人気ブログランキング |

世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

迎春花

すこし前、2019年6月7日(金)朝刊の訃報欄にこんな記事が掲載されていました。

《岸富美子さん(きし・ふみこ=映画編集者)5月23日午前0時33分に老衰のため東京都小平市の病院で死去した、98歳だった。葬儀と告別式は近親者で済ませた。喪主は長女千蔵真理さん。女性の映画編集者の草分け的存在だった。

1920年(大正9年)中国奉天省営口生まれ。家計を助けるために15歳で京都の第一映画社に入社し編集助手となる。溝口健二「浪華悲歌」(1936)で後に女性監督の草分けとなる助監督・坂根田鶴子の下で編集助手を務め、さらに伊藤大輔といった巨匠作品を手伝った後、JOスタヂオの伊丹万作のもとでアーノルド・ファンクの日独合作映画「新しき土」(1937)に参加した。ドイツの女性編集者アリス・ルードヴィッヒに最新の編集技術を学ぶ。その後、1939年に満州(現中国東北部)に渡り、当時「甘粕正彦が君臨し、李香蘭が花開いた満映」といわれた国策映画会社・満洲映画協会に入社、編集助手として李香蘭主演の「私の鶯」など数多くの作品に関わった。

満映崩壊時、ソ連軍侵攻による玉砕覚悟の必死の籠城も経験した。

その後、中国の内戦に巻き込まれ、内田吐夢監督らと共に東北電影製片廠に残り中国共産党の映画製作に協力・従事した。中国共産党による「精簡」(人員整理)や炭鉱労働、学習会での自己批判など過酷な状況の中で出産。国民的映画「白毛女」(1950)に編集者として参加、アリス・ルードヴィッヒから学んだ編集技術を教えて多くの女性編集者を育て、新中国の映画草創期に映画製作の礎を築いた。しかし、日本人が製作に貢献したという事実は伏せられ、2005年まで「安芙梅」という中国名で記録された。戦中の国策映画で学んだ技術が戦後の新中国で花開くという皮肉にも波瀾万丈の人生は、まさに戦前戦後の激動の映画史を駆け抜けた生き証人といえた。

1953年に日本に帰国、帰国後はレットパージのためフリーランスとして主に独立プロで映画編集を手がけた。2015年(平成27年)映画技術者を顕彰する「一本のクギを讃える会」から長年の功績を表彰された。手記の「満映とわたし」(共著)は舞台化された。》


もう何年も前に見たTVのドキュメンタリー番組で、戦時中、満映で映画製作に携わっていた日本の映画人のうち、戦争が終わっても依然として中国の地にとどまり、中国映画の製作に協力した日本の映画人がいたことは知っていました。

その中に岸富美子さんの名前も入っていて、その6月7日付の社会面に載っていた訃報記事を見たとき、すぐにある程度の反応ができたのだと思います。

その記事を読んだあと「満映」をキイワードにして検索をかけたところ、たまたま満映作品「迎春花」をyou tubeで見られることを知りました。

たしか、当時の満映作品というのはことごとく失われてしまっていて、いまでは作品を見られないと聞いていたので、もう少し調べてみると、日本との提携作品とかなら見ることができると分かりました。

まず、スタッフ・キャストのデータを書いてしまうと、こんな感じです。冒頭の字幕を見ながら転記したので、判読困難な字(なにせ、どれもかなりの達筆です)は、見当で転写したので、誤記の可能性は大いにあります。


(1942満映、撮影協力・松竹)監督・佐々木康、脚本・長瀬喜伴、撮影・野村昊、森田俊保、中根正七、美術・磯部鶴雄、音楽・万城目正、録音・中村鴻一、現像・富田重太郎、平松忠一、編集・濱村義康、台詞指導・王心斎、製作担当・大辻梧郎、磯村忠治、撮影事務・安井正夫、
出演・李香蘭、近衛敏明、浦克、木暮実千代、藤野季夫、吉川満子、那威、張敏、日守新一、戴剣秋、袁敏、曹佩箴、干延江、周凋、王宇培、関操、三和佐智子、路政霖、江雲逵、宮紀久子、下田光子、瀧見すが子、
1942.03.21 9巻 74分 白黒


なるほど、なるほど。

この作品「迎春花」も「撮影協力・松竹」だったので現在でも見ることができるというわけですね。

まだ初々しい木暮実千代(「お嬢様」ふうの我儘っぽい持ち味は最初からだったことがこれでよく分かりました)や、小津作品でおなじみの吉川満子とか、黒澤作品「生きる」で鮮烈な印象のある日守新一の顔も見ることができます、そのほかにも日本名の俳優さんたちがかなり出演している作品です。

タイトルの「迎春花」は、中国旧正月(2月)に咲く「黄梅」のこと、ストーリーも「春を待つ感じ」の冬の奉天(瀋陽)が舞台です。

ある日、日本の建築会社奉天支社に支店長の甥・村川武雄(近衛敏明)が東京から赴任してきます。支店長の娘・八重(木暮実千代)はひそかに彼に想いを寄せているという設定ですが、見た感じ「ひそか」というには、いささか御幣があります。まあ、「もし相手が言い寄ってきたら、そのときは受けてあげてもいいわ」くらいの感じなので、武雄に対する関心度は傍からもあからさまですが、彼女には気高いプライドもあり、あくまでも優位に立ちたいペンディング状態なので、なんらの意思表示や働きかけができないでいるという描かれ方です。

しかし、武雄は、同じ事務所で通訳を務める中国人事務員・白麗(李香蘭)に惹かれていますが、決定的な意思表示をするまでには至りません。彼がなにに躊躇しているのか、とくにその理由の説明もありませんし、中国人の白麗もまた、日本人の八重に気兼ねして武雄との付き合い方の距離を測りかねてはいるものの、激しく拒絶するということはなく、親密そうに歌を歌ったりする場面もあるところを見ると、もしかしたら白麗は、武雄に対してなんらかの「可能性(未練)」を残そうとしているのではないかとも考えたものの、ほかに説明がないというのは、武雄や八重のときの描かれ方と同質の、この映画自体の「煮え切らなさ」に通じてしまうようなものを感じました。

ただし、唯一、武雄がはっきりとした意思をもって「言明する」という場面がありました。

武雄は八重に「白麗は、日本人であるあんたに遠慮してホッケーの試合にでないといっているぞ、彼女にそんなことを思わせることをどう思うのだ」と激しく問い詰めています、日頃は「昼あんどん」みたいな温厚な男(しかも、好意さえ寄せていました)から、そんなふうに言われたら、そりぁ相当なショックだと思います、彼の口から白麗をかばい自分を非難する一方的な言葉を浴びせかけられたわけですから、彼女のダメージは相当なものがあったと思います。

