クローズド・ノート
2008年 09月 21日
そして、2007年度のキネマ旬報のベスト・テンが発表されとき、この作品が思っていた以上に低いランクだったのには、ちょっと意外な感じを受けたことも確かでした。
その惨憺たる評価を実際の順位(91位でした)によって数字的に知らされたとき、もし、あの騒動がなかったなら、もう少しこの作品に対する評価が違ったものになっていたかもしれないという気がしました。
その意味で、この作品の製作に携わったすべてのスタッフやキャストに対する、そして、そもそもこの作品自体に対する沢尻エリカの責任は重大なのだろうなと思います。
しかし、一方で、観客に負の先入観を与えてしまい、さらに演技それ自体もそこそこ稚拙であったことなどが相俟って、かえって竹内結子の優しくおおらかな演技が一層際立って見えたということがあったのかもしれません。
事実、竹内結子のキネマ旬報主演女優賞受賞対象作品には「サイドカーに犬」や「ミッドナイトイーグル」に加えて「クローズド・ノート」のタイトルもしっかりと記されていました。
どんなに親密なしっとりとした演技を要求されても、相手を拒むような例の一本調子のぶっきらぼうなセリフ回ししかできないことと、見惚れるほどの美貌とが、沢尻エリカという女優像に一層のネガティブな相乗効果を与えてしまい、なおさら「美貌を鼻に掛けた高慢でとてもいやな女」のイメージを作り上げてしまうという負のサイクルを、いい加減どこかで断ち切らないと、女優生命を縮めかねないという危惧を感じます。
女優にとっての美貌とは、むしろ、ハンディと観念した方がいいくらいのものなのかもしれません。
さて、この最初からケチのついてしまった作品が、もしどこかでうまく展開できていたら、不評をはね返すだけの力強い作品になったかもしれないという起死回生の分岐点がありました。
伊吹(竹内結子)が残したノートの切り取られた最後の一ページ、そこには、死してもなお香恵(沢尻エリカ)と石飛(伊勢谷友介)に重くのし掛かっていたもの(不意に中絶させられた時間のなかで、伝えられずに彷徨い続ける「愛の言葉」への悔恨)が一挙に解消するという伊吹が遺した癒しの言葉が書かれています。
ですので、沢尻エリカがこの手紙をどんな気持ちで読み上げたのだろうかと、香恵(沢尻エリカ)が石飛(伊勢谷友介)の前で読み上げる個展の場面を繰り返し見てみました。
しかし、これは違うな、と思いました。
この紙切れに書かれている言葉だけで観客の心を捉えようとしてはいけないのかもしれません。
石飛への熱い思いを抱きながら、伊吹はプライベートなノートにこれらの言葉を書き連ね、そして、改めて読み返し、微苦笑とともに深い息をついたあと、そのページをノートから引き千切って、紙飛行機にして窓から飛ばしたのです。
これは誰かに語り掛けるために書いた手紙ではないし、それにノートから引き離して窓から飛ばすという行為(結局は「放棄された言葉」なのです)も理解して込めることが出来なければ、きっと観客を感動させることなどできなかったのだと思います。
伊吹は、引き篭もりから登校できるまでになった生徒に笑顔で手を振り、やがて不慮の事故にあい落命します。
これだけの背景を抱えた「遺書」を読み上げるには、沢尻エリカのあの一本調子のセリフ回しでは、到底伝えることができなかったのだと思います。
さて、この小文を書くために久し振りに「キネマ旬報」の2月下旬号というのを引っ張り出して眺めていたら、とんでもないことを発見しました。
実は、この「クローズド・ノート」91位というのは、あるひとりの投票者が3点を入れた結果によってランクされたものです。
その人の名前は、朝日新聞記者の石飛徳樹、登場人物と同じ名前です。
もし、同姓ということだけが「クローズド・ノート」に一票を投ずる理由だったとしたら許せない気がします、いちど本人に当たって確かめてみなけりゃあいけないかもしれません。
(2007東宝)監督・行定勲、製作・島谷能成、安永義郎、細野義朗、村松俊亮、宍戸健司、プロデューサー・甘木モリオ、プロデュース・春名慶、エグゼクティブプロデューサー・市川南、脚本・吉田智子、伊藤ちひろ、行定勲、撮影・中山光一、美術・都築雄二、編集・今井剛、音楽・めいなCo.VFXプロデューサー・篠田学、衣裳デザイン・伊藤佐智子、照明・中村裕樹、録音・伊藤裕規
出演・沢尻エリカ、伊勢谷友介、黄川田将也、サエコ、山口愛、田中哲司、板谷由夏、粟田麗、石橋蓮司、篠井英介、中村嘉葎雄、永作博美、竹内結子