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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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今日もまた「東京物語」で日が暮れる

先週の月曜日、午後7時のニュースを見ながら、何気なく夕刊(たしかその日は朝刊は休刊でした)のテレビ番組表を眺めていたら、なんと午後7時30分からwowowで木下恵介監督の「カルメン故郷に帰る」を放映するとか書いてあるじゃないですか。

えっ~、こりゃあ、のんびり夕食なんかとっている場合じゃありません、目の前の飯やらおかずやらを急いで掻き込み丸呑みして、早速テレビの前にスタンバイしました、そうそう、思い出しました、そういえばwowowの今月号に「松竹特集」とか、なんだか書いてあったような気がします。

そうか、いまになってやっと思い出すくらいじゃあ、きっと、もうかなり特集も進んでしまっていて見逃した映画も結構あるだろうなこの分じゃ、と少し気落ちしながらwowowの冊子を引っ張り出して確認したところ(恥ずかしながらこの冊子、届いてもそこらにほったらかして中身を精読したことなんか滅多にありません)、はは~ん、なるほど、「特集・松竹映画の100年」というのは、まさに「今日」からのはじまりって書いてありますね、なになに、その第1作目がこの「カルメン故郷に帰る」というわけですね。

作品のライン・アップをみると

カルメン故郷に帰る(1951木下恵介)、東京物語(1953小津安二郎)、男はつらいよ(1969山田洋次)、幸福の黄色いハンカチ(1977山田洋次)、必殺! (1984貞永方久)、キネマの天地(1986山田洋次)、復讐するは我にあり(1979今村昌平)、その男凶暴につき(1989北野武)、御法度(1999大島渚)、武士の一分(2006山田洋次)、

しかも、なんと明日は、なにィ~、「とと東京物語」を放映するとか書いてあるじゃないですか。ラッキー!! いやはや、見逃さずに良かった良かった。長生きしていると、たまにはこういう、いいこともあるんですよねえ。

なるほど、なるほど、それでこの10作というわけですね。ふ~ん、しかし「特集・松竹映画の100年」と大きくカマシタわりには、なんか、独特のカタヨリ感も禁じ得ませんね。

それは10作品中4作品を山田洋次作品が占めているというあたり、これってずいぶん山田洋次の「生存」に気兼ねして無理して立てた企画のように見えなくもないというあたりが、ちょっと気になるところではあります。

まあ、かつて「男はつらいよ」シリーズを盆と正月にはさんざん見てきたくせに(この習慣が途切れてからもう随分経ちます)、その恩ある作品をいまさらこう言っちゃなんですが、金に飽かして延々と続いた豪華な「映画・男はつらいよ」よりも、それ以前、狭いスタジオでちまちま撮られたなんとも貧弱でガチャついていたテレビ版「男はつらいよ」(高視聴率を獲得して映画製作に道をつけたテレビ作品です)の方が、その発想の原初(故郷を持つ風来坊の物語)のアナーキーさ(精密にいえば、アナーキーになりきれない故郷から縁の切れないアナーキーの滑稽さ)がよく出ていて、よほど面白かったという記憶があります。

そうか、いま思い出しました。「特集・松竹映画の100年」といえば、少し前、国立映画アーカイブでもたしか同様の企画で上映会があったという記事をなにかで読んだ気がします、というわけでさっそく検索をかけてみました。

ほら、これこれ、企画の正式タイトルは「松竹第一主義 松竹映画の100年 Shochiku Cinema at 100」(データの詳細は、末尾に添付しておきますね)とあり、1921年の「路上の霊魂」からはじまり2006年の「花よりもなほ」までの64本が挙がっています、これでこそ「特集・松竹映画の100年」の名にふさわしい企画といえるわけで、「100年」などと大きく出るからには、せめてこの半分くらいのリキは入れてほしいと思います。

しかし、興味の向かうところ千々に乱れ、手当たり次第に本をひっくり返しているかと思えば、パソコンの検索に没頭し、調べながら不意に遭遇した意想外の興味深いネタに誘われるままに別の道をずんずん突き進んで、ついに当初自分が何を調べていたのかすっかり失念していることにやっと気が付いたときには、いつの間にか日暮れを迎えている窓外の夕景をただ呆然と眺めやり「今日もまた、かくして一日が終わったか、いやマジで」とヒトリゴツそんなワタシを見ながら、「映画が趣味」にイマイチ距離を置いている醒めた配偶者は、なにやら口だけモグモグ動かして、無言でなにごとかをワタシに問いかけています。

きっと「このADHD野郎」と言っているに相違ありません、いつものことです、まあ和訳するとすれば「注意欠如の多動症野郎」とでもいったところでしょうか(まんま、直訳じゃねえか)。

そして、

「アンタさあ、『東京物語』の放送があるたんびに録画しているけどさあ、オンナジもの何本録ったら気が済むの、こっちだって見たい番組あるんだよテニスとかさ、いい加減にしてよね、だいいち録画したって全然見てないじゃん」

とかなんとか非難がましいことをノタマウのであります。

お前らみたいなド素人に分かってたまるか、とそのたびに心の中で言い返していますが、まぁ、つまらない妄言に反応して、いちいち対応するっていうのもずいぶん大人げない話なので当然無視しているのですが、まあそれもある意味逃げで、実のところだらしない部分もあるかもくらいは、もとより十分承知いたしておるところではあります。

すると、わが黙殺に苛立った彼女は、ズルそうな薄笑いを浮かべながら、さも訳知り顔にこんなことを言うのです。

「それってさあ、いくら見たって『東京物語』を理解できないあんたの無知蒙昧(あるいは「無能」と言ったかもしれませんが、どちらにしても亭主へのリスペクト感のなさにおいては、ほぼ同じような気がします)のなせる焦燥感を反映した一種の病的行為だよ。臨床学的にみると、いわば精神病だわさ」などと、とんでもないことをほざくのであります。

しかもよりにもよって「だわさ」とはなんだ(ソッチ!?)、と一瞬逆上しかけましたが、しかし、どうにかコンニチまで心強い婚姻制度にも支えられながらではありますが、まがりなりにも「夫婦」という社会的関係性が維持継続できたというのに、ここにきて「東京物語」の録画くらいのことで口争いなどをして婚姻関係を破綻の危機にさらすというのも、どうかなと思う部分もあり、ここは光秀じゃないですが、ぐっと我慢の大五郎ということにアイなりました。いつものことです。

しかし、いままで自分でも考えたことがなかったのですが、そう彼女に言われてみると、たしかにテレビの放送があるたびに、この「東京物語」を録画せずにいられないのというのは、まあ不思議と言えば不思議な話で、「どうしてだ」という疑問は当然起こりますし、あって当然といえるでしょう。

そんななかで、今回もまた録画しながら、「東京物語」を鑑賞しました。鑑賞しながら、あの「どうしてだ」の意味が、だんだん分かってきたような気がします。

自分も年齢を重ねるにつれ、ミタビ・ヨタビと繰り返しこの映画を見ていくなかで、そのつど、いままでとは違うもの・新しい部分が見えてくるというか、「発見」があるのだなということが分かってきたのです。

自分にとって、今回見た「東京物語」は、十代とか二十代で見た「東京物語」とは明らかに違います。こんなふうに、年齢を重ねながら、その節目節目で見た「東京物語」は、それぞれに違った顔を見せて自分を感動させ続けてきたのだろうなということに気がついたのです。

なんだ、そんなことか、当たり前じゃないかと言われてしまいそうですが、自分的には、今回もちょっと目が覚めたような感動を受けたので、そのへんのところを書いてみたいと思います。

いままで自分は、この物語が、尾道の老夫婦が、東京で暮らす子供たちを訪ねて、しかし、そこにはきびしい現実の生活に追いまくられている生活者としての彼らがいて、都会人としてどうにか自立し、それぞれが家族を持って、そのなかで悪戦苦闘している彼らは、もはや老夫婦が育てたあの「子供たち」などでは当然なくて、むしろ彼ら自身が自分の家族の維持のために悪戦苦闘している別のファミリーであって、かつての「老夫婦の家族・親子関係」はかなり薄れてしまっていて、あるいは無きがごときか、さらに「すでに壊れてかけているのかもしれない」ことを薄々感じ始めて、いささか失望する(老妻が「私たちは、まだまだいいほうでさあ」と自分に言い聞かせるように呟くその言葉が、そのことを端的に示しています)という物語だと認識していました。

つまり、老夫婦の、そして老妻の死で「家族が散り散りになって終わる失意の物語」だと。

老夫婦は、東京で暮らす「子供たち」の家に順々に泊まっていくのですが、しかし、子供たちにはそれぞれの生活があって、とてもじゃないが、上京した両親をつきっきりで世話することができません、わずかな小遣い銭を渡されて東京の(あるいは熱海の)街中におっぽり出され、さまよい歩くのですが、しかし、どこにも老いたふたりの安らげる落ち着き場所などあるわけもなく、行き場を失った老夫婦は、仕方なく戦死した次男の嫁・紀子(原節子)を訪ねます。

実の子供たちには、さんざん邪険にあつかわれたあとで、次男の嫁・紀子に、実のこもったあたたかいモテナシを受けて、やっと落ち着けた老妻は、その夜の床で感謝の気持ちを込めて「なあ、紀さん」と、嫁・紀子に語り掛けます。

とみ「気を悪うされると困るんじゃけど、昌二のう、死んでからもう8年になるのに、あんたがまだああして写真なんか飾ってくれとるのを見ると、わたしゃなんやらあんたが気の毒で・・・」
紀子「どうしてなんですの?」
とみ「でも、あんた、まだ若いんじゃし」
紀子「もう若かありませんわ」
とみ「いいえ、ほんとうよ。あたしゃ、あんたにすまん思うて。ときどきお父さんとも話すんじゃけえど、ええ人があったら、あんた、いつでも気兼ねなしにお嫁に行ってつかあさいよ」

(紀子、笑ってやり過ごそうとする)

とみ「ほんとうよ、そうして貰わんと、わたしらもほんとうにつらいんじゃけ」
紀子「じゃあ、いいとこがありましたら」
とみ「あるよ、ありますとも、あんたならきっとありまさあ」
紀子「そうでしょうか」
とみ「あんたにゃいままで苦労のさせ通しで、このままじゃ、わたしすまんすまん思うて」
紀子「いいの、お母さま、わたし勝手にこうしていますの」
とみ「でもあんた、それじゃァあんまりのう」
紀子「いいえ、いいんですの。あたし、このほうが気楽なんですの」
とみ「でもなあ、いまはそうでも、だんだん年でもとってくると、やっぱり一人じゃさびしいけえのう」
紀子「いいんです、あたし、年とらないことに決めてますから」
とみ「ええひとじゃのう、あんたァ」
紀子「じゃ、おやすみなさい」