会社の命令で、武雄のハルビン出張に通訳として同行するよう指示されたとき、白麗は、彼らのこじれた関係を取り持とうと八重にも同行を誘いますが、結局、どこまでも煮えきらない武雄の態度に苛立ちを募らせて八重は東京へ戻ってしまいます。そして、これを契機に白麗も北京へ去り、武雄は奉天にひとり帰り、仕事の合間に近所の中国人の子供たちを集めて剣道を教える元の生活に戻ります。

このラストの全員離別の急展開に「なんだ、こりゃ」と、思わず呆れ声をあげた人の感想を読んだことがありましたが、自分としては、物語の収束の性急さを除けば、こういう終わり方もアリかなとは思います。八重の気持ちも白麗の気持ちも、そして、武雄の優柔不断さは、十分に理解の範囲内にあります。

ただ、気に掛かるのは、登場人物のそれぞれが抱え持っているあの「煮え切らなさ」でした。

ここまで、書き進んできて、そうそう、あることを思い出しました。

確かあのドキュメンタリー番組を見たときも、いまと同じように「満映」に興味をもって、自分のブログでも取り上げようかとあれこれ調べてみましたが、資料があまりにも少なすぎて、手掛かりというか、これだという取っ掛かりがどうしてもつかめずに、結果的には平凡な報告みたいなものしか書けなかったのだと記憶しています。

たぶん、どうにかこうにか書きあげたものの、文章にしたものは、番組の内容紹介のようなものにすぎず、自分としては不本意なかたちで終わったという感じでした。

そもそもなにが頓挫した原因だったのかといえば、その理由ははっきりしています。

戦争が終わったというのに、日本の映画人(のなかの幾人か)がなぜ中国にとどまり中国の映画づくりに協力したのか、不可解というよりも、なんだか割り切れない「奇妙」な乖離感のようなものを感じたからだと思います。

彼らが中国から協力を要請されとして、その実体は、「半分暴力的にとどまることを強いられたのではないか」という思いから、「日本人の側から祖国への帰還を先送りしてまで、あくまで善意で中国の地にとどまって映画作りに援助する途を選んだのか」まで、その辺の事情をはっきりと知りたかったのだと思います。

もし、前者の場合(強制留置)なら、そりゃあ、戦勝国ソ連の「捕虜を抑留して酷寒の地に追いやり奴隷のように死ぬほど強制的に酷使した」という例もあるくらいですから、中国にだって、たぶんそいうことなら大いにあり得るだろうなと、かえって納得できる部分はあります、もし、前者ならね。

しかし、仮に後者の場合(善意の協力)だとすると、実に「奇妙」な思いに囚われざるを得ません。

戦時中にあっては、当時の日本の映画批評家たちの「満映」作品を論難する痛烈にして冷淡な反応のその語調だけ見ても、満映作品の稚拙さ・劣悪さは、おおかたの察しがつく冷やかなものばかりです。「論ずるにさえ値しない」という、もはや門前払いの印象です。
例えば、1939年製作の満洲映画協会作品に『知心曲』という作品があります、監督は高原富士郎、解説によるとこの作品を撮る以前は文化映画を撮っていた人とかで、これが最初の劇映画だとありました、「トォキィ技巧概論」1935という著作もあると書き添えてありましたが、「日本映画監督全集」(キネ旬1976)には残念ながらその名を見つけ出すことはできませんでした。

映画についての著作もあるくらいですから、ズブの「素人」ではなかったでしょうが、劇映画には経験の浅かったこういう人でも、当初のころの「満映」では、国策と「中国人慰撫」の緊急の必要から、たとえ経験がどうあれ、意欲さえあれば、どんどん採用していったことがこれだけで推察できます。

この映画『知心曲』をハルビンの映画館で見た岩崎昶は、まずは「失望した」と書き残しています、これが満映の傑作では困る、と。上映した館の中国人の支配人もこの作品には大層不満で、こんな感想を彼に話しました。

「満映の映画は、上海映画に比べて、既に半分の価値しかない。そのうえ、その演出にはなんのリアリティも感じられない。スクリーンに展開されるアクションや会話について、そもそも満人はあのような場合にあのようには言わない、あの身振りや心理の動きは、まさに日本人のものであって中国人としては不自然なものだ」と。

岩崎はその中国人の率直な感想を聞いていちいち納得し、いまさらのように満映の仕事の容易ならざる困難を痛感します。

日本からどんなに優れたプロデューサーや映画人が来ても、中国人の生活や生の言葉をまるで理解しないところで、はたしてこれ以上の仕事ができるだろうか。誰もが、満州の映画がこのままでいいと思っているはずはない、岩崎は、そこにこそ満映の製作首脳部の苦悩があると指摘します、どんなに優れた芸術家でも、その国の民衆の生活様式や心理や感情を知ることなしに「芸術」として民衆の生態を表現することは不可能だと。そう分かってはいるものの、どうにもできないでいる現地の状況というものを述懐しています。

読んでみると、いささか腰が引けた遠慮がちな岩崎の、牙を抜かれた不甲斐ない述懐ですが、ときは戦時下、意のある部分を汲み取って真意の片鱗だけはどうにか理解できるような気がします。

しかし、なにもこうした思いは日本人だけのものではなく、中国人もまた、異国からの支配者・侵略者が、政策として強権をもって押さえにかかってくる象徴として、どこの国のことを描いているのやら分からない「奇妙な映画」(かつての日本映画を片っ端から焼き直したわけですからそれは当然で、無国籍映画と表現しています)を見ることを強いられ、内心では屈辱感と敵意と苦々しい怒りを秘めながら、ウワベは従順を装って微笑を浮かべているという、植民地における被支配者・中国人にとっての「嘘とたてまえ」の象徴として「映画」があったのだと思います。

こうした知識人の賢しらな「だから満映作品はダメなんだ」という迷いに対して、例えば今日出海は、「支配の論理」をむき出しにして、こう一石を投じています。

「文化などまるでない所、そもそも町の姿もろくに無かった所に町を建設し、文化を樹立しようとしてゐるのだ。内地から機構設備や工人をもたらして、内地並みの写真を作ろうと心がけて成功するとも思われない。五民族が、あるいは以上の民族がひとつの国家を作ろうというのに、文化のほうが先にできたなどというとんでもない話があるだろうか。(中略)一朝に建国の実が揚がったとは誰も思うまいが、個々のことになると進歩がない、それをもって文化が低いと断じるとは、どうしたことか。一朝にして成った文化など一体どんなものか、想像すらできぬではないか。(中略)思想が形象化する過程は複雑を極めている。映画は技術だという世迷言は撮影所人種の泣き言にすぎぬ。ぼくは監督たちにも会った。(中略)彼らは傑作を出さぬかも知れぬ。しかし要は傑作ではなく、こうした誠実が文化を支持する柱石であり、文化を育む温床であるということだ。」

