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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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映画を見た後で、その原作である小説を読むというのは、僕の場合、まず「ない」のですが、逆のケースなら(偶然ですが)結構あります。

原作の伊藤永之介(未知の作家です)の小説「鶯」は、たまたま少し前に読んでいました。

中央公論社から刊行された「日本文学全集79・名作集3」という文学全集のシリーズ中の19作のうちの1作として収載されている作品です。

私的な事情で恐縮ですが、僕の所蔵している本の量が収容スペースをはるかに上回る過剰な状態にあり、本はどんどん読んでどんどん処分しており(まあ古本とはいえ、買った手前、読まずに処分するとなると、気持ち的にどうしても抵抗がありますし、いったい何のために買い込んだのか我ながら馬鹿馬鹿しいとは承知のうえで必ず眼を通すことを自分に課しています。)その一環として、以前この作品「鶯」を読んでいたのでした。

実は、この本に収録されている作品に、北条民雄の「いのちの初夜」と金史良の「光の中に」があるために(ともにとても素晴らしい作品です)、すでに本自体は読了していたのですが、未練もあって棄てることもできずに、ぐずぐずと持ち続けていたという事情のある1冊でした。

読了したときの印象としては、はっきりいってさしたるものはありません。

極貧の中で生きる農民の悲惨としたたかさとが軽妙な東北弁によって訥々として語られており、その不思議な感覚の対比がステレオタイプの「悲惨さ」を抑えて、味わい深い独特な軽みを出しているというくらいの印象だったでしょうか。

しかし、豊田四郎作品「鶯」を実際に見て、原作をはるかに超えている仕上がりに感動しました。

この作品は、多分グランド・ホテル形式とでもいうのだと思うのですが、様々なエピソードを織り込みながら人間が重層的・同時進行的に描かれていくというなかで、ある程度ストーリーが固まっている部分(杉村春子のもぐりの産婆の話とか、霧立のぼると清川虹子の親子のエピソードなど)は、それなりに制約を受けるという限界もあので別にしても、禁猟の鳥と知らずに鶯を警察に売りにくる女(堤眞佐子が演じています)のエピソードの部分は、原作にはない豊田四郎の哀しみを押し殺したような独特な軽味の叙情が漂っていました。

たまたま鶯を手に入れた(家に迷い込んできたと話しています)女が、警察署にその鶯を買ってくれないかと現れます。

家には腹をすかせた子供たちが、幾らかの金を手にした母親の帰りを待っているというのに、しかし、食うや食わずの近隣の貧しい農村では鶯を買うなどという余裕のある悠長な人間などいるわけもなく、そこで女は、この貧しい農村地域で唯一安定した給料を得ている官吏のいる警察署に出向いてきたというわけです。

そこで、ふた言三言交渉のやり取りが描かれた後で、エライ警察職員に鶯は禁猟の鳥だから放してやれと脅かされます。

女は、この鶯は「採った」のではなく、たまたま家に飛び込んできたのだと説明しますが聞いてもらえず、仕方なく警察署の玄関先で鳥籠の扉を開けて鶯を放すことになる場面です。

いままさに、当面唯一の生活の糧といってもいい大切な「飯のタネ」を失おうとしている貧困にあえぐ女の描き方に心惹かれました。

多分、この小説からすれば、きっと、飛び去る鳥の行方を追いながら、貧しい女は、無念さとか、やりきれない悲しみとか、それに伴う怒りとか、そして諦めの表情や仕草などが描かれるというのが予想される普通の行き方だろうと思います。

しかし、この豊田作品では、驚くべきことに、飛び去る鶯の行方を追いながら、鶯野の鳴き声に思わずうっとりと聞き惚れてしまう女の美しい顔をアップで捉えていました。

自分の絶望的な状況の只中でも、唯一の生活の糧を失おうとしているその時に直面して、美しい鶯の声に思わず聞き惚れてしまうということは、いったいどういう心理なのか、戸惑いました。

