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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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熱風

国策映画らしい意味深なタイトルのこの映画「熱風」は、お国から煽られたにしろ、あるいは巧みに装ったプロパガンダ映画であるにしろ、思わず引き込まれて観てしまった意外な力作でした。

国策映画の作り方というものに、もし公式的な定型というものがあるとすれば、この作品は、かなり上質の作品に仕上がった方だったのではないかと思います。

とはいえ、どうしても目が行ってしまうのは、やはり藤田進をめぐって恋のさや当てを展開する原節子と花井蘭子の華やかな絡みの部分でしょうか。

この映画のメインのテーマは、なんといっても、銃後の国民は一致団結して鉄鋼の増産に励めと呼びかける戦意高揚なのですから、ひとりの男をめぐって色恋の葛藤が描かれているというこの部分は、やはり映画の体裁上やむを得ぬ付け足しというか、物語の流れからすれば傍流に位置するものだろうと思いますが、洋風の原節子と和風の花井蘭子との対比が図式的にならずに、とても面白く見ることができ、そこになにか象徴的なものも感じてしまいました。

何事にも積極的で、男の前でも物怖じせずに自分の意見を堂々と開陳する洋風女性のタイプを演じる原節子に対し、何事も控えめでひたすら優しく、どんなに親しい男の前でも自分の意見を主張するなどということにも少しのこだわりも持たず、苦境にじっと耐えることで逆に芯の強さを際立たせる和風女性のタイプを演じている花井蘭子の、いわば紋切り型ともいえるこの対比を、嫌味なく素直に受け入れることができたのは、撮られてから六十数年という時間的隔たりを超えて僕たちの中に花井蘭子演じる和風タイプの女性を好ましいと感じてしまう「日本人」としての何かがあるからだろうと思います。

この対比が最も鮮明に描き出されていたのは、生産が止まってしまっている「魔の第4溶鉱炉」を再生させるために、いままさに藤田進が溶鉱炉にダイナマイトを仕掛けて一気に障害を取り除いてしまおうという荒療治に出掛けるというクライマックスの部分です。

それはひとつ間違えば落命するかもしれないというとても危険な仕事です。

原節子は、死地に赴くその藤田進に駆け寄り、何の躊躇もなく、死なないで帰ってきて欲しいと自分の恋慕の情を伝えます。

そして、少し離れた所で、彼を密かに思い続けてきた花井蘭子が、その二人のやり取りをじっと、しかし動揺を隠すこともできないまま悲痛な表情で見ています。

ここには、「自分が愛している」という感情を何の迷いも衒いもなく、まっすぐに相手にぶつけていく女と、愛する人の身は気懸かりだけれどもじっと耐えて待つ健気な女とが対比的に描かれています。

相手がどうであろうと、まず自分が「愛している」かどうかが最も大切とする個人の感情の在り方を重要視する(現代の僕たちからすると些かの違和感も感じない真っ当な感情だと思います)のに対して、「愛されること」そして「待つこと」に価値を帯びさせている感情のあり方が対比的に描かれているのです。

よく言うじゃないですか。「自分が愛してもいない相手から愛されても、恋愛感情は生まれない」とか、「愛されてもいないのに、愛し続けることなんて、そんな孤独で辛いことに堪えられるものじゃない」とか。

これは、「愛」というものについて考えるときの、いわば永遠のテーマなのかもしれませんね。

この「熱風」を見て、
「個人の感情を最優先に考える人間の視点と、信頼して『待つ』ことで幸福が約束されている、社会と揺るぎない『信頼関係らしきもの』によって結び付けられ常に対社会の関係の中で生きることを定められている人間とが描かれている作品なのだ」
なんて見当違いの感想を持ってしまった自分自身に、なんか苦笑してしまいそうです。

映画の方はもちろん、無事に生還した藤田進が、原節子には目もくれずに、花井蘭子に駆け寄って真っ先に無事を報告するという愛の行為によって、戦時下にある理想的な女性像が如何にあるべきかを国民に感動的に示唆した場面でこの国策映画は終わっていました。

(43東宝)製作:松崎啓次、監督:山本薩夫、脚本:八住利雄、小森静男、原作:岩下俊作、撮影:木塚誠一、音楽:江文也、美術:戸塚正雄、録音:安恵重造、照明:大沼正喜、特殊技術:円谷英一
出演:藤田進、沼崎勲、花井蘭子、原節子、菅井一郎、黒川弥太郎、清川荘司、進藤英太郎、高野由美、花沢徳衛
1943.10.07 白系11巻 2,773m 101分 白黒
Commented by 正男 at 2018-02-24 08:41 x
ずっとこの映画見たいと思っています。DVDの発売はあるのですか?
Commented by sentence2307 at 2018-02-24 23:36
こんばんわ
ちょっと調べてみたのですが、DVDとかは、でてないみたいですね。
自分は、かなり前に日本映画専門チャンネルでみました。
by sentence2307 | 2005-04-09 22:45 | 山本薩夫 | Comments(2)