小津安二郎「その夜の妻」 ②
2004年 12月 07日
娘の病気の治療費に困り、思い余って強盗を働いた男(岡田時彦)が、タクシーに乗って娘の元へ駆けつけますが、間もなくタクシー運転手(実は刑事です)が訪ねてきます。
妻(八雲恵美子が演じていますが、アメリカナイズされた「ハイカラ」な映画でも、女性には必ず着物を着せるのが小津の小津映画たるユエンだということをBS特集の放送の中で知りました。)は、夫の不在を主張しますが聞き入れられないまま、夫と妻と刑事との間で展開する緊迫した密室の心理劇みたいになっていきます。
人物や小道具のクローズアップなど随所に見られる巧みな構図とカットの緻密な構成と積み上げ方を見れば、小津監督の室内場面の撮り方が格段に上達していることが分かりますよね。
娘の病状にやや恩情をみせて軟化した刑事、そのスキを突いて夫を逃がす妻、しかし妻子のために最早逃げることを止める決意をする夫など、この3人が織りなす緊迫したサスペンスのなかに、いろいろな映画の手法を試そうとしている小津監督の意欲が伺える場面が幾つもありました。
例えば、ドイツ表現派の映画を感じさせる壁に映る影の扱い方とか、あるいは、拳銃を突きつけて人質をとったり、警察へ連絡しようとした者を容赦なく撃ち殺すあたりの大胆で乾いた描写をはじめ、警官に追われながら夜のオフィス街を逃げ回るシーンのサスペンスの盛り上げ方などには、はっきりとハリウッド映画の手法を強く意識した画面作りを試そうとしている試みが感じられます。
原作は、江戸川乱歩もよく寄稿していた人気雑誌「新青年」1930(昭和5)年3月号に掲載されたアメリカの短編ミステリー作家オスカー・シスゴールの「9時から9時まで」という犯罪小説です。
この作品のなかにも「ウォルター・ヒューストン」と名前の分かる映画のポスターが写り込んでいるのが分りました。