支配する側と支配される側とのあいだで、決して埋めることの出来ない溝と亀裂のうえで、互いに本音を隠し虚偽と架空のタテマエで成り立っている「映画」でしかないことを誰もが内心では薄々気がついているのに、それでも、終戦後、日本の映画人たちが「祖国への帰還を先送りしてまで、あくまで善意で中国の地にとどまり中国の映画作りに協力する」なんてことが、あり得るだろうかというのが、自分の素直な疑問でした。

中国人にしたって、満映作品に対して「いい気なものだ」とひそかに冷笑していたに違いない彼らがその怒りの乖離を清算して、日本人の「協力」を受け入れたものとはなんだったのか、いろいろな資料を読んでいく過程で、こんなふうに考えてみました。

満映作品に対して「いい気なものだ」と感じるのは、それは、あくまで抑圧されていた中国人の、あくまで鑑賞者としての態度であって、映画を作る側に現場で身を置いていた中国映画人たち、まだまだ技術的には未熟で、日本人から技術を学び習得しなければならなかった中国人たちにとっては、違った考えを持っていたのかもしれないと。それこそ「タテマエ」と「本音」です。

いままで読んできたものは、植民地にあって、支配する側とされる側のどちら側から見るかという二極的な論点ばかりで、「満映作品」を自立した映画作品として見ようという立場からは、程遠い論議のように感じます。

関東軍がどうの、満州建国や甘粕正彦がどうのというところから語り始められた歴史の本や、大局的なところから論じた戦争史なら、それこそ嫌というほど存在しているのに、当の満映で作られた作品そのものについて言及した資料がほとんどなく、例えば、どういう作品が作られたのか、具体的・逐事的に列挙したような資料が手にすることができなかったからだと思います。

しかも、そのなかでも手にすることのできた限られた資料から読み取れるものといえば、どれもがふたつに引き裂かれているような矛盾と乖離に満ちたものばかりだったということもあります。

日本の植民地支配・管理者にとっての「満映」で作られた作品は、単に、中国人を日本人化しようという目的で作られたふたつの顔(強圧と慰撫)を持っていたものであることが分かります。当時、上海で中国人が撮っていた抗日映画に包囲されている状況下において、対内的にも対外的にも日本の当局者が植民地支配を正当化し対抗するための「宣伝」がどうしても必要とされて、そのひとつが「映画」だったにすぎず、内容的には、中国人への「日本教育」とか「飼い馴らし」にあったのであって、作品の質なんかは二の次、実際、日本の当時の批評家が、この「植民地映画」をまともに論じた(難詰した)ものも幾つかあって、ぼくたちはその惨憺たる評文を孫引きによって読むことができます。

日本国内にあって批評家たちに「満州映画」が箸にも棒にも掛からない愚作だと酷評されていたときに、はたして満映の撮影現場にあっても、意気消沈したり反省したり、みずからの無能さに失望したり自己嫌悪におちいったかどうか、

佐藤忠男の「キネマと砲聲」(岩波現代文庫)という本を読み始めたときに痛感したことがありました。

副題に「日中映画前史」とあるこの本は、満映を調べているいまの自分の調査にはまさに打って付けの本だと、飛びつきました。

自分は、中学のときに教えられた通り、新たな本を読む場合は、最初に「まえがき」を読み、「目次」を眺め、「あとがき」に眼を通してから、おもむろに本文を読み始めるというプロセスをずっと堅持・励行しているのですが、まあ、この本に「まえがき」(著者の執筆意図を知るうえでの早道とかつて教えられました)こそありませんでしたが、「目次」を見ると、書かれているのは、おもに中国映画全般にわたっていて(当然です)、「満映」について書かれている部分といえば、「7、『満州』に日本が夢の工場を作る」と「14、満映が活動する」のふたつの章でした。なるほど、なるほど。

そして、巻末の「著者ノート」には、衝撃的に一文がありました。
「私はこの本を、日中友好のために書いたのであって、現在の中国映画界に無用の波風を立てるために書いたのではない。何人かの中国の友人から、この点について憂慮に充ちた忠告を受けたが、この本を読んでいただければ私の真意は理解していただけると思う。日本の占領下に生きた中国映画人の苦難と苦悩の責任はすべて日本側にある。この本はその日本側において可能な限り中国に友情を保とうとした何人かの日本の映画人の存在を強調したが、だからといって日本人の全体の責任を軽減しようとはまったく思っていない。」

この文章には、映画「迎春花」に感じた「煮え切らなさ」と同質のものが脈々と受け継がれているような気がしました。





●満洲映画協会 全仕事

【1938年(昭和13年)】
★『壮志濁天』(1938満洲映画協会)原作・脚色・監督・坪井與、脚本・仲賢礼、撮影・大森伊八、
出演・王福春、鄭暁君、劉恩甲、張敏、戴剣秋、
匪賊に襲われ、肉親や親友を失った村の青年・劉得功は、匪賊首の馬徳堂を討つために満州国軍に入ることを決意する。恋人の瑞坤は得功を励ましたが、年老いた母や叔父は反対していた。しかし、吉林の第二軍管区に入隊した得功は、やがて伍長に昇進した。そしてある年の匪賊討伐でついに馬徳堂を倒した。得功も深い傷を受けたが、国防婦人会の看護を受けて間もなく治癒した。やがて除隊となって村へ帰ると、村人全員が彼を英雄として迎えた。
この作品は、仮スタジオ完成前のために新京郊外と吉林でのオールロケでほとんど作られた。元マキノ映画の撮影の大森伊八(元P・C・L)のほかは、監督の坪井與(元満州日報社記者)も含めてほとんど素人ばかりで、出演者も近藤伊與吉の特訓を受けた新たに募集したニューフェイスばかりだった。脚本を書いた仲賢礼は、政府の弘報処の役人で映画も満州国軍が活躍する軍の宣伝臭の強い作品になった。この作品は、劇場公開されず、縦貫映画に使われただけなので試作品というところ。嵐寛プロで山中貞雄と仕事(戸波長八郎、磯の源太・抱寝の長脇差)をしたカメラマンの藤井春美は、後輩吉田貞次に「あんなもの、映画のテイをなしておらん」と一蹴し、一度は渡満の要請を蹴ったものの、のちに吉田とともに満映に入社する。

