世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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はたして映画は革命の道具か

中平康ばかりでなく、映画批評家に対する不信感というのは、映画監督には、とても根深いものがあります。

特に、晩年の黒澤監督などは日本国内では辛辣な批評にさらされ、マスコミからも無視されて、かろうじて海外の「遺産のような名声」で救われていたような感があって、なんだか憐れにさえ思ったこともありました。

もし、コッポラやジョージ・ルーカスがいなかったら、リスペクトなき日本におけるその晩年はきっとさらに惨憺たるものがあったと思います。当時、彼らコッポラやジョージ・ルーカスが霞むほど黒澤明を強力に援護した日本の映画批評家がいたかどうか、その印象はまったくありません。

そういえば、かの小津監督もひと言くらい、見当違いな作品批評に業を煮やして苦言を呈したことがあったはずと思い、「小津安二郎を読む」や「小津安二郎新発見」で探してみたのですが、残念ながら確認するまでには至りませんでした、でも、そりゃあ映画批評家やマスコミへの苦言のひとつやふたつくらいは「あった」と思います。

例えば、小津作品に対する典型的な批評として、こんなのがありました。

《ベテラン作家里見弴の小説を脚色した「秋日和」は、これよりも多くの点で優れている10年前の小津作品、すなわち「晩春」のほとんど歪めることのない「改作」にほかならない。・・・二つの作品のほぼすべての登場人物は、面白いほど交換できるものである。つまり、お決まりの笠智衆は「晩春」では父親だったが、「秋日和」では結婚する娘の伯父に扮し、原節子は結婚する娘から母親になる。また、「晩春」の叔母(杉村春子)は、笠智衆の演じる伯父に変形され、他方では司葉子が結婚する娘の役で原節子と入れ替わっている。こうした家族の些細な事柄は、外見的には他愛のないおどけたものであるが、実際にはもっと大切なことなのだ。というのも、少なくとも「晩春」から、小津(と野田高梧)は実際同じような作品を絶えず作り変えていて、囲碁のゲームの規則と同様な単純さと複雑さを持つ、家族の無限なヴァリエーションを繰り返しているに過ぎないからである。》(オリビエ・エケム「子供=王者の変身」)

褒めているのか貶しているのか、判断に苦しむこの評文ですが、小津ファンなら末尾の素っ気なく突き放したような部分「同じような作品を絶えず作り変えていて、囲碁のゲームの規則と同様な単純さと複雑さを持つ、家族の無限なヴァリエーションを繰り返しているに過ぎないからである」の舌足らずの感じはいかにも歯がゆく、もう一押し説明を求めたくなるような過剰反応を抱いてしまうのは当然です。

自分もまた、そう思ううちのひとりなのですが、しかし、ここでは、あれこれ言わず、小津監督の無常観を補足する意味で「小早川家の秋」のラストシーン、火葬場の煙突から出る煙を見上げながら交わす農夫・夫婦の言葉を挙げるだけで十分かなと思っています。


≪(河原)
女房「爺ィさまや婆ァさまやったら大事無いおもうけんども、若い人やったら可哀そうやなあ」
男「う~む、けんど、死んでも死んでも、あとからあとから、せんぐりせんぐり生まれてくるわな」
女房「そうやなあ、ようでけとるわ」≫


こういう事例から考えると、映画批評における見当違いの非難や貶しと受け取ってしまうなかにも、もしかしたら、表明する場所の字数制限が厳しいために(新聞の映画批評など「数百字の世界」です)説明不足もあって、読者がそれを読み誤るということも、あるいはあったかもしれないなと、一瞬ちらりと思ったのですが、しかし、かの「日本の夜と霧」に対する無節操な褒め倒しは「確信犯」そのもので、「映画」の評価のなかに、映画とは異質な評価基準が紛れ込んできた兆しなのではないかと思い直しました。

いまだ戦争の記憶が生々しく、政情不安定のなかで右傾化する政府に呼応するかのように左傾化に振れるメディアの「武器」として、映画は格好の標的になったことは、ちょうど米下院非米活動委員会が、まずは見せしめとしてハリウッドを生贄にしようとしたことと表裏をなしていると思います。いずれにしても、つねに無力な「映画」が、右と左とによって、思いのままに染め上げられてしまう「現実」というのが、そこにはあったと思います。

かつては体制におもねりへつらっていた同じ脆弱さで「進歩的知識人」にいち早く変貌を遂げたにすぎないヤカラが、その贖罪のような「民主主義コンプレックス」を駆使して褒め倒した大島渚の「日本の夜と霧」は、映画批評家(および知識人)にとって「試金石」になったのではないかという思いを自分は持ち続けてきました。

