世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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カーラー・藤澤五月に「挫折」はあったか

昨日、就寝前に突然思いついて国会図書館のサイトで「カーリング」検索を実行し、その結果として315件の情報を得たのですが、そのなかには純然たる「スポーツのカーリング」ばかりでなく、異業種用語の「カーリング」にも多々反応してしまい、異・情報がそれこそおびただしく紛れ込んできたというのに、ろくに精査もせずにアップしてしまいました、それはそれなりに面白いかな、とか思ったのですが。

しかし、「とか思った」というのは、まったくの言い訳にすぎず、実際は、最近じっくりと腰を落ち着けてなにも書けなくなってしまった現状というのがあって、この「アップのやりっぱなし」は単にその苦し紛れの時間稼ぎというか「逃げ口上」にすぎず、そこにはどうしても「負い目」というのがあります。

その辺が気にかかって仕方がないので、今朝起きぬけに昨日アップしたものをもう一度読み返してみました。

なるほど、なるほど。

多少は異業種用語の「カーリング」というのもあるにはありますが、気にかかるというほどのものではありません。結構イケてると思います。

でも、こうやって落ち着いて読み返すってことは大切なことですよね。自分は、こういう確認作業というのがどうしても苦手で、学生のときもテストなど書き終えればさっさと退室してしまいたい方だったので、そこで「もう一度じっくり確認する」ということができていたら、自分の人生もう少し違ったものになっていたかもしれません。残念です。

しかし、こうして通して読み返してみると、実に面白い資料が世間にはたくさん流布しているものなのだなとつくづく感心します。

まず、目立つのは、過疎化対策のひとつとして地方の自治体が(多くは北海道ということでしょうが)「カーリング」を取り上げており、そのモデルケースとして「常呂町」の例を上げているなんていうのもありました、施設の完備もそうですが、多くの市町村が(政府の支援を受けて)有効な「過疎化対策」のひとつとしてカーリングを組み入れようしているらしいことが分かります。

吉田知那美選手の「正直、この町、なんにもないよね」のフレーズで始まる例のアレですよね。

それから、カーリング協会が、紹介と普及のための「how to本」みたいにして刊行したものから、石の動きを科学的に分析した専門的なものまで(博士論文)、

★カーリングの実験的研究 : カーリング・ストーンのカール比の測定 入戸野 太郎, 門脇 仁隆, 駒込 敏弘 他 掲載誌 雪氷 75(3):2013.5 p.137-146
★カーリング・ストーンの曲がりの説明について 対馬 勝年 掲載誌 雪氷 73(3) 2011.5 p.165~172
★3Dセンサーを用いたカーリングのスウィープ技術の解析 (MEとバイオサイバネティックス) 廣瀬 明依, 早川 吉彦, 柳 等 掲載誌 電子情報通信学会技術研究報告 = IEICE technical report : 信学技報 114(79):2014.6.13 p.67-70

実に多様でタイトルを見ているだけでも全然飽きません。

自分的には、ただ書名が羅列している図書目録を眺めているだけで(ほら、「歴史図書総目録」とかあるじゃないですか)十分楽しめるヒトなので、その辺は大丈夫です。

ただ、そうやってアタマから通して読んでいくうちに、漠然とですが、マスコミのひとつの傾向というか、大きな潮流(報ずる姿勢です)みたいなものを感じてしまいました。

そして、その象徴のようなタイトルに遭遇しました。

★ビートたけしの21世紀毒談(第1020回)スッピンばかりの中であれだけ化粧が濃けりゃ、カーリングが目立つのは当たり前だっての! ビートたけし 掲載誌 週刊ポスト / 小学館 [編] 42(12) (通号 2069) 2010.3.19 p.123~125

毒舌をまるで体制に対する媚びのように駆使してずるがしこく生き延びてきた小悪党、その言葉にべつに深い意味もないのに、まるでなにか含意でもありそうな仄めかしが得意なだけ、その実、内容空疎でなにもない、いかにも無能な体制の太鼓持ち・たけしらしいもの欲しそうな愚劣なコメントです。

ただの一発屋のコメンターをここまで増長させてモンスターにしてしまったのは、日本のことなどなにも知らない「ジャポニカ好み」のフランス人の誤った評価のせいだと痛感します。

