世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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首縊りの力学 ②

なんだか相当遠回りをしてしまったようですが、結局のところ、最初から原典にあたった方がよかったということなのだと思います。
いや、最初からそうするべきだったのだということに、ここにきてようやく気がつきました。
アサハカでした。

【あらためて「吾輩は猫である」、寒月君の演説部分原文】
それから約七分位すると注文通り寒月君が来る。今日は晩に演舌(えんぜつ)をするといふので例になく立派なフロックを着て、洗濯し立ての白襟(カラー)を聳(そび)やかして、男振りを二割方上げて、「少し後(おく)れまして」と落付き払って、挨拶をする。「先(さ)っきから二人で大待ちに待った所なんだ。早速願はう、なあ君」と主人を見る。主人も已を得ず「うむ」と生返事(なまへんじ)をする。寒月君はいそがない。「コップへ水を一杯頂戴しませう」と云ふ。「いよー本式にやるのか次には拍手の請求と御出なさるだらう」と迷亭は独りで騒ぎ立てる。寒月君は内隠(うちがく)しから草稿を取り出して徐(おもむ)ろに「稽古ですから、御遠慮なく御批評を願ひます」と前置をして、愈々演舌の御浚(おさら)ひを始める。
「罪人を絞罪(かうざい)の刑に処すると云ふ事は重(おも)にアングロサクソン民族間に行はれた方法でありまして、夫より古代に溯(さかのぼ)って考へますと首縊(くびくく)りは重に自殺の方法として行はれた者であります。猶太人(ユダヤじん)中に在(あ)っては罪人を石を抛(な)げ付けて殺す習慣であったさうで御座います。旧約全書を研究して見ますと所謂ハンギングなる語は罪人の死体を釣るして野獣又は肉食鳥の餌食(えじき)とする意義と認められます。ヘロドタスの説に従って見ますと猶太人(ユダヤじん)はエヂプトを去る以前から夜中(やちゅう)死骸を曝(さら)されることを痛く忌(い)み嫌った様に思はれます。エヂプト人は罪人の首を斬って胴丈を十字架に釘付(くぎづ)けにして夜中曝し物にしたさうで御座います。波斯人(ペルシャじん)は……」
「寒月君首縊りと縁がだんだん遠くなる様だが大丈夫かい」と迷亭が口を入れる。「是から本論に這入(はい)る所ですから、少々御辛防(ごしんぼう)を願います。……
偖波斯人はどうかと申しますと是もやはり処刑には磔(はりつけ)を用いた様で御座います。但し生きて居るうちに張付(はりつ)けに致したものか、死んでから釘を打ったものか其辺(へん)はちと分りかねます……」「そんな事は分らんでもいいさ」と主人は退屈さうに欠伸(あくび)をする。「まだ色々御話し致したい事も御座いますが、御迷惑であらっしゃいませうから……」「あらっしゃいませうより、入らっしゃいませうの方が聞きいいよ、ねえ苦沙弥君(くしゃみくん)」と又迷亭が咎(とが)め立だてをすると主人は「どっちでも同じ事だ」と気のない返事をする。「偖愈本題に入りまして弁じます」「弁じますなんか講釈師の云い草だ。演舌家はもっと上品な詞(ことば)を使って貰ひ度ね」と迷亭先生又交(ま)ぜ返す。「弁じますが下品なら何と云ったらいいでせう」と寒月君は少々むっとした調子で問ひかける。「迷亭のは聴いて居るのか、交(ま)ぜ返して居るのか判然しない。寒月君そんな弥次馬(やじうま)に構はず、さっさと遣るが好い」と主人は可成早く難関を切り抜け様とする。「むっとして弁じましたる柳かな、かね」と迷亭は不相変飄然(へうぜん)たる事を云ふ。寒月は思はず吹き出す。「真に処刑として絞殺を用ひましたのは、私の調べました結果によりますると、オヂセーの二十二巻目に出て居ります。即(すなわ)ち彼かのテレマカスがペネロピーの十二人の侍女を絞殺するといふ条(くだり)で御座います。希臘語(ギリシャご)で本文を朗読しても宜(よろ)しう御座いますが、ちと衒ふ様な気味にもなりますから巳めに致します。四百六十五行から、四百七十三行を御覧になると分ります」「希臘語云々はよした方がいい、さも希臘語が出来ますと云はんばかりだ、ねえ苦沙弥君」「それは僕も賛成だ、そんな物欲しそうな事は言はん方が奥床しくて好い」と主人はいつになく直ちに迷亭に加担する。両人は毫も希臘語が読めないのである。「それでは此両三句は今晩抜く事に致しまして次を弁じ――ええ申し上げます。
