人気ブログランキング | 話題のタグを見る

世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

喜劇 駅前競馬

前回、映画「ぶっつけ本番」のコラムを書く前に、この作品の予備知識を得ようと、ネットで検索した結果、意外な収穫があって、作品評はそっちのけで、作品の時代背景について、つい熱中して書いてしまいました。

いえいえ、そのことについて反省しているわけではなくて、むしろ「収穫 その2」があるので、そのことを書いておこうと思っています。

実は、このコラムを書く前に、この作品が公開された1958年という年の「キネマ旬報ベスト10」をチラ見しました。

まあ、当時の批評家が、評価を含めてどんなふうにこの作品を見ていたか、その距離感というか、空気感みたいなものを知りたいと思ったのが動機です。

結果は、こうでした。

1 楢山節考(木下恵介)
2 隠し砦の三悪人(黒澤明)
3 彼岸花(小津安二郎)
4 炎上(市川崑)
5 裸の太陽(家城巳代治)
6 夜の鼓(今井正)
7 無法松の一生(稲垣浩)
8 張込み(野村芳太郎)
9 裸の大将(堀川弘通)
10 巨人と玩具(増村保造)

なるほどね、ここまでが、ベスト10圏内の作品ですか。

さすがに、映画「ぶっつけ本番」が圏内に入っているとは最初から思っていませんでしたが、それにしてもお約束のとおり、ベスト10といえば、やはり、名実ともに「ベスト10監督」に相応しい名匠・巨匠がずらりとランクされているわけですが(「なにをいまさら」という当然すぎる話ですが)、しかし、もし仮に、ここに、軽妙洒脱な異色作「ぶっつけ本番」がランクインしていたら、ずいぶん面白いだろうなとチラッと思ったりしました。

べつに、偏ったジャンル(「社会問題」とか「政治的陰謀の暗示された事件」)にこだわった作品や、「深刻さと重厚さと悲壮感」ばかりの「見せかけ」だけ整えた作品が必ずしも優れた映画とは思わないし、むしろ、コメディやエログロに徹した映画の中にも傑出した映画はたくさんあることをいままで学んできた(「思い知った」といった方が相応しいかも)わけで、強引な演出力で最初からグイグイ映画の中に引き込んでくれる、たとえば山中貞雄作品のような、いわば、映画の本質を瞬時に分からせてしまうような映画を、自分的には、ずっと待ち続けながら、日々映画を見漁っているような気がします。

しかし、やはり結果的には、この時代特有の「もっともらしい深刻さと重厚さ」を過大評価する「時代の囚われ」から自由でいられた映画批評家など、ただの一人もいないのだということは、この1958年のベスト10の場合だってなんら変わらないのだということが、すぐに分かりました。

いつの時代でも、評価されるのは、「それ(真実)」ではなく、「それっぽい(深刻ぶった)」作品や人なのであって、鑑識眼が脆弱なら、見極めの基準として「深刻さと重厚さと悲壮感」を頼りにでもすれば、それほど低劣な評価の失敗を世に晒さなくて済むというわけなのかもしれません、やれやれ、結局、今も昔も(右も左も、ですが)映画批評家なんて、やっぱり「右向け右」の人種といわれても仕方ないのかもしれませんね、痛感しました。

さて、わが異色作「ぶっつけ本番」が、ベスト10内に見当たらないので、仕方なく視野を広げて(「下げて」です)少しずつカウントダウンしてみることにしました。

そして、ようやく「19位」に「ぶっつけ本番」を見つけました(しかし、思っていたより高評価でした)、その間の順位は以下の通りです。

11 陽のあたる坂道(田坂具隆)
12 鰯雲(成瀬己喜男)
13 一粒の麦(吉村公三郎)
14 白蛇伝(薮下泰司)
15 赤い陣羽織(山本薩夫)
16 悪女の季節(渋谷実)
17 蛍火(五所平之助)
18 つづり方兄妹(久松静児)
19 ぶっつけ本番(佐伯幸三)
20 谷川岳の記録・遭難(高村武次)


とありました。そして、このベスト10を紹介しているサイトのなかで、合わせて「有名人のベスト10」という記事も併載してありました、面白いのでちょっと紹介しますね。

その「有名人」というのは、安部公房、武田泰淳、花田清輝、淀川長治の4名ですが、安部公房だけは、「洋画」のみを選出対象としているので、この際は除外しなければなりません。


それではまず、武田泰淳から。

1 彼岸花
2 夜の鼓
3 楢山節考
4 裸の大将
5 赤い陣羽織
6 無法松の一生
7 白蛇伝
8 隠し砦の三悪人
9 張込み
10 森と湖のまつり

まあ、取り立てて奇抜さも特徴もなく、「ごくフツウじゃん」という感じです。
それにしても「森と湖のまつり」(泰淳の原作です)があって、「炎上」を入れてないのは、なんだか三島由紀夫に対するジェラシーと思われても仕方ないかもしれませんね。
いかに内田吐夢の力作とはいえ、「森と湖のまつり」と「炎上」では、最初から優劣が明らかにされているわけで(遠慮がちの「10位」という位置づけも、なんだかその辺を自認しているような)、それをどう転倒させてみたところで、世間の人は「奇抜」とは見てくれないと思いますが。

