世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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7月17日(火)の朝、いつものように、朝刊をペラペラめくりながら、すぐにでも話題に使えそうな記事を拾い読みしていたとき、突然、目の前に、大きな活字で「原節子」という文字が目に飛び込んできたので、本当にびっくりしました。

まさに、朝っぱら早々、原節子に「立ちふさがれた」という言い方がぴったりの突然の「鉢合わせ」です。

その活字には、こうありました。

「原節子の振り袖、ドイツに」

そして少し小さ目な活字で

「戦前 映画公開で訪問 ▶ 通訳に譲る」

です。

この見出しを読んだだけで、自分は思わず「あっ!」と声をあげてしまったくらいです。

あれだな。アーノルド・ファンク監督「新しき土」のことだなと。

記事の冒頭(リードとかいうんですよね)には、こうあります。

「戦前戦後活躍した伝説の女優で、2015年に95歳で死去した原節子さんが、1937年、主演した日独合作映画『新しき土』の公開に合わせてドイツを訪ねた際、通訳のドイツ人女性に譲り渡した振り袖が現存していることが分かった。振り袖は、通訳の知人でドイツ在住の女性が所有しており、現物の写真が18日発売の『新潮45』で公表される。」

へえ~、1937年ですか、単純に引き算したって、81年ですよ、こりゃ凄い。

また、わきに写真が2枚掲載されていて、一枚は、背広姿と軍服姿(たぶんナチスの軍服です)のドイツ人男性2人と美形の若いドイツ人女性とに挟まれた格好で、若き日の凛々しい和服姿の原節子が映っています。

もっとも、最初目にした大見出しで、すでに、これは「原節子」について書かれた記事らしいことを知っていたので、その美人が「原節子」その人だという見当がついていただけの話、もし事前のその予備知識がなかったら、はたしてこの妙齢の美女がいったい誰なのか、たぶんすぐには分からなかったと思います。それくらい目を見張る初々しい和装の美少女です。

ほら、よくあるじゃないですか、活躍した往年の壮年期のイメージしかない人の突然の訃報に接したとき、同時に発表される現在の老いた写真からは、自分たちが持っているその壮年期のイメージとあまりにもかけ離れているために、当のその老人が誰だかすぐには分からずに、ようやく知った時に「えっ、まさか」なんて驚いたりすること。たとえば、このたび85歳で亡くなった浅利慶太とか、それから常田富士男とか。

い~や、その例えって、どうなのよ。全然違うじゃん、「若さ」を「老い」で説明しようなんて、そういうのを無茶振りっていうんじゃね、良くないな・そういうの。良くない。失礼だしさ。鎮魂という意味でもすげえ問題だと思うよ。

それにあなたさあ、もともとが美しい原節子ですよ、それがまた更にすごく若くて初々しくて(ああ、この写真のことね)、清純とか、容易に人を寄せ付けない気品ある凛とした処女顔とか、そんなことはどうでもいいんだけどさ、そういう従来の刷り込みのイメージとあまりにもかけ離れてるからパッと見、分からないってことを言いたいだけなんでしょう? だめだ、だめだそりゃ。例が悪いわ。

すみません、話か横道に逸れました。

その写真説明には、こうありました、「現存が確認された振り袖を着て、ドイツの公式行事に出席した原さん(前列左)。右隣の女性がフランツ・エッケルトの孫娘」

そもそもこのフランツ・エッケルトなる人がいかなる人かは、記事の中で「明治時代に来日した音楽家」と紹介されていて、お爺さんが親日家だったらしいので、たぶんその孫娘という人もその影響で日本語が堪能だったのだと思います。なんて書きながら、一方でこの「フランツ・エッケルトなる人」を急いでwikiで検索して、ウラ取りしたところ、なんだか大変な人物であることを知りました。日本にとっても、韓国にとってもね。

ざっと言うと、こんな感じです。

《フランツ・エッケルト(Franz Eckert、1852.4.5~1916.8.6)

プロイセンの軍楽家。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、日本や朝鮮半島で活動した。「君が代」に和声を付けたことや、「大韓帝国愛国歌」を作曲したことで知られる。》

へえ~、この人って、わが国歌「君が代」の大恩人じゃないですか。

そしてさらにその【生涯】を読んだところ、ちょっと複雑な思いに捉われてしまいました。

そこには、こう書かれていました。


《1879年、エッケルト27歳のときに、日本で音楽教師として奉職することを任ぜられた。1880年、奥好義・林廣守作曲、林廣守撰定の「君が代」に伴奏、和声を付けた。以後、日本を離れるまで、海軍軍楽隊、音楽取調掛、宮内省式部職、陸軍戸山学校その他、洋楽教育機関のほとんどすべてにかかわった。1897年、英照皇太后の大喪の礼のために『哀の極』(かなしみのきわみ)を作曲した。
海軍は明治初年の創設以来英国式の軍制を採って来たが、音楽に関しては、当初のジョン・ウィリアム・フェントンによる英国軍楽隊方式から、エッケルトの着任以来、ドイツ式の理論や教育が浸透した。
1899年、離日する。帰国後、故郷では温泉保養地のオーケストラなどの仕事しか得られなかったため再びアジアでの活動を希望して朝鮮半島に渡り、李王朝の音楽教師となり、大韓帝国の軍楽隊の基礎を築くが、日韓併合後は野に下り、民間吹奏楽の指導者として西洋音楽の普及に貢献した。1916年、京城(現ソウル)で客死した。墓所は現在も韓国国内にある。》


う~ん、この短い経歴を読んだだけでも、アジアをこよなく愛し、多大な貢献もしたひとりのドイツ人が、皮肉にも日本発の強硬な政策に翻弄されながら(「日韓併合後、野に下り」と書かれています)、必ずしもその貢献に対して十分に報いられたとは決して思えない失意の最期をアジアの地で迎え、そして祖国に帰ることもなく、いまも「墓所は韓国国内にある」というクダリには思わず胸を打たれました。エッケルトにとって、「日韓併合」とは、なんだったのか、深く考えさせられるものがありました。

そして、さらに検索していたら、こんな記事にも遭遇しました。

メインタイトルは、「明治の唱歌とエッケルトの仕事」で、サブタイトルには「唱歌教育の原点・十九世紀末に外国人雇教師が編曲した『小学唱歌集』と箏の伴奏による美しい日本の唱歌」とあります。

そして、

《明治政府は西洋文明に追いつこうと学制を施行し、「唱歌」を教科目の一つとした。しかし実施の手だてはなく、伊澤修二らアメリカ留学組の帰国を待ってボストンの音楽教師・メーソンを招聘し、『小学唱歌集』の編集に着手した。オルガンやピアノを携えて来日したメーソンは自ら演奏しつつ唱歌を教えたが、伊澤は満足せず、2年余りでメーソンを解雇した。「東西二洋ノ音楽ヲ折衷シテ新曲ヲ作ルコト」を目指す伊澤はエッケルトを雇い入れた。
明治16年から足かけ21年間日本に滞在したドイツ人音楽家、フランツ・エッケルト(1852~1916)。まだオルガンやピアノを国内生産できる見通しが立っていない時代にあって、唱歌教育を推進するために、音楽取調掛の伊澤修二は当時の日本人にとってきわめて身近な楽器「箏」に着目し、エッケルトに箏二面伴奏による編曲を依頼した。ピアノやオルガンの伴奏に比べ、弾いたのち響きが減衰する箏の伴奏は、日本語が持つたおやかさを充分に生かせ、また、歌詞も聞き取りやすく、日本語の繊細な響きと非常によく合った。》

そして、その曲目はというのは、

『小學唱歌集』第二編(明治16年)フランツ・エッケルト 編曲/箏二面伴奏
[1] 第35「霞か雲か」(ドイツ民謡)
[2] 第38「燕」
[3] 第41「岸の桜」(南フランス民謡)
[4] 第42「遊猟」
[5] 第43「みたにの奥」
[6] 第45「栄行く御代」(クリスマス讃美歌)
『小學唱歌集』第三編(明治17年)フランツ・エッケルト 編曲/箏二面伴奏
[7] 第53「あふげば尊し」
[8] 第55「寧楽の都」
[9] 第56「才女」(スコット作曲『アンニー・ローリー』)
[10] 第58「めぐれる車」(フィッシャー作曲『復活祭前聖金曜日に』)
[11] 第60「秋の夕暮」
[12] 第62「秋草」
[13] 第63「富士筑波」(地唄『黒髪』より)
[14] 第64「園生の梅」(箏組歌)
[15] 第70「船子」【輪唱】(ライト作曲『Row your boat』)
[16] 第73「誠は人の道」(モーツァルト作曲『魔笛』より)
[17] 第78「庭の千草(原題/菊)」(アイルランド民謡)
[18] 第80「千草の花」
[19] 第89「花鳥」+「野薔薇」(ウェルナー作曲『野薔薇』)
箏三面合奏
[20] ふきの曲(箏組歌)[フランツ・エッケルト 編曲]
[21] 久方曲[フランツ・エッケルト 編曲]
[22] ピッツィカート・ポルカ  [J.シュトラウス II世&ヨゼフ・シュトラウス 作曲/    フランツ・エッケルト 編曲]
『箏曲集』(明治21年)
[23] 第2「桜」
『中等唱歌集』(明治22年)
[24] 第15「埴生の宿」
なのだそうです。


【閑話休題】

さて、原節子が写っている「写真」の話に戻りますね。

原節子の右隣に立っている女性が、かのフランツ・エッケルトの孫娘というところまでお話しました。人生のほとんどをアジアで過ごした感のある祖父と彼女がどれほど接触する時間が持てたのかは判然としませんが、少なくとも、その孫娘が(祖父亡きあとも)日本語の通訳ができるまでに精進したという事実は、祖父の彼女にそそいだ影響(愛情)の大きさと、そして、孫娘もまた祖父を深く敬愛していたことを証し立てているように思えて仕方ありません。

そこには、自分を野に引きずり下ろした無謀な政策「日韓併合」への恨み言などいささかも漏らされなかったことは、通訳として遥々東洋から来た若き女優・原節子に寄り添ったこの彼女の姿を一目見れば明らかです。

そして、もう一枚の写真というのが、そのとき原節子が着ていたという振り袖の写真です。

この振り袖の写真を公表するに至った経緯を記事はこんなふうに紹介しています。

「振り袖を所有しているのは、澄子・モリソン・クリーターさん(70)。97年頃、通訳の女性と知り合い、振り袖などを譲り受けたという。クリーターさんはその後、振り袖を一時日本の映画評論家に預けており、存在自体は知られていた。自身が高齢になったため、新たな預け先を探していたクリーターさんが、評伝「原節子の真実」の著者で、ノンフィクション作家の石井妙子さんに相談。振り袖の写真を公表することになった。」・・・「孫娘は日本で暮らしたことがあり、原さんと懇意になり、通訳の礼として振り袖を託された」のだそうです。

なるほど、なるほど。これでよく分かりました。

とにかく81年ぶりのことですから、「保存できた」ことを含めて、これは物凄いことですよね。

当の原節子が生きていて、この着物と対面したらどんなリアクションをするか、考えただけでもわくわくしますが、実際問題として、それまでだって何が何でも姿を現さなかったわけですから、あるいは、「肩透かし」される方が、可能性として高いかもしれません。



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# by sentence2307 | 2018-07-19 12:09 | 映画 | Comments(0)

「私設図書館」といっても、以下の目録の書籍を実際に所有しているというわけではなくて、ただの目録だけのこと、この中で読みたい本があれば、近所の図書館にいそいそと借りに行くというだけの情けない「カタログ図書館」大公開です。

ずっと以前は、既読の図書には、「✔」を入れていたのですが、最近、「それがどうなんだ」という無意味さを知りました。

優れた本は、何度読んでも、その都度得るところはありますし(それが、まさに良書です)、その反面、得るものがなにもないと判断したなら、たとえ途中までしか読んでない本でも、早々に読むのを止めるという勇気(それが自分の知的利益につながります)も必要なのではないかと思うようになりました。

読み始めたからには、本は最後まで読まなければならない・読むべきだとか、必須図書はすべて読まなければならないとか、そういうコダワリだとか「完璧主義」みたいなものは、なにも生み出せないと最近感じています。

これって、映画についてもいえることですよね。


では、以下は「私設図書館」ノンフィクション関係図書の目録であります。(一度で掲載できれば、ラッキーなのですが)


