世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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増村保造の今井正批判

先月、旧友から映画関係の本を何冊もいただきました。

なかでもいちばん驚いたのは、1982年にフィルムアート社から出版された「小津安二郎を読む―古きものの美しい復権」です。

表紙を見ただけなら、「小津安二郎を読む」がメイン・タイトルのように見えますが、背表紙では「古きものの美しい復権」(きっとこちらがサブ・タイトルです)の方が大きな活字で印刷されていて、メインのはずの「小津安二郎を読む」は、むしろ添え物みたいにやや小さな活字になっています。

書店の棚で初めてこの本と邂逅する読者は、他の多くの本のなかから、背表紙のこの活字が訴えかけてくる「古きものの美しい復権」という書名をまず目にするわけで、あえて背表紙に採用したこのタイトルが、この本の刊行当時の小津監督に対する認識の「空気感」を伝えているような気がします。

内容も、惚れ惚れするくらい実にクールです。

まずは、どんな些細なものでも、それが事実なら、なにひとつ見過ごしになどしないぞとばかりの静かな決意さえ伺える「年譜」と、製作年の順に並んだ作品群(ストーリー、スタッフ・キャスト、その作品が製作された時代的雰囲気が詳細に解説されています)と、小津情報の金鉱のような「小津事典」と、そして、自分もいちど試みたことがある「小津関係文献」とか、つまり、字数稼ぎのような余計なものは一切掲載されてないという、実にクールで実用を考えた信頼に足る名著です。

この基本書(自分では、この本をそう位置づけています)は、小津監督のコラムを書くうえで、自分にとっては欠かせない本になっていました、どんなにすぐれた大先生(名前は、あえて挙げませんが)の評論集なんかより、書いてあることが明確で、よほど頼りになる本なのですが、残念ながら自分の蔵書のなかにはなく、必要なときは近くの図書館にいって、2週間の期限を、さらに1週間延期してもらいながら借りていました。

自分にとっては、そういう名著です、

小津監督の作品や人柄を敬愛し、そして、その孤高の生涯に強く魅せられている人間なら誰しも、この本の持つ重要さは十分に認識しているはずです。

そういう大切な本を、このたび旧友があっさり譲ってくれたことに対する驚きもありましたが、むしろ、その「手放す」という行為に対して驚いてしまいました。

そして、その手放す理由を聞いて2度びっくりしました、いま少しずつすすめている「終活」の、これはそのひとつの行為なのだそうです。

反射的に出そうになった「えっえ~、まだまだそんな歳じゃないよ」という言葉を思わず呑み込みました。

そういえば、自分のいとこが、今年、墓を買ったという話をしていました。10年ほど前に定年を迎えた彼は、すぐに体調を崩して病院通いが始まり、この10年で心身ともにずいぶん弱気になってしまったように見うけられます。

彼の場合は次男なので、たとえ体の不調を来さなかったとしても、墓を買ったとは思いますが。

そして、契約したその霊園のサービスとかがあって、後日「遺影写真」を撮ってもらったと言っていました、その3枚を前にして、どれがいいかなとお茶を飲みながら、仲睦まじく夫婦で話し込んでいました。

自分などは、なんだか業者の言いなりになって愚弄されているように思うのですが、しかし、本人たちはさほどでもなく、とても楽しそうに終活というトレンディなブームにのって、来るべきその日に飾られるであろう自分の遺影写真の品定めに夢中になっていました。

とてもではありませんが、気の弱い自分などは、死を弄ぶそのグロテスクさに居たたまれない気持ちになりました。すでに死を達観しているのか、あるいは、なにも考えていないからなのか、なんだか空恐ろしくなり、到底まねのできないことと、思わずどん引きしてしまいました。

ほら、よく言うじゃないですか、定年を迎えたら、行きたかった旅行やできなかった趣味を存分にやろうと随分前から楽しみにしていたのに、会社を辞めた途端に皮肉にも病院通いが始まってしまったとかいう話、あれは、今までの会社勤めの緊張から解かれた気の緩みの表れだとか、通勤が結構なエクササイズになっていて、会社を辞めたとたん体を動かさなくなったから運動不足で不調になったんだとか聞いたことがありますが、しかし、その実態は、そんなことじゃなくて(自分が見聞きした限りでは)会社に勤めていた時に既に健康を害していたのに、仕事のために病院に行く時間が十分に取れず、疾患を先延ばしにしていたために、やっと病院に行くことが出来るようになった定年時には、症状が相当進んでいたと見る方が事実に近いような気がします。

つい先日も、いとこに会ったとき、秋から市が主催する「老後の安心講座~終活のすすめ」というのに参加するつもりだと、そのパンフレットを見せてくれました。「なんていったって高齢化社会だからね」というわけです。

こんなとき、以前なら自分は、「高齢化社会だろうがなんだろうが生きることとなんら関係のないことだ。それがいかなる社会であろうと」と全否定して論争になったものですが、もう、そういうことは止めにしました。

自分で「なんの関係もない」と言っているくらいなのですから、他人が死を弄んで楽しんでいようと、べつに何やかや言う権利など自分にはないと気が付きました。

なので、その講座で話されるという「成年後見制、相続、遺言、認知症、終末期医療、介護保険」など、いとこが得意気に滔々と話していることも、すこし距離を取って静かに聞き流すことが出来るようになりました。

さて、旧友が、大切な名著「小津安二郎を読む」を自分に無償で譲ってくれた理由というのが「終活」の一環と知って驚き、思わず連想した身辺雑事についてあれこれと書いてしまい、随分本論からはずれてしまいましたが、その贈られた本というのが10冊以上あって、すぐには読み切れず、いまのところ本棚に並べて置いてあり、気が向いたときにあちこち摘まみ食い的に読んでいる状態です。