つぎに、淀川長治です。

1 炎上
2 楢山節考
3 彼岸花
4 隠し砦の三悪人
5 杏っ子
6 白蛇伝
7 結婚のすべて
8 紅の翼
9 裸の太陽
10 無法松の一生

こちらは、「ジェラシー」がない分、「公式のベスト10」に接近し、より一層堅実な印象を受けてしまいます。
逆に言えば、映画紹介者としてのバランス感覚に満ちた「公式的見解」に寄り添った、平均点的な大人しい「ベスト10」という感じがしますが、しかし、すでに「公式ベスト10」というものが存在する以上、面白味がまるでない(邦画を面白がろうともしていない)姿勢みたいなものを感じます。「杏っ子」を除いてはね。

そして、最後の花田清輝、見た途端ぶっ飛びました、なんと「ぶっつけ本番」を第4位にランクしているではありませんか、実に驚きです。批評家など皆「せいぜい右向け右の人種だ」などと悪口をいった手前、赤面する思いで「花田ベスト10」をじっくりと眺めました。

以下が、そのベスト10です。

1 張込み
2 炎上
3 夜の鼓
4 ぶっつけ本番
5 隠し砦の三悪人
6 若い獣
7 巨人と玩具
8 大菩薩峠・第二部
9 裸の大将
10 鰯雲

なるほどね、自己主張が、「しっかり見える」力強い印象を与えるベスト10だと思いました。

そして、続いて花田清輝の「選評」(そう言っていいですよね)が紹介されていたので、ちょっと引用させてもらいますね。

≪一般的にいってこの種の行事の選者たちには、ほかの芸術の領域においても同じことだが、大家とかなんとかいわれる人の作品を選ぶ傾向がある。私は次の時代をになう人たちの作品に注目し、一貫してそれらを見てきた。その結果比較的未熟であっても、未来への可能性をもっている作品を選んでみたのである。

決定をみて、ちょっと感じられるのは、こういう選者たちの傾向として、比較的最近封切られた作品が印象に残り、それを推してしまうということである。文学などと違って、たやすく読み返しができぬという映画の特殊性があるとはいえ、いささか不満である。≫


なるほど、なるほど。

「大家・時系列」偏重説ですか、自分がうだうだ言ったことをズバリと言われて、ますます顔が赤らみました。

そして、このサイトの管理者のコメントが続きます。

≪「ほほう、ちょっと個性を感じる10本ですね。当時若手の野村芳太郎の『張込み』を1位に挙げ、石原慎太郎が初監督した『若い獣』まで入れてます」

「若い世代を積極的に評価したい、と主張する花田は翌年の1959年度では、大島渚のデビュー作『愛と希望の街』を6位に推している。キネ旬ベスト・テンでこの作品に票を投じたのは二人だけだったから、大島はとても感激したそうです」≫

この文中、「翌年の1959年度では、大島渚のデビュー作『愛と希望の街』を6位に推している。キネ旬ベスト・テンでこの作品に票を投じたのは二人だけだったから、大島はとても感激したそうだ」とあるのに注目しました。

「愛と希望の街」を翌年に撮り、その次の年には、いよいよ「青春残酷物語」を撮って松竹の看板監督の地位に一気に駆け上る(背景には従来の松竹作品『大船調』の低迷と不振があります)、そういう年だったんですね、この年は。

この時期の勢いを得た大島渚の気負った顔がありありと見えるようです。

半裸の桑野みゆきを、これもまた裸の川津祐介が、思い切り張り倒す、張り倒された女の苦痛に歪んだ顔の大写しが描かれた煽情的な宣伝ポスターに、まるで煽られたかのように大衆は雲霞のごとく映画館に押し寄せました。いままで楚々としたメロドラマ調に慣らされてきた松竹映画ファンには恐ろしくショッキングな驚天動地の「事件」だったと思います。

そのときの小津監督のコメントがあります、「これからも松竹は、筏の上でズロースを干すような映画を作るつもりなのかね」

木下恵介「あの人たちの作ったものを見ているとまったく遣り切れない気持ちになるよ。僕の見た場面で、一人の男が豚のモツで顔を叩かれるというのがあったが、あの人たちはどうしたらお客を不愉快にできるかということに心を使っているのではないかと思った。暴力や愛欲シーンをどぎつく描かなければ、自分の意図が表現できないとすれば、それは演出が未熟だということになる。映画はやはり娯楽であり、美しさが必要だと私は信じている。」

そして、大島渚は、こう言います(木下さんの堕落は『二十四の瞳』以来のことと切って捨て)「いまの松竹は撮影所のスタッフを全部戦後派で固めること。百歩ゆずっても、小津安二郎、渋谷実、野村芳太郎以外の戦前派監督はいらない」とまで言い切っています、木下恵介への痛烈な批判です。

