世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

貞操の嵐

この新東宝作品「貞操の嵐」が、もし清水宏監督の「七つの海」(1931~1932)のリメイク作品という知識さえなければ、もっとこの作品を新東宝作品らしい荒唐無稽なメロドラマとして心から楽しめたかもしれません。

それはそれで、きっと快適な時間を過ごせたと思いますが、なまじオリジナル作品を見てしまい(「処女編」「貞操編」ともにネットで鑑賞しました)、いくらかの「予備知識」を持ってしまったために、「あそこが違う」「ここも違う」などとどうしても比較的に見てしまい、結果的には、意に反してとても残念な時間を過ごさねばなりませんでした。

映画を見るうえで、前評判とか予備知識など、害にこそなれ、なんの役にも立たないし、むしろそんなものは、かえって映画に集中できない障害でしかなく、無駄に気が散るだけというくらいの認識しか自分にはありません。

それに、「七つの海」という作品が、自分にとっては特別な存在である清水宏監督作品であるということ、しかも、この作品、結構大作として作られているらしいという意識が、新東宝作品「貞操の嵐」を辛辣に見てしまったかもしれません。

自分は、ずっとむかしから、心からの新東宝作品のファンのつもりでいますが、感想を書き進めるうちに、ときにはその「荒唐無稽さ」に圧倒されて次第に息切れし、消化できなくなって、ついには論理の一貫性を崩し(自分の持ち味は、どうしても理屈っぽいのが信条なので、論理の破綻が致命傷につながります)フォローできないまま、仕方なく「揶揄」調を帯びてしまうという、傍から見れば、新東宝映画をおちょくりからかっているみたいなコメントになってしまったものが、あるいは幾らかはあったかもしれませんが、まあ、弁解みたいになりますが、当方としては、あくまでも愛情告白みたいな積りで書いているのであって、決して貶すなどという大それた思いは寸毫もありませんし、むしろそこにかすかでも「揶揄」気味な調子が存在するとすれば、それはあくまでも推進力として(結局、認めてらぁ)書き進めているというべきかと思います。

なんといっても、題名の「貞操の嵐」というネーミング感覚にはいつもながら感心させられました。

いかにも新東宝作品らしく、とても素敵で好感をもちます。

「貞操」は、「七つの海」の「貞操編」から拝借したことは分かりますが、「嵐」の方が、どうにも解せません。

例えば、「貞操の」とあれば、「危機」とでも受けるしかないと思う虚を突いて「嵐」となるわけですから、その取り合わせの妙には不意を突かれ、一瞬の眩暈にさえ襲われかねません。

しかし、それにしても「貞操の嵐」と聞いて、イメージするのは、「貞操」と書かれた看板が、台風みたいな風雨に煽られて、バタバタといまにも吹き飛ばされそうになっている危うい感じですが、脳裏で描いてみたら、「あっ、こんな感じなんだ~」と結構すぐに納得できました。

さて、ここから本題の「貞操の嵐」を見た率直な感想を書きますね。

この「貞操の嵐」と清水宏作品との決定的な違いは、ヒロインの設定にあります。

高倉みゆき演じる曽根百合は、終始弱々しい被害者として描かれています。

自分にはすでに婚約者(武彦の弟・高島忠男が演じています)がいるのに、その義兄・武彦から一方的に懸想され、まずは借金で雁字搦めにさせられたうえに、薬で眠らされて強姦され、そのあと自殺も果たせずに、ついに病身の父親がショックで急死するに至って、もはや結婚を承諾するしかないところまで百合は追いつめられます。

ここまであっさりと書いてしまいましたが、これは大変な事態ですよ。

ことによったらひとつやふたつ犯罪が成立してしまう案件があるかもしれない。

結婚式を終えた新婚旅行先のホテルで、百合から突然、夫・武彦は、これから先、ベッドを共にしないと言い渡されます。

結婚するためには彼女を強姦したくらい元気のあった武彦ですから、「なにをほざきゃあがる、このやろー」くらいなことを吠えて、一・二発、さらに三発くらいかますのかと思いきや、なんだかいやにだらしなくなってしまって、従順に百合の言葉に(渋々ですが)従います。

はは~ん、女が家庭に入るとヤタラ強くなるっていうのは、このことですね、なんて関心なんかしてはいけません。

思うに、武彦自身にも、百合と結婚するために自分がとった手段が、いささか乱暴すぎたという自覚というか、負い目みたいなものがあったのでしょうが、それにしたって、自分の妻なのにSEXの相手はしないわ、金は使い放題使いまくるわですから、いくら金のある亭主としても、たまったものではありません。

いうまでもなく、百合の浪費と夫婦生活の拒絶は、自分の人格を無視し、両親を散々な目にあわせたことに対する武彦への「復讐」なのですが、少し奇妙なのは、会社を悪辣な叔父に乗っ取られて零落したのち、百合が、不仲だった姑の世話を一生懸命みていることです。

そして、そのことは、やがて元婚約者・高島忠男の耳にも届いて、裏切った百合に対して彼が好印象を覚えるという暗示のひとつになっています。

「七つの海」において、曽根弓枝演じる川崎弘子が、狂気のような浪費によって八木橋家を滅茶滅茶にしたあと、薄笑いを浮かべながら「これで復讐はなしとげた。ざまあみろ」と毒づいた意気揚々と立ち去るのとは、雲泥の差があります。