そして紀子は立ち上がって、電灯を消して寝床に入ります。

玄関扉のあかり取りからアパート廊下の常夜灯の光が紀子の涙のにじんだ顔を薄っすら浮かび上がらせている、自分は長いあいだ、その紀子の涙のわけを、直前に義母から言われた「やっぱり一人じゃさびしいけえのう」という言葉に感応して、断ちがたい亡夫・昌二への思いとか、この厳しい現実に独り身で生きていかねばならないさびしさ・わが身の不幸を悲観しての「悲しみの涙」だとばかり思ってきました。

それは、この映画の白眉といえるラストシーン、その義父・周吉との会話の中でも繰り返されていて、そこでも紀子がはじめて感情をむき出しにして語る述懐こそは「厳しい現実に『戦争未亡人』のまま独り身で生きていくことのさびしさ・あてどなさ・わが身の不幸と悲観」の訴えなのだという観点でずっと理解してきたのだと思います。

しかし、今回、義母・とみと紀子との会話のシーンを見ていて、むしろこれは自分のために親身になって気遣い心を砕いてくれる義母の深い優しさに対しての感謝の涙と素直に理解してもいいのではないか、嫁いだこの「平山家」から自分が再婚することによってそんなふうに縁・関係が切れてしまう(家族を失う)ことへの、さびしさの「涙」ということも肯定できるような気がしてきたのでした。

義母・とみの葬儀も終わり、紀子がいよいよ帰京するという朝、

周吉の「あんたみたいなええ人はない言うて、母さんも褒めとったよ」という優しい言葉にイザナワレルように、紀子はそれまで抑えに抑えていた思いを噴出させる迫真のシーン、実は、このシーンは、あのアパートの紀子の部屋で交わされた「とみと紀子の会話」と対を成し、さらに周吉が妻・とみの気持ちをそのまま受け継いで、紀子に語り掛ける場面として見なければ、この「東京物語」を理解したことにはならないと思い至った次第です。

たとえ、血はつながっていなくとも、(自分が育てた子供より、いわば他人のあんたの方が、よっぽどわしらにようしてくれた)紀子を「家族」として受け入れようというその証しが、妻・とみの懐中時計のあの形見分けだったのだなと思い至りました。

この場面でも、義父・周吉は、「とみと紀子との会話のシーン」で、とみが紀子に語り掛けたあの「再婚の勧め」を繰り返しますが、すでに観客は、その話が、紀子を「平山家」から放逐することを意味するわけではないことを十分に察していて、義母・とみには話せなかった領域(とみにとっても、紀子に対しての「それ」は十分にあったと思います)に踏み込んで話始めるふたりの会話がはじまります。


周吉「京子、出かけたか」
紀子「ええ、お父さま、わたくし、今日お昼からの汽車で」
周吉「そう、帰るか、長いこと、済まなんだなあ」
紀子「いいえ、お役にたちませんで」
周吉「いやあ、おってもろうて助かったよ。お母さんも喜んどったよ、東京であんたのとこへ留めてもろうて、いろいろ親切にしてもろうて」
紀子「いいえ、なんにもお構いできませんで」
周吉「いやあ、お母さん、言うとったよ、あの晩がいちばん嬉しかったいうて、わたしからもお礼を言うよ、ありがとう」
紀子「いいえ」
周吉「お母さんも心配しとってたけえど、あんたのこれからのことなんじゃがなあ」
紀子「・・・」
周吉「やっぱりこのままじゃいけんよ、ええとこがあったら、いつでもお嫁にいっておくれ。もう昌二のこたあ忘れて貰うてええんじゃ。いつまでもあんたにそのままでおられると、かえってこっちが心苦しゅうなる、困るんじゃ」
紀子「いいえ、そんなことありません」
周吉「いやあ、そうじゃよ。あんたみたいなええ人ぁないいうて、お母さんもほめとったよ」
紀子「お母さま、わたしを買い被っていらしたんですわ」
周吉「買い被っとりゃせんよ」
紀子「いいえ、わたくし、そんな、おっしゃる程のいい人間なんかじゃありません。お父さまにまでそんなふうに思っていただいてたら、わたくしの方こそ却って心苦しくって・・・」
周吉「いやあ、そんなこたあない」
紀子「いいえ、そうなんです。わたくし、ずるいんです。お父さまやお母さまが思っていらっしゃるほど、そういつも昌二さんのことばかり考えている訳じゃありません」
周吉「いやあ、ええんじゃよ、忘れてくれて」
紀子「でもこの頃、思い出さない日さえあるんです。忘れている日が多いんです。わたくし、いつまでもこのままじゃいられないような気もするんです。このままこうして一人でいたら、一体どうなるんだろうなんて、ふっと夜中に考えたりすることがあるんです。一日一日が何事もなく過ぎていくのがとても寂しいんです。どこか心の隅で何かを待っているんです。ずるいんです」
周吉「いやあ、ずるうはない」
紀子「いいえ、ずるいんです。そういうこと、お母さまには申し上げられなかったんです」
周吉「ええんじゃよ、それで。やっぱりあんたは、ええ人じゃよ、正直で」
紀子「とんでもない」
周吉「いやあ」

周吉は立ち上がり仏壇の引出から、なにやら取り出して紀子の前に置きます。

周吉「これは母さんの時計じゃけえどなあ、いまじゃあこんなもの流行るまいが、お母さんがちょうどアンタくらいの時から持っとったんじゃ。形見にもろうてやっておくれ」
紀子「でも、そんな」
周吉「ええんじゃよ、貰うといておくれ、あんたに使うてもらやあ、お母さんもきっと喜ぶ」
紀子「すみません」
周吉「いやあ、お父さん、ほんとにあんたが気兼ねのう、さきざき幸せになってくれることを祈っとるよ、ほんとじゃよ」

紀子、胸に迫ったものがあり思わず顔を蔽います。

周吉「妙なもんじゃ、自分が育てた子供より、いわば他人のあんたの方が、よっぽどわしらにようしてくれた。いや、ありがとう」

周吉から贈られたとみの懐中時計は、長女・志げが自分から言い出してハンバ強引に持ち去った形見(ただの物質としての露芝の夏帯と絣の上布)とは、そこに込められた意味においては大きく異なります。
義母・とみが長年愛用したその懐中時計を紀子に贈ることは、紀子にどのような将来が待ち受けていようと、周吉にとって彼女が、かけがえのない家族の一員であることを伝え示していて、帰りの汽車の中で紀子がその懐中時計を感慨深げにじっと見入るラストシーンは、そのことを彼女自身も十分に知悉し、癒されたことを示しているのだと思います。


(1953松竹大船撮影所)監督・小津安二郎、脚本・野田高梧・小津安二郎、製作・山本武、撮影・厚田雄春、美術・浜田辰雄、録音・妹尾芳三郎、照明・高下逸男、音楽・斎藤高順、編集・浜村義康、録音技術・金子盈、装置・高橋利男、装飾・守谷節太郎、衣裳・齋藤耐三、現像・林龍次、監督助手・山本浩三、撮影助手・川又昂、録音助手・堀義臣、照明助手・八鍬武、進行・清水富二
出演・笠智衆(平山周吉)、東山千栄子(俳優座)(とみ)、原節子(紀子)、杉村春子(文学座)(金子志げ)、山村聡(平山幸一)、三宅邦子(文子)、香川京子(京子)、東野英治郎(俳優座)(沼田三平)、中村伸郎(文学座)(金子庫造)、大坂志郎(平山敬三)、十朱久雄(服部修)、長岡輝子(文学座)(よね)、桜むつ子(おでん屋の女)、高橋豊子(隣家の細君)、安部徹(鉄道職員)、三谷幸子(アパートの女)、村瀬襌(劇団ちどり)(平山實)、毛利充宏(劇団若草)(勇)、遠山文雄(患家の男)、諸角啓二郎(巡査)、三木隆(艶歌師)、長尾敏之助(尾道の医者)、




〖付録〗
「東京物語」を見終わり、しばらくその感動を引きずったまま、余韻がまだまだ覚めやらないとき、ぼんやりと新聞をながめていたら、たまたま、その余韻の気持ちにぴったりと寄り添うような書評に遭遇しました、その偶然の符合にちょっと驚き、虚を突かれて動揺してしまったのかもしれません。

しかし、こんな偶然は、滅多にあることではありません。これはぜひ保存しておかなければと考えました。

そして、忘れないうちにと、慌ててその記事を切り抜き、手近にあった本に適当にその切抜を挟み込んでおきました、「しかし、待てよ」と、そのとき自分の行為をおしとどめるような声が、自分の中から聞こえてきたのです。

確かにいまは、後日、時間が出来たときにでも、その切抜をゆっくりと読めばいいとか思っていても、実際に時間が経ってしまえば、(当のその本が読みかけの本でもない限り)本は行方不明となり、そもそもそんな切抜を本に挟んでおいたこと、思い立って切り抜いたこと自体、いやいや、そういう記事が存在したことさえも忘れてしまうなどということを、しょっちゅう繰り返している迂闊な自分です。「こりゃあ駄目だな」と考え、そして同時に、適切にして最良の、一番いい保存方法というものを即座に考えつきました、

この「東京物語」の記事のすぐ下に貼ってしまうのが「適切にして最良の、一番いい保存方法」です、そうだ、これ以外にはないと天啓に撃たれたように思いついた次第です。

私的流用じゃないかとか言われそうですが、申し上げるまでもなく、そもそもブログというものは、最初から私的なものなのですから、ワタシが自分のブログになにをくっ付けようと一向に構わない性質のものなのであります。

それでは、当の「書評」をご紹介しますね。

対象にされた書籍は、保坂和志の「猫がこなくなった」(文芸春秋)で、書評氏は、苅部直東大教授です。

「東京物語」を念頭に置いて読んでみてください。

≪「親に死なれる」という言い方がある。
「死ぬ」は自動詞なのに、受身の作用を示す助動詞がついてくる珍しい例である。
語り手にはどうにもできない運命であるとともに、親の死は、まるで半身がもがれたように感じられる。
そうした自分の悲しい思いによって、世界を満たそうとする感覚が、その表現の奥には働いているような気がする。
この本に収められた短篇小説のうちいくつかは、身の周りにいた猫や、若い友達が拾った猫の死を描いたものである。
その情景は哀切で、「胸が裂けるほど泣いた」という表現もある。
だが、「猫に死なれた」とは書かず、一貫して「死んだ」となっている。
「私はもう猫のすることを、人間の何かに喩えない」。
「私」の期待を持ち込んで、猫との想像上の心の交流を熱く語るような言葉は、ここにはない。
世間にありがちな猫エッセイとは異なって、猫の意図など分からないという態度に徹している。
しかし、孤独なニヒリズムに陥っているわけではない。
むしろ逆である。
作中の表現によれば、レンブラントの描いた修道士の絵を見て、「ああ、この人がこの世界にいたんだ」と思うとき、そう思う人と修道士の間には、言葉のやりとりを介さずに深い「コミュニケーション」が成り立っている。
猫と人もそういうやり方で同じ状況を「共有」し、おたがいに「共振」し合いながら生きている。
それは目の前にいる猫だけではなく、過去の記憶のなかの猫との関係でも変わることはない。
さらに近所の大きな樹木、少年時代に出会った子連れの謎の女性や川端康成の姿。
フランツ・カフカ、サミュエル・ベケット、ジャン・ジュネの言葉。
さまざまなものが時間を超え、世界のなかで個々の実在感を放ちながら、自分とともにある。
9編の小説は、言葉で綴られながら、もの(物あるいは者)との間の言葉を超えた対話へと、読者をいざなうのである。≫ 読売新聞2021.2.21朝刊11面