ステージ上で野坂昭如と殴り合った大島渚のあの傲岸不遜は、なにもあれが最初というわけではなく、遠く松竹時代、監督としてスタートをきった時もそのまま「傲岸不遜」だったことは、これでよく分かりましたが、ただ、そのとき、不意にあるひとつのことを思い出しました。

以前、you tubeで、大島渚のナレーションで、日本映画の100年を振り返る「100 Years of Japanese Cinema (1995)」というドキュメンタリー映画を見たことがあります。

その中で、大島渚は、自分が映画界に入ったのは、木下恵介の「女の園」に衝撃を受けたからだと告白しています。

「二十四の瞳」と「女の園」、その作品に対する愛憎の落差のなかに「大島渚」という男の人間像が浮かび上がってくるような気がしますよね。

なんだか、雰囲気が盛り上がってきたので、自分もなにかコクりたい気分になってきました、佐伯幸三監督絡みで、ですが。

実は、リアルタイムで見た「喜劇駅前競馬」1966という作品があります。

競馬にハマッタお約束の面々が、例のドタバタを繰り広げる佳作ですが、その1シーン。

馬券を当てたフランキー堺が、恋人か女房(大空真弓が演じていました)にセーターを買ってあげようと、メジャーで胸を測って寸法をとるという場面です。

それまでに二人の雰囲気は、すでに熱々、相当にヒートアップしていて、ネチネチ・コチョコチョとてもあやしいムードになっています。

メジャーを胸に回され、くすぐったそうに身をくねらせる大空真弓のその悦楽の表情を楽しみながら、フランキー堺は、さらに乳首(薄いブラウスからはっきりと透けて突き出て見えてます)をメジャーで挟み、その柔らかさを楽しむみたいにコリコリと刺激し、妻は身もだえします、これってまるで「前技」です。
当時思春期真っ只中の自分は「これ」にはまいりました。

外の世界は、世情騒然たる時局にあって、暗い映画館の片隅でひとり、密やかな股間の高揚に戸惑っていた、これが自分の佐伯幸三体験の最初でした。

(1966東宝)監督・佐伯幸三、脚本・藤本義一、製作・佐藤一郎、金原文雄、音楽・松井八郎、撮影・村井博、編集・諏訪三千男、美術・小島基司、照明・今泉千仭、録音・原島俊男、スチル・橋山愈、
出演・森繁久彌(森田徳之助)、フランキー堺(坂井次郎)、伴淳三郎(伴野孫作)、三木のり平(松木三平)、山茶花究(山本久造)、藤田まこと(伴野馬太郎)、淡島千景(景子)、池内淳子(染子)、大空真弓(由美)、乙羽信子(駒江)、野川由美子(鹿子)、北あけみ(紙子)、稲吉靖(白馬)、松山英太郎(五郎)、藤江リカ(安子)、千葉信男(由在巡査)、館敬介(駒山)、三遊亭小金馬(ゲスト)、安藤孝子(安藤女史)、星美智子(しるこ屋の女将)、北浦昭義(若い警官)、島碩彌(アナウンサー)、渡辺正人(解説者)、
製作=東京映画 1966.10.29 7巻 2,483m カラー 東宝スコープ


≪参考≫
1.1958.07.12 喜劇 駅前旅館 豊田四郎
2.1961.08.13 喜劇 駅前団地 久松静児
3.1961.12.24 喜劇 駅前弁当 久松静児
4.1962.07.29 喜劇 駅前温泉 久松静児
5.1962.12.23 喜劇 駅前飯店 久松静児
6.1963.07.13 喜劇 駅前茶釜 久松静児
7.1964.01.15 喜劇 駅前女将 佐伯幸三
8.1964.06.11 喜劇 駅前怪談 佐伯幸三
9.1964.08.11 喜劇 駅前音頭 佐伯幸三
10.1964.10.31 喜劇 駅前天神 佐伯幸三
11.1965.01.15 喜劇 駅前医院 佐伯幸三
12.1965.07.04 喜劇 駅前金融 佐伯幸三
13.1965.10.31 喜劇 駅前大学 佐伯幸三
14.1966.01.15 喜劇 駅前弁天 佐伯幸三
15.1966.04.28 喜劇 駅前漫画 佐伯幸三
16.1966.08.14 喜劇 駅前番頭 佐伯幸三
17.1966.10.29 喜劇 駅前競馬 佐伯幸三
18.1967.01.14 喜劇 駅前満貫 佐伯幸三
19.1967.04.15 喜劇 駅前学園 井上和男
20.1967.09.02 喜劇 駅前探検 井上和男
21.1967.11.18 喜劇 駅前百年 豊田四郎
22.1968.02.14 喜劇 駅前開運 豊田四郎
23.1968.05.25 喜劇 駅前火山 山田達雄
24.1969.02.15 喜劇 駅前棧橋 杉江敏男



by sentence2307 | 2017-07-08 08:19 | 佐伯幸三 | Comments(0)