★『明星的誕生』(1938満洲映画協会)原作・脚色・監督・松本光庸、撮影・竹内光雄、照明・松田藤太郎、
出演・何奇人、張敏、孟虹、曹佩箴、高翮、
田舎の青年男女が映画俳優に憧れ、都会に出て首尾よく俳優になることができた。その俳優生活は想像していたようなものではなく、明朗健全なもので彼らのその生活ぶりが展開されていく。坪井與とともに、満映に入社した松本光庸の作品で、彼はそれまで、満日新聞記者として映画評論を書いていた。

★『七功図』(1938満洲映画協会)監督・矢原礼三郎、原作・脚色・裕振民、撮影・杉浦要、
出演・高翮、季燕芬、孫李星、王宇培、劉恩甲、
孫仁の経営する選択屋で働く李意は、その店の娘小茹をひそかな思慕を抱いていた。孫仁は、失業している青年建築家の趙吉、そしてその友人の銭祥に家を貸していた。二人は家賃を払えずに困っているが、小茹は趙吉に同情していた。小茹は趙吉から、李意が自分の事を熱愛していることを聞かされた。

★『満里尋母』(1938満洲映画協会)原作・脚色・監督・坪井與、撮影・大森伊八、
出演・葉苓、郭紹儀、王丹、戴剣秋、
か弱い少年が、母を訪ねて、ただひとりの老人の庇護を頼りに流浪の旅を続け、ついに母にめぐり会う。ヴィクトル・マローの小説「家なき児」を坪井與が脚色し、主演の少年役には女優の葉苓が扮した。娯楽作品として主題歌が挿入され、レコードも吹き込まれた。

★『知心曲』(1939満洲映画協会)監督・高原富士郎、脚本・重松周、撮影・杉浦要、録音・井口博、
出演・杜撰、李鶴、季燕芬、劉恩甲、王宇培、
不良の趙国傑は、ダンスホールで働く恋人の梅麗に、まともな生活をするように説得され、これからは改心してまともになると心に誓った。国傑はある日、子供を轢いて逃げる自動車を目撃した。その自動車を張氏の家まで追うと、その正義心を張氏に惚れ込まれて彼の息子の家庭教師となった。その息子がギャングにさらわれる事件が起こったが、国傑と警官の活躍で解決した。負傷した国傑を看護するのは、国傑に思いを寄せる張氏の令嬢。貧しい花束を抱いて見舞いに来た梅麗は、国傑の将来を思い、身を引こうとした。しかし、国傑は、梅麗のアパートに帰ってきた。
それまで文化映画を撮っていた高原富士郎の始めての劇映画で、著書には「トォキィ技巧概論」1935がある。この映画をハルピンの映画館で見た岩崎昶は失望したと書いている、これが満映の傑作では困る、と。上映した館の支配人も大層不満で、彼からこんな感想を聞く。「満映の映画は、上海映画に比べて既に半分の価値しかない。そのうえ、その演出において何のリアリティも感じられない。スクリーンに展開されるアクションや会話について、そもそも満人はあのやうな場合にあのやうには言わない、あの身振りや心理の動きは、まったく日本的で不自然である」と個々に注釈をつけて不満をもらした。ぼくはそれを聞いていちいち頷ながら、いまさらのように満映の仕事の容易ならぬ難しさを思い知ったのだった。いまのところ、日本からどんなに優れたプロデューサーや芸術家が出かけていったとしても、すぐにこれ以上の仕事はできないに相違ない。しかも、満州の映画がこれであってはいけないこともはっきり分かっているのである。そこに満映の製作首脳部の苦悩がある。どんな国民でも、その生活様式や心理や感情の隅々までを知らずに、これを芸術に表現することは不可能である」
だから満映作品はダメだというこの風評に、今日出海は一石を投じます。
「文化などまるでない所、そもそも町の姿もろくに無かった所に町を建設し、文化を樹立しようとしてゐるのだ。内地から機構設備や工人をもたらして、内地並みの写真を作ろうと心がけて成功するとも思われない。五民族が、あるいは以上の民族がひとつの国家を作ろうというのに、文化のほうが先にできたなどというとんでもない話があるだろうか。(中略)一朝に建国の実が揚がったとは誰も思うまいが、個々のことになると進歩がない、それをもって文化が低いと断じるとは、どうしたことか。一朝にして成った文化など一体どんなものか、想像すらできぬではないか。(中略)思想が形象化する過程は複雑を極めている。映画は技術だという世迷言は撮影所人種の泣き言にすぎぬ。ぼくは監督たちにも会った。(中略)彼らは傑作を出さぬかも知れぬ。しかし要は傑作ではなく、こうした誠実が文化を支持する柱石であり、文化を育む温床であるということだ。」

★『大陸長虹』(1938満洲映画協会)原作・脚色・監督・上砂泰蔵、監督助手・周暁波、撮影・玉置信行、
出演・玉福春、杜撰、鄭暁君、季燕芬、
積鴻は不良の仲間に入り、警察署に留置されたりするので、妹の秀娟はいつも心配していた。積鴻は家に帰った晩、金を持ち出そうとしてあやまってランプの火から火事を起してしまう。秀娟は許婚の李慶恩に救われたものの、慶恩は悪徳警官の策略で放火犯として連行されてしまう。そこに満州建国となった。秀娟は賄賂の金を持って警察へ行ったところ、新国家の警官は正しい者の味方で賄賂など受け取らないと説諭された。慶恩も釈放され、みずからも警官になることを望み、新京の警察官訓練所に入った。妻となった秀娟を連れて、警官となった慶恩は、田舎町に赴任した。渡し舟で子供が溺れたのを慶恩が助けたことから、架橋問題が持ち上がった。やがて橋ができ、町の人々と慶恩夫婦の喜びは大きかった。
監督の上砂泰蔵は、同志社大から新興キネマに入り溝口健二、村田実、内田吐夢の助手を務め、「敵艦見ゆ」1934などを撮ったのち満映に入社した。

