少しくらい金を払ってでも、やはり目の前で元気のいい寿司職人に寿司を握ってもらいたい、それを直接食べたいと願う裕福でノスタルジックな御仁はいつの時代にもいると思うその部分をねらって、寿司はその「人の手で握る寿司」にこだわって当初の成功につなげた、ひとつの成功例だったとは思いますが、そのクオリティーが定着すれさえすれば、それはそれに越したことはなかったのでしょうが。

我が家でも「100円寿司にいく」というのと、「寿司にいく」というのとでは明らか暗号的に区別されていて、後者の「寿司にいく」は、「贅沢しにいく・散財する」みたいな特別な意味を持っていました。その唐突な破産話が冷え切らないうちに、さらにもうひとつのショッキングなニュースが入ってきました。

なんと、わが町でたった一軒しかなかった駅前の新刊書店が、年明け早々店じまいしてしまったというのです。

えっ~、それじゃあなにかい、この町には、新刊書店というものがついに一軒もなくなっちゃったってこと、「なんだなあ、町に本屋が一軒もないなんて、それで文化都市といえるのかよ、まさに世も末だね、こりぁ」とななんとかぼやきながら重ね重ねの衝撃を話の新ネタにしていました。

しかし、考えてみると「新刊書店の閉店」というのは、なんだかガソリンスタンドがバタバタと潰れている状況と見事に呼応しているような感じを受けます。いずれも「時代の激変に追いつけなくて敗退した」みたいな印象はどうしても否めません。

とはいえ、かのガソリンスタンドの閉鎖の方は、明らかにハイブリットカーが普及してガソリンの需要が急速に落ち込んだことにあるのですから、そもそもの原因は根本的には異なり一緒くたにはできませんが、大雑把には高度なデジタル技術化によってもたらされた技術的淘汰といってもいいのではないかと思います。

具体的にいえば、書店の閉店は、「スマホ」の圧倒的普及によって、版元が端末にコンテンツを細分化・記事を切り売りして売り込むという従来にない「業態」の変化を求められ、デジタル化の需要に合わせて販路のシステムを急遽変えなければ対応できなくなり、その対応に遅れればその出版社は業界から抹消されるという差し迫った危機感があって、当然この販路の変更、あるいは廃止は、旧態の販路の出先機関の「書店」に及んで、はっきりいって無用になった現実的な末端の出店(書店)を本家は切り捨てざるを得ないという状況がいま現在の熾烈な現実なのだと思います。まあ、その傍らには、依然として「どんどん本が読まれなくなった」だから「本も売れない」という状況もあるわけで、版元も書店も本とはなんの関係のないこのデジタルという奇妙な「勢い」に挟撃されているという感じではあるのですが。

でも、こうした「書店の閉店」の話に一向に動じない家人は、こんなふうに言います「でもさあ、あんた、まだ古書店とかがあるからいいやないの」と。

なにいってんだ、このやろう。

たしかに近所にはカフェを兼ねた店が一軒だけあることはあります。

しかし、あえていっておきますが、これを「お洒落な店」と勘違いとか早とちりしたら、それこそ、やがてその浅慮をみずから呪うことになりますよ、きっとね。だって、じっさい見たらホントびっくりしますから、その凄まじさには。そりゃあ「失望」なんて生易しいものじゃ済まされません、「あんたねえ、やる気あるの」と思わず苛立ちで突っかかりたくなりますし、やり場のない怒りに駆られて湧き上がる憤怒で思わず激昂し、そこらにある物を手当たりしだい壁に投げつけたくなるくらいそのカフェなるものは惨憺たる「ヘタレな廃屋」です。

なにしろタダ同然のあばら家を安価で借り受け(そういう話を聞きました)、道路に面した正面部分だけを安ペンキのケバイ色でべったりと塗りつけ、それはもうまさにウソ偽りのない壮絶たる「廃屋カフェ」という感じで、平日など客の入っているところを、ついぞ見たことがないという家人の話しでした。いや、むしろ店構えそのものが来客を拒否しているのではないかと思うくらいのオモムキで、それはまさに孤立無援の鬼気迫る壮観さだということです。

