世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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ふたつの「誓いの休暇」 

世界映画史の本を読んでいると、「誓いの休暇」という同名の作品が、2本作られていることに気づかされます。

1本は、カンヌ映画祭で最優秀賞を受賞した高名なグリゴーリ・チュフライ監督の1959年作品「誓いの休暇」です。

このチュフライ監督の「誓いの休暇」に関する情報なら、愛好者がとても多くて物凄い量の情報がネットにアップされており、おまけにyou tube動画で予告編まで見ることができます、まあ、さすがに全編まで見るというわけにはいきませんでしたが、ブログを読んでいくと、「少し前までは全編を見ることができた」みたいなコメントすらありました。

そしてもう一本の方が、カール・リッター監督が1937年に作った同名の「誓いの休暇」です。しかし、この作品の方は、皆無と言っていいほど情報がありません。

長い間、その情報の少なさが気にかかっていたのですが、特に調べることもなく今日まできてしまいました、とてもいい機会なので少し調べてみることにしました。

この「気にかかっていたけれども、調べなかった」というのは、実は嘘で、「情報なんか、最初からないかもしれない」という少しばかりの確信というか思い込みがありました。

というのも、作られた年代からすると、たぶん「そうだろうな」と感じていたのですが、どうもこの作品、ナチスドイツのプロパガンダ映画のようなのです。

その辺の見当をつけて、田中純一郎の「日本映画発達史 Ⅲ」の「第9章 映画の運命」のあたりを集中的に読んでみました。このクダリは、いよいよ戦局が苛烈になり、日本国内でもそろそろ外国映画(米英の敵性映画)の上映制限が始まろうとしている時期です。

その「昭和15年」(72ページ~76ページ)の項のなかで、こんな記述をみつけました。

《輸入制限でストックの少ない外国映画に、つづけざまの検閲難が見舞った。なかでもシャルル・ボワイエの主演映画3本が相次いで検閲拒否にあって注目された。すなわち、ワーナー作品「トヴァリッチ」、メトロ作品「征服」、ユニヴァーサル作品「明日来りなば」で、殊に作品「明日来りなば」は妻帯者の恋愛や労働時間を扱った内容が問題になって、封切り直前に検閲を却下された。また、パラマウントの「ボー・ジェスト」、メトロの「大西洋爆撃隊」、ウーファの「誓いの休暇」、フランス映画「シリアに戦いて」なども、戦意高揚に支障ありとして、先年の「大いなる幻想」と同様に輸入禁止、または検閲拒否の処置を取られた。》

このクダリを読んでちょっと意外に感じたのは、上映禁止になったのは、なにも「米英の敵性映画」ばかりではなかったという部分です。やがて同盟国となるくらい近しい関係だったはずのドイツの映画にもかかわらず、「誓いの休暇」も国民の「戦意高揚に支障あり」という理由で禁止になったのだ、というクダリが強く印象に残りました。

それに、上映が禁じられ、国内で見る機会を失ったにもかかわらず、いまでも通り名として「邦題(誓いの休暇)」で十分通用していることがなんだか不思議な気がしますし、とにかく、日本国内で上映されることがなかったわけですから、当然、この作品についての「情報」など存在するわけがないというのが、自分の「情報なんか、最初からないはず」という確信の理由です。

しかし、今回、手持ちの資料をひとつずつあたっていくなかで、「ないはず」と思っていた情報が、意外と「あるじゃないか」ということで、正直、少し戸惑っています。

最初調べた資料は、キネマ旬報社が1970年に出版した「世界映画作品大辞典」(キネマ旬報増刊3・5号)です。実に48年前の本がこうして今でも活用できるのですから、物凄いことだと思います。

そうそう、ここでひとつ訂正しなければならないことがあります。

この本によれば、カール・リッター監督の作品名は、正確には、「誓ひの休暇」なのだそうです、迂闊でした。検索でヒットしなかった理由がこれかもしれないと思い、急遽、再検索をかけたところ、ありました・ありました。またしても、自分のチョンボです。
さて、「世界映画作品大辞典」で「誓ひの休暇」が、どのように記されているか、ご紹介しますね。