■アーロン収容所 (中公文庫) 会田雄次  中公文庫/1973年
■あ丶軍艦旗―さきもりの歌 光人社、1974年
■あゝ祖国よ恋人よ―きけわだつみのこえ 上原良司  信濃毎日新聞社/2005年
■愛と情熱の絆 (同時代ノンフィクション選集)
■愛の空間 (角川選書) 井上章一  角川選書/1999年
■アキノ大統領誕生―フィリピン革命はこうして成功した  ルイス・サイモンズ/鈴木康雄訳  筑摩書房/1989年
■朝倉毎人日記〈大正15年~昭和8年〉 (1983年) (近代日本史料選書〈9-1〉)
■朝倉毎人日記 (昭和9年~昭和11年) (近代日本史料選書 (9‐2))
■朝倉毎人日記 昭和12年~昭和15年6月 (近代日本史料選書)
■朝倉毎人日記 昭和15年7月~昭和17年 (近代日本史料選書)
■朝倉毎人日記〈昭和18年~昭和20年〉 (近代日本史料選書)
■朝倉毎人日記〈昭和21年・自伝草稿・関係書簡〉 (近代日本史料選書)朝倉毎人/阿部武司ほか編  山川出版社/1983年
■あさま山荘1972〈上〉〈下〉 坂口弘  彩流社/1993年
■アジアをゆく(写真・大村次郷、著・辛島昇、山折哲雄、桜井由躬雄、那谷敏郎、荒俣宏)、集英社全7巻セット(大型本)、2001年4月
■新しい自己〈2〉障害とともに (同時代ノンフィクション選集)
■アドルフ・ヒトラー〈1〉ある精神の形成 (集英社文庫)
■アドルフ・ヒトラー〈2〉仮面の戦争 (集英社文庫)
■アドルフ・ヒトラー〈3〉第二次世界大戦 (集英社文庫)
■アドルフ・ヒトラー〈4〉奈落の底へ (集英社文庫)ジョン・トーランド/永井淳訳 集英社文庫/1990年
■アナトリアの古代遺跡出土遺物の産地推定 中近東文化センター、1997~1999年
■アナトリア発掘記 ~カマン・カレホユック遺跡の二十年 NHKブックス、2004年5月
■アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書) 松本仁一  岩波新書/2008年
■阿片王―満州の夜と霧 (新潮文庫) 佐野眞一  新潮文庫/2008年
■アホウドリの仕事大全 (徳間文庫)阿奈井文彦  徳間文庫/1992年
■「甘え」の周辺  土居健郎  弘文堂/1987年
■アメリカは語る―第一線の芸術家たち (講談社現代新書 (701)) 金関寿夫  講談社現代新書/1983年
■アメリカン・ビート〈1〉 (河出文庫)
■アメリカン・ビート〈2〉 (河出文庫) ボブ・グリーン/井上一馬訳  河出文庫/1991
■あるおんな共産主義者の回想 (1982年) 福永操 れんが書房新社/1982年
■ある心の自叙伝 (講談社学術文庫 (636)) 長谷川如是閑  講談社学術文庫/1984年
■ある終戦工作 (中公新書 581) 森元治郎  中公新書/1980年
■ある昭和史―自分史の試み (中公文庫 M 24-2) 色川大吉  中公文庫/1978年
■安吾新日本地理 (河出文庫) 坂口安吾  河出文庫/1988年
■暗黒日記〈1〉〈2〉〈3〉(全3巻) 清沢洌/橋川文三編 ちくま学芸文庫/2002
■アンダーグラウンド (講談社文庫) 村上春樹  講談社文庫/1999年
■イーディ―’60年代のヒロイン  ジーン・スタイン、ジョージ・プリンプトン/青山南ほか訳  筑摩書房/1989年
■生き方の研究・続 生き方の研究・あしたへの旅 (森本哲郎 世界への旅)
■逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー) 渡辺京二  平凡社ライブラリー/2005年
■生きているヒロシマ 土門拳  築地書館/1978年
■イギリスだより―カレル・チャペック旅行記コレクション (ちくま文庫)カレル・チャペック/飯島周編訳 ちくま文庫/2007年
■いじめられて、さようなら 佐瀬稔  草思社/1992年
■磯崎新の「都庁」―戦後日本最大のコンペ 文藝春秋、2008年6月
■逸翁自叙伝―青春そして阪急を語る 小林一三  阪急電鉄総合開発事業本部コミュニケーション事業部/2000年
■一殺多生―血盟団事件・暗殺者の手記 (1974年) 小沼正  読売新聞社/1974年
■命あまさず―小説 石田波郷 (ハルキ文庫) 辻井喬 ハルキ文庫/2005年
■生命の森の人びと―アジア・北ビルマの山里にて 理論社ライブラリー、2001年4月
■医の倫理 (文庫クセジュ (738)) クレール・アンブロセリ/中川米造訳  白水社文庫クセジュ/1993年
■『今村淳追悼集 1953-1998』 今村淳を偲ぶ会  非売品
■入江相政日記〈第1巻〉昭和十年一月~昭和十四年十二月 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第2巻〉昭和十五年一月~昭和二十年八月 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第3巻〉―昭和二十年九月~昭和二十二年十二月 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第4巻〉―昭和23年1月~昭和25年12月 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第5巻〉 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第6巻〉昭和三十三年二月~昭和四十年十二月 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第7巻〉昭和41年1月~昭和44年12月 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第8巻〉昭和45年1月~昭和47年12月 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第9巻〉 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第10巻〉 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第11巻〉昭和五十五年一月~昭和五十七年十二月 (朝日文庫)
■入江相政日記〈第12巻〉昭和五十八年一月~昭和六十年九月 (朝日文庫)入江相政/朝日新聞社編  朝日文庫/1994年
■イリオモテヤマネコ―戸川幸夫動物文学セレクション⑤(著・戸川幸夫)、ランダムハウス講談社文庫、2008年8月
■『岩波書店と文藝春秋  『世界』・『文藝春秋』に見る戦後思潮』 毎日新聞社編  毎日新聞社/1996年
■『イワン・デニーソヴィチの一日』アレクサンドル・ソルジェニーツィン/木村浩訳  新潮文庫/2005年
■淫教のメシア・文鮮明伝 晩声社、1980年3月
■インド ミニアチュール幻想  山田和  平凡社/1996年
■隠蔽―父と母の「いじめ」情報公開戦記  奥野修司  文藝春秋/1997年
■ウィガン波止場への道 (ちくま学芸文庫) ジョージ・オーウェル/土屋宏之、上野勇訳
ちくま学芸文庫/1996年
■埋もれた古代帝国―トルコ発掘日誌 日本交通公社出版事業局、1978年4月
■嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (文芸シリーズ)角川書店、2001年6月
■嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫、2004年6月)
■歌麿 抵抗の美人画 朝日新書、2009年1月
■打ちのめされるようなすごい本 文藝春秋、2006年10月
■打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫、2009年5月)
■宇宙からの帰還 (中公文庫) 立花隆  中公文庫/1985年
■宇宙樹の森―北ビルマの自然と人間その生と死 現代書館、1997年11月
■海人(UMINCHU)毎日新聞社、2003年12月
■『噂の真相』25年戦記 (集英社新書)岡留安則  集英社新書/2005年
■映像メディアの世紀―ビデオ・男たちの産業史 日経BP社、1999年11月
■映像メディアの世紀―ビデオ・男たちの産業史 日経BP社、1999年11月
■絵巻物に見る日本庶民生活誌 (中公新書 (605)) 宮本常一  中公新書/1981年
■エルトゥールル号回顧展(高橋忠久、長場紘、松原茂樹)、中近東文化センター附属博物館、2007年
■延安―革命聖地への旅 リービ英雄  岩波書店/2008年
■追いつめられた信徒―死なう団事件始末記 (講談社文庫)保阪正康  講談社文庫/1990
■大相撲支度部屋―床山の見た横綱たち (改題、新潮文庫、2000年3月)
■大本襲撃―出口すみとその時代  早瀬圭一  毎日新聞社/2007年
■お菓子の詩(うた)(商業史発掘ノンフィクションシリーズ)商業界、1995年10月
■沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史  佐野眞一  集英社インターナショナル/2008年
■おくのほそ道行 月は東に 日本の挽歌 (森本哲郎 世界への旅)
■踊る一遍上人 東洋経済新報社、1997年5月
■オホーツク老人―戸川幸夫動物文学セレクション④(著・戸川幸夫)、ランダムハウス講談社文庫、2008年7月
■お前はただの現在にすぎない テレビになにが可能か (朝日文庫)今野勉、村木良彦、萩元晴彦  朝日文庫/2008年
■オリガ・モリソヴナの反語法 集英社、2002年10月
■オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫、2005年10月)
■愚か者、中国をゆく 光文社新書、2008年5月
■尾張の宗春 東洋経済新報社、1995年4月
■追われゆく坑夫たち (同時代ライブラリー)上野英信  岩波同時代ライブラリー/1994
■おんな狩り 光風社出版、1985年9月
■女たちの証言 (同時代ノンフィクション選集)サンダカン八番娼館・女たちの風船爆弾
■女の民俗誌 (岩波現代文庫―社会) 宮本常一  岩波現代文庫/2001年
■カール・マルクス―その生涯と思想の形成  E・H・カー/石上良平訳  未來社/1998
■海峡を越えたホームラン―祖国という名の異文化 (双葉文庫―POCHE FUTABA)関川夏央  双葉文庫/1997年
■回顧七十年 (中公文庫) 斎藤隆夫  中公文庫/2007年
■外人のTOKYO暮らし (朝日文庫)青山南  朝日文庫/1995年
■回想十年〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉 (中公文庫)(全4巻) 吉田茂  中公文庫/1998年
■害虫殲滅工場―ミバエ根絶に勝利した沖縄の奇蹟 中央公論新社、1999年11月
■海洋危険生物―沖縄の浜辺から 文春新書、2002年2月
■『学問へのひとつの道 働くことと学ぶこと』 藤原保信/藤原貞子 (私家版)/1995
■「隔離」という病い―近代日本の医療空間 (中公文庫)武田徹  中公文庫/2005年
■カシアス・クレイ (1972年) ホセ・トレス/和田俊訳  朝日新聞社/1972年
■ガセネッタ&シモネッタ 文藝春秋、2000年12月
■ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫、2003年6月)
■ガダルカナル戦記 光人社全3巻、1980年3月
■ガダルカナル戦記(光人社、1987年7月)
■ガダルカナル戦記〈第1巻〉 (光人社NF文庫) (1994年1月)
■ガダルカナル戦記〈第2巻〉 (光文社NF文庫) (1994年4月)
■ガダルカナル戦記〈第3巻〉 (光人社NF文庫)亀井宏  光人社NF文庫/1994年
■カタロニア讃歌 (ちくま学芸文庫) ジョージ・オーウェル/橋口稔訳 ちくま学芸文庫/2002年
■カッパドキア―トルコ洞窟修道院と地下都市 (アジアをゆく)(写真・大村次郷)、集英社、2001年4月
■華南体感―星野博美写真集  情報センター出版局、1996年3月
■神を描いた男・田中一村 中央公論社、1996年10月
■神を描いた男・田中一村(中公文庫、1999年6月)
■考へるヒント 小林秀雄  文藝春秋新社/1964年
■歓喜の街カルカッタ〈上〉〈下〉 (河出文庫) ドミニク・ラピエール/長谷泰訳  河出文庫/1992年
■寒村自伝〈上巻〉〈下巻〉 (1975年) (岩波文庫) 荒畑寒村  岩波文庫/1975年
■完訳マルコムX自伝 (上) (下) (中公文庫―BIBLIO20世紀) アレックス・ヘイリー/濱
■完本毒蛇 文春文庫、2000年2月
■紀州 木の国・根の国物語 (角川文庫)中上健次  角川文庫/2009年
■技術社会の影 (同時代ノンフィクション選集)
■北朝鮮・狂気の正体―金王朝の謀略と崩壊の行方(深田祐介)、扶桑社、2003年1月
■北朝鮮・国家安全保衛部―金王朝を支える恐怖の人民抑圧システム(著・尹大日)、文藝春秋、 2003年4月
■北朝鮮に消えた友と私の物語 文藝春秋、1998年11月
■北朝鮮に消えた友と私の物語 (文春文庫、2001年5月)
■北朝鮮はるかなり―金正日官邸で暮らした20年〈上〉〈下〉(著・ソン ヘラン)、文藝春秋上下巻、2001年2月
■北朝鮮はるかなり―金正日官邸で暮らした20年(文春文庫、 2003年2月)
■北ビルマ、いのちの根をたずねて めこん、2000年4月
■気違い部落周游紀行 (冨山房百科文庫 31)きだみのる 冨山房百科文庫/1981年
■キッシンジャー激動の時代 1 2  3(全3巻) H・A・キッシンジャー/読売新聞・調査研究本部訳  小学館/1982年
■木戸幸一日記 上巻 (1)
■木戸幸一日記 下巻 (2) 木戸日記研究会校訂  東京大学出版会/1966年
■機密日露戦史  谷壽夫  原書房/2004年
■金正日隠された戦争―金日成の死と大量餓死の謎を解く 文藝春秋、2004年11月
■金正日隠された戦争―金日成の死と大量餓死の謎を解く(文春文庫、2006年11月)
■金正日への宣戦布告―黄長ヨプ回顧録(著・ファン ジャンヨプ)、文藝春秋、1999.2
■金正日への宣戦布告―黄長ヨプ回顧録(文春文庫、 2001年4月)
■木村伊兵衛と土門拳 写真とその生涯 (平凡社ライブラリー) 三島靖  平凡社ライブラリー/2004年
■キャパになれなかったカメラマン ―ベトナム戦争の語り部たち(上巻)(下巻)講談社、2008.9
■宮中賢所物語―五十七年間皇居に暮らして 高谷朝子 ビジネス社/2006年
■狂犬におびえるな―続・金正日への宣戦布告(著ファンジャンヨプ)、文藝春秋、2000.1
■教祖誕生 (講談社文庫) 上之郷利昭  講談社文庫/1994年
■巨人たちの握手―衝撃のカー・ウォーズ 日本経済新聞社、1993年5月
■記録文学の世界 (1968年) 杉浦明平  徳間書店/1968年
■苦海浄土―わが水俣病 (講談社文庫) 石牟礼道子  講談社文庫/2004年
■苦海浄土―わが水俣病 (講談社文庫)(新装版) 石牟礼道子  講談社文庫/2004年
■苦闘三十年 (1962年) 堤康次郎  三康文化研究所/1962年
■鞍馬天狗のおじさんは (ちくま文庫)竹中労 ちくま文庫/1992年
■下下戦記 (文春文庫)吉田司  文春文庫/1991年
■決定版 日本のいちばん長い日 (文春文庫)(決定版) 半藤一利  文春文庫/2006年
■決定版ルポライター事始 (ちくま文庫) 竹中労 ちくま文庫/1999年
■決闘写真論 (朝日文庫)篠山紀信、中平卓馬  朝日文庫/1995年
■検疫官―ウイルスを水際で食い止める女医の物語 角川書店、2003年2月
■現代史〈上〉〈下〉ポール・ジョンソン/別宮貞徳訳  共同通信社/1992年
■現代史の課題 (岩波現代文庫) 亀井勝一郎  岩波現代文庫/2005年
■現代史の死角 (同時代ノンフィクション選集)
■建築探偵の冒険〈東京篇〉 (ちくま文庫) 藤森照信 ちくま文庫/1989年
■原爆の子―広島の少年少女のうったえ〈上〉〈下〉 (岩波文庫) 長田新編  岩波文庫/1990年
■原爆はなぜ投下されたか―日本降伏をめぐる戦略と外交 (1971年) (青木文庫) 西島有厚
青木文庫/1971年
■高校生の日記―青春の心理的分析 (中公新書 247)原田茂  中公新書/1971年
■高校放浪記 (前) (後) (角川文庫 緑)稲田耕三  角川文庫/2000年
■工場日記 (講談社学術文庫)シモーヌ・ヴェイユ/田辺保訳 /講談社学術文庫/1986年
■幸福な無名時代 (ちくま文庫)ガルシア=マルケス/旦敬介訳 ちくま文庫/1995年
■古寺巡礼〈第1集〉 (1963年)
■古寺巡礼〈第2集〉 (1965年)
■古寺巡礼〈第3集〉 (1968年)
■古寺巡礼〈第4集〉 (1971年)
■古寺巡礼〈第5集〉 (1975年) 土門拳  美術出版社/1963年
■国際化の洗礼 (同時代ノンフィクション選集) 柳田邦男編  文藝春秋/1992年
■御前会議 (文春文庫 (115‐11)) 五味川純平  文春文庫/1984年
■古代アナトリアの文化編年の再構築―カマン・カレホユックにおける前3-2千年紀文化編年(中近東文化センター)、大村幸弘、2002~2006年
■古代イランの土器―古代文様の変遷をさぐる (編・大津忠彦)、中近東文化センター、1984年3月
■国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫) 佐藤優  新潮文庫/2007年
■ことばへの旅 (森本哲郎 世界への旅)
■言葉を育てる―米原万里対談集 ちくま文庫、2008年9月
■近衛内閣 (中公文庫 M 185) 風見章  中公文庫/1982年
■『近衛文麿』(上下) 矢部貞治  弘文堂/1952年
■『小林一三日記』 小林一三  阪急電鉄/1991年
■コミック巨人再発見 (1) 『「狂気か天才か」南方熊楠―エコロジ-の先駆者 』(絵・小島利明)、三友社出版、1995年6月
■コリアン世界の旅 (講談社プラスアルファ文庫) 野村進  講談社+α文庫/1999年
■転がる香港に苔は生えない 情報センター出版局、2000年4月
■転がる香港に苔は生えない(文春文庫、2006年10月)
■コン・ティキ号探検記 (ちくま文庫) トール・ヘイエルダール/水口志計夫訳 ちくま文庫/1996年
■サーカスが来た!―アメリカ大衆文化覚書 (同時代ライブラリー) 亀井俊介  岩波同時代ライブラリー/1992年
■サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1) 近藤紘一  文春文庫/1981年
■サイゴンの十字架―開高健ルポルタージュ選集 (光文社文庫) 開高健  光文社文庫/2008年
■最長片道切符の旅  宮脇俊三  新潮社/2008年
■最底辺―トルコ人に変身して見た祖国・西ドイツ  ギュンター・ヴァルラフ/マサコ・シェーンエック訳  岩波書店/1987年
■在日一世の記憶 (集英社新書)小熊英二、姜尚中  集英社新書/2008年
■『相模湾産ヒドロ虫類』  裕仁  皇居内生物学研究所/1988年
■犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫) 柳田邦男  文春文庫/1999
■ザ・スワッパー 光文社・CR文庫、1986年11月
■『佐藤榮作日記』(全6巻) 佐藤榮作  朝日新聞社/1997年
■ザ・ハウス・オブ・トヨタ―自動車王 豊田一族の百五十年 文藝春秋、2005年5月
■ザ・ハウス・オブ・トヨタ〈上〉―自動車王 豊田一族の百五十年
■ザ・ハウス・オブ・トヨタ〈下〉―自動車王 豊田一族の百五十年 (文春文庫、2009年4月)
■サハリンへの旅 (講談社文芸文庫) 李恢成  講談社文芸文庫/1989年
■ザ・ビートルズレポート (白夜叢書)竹中労編著  白夜叢書/1982年
■ザ・ファイト  ノーマン・メイラー/生島治郎訳  集英社/1997年
■さもなくば喪服を (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース) ドミニク・ラピエール、ラリー・コリンズ/志摩隆訳  早川書房/2005年
■三光―日本人の中国における戦争犯罪の告白 (1957年) (カッパ・ブックス) 神吉晴夫編
光文社カッパ・ブックス/1957年
■サンダカン八番娼館 (文春文庫)(新装版) 山崎朋子  文春文庫/2008年
■謝々!チャイニーズ 情報センター出版局、1996年2月
■謝々(シエシエ)!チャイニーズ(文春文庫、2007年10月 )
■自壊する帝国 (新潮文庫) 佐藤優  新潮文庫/2008年
■重光葵―外交回想録 (人間の記録 (7))(人間の記録7) 重光葵  日本図書センター/1997年
■時刻表2万キロ (角川文庫 (5904)) 宮脇俊三  角川文庫/1984年
■私記・一軍人六十年の哀歓 (1970年) 今村均  芙蓉書房/1970年
■侍従長の回想 (中公文庫) 藤田尚徳  中公文庫/1987年
■時代の一面―東郷茂徳外交手記  東郷茂徳  原書房/2005年
■『自治民範』 権藤成卿  平凡社/1927年
■失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫) 戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎  中公文庫/1991年
■自動車合従連衡の世界 文春新書、2000年9月
■自動車合従連衡の世界 文春新書、2000年9月
■自動車絶望工場―ある季節工の手記 (講談社文庫)鎌田慧  講談社文庫/1983年
■死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫) E・キューブラー・ロス/鈴木晶訳  中公文庫/2001年
■死の貝 文藝春秋、1998年7月
■死の懴悔―或る死刑囚の遺書  吉田大次郎  春秋社/1998年
■シャドウ・ダイバー 上下―深海に眠るUボートの謎を解き明かした男たち (ハヤカワ文庫 NF 341) ロバート・カーソン/上野元美訳 ハヤカワ文庫NF/2008年
■上海時代―ジャーナリストの回想〈上〉〈中〉〈下〉 (中公文庫)松本重治  中公文庫/1989
■周恩来秘録 上 下  高文謙/上村幸治訳  文藝春秋/2007年
■終生ヒトのオスは飼わず 文藝春秋、2007年5月
■熟年性革命報告 文春新書、2000年3月
■熟年恋愛革命―恋こそ最高の健康法 文春新書、2006年12月
■熟年恋愛講座―高齢社会の性を考える 文春新書、2004年9月
■取材ノ-トから―1992-2009河出書房新社、2009年8月
■将軍様の鉄道 北朝鮮鉄道事情  国分隼人  新潮社/2007年
■小説金日成〈上〉〈下〉(著・李恒九)、文藝春秋、1994年9月
■小説・野坂昭如 (ライオンプレス )投資ジャ-ナル、1984年6月
■『昭和史』 今井清一、遠山茂樹、藤原彰  岩波新書/1955年
■『昭和史』(Ⅰ・Ⅱ) 中村隆英  東洋経済新報社/1993年
■昭和史発掘〈1〉~〈9〉 (文春文庫)(全9巻) 松本清張  文春文庫/2005年
■昭和天皇最後の側近 卜部亮吾侍従日記 第1巻 昭和45年~59年
■昭和天皇最後の側近卜部亮吾侍従日記 第2巻 昭和60年~昭和61年
■昭和天皇最後の側近 卜部亮吾侍従日記 第3巻 昭和62年~昭和63年
■昭和天皇最後の側近卜部亮吾侍従日記 第4巻 昭和64年~平成2年
■昭和天皇最後の側近 卜部亮吾侍従日記 第5巻 平成3年~平成14年  御厨貴、岩井克己監修  朝日新聞社/2007年
■昭和天皇独白録 (文春文庫) 寺崎英成、マリコ・テラサキ・ミラー 文春文庫/1995年
■昭和ナショナリズムの諸相  橋川文三  名古屋大学出版会/1994年
■昭和二十年夏、僕は兵士だった 角川書店、2009年7月
■昭和二十年 第一部 (1) 重臣たちの動き 【1月1日~2月10日】 鳥居民  草思社/1985年
■昭和の遺書―55人の魂の記録 文春新書、2009年9月
■昭和の天皇と東条英機(改題新装版、光人社、1988年11月)
■死よ驕るなかれ (1950年) (岩波新書〈第40〉) ジョン・ガンサー/中野好夫、 矢川徳光訳 岩波新書/1950年
■新ウイルス物語―日本人の起源を探る (中公新書 (789)) 日沼頼夫  中公新書/1986
■新宿 1965‐97―娼婦、ヤクザ、オカマ、ヌード嬢…彼らが「流しの写真屋」の客だった (フォト・ミュゼ) 渡辺克己  新潮社/1997年
■真商道に燃えよ―損得より善悪を重んじた商人の軌跡 商業界、1995年3月
■真説 猿飛佐助 講談社、2002年2月
■心臓に毛が生えている理由(わけ)角川学芸出版、2008年4月
■新装版 戦中派不戦日記 (講談社文庫)(新装版) 山田風太郎  講談社文庫/2002年
■新・人間革命 (第1巻) (聖教ワイド文庫 (011)) 池田大作  聖教新聞社/1965年、2003
■新版 日本のヤクザ 加太こうじ 大和書房/1993年
■新編「昭和二十年」東京地図 (ちくま文庫) 西井一夫、平嶋彰彦 ちくま文庫/1992年
■深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)
■深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール (新潮文庫)
■深夜特急〈3〉インド・ネパール (新潮文庫)
■深夜特急〈4〉シルクロード (新潮文庫)
■深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海 (新潮文庫)
■深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)沢木耕太郎  新潮文庫/1994年
■ずばり東京―開高健ルポルタージュ選集 (光文社文庫) 開高健  光文社文庫/2007年
■スルジェ―ネパールと日本で生きた女性 旅行人、2001年5月
■スローカーブを、もう一球 (角川文庫 (5962)) 山際淳司  角川文庫/1985年
■スワッピング 有楽出版社、1981年12月
■世紀のラブレター  新潮新書、2008年7月
■政治家の文章 (岩波新書)武田泰淳  岩波新書/1960年
■政治家やめます。―ある自民党代議士の十年間 毎日新聞社、2001年6月
■聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎 (PHP文庫) 半藤一利  PHP文庫/2006年
■「生と死」の現在 (同時代ノンフィクション選集)
■生と死をめぐる旅へ 現代書館、2003年3月
■生物と無生物のあいだ (講談社現代新書) 福岡伸一  講談社現代新書/2007年
■世界をゆるがした十日間〈上〉〈下〉 (岩波文庫) ジョン・リード/原光雄訳  岩波文庫/1957
■世相講談〈上〉〈中〉〈下〉 山口瞳  論創社/2008年
■零の発見―数学の生い立ち (1979年) (岩波新書) 吉田洋一  岩波新書/1979年
■戦艦大和ノ最期 (講談社文芸文庫) 吉田満  講談社文芸文庫/1994年
■戦艦大和ノ最期 (講談社文芸文庫) 吉田満  講談社文芸文庫/1994年
■戦後革命論争史〈上巻〉 (1956年) (戦後日本の分析)
■戦後革命論争史〈下巻〉 (1957年) (戦後日本の分析)上田耕一郎  大月書店/1956年
■戦死―インパール牽制作戦 (文春文庫 (151‐3)) 高木俊朗  文春文庫/1984年
■戦時少年ヒロシ―原初の風景 光人社、1998年11月
■戦死と自死と (同時代ノンフィクション選集)
■戦場―沢田教一写真集 (1971年) 沢田教一  毎日新聞社/1971年
■『戦争論』(上中下)カール・フォン・クラウゼヴィッツ/篠田英雄訳  岩波文庫/1968
■銭湯の女神 文藝春秋、2001年12月
■銭湯の女神 (文春文庫、2003年12月)
■『千の太陽よりも明るく 原爆を造った科学者たち』ロベルト・ユンク/菊盛英夫訳
平凡社ライブラリー/2000年
■全盲の弁護士 竹下義樹 岩波書店、2005年10月
■増補版 時刻表昭和史 (角川文庫) 宮脇俊三  角川文庫/2001年
■ソウルと平壌(ピョンヤン)大月書店、1989年10月
■ソウルと平壌(増補、文春文庫、1998年10月)
■続 わが異端の昭和史  石堂清倫  勁草書房/1990年
■そして文明は歩む・中国幻想行 (森本哲郎 世界への旅)
■側近日誌  木下道雄  文藝春秋/1990年
■それでも家族を愛してる  ポー・ブロンソン/桐谷知未訳 アスペクト/2006年
本武雄訳  中公文庫BIBLIO 20世紀/2002年
■ソングライン (series on the move) (series on the move) ブルース・チャトウィン/北田絵里子訳  英治出版/2009年
■第一阿房列車 (新潮文庫) 内田百けん 新潮文庫/2003年
■大東京繁昌記 (毎日メモリアル図書館)高浜虚子ほか 毎日新聞社/1999年
■大統領の陰謀―ニクソンを追いつめた300日 (文春文庫)(新装版) ボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン/常盤新平訳  文春文庫/2005年
■太平洋戦争 (上) (下) (中公文庫) 児島襄  中公文庫/1974年
■太平洋戦争日記 (1) (2) (3)(全3巻) 伊藤整  新潮社/1983年
■太平洋ひとりぼっち 堀江謙一  舵社/2004年
■大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫) 堀栄三  文春文庫/1996年
■対話の教室―あなたは今、どこにいますか?(橋口譲二)、平凡社、2002年7月
■高松宮日記〈第1巻〉〈第2巻〉(第3巻)〈第4巻〉〈第5巻〉〈第6巻〉(第7巻)〈第8巻〉 高松宮宣仁  中央公論新社/1996年
■高安犬物語―戸川幸夫動物文学セレクション①(著・戸川幸夫)、ランダムハウス講談社文庫、2008年4月
■タクシードライバー日誌 (ちくま文庫)梁石日 ちくま文庫/1986年
■田中角栄研究―全記録 (上) (下) (講談社文庫)立花隆  講談社文庫/1982年
■他諺の空似 ことわざ人類学 光文社、2006年8月
■他諺の空似―ことわざ人類学 (光文社文庫、2009年5月)
■旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三 (文春文庫) 佐野眞一  文春文庫/2009年
■旅人―ある物理学者の回想 (角川文庫ソフィア) 湯川秀樹  角川ソフィア文庫/1960
■田山花袋の日本一周〈前編〉近畿・東海
■田山花袋の日本一周〈中編〉中国・九州・四国
■田山花袋の日本一周〈後編〉関東・東北・北海道  田山花袋  東洋書院/2007年
■堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫) 坂口安吾  岩波文庫/2008年
■タリバン―イスラム原理主義の戦士たち  アハメド・ラシッド/坂井定雄、伊藤力司訳
講談社/2000年
■団地ママ奮戦記 (1976年) (新日本新書) 滝いく子  新日本新書/1976年
■筑豊のこどもたち 土門拳  築地書館/1977年
■父と暮らせば―ロシア語対訳(著・井上ひさし)、井上事務所、2008年8月
■父の肖像〈上〉〈下〉 (新潮文庫) 辻井喬  新潮文庫/2007年
■チャーリーとの旅 ジョン・スタインベック/竹内真訳 ポプラ社/2007年
■中近東文化センターの海外発掘調査(川床睦夫)、中近東文化センター、1999年10月
■中国の赤い星〈上〉〈下〉 (ちくま学芸文庫) エドガー・スノー/松岡洋子訳 ちくま学芸文庫/1995年
■中国の冬―私が生きた文革の日々  梁恒、ジュディス・シャピロ/田畑光永訳
サイマル出版会/1984年
■中国農民調査  陳桂棣、春桃/納村公子、椙田雅美訳  文藝春秋/2005年
■朝鮮戦争―金日成とマッカ-サ-の陰謀 文藝春秋、1993年12月
■朝鮮戦争―金日成とマッカ-サ-の陰謀(文春文庫、1997年6月)
■「朝鮮戦争」取材ノート かもがわ出版、1995年6月
■朝鮮と私 旅のノート (増補、文春文庫、2000年4月)
■ちょっとピンぼけ  ロバート・キャパ/川添浩史、井上清一訳  文春文庫/1979年
■散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道 新潮社、2005年7月
■散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道(新潮文庫、2008年8月)
■チンチン電車と女学生  堀川惠子、小笠原信之  日本評論社/2005年
■墜落の夏―日航123便事故全記録 (新潮文庫) 吉岡忍  新潮文庫/1989年
■月島物語 (集英社文庫) 四方田犬彦  集英社文庫/1999年
■辻の華―くるわのおんなたち (中公文庫) 上原栄子  中公文庫/1984年
■椿の局の記 (近代文芸社新書) 山口幸洋  近代文芸社新書/2000年
■翼よ、あれがパリの灯だ C・A・リンドバーグ/佐藤亮一訳  恒文社/1991年
■冷い夏、熱い夏 (新潮文庫) 吉村昭  新潮文庫/1990年
■つややかな追憶 (Kofusha roman500)光風社出版、1983年11月
■定本 日本の喜劇人  小林信彦  新潮社/2008年
■摘録 断腸亭日乗〈上〉〈下〉 (岩波文庫) 永井荷風 岩波文庫/1987年
■鉄を生みだした帝国―ヒッタイト発掘 NHKブックス、1981年5月
■DUTY(デューティ)―わが父、そして原爆を落とした男の物語 ボブ・グリーン/山本光伸訳  光文社/2001年
■転形期―戦後日記抄 (1974年) 竹内好  創樹社/1974年
■天才の通信簿 (講談社文庫) ゲルハルト・プラウゼ/丸山匠、加藤慶二訳  講談社文庫/1984年
■伝説の時代―愛と革命の二十年 (1980年) 寺尾とし 未來社/1980年
■天然痘が消えた (1982年) (中公新書) 北村敬  中公新書/1982年
■天皇が十九人いた―さまざまなる戦後 (角川文庫) 保阪正康  角川文庫/2001年
■天皇の逝く国で  ノーマ・フィールド/大島かおり訳 みすず書房/1994年
■道化の民俗学 (岩波現代文庫) 山口昌男  岩波現代文庫/2007年
■闘牛の島 新潮社、1997年12月
■東京オリンピック―文学者の見た世紀の祭典 (1964年)講談社編  講談社/1964年
■東京裁判―もう一つのニュルンベルク  アーノルド・C・ブラックマン/日暮吉延訳
時事通信社/1991年
■東京裁判への道(上) (下) (講談社選書メチエ)(上下) 粟屋憲太郎  講談社選書メチエ/2006
■東京の下層社会 (ちくま学芸文庫)紀田順一郎 ちくま学芸文庫/2000年
■東京漂流 (朝日文芸文庫)藤原新也  朝日文庫/1995年
■東条英機 (上巻) (下巻)(改題、光人社NF文庫、1998年5月)
■糖尿病―失明からの生還 ベストセラーズ、1997年12月
■東北日記 (1の巻)(2の巻)(全8巻) 月の家 あいぜん出版/1999年
■遠山啓著作集〈別巻 1〉日記抄+総索引 (1983年) 遠山啓  太郎次郎社/1983年
■朱鷺の遺言 中央公論社、1998年4月
■朱鷺の遺言 (中公文庫、2002年3月)
■土器片が語るミダスの世界―前1千年紀カマン・カレホユックの彩文土器 中近東文化センター、1991年1月
■常盤平団地発信 孤独死ゼロ作戦―生きかたは選べる! 中沢卓実/結城康博監修  本の泉社/2008年
■ドキュメンタリー映画の地平―世界を批判的に受けとめるために〈上〉
■ドキュメンタリー映画の地平―世界を批判的に受けとめるために〈下〉 佐藤真  凱風社/2001年
■ドキュメント太平洋戦争全史 戦場体験者300人取材・作戦解説47図収録 講談社、2009年7月
■徳富蘇峰―蘇峰自伝 (人間の記録 (22))(人間の記録22) 徳富蘇峰  日本図書センター/1997年
■徳富蘇峰 終戦後日記『頑蘇夢物語』
■徳富蘇峰 終戦後日記II『頑蘇夢物語』続篇
■徳富蘇峰 終戦後日記 (3) 『頑蘇夢物語』歴史篇
■徳富蘇峰 終戦後日記 (4) 『頑蘇夢物語』完結篇  徳富蘇峰  講談社/2006年
■毒蛇(どくへび)TBSブリタニカ、1992年5月
■毒蛇(どくへび)続 TBSブリタニカ、1993年7月
■床山と横綱―支度部屋での大相撲五十年 新潮社、1996年9月
■都市空間のなかの文学 (ちくま学芸文庫)前田愛 ちくま学芸文庫/1992年
■特攻―外道の統率と人間の条件 (光人社NF文庫) 森本忠夫  光人社NF文庫/2005
■トップ屋戦士の記録―無署名ノンフィクション (徳間文庫)梶山季之  徳間文庫/1991
■土俵の真実―杉山邦博の伝えた大相撲半世紀(杉山邦博)、文藝春秋、2008年5月
■トヨタ・GM 巨人たちの握手(増補、文春文庫、2000年11月)
■トヨタ・ストラテジー 危機の経営 文藝春秋、2009年4月
■虎は語らず―戸川幸夫動物文学セレクション②(著・戸川幸夫)、ランダムハウス講談社文庫、2008年5月
■ドリームボックス―殺されてゆくペットたち 毎日新聞社、2006年6月
■トルコ (世界歴史の旅)(写真・大村次郷)、山川出版社、2000年8月
■トルコ三大文明展―ヒッタイト帝国・ビザンツ帝国・オスマン帝国(真室佳武、鈴木董、吉田大輔)NHK、2003年
■ナウのしくみ〈1〉 (文春文庫)泉麻人  文春文庫/1993年
■梨本宮伊都子妃の日記―皇族妃の見た明治・大正・昭和 (小学館文庫) 小田部雄次  小学館文庫/2008年
■名もなき人々の街 (ニューヨーク)ゲイ・タリーズ/沢田博訳  /青木書店/1994年
■成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集 (角川文庫)矢沢永吉/構成・糸井重里
角川文庫/2004年
■汝の父を敬え〈上〉 (新潮文庫〈下〉 (新潮文庫) ゲイ・タリーズ/常盤新平訳  新潮文庫/1991年
■南蛮阿房列車 (光文社文庫) 阿川弘之  光文社文庫/2007年
■二・二六事件―「昭和維新」の思想と行動 (中公新書) 高橋正衛  中公新書/1994年
■二・二六事件への挽歌―最後の青年将校 (1971年) 大蔵栄一  読売新聞社/1971年
■西山光一日記 1925‐1950年―新潟県一小作農の記録  西山光一  東京大学出版会/1991年
■21世紀のひめゆり 毎日新聞社、2002年11月
■日米交換船  鶴見俊輔、加藤典洋、黒川創  新潮社/2006年
■日中十五年戦争と私―国賊・赤の将軍と人はいう 遠藤三郎  日中書林/1974年
■ニッポン日記 (ちくま学芸文庫) マーク・ゲイン/井本威夫訳 ちくま学芸文庫/1998
■にっぽんのヒトラー東条英機―その等身大の生涯と軍国日本 光人社上下巻、1981.6
■『日本愛国革新本義』 橘孝三郎  建設社/1932年
■日本海軍の戦略発想  千早正隆 プレジデント社/2008年
■日本海のイカ (新潮文庫)足立倫行  新潮文庫/1991年
■『日本改造法案大綱』 北一輝/西田税 1926年
■日本共産党の研究 (1) (2) (3) (講談社文庫) 立花隆  講談社文庫/1983年
■日本語はどこからきたのか―ことばと文明のつながりを考える 大野晋  中公文庫/1999年
■日本語表と裏 日本語根ほり葉ほり 「私」のいる文章 (森本哲郎世界への旅)
■日本残酷物語〈1〉貧しき人々のむれ (平凡社ライブラリー)
■日本残酷物語〈2〉忘れられた土地 (平凡社ライブラリー)
■日本残酷物語〈3〉―鎖国の悲劇 (平凡社ライブラリー)
■日本残酷物語 (4) (平凡社ライブラリー (108))
■日本残酷物語〈5〉近代の暗黒 (平凡社ライブラリー)宮本常一、山本周五郎、揖西高速、山代巴監修  平凡社ライブラリー/1995年
■日本人ごっこ (文春文庫) 吉岡忍  文春文庫/1993年
■日本人の変容 (同時代ノンフィクション選集)
■日本世間噺大系 (新潮文庫)伊丹十三  新潮文庫/2005年
■日本とアジア (ちくま学芸文庫) 竹内好 ちくま学芸文庫/1993年
■日本の黒い霧〈上〉〈下〉 (文春文庫) 松本清張  文春文庫/2004年
■日本の百年〈1〉御一新の嵐 (ちくま学芸文庫)
■日本の百年〈2〉わき立つ民論 (ちくま学芸文庫)
■日本の百年〈3〉強国をめざして (ちくま学芸文庫)
■日本の百年〈4〉明治の栄光 (ちくま学芸文庫)
■日本の百年〈5〉成金天下 (ちくま学芸文庫)
■日本の百年〈6〉震災にゆらぐ (ちくま学芸文庫)
■日本の百年〈7〉アジア解放の夢―1931~1937 (ちくま学芸文庫)
■日本の百年〈8〉果てしなき戦線―1937~1945 (ちくま学芸文庫)
■日本の百年〈9〉廃墟の中から―1945~1952 (ちくま学芸文庫)
■日本の百年〈10〉新しい開国―1952~1960 (ちくま学芸文庫)鶴見俊輔、橋川文三ほか  ちくま学芸文庫/2007年
■女官 (1960年) 山川三千子  実業之日本社/1960年
■人間革命〈第1巻〉 (1965年)
■『人間魚雷回天』 神津直次  図書出版社/1989年
■人間へのはるかな旅・戦争と人間・ある通商国家の興亡 カルタゴの遺書 (森本哲郎世界への旅)
■人間臨終図巻〈1〉〈2〉〈3〉 (徳間文庫)山田風太郎  徳間文庫/2001年
■ネパール 旅の雑学ノート―暮らし トレッキング スルジェ館その後 ダイヤモンド社、1996年9月
■野の鳥は野に―評伝・中西悟堂 新潮選書、2007年8月
■ノリソダ騒動記 (講談社文芸文庫)杉浦明平  講談社文芸文庫/1998年
■のりたまと煙突 文藝春秋、2006年5月
■のりたまと煙突 (文春文庫、2009年5月)
■ノンフィクションの言語  篠田一士  /集英社/1985年
■灰色のユーモア―私の昭和史ノォト (1974年) 和田洋一  理論社/1974年
■敗戦日記 (中公文庫BIBLIO) 高見順  中公文庫BIBLIO20世紀/2005年
■敗戦日記 (文春文庫) 高見順  文春文庫/1991年
■背徳の巡礼 ミリオン出版、1985年4月
■敗北を抱きしめて 上 下 増補版―第二次大戦後の日本人 ジョン・ダワー/三浦陽一、 高杉忠明訳  岩波書店/2004年
■箱族の街  舟越健之輔  新潮社/1983年
■奔る猿飛佐助 (風雲真田城)(改題、廣済堂文庫、2006年9月)
■パタゴニア  ブルース・チャトウィン/芹沢真理子訳 めるくまーる/1998年
■発明マニア 毎日新聞社、2007年3月
■バナナと日本人―フィリピン農園と食卓のあいだ (岩波新書) 鶴見良行  岩波新書/1982年
■花々と星々と (中公文庫 M 7) 犬養道子  中公文庫/1974年
■花嫁のアメリカ (講談社文庫) 江成常夫  講談社文庫/1984年
■パリは燃えているか?(上)(下) (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース) ドミニク・ラピエール、ラリー・コリンズ/志摩隆訳  早川書房/2005年
■反空爆の思想 NHKブックス、2006年8月
■犯罪風土記  朝倉喬司  秀英書房/1982年
■パンツが見える。―羞恥心の現代史 (朝日選書) 井上章一  朝日選書/2002年
■パンツの面目ふんどしの沽券 筑摩書房、2005年7月
■パンツの面目ふんどしの沽券 (ちくま文庫、2008年4月)
■パンデミック―感染爆発から生き残るために 新潮新書、2009年2月
■班のある学級―大西忠治実践記録集 第2部 (1964年) 大西忠治  明治図書/1964年
■反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書) 湯浅誠  岩波新書/2008年
■比較の亡霊―ナショナリズム・東南アジア・世界 ベネディクト・アンダーソン/糟谷啓介ほか訳  作品社/2005年
■光の教会―安藤忠雄の現場 建築資料研究社、2000年12月
■秘境駅へ行こう! (小学館文庫) 牛山隆信  小学館文庫/2001年
■非常民の民俗文化―生活民俗と差別昔話 (ちくま学芸文庫) 赤松啓介 ちくま学芸文庫/2006年
■羊の歌―わが回想 (1968年) (岩波新書) 加藤周一  岩波新書/1968年
■必笑小咄のテクニック 集英社新書、2005年12月
■100円の重み―「銭湯の女神」より(ポプラ・ブック・ボックス)(編・赤木かん子)、ポプラ社、2008年4月
■ヒッタイト王国の発見 (著・クルート・ビッテル、翻訳・ 吉田大輔)、山本書店、1991年4月
■人喰鉄道―戸川幸夫動物文学セレクション③(著・戸川幸夫)、ランダムハウス講談社文庫、2008年6月
■ヒトのオスは飼わないの? 講談社、2001年11月
■ヒトのオスは飼わないの? (文春文庫、2005年6月)
■ヒトラー・コード H・エーベルレ/M・ウール編/高木玲訳  講談社/2006年
■ヒトラー全記録―20645日の軌跡  阿部良男  柏書房/2001年
■陽はまた昇る―映像メディアの世紀 文春文庫、2002年6月
■陽はまた昇る―映像メディアの世紀 文春文庫、2002年6月
■ヒマラヤ・スルジェ館物語 講談社、1981年5月
■ヒマラヤ・スルジェ館物語 (講談社文庫、1985年4月)
■ヒマラヤの花嫁  中公文庫、1982年8月
■びんぼう自慢 (ちくま文庫) 古今亭志ん生 ちくま文庫/2005年
■フィラリア―難病根絶に賭けた人間の記録 TBSブリタニカ、1994年6月
■夫婦が死と向きあうとき 文藝春秋、2002年6月
■夫婦が死と向きあうとき (文春文庫、2005年6月)
■『複合汚染』(改版) 有吉佐和子  新潮文庫/2002年
■復讐するは我にあり 佐木隆三  弦書房/2007年
■不屈の男たち (同時代ノンフィクション選集)
■藤田嗣治「異邦人」の生涯 講談社、2002年11月
■藤田嗣治「異邦人」の生涯(講談社文庫、2006年1月)
■不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か 徳間書店、1994年9月
■不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫、1998年1月)
■二葉亭四迷伝―ある先駆者の生涯 (講談社文芸文庫)中村光夫  講談社文芸文庫/1993
■腕(ブラ)一本・巴里の横顔―藤田嗣治エッセイ選(著・藤田嗣治)、講談社文芸文庫2005年2月
■ブラザー・エネミー―サイゴン陥落後のインドシナ  ナヤン・チャンダ/友田錫、滝上広水訳 めこん/1999年
■文明化した人間の八つの大罪 コンラート・ローレンツ/日高敏隆、大羽更明訳  新思索社/1995年
■文明の旅 サハラ幻想行 (森本哲郎 世界への旅)
■兵役を拒否した日本人―灯台社の戦時下抵抗 (岩波新書) 稲垣真美  岩波新書/1972
■平成ジャングル探検 (講談社文庫) 鹿島茂  講談社文庫/2007年
■『平凡パンチの時代   失われた六〇年代を求めて』マガジンハウス書籍編集部編 マガジンハウス/1996年
■平民社時代 (中公文庫 M 42) 荒畑寒村  中公文庫/1977年
■ベスト&ブライテスト〈上〉栄光と興奮に憑かれて (朝日文庫)
■ベスト&ブライテスト〈中〉ベトナムに沈む星条旗 (朝日文庫)
■ベスト&ブライテスト〈下〉アメリカが目覚めた日 (朝日文庫) デイヴィッド・ハルバースタム/浅野輔訳  朝日文庫/1999年
■ペルソナ―三島由紀夫伝 (日本の近代猪瀬直樹著作集 2) 猪瀬直樹  小学館/2001年
■編集者 国木田独歩の時代 (角川選書) 黒岩比佐子  角川選書/2007年
■『北緯四十二度線』ドス・パソス/尾上政次訳  筑摩書房/1974年
■望郷と訣別を―国際化を体現した男の物語 文藝春秋、1997年2月
■望郷と訣別を―中国で成功した男の物語(改題、文春文庫、2003年6月 )
■宝石と男(商業史発掘ノンフィクション)商業界、2005年2月
■放浪記 (新潮文庫) 林芙美子  新潮文庫/1979年
■僕が、落語を変える。(柳家花緑)、新潮社、2001年11月
■僕の高校中退マニュアル 文藝春秋、1998年11月
■僕の昭和史 (新潮文庫) 安岡章太郎  新潮文庫/2005年
■ぼくの旅の手帖・四季の旅・音楽への旅 (森本哲郎 世界への旅)
■ぼくもいくさに征くのだけれど―竹内浩三の詩と死 中央公論新社、2004年7月
■ぼくもいくさに征くのだけれど―竹内浩三の詩と死 (中公文庫、2007年7月)
■僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由 文藝春秋、2001年8月
■僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由 (文春文庫、2007年3月)
■保守主義的思考 (ちくま学芸文庫) カール・マンハイム/森博訳 ちくま学芸文庫/1997年
■細川日記 上 改版 中公文庫 B 1-36 BIBLIO20世紀(上下) 細川護貞  中公文庫BIBLIO20世紀/2002年
■ホンコンフラワー 平凡社、2000年10月
■本庄日記  本庄繁  原書房/2005年
■ホンダ神話―教祖のなき後で 文藝春秋、1995年4月
■ホンダ神話―教祖のなき後で (文春文庫、2000年3月)
■ホンダ神話Ⅱ―合従連衡の狭間で 文春文庫、2007年6月
■ホンダ神話Ⅰ―本田宗一郎と藤沢武夫 文春文庫、2008年1月
■迷子の自由 朝日新聞社、2007年2月
■マイナス50℃の世界−寒極の生活(毎日小学校新聞編)、現代書館、1986年7月
■マイナス50℃の世界(写真・山本皓一)、清流出版、2007年1月
■魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章 読売新聞社、1996年8月
■魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章(新潮文庫、2000年1月)
■マッカーサーの二千日 (中公文庫)(改版) 袖井林二郎  中公文庫/2004年
■松川事件と裁判―検察官の論理 (1964年)広津和郎  岩波書店/1964年
■真昼の星空 中央公論新社、2003年10月
■真昼の星空 (中公文庫、2005年1月)
■真夜中の太陽 中央公論新社、2001年7月
■真夜中の太陽 (中公文庫、2004年8月)
■マリコ (新潮文庫) 柳田邦男  新潮文庫/1983年
■マルクス主義と現代イデオロギー (1979年) 上田耕一郎、不破哲三  大月書店/1979
■満州国皇帝の秘録―ラストエンペラーと「厳秘会見録」の謎  中田整一  幻戯書房/2005年
■ミカドの肖像 (小学館文庫) 猪瀬直樹  小学館文庫/2005年
■三島由紀夫「日録」 安藤武  未知谷/1996年
■ミッドウェー戦記(改題、光人社、1986年12月)
■ミッドウェー戦記―さきもりの歌(光人社NF文庫、1995年2月 )
■民間人も「戦地」へ―テロ対策特別措置法の現実 岩波ブックレット、2003年4月
■民主主義よ君のもとに―韓国全斗煥体制下の民衆 新日本出版社、1986年10月
■無思想の思想―大宅壮一・一巻選集  大宅壮一  文藝春秋/1991年
■夢酔独言 他 (平凡社ライブラリー) 勝小吉  平凡社ライブラリー/2000年
■無知の涙 (河出文庫―BUNGEI Collection)永山則夫 河出文庫/1990年
■明治天皇〈1〉〈2〉〈3〉〈4〉(新潮文庫)ドナルド・キーン/角地幸男訳  新潮文庫/2007
■メディアの興亡〈上〉〈下〉 (文春文庫) 杉山隆男  文春文庫/1998年
■毛沢東の私生活〈上〉〈下〉 (文春文庫) 李志綏/新庄哲夫訳  文春文庫/1996年
■もうひとつの日露戦争 新発見・バルチック艦隊提督の手紙から (朝日選書) コンスタンチン・サルキソフ/鈴木康雄訳  朝日選書/2009年
■もの食う人びと (角川文庫) 辺見庸  角川文庫/1997年
■森の回廊〈上〉ビルマ辺境に生きる山地民の心根にふれる (NHKライブラリー)
■森の回廊〈下〉山の民と精霊の道を辿る (NHKライブラリー) 吉田敏浩 NHKライブラリー/2001年
■森の回廊 ―ビルマ辺境、民族解放区の1、300日 日本放送出版協会、1995年9月
■森本哲郎世界への旅〈第2巻〉
■森本哲郎 世界への旅〈別巻〉 森本哲郎  新潮社/1994年
■安田講堂 1968‐1969 (中公新書) 島泰三  中公新書/2005年
■谷中村滅亡史 (岩波文庫)荒畑寒村  岩波文庫/1999年
■病いを越えて 新しい自己 1 (同時代ノンフィクション選集)
■誘拐 (ちくま文庫) 本田靖春 ちくま文庫/2005年
■『有名中学合格!』 大森篤子  講談社/1976年
■ゆたかさへの旅 読書の旅 (森本哲郎 世界への旅)
■ユング自伝―思い出・夢・思想 (1) (2)(全2巻)C・G・ユング/河合隼雄、藤縄昭、出井淑子訳 みすず書房/1972年
■よい戦争 スタッズ・ターケル/中山容訳  晶文社/1985年
■吉田茂とその時代 (上)〈下〉 (中公文庫)ジョン・ダワー/大窪愿二訳  中公文庫/1991
■米原万里の「愛の法則」 集英社新書、2007年8月
■余は如何にして基督信徒となりし乎 (岩波文庫 青 119-2) 内村鑑三  岩波文庫/1958
■夜と霧 新版(新版)ヴィクトール・E・フランクル/池田香代子訳 みすず書房/2002
■夜の軍隊 ノーマン・メイラー/山西英一訳  早川書房/1970年
■弱き者は死ね 廣済堂出版、1998年10月
■収容所(ラーゲリ)から来た遺書 文春文庫  辺見じゅん 文春文庫/1992年
■ラスベガスをやっつけろ!―アメリカン・ドリームを探すワイルドな旅の記録 (Nonfiction vintage)ハンター・S・トンプソン/室矢憲治訳  筑摩書房/1989年
■拉致と核と餓死の国北朝鮮 文春新書、2003年3月
■リターンマッチ (文春文庫)後藤正治  文春文庫/2001年
■琉球弧に生きるうるわしき人たち 岩波書店、2004年1月
■猟人Mの告白 (アップル・ノベルズ)日本出版社、1987年2月
■旅行者の朝食 文藝春秋、2002年4月
■旅行者の朝食 (文春文庫、2004年10月)
■ルポ 戦争協力拒否 岩波新書、2005年1月
■ルポルタージュの方法  本多勝一  朝日新聞社/1983年
■冷血 (新潮文庫)トルーマン・カポーティ/佐々田雅子訳  新潮文庫/2006年
■レイテ戦記 (上巻) (中公文庫)
■レイテ戦記 (中巻) (中公文庫)
■レイテ戦記 下  中公文庫 大岡昇平  中公文庫/1974年
■歴史的決断〈上〉〈下〉 (ちくま学芸文庫)(上下) K・R・グリーンフィールド編/中野五郎訳 ちくま学芸文庫/2004年
■ロシアは今日も荒れ模様 日本経済新聞社、1998年2月
■ロシアは今日も荒れ模様 (講談社文庫、2001年2月)
■六ケ所村の記録―核燃料サイクル基地の素顔 (講談社文庫) 鎌田慧  講談社文庫/1997年
■倫敦!倫敦? (岩波文庫) 長谷川如是閑  岩波文庫/1996年
■仕事(ワーキング)! スタッズ・ターケル/中山容訳  晶文社/1983年
■ワイルド・パーティへようこそ (アメリカ・コラムニスト全集) トム・ウルフ/高島平吾訳  東京書籍/1992年
■若き日の日記 (1) (聖教ワイド文庫 (021))
■若き日の日記〈2〉 (聖教ワイド文庫)
■若き日の日記 (3) (聖教ワイド文庫 (023))
■若き日の日記 (4) (聖教ワイド文庫 (024)) 池田大作  聖教ワイド文庫/2005年
■わが半生―「満州国」皇帝の自伝〈上〉〈下〉 (ちくま文庫)愛新覚羅溥儀/小野忍ほか訳 ちくま文庫/1992年
■忘れられた日本人 (岩波文庫) 宮本常一  岩波文庫/1984年
■わたしの外国語学習法―独学で外国語を身につけようとしている人々のために (著・カトー・ロンブ)、創樹社、1981年9月
■わたしの外国語学習法 (著・ロンブ・カトー)、ちくま学芸文庫、2000年3月
■私の昭和史 (1974年) 末松太平 みすず書房/1974年
■わたしの山旅 (1968年) (岩波新書) 槇有恒  岩波新書/1968年


