世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

エターナル・サンシャイン

記憶喪失の映画といえば、すぐに思い出すのは、マーヴィン・ルロイ監督の「心の旅路」1942ですよね。

グリア・ガースンの上品で優美な名演が忘れられません。

記憶を失った見知らぬ土地で、男は偶然出会った女性にあたたかく見守られながら徐々に記憶がよみがえり、ついにすべての記憶を取り戻したとき、それまで自分を支えていてくれた女性が、実は妻だったことを知る驚きと感動は、いまでも忘れることができません。

この映画を見たとき、あれだけの優しさと辛抱強さで献身的に男を支えてくれるような女性が、この世の中に本当にいるのだろうかと思ったものでした。

その後、記憶喪失を扱った作品は、きっと何本かはあるのでしょうが、あれほどの情緒をもった作品は、残念ながら、ついぞ出会ったことはありません。

しかし、情緒ばかりが、唯一の価値観というわけではないので、その変わりに知的な刺激をもった優れた作品なら、かなり出会うことができました。

それは、ちょっとむかしでは考えられなかった「記憶除去」という意表をついたSF的視点から描かれた映画が出現したからでしょうか。

「ロング・エンゲージメント」「50回目のファースト・キス」「きみに読む物語」「もしも昨日が選べたら」「トータル・リコール」「メメント」「アルジャーノンに花束を」「ジェイコブズ・ラダー」「時計じかけのオレンジ」など、思いついた作品を上げただけでも、そのジャンルが充実していることが分かります。

そして、この「エターナル・サンシャイン」もそのなかの1本として、記憶に記しておきたい作品です。

グリア・ガースンが上品で優美な献身的な貞女の名演だとするなら、この作品でクレメンタインを演じたケイト・ウィンスレットは、自分を偽らずに「らしく」生きることを貫き、そのための葛藤の中で苦しみながら人を愛そうとしたピアな女性を、傑出した演技で演じきっていました、この演技もまたグリアガースンの名演同様、時代が求めた女性像だったような気がします。

さて、「エターナル・サンシャイン」は、こんな物語です。

もうすぐヴァレンタインという日、ごく平凡な男ジョエル(ジム・キャリーが演じています)は、ちょっとエキセントリックな恋人クレメンタイン(ケイト・ウィンスレットが演じています)と喧嘩別れをしてしまいます。

なんとか仲直りしようと、プレゼントを抱えて彼女の働く書店に出向きますが、しかし、そこで待っていたものは、クレムが彼を他人のようにまったく無視して、まるで見せ付けるかのように他の男と目の前でいちゃつく姿でした。

この仕打ちのような彼女の行動にショックを受けたジョエルは、、その場から逃げ出しますが、やがて、彼女が自分との記憶のすべてを消し去る手術を受けたという奇妙な手紙を受け取ります。

確かに、別れの時にはひどく傷つけあったかもしれないけれども、ふたりの喜びに満ちた愛の日々のすべてを、そんなふうに簡単に捨て去ることのできる彼女の仕打ちにこそ傷ついたジョエルは、苦しみつづけた末に、こんなにも苦しむくらいなら、いっそ自分も彼女と同じように、彼女と過ごした日々を消してしまおうと、クレメンタインが受けたのと同じ記憶除去治療を受ける決心をします。

ラクーナ社の医師ハワード・ミュージワック博士(トムウィルキンソンが演じています)が開発したその施術「忘却なくして前進なし」は、一晩寝ている間に、脳の中の特定の部位の記憶だけを消去できるという画期的な治療です。

技師のパトリック(イライジャ・ウッド)、スタン(マーク・ラファロ)、メアリー(キルスティン・ダンスト)たちによって記憶の消去治療がはじめられるなか、無意識下のジョエルは、クレメンタインと過ごした日々のひとつひとつを逆にたどりながら追体験することとなり、徐々に出会いに向かって遡るそれらの思い出が自分にとっていかに大切な時間だったか、たとえそれがお互いを傷つけ合った苦渋の日々にすぎなかったとしても、失うべきではなかった大切な思い出だったことに気がついて、無意識下で消去の侵攻に抵抗します。

消去との格闘のすえに、ジョエルは、深層心理のなかのクレメンタインを記憶消去の機能の届かない場所、彼女がジョエルの記憶の中の「存在するはずのない場所(彼の幼児期の記憶)」へと退避させて記憶の消去から守ることに成功します。

やがて施術は終わり、あくる日の朝、家を出たジョエルは、衝動的にやって来た海辺でクレメンタインと出会います。

二人は、(あの時のように)互いに惹かれ合いますが、そんなとき、彼らのもとに消された記憶について語る二人の(あの時の)テープが届きます。

自分と博士との不倫の記憶を消されたことを知ったメアリーが、顧客に対して消された「彼らの真実」をジョエルとクレメンタインにも送りつけてきたのでした。

見方によっては、この行為を悪意ととることもできるかもしれませんが、自分としては、ふたりの失われた過去の真実をすべて彼らに知らせることによって、ふたりの関係が一方で生み出す醜さや憎悪からも目を逸らすことなく、それらを含めた愛のかたちを作り上げてもらいたいというメアリーの願いが込められている行為のように受け取りました。