しかし、選挙の時期ともになるとマッテマシタとばかりにカフェを休業にして、いそいそと選挙事務所に貸し出し、むしろそちらの方が古書店などやっているより余程実入りがいいらしく、選挙の時期になると、いつもは貧相で幽鬼さえただよう栄養失調気味で険しい顔つきのマスターの貧弱な姿が急に安らぎ、穏やかなホクホク顔になって徐々に肥えはじめるというのがご近所のもっぱらの評判だとか家人が聞き込んできました。

しかし、わが町にただ一軒だけになったその古書店(正確には古書店カフェですが)にじゃあ自分が出かけるのかというと、そこにはまたなかなか行きづらい事情というものがありまして、そのことを少し書いてみますね。

かつて自分は年に数回、神保町の古書店街をぶらぶら歩くのを数十年来楽しみにしてきました。それは、自分が高校生のころから現在に至るまで、ずっと続けている習慣で、いまでも変わりません。

もちろん、その神保町の古書店街で安い本を物色するという楽しみもあるのですが、しかし、むしろ、どちらかといえば「古書店街のぶらぶら歩き」の方に楽しみの比重があって小一日のんびりと町歩きを楽しんでいます。それに古書探しということだけなら、なにもわざわざ「神保町」にこだわる意味も必要もありませんし。

しかし、そうした町歩きに疲れた時いつも思うことがあって、これでちょっと休める場所があったら、なおいいのに考えることが時折あるのです、いえいえ、いまも学生街の象徴的な町、神保町です、喫茶店とかレストランのたぐいなかコト欠かないと思います、それこそ数え切れないくらいあるでしょうが、自分の言ってるのはそうではなくて、古書店がそのまま喫茶店を兼ねているような小洒落た落ち着ける店というか、買った本を読みながらのんびりお茶を飲んだり軽い食事ができるようなそういう店があったらいいなというのが、かねてからの自分の願いなのです。

もっともこの町もいまではすっかり様変わりしてしまって(すずらん通りの飲み屋では外国人留学生たちがコンパで盛り上がっている姿をしばしば見かけます)、実際はそんな店なら幾らもあるのに知らないのは単に自分だけということなのかもしれませんが。

あるとき、ご近所のお爺さんと雑談していて、そんなことを話していたら、「それって図書館みたいなものだとしたら、駄目だろうな」といわれました。「だってさ、図書館は本を読みながらの飲食は厳禁だからね。飲食しての読書を許してたら本が汚れ放題になって堪らないよ。それでなくともさ、ときどき図書館から借りた本のページにクッキーの食べカスとがコーヒーのシミとかがついているなんてことが結構あるからね、そういう本に出会ったときはホントにうんざりしてアタマにくるよ、そんなときは構わないからチクッてやるんだ」

まあ、お爺さんのいう図書館というのはさておくとしても、古書店で廉価本を物色し、面白そうな本をチョイスして、コーヒーを傍らにおいて日向ぼっこしながら、のんびりとその本を読みふけるっていのは、考えただけでもますます楽しい気分に誘われます。なんとなく他人に話しているうちに、そういうシチュエーションこそ自分が思い描いてきた究極の快楽・嗜好の極致でさえあると確信しました。

しかし、続いてそのお爺さんが言うには、オタクの言うその「究極の快楽・嗜好の極致」とかいうものは、なにも神保町くんだりまで行かなくともついそこの近所にもあるよと教えてくれました。

それが先に書いた小汚い「廃屋カフェ」だったのです、「へえ~、知らなかったなあ、もしかして知らなかったのは自分だけというわけだったのお、という感じです。

そのあとで、お爺さんから教わったその店をひそかに見にいったとき、自分が思い描いていた「究極」や「極致」が、現実に具象化されるとなると、こんなにもみすぼらしい「小汚さ」になるのかといういささかの戸惑いはありましたが、しかし、それでもこれで自分の長年の夢が実現されるかもしれないという微かな希望もあり、ちょっとしたワクワク感というか感慨無量なものはなくはありませんでした。

