世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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2006年 08月 10日 ( 1 )

サンセット大通り !!

今日は、年に一度の避難訓練の日です。

やることは毎年だいたい同じです。

午後3時ちょうどに近くの消防署に「避難訓練です。○○交差点角の△×商事ですが、3階更衣室から出火しました。至急出動願います。」と打ち合わせ通りの電話を掛け、のんびりとやってくる消防車の到着を待って、裏の駐車場に社員を集め(夏休み中なので、あまり人は集まりませんが、社長も顔を出すので、出勤しているのに雲隠れするような人はいません。以前エスケープがバレて、衆目監視の目の前で解雇寸前まで問い詰められた管理職をみんな知っているからです。ホントあの時は、避難訓練どころの騒ぎではありませんでした。)消火器の取り扱いについての説明と、訓練用の消火器を実際に使って、目的物に代わる代わる放水するというのが、だいたい今までの訓練の内容でした。

しかし、今回の避難訓練は少し違っていました。

いつもなら、出火を知らせる非常ベルが鳴り響き、各部屋の社員が単位ごとにその部屋の幹事?に誘導されて表玄関に避難し、幹事は隊長(この呼び名は正しいです)に「○班、異状なし!」と大声で報告したあとは、ゾロゾロと裏の駐車場に移動するというのが定番なのですが、今回は全員が2階会議室へと誘導されました。

会議室ならてっきり消防所長氏の訓示だろうくらいに思っていたのですが、それが大間違いでした。

扉を開けると、床一面に鮮やかな青色のビニールシートが敷かれていて、その上に2体の成人大の人形が仰向けに安置されています。

普通の成人男子の大きさに等しいその人形の、シャツの前ボタンがはずれて肌けて見えている胸が、それがまたリアルに作られていてドキッとするくらいでした。

訓練は、急病で意識のない人に、救急車が到着するまでの間AED(自動対外式除細動器)で停止した心臓に電気ショックを与えて蘇生措置を施そうという訓練です。

こりゃあ、植木の水やりのような安直な気分で、なんとかやり過ごせるようなヤワな訓練じゃありません。

消防署員の方がひととおり手順を説明してくれました。

①急病人に呼びかけて意識の有無を確認する。
②119番通報とAEDの搬送依頼、
③人工呼吸→心臓マッサージ、
④AEDによる電気ショックを施す、

これはあくまでも救急車が到着するまでのあいだに行う蘇生措置なのだそうで、この措置によって生存率がぐっと上がったという署長さんのお話でした。

このように書くと、手順は至極簡単なように見えますが、いざ大勢の社員が見ている前でやるとなると、あがってしまってそう簡単に問屋は卸しません。

手順を少しでも間違えると、すぐ傍らで監視している若い消防隊員さんの罵声(そんなことでは、急病人は助かりませんよ!!)が飛んできます。

さて、一番に指名されたのは、A本部長でした。

「いいきみだ」とほくそえんだ女性社員が、いたかもしれません。

良くも悪しくも、とにかくわが社の名物部長です。

携帯電話が発明されるよりも、ずっと昔から外回りの営業で叩き上げてきた根っからの苦労人です。

つい最近まで携帯電話なんか馬鹿にして決して持とうとしなかった人だったのですが、世の中から電話ボックスとか赤電話というものが絶滅してしまってので、仕方なく持つようにはなったものの、多分長年染み付いてしまった性癖なのだと思うのですが、外からケイタイを掛けるときも、公衆電話か赤電話のあった場所からでないと、どうしても落ち着いて掛けられないという人です。

部下のBさんが痔の大手術を受けるために一週間の有給休暇を悲痛な面持ちで申請しに来たとき、「痔なのか、四十九日(たぶん、「しょなのか」の駄洒落です)」なんていう実に笑えない駄洒落を言って、そのために人望をなくし、しかし、なくしたことなんか一向に気づくことなく平気で今まで生きてきたような教訓的な人でもあります。

メイクばっちり・高ビー・バリバリの秘書課の「詩織(しおり)さん」のことを、皆の前でわざと「おしりさん」と言い間違えて(これは結構拍手でしたが)、2年間も口を利いてもらえなかったこととか。

そんな本部長が、手順の厳しい「AED」です。

まず最初は、意識不明の人形に向かって「大丈夫ですか! 分かりますか!」と呼び掛けます。

「声が小さい! そんなことでは急病人は蘇生しませんよ!」と何度もやり直させられていました。

納得するまでやり直させるこの若い隊員の執念は、まるで溝口健二監督を思わせるほどです。

本部長としては、失敗する度に至近距離から引きつって裏返った大声で怒鳴られ幾度も遣り直させられるのですから、びくびくものになって、すっかり頭に血が昇り、もう完全にパニック状態です。

何を言われても、どうすればいいのか判断が出来なくなっているのが脇で見ていてもよく分かりました。

「急病人に呼び掛けるときは、額に手を当てて、もう片方の手で肩を軽く叩いてあげるんでしたよね!」

若い隊員に言われるままに、わが本部長は、片方の手は急病人の額に、もう片方の手は肩に置いて人形に呼び掛けます。

「大丈夫ですか!」

そう叫びながら、軽く肩を叩く方の手が動くと、同時に額に置いておいた手も動いてしまい、急病人の頭をパンパン叩いてしまうのです。

両方の手が魔法に掛けられたみたいに同時に動いてしまうことをどうにもできない本部長は、若き溝口健二の狂気のような罵声(そんなことをしたら、病人が死んでしまうではないか!)に追い詰められながら、正気も理性もすっかり見失い、急病人の肩とともに、その病める繊細な頭を憑かれたように叩き続けていたのでした。

両の手を別々に動かすことができない本部長の目は、すっかり「いって」しまっていました。

そこには、まるでグロリア・スワンソンを思わせる鬼気迫るものが確かにありました。
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by sentence2307 | 2006-08-10 22:44 | 映画 | Comments(0)