■Africa セバスチャーノ・サルガド Taschen America Llc/2007年
■An Uncertain Grace セバスチャーノ・サルガド  シグマユニオン/1991年
■Emperor of Japan 伊奈英次 Nazraeli Press/2008年
■Migrations: Humanity in Transition セバスチャーノ・サルガド Aperture/2000年
■Nuba (1981年) (PARCO view〈7〉) レニ・リーフェンシュタール PARCO出版/1981
■ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行(新装版) 都築響一 アスペクト/2001年
■『WORKERS』セバスチャーノ・サルガド 岩波書店/1994年



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# by sentence2307 | 2018-07-14 20:56 | 徒然草 | Comments(0)
根が迂闊なものですから、TVプログラムのチェックが甘くて、見たいと思っていた映画をつい見逃してしまうなんてことは、別に珍しいことでもなんでもなく、それそこ毎日のように「やらかして」います。

しかし、昨夜は、その「迂闊さ」のためではなく、録画する直前になって録画機が作動せず、みすみす見たい映画の録画を逃してしまうという目に遭いました。

映画が始まる時間が刻々と迫り、録画機を焦りまくってガチャガチャいじくり回しても一向に反応がないまま、時間だけが空しく過ぎていくのを、為すすべもなく、むざむざ見送るなんて、実に残念な限りです。

しかし、それこそ、そのまま始まった映画をナマで見ればいいようなものですが、「家庭の事情」でどうしてもそれができません。

映画というのは、テレンス・マリック監督の「聖杯たちの騎士」2015。このタイトルを見たとき、一瞬、「騎士たちの聖杯」の誤りではないかと思い、原題を検索しましたが、確かにKnight of Cupsとなっていました、「なんのこっちゃねん」と突っ込みを入れたくなるタイトルです。

今月は、もう再放送がないみたいなので、まあ、来月の放映を楽しみにするしかありませんか。

悔しさまぎれに、解説を繰り返し読みました。

なになに「世界の秀作を特集」? へえ~、今週はそういう週だったのか。知らなかったなあ。今日が火曜日だから、この特集っていうのは、すでに月曜日から始まっていたわけね。

思わず、ページを繰って前日同時間帯の放映作品をチラ見しました。「汚れたミルク あるセールスマンの告発」、へえ~、こちらもなんか面白そうな映画じゃないですか、オレって、面白そうな映画を片っ端から見逃しまくっているというわけね。「残念」を通り越して、ただただ、あきれ返るばかりです。でも、昨日のその時間には、wowowのオンデマンドでエドワード・ヤン監督の「台北ストーリー」を見ていたので、仕方がないといえば仕方ありません。

そうそう、「聖杯たちの騎士」の解説の話でしたよね。

え~と「本作は『天国の日々』のテレンス・マリック監督による自伝的ドラマ。ハリウッドで享楽的な生活に溺れる脚本家の心のさまよいを、詩的な映像で描く」ですって。

「心のさまよい」を「詩的な映像」とくれば、なにしろ「ツリー・オブ・ライフ」のテレンス・マリック監督ですから、それこそ物凄いものをみせてくれるに違いありません。大いに期待できます、そうだ、きっとそう、そう・そう・そう! そう!! そう!!! などとひとりヒステリックに呟きながら、ついでに、その他の放送予定の映画をチェックすることにしました、なにしろこちらは、例の「迂闊」ですから。

ざっと見ていくうちに、12日(木)のシネフィルwowowでいままで聞いたことのないタイトルに遭遇しました、深夜の放映予定の作品です。

「ユーリー・ノルシュテイン 話の話」、まったく知らないというわけではなく、最近どこかで、このタイトル、見かけたような気もします。それが「どこで」だったのか、どうしても思い出せません。

でも、ちょっと待ってください、「ユーリー」とくれば、ロシア名前ですよね、ほら、例の、ちょっと古くなりますが、ソビエトの宇宙飛行士(確か、人類初でした)のガガーリンの名前が「ユーリー」だったと思います。

いやいや、なにもそんなふうに言わなくったって、そもそもノルシュテインの「テイン」が、エイゼンシュテインの「テイン」と同じじゃないですか、これって、完全にロシア名前だと思います、自分的にはね。

しかし、この名前、どこで見かけたのかが、どうしても思い出せません。

最近見たロシア映画と言えば、少し前になりますが、「バタリオン ロシア婦人決死隊vsドイツ軍」という映画を見たくらいです、タイトル自体で、すでに自らB級映画を自認してしまっているこの作品ですが、頼りない新兵が厳しく訓練されて、一人前の兵士になったときには激戦地に送られて死んでゆくというお約束のストーリーで、その兵士というのが皆女性、華やかさもあり、健気さもあり、最後は「そして誰もいなくなった」みたいな、なかなかどうして、よくできた映画で大変面白く鑑賞させていただきました。

気にかかる女優や監督なら、そのつどメモくらいはとっていますので、でも、あの作品には、「ノルシュテイン」なんて名前はなかったと思います。
そんなふうに、どうしても思い出せないまま、図書館から借りていた本(森功の「高倉健 七つの顔を隠し続けた男」です、いつか書きますね)の返却期日が過ぎてしまっているのを思い出して、慌てて図書館に駆け付け返却したのですが、しかし、このたまらない暑さです、ついつい自販機でCCレモンを買って喉をうるおしていたとき、目の前の棚に置かれているパンフレットに目が留まりました。


あっ! これか、と、やっと気がつきました。
7月10日から始まるという「ロシア・ソビエト映画祭」を告知するフィルムセンターのチラシです。もう何日も前に見かけていて、内容の方は既にざっと目を通しています、これですよ、これ。

ここに「ユーリー・ノルシュテイン選集」という項目があって、彼がアニメーション作家であることは、最初に記されており、6本のアニメーションが上映されると記されています。


こんな感じです。


★ユーリー・ノルシュテイン選集
アニメーション作家ユーリー・ノルシュテイン(1941- )が世界的名声を確立した作品の選集。1920年代の前衛芸術を引用し、ショスタコーヴィチの革命交響楽に乗せてロシア革命を描く『25日・最初の日』、リムスキー=コルサコフのオペラ「見えざる町キーテジ」に基づき、15~16世紀のフレスコ画や細密画を用いて戦乱と文化衝突を表現した『ケルジェネツの戦い』、民衆絵画のモチーフを活き活きと動かしてロシアのポピュラーな民話を語る『キツネとウサギ』、日本の浮世絵や水墨画の要素を取り入れてもどかしい恋模様を描く『アオサギとツル』、原作の児童文学を大胆に拡張し、驚きと幻想美に満ちた世界を実現した『霧の中のハリネズミ』、ノルシュテインの幼少期の記憶を掘り下げ昇華した映像詩『話の話』の全6本。(計80分・DCP・カラー)
★25日・最初の日  25-е — первый день(9分・DCP・カラー)
(1968ソユズムリトフィルム)監督美術・ユーリー・ノルシュテイン、アルカージー・チューリン、撮影・ウラジーミル・サルハーノフ、音楽・ドミトリー・ショスタコーヴィチ
★ケルジェネツの戦い Сеча при Кeрженце(10分・DCP・カラー)
(1971ソユズムリトフィルム)監督脚本・イワン・イワノフ=ワノー、監督・ユーリー・ノルシュテイン、撮影・ウラジーミル・サルハーノフ、美術・マリーナ・ソコローワ、アルカージー・チューリン、音楽・ニコライ・リムスキー=コルサコフ
★キツネとウサギ Лиса и заяц(12分・DCP・カラー)
(1973ソユズムリトフィルム)監督・ユーリー・ノルシュテイン、撮影・テオドール・ブニモーヴィチ、美術・フランチェスカ・ヤールブソワ、音楽・ミハイル・メエローヴィチ、解説・ヴィクトル・ホフリャコーフ
★アオサギとツル Цапля и журавль(10分・DCP・カラー)
(1974ソユズムリトフィルム)監督脚本・ユーリー・ノルシュテイン、脚本・ロマン・カチャーノフ、撮影・アレクサンドル・ジュコーフスキー、美術・フランチェスカ・ヤールブソワ、音楽・ミハイル・メエローヴィチ、解説・インノケンチー・スモクトゥノフスキー
★霧の中のハリネズミ Ёжик в тумане(10分・DCP・カラー)
(1975ソユズムリトフィルム)監督脚本・ユーリー・ノルシュテイン、原作脚本・セルゲイ・コズロフ、撮影・アレクサンドル・ジュコーフスキー、美術・フランチェスカ・ヤールブソワ、美術・ミハイル・メエローヴィチ、解説・アレクセイ・バターロフ
出演・ヴャチェスラフ・ネヴィンヌィ、マリヤ・ヴィノグラドワ
★話の話 Сказка сказок(29分・DCP・カラー)
(1979ソユズムリトフィルム)監督脚本・ユーリー・ノルシュテイン、脚本・リュドミーラ・ペトルシェフスカヤ、撮影・イーゴリ・スキダン=ボーシン、美術・フランチェスカ・ヤールブソワ、音楽・ミハイル・メエローヴィチ、ヨハン・セバスチャン・バッハ、ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルト
出演・アレクサンドル・カリャーギン


ほらね、「話の話」もちゃんとあったでしょう。

この「ロシア・ソビエト映画祭」というのは、なんと12年ぶりの開催なんですってね。

そうですか、そのときのチラシの表紙デザインも薄っすらと覚えています。確か「イワン雷帝」のスチール写真でした。

フィルムセンターのチラシなら捨てずにとってあると思うので、確かにあるはずと探したところ、すぐに見つかりました。

なるほどね、2枚のチラシを比べてみると、前回上映された作品がそのまま今回も上映されるという作品ばかりでなく、今回は上映がないというものもあれば、前回なく今回初めて上映されるという作品もあります。

このチラシ、なんかこのまま棚の中に仕舞いっぱなしにしておくのが惜しいきがしてきました。

なにせ自分は暇な身ですし、ここに掲載されている諸作品を時系列に並べて、「安直・ロシア・ソビエト映画史」ができないか、などという誘惑に駆られました。

そして、すぐに実行した成果が、以下の「安直・ロシア・ソビエト映画史」です、ご笑納ください。



1908
★ステンカ・ラージン Стенька Разин
ロシア民謡「ステンカ・ラージン」の物語を、歌詞に基づいて映画化したロシア初の劇映画で、ロシア映画の発展の基礎となった。ロケーション撮影が捉えるヴォルガ河や森などの大自然の中で物語が展開される。ステパン(ステンカ)・ラージン率いる大勢のコサック反乱軍は、ペルシアの作戦で勝利を祝う。その後、ラージンは、捕えて侍らせていた若くて美しいペルシアの愛人を殺害する。ゆえなく背信を責められての非業の死…。帝政ロシア時代の1908年、モスクワの「アクヴァリウム」劇場で、アレクサンドル・ドランコフによって製作、撮影された、初めてのロシア語の劇映画「ステンカ・ラージン」が初上映された。こうして、ロシアとソ連の豊かな映画史が始まった。
(1908)監督・ウラジーミル・ロマシコフ、原作脚本・ワシーリー・ゴンチャロフ、撮影・アレクサンドル・ドランコフ、ニコライ・コズロフスキー
出演・エヴゲーニー・ペトロフ=クラエフスキー
(12分・18fps・35mm・無声・白黒)


1911
★セヴァストポリの防衛 Оборона Севастополя
帝政時代のロシアを代表するハンジョンコフ社の製作によるロシア初の長篇映画。19世紀半ばのクリミア戦争で、ロシア軍がトルコ・イギリス・フランスの連合軍と戦った有名な戦闘を題材とした歴史スペクタクル映画。
(1911)監督脚本・ワシーリー・ゴンチャロフ、アレクサンドル・ハンジョンコフ、原作・レフ・トルストイ、撮影・ルイ・フォレスティエ、アレクサンドル・リッロ、美術・V・フォスター
出演・アンドレイ・グロモワ、イワン・モジューヒン、V・アレンツワリ、パーヴェル・ビリュコフ、A・ゴリン=ゴリャイノフ、アレクサンドラ・グロモワ、ウラジーミル・マクシモフ、オリガ・ペトローワ=ズワンツェワ、N・セミョーノフ
(52分・18fps・35mm・無声・白黒)


1924
★レーニンのキノプラウダ[キノプラウダ 第21号]Ленинская Киноправда (Киноправда №21)
カメラという“機械の眼”で世界を捉えることの意義を主張し、多彩なカメラワークと編集操作を追究したヴェルトフの、時事的記録映画シリーズ(全25号)の中の第21号。レーニンの死去に際して作られた。
(1924)監督脚本・ジガ・ヴェルトフ、撮影・ミハイル・カウフマン、エドゥアルド・ティッセ、グリゴーリー・ギーベル、アレクサンドル・レンベルグ、ピョートル・ノヴィツキー
(23分・24fps・35mm・無声・白黒)


1925
★ストライキ Стачка
ロシア帝国が衰退を見せる1900年代初期における、ストライキを起こす労働者たちと、工場幹部や警察側との争いがダイナミックに展開される。『戦艦ポチョムキン』のエイゼンシュテインによる、野心的なモンタージュ実験も見られる監督デビュー作。
(1925)監督脚本・セルゲイ・エイゼンシュテイン、脚本・ワレーリー・プレトニョーフ、グリゴーリー・アレクサンドロフ、イリヤ・クラフチュノフスキー、撮影・エドゥアルド・ティッセ、ワシーリー・フワートフ、美術・ワシーリー・ラハリス
出演・アレクサンドル・アントーノフ、ミハイル・ゴモロフ、イワン・クリュークヴィン、グリゴーリー・アレクサンドロフ
(95分・18fps・35mm・無声・白黒)

★戦艦ポチョムキン
(1925) 監督・セルゲイ・エイゼンシュテイン
 初期のソ連映画の天才セルゲイ・エイゼンシュテイン監督は1905年、オデッサで起きた帝国戦艦の船員の反乱を描いた。この映画は世界映画の古典とみなされ、その後の監督や撮影カメラマンに長く影響を与えている。たとえば、オデッサの階段を降りる兵士の象徴的なシーンは、ブライアン・デ・パルマ監督の「アンタッチャブル」、ピーター・シーガル監督の「裸の銃(ガン)を持つ男PART33 1/3/最後の侮辱」などの映画でも使われた。 エイゼンシュテイン監督は他にも、「10月(世界をゆるがした10日間)」、「アレクサンドル・ネフスキー」、「イワン雷帝」など、伝説的な映画の監督を務めている。映画編集の「知的モンタージュ」の発明者としても有名。時代は帝政ロシアの「ポチョムキン号」と呼ばれる軍艦。食事のスープに腐った肉を使用しウジがわいていたため、数名の兵士が食事を拒否。艦長はその拒否を許さないどころか、彼らを銃殺するよう命じた。しかし兵士全体が反乱をおこし、ポチョムキン号を占領する。乗っ取られた船は、そのままオデッサへと入港。



