ドライバー
2006年 07月 08日
なにせ相手が小うるさい役所なので、万事勝手の分かった機転の利く運転手さんでないと、咄嗟のときなど困る場合もあるので、当方としては、なるべく同じ人をお願いしていました。
もう随分前のことです、やはり役所に納品する品物があって、さっそく運送会社にいつもの運転手さんをお願いしたところ、その人は数日前から、風邪で高熱をだしてダウンしているとのことで、代わりの運転手でいいかと社長からの連絡がありました。
当方としては、事情の分かった人がベストなのですが、そこは致し方ありません。その方にお願いしました。
ドライバーが入り口の警備員と顔見知りなら、なんということもなく通過できるのですが、新顔の運転手となると、改めて通門の手続きが必要になります。
これが結構厄介なのです。
車種名、車両番号、積荷、そして運転手名をあらかじめ会計課に届けておかなければ、門を通ることができませんので、運送会社の社長にそれらの事項を記載したリストの送信を早急にお願いしました。
送られてきたそのリストのドライバーの名前欄には、「知念○○」と書かれていました。
いまなら芸能人にも同じ姓の人がいるので珍しい感じは受けないでしようが、当時はきっと珍しかったのだと思います。
僕のところに書類を持ってきた庶務課の女の子も同じような感想を言っていました。
初対面のときの印象も、物凄く強烈でした。
ぶっきらぼうで見るからに猛々しいコワモテの山男という感じで、「人を逸らさない」といわれているくらい世慣れたすれっからしの僕でさえ少し引いてしまうほどでした。
無口なぶんだけ、怖い感じを受けました。
大切な取引先である役所の収めに行って貰って大丈夫か・・・という懸念がまず起こりました。
しかし、いまさら運送会社にドライバーの変更を申し入れることなど、時間的にも余裕がありません。
だいたい、そんなことをしたら「知念さん」にも失礼です。
いつもなら、営業の若いものを同乗させて納品に立ち会わせるのですが、そのときは僕が同乗させてもらうことにしました。
正直「見届け人」みたいな気持ちでした。
しかし、その懸念は、納めの作業を誠実に黙々とこなす彼の姿を見て、瞬く間に払拭されました。
ドライバーによっては、運ぶのが自分の仕事で、荷の積み下ろしまでは積極的に遣りたがらない人が多いものです。
荷降しの主体は、納める「営業さん」の仕事だろうという感じを前面に出してきて、「お手伝い」の立場を堅持するという人が殆どだということを、若い営業マンからもよく聞いてしました。
知念さんはそうではありません、立会いのお役人さんには愛想は悪いのですが、重い荷物を骨惜しみせずに率先して運ぶ姿に、僕もなんとなく感動してしまいました。
帰りの自動車のなかで知念さんから「最初に断られると思っていました」と唐突なお礼を言われました。
「私はこんなふうに無愛想なので、いい印象を与えることができず、仕事する前に断られることがたびたびあって、働かしてくれるだけでとても有難いのです、感謝しています」というのです。
僕は知念さんの横顔をまじまじと見てしまいました。
相変わらず物凄く怖い横顔です。
しかし、それは見ようによっては、その「顔」のために人から拒まれ続けて、すっかり臆病になってしまった怯えと緊張の表情なのかもしれないなと思えてきました。
そのとき微かに持った「好感」が、決して間違っていなかったことが、いまでも一手にウチの納めを引き受けてくれている10年にも及ぶお付き合いで証明されたと思っています。
今日も知念さんは、荷物を受け取りに元気よく「こんにちは!!」と当社に現れます。
知念さんの挨拶に答えて僕が言います。「これ知念、わしの蜜を舐めたであろう。」
すると、知念さんは答えます。「いえ、真ん中を通ってまいりました。」