お前ら、世界の中心か、と。

以前、テレビで、フランス人に昔の「タケちゃんマン」の写真を見せてびっくりさせ、そのリアクションを楽しむという番組がありました、仕掛ける方も仕掛けられる方にも、つくづく「自虐」という言葉のもつ意味を考えさせられた実に貴重な番組だったなと鮮明に記憶に残っています。

「なにが、たけしブルーだ」という思いです。

それに、たけしがいままで撮ってきた作品のことごとくは、「日本映画史」の薄汚い剽窃でしかありません。

「オマージユ」などといったら口が汚れるくらいのもので、勝新や深作監督が生きていたら、怒るで、まったく、という感じです。

「おやっさん、はっきり言わしてもらいますがのう、たけしも悪いが、マスコミも悪い。どっちこっち言うてないですよ。わしはシンから奴らにはあいそがつきた。もう、あんたの手にゃのらん。杯は返しますけん、今日以降わしを山守組のもんと思わんでつかいや。じゃけん、わしを騙した坂井はわしがとったる。あんたら、手出しせんといてくれ。」

しかし、注意してみると、この手のタイトル「スッピンばかりの中であれだけ化粧が濃けりゃ、カーリングが目立つのは当たり前だっての!」が結構あるのに気が付きました。ちょっと時系列に整理してみますね。


★密着! カーリング5人娘のあっけらかん--後輩中学生に大金星献上もご愛嬌 掲載誌 サンデー毎日 85(13) (通号 4750) 2006.3.26 p.32~34
★「結婚引退」カーリング娘に市をあげて説得工作 (総力ワイド 純情きらり欲望ギラリの女たち) 掲載誌 週刊朝日 111(22) (通号 4748) 2006.5.5・12 p.159~160
★五輪を沸かせたカーリング娘がお互いを語る 小野寺歩×本橋麻里 内気なスキップと怖いもの知らずのマリリン 小野寺歩, 本橋麻里 掲載誌 婦人公論 91(10) (通号 1200) 2006.5.7 p.178~181
★カーリング娘 マリリン 追っかけはもういない (追跡ワイド あの人はいま--みんなが知りたい33人 読者2000人アンケート) 掲載誌 週刊文春 / 文芸春秋 [編] 48(32) (通号 2390) 2006.8.17・24 p.182~183
★カーリングガールズ : 2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩 (MG books) 高野祐太 文・写真. エムジー・コーポレーション, 2007.3
★SPECIAL INTERVIEW カーリング女子日本代表 チーム青森 (バンクーバーオリンピックに向けて) 目黒萌絵, 本橋麻里, 山浦麻葉 他 掲載誌 文部科学時報 / 文部科学省 編 (1609) 2010.2 p.25~27
★カーリング セクシーDVD「本橋麻里」の集中を削ぐ五輪後ビジネス (バンクーバー気象台非公認! 「チーム日本」メダル天気予報) 掲載誌 週刊新潮 / 新潮社 [編] 55(6) (通号 2730) 2010.2.11 p.132
★カーリング「本橋麻里」がこだわるシュシュとカチューシャ (金メダル遥かなり「バンクーバー五輪」冬物語) 掲載誌 週刊新潮 / 新潮社 [編] 55(8) (通号 2732) 2010.2.25 p.32
★KONICA MINOLTA Interview バンクーバー冬期オリンピック カーリング女子 日本代表 目黒萌絵 目黒萌絵 掲載誌 Konica Minolta medical network / 『Konica Minolta medical network』編集室 編 61(2) (通号 277) 2010 p.46~49

このタイトルの羅列から「マスコミの善意」を感じるなどという人は、そう滅多にはいないだろうと思います。あるのは、弱者(のスキャンダル)と見れば寄ってたかって痛み付けずにはおかない卑劣な「マスコミの悪意」です。

しかし「醜さ」を攻撃するのは一応気が咎めるらしく(チカラ関係からすれば当然攻撃側に非が)あるので、そりゃあ取っ掛かりやすい「美しさ」の方をクサして攻撃するっていう、ただそれだけのことにすぎません、彼らマスコミにとっては「美醜」など、なにほどの意味の違いもありませんし。

そして、この一連のタイトルから浮かび上がってくるターゲットといえば、当然、カーラー・本橋麻里であることは明らかです。

上記の追っかけ情報が途切れた「2010年」といえば、2月の「バンクーバー冬季オリンピック8位」という前回五輪よりも順位を落としたうえで、つづく3月「第32回世界女子カーリング選手権最終順位11位」と失速・低迷し、6月「所属のNTTラーニングシステムズと2年間の契約更新を発表して2014年のソチオリンピックを目指す意思があることを明らかにした」と表明した直後の8月に「チーム青森から脱退し、地元常呂で新チーム『ロコ・ソラーレ』を結成する」と表明しています。