古書店のあるその道は、思えば、格安スーパー「ビッグA」に続く迂回路で、以前にも幾度か通ったことはあるのですが、途中にこんな古書店カフェがあったなんて、正直いままで気がつきませんでした。

そこには、見過ごすのも当然という「自己主張」に乏しい、見るからにアピールに欠けた店構えというものがあったのだと納得もしました。

自分は「ナニゲ」をよそおい、その古書店カフェ前をゆっくり通り過ぎるふうに、風景の一部を見るように素早く店内をうかがいました。

ガラス戸の反射ではっきりとは見えませんが、右側にテーブルがふたつあって客はなく、左側のカウンターでは、長い髪を後ろで束ねた店長らしき男性がカウンターにもたれて夢中で読書にふけっている感じです。

それにテーブル席の背後の右側の壁一面には天井まで届く書棚にくすんだ色の本がぎっしり詰まっていて背表紙をみせているのが見えます、あそこでのんびりと気ままに本が読めると思うと、なんかいい感じじゃないですか。

それによくは見えませんが、カウンターの背後にも書棚らしきものがあるようです。

その店先には、背の低い書棚とワゴンがふたつずつ設えられていて、多くの古書店と同じようにそこには廉価本が無造作に収まっています、いずれも「100円均一」と書かれています。

その廉価本のなかでも一際目に付いた青い装丁の本(一群です)がありました。

はは~ん、むかし懐かしい「高橋和巳作品集」じゃないですか。

思わず足を止めて見入ってしまいました。

確かにその「一瞬」は、「へえ~、いまどき、いったいどこの誰が高橋和巳の小説など好きこのんで読むんだ?」という思いがひとつにはありますが、さらには、この小説の意外に過度な感傷が甘々な楽観に突き抜けてしまうような(いまでは文学としての未熟さを感じざるを得ません)目を背けたくなるような嫌らしい部分に通じていて、それはちょうどかつての「自分」の無様な一部・物欲しげにもがいていた「時代」にがんじがらめに囚われながら、それに甘えてもいた嫌らしい無様な自分の一部でもあったことを、その古書店の店先で見た「高橋和巳作品集」に「時代」から置き去りにされて、腐りかけた干物のように晒しものになっていることに嫌悪を感じてしまったからかもしれません。

しかも、立ちすくんで、しばし見入っていたその姿をバッチシ店の奥の店長に見られてしまったことになんだか「おびえ」、怖気て思わず身を引いた意外にヤワな自分のリアクションに自身でも驚いてしまい、そのアタフタぶりの一部始終を見られてしまったことが羞恥と衝撃となって自分の中に残りました。

たぶんそのとき同時に《自分が属した「世代」を決めつけられた》のではないかみたいな自己を含めた他者嫌悪として感じてしまったのかもしれません、こんなふうに他人から「世代」を決めつけられたり即断され揶揄されたり冷笑されたりしたことは、いままで幾度も経験してきたことで、その対応の「面倒くささ」を自分はつねに経験的に警戒し、とにかく逃げて、どうにかやり過ごすようにしています。むしろこれをトレードマークみたいにして「処世」につなげられたら、ずいぶんと楽な生き方ができるでしょうし、たぶん、もっと巧みに小ざかしくこの世を渡り、自己表出することもできたかもしれません。柴田翔や高橋和巳みたいにね。

それから以後、あの古書店→ビッグAルートは敬遠して、通るのは避けるようになってしまいました。しかし、その負け惜しみではありませんが、古書店で手にする本というのは「たまたま」なのであって、この「奇遇」という気楽な出会い方に依存すると、なんだか「本を読んで愉しむ」ということからどんどん遠ざかってしまうような、やりきれなさというか、空しさみたいなものに陥ってしまいそうになるということはあり得ますよね、だんだんと。

きっと、そういう暗澹たる気分にさせられるのは、そのいわば「気楽さ」が、ある種の「怠惰」に通じてしまっていて、それは例えばスマホで切り売りされたコンテンツをつまみ食いする「走り読み」でモノゴトを理解したような気になってしまったり本を読んだような気になってしまう、あの感じに似ているからかもしれません。

