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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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にっぽん昆虫記

「七人の侍」において、野武士たちに拉致され、ひたすら男たち嬲られ弄ばれる農婦を痛々しく妖しく演じた(あるいは、求められた)女優・島崎雪子の印象を書いて以来、黒澤作品における「女優」の扱われ方について、少しだけ考えてみました。

もともと男たちの物語を力強く濃密に描く黒澤作品ですから、登場場面が限られている女優というだけで否応なく印象に残ってしまうという過重を抱え込む定めにあるのは、あるいは避けられないことだったかもしれません。

問題はその、男の視点から強引に作られていく女性の「印象」の在り方です。

野武士に拉致され、性の奴隷となって粗野な男たちによって辱めを受けた農婦が、逢いに来た夫の救いの手を拒んで、彼の目の前でみずから死を選ぶという設定の、いわば説得度みたいなものでしょうか。

夫に顔向けができないほど穢れた自分は、せめて操をたてて(操を立てるにしては、この自死は遅すぎるような気がしますし、もし夫にあんな形で逢わなければ、果たして彼女は死を選んだだろうかという疑問とか、逆にそういう妻を夫は果たして非難しただろうかという交錯した疑問が縷縷残ってしまいます)潔く死を選ぶという設定でした。

黒澤明が描く誇り高い男たちなら、それこそ「辱めを受けるくらいなら、潔く死を選ぶ」という生き方(死に方)は、ごく真っ当な在り方だったに違いありません。

しかしまた、そういう在り方・ある意味卑弱な倫理観を女性の側、つまり農婦=女優に求めたあたりが、黒澤明という映画監督の限界だったような気もします。

その否定的な視点(死も選ばない、絶望もしない、性交を強いられたくらいのことで、あるいは強姦された程度で汚されたなどとは思わないというしたたかな考え方)を教えてくれたのが、今村昌平作品との出会いでした。

つまり、「にっぽん昆虫記」との出会いだったと言ってもいいかもしれません。

貪欲で狡猾な男たちから、たとえどんな「犯され方」をされるにしろ、そして、体内に精液をたっぷりと注ぎ込まれたにしろ、その男たちの悪意に満ちた毒を取り込んだ女たちは、それこそ、それを栄養に変えてどんどん強くなっていく姿が今村作品には描かれていました。

踏まれても、蹴られても、捻じ伏せられて強姦されても、再び立ち上がって歩き始める、現実に生きる庶民も、きっと「そう」だったに違いありません(今村監督が「逞しさ」と描いた部分が、庶民にしてみれば「死ぬ選択などハナから持たない」という切実なものだったにせよ)。

きっと当時の僕が本当に欲しかったものが、黒澤監督作品のような絵に描いた「理想」などではなく、リアルな「現実」に向かっていく負の活力を欲していた気持ちとぴったりと合致したからだと思います。

そんな気持ちで、久しぶりに見返したこの「にっぽん昆虫記」でした。

今村監督が、かつて松竹の助監督から、その映画人生のスタートを切ったとはいえ、作品から「松竹らしさ」を見つけ出すことは、とても困難なことだと思っていました。

今村作品は、どこから見てもコテコテの日活作品に間違いありません。

どの時代に撮られたどの作品も、しっかりとした「日活作品」です。そう思い続けてきましたし、いまでもその気持ちは変わっていません。

知識としてなら、松竹時代に助監督として「麦秋」、「お茶漬の味」、「東京物語」についたということを知っている程度で、そのことの影響を今村作品のなかに感じることは、たとえ「きざし」といえども有り得ないと感じてきました。

作風が天と地ほども異なる今村昌平と小津安二郎です、どうこじつけても、それらの作品に松竹色や小津調の影響・共通性をみつけることは、到底考えられないこととずっと感じ続けてきました。

しかし、今回この「にっぽん昆虫記」を見直していて、家族から馬鹿にされる知恵遅れの父親に向けられた娘・左幸子の、愛情溢れる憐憫の思いが、これほどまでに濃厚に描かれていたのかと、ちょっと意外でした。

以前見たときは、きっと近親相姦的な印象が強烈過ぎて(子供の頃、お風呂屋さんの脱衣場に張ってあったポスターは、父親に胸を吸わせている左幸子の半裸の衝撃的な写真が使われていたので正視できなかったことをいまでも覚えています。)、その「父と娘」の関係の部分まで注意がいかなかったのかもしれません。

そして、もしかすると、この作品は、今村昌平にとっての「晩春」なのではないかという突然の思いつきに、雷に打たれるような思いがしました。

中小企業の社長の妾になり、一方では悪辣なコールガールの元締めに上り詰める左幸子の吐く印象的な言葉に「わたし、安定したいの」というのがあります。

どこへ行っても、どのようにもがいても、決して「安定」などできない彼女の帰る場所が、結局は父親の元にしかないことが、今回この作品を見てよく分かりました。

この作品「にっぽん昆虫記」は、今村昌平にとっての「晩春」なのだ、そうに違いないと思い始めています。

(63日活)監督脚本・今村昌平、脚本・長谷部慶次、企画・大塚和、友田二郎、撮影・姫田真佐久、音楽・黛敏郎、美術・中村公彦、編集・丹治睦夫、録音・古山恒夫、スクリプター・斎藤耕一、照明・岩木保夫、
出演・左幸子、岸輝子、佐々木すみ江、北村和夫、小池朝雄、相沢ケイ子、吉村実子、北林谷栄、桑山正一、露口茂、東恵美子、平田大三郎、長門裕之、春川ますみ、殿山泰司、榎木兵衛、高緒弘志、渡辺節子、川口道江、澄川透、阪井幸一朗、河津清三郎、柴田新三、青木富夫、高品格、久米明
Commented by mbt shoes prices at 2013-11-25 19:30 x
cheap mbt shoes にっぽん昆虫記 : 映画収集狂
by sentence2307 | 2008-02-28 22:54 | 今村昌平 | Comments(1)