世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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風船爆弾の戦果 ①

読み終えたのに、なかなか処分できない本というのが数冊、本棚のいちばん下にまとめて置いてあります。
取って置いたからといって、別にどうするわけでもないのですが、捨てる決心がなかなかつきません。

部屋の狭さに対して、所有する本の冊数が限度を越え過剰になっているヤバイ状態を考えれば、このまま放置できない深刻な問題であることくらい自分でも十分に承知しているつもりですが、いまとなっては正直、どうすればいいのか、身動きのとれない状況に追い詰められている感じです。

それに、まるまる一部屋を自分の「ツンドク本」によって占領されて、活用したい部屋のスペースを失ってしまった配偶者にしても、本の山を見るたびに深い溜息をついて、「この本、さっさと捨ててよね」と苛立たしげに詰りますし、機嫌の悪いときなどは、「あんたって、ほんとビョーキよね」などと、まるで異常者扱いですが、不甲斐ない自分にも相応の疚しさがあり、最近はできるだけ妻と視線を合わせないようにしているくらいです。

ゴミの日、たまたま自分が留守のときなどは、妻が、そこらにある文庫本を少しずつ処分しているらしいことも薄々承知しているのですが、当初、そのことを知ったときには、「怒り」と「黙認」のあいだで動揺したものですが、しかし、よくよく考えてみれば、所詮は複製物に過ぎない本のこと、どれほど捨てたって改めて入手する手段は幾らでもあり補充もきくわけで、要は「なに」を失ったのかさえ分かっていればそれで十分、さしたる問題でないことと納得したときから、鬼のような形相で逆上して言い募る妻に対しても、優しく微笑みかけて、冷静さを取り戻すように諭す冷静さで対することができるようになりました。

これなどはまあ、一種の達観の境地を得たとでも言っていいことかもしれません。

「物が命」の初版本蒐集のマニアの方には、こうはいかないと思いますが、なにせこちらは、情報重視の「廉価本蒐集者」にすぎません、「物質」にこだわらない分だけ、強みといえば強みなので、今後も、さらに買いまくる雑草のような逞しさで古本の蒐集に努めていきたいと考えています。

いわば「まだ読んでない本は、捨てるわけにはいかない」という一点が、自分にとっての課題です。

そんなある日、この「捨てられない」ことについて、自分なりにじっくり考えてみたことがありました。

「捨てられない」とは、いったいどういうことなのだろうか、逆に、読み終えたとき、その本のなかに心に響くものがなければ、右から左にさっさと処分できている現状を考えれば、少なくとも自分は、なにもかもが捨てられないという「性癖」の持ち主ではなく、「捨てる」こと自体には別段こだわりを持っているわけではありません。

だとすれば、読了後の本が特に捨てられないという理由、つまれり、その本の感動した部分をなんらかの形で残しさえすれば、あとは捨ててもいいというわけで、多分そこのところが満たされていないから、躊躇したり、抵抗を感じたりしているのだと思います。

つまり、「まだ読んでない本は捨てられない」という部分と、読了した本の、その「感動」した部分を残すということができれば、難なく捨てられるのだということに気がついたのでした。

そういうことなら、「映画」に対する自分の思いとか、していることとかに重なる部分が、かなりあります。

そもそもこのブログを始めた切っ掛けは、映画を録画した本数が過剰になって、見るのが追いつかない、ストックばかりが増えて消化できないことに苛立ったことから始めたものでした。

そして、見終わった作品のその感想をなんらかの形で書き留めたいと思っても、相応しい場所がないという状況に膠着感を抱いたことから発した結果だったと思います。

一方では、自分が見て感動した映画作品の納得できる情報が(たぶんマイナーな作品が多かったからだと思いますが)ネットでは、まだまだ少ないことに物足りなさを感じていて、自分の感動したことや失望したことなどの記憶を、形のあるものに留めておきたい、その記憶保存ができれば(文章にするということですが)自分のなかのモヤモヤを発散できるような「発信」をすることができないかと立ち上げたのがこのブログであることを思えば、「読書」(あえて言えばツンドク本の解消)についてだって、これと同じことで解決の道筋がつくのではないかと考えた次第です。

