ソ満国境2号作戦 消えた中隊
2008年 07月 15日
盧溝橋があったくらいだから、ソ連への挑発行為くらいなら当然あっても不思議じゃないという思いと、八紘一宇の建前としてならともかく、まさか本気でソ連を挑発するほど関東軍が先見性を欠いた無謀な誇大妄想集団だっただろうかという戸惑いが、同時にありました。
しかし、独ソ開戦の報を受けて、軍上層部は、後方攪乱を期してソ連との開戦の端緒を作ろうという陰謀があったかもしれないというのなら、あるいは、そういう野望を持った軍人や満州浪人がいても、それほど突飛なことでもないかとも思えてきました。
物語は、辰巳柳太郎演じるコチコチの軍人・香川大尉が、黒竜江を挟んでソ連領と対峠する関東軍の国境監視部隊に赴任するところからストーリーは始まります。
上層部が対ソ開戦を誘発しようと密談するのを聞いた香川は、上層部によって極秘裡にすすめられるソ連に対する「挑発行動(まさに、「独断専行あるのみ、責任を問われたら腹を切るべし」です)」の陰謀に巻き込まれながら、その頓挫による謀議隠しのために、反逆罪の名目で香川が指揮する部隊と、駐屯している集落民すべてが日本軍によって殲滅され、挙句、自分だけは生き証人として生かされるという衝撃的なストーリーでした。
自国民の軍隊と、民間人を巻き添えに皆殺しにして謀略を隠蔽するという暴露的なストーリーは、それ自体衝撃的なテーマではあるとしても、見終わってから幾らかの時間が経過してしまえば、それほど深刻でも絶望するほどの映像体験でもなかったことが、すぐに分かるくらいの仕上がりの映画でした。
その原因のひとつは、現在の日本人が、自分の利益のために同じ自国民・同胞の命を危険に晒すことなど、なんとも思っていないことを繰り返し思い知らされているからかもしれません。
たとえ自らの違法行為によって、多くの被害がシュッタイし、さらにその中から幾らかの死者がでたとしても一向に意に介さない当事者の身勝手な思惑が報じられるたびに、この映画が描いている背後から同胞に発砲する行為と、どこが違うのだという同質の憤りを持つからでしょうか。
さて、それほど出来がいいとも思えないこの作品に対する僕の興味は、やはり「脚本・黒澤明(菊島隆三の共同脚本です)」というところに帰っていきます。
この作品の中にひそむ黒澤明らしさを探してみようと意識したとき、島崎雪子演じる娼婦ハル子(彼女たちを従軍慰安婦というのでしょうか)と辰巳柳太郎の香川大尉との関係が、どうも不思議なものに見えてきたのでした。
最初、ハル子という娼婦の役柄は、物語が進行するに従い、きっと堅物の香川大尉を色香によってロウラクさせる「妖艶な女」という設定だろうなという先入観が、見るにつれて次第に揺らいでいることに気がつきました。
ある夜、失意の香川大尉が、ハル子の部屋で一夜を過ごした翌朝、ハル子が娼婦仲間から卑猥な薄ら笑いとともに、香川との一夜をひやかされるシーンがあります。
男なんて生き物は、偉そうなツラして、一皮剥けば、どいつもこいつもドスケベに決まっている、あんたも嫌らしいことを散々されたんだろうというカラカイに、ハル子は「あの人は、私の体に指一本触れはしなかった。」と向きになって抗弁します。
それが「高潔な人」だという暗喩なら、その言葉のさらに向こうには、性欲に耽溺する人間への軽侮が込められていると考えられるかもしれません。
娼婦の身でありながら、性欲を剥き出しにする男たちへの軽侮は、同時に、性欲に支配されない男の素晴らしさ・雄々しさという、どこか自家撞着した矛盾のイメージが浮かび上がってきます。
「性」を倫理観に絡めて黒澤明は、どのように考えたのか、作品のひとつひとつを思い浮かべてみたのですが、明確なイメージを把握することはできませんでした、まさか、避けて通ったというわけでもないでしょうが・・・。