1926
★母 Мать
労働運動に参加する息子の投獄に手を貸してしまう両親。だが、母はその後息子の苦しむ姿を目にし、自らも運動に身を投じる。演劇的な演技を極めて重視したプドフキンは、本作品でも芸術座のべテラン俳優を起用した。
(1926)監督・出演・フセヴォロド・プドフキン、原作・マクシム・ゴーリキー、脚本・ナターン・ザルヒ、撮影・アナトーリー・ゴロヴニャ、美術・セルゲイ・コズロフスキー
出演・ヴェーラ・バラノフスカヤ、ニコライ・バターロフ、アレクサンドル・チスチャコフ、アンナ・ゼムツォワ
(85分・20fps・35mm・無声・白黒)


1927
★ベッドとソファ Третья Мещанская
若い夫婦のアパートに地方から出てきた夫の戦友が転がり込み、三角関係になった挙げ句に共同生活が破綻する。自立心を育む女性と旧態依然の男たちの対比の中に、当時のモスクワの市民生活がいきいきと描き出される。原題は「第3町人(メシチャンスカヤ)通り」。
(1927)監督脚本・アブラム・ローム、脚本・ヴィクトル・シクロフスキー、撮影・グリゴーリー・ギーベル、美術・ワシーリー・ラハリス、セルゲイ・ユトケーヴィチ
出演・ニコライ・バターロフ、リュドミーラ・セミョーノワ、ウラジーミル・フォーゲリ、レオニード・ユレーネフ、エレーナ・ソコロワ、マリヤ・ヤロツカヤ
(71分・24fps・35mm・無声・白黒)


1928
★トルブナヤ通りの家 Дом на Трубной
田舎から出てきた少女が、労働組合への参加を雇い主に知られて解雇される。だがその後少女と同名の女性がモスクワ市議会議員に当選した途端、雇い主のアパートの住人たちは態度を一変させるというコメディ。雇い主を演じた名優ウラジーミル・フォーゲリは最後の映画出演である。
(1928)監督出演・ボリス・バルネット、脚本・ベーラ・ゾリチ、アナトーリー・マリエンゴフ、ワジム・シェルシェネヴィチ、ヴィクトル・シクロフスキー、ニコライ・エルドマン、撮影・エヴゲーニー・アレクセーエフ
出演・ヴェーラ・マレツカヤ、ウラジーミル・フォーゲリ、エレーナ・チャプキナ、セルゲイ・コマロフ、アーネリ・スダケーヴィチ、アダ・ヴォイツィキ、ウラジーミル・バターロフ
(98分・16fps・35mm・無声・白黒)


1931
★人生案内 Путевка в жизнь
戦争や革命で親を失った孤児たちの自立を願い、作業場づくりに取り組む青年が主人公。子どもの自立の補助や社会的障害をテーマにしたソ連初の長篇のトーキー劇映画で、プロパガンダ的要素も見受けられる。
(1931)監督脚本・ニコライ・エック、撮影・ワシーリー・プローニン、美術・イワン・ステパーノフ、A・エヴメネンコ、音楽・エヴゲーニー・ネステロフ
出演・ニコライ・バターロフ、イワン・クィルラ、ミハイル・ジャーロフ、ワシーリー・カチャーロフ、ミハイル・ジャゴファロフ、アレクサンドル・ノヴィコフ、マリヤ・アントロポワ
(101分・35mm・白黒)


1934
★レーニンの三つの歌 Три песни Ленина
レーニン没後10年の際、中央アジアやウクライナ東部の工業地域などを長期取材し、『レーニンのキノプラウダ』の素材も利用して作られた一本。3つのレーニンの讃歌とともに理想化されたソ連の映像が鮮明に映し出される。
(1934)監督脚本・ジガ・ヴェルトフ、撮影・ドミトリー・スレンスキー、マルク・マギドソン、ベンツィオン(ボリス)・モナスティルスキー、音楽・ユーリー・シャポーリン
(59分・35mm・白黒)


1935
★未来への迷宮 Строгий юноша
原題は「厳格な青年」。人気作家ユーリー・オレーシャがシナリオを書き下ろしたもので、ローム監督は超現実的な手法を用いて外科医夫人と若者の不倫を描写した。同時に、社会主義における「平等」の難しさを照らし出し、長らく公開禁止とされた。
(1935)監督・アブラム・ローム、脚本・ユーリー・オレーシャ、撮影・ユーリー・エケリチク、美術・ウラジーミル・カプルノフスキー、モリツ・ウマンスキー、音楽・ガヴリール・ポポフ
出演・ユーリー・ユリエフ、オリガ・ジズネワ、ドミトリー・ドルリアク、マクシム・シュトラウフ、ワレンチナ・セローワ、イリーナ・ヴォロトコ
(102分・35mm・白黒)

★マクシムの青春 Юность Максима
『十月っ子の冒険』(1924)以来、コンビで映画作りを続けていたコージンツェフとトラウベルグによる「マクシム三部作」の第一部。平凡な一労働者のマクシム(チルコフ)が、日曜学校の教師ナターシャ(キバルジナ)に啓発され、職業革命家へと目覚めていく。本三部作は、1934年に「社会主義リアリズム」を唯一の芸術様式として公式化したソビエトにおける代表的な映画シリーズとなった。
(1935レンフィルム)監督脚本・グリゴリー・コージンツェフ、レオニード・トラウベルグ、撮影・アンドレイ・モスクヴィン、美術・エヴゲニー・エネイ、音楽・ドミトリー・ショスタコーヴィチ
出演・ボリス・チルコフ、ステパン・カユーコフ、ワレンチナ・キバルジナ、ミハイル・タルハーノフ
(96分・35mm・白黒)


1937
★最後の夜 Последняя ночь
1917年10月のモスクワにおける資本主義「最後の夜」の、労働者と工場主の家庭内のさまざまな出来事を通して、歴史の大転換期に生きた人々を描いた群像劇。監督のライズマンは本作以降、脚本家のガブリローヴィチと40年にわたり協働し、『マーシェンカ』(1942)や『コミュニスト』(1958)といった名作を生んだ。
(1937モスフィルム)監督脚本・ユーリー・ライズマン、監督・ドミトリー・ワシーリエフ、脚本・エヴゲニー・ガブリローヴィチ、撮影・ドミトリー・フェリドマン、美術・アレクセイ・ウトキン、音楽・アレクサンドル・ヴェプリク
出演・イワン・ペリツェル、マリヤ・ヤロツカヤ、ニコライ・ドローヒン、アレクセイ・コンソフスキー、ウラジーミル・ポポフ、ニコライ・ルィブニコフ
(96分・35mm・白黒)


★マクシムの帰還 Возвращение Максима
「マクシム三部作」の第二部。党の有力活動家となったマクシム(チルコフ)の、第一次世界大戦直前の闘争が描かれる。マクシムは多くの革命家の特徴や経験を基に創作された架空の人物であるが、当時の観客には実在していると信じられ、マクシム宛てのファンレターや相談の手紙が殺到したという。
(1937レンフィルム)監督脚本・グリゴリー・コージンツェフ、レオニード・トラウベルグ、脚本・レフ・スラーヴィン、撮影・アンドレイ・モスクヴィン、美術・エヴゲニー・エネイ、音楽・ドミトリー・ショスタコーヴィチ
出演・ボリス・チルコフ、ワレンチナ・キバルジナ、アレクサンドル・ズラジェフスキー、アナトリー・クズネツォフ、ミハイル・ジャーロフ、アレクセイ・ボンジ
(104分・35mm・白黒)

★十月のレーニン Ленин в Октябре
翌年の『1918年のレーニン』と合わせて2部作をなす革命20周年記念作品。1917年のロシア革命の経緯を、臨時政府に対する大衆の抗議やレーニンの活動を名匠ミハイル・ロンムがダイナミックに再現したもので、レーニンがユーモラスに描かれていることも特徴的。
(1937)監督・ミハイル・ロンム、ドミトリー・ワシーリエフ、脚本・アレクセイ・カプレル、撮影・ボリス・ヴォルチョク、美術・ボリス・ドゥブロフスキー=エシュケ、ニコライ・ソロヴィヨフ、音楽・アナトーリー・アレクサンドロフ
出演・ボリス・シチューキン、ニコライ・オフロープコフ、K・コーロボワ、ワシリー・ワーニン、ウラジーミル・ポクロフスキー、A・コワレフスキー、ニコライ・スヴォボジン、セミョーン・ゴリトシュタブ、ニコライ・ソコロフ
(101分・35mm・白黒)


1938
★アレクサンドル・ネフスキー Александр Невский
中世ロシアにおける、君主ネフスキー(チェルカーソフ)率いるノヴゴロド軍とドイツ騎士団との戦いを、「社会主義リアリズム」路線以降、過去の自分の作品を厳しく批判されていた巨匠エイゼンシュテインが描き、大成功を収めた作品。製作当時のソ連とドイツとの緊張状態が重ね合わされているが、公開の翌年に独ソ不可侵条約が結ばれると上映中止となり、41年のドイツ軍侵攻と同時に再公開された。
(1938モスフィルム)監督脚本・セルゲイ・エイゼンシュテイン、監督・ドミトリー・ワシーリエフ、脚本・ピョートル・パヴレンコ、撮影・エドゥアルド・ティッセ、美術・ヨシフ・シュピネリ、ニコライ・ソロヴィヨフ、音楽・セルゲイ・プロコフィエフ
出演・ニコライ・チェルカーソフ、ニコライ・オフロプコフ、アンドレイ・アブリコーソフ、ドミトリー・オルロフ、ワシリー・ノヴィコフ
(108分・35mm・白黒)

★ヴォルガ・ヴォルガ Волга-Волга
スターリン時代にあって、『陽気な連中』(1934年)や『サーカス』(1936年)といったミュージカル・コメディに力を発揮したアレクサンドロフの作品。ヴォルガ河を遡ってモスクワに向かう船の上で、社会諷刺を絡めつつ陽気な歌と踊りが繰り広げられる。
(1938)監督脚本・グリゴーリー・アレクサンドロフ、脚本・ミハイル・ヴォリピン、ニコライ・エルドマン、撮影・ウラジーミル・ニールセン、ボリス・ペトロフ、美術・ゲオルギー・グリフツォフ、M・カリャーキン、音楽・イサーク・ドゥナエフスキー
出演・イーゴリ・イリインスキー、リュボーフィ・オルローワ、パーヴェル・オレネフ、アンドレイ・トゥティシュキン、セルゲイ・アンチモノフ、ウラジーミル・ヴォロジン、マリヤ・ミローノワ
(106分・35mm・白黒)



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# by sentence2307 | 2018-07-11 11:31 | 映画 | Comments(0)

1940
★政府委員 Член правительства
1930年から1950年まで、共同監督としてコンビを組んだザルヒとヘイフィッツによる代表作。文字を読めない農婦の主人公(マレーツカヤ)がコルホーズ(集団農場)に加入し、やがて議長に選ばれ、さまざまな困難を克服して集団化を成功させるまでが描かれる。
(1940レンフィルム)監督・アレクサンドル・ザルヒ、ヨシフ・ヘイフィッツ、脚本・カテリーナ・ヴィノグラーツカヤ、撮影・アレクサンドル・ギンツブルグ、美術・オリガ・プチェリニコワ、ウラジーミル・カリャーギン、音楽・ニコライ・チモフェーエフ
出演・ヴェラ・マレーツカヤ、ワシリー・ワーニン、ニコライ・クリュチコフ、コンスタンチン・ソローキン、ワレンチナ・テレーギナ
(103分・35mm・白黒)


1943
★私の鶯
満州映画協会と日本の東宝が組んで製作した、ハルビンを舞台に繰り広げられる歌謡映画で、台詞のかなりの部分がロシア語である。李香蘭の演じる日本人少女が、育ての親である亡命ロシア人から学んだロシア語の歌を熱唱するが、映画は当時の日本では公開されなかった。
(1943)監督脚本・島津保次郎、原作・大仏次郎、撮影・福島宏、音楽・服部良一、
出演・李香蘭(山口淑子)、黒井洵(二本柳寛)、千葉早智子、松本光男、進藤英太郎、グリゴーリー・サヤーピン、ワシーリー・トムスキー、ニーナ・エンゲルガルド、オリガ・マシュコワ
(99分・35mm・白黒)


1944
★イワン雷帝 第1部 Иван Грозный(1-я серия)
初代皇帝(ツァーリ)としてロシア帝国の強大化に尽力したイワン4世(雷帝)を描いたエイゼンシュテイン最後の作品。第1部では、封建制の支配するロシアを中央集権国家にまとめ上げる過程が綴られるが、戦火を逃れて疎開先のアルマ・アタ(現カザフスタン)で撮影された。
(1944)監督脚本・セルゲイ・エイゼンシュテイン、撮影・エドゥアルド・ティッセ、アンドレイ・モスクヴィン、美術・ヨシフ・シュピネリ、音楽。・セルゲイ・プロコフィエフ
出演・ニコライ・チェルカーソフ、リュドミーラ・ツェリコフスカヤ、セラフィーマ・ビルマン、パーヴェル・カードチニコフ、ミハイル・ジャーロフ、アンヴロシー・ブーチマ、ミハイル・クズネツォフ、ミハイル・ナズワーノフ、アンドレイ・アブリコソフ、マクシム・ミハイロフ、フセヴォロド・プドフキン、アレクサンドル・ムゲブロフ
(99分・35mm・白黒)



1946 1958

★イワン雷帝 第2部 Иван Грoзный (Сказ второй: Боярский заговор)
1946年にモスクワで完成された第2部では、イワン雷帝と貴族たちによる権謀術数渦巻く暗闘が描かれる。だが、時の権力者スターリンからは、独裁者の孤独と狂気を描いた作品として不興を買い、ようやく公開されたのは1958年、エイゼンシュテインとスターリンの両名が歿した後であった。一部撮影された第3部のフッテージも、ほとんど破棄された。最後のカラー部分は、エイゼンシュテイン唯一の色彩映像。
(1946/1958モスフィルム=アルマアタ中央合同撮影所)監督脚本・セルゲイ・エイゼンシュテイン、撮影・アンドレイ・モスクヴィン、エドゥアルド・ティッセ美術・ヨシフ・シュピネリ、音楽・セルゲイ・プロコフィエフ
出演・ニコライ・チェルカーソフ、ミハイル・ジャーロフ、アンヴロシー・ブーチマ、ミハイル・クズネツォフ、アンドレイ・アブリコーソフ
(85分・35mm・パートカラー)


1947
★諜報員 Подвиг разведчика
第2次世界大戦中、敵国ドイツの司令部に潜入したソ連軍の少佐が、いくつもの危険を巧妙にすり抜けてスパイの使命を果たす。フリッツ・ラング作品を想起させるサスペンスたっぷりの活劇で、ソ連娯楽映画の王ボリス・バルネットが演出力を存分に発揮した。
(1947)監督出演・ボリス・バルネット、脚本・ミハイル・ブレイマン、コンスタンチン・イサーエフ、ミハイル・マクリャルスキー、撮影・ダニール・デムツキー、美術・モリツ・ウマンスキー、音楽・ドミトリー・クレバーノフ、オスカル・サンドレル
出演・パーヴェル・カードチニコフ、ヴィクトル・ドヴロヴォリスキー、ミハイル・ロマノフ、ドミトリー・ミリュテンコ、ピョートル・アルジャノフ
(92分・35mm・白黒)


1949
★「クバンのコサック」Kinopoisk.ru
(1949年)監督・イワン・プィリエフ
 イワン・プィリエフ監督(監督、脚本家で後にモスフィルムの社長になった)の作品。ソ連のクバン地域のコルホーズで働く男女の恋愛物語。ソ連の農民の生活を美しく、繁栄したものに描くことが目的であった。この映画の皮肉な点は、第二次世界大戦の終結から4年後、国民の多くが飢えていた時期に、これが公開されたことである。映画関係者の回想録によれば、一部のキャストは、豊かな土地の恵みを演出するために用意された偽の農産物を見つけた際、飢えのあまりセットで失神したという。


1957
★鶴は翔んでゆく(戦争と貞操) Летят журавли
フランスのカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲得した、唯一のソ連またはロシアの映画である。一通の召集令状が幸せなカップルを引き裂き、ボリス(バターロフ)は戦場で消息を絶つ。ヴェロニカ(サモイロワ)はボリスの帰りを待てず、彼の従兄弟と結婚してしまう。
撮影カメラマンのセルゲイ・ウルセフスキーは、中断や編集のない、数分続く長いカメラの「フレーズ」の使用などの技術を採用し当時は芸術面と技術面の両方で革新的であった。ウルセフスキーはまた、現代映画の製作の定番である、ショットを追跡する円形レールを初めて使用した。だが発明の特許申請は一切しなかった。流麗でみずみずしいキャメラワークを実現した撮影監督ウルセフスキーは、その後も『怒りのキューバ』(1964)などの力作でカラトーゾフとコンビを組んだ。この愛と友情の美しい物語は、第二次世界大戦の勃発、家族の争い、主人公の選択により、悲劇的な流れになる。ソ連の理想的な一部ではなく、個性的で複雑な個人が描かれているため、当局から猛批を受けた。
(1957モスフィルム)監督・ミハイル・カラトーゾフ、原作脚本・ヴィクトル・ローゾフ、撮影・セルゲイ・ウルセフスキー、美術・エヴゲニー・スヴィデーテレフ、音楽・モイセイ・ワインベルグ
出演・タチヤーナ・サモイロワ、アレクセイ・バターロフ、ワシリー・メルクーリエフ、アレクサンドル・シュヴォーリン、スヴェトラーナ・ハリトーノワ、コンスタンチン・ニキーチン、ワレンチン・ズブコフ
(96分・35mm・白黒)


1959
★誓いの休暇 Баллада о солдате
第二次世界大戦中、功績を挙げた褒美として6日間の特別休暇をもらった19歳の兵士アリョーシャ(イワショフ)の帰郷を描く。『女狙撃兵マリュートカ』(1956)などの戦争映画でも知られるチュフライが、曇天から一瞬のぞく陽の光のようにはかない若者の安らぎに、戦争のむなしさを凝縮させた。
(1959モスフィルム)監督脚本・グリゴリー・チュフライ、脚本・ワレンチン・エジョフ、撮影・ウラジーミル・ニコラーエフ、エラ・サヴェリエワ、美術・ボリス・ネメチェク、音楽・ミハイル・ジーフ
出演・ウラジーミル・イワショフ、ジャンナ・プロホレンコ、アントニーナ・マクシーモワ、ニコライ・クリュチコフ、エヴゲニー・ウルバンスキー、エリザ・レジデイ
(87分・35mm・白黒)


★人間の運命 Судьба человека
若くして人民芸術家の称号を得た名優・ボンダルチュクの初監督作品で、原作はミハイル・ショーロホフの同名小説。恵まれない青春時代を過ごした主人公(ボンダルチュク)が、似た境遇の女性(キリエンコ)と結婚して一男二女を授かり、ようやく幸福を手にしたかと思えたが、第二次世界大戦の勃発により、彼の人生は暗転してしまう…。第1回モスクワ国際映画祭グランプリ受賞。
(1959モスフィルム)監督出演・セルゲイ・ボンダルチュク、原作・ミハイル・ショーロホフ、脚本・ユーリー・ルキーン、フョードル・シャフマゴノフ、撮影・ウラジーミル・モナホフ、美術・イポリット・ノヴォデリョシキン、セルゲイ・ヴォロンコフ、音楽・ヴェニアミン・バスネル
出演・パーヴリク(パーヴェル)・ボリスキン、ジナイーダ・キリエンコ、パーヴェル・ヴォルコフ、ユーリー・アヴェーリン
(101分・35mm・白黒)


★ホヴァンシチナ Хованщина
ムソルグスキーの同名オペラを映画化。ピョートル大帝が目指す西欧的な近代化に反対する、ホヴァンスキー公一派の謀反の顛末が描かれる。題名は「ホヴァンスキー事件」の意味。オペラ完成前にムソルグスキーが亡くなったため、複数の作曲家により異なる実用楽譜が作成されてきたが、本作のショスタコーヴィチ版は最も原曲に忠実と評価されている。
(1959モスフィルム)監督脚本・ヴェラ・ストロエワ、脚本・アンナ・アブラモワ、脚本音楽・ドミトリー・ショスタコーヴィチ、撮影・ヴィクトル・ドムブロフスキー、美術・アレクサンドル・ボリソフ、音楽・モデスト・ムソルグスキー
出演・アレクセイ・クリフチェニャ、アントン・グリゴリエフ、エヴゲニー・キブカロ、マルク・レイゼン、アレクセイ・マスレンニコフ、マイヤ・プリセツカヤ
(124分 → 131分・35mm・白黒 → カラー)


1960
★復活 前篇 Воскресение(1-я серия)
レフ・トルストイが1899年に発表した同名小説を映画化。各国で映画化されてきたが、日本では、悲運の女性カチューシャの物語として知られている。若い貴族ネフリュードフ(マトヴェーエフ)が殺人事件の裁判の陪審員を務めることになるが、その被告カチューシャ(ショミナ)は、彼が以前弄んで捨てた女性であった。
(1960モスフィルム)監督脚本・ミハイル・シヴェイツェル、原作・レフ・トルストイ、脚本・エヴゲニー・ガブリローヴィチ、撮影・エラ・サヴェリエワ、美術・ダヴィド・ヴィニツキー、音楽・ゲオルギー・スヴィリドフ
出演・タマーラ・ショミナ、エヴゲニー・マトヴェーエフ、パーヴェル・マサリスキー、ヴィクトル・クラコフ、レフ・ゾロトゥーヒン、マリヤ・ヴィノグラドワ、ニコライ・セルゲーエフ
(99分・35mm・カラー)


1962
★娘たち Девчата
シベリアの村でコックとして働き始めたトーシャ(ルミャンツェワ)は、素直で明るい女の子。男の子のイリヤ(ルィブニコフ)に親しくされ、これが恋だと大喜び。やがてそれは、イリヤとその悪友たちによる悪戯であることが分かり、トーシャは彼との絶交を決意する。だがこの時、イリヤは本当にトーシャを好きになっていた…。心温まるロマンティック・コメディ。
(1962モスフィルム)監督・ユーリー・チュリュキン、原作脚本・ボリス・ベードヌィ、撮影・チモフェイ・レベシェフ、美術・ユーリー・ライズマン、音楽・アレクサンドラ・パフムトワ
出演・ナデージダ・ルミャンツェワ、ニコライ・ルィブニコフ、リュシエナ・オフチーンニコワ、スタニスラフ・ヒトロフ、インナ・マカロワ、スヴェトラーナ・ドルジニナ
(96分・35mm・白黒)

★復活 後篇 Воскресение(2-я серия)
カチューシャ(ショミナ)の置かれた過酷な状況に責任を感じたネフリュードフ(マトヴェーエフ)は、彼女との結婚を決意しシベリアへ向かう。そして、彼女への扱いを刑事犯から政治犯に変え、労働の負担を軽減させる。しかし、政治犯の若者シモンソン(グーセフ)からカチューシャとの結婚を告白され、ネフリュードフは新たな悩みに苦しむことになる…。
(1962モスフィルム)監督脚本・ミハイル・シヴェイツェル、原作・レフ・トルストイ、脚本・エヴゲニー・ガブリローヴィチ、撮影・セルゲイ・ポルヤノフ、美術・アブラム・フレイジン、音楽・ゲオルギー・スヴィリドフ
出演・タマーラ・ショミナ、エヴゲニー・マトヴェーエフ、ニコライ・セルゲーエフ、アナスタシヤ・ズーエヴァ、ワシリー・リワノフ、ウラジーミル・グーセフ、クラーラ・ルミャノワ
(107分・35mm・カラー)

★僕の村は戦場だった Иваново детство
タルコスフキーの長篇第一作。ドイツ軍の侵攻により家族を失った12歳の少年イワン(ブルリャーエフ)が、祖国のために進んでパルチザンに参加し危険な任務に身を投じていく姿が、詩情豊かに描かれる。1962年ヴェネツィア国際映画祭サン・マルコ金獅子賞受賞。
(1962モスフィルム)監督・アンドレイ・タルコフスキー、原作脚本・ウラジーミル・ボゴモーロフ、脚本・ミハイル・パパーワ、撮影・ワジーム・ユーソフ、美術・エヴゲニー・チェルニャーエフ、音楽・ヴャチェスラフ・オフチンニコフ
出演・コーリャ(ニコライ)・ブルリャーエフ、ワレンチン・ズブコフ、エヴゲニー・ジャリコフ、ステパン・クルイロフ、ニコライ・グリンコ、ドミトリー・ミリュテンコ、ワレンチナ・マリャーヴィナ、イリーナ・タルコフスカヤ
(95分・35mm・白黒)

★私は20歳 Мне двадцать лет(Застава Ильича)
生きることの意義に思い悩む青年の内面が、女性カメラマンのピリーヒナが捉えるモスクワの四季の変化とともに描き出されるみずみずしい青春映画。「雪解け」時代のソ連文化の輝きを伝える貴重なモニュメントで、アンドレイ・タルコフスキー監督も友情出演したが、当初は公開を許可されず、1988年に初めて完全版が公開された。
(1962)監督脚本・マルレン・フツィーエフ、脚本・ゲンナージー・シュパリコフ、撮影・マルガリータ・ピリーヒナ、美術・イリーナ・ザハーロワ、音楽・ニコライ・シデリニコフ
出演・ワレンチン・ポポフ、ニコライ・グベンコ、スタニスラフ・リュプシン、マリアンナ・ヴェルチンスカヤ、スヴェトラーナ・スタリコワ
(198分・35mm・白黒)


1965-1967
★戦争と平和 Война и мир
 セルゲイ・ボンダルチュク監督の、4部作の作品。アメリカのアカデミー賞外国語映画賞を受賞している。レフ・トルストイの小説を映画化した作品としては最高作と考えられており、ソ連で最も製作費の高額な映画である。戦闘シーンのために、ソ連国防省は1500人の特別な映画騎兵連隊を派遣した。この連隊は、その後多くの映画に出演している。製作期間は6年。国内の博物・美術館58館のコレクションが使われ、ソ連企業40社以上が嗅ぎたばこ入れから農作業用荷車までの兵器や小道具をつくった。また、衣装9000枚、円筒帽1万2000個、ボタン20万個がつくられた他、ロシアとフランスのメダルや武器の精巧なレプリカも用意された。この映画の激しい戦闘シーンや戦場のパノラマ・カメラ・ショットの革新も特徴である。たとえば、1812年ボロジノの戦いのシーンには、フランス軍とロシア軍の950人の騎兵連隊と1万5000人の歩兵が登場している。文豪トルストイを原作に仰ぎ、ナポレオン軍が君臨した19世紀初頭のヨーロッパを舞台に繰り広げられる雄大な歴史絵巻。ソ連の国家事業ともいえる巨大規模で製作され、伯爵の娘ナターシャをめぐる男たちの愛憎を軸に、絢爛たる舞踏会のシーン、史上最大規模のエキストラを動員した戦闘シーンなど圧倒的なスケールを誇る。
(1965-1967)監督脚本出演・セルゲイ・ボンダルチュク、原作・レフ・トルストイ、脚本・ワシーリー・ソロヴィヨフ、撮影・アナトーリー・ペトリツキー、美術・ミハイル・ボグダーノフ、ゲンナージー・ミャスニコフ、アレクサンドル・ボリゾフ、ニコライ・トルカチョフ音楽・ヴァチェスラフ・オフチンニコフ
出演・リュドミーラ・サヴェリエワ、ヴャチェスラフ・チホノフ、ヴィクトル・スタニツィン、キーラ・イワノワ=ゴロフコ、オレグ・タバコフ
(425分・35mm・カラー)


1966
★「アンドレイ・ルブリョフ」Kinopoisk.ru
(1966年)監督・アンドレイ・タルコフスキー
 この映画は、ロシアの国民的な性格、芸術的および文化的美しさ、悲劇的な歴史をとらえている。ソ連のイデオロギーに反する宗教的、哲学的なニュアンスにより、当局によって長年禁じられていた作品。15世紀ごろのイコン画家ルブリョフの伝記で、ロシアの歴史と文化における芸術家の役割を哲学的に説きながら、中世ロシアのさまざまな題材に触れている。アンドレイ・タルコフスキー監督は長編映画をわずか7作しかつくっていないが、どれも傑作とみなされている。