あるとき、無造作に並べたその本の背表紙に何気なく視線を遊ばせていたら、ふっとあることに気が付きました。

目についたその本というのは、

★「映画監督・増村保造の世界」(ワイズ出版)増村保造著、藤井浩明監修
★「映画監督・中平康伝」(ワイズ出版)中平まみ著
それから、わが蔵書
★「今井正 映画読本」(論創社)今井正監督を語り継ぐ会

の3冊ですが、これらの書名を見ているうちにこの3監督のあいだで、ちょっとした論争があったことを思い出しました。

そのことを知ったのは、たしか「今井正 映画読本」のなかに収録されていた大島渚の論文だったはずとアタリをつけて開いてみたところ、やはり、そうです。

これです、これ。大島渚著「今井正 下手くそ説について」です。それにしても鬱憤晴らしみたいな凄い題名です。

増村保造が「下手くそ」と名指しで今井正を批判したそのままの言葉を客観的に紹介するかたちで、あたかも引用しているように見せかけて(つまり、増村の今井正批判に乗っかるかたちで)、実は大島渚も今井正批判にちゃっかり加担して、まんまと本音を吐いたのではないかと勘繰りたくなるような物凄いタイトルの論文です。

しかし、だからといって大島渚が、全面的に増村・中平にべったりと同調しているかというと、そんなことはありません、返す刀でこの二人もバッサリと批判しているあたりは、いかにも大島渚らしくて面白いなと思いました。

まず、2頁にも足りない小文なので、読み直しながら要約してみますね。(この小文が書かれたのは、1958年です)

≪どだい今ほど今井正をケナしやすい時はない。「夜の鼓」は評判が悪かったし当たらなかった。共産党はオチ目だし世の中は平穏無事だ。「社会科監督」今井正には辛い時である。≫という書き出しで始まるこの小文、3者の論争の要点をこうまとめています。


1 中平康と増村保造の批判の要旨
「とにかく演出技術が下手」
「なにか大そうなことを言おうとしているように見えるが、せいぜいのところ常識程度のものにすぎず、大衆雑誌の倫理感レベル」
「この程度の内容なら、なにも映画でなくとも社会批評の論文を読めば十分」

2 今井正の反論
「細かい演出技術が拙劣でも観客の心に訴えかけるものはある」
「表現が常識的・大衆雑誌の倫理観程度であったとしても、2人の作品はそれすら表現できてない」
「2人のシャシンが大衆に支持されてないのは、観客動員数の低劣を見れば一目瞭然」


お互いに痛いところをこうしてチクチクつつき合っているわけですが、大島渚は、この論争じたいを一蹴します、「おやっさん、はっきり言わせてもらいますがの、坂井も悪いがあんたも悪い。どっちこっち言うてないですよ。わしゃホントにあいそが尽きた。もうあんたの手にはのらん。盃は返しますけん、今日以降はわしを山守組のもんと思わんでつかいや。じゃけん、わしを騙した坂井はわしがとったる。あんたら、手出しせんといてくれ」みたいな。

3 大島渚の見解
今井正は、中平・増村が批判しているように、現在(1958年当時)の日本映画界で問題とされている「形式の革新」や映画における社会性の切実な問題意識をまったく有していないと言えるが、しかし、今井正を論難し否定する中平・増村が、はたしてその「新しさ」を持っているかというと、そうではない。


そして、大島渚はこう続けます。
≪今井正の発言や映画製作の根本にあるものは、「映画対観客」という考えである。今井正はいつも「観客」に何かを訴えかけようとして映画を作り、どのようにすれば「映画」を分かってもらえるかと懸命に考えている。そのことが、彼の作品を貫くヒューマニズムと合理的精神に基づく演出手法となって表れている。したがって彼の作品には、人間の内部の非合理なものは捉えられていないし、人間の存在もそれ自体が非合理なのではなく、周囲の状況の不備としてしか考えられていない≫としたうえで、
≪このような今井正の態度が、戦後の日本映画を貫くひと筋の赤い糸として、観客の信頼を集めてきたのは当然である≫と結論づけ、返す刀で中平・増村に
≪いま、中平・増村が今井正を批判するためには、この今井正の方法がなぜ十分に革新的であり得なくなってきたかという点についての分析と、今もなお今井正の作品に寄せられている観客の支持の保守的な部分を打ち砕き、革新的な部分を自らの上に背負う態度を必要とする。しかし、それははたして可能であろうか≫

大島渚は、あからさまに中平・増村に「お前らに映画の革新など、できるものか」という幾分嘲りに似た懸念を示しています。
それを大島渚は、こう表現しています。

≪中平・増村の発言および製作態度において特徴的なのは、それがつねに映画内部に閉ざされていることである。彼らが新しさと自負するものは、今まで監督がやらなかったことをやってやろう、ということにすぎない。この地点で今井正を批判しても無駄である。彼らの映画対観客という考え方のうえに立たなくては≫

どのように言おうが、大衆に理解されず、(映画に客が入らず)そっぽを向かれてしまえば、いくら気負ったところで、ひとりよがりで空回りの大風呂敷でしかなく、結局は、開き直って「オレのシャシンを理解できない観客はバカだ」と言いながら、みずから隘路に迷い込み、墓穴を掘り、身を横たえて腐り果てるのを待つしかない。大衆から忘れ去られ、映画史からも消し去られる。



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by sentence2307 | 2018-09-21 10:58 | 増村保造 | Comments(0)