人気ブログランキング | 話題のタグを見る

世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

殴られる男

1949年に撮った「チャンピオン」による絶賛以来,しばらく低迷を続けていたマーク・ロブスンが,50年代の中盤に立て続けに撮った3本のフィルムノワールが高い評価を受けて、久々に彼の存在感を示しました。

金の延べ棒を密輸する「黄金の賞金」,露骨な反共映画として知られる「アメリカの戦慄」,そしてボクシング界の内幕を赤裸々に暴露した「殴られる男」です。

「殴られる男」は,ハンフリー・ボガートの遺作となった作品であったこと,また、ゴダールの「勝手にしやがれ」に,この「殴られる男」が上映されている映画館のシーンが出てくるなど、ゴダールの思い入れが深かったことでも知られている作品です。

この作品のコピーは
「1950年代の腐敗したボクシング界の内幕を暴いた社会派サスペンス」
というものでした。

現場で戦うボクサーを、金儲けのために散々「食いもの」にするプロモーターたちが、廃人同然になるまで彼らを戦わせ、もはや使い途がなくなれば、「はしたガネ」を掴ませて、消耗品のように躊躇なく捨て去る。

ボクシングしか知らない彼らに社会は冷たく、容易につける職もなく、スラムでホームレス同然に生きるしかないという現実もこの作品はしっかりと描き込んでいます。

ここで描かれている新人ボクサーの巨人トロ・モレノも、黒幕たちがマスメディアを煽りたて、過剰な宣伝と巧妙に仕組んだ八百長試合とで連勝を重ねて「強者」の虚名を確立しながら、やがてチャンピオンへの挑戦権を獲得して、しかし、最後のタイトルマッチにおいては、逆にチャンピオンに大きく賭けて、大もうけしようという彼らのしたたかな筋書きのもとで八百長試合がすすめられていきます。

どこかの「なんとかホールディングス」の遠大な投資戦略を髣髴とさせますよね。

そして、さらにもっと熾烈なのは、タイトルマッチに敗れたそのボクサーを別のプロモーターが買い取って、「挑戦者」の名前を利用して地方巡業させ、さらに儲けようという魂胆です。

この巡業においては、もはや彼は「最強の挑戦者」から、不運の挑戦者の役どころを変じ、若い無名のボクサーたちに完膚なきまでに叩きのめされるという醜態を見世物にすることで金が取れる、その見世物は彼が廃人になったとしてもファイトのポーズをとることさえできれば、ただそれだけで十分にカネになると踏んだプロモーターたちの黒い思惑が描かれています。

しかし、ラストにおいて、金につられて、この「最強の挑戦者」の虚像を作り上げる誇大宣伝の陰謀に一役かった食い詰め者のスポーツライター・ハンフリー・ボガートが激怒するのは、複雑な契約書でボクサーをガンジガラメに縛り、稼げるだけ稼いでボクサーを廃人にまで追い込み、最後にはビタ一文も与えないで追い出すという契約のカラクリに対してでした。

なんのためにいままでこの愚劣な茶番に我慢してきたのだ、という思いが怒りとなって爆発します。

弱者をかばうハードボイルドの持つ「優しさ」の精神の一面がよく表れているシーンだと思いました。

しかし、僕が長年思い込んでいた「ハードボイルドの持つ優しさの面」というのが、どうも日本人独特の錯覚なのではないかと指摘する一文に最近接しました。

それは、レイモンド・チャンドラーやダシール・ハメットのハードボイルド小説の翻訳で知られる小鷹信光氏のインタビュー記事のなかで語られている部分です、以下はその抜粋です。

《ハードボイルド小説は、エンターテインメントでありながら読み手に対して生き方やモラルなどを問うところに特徴がある。
描かれているのは権力に屈することなく、自分の倫理に従って生きる男たちの姿だ。・・・
日本でハードボイルドがもてはやされたのは、戦後民主主義教育のアンチテーゼという面があったと思う。
型にはまった教育制度の中で、若者の間には、群れに交わらず個人主義を貫く一匹狼にあこがれる気持ちがあった。・・・
日本では、「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」という一節が独り歩きした。
ハードボイルドとは、本来、身を守るためにはペテンもやるような非情さを意味する言葉だか、日本ではロマンティックなイメージが強まった。・・・
現代はハードボイルドという言葉が本来のニュアンスで受け止められる時代ではないかという気がする。新聞を見ても尊属殺人や借金地獄、自殺など、探偵小説顔負けの仮借ない現実がある。・・・
不思議なことだが、最近の若い人にハードボイルド的な感性を感じることもある。
彼らは人と調子を合わせているように見えて、自分に合わない部分にくると、ぽんと相手を突き放すようなところがある。
どこか冷めていて、安易に人と同調しない。
非情な時代にあって、自分の考え方や志向を強く持って生きるという点では、ある種ハードボイルド的といえなくもない。》(2008.2.6 日本経済新聞・夕刊)