此絞殺を今から想像して見ますと、之を執行するに二つの方法があります。第一は、彼のテレマカスがユーミアス及びフヒリーシャスの援(たす)けを藉かりて縄の一端を柱へ括(くく)りつけます。そしてその縄の所々へ結び目を穴に開けて此穴へ女の頭を一つ宛入れて置いて、片方の端をぐいと引張って釣し上げたものと見るのです」「つまり西洋洗濯屋のシャツの様に女がぶら下ったと見れば好いんだらう」「其通りで、それから第二は縄の一端を前のごとく柱へ括(くく)り付けて他の一端も始めから天井へ高く釣るのです。そして其高い縄から何本か別の縄を下げて、夫に結び目の輪になったのを付けて女の頸(くび)を入れておいて、いざと云ふ時に女の足台を取りはずすと云ふ趣向なのです」「たとへて云ふと縄暖簾(なわのれん)の先へ提灯玉(ちょうちんだま)を釣したような景色(けしき)と思えば間違はあるまい」「提灯玉と云ふ玉は見た事がないから何とも申されませんが、もしあるとすればその辺(へん)のところかと思ひます。――夫でこれから力学的に第一の場合は到底成立すべきものでないと云ふ事を証拠立てて御覧に入れます」「面白いな」と迷亭が云ふと「うん面白い」と主人も一致する。
「まず女が同距離に釣られると仮定します。また一番地面に近い二人の女の首と首を繋(つな)いでいる縄はホリゾンタルと仮定します。そこでα1α2……α6を縄が地平線と形づくる角度とし、T1T2……T6を縄の各部が受ける力と見做(みな)し、T7=Xは縄のもっとも低い部分の受ける力とします。Wは勿論(もちろん)女の体重と御承知下さい。どうです御分りになりましたか」
 迷亭と主人は顔を見合せて「大抵分った」と云う。但しこの大抵と云う度合は両人(りょうにん)が勝手に作ったのだから他人の場合には応用が出来ないかも知れない。「さて多角形に関する御存じの平均性理論によりますと、下(しも)のごとく十二の方程式が立ちます。T1cosα1=T2cosα2…… (1) T2cosα2=T3cosα3…… (2) ……」「方程式はそのくらいで沢山だろう」と主人は乱暴な事を云う。「実はこの式が演説の首脳なんですが」と寒月君ははなはだ残り惜し気に見える。「それじゃ首脳だけは逐(お)って伺う事にしようじゃないか」と迷亭も少々恐縮の体(てい)に見受けられる。「この式を略してしまうとせっかくの力学的研究がまるで駄目になるのですが……」「何そんな遠慮はいらんから、ずんずん略すさ……」と主人は平気で云う。「それでは仰せに従って、無理ですが略しましょう」「それがよかろう」と迷亭が妙なところで手をぱちぱちと叩く。
「それから英国へ移って論じますと、ベオウルフの中に絞首架(こうしゅか)即(すなわ)ちガルガと申す字が見えますから絞罪の刑はこの時代から行われたものに違ないと思われます。ブラクストーンの説によるともし絞罪に処せられる罪人が、万一縄の具合で死に切れぬ時は再度(ふたたび)同様の刑罰を受くべきものだとしてありますが、妙な事にはピヤース・プローマンの中には仮令(たとい)兇漢でも二度絞(しめ)る法はないと云う句があるのです。まあどっちが本当か知りませんが、悪くすると一度で死ねない事が往々実例にあるので。千七百八十六年に有名なフヒツ・ゼラルドと云う悪漢を絞めた事がありました。ところが妙なはずみで一度目には台から飛び降りるときに縄が切れてしまったのです。またやり直すと今度は縄が長過ぎて足が地面へ着いたのでやはり死ねなかったのです。とうとう三返目に見物人が手伝って往生(おうじょう)さしたと云う話しです」「やれやれ」と迷亭はこんなところへくると急に元気が出る。「本当に死に損(ぞこな)いだな」と主人まで浮かれ出す。「まだ面白い事があります首を縊(くく)ると背(せい)が一寸(いっすん)ばかり延びるそうです。これはたしかに医者が計って見たのだから間違はありません」「それは新工夫だね、どうだい苦沙弥(くしゃみ)などはちと釣って貰っちゃあ、一寸延びたら人間並になるかも知れないぜ」と迷亭が主人の方を向くと、主人は案外真面目で「寒月君、一寸くらい背(せい)が延びて生き返る事があるだろうか」と聞く。「それは駄目に極(きま)っています。釣られて脊髄(せきずい)が延びるからなんで、早く云うと背が延びると云うより壊(こわれ)るんですからね」「それじゃ、まあ止(や)めよう」と主人は断念する。
演説の続きは、まだなかなか長くあって寒月君は首縊りの生理作用にまで論及するはずでいたが、迷亭が無暗に風来坊(ふうらいぼう)のような珍語を挟(はさ)むのと、主人が時々遠慮なく欠伸あくびをするので、ついに中途でやめて帰ってしまった。その晩は寒月君がいかなる態度で、いかなる雄弁を振ふるったか遠方で起った出来事の事だから吾輩には知れ様訳がない。
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by sentence2307 | 2016-05-07 19:38 | 徒然草 | Comments(0)