ここに、新東宝作品に貫かれている強固な道徳観みたいなものを象徴的に感じます。

もちろん、作品自体を縛っている限界としてという意味でですが、しかし、それが同時に、いかなる淫靡猥褻な作品を狂気のように量産しようと、一定のラインは超えることがない考え方のイシズエになっているのではないかと考えています。

(1959新東宝)(1959新東宝)監督・土居通芳、脚色・村山俊郎、土居通芳、原作・牧逸馬、企画・柴田真造、中塚光男、製作・大蔵貢、撮影・森田守、美術・岩武仙史、音楽・米山正夫、録音・沢田一郎、照明・平岡岩治、
出演・高倉みゆき(曽根百合)、林寛(父伸吾)、宮田文子(母三輪子)、二木てるみ(妹桃代)、高島忠夫(八木橋稔)、細川俊夫(兄武彦)、真山くみ子(母頼子)、三ツ矢歌子(妹緋佐子)、久保菜穂子(桐原彩子)、舟橋元(宗方一郎)、魚住純子(高杉耀子)、江川宇礼雄(室伏栄造)、津路清子(妻浅代)、高松政雄(総会屋山田)、新宮寺寛(借金取)、倉橋宏明(経理部長)、高村洋三(山野証券の所員)、渡辺高光(山野証券の所員)、大江満彦(別な証券会社員)、玉井千鶴子(昔の女秋子)
1959.04.03 9巻 3,270m 119分 カラー 新東宝スコープ

七つの海 前篇 処女篇
(1931松竹キネマ・蒲田撮影所)監督・清水宏、脚本・野田高梧、原作・牧逸馬『七つの海』、撮影・佐々木太郎、
出演: 岩田祐吉(曽根伸吾)、川崎弘子(曽根弓枝)、高峰秀子(曽根百代)、若水絹子(曽根三輪子)、武田春郎(八木橋雄之助)、鈴木歌子(妻・頼子)、岡譲二(兄・八木橋武彦)、江川宇礼雄(従弟・譲)、泉博子(妹・緋佐子)、宮島健一(大平倉吉)、高松栄子(妻・お悦)、村瀬幸子(桐原彩子)、葛城文子(母)、野寺正一(その父)、坂本武(大阪支店長根津)、井上久磨夫(秘書)、伊達里子(高杉耀子)、新井淳(山万)、若水照子(娘・昌子)、結城一朗(宗像一郎)、小藤田正一(店員・不二男)、南條康雄(辻)、音羽みゆき(服部久美子)、水島亮太郎(高杉教授)、柳田礼司(書生)、
1931.12.23 帝国館/新富座/南座/新宿松竹館 10巻 2,022m 白黒 無声 上映時間:1時間1分

七つの海 後篇 貞操篇
(1932松竹キネマ・蒲田撮影所)監督・清水宏、脚本・野田高梧、原作・牧逸馬『七つの海』、撮影・佐々木太郎
出演: 川崎弘子(曽根弓枝)、高峰秀子(曽根百代)、若水絹子(曽根三輪子)、武田春郎(八木橋雄之助)、鈴木歌子(妻・頼子)、岡譲二(兄・八木橋武彦)、江川宇礼雄(従弟・譲)、泉博子(妹・緋佐子)、宮島健一(大平倉吉)、高松栄子(妻・お悦)、村瀬幸子(桐原彩子)、野寺正一(その父)、坂本武(大阪支店長根津)、井上久磨夫(秘書)、伊達里子(高杉耀子)、新井淳(山万)、若水照子(娘・昌子)、結城一朗(宗像一郎)、小藤田正一(店員・不二男)、南條康雄(辻)、音羽みゆき(服部久美子)
1932.02.11 帝国館/京橋新富座/新宿松竹館/麻布松竹館 10巻 1,837m 白黒 無声 上映時間:1時間1分
[PR]
Commented by mens mbt m at 2013-11-19 22:23 x
mbt boot 貞操の嵐 : 映画収集狂
Commented by mbt shoes buy online at 2013-11-26 01:30 x
mbt tunisha black 貞操の嵐 : 映画収集狂
Commented by ルイヴィトン 長財布 at 2014-05-07 09:40 x
「呼び慣れるまで呼んでくれ。私は咲彩の恋人だからな」 私を愛してくれる人がいる。 大切な人で、幸せを与えてくれる人で、私は彼を失いたくない。恋をしないと決めたの」 朱里は恋愛に興味がない。 もしも、恋に興味があれば俺達の関係もきっと違った形だったかもしれない。 「恋って、大変なんだよ。15歳ですよ、高校1年生になりました」 「そうか、もう高校生か。しかし、なぜ美麗が本邸に?」 本来なら美麗は叔母夫婦の住む、別邸で暮らしているのではないか。「昨日のお詫びってわけじゃないんだけど。とりあえず、ベンチに座って」 俺は彼女に言われるままに近くのベンチに座る。 隣に小桃さんも座り、何だかいい雰囲気だ。辛い時は私に頼ってよ。まだ頼りないかもしれないけれど、私も頑張る。祥吾ちゃんを支えられるように頑張るから」 「ああ。
by sentence2307 | 2013-02-03 18:42 | 新東宝 | Comments(3)