しかし、大島渚自身、この作品を一般的な映画作品(例えば成瀬巳喜男の「女が階段を上る時」)と同列に考えていたかどうかといえば、それはきわめて疑問です。たぶん、後年、この作品のことを話題に上らせることを嫌い、自分の作品として恥じてさえいたのではないかと推測しています。

前回、大島渚の「日本の夜と霧」について、≪内容はともかく、映画としてはどうなのという映画で、この作品を高ランクにつけた批評家を「批評家の定見なき無節操」といわざるをえません、「なんだか理解できないけれども、分からないからきっと凄いらしい、そうに違いない」という理由で票を投じたのではないかと想像します。≫と書きました。

大島渚の前作で金儲けの味を知った松竹が、さらに客の入るセンセーショナルな作品を大島渚に期待して「次回作」を求めたとき、資本の論理の逆を突いて大島渚が出した答えというのが、超映画「日本の夜と霧」なわけで、あきらかに、お前ら、これでもオレに映画を撮らせることができるのかと凄んだ松竹に対する挑発だったというのが、自分の考えでした。

そして、それは、(映画としては)それ以上のものではないという認識が大島渚の中にもあって、そんな作品を「映画」としてもっともらしく評価して、「ベスト10」の10位に選出した能天気な選者を、大島渚も含めて多くの映画監督たちが、その無定見を嘲り、失笑し、冷笑し、罵り、哄笑し、この程度の愚劣な者たち(映画に群がる業界の寄生虫)に自分の作品を評されることにやり場のない憤りを感じたに違いありません。

自分がそんな風に書いたときには、念頭には、「無知の映画批評家」しか想定してないというポーズをとって他の有象無象らに「逃げ場」を作ってあげたつもりでいたのですが、評価した連中をラインアップして驚きました。この映画をマジにとったとんでもない確信犯(大学教授や作家まで)が雁首を並べてゴロゴロいるじゃないですか、その幼稚な世間知らずぶりには、ちょっと驚いてしまいました。

そこで、選出当時、この「日本の夜と霧」に高評価を与えた選者というのを高得点順に調べてみることにしますね。

採点は、現在と同じ、「1位が10点、・・・10位が1点」方式です。選者総数は、42名。

いまから58年前に彼らがなんと言って「日本の夜と霧」に一票を投じ評価したか、実に楽しみです。



【「日本の夜と霧」に点数を投じた人々】

★10点 鶴見俊輔(評論家)
(評)映画が原作となって他の領域に働きかけるものを中心として選びました。「日本の夜と霧」はジャーナリズムの働きを映画によってよりよく果たした例と思います。「血は渇いてる」のなかでは、アメリカ産の社会心理学が、日本人の現在の関心によって見事に使いこなされています。マルクス主義をも近代主義をも見渡すことのできる視点を持つ人が映画製作の分野に現れたことがおもしろいです。
≪「よく果たした」とか「使い込まれた」とか、まるで映画をなにかの「手段」としてしか見てないこのようなイカガワシイ視点からは、映画史に張ったりをかました吉田喜重の虚像もついに見抜けなかったことが明かされているにすぎません。マルクス主義や近代主義どころか、なんの作品も生み出せず、小津監督に虚勢を見抜かれた痛々しい思い出を自慢げに繰り返し吹聴して余命をつないでいるぶざまな凋落ぶりをどう見るか、あなたは、なにを見損なったのだと鶴見俊輔に問いただしたいところです。≫

★10点 南博(一橋大学教授)
(評)1960年の日本映画の特徴は、ヌーヴェルバーグという名をつけることには不賛成だが、新しい監督によって新しい方向を見出そうとする努力がなされたということであろう。その頂点に立つものが、大島渚監督の「日本の夜と霧」、「太陽の墓場」であり、全体としてはいろいろな欠陥があって票を入れない新人監督の作品にも今後に期待できるものがあった。それに反して既成大家が振るわなかったが、これは映画作家が新旧交代に差し掛かったことを表していた。「日本の夜と霧」を第1位に圧した理由は、難点はあるがやはり全く新しい方向を切り開いたという点で歴史的な意義ある重要な作品であったためである。
≪すでに、ほぼ50年を経た現代からこの予測について言えることは、この時期には、まだまだ「映画作家の新旧交代」はなされなかったし、また南氏が期待したようには「この作品が歴史的な意義ある重要な作品」になるような革命も起こらなかった。むしろ、その後20年のうちで目を引く活躍を見せたのは、ヌーヴェルバーグの都会的なスマートさを備えた脆弱な彼ら(吉田、篠田、大島)ではなく、日本映画史を一身に担ったのは皮肉にも日本土俗にしっかりと足をつけ、粘っこいリアリズム(本当はもっと違う言い方をするのですが)で現実を捉えた、骨太のあきらかに内田吐夢の系統に位置する新人・今村昌平でした。≫

