飼育
2010年 01月 24日
きっと、その「辛さ」の中には、大島監督が体制と権力に真っ向から対してきた「挑発と闘争」を、現在の日本映画界で正当に受け継ぐものが存在しないという絶望的な思いに繋がるからかもしれません。
しかし、どうしても分からないのは、かつて大島渚が、苛立ちをもって敢然と体制に向けて突きつけ続けてきたあの反体制に向けられた問題提起のエネルギーが、なぜいま失われてしまったのかという疑問です。
もはや現代では「挑発と闘争」を必要としなくなってしまったくらいに問題がなくなったとも思えませんし、大島渚が映画を撮っていた時代というのが、いまに比べて相当に緩かったのかとも思えません。
むしろ高度経済成長至上主義を背景にもっていた右傾化ナショナリズムこそが、すべてに先行する善としてあり、その方向に逆らうものはことごとく圧殺されるのが当然という息づまるような風潮・雰囲気のなかでの大島渚作品の位置づけは、当然のような独特の冷笑と、一定の距離を置いた「理解」でもって無視ないしは敬遠というかたちで位置づけられてきました。
あるいは、そのような黙認を迫る強権が支配する一方で、あろうことか成長から取り残され疎外された大衆の中にさえも、まだまだ「左翼」に対する甘々で過剰な幻想が残っていた時代ですから、大島作品に対する左右両極から締め上げは、かなりキツいものがあったはずだと思います。
政治に「過剰な幻想」を抱いて、期待をふくらませ、やがてみずから選んだ「権力」によって過酷なしっぺ返しを受け、失望を余儀なくされるという大衆の愚行は、民主党政権を選択した楽観が、思わぬ圧制を招き寄せてしまったという惨憺たる現実によって逆に証明してしまってたように思われます。
前世紀にさんざん見せ付けれらてきた、労働者たちが、労働者のボスによって裏切られ圧殺されるという笑えない構図がここでもまた繰り返されたということなのかもしれませんが。
表現の自由を遮断されながらも、そうした状況下で敢えて撮られ続けた大島監督の幾つかの先鋭な作品があったからこそ、閉ざされた時代を切り開き、現在の「なんでも自由にモノが言える」らしい、少しはマシな状況をもたらすことができたのかもしれません。
しかし現在、実際に「その時代」に身を置く者のひとりとして、本当に「なんでも自由にモノが」言えているのかと言えば、それはすこぶる疑問だといわざるを得ません。
いま日本で撮られている映画といえば、小手先でストーリーをこねくり回しているだけの、嫌に洗練された「大恋愛映画」(それは完成度が高くなればなるほど、同時に無力感に満ちた退廃を更新し続けているとしか思えない気がします)や、うんざりするような幼児性丸出しの低次元なヒューマン・ドラマしか見ることができないでいます。
まあ、その象徴が大島監督の後継者・崔洋一の体タラクなのかもしれませんが。
なにかを書こうとすれば、すぐに「昔はよかった」みたいな繰言になってしまう自分に自己嫌悪を感じてしまう一方、かつて見た映画に再会するたびに、最近はすぐにこうした思いに駆られてしまうみたいです。お許しください。
さて「飼育」ですが、この映画は、原作の大江作品から受ける印象と比べるとき、かなりの違和感を覚えてしまいます。
この原作を読んだときの新鮮な瑞々しさは、閉ざされた辺境の村に起こった「事件」を、コテコテの軍国少年の目から捉えられたという鮮烈さだったと思います。
ある時代に生きる以上、誰もがその時代という状況の囚われからは自由になれない、それが現実を生きる人間の限界でもあるのでしょうが、軍国少年たる「僕」の目は、村に起こった数々の異常な出来事を、異常なままで受け入れ、「見つめ」続けます。