(1955日活)製作・星野和平、監督撮影・三村明、助監督・中川亘、脚本・菊島隆三、黒澤明、原作・井手雅人「地の塩」、音楽・大森盛太郎、美術・高田一郎、録音・根岸寿夫、照明・山下馨、製作主任・池俊行、
配役・辰巳柳太郎、河村憲一郎、松本悟郎、大山克己、清水彰、石山健二郎、東大二朗、茂木昇二郎、寺津四六、島田正吾、島崎雪子、菊野明子、山村くに子、沢耕二、畑中蓼坡、田中旦治、初瀬乙羽、マルカロフ、岡田映一、伊藤勇、飯田徹、小村俊明、梅原道子、岡泰正、宮島誠、野村清一郎、吉田柳児、宮本曠二郎、原恵子、久世まゆみ、加治夏子、木村玄、天野新二
1955.01.14 10巻 2,541m 白黒
★監督以外の黒澤明の仕事
藤十郎の恋(1938)制作主任、監督・山本嘉次郎、出演・長谷川一夫
綴方教室(1938)制作主任、監督・山本嘉次郎、出演:高峰秀子
水野十郎左衛門(1940)脚本
森の千一夜(1941)脚本
美しき暦(1941)脚本
第三波止場(1941)脚本
馬(1941)制作主任、監督・山本嘉次郎、出演・高峰秀子
静かなり(1942)脚本
雪(1942)脚本
達磨寺のドイツ人(1942)脚本
サンパギタの花(1942)脚本
敵中横断三百里(1942)脚本
青春の気流(1942)脚本、伏水修監督
翼の凱歌(1942)脚本、山本薩夫監督
じゃじゃ馬物語(1944)脚本、
土俵祭(1944)脚本、監督・丸根賛太郎、出演・片岡千恵蔵
天晴れ一心太助(1945)脚本、佐伯清監督作品、
どっこいの槍(1945)脚本
喋る(1945)戯曲、
四つの恋の物語・第一話(1947)共同脚本、監督・豊田四郎、出演・池部良、志村喬
銀嶺の果て(1947)共同脚本、監督・谷口千吉、出演・志村喬、三船敏郎
肖像(1948)脚本、監督・木下恵介、出演・井川邦子
地獄の貴婦人(1949)小田基義監督
ジャコ万と鉄(1949)共同脚本、監督・谷口千吉、出演・三船敏郎
暁の脱走(1950)共同脚本、監督・谷口千吉、出演・池部良
ジルバの鉄(1950)小杉勇監督
殺陣師段平(1950)脚色、監督・マキノ雅弘、出演・月形龍之介
獣の宿(1951)脚本、監督・大曾根辰夫、出演・鶴田浩二
愛と憎しみの彼方へ(1951)谷口千吉監督
棺桶丸の船長(1951)
荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻(1952)脚本、監督・森一生、出演・三船敏郎
戦国無頼(1952)共同脚本、監督・稲垣浩、出演・三船敏郎
吹けよ春風(1953)谷口千吉監督
ソ満国境2号作戦 消えた中隊(1955)共同脚本、監督・三村明、出演・辰巳柳太郎
あすなろ物語(1955)脚本、監督・堀川弘通、出演・久保明、鹿島信哉、久保賢
日露戦争勝利の秘史 敵中横断三百里(1957)共同脚本、監督・森一生、出演・菅原謙二
戦国群盗伝(1959)潤色、監督・杉江敏夫、出演・三船敏郎、鶴田浩二
殺陣師段平(1962)脚本、監督・瑞穂春海、出演・市川雷蔵
ジャコ萬と鉄(1964)共同脚本、監督・深作欣二、出演・高倉健
姿三四郎(1965年)
暴走機関車(1966)アンドレイ・コンチャロフスキー監督
そして(1966)碧眼紅毛の武将の話
ガラスの靴(1971)連続テレビの脚本
赤き死の仮面(1977)E・A・ポー原作、井手雅人と共著
雨あがる(1999)脚本、監督・小泉堯史、出演・寺尾聰
どら平太(2000)1969四騎の会で執筆、共同脚本、監督・市川崑、出演・役所広司
海は見ていた(2002)脚本、監督・熊井啓、出演・清水美砂
旋風の用心棒(2003)原案、監督・川原圭敬、出演・仲村靖秀