★8点 小倉真美(自然編集長)
(評)上半期の日本映画は不振を極めたが、秋以後ようやく立ち直ったようだ。アクション・ドラマ専売の日活で「豚と軍艦」を作った今村昌平の土性骨をまず認めたい。外国依存の政治で破綻を糊塗している日本の現実を痛烈に風刺した逸品である。市川崑がどんな原作と取り組んでも自己のペースで勝負する風格は立派である。作品の完成度から言えば、「おとうと」が第1位だが、彼に期待するものは、「プーサン」→「満員電車」の系列上での発展である。映画界の停滞を破った大島渚と吉田喜重の仕事は高く評価したい。「日本の夜と霧」は日本映画史上初めてのディスカッション・ドラマだ。この力作を公開禁止した松竹の不明朗な態度は追及されねばならない。独立プロの3作、新藤兼人、山本薩夫、亀井文夫の仕事は、今年も日本映画の良心であることを示した。「青春残酷物語」「血は渇いてる」「白い粉の恐怖」「砂漠を渡る太陽」「ぼんち」「大いなる旅路」「笛吹川」などは記憶に残る佳作である。
≪今村昌平を評価し、市川崑の行く末を「プーサン→満員電車の系列上の発展」と見抜いた慧眼には敬意を表するものの、しかし、「市川崑がどんな原作と取り組んでも自己のペースで勝負する風格は立派である」はどうだったかといえば、手を広げすぎて「系列上の発展」には失敗したというべきと思います。しかし、それにしても、ここに記されている「日本映画の良心」とは、いったいなにを意味しているのか、映画になにを強要しようとしているのか、ここで規定されている「新藤兼人、山本薩夫、亀井文夫」は、つまり思想の奴隷としか見做されておらず、あるいは、見くびられているにすぎず、その愚劣な括りに「裸の島」も入れてしまうのかと、その鑑識眼のなさには、すこしばかりショックを受けました。≫

★8点 岡田晋(キネ旬編集長)
(評)不作気味の1960年度日本映画の中で「おとうと」はやはりベスト・ワンとして恥ずかしくない作品である。死者の時からそう感じ、やはり結果としてそうせざるを得なかった。「黒い画集」「日本の夜と霧」は、日本が1960年に置かれている状況を、これほど見事に描いた作品は、今までの日本映画にはなかったように思う。「ぼんち」もあまり認められていないが、僕はその野心的構成を買う。「豚と軍艦」も「黒い画集」の系列に属する1960年らしい作品。「笛吹川」以下は、他に上げるものがなかったので―といった感じだ。


★8点 武田泰淳(作家)
(評)感想なし。1おとうと、2裸の島、3日本の夜と霧、4偽大学生、5黒い画集、6秘境ヒマラヤ、7女が階段を上がる時、8酒と女と槍、9花の吉原百人斬り、10流転の王妃
≪感想がないのでアゲ足取りができませんが、ベスト10に「流転の王妃」をいれますか? という違和感をどうしても持ってしまいますよね。「悪い奴ほどよく眠る」でもなく「笛吹川」でもなく「秋日和」でもなく、「流転の王妃」ですものね。たわむれに、もしかしてアンタ愛新覚羅溥儀の親戚か? と思った瞬間、「司馬遷は生き恥さらした男である。」の一節を思い出しました。ああ、そういうことかと≫