「2010年」という年は本橋麻里の中で大きくなにかが動き始めた年で、それらは「悪意のマスコミ」と「成績低迷」とが複雑に絡み合った「圧」に動かされた結果もあると自分なりに推察して見ているのですが、このすべてを要約すれば、本橋自身が語っているあの「カーリングが嫌いになった時期」とぴったりと符合するに違いありません。

それ以後(ターゲットからはずれたとき)、悪意あるマスコミからの「追っ掛け情報」はぷっつりと途切れています。

そうそう、最近、you tubeで動画を見ていたら(日課です)、それまで自分が「当然」と考えていたことが、いわば「思い込み」に過ぎなくて、これはやっぱり改めなければいけないなと感じたことがありました。

その動画(幾本かあります)、いままでだって幾度も見ているのに、いまさらこんなことに気が付くなんて、迂闊と言えばずいぶん迂闊な話です。

それは「ロコ・ソラーレ北見 本橋麻里 涙の真実 カーリング女子」という3分30秒動画です。

その他に強い影響を受けた動画としては、「ロコ・ソラーレ 7年間の葛藤と成長の記録」「女子カーリングチーム ロコ・ソラーレが平昌五輪の代表をつかんだ本当の理由」とタイトルされた28分30秒の動画もありますが、これなどは一見してプロの手になる本格的な「TV番組」のために作られた内容的にもかなり高度にまとめられていて、大いに示唆を受けました。

実は、カーリングのことなど何も知らなかった自分が最初に興味を持ち始めたのは、これらの動画を見たからで、いまでも幾度も見直している自分にとっては「基本動画」ということができるかもしれません。

本橋麻里選手が、チーム青森を脱退して常呂町に戻りロコ・ソラーレを立ち上げると表明した記者会見から始まり、吉田知那美選手の北海道銀行フォルティウスから戦力外通告され、失意のなか、地元・常呂町に戻ったときに本橋選手からロコ・ソラーレに誘われ合流したこと、また、藤澤五月選手がソチ五輪代表の大本命といわれながら決定戦で北海道銀行フォルティウスに敗れ、そのショックを引きずり、立ち直れないまま北見市に戻ってきたところを本橋選手に誘われてコロ・ソラーレに加入した経緯が、実に要領よくまとめられていて、「こうして彼女たちはそれぞれの挫折を経験してロコ・ソラーレに結集し、やがて快進撃が始まった」と、まるで水滸伝のような実に鮮やかにまとめられていて、その人間関係の葛藤の面白さ(それぞれの深刻な「挫折」が描かれている彼女たちの葛藤を「面白い」などと言ってはいけないのかもしれませんが)に強く惹かれたことが、いま思えばずいぶん大きかったと思います。

動画の冒頭、本橋麻里選手の「記者会見」で語られているチーム青森からの脱退のその理由というのが、自分的には当然のように、「チーム内の内紛のため」と理解していました。

いまだって「チーム青森の内紛」と検索すれば、もっともらしい記事は幾つもヒットするくらいですから、ネット人間の自分が、そのような記事に幾度か接し、「そりゃあチームだもの、そういうことだってあるかもしれないよな」などという可能性として考えていたものが、徐々に確信に変化していって、いつの間にか自分の固定観念になってしまったなんてことは、大いに「あり得る話」だと思います。

だって、ロコ・ソラーレにおいて、チームカラーとして標榜した「チーム・コミュニケーション」というのは、そもそも根底には体育会特有の「上下関係の打破」を意味していて、たぶん力による拘束とか抑圧を極度に嫌う自由人・本橋麻里選手がもっとも嫌悪しそうなことで、そう判断すると、カーリングに対する根本的に考え方の違いからくる軋轢・「チーム青森の内紛」があったからではないかと憶測するのは当然なのだと思います。

で・そこから、小笠原歩選手や船山弓枝選手との不仲説というのが噂として囁かれ始めたのではないかと。

そうしたことを受けて、別のもう一本の3分30秒の動画「ロコ・ソラーレ北見 本橋麻里 涙の真実 カーリング女子」を見ていて初めて気が付いた「自分の思い込み」について書きますね。