そういえば,でっち上げられた凋落の挑戦者・トロ・モレノを国外に逃がそうとするタクシーのなかで、ハンフリー・ボガートが自分の取り分を気前よくあげてしまうシーン(プロモーターがトロ・モレノに与えようとした金額というのがあまりにも少ないためにボガートは言い出せないまま、仕方なくその行為におよびます)に、日本人の多くは「優しくなければ」というハードボイルドの「精神」を日本流の甘美なものと理解したかもしれません。

しかし、この物語のそもそもの発端が、発掘してきた新人ボクサーのトロ・モレノが、実はボクシングはまったくの素人で、鍛えても強くなるような素質もなく、この「巨体」に投資したプロモーターが、資金を回収するために仕方なく陰謀を画策する必要が生じた経緯を考えれば、もし、このトロ・モレノが最初から最強のボクサーであったなら、そもそも陰謀を図る必要もなかったのではないかと思うと、ハンフリー・ボガートが,傷心の挑戦者・トロ・モレノに自分の分け前を気前よくあげてしまうシーンのモノローグは、「やれやれ、お前がもう少し強かったら、お前にオレの金をやらずに済んだかもしれんぞ」くらいは思ったかもしれません。

すくなくとも正義感に基づく義侠心などでは毛頭なかっただろうと思います。

そちらのほうが何だかハードボイルドっぽい気がします。

そして、「モラル」に関しては、黒幕が、切羽詰ってチャンピオンに金を与えて懐柔できないかとボガートに持ちかけたとき、彼は決然と「チャンピオンが八百長に乗るはずがないだろう」と言い放ちます。

チャンピオンは絶対に買収には応じないのだと断じたこの毅然とした一言に、ハードボイルドのもうひとつの精神があったのかもしれません。

そして、それは逆にいえば、ボクシング界に巣食うこの暗黒の部分を描かなければ現実のボクシング映画を語ることにはならないという厳として存在する熾烈な現実によって,多くの名作の誕生が促されたという痛切な皮肉がひそんでいるように思えてなりません。

(1956コロンビア・ピクチャーズ)監督・マーク・ロブソン、製作・フィリップ・ヨーダン、原作・バッド・シュールバーグ、脚本・フィリップ・ヨーダン、撮影・バーネット・ガフィ、音楽・ヒューゴ・フリードホーファー、音楽監督・エミール・ニューマン、美術・ウィリアム・フラナリー、編集・ジェローム・トーマス
出演・ハンフリー・ボガート、ロッド・スタイガー、マイク・レイン、ジャン・スターリング、マックス・ベア、エドワード・アンドリュース、ジェシー・ジョー・ウォルコット、ハロルド・ J ・ストーン、カルロス・モンタルバン、ニアマイア・パーソフ、フェリス・オーランディ、ハービー・フェイ、ラスティ・レイン、ジャック・アルバートソン
上映時間109分


【参考】 思い出に残るボクシング映画一覧
「チャンプ」(1931年)キング・ヴィダー監督/ウォーレス・ビアリー
「倒れるまで」(1937年) /ハンフリー・ボガート主演
「ゴールデン・ボーイ」(38年)ルーベン・マームリアン監督/ウイリアム・ホールデン
「栄光の都」(1940年)アナトール・リトヴァク監督/ジェームズ・キャグニー
「鉄腕ジム」(1942年)ラウォール・ウォルッシュ監督/エロール・フリン
「チャンピオン」(1949年)スタンリー・クレイマー監督/カーク・ダグラス
「罠」(1949年)ロバート・ワイズ監督/ロバート・ライアン
「傷だらけの栄光」(1956年)ロバート・ワイズ監督/ポール・ニューマン
「殴られる男」(1956年)マーク・ロブスン監督/ハンフリー・ボガート
「ボクサー」(1970年)マーティン・リット監督/ジェームズ・アール・ジョーンズ
「ロッキー」(1976年)ジョン・G・アビルドセン監督/シルベスター・スタローン
「ブルックリン物語」(1978年)スタンリー・ドーネン監督/ジョージ・C・スコット
「ロッキー2」(1978年)シルベスター・スタローン監督主演
「チャンプ」(1979年・リメイク)フランコ・ゼッフィレリ監督/ジョン・ボイト
「メーン・イベント」(1979年)ハワード・ジーフ監督/ライアン・オニール
「レイジング・ブル」(1980年)マーティン・スコセッシ監督/ロバート・デ・ニーロ
「ロッキー3」(1982年)シルベスター・スタローン監督主演
「ロッキー4炎の友情」(1985年)シルベスター・スタローン監督主演
「ホームボーイ」(1988年)マイケル・セラシン監督/ミッキー・ローク
「ロッキー5最後のドラマ」(1990年)ジョン・G・アビルドセン監督/シルベスター・スタローン
Commented by clonecd315 at 2011-05-10 17:07 x
Every day is not Sunday.
Commented by 体験版だけでも楽しめる作品 at 2011-10-28 17:02 x
c_]|=y:Z, anime.ex-navi.biz, 体験版だけでも楽しめる作品, http://anime.ex-navi.biz/game/135.html
by sentence2307 | 2008-04-19 08:06 | マーク・ロブスン | Comments(2)