≪参考≫ 
国立映画アーカイブ「松竹第一主義 松竹映画の100年」詳細

1 路上の靈魂[弁士説明版](84分・24fps・HDCAM-SR・白黒)
(1921松竹キネマ研究所)(監・出)村田實(原)ヴィルヘルム・シュミットボン、マクシム・ゴオリキイ(脚・出)牛原虚彦(撮)水谷文次郎、小田濱太郎(美)溝口三郎
(出)小山内薫、英百合子、伊達龍子、東郷是也、澤村春子、久松三岐子、南光明、蔦村繁、岡田宗太郎(説明)徳川夢声
1920 年、小山内薫は松竹のキネマ俳優学校の校長として招かれ、同校出身者らとともに松竹キネマ研究所を設立した。本作は、芸術としての映画を追究した同研究所の渾身の第1作。クリスマス・イブ、山の別荘に集う人間模様を通して、憐れみや不寛容といった人間の普遍的な価値に迫る。上映するのは2014 年に当館が復元した弁士説明版。封切当時の映画説明者だった徳川夢声が1954 年に再び説明を披露したときの音声が、最初と最後の54分間に収録されている。

2 海浜の女王 他(計88分)
海浜の女王[松竹グラフ版](14分・18fps・35mm・無声・白黒)
(1927松竹蒲田)(監)牛原虚彦(原)津久秋良(脚)小林正(撮)水谷文二郎
(出)鈴木傳明、柏美枝
晴れゆく空(53分・18fps・35mm・無声・白黒)
(1927松竹蒲田)(監)赤穂春雄(原)逓信省簡易保險局(脚)吉田百助(撮)越智健治
(出)石山龍嗣、松井潤子、小藤田正一、戸田辨流、二葉かほる、木村健次、斎藤達雄
石川五右ヱ門の法事[パテベビー短縮版](21分・16fps・35mm・無声・白黒)
(1930松竹蒲田)(監)斎藤寅次郎(原)絹川秀治(脚)池田忠雄、伏見晃(撮)武富善雄
(出)渡辺篤、横尾泥海男、青木富夫、坂本武、香取千代子
『海浜の女王』は、蒲田モダニズムを代表する牛原虚彦監督=鈴木傳明主演の1 本で、映画保存協会の「映画の里親」プロジェクトにより、2006 年に復元したもの。二枚目スターの傳明が女装姿で水泳、カーチェイス、乱闘を繰り広げる。『晴れゆく空』は松竹を代表する名プロデューサー・城戸四郎の知られざる監督作(赤穂春雄はペンネーム)で、逓信省の簡易保険と郵便年金のPR 短篇。『石川五右ヱ門の法事』は斎藤寅次郎の貴重な無声期のナンセンス喜劇で、1997 年に9.5mm短縮版が発見された。恋人の父親に結婚を反対されて撲殺された男が幽霊になってよみがえり、先祖の大盗賊・石川五右衛門の助力を得て恋人を奪い返す。
弁士:片岡一郎 伴奏:上屋安由美

3 民族の叫び 他(計123分)
民族の叫び(61分・18fps・35mm・無声・白黒・部分)
(1928松竹蒲田)(監)野村芳亭(原)黄子明(脚)吉田百助(撮)小田浜太郎
(出)井上正夫、清水一郎、筑波雪子、岩田祏吉、木村健兒、東榮子、岡田宗太郎、押本映治、松浦浪子
島の娘(62分・35mm・サウンド版・白黒)
(1933松竹蒲田)(監)野村芳亭(原)長田幹彦(脚)柳井隆雄(撮)長井信一(美)脇田世根一(音)佐々木俊一
(出)坪内美子、竹内良一、江川宇礼雄、若水絹子、岩田祐吉、鈴木歌子、河村黎吉、宮島健一、水島亮太郎、高松栄子、兵藤静枝
『民族の叫び』は満蒙開拓宣伝のための大作映画で、満鉄が出資し、満洲でロケーション撮影が行われた。山東省の豪家・楊老大人(井上)や、父の「日中親善」の遺志を継ぐ福本眞太郎(岩田)を軸に、理想郷としての満洲開拓の意義が説かれる。オリジナルは12巻だが、現存するのは後半部分と思われる。『島の娘』は、当時の大ヒット曲をモチーフにしたサウンド版小唄映画。伊豆大島を舞台に、若者たちのすれ違いと悲恋が抒情豊かに描かれる。当時、三原山で続発した若者の自殺が、物語に機敏に取り入れられている。

4 不壞の白珠 他(計103分)
恋の捕縄(2分・18fps・35mm・無声・白黒・断片)
(1925松竹蒲田)(監・原・脚)清水宏(撮)佐々木太郎
(出)奈良真養、森肇、吉村秀哉、石山龍嗣、筑波雪子、田中絹代、二葉かほる、人見松調、富士龍子
不壞の白珠[染色版](101分・24fps・35mm・無声・染色)
(1929松竹蒲田)(監)清水宏(原)菊池寛(脚)村上徳三郎(撮)佐々木太郎(美)水谷皓
(出)八雲恵美子、髙田稔、及川道子、新井淳、小村新一郎、鈴木歌子、伊達里子、髙尾光子、小藤田正一、藤田陽子、滝口新太郎、谷崎龍子
松竹時代の清水宏は、メロドラマやシリーズものなど「蒲田調」を支えるプログラム・ピクチャーを多く手がけながらも、斬新でモダンな感覚を持つ新進気鋭の監督として注目されていた。『不壞の白珠』は、清水による菊池寛の小説の映画化。俊枝(八雲)は成田(高田)に好意を寄せているが、成田はそれに気づかず俊枝の妹・玲子(及川)と結婚してしまう。玲子の奔放さゆえ、二人の結婚生活も長くは続かないが…。俊枝の孤独や挫折が、ショット構成、編集など、映画的手法の駆使によって表現され、城戸四郎に一目置かれた清水のメロドラマ演出の才腕を堪能できる。2018年に神戸映画資料館で断片が発見された『恋の捕縄』とともに上映。

5 若者よなぜ泣くか(193分・20fps・35mm・無声・白黒)
1930(松竹蒲田)(監)牛原虚彦(原)佐藤紅緑(脚)村上徳三郎(撮)水谷至閎(美)西玄三、藤田光一、矢萩太郎
(出)鈴木傳明、岡田時彦、田中絹代、藤野秀夫、川崎弘子、筑波雪子、吉川満子、山内光
アメリカで映画製作を学んだ牛原虚彦は、帰国後、鈴木傳明を主演にアメリカニズムあふれる作品を次々と発表した。本作は牛原=傳明による最後の作品。妻に先立たれた上杉毅一(藤野)がモガの歌子(吉川)を妻に迎え、上杉家の空気は様変わりしていく。学生時代、水泳選手として活躍した傳明の鍛えられた体型は日本映画の新たな俳優像を提示している。

6 マダムと女房(56分・35mm・白黒)
1931(松竹蒲田)(監)五所平之助(原・脚)北村小松(撮)水谷至閎(美)脇田世根一(音)高階哲夫、島田晴誉
(出)渡辺篤、田中絹代、市村美津子、伊達里子、横尾泥海男、吉谷久雄、月田一郎、日守新一、小林十九二、関時男、坂本武、井上雪子
国産初の本格的なトーキー。「ドラマの構成の上に、発声効果を取入れる」というのが城戸の方針であったが、まさしく映画の音響効果は、劇作家・新作(渡辺)の創作の邪魔をする日常のさまざまな雑音を表現し、物語を展開する上で不可欠な要素になっている。ユーモラスな台詞もトーキーならではの軽快なテンポを生み出している。

7 婚約三羽烏(66分・35mm・白黒)
(1937松竹大船)(監・脚)島津保次郎(撮)杉本正二郎
(出)上原謙、佐分利信、佐野周二、三宅邦子、髙峰三枝子、森川まさみ、武田秀郎、葛城文子、斎藤達雄、河村黎吉、小林十九二、飯田蝶子、水島亮太郎、岡村文子、大塚君代、若水絹子
入社同期の仲良し三人組が社長令嬢を巡って恋の争いを繰り広げる。松竹入社間もない上原謙、佐分利信、佐野周二が「三羽烏」を掲げて共演した最初の作品。都会的で理知的な上原、野生的で豪傑肌の佐分利、気弱で純朴な佐野は、各々の持ち味を発揮し、不動の人気を獲得した。モダニズムに富んだ戦前の大船映画の特色を味わえる一作。

8 愛染かつら[新篇總輯篇](89分・35mm・白黒)
(1938-39松竹大船)(監)野村浩将(原)川口松太郎(脚)野田髙梧(撮)髙橋通夫(音)萬城目正
(出)田中絹代、上原謙、佐分利信、大山健二、水戸光子、三桝豊、桑野通子、藤野秀夫、葛城文子、森川まさみ、河村黎吉、吉川満子、小島敏子、斎藤達雄、坂本武
高石(田中)と津村(上原)は「愛染かつら」の木の下で愛の誓いを交わすも、運命のいたずらに翻弄され、すれ違い続ける。川口松太郎原作の映画化である本作は、公開後、その恋愛を中心とした感傷性が、総力戦体制下の映画としてふさわしいかという論争を巻き起こしたが大ヒットし、大船では女性向けのメロドラマが主流を占めていった。