1967
★「七月の雨」Kinopoisk.ru
(1967年)
 当時の最も知的かつ強力な映画の一つと考えられている、マルレン・フツィエフ監督の作品。フルシチョフの雪解けの時代のとても個性的、芸術的な映画で、フランスのニュー・ウェーブの映画をほうふつとさせる。
 ユーリー・ヴィズボル、ブラト・オクジャワ、エヴゲニー・クリャチキンなど、1960年代の吟遊詩人や詩人が広めたソ連の人気のジャンルを背景にしている。アンドレイ・タルコフスキー監督やアレクサンドル・ミッタ監督などが、端役としてこの映画に出演しているのもおもしろい。これは、考え方や信念を変えることを余儀なくされる30代の男女の、夏から秋にかけての恋愛を描いている作品である。


1968~1979
★ユーリー・ノルシュテイン選集
アニメーション作家ユーリー・ノルシュテイン(1941- )が世界的名声を確立した作品の選集。1920年代の前衛芸術を引用し、ショスタコーヴィチの革命交響楽に乗せてロシア革命を描く『25日・最初の日』、リムスキー=コルサコフのオペラ「見えざる町キーテジ」に基づき、15~16世紀のフレスコ画や細密画を用いて戦乱と文化衝突を表現した『ケルジェネツの戦い』、民衆絵画のモチーフを活き活きと動かしてロシアのポピュラーな民話を語る『キツネとウサギ』、日本の浮世絵や水墨画の要素を取り入れてもどかしい恋模様を描く『アオサギとツル』、原作の児童文学を大胆に拡張し、驚きと幻想美に満ちた世界を実現した『霧の中のハリネズミ』、ノルシュテインの幼少期の記憶を掘り下げ昇華した映像詩『話の話』の全6本。(計80分・DCP・カラー)
★25日・最初の日  25-е — первый день(9分・DCP・カラー)
(1968ソユズムリトフィルム)監督美術・ユーリー・ノルシュテイン、アルカージー・チューリン、撮影・ウラジーミル・サルハーノフ、音楽・ドミトリー・ショスタコーヴィチ
★ケルジェネツの戦い Сеча при Кeрженце(10分・DCP・カラー)
(1971ソユズムリトフィルム)監督脚本・イワン・イワノフ=ワノー、監督・ユーリー・ノルシュテイン、撮影・ウラジーミル・サルハーノフ、美術・マリーナ・ソコローワ、アルカージー・チューリン、音楽・ニコライ・リムスキー=コルサコフ
★キツネとウサギ Лиса и заяц(12分・DCP・カラー)
(1973ソユズムリトフィルム)監督・ユーリー・ノルシュテイン、撮影・テオドール・ブニモーヴィチ、美術・フランチェスカ・ヤールブソワ、音楽・ミハイル・メエローヴィチ、解説・ヴィクトル・ホフリャコーフ
★アオサギとツル Цапля и журавль(10分・DCP・カラー)
(1974ソユズムリトフィルム)監督脚本・ユーリー・ノルシュテイン、脚本・ロマン・カチャーノフ、撮影・アレクサンドル・ジュコーフスキー、美術・フランチェスカ・ヤールブソワ、音楽・ミハイル・メエローヴィチ、解説・インノケンチー・スモクトゥノフスキー
★霧の中のハリネズミ Ёжик в тумане(10分・DCP・カラー)
(1975ソユズムリトフィルム)監督脚本・ユーリー・ノルシュテイン、原作脚本・セルゲイ・コズロフ、撮影・アレクサンドル・ジュコーフスキー、美術・フランチェスカ・ヤールブソワ、美術・ミハイル・メエローヴィチ、解説・アレクセイ・バターロフ
出演・ヴャチェスラフ・ネヴィンヌィ、マリヤ・ヴィノグラドワ
★話の話 Сказка сказок(29分・DCP・カラー)
(1979ソユズムリトフィルム)監督脚本・ユーリー・ノルシュテイン、脚本・リュドミーラ・ペトルシェフスカヤ、撮影・イーゴリ・スキダン=ボーシン、美術・フランチェスカ・ヤールブソワ、音楽・ミハイル・メエローヴィチ、ヨハン・セバスチャン・バッハ、ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルト
出演・アレクサンドル・カリャーギン


1971
★ざくろの色
(1971)監督・セルゲイ・パラジャーノフ
ある宮廷詩人の半生。アンドレイ・タルコフスキーの盟友であり、自身もロシアを代表する監督セルゲイ・パラジャーノフ。彼が18世紀に活躍したアルメニアの宮廷詩人サヤト・ノヴァを描いた作品。サヤト・ノヴァの幼少期から死までを8つの章に分け、不思議な映像美で描いている。物語性はないが、サヤト・ノヴァの出身地アルメニアやグルジアなどの伝統舞踊や演劇の手法を取りいれた内容は、今もなお鮮やかなカラーと共に見る者を引き付ける。


1972
★惑星ソラリス
(1972)
『2001年宇宙の旅』と並ぶSF映画の名作。アンドレイ・タルコフスキー監督の名を一躍世界に知らしめたSF映画。この映画が制作された当時、ロシアはまだ「ソビエト連邦」という国であり、アメリカとは冷戦が続いている状態だったが、本作はカンヌ国際映画祭でも高く評価された。惑星ソラリスを探索中の宇宙ステーション「プロメテウス」。しかし、地球との交信が途切れてしまったため、クリス(ドナタス・バニオニス)は調査のためにソラリスへ向かう。そこで彼が見たものは。ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの小説『ソラリス』に大胆なアレンジを加え、圧倒的な映像美を作り出した。日本の首都高で車を走らせているシーンもある。


1975
★デルス・ウザーラ Дерсу Узала
探検家アルセーニエフとその仕事を助けた猟師デルスの友情を、極東ウスリー地方の大針葉樹林を背景に描いた大作で、風などの自然の表現も素晴らしい。モスフィルムに招かれた黒澤明が、苛酷な長期ロケーションの果てに、若き日からの映画化の夢をついに実現した一本。
(1975)(監)(脚)黒澤明(原)ウラジーミル・アルセーニエフ(脚)ユーリー・ナギービン(撮)中井朝一、ユーリー・ガントマン、フョードル・ドブロヌラヴォフ(美)ユーリー・ラクシャ(音)イサーク・シュワルツ
(出)ユーリー・ソローミン、マクシム・ムンズク、スヴェトラーナ・ダニリチェンコ、ディマ・コルシコフ、スイメンクル・チョクモロフ、ウラジーミル・クレメナ
(143分・35mm・カラー)




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# by sentence2307 | 2018-07-11 11:28 | 映画 | Comments(0)
1979
★五つの夜に(102分・35mm・白黒) Пять вечеров
戦争に引き裂かれ、17年を離れて暮らした中年の男女が再会する。愛情を取り戻すまでに2人が出あう五夜の描写を通して、戦争の傷と2人の心理が浮き彫りになる。別作品の撮影中断を利用して1か月ほどで撮影したものだが、ほのかな叙情が漂う佳品となった。
(1979)監督脚本出演・ニキータ・ミハルコフ、原作・アレクサンドル・ヴォロジン、脚本美術出演・アレクサンドル・アダバシャン、撮影・パーヴェル・レーベシェフ、美術・アレクサンドル・サムレキン
出演・リュドミーラ・グルチェンコ、スタニスラフ・リュプシン、ワレンチナ・テリーチキナ、ラリーサ・クズネツォーワ、イーゴリ・ネフョードフ
(102分・35mm・白黒)

★ストーカー
(1979) 監督・アンドレイ・タルコフスキー、
信じなくても生きていける強さ。 ただどうやったらこんなに日常風景を非日常にできるんだ。
アンドレイ・タルコフスキー監督が『惑星ソラリス』に続いて発表したSF映画です。この映画の「ストーカー」は、「案内人」という意味で使用されています。
解明不能な出来事が発生したため、住民が犠牲になってしまい、閉鎖されてしまったある地区。政府が「ゾーン」と呼び立ち入り禁止にしているこの場所は、いつしか「願いが叶う部屋が存在する」と噂がたち、希望者は「ストーカー」と呼ばれるものによって案内されていました。
ある日、「ストーカー」の基へ二人の男性が訪ね、「ゾーン」へ連れて行って欲しいと言うのですが……


1980
★モスクワは涙を信じない Москва слезам не верит
 1981年、アメリカのアカデミー賞外国語映画賞を受賞した作品。1985年、アメリカのロナルド・レーガン大統領(元俳優)は、ソ連のミハイル・ゴルバチョフ書記長と歴史的な会談を行う前に、ロシア人の心を理解するためにこの映画を複数回見たという。ウラジーミル・メニショフ監督も、出演者も、ほとんど無名であった。ソ連の有名な俳優らは、ステータスの高くないこの作品への出演を辞退していた。だがソ連女性の多角的な生活を描いたこの映画は大ヒット。出演者は大スターになった。主人公の女性は妊娠した後、彼氏に捨てられる。絶望したものの、その後生活は変わっていく。1950年代末、自由な時代をともに過ごし、その後それぞれ異なる人生を歩む3人の女性。世の荒波を乗り越えた20年後の女たちの三者三様の人生を描くメロドラマで、ソ連社会の時代的変遷を背景に、物語がリズミカルに展開される。
(1980)監督・ウラジーミル・メニショフ、脚本・ワレンチン・チェルヌィフ、撮影・イーゴリ・スラブネーヴィチ、美術・サイード・メニャリシチコフ、音楽・セルゲイ・ニキーチン
出演・ヴェーラ・アレントワ、アレクセイ・バターロフ、イリーナ・ムラヴィヨーワ、ライーサ・リャザーノワ、ナターリヤ・ワヴィロワ
(149分・35mm・カラー)


1983
★アンナ・パブロワ Анна Павлова
不世出のバレリーナ、アンナ・パブロワの伝記映画。幼少期から50歳で最期を迎えるまでの生涯が描かれる。ソ連と英国による合作で、バレエ映画の傑作『赤い靴』(1948)で知られるマイケル・パウエルがプロデューサーを務めている。「瀕死の白鳥」をはじめ「ジゼル」、「白鳥の湖」、「コッペリア」、「イーゴリ公」などのバレエ上演場面が壮観。
(1983モスフィルム=ソヴィン・フィルム=ポセイドン・フィルムズ)監督脚本・エミーリ・ロチャヌー、撮影・エヴゲニー・グスリンスキー、ウラジーミル・ナハブツェフ、美術・ボリス・ブランク、音楽・エヴゲニー・ドガ
出演・ガリーナ・ベリャーエワ、ジェイムズ・フォックス、セルゲイ・シャクーロフ、フセヴォロド・ラリオーノフ、リーナ・ブルダコワ、ゲオルゲ・ディミトリウ、マーティン・スコセッシ
 (134分・35mm・カラー)


1984
★転校生レナ Чучело
モスクワから祖父のいる地方の学校に転校してきた13歳の少女レナ(オルバカイテ)。優等生のジーマ(エゴーロフ)に優しくされたのが嬉しくて、慣れない学校への登校も苦痛ではなかった。しかし、教師に告げ口をした彼をかばったことから、レナは激しいいじめの対象にされてしまい、ジーマも見て見ぬふりをしてしまう。ペレストロイカ以前の教育現場を描いた社会派ドラマ。
(1984モスフィルム)監督脚本出演・ロラン・ブイコフ、原作脚本・ウラジーミル・ジェレズニコフ、撮影・アナトリー・ムカセイ、美術・エヴゲニー・マルコヴィチ、音楽・ソフィア・グバイドゥーリナ
出演・クリスチーナ・オルバカイテ、ユーリー・ニクーリン、ミーチャ(ドミトリー)・エゴーロフ、エレーナ・サナーエワ
(125分・35mm・カラー)


1986
★不思議惑星キン・ザ・ザ  Кин-дза-дза
(1986)監督・ゲオルギー・ダネリヤ
ゲオルギー・ダネリヤ監督のブラック風味のSFコメディ映画で、日本の初公開は1991年でした。1986年の公開当時、ソ連全土では観客動員数が1570万人という驚異的な数字を記録し、今も熱狂的なファンのいるカルト作品。モスクワに住むウラジミールとゲデバンは、冬のモスクワにも関わらず裸足で奇妙なことを口走る男に出会う。彼は、自分が空間転移装置の事故によって異星から地球に飛ばされてきたと主張するが、突飛な話し過ぎて誰もそれを信じない。しかし、二人は男の持っていた転移装置により、キン・ザ・ザ星雲にある惑星ブリュクまで飛ばされてしまう、何とか地球に戻ろうと奮闘する二人。間抜けながらも狡猾な宇宙人と人間たちの掛け合いが楽しい、コミカルな雰囲気に満ちたSF作品。「クー」という挨拶などが人気を呼び、日本でもファンが多い。
(1986)監督脚本・ゲオルギー・ダネリア、脚本・レワズ・ガブリアゼ、撮影・パーヴェル・レーベシェフ、美術・アレクサンドル・サムレキン、テオドル・テジク、音楽・ギア・カンチェリ
出演・スタニスラフ・リュプシン、エヴゲーニー・レオーノフ、ユーリー・ヤコブレフ、レワン・ガブリアゼ
(134分・35mm・カラー)


1989
★未来への伝言 Шаг
1961年、ソ連から超法規的措置で生ワクチンが輸入され、日本のポリオ禍は鎮静化へと向かう。松山善三監督『われ一粒の麦なれど』(1964)にも描かれたこの出来事に至る経緯を、生ワクチンの緊急輸入を訴えて奔走した母親・圭子(栗原)の視点から描く。監督のミッタは、本作に先立つ日ソ合作映画『モスクワわが愛』(1973)でも栗原小巻を演出した。
(1989モスフィルム=仕事)監督脚本・アレクサンドル・ミッタ、脚本・岩間芳樹、ビクトル・メレシコ、ウラジーミル・ツヴェートフ、撮影・ワレーリー・シュヴァーロフ、美術・坂口岳玄、イーゴリ・レメシェフ、音楽・アルフレート・シュニトケ
出演・栗原小巻、レオニード・フィラートフ、オレーク・タバコフ、内藤武敏、久米明、エレーナ・ヤーコヴレワ、ウラジーミル・イリイン
(111分・35mm・カラー)

★令嬢ターニャ Интердевочка
昼は看護師、夜は娼婦という二重生活を送るターニャ(ヤーコブレワ)は、顧客のスウェーデン人から求婚される。だが、憧れの豊かな海外生活をつかむには、乗り越えねばならない数多くの障害―父との確執、金銭、自分の過去―があった。当時のソ連社会の一面を描いた本作は国内で大ヒットし、主演のヤーコヴレワを一躍スターに押し上げた。第3回東京国際映画祭審査員特別賞、最優秀女優賞受賞。
(1989モスフィルム=フィルムスターレット)監督音楽・ピョートル・トドロフスキー、原作脚本・ウラジーミル・クーニン、撮影・ワレリー・シュワーロフ、美術・ワレンチン・コノワーロフ
出演・エレーナ・ヤーコヴレワ、トマス・ラウスチオラ、ラリーサ・マレワンナヤ、アナスタシヤ・ネモリャエワ、リュボフィ・ポリシチューク、インゲボルガ・ダプクナイテ、イリーナ・ロザノワ
(149分・35mm・カラー)


1990
★「無力症候群」Kinopoisk.ru
(1990年)監督・キーラ・ムラトワ
 ロシアでも、海外でも、映画監督は男性が圧倒的に多かった。ソ連映画界において、キーラ・ムラトワは絶賛された例外的な監督であった。「無力症候群」は、ペレストロイカ前のソ連とペレストロイカまっただ中のソ連の2つの時代を描いている。この2部はつながっていない。モノクロの第1部は、夫を亡くした女性の物語。カラーの第2部は、無力症に悩む女性の物語。この作品は第40回ベルリン国際映画祭銀熊賞などの、さまざまな賞を受賞している。


1992
★ストーン クリミアの亡霊 Камень
黒海沿岸にある、博物館となったチェーホフの家で宿直する青年が、夜ごと訪れるチェーホフの亡霊と親交を深めてゆく。『エルミタージュ幻想』(2002年)や今夏の日本公開予定の『太陽』などで世界の注目を集めるソクーロフの作品で、幻想的な切なさがにじみ出ている。
(1992)監督・アレクサンドル・ソクーロフ、脚本・ユーリー・アラーボフ、撮影・アレクサンドル・ブーロフ、美術・ウラジーミル・ソロヴィヨフ
出演・レオニード・モズゴヴォイ、ピョートル・アレクサンドロフ、ワジム・セミョーノフ
(88分・35mm・白黒)


1994
★太陽に灼かれて
(1994)監督・ニキータ・ミハルコフ
1936年、スターリンによる大粛清で混乱するソ連を舞台に、巨匠ニキータ・ミハルコフが制作した名作です。
本作は実は三部作で、ミハルコフ監督は、2010年に『戦火のナージャ』、2011年の『遥かなる勝利へ』を制作しました。ちなみに、作中に出演しているコトフ大佐は監督が、その娘ナージャは監督の愛娘が演じています。
10年ぶりに元恋人マルーシャ(インゲボルガ・ダクネイト)の家を訪ねたドミトリ(オレグ・メンシコフ)。マルーシャはすでにコトフ大佐と結婚し、二人の間には一人娘のナージャ(ナージャ・ミハルコフ)がいました。ドミトリは、そんな彼らに自分の正体を隠して接近しするが。


1996
★コーカサスの虜 Кавказский пленник
チェチェンの老人に捕まった2人のロシア兵が、捕虜生活の中で美しい娘と知り合うが、やがて悲劇の結末を迎える。トルストイの短篇を現代に置き換え、チェチェンとロシアの間に横たわる問題をえぐった。兵士ワーニャに扮した監督の子息は、新世代のスターと目されながらも2002年に事故死。
(1996)監督脚本・セルゲイ・ボドロフ、原作・レフ・トルストイ、脚本・アリフ・アリエフ、ボリス・ギレル、撮影・パーヴェル・レーベシェフ、美術・ワレーリー・コストリン、音楽・レオニード・デシャートニコフ
出演・オレグ・メンシコフ、セルゲイ・ボドロフJr、スサンナ・メフラリエワ、ジェマル・シハルリゼ
(95分・35mm・カラー)


1997
★「ロシアン・ブラザー」Kinopoisk.ru
(1997年)監督・アレクセイ・バラバノフ
 アレクセイ・バラバノフ監督の犯罪ドラマ。ソ連が消滅した後の時代の象徴であり、若者の間で大人気となった。ソ連崩壊後、ロシアの通りで横行した強盗、恐喝、その他の犯罪が描かれている。主人公は第一次チェチェン紛争から帰還した若き退役兵士ダニーラ・バグロフ。新しい社会で自分の居場所を見つけようとする。少額の予算で、撮影期間はわずか31日。だが大ヒットし、2000年には「ロシアン・ブラザー2」も公開された。


1998
★フルスタリョフ、車を! Хрусталёв, машину!
1953年冬、のちに「医師団陰謀事件」と呼ばれる事件に巻きこまれて逮捕されたクレンスキー将軍(ツリロ)は、なぜか釈放され、とある人物のもとへ送られる。反ユダヤキャンペーンが猛威を振るう、断末魔のスターリン独裁を背景としたこの映画は、時代のグロテスクさを具現化したかのような映像と音響の洪水が、つぶてのように観る者を襲い惑乱する。寡作の巨匠ゲルマンによる、1990年代世界映画最重要作品の一つ。
(1998ソダペラガ=ラ・セット・シネマ=ゴスキノ=レンフィルム=PIEF)監督脚本・アレクセイ・ゲルマン、脚本・スヴェトラーナ・カルマリタ、撮影・ウラジーミル・イリイン、美術・ウラジーミル・スヴェトザーロフ、音楽・アンドレイ・ペトロフ
出演・ユーリー・ツリロ、ニーナ・ルスラノワ、ミハイル・デメンチエフ、ユーリ・ヤルヴェト・ジュニア、アレクサンドル・バシロフ、イワン・マツケヴィチ、アリ・ミシロフ
(142分 → 146分・35mm・白黒)

★フルスタリョフ、車を!
(1998)
1998年にフランスとの合作として制作された作品で、ソビエト崩壊後にスターリン政権時代を描いた問題作。監督を務めたアレクセイ・ゲルマンは、2013年には大作『神々のたそがれ』を発表するロシアの巨匠。1935年のソ連。指導者の毒殺を計画していたと言われる「医師団陰謀事件」に巻き込まれた脳外科医のユーリー(ユーリー・アレクセーヴィチ・ツリロ)は、強制収容所で拷問される羽目になる。彼はなぜか解放されたばかりでなく、スターリンの側近からある人物を診察するようにと命じられる。物語のはっきりしないストーリー、モノクロの映像は衝撃的。


2002
★エルミタージュ幻想
(2002)監督・アレクサンドル・ソクーロフ、
ロシアを代表するエルミタージュ美術館。アレクサンドル・ソクーロフ監督がSONYのビデオカメラCineAltaHDW-F900を使用して史上初のエルミタージュ美術館内で撮られた臨場感あふれる90分ワンカットで撮影された映画。19世紀ロシアと現代を行き来して進みます。ソクーロフ自身と思われるある映画監督がエルミタージュ美術館に迷い込み、激動の時代に翻弄されながらも華やかな帝政ロシアと現代を行き来する、という幻想的な物語。


2003
★父、帰る
(2003)監督・アンドレイ・ズビャギンツェフ
ロシアの監督兼俳優のアンドレイ・ズビャギンツェフが2003年に公開した作品です。彼にとっては初の長編作品だった本作は国際的に高く評価され、第60回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞とルイジ・デ・ラウレンティス賞を受賞。12年前に父親が失踪し、母や祖母と一緒に暮らしてきたアンドレイ(ウラジーミル・ガーリン)とイワン(イワン・ドブロヌラヴォフ)の兄弟。なんと、これまで失踪していた父が家族のもとに帰ってくる。これまでのいきさつを全く語らない父は、突然二人を旅に連れていくと言いだし、その通りに三人で旅に出ることになる。失踪から帰還した父と息子たちの葛藤。


2004
★死という名の騎士 Всадник по имени смерть
20世紀初頭、動揺するロシア帝国を舞台に、政府高官の暗殺を狙うテロリストの心の闇を描く。実在したテロリストの自伝的小説が原作「蒼ざめた馬」になっている。ペレストロイカ期から話題作を送り出してきたシャフナザーロフ監督の最新作。監督は現在モスフィルム所長。
(2004)監督脚本・カレン・シャフナザーロフ、原作・V・ロープシン(ボリス・サヴィンコフ)、脚本・アレクサンドル・ボロジャンスキー、撮影・ウラジーミル・クリモフ、美術・リュドミーラ・クサコワ、音楽・アナトーリー・クロール
出演・アンドレイ・パニン、クセニヤ・ラポポルト、アルチョム・セマーキン、ロスチスラフ・ベルシャウエル、アナスタシア・マケヤワ、ドミトリー・ジュージェフ、ワレーリー・ストロジク、ワシーリー・ゾトフ
(104分・35mm・カラー)


2005
★宇宙を夢見て(87分・35mm・カラー) Космос как предчувствие
ソ連が人工衛星スプートニクの打ち上げに成功した1957年。“馬”というあだ名を持ち、恋人と港町のレストランで働く若者の自己探求を描く。ドキュメンタリー映画出身のウチーチェリ監督は、本作でモスクワ国際映画祭の最高賞を受賞した。
(2005)監督・アレクセイ・ウチーチェリ、脚本・アレクサンドル・ミンダゼ、撮影・ユーリー・クリメンコ、美術・ヴェラ・ゼリンスカヤ
出演・エヴゲーニー・ミロノフ、エヴゲーニー・ツィガーノフ、イリーナ・ペゴワ、ドミトリー・ムリャル、エレーナ・リャドワ、セルゲイ・カチャーノフ、マリヤ・クズネツワ、エレーナ・ガリビナ、イーゴリ・シバノフ
(87分・35mm・カラー)


2013
★神々のたそがれ
(2013)監督・アレクセイ・ゲルマン、
1968年に脚本の第一稿が書かれたが、チェコ事件が勃発したため制作が頓挫し、それから長い長い年月をかけて完成した作品。2013年にはローマ国際映画祭で上映され、ゲルマン監督は生涯功労賞を受賞したが、同年に74歳で逝去。日本国内で初上映されたのは2015年。地球ではなく、遠く離れた惑星での出来事。惑星の王国アルカナルでは書物が焼かれて知識人が処刑される日々が続いていた。ドン・ルマータ(レオニード・ヤルモルニク)は知識人たちを迫害から守ろうとする。混沌と喧騒の世界が高発酵した臭いさえ伴って襲ってくるような生涯忘れる事ができない作品


2017
★アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語 Анна Каpeнина. История Вронского
『ジャズメン』(1984)『ゼロシティ』(1988)などが日本でも劇場公開され、現モスフィルムCEOでもあるシャフナザーロフの最新作。日露戦争で負傷し軍病院に入院したヴロンスキー(マトヴェーエフ)が、病院長のセルゲイ(キシチェンコ)に、セルゲイの母アンナ(ボヤルスカヤ)との間に何があったのかを語る。トルストイの原作をベースに、20世紀前半に活躍した作家ヴィケンチー・ヴェレサーエフの日露戦争文学の要素をまじえて物語世界を展開。
(2017モスフィルム)監督脚本・カレン・シャフナザーロフ、原作・レフ・トルストイ、脚本・アレクセイ・ブジン、撮影・アレクサンドル・クズネツォフ、美術・セルゲイ・フェヴラリョフ、ユリヤ・マクシナ、音楽・ユーリー・ポテーエンコ
出演・エリザヴェータ・ボヤルスカヤ、マクシム・マトヴェーエフ、ヴィタリー・キシチェンコ、キリル・グレベンシコフ、ウラジーミル・イリイン
(138分・DCP・カラー)

★マチルダ Матильда
ロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世(アイディンガー)と、バレエ史にその名を刻む名バレリーナ、マチルダ・クシェシンスカヤ(オルシャンスカ)の、若き日の悲恋を絢爛たる色彩で描く。世界的に注目を集めるポーランドの新進女優M・オルシャンスカが主演し、米国の映画音楽家M・ベルトラミが参加するなど国際色も豊か。
(2017ローク)監督・アレクセイ・ウチーチェリ、脚本・アレクサンドル・テーレホフ、撮影・ユーリー・クリメンコ、美術・ヴェラ・ゼリンスカヤ、エレーナ・ジューコワ、パーヴェル・ゼミヤンスキー、音楽・マルコ・ベルトラミ
出演・ミハリーナ・オルシャンスカ、ラルス・アイディンガー、ルイーゼ・ヴォルフラム、ダニラ・コズロフスキー、インゲボルガ・ダプクナイテ、セルゲイ・ガルマシュ
(107分・DCP・カラー)

★無愛 Kinopoisk.ru
(2017年)監督・アンドレイ・ズヴャギンツェフ
第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で審査員賞を受賞。アメリカのアカデミー賞外国語映画賞にはロシアの代表作として出品された。両親に心理的に放棄された子どもの物語。アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督は、最初の映画「父、帰る」が2003年にベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞するなど、欧米で高い評価を受けている。「ヴェラの祈り」(2007年)はカンヌ国際映画祭のパルム・ドールにノミネート、「エレナの惑い」はカンヌ国際映画祭のある視点部門審査員特別賞を受賞、「裁かれるは善人のみ」(2014年)はカンヌ国際映画祭の脚本賞、ゴールデン・グローブ賞の最優秀外国語映画賞を受賞している。




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# by sentence2307 | 2018-07-11 11:26 | 映画 | Comments(0)
以前、この映画「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」を見たあとで直感的に感じたことを、友人にそのまま話したことがありました。

「これって、大島渚の『愛のコリーダ』みたいじゃないか」と。

そのときの友人のあからさまな素っ気ないリアクションを待つまでもなく、すぐに、見当違いなことを話してしまったかもしれないなと反省し、よく考えもせずに思い付きを口にしてしまったことを後悔した覚えがあります。

