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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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リュミエール兄弟 1422本 全リスト  【まさか全部あるわけないよの完全版】

この小文は、映画「リュミエール!」の

「リュミエール兄弟が製作した1422本の中から108本を厳選した」

という映画紹介文に触発されて書きました、というか、単に、1422本すべてのリアルな全タイトルを知りたいと思って検索を始めたのですが、結果は、どこにも存在しなかったというのが結論です、失敗は失敗として、調べ始めた動機から、調査の困難と不調、そして惨憺たる結果まで、ざっとまとめてみましたので、ご笑納ください。


《はじめに》
田中純一郎の「日本映画発達史」(全5巻・中公文庫、昭和51.7刊)は、常に傍らに置き、折につけ拾い読みしたり、ある事項を調べるために辞書的に活用してちょこちょこ見るという、まさに自分にとっては「座右の書」といえる本なのですが、正直に告白すると、現在にいたるまで、この本を全巻通して読んだことがありません。

自分が実際、同時代的に見てきた映画とかぶる部分の「3巻 戦後映画の開放」から「4巻 史上最高の映画時代」、「5巻 映像時代の到来」にかけては、思い出に浸れるという懐かしさもあり、また、読み物としても大変面白くて、断片的・断続的に隅々まで読み込んできたので、いわば「内容は知悉している」という意味では自信みたいなものはあります。

特に「5巻 映像時代の到来」は、巻末に「日本映画発達史年表」と詳細な索引(人名索引と邦画・洋画の主要作品索引)が付されているので、この「5巻」の年表と索引を手掛かりにして各巻の関連項目に付箋をつけ縦覧的に該当箇所を調べるというのが、しょっちゅうやっている調べ方なのですが、しかし、この「辞書をひく、みたいな行為が、はたして『読書』といえるのか?」と詰問されれば、正当性を主張したり固持するつもりはありません。

なので、「日本映画発達史」全5巻を通して読みたいという陰の欲望みたいなものを常に持っていて、ときおり、衝動的・発作的に「1巻」の1ページから突然読み始めるなんてことが、ときおり自分に起こるのですが、そもそもの始めが「義務」とか「負い目」という不純な動機に基づくために、その偽りの緊張感を保てるのは良くて全体の半分(それでも1巻だけで400ページ以上ある大冊ですから、そのうちの200ページ読破という忍耐は、褒められるに値する快挙といえます、自分で言うのもなんですが)がせいぜいなので、なぜかその失速する挫折箇所というのもいつしか一定してきて、決まって「尾上松之助の衰退期」あたりが叙述されている部分となります。

それは、こんな感じです。

「第三は、日活の興行マーケットが、他の業者を圧倒していた点である。前にも言ったように日活はトラストの結果、全国でも有力な映画館を所有し、その数においても他者を圧していたから、経営力には絶対に強みを持ち、日本の興行マーケット339館の内、過半数の177館に松之助映画を上映することができたのである。

しかし、こうした松之助の氾濫は、いつかしら個人の松之助を次第に傲慢な人間に仕立てた。彼は自分の人気を過信するあまり、かつて己れの指導者であり現在もそのプロデューサー兼演出家である牧野省三の地位をともすれば凌駕しようとし、また彼を嫌悪するの風を見せるようになった。牧野は松之助のそうした慢心を牽制するために、中村扇太郎や市川姉蔵を舞台から招いて二部制とし、松之助と同数の映画を作ったが、扇太郎や姉蔵には松之助ほとのケレン味がなく、じっくりとした渋い芸を持ち味としたから、到底チャンバラ立ち回りで見物を喜ばせる松之助映画には太刀打ちできなかった。結局、牧野の松之助牽制策は失敗し、こんなことから両者の感情はだんだん疎遠して、ついには牧野の退社というような結果を招来するにいたった。

法華堂の京都撮影所は、大正6年10月の颱風で破損がはなはだしかったので、改めて近接の大将軍というところへ敷地を物色し、大正7年3月ここに移転した。」

この「尾上松之助の慢心」の箇所を繰り返して読んでいるうちに、なんだかこの箇所がたまらなく好きになっている自分にあるとき気が付きました、むしろ、決まった個所を繰り返し読んだために、「愛着を感じ始めた」という方が相応しいかもしれません。

そして、あるサイトで、「松之助映画主演1000本記念映画として製作された「荒木又右衛門」は、それまでの松之助の作品と比べて、松之助の役柄に人間味を与え、映画的な作品となったが、日活の重役たちにはいい顔をされなかったという。だが、試写も好評で、金粉入り障子大くらいの大ポスターを作るなどの大宣伝を行い、上映館には特料と称して最低千円のプレミアム料金を徴収した結果、ヒットを記録した。プレミアム制を最初に導入した作品とも言われる。」という記事に出会い、松之助が主演した映画の1000本の全タイトルを具体的に知りたいと考え、調べてブログにアップしたのが「尾上松之助の1000本」でした。

そうそう、スコセッシ監督の「ヒューゴの不思議な発明」を見たとき、ジョルジュ・メリエスが、生涯に何本の映画を撮って、それがなんというタイトルの作品なのか、調べてアップしたこともありました。

「1000本」という数字を見ると、にわかに反応してしまう「数字衝動」が自分の中の「欲動」として本能みたいに棲みついているのかもしれません。

先日たまたま映画「リュミエール」の記事を読んでいたら、こんな箇所に遭遇しました。

《フランスのルイ&オーギュスト・リュミエール兄弟が発明したシネマトグラフによって撮影された1422本の映像作品のうち、カンヌ国際映画祭総代表・リュミエール研究所の総代表を務めるティエリー・フレモーが、それらのなかから108本を厳選し、映画『リュミエール!』として1本の映画にまとめた。》

この一文を読んだとき、自分の中でムラムラと湧き上がるものがありました。

「リュミエール兄弟の1422本」か、または「映画『リュミエール!』の108本」のどちらかを調べてみたいという欲動です。もっとも、この108本だって、1422本全体の一部を成しているにすぎないのですから、どっちこっち言うてないですがのう。(あっ、また「仁義なき戦い」がまじった。)

まあ、何本調べられるか分かりませんが、重複を防ぐため、確認ついでに五十音順に配列しながら調査したいと思います。


その前にネットでこういう便利な本が出版されているのを知りました。

《「光の生誕 リュミエール!」1995年 解説カタログ リュミエール映画 ガブリエル・ヴェールと映画の歴史 シネマトグラフと日本における初期映画製作 上映作品解説 ルイ・リュミエール 夢のシネマ、東京の夢 イナバタ・ジレル・ヴェール 稲畑勝太郎君傳抜粋 コンスタン・ジレル ガブリエル・ヴェール 1907年版リュミエール総カタログ。渋谷区立松濤美術館、兵庫県立近代美術館、福岡県立美術館にて開催の展覧会「映画伝来-シネマトグラフと明治の日本」の関連企画 1995年10月-1996年5月 上映のリュミエール映画解説カタログ 23cm×19cm 176P 映画生誕百年祭実行委員会(委員長・蓮實重彦)朝日新聞社 1995年》

そこにほら、中盤あたりに「1907年版リュミエール総カタログ」って書いてあるじゃないですか、あきらかに「上映作品だけのちまちましたカタログ」なんかじゃなくて、「1907年版リュミエール総カタログ」です、手に入れることができれば、この企画一発ツモで「即終了」って感じですが、しかし、アマゾンで検索をかけても、この本、なんらヒットしません。

あまりの静寂さに、まるでこの本自体が「存在」すらしていないかのようです。

しかし、あるいは、安直に回答を買うなという教えかもしれません、リュミエールの映画は(たぶん、1422本)存在し、そのうちの108本は、映画にまとめられているというのですから、ここはひとつひとつ調べていこうと思いました。

あるサイトでは、リュミエールの映画を以下の6つのカテゴリーに分類したものもありました。

・フランス人の日常の光景
・フランスを始めとした各地の町並みの光景
・ダンス、手品、アクロバット、演劇などの出し物を撮影したもの
・公式行事、イベントを撮影したもの
・コント
・各地の珍しい光景

なるほどなと感心しました。

当を得たいい分類だと思います。しかし、自分の現在の状況は、まだまだ「分類」など自分のレベルではありません。いまの自分のレベルは、初期段階の「収集」に掛かろうとしているくらいなので、カテゴリー分類以前、どれだけの作品を収集でき・調査でき・列挙できるかが、まずの問題なので、それが、ある程度達成できなければ、カテゴリー分類もへったくれもありえません。

いまの段階では「分類」など、とても・とても、という状況で、そう簡単にできるとも思えないので、まずは個々に調べていくための検索の効率化のために、あえて五十音順に並び替えという初歩的な作業から始めることにしました。

まず、はじめに1995年開催の山形国際ドキュメンタリー映画祭で「電影七変化:リュミエール兄弟とそのキャメラマンたち」とのタイトルで以下の作品が公開されたとの記録があるので、このリストを五十音順に並び替えて基本形を作成し、おって調査した作品を照合していくという形式で進行しようと思います。by HOLLYWOODPARTY