この動画、冒頭で突然、本橋麻里選手の泣きながらの「すごい助けられて、あのう不安だったんですけど」という前後の脈絡を欠いたコメントがあって、なんのことやら分からず視聴者は、ただびっくりします。

しかし、見ていくうちに本橋選手がロコ・ソラーレを立ち上げ、出産したばかりの頃の「選手を続けられるのかという不安」を、誰かに(複数かもしれません)助けてもらったことを感謝しているらしい話であることが、だんだん分かってきます。

画面は、銀メダルを取った世界選手権のときのコーチボックス(十数年ぶりのコーチボックスに入ったと言っていました)が写し出されます。

そこで驚きました、本橋選手の左に座っているのは、明らかに(マスクをしていますが)船山弓枝選手です、えっ、不仲とかじゃなかったの。いやいや、その船山選手のさらに左隣には、例の吉田知那美選手に「戦力外」を通告したというミキ・フジ・ロイがいるではないですか。この野郎の排斥運動でもあれば、参加しようと思っていたくらいです。

「どうなってんだ、こりゃ」という感じです。

さらにこんなナレーションが流れます「母親として選手を続けていくことに不安を感じていたそんな本橋選手を救ったのは、小笠原歩選手や船山弓枝選手でした」

お、おい、そりゃないだろ、ミキ・フジ・ロイは日本と日本人を食い物にする悪辣な毛唐=悪党じゃなかったのか、このとき攘夷に燃える自分の「勧善懲悪」の思い込み(もともとそんなふうに考える方がおかしかったのですが)は脆くも崩れ去りました。なんだろうね、オレって。

少し長いのですが、そのとき流れたナレーションと本橋選手のコメントというのがあります。

ナレーション・母親の務めを全うしながら、カーリングを続けていくことに不安を感じていた本橋選手、そんな彼女を救ったのは、かつてカー娘として共に戦い、いまはライバルとして高め合う小笠原選手と船山選手でした。

「子供を去年生んで、今シーズン、歩ちゃんと弓枝ちゃんに助けられて(このタイミングで前述の「泣き」が入ります)、あの、不安だったんですけど、二人の言葉にやっぱり励まされて、まだまだ私はこの二人には敵わないんだなと思いました。」

ナレーション・子育てとの両立に悩む自分に温かい言葉をかけてくれたかつての仲間、銀メダルを獲得したチームにも新たな気持ちが。
「(世界選手権が銀メダルで終わったのは)経験値の差、人生経験、カー臨時経験の差が出たんだと思うんですけど、悔しく終わって良かったなってふうには思っています。チームのスタートからチームを見てきて、今までとは違う感情がでてきた。チームを勝たせたい、もっといい表彰台の上に立たせたい。」

母親として選手として「両立」させることをバネとして、カーラーとして新たな躍進を遂げたいという本橋麻里の決意が語られていました。

いかにも優等生っぽい答えですが、でも、この話、「ほんとかなー」という気持ちは残ります。

「チーム青森」に在籍していて、だんだん勝ちから見放され(五輪で期待に応えずに前回よりも成績を落としました)、自分でもカーリングが嫌いになってゆく自分が嫌で、引退も考えたとき、嫌いのまま辞めるくらいなら、もう一度「カーリングが好きでたまらなかった」原点に戻って、カーリングが好きになる状態になってからでも引退は遅くないと考えて、常呂に戻ってロコ・ソラーレを立ち上げたわけですから、「チーム青森」から抜けるということ自体に大きな意味(ある意味、やはり「挫折」といってもいいもの)があったのだと思います。

また、吉田知那美は、北海道銀行フォルティウスからチームの強化方針に基づいて戦力外通告され、失意のなか、しばらくは一人旅を続けながら、それでも挫折のショックは癒えず、地元・常呂町に戻った当時のことを前述の動画「ロコ・ソラーレ 7年間の葛藤と成長の記録」「女子カーリングチーム ロコ・ソラーレが平昌五輪の代表をつかんだ本当の理由」の中でこう語っています。

ナレーション・彼女は故郷の常呂町に戻ってふさぎ込んだ。だが、カーリング場には自然と足が向く。

「リンクにいるのも、カーリングをやっている姿を誰かに見られるのが恥ずかしい。絶対に誰もいないであろう時間を見計らってここで練習したりとかしていた。どのチームからの誘いも断っているのに、ひとりで練習していて、たまになんでひとりで練習してるんだろうって思ってた。」

