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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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海猫 umineko

僕は、ずっと以前から、森田芳光のこの「海猫 umineko」について、もし感想を書く機会があるとすれば、その感想を語り始めるその前に、「失楽園」についてまず書き始めなければならないだろうなと、なんとなく考えていました。

つまり、「海猫 umineko」という作品を見る前から、僕の中ではこの作品が「失楽園」の延長線上にある作品だという思い込みがあって、自分なりのイメージを既に作り上げていたのだと思います。

しかし、実際にこの映画を見たとき、この作品が僕の思い込みを大きく裏切ったものであることも含めてショックを受けました。

まず、伊東美咲の美しくないことへの驚きです。

TVのCMなどで美しすぎる彼女を日常的に見せつけられている僕たちにとって、この映画で描かれているあまりに凡庸な彼女の描き方と、いじめに耐えているだけのなんとも生気のない容姿は、まさにがっかりでした。

森田芳光が、多分その美しさだけでは飽き足らず、彼女に余計な演技をも要求するという無謀さに唖然としたからでしょうか。

兄嫁・薫を慕う義弟・広次が、監禁同様に拘束されて衰弱している薫の姿を見かね、意を決して彼女を連れて兄・邦一の元から逃げようとするとき、一緒にいた娘が、追いかけてきた父親・邦一の姿を見て発する「おとうちゃん、かわいそう」というセリフが、それまでこの映画が示してきた監督の意図とは別の方向に急変し始めたことに突然気づかされ、実のところ誰もが驚き戸惑ったに違いありません。

それは、この映画が無視し、見捨ててきたはずの秘められたもうひとつの物語「邦一の物語」が突然立ち上がり、自己主張し始めたからだと思います。

それまで、確信をもって編まれてきたはずのストーリーが、ここに来て突如様相を一変させてしまったという戸惑いと驚きです。

ここに描かれている漁師・邦一はデリカシーのカケラもない粗暴な男として描かれています。

どう見ても漁師の女房には向きそうにない卑弱な薫に過重な労働を課し、欲情すれば妻=相手の状態など構うことなく所構わず強姦同様のSEXを強要するような血の気の多い漁師です。

そして、夫・邦一がおとなしい妻とのSEXに飽きたらず、ほかに愛人をこさえて、妻からは得られなかった性の快楽を貪っているとき、ひとり置去りにされた薫が、その寂しさを紛らわすために義弟・広次と一夜を共にし、そこで、夫・邦一とのSEXではいまだかつて経験したことのない性の歓びが対照的に描かれている場面で、僕たちは、あるいは、こんな人間味の欠けた一方的な描かれ方をした邦一の人間像に、いち早く疑問を持つべきだったかもしれません。

女の足の指を一本一本舐め上げるようなそんな薄気味悪いSEXが、どうしてそれが真実の愛で、そのために「邦一」の愛し方が、なぜ否定されなければならないのか、ここのところが僕にはよく分からないのです。

そしてラストのあの場面、「おとうちゃん、かわいそう」というセリフに遭遇しなければ、僕たち観客は、てっきり「俺の女を、意地でも弟にだけは渡さないぞ」という憎悪と独占欲に逆上した邦一を(違和感を持ったにしても)受け入れていたかもしれません。

ラストにおいてこの三角関係は、おのおのの憎悪と憤りが錯綜して修復不能なほどドロドロの関係に至っていますが、だから、なおさら娘が、追いすがる邦一の姿を見て「おとうちゃん、かわいそう」と発する言葉があまりに唐突すぎるだけに、夫・邦一という男の本当の姿が、それまでなにひとつ描かれていなかったことに観客は初めて気づかされたのかもしれません。

「粗暴な男」像とは、明らかに違うタイプの佐藤浩市をミスキャストと片付けてしまったら、それこそミもフタもありませんが、このラストで、追いすがる邦一の感情の中に憎悪と独占欲とによる陳腐な逆上を見るよりも、どう妻を愛していいか分からないまま妻・薫から去られてしまう哀れな邦一が、無様に追いすがって「そこまで」来たのだと見る方が、なんだか自然なように思えてきました。

邦一には、薫の足の指を一本一本舐め上げるようなSEXなんか到底できるわけもありません。

知的な薫が目を輝かすような横文字の画家の名前の知識もありません。

彼が知っていることといえば、海で巧みに漁をすること、そして、たとえ強姦のようなSEXしかできなかったとしても、彼にはそういうふうにしか薫を愛すことができない無骨で哀しい男だったのではないか、彼が彼の方法でそのように愛するしかなく、そして深く愛せば愛すほど、愛する女を傷つけてしまうという絶望的なジレンマこそが、このラストで描かれなければならなかった本当のテーマだったのではなかったか、という気がしてきました。

娘が発した「おとうちゃん、かわいそう」という唐突なセリフだけがラストで空しく響いて孤立したまま、しかし、この言葉は、この映画が、もう少し違ったふうな繊細な映画になり得た可能性を僕たちに教えてくれたのかもしれません。

(04東映)監督:森田芳光、プロデューサー:野村敏哉、小島吉弘、三沢和子、企画・坂上順、原作:谷村志穂、脚本:筒井ともみ、撮影・石川稔、美術・山崎秀満、編集・田中愼二、音楽:大島ミチル、主題歌・MISIA『冬のエトランジェ』、照明・渡辺三雄、録音・橋本文雄、助監督・杉山泰一
出演・伊東美咲、佐藤浩市、仲村トオル、ミムラ、深水元基、角田ともみ、三田佳子、蒼井 優、鳥羽 潤、小島 聖、白石加代子
129分
by sentence2307 | 2006-04-13 00:10 | 森田芳光 | Comments(0)