9 和製喧嘩友達 他(計125分)
『和製喧嘩友達』は、二人のトラック運転手が、身寄りのない娘を引きうけ、恋の鞘当てを演じる小津安二郎の監督第9作。『突貫小僧』は青木富夫の愛らしさと悪童振りが魅力的な喜劇。原作の野津忠二は、野田高梧、池田忠雄、大久保忠素と小津の合名である。『鏡獅子』は日本文化の海外への紹介のため、国際文化振興会が松竹に委託して六代目尾上菊五郎の舞踊を撮影させた、小津唯一の記録映画。『父ありき』のゴスフィルモフォンドで発見されたフィルムは、国内版とくらべて15分程度短いバージョンだが、より良好な音声を聞くことができる。
和製喧嘩友達[パテベビー短縮版/デジタル復元版](14分・24fps・35mm・無声・白黒)
(1929松竹蒲田)(監)小津安二郎(原・脚)野田高梧(撮)茂原英雄
(出)渡辺篤、浪花友子、吉谷久雄、結城一郎
突貫小僧[パテベビー短縮版](14分・24fps・35mm・無声・白黒)
(1929松竹蒲田)(監)小津安二郎(原)野津忠二(脚)池田忠雄(撮)野村昊
(出)斎藤達雄、青木富夫、坂本武
鏡獅子[英語版](25分・16mm・白黒・日本語字幕なし)
(1936国際文化振興会=松竹)(監)小津安二郎(撮)茂原英雄(音)松永和風、柏伊三郎、望月太左衛門
(出)尾上菊五郎
父ありき[ゴスフィルモフォンド版](72分・35mm・白黒)
(1942松竹大船)(監・脚)小津安二郎(脚)池田忠雄、柳井隆雄(撮)厚田雄治(美)濱田辰雄(音)彩木暁一
(出)笠智衆、佐野周二、津田晴彦、佐分利信、坂本武、水戸光子、大塚正義、日守新一

10 陸軍(87分・35mm・白黒)
(1944松竹大船)(監)木下惠介(原)火野葦平(脚)池田忠雄(撮)武富善男(美)本木勇
(出)笠智衆、田中絹代、東野英治郎、上原謙、三津田健、杉村春子、星野和正、長濱藤夫
太平洋戦争開戦3周年記念映画として陸軍省の要請で製作された作品。田中絹代が、気弱な息子を立派な軍人に鍛え育てることに使命感を持つ母親を演じる。プロパガンダ映画の空虚な明るさは、息子の出兵の日、突然、茫然自失になって軍人勅諭をつぶやくわか(田中)のクロースアップから急転し、息子を戦地に送る母親の悲痛な心境が浮かび上がる。

11 フクチヤン奇襲 他(計100分)
フクチヤン奇襲(11分・35mm・白黒)
(1942松竹動画研究所)(監・撮)政岡憲三(原・脚)横山隆一(動画)桒田良太郎、熊川正雄(音)淺井舉瞱
くもとちゅうりっぷ[デジタル復元版](15分・35mm・白黒)
(1943松竹動画研究所)(監・脚・撮)政岡憲三(原)横山美智子(動画)桑田良太郎、熊川正雄(音)弘田龍太郎
桃太郎 海の神兵[デジタル修復版](74分・DCP・白黒)
(1945松竹動画研究所)(監・脚)瀨尾光世(構成)熊木喜一郎(影絵)政岡憲三(音)古關裕而
松竹は日本のフィルム式トーキーアニメーションの最初期の1本『力と女の世の中』(1933、政岡憲三)を製作するなど、国産アニメーションの革新を推し進めていた。『フクチヤン奇襲』は、その政岡を責任者に、1941年に設立された松竹動画研究所の第1作。ミュージカル調の『くもとちゅうりっぷ』は、てんとう虫の少女を主人公にした物語で、戦時下にありながら詩情に満ちている。敗戦間際に公開された日本初の長篇アニメーション『桃太郎 海の神兵』は戦争アニメーションの白眉。奇襲作戦の実話に題材をとり、落下傘部隊のシーンのため実際の動きを徹底研究した。

12 そよかぜ 他(計132分)
そよかぜ(60分・35mm・白黒)
1945(松竹大船)(監)佐々木康(脚)岩澤庸德(撮)寺尾清(美)本木勇(音)萬城目正(出)上原謙、佐野周二、斎藤達雄、髙倉彰、奈良眞養、伊東光一、加藤清一、並木路子、波多美喜子、若水絹子、三浦光子、霧島昇、二葉あき子
はたちの青春(72分・35mm・白黒)
(1946松竹大船)(監)佐々木康(脚)柳井隆雄、武井韶平(撮)齋藤毅(美)小島基司(音)萬城目正
(出)河村黎吉、髙橋豊子、幾野道子、西村青兒、大坂志郎、坂本武、逢川かほる、髙倉彰、三村秀子、櫻庭あき、奈良眞養、佐藤忠治、志村榮美、稲川忠一、榊保彦
『そよかぜ』は、戦前に名曲映画シリーズでヒットを飛ばした佐々木康=万城目正コンビの戦後第1作。レビュー劇場の照明係・みち(並木)の愛と夢が、敗戦の影などどこにもない抒情的でのどかな雰囲気のなかに描かれる。松竹歌劇団出身の並木路子が劇中で歌った「リンゴの唄」は、その明るく和やかなメロディで人々の心を癒し、戦後最初のヒット曲となった。並木は『はたちの青春』でも主題歌「可愛いスイトピー」を歌い、美声を披露した。日本映画史上初の接吻映画と受け止められた本作は、戦後、スクリーンにもたらされた自由と解放を端的に示している。幾野道子と大坂志郎のキス・シーンは、当時、賛否両論を起こすほど話題になった。

13 安城家の舞踏會(89分・35mm・白黒)
(1947松竹大船)(監・原)吉村公三郎(脚)新藤兼人(撮)生方敏夫(美)浜田辰雄(音)木下忠司
(出)原節子、逢初夢子、瀧澤修、森雅之、淸水將夫、神田隆、空あけみ、村田知英子、殿山泰司、津島惠子、岡村文子、日守新一、松井ゆみ、紅沢葉子、二宮照子
舞踏会が開かれている安城家の夜。そのはでやかな舞踏会の背後に渦巻く人間模様から敗戦後の世相が浮き彫りになる。原節子扮する安城敦子が、旧態依然とした華族の家柄に縛られる姉(逢初)に舞踏会の開催反対を表明する強烈なオープニングは、彼女を戦後民主主義の象徴たらしめた。後に近代映画協会を設立する吉村公三郎=新藤兼人コンビの第1作。

14 悲しき口笛(83分・35mm・白黒)
(1949松竹大船)(監)家城巳代治(原)竹田敏彦(脚)清島長利(撮)西川亨(音)田代与志
(出)美空ひばり、原保美、津島恵子、菅井一郎、徳大寺伸、大坂志郎、神田隆、水島光代、清水一郎、山路義人
同名の主題歌もヒットした、美空ひばり初主演作。路上生活をしていたミツコ(美空)は、バイオリンの流しをしている修(菅井)とその娘(津島)と生活することに。一方、ミツコの兄・健三(原)は復員後、妹の行方を捜していた…。逆境にめげず、燕尾服でステッキ片手に歌う美空の姿が、戦後の新たなスターの登場を印象づけた記念すべき作品。

15 てんやわんや(96分・35mm・白黒)
(1950松竹大船)(監)澁谷実(原)獅子文六(脚)斎藤良輔、荒田正男(撮)長岡博之(美)浜田辰雄(音)伊福部昭
(出)佐野周二、淡島千景、桂木洋子、志村喬、三島雅夫、藤原釜足、薄田研二、望月美惠子、三井弘次、三津田健、紅沢葉子、佐々木恒子、髙堂国典、高松栄子
東京での生活に嫌気がさした犬丸(佐野)は、社長(志村)の指令で四国に向かうも、そこでは「四国独立運動」が展開されていた。長年松竹でキャリアを積みながらも大船調からはみ出す型破りな演出で知られる渋谷実が、獅子文六の原作を得て、風俗映画作家としての手腕を発揮している。淡島千景が水着姿で鮮烈なデビューを飾った作品でもある。

16 女優と名探偵 他(計109分)
松竹映画三十年 思い出のアルバム(78分・35mm・白黒)
(1950松竹大船)(構成)池田浩郎(撮)坂本松雄(美)熊谷正雄(音)万城目正
(出)田中絹代、淡島千景(司会)松井翠聲(解)靜田錦波、生駒雷遊
女優と名探偵(31分・35mm・白黒)
(1950松竹大船)(監)川島雄三(原)瑞穗春海(脚)中山隆三(撮)長岡博之(美)熊谷正雄(音)万城目正
(出)日守新一、西條鮎子、河村黎吉、坂本武、増田順二、髙屋朗、小藤田正一
『松竹映画三十年 思い出のアルバム』は、松竹キネマ創設30周年を機に製作された映画。松竹作品の名場面を引用し歴史をたどる。女優に重点が置かれ、30年間の女優史にもなっている。無声映画は、松井翠声による紹介とともに登場する静田錦波や生駒雷遊の説明つきで楽しむ構成で、観客として田中絹代と淡島千景もゲスト出演する。『女優と名探偵』は、探偵(日守)とスリ(西條)、警備員たちの追いつ追われつの大追跡を通じて、本来なら見ることのできない松竹大船撮影所の舞台裏を活写していく。田中、佐野周二など、本人役として特別出演するスターたちの豪華な顔ぶれも見どころ。当時も2本立てで上映され、松竹映画史と1950年当時のスタジオの裏側を同時に知ることができた。

17 カルメン故郷に帰る(86分・35mm・カラー)
(1951松竹大船)(監・脚)木下惠介(撮)楠田浩之(美)小島基司(音)木下忠司、黛敏郎
(出)髙峯秀子、佐野周二、笠智衆、井川邦子、坂本武、見明凡太郎、小林トシ子、三井弘次、望月美惠子、山路義人、磯野秋雄
富士フイルムとの提携により製作された国産初のカラー長篇劇映画。ストリッパーのカルメン(高峯)が里帰りし、田舎町に波乱が起きる。感度や発色など、初期カラーフィルムの限界を克服すべく、木下惠介、楠田浩之らスタッフは入念にテストやシナリオの検討を行い、信州の山を彩るカルメンの華やかな踊りで、カラー映画ならではの魅力を最大限に引き出した。

18 波(111分・35 mm・白黒)
(1952松竹大船)(監・脚)中村登(原)山本有三(脚)大木直太郎(撮)生方敏夫(美)熊谷正雄(音)吉沢博、黛敏郎、奥村一
(出)佐分利信、淡島千景、津島恵子、桂木洋子、笠智衆、坂本武、北龍二、岩井半四郎、十朱久雄、石浜朗、村瀬禅、設楽幸嗣
実子かどうか疑問を抱きつつも、子供を育ててきた見並(佐分利)の日々と悲恋の人生を、回想形式で描く。『羅生門』(1950、黒澤明)のヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞など、海外で日本映画への評価が高まる中、松竹が企画段階から海外輸出も狙って製作し、1952年のカンヌ国際映画祭に出品した作品。