それはちょうど誰かと会話するネタを仕入れるためだけに「見出し」だけさっと読んで済ませるという都合のいいだけの行為の一部にすぎなくて、いやはや、もうこうなると到底自分が考えている読書などというものではありません。

それは、インターネット上で手軽な「朗読」というコンテンツを活用して、通勤の生き返りに電車で気軽に名作小説を耳で聞いただけで読んだ気になるというあたりも「それってどうなの」という気にさせられています。

それらは到底「読書」とはいえない、なにか別のものにすぎなくて、活字一字一字を目で追っていくことで費やす時間が、そのまま脳に入っていくためには必要な時間なのではないなかと考えたりしますし、また、それに加えて読書の愉しみというのは、ある程度、体系的に読んでいかなければ、得られないのではないかということに気がつきました。

なんと、この年になって、やっとそんなことに気がつくなんて、遅きに失した随分迂闊な話には違いありませんが、しかし、どんな「迂闊さ」にだって、それが気づきの契機になってモチベーションにつながれば、それが「いくつ」であろうと遅いなんてことは決してあるはずはありませんよね。

そこでその「体系的に読む」ということに挑戦してみることにしました。

この「体系的に読む」ということに関してなら、「蔵書量」において、古書店よりもはるかに図書館は優れて相応しいものがあるといえます。

そして、この「体系的に読む」という気づきの対象として、まず最初に思いついたのは、村上春樹の作品を短編も含めてすべての作品を通して読んでみたいという長年の秘めたる願いがありました。

ちなみに、近所の図書館のホームページで「村上春樹」と打ち込んで検索をかけた結果、関連の事項を含めてヒットしたのは438件でした、その一覧はこの記事の末尾に貼り付けますが、容量オーバーでアップできない場合にそなえて、「小説の読了・非読了の題名のみ一覧」を合わせて貼り付けますが、その「438件」の方がどこにも見当たらなかった場合は、重くて送信が叶わなかったのだなと悪しからずご了解ください。

さて、村上春樹の作品ですが、長編は刊行されるたびにちょこちょこ読んできたのですが、長短編をどのくらい読んでいるのか整理してみないと分からないというのが正直なところです。

そうそう、自分は、村上春樹が「風の歌を聴け」で「群像」の新人賞を受賞したときに、「群像」の本誌をリアルタイムで読んでいます。

御茶ノ水駅近くの書店で「群像」を買い、電車を待ちながら読み始めたところ夢中になって止まらなくなり、いざ電車に乗りながら乗り越しするのが怖くなって途中下車して、見知らぬ駅のベンチに座り最後まで読みきったという記憶があります。

そのとき受けた自分の衝撃が間違いなく確かなものだったということは、いまのこの現実がすでに証明していることと思います。

忘れてはならないのは、村上春樹を取り巻く当時の日本の文壇のイカガワシイ雰囲気・空気感というものがあります、その愚劣で陰湿・度し難い内向きな体質も含めて、その辺のところはきわめて鮮明に記憶しています。そのへんはいまでも変わりませんが。

そして、その雰囲気・空気感は、そのまま村上春樹がついに芥川賞を受賞しなかったこと(そんなことは彼の「文学性」とその「世界化」にとってなにほどの支障でもかったということは却って痛快です)や、ノーベル文学賞の受賞を阻んでいる状況とか嫉妬に満ちた「でっちあげられた芳しくない評判」によって故意に阻まれていることにも通じています。ナンデスカ、選考にかかわる薄汚い内通者が日本にいるらしく、候補者の「評判」をかの国にあることないことひそかに伝えているとかいう話じゃないですか。大方、文壇の太鼓もちみたいなヤカラがつまらない悪評をでっちあげて内報しているに違いありません。世界に通用する真の変態・大谷崎を差し置いて世間受けする見栄えのいい日本観光案内所みたいな川端をあえて推薦したくらいですから、その実力など、おして知るべしです。