★8点 外村完二(映画評論家)
(評)毎年毎年言うことだが、今年の映画が示したでクラインの角度は、危機的である。実は白票を投じようと思ったが、考え直してとにかく10篇を選んだ。しかし、そのどれにも見逃せない欠陥がある。「笛吹川」は、無常観の強調と、発想としては面白いが、ときに乱用の感じがある特殊な色彩設計に抵抗を感じ、「日本の夜と霧」とは、政治的ポレミークを生のままに投げ出した観念性の裸出に飽き足らず、「おとうと」は、最後の部分の腰砕けが不満だ。「豚と軍艦」は、狂騒的な演出過重が気になり、「黒い画集」は、逆に単調な演出が難点、「狂熱の季節」は、これもラストが安定していなく、「青春残酷物語」は、やはり演出過重で、「花の吉原百人斬り」は、テーマが平凡でありすぎる。全体的に、今年の邦画は、技巧的変化を狙いすぎて、内容的に掘り下げた深さが足りなく、華美な包装紙だけの感じが深い。「人間みな兄弟」は、記録映画ではあるがその誠実さが光る唯一の作品だ。
≪こんなどうしょうもない批評を書かれたら映画監督もたいへんだわ。その作品の持つ本質的なものを一切検討しようとしていないで、言うに事欠いて亀井文夫の「人間みな兄弟」が、唯一評価できる作品だというに及んでは、自分でも言っているように、あなたはやはり「白票」を出すべきでしたね、だって、そもそもあなたには最初から選考する資格なんてなかったわけだからね。≫

★6点 押川義行(日刊スポーツ新聞文化部)
(評)芸術祭参加の条件を満たすために3日間公開されただけの「豚と軍艦」を、1960年度の作品と認めることはちょっと抵抗を感じたが、名前が挙げられている以上、選ばないわけにはいかない。最近見たせいか、印象が強すぎてかえって処置に困る有様だった。「おとうと」は、原作を斜めに見下ろしたような作品だが、そこに市川崑独自の立場がはっきりと出ていて、映画界の数少ない「作家」として敬服せざるを得なかった。木下恵介の「笛吹川」が不評だったのは、私には意外だ。「二十四の瞳」や、極端に言えば「楢山節考」さえ押しのけるほど、この作品には彼の広がりが感じられたからである。反対に黒澤明が「悪い奴ほどよく眠る」で空転したのも印象的だった。大島渚の作品に対しては、巧拙など度外視して、意欲の逞しいほとばしりに拍手する。



★6点 福田定良(法政大学教授)
(評)人間を大自然の一部としてとらえることは、容易なようで容易でない。そのためには人間の労働と真正面から取り組まなければならないからである。「裸の島」はこの意味で、日本では稀有な作品の一つである。「砂漠を渡る太陽」は、政治にだまされたなどと言わないで生き得た戦中の日本人の姿を満州という世界で描いた思想性の高い作品である。どちらも日本人の一般的なイメージとは言えないが、あえてこういう特殊な人間の生活を描いたところに、私たちが自分たちの姿を顧みざるを得ないような普遍性が生まれている。これに対して、「豚」「日本」「黒い」は、特殊な人間の存在感を作品に打ち出しているところが強みでもあれば弱みにもなっている。これらの作品について論じることはたくさんあるが、「おとうと」は、作品として鑑賞するほかはない。ぼくは市川崑の今年の作品の世界が彼自身によって打ち破られることを期待している。


★5点 井沢淳(朝日ソノラマ編集長)
(評)ほかの雑誌に出した僕自身のベストテンと違うところがある。それは、このベストテンでは、作品から受けた感動の順位を中心としたからだ。その点で「武器なき斗い」は、充実感と、訴求力で圧倒的にすぐれていた。山本薩夫監督が、苦しい条件で仕事をしたということは、この評かと全く関係がない。そういう美談からは超然としたところに、この作品の迫力がある。あたかも浅沼さんが殺されたということもあったが、それともかかわりがない。実際に日本は山宣時代と少しも変わらないという感じがこれを見ているとき、ひしひしとした。黒澤監督の「悪い奴ほどよく眠る」も、迫力があった。「おとうと」も市川監督としては最高のものだが、3位にした。結果としては1位になっても当然と思う。


