小津安二郎「朗かに歩め」
2004年 12月 05日
ナイフの謙と呼ばれるヤクザな与太者(今や「不良」などという言葉とともにすっかり死語となったと言われますが、僕的には「人斬り与太・狂犬三兄弟」のイメージが残ってて、この言葉にそんなに古さを感じていません)が、清純なタイピストやす江に一目惚れし、また、やす江の方も謙をヤクザとは知らずに好意を寄せるところから、謙二がマトモな人間になろうと周囲の軋轢に苦しみながらドラマが展開するというなんだかムカシ日活の映画で見たような「泥だらけの純情」風無国籍映画でした。
役者たちのすごみ方や立ち居振る舞いは、ほとんどアメリカ映画の引き写しみたいで少し違和感を覚えてしまいますが、「単なる模倣の域を脱した小津モダニズムの逸品」といわれている作品です。
ロケはほとんど横浜の山下公園や埠頭で行われており、横文字のホテルやビリヤード場、洋風アパートなど当時にあっては垢抜けた背景を配して、車はリンカーン・ロードスターなど超豪華なものをヤナセから調達し、その他ゴルフやボクシングという最先端の風俗から、蓄音機・タイプライターなどの舶来品の小道具やファッションに至るまで、アメリカ映画に深く傾倒していた当時の小津監督のモダンボーイぶりがうかがえる作品です。
ジャンルとして、アメリカ・ギャング映画を思わせるバタ臭い典型的な与太者の改悛劇と見ることもできるかもしれませんが、活劇的なイメージより、むしろセンチメンタルな印象を強くするので、その辺に小津監督のオリジナリティがあるのかもしれません。
井上和男編の「全集」上巻にある巻末の作品改題には「完全なアメリカ映画の模倣で、撮影技法も多彩。
俯瞰・移動撮影・クローズ・アップなどの撮影技法が駆使され、ロー・アングルと不動のカメラポジションという小津スタイルからはもっとも遠い位置にある作品」と評されていて、そして、「清水宏の原作とあるが、これは、不良少年の更生物語のアイデアを口伝えに貰ったにすぎない。
女性の純情が男の魂を導くという考え方自体、佐藤忠男によれば、大正時代に輸入されたアメリカ映画の模倣」というふうに記されています。
正直な印象としては、当時の学生達が楽しそうにギャング映画の格好をして和気藹々と劇中劇を演じているような大真面目の滑稽さを感じてしまう味のある小品です、もちろんコメディではないけれども、大真面目なところが妙に笑えてしまう不思議な作品という感じですね。
(1930松竹蒲田)原作・清水宏、脚色・池田忠雄、撮影編集・茂原英雄、舞台設計・水谷浩、舞台装置・田中米次郎、角田民造、舞台装飾・川崎恒次郎、井上常太郎、監督補助・小川二郎、佐々木康、撮影補助・九里林実、厚田雄治、現像・増田麟、焼付・納所歳巳、タイトル・藤岡秀三郎、配光・吉村辰巳、撮影事務・高山傳、
出演・高田稔、川嵜弘子、松園延子、鈴木歌子、吉谷久雄、毛利輝夫、伊達里子、坂本武、
(96分・35mm・S8巻、2704m、白黒・無声)