19 新東京行進曲(97分・35mm・白黒)
(1953松竹大船)(監)川島雄三(原)入江徳郎、辻本芳雄、戸川幸夫(脚)柳沢類壽(撮)長岡博之(美)逆井清一郎(音)木下忠司
(出)高橋貞二、北上弥太朗、小林トシ子、淡路惠子、三橋達也、日守新一、坂本武、大坂志郎、須賀不二夫、桂小金治、北原三枝、望月優子
数々の災害をくぐり抜けてきた東京。そんな東京のど真ん中にある泰明小学校を卒業した同級生たちの愛と友情の物語。東京を変貌させた歴史的事件を経て、いまや各々異なる人生を歩んでいる彼らの青春群像が軽快に描かれる。ほぼ毎作、独創的なオープニングを披露した川島雄三が、本作では意外な人物を特別出演させ、異色なオープニングを演出する。

20 君の名は(127分・35mm・白黒)
(1953松竹大船)(監)大庭秀雄(原)菊田一夫(脚)柳井隆雄(撮)斎藤毅(美)熊谷正雄(音)古関裕而
(出)佐田啓二、岸惠子、淡島千景、月丘夢路、川喜多雄二、小林トシ子、野添ひとみ、淡路惠子、笠智衆、市川春代、望月優子、須賀不二夫、市川小太夫
大空襲の夜に出会った眞知子(岸)と春樹(佐田)は、互いの名も知らず、半年後に数寄屋橋で再会する約束だけを残して別れるのだが…。菊田一夫のラジオドラマ(1952-54)の映画化。3 部作として公開され日本映画史に残る大ヒットを記録した。本作の成功は、松竹の企画の方向性を決定づけ、「大船調」はメロドラマの代名詞になっていった。

21 君の名は 第二部(120分・35mm・白黒)
(1953松竹大船)(監)大庭秀雄(原)菊田一夫(脚)柳井隆雄(撮)斎藤毅(美)濱田辰雄(音)古関裕而
(出)佐田啓二、岸惠子、淡島千景、月丘夢路、川喜多雄二、小林トシ子、北原三枝、笠智衆、日守新一、柳永二郎、市川春代、望月優子、淡路惠子、野添ひとみ、三井弘次
夫・勝則(川喜多)との離婚を決意した眞知子は春樹のいる北海道に向かい、つかの間の再会を果たすが…。前作に続き、たった一晩の出会いに運命を感じた二人の再会と別れが、北海道、佐渡などの大自然を舞台に描かれる。運命に翻弄される男女の切ないラブストーリーを描いた本作は、戦前の『愛染かつら』と双璧をなす「すれ違いメロドラマ」の代表作である。

22 君の名は 第三部(123分・35mm・白黒)
(1954松竹大船)(監)大庭秀雄(原)菊田一夫(脚)柳井隆雄(撮)齋藤毅(美)濱田辰雄(音)古関裕而
(出)佐田啓二、岸惠子、淡島千景、月丘夢路、川喜多雄二、小林トシ子、紙京子、三橋達也、笠智衆、柳永二郎、大坂志郎、市川春代、望月優子、野添ひとみ、磯野秋雄
眞知子は離婚を求めて雲仙に旅立つものの、勝則は離婚に応じてくれない。春樹に思い焦がれる眞知子はついに病に倒れるが…。1939年の監督デビュー以来、松竹お家芸のメロドラマを多く手がけた大庭秀雄は、本作でその職人芸を遺憾なく発揮して観客の涙を絞り、今に至るまで『君の名は』とともにその名を残すことになった。

23 二等兵物語(95分・35mm・白黒)
(1955松竹京都)(監)福田晴一(原・出)梁取三義(脚)舟橋和郎(撮)片岡清(美)川村芳久、加藤㐂昭(音)原六郎
(出)伴淳三郎、宮城野由美子、アチヤコ、関千惠子、幾野道子、松井晴志、山路義人、戸上城太郎、青山宏、柳紀久子、有木山太
梁取三義の同名小説に心ひかれた伴淳三郎の提案による作品。中年の二等兵古川(伴)の笑いあり涙ありの兵営生活を通じて「帝国軍隊」の不条理や非人間性が告発される。低予算で製作されたが、予想外の大ヒットを記録してシリーズ化され(1955-61)、伴淳の代表作となった。敗戦後、戦争や軍隊の経験を、ユーモアを交えて風刺したコメディ映画の先駆けとして特筆される。

《松竹時代劇と下加茂・太秦撮影所》▶No. 24-34
 1923年9月1日の関東大震災の発生後、松竹は製作スタッフを京都・下加茂に移し、新たに撮影所を開設した。当初、下加茂では現代劇と時代劇の両方が製作されたが、折から到来した時代劇ブームによって人気剣劇スターたちが次々と独立プロダクションを興した機をとらえ、松竹は彼らとの連携によって時代劇の量産を開始する。まず1925-26年に阪東妻三郎プロダクションを下加茂撮影所に迎え(同プロはその後、太秦に専用の撮影所を開設して移る)、26年には衣笠映画聯盟、28年には市川右太衛門プロダクションとも配給提携、また27年には林長二郎、30年には高田浩吉がそれぞれデビューを飾った。こうして松竹では、蒲田撮影所=現代劇、下加茂撮影所=時代劇という分業が成立し、『斬人斬馬剣』(1929、伊藤大輔)のような問題作や『雪之丞変化』3部作(1935、衣笠貞之助)などのヒット作が京都から次々と生み出された。1940年には、既存の撮影所を買収して松竹太秦撮影所とし、溝口健二の歴史大作『元禄忠臣蔵』前後篇(1941-42)などを製作、京都の松竹は2撮影所体制となった。
 敗戦後の占領期、時代劇の製作が制限されたため、松竹京都でも再び現代劇が作られるようになった。ところが1950年、下加茂撮影所で火事が起こり、敷地の3分の1を焼失してしまう。翌51年、時代劇の製作本数制限が撤廃されたことに伴い、太秦撮影所のステージが増設され、拠点も太秦に移される(下加茂撮影所は52年に売却)。以後、太秦撮影所は、超大作から芸道もの、歌謡時代劇、コメディなどの時代劇作品を幅広く製作し、その中心には戦前からの生え抜き監督・大曾根辰夫(辰保)がいた。太秦撮影所は、現代劇のヒットシリーズ「二等兵物語」(1955-61)なども生み出しながら時代劇製作を続けたが、松竹本社の合理化による閉鎖(1965)によってその機能を停止することとなった。その後1974年、松竹傍系の京都映画が太秦撮影所に移転し、現在もなお映画やTV、CMなどの撮影を行っている(現在の社名および撮影所名は松竹撮影所)。

24 無声時代劇選集(計75分)
一殺多生剱[マーヴェルグラフ短縮版](29分・Blu-ray・無声・白黒)
(1929市川右太衛門プロ)(監・原・脚)伊藤大輔(撮)唐沢弘光
(出)市川右太衛門、高堂國典、金子弘、泉春子、沢村勇、春日陽二郎、中村栄子、実川童
切られ與三[短縮版](20分・16fps・35mm・無声・白黒/染色/染調色)
(1928松竹下加茂)(監)小石栄一(原・脚)前田弧泉(撮)円谷英一
(出)林長二郎、千早晶子、浦浪須磨子、坪井哲、市川伝之助、関操
斬人斬馬剣[パテベビー短縮版/デジタル復元版](26分・18fps・35mm・無声・白黒)
(1929松竹下加茂)(監・原・脚)伊藤大輔(撮)唐澤弘光
(出)月形龍之介、天野刃一、伊東みはる、関操、石井貫治、市川傳之助、岡崎晴夫、中根竜太郎、浅間昇子
『一殺多生剱』は、『斬人斬馬剣』とともに「傾向映画」時代の伊藤大輔の代表作とされるが、長らく現存が確認されていなかった幻の作品。2011年に16mm短縮版が映画研究者・牧由尚氏によって入手され、陽の目を浴びることとなった(オリジナルは12巻3606m)。幕末の動乱期に、生き写しの旗本と髪結い(市川右太衛門の二役)が、時代の大きなうねりに抗い、命を燃やしていくさまを描く(松竹配給)。牧氏所蔵の上映素材を借用して上映する。『斬人斬馬剣』では、現存する長さはオリジナル(10巻2502m)の2割強に過ぎないものの、鉄砲隊が出動する場面や主人公が農民の救出に駆けつけるクライマックスなどを見ることができる。『切られ與三』は神戸映画資料館所蔵の3本の16mmフィルムから今回最長版を作製したもので、デビュー翌年の若き林長二郎の匂い立つような色気を確認することができるだろう。
弁士:澤登翠 伴奏:湯浅ジョウイチ、鈴木真紀子

25 雪之丞変化[総集篇](97分・35mm・白黒)
(1935松竹下加茂)(監・脚)衣笠貞之助(原)三上於菟吉(脚)伊藤大輔(撮)杉山公平(音)松平信博、杵屋正一郎
(出)林長二郎、嵐徳三郎、髙堂國典、千早晶子、伏見直江、山路義人、志賀靖郎、髙松錦之助、南光明、日下部龍馬、原健作
松竹時代劇の金看板、衣笠貞之助=林長二郎コンビの代表作にして大ヒット作。長二郎が復讐心に燃える歌舞伎の女形・雪之丞とその母親、やくざ者の闇太郎の三役を演じて魅力を存分に発揮した。オリジナルは計5時間に及ぶ3部作だが、現存するのは戦後に再公開された際に、第二篇を中心にまとめられた97分の総集篇。

26 風雲金比羅山 他(計97分)
風雲金比羅山(92分・35mm・白黒)
(1950松竹京都)(監)大曾根辰夫(脚)鈴木兵吾(撮)太田真一(美)桑野春英(音)須藤五郎(出)阪東妻三郎、山田五十鈴、黒川彌太郎、山路義人、草島競子、井川邦子、永田光男、清水将夫、寺島房作、原駒子
故 阪東妻三郎 関西映画人葬実況(5分・35mm・白黒)
(1953松竹京都)
『風雲金比羅山』は、やくざ映画の知られざる傑作である。盆の暮れに銚子に戻ってきた素っ飛びの安(阪東)が、網元たちを虐げる磯の長右衛門(山路)と衝突し、義のために立ち上がる。二人の名優、阪妻と山田五十鈴の見せる粋と情の厚さもさることながら、篠突く雨や風車といった情緒溢れる演出が、映画に豊かな奥行きを与えている。『故 阪東妻三郎 関西映画人葬実況』は、1953年に亡くなった阪妻の功績を讃える、松竹京都撮影所での関西映画人たちによる葬儀の記録。