そこで適当な本を書棚の最下段から取り出して、この方法(いわば、「捨てる」ことを自分に納得させるために必要な禊的な儀式ということですが)を試みることにしました。

適当に選択した本は、川島高峰著「銃後-流言・投書の太平洋戦争」(読売新聞社、1997.8.15)という本です。

太平洋戦争開戦から終戦の玉音放送に至るまでの期間、日本国内で広まった「流言」や、匿名の「投書」に書かれた内容を時局ごとに紹介して、その間の民情の動向を分析しようという大変興味深い内容の本です。

タイトルだけ見ても、なかなか面白そうな本じゃないですか。

緒戦の真珠湾奇襲攻撃の大成功に世論は沸きかえり、その時流に遅れまいと新聞等のメディアはコゾッテ世情を煽りたて(進軍を躊躇する軍部に対して、逆に恫喝的な記事を書いて戦線拡大、つまり更なる「侵攻」を促すようなものさえあったそうです。

しかし長期戦になるにつれて、陸海軍の覇権争いに加えて、未熟な統制の結果、戦局を悪化させて数々の大敗を重ね、次第に戦局の危機的な状況が明らかになるにつれて、大衆は苛立ち、民情が著しく悪化していきます。

そうした推移をこの本は「流言」や匿名の「投書」のなかに求めようとしているわけですが、しかし、なんといってもそこは所詮ネガティブな「流言」や匿名の「投書」のたぐいです、ほんの少しは逆説的に世情を反映しているとはいえ、「匿名」という隠れ蓑に隠れて、「本音」を憎悪で過大にみせたり、世の中をハスに見た極論のその場かぎりの無責任な言いっぱなしだったりと、ハナシ半分に聞いたとしても、さらに歯止めの効かない誇張された嘘臭さがつきまとっているわけで、自分もその辺は、ほとほと辟易しました。

そういえば、以前にもこれと同じ感じを覚えたことがあります。

2チャンネルの書きっぱなしの投稿をそのまま本にしたもの(「私が逝った理由」みたいなお色気ものでしたが)を読んで、その言いたい放題の進展のないイカガワシサには、心からうんざりさせられたことがあって、ちょうどあの感覚と少し似ていたかもしれません。

しかし、それでも「銃後-流言・投書の太平洋戦争」を最後まで読み通させた「チカラ」が、この本には確かにありました、それがとても印象深かったことを覚えています。

ここに掲載された数々の具体的な「流言」や匿名の「投書」の記事が、どれも「特高月報」(内務省警保局編纂)という本に掲載された記事からの引用なのだそうです。

「特高」といえば、作家・小林多喜二を拷問して虐殺した例のあの悪名高き特別秘密警察のことですよね。

そして、ここに取り上げられている「流言」は、「特高」の刑事が、職人や行商人などに変装して街の雑踏にまぎれ、ひそかに市民の会話を立ち聞きして(つまり「盗聴」です)、そこで不敬的言辞や反軍的言辞を耳にすると、ただちに逮捕したとされています。

そして、その取調べについては、とくに戦争遂行に支障をきたす反戦的な思想犯に対して苛烈な拷問におよんだのだろうと思います。

つまり、戦争遂行に不満を持つ者や異議を持つ者の反戦・反軍的な日常会話に聞き耳をたてて片っ端から根こそぎ逮捕したのだそうです。

こうして常に官憲から監視されているという恐怖心が、さらなる恐怖心を増幅させ、やがて「隣組体制」や「国防婦人会」などを基にして市民が市民を監視するという「密告」や「告げ口」のはびこる社会、相互監視体制社会ができあがり、ついに物言えぬ恐怖社会が形作られていったのだと思います。

そういえば、戦中の写真に町内会で行われた「竹やり訓練」を写したものがありますが、あれも、そうした相互の監視体制のギスギスした雰囲気のなかで強制的に行われたものだったのでしょう。

しかし、あの「竹やり訓練」を「させた側」も「させられた側」も、どこまでそれが実効性のあるものと信じたのか、そもそも、進攻してきた米兵をその「竹やり」で実際に刺し殺した事例が1件でもあったのだろうか、自分は常に疑問に思っていました。
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by sentence2307 | 2016-09-04 12:57 | 映画 | Comments(0)