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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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2008年 07月 19日 ( 1 )

ひまわり娘

有馬稲子の東宝入社第一回作品、千葉泰樹監督の「ひまわり娘」1953年作品を見ながら、あることを思い出していました。

小津安二郎生誕100周年のとき、ある記念番組(たぶん、NHKだったと思います)のなかで、有馬稲子が久し振りに「東京暮色」を見て、いままで自分が思い込でいたほど酷い作品ではなかった、結構自分も頑張っているじゃないですか、というコメントを、インタビューに応じて快活に語っていたのを思い出しました。

その何気ないコメントには、彼女が「東京暮色」に出演したことで、その後、女優として随分彼女なりに苦しんできたのだなということが伺われました。

小津ファンが、多くの小津作品のなかでも、「東京暮色」を失敗作として最初に挙げるのが、なんだか定説みたいになっています。

それに、「東京暮色」以来、有馬稲子は、小津監督には二度と使われなかった女優のひとりでした。

ことさら女優に対して選り好みの強い小津監督だったとしても、彼女のどういうところが不味かったのか、それについての小津監督のコメントを読んだ記憶がありません。

公然と大根女優呼ばわりした岸恵子に対する軽妙な数々の冗談は、逆に、小津安二郎の岸恵子に対する思いやりの深さが感じられます。

そこには、確かに演技はいただけないが、彼女の人間性を深く愛した小津の優しさが伺われますし、また、そうした冗談を受け入れることのできた岸恵子自身の鷹揚さも、小津映画を愛するものにとっては、一種の救いだったかもしれません。

それにひきかえ、これは推測にすぎませんが、生真面目で頑なな有馬稲子には、彼女自身そういう揶揄を許すだけの精神的なゆとりも鈍感さも持ち合わせず、また、小津安二郎としてもそういう明晰な彼女に対して、作品の蹉跌から彼女を守るための軽口も吐けないまま、ただ「失敗作」という烙印と「演技の稚拙な女優」というふたつのイメージが、いつの間にか結びついて固定されてしまうのをどうにもできなかったのだと思います。

「東京暮色」に描かれた両親の不和と軋轢のなかで、屈折した思いに押し潰され自滅していく娘・明子は、そのまま小津監督が抱いた女優・有馬稲子そのもののイメージだったのではないかと、東宝入社第一回作品「ひまわり娘」を見ながら感じました。

この「ひまわり娘」は、普通の家庭に育った世間知らずの娘が、会社勤めを始めて社会の裏表や困難をいろいろと見聞きし、経験するというストーリーです。

それはあたかも、「本当の芝居をしたい」と宣言して宝塚歌劇団を退団し芸能界に飛び込んだ有馬稲子自身の思いとも重なるものがあるかもしれません。

しかし、映画「ひまわり娘」が彼女のその熱い思いを十分に満たすような映画だったかどうか、若くて美しい娘は、男たちから求愛され、そのぶん女性たちからは嫉妬されて、やがて最後には(彼女は、ただ待っていただけですが)もっとも愛する三船敏郎から求婚されて、幸せの予感とともにこの映画は終わります。

この作品ばかりじゃない、残念ながら、それから彼女が出演した多くの映画が、多かれ少なかれ「そう」だったのではないかと推測します。

そして、彼女が切望した「本当の芝居」をするチャンスが、「東京暮色」出演によって適えられそうになったそれ以後のことは、僕たちがよく知悉していることに繋がっていくのでしょう。

宝塚歌劇団で活躍していた頃の彼女を何も知らない以上、宝塚歌劇団で演じることが最も彼女らしかったのではないか、などと僕に言えるわけもありませんが。

(1953東宝)監督・千葉泰樹、製作・藤本真澄、原作・源氏鶏太、脚色・長谷川公之、撮影・山田一夫、音楽・黛敏郎、美術・河東安英、録音・小沼渡、照明・大沼正喜
配役・有馬稲子、清水将夫、村瀬幸子、井上大助、三船敏郎、三好栄子、伊豆肇、汐見洋、阿部寿美子、荒木道子、沢村契恵子、中村伸郎、千秋実、三津田健、杉村春子
by sentence2307 | 2008-07-19 14:40 | 千葉泰樹 | Comments(2)