わかれ雲
2009年 02月 23日
貧乏人など、所詮は金持ちにすがって寄生虫のように生きるしかない無力で惨めな存在にすぎないのだと、宿の女将から横っ面を札束ではたかれるような蔑みを受けても、ただ俯いて耐えるしかなかった社会的弱者「おつぎさん」の震えるような悔しさと怒りを痛切に演じたあの衝撃は、僕の中の映画的記憶のなかでも、とりわけ傷のように鮮烈に刻み込まれたもののひとつでした。
もう決して若いとはいえない中年女が、この世の中をひとりで生きていくということがどういうことなのか、遠く離れて暮らす息子に逢いたいという思いを果たせないでいる痛ましさと切なさを込めて、まるでそれを水彩画のような淡白さで描いていることに、まずは驚嘆させられました。
社会的弱者ゆえに辱めを受け入れざるを得ず、その不当な虐待をじっと耐え、鬱積する悔しさや憤りを自分の内部で押し殺しながら生きていくことしかできない理不尽さを、言葉にしてしまえばただの毒々しいだけのアカラサマな悲惨を、五所監督は、もっと別の印象として、いわば場違いな清々しさによって描こうとしているような違和感(むしろ、ファンタステックな感じ)を覚えました。
弱者の虐げられた日常と絶望を描きながら、だからそこに「絶望」を描こうというのではなく、むしろ、それでもなお「ささやかな希望」を描いてしまおうとするところに五所平之助監督作品の真骨頂があるように思うし、そこにこそ状況に捉われない独特の温かみが醸し出されてくるのだと気がつきました。
「わかれ雲」を見たとき、僕はこの作品で演じた川崎弘子の抑制された演技が、「大阪の宿」を経たことによる演技的洗練の到達を示しているのだろうかと考えていました。
しかし、実は「わかれ雲」が1951年の作品であり、「大阪の宿」がその3年後の1954年の作品であることを少し後で知り、当時僕が抱いた「演技的洗練の到達」という直感が、単なる誤解にすぎなかったと知ったのですが、しかし、その誤解し続けた期間は、きっと僕にとっては、蜜月のようなものだったと思います。
「わかれ雲」で語られる手放しの善良さは、映画を見ることの幸福感と安心感を僕たちに与えてくれました。
僻みと孤独から心が折れて、誰とも打ち解けることのできないでいる屈折を抱えた娘が、旅先で出会った農村の人たちの善良さによって徐々に癒されていくという、寒々しい人間関係や熾烈な世界観を描き続けた小津安二郎や成瀬巳喜男なら決して描こうとしなかったこの随分と甘々な稚戯に等しい楽観を十分に承知したうえで、しかし、この「わかれ雲」を前にして、人間の善良さを信じようとすること、さらには、善良であろうとすることが、そんなにも「芸術的」に劣ったことであるのか、この作品を見ながら考えさせられてしまいました。
妻を亡くした父親は、女親を失ったひとり娘を心配して後添えを貰い、亡き母を忘れられない娘は、継母と打ち解けられない葛藤に苦しみ、後妻の若き継母も娘との越えられない壁に苦しんでいます。
また、そうしたねじれきった母娘関係を自ら作り出してしまった父親は、ふたりの間に立ち入れないまま、苦しみ続けています。
誰もが誰ものことを気遣いながら、傷つけ合わずにはおかない膠着状態のなかで、娘は信州の農村の人々の善意によって徐々に心を開いていく過程で、父親と再会します。
誰かを愛することで優しさを取り戻した娘を見て、罪悪感に苛まれていた父親は、やっと安堵の表情を浮かべます。
継母に済まなかった、帰って詫びたいと話す娘の言葉を受け止める三津田健の最良の(受けの)演技を見たと思いました。
そして、そこまで考えてきたとき、あるひとつの「写真」を思い浮かべました。
東宝争議の折、五所監督は左翼思想とはまったく無縁だったにもかかわらず、組合活動に理解を示し、あるいは同情し、デモなどにも熱心に参加して、先頭に立ってスクラムを組んで行進したということを伝えられています。
そしてそこには、その雄々しい写真が新聞に掲載されたために、パージの対象になってしまったという事件も付されています。
たぶん「善良」とは、そういうことなのだと思います。
失笑するか、侮るか、それともそうした人間の営みを愛しいと思うか、五所平之助作品を見るたびに、僕たちが微妙に試されているような気持ちにさせられるとしたら、その直感はあながち間違ってはいないかも知れません。
(1951スタジオ・エイト・プロ・新東宝)製作・平尾郁次、波根康正、内山義重、監督・五所平之助、脚本・館岡謙之助、田中澄江、五所平之助、撮影・三浦光雄、美術・久保一雄、照明・石川緑朗、録音・長岡憲次、音楽・斉藤一朗、監督補佐・長谷部慶治、製作主任・加島誠哉、
出演・沢村契惠子、川崎弘子、沼田曜一、三津田健、福田妙子、倉田マユミ、谷間小百合、岡村文子、大塚道子、岩崎加根子、宮崎恭子、関弘子、稲葉義男、中村是好、深見恭三、柳谷寛、小峰香代子、田中筆子、塩谷益義、加島春美、石島房太郎
1951.11.23 10巻 2,767m 101分 白黒
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