【1939年(昭和14年)】
★『蜜月快車』(1939満洲映画協会)監督・上野真嗣、原作・脚色・重松周、撮影・池田専太郎、録音・井口博、
出演・李香蘭、杜寒星、張敏、周凋、戴剣秋、馬旭儀、
子明と淑琴は列車に乗って新京から北京への新婚旅行に出発する。奉天で寝台車に乗り換えたところ、向かいのベッドの男は泥棒で、淑琴のトランクが盗まれてしまう。しかし、泥棒がベッドから転げ落ちてひと騒動おきる。子明と淑琴のあいだでも早くも痴話喧嘩がはじまる。列車が錦県駅に入ると、情婦を連れて北京に向かおうとしていた実業家の孫氏が、ヒステリーの夫人に見つかりひと悶着おきる。さまざまなトラブルを巻き起こして列車は北京へと走り続ける。北京に着いて、ふたりはようやく幸せになる。
李香蘭のデビュー作。大谷俊夫監督「のぞかれた花嫁」(日活多摩川作品)の翻案作品である。日本のB級映画を片っ端から換骨奪胎し満映映画を作った。質より量の、いわば大量生産体制の確立を象徴する一本である。監督の上野真嗣は上砂泰蔵とともに1937年満映に入社した。淑琴を演じた李香蘭は「デビュー作の辛かったこと、恥ずかしかったことは今でも忘れられない」と、自伝に記した。以後、5本立て続けに出演し、李香蘭は人気と名声を高める。そして昭和14年、東宝と提携した渡辺邦男監督「白蘭の歌」「熱砂の誓ひ」が、日本で公開された結果、満映の李香蘭の名は爆発的に高まった。しかし、このことによって、皮肉にも李香蘭は、あくまでも「中国人」でいなければならなかった。彼女の苦悩はここから始まった。

★『田園春光』(1939満洲映画協会)監督・高原富士郎、原作・脚色・山川博、撮影・杉浦要、
出演・李鶴、杜撰、張敏、崔徳厚、
満州の都市と田舎とが背景となり、若い男女の恋がついに田園に実を結び、地方農業の開発に力を注ぐ、満州の農村建設を謳った国策的恋愛映画。

★『國法無私』(1939満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、原作・脚色・楊正仁、撮影・池田専太郎、
出演・郭紹儀、李明、薜海樑、張敏、
法と愛情の岐路に立たされた検察官が、法のために全ての至上をなげうつ。満州国における法の神聖さを謳った水ケ江龍一の入社第一回作品。日活映画「検事とその妹」の翻案である。

★『国境之花』(1939満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、原作・脚色・楊正仁、撮影・藤井春美、
出演・隋尹輔、王麗君、王福春、徐聡、
青年アルタンの父母はソ連外蒙軍にスパイ容疑で射殺され、アルタンは叔父に連れられて内蒙で成長した。やがてアルタンは軍学校に入り、卒業すると見習い士官となって帰郷した。アルタンが思いを寄せている西宝が、アルタンの配属されている守備隊を訪ねた。その帰り、西宝は連行されソ連兵に守備隊に関してのことを尋問される。なにも答えない西宝は夜中に密書を奪って逃走した。その密書により某事件の企みが判明する。日本軍はその先手を打って勝利を収めることができた。アルタンも戦闘中に傷を負ったが、西宝が看病した。

★『富貴春夢』(1939満洲映画協会)監督山内英三・上野真嗣・鈴木重吉
〈プロローグ〉監督・鈴木重吉、脚本・荒牧芳郎、
〈第一話〉監督・山内英三、脚本・図斉与一、
〈第二話〉監督・上野真嗣、脚本・津田不二夫、
〈第三話〉監督・上野真嗣、脚本・長谷川清、
〈第四話〉監督・上野真嗣、脚本・木村能行、
〈第五話〉監督・上野真嗣、脚本・荒牧芳郎、
〈エピローグ〉監督・鈴木重吉、脚本・荒牧芳郎、撮影・藤井春美、
出演・李香蘭、杜撰、張敏、戴剣秋、
百万円という大金を手にした人々のさまざまな物語。第一話は、罪を犯した子と逞しい母親の愛情との双曲線。第二話は、いつも怒鳴られてばかりいる小僧が手にした百万円。第三話は、帝政時代をしのぶイワン将軍の儚い夢。第四話は、豪華な料理よりは焼き芋が大好物の大王少年。第五話は、百万円は手にしたが、その代わりに恋を失う・・・彼方の空中楼閣で、金の神と貧乏の神とが、それらの人々の姿を眺めては人間を幸福にするものはいったい何なのか、首をひねっている。

★『冤魂復仇』(1939満洲映画協会)監督・大谷俊夫、原作・脚色・高柳春雄、撮影・大森伊八、
出演・張書達、劉恩甲、李香蘭、周凋、
満映最初のお化け映画で勧善懲悪の意思を持つお化けが活躍する。佐藤忠男は「キネマと砲聲」で、当時の野口久光の「満映作品に望む」を紹介している。「ここにはアメリカ製喜劇の型をそのままに、李香蘭をヒロインに、張書達、劉恩甲をコメディアンに見立てた仕草をやらしている。ピンからキリまで、てんでアメリカ映画の模倣なのだ。ローレル、ハーディの二巻物の同じ単純な構成、いや全然これは二巻物の台本である。その二巻物の台本を九巻に撮ってしまったのだからたまらない。これが映画に訓練されていない満人大衆に理解させるための映画手法というなら、もう何も言う言葉はない。・・・日本は将来の満州国の幸福を約束しなければならないと同様、満州映画の芸術発展を全責任を持って当たらなければならない」(キネ旬「日本映画監督全集」の「大谷俊夫」項中、岸松雄の記述からの孫引き)


★『慈母涙』(1939満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、原作・脚色・荒牧芳郎、撮影・藤井春美、
出演・李明、張敏、李鶴、杜撰、崔徳厚、王宇培、周凋、趙玉佩、
美貌の歌手・李麗淬は、資産家の息子・曹鳳閣との子・兆鵬を産む。しかし、鳳閣は、麗淬との結婚を両親が許さない。そして鳳閣は曹愛茄と結婚させられてしまう。麗淬は、乳飲み子を抱えて吉林の友人を訪ねるが友人は既に転居していた。行く当てもなく吹雪の中をさまよったあげく倒れていた麗淬母子は成財夫婦に助けられる。わが子を成財夫婦に預け、麗淬は、奉天に働きに出る。八年たっても子宝に恵まれない鳳閣は、成財夫婦を騙して兆鵬を連れ去る。事情を聞いた麗淬は兆鵬を取り戻すが、しかし、兆鵬は成財夫婦になついており、麗淬にはなつこうとしない。麗淬は兆鵬の幸福を祈りながら、ふたたび北満へと働きに出てゆく。本作品は曽根純三監督「母三人」(新興キネマ)の翻案作品である。

