世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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地獄に堕ちた勇者ども

先日、法科大学院に通っている親戚の子が、ふらりと我が家に遊びにきました。なんだか見るからに疲れ気味です。

それはそうかもしれません。最近の法科大学院を取り巻く状況はかなり厳しく、聞くところによれば、入学者数が激減して大学院経営は大打撃をこうむり継続が困難になって、ついに廃止されるなんて法科大学院もチラホラ出始めているそうじゃないですか。

そもそも、当初は、司法試験の合格者を3000人まで引き上げるとかなんとかいっちゃって、すごい鼻息だったこの法科大学院、その当時は誰もが、もしかすると自分も司法試験に「合格!」ってなことになるかもしれないなんて甘い幻想を抱いて、我も我もと法科大学院に押しかけて、それはもう社会現象といってもいいくらいの勢いがありました。

いまでいうとAKB48の人気に匹敵するくらいでしたよ、ホント。

しかし、現実はそんなに甘くなく、「そうは問屋はおろさない」というヤツでした。

司法制度改革そのものに現状認識について楽観的すぎる幾つかの重大な誤りがあって、それがいま、数々の現実的な負の数字として現れてきているのだと思います。

ピカピカの未来が約束されて始まったはずの法科大学院ですが、現状は、かなり厳しく、想定していた弁護士の需要だって思わしくなく、低迷する合格者数に比例して法科大学院の入学者の激減(そりゃあ授業料が目茶目茶高いことと、一生を誤りかねない伸るか反るかの大博打なのですから、いくら人数を増やすといったって相当の自信と覚悟がなければ腰が引けてしまうのは当然でしょう)を招いて、このふたつに挟撃されて、法科大学院の経営をおびやかすことは容易に想定され(すでに現実化しつつあります)、このままでは近い将来、ぶっちゃけ合格者を増やせない法科大学院は、潰れるか、あるいはその前に潰されるか・・・まで追い込まれているとみるのがリアルな認識といえるでしょう。

至れり尽くせりの総花的法科大学院教育よりも、ガリガリ勉強した一発勝負の旧司法試験の方が、よっぽど優秀な人材を輩出したなんて、なんとも皮肉な話じゃないですか。

結構、「司法制度改革」を考え出した偉い先生方自身が旧司法試験をクリアしてきた人たちで、「俺たちの頃は、こんなものじゃなかったぞ」くらいに内心思いながら、立場上司法改革の要請にどうにか応えなければならないので、仕方なく、こういうことを考えたのかもしれませんが、どちらにしてもこの質的低下は、老婆心ながら日本の司法にとって取り返しのつかない禍根を残すのではないかと心配です。

とにかく、新任弁護士の就職先がみつからないまま、行き場がなくて巷を流浪する弁護士があらわれるなんて実に笑えない深刻な話(「そんなに増やしてどうするの」という危惧の)が、いまの現実なんですよね。

ひと昔まえなら、司法試験合格者といえば、そりゃあもう希少価値というか、ただそれだけで社会的に尊敬されるに十分なステータスだったはずです。

まあ、名だたる民主党議員のなかにも、物事をはっきり言わず、グジャグジャといつも逃げ道を作っておいて、多解釈が可能な怪しげは言葉を操る狡猾な政治家の前身をみてみると、だいたいが弁護士出身者であることを考えれば、「尊敬されるべき希少価値的存在」なんて考えは、早いところ改めた方がいいのかもしれません。

ですので(話は冒頭に戻ります)、その親戚の子というのも(いまだに司法試験に合格できると考えて疑ってないあたりが、実にずうずうしいというか世間知らずというか、むかしみたいに受験回数の制限がないという大らかな時代では最早ありませんからね)、以前は弁護士志望だったと聞いていたのですが、今回彼の話すことを聞いていると、どうも検察官志望に変わったようなのです。検察官といえば、最近世間ではあまり評判のよろしくないその「検事」です。「どうして、志望が変わったの?」と当然、聞きたくなりますよね。