★5点 岡本博(毎日グラフ編集長)
(評)「最後の日本兵」は緻密に計算された思想的な仕事です。われわれが十何年の戦後体験でなし崩しにたどり着いた時点へ、主人公二人はいきなりきって落とされます。その直前まで戦争する人間だった彼らの物凄い断絶感を通じてわれわれの戦後体験を集約して見せられるわけです。ラストの飛行機のなかに二人の会話の空しさは作者(飯塚増一)の深い読みからでたものでしょう。ジャングルの中で、三人の兵隊の戦争が日常化していること、「萬世一系の大日本帝国」「友軍の転進」というような軍隊用語が魔術的に人間の行動を縛ること、農民とインテリの心理と行動の違いが極限状況の中で人間の運命を決定すること、などもっとも近代的な問題に取り組んだ作品と言えるでしょう。「森の石松」の前半が時代劇を内面から崩していくようなアイデアにも驚かせられましたが、こういう思想的な作品が、ほかならぬ東映で作られ始めたことは注意していきたいと考えています。
≪いやあ、そもそも「最後の日本兵」なる映画を自分は知らないので、そこから知識を仕込んでいくしかないのですが、そんなに凄い作品なの? それとも、この岡本さんという方が、もしかしたら奇を衒うタイプの御仁なのかと、念のため選出したベストテンを拝見しました。1最後の日本兵、2おとうと、3森の石松鬼より恐い、4裸の島、5秘密、6日本の夜と霧、7狂熱の季節、8血は渇いてる、9黒い画集、10悪い奴ほどよく眠る、なるほど、なるほど、このランキングを見る限り、ごくフツーの方のようです、と思いつつ洋画のベストテンの方を見て、少し驚きました。1甘い生活、2ロペレ将軍、3若者のすべて、4勝手にしやがれ、5大人は判ってくれない、これはまさに「イタリアネオレアリズモ」とそれこそ「ヌーヴェルバーグ」じゃないですか。
「へえ~」ばかりでは仕方ないので、後学のために「最後の日本兵」を検索してみました。


【参考】

●生き抜いた16年 最後の日本兵
昭和19年7月、グァム島日本軍陣地は米軍の猛攻盤のため潰滅の寸前にあった。奥地へ逃げる敗残兵の中に、足を負傷した高野兵長、皆川がいた。2人は途中で西村上等水兵と一緒になり洞窟に逃げこんだ。中には伊藤兵長ら10名ほどの兵隊がいた。米軍の食糧置場襲撃に失敗し、激しい攻撃を受け、全員ちりぢりになり西村は戦死した。グァム島を制圧した米軍は士民兵を使ってジャングルの掃討を開始した。別れ別れになってジャングルを逃げまわる皆川、伊藤、高野は、ある日、偶然にも再会することが出来た。
昭和20年8月15日、日本は連合軍に無条件降服し、3人もジャングルに米軍のまいたビラで知った。しかし、これをアメリカの謀略と思い、捕虜になれば銃殺になると投降勧告を拒否した。本格的なジャングル生活が始まった。寝床は枯枝や草で作り、お互の合図は「チッ、チッ」と舌打ちでやることに決めた。米軍の廃品棄場から集めたもので、生活必需品を作り、海水から塩をとった。共同生活には諍いが絶えなかった。食糧集めの得意な伊藤はともすると勝手な行動をとり、元教師高野がこれに反感を感じ、皆川がいつも止め役になった。数年の歳月が流れた。望郷の念はつのり、脱出をはかったが失敗した。3人の生活に破綻が生じ、高野は1人ジャングルの中に消えた。数カ月後、衰弱しきった高野は戻って来たが死んだ。10年経った。伊藤が発熱して倒れ、皆川は島民に発見され米軍に捕まった。伊藤も観念した。が、2人は筒井通訳の説得にもかかわらず敗戦を信じなかった。昭和35年5月、2人は15年ぶりに故郷の土をふんだ。
(1960東映・東京撮影所)製作・大川博、企画・根津昇、大久保忠幸、監督・飯塚増一、脚本・甲斐久尊、撮影・高梨昇、音楽・小杉太一郎、美術・北川弘、録音・岩田広一、照明・川崎保之丞、編集・長沢嘉樹
出演・三國連太郎(伊藤兵長)、南廣(皆川兵長)、木村功(高野兵長)、水木襄(西村上等水兵)、神田隆(参謀長)、岡野耕作(伝令の兵)、岩上瑛(伝令の下士官)、南川直(自決する兵士)、大村文武(重傷の見習士官)、島崎淳一(重傷の兵士A)、久保一(重傷の兵士B)、打越正八(重傷の兵士C)、高田博(敗走する兵士A)、瀬川純(敗走する兵士B)、滝川潤(敗走する兵士C)、山本麟一(突撃する兵)、中山昭二(洞窟の将校)、織本順吉(洞窟の兵士)、バッカス・ウィリアム(ドライブの米兵)、バンテス・ロッキー(ドライブの米兵)、谷本小夜子(公子)、山本緑(ツル)、デーテル・スティーン(巡察の米兵A)、クリフォード・ハーリントン(巡察の米兵B)、ボナード・ジョセフ(巡察の米兵C)、三重街竜(猟師風の土民A)、今井俊二(筒井通訳)、