《リュミエール兄弟 ほぼ1422本(目標)の映画リスト》
★アウグスト橋・・・ドレスデンにて。通りを行き来する人や馬車などを撮影したもの。遠くに宮殿のような建物が見える。
★赤ちゃんコンクール(1896)・・・子供たちが大勢集まり、幾組かの子供たちは、カメラを意識しながらダンスを踊っている。タイトルと内容が合致していないような気が・・・、不明。
★赤ん坊の食事(1896)・・・赤ん坊に食事をさせる両親の様子を撮影したもの。父親はアントワーヌ。風の強い日で、後ろに見える木々や赤ん坊のよだれかけが風になびいている。その様子が当時の観客の心を捉えたとナレーションは伝えている。《和やかな雰囲気が溢れており、ワイシャツ姿の父親(オーギュスト)と縞模様の絹のブラウスを着た母親とが、ウェハースを動かしながら牛乳粥を飲んでいる赤ん坊の顔つきを、可愛くてたまらないといった表情で見つめている。全景には、コーヒー淹れの銀の器とリキュール酒の瓶がお盆の上に置かれている。このシーンは、観客が3人の出演者の単純で自然な表情がよく味わえるように近写で撮影されている。》サドゥール「世界映画史」
★赤ん坊の初歩行(1896)・・・2人の幼い子供が歩いており、それを見守る大人の女性を撮影したもの。タイトルに初歩行とあるが、危なげなくしっかりと歩いているところを見ると「初歩行」は疑わしい。その幼子を見守る女性も不安気なく、おおらかで落ち着いた感じが一層その思いを強くする。
★悪魔の鍋・・・トリック映画、火にかけた鍋に子供を誤って入れてしまった男のまえに鍋の中から突如悪魔が現れ、男を叱る。悪魔は男を鍋の中に入れて瞬時に消し、自分も姿を消し去る。つなぎ目がわからない精巧なトリック映画。
★悪魔山の頂上に上る(1898)・・・モナコのイタリア国境沿いの山にて。山岳歩兵が隊列を組んでひたすら山を登る様子を撮影したもの。途切れることなく、山に登る兵士たちの列は憑かれたように淡々と続いていく。結局、フィルムが切れるまで同じシーンが続くのだが、「悪魔山」という不気味な固有名詞と、兵士の憑かれたように歩き続ける姿が、神話のような荘厳さを見る者に与える。
★アジア使節
★アスファルトで舗装工事をする労働者・・・労働者がアスファルトを地面に塗る様子を撮影したもの。ドラム缶から液体を地面に撒いてはコテでならしていく。ドラム缶から立ち上る煙がリアリティを出しているが、ナレーションによれば有毒とのこと。リュミエール社の撮影する労働を描写するフィルムは、みな興味深い。今ではこれほどまでにリアリティを込めて労働する姿は描けないかもしれない。こうした「労働」そのものがあるかどうかも疑わしい。もし、描くとしても「労働すること自体」ではなく別なテーマが主眼になるに違いないし、物語自体が成立しなくなるだろう。
★頭にかごをのせた女(1902)・・・カリブ海マルティニク島にて。頭に根菜の入ったかごを乗せた女性たちが列をなして歩いていく。彼女たちは、秤の上に一度乗るが、なにごともないようにまた歩いていく、理由は不明。
★阿片窟・・・ベトナムにて。ぐったりと横たわりながら、阿片を吸う男女の姿を撮影したもの。ナレーションによればぐったりしているのは芝居で、また屋内のように見えるが、屋外で撮影されたものという。フランスを舞台にしたもので、この作品のように恥部的な部分を露骨に見せる作品がないことを考えると、フランスのベトナムに対する態度がわかる。ナレーションで語っているように、阿片の収入が、当時のベトナムのフランス総督府の収入になっていたことを考えるとなおさらだ。
★アラブの行列(1896)・・・スイス万博にて。アラブ人が列になって歩いていく様子を撮影したもの。多くの人種の人々が混在しているにもかかわらず、アラブ人の行列が目立つのでこのタイトルがついたようだ。
★アルザス=ロレーヌ通り(1896)・・・トゥールーズにて。通りを行き交う人や馬車の様子を撮影もの。道路にレールが引かれており馬車がその上を走る市電の馬車版といった感じで、一見何気ない日常風景。異国情緒を求めて世界の辺境へまで取材したリュミエール社だが、興行のさいに、現地の日常的な風景を上映して市民から大受けする経験もあったためか、「異国情緒」ばかりでなく、呼び物として「現地の日常風景」も用意したのではないかと推察される。
★アルジェ港のパノラマ(1903)・・・船から港の様子を移動撮影したもの。
★アルマ橋の階段(1900)・・・パリ万博のときに作られた歩道橋を行き来する人々の様子を撮影したもの。万博用に作られた橋なので、装飾が豪華である。往来する人たちも万博見物のためか着飾っている。
★アルル・サン・トロフィム教会の出口(1900)・・・教会から出てくる人々の様子を撮影したもの。
★アレクサンドル3世橋の全景(1900)・・・橋につながる通りの様子を撮影したもの。
★いかだ遊び(1896)・・・シオタにて。水に浮かぶロープでつながれた板の上に乗ったり飛び込んだりする遊びの様子を撮影したもの。
★筏で木材を輸送する
★いざり・・・偽のいざりが、警官の手から逃れるために一目散に逃げだす。これは、追っかけ映画の出現を予告するものとなった。100年後のパラリンピックを見たら、このフィルムに出演している逃げた「いざり」も、追う警官も、この映画を見ている観客も、さぞびっくりすることだろう。またたく間に時は移ろい、時代は変わる。人間の身体能力も気力も固定観念も。
★稲狩り・・・撮影・ガブリエル・ヴェール(「明治の日本」所収作品)
★イヌの蛇踊り・・・犬の踊る芸を撮影したもの。犬に服を着せて立った状態で踊るという芸。子供を犬っぽく見せているようにも見えるが、不明
★印刷所の内部(プリントの焼き付け)(1899)・・・ポスターを印刷する様子を撮影したもの。光の関係で室内では撮影できなかったために印刷機を外に持ち出して撮影したという。
★インディアンの踊り(1998)・・・カナダのインディアン保留地にて。テントの前で踊るインディアンの様子を撮影したもの。最初に「6つの分類」を掲げたが、それぞれの作品が要素的にクロスオーバーするものがほとんどなので、多くの場合、厳密な当て嵌め方をすれば、原則そのものが崩壊する危険をそれぞれはらんでいるのだが、この作品も同様なことがいえる。草地にポツンと置かれたテントの不自然さと、撮影のためにあえて正装してもらい、それを正面から撮影しているところなどを考え合わせれば、この撮影のために演出された芸を撮ったものというカテゴリーに分類されるべき作品といえよう。
★インディオの食事・・・メキシコの場末にて。インディオの人々が集まって坐って食事している様子を撮影したもの。メキシコでのリュミエール社の代理人が、インディオたちの中にはいり彼らに演技の指示をしている。インディオの被っている帽子を上にあげて顔が見えるようしている。この人物は、自分がどのように映ろうとしているのか、一向に関心がないように見える。自分が写ってしまうとまずいとか・フレームから外れなければならないとかという考え自体、現代のもので、そのような考え方次第がまだ存在していなかったということかもしれない。
★ヴァレーズ号の進水・・・巡洋艦の進水と、帽子を振って見送る人々の様子を撮影したもの。画面左側から進水してくる巡洋艦は、カメラ近くを通るため、船の下部しか見えないが、かえってそれが巡洋艦の大きさを実感させる。
★ヴィクトル・ユーゴーと「レ・ミゼラブル」主要人物・・・ユーゴーと「レ・ミゼラブル」の登場人物への早変わり変装芸を撮影したもの。歴代大統領の早変わりを見せたのと同じ人物の早変わり芸。もちろん芸の完成度を鑑賞するのが主だろうが、背中をみせて急いで帽子を被ったりヒゲつけたりしてあれこれ変装の下準備をしている後ろ姿も面白い。
★ウィリアム・テル・・・ピエロ2人が演じるコントを撮影したもの。銃を持ったピエロが黒人のピエロの頭にリンゴを置いて射撃をしようとするが、黒人のピエロが嫌がる。最後には業を煮やした銃を持ったピエロが、黒人のピエロに向かって発射。銃は水鉄砲でしたというオチがつく。チャップリンの「サーカス」でもウィリアム・テルのリンゴのネタが扱われていたので、欧州ではポピュラーなネタなのが分かる。
★ウェストミンスター橋・・・ロンドンにて。橋を行き交う人々の様子を撮影したもの。後景にビッグベンと国会議事堂も見え、ロンドンを紹介するためのフィルムとしては最高の構図といえる。
★ヴェネツィア・サン・マルコ広場の鳩・・・鳩に餌をやる女性の周りに群がる大量の鳩の様子を撮影したもの。正装した女性は、カメラをかなり意識していて、途中でカメラに近づいてくると足元の鳩たちが映らなくなってしまい、何の映画か分からなくなってしまう。
★ウォーター・スライダー遊び(1896)・・・遊園地にあるウォーター・スライダー、池に向かって滑り降りるアトラクションの様子を撮影したもの。滑り降りたあと、男性が、戻ってきて係員に何かを言っているシーンが不自然だったのが、今回のナレーションを聞いてわかった。男性は、どうやら財布を池の中に落としたらしい。当時、同じような人が続出したというから、ナレーションがなくても、当時の人は男性の行動の意味がわかったのかもしれない。映画と説明や解説の関係について、この作品は雄弁に語っている。
★魚市場・・・マルセイユにて。港で魚を売っている様子を撮影したもの。離れたところから撮影しているため、市場の賑わいは伝わってこず、ただ多くの人が群れているようにしか見えない。
★動く歩道からのパノラマ(1900)・・・パリ万博にて。万博会場の様子と動く歩道を移動撮影した作品のひとつ。移動速度は速過ぎもせず、遅すぎもせず、心地よいスピード感が得られているために、被写体との距離・高さもぴたりと嵌まっている。
★動く歩道と電車(1900)・・・パリ万博にて。万博会場内を移動することができる動く歩道から、電車が走る様子を移動撮影したもの。動く歩道を使った移動撮影と、動く電車という二重に動く要素がシンクロした躍動感のある作品だが、電車との位置関係が変わらないのが少し奇異に感じられる。
★動く歩道の光景(1900)・・・パリ万博の会場内の移動を容易にするための動く歩道で移動する人々の様子を撮影したもの。現在でも見ることができる動く歩道。現在のように手すりがあるわけではなく先端に球が乗っているようなポールが等間隔に立っている。ただ動くだけの板の上に乗って移動していく人々の様子はどこか滑稽にも見える。
★動く舗道の光景 II
★牛市場1(1897)・・・小屋から出てきた牛が一列に並ばされて移動する様子を撮影したもの。
★馬跳び・・・体操の授業での馬跳びをする学生たちの様子を撮影したもの。いわゆる跳び箱だが、高さの調節が出来ない。着地点の延長線上にカメラが据えられており、生徒たちが接近してくる構図になっている。
★馬の水浴び(1896)・・・メキシコにて。馬に水浴びをさせている様子を撮影したもの。 蓮見重彦氏推薦の作品という。馬を水浴びさせる人との構図は考え抜かれた絵画の構図のようにピタリと嵌まっている。
★海の小舟
★海の散歩から戻る(1896)・・・シオタにて。戻ってくるボートと、それを待つ人々の様子を撮影したもの。打ち寄せる波の勢いが人々にかすかな動揺を与える微妙な様子がカメラが捉えている。
★エヴィアン・聖体祝日の行列(1899)・・・広場を子供たちが行列になって歩く様子を撮影したもの。広く余地を残した広場をS字型に大きく広がって行進する。1分間の短い時間のあいだで、またたくまに空間が埋まっていく様子は圧巻である。
★エカルテ遊び(1895)
★駅(1896)・・・ローマにて。駅前を行き交う人々の様子を撮影したもの。
★エクス・レ・バンのプール・・・室内のプールで泳ぐ人々の様子を撮影したもの。撮影に必要な光の具合で室内撮影は極力避けるが、この作品は、室内で撮影されたきわめて珍しい作品といえる。天窓から太陽光を必要なだけ取り込める建物の構造的なことが、室内撮影を可能にしたものと考えられる。
★蝦夷のアイヌⅠ・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★蝦夷のアイヌⅡ・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★エッフェル塔上昇パノラマ(1897)・・・上昇していくエレベーターから見えるパリ市街の情景を撮影したもの。斜め下に向けられていたカメラが、途中で若干斜め下向きに角度を変えたことによって、遠くに見える建物と、足元の橋などの様子が流れるように見ることができる。眼前の視野を流れる鉄骨の走る影が、一層の迫力を添えた。《初めてカメラは動き出したのだ》とフランスの映画史家・ジョルジュ・サドゥールは、その著「世界映画史」のなかで讃嘆をこめて書き綴っている。《この手法の成功は素晴らしかった。汽車、ケーブルカー、気球、エッフェル塔のエレベーターなどから撮影が行われた。しかし、リュミエールのカメラマンたちの移動撮影の応用は、記録映画に限られていた。1896年、ディックスンによって利用されたパノラミックスにとっても同様であった。ルイ・リュミエールとそのカメラマンたちの寄与は相当なものである。しかし、メカニックのある範囲内にとどまっていたリュミエールのリアリズムは、映画からその主要な芸術的手段を退けている。1年半後には、大衆は、シネマトグラフに飽きている。純粋に示威的で、その技術が主題の選択、構図、照明によって限定されていた1分間の動く写真の形式は、映画を袋小路に導いた。そこから抜け出すために、映画は類似した芸術である演劇の諸手段を用いながら、ひとつの物語を話し始めることを覚えなければならなかった。それを成し遂げたのが、ジョルジュ・メリエスである。》リュミエールの「映像」のみで感動を与えることのできたドキュメンタリー風手法もそろそろ大衆に飽きられはじめ、その限界を乗り越えるべく、バトンはジョルジュ・メリエス引き継がれた、時はまさに新しい時代に突入しようとしていた。
★エピナル・モーゼル川の岸・・・洗濯をする女性たちの姿を撮影したもの。見た目ではわからないが、ナレーションによると冬らしい。カメラの方をみないで、黙々と洗濯をする女性たちの姿と、ほとんど動きのない画面のなかでさらさらと流れる川という構図は、なにか人の営みの郷愁のごとき荘厳さを感じさせる。
★王宮に向かうカンボジア国王・・・プノンペンの王宮で、馬に乗ったカンボジア国王と護衛たちの行進の様子を撮影したもの。画面左奥からやってきて画面中央を斜めに横切っていくという計算された構図で撮影されている。画面右奥の膝まづいて行進を見送る数人の人々も計算されて配置されているように見える。
★扇のダンス・・・「映像の世紀」で見た「あれ」がもしそうなら、「扇」とはなんら関係のない、薄い服をひらひらさせるだけの、むしろ「蝶の舞い」という感じだったので、たぶん、違う映像だったかもしれない。「扇のダンス」といえば、着物を着た多くの女性が扇を片手に踊るなか(「踊り」とは程遠く、あの踏んばり具合はどう見ても相撲のシコ)、ひとりちょんまげのカツラを付けた男が、女たちにまじって意味不明に腕を振り回して動き回っている映像があったことを思い出した。さしづめ女たちがゲイシヤで、男は太鼓持ちというところかもしれない。
★大通りとユニオン・スクエア(1896)・・・ニューヨークにて。通りを行き交う人、馬車、市電の様子を撮影したもの。
★男たちのダンス・・・民族博覧会で黒人男性がダンスをして、回りの人々がはやし立てる様子を撮影したもの。
★踊り子:扇踊り・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★音楽好きの薪の挽き割り工・・・コント。トランペットを吹きながら、くっついているノコで薪を切る様子を撮影したものだが、ナレーションが語るように、ノコで挽く木は始めから切られているのが見てわかる。ノコで切る男が、切り終わった後さも大変だったかのように汗を吹くわざとらしい演技が滑稽に見える。
★カード遊び
★カーニヴァル王とレモネード会社の山車(1900)・・・ニースにて。祭りの山車行列の様子を2階の高さから撮影したもの。高い位置取りで撮影されているので、見た目に新鮮な印象を受ける。フィルム状態も良好なので、見やすい。タイトルに「カーニヴァル王」とあるが、「レモネード会社の山車」同様、特定は難しい。
★海岸と海・・・ビアリッツにて。海岸にたたずむ人々の様子を撮影したもの。
★海岸と公衆浴場(1900)・・・ビアリッツにて。海岸にたたずむ多くの人々の様子を撮影したもの。
★海軍造船所の出口・・・サイゴンにて。出口からでてくる人々の様子を撮影。画面左でカメラのクランクを回す地元の人と思われる人物が映っている。ナレーションによれば、彼は「見てわかるように」撮影しているフリをしているだけと語っている。
★海水浴(1895)・・・地中海にて。飛び込み台から次々と飛び込む子供たちの様子を撮影したもの。荒い波が飛び込み台を揺らし躍動感を生み出している。
★海水浴(1896)・・・シオタにて。堤防の上から飛び込んだり、海に浮いた板の上に乗ったりして海水浴に興ずる人々の様子を撮影したもの。大きくはないが、海面が波打っている様子が分かる。液体や気体の記録に映像が適していることが分かる。
★海水浴の後のシャワー・・・バケツで水をかけ合う人々の様子を撮影したもの。リュミエール兄弟の父親がシオタに所有する海の家のテラスで撮影した。シャワーとあるが、実際はバケツの水。海水を落とすために水を楽しそうにかけ合って興じている。水に濡れた衣服が肌に張り付くエロティシズムがある。
★ガヴァルニー圏谷・旅行団・・・馬に乗って谷を行く2人の女性と、案内係の様子を撮影したもの。谷にくる2人の女性が、ちょうどカメラの前あたりまで来てフィルムが終わる。計算された見事なタイミングで爽快感が残る。広大な谷の自然を見ることが出来るが、やや映像が粗い。
