世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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終着駅 トルストイ最後の旅

最初に「トルストイの家出」を知ったのは、書籍からだったのか、それとも教師や友人からだったのか、いまでははっきりと思い出すことができませんが、とにかく、最晩年のトルストイが家出した(その旅の途上の駅舎で野たれ死んだ)という事実を聞き知ったとき、まずは信じられず、趣味の悪いジョークか嘘だろうと思いました。

やがて情報を得るにしたがって、それらが事実らしいと徐々に分かり、いつしか、ひとつの「衝撃」としてその事実はそのままの形で自分のなかに仕舞われたのだと思います。

それまで文豪トルストイについての知識といえば、せいぜい世界文学全集や簡単な伝記などで紹介されたものを読んだくらいの大雑把な情報だったのですが、それにしても、そこには「徹底した平和主義者」だとか、「宗教的な雰囲気をたたえた求道者」、果ては、「高邁な人道主義者」などと記されており、凄い人なんだと思う反面、なんだかその節操の無い手放しの褒め上げ方には、子供ながらに「そんなに持ち上げていいのか」という懐疑心と、権威に迎合する知識人という人種(自分もいつかそんな人たちの中に組み込まれてしまうのかという)への遣り切れなさをぼんやりと覚えたくらいでした。

しかし、少年のかすかな懐疑心など薙ぎ倒すような力強い「ヨイショ」に圧倒された自分は、もうそれだけでトルストイというロシア人が、近寄りがたい聖人と印象づけられたものの、しかし、その文豪が、まるで16歳の夜遊び癖のついた不良少女がするような「家出」をやらかしたという、そのイメージの落差というか、奇妙なミスマッチに「なんなんだ、これは」という違和感にずっと囚われていました。

しかし、それからかなり経った頃、小林秀雄の「文芸評論」を読んでいたら、「トルストイの家出」をめぐって、正宗白鳥とのあいだで論争があったことを知りました、すでに自分もかなりひねた年齢になってはいましたが。

論争の切っ掛けは、正宗白鳥のこの有名な一節から始まっています。

「廿五年前、トルストイが家出して、田舎の停車場で病死した報道が日本に伝つた時、人生に対する抽象的煩悶に堪へず、救済を求めるための旅に上つたといふ表面的事実を、日本の文壇人はそのまま信じて、甘つたれた感動を起したりしたのだが、実際は妻君を怖がつて逃げたのであつた。人生救済の本家のやうに世界の識者に信頼されてゐたトルストイが、山の神を恐れ、世を恐れ、おどおどと家を抜け出て、孤往独邁の旅に出て、つひに野垂れ死した径路を日記で熟読すると、悲壮でもあり滑稽でもあり、人生の真相を鏡に掛けて見る如くである。ああ、我が敬愛するトルストイ翁!」

つまり、日本の文壇が崇め奉っている文豪トルストイの「家出」の実態というのが、実は女房のヒステリーに耐え切れずに、いい年をしておどおど・こそこそ行われたもので、ただの恐妻家にすぎないじゃないか、なにが文豪だ、というものでした。

誤解があるといけないので付け足しておくと、正宗白鳥としては、「聖人と崇め立てるよりも、むしろ、こちらの方が人間臭くてずっといいじゃないか」という意味もあったと思います。

しかし、芸術至上主義者・小林秀雄は、正宗白鳥の「女房のヒステリー」を前面に出して面白がっているこの皮肉な揶揄に食いつきます。

この事件におけるもっとも大切な問題がどこにあるのか、はたして「女房のヒステリー」にあるのか、それとも、「切っ掛け」なんかなんだって構わない、年齢だって関係ない、ただ重要なのは「人生の真相を求めて無一文で流浪する」その居ても立ってもいられない芸術に仕える者の気持ちの方なのではないのか、と論戦を仕掛けました。

雑誌上で何度か交わされた言葉の応酬の結果、この論争の結末は、小林秀雄が押され気味で、最後には矛を収めたという印象です。

小林秀雄が、頑なに擁護している芸術至上主義が、この一連の論理展開においては、いささか精彩を欠き、旗色が悪い印象を受けるのはどうしてなのか、注意してもう一度「作家の顔」を読み返してみました。

そして、ちょっと気になった一文が、この文章でした。

「彼(トルストイ)の心が、『人生に対する抽象的煩悶』で燃えていなかったならば、恐らく彼は山の神を恐れる要もなかったであろう。正宗白鳥氏なら、見事に山の神の横っ面を張り倒したかもしれないのだ。」

この論争のなかで、女房のヒステリーは、トルストイの家出の切っ掛けとして繰り返し登場しますが、その「ヒステリー」の質について検討された部分は一箇所もありません。

女のヒステリーなど取るに足らないもの(あるいは、かるい精神異常程度のもの)として、最初から、度外視され問題にもされていないのです。

とにかく、世界三大悪妻として公認されているくらいなのですから、それも無理からぬことだったかもしれません。

逆に言えば、男から突然張り倒され、無理やり黙り込まされた女性たちの「立場」が、逆の側から暗に記述されていることを見逃してはならないという気がします。

スパッと言い切る小林秀雄の論理の痛快さとは、そのようなきわめて偏った独断を押し通していく痛快さ(それを「痛快」などといってもいいかは問題なのですが)でしかないことを認識しておく必要があるのかもしれません。

(2009イギリス・ドイツ・ロシア)監督・マイケル・ホフマン、製作・クリス・カーリング、イェンス・モイラー、ボニー・アーノルド、製作総指揮・アンドレイ・コンチャロフスキー、フィル・ロバートソン、ジュディ・トッセル、ロビー・リトル、原作:ジェイ・パリーニ(『終着駅-トルストイ最後の旅-』新潮文庫刊、旧題『終着駅 トルストイの死の謎』)、脚本・マイケル・ホフマン、撮影:ゼバスティアン・エドシュミット、プロダクションデザイン:パトリツィア・フォン・ブランデンスタイン、編集:パトリシア・ロンメル、音楽:セルゲイ・イェチェンコ
出演ヘレン・ミレン、クリストファー・プラマー、ジェームズ・マカヴォイ、ポール・ジアマッティ、アンヌ=マリー・ダフ、ケリー・コンドン、ジョン・セッションズ、パトリック・ケネディ
【2009年アカデミー賞】主演女優賞・ヘレン・ミレン(ノミネート)、助演男優賞・クリストファー・プラマー(ノミネート)、【2009年ゴールデン・グローブ】女優賞・ヘレン・ミレン(ノミネート)、助演男優賞・クリストファー・プラマー(ノミネート)、【2009年インディペンデント・スピリット賞】作品賞(ノミネート)、監督賞・マイケル・ホフマン(ノミネート)、主演女優賞・ヘレン・ミレン(ノミネート)、助演男優賞:クリストファー・プラマー(ノミネート)
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by sentence2307 | 2012-02-12 11:14 | 映画 | Comments(0)