しかし、いまにして思えば、この映画の随所に写し込まれている物々しい戦車の往来や武装した軍人の猛々しい行進など戒厳令下の緊迫した社会不安が、台湾で起きたこの少年殺人事件を独自の世界観で描いたこの作品を考えるうえで、ひとつの見方を与える重要なヒントとなるかもしれないと考え直すようになりました。

「愛のコリーダ」は、戦前日本の戦時体制にあった戒厳令下で、まるで追い立てられるように安宿の密室に追い詰められた吉蔵とお定が、ひたすら自傷的な性交にふけり、やがて相手の死によってしか終わらせられないような無残な「まぐわい」の果ての最期に、若干であっても「自由でありたい」と願う痛ましい疎外者たちの叫びを微かに聞いたように、台湾の社会にどうしても受け入れられず・馴染めもしなかった外省人たち、その息子や娘たちが突き付けられた「戒厳令」という台湾社会からの冷ややかな「拒絶」によって疎外感や動揺に見舞われ、しかし、それでもどうにかして生きていかなければならない外省人の貧しい娘・小明が、権力を持つ何人もの男たちに依存しなければならなかった彼女の、その「生き方(次から次に男たちを渡り歩く節操を欠いたふしだらさ)」を知った小四がその卑屈さに屈辱と怒りとに逆上し、衝動的に小明の腹部に刃を突き立て、さらに何度も何度も突き刺して殺害する場面、そのとき小四がなんと叫んでいたのかが知りたくて、同じシーンを何度も繰り返し見直しました。

小明の脇腹を突き刺しながら、小四は、こう叫んでいました。

「君は、ダメな奴だ! 恥知らず!」

怒りに任せて小明の脇腹に小刀を何度も突き通し、やがて、力尽きてぐったりと地に伏した小明に驚いて、小四は叫びます。

「小明、立てよ、早く立てよ。力を入れて。君は死なない、信じてくれ。急いで立つんだ。君にはできる。早く立ってくれ。立ってよ。どうして立てないんだ」

小四の言葉をこうして逐語的に写し取っていくと、「君にはできる。早く立ってくれ」という言葉は、随分と象徴的な言葉だったんだなと気が付きますが、逆に、突き殺す際に叫んだ「君は、ダメな奴だ! 恥知らず!」という言葉は、その少し前の場面で、母親が大切にしていた時計を長兄・老二が盗み出して売り払ったと思い込んだ小四の父親が、老二を厳しく執拗に折檻しながら罵っていたそのままの言葉「お前は、ダメな奴だ! 恥知らずめ!」でもあることに気づかされます。

しかし、実際に母親の時計を盗んだのは、兄ではなく小四で、兄は弟の罪をかぶり黙って折檻されていたことが分かります。

それに、小四の生活が荒れていたとき、つねに自分を信じてくれた唯一の理解者である父親の倫理観に従って、愛する小明の「ふしだら」を非難し、殺害に至ったのですが、その父親の倫理観もまたこの台湾社会においては踏みにじられていることを小四は徐々に知り始めています。

父親の兄・老二に対する歯止めのきかないような怒りの折檻は、その直前、警備総部から「ある嫌疑」(共産主義者か、あるいはそのシンパとしての嫌疑)を受けながら、頼みにしていた外省人同胞が頼りにならないことを思い知らされるという痛切な背景があって、厳しい尋問を受けたすえに精神の均衡を崩し、切羽詰まって膝を屈し本省人に支援を頼みにいくという屈辱と苛立ちとの鬱屈が、やがてあの長兄・老二への惨たらしい異常な折檻に直結したことは明らかだと思います。

「盗み」という卑屈さによって台湾社会に屈服する長兄・老二にぶつける父親の怒りの実体は、大陸の倫理観や友情をいまだに捨てきれない自身の不器用さと、台湾社会での生きづらさとを証してもいるのですが、その折檻をなにひとつ弁解することもなく黙って受けていた兄・老二についても、そこに同質の絶望感を見い出すことは、きわめて可能なことだと思います、そして、さらにいうなら、家族の厳しい状況を眼前で嫌というほど見聞きしている小四もまた台湾社会に対する不信感と絶望感を抱え込んでいることは、ラストにおいて小明と対峙する場面(殺害する直前)で明確に描かれています。

小四は、暗がりで、学校帰りの小馬を、ひとり待ち伏せしています。

小四には、日ごろから女性を蔑み、女など金の力でどうにでもなる性欲を満たすための道具くらいの価値しかないと嘯いている小馬が、家政婦の娘として家に住まわせた小明もまた、「どうにでもなる女」のひとりにすぎないと蔑み見下す小馬の尊大な態度と言動に腹を立てています。

彼には、貧しい外省人すべてが馬鹿にされているようで腹立たしく、当初は、ただ小馬を脅かすつもりの「殺すぞ」だったものが、小猫王の「小馬が刀を持ち出してきた」と聞くにおよび、危機感と対抗心から小刀を携帯し、「相手の出方次第では、場合によっては刺し殺すかもしれない」くらいは、思ったかもしれません。

待ち伏せしていたそのときの小四の小馬に対する「殺意」が存在として、わずかながら「あった」としても、その同じ瞬間の小四に、小明に対する殺意があったとは、どうしても思えません。

しかし、実際は、結果的に小四は小明を刺し殺しています。

なにが、小四を、怒りの極限まで煽り立て殺害にまで至らしめたのか、そのわけをどうしても知りたいと思いました。

小四は、セックスフレンド・小翠から聞き知った小明の不行跡(小明の本当の姿)を聞いて衝撃を受けています、小明をなじり、小明もまた抗弁し、その抗弁を聞いた小四はさらに怒り、立ち去ろうとする小明を押しとどめようとした彼女から、「あんたも皆と同じ俗物だ」となじられて、カッとして刺し殺すに至ったという感じですが、そのときの具体的にやり取りがどうしても具体的に思い出せません。

小四の怒りを煽り立てる、そして、彼女を突き殺してまで留めようとした小明の言葉とはどういうものだったのか、知りたいと思いました。

仕方なく、もう一度、小四と小明のやり取りの部分から見直しました。

学校を終えた小明は、自転車置き場に小四の自転車があるのを見つけて、小四の名を呼んで探します。

小明には会いたくない小四は、足早に立ち去りかけますが、つい小刀を落としてしまい、彼女に追いつかれてしまいます。

そして小明は言います。

「どうしたの、なぜ学校にいるの。それ何。何を持っているの。小馬を待っているのね。そうなんでしょ。それはだめ」

「君を馬鹿にさせない」

「なにを言うの。勉強に専念していないの」

「小明、ぼくは全部知っている。でも平気だよ。ぼくだけが君を救うことができる。ぼくは君の希望だよ。ハニーと同じだ。君はいまもハニーを忘れない。そして、今はぼくがハニーだ」

「助けるって? 私を変えたいっていうの。結局は、ほかの人と同じだわ。あなたは違うと思っていたのに。私の感情という見返りを求めて、安心したいわけ? 自分勝手だわ。私を変える?(薄ら笑い)この社会と同じ、なにも変わらないのよ。あんた、何様?」

小明の辛辣な言葉に逆上した小四は、彼女にこれ以上(薄汚れた現実を)喋らせまいとして、刺し殺したのだと思います。

しかし、それが「黙れ! 黙ってくれ」ではなく、より積極的な「君は、ダメな奴だ! 恥知らず!」であったことが、とても痛ましく衝撃的でした。

小明をなじるその絶叫には、小四が抱え持った「正義」や「倫理観」が、そのまま彼女に否定され裏切られた怒りの言葉として叫ばれています。

小明が言った「私の感情という見返りを求めて、安心したいわけ?」の意味が、「sexは付き合うけど、愛情なんて求めないでよ」(これが小明のリアルの実体です)でもあることを十分に知っていた、現実を直視したくない小四はなんとしてでも小明を黙らせないわけにはいかなかったのだと思います。

ここまで書いてきて、この作品の中で小四は、その前にも「あんたは自分勝手だ」となじられていたのではなかったか、と薄っすら気がつきました。

それは、小明が、「実は、男から男に渡り歩くふしだらな女」だと教えてくれたセックスフレンド・小翠との逢瀬の場面でした。

もう一度、さらにその場面まで立ち戻って見返してみました。

小四が言います。「昨夜、滑頭に会った、別人だったよ。人は変わるんだなと慰められた気分だ。」

「何が言いたいの?」

「小翠、ぼくら、長く一緒にいられるかな。ぼくは君に穏やかな安らぎを与えられるかもしれない」

「ずいぶん真剣なのね。あんた、私を軽蔑していたはずよね。私を変えたいのね。実験のつもり? 大そうな理屈だわ。私は毎日自由に生きている。私が変わらなければ? あなたの思い通りでなければ相手にしない? 自分勝手だわ。何様のつもり?」

(これって、小明の言ったのと、同じセリフじゃないですか。)

「悪気はなかったんだ」

「むしろ以前のことに私は感謝している」

「以前? なんのことだ?」

「とぼけてるの。滑頭が217に襲われたとき、一緒にいたのは小明よ、知らないの。滑頭は、ハニーの報復が怖くて私だったことにしたの。私がバカだった。説教は小明にしたら? 私どころじゃないわ」

息苦しい反共の厳しい監視下の台湾において、「自由でありたい」と願いながら満たされない鬱屈のはけ口のような不良グループとの抗争の明け暮れの荒れた日々を送っていたのは、なにも少年たちばかりでなく、少女たちもまた、彼女たちなりに厳しい現実から顔を背け、あるいは逃れるように、怠惰でなげやりな、刹那的な日々を自嘲的におくっていたことを、このふたりの少女の奇妙なリフレインは明確に示しているのだと感じました。

この少女殺害事件の裁判によって小四は死刑を宣告されますが、多くの深刻な議論の果てに最終的には懲役15年に処せられ、30歳になって釈放されたと字幕には記されています。

そしてラストのシーン、あれから二年後、小四の家族は引っ越しのために家財をまとめ、住んでいた日本家屋を掃除している場面が映し出されます。

兄が時計を盗んだことを母に告げ口し、この外省人一家を深刻な大騒動におとしいれた三女の張雲もまた、母親から指示されながら荷物の整理をしています。

張雲が棚の上の荷物をラジオを踏み台にして取ろうとしたとき、踏み外してラジオを床に落としてしまいます、それは長い間よく音が聞こえなかった故障したラジオでした。

しかし、その落とした衝撃によってラジオが突然直り、その年の大学合格者の名前が淡々と読み上げられるという場面です、背中を向けて荷物の整理をしていた母親の動きが一瞬止まり、そのラジオの声に緊張してじっと聞き入っている感じで映画は終わります。

母親のその異様な緊迫感に、思わず自分は、このとき、もしかしたら、合格者の名前の中に小四の名前も読み上げられたのではないかと、一瞬、邪推してしまったくらいでした。

それはこの作品の随所で小津監督の影響が感じ取れることもあったからかもしれません、すぐに、小津監督の「映画はドラマだ」という言葉を想起しました。

小四が残した「最後の気配」として、映画の最後で大学合格者として彼の名前が、奇跡的に直ったラジオから流れてきて、母親が慄然とする、これ以上の映画の終わり方はないのではないかと一瞬思ったのですが、いやいや、それではあまりにも「作り過ぎ」なものになってしまうかもしれないなと、慌てて思い直しました。

小四があのまま勉強に専念していたら、あるいは、こうして大学合格者のひとりとしてラジオで名前を読み上げられることもあったかもしれないという、背中で演じられる「母親の感慨」だけで十分に小津映画へのオマージュは果たせたと考え直しました。


(1991台湾)監督脚本:楊徳昌(エドワード・ヤン)、製作総指揮:詹宏志(チャン・ホンチー)、プロデューサー:余爲彦(ユー・ウェイエン)、脚本:閻鴻亞(ヤン・ホンヤー)、楊順清(ヤン・シュンチン)、頼銘堂(ライ・ミンタン)、撮影:張惠恭(チャン・ホイゴン)、編集:陳博文(チェン・ポーウェン)、美術:楊徳昌(エドワード・ヤン)、余爲彦(ユー・ウェイエン)、録音:杜篤之(ドゥー・ドゥージ)、音楽監修:詹宏達(チャン・ホンダ)、製作会社・中影股份有限公司、楊德昌有限公司
出演・チャン・チェン張震(シャオスー小四)、リサ・ヤン楊靜恰(シャオミン小明)、ワン・チーザン王啓讃(ワンマオ/リトル・プレスリー王茂/小猫王)、クー・ユールン柯宇綸(フェイジー飛機)、タン・チーガン譚至剛(シャオマー小馬)、ジョウ・ホェイクオ周彗國(シャオフー小虎)、リン・ホンミン林鴻銘(ハニー)、チャン・ホンユー陳宏宇(ホアトウ滑頭)、ワン・ゾンチェン王宗正(アーティアオ二條)、タン・シャオツイ唐暁翠(シャオツイ小翠)、ヤン・シュンチン楊順清(山東シャンドン)、ニー・シュウジュン倪淑君(神経クレージー)、ワン・ウェイミン王維明(カーウ卡五)、チャン・クォチュー張國柱(小四の父)、エレイン・チン金燕玲(小四の母)、ワン・ジュエン王娟(長女・張娟チャンジュエン)、チャン・ハン張翰(兄・老二ラオアー)、ジャン・シウチョン姜秀瓊(次女・張瓊チャンチョン)、ライ・ファンユン頼梵転(三女・張雲チャンユエン)、シュー・ミン徐明(汪國正ワン・グオチェン)、シュー・ミンヤン施明揚(医者)、
3時間56分

1991年東京国際映画祭 審査員特別賞・批評家連盟賞
1991年ナント三大陸映画祭 監督賞
1991年台湾金馬奨 最優秀作品賞・脚本賞
1991年アジア太平洋映画祭 グランプリ
1992年シンガポール国際映画祭 監督賞
1992年キネマ旬報ベスト・テン 第2位・外国映画監督賞
2015年釜山国際映画祭 「アジア映画ベスト100」第7位



【参考】
①台湾の歴史と日本の影(1895年の下関条約によって台湾が日本に割譲されて以降、半世紀に及ぶ日本の植民地支配。)
②外省人と本省人(1945年の日本敗戦によって中国大陸から台湾に移り住んだ台湾省以外の出身者が外省人。台湾省の出身者と接収以前から台湾に住んでいて、日本の植民地統治を経験したのが本省人。)
③国共内戦の敗北と眷村(けんそん)(1949年に国民党政府は共産党軍との国共内戦に敗れ台湾に撤退したため、外省人が急増した。台湾には階級の低い軍関係の外省人が集住する眷村と呼ばれる地区があった。)
④冷戦とアメリカの影(1949年10月の中華人民共和国の成立と1950年6月の朝鮮戦争勃発によって世界が「東西冷戦」の時代に入る中、台湾は「反共の防衛ライン」とされ、中華民国(国民党)政府は生き残った。そのため、本作に登場する小公園パーラーの天井を飾る旗は、中華民国、アメリカ、国連の3種類とされ、「反共復国」「反攻大陸」のスローガンとプレスリーの甘い歌声が同居する中、台湾は戦争と暴力の気配に包まれた。)
⑤戒厳令と白色テロ(反共の防波堤となった台湾では、『悲情城市』で描かれたように、中華民国(国民党)政府は台湾を「共産党」勢力が入り込まない浄土にするため、「白色テロ」と呼ばれる共産主義分子の摘発キャンペーンを繰り広げた。そのため、1949年から1987年まで、何と38年間にもわたって世界に類を見ない長期の戒厳令がしかれ、集会、結社、言論、報道、学問の自由が制限され、郵便や電報が検閲された。)

【眷村】
眷村(けんそん)は、台湾において外省人が居住する地区を示す名称。1949年から1960年代にかけ、国共内戦で大陸を失った国民政府により台湾への移住が行なわれた中華民国国軍とその家族60万名が建設した家屋が密集した地区が誕生し、既存の集落と区別されてこの名称が使用された。
1949年、国共内戦に敗北した中国国民党は多くの政府官僚、公務員、軍人と関連住民に対し台湾移住政策を実施した。統計によれば1946年時点の台湾の人口は610万人であったのが、1950年には745万人に急増しており、その大部分はこの時期台湾に移住した、いわゆる「外省人」であったと推測される。急増した150万人以上の住居問題を解決するため、国民政府は住宅建設を進めると同時に、それらの移民が集団で生活できる地区を設定し、この政策により大都市では小規模移民村としての眷村が誕生した。
眷村の多くは日本統治時代の建築物を利用したため、日本統治時代に日本人が多く居住していた台北市、嘉義市、台南市、高雄市などに集中して成立した。まだ、軍事基地付近の新北市と桃園市等でも多い。
面積がまちまちの家屋が立ち並び、外省籍の公務員、軍人及びその家族(眷属)が多く居住する地区を、「眷村」と称している。その種類は官僚、軍人、一般公務員、教師、地域の5種類に分類され、それぞれが属する政治的、経済的階級により無産権(不動産の権利が存在しない物件)による街並みが形成されている。日本統治時代の建築物を利用している場合もあるが、殆どの家屋は戦後急造されたものである。
眷村は通常広大な面積に建設されているが、それはまた閉鎖的な社会であり独自の文化を有していた。現在でも眷村黒話と称される独自の言語用例が使用されるなど、台湾のサブカルチャーの一つとしても注目されている。
また、中国国民党は眷村を管轄する支部として、「黄國樑党部」および「黄復興党部」を設けている。また、親民党も同様に「甘泉党部」を設け、外省人が多い眷村での支持獲得を図っている。



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# by sentence2307 | 2018-07-09 07:51 | 映画 | Comments(0)
2016年に英BBC放送が「21世紀の偉大な映画100位」というのを発表したことがありました。そのとき、そのリストをそのままcopyして、それ以後、映画を見るうえでは一応の参考にはしています。

そのランキングを選ぶにあたり、なんと世界中の映画評論家177人が参加して、2000年以降の映画から「新たな古典」と呼ぶにふさわしい作品を選んだというのですから、それはもう信用してもいい権威のあるものと信じ、自分も参考にしているのですが、どうも、もうひとつ実感が伴いません。

それというのも、たとえば、ここに掲げられている11位~20位の作品を、1位~10位の作品と入れ替えたとしても(「ツリー・オブ・ライフ」と「ノーカントリー」は除外しますが)、自分としては、一向に異議はありません。

「ベスト10とか100」というのは、自分的には、単なる判断材料にすぎないので「優・良・可」の区分程度でOK、しかし「可」に区分された作品の中にも往々にして傑出した作品があることは十分に認識しているつもりです。

そんなふうに考えていたときに、2017年6月9日にニューヨーク・タイムズが21世紀に発表された映画の中から、将来古典として歴史に残り得る映画を25本選出したという記事に遭遇しました。

作品を評価するうえにおいて、アメリカとイギリスの考え方の違いが分かれば、それなりに面白いかなと考えて、先の英BBC放送選出「21世紀の偉大な映画100位」のランクのなかに、NY times選出の「歴史に残る21世紀の映画」を割り込ませてみました。

しかし、こうしてみると、時代の捉われから解放された後の作品の本質が固まってないというか、まだまだ未熟というか、そんな感想を持ちました。末尾に《付録》として、「黒澤明が選んだ百本の映画」を掲げてみました。

ある程度の時間の経過が評価を定着させるためには必要なんだなあ、とつくづく感じます。


1位 マルホランド・ドライブ(デヴィッド・リンチ、2001)
2位 花様年華(ウォン・カーウァイ、2000)
3位(NY1位) ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(ポール・トーマス・アンダーソン、2007)
4位(NY2位) 千と千尋の神隠し(宮崎駿、20001)
5位(NY8位) 6才のボクが、大人になるまで。 (リチャード・リンクレイター、2014)
6位(NY24位) エターナル・サンシャイン(ミシェル・ゴンドリー、2004)
7位 ツリー・オブ・ライフ(テレンス・マリック、2011)
8位(NY6位)ヤンヤン 夏の想い出 Yi Yi(エドワード・ヤン、2000)
9位 別離(アスガル・ファルハーディー、2009)
10位 ノーカントリー(コーエン兄弟、2007)
11位(NY11位)インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌(コーエン兄弟、2013)
12位 ゾディアック(デヴィッド・フィンチャー、2007)
13位 トゥモロー・ワールド(アルフォンソ・キュアロン、2006)
14位 アクト・オブ・キリング(ジョシュア・オッペンハイマー、2012)
15位 4ヶ月、3週と2日(クリスチャン・ムンギウ、2007)
16位 ホーリー・モーターズ(レオス・カラックス、2012)
17位 パンズ・ラビリンス(ギレルモ・デル・トロ、2006)
18位 白いリボン(ミヒャエル・ハネケ、2009)
19位(NY19位) マッドマックス 怒りのデス・ロード(ジョージ・ミラー、2015)
20位 脳内ニューヨーク(チャーリー・カウフマン、2008)
21位 グランド・ブダペスト・ホテル(ウェス・アンダーソン、2014)
22位 ロスト・イン・トランスレーション(ソフィア・コッポラ、2003)
23位 隠された記憶(ミヒャエル・ハネケ、2005)
24位 ザ・マスター(ポール・トーマス・アンダーソン、2012)
25位 メメント(クリストファー・ノーラン、2000)
26位 25時(スパイク・リー、2002)
27位 ソーシャル・ネットワーク(デヴィッド・フィンチャー、2010)
28位 トーク・トゥ・ハー(ペドロ・アルモドバル、2002)
29位 ウォーリー(アンドリュー・スタントン、2008)
30位 オールド・ボーイ(パク・チャヌク、2003)
31位 マーガレット(ケネス・ローナガン、2011)
32位 善き人のためのソナタ(フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク、2006)
33位 ダークナイト(クリストファー・ノーラン、2008)
34位 サウルの息子(ネメシュ・ラースロー、2015)
35位 グリーン・デスティニー(アン・リー、2000)
36位(NY12位) 禁じられた歌声 Timbuktu(アブデラマン・シサコ、2014)
37位 ブンミおじさんの森(アピチャートポン・ウィーラセータクン、2010)
38位 シティ・オブ・ゴッド(フェルナンド・メイレレス、2002)
39位 ニュー・ワールド(テレンス・マリック、2005)
40位 ブロークバック・マウンテン(アン・リー、2005)
41位(NY7位) インサイド・ヘッド Inside Out(ピーター・ドクター、2015)
42位 愛、アムール(ミヒャエル・ハネケ、2012)
43位 メランコリア(ラース・フォン・トリアー、2011)
44位 それでも夜は明ける(スティーヴ・マックイーン、2013)
45位 アデル、ブルーは熱い色(アブデラティフ・ケシシュ、2013)
46位 トスカーナの贋作(アッバス・キアロスタミ、2010)
47位 裁かれるは善人のみ(アンドレイ・ズビャギンツェフ、2014)
48位 ブルックリン(ジョン・クローリー、2015)
49位 さらば、愛の言葉よ(ジャン=リュック・ゴダール、2014)
50位 黒衣の刺客(ホウ・シャオシェン、2015)
51位 インセプション(クリストファー・ノーラン、2010)
52位 トロピカル・マラディ(アピチャートポン・ウィーラセータクン、2004)
53位 ムーラン・ルージュ(バズ・ラーマン、2001)
54位 昔々、アナトリアで(ヌリ・ビルゲ・ジェイラン、2011)
55位 イーダ(パヴェウ・パヴリコフスキ、2013)
56位 ヴェルクマイスター・ハーモニー(タル・ベーラ、2000)
57位 ゼロ・ダーク・サーティ(キャスリン・ビグロー、2012)
58位 母たちの村(センベーヌ・ウスマン、2004)
59位 ヒストリー・オブ・バイオレンス(デヴィッド・クローネンバーグ、2005)
60位 世紀の光(アピチャートポン・ウィーラセータクン、2006)
61位 アンダー・ザ・スキン 種の捕食(2013年/イギリス・アメリカ・スイス/ジョナサン・グレイザー監督)
スカーレット・ヨハンソン扮する人食いエイリアンを淡々と描いた、静謐なるSFスリラーにして明らかな怪作。B級ホラーとしか思えない邦題に騙された映画ファンが続出した。
62位 イングロリアス・バスターズ(2009年/アメリカ/クエンティン・タランティーノ監督)
第二次世界大戦中のフランスで、映画館主とユダヤ系アメリカ人部隊がそれぞれナチスへの復讐を企てる。タランティーノの映画愛と緻密な構成・演出が炸裂する。
63位 ニーチェの馬(2011年/ハンガリー/タル・ベーラ&アニエス・フラニツキ監督)
哲学者ニーチェが、疲れ果てた馬の首をかき抱き、そのまま発狂したというエピソードからインスパイアされた父娘の物語。とことんストイックな作劇と演出を堪能されたい。
64位 グレート・ビューティー/追憶のローマ(2013年/イタリア・フランス/パオロ・ソレンティーノ監督)
かつてベストセラーを一作だけ生み出した老作家が、初恋の人の死をきっかけに再び動き始める。美しいローマの喧騒と静寂を描いて絶賛を受けた。
65位 フィッシュ・タンク(2009年/イギリス/アンドレア・アーノルド監督)
15歳の少女ミアの苦く切ない青春を描き、第63回英国アカデミー賞で英国映画賞を受賞した。初めて演技に挑戦したというミア役ケイティ・ジャーヴィスの瑞々しさに注目!
66位 春夏秋冬そして春(2003年/韓国/キム・ギドク監督)
韓国から初のランクインは鬼才キム・ギドクの監督作品。幻想的で美しい映像ながら、人間の欲望や罪を観客に突きつける作風は本作にも一貫。日本ではソフト廃盤の模様。
67位(NY10位) ハート・ロッカー(2008/アメリカ/キャスリン・ビグロー監督)
2004年のバグダッドを舞台に米軍爆弾処理班の任務を描いた、おそるべき緊迫感で一気に見せる戦争ドラマ。ジェレミー・レナーとアンソニー・マッキーが共演しており、マーベル・ファンも要チェック。
68位 ザ・ロイヤル・テネンバウムズ(2001年/アメリカ/ウェス・アンダーソン監督)
崩壊してしまった「天才一家」が、父親の余命をきっかけに再集合する。豪華アンサンブル・キャストが絶妙な演技で紡ぐ、ウェス・アンダーソン監督流のシュールなヒューマンドラマ。
69位 キャロル(2015年/アメリカ/トッド・ヘインズ監督)
86位『エデンより彼方に』のトッド・ヘインズ監督が、やはり1950年代への執念とともに、当時タブーだった同性愛を描き切った一作。ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラのコンビは絶品だ。
70位 物語る私たち(2012年/カナダ/サラ・ポーリー監督)
サラ・ポーリー監督が、11歳の時に死別した母親について自身の出生の秘密を追うドキュメンタリーだが、タダでは終わらない仕掛けがある。ドキュメンタリーとはいったい?
71位 熱波(2012年/ポルトガル・ドイツ・ブラジル・フランス/ミゲル・ゴメス監督)
全編モノクロかつ凝りまくった映像が特徴の、2部構成からなる濃厚なメロドラマ。ミゲル・ゴメス監督はポルトガルで最も注目されている俊英。
72位 オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ(2013年/アメリカ/ジム・ジャームッシュ監督)
巨匠ジム・ジャームッシュ監督による、映像・音楽とユーモアにこだわりの詰まったヴァンパイア・ラブストーリー。トム・ヒドルストン主演、先日急逝したアントン・イェルチンも出演。
73位 ビフォア・サンセット(2004年/アメリカ/リチャード・リンクレイター監督)
1995年の作品『恋人までの距離』の続編。9年ぶりに再会した男女がふたたび別れるまでの約80分間をリアルタイムで描いた、「あまりに長すぎて、そして短すぎる」ラブストーリー。
74位 スプリング・ブレイカーズ(2013年/アメリカ/ハーモニー・コリン監督)
強盗計画を発端に崩壊していく女子4人の青春悲喜劇を、どうしてもアッパーになりきれないビターなトーンで描いた異色の一品。ジェームズ・フランコが怪演。
75位 インヒアレント・ヴァイス(2014年/アメリカ/ポール・トーマス・アンダーソン監督)
ときに難解で思索的、しかし滅法面白い作家トマス・ピンチョンの原作を鮮やかに映画化。70年代ポップ・カルチャーが全編を彩る痛快な探偵物語となった。
76位 ドッグヴィル(2003年/デンマーク/ラース・フォン・トリアー監督)
床に白線を引き、簡易的なセットを立てただけの空間で物語が展開するという実験的趣向で、ある集団の正気と狂気を真正面から抉り出す。「機会の土地アメリカ三部作」の1作目。
77位 潜水服は蝶の夢を見る(2007年/フランス/ ジュリアン・シュナーベル監督)
突然の脳溢血のため、左目以外を動かせなくなってしまった男性は自伝をいかに執筆したのか。主人公の左目からの視点など、息苦しくも美しい映像が見どころ。
78位 ウルフ・オブ・ウォールストリート(2013年/アメリカ/マーティン・スコセッシ監督)
実話ドラマかと思いきや、約3時間の長尺で振り切ったブラックコメディぶりが魅力。主演のレオナルド・ディカプリオがヤバい。『スーサイド・スクワッド』のハーレイ・クイン役で大ブレイク、マーゴット・ロビーも出ている(脱いでる)。
79位 あの頃ペニー・レインと(2000年/アメリカ/キャメロン・クロウ監督)
かつて「ローリング・ストーン」誌の記者を務めていたキャメロン・クロウ監督が、自身の経験をもとに生み出した、青春音楽映画のマスターピース。サントラも必聴!
80位 父、帰る(2003年/ロシア/アンドレイ・ズビャギンツェフ監督)
家を出ていた父が12年ぶりに戻ってくるというシンプルな筋立てながら、非常にヘビーな味わいの一作。ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得した。
81位 SHAME -シェイム-(2011年/イギリス/スティーブ・マックィーン監督)
マイケル・ファスベンダーが体当たりの演技で挑んだ、セックス依存症との対峙の物語。その過激な描写以上にハードなのは作品の内容そのもの。
82位 シリアスマン(2009年/アメリカ/ジョエル&イーサン・コーエン監督)
コーエン兄弟ならではの映像感覚とユーモアが魅力の、善人がひたすら不幸な目に遭う不条理コメディ。日本では映像配信のみで未ソフト化。
83位 A.I.(2001年/アメリカ/スティーブン・スピルバーグ監督)
当時人気絶頂のハーレイ・ジョエル・オスメント扮する少年型ロボットが母親を探すSF作品。原案スタンリー・キューブリックの難解さとスピルバーグのエンタメ性が同居する。
84位 her/世界でひとつの彼女(2013年/アメリカ/スパイク・ジョーンズ監督)
代筆ライターのセオドアが人工知能型OSサマンサと恋に落ちるSFラブストーリー。劇中の近未来がじわじわと現実に迫っている感がある。サマンサの声はスカーレット・ヨハンソン。
85位 預言者(2009年/フランス/ジャック・オーディアール監督)
これぞ不遇、カンヌでパルム・ドールにノミネートされながら日本では3年公開されなかった秀作。アラブ系の青年が刑務所内でのし上がっていく乾いたフィルム・ノワール。
86位 エデンより彼方に(2002年/アメリカ/トッド・ヘインズ監督)
物語もさることながら、美術や映像の質感に至るまでとことん緻密に作り込まれた「1950年代以上に1950年代」のメロドラマ。ジュリアン・ムーア主演。
87位 アメリ(2001年/フランス/ジャン・ピエール=ジュネ監督)
日本でも大人気となった、オドレイ・トトゥ主演の「やりすぎラブストーリー」。空想好きの女性アメリの恋をポップで独創的な映像感覚で描く。
88位 スポットライト 世紀のスクープ(2015年/アメリカ/トーマス・マッカーシー監督)
第88回アカデミー賞で強豪をおさえ作品賞を受賞。実在のカトリック司祭による性的虐待事件と、それを追う新聞記者たちの物語。
89位 頭のない女(2008年/アルゼンチン/ルクエシア・マルテル監督)
歯科医ベロニカは車の運転中に何かを轢き逃げしてしまう。彼女は自分が人を轢いたのではないかという疑念に取りつかれて……。日本では未ソフト化。
90位 ピアニスト(2001年/フランス/ミヒャエル・ハネケ監督)
もはや「イヤな映画を撮る」イメージでお馴染みハネケ監督が、「抑圧された性と恋愛」をイメージ通りに撮った一作。2001年のカンヌ国際映画祭で主要部門を総ナメした怪作。
91位 瞳の奥の秘密(2009年/アルゼンチン/フアン・ホセ・カンパネラ監督)
第82回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞したサスペンス。25年前の未解決事件を題材に作品を執筆する小説家が、事件の真相とともに自らの内面を暴いていく。
92位 ジェシー・ジェームズの暗殺(2007年/アメリカ/アンドリュー・ドミニク監督)
アメリカ西部開拓時代のカリスマ犯罪人ジェシー・ジェームズとその手下を追う、2時間40分の超濃密な心理サスペンス。ブラッド・ピット製作・主演。
93位 レミーのおいしいレストラン(2007年/アメリカ/ブラッド・バード監督)
『Mr.インクレディブル』でピクサー初の「人間主役」を実現したバード監督が「人間×動物×料理」に挑戦。タイトルの印象とは裏腹にアクションも冴え渡るエンターテイメント。
94位 ぼくのエリ 200歳の少女(2003年/スウェーデン/トーマス・アルフレッド監督)
孤独な子どもたちによる禁断の恋と殺人を描いたヴァンパイア・ラブストーリー。日本では主題をめぐる表現で物議を醸した。鑑賞後に調べてみてほしい。
95位 ムーンライズ・キングダム(2012年/アメリカ/ウェス・アンダーソン監督)
少年少女の駆け落ちから始まる大騒動を、こだわりの画づくりとユーモアで見せる群像劇。ブルース・ウィリス、ビル・マーレイ、エドワード・ノートンらが出演。
96位 ファインディング・ニモ(2003年/アメリカ/アンドリュー・スタントン監督)
ご存知ディズニー・ピクサー作品、息子ニモを見失ってしまった父親マーリンが繰り広げる大冒険。続編『ファインディング・ドリー』の前には必ず観ておくべし!
97位 ホワイト・マテリアル(2008年/フランス/クレール・ドニ監督)
内戦の勃発するアフリカのある地域で、その土地を離れることを拒みつづける女性を描いた作品。これまた日本ではソフト化されていない……。
98位 10話(2002年/フランス・イラン/アッバス・キアロスタミ監督)
車を運転するひとりの女性と、助手席に乗り込んでくる人々の会話のみで構成された連作10話。公開当時絶賛されながら、なぜか日本ではソフト化されていない。
99位(NY18位) 落穂拾い(2000年/フランス/アニエス・ヴァルダ監督)
パリの市場で道路に落ちている物を拾う人々を見た監督が、ミレーの絵画『落穂拾い』を連想し、「現代の落穂拾い」を探して旅するドキュメンタリー。
100位 トニ・エルトマン(2016年/ドイツ/マーレン・アーデ監督)
「カンヌ国際映画祭2016」でパルム・ドール有力候補と目されながら受賞を逃した一作。日本未公開。
100位 レクイエム・フォー・ドリーム(2000年/アメリカ/ダーレン・アロノフスキー監督)
まさかの100位にランクイン、麻薬の力で人生をゴロゴロ転げ落ちる人々を描いた恐怖のドラッグ・ムービー。主演は若かりし頃のジャレッド・レト。
100位 カルロス(2010年/フランス・ドイツ/オリヴィエ・アサイヤス監督)
名匠オリヴィエ・アサイヤス監督が実在のテロリストの半生を撮りきった、5時間33分に及ぶ大長編。