★『真仮姉妹』(1939満洲映画協会)監督・高原富士郎、脚色・長谷川清、撮影・島津為三郎、音楽・長沼精一、
出演・李明、鄭暁君、王宇培、杜撰、張敏、徐聡、季燕芬、
吉林の片田舎、郁芬と郁芳の姉妹は年老いた母の手一つで育てられた。その母は、臨終の床で姉の郁芬に遺言書を渡し、それを妹に見せるように言い残して息絶えた。郁芬がその遺言書を盗み読むと、そこには妹がある大金持ちの娘で、郁芬の母はその乳母であることが記されていた。郁芬は遺言書を破り捨てると、ある日、母の告白により自分は金持ちの娘であることが分かったと妹に語る。姉の言葉を信じた妹の郁芳は、姉の留守にふと目にした新聞の尋ね人が姉のことと知り、その広告主に手紙を出す。やがて姉は周佑臣に引き取られ、そして佑臣の甥の李家璧と婚約する。しかし、かつての恋人の王琦が現れて郁芬に結婚を迫る。相手にされなかった王琦は、嵐の夜に郁芬を殺し、自らも命を絶った。死の間際、息も絶え絶えの郁芬は、皆に真実を話すと息を引き取った。

★『煙鬼』(1939満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、原作・坂田昇、脚色・中村能行、撮影・藤井春美、
出演・周凋、李顕廷、馬旭儀、季燕芬、張翊、徐聡
銀行員をしている依健章の娘小菊は周家に嫁ぐ。しかし、周家は阿片屋の王某に借金があり、父の健章は、そのために不当貸付をし、自らも阿片屋へと入っていく。小菊は虐待から逃れるために家出をし、戒煙所に勤める。健章の息子・萬年は警官だが、父の不始末に耐え切れず辞表を出す。しかし、所長に諭されて思いとどまる。健章は、王某から逃れることができずに、ケシ畑の管理をさせられている。やがて萬年の所属する警官隊がここを襲い、健章は死ぬ。萬年は父の死を悲しみながらも、阿片の害悪と闘う決意を新たにする。題名の「煙鬼」とは阿片患者のこと。満州の阿片断禁政策を強調するための吉林省からの委嘱作品で公募脚本を助監督・古賀正二が手を加えた。

★『東遊記』(1939満洲映画協会・製作提携・東宝映画)監督・大谷俊夫、原作・脚色・高柳春雄、撮影・大森伊八、
出演・劉恩甲、李香蘭、霧立のぼる、原節子、高峰秀子、藤原釜足、沢村貞子、小島洋々、
満州の片田舎に住む陳と宋は、東京で華やかな生活を送っている友人・王からの手紙に心躍らされ東京へ行く決心をする。東京へ着くとサンドイッチマンの仕事をしながら友人・王を探す。やがてあたりの仕事が認められて化粧品会社の宣伝の仕事につき、美人タイピストの麗琴が通訳として付けられる。その後、二人は昭和映画の俳優となり、ある日、満州料理店で王と出会う。通訳の麗琴は王の妻の姉であり、しかも日本人の愛人がいることが分かった。その麗琴の結婚を機に、二人はふたたび満州へ帰って働くことを決意した。満州国民に日本を紹介する目的で、当方の協力の下に作られた。日本公開は1940年。
東遊記 1939満映系 李香蘭

★『鐡血慧心』美しき犠牲(1939満洲映画協会)監督・山内英三、脚本・高柳春雄、撮影・杉浦要、
出演・李香蘭、趙愛蘋、姚鷺、劉恩甲、杜撰、隋尹輔、李顕廷、
密輸業者を討伐する警士の献身的な活躍を描く。1941年「美しき犠牲」の題名(日本映画貿易株式会社提供)で日本でも公開された。山口猛の「幻のキネマ・満映-甘粕正彦と活動屋群像-」(平凡社)19頁には、日本公開時のポスター(大写しの李香蘭)を掲載していて、その本文の解説では中国における「満映」の微妙な立場に言及している。
《戦前のプロキノ運動の中心的メンバーであり、満州の製作に関係して、戦後もジャーナリストとして活躍した北川鉄夫(当時は西村隆三と名乗っていた)は、はっきりと言い切っている。「『満映』は日本の映画史における恥部である」と。一方この満映作品については、今日見ることができないこともあり、評価をすることは難しい。ただ、当時の一般的な作品評価はきわめて低く、「映画旬報」でも、酷評に近いものが多い。たとえば「鐡血慧心」にしても、「映画旬報」(昭和16.10.21号)では、「すぐれた映画を紹介するのが輸入業者の公徳心ならこの作品は輸入しない方がいい」、さらには「この映画の内容は粗悪」とまで評されている。ならば、満映は芸術性とは無縁だったのかといえば、これには、はっきり「否」と答えることができる。・・・いわば、満映の芸術的価値は、その時点で結実しなくとも、未来ということでは、大きな貢献をしたのである。国内的には、内田吐夢、加藤泰から吉田貞次、坪井誠といった、日本を代表するまでになる多くの監督、技術者を生み出したことを見れば十分だろう。のみならず、中国に対してでも、その後の中国映画に旧満映の人々が及ぼした影響は大きなものがある。すでに、彼(亡くなる一年程前の八木保太郎)には、かつての豪傑の面影はなく死因の直接的な箇所である足がかなり痛そうで、話すのも辛そうだった。それでも、満映について、彼は悲痛にこう叫んだ。「あそこの写真は違うんだ!」日本人が関わりながら、中国人のための映画制作をしている奇妙さ。できあがった国籍不明の混血児とも言うべき作品。ここで、彼は筆を取ることなく、製作事務に励んでいた。だが、八木は、思想では正反対であるはずの甘粕の信奉者であることを隠そうともしなかった。不思議なことに立場として正反対にいる人も、八木同様、ほとんど例外なく、この甘粕正彦に対して親近感を示す。「満映は恥」とする北川鉄夫でさえ、甘粕が魅力的であることを否定しないどころか、「人物の大きさは首相級」と、人間的魅力を、むしろ誰よりもよく語っているほどである。こうした矛盾。それは満映という国策映画会社のもつ本質ではなかったのだろうか。満州という侵略国家の中の文化的象徴としての満映、橋頭堡としての満映が、片や中国人の映画を育て、密接な人間関係が成立してしまった。満映には、そうした矛盾が、至るところに渦巻いていたのである。右翼や軍人に対してはもちろん、左翼の人々に対しても、驚くほど深い洞察力を持っていた甘粕正彦に、それは凝縮していたかもしれない。》
鉄血慧心 1939満映系 李香蘭

