世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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2008年 07月 21日 ( 1 )

スリ(掏摸)

フランス映画の印象をひとことでいえば、抑揚が音楽のように美しいフランス語の果てしないお喋りを、流麗さと優雅さによって延々と描き続ける陽性の映画という感想を持っていたので、ブレッソン作品の寡黙で素っ気無い作品に出会ったときは、正直強烈な違和を感じ、そういう意味でとても衝撃的でした。

きっとブレッソンは、俳優から(彼らは職業俳優ではなく、もともと素人なので、彼らから「奪う」ものなど最初からなかったはずですが)様々なものを奪い取ったのだと思います。

解説書を読むと、ブレッソンは、俳優たちに、表情を作ることや言葉に余計なイントネーションをつけること、無駄な動作をすることや、視点を無闇に動かすことなど、あらゆることを悉く禁じたといわれています。

しかし、すべての演技を禁じたそのような無愛想で禁欲的な場面の積み重ねから、いったいなにが見る者に訴え掛けることができるというのか、ずっと以前この作品を見て以来、随分時間が経ってしまっているので、いま改めてそういう意識でこの作品を見直してみたいと思いました。

そして、以前見た時の記憶では、冒頭ミシェルがスリの嫌疑を受け(実際には「やった」のですが)軽い取調べを受けた後、証拠不十分で釈放されたものの、なにかと刑事に付きまとわれ、酒場で対座するその刑事に向かって、「非凡な才能をもった人間は法を犯す自由が認められるべきだ」とわざわざ話す場面の不自然さが気になって、いくら「罪と罰」を意識した作品だとはいえ、ブレッソンらしからぬ説明的な蛇足ではないかと感じたことを思い出しました。

しかし、今回見て、極貧によって性格が歪み、心を閉ざし頑なになったミシェルが、権力に繋がる刑事を挑発するために、敵意をもってこの危険なひとことを敢えて話したのだとリアルに感じることができました。

貧しさを強いられ、生きる拠り所と普通に生活することの手立てを奪われて、追い立てられるように闇の世界に接近し、悪の技術に魅入り掛けている青年が、憎しみと憤りをもって不当な社会に対する抑え難い報復を妄想するとき、その権力の使徒に向けて発せられた挑発的なひとこと「選ばれし者の特権」という言葉を、まるでテロ予告の「うわ言」みたいに話したとしても、それほど不自然なことではないと感じたのでした。

そして、そのことによってブレッソンの意思をはっきりと理解したような気がしました。

ミシェルの行動を、ブレッソンは、ひたすら虫けらの行動を観察するように精密かつ簡潔に描写しているにすぎない、そのうちのひとつとして、あの「うわ言」は描かれているのであって、その言葉には別にミシェルの真意や信条などが表現されているわけではなく、ただのミシェルの行為に付随する「現象」のひとつとして描写しているにすぎないのだと。

それは、スリのあらゆる巧妙な手口を、微にいり細にわたりひとつひとつ精密に描写していることで、観客にもたらす緊張感が、そのままミシェル自身の緊張感でもあり、あるいは社会に向けられた悪意ある犯罪行為を感嘆と緊張をもって肯定的に見つめている憎悪の犯罪者ミシェル自身の眼差しでもあったことが分かりました。

微細なディテイルを冷徹な客観的リアリズムで精密に描きぬくということは、そこには自ずと世間から弧絶して生きるしかなかった疎外されたミシェルの孤独とストイックな生き方が反映していたのだと気がつきました。

ブレッソンの作品を見るたびに、演技とはいったい何だろうと考えさせられてしまいます。

喜怒哀楽を巧みに演じ分けることの出来る「名優」たちが、演じるというその行為だけで、既にその作品の大枠が決せられてしまうような映画が片方にあって、ブレッソンの映画手法は、作り手の感情の一切を押し殺し、情緒的なものもことごとく排除し、ただ映像そのものの力だけを信じて、登場人物たちを冷厳に見据えた作品であり、従来の作り手の感性や情緒に支えられたストーリーおよび人間臭を大切にしてきたフランス映画と、さらにそれまでの世界の映画には存在しなかった衝撃的な手法だったといわれています。

(1960アニエス・ドライエ・プロ)監督脚本・ロベール・ブレッソン、製作・アニー・ドルフマン、撮影・レオンス=アンリ・ビュレル、美術・ピエール・シャルボニエ、音楽・ジャン・バディスト・リュリ、録音・アントニー・アーキンバウト、
出演・マルタン・ラサール、マリカ・グリーン、ピエール・レーマリ、ピエール・エテ、ペルグリ、フィリップ・マルリー、スカル夫人、
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by sentence2307 | 2008-07-21 23:25 | ロベール・ブレッソン | Comments(1)