世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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500年の時を経て甦るリチャード3世 ②

しかし、21世紀に入り、リチャード3世の遺体発見に情熱を燃やす一人の女性が出現しました。

「リチャード3世協会」会員のラングレイ女史です。

彼女は、独自に初期研究に取り組み、言い伝えにある修道院の跡地が、現在のレスター市役所の駐車場に位置していることを突き止めました。

2011年、女史は、レスター大学考古学研究チームの協力を得て、駐車場の発掘調査を実現しようと関係機関との折衝に奔走します。

この段階では、女史を除く誰もが、まさかリチャード3世の遺体の発見など絶対にあり得ないと考えていました。

ところが、レスター市から地盤掘削の許可が出され、2012年8月24日、駐車場の掘削作業が開始されると、掘り始めたその日のうちに人骨が発見されました。

すぐに、レスター大学は、遺体発掘を行うために、法務大臣に対し、法定の許可申請を行いました。

申請書には、本件調査目的がリチャード3世の遺骨発見にあること、発掘された遺骨は(それが誰の遺骨であれ)市立博物館に収蔵することが記載され、さらに、万が一、リチャード3世の遺骨が発見されるという事態が生じた場合、発掘後4週間以内にレスター大聖堂に埋葬する旨が付記されていました。

この申請を受けた法務大臣は、同年9月3日、市立博物館への収蔵ないしレスター大聖堂への埋葬を条件として、遺体発掘許可を与えました。

9月5日、早速遺骨が発掘されると、そこに脊椎側彎症(背骨の湾曲)の痕跡や多数の戦傷痕が見つかり、リチャード3世の遺骨である可能性大であることが判明します。

そして、レスター大学(University of Leicester)が遺骨のDNA鑑定を実施した結果、カナダに住むリチャード3世の姉の子孫から採取されたDNA型と合致することが確認されました。

のちに、英医学専門誌ランセット(Lancet)に掲載された遺骨の検視に関する論文を通じて、これまで論争の的になってきたリチャード3世の凄惨な最期・1485年8月22日、イングランド中部レスターシャー(Leicestershire)州での「ボズワースの戦い(Battle of Bosworth Field)」で死亡の状況が明らかにされました。

軟部組織が残っていないリチャード3世の場合、分析の対象となったのは遺骨のみで、チームは切り傷や擦り傷、刺し傷など遺骨に残された痕跡を当時の武器が人体に与える損傷と比較して、死亡した当時の状況を推測した。

ランセットに掲載されたレスター大の論文によると、リチャード3世の頭部には致命傷となったもの以外に、絶命直前のものとみられる損傷が9か所みられる。致命傷となったと考えられる2か所については、その痕跡から鋭利な武器が頭蓋骨を貫通して脳にまで達していた。

その他、胴体部分にも傷が2か所あったが、これは死後に鎧を引きはがされた後にできたとされる。

ぬかるんだ地面にうつぶせにされ、鎧も剥がされ兜も着用していない頭部への攻撃で、鋭利な武器が脳を貫通したための死亡が確認されました。当時32歳。

レスター大考古学チームの病理学者ガイ・ルティ(Guy Rutty)氏によると、リチャード3世が頭部に受けた損傷が示唆するものは、当時の戦いで「敗者はうつぶせにさせられた」との考察と一致するという。また同大のサラ・ヘインズワース(Sarah Hainsworth)氏は、遺骨の傷の状況から、複数の敵に襲撃されたと推測している。

シェークスピアの戯曲では背骨が湾曲し、権力に飢えた残忍な人物として描かれるリチャード3世だが、現代の研究ではリチャード3世を倒して台頭したテューダー(Tudors)朝によって本来の姿が歪曲されていることが分かっており、現代に伝えられているシェイクスピア史劇とは異なり、その死体の傷から推察するに、リチャード3世が勇猛果敢な戦士でもあったことがうかがえるとされた。

レスター大学は、2013年2月4日、リチャード3世の遺骨であることが証明されたとして、レスター大学、レスター市及びレスター大聖堂の3者で、レスター大聖堂に遺骨を埋葬することを合意した旨を発表しました。

500年前の国王の遺骨発掘は稀代の歴史的発見であり、レスター市民のみならず、英国中が大きく湧きました。

ところが、この段階になって、リチャード3世の埋葬場所をめぐり、イングランド北部の古都ヨークから思わぬ物言いがついたのです。

ヨーク市は、リチャード3世の遺骨をヨーク大聖堂(ヨーク・ミンスター)に埋葬すべきであると主張しました。

ヨーク市によれば、リチャード3世は少年期をヨークシャーで過ごし、婚姻後はその領主となったほかに、在位中にも何度もヨークを訪れており、ヨークは彼の権力基盤である場所であり、一方、レスターは、たまたまリチャード3世が絶命した戦地に近かったというだけのことにすぎないのだから、ヨーク王家最後の国王の埋葬地としてふさわしいのはレスターではなくヨークであるというのです。
ヨークとレスターの対立は国会での議論にまで波及し、同年3月12日、この問題について国会議員によるディベートが行われました。