豊田四郎作品というと、何故かすぐに井伏鱒二作品を連想してしまうのですが、これはなにか深く関係しているものが潜んでいるのかもしれませんね。

この作品は、豊田四郎監督が「冬の宿」を撮影中の合間をぬって、わずか16日間で撮り上げたといわれている珠玉の名編です。

(38東京発声=東宝)製作企画・重宗和伸、監督・豊田四郎、原作・伊藤永之介、脚本・八田尚之、撮影・小倉金弥、音楽・中川栄三、美術・進藤誠吾、装置・角田五郎、録音・奥津武、照明・馬場春俊、
出演・勝見庸太郎、御橋公、伊達信、鶴丸睦彦、押本映治、北沢彪、藤輪欣司、汐見洋、霧立のぼる、清川虹子、堤眞佐子、村井キヨ、文野朋子、杉村春子、水町庸子、藤間房子、堀切浪之助、江藤勇、恩田清次郎、平陽光、大友純、木浦柴雄、田辺若男、原田耕一郎、榊田敬治
(73分・9巻 1,975m 白黒)
1938.11.09 日比谷劇場



参考・伊藤永之介の集約的リアリズム

明治36年、秋田市に生まれ、小学校を終えたのち、銀行、新聞社などを転々とした。

大正13年、同郷の先輩金子洋文をたよって上京し、洋文が同13年に創刊した「文芸戦線」に文芸時評を書いたのが文学への第1歩だった。

当時、プロレタリア文学陣営のもっとも有力な存在だった前田河廣一郎に対する手厳しい批判だった。そこから、横光利一、川端康成らの「文芸時代」に請われて同誌にも評論を発表した。

翌14年、4月号の同誌に「生田長江氏の妄論其他」を寄せ、生田長江の新感覚派嘲笑を反駁し、擁護論を書いた。「文芸戦線」のがわに属しながら、新感覚派へも共感を示しているところに、この作家独自なものがあり、それが、やがて、「鶯」をはじめとする、宇野浩二の名付けた「鳥類もの」といわれる諸作品に結実した。

かくのごとく、はじめは文芸批評家として活動したが、昭和6年、朝鮮農民を描いた「万宝山」(「改造」昭和6年10月号)によって作家的才能を認められた。これは、満州事変の起こる前、中国の軍閥の支配下にあった満州を放浪する朝鮮貧農の悲惨な姿を描いたものであった。この作品は、宇野浩二によって激賞された。

その後、反動と弾圧の数年を通じて沈黙を守ったが、昭和12年「梟」(鶴田知也らと同人誌「小説」昭和11年9月号掲載ののち、翌年7月「文学界」に転載)で注目を浴び、精力的な創作力を回復した。

つづく「鶯」(「文芸春秋」昭和13年6月号)は第2回新潮社文芸賞を得た。そのほか「燕」「鴉」「鴎」「雁」などの鳥類ものを矢継ぎ早に発表した。これらは、すべて東北地方の農村に取材し、農民の貧困と無知と狡猾とを親愛感をこめて、ユーモラスな説話体で描いた。とりわけ、特定の場面に、様々な人物を登場させ、その挿話の組み合わせによって、戯画的な効果をねらった手法が特色で、「万宝山」時代の手法に比べると、際立った才気を感じさせる手法だった。


それら「鳥類もの」の作品中にあって頂点をなす小説が「鶯」といえる。

田舎の警察署という舞台を設定し、そこへ一日のうちに入れ代わり立ち代わり登場する様々な人間と、様々な事件との組み合わせによって、窮迫した東北農村の姿を戯画的に構成した物語で、その明るいユーモラスな語り口で語る描写力は、また上質な哀調も帯び、技巧的で際立った才気を感じさせた、従来の質素・鈍重なリアリズム(救いのない暗い題材)にこだわったいままでの農村小説とは明らかに一線を画すものがあった。

説話体といい、幾つかの挿話の集約といい、農民文学においては極めて斬新なこの手法は、武田麟太郎の「日本三文オペラ」に匹敵する快作といえた。



Commented by FakeOakleyHinde at 2013-07-27 10:10 x
鶯 : 映画収集狂
Commented by cheapOakleyEyep at 2013-07-27 10:10 x
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Commented by sac femme at 2013-09-12 22:16 x
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by sentence2307 | 2005-11-19 18:05 | 豊田四郎 | Comments(5)