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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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リコリス・ピザ

ポール・トーマス・アンダーソン監督の「リコリス・ピザ」を面白く見たあと、幾つかの映画サイトでこの作品の感想をひと当り読んでみました、

そこで、ちょっと驚いたのは、自分の感じたこととは若干異なる趣旨のコメントが結構多いので、読みすすめるうちにだんだん消化不良というか、モヤモヤ感が増し、このむかつきを抑えるためにも、その辺のギャップを意識しながら印象に残ったシーンを書き出してみようと思いたちました。

あちらこちらのサイトにのっていた気に掛かる感想を要約すると、だいたいこんな感じになります。


《70年代のノスタルジックな青春映画だが、何故か主演の二人にときめかない。
それは15歳の高校生と25歳の年上の女性という組み合わせのために、なかなか手もつながないしキスもしないという「距離を置く二人の微妙な関係」が、従来のアメリカ映画としては違和感を覚えさせるためなのか、この二人、ことさらに美男美女という感じでもないし。
要するにラブストーリ映画の王道からかけ離れているということで、これはポール・トーマス・アンダーソン監督が意図的にリアル感を出すために選択したのかも知れないけれども。》


文中に記されている「距離を置く二人の微妙な関係」の部分にこだわらなければ、そのままスルーして、それはそれで結構この作品も心温まる爽やかな純愛映画といえるかもしれませんが、しかし、それではあまりにも寂しいし、もったいない気もします。

15歳の高校生ゲイリーから「ひとめ惚れ」された25歳の年上の女性アラナが、ジェネレーション・ギャップに悩み格闘しながら紆余曲折・七転八倒して、精一杯背伸びした15歳の高校生ゲイリー(彼の方は大人に見せようと精一杯背伸びしているのですから、「悩み」は描かれておらず淡白な立ち位置です)との「距離」をどのように縮めていくかがこの映画の「おいしい部分」であって、もし、この同じようなシチュエーションをフランスとかのヨーロッパで撮るとするなら、それはもう、生真面目で救いのない相当シリアスな惨憺たるジェネレーション・ギャップ映画になってしまったに違いありません。

だからこそ、このハリウッドの底なしの軽妙さで描かれるアラナの、迷い逡巡しながらもゲイリーの求愛に応え受け入れるまでの心の遍歴を、それほどの深刻さもないスムーズさで僕たちも納得することができたのだと思います。

トオは立っているが、やたら商才のある子役の高校生ゲイリーは、ウォーターベッドの委託販売で大きく当ててひと儲けするものの、突然のオイルショックに見舞われあっけなく頓挫しますが、怪しい映画プロデューサー宅にウォーター・ベッドを設置する際、威圧されたことの意趣返しに、ベッドへの水の注入を中断し逃げ出してしまいます。

相当タチの悪い悪戯がもうすこしで露見するニアミスをかわして、どうにか逃げ延びた少年たちは、その奇蹟の逃亡の成功にはしゃぎ廻って大喜びしますが、大人のアラナには、どうしてもそんな風に喜ぶことができません。

ゲイリーたちの子供っぽいはしゃぎっぷりを遠くに遠くに眺めながら、ひとりウンザリしているアラナの姿が描かれています。

そういう二人の「世代のギャップ」からくる不満と苛立ちのぶつかり合いとして、この映画の最大のクライマックスが、剥き出しの言い争いのシーンにつながっています。

いつまでもこんなことを子供っぽいことをしていては駄目だと、アラナは自分の人生を立て直そうと、ボランティアで市長候補ブライアンの選挙に加わりますが、彼女の過剰に肩入れする媚びた様子に苛立ちと不満をどうしても隠せないゲイリーとのあいだで、感情むき出し、本音で激しく言い争う素晴らしい場面です。

言い争っているのは、まさに「年の差」ですが、きっかけは、ゲイリーが選挙事務所で小耳に挟んだLAで長い間禁止されていた「ピンボール・マシン」が解禁されるらしいという情報を得て、早速、金儲けに動こうとするゲイリーと、それを不純だととがめ言い争う素晴らしい場面です。


