世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

ルイス・フロイスの見た日本の風習

忠実な読者というわけではありませんが、気が向いたときに新聞や雑誌に掲載される書評に目を通しています。

時には「集中的」に読んだり、あるいは、すっかり興味をなくして読まなくなったりということを繰り返しているのは、モチロン自分のむらっけのあるダレた性格に起因するところ大なのですが、あえて言えば、読む書評への失望(その尾を引くほどのダメージ)というのも、大きな要因のひとつかもしれません。

つまり、「すっかり興味を失って読まなくなる時期」というのは、書評というものに対する失望のダメージから回復するのに必要な時間という、そんな感じです。

自分が遭遇したひどい書評に、本の「まえがき」と「あとがき」を安直に要約しておいて、あとは「目次」をつまみ食い的に丸写ししただけなんていう凄まじいのがありました。

そんな書評に出会ったりすると心底がっかりさせられてしまいます、えらそうに大学教授なんて名乗っているテアイにかぎってそんなのが実に多いのです。特にwebなんかではね。

そんな書評に出会うたびに、故丸谷才一はやはり偉大だったんだなと痛感します。品位ある署名入りの書評を書くということは、それほどの覚悟と誠実さが求められるものなのだなと。

興味も知識もないなら、最初からそんな仕事は引き受けないというのが知識人(おっと、「知識人」とは、これまた古い)としての見識だし誠実さというものではないかと思います。

では、散々そんなに腹立たしい思いをして一度は見放したはずの書評なのに、なぜまた性懲りもなく読み始めるのかといわれれば、自分としてはあの時あんなふうに考えたものの、だんだん時間が経つにつれて、冷静に考えてみれば、たかが情報収集のために参考にするだけの「書評」にすぎません、なにもそんなに目くじらを立てて深刻な重責を負わせなくたっていいんじゃね、むしろこちらの方が見当違いをしていたくらいだと思い直すからだと思います。まあ、こんなことをグダグタ繰り返しながら現在に至っているというわけです。

しかしアレですよね、そんなふうな堂々巡りを繰り返しているうちに、だんだん書評氏ばかりを責められない部分もあるのかなという思いも湧いてきました。

まあ、この世に存在する本のすべて(高潔なものからイカガワシイものまで)が、すべて書評に値するような完璧で素晴らしい本なのかというと、そうでもなくて、こういう現実に照らせば、それに呼応する書評だって、高潔なものからイカガワシイものまで多々あるのは当然といえば当然なわけで、それはそれで仕方のないことなのかもしれないなと。

そうそう、最近は「参考文献」が掲げられていない学術書なんていうのもあるくらいです、自分がどのような本を読んで知識の基盤を培ってきたのかという証しとして「参考文献」を提示するのであって、研究を生業とする学者の著書に「参考文献」の提示を欠くというのは致命的なことであって、それだけで信用を半減させると非難されても仕方のないことかもしれません。

最近、自分が手にした映画関係の本でいえば、佐藤忠男が書いた「喜劇映画論 チャップリンから北野武まで」(中日映画社、2015.4.10)という本には、索引(作品、人名、事項)というものがまったく付されてないので、本当にがっかりさせられました、これではこの本の本来の価値も半減です。

自分などは、まず一度通読したあとで、「索引」を眺めてその本の余韻に浸るのというのを何よりもの楽しみにしているくらいなので、これではまるで作りっぱなしの「読み捨て」を推奨しているようなものという悪印象を免れません。

索引作りは編集者の責務だと思い、こちらから著者に提案するくらいでないといけないなー(著者が固辞するっていうのなら、話は別ですが)。だいたい、索引(作品、人名、事項)というものがまったく付いてない本なんて、著者に対しても失礼だと思うくらいでないといけないぞ(なんて、むかしはよく上司からお小言を頂戴したものです)。

さて、その気が向いたときに読むという書評の話に戻りますね、自分が読んでいる定番の書評のひとつに「月報 司法書士」に掲載されている連載コラム「新聞が深くわかる読書案内」という記事があります、筆者は、元日本経済新聞論説委員だった安岡崇志という人。

このコラムの楽しいところは、同時に数冊の本を紹介するという書評の形式をとりながら、それぞれ単発の感想を書くのではなくて、そこに共通しているテーマを関連づけながら新聞の論説風に仕上げているところに独自な異色性にあります(あっ、そうか、この人、元日経の論説委員というだけあって、その辺の纏めのテクは自家薬籠中のものというわけだったんですね)。

似て非なるそれぞれのテーマをこねくり回して、ときには、「それはないだろう」というアクロバット的な離れ業を見せてくれたりするなど知的サービス満点の工夫があって、単発の書評にはないアメージングさも出色のものがあります。

ただ、ときにはその「粘着」が強引すぎて首を傾げたくなるものもないではありません。

まあ、下世話に言えば、落語の三題噺の逸脱の醍醐味を味わえるという感じでしょうか。

今回、「月報 司法書士」2018.4月号のこの欄で取り上げられた本は、以下の4冊。

①園田英弘編著「逆欠如の日本生活文化」(思文閣出版)
②中牧弘允「会社のカミ・ホトケ」(講談社選書メチエ)
③寺岡寛「社歌の研究」(同文館出版)
④ルイス・フロイス「ヨーロッパ文化と日本文化」(岩波文庫)