★鍛冶屋(1895以前)・・・鉄の棒を叩く人物と、レバーを回す人物の2人の様子を撮影したもの。画像が多少粗いのは、初期の作品だからか。1895年の最初の有料上映でも上映したとされる。ナレーションによると別のバージョンもあり、そちらは鉄の棒を叩く人物がネクタイをしていないという。
★家族の食事(1897)・・・京都にて。お茶を飲む人々の様子を撮影したもの。出演しているのは、日本にシネマトグラフを紹介した稲畑勝太郎一家。「家族の食事」というタイトルだが、ティータイムの様子であり、食事風景ではない。フレームに収まるように演出されているのが、家族が不自然に固まっているところなどから推察できる。撮影者・コンスタン・ジレル
★家族の食事・・・テーブルに夫婦とまだ幼い子供が座り、食事をする様子を撮影したもの。
★勝ち馬の紹介(1896)・・・オーストラリアにて。レースの勝ち馬を撮影したもの。まるで馬の品評会のごとく、馬に騎手が乗り、ひたすらフィルム写りを意識してグルグルと歩き続ける。
★家畜、またはエサやり(1896)・・・2人の少女がカモにエサを投げている様子を撮影したもの。エジソン社の作品にも同じような作品がある。
★家畜小屋へ戻る(1896)・・・スイス万博にて。家畜を連れて歩く人々の行列を撮影。
★カッラーレ・トンネルから出る列車(1897)・・・イタリアにて。大理石を積んだ列車がトンネルからやってきて止まる様子を撮影したもの。列車から降りた人がケガをしたらしく、人が大勢駆けつけている。ナレーションによれば、演技か本当かは不明という。
★壁の破壊・・・複数の男たちが壁をハンマーで叩き続け解体する様子を映し逆再生とスローモーションで見せるユニークな作品。
★カメラマン(1896)・・・コント。写真撮影の様子を撮影したもの。モデルが落ち着かないので、何度も制止するうちにカメラマンがカメラを倒してしまうというコント。
★貨物の積み込み・・・船に荷物を積み込む男たちの様子を撮影したもの。看板に「エビアン」と書かれているので積み込んでいる荷物の名前は分かるが、それが現代のミネラル・ウォーターのそれと同じかは不明。ナレーションによれば、当時すでにミネラル・ウォーターはあったらしい。
★刈り草干し・・・ピレネーにて。家族総出で刈った草を満遍なくならし干すための作業に従事している様子を撮影したもの。背後には山々の大自然が広がており、横一列になった家族が作業をしながら少しずつカメラに接近し、フィルムが終わる頃にはちょうど通りすぎるという計算された歩行と、登場人物が一貫してカメラを意識しているところから、演出が施されていることが十分に窺われる。
★カルモー・コークスの取り出し(1896)・・・機械によって押し出されるコークスに水をかけて冷やす様子を撮影したもの。傍らで男が棒で崩している。
★軽業師(パロディー)・・・ピエロたちが、軽妙な軽業を見せる様子を撮影したもの。フランス語のタイトルは「サルティンバンコ(パロディ)」。日本でも公演されて有名な出し物のパロディという設定らしい。
★ギース候の暗殺(1897)・・・歴史上の出来事を再現した舞台劇を撮影したもののひとつ。マラーやロベスピエールが暗殺されるのと同じセットで撮影されたうえに、描かれ方や背景、演技が似通っているために、リュミエール社の「暗殺もの」は説明されないと区別がつかない。日本人が、欧州で起きた暗殺事件の歴史的背景の知識がないという一面も当然ある。
★キール・ビスマルク候号の進水(1897)・・・装甲艦の進水式の様子を撮影したもの。カメラの位置取りが最適で、船全体を映し込みながら、同時に観衆も映っているために、人の大きさとの比較もでき、船の大きさが実感できる絶妙なフレーミングになっている。
★奇術師(1897)・・・卵を焼くフタ付きのフライパンのフタを開けるとウサギが出てくるというマジックを撮影したもの。
は販売されていたらしいが。
★狐狩り・・・ローマ近郊にて。狐狩りに向かう馬に乗った人々と狩りに使われる多くの犬を撮影したもの。
★騎馬パレード・騎士の一団(1902)・・・トリノにて。騎士の一団のパレードの様子を撮影したもの。画面奥から手前に向かってやってくる騎士の様子を撮影したもので、構図的な工夫がされている。
★ギャロップで走る田舎の男たち
★牛舎の内部(1900)・・・パリ万博のスイス村にて。乳絞りをする様子と、それを滑稽さを加える男の様子を撮影したもの。随所に手の込んだ演出が垣間見える。男が、牛から飛び出た牛乳を顔に浴びたり、コップに注がれた牛乳をうまく飲めずにこぼしたりと、愛嬌を振りまく様子が愛らしい。
★教会に入る結婚式列席者・・・花嫁を先頭に、多くの列席者たちが建物の中に入っていく様子を入り口の横あたりから撮影。花嫁は、シネマトグラフの技師だったモワッソンの妹で、モワッソン自身も花嫁の付き添いで映っている。
★教会の出口・・・教会から出てくる人々の様子を撮影したもの。
★胸甲騎兵(1896)・・・広大な草原の向こうから騎兵が砂塵を上げながら疾駆してくる様子を撮影したもの。広さを感じさせる構図と、カメラの前にきてぴたりと止まる演出など、テクニックを感じさせる作品である。
★競走馬の出場(1896)・・・オーストラリアにて。競馬場に集う人々と、競走馬の様子を撮影したもの。画面のほとんどが人々の帽子(頭)で埋め尽くされている。外出時には誰もが帽子をかぶった習慣を失った現在から見ると随分と奇異に感じる。いまでは、帽子をかぶっているのは皇族だけ。後半、馬が到着して、はじめて競馬場とわかる。
★京都の橋・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★行列・女王(1897)・・・ロンドンにて。ビクトリア女王の在位60年パレードの様子を撮影したもの。ひしめく観衆が、ビクトリア女王に手や旗を振る様子が映し出されている。
★曲芸をする犬・バランス(1899)・・・曲芸師の手の上で立ちあがったり倒立したりする犬を撮影したもの。見事な犬の調教の成果に感心する見ごたえある作品。
★曲乗り(1895)・・・コント、馬に乗ろうとするが、なかなか乗れない男の様子を撮影もの。馬を真横から撮影し、懸命に馬に乗ろうとする男、そして懸命に馬に乗せようとする男の努力が描かれるが、何度やっても馬の向こう側に降りてしまう。最後にやっと乗ることができるが、横乗りになってしまうというオチが付く。舞台での出し物を映画化した系列の作品の一つといえる。そして、この作品が最初期の作品の1つであることを考えると、リュミエール社の作品は最初からリアリズムにこだわっていたわけではなく、フィクションへの指向もあったことがこの作品からうかがえる。
★金魚すくい(1895)・・・オーギュストが小さい娘を支え、娘が金魚鉢に手を入れて金魚をつかもうとする様子を撮影したもの。「金魚鉢」とタイトルされた作品と同じものと思われる。
★金魚採り
★金魚鉢・・・金魚鉢の中の金魚の様子を撮影したもの。光の反射具合が絶妙。ナレーションによると、1964年のカンヌ映画祭でルイ・リュミエールを称える上映が行われた際、この作品をみたフリッツ・ラングが感嘆し、「効果的な照明だ」と語ったらしいが、太陽光で撮影されているという。対象を比較的遠くから撮った作品が多いなか、金魚鉢にかなり近い位置から撮影されているのが珍しい。
★99歩兵連隊・ロープ訓練・・・垂れ下がったたくさんのロープをよじ登る訓練の様子を撮影したもの。2組目にホイッスルが鳴る前に動き出してしまう人がいて笑える。
★御者の居眠り・・・御者が眠っている間に男たちが馬を木馬に変えて逃げる。起きた御者が困るという喜劇。眠りから覚めて、木馬に変わっていることに気づいた御者の驚きっぷりが大げさでおもしろい。いまでいうと、ドッキリカメラみたいなものかもしれない。
★巨人と小人・・・巨人と小人がレスリングのように組み合う様子を撮影したもの。事前に打ち合わせされた動きで、最後には小人が勝つ。ナレーションによると、おそらくイギリスのサーカスのものらしい。ピエロのコントはあったが、珍しいものを見せようとした要素が強い。
★クイーンズ・ブリッジ(1897)・・・ベルファストにて。橋を行き交う人々の様子を撮影したもの。橋も遠くに見える時計塔も現存する。
★草を焼く女たち・・・ラ・シオクにある父親の別荘で撮られたこの「草を焼く女たち」は、映画史家・サドゥールによって「動く映像に奥行きを与える煙の効果によって大成功をおさめた」と激賞された作品として記憶されている。草焼きをする女性たちの様子を撮影したものでオーギュストが撮影した唯一の作品。大量の煙が風によって舞う様子が臨場感を作品に与えて、煙に巻かれながら草を焼く労働は見た目以上に辛かったであろうことが煙によって伝わってくる。
★薬売り、または焼き栗売り(1898)・・・コント。焼き栗を売ってくれないことに腹を立てた男が、止まっている馬車の車輪と焼き栗の入った入れ物をロープで結んで、馬車が走り出した途端に入れ物が倒れてしまう。
★雲峠を駕籠で渡る(安南)(1900)・・・ベトナムにて。峠を渡る駕籠の行列の様子を撮影したもの。
★クレベル暗殺(1897)・・・将軍の暗殺という史実を再現した作品。再現ニュースとまではいかず、将軍暗殺を描いた舞台を撮影したもの。背景が書き割りなので、手作り感がある。
★ケーク・ウォークのチャンピオン(1902)・・・ダンスをする2人の白人男女と、それを見ている黒人たちの様子を撮影したもの。ケーク・ウォークとはダンスの名前で、黒人の間で発祥したダンスの一種、2拍子の軽快なリズムからなる。 19世紀末にアメリカ合衆国南部で興り、20世紀にヨーロッパへもたらされて大流行した。 ジョルジュ・メリエスの作品にもこのダンスを扱った作品(「地獄のケーキ・ウォーク」)がある。アメリカ南部へ伝播されてジャズの起源ともなった。
★繋留気球から撮影したパノラマ・・・気球から真下に向けられたカメラで撮影したもの。気球からの撮影ということで画面は安定せずブレまくるが、航空写真を思わせる垂直に真下に向けられたカメラは、他のリュミエール作品にはない斬新な視点を楽しませてくれる。
★現役時代の制服で行進する退役軍人(1999)・・・トリノにて。退役軍人たちが行進をしている様子を撮影したもの。退役軍人らしく、みな老人である
★拳闘の練習・・・海軍の兵士たちがボクシングの型の練習をしている様子を撮影したもの。 ボクシングだが、途中で蹴りの動きも入り、動きも実践的ではないなど、あくまで型の練習ということらしい。多くの兵士たちが一糸乱れぬ動きを見せるなかで、1人だけ少し間違えるのが目を引く。ほんのわずかな間違いでも、フィルムに遺されるとずっと後世まで生きつづけ、100年先の子孫にも見とがめられてしまう好例(好例とかじゃないか)である。
★剣による戦い・・・日本にて。歌舞伎の演目「丸橋忠弥(本外題・慶安太平記)」の立ちまわりを撮影したもの。演じているのは市川左団次。タイトルに「剣」とあるが、棒で戦っている。終わりの方で、左団次が返り血を流すために水を被る。舞台では水を被るフリをするのだが、映画では実際に水を被っている。単に光の加減で屋外で撮影されたと思われるが、それに合わせて屋外でなくては出来ない演出も施されている。
★コークスのつめこみ・・・カルモー鉱山でコークスを運ぶ女性労働者たちの様子を撮影したもの。重そうなコークスを一輪車にスコップで載せたりする重労働を女性が行っている。 当時の「労働状況」の一端が垣間見える。
★子犬の入浴・・・父子が子犬をブラシで洗う様子を撮影したもの。
★耕作(1896)・・・ノルマンディーにて。牛を使って耕作する様子を撮影した。6頭の牛が登場するが、「いつもはもっと少ない」とのナレーションの説明があり、演出がうかがえる。しかし、広大な畑と耕作をする人、そして牛、後ろの丘という構図が郷愁をさそう。
★強情な蚊・・・コント。蚊を追い払うために、水をかけようとするが、誤って回りの人々にかけてしまう。蚊というよりは蛾くらいの大きさがあり、画面映りをゆくするためか、蛾を操る糸が見える。
★工場の出口(1895)・・・スクリーンに投影する方式のシネマトグラフを発明したリュミエール兄弟が最初に撮影したとされる作品(実際に撮影したのは、ルイ)で、一般にこの作品が最初の映画とされている。工場の門から出てくる人々の様子を撮影したもの。有名な「工場の出口」の3つあるバージョンのうちの1つで、他の作品よりも比較的門に近く、映像の状態もよく工場の内部も少しだけ窺うことが出来る。ジョルジュ・サドゥールは、その著「世界映画史」のなかで、世界最初のこの歴史的な作品について、こう記している。《「フランスにおける映画産業の発展について」講演会席上でこ上映された。フレア・スカートをはき、飾り羽根のついた帽子をかぶった女工たちや、自転車を押して歩いている工員たちは、今日でもこの単純な人の列に素朴な魅力を与えている。この工員たちの後ろから、二頭立ての無蓋四輪馬車に乗った工場主たちが出てくる。そして、門番が門を閉めるのである。》
★工場の出口(1895)(リヨンのリュミエール工場)・・・工場の出口から出てくる労働者たちの様子を撮影したもの。この作品が、つねに「最初に撮影された映画」として紹介される。「工場の出口」は3バージョンある、そのうちのひとつ。屋外にも関わらず、映像が粗いのが、撮影初期の証しかもしれない。
★工場の出口2(1895)(リヨンのリュミエール工場)・・・3バージョンあるうちの1つ。
★高等馬術2・・・リヨンにて。
前述の「6分類」もできるバラエティに富んだテーマを撮影できたことが、シネマトグラフのより一層の普及に役だったことを証明するような作品のひとつ。馬をその場でグルグル回転させたり、前足を片方上げてポーズを取ったりするこの軽妙な映像は、リュミエール家の知人のサーカス団員が演じた。写真業界だけでなく興行界にも顏がきく社交的なリュミエール家の顔の広さがうかがえる。サーカス団をはじめマジシャンのトレウェーなど、「映像」そのものだけでなく、バラエティに富んだ内容の面白さでも強烈な印象で観客をひきつけることができた一因でもある。
★小エビを捕る子供たち・・・干潮時に浜辺で網を使って小エビを捕る子供たちの様子を撮影したものだが、後方の男性が、小エビ捕りに参加していない小さい子供を担ぎ上げてはまた降ろす行為を繰り返している。カメラを意識して自分の子供を目立たせるための行為かもしれない。
★国王の戴冠式行列の復路(1902)・・・イギリスにて。国王戴冠のパレードと、それを見るために集まった人々の様子を撮影したもの。
★黒人の子供の入浴(1897)・・・1897年にリヨンで開催された民族博覧会にて。タライで子供の体を洗う母親の様子を撮影したもの。親子のほかに、画面を満たすためか数人の黒人たちがカメラの方を見つめている。その姿は、いかにも撮影のために集められ、演技しているという、とってつけたようなわざとらしさを感じる。この黒人の扱い方は、当時としては普通の感覚で撮影・上映されたのだろうが、白人への見世物としての「人間動物園」を知識として知っているので、見ているだけでも何だか痛々しい。
★黒人の水浴(1896)・・・フランスの順化園にて。黒人たちが水に飛び込む様子を撮影したもの。太陽光が強すぎるためか、全体的に光が入りすぎて見づらい。ナレーションによると順化園とは、外国からきた植物や動物を育成する場所で、また、「外国人」を人々に見せる博覧会も開かれた。黒人を物珍しそうに眺めるフランス人の姿がある。博覧会で開かれたという「人間動物園」とは、これは異なるものなのか、のちほど調べてみるが、おそらく同じものという予感がする。
★滑稽なスケーター・・・メルボルンにて。落とした帽子を拾おうとして転んだりする滑稽なスケート芸を撮影したもの。リュミエール社は、作品の観客を基本的にフランス人と限定的に想定していたので、フランス人の好む異国情緒に富んだ映像を求めて外国(日本など)に撮影したが、この作品などは、異国情緒が捉えられなかった失敗作とのナレーション説明がある。
★コテージに到着する自転車乗りと馬乗り(1896)・・・自転車や馬に乗ってくる人々を出迎える様子を撮影したもの。
★子供たちのダンス(1896)・・・少女たちが2人1組となってダンスを踊る様子を撮影したもの。
★子供の口喧嘩(1896)・・・イスに座った2人の赤ちゃんが喧嘩をする様子を撮影したもの。ルイとオーギュストの娘を撮影したものとされている。
★コトレ路線のパノラマ・トンネル(1900)・・・ピレネーにて。列車の先頭にカメラを据え移動する風景を撮影したもの。線路の片側は崖、列車の先頭に取り付けたカメラ眺望する風景の広がりは、他のリュミエール社作品には見られない開放感がある。
★木挽き(1896)・・・ローザンヌにて。街の通りで木を鋸で切る人物と、切られた木をナタで割る人物の様子を撮影したもの。太陽光が十分だったためか、画面がきれいで奥までしっかりピントが合っている。1930年代のフィルムと比べても遜色がない。
★コメディ広場(1896)・・・モンペリエにて。広場を行き交う人々の様子を撮影したもの。
★コメディ広場(1896)・・・ボルドーにて。広場を行き交う人々や馬車の様子を撮影したもの。
★子守女と兵士(1897)・・・コント。熱心に本を読みながら子供の手を引いて歩いている女性(子守女)。それを見た兵士が、子供と入れ替わって手を引かれて歩くが、女性はまったく気づかない。こういうシチュエーションが成立するくらい互いに警戒心もなく、このような他愛無いコントにも穏やかに笑える手放しの「平和」が存在していたことが、むしろ不思議に感じてしまうくらいの現代の荒廃に生きている自分たちの「いま」を逆に実感させられてしまう作品。
