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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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夜のプラットホーム

一日のするべきことは総て終わり、さて寝るかと時計を見ると、寝るにしてはまだちょっともったいないような中途半端な時間のときに、上映時間の適当に短い映画を探し出して見たりしています。

上映時間の長さで見る映画を決めるなんて、なんてズボラな奴なんだと思うかもしれませんが、こういう見方も案外にヒットすることが多いのです。

普通どうしても、知名度の高い映画から見ようとするのが人情というものなので、逆を突くこの方法なら未知の意外な作品に遭遇できる絶好の機会をもたらしてくれることもありますし。

貧しい私的ライブラリーをざっと漁って上映時間がいちばん短い映画がこの作品、田口哲監督の「夜のプラットホーム」でした。

1948年度の大映作品で、84分という物凄く魅力的な上映時間です。

予備知識などは、なにひとつありません。

座右に置いて愛用している「ぴあシネマクラブ・日本映画編」の収録作品にも掲載がありませんでしたので、きっとビデオにもなっていない作品だと思います。

インターネットで検索しても、出てくるのは二葉あき子という人(映画の中でこの歌を歌っていた人がそうなのでしょうか。) が歌った挿入歌「夜のプラットホーム」の記事ばかりです。

もちろんこのヒット曲についても全然知識がありません。

滅多に見ることができない、まさに希少価値ある作品といえますよね。

できるだけ予備知識を持たないで作品を見るようにしているのですが、ときには心構えとして僅かの知識を仕込んでおいて、あらかじめ一定のテンションを高め、作品に対して緊張感をもって見ることで、漫然と見過ごすことを自分なりに諌めることもあります。

しかし、これだけ予備知識が収集できなければ、テンションも上げようがありません。

さてこの作品、いきなり冒頭からドキュメンタリータッチでどこかの駅前の雑踏を写します。

群衆のそれぞれが何かを求めて右往左往していますが、それは「仁義なき戦い」で見たようなあの闇市の殺気立ったアナーキーな雰囲気とはちょっと違っています。

傷痍軍人が何事かを盛んにわめいているその横を呑気そうに妊婦が歩いていたり、がちがちに痩せた浮浪児が活き活きと物乞いに精を出している横を闇市の取り締まりにきた警官隊が駆け抜けたり、露天商の口上をにやにやしながら聞き入っている行商人がいたりで、そこには雑然としているなりに日常生活の時間が確実に流れていて、深作欣二の映画でよく見たアナーキーな感じは受けません。

このシーン、隠し撮りかと思って見ていたら、なんと「それっぽく」演説している青年に扮して熱演している若き船越英二をみつけました。

こういうところを見ると、ドキュメンタリーっぽく見せてはいますが、どうもナマの実写部分はほんの少しなのかもしれませんね。
(しかし、たとえこれが「やらせ」だとしても、それだって1948年という時点に撮ったものなのですから、すこしも残念がる必要などありませんよね。) 

この物語は、1948年という時代相をモロに反映した復員兵と銀座のバーで働く戦争未亡人の儚い恋を描いたちょっとした恋愛ドラマだと思います。

「だと思います」などと煮え切らない言い方になってしまったのは、たとえ肉体関係を持ったとしても「恋愛関係」を否定するハイな女性が僕の周りにもざらにいる現代からすると、この程度の会話(夫は生きていると他人には言っているが、実は夫は既に死んでおり、女はそのことを言うことによって自分の好意を男に伝えようとしています。) を交わしただけでもう「恋愛」などと言ってしまっていいのか、いささか心許ないからです。

しかし、女のその気持ちも、同じバーで働く同僚の心無い一言が男に浴びせ掛けられることによって、ふたりの淡い関係は無残にも潰されてしまいます。

この映画も日本映画がはぐくんできたいわゆる「すれちがい映画」の範疇に入る映画なのでしょうか。

現在からすると、この程度の誤解なら解こうと思えば解けないわけがないという歯痒い気持ちになりますが、会話だけで恋愛関係が成り立ってしまうくらい繊細な時代だったのですから、壊れ方もきっとこんなふうに儚かったとしてもなんの不思議もないかもしれませんよね。

(48大映東京撮影所) 企画・伊賀山正徳、監督・田口哲、脚本・八木沢武孝、原作・加藤武雄、撮影・渡辺公夫、音楽・伊藤宣二、美術・木村威夫、録音・西井憲一、
出演・木暮実千代 水島道太郎 若杉須美子 志村喬 植村謙二郎 上田吉二郎
9巻 2,289m 84分 白黒
by sentence2307 | 2005-02-27 18:30 | 映画 | Comments(0)