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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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大日向村

この作品は、前進座総出演と書かれています。

印象としてなんとなく山中貞雄を思い浮かべてしまうのは、あの「河内山宗俊」や「人情紙風船」に出演していた同じ顔ぶれが、そのままこの映画「大日向村」でも見られるからでしょう。

しかし、悲観と絶望に満たされた痛切なあの山中作品と、どこまでも明るい手放しの楽観と活力溢れる「大日向村」では、そもそも比較するだけの手がかりになるようなものなど、なにひとつ見つけることのできないくらいの、あまりの違いようです。

そこには、単に、かたや「悲観」、かたや「活力」という括りだけでは説明できないような深いギャップが横たわっているのだと思います。

例えば「人情紙風船」なら、全編に漂う暗さのなかで、社会に適応できないまま押し潰されていく馬鹿正直で不器用な人間の無残な挫折を描きながら、しかし、同時に、そこには、なんとも優しい「救い」さえ見ることもできるのは、きっと、そういう純粋さに殉じる弱き者たちを、山中貞雄がどこまでも肯定的に描いているからだろうと思います。

哀れなほど真っ正直で、馬鹿馬鹿しいほど純粋で、苦笑したくなるほど弱々しくとも、そうした社会への適応力の欠落した不器用な人間たちの無残な破滅を、僕たち観衆が嫌悪感なく受け入れることができるのは、その破滅に、どんなに惨めでも生きることに誠実であろうとする者の気高さが描かれているからだろうと思います。

哀れなほど真っ正直で、馬鹿馬鹿しいほど純粋で、苦笑したくなるほど弱々しい人間でも、「それでもいいじゃないか」と肯定する山中貞雄の優しさが、僕たちを感動で撃つのだろうと思います。

それに引き換え「大日向村」の、観る者を拒むような一種独特な白々しさ・よそよそしさは、そのまま国策の側に身を置いて作られた欺瞞的で、すべてが嘘で塗り固められた製作姿勢にあることは疑いないとしても、そこに、なお残る違和感の意味がぼくにはもうひとつ解せませんでした。

いまでは、この大日向村を語るときには、どうしても「悲劇」という言葉が付きまといます。

中国の農民から土地を収奪したうえで為された国策に乗り、新天地を求めて満州へ移住した大日向村の、そして日本の貧しい農民たちに襲い掛かったソ連軍の進攻と、それに先立つ日本軍の敗走によって引き起こされた凄惨な悲劇は、多くの犠牲者と、さらに残留孤児、残留婦人となって現代に至るもなお未解決のままに残されている深刻な問題です。

日本の貧しい農民たちに「バラ色の夢」を与えたに違いないこの映画にある罪深さを感じてしまうのは、きっとその悲惨な結末のためだろうと思います。

その意味では、集団移民に一役買ったこの映画で熱演した「前進座」も、きっと同罪には違いありません。

あの「河内山宗俊」や「人情紙風船」のなかで誠実な人間の真摯な絶望と諦念を演じて見せた前進座が、このような国策映画に疑いもなく出演し、そればかりではなく、このタダならぬ熱の入れようが僕にはどうしても理解できませんでした。

そんなあるとき、なんとなく眺めていた資料によって、前進座が当時「進歩的な劇団」というふうに位置づけだったことを知りました。

この文言で僕の違和感が一気に氷解し、目からウロコが落ちたようにある考えが思い浮かびました。

もしかしたら、この「進歩的な劇団」は、時局柄どうしても国策に従わなければならないという窮地のなかにあって、彼らはこの「全国初の集団分村移民満豪開拓団」の話に、社会主義=共産主義的な集団農場(確かコルホーズとかいいましたよね)の解釈を重ねて、この国策映画のなかで精一杯彼らの理想を演じたのかもしれない、などと妄想してみました。

戦時下にあった当時の思想転向者たちの起死回生の論理というものがどういったものなのか、僕などに分かるはずもありませんが、そのような「夢」が、当のソ連軍の侵攻によって完膚なきまでに打ち砕かれるという事態に至ったことは、なんとも皮肉で無残な結末としか言いようがありませんけれども。

(40東京発声=東宝)製作・重宗和伸、監督・豊田四郎、脚本・八木隆一郎、原作・和田伝、撮影・小原譲治、音楽・中川栄三、美術・園真、録音・奥津武、照明・北村石太郎
出演・河原崎長十郎、中村翫右衛門、杉村春子、中村メイ子、伊藤智子、藤輪欣司、岬たか子、中村鶴三
10巻 2,297m 84分 白黒
1940.10.30 日本劇場
by sentence2307 | 2005-12-02 21:47 | 豊田四郎 | Comments(0)