わたした達はこんなに働いてゐる
2007年 04月 07日
国民映画賞を受賞しています。
海軍衣糧廠で軍服を縫製している女子挺身隊の少女たちの必死の作業が齣おとしで撮影されているので、すべての動作が(部分的には、コマ落しで)目まぐるしく描かれています。
この作品をどう見るか、戦争に憑かれた人間のヒステリックで異常な姿と見るか、あるいは、その少女たちを「いとおしく」「けなげ」と見るか、いろいろあっていいのですが、僕はまず、後者と見ています。
黒澤明の「いちばん美しく」を見たときの感動に通ずるあの思いと同じです。
必死の作業の最中にミシンの針が突然折れて、くやしさに突っ伏して泣く少女の有名なシーンは、戦時下に生きた国民の異常さを象徴するという意図のもとに、僕達はこれまで、しばしば見せられてきたのですが、あそこに描かれている少女たちの姿や気持ちのすべてが、戦意高揚のために作為的に作られた嘘だったとはどうしても思えませんし、反省したり全否定すべき種類のものでもないと考えています。
むしろ、ある時代の極限の瞬間を見事に捉えたドキュメンタリーとして、ここに描かれているけなげな少女たちの「居ても立ってもいられなかった切迫感」必死さ懸命さにこそ、時代にまともに向き合おうとした誠実さに対して、いとおしさで胸うたれるものがあります。
「実にいやな時代だった」と言い切ってしまうことで自ら見えにくくしてしまう映像の真実もあるのではないかと、つい思ったりしてしまいます。
解説には、こう紹介されていました。
「革新的な製作集団芸術映画社(GES)に結集し、ドキュメンタリー理論を日本に導入した功績でも知られる女性ドキュメンタリストの先駆者厚木たか。
戦時下の言論統制の中でサイパン島の陥落に言及した本作には、厚木の現実に対する鋭利な視線が感じられる。
1945年(製作・朝日映画社)脚本・厚木たか、監督・水木荘也、撮影・小西昌三」