アラナが台所で洗いものをしながら、ゲイリーの電話を聞いています。
「新会社を始めるのでピンボールがいるんだけど。ない? OK」
電話を切ったゲイリーにアラナが聞きます。
「私の推測、あたっているかしら?」
「えっ、どんな推測?」
「ピンボール・マシン探し」
「あたり」
「なんでよ?」
「ピンボールの店第1号を開くんだ。ピンボール・パレスだよ」
「この街を変えようという立派な人といて、話を聞いたのはピンボールのことだけってこと?」
「ほかにも聞いたよ」
ふたたび電話がかかってきて、ピンボールの都合がついたから今からでも見にこいという先方へ、返事を返すゲイリーの未熟な言葉遣いをあからさまに冷笑しながらアラナは言います。
「私は運転しないからね」
「OK、それなら自分で運転する」とゲイリー。
「自分でするって。免許もないあんたが。たいしたものね」
「そうとも」
「タバコ吸ったら、みじめに吐くくせに」
「このタバコのこと? マルボロ・キングサイズ」
「吸う度胸なんか、ないくせに」
しかし、アラナの制止を抑えて吸い込んだ煙を彼女に吹きかけるゲイリー。
むかついたアラナはゲイリーに挑むように顔を近づけて「私の方がクールだからね。いい、頭に叩き込んでおいて」
負けずにゲイリー「いわれたくないね、おばさんに」
気色ばんだアラナは「おばさん? おばさん?」と怒りも隠さず言い返す。
ゲイリー「ミレディって言ったんだ、貴婦人だよ。僕がクールかどうか、分かるのかよ」
アラナ「あんたなんかクールじゃないし、息が臭いよ」
ゲイリー「そうかい、君はもう年だ」
アラナ「私が年だって、やぼったいって? えっ、世の改革はクールじゃないっていうの?」
ゲイリー「そんなこと、ブライアンに聞けよ」
アラナ「もちろん、そうする。あんたをクールと思うのはウォーター・ベッド仲間、スー、カーク、マークくらいよね」
ゲイリー「友だちは山ほどいるさ」
アラナ「世間知らずのガキども。世界はゲイリー・ヴァレンタインで廻っているわけ?」
ゲイリー「そうとも」
アラナ「世界はそれ以上よ」
ゲイリー「違うね」
アラナ「違う?」
ゲイリー「僕がいなければ、君はまだ生徒の写真を撮っていただろ」
アラナ「あんたはピンボール・マシン、私は政治の世界、人生を立て直したいのよ」
ゲイリー「じゃあ立て直せよ」
アラナ「どこ行くの?」
ゲイリー「出かける」
アラナ「分かったわよ、送ってく。ピンボールを見にいくの? 送ってあげるってば。ゲイリー、いったい何なの、乗ったら駄目よ、乗るんじゃない。ゲイリー・クソV。もし乗るんなら二度と口をきかないわよ、待ちなさいってば!!」


この場面は、何度見ても素晴らしい。

しかし、それにしても、見れば見るほどアラナ・ハイムが、香川京子に見えてしかたがない。


(2022アメリカ)監督脚本製作・ポール・トーマス・アンダーソン、製作・サラ・マーフィ、アダム・ソムナー、製作総指揮・ジェイソン・クロース、スーザン・マクナマラ、アーロン・L・ギルバート、ジョアン・セラー、ダニエル・ルピ、音楽・ジョニー・グリーンウッド、撮影・ポール・トーマス・アンダーソン、マイケル・バウマン、編集・アンディ・ジャーゲンセン、美術・フローレンシア・マーティン 、衣装デザイナー・マーク・ブリッジス、 キャスティング・カサンドラ・クルクンディス、 製作会社・メトロ・ゴールドウィン・メイヤー、フォーカス・フィーチャーズ、ブロン・クリエイティブ、グーラルディ・フィルム・カンパニー、配給・ビターズ・エンド=パルコ=ユニバーサル映画、
2022年・第94回アカデミー賞で作品、監督、脚本の3部門にノミネート。
2022年・第96回キネマ旬報ベスト・テン外国映画第1位作品。

出演・アラナ・ハイム(アラナ・ケイン)、クーパー・ホフマン(ゲイリー・ヴァレンタイン)、ショーン・ペン(ジャック・ホールデン)、トム・ウェイツ(レックス・ブラウ)、ブラッドリー・クーパー(ジョン・ピーターズ:)、ベニー・サフディ(ジョエル・ワックス)、マーヤ・ルドルフ(ゲイル)、スカイラー・ギソンド(ランス)、メアリー・エリザベス・エリス(マンマ・アニタ)、デストリー・アリン・スピルバーグ(フリスビー・カヒル)、ジョセフ・クロス(マシュー)、ネイト・マン(ブライアン)、ジョン・C・ライリー(フレッド・グウィン)、クリスティーン・エバーソール(ルシル・ドゥーリトル)、ジョージ・ディカプリオ(ミスター・ジャック)、ユミ・ミズイ(ミオコ)、安生めぐみ(キミコ)、エスティ・ハイム(エスティ)、ダニエル・ハイム(ダニエル)、モルデハイ・ハイム(モルデハイ)、ドナ・ハイム(ドナ)、

by sentence2307 | 2023-02-26 18:49 | ポール・トーマス・アンダーソン | Comments(0)