異常を異常のまま受け入れることのできる軍国少年の異常さと、そしてその時代の異常さこそが「戦争」というものの実態であると描く一方で、大江健三郎は、見つめ続ける少年の目をとおし「異常」を射とおすことで、その「異常」の表皮を剥落させて、その奥底にひそむ命の輝きをみずみずしく露わにしてしまう印象を受けました。
しかし、映画「飼育」においては、大島渚は、その「少年の感性の瑞々しさ」の方には、あまり関心を示すことなく、むしろ、三国連太郎演じる「本家」の特異な存在に異様に執着しているように見受けられます。
その特異さは、例えば、絶対的な権力をもって一族の頂点に厳然と君臨する「儀式」の家父長に比べると、その差異は歴然としています。
「飼育」で描かれている三国連太郎演じる「本家」が、「儀式」に登場した佐藤慶が演じた「家父長」とは似ても似つかない優柔不断さ・弱々しさ、異質・異形な存在として描かれていることについて、ずっと違和感を感じてきました。
例えば、「愛と希望の街」においては、ブルジョアと貧しいプロレタリアートの間に横たわる疎外の象徴として伝書鳩が登場しましたし、「青春残酷物語」では、美人局をしているカップルが社会から疎外された存在として描かれていました。
あるいは、「太陽の墓場」は、社会から隔絶されたスラム街を敗戦後の闇市のように見立て、そこで生きる人間たちを性と暴力で描き出していました。
「日本の夜と霧」においては、現在・過去・大過去が、長回しの画面の中で交錯するという複雑な構成で60年安保の挫折をディスカッションドラマとして描いました。
それらを貫く明確な社会意識は、左翼系独立プロにあった社会告発や意図的に歪曲されたリアリズムではなく、社会の歪みを共同体が持つ加害者・被害者の関係ととらえて、さらにそれを反転させていきながら、良識を挑発するに十分な姿勢に貫かれていたと思います。
その共同体と疎外の主題は、「飼育」における、終戦直前に山村に紛れ込んできたアメリカの黒人兵と村社会を描いて、反逆と挫折、国家や民族のテーマへと発展させていく契機となっていったのた゜と思います。
大島渚の作品は、そのどれもが「何か」に対しての象徴的・暗示的な作品だといわれているのは、後年の作品の随所に日章旗が描き込まれていることでもわかるように、かなり意図的に表現されている部分もあると思いますが、そこで興味深いのは、優柔不断な「本家」が、かなり揶揄的に描かれているのに対して、絶対的な権力を持った「家父長」が、それほど否定的には描かれていないように感じられることでしょうか。
日本の権力構造に向けられた階級と疎外のテーマへの関心が、抑圧された性への欲望が行き場を断たれた鬱屈を殺意に換えて暴発させる犯罪への途轍もないエネルギーを描くという徐々に「性」に向けられていく関心の変化となにか共通するものがあるのだろうかという疑問に囚われています。
主役の黒人兵に、前年ジョン・カサヴェテス監督作品「SHADOWS アメリカの影」に売れないジャズ歌手の長兄ヒュー役で出演したヒュー・ハードが扮しています。
(1961パレスフィルム・大宝)製作・田島三郎、中島正幸、監督・大島渚、原作・大江健三郎、脚本・田村孟、脚本協力・松本俊夫、石堂淑朗、東松照明、撮影・舎川芳次、音楽・真鍋理一郎、美術・平田逸郎、編集・宮森みゆき、録音・岡崎三千雄、照明・菱沼誉吉、スチル・武智俊郎、製作主任・岸田秀男、助監督・柳田博美
出演・三國連太郎、沢村貞子、中村雅子、三原葉子、岸輝子、大島瑛子、浜村純、相川史朗、山茶花究、加藤嘉、石堂淑朗、小山明子、戸浦六宏、小松方正、ヒュー・ハード、牧江重行、京須雅臣、入住寿男、上原京子、 上原以津子、島田屯、黒坂明二、今橋恒、横田利郎、竹田怯一、槇伸子
1961.11.22 10巻 2,878m 105分 白黒 シネマスコープ