そうして鬱々と日々を送っていた吉田知那美選手に声をかけたのが本橋麻里選手でした。

思えばこのふたり、チームなかの人間関係に行き詰まるという共通する姿をなんとなく感じさせるのですが、藤澤五月に「そういうもの」が、果たしてあっただろうかという疑問に捉われました。

同じ動画で、藤澤五月はこう言っています。

「(今回の移籍について)五輪に出たいというのも理由のひとつとしてあります。自分がやりたいカーリングをできる環境はどこなんだろうか、また自分自身でも変えなきゃいけない部分もあるし、環境もその切っ掛けになる部分もあると思うんですけれども、その場所がどこだからいいっていうのはないと思うんですよね。自分が変わるきっかけを与えてくれる場所がどこなのか、自分自身で探さなければいけないですし」と。

このコメントのなかから「挫折の影」を探すことは到底できません。

この動画でも、藤澤選手についてこんなふうに説明している箇所がありました。

「持ち味は創造力豊かな攻撃力。たとえばこのシュチエーション、敵チームの赤が中心近くに位置し、手前にストーンもあり、進路をふさがれている。並みの選手であれば1点しか取れない状況、ここで藤澤が見せたラストショットは、円の外にある自らのストーンを利用して、相手の赤を押し出し3点を獲得する、こうした攻撃力を武器に長野の強豪・中部電力を率いてバンクーバー後、日本選手権を3連覇、ソチオリンピック代表最有力候補と言われた。」

しかし、決定戦で北海道銀行フォルティウス(吉田知那美が在籍していました)に敗退し、代表の座を逃します。もともとメンタルが弱いのに誰にも頼れなかったのが敗因といわれました。

しかし、それってどうなのよと自分などは考えてしまいます。

確かに「メンタルが弱い」というのは、敗因の決定的な要因かもしれませんが、「誰にも頼れなかった」というのは、負の要素というよりも、逆にむしろ王者としての適格を示す資格のような気がします。

もしそのために「敗北」があったとしても、それは積極的に勝ちに行ったことの確率的な微かな属性にすぎないと思うからで、藤澤自身、他人とうまく同調できないことなど、いささかも負い目になんか感じていなかったに違いないという気がします。

むしろ、他人と一緒にプレーしなければならないことによって、「自分を他人に合わせることで削がれてしまうモチベーション」に対して苛立ちのようなものを感じていたのではないかとさえ思うくらいです。

改めて、冒頭のタイトル「カーラー・藤澤五月に『挫折』はあったか」と自問したとき、その答えは、カーラー・藤澤五月は、そうした次元では生きていないプロの勝負師(または、生き場を求めてさすらう漂泊のばくち打ち)のような存在であると考えているらしい自分に気づかされるばかりです。