【イギリス選出外作品】
NY3位 ミリオンダラー・ベイビー クリント・イーストウッド監督 2004
NY4位 罪の手ざわり ジャ・ジャンク―監督 2013
NY5位 ラザレスク氏の最期 クリスティ・プイウ監督 2006
NY9位 夏時間の庭 オリヴィエ・アサヤス監督 2009
NY13位 ジャクソン・ハイツ フレデリック・ワイズマン監督 2015
NY14位 ある子供 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟 2006
NY15位 ホワイト・マテリアル クレール・ドニ監督 2010
NY16位 ミュンヘン スティーヴン・スピルバーグ監督 2005
NY17位 百年恋歌 ホウ・シャオシェン監督 2006
NY20位 ムーンライト バリー・ジェンキンズ監督 2016
NY21位 ウェンディ&ルーシー ケリー・ライヒャルト監督 2008
NY22位 アイム・ノット・ゼア トッド・ヘインズ監督 2007
NY23位 静かな光 カルロス・レイガダス監督 2008
NY25位 40歳の童貞男 ジャド・アパトー監督 2005



《付録》
★黒澤明が選んだ百本の映画

(出典:黒澤和子編. “黒澤明が選んだ百本の映画”. 黒沢明:生誕100年総特集:永久保存版. 増補新版,東京:河出書房新社,2010,p. 262-287,(KAWADE夢ムック)(文藝別冊).)

1 散り行く花 D.W.グリフィス 1919 米
2 カリガリ博士 ローベルト・ウィーネ 1919 独
3 ドクトル・マブゼ フリッツ・ラング 1922 独
4 チャップリンの黄金狂時代 チャールズ・チャップリン 1925 米
5 アッシャー家の末裔 ジャン・エプスタイン 1928 仏
6 アンダルシアの犬 ルイス・ブニュエル 1928 仏
7 モロッコ ジョセフ・フォン・スタンバーグ 1930 米
8 会議は踊る エリック・シャレル 1931 独
9 三文オペラ G.W.パプスト 1931 独
10 未完成交響楽 ウィリ・ホルスト 1933 独=オーストリア
11 影なき男 W.S.ヴァン・ダイク 1934 米
12 隣りの八重ちゃん 島津保次郎 1934 日
13 丹下左膳餘話 百萬両の壺 山中貞雄 1935 日
14 赤西蠣太 伊丹万作 1936 日
15 大いなる幻影 ジャン・ルノワール 1937 仏
16 ステラ・ダラス キング・ヴィドア 1937 米
17 綴方教室 山本嘉次郎 1938 日
18 土 内田吐夢 1939 日
19 ニノチカ エルンスト・ルビッチ 1939 米
20 イワン雷帝 一部、二部 セルゲイ・エイゼンシュテイン 1944, 1946 ソ連
21 荒野の決闘 ジョン・フォード 1946 米
22 素晴らしき哉、人生! フランク・キャプラ 1946 米
23 三つ数えろ ハワード・ホークス 1946 米
24 自転車泥棒 ヴィットリオ・デ・シーカ 1948 伊
25 青い山脈 今井正 1949 日
26 第三の男 キャロル・リード 1949 英
27 晩春 小津安二郎 1949 日
28 オルフェ ジャン・コクトー 1949 仏
29 カルメン故郷に帰る 木下恵介 1951 日
30 欲望という名の電車 エリア・カザン 1951 米
31 嘆きのテレーズ マルセル・カルネ 1952 仏
32 西鶴一代女 溝口健二 1952 日
33 イタリア旅行 ロベルト・ロッセリーニ 1953 伊
34 ゴジラ 本田猪四郎 1954 日
35 道 フェデリコ・フェリーニ 1954 伊
36 浮雲 成瀬巳喜男 1955 日
37 大地のうた サタジット・レイ 1955 印
38 足ながおじさん ジーン・ネグレスコ 1955 米
39 誇り高き男 ロバート・D.ウエッブ 1956 米
40 幕末太陽傳 川島雄三 1958 日
41 若き獅子たち エドワード・ドミトリク 1957 米
42 いとこ同志 クロード・シャブロル 1959 仏
43 大人は判ってくれない フランソワ・トリュフォー  1959仏
44 勝手にしやがれ ジャン=リュック・ゴダール 1959 仏
45 ベン・ハー ウィリアム・ワイラー 1959 米
46 おとうと 市川崑 1960 日
47 かくも長き不在 アンリ・コルビ 1960 仏
48 素晴らしい風船旅行 アルベール・ラモリス 1960 仏
49 太陽がいっぱい ルネ・クレマン 1960 仏・伊
50 地下鉄のザジ ルイ・マル 1960 仏
51 去年マリエンバートで アラン・レネ 1960 仏
52 何がジェーンに起ったか? ロバート・アルドリッチ 1962 米
53 アラビアのロレンス デヴィッド・リーン 1962 米
54 地下室のメロディ アンリ・ヴェルヌイユ 1963 仏
55 鳥 アルフレッド・ヒッチコック 1963 米
56 赤い砂漠 ミケランジェロ・アントニオーニ 1964 伊
57 バージニア・ウルフなんかこわくない マイク・ニコルズ 1966 米
58 俺たちに明日はない アーサー・ペン 1967 米
59 夜の大捜査線 ノーマン・ジュイソン 1967 米
60 遥かなる戦場 トニー・リチャードソン 1968 英
61 真夜中のカーボーイ ジョン・シュレシンジャー 1969 米
62 M★A★S★H ロバート・アルトマン 1970 米
63 ジョニーは戦場へ行った ダルトン・トランボ 1971 米
64 フレンチ・コネクション ウィリアム・フリードキン 1971 米
65 ミツバチのささやき ヴィクトル・エリセ 1972 スペイン
66 惑星ソラリス アンドレイ・タルコフスキー 1972 ソ連
67 ジャッカルの日 フレッド・ジンネマン 1973 米
68 家族の肖像 ルキノ・ヴィスコンティ 1974 伊・仏
69 ゴッドファーザーPARTⅡ フランシス・フォード・コッポラ 1974 米
70 サンダカン八番娼館 望郷 熊井啓 1974 日
71 カッコーの巣の上で ミロス・フォアマン 1975 米
72 旅芸人の記録 テオ・アンゲロプロス 1975 ギリシャ
73 バリー・リンドン スタンリー・キューブリック 1975 米
74 大地の子守歌 増村保造 1976 日
75 アニー・ホール ウッディ・アレン 1977 米
76 機械じかけのピアノのための未完成の戯曲 ニキータ・ミハルコフ 1977 ソ連
77 父/パードレ・パドローネ パオロ&ヴィットリオ・タビアーニ 1977 伊
78 グロリア ジョン・カサヴェテス 1980 米
79 遥かなる山の叫び声 山田洋次 1980 日
80 トラヴィアータ : 1985・椿姫 フランコ・ゼフィレッリ 1982 伊
81 ファニーとアレクサンデル イングマール・ベルイマン 1982 スウェーデン・西独
82 フィッツカラルド ヴェルナー・ヘルツォーク 1982 西独
83 キング・オブ・コメディ マーチン・スコセッシ 1983 米
84 戦場のメリークリスマス 大島渚 1983 日・英
85 キリング・フィールド ローランド・ジョフィー 1984 英・米
86 ストレンジャー・ザン・パラダイス ジム・ジャームッシュ 1984 米・西独
87 冬冬の夏休み ホウ・シャオシェン 1984 台湾
88 パリ、テキサス ヴィム・ヴェンダース 1984 仏・西独
89 刑事ジョン・ブック/目撃者 ピーター・ウィアー 1985 米
90 バウンティフルへの旅 ピーター・マスターソン 1985 米
91 パパは、出張中! エミール・クストリッツア 1985 ユーゴスラビア
92 ザ・デッド「ダブリン市民」より ジョン・ヒューストン 1987 米
93 友だちのうちはどこ? アッバス・キアロスタミ 1987 イラン
94 バグダッド・カフェ パーシー・アドロン 1987 西独
95 八月の鯨 リンゼイ・アンダーソン 1987 米
96 旅立ちの時 シドニー・ルメット 1988 米
97 となりのトトロ 宮崎駿 1988 日
98 あ・うん 降旗康男 1989 日
99 美しき諍い女 ジャック・リヴェット 1991 仏
100 HANA-BI 北野武 1997 日




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# by sentence2307 | 2018-07-06 18:26 | 映画 | Comments(0)
勢いというか、成り行きというか、勤めていた会社に「退職願」を出すことになってしまい、突然、職を失って、晴れて自由を手にすることができました。

こう単純な言い方をしてしまえば、一方的な「やられっぱなし感」がニュアンス的にあるかもしれませんが、実感としては、そういう感じはまったくなくて、自分の方もそれなりのアクションを仕掛けた結果でもあるので、むしろ、爽やかな感じの方が大きいです。

つい先週のアタマまでは、今年の夏休みにはどこに行こうかなどとyou tubeで各地の観光案内を見まくっていたのですから、その「突然」には、自分でも驚いているくらいです。

そうそう、余計なことですが、その観光案内の動画検索をしているときに、すごい美人に遭遇しました。

「にいがたTV」というところが作った「佐渡のマニアックなインスタ映えスポット」というタイトルの動画なのですが、現地のインスタ映えスポットの案内役をしていた佐渡汽船の広報課の(違うかもしれませんが)髙野さんという女性が、それはもう美しくて、それが容貌だけにとどまらず、話し方や所作に至るまで、優雅の極みとはこういう人のことを言うのだなとつくづく感嘆した次第です。

「奇麗な人って、いるもんだなあ」と、しばらくはその動画を何度も再生し、ボーっとなって繰り返し美貌と優雅な所作にしばし見とれてしまいました。

それもこれも、いわば突然暇になってしまった結果のなせるわざということに尽きるのですが、例えば、勤めていたときには絶対に見られなかったNHKの7時のニュースなど、ここのところごく普通に見られるようになりました。

その在り得ない時間帯にビールジョッキ片手に枝豆をもぐもぐさせながら、テレビの前にどっかと陣取り、個々のニュースはともかく、まずは最初に大写しになる「ジャーン!! 7時のニュース」というメインタイトルに、まず感動してしまうという状況です、そんなたわいのない感慨なんてすぐに慣れてしまうとは思いますが。

さて、7月1日(日)の「7時のニュース」を見ていたら、15分くらいのところにきて、突然、原節子がこちらを向いて微笑している写真がテレビ画面いっぱいに大写しになったので、本当にびっくりしました。

息を呑むついでに枝豆を誤飲しそこなってホント危なかったんですから。ゲホゲホ

しかし、明らかにこれは「東京物語」の原節子です。

なんだ・なんだと、ビールのジョッキを跨ぎながら思わずテレビ画面の至近距離までにじり寄りってしまったくらいです。

そのニュースによると、松竹の女性社員が小津監督作品の資料(写真)を整理していたら、その中から、小津監督が演技指導しているスナップ写真を見つけ、その何枚かは共通して、役者たちの目の下あたりに監督がなにやら塗りつけている写真があって、それがスクリーンに映し出されると、涙の後のように見えるという小津監督独特の工夫だったと解説していました。

そして、それを裏付けるように、撮影の川又昂は監督の指示で常にワセリンと綿棒を携帯していたという回想が紹介されていました。

そういえば小津監督が役者の目のあたりに何かを一心に施している写真なら、自分も見た記憶があるので、比較的写真が豊富に掲載されている松竹編「小津安二郎新発見」(講談社+α文庫)を引っ張り出して、最初のページから一枚一枚めくって探してみました。

「小津監督の名優たち」の「中村鴈治郎」のページに「浮草のスナップ」として、小津監督が、親指と人差し指で何か(よく見えませんが綿棒だと思います)を摘まみながら、目は鴈次郎の目の下あたりを注視し、まさに「それをそこ」に近づけているような、このシチュエーションにピッタリの写真がありました。

しかし、鴈治郎が団扇を持って縁側に座っているこの「浮草」の一シーンが、はたして「泣いた痕跡」が必要なシーンだっただろうか、どうしても思い出せません。苛立っているような表情からすると、川口浩(息子)と若尾文子(一座の女優)とが密かに付き合っていることを知った時の憤りの表情だったとしても、それでも目の下にテカリが必要だっただろうか、などとアレコレぶつぶつ言いながらページを繰っていたところ、なんと、「小津監督の撮影現場」の章の「メイク」という項に、いやというほど「小津監督の目の下塗り」の写真があるじゃないですか。

114ページから117ページにかけて、7枚の写真が掲載されていました。

「早春」の岸恵子が2枚、「東京物語」の笠智衆、「浮草」の杉村春子、「彼岸花」の有馬稲子、「東京物語」の原節子、「風の中の牝鶏」の田中絹代がそれぞれ1枚という大漁振りです。

松竹が編集したこの「小津安二郎新発見」で、わざわざ特別に「メイク」の項まで設けてこんなに多くの写真を集めているくらいですから、この「小津監督の目の下塗り」は、当時から業界人のあいだでは承知の事実だったんじゃないんですかあ、NHKさん、とかなんとか突っかかりたくなりますが、早計はいけませんし早漏も、もちろんいけませんが、そのへんは自分ではどうすることもできません。

この「メイク」の項には、数行の解説が付されていて、こんなふうに書かれています。

「小津映画の登場人物たちは感情を抑制することが多く、悲しいときでも号泣することは稀である。せいぜい瞼が涙でうっすらと濡れる程度であり、そのときは、小津自ら俳優に涙のメイクをほどこした。」

NHK「ねっ、ほらほら。《小津自ら俳優に涙のメイクをほどこした》とは書いてあるけど、それが《ワセリン》とまでは書いてないじゃないですか。今回の新発見は《ワセリン》なんですから。変なところは、なにひとつありません。新発見新発見」



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# by sentence2307 | 2018-07-02 18:55 | 映画 | Comments(0)
昨日、就寝前に突然思いついて国会図書館のサイトで「カーリング」検索を実行し、その結果として315件の情報を得たのですが、そのなかには純然たる「スポーツのカーリング」ばかりでなく、異業種用語の「カーリング」にも多々反応してしまい、異・情報がそれこそおびただしく紛れ込んできたというのに、ろくに精査もせずにアップしてしまいました、それはそれなりに面白いかな、とか思ったのですが。

しかし、「とか思った」というのは、まったくの言い訳にすぎず、実際は、最近じっくりと腰を落ち着けてなにも書けなくなってしまった現状というのがあって、この「アップのやりっぱなし」は単にその苦し紛れの時間稼ぎというか「逃げ口上」にすぎず、そこにはどうしても「負い目」というのがあります。

その辺が気にかかって仕方がないので、今朝起きぬけに昨日アップしたものをもう一度読み返してみました。

なるほど、なるほど。

多少は異業種用語の「カーリング」というのもあるにはありますが、気にかかるというほどのものではありません。結構イケてると思います。

でも、こうやって落ち着いて読み返すってことは大切なことですよね。自分は、こういう確認作業というのがどうしても苦手で、学生のときもテストなど書き終えればさっさと退室してしまいたい方だったので、そこで「もう一度じっくり確認する」ということができていたら、自分の人生もう少し違ったものになっていたかもしれません。残念です。

しかし、こうして通して読み返してみると、実に面白い資料が世間にはたくさん流布しているものなのだなとつくづく感心します。

まず、目立つのは、過疎化対策のひとつとして地方の自治体が(多くは北海道ということでしょうが)「カーリング」を取り上げており、そのモデルケースとして「常呂町」の例を上げているなんていうのもありました、施設の完備もそうですが、多くの市町村が(政府の支援を受けて)有効な「過疎化対策」のひとつとしてカーリングを組み入れようしているらしいことが分かります。

吉田知那美選手の「正直、この町、なんにもないよね」のフレーズで始まる例のアレですよね。

それから、カーリング協会が、紹介と普及のための「how to本」みたいにして刊行したものから、石の動きを科学的に分析した専門的なものまで(博士論文)、

★カーリングの実験的研究 : カーリング・ストーンのカール比の測定 入戸野 太郎, 門脇 仁隆, 駒込 敏弘 他 掲載誌 雪氷 75(3):2013.5 p.137-146
★カーリング・ストーンの曲がりの説明について 対馬 勝年 掲載誌 雪氷 73(3) 2011.5 p.165~172
★3Dセンサーを用いたカーリングのスウィープ技術の解析 (MEとバイオサイバネティックス) 廣瀬 明依, 早川 吉彦, 柳 等 掲載誌 電子情報通信学会技術研究報告 = IEICE technical report : 信学技報 114(79):2014.6.13 p.67-70

実に多様でタイトルを見ているだけでも全然飽きません。

自分的には、ただ書名が羅列している図書目録を眺めているだけで(ほら、「歴史図書総目録」とかあるじゃないですか)十分楽しめるヒトなので、その辺は大丈夫です。

ただ、そうやってアタマから通して読んでいくうちに、漠然とですが、マスコミのひとつの傾向というか、大きな潮流(報ずる姿勢です)みたいなものを感じてしまいました。

そして、その象徴のようなタイトルに遭遇しました。

★ビートたけしの21世紀毒談(第1020回)スッピンばかりの中であれだけ化粧が濃けりゃ、カーリングが目立つのは当たり前だっての! ビートたけし 掲載誌 週刊ポスト / 小学館 [編] 42(12) (通号 2069) 2010.3.19 p.123~125

毒舌をまるで体制に対する媚びのように駆使してずるがしこく生き延びてきた小悪党、その言葉にべつに深い意味もないのに、まるでなにか含意でもありそうな仄めかしが得意なだけ、その実、内容空疎でなにもない、いかにも無能な体制の太鼓持ち・たけしらしいもの欲しそうな愚劣なコメントです。

ただの一発屋のコメンターをここまで増長させてモンスターにしてしまったのは、日本のことなどなにも知らない「ジャポニカ好み」のフランス人の誤った評価のせいだと痛感します。

お前ら、世界の中心か、と。

以前、テレビで、フランス人に昔の「タケちゃんマン」の写真を見せてびっくりさせ、そのリアクションを楽しむという番組がありました、仕掛ける方も仕掛けられる方にも、つくづく「自虐」という言葉のもつ意味を考えさせられた実に貴重な番組だったなと鮮明に記憶に残っています。

「なにが、たけしブルーだ」という思いです。

それに、たけしがいままで撮ってきた作品のことごとくは、「日本映画史」の薄汚い剽窃でしかありません。

「オマージユ」などといったら口が汚れるくらいのもので、勝新や深作監督が生きていたら、怒るで、まったく、という感じです。

「おやっさん、はっきり言わしてもらいますがのう、たけしも悪いが、マスコミも悪い。どっちこっち言うてないですよ。わしはシンから奴らにはあいそがつきた。もう、あんたの手にゃのらん。杯は返しますけん、今日以降わしを山守組のもんと思わんでつかいや。じゃけん、わしを騙した坂井はわしがとったる。あんたら、手出しせんといてくれ。」

しかし、注意してみると、この手のタイトル「スッピンばかりの中であれだけ化粧が濃けりゃ、カーリングが目立つのは当たり前だっての!」が結構あるのに気が付きました。ちょっと時系列に整理してみますね。


★密着! カーリング5人娘のあっけらかん--後輩中学生に大金星献上もご愛嬌 掲載誌 サンデー毎日 85(13) (通号 4750) 2006.3.26 p.32~34
★「結婚引退」カーリング娘に市をあげて説得工作 (総力ワイド 純情きらり欲望ギラリの女たち) 掲載誌 週刊朝日 111(22) (通号 4748) 2006.5.5・12 p.159~160
★五輪を沸かせたカーリング娘がお互いを語る 小野寺歩×本橋麻里 内気なスキップと怖いもの知らずのマリリン 小野寺歩, 本橋麻里 掲載誌 婦人公論 91(10) (通号 1200) 2006.5.7 p.178~181
★カーリング娘 マリリン 追っかけはもういない (追跡ワイド あの人はいま--みんなが知りたい33人 読者2000人アンケート) 掲載誌 週刊文春 / 文芸春秋 [編] 48(32) (通号 2390) 2006.8.17・24 p.182~183
★カーリングガールズ : 2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩 (MG books) 高野祐太 文・写真. エムジー・コーポレーション, 2007.3
★SPECIAL INTERVIEW カーリング女子日本代表 チーム青森 (バンクーバーオリンピックに向けて) 目黒萌絵, 本橋麻里, 山浦麻葉 他 掲載誌 文部科学時報 / 文部科学省 編 (1609) 2010.2 p.25~27
★カーリング セクシーDVD「本橋麻里」の集中を削ぐ五輪後ビジネス (バンクーバー気象台非公認! 「チーム日本」メダル天気予報) 掲載誌 週刊新潮 / 新潮社 [編] 55(6) (通号 2730) 2010.2.11 p.132
★カーリング「本橋麻里」がこだわるシュシュとカチューシャ (金メダル遥かなり「バンクーバー五輪」冬物語) 掲載誌 週刊新潮 / 新潮社 [編] 55(8) (通号 2732) 2010.2.25 p.32
★KONICA MINOLTA Interview バンクーバー冬期オリンピック カーリング女子 日本代表 目黒萌絵 目黒萌絵 掲載誌 Konica Minolta medical network / 『Konica Minolta medical network』編集室 編 61(2) (通号 277) 2010 p.46~49

