世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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EUREKA ユリイカ 

バスジャック事件で人質となり、無差別殺人を実行していく犯人に銃口を向けられ、射殺される直前で、かろうじて死をまぬがれたバス運転手沢井と、乗客の兄妹は、切迫した死と直かに向かい合った恐怖から、それぞれに心に深い傷を負います。

ストーリーの進行に連れて、死の瀬戸際から生還したその犯罪被害者のひとり・兄直樹が、世間から隔絶した生活の中で、ひそかに育て上げた内なる暴力性=殺意によって、自分もまた通り魔殺人者となっていったことが判明します。

自身もまた犯罪者となることでしか、彼は癒されず、また彼の「再生」の道が、それ以外にはあり得なかったことが、重く僕を鞭打ちました。

「立ち直り」とか「再生」などという言葉の意味する観念が、必ずしも、手放しの善良さや向日性の思念ばかりを示唆している訳ではないことに気づかされたときの虚を突かれたような衝撃は、しかし、別の言い方をすれば、映画がやっと現実に追いついたとも言えるのかもしれません。

この映画で描かれる直樹という少年像は、人間は、必ずしも善良なものによってばかりでなく、邪悪なものをヨスガとしてさえも、再生をはかろうとするものでもある、という負の活力に活路を見出そうとする人間の姿がそこには描かれています。

そして、そのショッキングな問い掛けを支えているもうひとつの命題、襲い掛かる危機から子供たちを守ることすらできなかった、どうしようもなく衰弱した現代日本の家庭の無力が同時に示されています。

事件からの生還者である兄妹が世間の理不尽な中傷や偏見によって押し潰されそうになるとき、彼等を守ることすら出来ないままに内部崩壊してしまう家庭の、母親の家出と父親の自殺という、その苛烈な現実の直視を避けるかのように心を閉ざす兄妹は、互いにコミットするべき言葉も放棄し、ただ二人だけの引きこもりも生活を始めています。

事件から2年後、街に舞い戻ってきた沢井は、そのひきこもりの兄妹のことを知り、彼らと「家族のようにして」共同生活を始めるところから、この再生の物語は始まりました。

血を分けた実の家族が、襲い掛かる外界からの危機に為すすべもなく脆くも崩れ去るという情景の後で、同じ事件に遭遇したことによって共通の心の傷を抱え持つ者同士・沢井と兄妹とが寄り添って始められる共同生活が描かれていきます。

それは、沢井が、親や社会から見捨てられた兄妹を憐れむ気持ちからというよりも、むしろ、生きていく目的を失った沢井自身が、共同生活をすることで生きることの意味をなんとか見出し、克服し、再生を図らなければならないという切迫した心の崩れを抱え持っていたからだろうと思います。

それは、やがて始められる彼らの放浪が、陰惨な出来事を想起させる「バス」に立ち向かい、殺戮の「現場」に立ち返り、封印していた過去の恐怖を見つめ返すことから始められねばならなかったことからも明らかです。

もしかしたら「あの時」に死んでいたこともあり得たという想像が、この現在を「たまたま」生きているにすぎないという不安と恐怖を一挙にあらわにさせ、命とは、結局のところ、遅かれ早かれ訪れる死を待つだけの、ただの猶予にすぎないという虚無感にさらされた彼ら犯罪被害者たちの、それぞれの生きる意味を奪い取られた日常=寄る辺ない漂流が始められることとなります。

「ここから始めよう」と沢井は言いました。

今まで直視することを避け続けてきたものと対峙する旅の過程で、ついに直樹の通り魔殺人が明かされます。

他人との交流を拒否して言葉を捨て去っていた直樹が、初めて沢井に吐き掛ける言葉「なして殺したらいけんとや(人殺しのどこが悪い)」という絶叫は、その病理的な部分を差し引いても、深い心の傷を抱えながら犯罪被害者たちに許された選択肢が、自殺や他殺をも含めても、それほど多くないことに気付かされるとき、その限りなく犯罪を生み続けていく黒い情念が、憎悪などではなく、もしかしたら「恐怖心」なのかもしれないなと思えてきました。

犯罪者としてしか社会復帰することができなかったずたずたに傷ついた直樹の絶叫に対して、沢井の「生きろとは言わん。死なんでくれ。」としか言えないラストは、僕個人としては、やや不満が残るラストではありましたが、沢井が別れた妻に「他人のためだけに生きることは可能だろうか。」と問い、そして、直樹を犯罪者としか見ないイトコに「直樹をオレは、絶対に見捨てん」と吐き掛けた言葉をも思い合わせるなら、その延長線上にある「死なんでくれ」という言葉に、あるいは納得できるものがあるかもしれないなという気も、今は、し始めています。
(2001サンセントシネマワークス)プロデューサー・仙頭武則、監督脚本音楽編集・青山真治、撮影・田村正毅、美術・清水剛、照明・佐藤譲、録音・菊池信之、音楽・山田勳生
出演・役所広司(沢井真)、宮崎あおい(田村梢)、宮崎将(田村直樹)、斉藤陽一郎(秋彦)、国生さゆり(弓子)、光石研(シゲオ)、利重剛(犯人)、松重豊(松岡)、塩見三省(沢井義之)、真行寺君枝(田村美郷)、でんでん(吉田)、椎名英姫(河野圭子)、中村有志(田村弘樹)、尾野真千子(沢井美喜子)、本多哲朗(ヒトシ)
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Commented by mbt shoes uk london at 2013-12-03 08:06 x
mbt shoe outlet EUREKA ユリイカ  : 映画収集狂
by sentence2307 | 2013-04-29 14:37 | 青山真治 | Comments(1)