★誓ひの休暇 Urlaub Ehrenwort
第一次世界大戦末期、ドイツ軍の敗色が濃い状況のなかで、後方から戦線に復帰する兵士たちが、ベルリン駅で前線に向かう列車を6時間待つことになり、小隊長は独断で部下たちに自由行動を許すが、果たして彼らが出発時間までに戻ってくるかどうか、という戦時の価値観を宣伝する国策映画だが、一方で、ベルリンでの思い思いの行動をエピソード風に情感深く描き、戦時下にある窮迫したベルリン市民の生活を鋭く浮き彫りにしたその描写の非凡さが米国などで高く評価された。

なお、日本には1941年に輸入されて公開の準備が進められていたが、小隊長の判断が「軍規に反する」とし、また、「兵士ひとりひとりの感情の掘り下げ」が、日本の軍人にはそぐわない(兵士に人間的な感情など不要だ)と判断した内務省により検閲不許可となった。

ソ連映画『誓いの休暇』(1959、グリゴリー・チュフライ)とは別内容である。

(1938ドイツ/ウーファ)監督・カール・リッター、原作・キリアン・コル、ヴァルター・ブレーム、原作脚本・チャルズ・クライン、脚本・フェリックス・リュッケンドルフ、撮影・ギュンター・アンダース、美術・ヴァルター・レーリヒ、音楽・エルネスト・エーリヒ・ブーダー
出演・ロルフ・メービウス、インゲボルク・テーク、フリッツ・カンパース、ベルタ・ドレウス


文中「ソ連映画『誓いの休暇』(1959、グリゴリー・チュフライ)とは別内容である。」とは書かれていますが、本当にそうか、という気はします。哀調とか、ストーリーの起伏とかは、チュフライ作品の方が、はるかに巧みに脚色されていて優れていることは一目瞭然ですが、それは後進者の強みというだけで、ストーリーの骨格となるアイデアだけは、ちゃっかり頂いたんじゃないんですか。終戦の動乱に乗じてウーファの撮影機材をごっそり・チャッカリ、ネコババしたみたいにね。

同じくキネマ旬報社刊「世界映画人名事典・監督(外国)編」(キネマ旬報増刊12・21号)1975年刊には、ドイツ版「誓ひの休暇」の監督・カール・リッターその人が掲載されているじゃありませんか、誰だ、情報がまったくない、なんて言った奴は。

そこには、こんなふうに書かれていました。

★カール・リッター(独)Karl Ritter
1888年、ヴュルツブルグ生まれ。第一次大戦後の1919年まで陸軍将校として軍隊生活を続け、復員後は画家やデザイナーの仕事に従事した。25年に映画界入りし、ジュドフィルム社やエメルカ映画社の宣伝マンとなった。32年からウーファ社の監督兼プロダクション・マネージャーとなり、第二次大戦が終わるまで、ナチス政権下にあって、ナチスのプロパガンダ映画を作り続けた。第二次大戦後は、ドイツ映画で仕事ができなくなり、48年にアルゼンチン(あっ、確かアイヒマンもアルゼンチン・・・)にわたって映画製作に従事していたが、54年にドイツに戻っている。(1975年刊の本なので、ここまでしか記述はありません)
〔作品〕
1936 Weiberregiment、スパイ戦線を衝く、
1937 最後の一兵まで、誓ひの休暇、祖国に告ぐ、
1938 勲功十字軍、カプリチオ、
1939 Legion Condor、Die Hochzeitsreise
1940 Bal pare
1941 Kadetten、Uber alles in der Welt、急降下爆撃隊、
1942 G.P.U.
1943 Besatzung Dora
1944 Sommernachte
1954 Ball der Nationen、Staatsanwaltin Corda


大事なことは何ひとつ書かれていない、こんな骨抜きの経歴じゃ話になりません。

やっこさん、ナチスのプロバガンダ映画をバリバリ撮っていたわけですから、ナチスに取り入り権力欲を満たした、もっと面白いエピソードなら、それこそ腐るほどあるはずです。なんですか、これは。とても残念な手抜きの記事で、心底がっかりしました。

こんな消化不良なものでは、このままドイツ版「誓ひの休暇」の調査を終わらせるわけにはいきません。

それでは、次の資料にいきますね。3冊目は、いよいよ「世界の映画作家34 ドイツ・北欧・ポーランド映画史」です。101ページから102ページにかけて、カール・リッターの解説が掲載されていました。こんな感じです。