このあたりの事情について、村上春樹自身も短編小説のなかで少し触れたことがありました。

≪淳平は就職をせず、アルバイトをして食いつなぎながら小説を書いた。当時の淳平は作品を書き上げるとまず小夜子に見せ、率直な感想を聞いた。そして彼女のアドバイスに従って改稿した。彼女が「これでいい」と言うまで何度も、ていねいに我慢強く書き直した。淳平には小説の師もいなければ仲間もいなかった。小夜子のアドバイスだけがかすかな導きの灯だった。
24歳のときに書いた短編小説が文芸誌の新人賞をとり、それが芥川賞の候補になった。その後五年のあいだに合計で四度、芥川賞の候補になった。悪くない成績だ。しかし結局賞をとることはできず、万年有力候補で終わった。「この年齢の新人としては文章の質も高く、情景描写と心理描写には見るべきものあるが、処どころで感傷的に流れる傾向があり、力強い新鮮さ、小説的展望に欠ける」というのが代表的名選評だった。
高槻はその選評を読んで笑った。「こいつらはみんな頭がずれていると思うね。小説的展望っていったい何だ? まともな社会人はそんな言葉使わないぜ。今日のすきやきは牛肉的展望に欠けたとか、そんなこと言うか?」(蜜蜂パイ)≫

それにしても、皮肉なことには、日本文壇の太鼓もちの「謗り」や「阻み」が強ければ強いほど、村上春樹はますます世界で読まれ、名声は高まるばかりというのも痛快じゃないですか。

当時、大江健三郎は、選評か批評で村上作品に対して「こんな翻訳文は、到底日本文学とはいえない」と腐したうえに謗っていました。自分こそ朝鮮戦争と60年安保をネタにしたサルトルの翻訳文のパクリで「遅れてきた」とかなんとかこそこそと売り出してきたっていうのに、それを棚に上げておいて「なんだそれ、よく言うよ」と苦笑してしまいました。えらそうに。お前には自分の考えというものがないのか、と苛立たしい憤りを感じた記憶があります。

現在、若い世代のだれにも相手にされず、とうに忘れられつつある敗残の惨憺たる現状は、時代の「良識」といういかがわしい既成左翼にすり寄ってこびへつらいおもねってその隠れ蓑の影でぬくぬくと安住してきた分だけ、「この時代」に取り残され報復されているという感じを受けています。

まあ、そんなことはさておいて話しを「村上春樹」に戻しますね。

今回、順不同ですが、長短編を新たに読み進め、読み直した結果、ずいぶん映画ネタが、そこここに散りばめられているなという印象を受けました。

そのなかで直接的な引用はともかくとして、自分の目を引いたのは、「かすかなケハイ」という感じを受けた作品です。

以前、自分は、「海辺のカフカ」の中の一文が、映画「スペシャリスト・自覚なき殺戮者」に対する的確な映画批評のように読めてしまった部分を驚きとともにこのブログに書いたことがあります。

それとまったく同じ経験を今回の「読み直し」のなかで遭遇したので、そのことを書きたくて、この拙文をここまでなんとか引っ張ってきた次第です。

それは「我らの時代のフォークロア 高度資本主義前史」という作品と、エリア・カザンの「草原の輝き」1961との相似性です。

ふたつのストーリーの要約(末尾に掲げましたので、ご参照ください)を比較してみると、とても似たストーリーではあるものの、本質的には似て非なる、まるで異なった作品であることがよく分かります。

村上作品「我らの時代のフォークロア 高度資本主義前史」のラストで男がかつての恋人の望みどおり彼女の結婚後にsexしたあとにやり切れない絶望と虚無感におそわれて夜の街で「商売女」を買わずにいられなかったというラストは、ずいぶんと象徴的な結末だなあと痛感します。

「処女」であることや、そして「sex」や、彼女自身の「カラダ」すべてが、彼女の来るべき「将来」のために効率的な利益をもたらすべく彼女みずから既に道具化・商品化していて自分で自身を値段づけしていた無残な倒錯が「結婚するまでは処女でいたいの」の言葉の中に示唆され意味付けられていたことがラストで明かされているのです。

