助監督の回想
2008年 12月 03日
成瀬監督が、予算と期日はきちんと守ることは有名でした。
なにしろ他の監督の撮影現場では、撮影が深夜に及ぶのは当たり前だったのに、成瀬組には残業はほとんどなくて、撮影は、午前9時から午後5時の定時できっちり終わります。
俳優の撮影開始時刻も、監督が告げた予定とほとんど狂ったことがありません。
カメラは、多くが固定で撮影します、アップを嫌い、わざとらしい芝居は徹底して排していました。
普通は場面の進行に合わせてカメラ位置を変えながら撮影するのですが、成瀬巳喜男監督は、カメラ位置の同じ映像をまとめて撮る「中抜き」をいといませんでした。
淡々と撮影を進めていく成瀬監督の撮影の進め方に、そういう進行に慣れていないスタッフのなかには、場面がどうつながるか見当もつかないと言っていた人もいましたし、また、俳優さんたちのなかにも、監督がOKを出した場面で、俳優さん自身が、その抑えた演技に納得できず、物足りないとスタッフにもらしていた人も幾人かいたようですが、みんな出来上がった作品を見て、全体を見通す成瀬監督の演出の的確さに納得し、成瀬演出の見事さに感嘆したものでした。
どんなに激しい場面を撮るときでも、撮ること自体のペースが変わったことはありません。
一場面一場面淡々と撮り進んでいくだけです。
決して大きな声を出すこともないし、何度もテストを繰り返して俳優をしごくなどということもありません。
そんなふうでしたから、OKを出したあとでも演技した俳優に対して「良かった」とも「悪かった」とも言いません。
「そこんとこ、もうちょっと早く立って」とか、そんな感じでした。
短いカットを重ねていく成瀬監督の演出の方法は、長回しの溝口監督とは、撮るリズムみたいなものが根本的に違っていたのかもしれませんね。
長い芝居をさせない代わりに、目線の動き、座り方、顔をちょっと動かすなどの微妙な動作のなかに人間の感情の機微を表現しようとしたのだと思います。
場面に移っている人物のそのような動作によって、場面外にいる移っていない人物の動きをも的確に表現してしまう技術は相当なもので、やはり成瀬巳喜男監督が持っていた天性の才能だったのだと思います。
しかし、そんな成瀬監督の撮影現場を、静か過ぎてお通夜みたいだと嫌う人がいました。
なにしろ監督の口数は少なく、スタッフは、足音をしのばせるように準備をしたり、ヒソヒソ声で話したりしていたのは本当です。