このタイトルの羅列から「マスコミの善意」を感じるなどという人は、そう滅多にはいないだろうと思います。あるのは、弱者(のスキャンダル)と見れば寄ってたかって痛み付けずにはおかない卑劣な「マスコミの悪意」です。

しかし「醜さ」を攻撃するのは一応気が咎めるらしく(チカラ関係からすれば当然攻撃側に非が)あるので、そりゃあ取っ掛かりやすい「美しさ」の方をクサして攻撃するっていう、ただそれだけのことにすぎません、彼らマスコミにとっては「美醜」など、なにほどの意味の違いもありませんし。

そして、この一連のタイトルから浮かび上がってくるターゲットといえば、当然、カーラー・本橋麻里であることは明らかです。

上記の追っかけ情報が途切れた「2010年」といえば、2月の「バンクーバー冬季オリンピック8位」という前回五輪よりも順位を落としたうえで、つづく3月「第32回世界女子カーリング選手権最終順位11位」と失速・低迷し、6月「所属のNTTラーニングシステムズと2年間の契約更新を発表して2014年のソチオリンピックを目指す意思があることを明らかにした」と表明した直後の8月に「チーム青森から脱退し、地元常呂で新チーム『ロコ・ソラーレ』を結成する」と表明しています。

「2010年」という年は本橋麻里の中で大きくなにかが動き始めた年で、それらは「悪意のマスコミ」と「成績低迷」とが複雑に絡み合った「圧」に動かされた結果もあると自分なりに推察して見ているのですが、このすべてを要約すれば、本橋自身が語っているあの「カーリングが嫌いになった時期」とぴったりと符合するに違いありません。

それ以後(ターゲットからはずれたとき)、悪意あるマスコミからの「追っ掛け情報」はぷっつりと途切れています。

そうそう、最近、you tubeで動画を見ていたら(日課です)、それまで自分が「当然」と考えていたことが、いわば「思い込み」に過ぎなくて、これはやっぱり改めなければいけないなと感じたことがありました。

その動画(幾本かあります)、いままでだって幾度も見ているのに、いまさらこんなことに気が付くなんて、迂闊と言えばずいぶん迂闊な話です。

それは「ロコ・ソラーレ北見 本橋麻里 涙の真実 カーリング女子」という3分30秒動画です。

その他に強い影響を受けた動画としては、「ロコ・ソラーレ 7年間の葛藤と成長の記録」「女子カーリングチーム ロコ・ソラーレが平昌五輪の代表をつかんだ本当の理由」とタイトルされた28分30秒の動画もありますが、これなどは一見してプロの手になる本格的な「TV番組」のために作られた内容的にもかなり高度にまとめられていて、大いに示唆を受けました。

実は、カーリングのことなど何も知らなかった自分が最初に興味を持ち始めたのは、これらの動画を見たからで、いまでも幾度も見直している自分にとっては「基本動画」ということができるかもしれません。

本橋麻里選手が、チーム青森を脱退して常呂町に戻りロコ・ソラーレを立ち上げると表明した記者会見から始まり、吉田知那美選手の北海道銀行フォルティウスから戦力外通告され、失意のなか、地元・常呂町に戻ったときに本橋選手からロコ・ソラーレに誘われ合流したこと、また、藤澤五月選手がソチ五輪代表の大本命といわれながら決定戦で北海道銀行フォルティウスに敗れ、そのショックを引きずり、立ち直れないまま北見市に戻ってきたところを本橋選手に誘われてコロ・ソラーレに加入した経緯が、実に要領よくまとめられていて、「こうして彼女たちはそれぞれの挫折を経験してロコ・ソラーレに結集し、やがて快進撃が始まった」と、まるで水滸伝のような実に鮮やかにまとめられていて、その人間関係の葛藤の面白さ(それぞれの深刻な「挫折」が描かれている彼女たちの葛藤を「面白い」などと言ってはいけないのかもしれませんが)に強く惹かれたことが、いま思えばずいぶん大きかったと思います。

動画の冒頭、本橋麻里選手の「記者会見」で語られているチーム青森からの脱退のその理由というのが、自分的には当然のように、「チーム内の内紛のため」と理解していました。

いまだって「チーム青森の内紛」と検索すれば、もっともらしい記事は幾つもヒットするくらいですから、ネット人間の自分が、そのような記事に幾度か接し、「そりゃあチームだもの、そういうことだってあるかもしれないよな」などという可能性として考えていたものが、徐々に確信に変化していって、いつの間にか自分の固定観念になってしまったなんてことは、大いに「あり得る話」だと思います。

だって、ロコ・ソラーレにおいて、チームカラーとして標榜した「チーム・コミュニケーション」というのは、そもそも根底には体育会特有の「上下関係の打破」を意味していて、たぶん力による拘束とか抑圧を極度に嫌う自由人・本橋麻里選手がもっとも嫌悪しそうなことで、そう判断すると、カーリングに対する根本的に考え方の違いからくる軋轢・「チーム青森の内紛」があったからではないかと憶測するのは当然なのだと思います。

で・そこから、小笠原歩選手や船山弓枝選手との不仲説というのが噂として囁かれ始めたのではないかと。

そうしたことを受けて、別のもう一本の3分30秒の動画「ロコ・ソラーレ北見 本橋麻里 涙の真実 カーリング女子」を見ていて初めて気が付いた「自分の思い込み」について書きますね。

この動画、冒頭で突然、本橋麻里選手の泣きながらの「すごい助けられて、あのう不安だったんですけど」という前後の脈絡を欠いたコメントがあって、なんのことやら分からず視聴者は、ただびっくりします。

しかし、見ていくうちに本橋選手がロコ・ソラーレを立ち上げ、出産したばかりの頃の「選手を続けられるのかという不安」を、誰かに(複数かもしれません)助けてもらったことを感謝しているらしい話であることが、だんだん分かってきます。

画面は、銀メダルを取った世界選手権のときのコーチボックス(十数年ぶりのコーチボックスに入ったと言っていました)が写し出されます。

そこで驚きました、本橋選手の左に座っているのは、明らかに(マスクをしていますが)船山弓枝選手です、えっ、不仲とかじゃなかったの。いやいや、その船山選手のさらに左隣には、例の吉田知那美選手に「戦力外」を通告したというミキ・フジ・ロイがいるではないですか。この野郎の排斥運動でもあれば、参加しようと思っていたくらいです。

「どうなってんだ、こりゃ」という感じです。

さらにこんなナレーションが流れます「母親として選手を続けていくことに不安を感じていたそんな本橋選手を救ったのは、小笠原歩選手や船山弓枝選手でした」

お、おい、そりゃないだろ、ミキ・フジ・ロイは日本と日本人を食い物にする悪辣な毛唐=悪党じゃなかったのか、このとき攘夷に燃える自分の「勧善懲悪」の思い込み(もともとそんなふうに考える方がおかしかったのですが)は脆くも崩れ去りました。なんだろうね、オレって。

少し長いのですが、そのとき流れたナレーションと本橋選手のコメントというのがあります。

ナレーション・母親の務めを全うしながら、カーリングを続けていくことに不安を感じていた本橋選手、そんな彼女を救ったのは、かつてカー娘として共に戦い、いまはライバルとして高め合う小笠原選手と船山選手でした。

「子供を去年生んで、今シーズン、歩ちゃんと弓枝ちゃんに助けられて(このタイミングで前述の「泣き」が入ります)、あの、不安だったんですけど、二人の言葉にやっぱり励まされて、まだまだ私はこの二人には敵わないんだなと思いました。」

ナレーション・子育てとの両立に悩む自分に温かい言葉をかけてくれたかつての仲間、銀メダルを獲得したチームにも新たな気持ちが。
「(世界選手権が銀メダルで終わったのは)経験値の差、人生経験、カー臨時経験の差が出たんだと思うんですけど、悔しく終わって良かったなってふうには思っています。チームのスタートからチームを見てきて、今までとは違う感情がでてきた。チームを勝たせたい、もっといい表彰台の上に立たせたい。」

母親として選手として「両立」させることをバネとして、カーラーとして新たな躍進を遂げたいという本橋麻里の決意が語られていました。

いかにも優等生っぽい答えですが、でも、この話、「ほんとかなー」という気持ちは残ります。

「チーム青森」に在籍していて、だんだん勝ちから見放され(五輪で期待に応えずに前回よりも成績を落としました)、自分でもカーリングが嫌いになってゆく自分が嫌で、引退も考えたとき、嫌いのまま辞めるくらいなら、もう一度「カーリングが好きでたまらなかった」原点に戻って、カーリングが好きになる状態になってからでも引退は遅くないと考えて、常呂に戻ってロコ・ソラーレを立ち上げたわけですから、「チーム青森」から抜けるということ自体に大きな意味(ある意味、やはり「挫折」といってもいいもの)があったのだと思います。

また、吉田知那美は、北海道銀行フォルティウスからチームの強化方針に基づいて戦力外通告され、失意のなか、しばらくは一人旅を続けながら、それでも挫折のショックは癒えず、地元・常呂町に戻った当時のことを前述の動画「ロコ・ソラーレ 7年間の葛藤と成長の記録」「女子カーリングチーム ロコ・ソラーレが平昌五輪の代表をつかんだ本当の理由」の中でこう語っています。

ナレーション・彼女は故郷の常呂町に戻ってふさぎ込んだ。だが、カーリング場には自然と足が向く。

「リンクにいるのも、カーリングをやっている姿を誰かに見られるのが恥ずかしい。絶対に誰もいないであろう時間を見計らってここで練習したりとかしていた。どのチームからの誘いも断っているのに、ひとりで練習していて、たまになんでひとりで練習してるんだろうって思ってた。」

そうして鬱々と日々を送っていた吉田知那美選手に声をかけたのが本橋麻里選手でした。

思えばこのふたり、チームなかの人間関係に行き詰まるという共通する姿をなんとなく感じさせるのですが、藤澤五月に「そういうもの」が、果たしてあっただろうかという疑問に捉われました。

同じ動画で、藤澤五月はこう言っています。

「(今回の移籍について)五輪に出たいというのも理由のひとつとしてあります。自分がやりたいカーリングをできる環境はどこなんだろうか、また自分自身でも変えなきゃいけない部分もあるし、環境もその切っ掛けになる部分もあると思うんですけれども、その場所がどこだからいいっていうのはないと思うんですよね。自分が変わるきっかけを与えてくれる場所がどこなのか、自分自身で探さなければいけないですし」と。

このコメントのなかから「挫折の影」を探すことは到底できません。

この動画でも、藤澤選手についてこんなふうに説明している箇所がありました。

「持ち味は創造力豊かな攻撃力。たとえばこのシュチエーション、敵チームの赤が中心近くに位置し、手前にストーンもあり、進路をふさがれている。並みの選手であれば1点しか取れない状況、ここで藤澤が見せたラストショットは、円の外にある自らのストーンを利用して、相手の赤を押し出し3点を獲得する、こうした攻撃力を武器に長野の強豪・中部電力を率いてバンクーバー後、日本選手権を3連覇、ソチオリンピック代表最有力候補と言われた。」

しかし、決定戦で北海道銀行フォルティウス(吉田知那美が在籍していました)に敗退し、代表の座を逃します。もともとメンタルが弱いのに誰にも頼れなかったのが敗因といわれました。

しかし、それってどうなのよと自分などは考えてしまいます。

確かに「メンタルが弱い」というのは、敗因の決定的な要因かもしれませんが、「誰にも頼れなかった」というのは、負の要素というよりも、逆にむしろ王者としての適格を示す資格のような気がします。

もしそのために「敗北」があったとしても、それは積極的に勝ちに行ったことの確率的な微かな属性にすぎないと思うからで、藤澤自身、他人とうまく同調できないことなど、いささかも負い目になんか感じていなかったに違いないという気がします。

むしろ、他人と一緒にプレーしなければならないことによって、「自分を他人に合わせることで削がれてしまうモチベーション」に対して苛立ちのようなものを感じていたのではないかとさえ思うくらいです。

改めて、冒頭のタイトル「カーラー・藤澤五月に『挫折』はあったか」と自問したとき、その答えは、カーラー・藤澤五月は、そうした次元では生きていないプロの勝負師(または、生き場を求めてさすらう漂泊のばくち打ち)のような存在であると考えているらしい自分に気づかされるばかりです。



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# by sentence2307 | 2018-06-26 14:08 | 映画 | Comments(0)
(国立国会図書館のサイトで簡易検索をした結果、ヒットした項目は、以下の315件でしたが、たまたま表題に「カーリング」の文字を含んでいる異分野の文献も反応して拾ってしまっていますので、なにとぞお察しください。
例えば・「平編のカーリングを活用したスラッシュキルト・服飾文化学会誌. 作品編」なんてね。その意味合いはそれぞれ違っているにしても、実に多くの業種が「カーリング」という言葉を共有していることが分かります。)

★Happy curling ジャパン・カーリング・プロモーション [編]. ジャパン・カーリング・プロモーション, 1984-
★日本カーリング選手名鑑 2012 (特集:カーリング新時代へ) (毎日ムック) 日本カーリング協会 監修. 毎日企画サービス, 2012.1
★カーリング 益子 正文 掲載誌 トライボロジスト / 日本トライボロジー学会 編 43(1) 1998.01 p.38~42
★カーリングと氷物性 前野 紀一 掲載誌 雪氷 72(3) 2010.5 p.181~189
★カーリングの実験的研究 : カーリング・ストーンのカール比の測定 入戸野 太郎, 門脇 仁隆, 駒込 敏弘 他 掲載誌 雪氷 75(3):2013.5 p.137-146
★カーリング魂。 小野寺歩 著. 小学館, 2007.3
★新みんなのカーリング : 公益社団法人日本カーリング協会オフィシャルブック [小川豊和] [監修]. 学研教育出版, 2014.2
★カーリング・ストーンの曲がりの説明について 対馬 勝年 掲載誌 雪氷 73(3) 2011.5 p.165~172
★ゲーム木に基づくカーリングの戦略解析 (画像工学) 浦 正広, 山田 雅之, 遠藤 守 他 掲載誌 電子情報通信学会技術研究報告 : 信学技報 107(129) 2007.7.9・10 p.31~36
★カーリングを科学するプロジェクト (クラウドネットワークロボット) 伊藤 毅志, 桝井 文人, 宮越 勝美 他 掲載誌 電子情報通信学会技術研究報告 = IEICE technical report : 信学技報 115(118):2015.6.29 p.5-10
★車椅子カーリング 藤記 拓也 掲載誌 日本生活支援工学会誌 / 日本生活支援工学会 編 10(1) 2010.5 p.19~23
★最近のカーリング施設 (特集 スポーツ,レジャー関連冷凍施設・装置 ; スポーツ関連) 斎藤 徹夫 掲載誌 冷凍 78(903) 2003.1 p.16~18
★ザ・カーリングブック エド・ルクウィッチ [ほか]共著, 岩崎まさみ 訳. ぎょうせい, 1985.12
★ゲーム木に基づくカーリングの戦略解析 (マルチメディア・仮想環境基礎) 浦 正広, 山田 雅之, 遠藤 守 他 掲載誌 電子情報通信学会技術研究報告 : 信学技報 107(130) 2007.7.9・10 p.31~36
★みんなのカーリング : (社)日本カーリング協会オフィシャルブック 小川豊和 監修. 学習研究社, 2006.6
★平編のカーリングを活用したスラッシュキルト 角田 千枝, 田中 百子 掲載誌 服飾文化学会誌. 作品編 : costume and textile / 服飾文化学会 編 3(1) 2010 p.15~22
★常呂のカーリングのあゆみ 1 (ところ文庫 ; 28) 常呂町郷土研究同好会 著, 常呂町郷土研究同好会 編. 常呂町郷土研究同好会, 2012.3
★カーリングとスタッドレスタイヤ 風間 俊治 掲載誌 OHM bulletin / オーム社 [編] 43 (通号 177) 2008.冬 p.2~4
★カーリング研究の科学的アプローチと課題 (特集 知能メカトロニクス分野と連携する知覚情報技術) 河村 隆, 竹川 佳成, 山本 雅人 掲載誌 電気学会論文誌. C, 電子・情報・システム部門誌 = IEEJ transactions on electronics, information and systems 137(9):2017.9 p.1137-1140
★3Dセンサーを用いたカーリングのスウィープ技術の解析 (MEとバイオサイバネティックス) 廣瀬 明依, 早川 吉彦, 柳 等 掲載誌 電子情報通信学会技術研究報告 = IEICE technical report : 信学技報 114(79):2014.6.13 p.67-70
★円錐台殻のカーリング変形(カーリングの研究-3-) 北沢 君義, 小林 勝 掲載誌 塑性と加工 29(327) 1988.04 p.p362~367
★薄板のカーリングに関する研究 田中 英八郎 他 掲載誌 日本金属学会誌 / 日本金属学会 [編] 33(1) 1969.01 p.4~9
★気象のABC(No.12)変則カーリング 木村 龍治 掲載誌 天気 59(4):2012.4 p.227-229
★変則カーリング(気象のABC-No.12) 電子書籍・電子雑誌 木村,龍治. 2012-04-30 掲載誌 天気 59(4):2012-04-30 p.227-229
★冷間圧延ストリップのカーリング 田中 英八郎 他 掲載誌 日本金属学会誌 / 日本金属学会 [編] 26(2) 1962.02 p.????
★塩化ビニル管のカーリング現象 北沢 君義 掲載誌 塑性と加工 34(390) 1993.07 p.p812~816
★円管端末カーリング変形の防止法 北沢 君義 他 掲載誌 塑性と加工 31(349) 1990.02 p.p168~175
★カーリングストーンの運動解析 対馬 勝年, 森 克徳 掲載誌 寒地技術論文・報告集 寒地技術シンポジウム / 北海道開発技術センター 編 33:2017 p.282-287
★円管端末カーリング変形機構に関する実験的検討(カーリングの研究-2-) 北沢 君義, 小林 勝 掲載誌 塑性と加工 28(323) 1987.12 p.p1267~1274
★円錐工具による円管端末の内カーリング変形挙動(カーリングの研究-1-) 北沢 君義, 小林 勝 掲載誌 塑性と加工 28(316) 1987.05 p.p481~487
★ルールと見どころ!オリンピック・パラリンピック全競技 5 日本オリンピック・アカデミー 監修. ポプラ社, 2018.4 スキー スケート カーリングほか : 冬季競技
★カーリング・ストーンのカールの機構 対馬 勝年 掲載誌 寒地技術論文・報告集 寒地技術シンポジウム / 北海道開発技術センター 編 28:2012 p.337-342
★円管端末カーリング変形の初等的エネルギ解析(円管および円錐台殻のカーリング変形の理論解析-1-) 北沢 君義, 小林 勝, 山下 修市 掲載誌 塑性と加工 29(331) 1988.08 p.p845~850
★カーリング (スケート・スキー<特集> ; 話題のスケートリンク) 小林 宏 掲載誌 冷凍 61(710) 1986.12 p.p1269~1273
★カーリング女子日本代表チームのトレーナーサポート (特集 カーリングにおける競技力向上を考える) 高橋 小夜利 掲載誌 Journal of training science for exercise and sport / 日本トレーニング科学会 編 23(1) 2011 p.7~12
★大学カーリングチームにおけるトレーニングの科学 (特集 カーリングにおける競技力向上を考える) 柳 等, 宮越 勝美 掲載誌 Journal of training science for exercise and sport / 日本トレーニング科学会 編 23(1) 2011 p.13~19
★New Face登場 どうぎんカーリングスタジアム 北海道札幌市 掲載誌 SF : sports facilities / 体育施設出版 編 ; 日本体育施設協会 監修 41(13)=545:2012.11 p.44-49
★リアルタイム動体検出技術の開発とカーリング会場内観戦者向けストーン位置情報配信トライアル (特集 高臨場UXサービスを支える技術) 徳永 徹郎, 外村 喜秀, 島村 潤, 濱村 文久, 柿元 宏晃 掲載誌 NTT技術ジャーナル / 日本電信電話株式会社 編 29(10)=343:2017.10 p.38-41
★平編み地におけるカーリング現象のモデリング 若松 栄史, 井上 真理, 倉敷 哲生 他 掲載誌 繊維機械学会誌 : せんい 67(3)=787:2014.3 p.183-188
★車いすカーリング (特集 障害者スポーツのニューウエーブ) 藤記 拓也 掲載誌 ノーマライゼーション : 障害者の福祉 26(5) (通号 298) 2006.5 p.14~17
★特集 カーリングにおける競技力向上を考える 掲載誌 Journal of training science for exercise and sport / 日本トレーニング科学会 編 23(1) 2011 p.1~19
★根粒菌によるダイズ根毛カーリングの顕微鏡観察 赤尾 勝一郎, 河内 宏 掲載誌 日本土壌肥料学雑誌 60(1) 1989.02 p.p53~55
★心拍数からみたカーリングの運動強度について 明官 秀隆, 平 耕, 恐神 邦秀 掲載誌 釧路工業高等専門学校紀要 (通号 25) 1991.12 p.p173~177
★カーリング授業中の心拍数変動に関する研究 明官 秀隆 掲載誌 旭川工業高等専門学校研究報文 (通号 30) 1993.03 p.p117~126
★カーリングのストーンは回転が少ないほどよく曲がる? 成瀬 廉二 掲載誌 雪氷 78(4):2016.7 p.219-221
★我が金庫のCLUB活動 カーリング同好会(諏訪信用金庫) 掲載誌 信用金庫 55(5) 2001.5 p.54~56
★わがまちの国際交流 常呂町/カナダ・アルバータ州バーヘッド町 カーリングから芽生え カーリングにはぐくまれ 掲載誌 Hoppoken 125 2003.Aut p.44~47
★田代沙織のここが聞きたい! 富士急行カーリング部「チーム富士急」 西室淳子 カーリングへの尽きない情熱 田代 沙織, 西室 淳子 掲載誌 リベラルタイム = Liberal time 17(6)=193:2017.6 p.64-66
★カーリングと観光への期待 (観光情報学とスポーツ) 相川 康暁 掲載誌 観光と情報 : 観光情報学会誌 12(1)=12:2016 p.21-24
★カーリング・ストーンのカール機構をめぐる論争 対馬 勝年, 森 克徳 掲載誌 寒地技術論文・報告集 寒地技術シンポジウム / 北海道開発技術センター 編 32:2016 p.296-301
★常呂町 : カーリングを育てたホタテ王国 (北海道ふるさと新書) 常呂町 [著]. 北海道新聞社, 2006.2
★氷上のカーリング・ストーンのカールについて 対馬 勝年, 森 克徳 掲載誌 寒地技術論文・報告集 寒地技術シンポジウム / 北海道開発技術センター 編 31:2015 p.332-337
★円管端末カーリング変形の上限供給曲率半径に対する諸条件の影響(円管端末のカーリング変形の実用化研究-1-) 北沢 君義, 小林 勝, 山下 修市 掲載誌 塑性と加工 29(333) 1988.10 p.p1043~1048
★カーリングガールズ : 2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩 (MG books) 高野祐太 文・写真. エムジー・コーポレーション, 2007.3
★大正 昭和ヒトケタ世代の健康法(第18回)カーリングに燃える 小栗 祐治 掲載誌 現代農業 / 農山漁村文化協会 [編] 94(6)=824:2015.6 p.339-341
★長野五輪への道<カーリング> (鎖夏随想 さわやかスポーツ特集) 近藤 ゆかり 掲載誌 信用金庫 52(8) 1998.08 p.14~16
★投資のための教養サロン 編集長インタビュー 目黒萌絵--バンクーバー五輪 カーリング女子日本代表 すべてはカーリングが教えてくれた 目黒 萌絵, 鈴木 亮 日経マネー (通号 332) 2010.7 p.92~95
★人間訪問(7)カーリング界のプリンス 長野五輪日本代表 敦賀信人さん 敦賀 信人 掲載誌 道新today / 北海道新聞社 [編] 28(8) (通号 343) 2000.07 p.70~74
★摩擦によるストーンの動き (特集 カーリングにおける競技力向上を考える) 小川 豊和 掲載誌 Journal of training science for exercise and sport / 日本トレーニング科学会 編 23(1) 2011 p.3~5
★SPECIAL INTERVIEW カーリング女子日本代表 チーム青森 (バンクーバーオリンピックに向けて) 目黒 萌絵, 本橋 麻里, 山浦 麻葉 他 掲載誌 文部科学時報 / 文部科学省 編 (1609) 2010.2 p.25~27
★現代の肖像 カーリング選手 小笠原歩 より強く、母としてアスリートとして 吉井 妙子 文 掲載誌 Aera = アエラ 27(49)=1479:2014.11.10 p.56-60
★KONICA MINOLTA Interview バンクーバー冬期オリンピック カーリング女子 日本代表 目黒萌絵 目黒 萌絵 掲載誌 Konica Minolta medical network / 『Konica Minolta medical network』編集室 編 61(2) (通号 277) 2010 p.46~49
★スケート,スキー,カーリングのトライボロジー (特集 スポーツとトライボロジー(2)) 対馬 勝年 掲載誌 トライボロジスト / 日本トライボロジー学会 編 54(7) 2009 p.470~475
★カーリングゲーム中の心拍数変動に関する研究--中高年プレーヤーを対象として 明官 秀隆 掲載誌 旭川工業高等専門学校研究報文 (通号 31) 1994.03 p.p81~89
★トリノ2006オリンピック冬季競技大会カーリング 国際オリンピック委員会オフィシャルDVD (国際オリンピック委員会オフィシャルDVD) 映像資料 日本オリンピック委員会 監修. 日活, 2006.11
★カーリングに関するLR説とFB説の融合によるカールの検討 対馬 勝年, 森 克徳 掲載誌 寒地技術論文・報告集 寒地技術シンポジウム / 北海道開発技術センター 編 32:2016 p.85-90
★カナダのオリンピック代表カーリングチームの期分けトレーニングプログラム David G. Behm 掲載誌 Strength & conditioning journal : 日本ストレングス&コンディショニング協会機関誌 16(3) (通号 139) 2009.4 p.40~47
★歴史の中の総務部長(302)水野忠之(12)カーリングに学ぶ新総務部長像 童門 冬二 掲載誌 月刊総務 / ナナ・コーポレート・コミュニケーション 編 48(6) (通号 580) 2010.6 p.60~63
★密着! カーリング5人娘のあっけらかん--後輩中学生に大金星献上もご愛嬌 掲載誌 サンデー毎日 85(13) (通号 4750) 2006.3.26 p.32~34
★次回札幌冬季オリンピックにおけるカーリングリンクの活用提案 対馬 勝年 掲載誌 寒地技術論文・報告集 寒地技術シンポジウム / 北海道開発技術センター 編 33:2017 p.288-292
★復興十分条件手順とカーリング組織論 : 公共民の経営学・現場学(145) 長嶋 俊介 掲載誌 会計検査資料 (631):2018.4 p.64-72
★フィリピンの軍事化--軍隊は民衆を本当に守っているのだろうか? (特集 「死の商人」の実態を暴く ; 武器移転の影響・帰結・展開) ジョアン カーリング 掲載誌 季刊軍縮地球市民 / 明治大学軍縮平和研究所 編 (4) 2006.Spr p.56~61


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# by sentence2307 | 2018-06-25 23:58 | 映画 | Comments(0)