★コロンビア特別区の国民軍の縦列行進(1896)・・・アメリカにて。行進する軍隊を撮影したもの。ほぼ真横から撮影しているために目の前を通る人たちしか分からず、広がりに欠ける。 リュミエール社の他の作品は斜めにカメラが向けられていることが多いのだが。
★コンサート(1896)・・・野外でバイオリンとピアノ、合唱の様子を撮影したもの。息が合っておらず、ちょっとした口論をしているように見えるが、会話は聞こえないので、はっきりわからない。もちろん、演奏の音も聞こえないので、どんな曲を演奏しているのかもわからない。聞こえない音楽を演奏している様子を映し出してもつまらないと思って、サービス精神から口論の小芝居を入れたのかもしれない。
★コンスタンチノープル・ボスフォラスの岸のパノラマ・・・移動する船の上から港とその向こうに見える街並みを撮影したもの。
★最後の晩餐・・・「キリストの生涯と情熱」シリーズの1作。最後の晩餐のシーンを撮影したもの。ナレーションによれば、ジョルジュ・アトの撮影だという。レオナルド・ダ・ヴィンチの書いた最後の晩餐と同じ構図である。他社のキリストを描いた作品も、宗教画など既存のものから構図が取られていたという。屋内のようにみえるが、影から判断して野外らしい。トリック撮影が使われ、キリストが突如画面中央に現れるのもリュミエール作品としては珍しい。
★催眠術の場面(2)(1898)・・・自ら催眠術をかけて自分で解くという女性が、催眠術を自らにかける様子を撮影したもの。画面が粗いのと、生活感のある室内のセットが、一層リアリティを高めているが、演技がやや大げさなので現実感に乏しい。
★逆さに文字を書く・・・横長の黒板に文章の終わりから文字を書いていく。「観客の皆様に、感謝を込めて」という文字が現れ、ナレーションによると、各上映の最後に使われたものだという。文字を書くのは奇術師のトレウェー。
★サブレーズの舞踏会・・・男女一組になって踊る人々と、それを眺める人々の様子を撮影したもの。社交界の華やかなイメージではなく、庶民的な舞踏会という感じ。女性は民族衣装を着、男性も正装だが、高価な服というわけではない。
★サルディーニャ島の伝統的な騎馬パレード・・・民族衣装を来た人々の騎馬パレードの様子を撮影したもの。
★サントス・デュモン氏の飛行船実験(1900)・・・格納庫から出てくる飛行船の様子を撮影したもの。飛行船の大きさを感じられる。
★散歩中の大統領
★シーソー(ブランコ)(1896)・・・村祭りでの露天興行者による木でできている観覧車の遊具施設(小さな観覧車)の様子を撮影。
★寺院の前で小銭を拾う安南の子供たち・・・白人の女性が鳩に餌をやるようにベトナムの子供たちに小銭を撒き、拾わせている光景を撮影したもの。ナレーションでは「植民地時代の気前よさを垣間見るようだ」と語っており、彼女自身、貧しいベトナムの子供たちに「慈善」を施したつもりで得意満面で自己満足を得ているかもしれないが、この映像は、植民地とは何かを考えさせる上で貴重な資料となる。いずれにしても、ショッキングな映像であることに間違いなく、同じアジア人の貧民の一人として怒りを禁じえない。
★シェルブール・ロシア皇帝と共和国大統領の大広間入室(1896)・・・フランスを訪れたロシア皇帝が船から降りる様子を撮影したもの。少し離れた場所から撮影しているために、ロシア皇帝と大統領が誰なのか判別できない。日本訪問の際、ロシア帝国皇太子・ニコライ(後のニコライ2世)が、警備していた警察官に斬りつけられた暗殺未遂事件は1891年に起きているので、近寄れないくらい警備が厳重だったことが推察できる。
★シェルブール:ロシア皇帝の上陸
★シカゴ・警察隊(1896)・・・警官たちが行進をする様子を撮影したもの。
★市長の到着(1900)・・・パリ万博に招待されたフランス各地の市長が集団で歩いていく様子を撮影したもの。正装にシルクハットという同じ格好の男たちが大勢歩いている様子は荘厳で異様だが、ナレーションでシルクハットの数が2万2千個に及び、管理が大変だったとの説明が滑稽でもあった。
★自転車競技選手トリノに到着・・・自転車の行列がやってくる様子を撮影したもの。行列と正面に見る位置からかすかに横に位置しているに過ぎないので、カメラに当たりそうになる自転車もおり、臨場感あふれる映像でとらえることができた作品。
★自転車競技のスタート(1896)・・・リヨンにて。通りを多くの自転車が走りぬけていく様子を撮影したもの。市民マラソンのスタートのような雰囲気で、ナレーションでは「空気抵抗を避けるために身をかがめているが、ヒゲの人物も多い」とあるが確認できない。
★自転車乗り(1897)・・・リヨンにて。自転車の曲乗りの様子を撮影したもの。演芸ではないらしく、大通りの街並み風景のひとつとして撮影されている。この通りが画面奥まで伸びていて、地平線が見えるまで続いているのが、架空の絵のようなシュール感を誘う。
★自動車(1896)・・・自動車レースの様子を撮影したもの。連なった車が整然と通りすぎていくだけで、レースという言葉から連想される荒々しさはない。
★シネマトグラフ上映館・・・ロンドンにて。シネマトグラフの上映館前の様子を撮影したもの。正装した比較的上流階級の人々が多い。
★シネマトグラフの上映館の入り口・・・オーストリアにて。上映館とその前の通りの様子を撮影したもの。
★地引網を引く・・・ナポリにて。地引網を引く人々の様子を撮影したもの。漁師の格好ではないところを見ると、何かのイベントで地引網を引っ張っているのかもしれない。
★写真師・・・オーギュスト・リュミエールとクレマン・モーリスの演じた本作では、のろまな男が写真機をひっくり返す。
★謝肉祭の飾牛の行列(1897)・・・パリ、ポン・ヌフ橋にて。大きな人形の山車と、仮装した人々の行列を撮影したもの。この大きな人形は「カーニヴァル王子」らしい。「ニースのカーニヴァル」では「カーニヴァル王」だったが、区別がつかない。
★シャモニー・観光馬車の到着(1900)・・・2階建ての多頭引き馬車が到着して、馬車から降りる人々の様子を撮影したもの。いままで見たこともないような、かなり大きな馬車。現代からすると大型観光バスというところか。
★シャモニー・村落(1900)・・・村の通りの様子を撮影したもの。
★ジャワ島の軽業師(1896)・・・ロンドンにて撮影。小さなボールを使ってサッカーのリフティングのようなことをする軽業師と、彼を応援する人たちを撮影したもの。
★シャンゼリゼ(乗り物)・・・通りを行き交う馬車や自動車、人々の様子を撮影もの。シャンゼリゼ通りとタイトルされているが、ナレーションによれば、どうもそうではないらしい。しかし、この営業戦略としての「シャンゼリゼ」という言葉の響きの華やかさにフランスへの憧れを満たした観客も多かったに違いない。
★シャンゼリゼ(1896)・・・シャンゼリゼ通りを行き交う馬車や人々、そばの公園で佇む親子の様子を撮影したもの。
★ジャンヌ=ダルクの処刑(1898)・・・芝居の様子を撮影したもの。ジャンヌ=ダルクらが処刑場に引き出され、まさに火をつけられようとしているところで映画は終わる。エジソンが1895年にジャンヌ=ダルクの映画を撮影しているとナレーションにあるが、ぜひ見てみたい。
★宗教儀式の行列1(1897)・・・ピレネー山麓にて。宗教儀式の行列が歩いていく様子を撮影したもの。特徴的なのは、聖職者、男性、女性の順に行列の順番が定められていることだが、解説がなければ何の行列かを知るのは困難かもしれない。
★女王の中の女王の山車(1898)・・・パリの謝肉祭のパレードにて。いろんな団体から1人ずつ女王が選ばれ、山車に乗ってパレードしている様子を撮影したもの。数人の女王を見ることができるが、王女ではなく女王らしくみんな貫禄がある。女王たちの中から「女王の中の女王」が選ばれるとナレーションは語っているが、誰が「女王の中の女王」なのかは不明。
★蒸気船の到着(1896)・・・港に蒸気船が到着する様子を撮影したもの。画面に何も映ってない港の情景があり、左側から蒸気船が現れて、通過して右側に去るまでの1分という時間の縛りに、過不足なく計ったようにぴたり収まっているタイミングが爽快。
★少女と猫・・・猫にエサをやる少女の様子を撮影したもの。かなり近距離で撮影されており、少女の表情や猫の動きもよく分かる。
★乗馬を楽しむ大統領(1896)・・・メキシコにて。馬に乗って通りを行き来する大統領の姿を撮影したもの。多くの場合、国家元首を撮影するフィルムは、近づくことができず、あまりに遠景から撮られるものが多いため、結局誰だかわからないという作品がほとんどなのだが、この作品ははっきり大統領その人だと分かる。ナレーションによれば、オフのプレイベートでの撮影で、大統領自身が非常に乗り気で協力的だったという。
★消防訓練・・・ホースから水を噴射する消防訓練の様子を撮影したもの。消防士が幾組かのチームに分かれて、放水訓練をしている。放水訓練が終わった後、ホースの先に何かをしているが、よくわからないまま映像は終わる。現在ならアップにして観客に対して映像的に説明するところだろうが、当時はそういう発想はなかったし、また、する必要もなかった。もともと何かを語りたいという意図があったわけではないのだから、ということだろうか。
★消防隊の出発(1895)・・・馬車に乗った消防隊が訓練で通りを走っていく様子を撮影したものだが、2つのシーンが編集でつながっている。連作として消防隊の活躍を描いたひとつである。《リュミエールのカメラマンたちは、ニュース映画、記録映画、ルポルタージュ映画を作り出し、映画の最初のモンタージュを実現した。非常に重要な、この最後の領域で、リュミエールはカメラマンたちに、「ポンプの出動」「ホースの配置」「消火作業」「救助作業」と、消防夫の生活を主題にした4本組シリーズで道を開いてあげた。1895年に作られたこれら4本のフィルムは、映写機の改良により、1本につなぎ合わされるようになると、最初のモンタージュ、つまり、火災の中から救い出された犠牲者という呼び物で覆われたドラマチック・モンタージュを形作っていた。》サドゥール「世界映画史」
★食事をする猫(1896)・・・猫にエサをやる様子を撮影したもの。上の方から猫にエサを見せてじゃらつかせ、それに飛びつく様子を撮影したきわめて演出的な作品である。
★除幕式(長さ8メートル)(1896)・・・プロイセンにて。銅像の除幕式の様子を撮影したもの。銅像の上の部分の画像が切れている。ナレーションによれば、タイトルの「長さ8メートル」とはフィルムの長さのこと。通常は17メートルあるが、除幕が終わったところでフィルムをストップしたために通常と比べて半分の長さしかない作品になった。
★ショロンにおける蛇踊り I
★ショロンにおける竜騎兵の行進・・・サイゴンにて。竜騎兵とは、祭りなどで見かける巨大な竜のこと。現地ベトナム人が竜を引いて道路を練り歩く。ここでも絶えず西洋人の姿が見える。ベトナムの映像は、植民地支配の一端を見せてくれて貴重で興味深いものがある。
★進行中の捕鯨船から撮影された光景・・・ボートのオールを漕ぐ水兵たちの姿を、舳先から撮影したもの。至近距離から水兵たちの姿を見ることができる。ボート自体は動いているが、カメラが水兵たちと同じ場所で固定されているので、動きがあっても同調しているので違和感はない。
★神社の出口・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★進水の後・招待客と一般客の退出・・・進水した巡洋艦を見送った人々が去っていく様子を撮影したもの。見物人はみなカメラを意識して、手を振ったり笑顔を向けたりしている。 1人の男が、意表をついてカメラの前にニョキっと顔を出して面白い効果をだしている。
★神道の行列・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★新兵いじめ
★水槽(1896)・・・水槽の中の魚やウナギ、カエルを撮影したもの。ルイが撮影。なんの工夫もない水槽の中に、いろいろな魚たちが入れられている。1匹のカエルなどはまったく動かず、おそらく死んでいる。ナレーションによると、カエル(死んでいない方)の動きがダンスをしているようだと好評で、音楽つきで上映されたとされる。
★水浴
★スキー演習(1)(1903)・・・山岳部隊がスキーで滑りながら(直滑降)降りてくる様子を撮影したもの。当時は、スキーは、ただ場所の移動さえできればよいと考えられていたので、スタイルは二の次、止まるときも転ぶようにせよと指示されていたらしい。それに両手にストックという今のスタイルではなく、竿を一本持ってバランスを取りながら滑っている様子も見ることができる。このクダリを読んで日本の初期のスキーを紹介した写真に竿を持ってスキーをしている写真があったことを思い出し、もしかしたら小津映画のスチール写真だったのではないかと、あわてて「学生ロマンス 若き日」のスキー・シーンを確認したのですが(you tubeです)、残念ながらこの映画では、竿ではなく、ちゃんとストックを持って滑っていました。
★スケーター・・・アイススケートの様子を撮影したもの。
★スペイン・闘牛2・・・バルセロナにて。闘牛を撮影しもの。全体がスローモーションになっていて画面が非常に粗いが、見ていて心地よい。まるでキャパの目で闘牛を見ているような迫力がある。画面が固定されているので、牛が画面外に去ってしまうと、突如血なまぐさい画面に空虚感がただよう。ふいに、ヘミングウエイを思った、不思議な虚無感がある。
★炭市場(ラクダのいる風景)・・・背中に草を背負ったラクダと、現地の人を撮影したもの。タイトルの炭は誤りか。
★セーヌ川のパノラマ(1896)・・・パリの河岸を川に浮かぶ船から移動撮影したもの。昔ながらのゆったりした川岸の情緒を味わうことができる作品である。
★聖布の行列(1897)・・・カイロにて。聖布を運ぶラクダの行列と、それを見つめる人々の様子を撮影したもの。
★聖別式に向かう皇帝と招待客
★聖墓・・・エルサレムにて。建物の入り口にたたずむ人々たちの様子を撮影したもの。
★西洋双六遊び(1895)・・・《これら一連のフィルムは、ある家庭のアルバムであると同時に、前世紀末のフランスの上流家庭についての意図せざる社会的記録映画となった。リュミエールは立派に成功した家庭風景を描写したので、その観客たちは、スクリーン上に、自分たちのありのままの姿や理想とする姿を見たのである。》サドゥール「世界映画史」
★セヴィリヤの行列・・・セビリアにて。聖週間に行われる行列の様子を撮影したもの。キリストの像を載せた山車を信徒たちが担いでいる。だが、カーテンのようなもので遮られ、運んでいる人々の姿は見えない。ナレーションによると、山車が数トンもあることもあり、綿密なリハーサルが行われるらしい。KKK団を思わせるマスクを被った人々も印象的。
★セヴィリアの通り(1898)・・・通りを行き交う人々の様子を撮影したもの。この作品の特徴は、カメラの存在を意識させないために、あえて撮影場所を2階のバルコニーにカメラを据えて撮影したとある。確かに、行きかう市民は、カメラを意識することなく、自然の姿で思い思いに歩いているのだが、自分としては、もうひとつ面白みに欠けた作品としか思えない。「映像の世紀」に孫引きされた「明治の日本」のなかで最も印象的な場面は、顔は垢じみて薄黒く、着ている着物と言えば汚れに汚れた粗末な着物をはだけたようにだらしなく着ている、貧しくはあっても好奇心だけは底抜けに旺盛な、まさに「未開の原住民・日本人」が、自分たちに向けられたカメラを珍しそうに振り返り、カメラ目線を保ったまま行き過ぎたかと思うとまた戻ってきて、カメラをのぞき込まずにはいられないむさぼるあの感じがいいんじゃないですか。現代なんか、街中でカメラをちらつかせても、誰一人関心を持つ人間なんていやしません。
★セヴィリア祭(1900)・・・パリ万博にて。踊りを踊る男女の様子を撮影したもの。カメラ位置は、同種の作品と同じ、ほぼ正面から撮影されている。
★潜水夫・・・潜水服を着た潜水夫が船にあがってくる様子を撮影したもの。首のあたりに空気を送る大きなチューブがついている。画面左側でレバーをゆっくりと動かしている人物がいるが、空気を送っているらしい。潜水夫が船にあがってもまだ動かしているのは、演出のためか。ほかの部分に動きが少ないための賑やかしの処置かもしれない。
★宣誓の儀式のために上院へ向かう国王、ヴィットリオ・エマヌエーレ3世(1900)・・・ ローマにて。整然と並ぶ兵士たちの前を、馬に乗った兵士たちが通りすぎていく様子を撮影したもの。「国王」らしき人の確認まではできないとされる。
★洗濯女・・・洗濯をする2組の母娘の様子を撮影したもの。上映してすぐ木箱に書かれた「SUNLIGHT SEIFE」の文字が目に入るが、これは意識的に設定された会社の広告で、この作品が「世界初の広告映画」ということらしいという説明がある。途中、子供に指示を与える人物の姿まで映っている。すでに時代の先取り感のある作品だが、効果のほどは如何だっただろうか。
★洗濯物の取り込み(1898)・・・プロミオにより撮影。戦艦に干されていた大量のシャツを海兵たちが取り込む様子を撮影したもの。小さな旗が大量にはためくように干された白いシャツは圧巻。映画「真空地帯」でも選択は新兵の重要なしごとだったもんなあ。
★セントジェームス宮殿の下番衛兵(1897)・・・ロンドンにて。衛兵はいまでも同じ縦長の帽子を被っている、彼らの行進。様式化されたものは撮影しやすかったものと思われる。
★セント・ジェームズ公園の池に浮かぶ舟
★セントラル・パークのスケーター(1896)・・・ニューヨークにて。ローラースケートで遊ぶ子供たちの様子を撮影したもの。
★ソーヌ川での水浴(1897)・・・川に飛び込む男子学生たちの様子を撮影。
★ソーヌ河を泳いで横断する龍騎兵・・・龍騎兵が馬と一緒に泳ぎながら川を渡る様子を撮影したもの。