「功利」の一部に役立たせる肉体を持った歪んだミス・クリーンとの空しい性交のあとで、その男がさらにその夜に買った「商売女」と、いったいどこがどれほど違うのかと問う悲痛な絶望感にうちのめされるというラストをもつ、きわめて良質の短編小説に仕上がっているのですが(サブタイトルの「高度資本主義前史」がよく生きています)、この小説の読後には思わずエリア・カザンの「草原の輝き」を思い浮かべました、筋立てなどはとても良く似ていますが、エリア・カザンの「草原の輝き」の方は、若いふたりの「sex」を功利的に考えて歪めてしまうのは、彼らの周りにいる親や社会、そして周囲の人間たちの偏見や頑なな倫理観なのであって、そのために結局破綻せざるを得なかったとしても、ふたりの「sex」そのものは、どこまでも一途で清らかな高潔さを失っていない熱く息づく「青春の夢」であることを放棄しているわけではありません。まさに「草原の輝き」なのです。

それに引き換え「フォークロア」で描かれている破綻の元凶は、成育歴や学歴や、さらにはその肉体としての「わが身」まで金に換算して「将来」への功利をはかろうとする惨憺たる「sex」に貶められたものでしかありません。

その荒涼とした「高度資本主義前史」の荒れ野にひとり取り残された男は、そのラストで、思い余って「商売女」を買って渇きを癒さなければ遣り切れないような絶望感におそわれています。そこのところが、1961年のアメリカの「草原の輝き」と日本の「高度資本主義前史」との違いなのだと痛感した次第です。


★村上作品「我らの時代のフォークロア 高度資本主義前史」のあらすじ
≪主人公の「僕」は1960年代のいわゆる高度経済成長期に中学から大学の多感な時期を過ごした。
そして「僕」は大人になって、高校の級友とある日偶然再会する。
その級友は高校時代には、何でもできた完璧な男だった。
成績が良くて、運動ができて、そのうえ親切で、しかもリーダーシップがとれ、皆からの信頼も厚かった。
特にハンサムというわけではないが、いかにも清潔そうな爽やかな印象で、当然クラス委員をしたりして、声もよく通り、歌もうまくて、おまけに弁も立った。誰にも好かれる言うことなしの完璧な好青年だ。
当時、その彼が付き合っていた女の子がいた、別のクラスだったが、彼女も美人で、同じように成績も良くて、運動ができ、リーダーシップもとれるという、これまたクラスに一人はいるという完璧な美少女で、つまりふたりは誰もが認める似合いのカップルというわけ。いわばミスター・クリーンとミス・クリーンという組み合わせ。
しかし、その頃「僕」たちが興味のあったのは、もっとヴァイタルな政治とロックとセックスとドラッグ。つまり、あのミスター・クリーンとミス・クリーンなんか別世界に生きる異星人としか思えず、「僕」たちには関心も興味も印象もなかった。
大人になった「僕」は、海外で偶然そのミスター・クリーンと再会し、一緒に食事をすることになる。
彼は、あの思春期に付き合っていた彼女ミス・クリーンとの関係について、その後のウチワケ話を始める。
彼女と彼は4年ほど付き合い、その間も、逢えば濃厚なペッティッグをした、しかし、彼女は、指でなら許すが、セックスだけは頑なに拒み続けた、「それなら結婚しよう」と切羽詰まって彼は婚約の申し出をするが、彼女は断る。理由は「結婚するまでは処女でいたいのよ」と。
男は問う「なぜ。だってこんなに愛しているのだから、いいじゃないか」と。
すると女は答える「あなたのことは大好きよ、とても愛しているわ。でも結婚できないの。だって、無資無力な若輩同士のわたしたちが一緒になったって幸せになんかなれるわけないじゃない。私はもう少し年上の資産のある男性と結婚して、あなたは十分な資産が出来てから年下の可愛い子と結婚すればいいのよ」
「そして」と女は続ける「結婚したあとでなら、たっぷりsexしましょう、そのときは連絡するわ」
その言葉を聞いた男は、彼女がなにを言っているのか、一瞬、理解できずに混乱したまま怒りをぶつけ、気まずいまま大学も別れ別れになって、やがて疎遠になる。
何年か経ち、社会人になった彼の仕事もようやく落ち着きはじめたとき、彼女から「会いたい」と電話がかかってくる。
少し躊躇したものの気持ちに負けて会ったなりゆきでsexするものの、その無味乾燥さにげんなりして、別れたあと、その喪失感と空虚を埋めるように商売女を買った。≫



