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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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僕にとってこの作品ほど予備知識にめぐまれた戦前の作品はないかもしれません。

映画史の本や多くの解説書で、この作品のタイトルを一種特別なものとして幾度も目にしてきたからです。

だから、いままで見る機会がなかったことの方が、むしろ不思議なくらいで、豊富な予備知識を詰め込まれすぎたことによって、本人はすっかり見た気になってしまっていたのでしょうか。

その知識が質的にはどれほどのものかと言えば、例えば1年をかけて東北の美しい四季を4人の卓越したキャメラマン(唐澤弘光、三村明、鈴木博、伊藤武夫)がそれぞれの個性で分担して撮ったとか、助監督をつとめた黒澤明と、主演の「いね」を演じた初々しい高峰秀子との間に仄かなロマンスが生まれ、しかし秀子の養母のために瞬く間に破綻したとか、よくよく考えてみれば知っているものとはその程度のたわいもない周辺事情にすぎず、作品それ自体の内容や具体的な評価のことなど、実はなにひとつ知らなかったことを、実際の作品を今回始めて見て思い知りました。

しかし、この作品の内容たるや、耳学問から想像していたものとは相当違っていて、実際の作品の方が遥かに素晴らしいことが分かりました。

解説書では、この映画は、「貧しさに追われながら仔馬の世話をする少女の数年間の生活と、その仔馬が成長して軍馬として売られてゆくつらい別れを描いた作品」というふうに紹介されていて、つまり、少女と仔馬が気持ちを通わせる動物愛情物語みたいなものだと思い込んでいたのですが、その先入観は見事に裏切られ、むしろこの映画は、生活に追われまくっている貧しい農家の主婦=母のゆとりのなさと、そういう母親に対して、大人になり掛けている思春期の少女の反撥という、つまり母娘の葛藤の物語と見るべき映画だと思いました。

そういうふうに考えると、ここに登場する「馬」が、さほど重要なキャラとは思えなくなりました。

思春期の少女が、反撥する母親の馬嫌いを十分に認識していて、その嫌がらせのためにあえて馬を飼うことにこだわっているようにさえ見えてしまいます。

少女が馬への愛情を頑なに保ち続けようとするのは、母親への意地とか、突っ掛かるような反抗心からの行為と見た方が、なにかピッタリくるような気がするのです。

結局、物語的には、最終的な安易な和解によってこの親子の確執は危険な領域にまで踏み込んでいくことはありませんが、ここで見せている高峰秀子の頑なさは、後年の数々の名作で示した優れた演技の片鱗=「頑なな女」を語る上で重要なキイワードになるような気がしてきました。

さて、この映画は、「日本映画専門チャンネル」でたまたま見たのですが、この作品の推薦者・塩田丸男が、高嶺秀子についての面白いエピソードを語っていました。

家族ぐるみで共に旅行にいくほど親しくつき合っている仲だという前置きで、こんなエピソードを語っています。

旅先である旅行者が高峰秀子に写真を撮ってくれと依頼し、それに気楽に応じたというのです。

塩田丸男いわく、「あんたたち、誰に写真撮って貰っていると思っているんだ」(大女優・高峰秀子なんだぞ)といささか憤慨気味に話していました。

まあ、気持ち的には、「たれあろう、この方は、先の副将軍・水戸光圀公であらせられるぞ」みたいなものだったのでしょうが、ハタで聞いていると、あんまりみっともいいものではありません。

そっとしておけば押しも押されもしない往年の大女優なのに、こんな反語的な持ち上げ方をすると、「サンセット大通り」のグロリア・サワンソンみたいに見えてしまいます。

彼らだって高峰秀子と分かっていて黙っていたのかもしれないし、「お前らなあ」みたいな変な追求の仕方をすれば、もっとシビアな現実に立ち会わざるを得なくなる虞れだってないわけではありません。

まあいずれにしても、そういうのを贔屓の引き倒しというのです。分かりましたね、塩田さん。

それからもうひとつ、46年製作のクラレンス・ブラウンの「仔鹿物語」にこの「馬」が影響を与えたのではないかと、ふと思いついて少し調べてみたのですが、どうも僕の思い過ごしのようでした。

それにしても、この2作品、引き比べてみるのも結構面白いかもしれませんよ。

(41東宝東京=映画科学研究所) (監督脚本)山本嘉次郎(撮影)唐澤弘光、三村明、鈴木博、伊藤武夫(美術)松山崇(音楽)北村滋章
(出演)藤原鷄太(釜足)、竹久千惠子、二葉かほる、平田武、細井俊夫、市川せつ子、丸山定夫、澤村貞子、小杉義男、馬野都留子、松岡綾子、清川莊司、眞木順 (127分・35mm・白黒)
by sentence2307 | 2005-06-13 23:33 | 山本嘉次郎 | Comments(0)