★草原の食事、または田園でのおやつ(1898)・・・少年・少女たちが赤ちゃんを囲んで楽しげに草原でお菓子を食べている様子を撮影したもの。
★総督府広場(1896)・・・アルジェにて。広場を行き交う人々の様子を撮影。銅像と街灯が変わっているほかは風景は今と同じというナレーションが流れる。
★大運河のトラムウェイ・・・ヴェネツィアにて。運河の水上バスが通りすぎる様を撮影したもの。
★第九十六戦列歩兵隊の行進
★大工(1895)
★大車輪(1896)・・・シカゴにて。通りの様子と観覧車を撮影したもの。大車輪とは観覧車のこと。タイトルになっているが、観覧車の全体は見えない。おそらく、観覧車を含む街並みを撮影したものだが、特徴づけるためにこのタイトルが付けたされたものと考えられる。
★大西洋横断ヨットレースを船首から撮影・・・船の船首から前方に広がる海原を撮影したもの。船は大きく揺れているが、カメラが固定されているためブレることなく、大海原の全景を捉えている。
★第24アルプス猟歩隊、拳闘訓練・・・拳闘とあるが、少林寺のような型を大勢の隊員たちが演習している様子を撮影したもの。ナレーションによると、被っている独特のベレー帽は耳を覆ったり、足を暖めたりするためのものだという。東洋的な動きに驚いた。こういった独特の風習や、独特の服装が描かれたものはおもしろい。型が終わったとたんに、隊員がみんなカメラの方を見るのも笑えた。
★大ピラミッドから降りて(1897)・・・ピラミッドから降りてくる人々の様子を撮影したもの。ピラミッドの下から仰って撮影しているので、積みあがった巨大な石が視野をふさぎ、ピラミッドの全体像は捉え切れていない。
★第八大隊の縦列行進(1897)・・・スイス・ローザンヌにて。行進する兵士たちの様子を撮影したものだが、途中でさりげなく男が「SUNLIGHT」と書かれた看板を積んだ車を持ってきて画面に映る、という広告的な作品。多少違和感はあるが、現代でも劇映画中にさりげなくスポンサー企業の商品を写し込んだりするので、これまた時代の先取りと解すべきか、この手法、広告業界では「プロダクト・プレースメント」と呼ばれている。
★大広場(1896)・・・ブリュッセルにて。広場を行き交う人々の様子を撮影したもの。正面に見える巨大な建造物が印象的。
★焚き火・・・キャンプファイヤーのように組んだ木が燃える様子を撮影したもの。ひたすら木から立ち上る煙が映し出されている
★山車行列(太陽の山車)(1896)・・・リヨンにて。大きな山車の行列の様子を撮影したもの。山車が巨大すぎて、上の部分が画面から欠けている。ナレーションによれば「太陽の山車」というものは存在していないのだという。なぜ副題となってたかは不明だが、体裁のいい、それっぽいタイトルを付したというくらいのことだと思われる。
★山車と紙吹雪合戦(1899)・・・パリの謝肉祭での山車と、観客たちが紙吹雪を投げる様子を撮影したもの。1人の女性に大量に紙吹雪を投げる男性が目立つが、彼は最後にカメラに向かって「どうだい?」と語りかけている。派手だったのは、カメラを意識していたからか、そういう演出だったからのどちらかだ。
★駝鳥(1896)・・・パリの順化園にて。ダチョウやロバ、象が馬車を引いている様子を撮影したもの。動物たちが車を引いていく様子が終わると、普通に歩く人々の様子が映し出されている。
★磔刑・・・「キリストの生涯と情熱」シリーズの1作。十字架を背負って歩き、その十字架に磔にされるキリストのシーンを撮影したもの。ナレーションによれば、この作品もジョルジュ・アトの撮影である。手に釘を打ち付ける芝居や左右に均等になされている人物の配置などは不自然だが、遠くから覗き見るようなカメラアングルは自然さを感じさせる。
★脱穀機(1897)・・・脱穀機に収穫した穀物を入れる様子を撮影したもの。
脱穀機の穀物挿入口がやや高い場所にあることから、そこまで積み上げる人物の作業を捉えた映像。
★田に水を送る水車・・・灌漑のために川から田に水を取り込む水車を足で動かす日本人農夫を撮影したもの。男はフンドシ姿になって農作業をしている。ナレーションによると、フンドシ姿が日本における野外労働の伝統的なスタイルと紹介しているが、当時の日本には農作業をする際にフンドシなる風習はなかったらしい。どうやら、当時のフランス人が持っている日本人のイメージに合わせて演出されたのではないかとある。撮影・ガブリエル・ヴェール(「明治の日本」所収作品)
★樽ボクシング(1897)・・・樽に入った状態でボクシングをする様子を撮影したもの。あきらかに、舞台で笑いを取るために演じられた演芸の「ネタ」と思われる。
★タワー・ブリッジ
★ダンスの場面(パ・ド・ドゥー)
★ダンマリーからの出発・・・アイルランドにて。走る列車の窓から外の模様を撮影もの。窓に垂直にカメラが据えられているので、スピードを上げた列車が木立のわきを過ぎるとき、茂った木々が画面を擦過し、その光と影との激しい明滅が圧倒的な迫力で観客に襲い掛かる。
★チュイルリーの泉水・・・パリにて。噴水のある人工池に小さな船を浮かべて遊ぶ子供たちの様子を撮影したもの。カメラの前に立って撮影の邪魔になる子供を棒で追い払う様子もなども見ることができる。
★中風患者・・・コント。中風患者に子供が帽子を被せたり付け髭をつけたりする。説明がなければ、コントだとは思えない性悪な子供のリアルさがある。いたずらをした子供は母親にしかられるのがまた妙にリアル。この作品に限らず、まだ「映像」しか存在せず、フィクションとノンフィクションの区分もなかった時代の作品は、逆説的に映像自体が持つ力の抑制しがたい在り様を教えてくれるように思える。
★チョチャリーヤ地方のダンス・・・イタリアの農民のダンス。撮影はローマのスペイン広場で行われた。男女がペアになって、飛びながら踊る。みんなカメラを意識している。ナレーションによると、高く飛ぶほど豊作なのだという。
★チロルの踊り・・・民族衣装をまとった男女のダンスと、チターのような楽器で演奏をする人物を撮影したもの。最後にキスシーンがあるが、ナレーションによれば、リュミエール社作品の中では唯一のキスシーンらしい。
★吊り橋・・・ブタペストにて。ドナウ川にかかる橋を往来する人や馬車の様子を撮影したもの。多くの人が行き交う活気あふれる場所である。
★ディアナの水浴
★ティエール、マクマオン、グレヴィ、カルノー、F・フォール・・・1人の人物が5人の大統領に変装していく芸を撮影したもの。変装するたびに、名前の書かれた板が画面下に映るように差し出される。途中で、早回しが行われているようにも感じられるが、不明。
★蹄鉄工(1895)・・・馬の蹄鉄をはずす様子を撮影したもの。さらに馬に近づいて撮影すれば、蹄鉄をはずす様子がより迫力のある映像を得られたかもしれないという思いの残る作品。
★停泊地(1897)・・・リバプールにて。船から港の様子を遠景でとらえながら移動撮影したもの。
★鉄道でエルサレム出発(パノラマ)・・・列車の後方にカメラを据えて遠ざかる駅と見送りの人々の様子を奥行きを生かしながら移動撮影した斬新な作品。最初は数人の見送りの人が写ったあと、徐々に移動が始まると次第に多くの人が映り込んできて、最後は誰もいなくなるという映像の流れが不思議な旅情感を感じさせる。後方に広がる荒涼とした風景も印象的である。
★鉄道のトンネル通過
★テニスの試合2(1897)・・・ストックホルムにて。テニスに興じる人々の様子を撮影したもの。試合といっても、スポーツの公式テニスではなく、上流階級の娯楽としてのもの。服装も背広を着たり帽子を被ったりといった服装でもわかるが、とにかく社交が主で、「スポーツ」というよりも「お遊び」という感じ。途中、取っ組み合いケンカをしている男たちも映っているが、喧嘩が事実かどうかも、すこぶる怪しい。撮影者の「やらせ」か、さもなければ、目立ちたがりのスタンドプレーの可能性が大、いずれにしても不明である。
★手前の変換(馬術)(1897)・・・多くの馬が行進する様子を撮影したもの。映像を見ただけでは難しさまでは伝わってこないが、「手前の変換」とは馬の行進の仕方で、かなり難しい技術であるとナレーションは教える。
★闘牛士の出場(正面)(1899)・・・闘牛士たちがスタジアムに入場してくる様子を撮影したもの。
★闘牛士の出場と闘牛の開始(全景の3/4)(1899)・・・前作品と同じ被写体を別の角度から撮影したもの。また余ったフィルムで別角度から闘牛の様子も撮影されている。
★闘牛士の到着(1896)・・・マドリードにて。スタジアムに馬車で到着した闘牛士の様子を撮影したもの。
★闘牛士の入場(1898)・・・スペインにて。闘牛士たちが馬に乗って入場してくる様子を撮影したもの。入場のセレモニーだけだが、ナレーションによれば、翌日の新聞で「これで私たちの誇りである闘牛が世界中の人々に見てもらうことが出来る」と掲載されたらしい。
★東京の鉄道駅
★東京の通り・・・関東大震災以前の東京の通りを撮影したもの。ナレーションでは推測でビジネス街ではないかと語っているその理由というのが、女性の姿が見かけないからというもの。車道がない時代の通りは幅が広くてゆったりとしている。時代劇で見るような雰囲気と、多少近代的な雰囲気が入り混じった当時の東京の雰囲気を味わえる。撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★東京の通りⅠ・・・撮影・柴田常吉(「明治の日本」所収作品)
★東京の通りⅡ・・・撮影・柴田常吉(「明治の日本」所収作品)
★東京の鉄道駅・・・撮影・柴田常吉(「明治の日本」所収作品)
★東京の並木道・・・撮影・柴田常吉(「明治の日本」非所収作品)
★東京の広場・・・撮影・柴田常吉(「明治の日本」非所収作品)
★トヴェルスカヤ大通り(1896)・・・モスクワにて。通りを行き交う人々の様子を撮影したもの。
★闘鶏(1896)・・・闘鶏そのものと、闘鶏に興じる人々の様子を撮影したもの。エジソン社の闘鶏のフィルムでは、闘鶏自体がメインだったが、こちらの作品は闘鶏をさせる人間にも焦点があてられている。
★遠くから見たラインの瀑布(1896)・・・スイスにて。川の途中にある滝の様子を撮影したもの。被写体に近づいて撮影しているので、迫力を感じられる映像。
★通りで踊る黒人・・・ロンドンのソーホー地区。楽器を持った数人の黒人たちが踊りながら演奏する様子を撮影したもの。踊りのある部分が終わっても、フィルムが残ってしまい、気まずいような時間が流れる。その気まずい空間を埋めるためか、不自然に観衆が黒人たちの後ろに立ち居心地悪そうにしている。
★研ぎ師とぺてん師・・・コント。ハンドルを回して機械で刃物を研ぐ仕事をしている研ぎ師のところにタバコの火を借りに来た男のタバコに火をつけてあげている、そのスキに、2人の男が、ハンドルを回すと空気が吹き出し、地面の土が舞い上がるように細工する。再び研ぎ師がハンドルを回すと、着飾った女性が通りかかり、舞いあがった土で真っ黒になるといういたずらを扱ったコント。斜めの構図といい、登場人物の配置といい、素晴らしい作品だが、ただ、このコントで重要な役割を担う機械がよく見えないという指摘があるかもしれない。タイトルに「ぺてん師」とあるが、それが、いたずらを仕掛けた男たちのことなら、これは単なるいたずらを題材にしたコントなどではなく、深刻な営業妨害の話ということになる。まさかリュミエール兄弟の「シネマトグラフ」に後れを取ったキネトスコープのエジソンが、人を使って圧力をかけたり、恐喝まがいのことをしたと「日本映画発達史 1」25ページに書かれているが、そのことを皮肉交じりにコントに仕立てたわけではないとは思うが、如何。自分たちが習った偉人とはそうとう違う顔を持った暗闇を抱えた男・買占め屋エジソンをそこに見出すかもしれない。
★独立の鐘の輸送(1896)・・・メキシコにて。独立記念の鐘のパレードとそれを見守る観衆の様子を撮影したもの。観衆の多くが、いかにもメキシコとイメージする帽子を被っているのが妙な感じをうける。当たり前といえば当たり前の話だが、映像で見せられると説得力がある。
★土着民の結婚式・・・南アルジェリアの結婚式を再現した作品。ラクダに乗った人々がいるが、ナレーションによると、ラクダに乗る人数はもっと少ないし、武器も持たないとのこと、本物の結婚式とはかなり違うらしい。
★虎(1896)・・・ロンドン動物園にて。檻の外から差し込まれた餌のついた棒に飛びつこうとする虎の様子を撮影したもの。正面の虎が、画面に向かって手を延ばす様子を間近にとらえた迫力ある構図の映像である。
★鳥使い・・・チュイルリー広場。鳥に餌をやり、自在に操る鳥使いの様子を撮影したもの。 餌を持った手に向かって飛んでくる鳥の不自然な動きに戸惑う。
★奴隷を毒殺しようとするネロ・・・ネロが奴隷を毒殺する舞台劇を撮影したもの。
★トロア・市庁舎・・・市庁舎とその前の広場を行き交う人々の様子を撮影したもの。
★トロカデロから見た万国博覧会(1900)・・・パリの様子を撮影したもの。近くにエッフェル塔の下部分がみえ、遠くに観覧車が見える。書割のように見えるパリの街並みが何とも言えない不思議なリアル感がある。
★トンキン号にて・縄跳び遊び・・・船上で縄跳びをする人々の様子を撮影したもの。縄跳び(被写体)の前を多くの人が通ったり、立ち止まったりするために、縄跳び自体がきちんと捉えられていない。
★ナイル川のダム・・・カイロにあったエジプト最大のダムにかかる橋を行き交う人々を撮影したもの。ダム自体が撮影されているわけではないが、橋の真中にトロッコ用のレールがあり、そこに西洋人が乗り、地元の人が押している。坐ったままで、景色が楽しめる、いかにも観光立国のエジプト、当時から、観光地としての設備をきちんと備えていたことがよくわかる。
★ナシオン通り(1900)・・・パリ万博の各国パビリオンを移動しながら川から撮影したもの。 ナシオンとは国の意味。各国がそれぞれ特徴的なパビリオンを出しているが、遠景のため、国の特定は難しい。
★ナモの村落:駕籠から撮影されたパノラマ(1900)・・・インドシナにて。駕籠に乗り、後ろに下がりながら、追いかけてくる子供たちを撮影したもの。初めてのトラックバック撮影との説明がナレーションされている。撮影の興味から子供たちが追いかけてくる、その子供たちの表情が他の作品と比べて自然に見える。演出されたものではないかもしれない。
★ニースのカーニヴァル・・・仮装行列だろうか?仮装をした人々が歩いていく。また右奥には機械仕掛けと思われる大きな人形(カーニヴァル王25世)が見える。ナレーションでは「七面鳥に乗って、マダム・カーニヴァルを待っている。98年後の1995年のいまも王様は現役で頑張っており、映画王だ」と続く。
★ニース・ボーリュー・モナコ間の汽車のパノラマ・・・先頭すぐ後ろの石炭を積む車両から斜め前に向けたカメラで撮影したもの。勢いよく煙を吐く煙突がすぐそばにあり、煙が満ちてまわりがよく見えないうえに、対向車両とすれ違うときは、相手車両の煙のあおりを受けて、なおさら見えなくなるという、まるで轟音が聞こえるような迫力と臨場感を生み出している。
★荷車をひく馬・・・縦に長くつながれた多くの馬が荷車をひく様子を撮影したもの。かなりの馬がつながれているので、現実離れしたシュール感がある。
★ニコライ2世の戴冠式(1896)・・・着飾ったニコライ2世らが階段を降りていく様子を撮影したもの。カメラの位置が遠く、画面も粗いために、服装などの詳細まではわからない。この作品はリュミエール社が初めて撮影した公式式典とされているが、近くで撮る許可はとれなかったものと思われる。
★日本の宴会・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★日本の踊り子・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★日本の歌手・・・撮影・ガブリエル・ヴェール(「明治の日本」所収作品)
★日本の剣士・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★日本の剣術(1897)・・・剣道の練習の様子を撮影したもの。後方でほら貝を吹いたり、太鼓を叩いている人物も写っているのが、これは画面を埋めるための苦肉の演出。この作品を撮影したコンスタン・ジレルの仕事をルイは満足していなかったらしい。理由は不明だが、ルイのエキゾチック・日本に対する期待が過大すぎたということも考えられるが、あるいは、単純に、この背景を埋めるために付け足した「ほら貝」と「太鼓」という余計で奇妙な演出に対して、常識人として腹を立てていたのかもしれない。撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★日本の芝居の一場面・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★日本の俳優:剣による戦い(初代市川左團次「丸橋忠弥」)・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★日本の俳優:男の踊り
★日本の俳優:かつらの練習(初代中村雁次郎「石橋」)・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★日本舞踊Ⅰ.かっぽれ・・・撮影・ガブリエル・ヴェール(「明治の日本」所収作品)
★日本舞踊Ⅱ.春雨・・・撮影・ガブリエル・ヴェール(「明治の日本」所収作品)