★以下は、エリア・カザンの「草原の輝き」1961のあらすじです。
≪1928年、カンサスに住むバッドと、ディーン(ディーニー)は高校3年生。愛し合っているが、ディーンの母親は保守的な倫理観の持ち主で「男は尻軽な女を軽蔑する。そういう女とは結婚したがらない」ということもあって、母親に会わせづらいディーンはバッドのすべてを受け入れるに至らない。バッドの父で石油業者のエイスは息子がフットボールの選手であることが大自慢で、イェール大学に入れたがっているが、バッドには父親の期待が心の負担になっている。父は理解あるように振舞うが本能的には暴君で、姉のジェニーが家出して堕落してしまい、大学を追われたのも、こんな父のいる家庭がたまらなかったからだ。バッドはひたむきなのだが、彼女はそれを受けとめてくれない。父は「女には2種類あって、時々気晴らしに遊ぶ女と、結婚する女だ。感情に任せて、責任取らされるようなことはするな」という。そんなことでイライラした気持を、バッドは折にふれて乱暴な行動で爆発させる。ついに同級生でコケティッシュな娘ファニタの誘惑に負ける。
青春の悩みに苦しんでいるディーンはこの事件でショックを受け、ワーズワースの詩の授業の途中に教室を抜け出し、川に身を投げる。救助に飛び込んだバッドのおかげで死を免れたディーンは精神病院に入院する。父の希望通りイェール大学に入ったバッドは、勉強にも身が入らず、酒ばかり飲み、あげくにアンジェリーナというイタリア娘と結ばれてしまう。学校は退学寸前のところまでいっている。そこで父のエイスはニューヨークへ出かける。ちょうど、1929年の世界大恐慌がやってきた。エイスは大打撃をかくして息子に会い、女をバッドの寝室に送り込んだりするが、その夜、窓から飛びおりて自殺する。
ディーンは病院で知り合ったジョニーという若い医師と婚約する。退院してから、バッドが田舎へ引込んで牧場をやっていることを知り、訪ねて行く。バッドはアンジェリーナとつつましく暮らしていた。2人は静かな気持ちで再会する。

Though nothing can bring back the hour
Of splendour in the grass, of glory in the flower;
We will grieve not, rather find
Strength in what remains behind...
(Sir William Wordsworth "Ode: Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood")≫



草原の輝き
(1961アメリカ)監督・エリア・カザン、脚本・ウィリアム・インジ、原作・ウィリアム・インジ、製作・エリア・カザン、音楽・デヴィッド・アムラム、撮影・ボリス・カウフマン、編集・ジーン・ミルフォード、
出演・ナタリー・ウッド(ウィルマ・ディーン・ルーミス)、ウォーレン・ベイティ(バット・スタンパー)、パット・ヒングル(エース・スタンパー)、オードリー・クリスティー(ミセス・ルーミス)、バーバラ・ローデン(ジニー・スタンパー)、ゾーラ・ランパート(アンジェリーナ)、フレッド・スチュワート(デル・ルーミス)、ジョアンナ・ルース(ミセス・スタンパー)、ジョン・マクガヴァン(ドク・スマイリー)、ジャン・ノリス(ジュアニータ・ハワード)、マルティーヌ・バートレット(ミス・メットカルフ)、ゲイリー・ロックウッド(アレン・"トゥーツ"・タトル)、サンディ・デニス(ケイ)、クリスタル・フィールド(ハゼル)、マーラ・アダムズ(ジューン)、リン・ローリング(キャロリン)、フィリス・ディラー(テキサス・ガイナン)、ショーン・ギャリソン(グレン)、



【村上春樹 長短編】一応50音順(✓は読了したもの)
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# by sentence2307 | 2020-01-26 10:23 | 村上春樹 | Comments(0)