そして、コラムの趣旨は、日本の「4月入学」という学校制度をまず取り上げ、かつて世界のグローバルスタンダードを根拠にした東大からの「正論・9月入学」の提案でさえも撥ねつけたくらい「4月入学」という学校制度がいかに日本に根付いた独自の生活文化であるかと説いたうえで、

「西洋化は日本化を伴うという逆説的な現象の見極めにある」

「会社は神をまつり、物故社員を慰霊する法要を営んでいる。会社ビルの屋上には小祠があり、聖地の高野山や比叡山には会社墓が並んでいる。創業者や社長が亡くなれば社葬をもって告別する、と日本にしか見られない会社の宗教的な行いを書き示す」

「会社の社訓・社是を織り込んだ社歌を作り社員に歌わせて、社員の一体感や会社への帰属意識を高めようとするのは、外国企業にはない経営手法とし、海外の現地子会社の従業員に社歌を浸透させるのに苦労する日本企業の事例も紹介している」

「欧米で生まれ発展した社会組織である会社とその経営・運営方法を、日本人が、日本の社会に移植し根付かせるうちに出来上がった、外国にはない会社の在り方と経営手法は、いくらでも見いだせる」としたうえで「つまり両書は日本文化を伴った西洋化について論じた日本文化論としても読めるわけである」なのだそうです。

そして、ここから4冊目のルイス・フロイス「ヨーロッパ文化と日本文化」へと論を進めていくのですが、その部分をまるごと筆写してみますね。

「西洋化に日本化が伴う現象は、西洋と日本の固有の文化や社会現象に相違がなければ起きない。その違いの甚だしさは、日本が地球の裏側にある知られざる異邦だった時代に、我が国に来た西洋の人々をひどく驚かせた。

1563年から1597年に亡くなるまで日本で布教をしたポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが書いた「ヨーロッパ文化と日本文化」は、西洋人の「驚きの記録」の最も古いものだ。序文には「彼らの習慣は、我々の習慣と極めてかけ離れ、異様で、縁遠いもので、このような文化の開けた、創造力の旺盛な、天賦の知性を備える人々の間に、こんな極端な対照があるとは信じられないくらいである。」とある。

容貌、服装、暮らしの習慣、食事や酒の飲み方から死生観に至るまで609項目も挙げた「極端な対照」を読むと、日本人が西洋の文化をそのまま受容するわけはない、「西洋化は日本化を伴う」のは、必然だと納得するに違いない。」と。

これが、この書評のすべてです、学校制度としての「4月入学」が日本の独自文化だと語りだし、この独自文化として「物故社員の法要」「会社ビルの屋上の小祠」「高野山や比叡山の会社墓」「社葬」「社訓・社是・社歌」「会社経営・運営方法」などにも「西洋化は日本化を伴う」証左だとしたうえで、そして、ルイス・フロイスが初めて見てびっくりしたという奇妙な「日本の風習」の数々が紹介されているのですが、でも、フロイスが見て驚いたという風習は、会社経営に役立つ「先祖敬い」とか「結束をはかる仲間意識」とかの教訓めいたものからは相当に距離のある生活習慣の紹介にすぎず、明らかに本論から外れた「逸脱」と、拡大解釈の「無茶振り」です。

それを、こんな奇妙な風習を持っていた日本人だもの、アイツら西洋化をそのまんまあっさり受け入れるわけないよね、とかなんとか繋げようとするのには、無理やりのこじつけにすぎず、とても違和感を覚えました、というか、たまらない腹立たしさを感じました。

岩波文庫のルイス・フロイス「ヨーロッパ文化と日本文化」は、20年以上前に読みました。

その序文には「彼らの習慣は、我々の習慣と極めてかけ離れ、異様で、縁遠いもので、このような文化の開けた、創造力の旺盛な、天賦の知性を備える人々の間に、こんな極端な対照があるとは信じられないくらいである」と、文脈に若干のリスペクト感が窺われなくもありませんが、本文中で箇条書きに記された数々の日本人の奇妙な風習の侮蔑と嘲りのこもった紹介を読めば、それはまるで「東洋原人」という名札の付いた人間動物園の檻の中に閉じ込められた奇妙な風習に固執する日本人という小動物を観察するという見下す視点は明らかで、日本人をもともと同等の人間とは見ておらず、知的な猿とでもいう視点を持てば、そこに「リスペクト感」くらいは発芽しようというものだと理解できました。

その辺の「見下し感」を感じたナーバスな秀吉が、自分の権力の座を脅かしかねない異教を邪教として排斥したのも無理からぬことと感じました。

その内容の多くは、ごくたわいないものばかりなのですが、ときには文化論の根幹にかかわる重要なものもあります。

第2章「女性とその風貌、風習について」の最初の項には、こうあります。

「ヨーロッパでは未婚の女性の最高の栄誉と貴さは、貞操であり、またその純潔が犯されない貞潔さである。日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても、名誉を失わなければ、結婚もできる。」

この一文を読みながら、思えば、この西洋の脆弱な思想の普及によって、失われた原日本人の逞しさを教えてくれたのは、今は亡き今村昌平だったのだな、という思いがふっと過りました。



[PR]
by sentence2307 | 2018-05-03 11:35 | 映画 | Comments(0)