★日本舞踊Ⅲ.人力車に乗った芸者・・・人力車がやってきて芸者を乗せて去っていく一連の様子を撮影したもの。印象的なのは、芸者の世話をなにくれとなくしている人物がときおりカメラにそそぐその視線の意味。「盗み撮りを咎めているような疑わし気な視線」というコメントを読んだことがあるが、「まさかね」という思いがした。むしろ、戸惑いと怯えにいたるまでの感情のどれかに違いないというのが、自分の印象。撮影・ガブリエル・ヴェール(「明治の日本」所収作品)
★日本舞踊Ⅳ.甚句・・・撮影・ガブリエル・ヴェール(「明治の日本」非所収作品)
★日本舞踊Ⅴ.御所車・・・撮影・ガブリエル・ヴェール(「明治の日本」非所収作品)
★庭師
★「人形」第2幕 司祭とマネキン・・・主人公の男性が、マネキンを動かすシーンを撮影したもの。舞台の映画化だが、1分間のこのシーンだけでは、ストーリーまでは分からない。マネキンが動き出すまでを撮影したかったのだろう。野外で、書割を背景にして演じられているが書割が風で揺れているので屋外とわかる。この頃から「風に揺れる書割」が現実感を削ぐという批評があったらしい。ナレーションによれば、マネキンは人間が演じている。
★猫の食事・・・肉球を舐めている猫の前に、子供がタルトを置き、猫が舐める様子を撮影したもの。猫の習性を近距離で捉えている。
★猫のボクシング・・・2匹の猫が殴り合う姿を撮影したもの。エジソン社の作品の真似をしたらしい。確かに、リュミエール社作品独特の広がりは感じられず、いかにも狭い室内に連れてきて戦わせたという感じがする。途中で、インターバルが入り、レフェリーと介添え役の男性が2匹の猫ボクサーにタオルで風を送ってやるのが滑稽。
★農耕用の牛の捕獲(1896)・・・メキシコにて。人々が多くの牛の元に駆け寄り、連れて行く様子を撮影したもの。捕獲というような荒々しさはない。すでに捕獲されている牛をどこか別に場所に連れて行く様子を撮影したものらしい。映画が始まったと同時に、多くの人々が画面の外から走って牛の元にやってくる様子はまるで「ヨーイ・ドン」の運動会のよう。明らかな作為が感じられる。
★ノロドム国王のカンボジア・ダンサー・・・カンボジアの王宮にて。伝統的な叙情詩「ラーマヤーナ」を演じる2人の人物を撮影したもの。
★ノロドム国王のカンボジア・ダンサー II
★博覧会での旧市街(1896)・・・ドイツ・ドレスデンにて。博覧会で復元された中世時代の旧市街地を撮影したもの。博覧会にてという注釈がなければ、中世の街並みと見まがうくらい良くできている。
★博覧会場の入り口(1897)・・・ストックホルムにて。会場の入り口に向かう人々や、市電のような乗り物を撮影したもの。奥にはパビリオンとおぼしき特異な建物が見える。ナレーションは、この作品は午前11時に撮影したのち、急いで現像し、午後7時に国王に見せて驚かせたと説明している。
★馬芸
★旗を守る(1897)・・・フランスの旗を守るために押し寄せる敵兵を撃ち殺す芝居(縁日で売られているような活人画的な史劇)を撮影したもの。ストーリーといえるほどのものはないが屋外で撮影されたものとしてなかなかの臨場感があるが、ナレーションで、後方に見える大砲が厚紙に描かれた絵と知る。言われなければおそらく気づかなかっただろうし、難を言えば、主人公の旗を守る兵士に緊迫感が欠ける。
★バックギャモンの勝負(1896)・・・ボードゲームをする人々と、それを眺める人々の様子を撮影したもの。リュミエール兄弟の父親がシオタに所有する海の家のテラスでルイが撮影。
★バッテリー・プレイス駅に到着する列車・・・ニューヨークにて。画面左手前から列車がやってきて止まり、右奥に向かって走り去る。
★バッファロー・ビル レッド・スキン・・・バッファロー・ビルのワイルド・ウェスト・ショーの様子を撮影したもの。草原でインディアンが馬で走っているが、奥に見えるテントが作り物であることがわかる。ナレーションによれば、本物の「ワイルド・ウェスト・ショー」であるかどうかも疑わしいとのこと。
★花で飾った自動車のコンクール(出発)(1899)・・・花で飾った自動車が道路を走り、人々が脇からそれを眺めている様子を撮影したもの。すぐ前で映画のカメラを回している人物がいるが、 ナレーションによると、他社の者らしい。
★跳ね橋・・・ケルンにて。ライン川にかかる橋を行き交う人々の様子を撮影したもの。橋の板をはめ込む人々の姿が当時の跳ね橋の一端を見せてくれる。
★ハノイの煉瓦製造所メフル・エ・ブルゴワンの出口・・・工場の出口から出てくる人々の様子を撮影したもの。かのリヨンの「工場の出口」と構図は似ているが、いくつかの異なる点として、①工場から出る人々をチェックしている人物がいる、②子供がいる、③リヨンの工場の出口にあった雰囲気(労働から解放された明るさや、自由闊達さ)はない、いずれも多少の演出をほどこされたにもかかわらず、この沈滞ぶりなら、これが「植民地」という無気力な「雰囲気」だったのかもしれない。
★バブ=アズム通り(1896)・・・アルジェにて。通りを行き交う人々の様子を撮影したもの。アルジェリアの服装をした人々と、フランス人が混在している様子が、当時のフランス領アルジェの微妙な立場を表している。1830年にフランスに占領され、1954年にアルジェリア戦争が勃発して100万人に及ぶ死者を出しながら、1962年に独立を達成するまでの苦難の歴史のはじまりの頃の風景が映し出されているとおもうと、感無量の思いが湧きあがります。
★パリ・凱旋門(1896)・・・遠くに凱旋門が見えて、そこに向かう大通りの馬車や通行人の様子を撮影したもの。あこがれの凱旋門を真正面に見据えた構図がとてもよい。凱旋門に向かってまっすぐに伸びる太い道路と、そこを行き交う着飾った人々や馬車が当時の人々の生活の一端をうかがわせる。
★パリ・グランプリの復路、エトワール広場(1899)・・・多くの馬車が通る様子を撮影したもの。ナレーションによると、パリ・グランプリとは競馬のレースの名前で、レースを見た人たちが帰る様子を撮影したものという。画面の奥に凱旋門が見える。他に大きな建物がないため、その大きさが際立っている。
★パリの軍人クラブにおけるマルシャン司令官(1899)・・・マルシャン司令官を出迎える多くの人々の様子を幾分早回し気味で撮影している。マルシャン司令官が誰かは不明。
★パリの託児所・乳母車の行列・・・乳母車を押して、託児所に子供を連れて行く女性たちの様子を撮影したもの。
★バルセロナ・港のパノラマ・・・バルセロナの船の上から港の様子を移動撮影したもの。港が映ったあとに船が映る。ナレーションでは、予定外だったことが示唆されているが、不明。
★バルドの階段を降りるチュニスの太守(1903)・・・ルーベ大統領がチュニジアを訪問したときに撮影したもの。チュニジアの君主が住居の階段を降りてくる様子を撮影しているが、同じような服装をした人が大勢降りてくる。1分間の映画が終わってもそれはまだ続いている。結局あまりにも大勢でチュニジアの君主が誰かは分からない。映画の撮影が物珍しいので、降りてくる人は必ずカメラ目線になっている。
★バレエ・「ヴェネツィアのカーニヴァル」2(1897)・・・バレエの様子を撮影したもの。実際のバレエ団の演技を撮影したものとされる。
★バレエ・ダンサー・・・バレエを踊る女性を撮影したもの。踊る女性を眺める男性と、踊りの終わりに花と食べ物を運んでくる男性の姿も映し出されている。
★パレ・ロワイヤルの祭り・馬上の槍試合(1899)・・・長い槍を持って馬に乗った2人の騎士の試合の様子を撮影したもの。本当の決闘ではなく、過去の槍試合を再現したアトラクション。形ばかりのショーとしての決闘なので、迫力はない。
★繁華街・・・マルセイユの街並みの様子。
★ピカディリー・サーカス(1896)・・・ロンドンにて。通りを行き交う人々の様子を撮影したもので、サーカスを撮影したものではない。
★飛行船とその推進装(1900)・・・飛行船が飛ぶ様子を撮影したもの。1人の人物がサドルにまたがって飛行船を運転する。
★ピストルによる決闘(長さ12m)(1896)・・・メキシコにて。演出された決闘で、撃たれた人物が倒れ、撃った方は去っていき、残った人々が必死に治療を施す。ガブリエル・ヴェールによるつくられた決闘劇にもかかわらず、当時のメキシコで新聞が抗議し、物議をかもしてスキャンダルにまでなったという。
★病人の輸送2・・・野外でタンカに乗った病人たちが馬車から降ろされて運ばれていく様子を撮影したもの。タイトルから想像されるあわただしさはない。緊急性を要する病人ではなく、昔からの病人の移動という雰囲気。女性の病人が、こんなときでも帽子を被って着飾っているのは、映画の撮影のためか、それともそういう風習なのかは、不明。
★ピラミッド全景(1897)・・・スフィンクスの姿をやや斜め前方から撮影したものだが「ピラミッド」でも「全景」でもない。スフィンクスは別の作品よりも砂に埋まっている部分が多いが、作品だけではそこまで判断できない。
★広場(1896)・・・ベツレヘムにて。何に群がっているかは不明だが、広場で子供たちが何かに群がっている様子を撮影したもの。奥に見える古い建物が構図を引き締めている。
特徴的だ。
★フェンシング・・・戦艦の上で、サーベルの型の練習をする水兵たちの様子を撮影したもの。型の練習を2人1組で向かい合ってしている、一見、随分とぬるい感じで行われているのは、実践的ではない儀式的なものだからなのか。スポーツのフェンシングとは異なる。
★武器庫の出口
★袋競争(1896)・・・足に袋かぶせ跳ねながらゴールを目指す滑稽な競争を撮影したもの。 リュミエール工場の従業員たちが出演してルイが撮影した。
★不思議な食事・・・簡単な彩色がほどこされたトリック映画。画面に右下に「Lumiere」も文字が見える。食べようとした食事が人の首になってしゃべりだしたり、投げたテーブルクロスが女性になったり、悪魔になったりといった入替りのトリックが使われている。ナレーションによると、同じ題材がメリエスとパテでも作られているために、それと区別するために「Lumiere」のロゴを入れたとされている。
★婦人像の前で小銭を拾い集める安南の子供たち
★ブダペスト・国王の行列(1896)・・・豪華な馬車に乗った行列の様子を撮影したもの。式典を撮影したものが、いずれも面白さに欠けるのは(儀式なので当然のような気がしますが)、荘厳な式典の雰囲気を伝えるには、1分という限られた時間では伝えようがないためと考えられる、演出のほどこしようがないということもあったかもしれない。
★二人宙返り(1899)・・・サーカスの出し物のひとつ、あお向けの状態で突き上げた足の上に子供を乗せて宙返りをさせるなどの芸を撮影したもの。身体能力の素晴らしさが伝わってくる。こうした芸は真正面から撮影されたものが多い。舞台の視点をイメージして、特等席で見ているという雰囲気もある。
★フットボール(1897)・・・サッカーをする人々の様子を撮影。画面が固定なので、ボールが画面内にないときは、ほとんど動きがない。選手たちが、カメラを気にしており、試合ではなく撮影のエキシビションと思われる。
★船から撮影されたカジノのパノラマ(1897)・・・ニースにて。船から岸の建物の様子を撮影したもの。タイトルのカジノは冒頭に映るのみ。あとはホテル風の建物が映し出されている。あるいは、「ホテル風の建物」がカジノなのかは不明。同様の風景撮影が多いので混同を防ぐために整理の都合上、「カジノ」の名前をつけてタグ代わりにしたのかもしれないが、いずれにしてもタイトルと内容が少し異なる作品のひとつといえる。
★船から撮影された大運河のパノラマ
★船から撮影されたパノラマ(1896)・・・ケルン・ライン川にて。船から河岸の様子を移動撮影したもの。途中から橋が見える。小型船を使った船橋という珍しい形式の橋らしいが、詳細は不明。
★船に牛を乗せる(11m50)
★船の進水式(1896)・・・船の進水式の様子とそれを眺める人々の様子を撮影したもの。船に接近しすぎて撮影されているので船の下部しか映っておらず、何が映っているのか当初はわからないが、逆にそれが、船の大きさを感じさせる効果を生んでいる。
★プラーグの馬芸・・・円を描いて走る馬に、青年たちが乗っては降り、乗っては降りを繰り返す芸を撮影したもの。プラハ(プラーグ)地方ならではの馬芸なのだろうか。後方に、現在の大統領官邸となっている歴史的な建造物が見える。
★フライパン遊び・・・パン食い競争の要領で、フライパンの裏についている金貨を舌で取る様子を撮影したもの。運動会のようなものらしく観衆もいる。ナレーションによると、「フライパン遊び」についての資料は皆無らしい。なかでも、金貨が取れずに、いらついてフライパンに頭突きをくらわせる少年がおもしろい。
★仏大統領とロシア皇帝がペテルホフに到着(1897)・・・正装した要人が握手をしたり挨拶している様子を撮影したもの。この作品は、被写体の人物よりも、途中でカメラを遮るようにして撮影を始める他社の映画会社と思われる強引なカメラマンの存在が興味深い。撮影後に口論となって大喧嘩したであろう修羅場が想像される。
★「フリードリヒ通りの蝋人形館」(1896)・・・ベルリンにて。蝋人形館前の通りを行き交う人々の様子を撮影したもの。
★ブリュッセル・アンスパク大通り・・・人の行き交う様子を撮影したもの。犬が小さい車を引いている。
★ブルックリン橋・・・ニューヨークにて。橋を走る列車の様子を撮影したもの。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」でもおなじみの橋。画面左奥におなじみのシルエットが見える。
★ブルックリン橋から降りる旅客(1896)・・・ニューヨークにて。駅につながる歩道橋から降りてくる人々の様子を撮影したもの。「歩道橋」という概念が現代につながる新しさを感じさせている。
★ブルックリン・フルトン・ストリート(1896)・・・路面電車が走る様子を撮影したもの。いつでも自由に乗り降りできるように、ゆっくりと走っている。車道と線路と歩道が分かれていないために(自動車も少ない)、いまよりゆったりとした雰囲気が感じられる。
★ブロードウェイとユニオン・スクエア
★平均台と羽根車・・・逆立ちをして平均台を渡り、羽根車を回す猫の芸を撮影したもの。猫の逆立ちは珍しい。ナレーションによれば猫に芸を教えるのは不可能らしい。奥の方で何かあると思っていたら、それは猫が静かに出番を待っているのだと知って、さらに驚いた。
★塀の破壊(1895)
★ベイルート・大砲広場(1897)・・・レバノンにて。広場を歩く人々の様子を撮影もの。 徒歩の人ばかりで、馬車などの車が見られないのが、他の都市を写した映像と異なる。国情のためか、広場という場所的な条件からか、不明である。
★ペタンク大会(1896)・・・小さなボールを投げる競技・ペタンクに興ずる人々の様子を撮影したもの。カメラをボールを投げる人に正対して据え、画面の真正面からこちらに向かってボールが飛んでくる斬新な構図に観客は目を見張る。
★蛇踊り
★蛇踊り(1897)・・・「蛇踊り」ものの別バージョン作品。こちらは男性が演じているモノクロ版。
★ペラーシュ駅に到着する列車から撮影されたパノラマ(1896)・・・リヨンにて。列車の到着の様子を撮影したもの。リュミエール社に限らず、この頃撮影された作品には列車の到着する様子を撮影した作品は非常に多い。当時にも「鉄オタ」がいたのかと考えがちだが、すべての人々が「鉄道」というものに対して畏敬の念を持っていて、生活に不可欠な重要な「足」だった時代の「鉄道」と、時代が進んで次第に「鉄道」がマイノリティ化したときに、同じマイノリティとしての「鉄オタ」が出現してきたと考えるべきなのか、複雑な思いがする。
★ベルヴューのケーブル鉄道からのパノラマ・・・下りのケーブル鉄道から、駅や街並みを撮影しようと試みたものだが、映像が粗く明確な映像とはならなかった。
★ベルクール広場(1896)・・・リヨンにて。広場を行き交う人々、馬車などの様子を撮影したもの。2階くらいの高さから見渡すように撮影されている。
★ベルファスト:キャッスル広場・・・広場を行き交う人々や場所の様子を撮影したもの
★ベルファスト・救出の演習(1897)・・・消防隊がはしごを使って救助する練習の様子を撮影したもの。 やや遠くから撮影しているために全体を把握できるようなカメラポジションの工夫が窺える。途中でハシゴをつなげて高いところまで救助する救助の様子を紹介した珍しい映像
★ベルリン・卸売市場の門・・・通りの様子を撮影したもの。馬車や市電が走っている。
★ベルン・シャム王の到着(1897)・・・スイス・ベルンにて。タイの国王が到着し、行進する様子を撮影したもの。他作品でもよく見るシチュエーションの作品だが、ナレーションによれば、ここで「SUNLIGHT」の看板が設置されていたらしいのだが、完成した作品には映っていない。
★変化する帽子(1896)・・・1枚の布切れを様々な帽子の形にして見せる芸を撮影したもの。演じているのは、リュミエール兄弟の父親アントワーヌの友人で奇術師のトレウェー。帽子を被った人物(中国人、警官)の顔つきまで真似している芸自体が愉快。なかなかおもしろい。この映像を見て早野凡平の「ほんじゃまか帽」の芸を思い出した。このフィルムを見て芸を真似たのだとしたら、かえってそれも凄いことだなと感心した。
★ポー・丘(1900)・・・丘に集う人々の様子を撮影したもの。丘からはピレネー山脈を望むことができるとあるが、この作品では見ることができない。
★砲兵(砲撃演習)
★ポスター貼り・・・「シネマトグラフ グラン・フォー」と書かれたポスターを、ある男が「シネマトグラフ リュミエール・リヨン」と書かれたポスターに貼り変えて、前のポスター貼りの男と喧嘩になる様子を撮影したもの。演出された作品だが、シネマトグラフの名を語る偽者が多く登場したことから、それを題材とした作品らしい。
★マイアーヌ・鼓笛隊の行進・・・鼓笛隊の行進の様子を撮影したもの。ミストラルという有名な(?)詩人の姿も見える。