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Commented by まるへん at 2018-08-14 11:16 x
はじめまして。
ググって発見しました。
映画やドラマよりドラマチックで、のめり込んだらこんどは誰かにアウトプットせずにいられない、そのお気持ちよくわかります。自分もまったく同じです。
時系列というのがすごく新鮮で、興味深く読んでしまいました。で、なぜこのブログにコメントしたかと申しますと、自分、五月ファンだから。ってどうでもいいですね。
藤澤さん退社の経緯について、敦賀信人さんは「五月に帰ってこないかと声をかけた」と語る一方、本橋麻里から相談があり「スキップを辞める覚悟があるなら呼びなさい」とアドバイスしたとも語っています。
たぶん、中電在職中に声をかけていたのでしょうが、それは引き抜きに当たる行為で、おおっぴらに言えない。
中部電力側も、東電の原発事故以降、電気料金の値上げ、チーム支援の縮小、など企業チーム特有の事情があり、2013年のソチ代表決定戦以降、カーリング部員の勤務がフルタイムに変わったり、コーチが退任したり、廃部に近い動きがあったのは事実です。そして退社の真実はきっと明かされることがないと思います。背景が大きすぎるからです。あとは想像するだけ。
藤澤さんが背負ったのは、敗戦の責任だけでなく、そういった企業チームの宿命や、決定戦を軽井沢に持ってこれなかった長野協会の非力さ(札幌開催は北海道チームを出場させたかったJCAの意図見え見え)などなど、22歳の子が背負うには大きすぎる重荷だったと思います。
敗戦後、心が不安定になったのは間違いありませんね。それがようやく長野時代に戻ったのが昨年9月の代表戦勝利後。勝ち気で生意気な表情が戻りました(TBS系のインタビューと17年12月の軽井沢国際の映像を見てください)。それから半年、オリンピックをへて、さらに表情が変わりました。ご存じの通りです。
長々と失礼しました。書かずにいられない・・
Commented by sentence2307 at 2018-08-15 01:10
まるへんさん、こんばんは。
たいへん、貴重でクールなご教示をいただき感謝しています。
コメントのすべてを読ませていただいて、そういう複雑な背景があったのかと驚き、そして、なるほどなと感心もしました。
まるへんさんは、ご自身のことを「五月ファン」とおっしゃっていますが、それに比べたら自分などは、ただの無知な、それでいてアウトプットせずにはいられない軽薄な「五月ファン」にすぎませんでした。
ただただ恥じ入るばかりです。
平昌オリンピックのカーリング中継を見続け(勝ち続けたからですが)、そのあともyou tubeで一連のフィーバー報道に嵌まり込んで、すっかりその「サクセス・ストーリー」のトリコになってしまったのですが、その背景には、原発事故で経営的に動揺する中部電力、その影響をモロに受けた企業のチーム支援の縮小と廃部の危惧、ソチ五輪代表選敗退後の選手に対するあからさまな待遇の劣化、動揺する藤澤選手に本橋選手がLS北見に誘って(その条件として本橋選手のスキップ明渡しが必須だったことは、自分も推理しました)、藤澤選手が加入してチームが次第に上向き平昌オリンピックのメダルに繋がったという話、中学生のチームが苦労の末に、やがてオリンピック・メダリストになったというだけのただの「サクセス・ストーリー」じゃない、ドロドロの大人の事情もあったことを知って、逆に安心した部分もあります。
Commented by sentence2307 at 2018-08-15 01:11
(つづき)
しかし、自分があの時カーリングを見続けたのは、彼女たちがメダルに繋がる常勝といってもいい戦いぶりを見せたからではなくて、彼女たちのパフォーマンスが、試合の起伏や緊迫感を視聴者にリアルに伝えることに成功し、「ショー」としても大いに魅せるものがあったからだと思っています。これって、すごく大事なことだと思います。
言い換えれば、それなくしては、カーリングという競技は、逆に、試合の緊迫感を伝えにくい退屈な競技なのだと、最近痛感しています。
第一次ブームといわれたときも、今回のフィーバーも、別段カーリングという競技が魅力的だったというわけでは、必ずしもなかったことでも分かるような気がします。
あっ、それからもうひとつ、まるへんさんは、オリンピックのメダリストとなり、自信を取り戻した藤澤選手のことを「勝ち気で生意気な表情」が戻ったことで分かると書かれていますが、自分としては、彼女がなにかの記者会見で述べていた「自分たちは挑戦者としてではなく、あくまでもその国のトップチームとして戦いに臨みたい」と話していたのを聞いて大変感心しました。
最初から、メダルなんか取れないかもしれない、取れなかったときに「あんな大口をたたきやがって」と非難されるのを恐れて遠慮がちに、初めから負け犬を先取りするかのような「挑戦者宣言」で逃げておく姑息な布石よりも、よほど立派だなと思ったことを思い出しました。
自分はyou tubeとかインスタグラムでしか彼女たちのことを知らないのですが、常呂町出身の選手たちと、藤澤五月選手とのあいだには、なんだか冷ややかな線が引かれているように感じられてなりません。
例えば、オホーツク海岸で豊かなホタテ貝漁で潤っている富んだ漁師の娘たちと、都会の安給料の教師の娘とか、考えすぎだとは思いますが。