27 獄門帳(131分・35mm・白黒)
(1955松竹京都)(監)大曽根辰保(原)沙羅双樹(脚)井手雅人(撮)石本秀雄(美)松山崇(音)鈴木静一
(出)鶴田浩二、香川京子、笠智衆、岡田英次、近衛十四郎、須賀不二夫、香川良介、左卜全、小園蓉子、有島一郎、夏川静江、寺島貢、市川小太夫
主殺しと不義密通の科で投獄された若い武士・喬之助(鶴田)を見て無実と確信した熟練の牢奉行(笠)は、事件の再調査に奔走するが、処刑の時は刻々と迫る…。回想を駆使しながら人間心理のひだを探る異色の時代劇で、明暦の大火をモデルとしたスペクタクル描写も迫力満点。

28 流轉(94分・35mm・カラ)
(1956松竹京都)(監)大曽根辰保(原)井上靖(脚)井手雅人(撮)石本秀雄(美)水谷浩(音)鈴木静一
(出)髙田浩吉、香川京子、市川段四郎、市川小太夫、雪代敬子、北上彌太郎、渡辺篤、市川春代、近衛十四郎、山路義人、永田光男、目黒祐樹
花形役者(市川段四郎)と対立し江戸を追われた三味線の名手(高田)が、旅芸人の踊り子(香川)に助けられながら彼女に芸を教え、自身も再び芸道に戻るまでの苦難を描く。芸に対する名人同士の意地の張り合い、師匠と弟子の愛というメロドラマ的葛藤が、厳しい試練を経て唯一無二の芸へと昇華するさまは、芸道ものの極め付きと言っても過言ではない。

29 歌う弥次喜多 黄金道中(102分・35mm・カラー)
(1957松竹京都)(監)大曾根辰保(脚)吉田一郎、淀橋太郎(撮)石本秀雄(美)水谷浩(音)万城目正
(出)高田浩吉、伴淳三郎、高峰三枝子、シーリア・ポール、日守新一、アチャコ、山路義人、永田光男、堺駿二、トニー谷、広澤虎造、島倉千代子、東富士、小坂一也、内海突破、関千惠子、草島競子
高田浩吉と伴淳による正月映画で、当時の人気歌手や喜劇人が大集合した賑やかなロードムービー。弥次さん(高田)と喜多さん(伴)が、偶然出会った娘(ポール)と共に、黒船に連れ去られたという娘の母(高峰)を探して旅をする。キャスト欄に表記した者以外にも、ミス・ワカサと島ひろし、蝶々=雄二、こまどり姉妹、東けんじと玉川良一なども登場。日本芸能史のドキュメントとしても貴重な作品である。

30 侍ニッポン(105分・35mm・白黒)
(1957松竹京都)(監)大曽根辰保(原)郡司次郎正(脚)久板栄二郎(撮)石本秀雄(美)大角純一(音)鈴木静一
(出)田村高広、高千穂ひづる、松本幸四郎、山田五十鈴、森美樹、近衛十四郎、松山清子、山路義人、龍崎一郎、河野秋武、石黒達也
郡司次郎正による同名小説の4度目の映画化で、田村高廣が、自らの出生に苦悩しながら攘夷運動に身を投じる青年・新納にいろ鶴千代を熱演する。スケールの大きなセットや陰影に富んだ白黒シネマスコープの画面など、松竹京都撮影所の底力が随所に発揮された正統派時代劇。

31 武士道無残(74分・35mm・白黒)
(1960松竹京都)(監・脚)森川英太朗(撮)川原崎隆夫(美)大角純平(音)真鍋理一郎
(出)森美樹、山下洵一郎、高千穗ひづる、渡辺文雄、小田草之介、桜むつ子、倉田爽平
大曾根辰夫に師事した森川英太朗のデビュー作にして唯一の監督作。お家断絶を避けるため、死んだ若君の後を追って殉死するよう命じられた若侍(山下)が、武家社会の不条理に翻弄されるさまを描く。「ヌーヴェルヴァーグ」期の松竹における、京都撮影所からの鮮烈な一作。

32 いも侍・蟹右ヱ門(93分・35mm・白黒)
(1964松竹京都)(監)松野宏軌(脚)犬塚稔(撮)酒井忠(美)大角純一(音)山本直純
(出)長門勇、天知茂、宗方勝己、野川由美子、倍賞千恵子、小畑絹子、蜷川幸雄、高梨まゆみ、竜崎一郎、堀雄二、吉田義夫、穂積隆信、江見俊太郎
浪人・蟹右ヱ門(長門)が、道場を開く従兄弟(宗方)を訪ねる旅すがら、さまざまな出来事に遭遇する。出世作となったTV時代劇「三匹の侍」(1963-69)での浪人役そのままに、長門勇が岡山弁のとぼけた口調と風変わりな殺陣で魅せる。逆手の邪剣使い・淵上(天知)の見せる殺陣にも注目。

33 コレラの城(96分・35mm・白黒)
(1964松竹京都=さむらいプロ)(監)菊池靖(監・出)丹波哲郎(脚)田坂啓(撮)小杉正雄(美)大角純一(音)佐藤勝
(出)鰐淵晴子、南原宏治、稲葉義男、河野秋武、三島雅夫、山本麟一、花沢徳衛、坊屋三郎、葵京子、伊藤弘子、宝みつ子
『三匹の侍』(1964、五社英雄)に続く、丹波哲郎が設立したさむらいプロダクションと松竹の提携作品で、丹波は主演の他、製作と殺陣場面の監督も務めている。コレラで廃墟と化した城に眠る砂金をめぐり、悪徳商人や用心棒、取り潰しとなった城の旧家臣たちが入り乱れる。怪奇・残酷描写もふんだんに盛り込まれた娯楽作。

34 忍法破り 必殺(89分・35mm・白黒)
(1964松竹京都)(監)梅津明治郎(原)犬塚稔(脚)元持栄、舟木文彬(撮)小辻昭三(美)倉橋利昭(音)阿部晧哉
(出)長門勇、竹脇無我、丹波哲郎、大瀬康一、片岩正明、路加奈子、佐治田恵子、山東昭子、曾我廼家明蝶、名和宏、島米八、堀雄二
足軽の孫兵衛(長門)と兵七郎(竹脇)はひょんなことから、城を失い再起を期して落ち延びる若君小太郎(片岩)を助けることに。だがそこに悪徳家老(名和)の配下の忍びたちが迫る…。本作が監督デビューの梅津明治郎が、長門勇の持ち味を活かし、オフビートな忍者ものに仕上げた。少林寺拳法を採り入れた殺陣も目新しい。

35 抱かれた花嫁(96分・35mm・カラー)
(1957松竹大船)(監)番匠義彰(脚)椎名利夫、光畑碩郎(撮)生方俊夫(美)浜田辰雄(音)牧野由多可
(出)有馬稲子、高橋貞二、高千穂ひづる、大木実、田浦正巳、朝丘雪路、片山明彦、日守新一、望月優子、須賀不二夫、永井達郎、櫻むつ子、桂小金治、高屋朗
松竹グランド・スコープ第1作。浅草の老舗すし屋の女将・ふさ(望月)は、婿養子をとって店を継がせようと焦るも、娘の和子(有馬)は興味がない。結婚をめぐる世代間の葛藤を描いた松竹得意のホームドラマであるが、日光の広々とした景色や華やかなレビュー、大がかりな火事シーンなど、シネマスコープならではのスペクタクルを堪能できる。

36 黒い河(110分・35mm・白黒)
(1957松竹大船)(監)小林正樹(原)冨島健夫(脚)松山善三(撮)厚田雄春(美)平高主計(音)木下忠司
(出)有馬稲子、渡辺文雄、仲代達矢、山田五十鈴、桂木洋子、淡路惠子、東野英治郎、宮口精二、清水将夫、髙橋とよ、賀原夏子、三好栄子
木下惠介に師事し、社内では第2の木下と目されていた小林正樹がその殻を打ち破ったと評される作品。米軍基地周辺を我が物顔で闊歩する愚連隊と安アパートの住人たちを中心に、敗戦後の世相が生々しく描かれる。凶悪で非道な愚連隊のリーダー、人斬りジョーを演じた仲代達矢は、本作を機に小林の代表作の数々に出演することになる。

37 日本の夜と霧(107分・35mm・カラー)
(1960松竹大船)(監・脚)大島渚(脚)石堂淑朗(撮)川又昻(美)宇野耕司(音)真鍋理一郎
(出)桑野みゆき、津川雅彦、渡辺文雄、芥川比呂志、佐藤慶、戸浦六宏、吉沢京夫、小山明子、味岡享、速水一郎、左近允洋
1960年の安保闘争がきっかけで結ばれた記者と学生の結婚披露宴が舞台。闘争を敗北と総括し、その犠牲をめぐって共産党を批判する新世代と、党の責任を認めない旧世代の学生運動家OBたちの激しい応酬が回想も交えて描かれる。松竹は封切から4日で上映を打ち切り、大島渚は抗議し松竹を退社。「松竹ヌーヴェルヴァーグ」の1本だが、大島本人はこの呼称を嫌っていた。

38 非情の男(82分・35mm・白黒)
(1961松竹大船)(監・脚)高橋治(脚)国弘威雄(撮)加藤正幸(美)梅田千代夫(音)三保敬太郎
(出)三上真一郎、瞳麗子、芳村真理、久我美子、城所英夫、三井弘次、渡辺文雄、上田吉二郎、小坂一也、織田政雄、中村是好、幾野道子、左卜全
高橋治の第3作。やくざの片棒を担ぐ五郎(三上)は、日雇い労働者たちの搾取や青年結社の活動で金を稼ぎ、成り上がろうとする。だが自分以外の誰も信じず、他人を利用するばかりの五郎には、強烈なしっぺ返しが待っていた…。開巻から凄絶なラストまで、非情な青年を鮮烈に演じ切る三上真一郎が素晴らしい。

39 スパイ・ゾルゲ 真珠湾前夜(128分・35mm・白黒)
(1961松竹大船=テラ)(監・脚)イヴ・シャンピ(原)ハンス・オットー・マイスナー(脚)沢村勉、アンリ・アルロー(撮)生方敏夫(美)梅田千代夫(音)セルジュ・ニッグ
(出)トーマス・ホルツマン、岸恵子、小沢栄太郎、山内明、南原宏治、マリオ・アドルフ、ジャック・ベルチエ
ゾルゲ(ホルツマン)はスパイとして、日本の機密情報をソ連に伝えていた。外国人を監視する任務を負ったユキ(岸)は、ゾルゲに接近する。同じく松竹とフランスの映画会社との合作『忘れえぬ慕情』(1956)の監督で、岸恵子の夫でもあったイヴ・シャンピが監督。ゾルゲ事件の映画化を発案したのは、岸だったという。