★埋葬・・・カイロにて。葬列の様子を撮影したもの。ナレーションによると、葬列の後ろの女性たちは「泣き女」だという。
★マクシミリアネウム(1898)・・・ミュンヘンにて。マクシミリアネウムと呼ばれる建物と、前の通りの様子を撮影したもの。
★マットレス職人の喧嘩・・・コント。マットレスを作る仕事中の2人の女性が喧嘩を始め、マットレスに入れる動物の毛を互いに投げつけ合う。通り掛かりの男性が止めようとするが、逆に2人の女性から動物の毛を投げつけられる。
★マラーの死・・・マラーが暗殺された様子を再現した舞台を撮影したもの。工夫も迫力も感じられないのは、別の作品と同じセットで急遽撮影されたものだからとの説明がある。この話は、ピーター・ブルックが1967年に監督した「マルキ・ド・サドの演出によりシャラントン精神病院の患者たちによって演じられたジャン・ポール・マラーの迫害と暗殺」の元ネタである。安直に作られたのは残念でが、逆に言えば、リュミエール兄弟が残した1422本は、「宝の山」の総目次とも言えなくはない、現代人がどう活用するかにかかっている、たぶん。
★マルティニエール校の休み時間・・・学校の校庭に佇む学生たちの様子を撮影したもの。
★身づくろいする日本人女性・・・髪結いを終え、手伝ってもらいながら帯を締める日本人女性の姿を撮影したもの。きちんと身づくろいした少女が脇にいて、カメラを気にしている。後半で帯を締めている女性に何かを渡すポーズのままじっとしている少女の姿に女性が思わず笑う。少女の緊張を笑ったのか、西洋人撮影者の演出の指示が奇妙で笑ったのかは不明。撮影・ガブリエル・ヴェール(「明治の日本」所収作品)
★水をかけられたカード遊びをする人・・・コント。カード遊びをしている2人の男が喧嘩になり、近くで水を撒いている男が止めるために水をかける。すると、喧嘩をしていたうちの1人がホースを奪ってもう1人の男に水をかけようとして、水を撒いていた男も喧嘩に巻き込まれてしまう。巻き込まれる男が、やられっぱなしでおもしろい。そのうえ巻き込まれる男は、通り掛かりの男から水をかけるようにそそのかされたのだが、当のそそのかした男はいつの間にやらどこかに消えてしまい、男の要領の悪さが一層笑いを誘う。
★水をかけられた撒水夫(1895)・・・撒水夫が水を撒いている最中、少年がホースを足で踏んで水を止める、水が出ないので不審に思った撒水夫がホースを覗きこんだところで少年が足を離し撒水夫の顔に勢いよく水がかかる。リュミエール作品のうち「工場の出口」「列車の到着」と並び最も著名な作品で、見る機会もきわめて多い。画面左に水を撒いている男、右にホースを踏む少年という考えられた構図で、捕まえて懲らしめに少年のお尻を叩くときも、カメラの位置を見定めてよく映るように中央にわざわざ少年を引っ張ってくる作為も微笑ましい。ナレーションによれば水を撒いている人物が後年「あれは演出によったものではなかった」と語ったというが、指導を受けなくとも「写りのいい」のポジションに身を置く咄嗟の判断は、あらゆる意味で「芝居」といっていいし、散水夫の作業風景を撮影しただけのようでいて、ゴムホースを踏まれて水が出なくなるという状況の破綻をきっかけとするシチュエーションの設定が、より大きな意味での「演出」といっていいと思う。史上初のコメディ映画とも評され、チャップリンやトリュフォーもオマージュを捧げているユニークな一本である。この作品に関して、サドゥールは、このように述べている。《技術的な仕上がりは、必ずしも優れているとは言えない。撮影はぼやけ、構図は平凡で、自然の背景は葉が茂りすぎていて、雑然としている。しかし、このフィルムはその有名なギャグによって大成功をおさめたが、このギャグは、後年エディスンの2本のフイルムの中で使われるフレッド・オットの鼻先で子供が胡椒入れを振り回すのを予告するものであった。このフィルムによる最初の物語が収めた成功によって、映画芸術の道は開かれた。》
★港での荷下ろし・・・撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)
★港を離れる小船(1896)・・・港から手漕ぎで海へと向かっていくボートを撮影したもの。 途中、波にあおられボートが横向きになってしまい、少し高い波に大きく動揺するフィルムは終わる。ルイ・リュミエールが撮影した作品。《逆光線が波に申し分のない立体感を与え、独創的で巧みな構図は画面の上方の一角にリュミエール家の二人の夫人と彼女らの赤ん坊たちを立たせている。ある種の詩情がこの画面から醸し出され・・・見事な写真的効果をあげた。》サドゥール「世界映画史」
★ミラノ・ディアナの水浴・・・プールで飛び込み台から飛び込む人々の様子を撮影したもの。勢いよく飛びこむ様子は、動きが激しくおもしろい。
★ミラノ・ドゥオーモ広場(1897)・・・ミラノの通りを行き交う人々の様子を撮影したもの。市電と馬車と徒歩の人々が入り混じって行き交う。これはミラノに限らず、当時のヨーロッパの大都市に見られる光景で、19世紀末の大都市の通りがどういったものだったのかを知ることができる貴重な映像である。
★「明治の日本」約22分・1897~1899、(日本編28作品を所収)・・・リュミエール社作品、製作・ルイ・リュミエール、オーギュスト・リュミエール。エジソンが発明したキネトスコープを改良し、「動く写真」をスクリーンに映写して多くの人が同時に見られるようにした革新的なシネマトグラフ。のぞき穴から一人ずつ見る「見世物的なもの」から脱して、映像をスクリーンに投影して多くの人が見られるということで「興行」が可能になったことから、映画の父と呼ばれるリュミエール兄弟は、世界各地に映写技師を兼ねたカメラマンを派遣した。各地の風俗をフィルムに収めて上映カタログを増やすこと、および興行者への機材のPRなど目的は2つあった。そのなかの日本で撮影されたもの28本(単品では1分弱のワンシーン・ワンカット、まだモンタージュの概念は発見されていない)のフィルムをまとめたものが「明治の日本」Les Premiers Films Lumière:Japonで1960年代にシネマテーク・フランセーズからフィルムセンターに寄贈された。撮影されたのは1897年から1899年だが「明治の日本」冒頭の解説には、1897年から1900年とある。リュミエール社の技師コンスタン・ジレルが日本に滞在し撮影とシネマトグラフの上映を行なったのは、1897年1月から10月にかけて。もうひとりの技師ガブリエル・ヴェールが日本にいたのは、1898年10月から1899年の3月にかけて。京都の紡績会社監査役としてフランスに渡っていた稲畑勝太郎という人物が、留学生時代に同窓だったオーギュスト・リュミエールと再会、彼にシネマトグラフを見せてもらって新たな事業になりそうだと判断して機材を購入、ジレルを同伴し帰国したのが日本撮影のきっかけとなった。各国・各地に派遣された技師とリュミエール社との契約内容は「各地で撮影して現像、映写会を開く。収益は会社と技師の折半」だったらしい。柴田常吉は、〈現存する最古の国産映画〉「紅葉狩」1899の撮影者として知られる。その前に撮影したフィルムは「明治の日本」で見ることができる。
★メキシコのダンス
★モード妃の結婚行列(1896)・・・イギリスにて。王族の結婚パレードと、それを見るための群集の様子を撮影したもの。
★モントルー・水仙祭(1900)・・・スイスにて。中世の格好をした子供たちが駕籠に乗せられ、パレードする様子を撮影。
★モン・ドール・温泉場・・・温泉場の通りの風景を撮影したもの。神輿のような箱を人々が担いで移動している。湯治客の体が冷えないように密閉した箱に入って移動するのだという。おもしろい発想だが、金持ちでなければ持ち得ない発想ではある。
★モン=ドレのケーブル鉄道の眺望(1898)・・・山を登って行くケーブル鉄道から下に見える眺望を移動撮影したもの。木の間ごしに見える街並みの眺望は見事。
★野外でバイオリンとピアノ、合唱の様子を撮影・・・各人の息が合っておらず、ちょっとした口論をしているように見える、会話は聞こえないので、はっきりわからない。もちろん、演奏の音も聞こえないので、どんな曲を演奏しているのかもわからない。製作者が、聞こえない音楽を演奏している様子を映し出してもつまらないと思って、口論の小芝居を入れたという可能性もある。音が伝えられないことを残念に感じた製作者のせめてものサービス精神と理解すべきか。
★椰子の下のロバ・・・ファラオの首都メンフィスにて。後ろにラムセス二世の像が横たわる前を、ロバに乗った人々が椰子の木の間を縫って走っていく。横たわるラムセス二世像がエジプト感を漂わせている。
★野生の馬の捕獲
★屋根の上の追跡(1898)・・・屋根の上のセットで泥棒と警官が追いつ追われつの芝居を撮影したもの。後年の激しいドタバタとはいえないが、チャップリンやキートンなどの後進者にドタバタ追跡劇の映像的な面白さの重要なヒントを与えた貴重な映像である。ゴーモン社がこの作品のセットをそのまま買い取り、この作品とほとんど同じ作品を撮影したとナレーションの説明がある。
★ヤファの門 東側・・・エルサレムにて。門の前を行き交う人々の様子を撮影したもの。
★遊歩道を歩く大統領(1901)・・・ニースの遊歩道を歩く大統領たちの様子を撮影したもの。
★愉快なガイコツ・・・操り人形のガイコツがダンスを踊る様子を撮影したもの。光の加減で、ときおり糸が見える。
★雪合戦(1897年)・・・リヨンにて。道路を挟んで雪合戦をする人々の様子を撮影したもの。道路の中央を走ってくる自転車めがけて雪玉を投げ、自転車の人物が転ぶまで投げ続ける。しかし、これでは、まるで中央を自転車で走る男を双方から攻撃するだけで、「雪合戦」の趣旨から大きくはずれることになりはしないかと思うし、だいたいこの「やられっぱなし」は、日本のフィフティ・フィフティが原則の遊び「雪合戦」とは到底異なる。面白い映像を撮るために即興で考え付いた単なる「アイデア」かもしれない。
★ライオン
★ライム・ストリート(1897)・・・リバプールの通りの様子を撮影したもの。
★ラ・シオタ駅に到着する列車(フランス)・・・煙を吹き出す機関車が駅のホームに、それを待ちわびた人々が一斉に列車に乗り込む。生まれて初めて映画というものを目にしたパリの市民たちは、音もなく奥から迫り来る列車が本当に画面から飛び出して轢かれると思い、パニックになって逃げ惑った伝説の映画。
★ラ・シオタの造船所(1896)・・・造船所で働く人々の様子を撮影したもの。しかし、カメラに気を取られてほとんどの人々がカメラの方を見ている。そこに板を担いだ人々が登場。これは演出くさい。板を担いだ人々がカメラを見ていないことからもそれが伺える。
★ランブイエに狩りに行く国王陛下と大統領(1903)・・・狩りにいくために建物から出てくる国王、大統領らを撮影したもの。「狩りに行く」とタイトルされているが、狩り用の服装をしているわけではない。
★両陛下のゴンドラでの出発(1898)・・・イタリアにて。イタリアとドイツの国王が水上のゴンドラに乗り込む様子を撮影したもの。
★両陛下の前を行進する体操選手・・・イタリアにて。子供たちが行進する様子を撮影したもの。国王は写っておらず、男の子たちが行進する様子がひたすら写される。ナレーションによれば、当時体操を女子が行うことは認められていなかったために男子ばかりなのだそうだ。
★リヨン・ウサギの救出(1896)・・・ウサギを建物の2階から、水の上のゴンドラに運ぶ様子を撮影したもの。洪水が発生したために、ゴンドラを使ってウサギを救出したのだそうだが、遠景なので、説明がなければ、それがウサギとはわからない。
★リヨン・観光船の下船・・・船から桟橋を渡って降りてくる人々の様子を撮影したもの。ほぼ正面から撮影しているために、人々はカメラに気づき、視線を向ける。中には帽子を取って挨拶したり大きく振る人までいる。類型化して考える必要もないが、あえていえば、「工場の出口」と同系統の作品と言える。
★リヨンの写真会議に参加(1895)・・・下船する人々の様子を撮影したもの。写っているのは写真協会の人々で、リュミエール兄弟はこのフィルムを翌日の会議の際に上映して、参加者を驚かせた。
★リヨンの写真学会参加者の下船
★ルーベ大統領リヨンへ(1900)・・・ルーベ大統領が馬車できて、勲章を授与し、建物から出る様子を撮影したもの。3つのシーンが編集でつながれている。ナレーションによると、複数のショットがつながれた唯一のリュミエール社作品という。3つのシーンは一連ではないと思われる(建物にやってきて、建物の中で勲章を授与し、その建物から外に出るという一連の流れに沿った編集ではない)。
★ルーマニアの国王夫妻とその護衛(1897)・・・ブカレストにて。国王夫妻のパレードと、それを見守る人々の様子を撮影したもの。
★ル・ポン・ヌフ・・・パリ、ポン・ヌフ橋にて。行き交う人々の様子を撮影したもの。ナレーションによれば、100年前と光景は変わらないという。
★レースからの帰り・・・撮影・ガブリエル・ヴェール(「明治の日本」所収作品)
★霊柩車(1901)・・・イギリスにて。ビクトリア女王の葬列の様子を撮影したもの。構成は、別に撮影された戴冠式同様、馬に乗った行列とそれを見守る多くの人々という同じ構成ながら、こちらは葬送の荘厳な雰囲気、戴冠式は華麗な雰囲気が、比較できて興味深い。
★霊柩車1(1899)・・・フォール大統領の壮大な葬列の様子を撮影したもの。タイトルからイメージするものとは、かなり違うかもしれない。
★レガッタの行程(座っている漕ぎ手)
★列車から撮影されたペラシュ駅に到着するパノラマ(1896)・・・リヨンにて。トンネルを抜けてから駅に到着するまでの列車の中から景色を撮影したもの。ナレーションによれば、映り込んでいる建物で現存するものはないという。時は流れ、人々は去り、そこで営まれた人々の建物もすべて消え去っても、映像だけはこうして残る。映像のチカラを感じる。
★列車の到着・・・世界最初の映画とされている3本といえば、「水をかけられた撒水夫」、「工場の出口」、「列車の到着」ということになりますが、しかし、いまさらですが、ここに掲げた「列車の到着」は、かの歴史的作品とイコールではないのではないかと危惧しています。というのは、あとから得た情報を各々に付け足していく過程で、自分の判断からこのリストアップした「列車の到着」の項目に「撮影・コンスタン・ジレル(「明治の日本」所収作品)」と入れたことによって、その結果、かの有名な3本のうちの1本(1895年12月28日、パリ・キャプュシーヌ大通り14番地グランカフェの地下「サロン・ナンディアン」において上映され、「汽車に引かれる!」と観客を大パニックにおとしいれ逃げ惑わせたという歴史的作品「列車の到着」)を自分のリストから消滅させてしまいました。たしかにコンスタン・ジレルが撮影したと思しき作品「列車の到着」なら、汽車が名古屋駅に到着したあと日本人がカメラをチラ見して列車に乗り込むという映像が存在します(「映像の世紀11 japan」をyou tubeで見て確認)。ただ、このリスト作成にあたり基盤とするために参照した「1995年山形国際ドキュメンタリー映画祭」のリストにおいて、もともといずれかの作品かが上映されなかったということも大いに考えられるので、ここはあれこれ迷わず、歴史的作品「列車の到着」を別項目として新たに立てることに決めました。
★列車の到着・・・サドゥールは、世界最初の映画「水をかけられた撒水夫」と「列車の到着」を《将来の重要な発展の可能性をその萌芽として内蔵し、もっとも模倣された2本》と位置付けたうえで《現在、映画が用いている連続的なすべての画面は、事実この「列車の到着」の中で用いられていた。つまり、地平線に現れた列車の全景から、その近写までである。しかし、これらの画面は、切り離され、編集されているのではなくて、一種の移動撮影を逆にした形で結び付けられている。カメラが移動するのではなくて、対象や人物が絶えずカメラに近づいたり、それから遠ざかったりしている。そして、この視点の絶え間なき変化によって、現在のモンタージュによるショットの連続と同じように変化する一連の映像が、このフィルムから引き出されるのである。》
★ローマ・リペッタ橋・・・橋を行き交う人々の様子を撮影したもの。多くの作品のなかで駅や橋を扱ったものが多いのは、橋や駅が人が集まりやすく、行き交う場所で、当時の人々を記録するのに適した場所だったからである。
★ローラー(1897)・・・リヨン郊外の運河にて。地面を馴らす車と、車が通った後にさらに馴らす人々の姿を撮影したもの。
★露営のダンス・・・スペインの兵隊たちが、ダンスを踊っている様子を撮影。
★60頭の馬に運ばれる砲塔・・・60頭の馬が砲塔の乗った車を引く様子を撮影。
★ロッキングチェア・・・「ウィリアム・テル」にも登場した白人・黒人のピエロ2人が演じるコント。ロッキングチェアそのものは出てこない。普通のイスを横に寝かして背の部分に2人が坐る。片方が立ちあがると、バランスが崩れて片方が転ぶというネタ。余った時間には白人のピエロが軽業を見せる。体格には似ずきわめて器用。黒人の方が、ちょっと飛んでみたりするだけなのが中途半端で笑える。
★ロベスピエールの死・・・ロベスピエールが射殺される様子を描いた舞台を撮影したもの。凝りに凝った書割と発砲の際に立ち上る煙も印象的だが、ロベスピエールは射殺されたのではなく、ギロチンにかけられて殺されたのだと解説がある。(ナレーション)
★ワシントン・国民に向かって演説するマッキンリー大統領(1897)・・・演説をする大統領と、それを聞く観衆の様子を撮影したもの。距離がありすぎて大統領の詳細な姿はわからないが、帽子を振る観衆の熱い熱気は伝わってくる。