しかし、それでも、法務大臣は、遺体発掘許可及びその条件の見直しをしません。

こうした混乱が続くなか、ヨークへの埋葬を求める一部の子孫ら(リチャード3世の16代目の姪孫等)は、非営利法人を設立したうえ、2013年5月3日、司法審査を請求しました。

彼らは、
①法務大臣が意見聴取手続を経ずに遺体発掘許可を出したこと、
②遺骨がリチャード3世であることが判明した後も、法務大臣が意見聴取手続をせず、遺体発掘許可の条件(埋葬場所)変更を再検討しなかったこと
などが違法であると主張して争いました。

一般に、英国の司法審査請求は、政府や地方公共団体その他公法的機能を有する機関の決定、作為及び不作為を対象として、公的機関に対する法的義務の強制履行命令(mandatory order)、違法行為の禁止命令(prohibiting order)ないし差止め(injunction)、違法な決定の取消命令(quashing order)、または、法律関係を確認的に宣言する判決(declaration)を求める訴訟手続です。

司法審査の手続は、許可と聴聞の2段階に分かれており、実質的審理に進む前に裁判所の許可を求めることにより、一見して明白に認容可能性のない提訴が排斥されます。

原告適格が認められるのは、法律上、「十分な利益」を有する者と定められていますが、判例は相当緩やかにこれを解釈しており、法律上のみならず事実上の不利益を被る個人のほか、こうした利益を有する個人を代理又は代表する団体、さらに、個人的利益の有無にかかわらず、公益を代表する団体にも原告適格が認められます。

本件司法審査請求は、2013年8月15日裁判官の許可を得て、高等法院の行政裁判所において、合議体により審理されましたが、2014年5月23日いずれも棄却されました。

まず、原告適格について、裁判所は、請求人である非営利法人のメンバーは、リチャード3世から16世代以上離れた傍系子孫であり、リチャード3世との関係は時的にも血統的にも薄弱なものと言わざるを得ず、十分な個人的利益を有しないと判断しました。

しかし他方で、請求人の主張は高度な公共性を有すると判断し、公益代表団体としての原告適格を肯定しました。

次に、裁判所は、法務大臣の意見聴取義務に関する前記①及び②の主張について検討を行いました。

前記①の主張については、前提として、一般に意見聴取義務は、顕著な不公正のない限り、意見聴取手続を定めた法令、約束又は慣行がある場合にのみ発生すると述べたうえ、遺体発掘許可の申請時においては、リチャード3世の遺骨が発見される現実的可能性は極めて低かったため、同許可前の意見聴取手続は時期尚早であって必要性が認められず、その許可条件として意見聴取手続を盛り込むこともまた不可能であった(したがって意見聴取手続を経ずに遺体発掘許可を出したことは違法ではなかった)と判断しました。

続いて、前記②の主張について、裁判所は、法務大臣が、意見聴取手続を経ずに遺体発掘許可を見直さないとの判断をしたことにつき、埋葬法上のガイドラインや法務省及び英国国教会のガイダンス等を検討し、本件のような傍系子孫に対する意見聴取を義務付ける慣行は見当たらないと判断しました。

もっとも、裁判所は、法務大臣が、意見聴取手続を経ずに遺体発掘許可を見直さないとの判断をした際、その判断に必要十分な情報を把握していたのか否かを問題とし、本件が500年前の国王の遺体発掘という前代未聞の極めて例外的な事態であったことから、王室、国家及び英国国教会には特別の配慮を要し、法務大臣の意思決定にあたって、少なくとも前記3者の意向を確認しなければならない旨示しました。

そのうえで、本件において、法務大臣は、前記3者の意向を十分に把握しており、また、国会でのレスターとヨークとの埋葬地を巡る討論等、許可条件見直しの要否判断に必要十分な情報を把握していたことから、法務大臣が意見聴取手続を行うことなく、遺体発掘許可を見直さなかったことは合理的であったと判示しました。

こうして埋葬地を巡る紛争には区切りがつき、リチャード3世にもようやく安らかな眠りが訪れようとしています。

レスター大聖堂では、改修工事が進められ,国王にふさわしい荘厳な霊廟が建設される予定だそうです。

また、かつてキャッスル・パークにひっそりと置かれていたリチャード3世の青銅像も、きれいに修繕を施され、今ではレスター大聖堂の前に誇らしげに立っています。

遺骨が発掘された駐車場にはリチャード3世博物館が建てられ、必ずしも観光資源が多いとはいえないレスターの見所の一つになっているそうです。
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by sentence2307 | 2016-04-30 18:46 | 映画 | Comments(0)