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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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赤い橋の下のぬるい水

大変申し訳ないのですが、僕はこの映画を見ている間中、あのフーテンの寅のバイの口上をずっと考えていました。

「ケッコー毛だらけ、ネコ灰だらけ、お尻の周りはクソだらけ」とか「オワイ屋の火事じゃないけどヤケクソだよ」という例のアレです。

あの口上のなかでどうしても耳について離れないひとつのフレーズがありました。

「四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れる御茶ノ水、イキなねえちゃん立ちションベン」という口上なのですが、つい、その衝撃的な光景をイメージしてしまい、どうしても聞き流すことができませんでした。

そんな不可能なこと、「ウソだろう」という気持ちの中に、全否定できない微かな妄想もあってのコダワリだったかもしれません。

そして、遂に出会いました、ポルトガル映画「階段通りの人々」という作品です。

その冒頭、この貧民街に暮らす娼婦が立ったまま道端で「ナニ」をするシーンを見てしまったのです。

何やら色づいてさえ見える水流まで映し出されていました。

自分の全くの認識不足でした、「それ」は女性にとって不可能なことなのではなく、ただ、しなかっただけなのだということが分かりました。

誤解されると困るのですが、このとき、異性を認識するに際し、彼女たちが「しないでいる」ことと「できない」ことの性差を認識する力を自分が欠いていること、を知りました。

そして、次に出会ったのが、この「赤い橋の下のぬるい水」のスーパーでチーズを万引きするサエコの足元に水溜りが広がっている場面でした。

寅次郎の「イキなねえちゃん」のイメージがまずあり、それから「階段通りの人々」の一場面が思い浮かびました。

久々に今村昌平のイメージの飛躍を目の当たりにする衝撃の予感に酔いました。

「楢山節考」で、倍賞美津子の開脚された股ぐらを覗き込み「観音様」を拝んでいた小沢昭一のあの衝撃的な姿以来でしょうか。

いやいや、畑の脇で義父の北村和夫に乳を吸い出してもらうために胸を肌ける「にっぽん昆虫記」の左幸子以来かもしれません。

今村作品の、素手で突然殴りかかってくるような数々の衝撃的な場面を見てきた僕たちが、この場面に対し、咄嗟にそう思い込んだとしても、それは無理からぬことだったと思います。

しかし、残念ながら、それは「ションベン」ではなく、「水」でした。

つまり、排泄ブツと、愛の行為のタマモノ程の違いなのですが、しかし、これは「くそリアリズム」と「メロドラマ」程の大きな違いです。

あるサイトで、この映画を全然いやらしく感じなかったとか、笹野が最後は純粋の愛に目覚めて感動した、といったタグイの感想が多いのに唖然としました。

「排泄ブツ」が「愛の行為のタマモノ」では、確かにそういう感想があって然るべきだったかもしれませんが、しかし、淫靡であっては何故いけないのか、欲情を煽るだけの「いやらしさ」が否定されるタテマエ(愛のフィルター)で映画が評されることを最も嫌悪していたのは今村昌平自身だったのではないかと認識していた僕には、とても残念です。

今村監督、あなたは「愛」なんか全然信用してなかった根っからの「どスケベ」なんでしょう? 僕は、そんなあなたのリアリズムがたまらなく大好きでした。
「まじめ」だったのかどうか、ということなら、僕は「そうじゃない」と考えています。

今村監督が描こうとしている「不まじめ」な性とは、つきつめれば、日常の中で飼い馴らされていない「性」ということだと思いますし、それはきっと、まっすぐに人間の生命力に直接つながっていくものでもありますよね。

ただ、日常から見る「性」は、安定と秩序を重んじる市民社会にとっては、ひとたびのめり込めば破滅さえしかねない途轍もなく危険な代物で、だから規制と管理が必要なのだというのが規範や「性教育」の存在理由なのだろうと思います。

しかし、一方で「性」をねじ伏せられることが、「生命力」をねじ伏せられることと感じる人もいるかもしれない、というメッセージが一時期の今村監督作品だったと僕は認識しています。

例えば、「『エロ事師たち』より人類学入門」は、まさに「そう」だとしても、「赤い橋の下のぬるい水」が、はたして「そう」なのかどうかは、ちょっと断言する自信がありません。

それは、今村昌平監督を、大監督などになってはいけない反対側に位置する映画作家だと思い込んでいた僕の正直な戸惑いだったんだなと今にして感じています。
by sentence2307 | 2004-11-08 23:22 | 今村昌平 | Comments(0)