1960(昭和35)年5月、戦後15年たってグアム島で発見された元日本兵の皆川文蔵と伊藤正の16年間の生活体験をドラマ化したものだが、その12年後の1972(昭和47年)1月、グァム島で元日本兵の横井庄一が発見され、そして、さらにその2年後の1974(昭和49年)3月、フィリピン・ルバング島で発見された小野田寛郎が日本へ帰還を果たした。≫

★2点 滝沢一(映画評論家)
(評)「笛吹川」は、歴史の輪廻を描いて厳しい抒情詩になっている。ぎっちょん籠を飛び出して戦場に赴く若者の姿に作者の嘆きが込められ、心にしみるものがある。「武器なき斗い」も昭和初年の現代史として、日本を戦争に駆り立てた者への作者の怒りを肌で感じる。「裸の島」に描かれたものは一つの日本の素顔であり、「悪い奴ほどよく眠る」が、現代の汚職悪を復讐奇譚風に描いたことを私は面白く思った。「おとうと」は、日本の中流階級の、夫婦や父子や姉弟の関係とその愛情を分析し、鋭く、温かく、光沢があった。「日本の夜と霧」には、テーマに対して疑問があるが、尖鋭な実験的技法がめざましい。
≪この選者の選択基準というか、価値観とはなんだろうと考えたとき、自分的には、「武器なき斗い」がおおきな違和感で立ちふさがっている感じがします。だいたい、このもの欲しそうなタイトルはなにごとですか、「武器なき斗い」? 戦うんだったら、武器くらい持ちなさいよ、です。これじゃあ、まるで、幼稚園児の哀訴です「ボクがなにもしてないのに、〇〇ちゃんが、ぶったの」です。「反戦」「挫折」「転向」がつねに一線上にあるのは、それらが日本社会から既に許容され帰属を約束された「なあなあ社会」のシステムの一部だからだと思います。≫

★1点 山本恭子(映画評論家)
(評)「おとうと」はメロドラマ的素材と、このように鮮烈な新しい感覚を持った人間劇に作り上げられていること。「笛吹川」は、大胆な実験的試みが成功し、映画の芸術的価値を高めていること、「秋日和」は、頑固な名工気質の結実を、それぞれに感心し、順位をつけがたい感じです。4位から9位までの作品は、一応自分の好みに従って良いと思ったものをあれこれ拾って入れました。この級の佳作はまだほかにもいろいろあると思います。10位は日本映画のヌーヴェルバーグ作品の中で、はっきりそうと言える唯一の作品と思いますので「青春残酷物語」を選びました。大島渚監督の作品では「太陽の墓場」の方がむしろ好きなのですが。
≪自分は「キネマ旬報ベストテン全集1960▶1969」(キネマ旬報2000.12.15発行)を参照しながら、このコラムを書いてきました。まず、採点表の「10位 日本の夜と霧」の項目に点数を入れている選者を抜き出し、さらに高採点順に並び替えたうえで、各選評を筆写したのですが、この山本恭子の選評には、はっきりと「10位は日本映画のヌーヴェルバーグ作品の中で、はっきりそうと言える唯一の作品と思いますので『青春残酷物語』を選びました。」と書いてあるのに、採点表では「日本の夜と霧」に「1点」が計上されていて、選評にある「青春残酷物語」には点数は記されていません、ここのみに留まらない他に影響を及ぼす恥ずべき重大な誤植です。11位が同じ大島渚監督の「太陽の墓場」で、しかも15点も差があるのだから、どうでもいいじゃないかという、そういう問題ではありません。当然、1960年当時に筆者からクレームがあったはずですし、その訂正記事(あるいは「記録」が残されていて然るべきで)が出されていたならなおさら、こういう形で版下を流用しなければならないようなときには、そうした訂正をすべて反映して完全なものにするのが編集者の務めだと思っているので、とても残念な誤植でした。≫



実は最近、アスガー・ファルハディ監督の「彼女が消えた浜辺」2009を見たのですが、自分の責任を問われたとき、人間は自己正当化のために、対話しながら事実よりも少しだけ自分寄りに歪めて伝えたり、そうあってほしい方向に向けて言葉を少し盛ったりすることで、事態をさらに悪化させていくというこの物語、もしかしたら、こういう「対話劇」を撮りたかったのではないか、この手法を被せれば、もっと違った「日本の夜と霧」をぼくたちは見ることが出来たのではないかと妄想した次第です。



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by sentence2307 | 2018-09-26 22:13 | 大島渚 | Comments(0)