★『白蘭の歌 前篇』製作・森田信義、演出・渡辺邦男、製作主任・斎藤久、脚色・木村千依男、原作・久米正雄、撮影・友成達雄、音楽・服部正、演奏・P.C.L.管弦楽団、主題歌・「白蘭の歌」(詞・サトウ・ハチロー、曲・竹内信幸、歌・伊藤久男、二葉あき子)、「いとしあの星」(詞・久米正雄、曲・服部良一、歌・渡辺はま子)、装置・北猛夫、録音・鈴木勇、照明・岸田九一郎、編集・岩下広一、満語監修・首藤弘、製作=東宝映画(東京撮影所)1939.11.30 日本劇場 2,128m 78分 35mm 白黒
出演・長谷川一夫(松村康吉)、斎藤英雄(次弟 徳雄)、中村英雄(末弟 克之)、中村健峰(三人の父)、山根千世子(三人の母)、山根寿子(松村京子)、霧立のぼる(松村杏子)、悦ちゃん(悦子)、清川虹子(芸者歌丸)、高堂国典(建設局長 八丁)、小杉義男(康吉の親友 秋山三郎)、御橋公(康吉の叔父)、江波和子(その娘)、榊田敬治(移民村団長)、谷三平(移民村の隣人 世話役安田)、加藤欣子(その女房)、原文雄(測量隊長 大森)、大杉晋(隊員 鈴木)、手塚勝巳(隊員 三浦)、李香蘭(李雪香)、王宇培(雪香の父 李苑東)、崔徳厚(李苑東の義弟 程応棋)、徐聡(その息子 程資文)、趙書琴(下婢)、芦芸庭(趙祐臣)、李林(苦力場)、張翊(山荘の下男)、薫波(密偵)、宋来(敗残兵A)、当波(敗残兵B)、華愚(敗残兵C)、進藤英太郎(義勇軍訓練所長 後藤)、小島洋々(満鉄総裁)、生方賢一郎(副総裁)、藤田進(満鉄理事)、藤輪欣治(満鉄理事)、柏原徹(満鉄理事)、江藤勇(運輸局長)、伊藤洋(文書課長)、横山運平(下男)、三條利喜江(カフェーのマダム)、
★『白蘭の歌 後篇』
製作・森田信義、演出・渡辺邦男、製作主任・斎藤久、脚色・木村千依男、原作・久米正雄、撮影・友成達雄、音楽・服部正、演奏・P.C.L.管弦楽団、主題歌・「白蘭の歌」(詞・サトウ・ハチロー、曲・竹内信幸、歌・伊藤久男、二葉あき子)、「いとしあの星」(詞・久米正雄、曲・服部良一、歌・渡辺はま子)、装置・北猛夫、録音・鈴木勇、照明・岸田九一郎、編集・岩下広一、満語監修・首藤弘、製作=東宝映画(東京撮影所)1939.11.30 日本劇場 1,812m 66分 35mm 白黒
出演・長谷川一夫(松村康吉)、斎藤英雄(次弟 徳雄)、中村英雄(末弟 克之)、中村健峰(三人の父)、山根千世子(三人の母)、山根寿子(松村京子)、霧立のぼる(松村杏子)、悦ちゃん(悦子)、清川虹子(芸者歌丸)、高堂国典(建設局長 八丁)、小杉義男(康吉の親友 秋山三郎)、御橋公(康吉の叔父)、江波和子(その娘)、榊田敬治(移民村団長)、谷三平(移民村の隣人 世話役安田)、加藤欣子(その女房)、原文雄(測量隊長 大森)、大杉晋(隊員 鈴木)、手塚勝巳(隊員 三浦)、李香蘭(李雪香)、王宇培(雪香の父 李苑東)、崔徳厚(李苑東の義弟 程応棋)、徐聡(その息子 程資文)、趙書琴(下婢)、芦芸庭(趙祐臣)、李林(苦力場)、張翊(山荘の下男)、薫波(密偵)、宋来(敗残兵A)、当波(敗残兵B)、華愚(敗残兵C)、進藤英太郎(義勇軍訓練所長 後藤)、小島洋々(満鉄総裁)、生方賢一郎(副総裁)、藤田進(満鉄理事)、藤輪欣治(満鉄理事)、柏原徹(満鉄理事)、江藤勇(運輸局長)、伊藤洋(文書課長)、横山運平(下男)、三條利喜江(カフェーのマダム)、
満鉄の優秀な技師・村松はが熱河の豪族の娘と恋に落ち、上司の娘や父が遺言で薦めた養女との縁談も断る。長谷川一夫と初共演の李香蘭は、生粋の満州娘として登場し、大陸の理想化されたイメージと一体化して絶大な人気を博した。長谷川一夫にとっては東宝入社以来、初めての現代劇だった。
☆あるサイトで「白蘭の歌」を東宝との提携作品と表示しているものがありましたが、jmdbによると、どうも「製作=東宝映画(東京撮影所)」らしく、あきらかに「製作・提携東宝映画」は誤りのようですが、満映映画の常連俳優が多数参加しており、満映にとっても重要な重要な作品だと思うので、当一覧に加えることにしました。
白蘭の歌・前後篇 1939東宝系 李香蘭

【1940年(昭和15年)】
★『愛焔』(1940満洲映画協会)監督・山内英三、脚本・楊葉、撮影・遠藤灊吉、
出演・李明、李顕廷、王福春、趙愛蘋、
李警士の妹・素雲は村の豪農の息子・王景福の児を産むが、王の両親は二人の結婚を許さない。素雲は子どもを他へ預け、新京で看護婦となって働く。しかし、留守中に子どもは病死してしまう。そして王には別の女との結婚話が持ち上がっていた。警士は妹を思って王の両親に結婚を許してくれるよう頼むが無駄だった。王の結婚式の日がきた。なにも知らない素雲は、子どもと王に会うのを楽しみにかえってきた。恋人に裏切られたことを知った素雲は、思い余って王の家に放火してしまう。やがて兄の言葉に従い、墓に眠る子供に別れを告げると、裁きを受けるために自首して出るのだった。

★『現代日本』(1940満洲映画協会)監督・脚本・大谷俊夫、撮影・杉浦要、
出演・周凋、隋尹輔、徐聡、白玫、中田弘二、風見章子、日暮里子、
宋と陳は、それぞれ満州国と中華民国の村長をしている。そして宋の息子・英福、陳の娘・桂芳もそれぞれに日本に留学中である。恋人同士のふたりの誘いで、宋と陳は日本見物の旅に出る。一緒に神戸に着いた宋と陳は、英福と桂芳の案内で神戸、大阪、奈良、京都と見物し、日本の美しさに感心する。旅はさらに名古屋、東京へと続く。東京では、皇紀二千六百年紀念の祝典の真っ最中で、宋と陳はすっかり日本通になる。英福と桂芳の結婚も手っ取り早く取り決めると、飛行機に乗って帰国の途についた。