テープからは、ふたりがお互いに対して語る耳を塞ぎたくなるような辛らつな非難が流れます。

甘美な恋の語らいが(ふたたび)始められようとしているとき、やがてふたりの関係が生み出していくに違いない「忘れてしまいたい」もうひとつの真実が呪詛として語られます。

ふたりの背後に流れる「悪口雑言」が、どんな愛のささやきにも増して とても素晴らしく感じました。

相手を非難するその憎悪の言葉が語られるシーンだけを何度も巻き戻し、繰り返し見続けました、近年にない感動を誘うとても魅力的な場面です。

「私は、クレメンタイン・クルシェンスキー。ジョエルの記憶を消したいの。退屈な男よ。それだけで消す理由になる? 彼のせいで最近、私は変わってきたわ。いつもイライラするし、彼といると自己嫌悪になるの。顔を見るのもイヤ。あの惨めったらしい笑い、哀れを誘うわ。もうウンザリ。」

「彼女は賢いけれど、知的なタイプじゃない。本の話しをしたくとも、彼女が読むのは雑誌だけ。ボキャブラリーも貧困だ。発音が悪いから人前で恥をかいた。一瞬ひきつけられるが、すぐに気がつくんだ。彼女の魅力は偽物だって。彼女は髪の色までバカげてる。すべてがメチャクチャ、あの下品な髪の色が・・・。彼女のセックスは、まるでそそらない。昨夜もそうさ。セクシーどころか、物悲しいんだ。彼女の男を落す手口はセックスか、セックスを匂わせるか、情緒不安定で、彼女はヤケになり、そのうち誰とでも寝る。過ごした時間が無駄だった。彼女とは心が通じない。」

それらの互いに対する「悪口雑言」の数々に、一瞬はひるみながらも、しかし、それもまたふたりの現実であることを受け入れることでしか結ばれないことを既に学んだふたりは、改めて真正な恋の始まりをはじめようとするのでした。

あのテープは本心じゃないわ。私はイカれた女よ。安らぎに飢えてるの。いまにイヤになるわ。そして私は息がつまるの。

いいさ、もうやめよう。

男と女は、こうやって出会い、惹かれあって恋に落ち、そしていつのまにか相手を傷つけ、なんとなく別れていくことになるけど、本当はそれが終わりじゃない、ほんのひとつの行き違いが、それまで積み重ねてきた幾つもの歓びの瞬間を否定していいのか、ひとりの人間と本当に向き合うことの意味をこの映画は教えてくれようとしているのだと、単純に考えてみようと思いました。

もし、あのとき、自分にほんのちょっとの勇気があったとして、振り返って、もういちど彼女に「それでも君のことが好きだ」と、このジョエルのように語りかけていたら、自分の人生のなにかが変わっていたかもしれない、と思い込ませるなにかが、この映画にはありました。

(2004)監督・ミシェル・ゴンドリー、製作・アンソニー・ブレグマン、スティーヴ・ゴリン、製作総指揮:デヴィッド・ブシェル、チャーリー・カウフマン、ジョルジュ・ベルマン、グレン・ウィリアムソン、原案:チャーリー・カウフマン、ミシェル・ゴンドリー、脚本原案・ピエール・ビスマス、脚本:チャーリー・カウフマン、撮影:エレン・クラス、美術:ダン・リー、衣装:メリッサ・トス、編集:ヴァルディス・オスカードゥティル、音楽:ジョン・ブライオン、原題「Eternal Sunshine of the Spotless Mind(一点の汚れもなき心の永遠の陽光)」
出演・ジム・キャリー、ケイト・ウィンスレット、キルスティン・ダンスト、イライジャ・ウッド、マーク・ラファロ、トム・ウィルキンソン、ジェリー・ロバート・バーン、トーマス・ジェイ・ライアン、ジェーン・アダムス、デヴィッド・クロス
アカデミー賞:脚本賞、サターン賞:SF映画作品賞、英国アカデミー賞:編集賞、脚本賞、セントラル・オハイオ映画批評家協会賞:脚本賞、英国エンパイア賞:英国主演女優賞、カンザスシティ映画批評家協会賞:脚本賞、ラスベガス映画批評家協会賞:脚本賞、主演女優賞、ロンドン映画批評家協会賞:英国主演女優賞、脚本賞、ナショナル・ボード・オブ・レビュー:脚本賞、放送映画批評家協会賞:作品賞、主演女優賞、監督賞、脚本賞、編集賞
[PR]
by sentence2307 | 2013-07-12 12:21 | 映画 | Comments(0)