40 秋刀魚の味[デジタル復元版](117分・35mm・カラー)
(1962松竹大船)(監・脚)小津安二郎(脚)野田高梧(撮)厚田雄春(美)浜田辰雄(音)斎藤高順
(出)笠智衆、岩下志麻、佐田啓二、岡田茉莉子、吉田輝雄、三上真一郎、中村伸郎、北竜二、東野英治郎、杉村春子、岸田今日子
小津の遺作で、男手一つで育てた娘を嫁に出す父(笠)の気持ちや、嫁ぐ娘(岩下)の心情を細やかに描き出す。父の友人たち、老いた恩師とその娘、父の海軍時代の部下、団地住まいの兄夫婦など、主筋以外も豊かに点描している。2013年に作製したデジタル復元版を上映。冒頭に4分の復元デモを含む。

41 男の嵐(80分・35mm・白黒)
(1963日米映画)(監)中川信夫(原・脚)松浦健郎(撮)宮西四郎(美)中野忠仁(音)小沢秀夫
(出)村田英雄、青山京子、山本豊三、五月みどり、清川新吾、中西杏子、小林重四郎
中川信夫が、TV映画や劇映画を製作していたプロダクション・日米映画で撮った任俠映画(松竹配給)。予算や人材に恵まれたようには見えないが、ロケーション撮影の見事な活用などによって娯楽映画としての高い質を維持する中川の職人的才覚が際立つ。村田英雄が渡世人・松次郎に扮して熱演。

42 嵐を呼ぶ十八人(109分・35mm・白黒)
(1963松竹京都)(監・脚)吉田喜重(原)皆川敏夫(撮)成島東一郎(美)大角純一(音)林光
(出)早川保、香山美子、殿山泰司、平尾昌章、芦屋雁之助、根岸明美、三原葉子、中村芳子、浦辺粂子、浪花千栄子、高桐真、白妙公子、沢美子
瀬戸内海の造船所で働く社外工の島崎(早川)は、特別給与が出るという話に惹かれ、寮の管理人になる。ところが新たに入寮したのは、大阪から集団就職してきた18人の無軌道な若者たち。彼らと島崎の間の軋轢が荒々しいタッチで描かれる。資本家・労働者の二項対立を超えた描写により、「社会派映画」への吉田喜重からの返答と評される。

43 乾いた花(96分・35mm・白黒)
(1964文芸プロダクションにんじんくらぶ)(監・脚)篠田正浩(原)石原慎太郎(脚)馬場当(撮)小杉正雄(美)戸田重昌(音)武満徹、高橋悠治
(出)池部良、加賀まりこ、藤木孝、杉浦直樹、三上真一郎、佐々木功、中原功二、原知佐子、宮口精二
刑務所帰りの村木(池部)は、賭場で謎の美少女冴子(加賀)に出会い、彼女に惹かれていく。革新的な映像表現で知られる篠田正浩が、光と影、明と暗の対比を活かして奥行きを演出し、官能的でありながら虚無感が漂う世界を創造している。公開当時、内容が反社会的だという理由で成人映画に指定されたが、かえって話題になり大ヒットを記録した(松竹配給)。

44 新宿そだち(88分・35mm・カラー)
(1968松竹大船)(監)長谷和夫(脚)成沢昌茂(撮)丸山恵司(美)佐藤公信(音)鏑木創
(出)荒井千津子、高橋長英、松岡きっこ、川津祐介、藤田憲子、桜井浩子、應蘭芳、金子信雄
カウンターカルチャー全盛期の1968年、松竹は鮮やかな刺青をまとった女性を主人公にした風俗映画『いれずみ無残』、『新 いれずみ無残 鉄火の仁義』(共に関川秀雄)を製作しヒットさせる。本作はシリーズ3作目で、主演も前2作と同様に荒井千津子と松岡きっこ。大木英夫と津山洋子のデュエットによるヒット歌謡曲「新宿そだち」がモチーフになっている。

45 いい湯だな 全員集合!!(89分・35mm・カラー)
(1969芸映プロ)(監・脚)渡邊祐介(脚)森崎東(撮)荒野諒一(美)宇野耕司(音)萩原哲晶(出)いかりや長介、加藤茶、仲本工事、高木ブー、荒井注、木暮実千代、生田悦子、左とん平、春川ますみ、犬塚弘、左卜全、三木のり平
ザ・ドリフターズの「全員集合!!」シリーズ(1967-75)の第3作。強面の長吉(いかりや)をリーダーにギャング団を結成した5人は、高校生芸者をめぐって対立深まる洞爺湖温泉で、推進派の女将(木暮)に雇われ、反対派の用心棒(左とん平)と相対する。女将の莫大な財産もからみ、家族関係の愛憎も真偽も入り乱れていくコメディ映画(松竹配給)。

46 男はつらいよ(91分・35mm・カラー)
(1969松竹大船)(監・原・脚)山田洋次(脚)森崎東(撮)高羽哲夫(美)梅田千代夫(音)山本直純
(出)渥美清、倍賞千恵子、光本幸子、笠智衆、志村喬、森川信、前田吟、津坂匡章、佐藤蛾次郎、関敬六、三崎千恵子、太宰久雄、近江俊輔、広川太一郎、石島房太郎
1968-69年放映のTVドラマの人気を受け、ドラマの脚本を担当した山田洋次が松竹に直訴して映画化を実現した、26年にも及ぶ寅さん放浪記の第1作。中学のとき、父親と喧嘩して家を飛び出したフーテンの寅(渥美)がふらりと葛飾柴又に舞い戻り、恋と笑いの大騒動を巻き起こす。2019年には、開始から50周年を迎え『男はつらいよ お帰り 寅さん』が公開された。

47 虹をわたって(89分・35mm・カラー)
(1972松竹大船)(監)前田陽一(脚)田波靖男、馬嶋満(撮)竹村博(美)佐藤公信(音)森岡賢一郎
(出)天地真理、沢田研二、なべおさみ、谷村昌彦、岸部シロー、大前均、日色ともゑ、有島一郎、武智豊子、左時枝、財津一郎、萩原健一
松竹で数多くの喜劇映画を手掛けた前田陽一による、天地真理の映画初主演作品。家出したマリ(天地)は、川に浮かぶ安宿で、持ち家を夢見る愉快な住民たちと一緒に暮らすことになる。競艇狂いの住民を演じたなべおさみや、マリの継母を演じた日色ともゑの名演も見どころ。天地が歌う同名の主題歌もヒットした。

48 旅の重さ(91分・35mm・カラー)
(1972松竹大船)(監)斎藤耕一(原)素九鬼子(脚)石森史郎(撮)坂本典隆(美)芳野尹孝(音)よしだたくろう
(出)高橋洋子、高橋悦史、三国連太郎、横山リエ、岸田今日子、砂塚秀夫、中川加奈、秋吉久美子、園田健二、森塚敏
家出をした16歳の少女(高橋)が、旅芸人の一座や行商人などさまざまな人との出会いを経て、自分なりの生きる道を見つけ出そうとする。映画初出演とは思えない高橋洋子の演技に驚かされる。スチルカメラマン出身で、自らプロダクションを興して監督になった斎藤耕一による青春映画。

49 女生きてます 盛り場渡り鳥(89分・35mm・カラー)
(1972松竹大船)(監・脚)森崎東(原)藤原審爾(脚)掛札昌裕(撮)吉川憲一(美)佐藤之俊(音)山本直純
(出)森繁久弥、中村メイコ、川崎あかね、山崎努、春川ますみ、なべおさみ、浦辺粂子、財津一郎、南美江、藤原釜足
「女」シリーズ(1971-72)最終作。金沢(森繁)と妻・竜子(中村)が営む「新宿芸能社」に住み込みで働き始めた初子(川崎)は、家事を完璧にこなし、二人も大助かり。ところがある日、初子の姿が消え、金沢のへそくりも消えていた…。山崎努や春川ますみといった助演俳優陣が怪演し、平穏な生活が破壊されていく。森﨑東の家族観が強烈に表現された一本。

50 砂の器(143分・35mm・カラー)
(1974松竹大船=橋本プロ)(監)野村芳太郎(原)松本清張(脚)橋本忍、山田洋次(撮)川又昻(美)森田郷平(音)芥川也寸志
(出)丹波哲郎、加藤剛、森田健作、島田陽子、山口果林、加藤嘉、春田和秀、笠智衆、夏純子、松山省三、内藤武敏、春川ますみ、佐分利信、緒形拳、渥美清
野村芳太郎=橋本忍コンビによる松本清張原作の最後の映画化。天才作曲家(加藤)の暗い過去が、殺人事件を捜査する刑事・今西(丹波)によってあぶりだされる。原作ではわずか数行でしか説明されない父子の旅が、壮大な音楽と四季折々に移ろう美しい風景のなかに描かれ、清張をして「小説では表現できない」と言わしめた壮絶な叙事詩に昇華されている。

51 ブロウアップ ヒデキ BLOW UP! HIDEKI(87分・35mm・カラー)
(1975松竹=芸映プロ)(構成・監)田中康義(撮)坂本典隆、羽方義昌(美)横山豊
(出)西城秀樹、藤丸バンド、永尾公弘とザ・ダーツ、クル クル、惣領泰則、秦野貞雄、一の宮はじめ
“ウッドストック”のような野外コンサートを企図した一大ツアー「西城秀樹☆ʼ75 全国縦断サマー・フェスティバル」の密着ドキュメンタリー。富士山麓で30mクレーン3台を駆使したロックなライブを皮切りに、北海道から沖縄、ラストの大阪球場まで、時代を疾走する 20歳の秀樹と仲間、ファンの熱い夏を描く。

52 同胞はらから(127分・35mm・カラー)
(1975松竹大船)(監・原・脚)山田洋次(脚)朝間義隆(撮)高羽哲夫(美)佐藤公信(音)岡田京子
(出)倍賞千恵子、寺尾聡、松尾村青年会員、統一劇場劇団員、下條正巳、大滝秀治、井川比佐志、三崎千恵子、下條アトム、杉山とく子、今福正雄、赤塚真人、市毛良枝、渥美清
東京から劇団を招いて公演を実現させるべく奮闘する岩手県松尾村の青年会の物語。公演シーンでは、 5台のキャメラを動員した大がかりな撮影が行われた。経済成長に伴い過疎化が進む農村社会へのノスタルジアが感じられる一作。本作の最後、村を立ち去った「統一劇場」は、山田洋次の77年作『幸福の黄色いハンカチ』にも登場し北海道の夕張で公演する。

53 さらば夏の光よ(88分・35mm・カラー)
(1976松竹=バーニングプロ)(監)山根成之(原)遠藤周作(脚)ジェームス三木(撮)坂本典隆(美)森田郷平(音)梅垣達志
(出)郷ひろみ、秋吉久美子、川口厚、仲谷昇、進千賀子、林ゆたか
行動的で調子のいい現代っ子・宏(郷)と内気で真面目な少年・野呂(川口)は京子という少女(秋吉)に恋をするが、やがて三人の愛の共同体は瓦解させられてゆく。野呂が主人公だった原作を大幅に書き変えたジェームス三木の大胆な発想もさることながら、山根成之の繊細な演出と郷ひろみの演技がとりわけ光る 1970年代青春映画の名篇。