彼が話すところによれば、最近、試験合格後、検察官になったという大学の先輩と話す機会があったそうなのです。以下は、その先輩から彼が聞いたという話の内容です。

《新任検事は、任官した各地の検察庁でそれぞれ研修指導を受けることになっており、ある日、5名の同僚検事とともに指導官に連れられて、その地にある拘置所で死刑執行に立会うことになった。
その日の受刑者は2名、壇上で彼らは「皆さま、お世話になりました」とか、「私の罪をお許しください」などと、別段感情を高ぶらせることもなく、淡々として落ち着いた調子でそう言ったかと思うと、突然バタンと音がして、目の前に人間の体が物凄い勢いで落ちてきた。
乾いた突然の大音響と、目の前の光景(人間が縊死によって苦悶の果てに絶命に至る瞬間)に立ち会わされることになった誰もが、瞬間的に体をこわばらせたまま(金縛りといったほうが相応しいかもしれない)しばらくは、目の前の苦悶する人間の断末魔を観察することになった。
胸が2,3回ふくらんで、ぶらりぶらりと揺れ、その間もすぐ眼の前で死の断末魔のけいれん状態が続く。
医務官が、ぶら下った受刑者の腕をとって脈が停止したことを確認し、執行は終了した。
そのとき、その先輩は、検事という仕事は、そうしたいわば日常生活では決して経験することのない異常な体験も、国家権力という巨大なうしろだてのもとで「日常的なこと」として生活の中に織り込んでしまえる職業なのだと実感したという。
この異常な光景を自分の仕事=取調べと捜査を通して完成させることができる「検事」という仕事→権力に操られるままになる仕事にぞくぞくするようなたまらない魅力を感じたと話した。》

そのように語った先輩の真意が、どの辺にあるのか、自分にはもうひとつ理解できないところがありましたが、彼が死刑執行の現場を見て、驚異の目で権力に対する魅力を見出したということは、なんとなく分かりました。

なんだか、かつてヴィスコンティが描いた権力の甘き香りに魅入られ酔い痴れた者たちの宴のような狂気を感じてしまいました。

彼が帰ったあと、「あいつ、大丈夫か?」と女房に聞きました。

勉強のしすぎと、将来の展望が開けない焦りとで、彼にもついに来るべきものが来たのかもしれないという危惧の思いで、しばらくは少し靄っている夏空を見上げていました。

ふうっとため息をついたあと、無意識に「今日も暑つうなるぞ」という言葉を口にしていました。

あっ、これって「東京物語」の笠智衆のセリフじゃないか。暑い盛りになると、一日の始めにまずこの言葉を、自然につぶやいている自分がいます。


★蛇足的参考
 【現在の判例】判例は、「死刑そのものが一般的に直ちに残虐な刑罰に該当するとは考えられない」が、「その執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地から一般に残酷性を有するものと認められる場合には、これを残虐な刑罰といわねばならぬ」から、「将来若し死刑について火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残酷な執行方法を定める法律が制定されたとするならば、その法律こそは、まさに憲法36条に違反するものというべきである」とし(最大判昭23・6・30刑集2・7・777)、「現在各国において採用している死刑執行方法は、絞殺、斬殺、銃殺、電気殺、瓦斯殺等であるが、これらの比較考量において一長一短の批判があるけれども、現在わが国が採用している絞首方法が他の方法に比して特に人道上残虐であるとする理由は認められない」(最大判昭30・4・6刑集9・4・665)と判示している。
 【規定】現行法上、刑訴法475条以下、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律178条等、および明治6年太政官布告65号等に文教して規定され、一個の法体系のもとにまとめて規定されていない。
前記布告は『絞首』という死刑の執行方法について凡絞刑ヲ行フニハ先ツ両手ヲ背ニ縛シ紙ニテ面ヲ掩ヒ引テ絞架ニ登セ踏板上ニ立シメ次ニ両足ヲ縛シ次ニ絞縄ヲ首領ニ施シ其咽喉ニ当ラシメ縄ヲ穿ツトコロノ鉄鐶ヲ頂後ニ及ホシ之ヲ緊縮ス次ニ機車ノ柄ヲ挽ケハ踏板忽チ開落シテ囚身地ヲ離ル凡一尺空ニ懸ル凡二分時死相ヲ験シテ解下ス」と規定している。明治22年4月12日勅令93号により、布告65号所定の絞縄解除までの時間2分を5分と定めた以外には、現在に至るまで、同号の規定と異なる規定は設けられていないし、同布告の廃止を規定したものもない。同布告は現行憲法下においても法律と同一の効力を有するものとして存続している(栗田正「死刑(絞首刑)の宣告は憲法31条に違反するか―明治6年太政官布告65号絞罪器図式の効力」ジュリスト232号50頁)。同布告65号所定の執行方法は地上絞架式(2階から1階に吊り下がる)に変更されているが、絞縄による絞首という執行方法の基本は変わっていない。
 
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Commented by コーチ at 2014-10-03 04:24 x
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Commented by The nation at 2014-10-16 11:41 x
Hank Harper, de 61 aos, y sus dos hijos volaron desde Los Angeles para ver el eclipse. Los tres subieron a un globo de aire caliente con otros turistas vidos y fueron recompensados con una vista perfecta.
by sentence2307 | 2012-07-27 09:51 | ルキノ・ヴィスコンティ | Comments(2)