Commented by まるへん at 2018-08-15 08:41 x
もはやコメント欄がブログなのではないかという状態になりつつあります。が教えたがりなので(笑)
自分は、世界銀からのにわかで、その前は試合が間延びして盛り上がりに欠け、見ていられませんでした。
その点、ミックスダブルス(MD)はテンポよく進むので、今でもよく見返すのはオリンピックではなくMDです。
常呂協会の秘蔵っ子・ロビンズと、北見協会の天才・藤澤五月の試合は、重要な大会でことごとく藤澤が勝ったらしく、常呂協会から五月が疎まれていた、という記事が、確か地元新聞のアーカイブにあります。年を経て、ロビンズがLS北見に、藤澤五月は長野の中部電力の選手となり、合併市の同じカーリング協会なのに、常呂協会は当然LS北見推し、北見協会は中電推しで、融合の雰囲気すらなかったそう。それが藤澤がLS北見に入ったことで、両協会の架け橋になったようです。<<これまた大人の事情。
海外試合では常呂CCを名乗っていますが、どこかの大会で藤澤五月を北見協会所属と明記しているのを見たことがあります。まあ、北見協会の意地ですかね。
あと、ぼくの感じたことですが、今年3月のMD日本選手権を3試合見ました。藤澤山口チームだけ、石が藤澤さんの呼ぶとおり動いてくるんです。試合を支配していました。アイスの読み、ストーンの動きの見立て、投げにおいてず抜けています。藤澤五月と同じチームになった選手は、あの天才ぶりにほれるでしょう。吉田知那美が「さっちゃんは世界一」と発言していますが、藤澤にほれきっているなと。
藤澤さんがそろそろカナダから帰ってくるようです。9月のワールドカップは、8エンド制、延長なしでpkのような1発決着らしいです。
Commented by sentence2307 at 2018-08-15 14:37
こんにちは、まるへん
そうですか、「ミックスダブルス」ですか。
自分としては、なにかと規制が多く、そのためにハウスに石が溜まるように仕向けられて、だんだんハウスの中に石が込み合い、ついにはどうにも身動き取れなくなり、手の施しようもなくなるという苦しい状況を往々にして招くミックスダブルスは、やはり藤澤選手にはやりにくかったのではないかと感じました。
藤澤選手の長所と言えば、
「この隙間に石を通して、あの石に当ててこの石とその石をあちらに動かし、さらに相手の石を外に押し出して、結果的に3点獲得」みたいな発想の頭脳プレーなので、「一発逆転」がだんだん難しくなるような印象の込み合うミックスダブルスでは、なかなか通じないし、そのために馴染めなかったのではないかと思いました。
それぞれの石が、適度な隙間を保って散らばっているからこそ、はじめて「まず、これを当てて、あの石をこう動かし、それをこうしてこうする」みたいな力学的な発想の作戦がひらめくので、藤澤選手自身「いい経験だった」とは言いながら、奇抜な発想を封じられて、投石のコントロールだけで勝負しなければならなかったミックスダブルスは、やはり片翼をもがれた天使(?)みたいで、内心では、やりにくかったのではないかという印象をもちました。
Commented by sentence2307 at 2018-08-15 14:37
(つづき)
自分も、常呂町と北見市との疎遠みたいなものをずっと感じてきたので、「常呂協会」の秘蔵っ子・ロビンズと、「北見協会」の天才・藤澤五月の対立的構図(代理戦争)は予想できますし、近すぎるために憎み合うという近親憎悪は、一般社会でも大いに有って、それが官製の「市町村合併」くらいで解消できるような性質のものでないことは明らかです。せいぜい、オリンピックでメダルを獲得するくらいでないとね。
まるへんさんが、おっしゃっている《藤澤五月と同じチームになった選手は、あの天才ぶりに惚れるでしょう。吉田知那美が「さっちゃんは世界一」と発言していますが、藤澤に惚れ切っているなと》いう部分を、自分は、ブログで《腫れ物に触るような》と表現してみました。
「世界ミックスダブルスカーリング選手権 2018」に出場している藤澤選手の代わりに、ミックスダブルスと同日程で開催された「女子カーリングプレイヤーズ選手権」で藤澤選手の代わりにスキップを務めた吉田知那美があまり振るわなかった(藤澤選手を欠いたLS北見の現在の実力を思い知ったかも)記憶に照らすと、吉田知那美選手の「さっちゃんは世界一」発言は、きっと《腫れ物に触るように》語られたのではないかと、感じた次第です。
でもまあ、「藤澤さんがそろそろカナダから帰ってくるようです。9月のワールドカップは、8エンド制、延長なしでpkのような1発決着らしい」だそうですね。
新シーズンも、いよいよ開催が間近になりました。楽しみです。

Commented by sentence2307 at 2018-08-15 14:39
冒頭「こんにちは、まるへんさん」に訂正します。ごめんなさい。
by sentence2307 | 2018-06-26 14:08 | カーリング | Comments(7)