54 俺たちの交響楽(112分・35mm・カラー)
(1979松竹)(監・脚)朝間義隆(原)山田洋次(脚)梶浦政男(撮)吉川憲一(美)出川三男(音)外山雄三
(出)武田鉄矢、友里千賀子、伊藤達広、永島敏行、森下愛子、岡本茉莉、熊谷真実、山本圭、田村高廣、田辺靖男、倍賞千恵子、渥美清
「男はつらいよ」シリーズ(第7作以降)をはじめとして、山田洋次作品の脚本で知られる朝間義隆の監督デビュー作。川崎の労働者たちが、仲間を集めて公演でベートーベンの「第九」を歌うまでを描いた青春群像劇。初主演の武田鉄矢が滑稽さとペーソスとで魅せる。

55 ざ・鬼太鼓座(105分・35mm・カラー)
(1981/94デン事務所=松竹=朝日放送)(監)加藤泰(脚)仲倉重郎(撮)丸山恵司(美)梅田千代夫、横尾忠則(音)一柳慧
(出)河内敏夫、林英哲、大井良明、藤本吉利、高野巧、森みつる
加藤泰最後の作品で、『炎のごとく』(1981)と同時並行で製作されたドキュメンタリー。鬼太鼓座の若者たちの青春を、その躍動する肉体への注視によって浮かび上がらせる。オールシンクロの撮影、ロケとセット両方を駆使した大胆な美術やカメラアングルなど、加藤泰のアヴァンギャルドな実験性が噴出する。4 年をかけて製作され、一般公開はさらにその13年後となった。

56 必殺! THE HISSATSU(123分・35mm・カラー)
(1984松竹=朝日放送)(監)貞永方久(脚)野上龍雄、吉田剛(撮)石原興(美)芳野尹孝、倉橋利韶、北尾正弘(音)平尾昌晃
(出)藤田まこと、三田村邦彦、鮎川いずみ、菅井きん、白木万理、ひかる一平、中条きよし、山田五十鈴、芦屋雁之助、片岡孝夫
人気TV時代劇「必殺」シリーズの第21作「必殺仕事人IV」(1983-84)をベースにした劇場版。表の顔は昼行燈の同心、裏の顔は凄腕の殺し屋である中村主水(藤田)を筆頭に、三味線屋のおりく(山田)と勇次(中条)、飾り職人の秀(三田村)といったおなじみの面々が「仕事人殺し」の悪党に立ち向かう。TVでも数々の名エピソードを手がけた貞永方久が監督を務めた。

57 キネマの天地 他(計169分)
キネマの天地(135分・35mm・カラー)
(1986松竹)(監・脚)山田洋次(脚)井上ひさし、山田太一、朝間義隆(撮)高羽哲夫(美)出川三男(音)山本直純
(出)中井貴一、有森也実、渥美清、松坂慶子、倍賞千恵子、すまけい、美保純、笠智衆、松本幸四郎、藤山寛美
ありがとう大船撮影所―新たな天地へ向けて―(34分・35mm・カラー)
(2000松竹)(解)澤登翆
『キネマの天地』は松竹大船撮影所50周年記念作。東映京都で撮影された松竹=角川作品『蒲田行進曲』(1982、深作欣二)に刺激を受けて作られた。昭和8、9年頃の松竹蒲田撮影所を舞台に、大部屋出身の新人女優が大作映画の主演に抜擢され、見事スターとして花開くまでを描く。『ありがとう大船撮影所』は2000年の大船撮影所の閉鎖に伴い製作された作品。蒲田撮影所からの引越しの記録映像に始まり、数々の大船作品の名場面をアンソロジー形式で見せる。作品名と監督名に加えて、登場する俳優の名前もテロップで教えてくれるので、松竹映画入門にぴったり。

58 異人たちとの夏(108分・35mm・カラー)
(1988松竹)(監)大林宣彦(原)山田太一(脚)市川森一(撮)阪本善尚(美)薩谷和夫(音)篠崎正嗣
(出)風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎、永島敏行、名取裕子、川田あつ子、ベンガル、笹野高史、入江若葉、竹内力、峰岸徹、高橋幸宏、本多猪四郎
山田太一の同名小説を市川森一が脚色し、大林宣彦監督が映画化。妻と別れたばかりの脚本家・原田(風間)はある夜、同じマンションに住む女性・桂(名取)の突然の訪問を受けるが、冷たく追い返してしまう。その後、原田は故郷浅草を訪れ、幼い頃に死んだはずの父(片岡)と母(秋吉)に再会する。古典的怪奇映画のテイストとノスタルジックなヒューマンドラマが融合し、忘れがたい余韻を残す。

59 釣りバカ日誌(93分・35mm・カラー)
(1988松竹)(監)栗山富夫(原)やまさき十三、北見けんいち(脚)山田洋次、桃井章(撮)安田浩助(美)重田重盛(音)三木敏悟
(出)西田敏行、石田えり、三國連太郎、谷啓、山瀬まみ、アパッチけん、戸川純、笹野高史、江戸家猫八、丹阿弥谷津子
仕事そっちのけで釣りにいそしむ「釣りバカ」サラリーマン浜崎伝助(通称ハマちゃん)を主人公とした人気漫画の映画化。鈴木建設の高松営業所から東京本社へ転勤してきたハマちゃん(西田)は、偶然知り合った寂しげな老人スーさん(三國)に釣りの指南をすることに。ところがスーさんの正体は…。「男はつらいよ」シリーズの併映作品としてヒットし、全22作(1988-2009)が製作される松竹の看板喜劇となった。

60 つぐみ(106分・35mm・カラー)
(1990松竹富士=FM東京=山田洋行ライトヴィジョン)(監・脚)市川準(原)吉本ばなな(撮)川上皓市(美)正田俊一郎(音)板倉文
(出)牧瀬里穂、中嶋朋子、白島靖代、真田広之、安田伸、 渡辺美佐子、あがた森魚、下條正巳、財津和夫
吉本ばななの同名小説を映画化。老舗旅館を営む両親のもとに生まれたつぐみ(牧瀬)は、病弱な体質ゆえに甘やかされて育ち、家族を困らせてばかりいた。従姉妹のまりあ(中嶋)、姉の陽子(白島)とともに過ごすことになった18歳の夏、つぐみはある出来事をきっかけに恭一(真田)という青年と出会う。監督の市川準、主演の牧瀬里穂が各映画賞を独占するなど高い評価を得た思春期映画の秀作(松竹配給)。

61 ソナチネ[再タイミング版](94分・35mm・カラー)
(1993バンダイビジュアル=松竹第一興行)(監・脚)北野武(撮)柳島克己(美)佐々木修(音)久石譲
(出)ビートたけし、国舞亜矢、渡辺哲、勝村政信、寺島進、大杉漣、北村晃一、十三豊、深沢猛、津田寛治、逗子とんぼ、矢島健一、南方英二
幹部の命を受けて沖縄へ渡ったヤクザの村川(たけし)は、手下とともに混乱を避け、ひとときの遊戯に興じるが、やがて激しい抗争の只中に身を投じてゆくことになる。死に取りつかれたかのような独特の諦観と危ういユーモアが全篇を支配し、いまだ彼の最高傑作と評する者も多い北野武の監督第4作。カンヌ国際映画祭で絶賛されるなど北野映画の海外での認知度を高めるきっかけともなった(松竹配給)。今回初めて上映するプリントは、柳島克己キャメラマン監修のもと、当時本作のタイミング(色彩補正)を担当した大見正晴(当館技術職員)による技術的助言を得て、現役のタイミングマンが公開当時に近い色彩を再現したものである。

62 釣りバカ日誌スペシャル(106分・35mm・カラー)
(1994松竹)(監)森﨑東(原)やまさき十三、北見けんいち(脚)山田洋次、関根俊夫(撮)東原三郎(美)重田重盛(音)佐藤勝
(出)西田敏行、石田えり、富田靖子、加勢大周、加藤武、田中邦衛、清川虹子、松尾嘉代、谷啓、西村晃、三國連太郎
「釣りバカ日誌」シリーズの通算7作目にして、初めて「男はつらいよ」の併映を離れ単独公開された特別篇。前半では佐々木課長(谷)の娘・志野(富田)の結婚をめぐるエピソード、後半では妻のみち子さん(石田)とスーさんの不倫を疑うハマちゃんの暴走が描かれる。それまでの栗山富夫監督に代わり森﨑東が登板、破天荒な演出でシリーズに新風を吹き込んだ。石田えりの初代みち子さん(次作より浅田美代子に交代)が見られる最後の作品でもある。

63 珈琲時光(103分・35mm・カラー)
(2004松竹=朝日新聞社=住友商事=衛星劇場=IMAGICA)(監・脚)侯孝賢ホウ・シャオシェン(脚)朱天文(撮)李屏賓
(出)一青窈、浅野忠信、余貴美子、小林稔侍、萩原聖人、江乃ぶ、江庸子
東京で一人暮らしをしているライターの陽子(一青)は、もうすぐシングルマザーとなる。彼女は台湾出身の作曲家・江文也について調べており、ときおり肇(浅野)が営む古書店を訪れている。東京の街や喫茶店を舞台に、二人の緩やかな交わりが描かれ、電車の行き交いが物語を紡ぎだす。侯孝賢ホウ・シャオシェンによる小津安二郎生誕100周年記念作。

64 花よりもなほ(128分・35mm・カラー)
(2006「花よりもなほ」フィルムパートナーズ)(監・原・脚)是枝裕和(撮)山崎裕(美)磯見俊裕、馬場正男(音)タブラトゥーラ
(出)岡田准一、宮沢りえ、古田新太、香川照之、田畑智子、上島竜兵、木村祐一、加瀬亮、千原靖史、平泉成、絵沢萠子、夏川結衣、國村隼、中村嘉葎雄、浅野忠信、原田芳雄
父親の敵を討つために江戸へやって来た青木宗左衛門(岡田)。しかし、気が弱く剣術にも疎い宗左衛門は、貧乏長屋で暮らすうちに少しずつ心変わりしてゆく。是枝裕和監督の現時点で唯一の時代劇だが、「弱さ」を見据える視点、復讐の物語を通して浮かび上がる「罪と罰」の問題、寺子屋の描写に顕著な子どもと地域社会の関係性など、是枝作品の一貫したテーマはここにも明確に表れている。



by sentence2307 | 2021-02-22 11:41 | 小津安二郎 | Comments(0)