【リュミエール研究 参考文献】
★映画の原点を、いま改めて味わいつくす! : 「リュミエール!」DVD発売記念 対談 ティエリー・フレモー×黒沢清 掲載誌 キネマ旬報 (1776):2018.4.下旬 p.116-119
★謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス ゴッホ 最期の手紙 リュミエール! 映画評を超えた現代論 伊藤智永 サンデー毎日 96(61)=5437:2017.12.3 p.143-145
★Lumière 天使盤 録音資料 Ange☆Reve. ポニーキャニオン, 2017.5
★ぼくは亡霊と愛を交わした タハール・ラヒム インタビュー (亡霊はリュミエールの国へ還る : 黒沢清監督、初のフランス映画 ダゲレオタイプの女)  キネマ旬報 (1730):2016.10.下旬 p.33-35
★愛の怪談と銀色の陰彫 黒沢清[監督] インタビュー (亡霊はリュミエールの国へ還る : 黒沢清監督、初のフランス映画 ダゲレオタイプの女) 川口敦子 キネマ旬報 (1730):2016.10.下旬 p.28-32
★映像作品「ミシンと機関車」制作ノート : リュミエール映画のワンカットについての考察 (赤平和順先生古稀記念号 ; 特集 映像と表現) 石原 康臣 表現学 / 大正大学表現学部表現文化学科 編 (2):2016.3 p.45-54
★La Lumière : スオウ画集 スオウ 著. KADOKAWA, 2015.3
★教員研究論文 映画の全体と無限 : ドゥルーズ『シネマ』とリュミエール映画 中村 秀之 立教映像身体学研究 = Rikkyo review of new humanities / 立教大学大学院現代心理学研究科映像身体学専攻 編 (3):2015 p.52-72
★換骨奪胎 : ホンマタカシの映像リテラシー(4)リュミェールと映像の自生性 ホンマ タカシ  芸術新潮 65(1)=769:2014.1 p.136-140
★写真の百科事典 日本写真学会 編. 朝倉書店, 2014.9  Dorothea Lange)//20リース(ジェイコブ・リース Jacob Riis)//20リュミエール兄弟(兄: Auguste Marie Louis Lumière, 弟: Louis Jean L
★図説世界史を変えた50の機械 エリック・シャリーン 著, 柴田譲治 訳. 原書房, 2013.9   15 ウェスティングハウス交流送電システム//p5816 バーリナー「グラモフォン」//p6017 リュミエール「シネマトグラフ」//p6618 マルコーニの無線電信//p7219 ディーゼル機関//p7820 ...05,106ホイットワース、ジョーゼフ(平削り盤)//24-5ボイン、W//157ボウリー、レオン(リュミエール「シネマトグラフ」)//68ホルト、ベンジャミン・L(キャタピラーコンバインハーベスター)//114...・ロトモ芝刈り機)//160-3リッチー=クレティアン式望遠鏡//213リード、ホワイトロー//48リュミエール「シネマトグラフ」//66-71リンドバーグ、チャールズ//175ルスカ、エルンスト(シーメンス電子
★切手が語る医学のあゆみ = MEDICAL HISTORY BY POSTAGE STAMPS 古川明 著. 日本図書センター, 2013.2  ルードウィヒ//166,283,373Lurniere, Auguste & Louisリュミエール兄弟//502Luna, Joseルナ//255Luther, Martinルター//113Lutz
★映画/行為 : リュミエール社の映画をめぐって、映画のもう1つの可能性を考える 博士論文 川部良太 [著]. [川部良太], [2013]
★六〇年代ゴダール : 神話と現場 (リュミエール叢書 ; 38) アラン・ベルガラ 著, 奥村昭夫 訳. 筑摩書房, 2012.9
★図解・カメラの歴史 : ダゲールからデジカメの登場まで (ブルーバックス ; B-1781) 神立尚紀 著. 講談社, 2012.8 234リコーオートハーフ//194リコーフレックスIII//86リード//56硫酸第一鉄溶液//29リュミエール兄弟//33両優先式AE一眼//160履歴現象//120レトロフォーカス//135レトロフォーカスタ
★《家族》表象と映画メディア--リュミエール映画から小津安二郎「東京物語」まで (家族論の新しい課題を求めて) 高橋 世織 青山学院女子短期大学総合文化研究所年報 / 青山学院女子短期大学総合文化研究所 編 (18) 2011.1 p.167~182[含 英語文要旨]
図書 松下正明 総編集. 中山書店, 2010.12
★山田宏一の「映画教室」(第3回)映画史第一期(1)映画に未来はない--エジソンとリュミエールだけでなく 山田 宏一  フリースタイル : talking pop-culture magazine 3 2006.01 p.82~95
★ゴダール革命 (リュミエール叢書 ; 37) 蓮實重彦 著. 筑摩書房, 2005.9
★成瀬巳喜男の世界へ (リュミエール叢書 ; 36) 蓮實重彦, 山根貞男 編著. 筑摩書房, 2005.6
★レ・フィルム・リュミエール disc 4 映像資料 ジェネオンエンタテインメント, 2005.2
★レ・フィルム・リュミエール disc 3 映像資料 ジェネオンエンタテインメント, 2005.2
★レ・フィルム・リュミエール disc 2 映像資料 ジェネオンエンタテインメント, 2005.2
★レ・フィルム・リュミエール disc 1 映像資料 ジェネオンエンタテインメント, 2005.2
ム国王のカンボジア・ダンサー(76)鳥使い(77)教会に入る結婚式列席者(78)工場の出口-リヨンのリュミエール工場(79)ウォーター・スライダー遊び(80)ヴェネツィア-サン・マルコ広場の鳩(81)工場の出口2-リヨンのリュミエール工場(82)女王の中の女王の山車(83)山車と紙吹雪合戦(84)60頭の馬に運ばれる砲塔(85)ベル
★映画と自然--リュミエール兄弟からレニ・リーフェンシュタールへ 内藤 研 アリーナ / 中部大学 編 (2) 2005 p.243~245
★『ブレードランナー』論序説 : 映画学特別講義 (リュミエール叢書 ; 34) 加藤幹郎 著. 筑摩書房, 2004.9
★ゴダール全評論・全発言 3 (リュミエール叢書 ; 33) ジャン=リュック・ゴダール 著, アラン・ベルガラ 編, 奥村昭夫 訳. 筑摩書房, 2004.3
★香港への道 : 中川信夫からブルース・リーへ (リュミエール叢書 ; 35) 西本正, 山田宏一, 山根貞男 著. 筑摩書房, 2004.10
★NHK DVD「映像の世紀」(1)~20世紀の幕開け カメラは歴史の断片をとらえ始めた 映像資料 NHKソフトウェア, 2000.12  留学中の夏目漱石/シベルニーのクロード・モネ/晩年のオーギュスト・ルノワール/舞踊家ルイ・フェロー/リュミエール兄弟のシネマトグラフ/日本を撮影した一番古い映像/ボーア戦争/若き日のチャーチル/20世紀初頭のイギ
★ヒッチコック映画自身 (リュミエール叢書 ; 32) アルフレッド・ヒッチコック 著, シドニー・ゴットリーブ 編, 鈴木圭介 訳. 筑摩書房, 1999.10
★ゴダール全評論・全発言 1 (リュミエール叢書 ; 30) ジャン=リュック・ゴダール 著, アラン・ベルガラ 編, 奥村昭夫 訳. 筑摩書房, 1998.6
★映画誕生物語 (ノンフィクション・books) 内藤研 著. 小峰書店, 1998.12  リュミエール兄弟によって発明されたキネトスコープ以来昔の人たちが、いかに映画作りに燃えたかをつづる。
★ゴダール全評論・全発言 2 (リュミエール叢書 ; 31) ジャン=リュック・ゴダール 著, アラン・ベルガラ 編, 奥村昭夫 訳. 筑摩書房, 1998.10
★カナダ,メキシコ,キューバ,グアテマラにおけるリュミエール映画の受容--シネマトグラフの世界的浸透<その4> 永冶 日出雄  愛知教育大学研究報告. 人文・社会科学編 (通号 46) 1997.03 p.131~139
★ゴダール (リュミエール叢書 ; 29) 松浦寿輝 著. 筑摩書房, 1997.8
★バスター・キートン自伝 : わが素晴らしきドタバタ喜劇の世界 (リュミエール叢書 ; 28) バスター・キートン&チャールズ・サミュエルズ 著, 藤原敏史 訳. 筑摩書房, 1997.6
★ジョン・フォードの旗の下に (リュミエール叢書 ; 27) ハリー・ケリー・ジュニア 著, 高橋千尋 訳. 筑摩書房, 1997.6
★Cinema 101 : シネマ101 (3) 映像文化研究連絡協議会, Cinema101編集部 編. 映像文化研究連絡協議会, 1996-12
★表現と技術のあいだに--番外編 リュミエールのカメラマンの技術は高い (特集 映画史との対話 2) 越後谷 文博  Cinema 101 : シネマ101 / Cinema101編集部 編 (通号 3) 1996.12 p.80~90
★Cinema 101 : シネマ101 (2) 映像文化研究連絡協議会, Cinema101編集部 編. 映像文化研究連絡協議会, 1996-09  2)<4181782>シネマトグラフ・リュミエ-ルの発明と機構--草創期を振りかえって / ルイ・ リュミエール / p24~26 (0014.jp2)<4181783>写真業者リュミエ-ル--写真から映画へ,映画から写真へ / 村山匡一郎 / p27~31 (0015.jp2)<4181784>特集I リュミエール 〔インタヴュー〕 シネマトフラフ図解 / / p32~33 (0018.jp2)座談会 映画と写真の分岐点で何が起こったか--現在から見たリュミエ-ル,リュミエールから見た現在 / 生井英考 ; 村山匡一郎 ; 野村梓 ; 出口丈人 / p34~48 (0019.
★シネマトグラフ・リュミエールの発明と機構--草創期を振りかえって (特集 リュミエール)  ルイ リュミエール  Cinema 101 : シネマ101 / Cinema101編集部 編 (通号 2) 1996.09 p.24~26
★特集 リュミエール Cinema 101 : シネマ101 / Cinema101編集部 編 (通号 2) 1996.09 p.5~48,133~129
★リュミエール作品における構造的パターン--リュミエール映画にも物語はある (特集 リュミエール) Marshall Deutelbaum, 杉山 昭夫 訳  Cinema 101 : シネマ101 / Cinema101編集部 編 (通号 2) 1996.09 p.15~23
★リュミエール--家と会社の歴史 (特集 リュミエール)  Cinema 101 : シネマ101 / Cinema101編集部 編 (通号 2) 1996.09 p.133~130
★インタヴュー シネマトグラフを復元する--日本大学芸術学部・八木信忠教授に聞く (特集 リュミエール) 八木 信忠  Cinema 101 : シネマ101 / Cinema101編集部 編 (通号 2) 1996.09 p.6~14
★写真業者リュミエール--写真から映画へ,映画から写真へ (特集 リュミエール) 村山 匡一郎  Cinema 101 : シネマ101 / Cinema101編集部 編 (通号 2) 1996.09 p.27~31
★座談会映画と写真の分岐点で何が起こったか--現在から見たリュミエール,リュミエールから見た現在 (特集 リュミエール) 生井 英考, 野村 梓, 村山 匡一郎 他  Cinema 101 : シネマ101 / Cinema101編集部 編 (通号 2) 1996.09 p.34~48
★リュミエールに光を当てる--フランス (特集 一九九五年再考 ; 映画書) 村山 匡一郎  Cinema 101 : シネマ101 / Cinema101編集部 編 (通号 2) 1996.09 p.71~73
★みすず 38(5)(422) みすず書房, 1996-05
★見えない器--リュミエールと攻殻機動隊のあいだ--線と面(3) 鈴木 一誌  みすず 38(5) 1996.05 p.28~44
★アメリカにおけるリュミエール映画の受容および排除--シネマトグラフの世界的浸透<その3> 永冶 日出雄 愛知教育大学研究報告. 人文・社会科学編 (通号 45) 1996.03 p.107~115
★「リュミエールの子供たち」<特集> 河原 晶子, Jacques Perrin  キネマ旬報 (通号 1181) 1996.01.01 p.p150~153
★ユリイカ 28(1)(369) 青土社, 1996-01
★映画テレビ技術 = The motion picture & TV engineering (521) 日本映画テレビ技術協会, 1996-01 中継“あなたの街から”はどんな街? / 高野薫 / p13~13 (0011.jp2)映像の発見 「リュミエールの子供たち」 / 渡部実 / p14~15 (0012.jp2)規格の動き / 小林正恒 / p47
★キネマ旬報 (1181)(1995) キネマ旬報社, 1996-01 ; 新藤純子 ; 佐藤友紀 / p107~114 (0054.jp2)<3316424>特集 リュミエールの子供たち / 河原晶子 ; 石原郁子 / p150~153 (0076.jp2)<3316481>
★新ビデオラマ--もうひとつの映画館-13-リュミエール365夜--レ・フィルム・リュミエール 山田 宏一  ユリイカ 28(1) 1996.01 p.p16~23
★サイコ・シャワー (リュミエール叢書 ; 25) ジャネット・リー, クリストファー・ニッケンス 著, 藤原敏史 訳. 筑摩書房, 1996.6
★「イージー・ライダー」伝説 : ピーター・フォンダとデニス・ホッパー (リュミエール叢書 ; 26) 谷川建司 著. 筑摩書房, 1996.6
★映画監督という仕事 (リュミエール叢書 ; 24) フェデリーコ・フェリーニ, リータ・チリオ 著, 竹山博英 訳. 筑摩書房, 1996.3
★シネマトグラフの発明から映画の第2世紀に向けて--リュミエール/メリエス試論 (列車の到着を待ちわびて--リュミエールとメリエスの世紀<特集>) 水原 文人 キネマ旬報 (通号 1178) 1995.12.01 p.p107~109
★列車の到着を待ちわびて--リュミエールとメリエスの世紀<特集> キネマ旬報 (通号 1178) 1995.12.01 p.p106~115
★私の幸せは,メリエスの作品を笑いを心得た人に見せること (列車の到着を待ちわびて--リュミエールとメリエスの世紀<特集>) Madleine Malthete Melies, 筒井 武文 キネマ旬報 (通号 1178) 1995.12.01 p.p112~115
★映画テレビ技術 = The motion picture & TV engineering (520) 日本映画テレビ技術協会, 1995-12 “ドミノ”ユーザーリポート / 三好敏夫 / p36~39 (0021.jp2)技術図書室:リュミエール・シネマトグラフ / 八木信忠 / p46~49 (0026.jp2)実技のABC:テレビ番組制作/
★映画撮影 (129) 日本映画撮影監督協会, 1995-12  100年は青春だった / 伊藤聡 / p64~65 (0034.jp2)特集・映画誕生100年 リュミエール、メリエス、ルノワールへの旅 / 堀田泰寛 / p66~67 (0035.jp2)特集・映画誕生10
★キネマ旬報 (1178)(1992) キネマ旬報社, 1995-12 企画 96年お正月映画特集 / p87~93 (0045.jp2)特別企画 列車の到着を待ちわびて リュミエールとメリエスの世紀 リュミエール・メリエス試論 リュミエール映画の撮影監督 ガブリエル・ヴェール、コンスタン・ジレル マルティーヌ・マルテット=メリエス / 水
★創生夜話--ある交錯の物語:ジュネーヴ,1896年--スイスへのリュミエール・シネマトグラフの到来 (映画100年) Roland Cosandey 著, 武田 潔 訳  ユリイカ 27(14) 1995.12 p.p306~317
★リュミエールの考古学 長谷 正人 映像学 / 日本映像学会 [編] (通号 55) 1995.11 p.p86~101
★現代思想 23(11) 青土社, 1995-10
★映画はその役割を果たす術を知らなかった--リュミエール100年にあたってのインタヴュー (ゴダールの神話)  Jean-Luc Godard, ジャン=ピエール ラヴォワニャ, クリストフ ディヴォワール  現代思想 23(11) 1995.10 p.p8~23
★リュミエール映画としての「明治の日本」 (映画100年史の遺産-1-<特集>) 古賀 太 映像学 / 日本映像学会 [編] (通号 54) 1995.05 p.p47~56
★リュミエール兄弟が映画の開発に果たした役割 (映画100年史の遺産-1-<特集>) 八木 信忠 映像学 / 日本映像学会 [編] (通号 54) 1995.05 p.p35~46
★東欧諸国におけるリュミエール映画の受容--シネマトグラフの世界的浸透-2- 永冶 日出雄  愛知教育大学研究報告. 人文科学 (通号 44) 1995.02 p.p141~154
★ケン・ローチ論--「リュミエール的原点」を取り戻そうとするために (ケン・ローチ,あるいは視線に宿る生命(いのち)<特集>〔含 フィルモグラフィ〕) 丹生谷 貴志  キネマ旬報 (通号 1151) 1995.01.01 p.p132~134
★キネマ旬報 (1151)(1965) キネマ旬報社, 1995-01  フィルモグラフィ / p131~138 (0066.jp2)<3588610>ケン・ローチ論--「リュミエール的原点」を取り戻そうとするために / 丹生谷貴志 / p132~134 (0067.jp2)<358
★光の生誕リュミエール! 朝日新聞社文化企画局 編. 印象社, c1995
★触れない光 : Yokohama・Yokosuka 1994-95 西山英彰写真集 西山英彰 著. リュミエール, 1995.9
★映画100物語 外国映画篇 読売新聞社 編. 読売新聞社, 1995.7  リュミエールからスピルバーグまで、映画がつくった20世紀 : 1895~1994
★『市民ケーン』、すべて真実 (リュミエール叢書 ; 21) ロバート・L.キャリンジャー 著, 藤原敏史 訳. 筑摩書房, 1995.6
★わがハリウッド年代記 : チャップリン、フォードたちの素顔 (リュミエール叢書 ; 20) ロバート・パリッシュ 著, 鈴木圭介 訳. 筑摩書房, 1995.3
★リュミエール元年 : ガブリエル・ヴェールと映画の歴史 (リュミエール叢書 ; 23) 蓮実重彦 編. 筑摩書房, 1995.12
★「リュミエールの子供たち」オリジナル・サウンドトラック EPICレコード, 1995.12
★ジャン・ヌーヴェル : リュミエールー光 (ギャラリー・間叢書 ; 1) ギャラリー・間 企画・編集. TOTO出版, 1995.10
★映画監督に著作権はない (リュミエール叢書 ; 22) フリッツ・ラング, ピーター・ボグダノヴィッチ 著, 井上正昭 訳. 筑摩書房, 1995.10
★西欧諸国におけるリュミエール映画の受容--シネマトグラフの世界的浸透-1- 永冶 日出雄 愛知教育大学研究報告. 人文科学 (通号 43) 1994.02 p.p131~143
★映画の密談 : 11人のシネアストに聞く (リュミエール叢書 ; 18) 鈴木布美子 著. 筑摩書房, 1994.9
★北野武vsビートたけし (リュミエール叢書 ; 17) 阿部嘉昭 著. 筑摩書房, 1994.8
★加藤泰,映画を語る (リュミエール叢書 ; 19) 加藤泰 著, 山根貞男, 安井喜雄 編. 筑摩書房, 1994.10
★映画学 (7) 映画学研究会 [編]. 映画学研究会, 1993-03  ; 杉山昭夫 / p118~123 (0061.jp2)<4054794>[論文] 火星のリュミエール タチ的世界の探査報告 / 坂尻昌平 / p135~144 (0069.jp2)<4054796>[
★映画の創出とルイ・リュミエールー2-グラン・カフェにおけるシネマトグラフ一般公開(1895年12月~1896年12月) 永冶 日出雄  愛知教育大学研究報告. 人文科学 (通号 42) 1993.02 p.p87~100
★ハリウッド映画史講義 : 翳りの歴史のために (リュミエール叢書 ; 16) 蓮実重彦 著. 筑摩書房, 1993.9
★ファイナル・カット : 「天国の門」製作の夢と悲惨 (リュミエール叢書 ; 15) スティーヴン・バック 著, 浅尾敦則 訳. 筑摩書房, 1993.3
★火星のリュミエール--タチ的世界の探査報告 坂尻 昌平  映画学 / 映画学研究会 [編] (通号 7) 1993 p.135~144
★映画の創出とルイ・リュミエールー1-シネマトグラフの発明から学術的な集会での公開まで 永冶日出雄  愛知教育大学研究報告. 人文科学 (通号 41) 1992.02 p.p89~100
★レオス・カラックス : 映画の二十一世紀へ向けて (リュミエール叢書 ; 13) 鈴木布美子 著. 筑摩書房, 1992.3
★アントニオーニの誘惑 : 事物と女たち (リュミエール叢書 ; 12) 石原郁子 著. 筑摩書房, 1992.3
★増村保造 : 意志としてエロス (リュミエール叢書 ; 14) 山根貞男 著. 筑摩書房, 1992.12
★世界映画全史 第1巻 ジョルジュ・サドゥール 著, 村山匡一郎, 出口丈人 訳. 国書刊行会, 1992.11  映画の発明 : 諸器機の発明1832-1895 プラトーからリュミエールへ
★光をめぐって : 映画インタヴュー集 (リュミエール叢書 ; 9) 蓮実重彦 編著. 筑摩書房, 1991.8
★1923溝口健二「血と霊」 (リュミエール叢書 ; 11) 佐相勉 著. 筑摩書房, 1991.12
★美女と野獣 : ある映画の日記 (リュミエール叢書 ; 10) ジャン・コクトー 著, 秋山和夫 訳. 筑摩書房, 1991.12
★リリアン・ギッシュ自伝 : 映画とグリフィスと私 (リュミエール叢書 ; 8) リリアン・ギッシュ, アン・ピンチョット 著, 鈴木圭介 訳. 筑摩書房, 1990.8
★成瀬巳喜男の設計 : 美術監督は回想する (リュミエール叢書 ; 7) 中古智, 蓮実重彦 著. 筑摩書房, 1990.6
★キャメラを持った男 (リュミエール叢書 ; 6) ネストール・アルメンドロス 著, 武田潔 訳. 筑摩書房, 1990.6
★映画は戦場だ! (リュミエール叢書 ; 5) サミュエル・フラー 著, 吉村和明, 北村陽子 訳. 筑摩書房, 1990.1
★パリ,シネマ : リュミエールからヌーヴェルヴァーグにいたる映画と都市のイストワール ジャン・ドゥーシェ, ジル・ナドー 著, 梅本洋一 訳. フィルムアート社, 1989.9
★日本映画の現場へ (リュミエール叢書 ; 3) 山根貞男 著. 筑摩書房, 1989.7
★映画物語 (リュミエール叢書 ; 2) 大森一樹 著. 筑摩書房, 1989.6
★小津安二郎物語 (リュミエール叢書 ; 1) 厚田雄春, 蓮実重彦 著. 筑摩書房, 1989.6
★ベルトルッチ、クライマックス・シーン (リュミエール叢書 ; 4) ベルナルド・ベルトルッチ 著, 竹山博英 訳. 筑摩書房, 1989.11
★リュミエールの世紀 : 映画はパリからはじまった : 日本語版カタログ シリヴィー・トランブレイ 企画製作, 村山匡一郎 翻訳監修. 朝日新聞東京本社企画第二部, [1989]
★新刊展望 32(9)(512) 日本出版販売, 1988-08   (0011.jp2)ヤスケンのカルチャー・ジャック (20) 蓮實重彦・山田宏一監修のビデオ『リュミエール・シネマテーク』は、フリッツ・ラング、ヒッチコック、ジョン・フォード、エルンスト・ルビッチなど、19
★ラ・ヴィル・リュミエールにおける映像の展開 (PARIS<特集> ; ポンピドー・センター) 満中 司達 すばる 8(10) 1986.10 p.p109~114
★Lumiere 筑摩書房, 1985-1988
★國文學 : 解釈と教材の研究 28(10)(409) 學燈社 [編]. 學燈社, 1983-08  今村昌平) / 旦高昭二 / p96~97 (0051.jp2)<2548156>映画の衝撃30項--リュミエール兄弟 エイゼンシュテイン チャップリン ルネ・クレール レニ・リーフェンシュタール ジャン・コクトー
★リュミエールの閾 : 映画への漸進的欲望 (エピステーメー叢書) 四方田犬彦 著. 朝日出版社, 1980.6
★映像研究 (4) 日本大学芸術学部映画学科, 1976-09  動写真初輸入者の名前の怪 / 田中純一郎 / p71~73 (0038.jp2)フランス・リヨン市とリュミエール兄弟 / 山本豊孝 / p74~75 (0040.jp2)リュミエール巡礼 ブザンソン・リヨン・パリ / 八木信忠 / p76~80 (0041.jp2)留学生による映画
★キネマ旬報 (525)(1339) キネマ旬報社, 1970-06   ; 山田和夫 ; 山根祥敬 ; 山本喜久男 ; 渡辺祥子 / p23~23 (0012.jp2)リュミエール映画興行の道開く / p45~45 (0023.jp2)MPPC対独立映画連盟の抗争 / p46~4...156.jp2)(2)人物編 / p23~23 (0012.jp2)“動く映像”の発明者たち ルイ・リュミエール / 畑暉男 / p24~26 (0013.jp2)映画草創期の天才・奇才 ジョルジュ・メリエス /
★映画芸術論 山田和夫 著. 啓隆閣, 1968  8.jp2)映画への道 / p11 (0010.jp2)映画の特質 / p18 (0014.jp2)リュミエールからグリフィスへ / p26 (0018.jp2)映画芸術の成立 / p34 (0022.jp2)第
★朝日ジャーナル 6(24)(275) 朝日新聞社 [編]. 朝日新聞社, 1964-06 編集部 / 88 (0045.jp2)海外ジャーナル / / 97 (0049.jp2)世界の新聞 リュミエール / / 98 (0050.jp2)なくならぬ乗車拒否 / 大石悠二 / 100 (0051.jp2
★世界映画史 G.サドゥール 著, 丸尾定 訳. みすず書房, 1964  0004.jp2)第一章 諸器械の発明 / p3 (0007.jp2)第二章 最初の動く映像、ルイ・リュミエール / p9 (0010.jp2)第三章 ジョルジュ・メリエスの演出 / p18 (0015.jp2)
★映画芸術 9(5)(163) 編集プロダクション映芸, 1961-05   / やなせ・たかし / p56~57 (0029.jp2)なつかしのフランス映画(I)第一章 リュミエールの作品 / 岡田真吉 / p58~59 (0030.jp2)芸術の綜合化としてのテレビドラマ(1)
★壁画からテレビまで : 映画の新しい論理 岡田晋 著. 三笠書房, 1959 映像の論理 / p42 (0027.jp2)III 映画史の反省 / p59 (0035.jp2)リュミエールとメリエス / (0036.jp2)イギリス映画の忘れられた功績 / (0040.jp2)エドウ
★映画のたんじよう (少年少女基本学校図書全集 ; 11) 南部圭之助 著. 東西文明社, 昭和31  p2)うごく絵 / 20 (0014.jp2)うごく写真 / 24 (0016.jp2)エディスンとリュミエール / 27 (0017.jp2)はじめのころの映画 / 31 (0019.jp2)映画の魔術トリック
★世界映画史 ジョルジュ・サドゥール 著, 岡田真吉 訳. 白水社, 1952  005.jp2)第一章 諸器械の発明 / p13 (0009.jp2)第二章 最初の動く映像、ルイ・リュミエール / p20 (0013.jp2)第三章 最初の映画、ジョルジュ・メリエス / p32 (0019.
★キネマ旬報 (40)(776) キネマ旬報社, 1948-08  08.jp2)論説 ウィリイ・フォルスト / 野口久光 / p14~15 (0009.jp2)論説 リュミエール兄弟 / 石見爲雄 / p16~17 (0010.jp2)論説 今日の頽廃性について / 依田義賢




Commented by lumiere at 2019-05-17 17:56 x
こちらにリュミエールの全作品リストがあります。画像付きです。18本のみ行方不明です。
https://catalogue-lumiere.com
Commented by sentence2307 at 2019-05-17 20:31
ありがとうございます。
https://catalogue-lumiere.com
拝見しました。
いずれじっくり、リストつくりに取り組みたいと思います。
by sentence2307 | 2018-08-02 21:46 | リュミエール兄弟 | Comments(2)