《カール・リッターは、1936年に国策防諜映画「スパイ戦線」をつくったあと、37年に第一次世界大戦を舞台とする3本の愛国映画「最後の一兵まで」、「誓ひの休暇」、「祖国に告ぐ」を立て続けに演出した。彼の場合はハーランのように、正面から国家社会主義的テーマを押し出さない。一見ヒューマニスティックな人間描写で、技術的にも作劇的にも観客心理をよくわきまえていて、手の込んだ暗示でナチス思想を浸透させる。よほど注意して見ないと、反ナチ的人道主義の映画と錯覚する。

「最後の一兵まで」は、後方の軍団司令部に舞台を限定し、作戦のメカニズムを観客に見せながら、部下を自らの手で殺さなければならない司令官(ハインリッヒ・ゲオルゲ)の苦悩を描きだす。全体の勝利のために、個々の犠牲を承認する・これは「指導者原理」にほかならにない。

また、「誓ひの休暇」では、敗戦直前のベルリン、飢餓、厭戦気分、反戦運動、裏切り、誘惑などがリアルに表現される。数時間の休暇を与えられて、そのような街に投げ出された兵士たちが、どうなるか。しかし彼らは、結局若い小隊長(ロルフ・メービウス)との約束を守り、全員帰ってくる。軍人の義務、忠誠心が、人間的な信義の問題に置き換えられ、反戦描写を逆手にとって、愛国主義を鼓吹する。ここに語られているのは、立派な兵士を裏切った金持ち・政治家、平和主義者という図式、ヒトラーが好んで口にする「背後から一刺し」の思想である。

以上、二作に比べると、「祖国に告ぐ」は通俗的なメロドラマで、戦争を超えた恋愛至上主義を描いた作品と間違われる。フランス国内に墜落したドイツの飛行将校が、前線慰問のフランス人の旅芸人一座に救われ、やがて一座のヒロイン(リタ・パーロバ)と恋に落ちる。密告者がいて捕らえられ、スパイの嫌疑をかけられるが、娘の証言で捕虜収容所に送られるだけで済む。ご都合主義的なハッピーエンドで、独仏協調をうたっているかのようだ。しかし、フランス兵を慰問するシーンに出てくるのはすべて黒人の植民地兵である。ここにヒトラーの劣等民族を動員しなければ戦えぬフランスへの侮蔑の気持ちが鋭く込められている。このシーンの裏を返せば、民族の純血を強調するナチスの思想になる。

1938年の映画会議でリッターは次のように語った。

「われわれは、数万の単純な観客を煽動しなければならない。だから、われわれの作る作品は、シナリオ、演出、セット、撮影、演技のすべてにおいて、単純な表現による煽動ということを心がけねばならない。」

また、俳優としてリッター作品に主演しながら、そのシナリオをも書いたナチス党員、マティアス・ヴィーマンも語ってる。

「もっとも高い思想である総統の言葉、それに奉仕する芸術の兵士、私はその兵士の一人でありたい。」

リッターはこの時期、リリアン・ハーヴェイを使った好色的なオペレッタ「カプリチオ」をつくり、達者な娯楽映画の作り手としての職人技術を披露しているが、彼もまたハーランと同様に、ナチス映画を代表するひとりであった。》


ほら、あるじゃないですか、好色的オペレッタ「カプリチオ」、これですよ、これ。

こういうネタを探し出さないと、ヴィスコンティだってリリアナ・カヴァーニだって、自分だって満足するわけには、いきません。

このドイツ版「誓ひの休暇」調査を締めくくるにあたり、ちょっとだけ《好色的オペレッタ「カプリチオ」》が如何なるものか、妄想ついでに検索してみようと思います、これからね。

きっと、「愛の嵐」みたいな物凄い映画だと期待しています。

凄かったら、また報告しますね。



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Commented by やざき at 2018-07-25 17:16 x
戦前ドイツの「誓ひの休暇」はフィルムセンター(国立映画アーカイブ)が所蔵していて,2016年に,「NFC所蔵外国映画選集2016」として上映されましたね.
http://www.momat.go.jp/fc/exhibition/foreign2016-11/#ex-11655
Commented by sentence2307 at 2018-07-25 21:31
やざきさん
このたびは、ご教示、ありがとうございます。
2016年にフィルムセンターで上映していたんですね。
確認しました。
こうして比較してみると、この2作品、まったく別物というわけでもないことが、よくわかりました。
これからもよろしくお願いします。
by sentence2307 | 2018-07-24 22:57 | ドイツ映画 | Comments(2)