★『如花美眷』(1940満洲映画協会)監督・脚本・荒牧芳郎、撮影・池田専太郎、
出演・郭紹儀、隋尹輔、白玫、陶滋心、
身寄りのない麗仙と麗英の姉妹は楊家に引き取られて生活していた。楊家には会社員の兄・克勤と絵の勉強のために洋行している弟・克明がいた。克勤と麗仙とは相愛の中だったが、克明が帰国すると麗仙の心は克明に移っていった。克勤は二人の仲を知って、自ら東辺道の支社へと転勤していった。麗仙は克明と結婚したが、克明の放蕩、そしてむかしの愛人の出現から悲観のあまり家出をする。しかし、克勤に諌められてふたたび固く結ばれる。やがて克勤も麗英と結ばれて新しい生活を始めた。


★『情海航程』(1940満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、脚本・熙野(八木寛、長畑博司、張我権)、撮影・藤井春美、
出演・徐聡、季燕芬、白玫、崔徳厚、
王世寛は、幼少のころに両親を失い、張家の世話を受けていた。世寛を見込んだ張家は、世寛が大学を卒業したのち、娘の素琴と結婚させることを約束して、彼を日本へ留学させた。世寛がいなくなったのを幸いに、かねてより素琴に横恋慕していた李永禄は金の力で無理やり素琴と結婚してしまう。世寛は、急いで帰国したものの学生の身分では何もできるはずもなく、自暴自棄になって、高利貸・鄭夫人の手先となった。素事の夫は放蕩三昧の生活から、商売も破綻、世寛より金の援助を受けることになる。そして世寛の悪辣さに逆上し彼を射殺しようとするが、素琴に阻まれてかえって自ら死んでしまう。素琴も自責の念から命を絶とうとするが救われる。病床の素琴を前に、世寛はふたたび人生に幸福を見出す。日満脚本家共同による第一回作品で、熙野は三人の共同のペンネーム。満映が洪熙街にあったことに由来する。なお坪井與の記録では、荒牧芳郎の脚本とある。

★『誰知她的心』(1940満洲映画協会)監督・朱文順、脚本・熙野(八木寛、長畑博司、張我権)、撮影・谷本精史、
出演・葉苓、王麗君、李顕廷、白玫、
小英は、周家の女中として働いていたが、きれいな着物も着られず、化粧ひとつすることのできない今の境遇が情けなく、周家の娘のような令嬢生活に憧れていた。折りしも周一家が旅行に出ることになり、広い豪邸の留守を預かる女中の小英と王媽のふたりは、伸び伸びとした日を迎える。周家の娘の着物を着てすっかり令嬢気取りの小英を、趙喆生は周家の令嬢と誤解して、ふたりの仲は急速に発展する。小英が本当のことを言い出すことができないうちに、とうとう一家が旅行から帰ってくる日がきた。騙されたことを知った趙喆生は怒り、小英も田舎に帰る決心をする。しかし、一度は起こった趙喆生も純情な小英が犯した夢を許して、改めて彼女の手を固く握りなおすのだった。周暁波に次ぐ満州側の二人目の監督による作品。

★『有明自遠方来』(1940満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、脚本・張我権、撮影・藤井春美、
出演・徐聡、杜撰、白玫、李鶴、陶滋心、
徐緩と佩娟の新婚家庭に、徐緩の同窓で鉱山師として山を渡り歩いている豪傑の趙自強が突然闖入してきた。この闖入者、一日中酒ばかり飲み、酔うと金鉱主の令嬢を助けた武勇談を繰り返す。二人は夫婦喧嘩の芝居をしてなんとか追い出そうとするが、俺が新しい女房を世話すると言い出して佩娟を追い出し、金鉱主の令嬢秀敏との見合いの段取りまでする。見合いの席上、徐緩は白痴を装って難を逃れると、金鉱主は娘の結婚相手は趙自強と決め、押し問答となる。さすがの豪傑も困ってふたたび鉱山に逃げ去り、徐緩と佩娟にも甘い新婚生活が戻ってきた。

★『風潮』(1940満洲映画協会)監督・脚本・周暁波、撮影・谷本精史、
出演・張敏、徐聡、季燕芬、趙愛蘋、
女工の小香は、社長の弟である俊明と相愛の仲だった。やがて二人は結婚、娘雪苓も生まれて楽しい日々を送っていた。しかし、俊明が研究のために日本へ行っているあいだ、財産目当てから二人の結婚にも反対した社長の妾は、小香に姦通の濡れ衣を着せ、家から追い出してしまう。小香は雪苓を同善堂に預けると自活の道を求めた。それから二十年、雪苓は同善堂で乳児の世話をしながら、女学校に通っている。雪苓の学友美英の兄紹華は、雪苓との結婚を望んでいるが、両親から素性のはっきりしない女はダメだと反対されている。美英の乳母となっている小香はそれを知って、同善堂長を通じて雪苓が俊明の子であることを知らせる。やがて、雪苓と紹華の結婚式の日がくる。小香は母と名乗れぬ悲しみを胸に二人の幸福を祈っていた。満州側監督・周暁波による初めての作品で脚本もオリジナル。

★『芸苑情侶』(1940満洲映画協会)監督・大谷俊夫、脚本・荒牧芳郎、撮影・池田専太郎、
出演・季燕芬、白玫、杜撰、徐聡、周凋、
憧れの新京での舞台を目前にして、火災のために解散した旧劇芝居の一座の花形女優李碧雲は、育ての親である陳百歳、それに蘭芳、連栄とともに自分を捨てた両親を探しに新京にきた。碧雲は連栄を愛していたが、連栄は蘭芳に心惹かれていた。しかし、蘭芳は苦しい生活から逃れるため金持ちの元へ走った。残った二人の生活もいよいよ窮した。しかし、運良く碧雲の美声が放送局に認められ、専属となって放送されたことから両親ともめぐり会うことができた。碧雲は李家に引き取られることになったが、幼いときから辛酸をともにした一座の人々と芸への執着を諦められず、両親の許しを得て一座を再興する。そして、一座の憧れであった新京の舞台を踏む日がきた。

★『流浪歌女』(1940満洲映画協会)監督・山内英三、脚本・楊葉、撮影・福島宏、
出演・李明、陶滋心、李顕廷、戴剣秋、周凋、
淑玲、淑瑯の姉妹は、瞼の母に逢える日を唯一の楽しみとして、冷酷な呉のもとで太鼓叩きの芸人として働いていた。内気なふたりだったが、呉が淑瑯を売り飛ばそうとしたのに堪りかね、呉のもとを逃れる。そして妹は盲目の姉の手を引き、奉天にいるという母を探し求めて流浪の旅に出た。歌をうたって僅かな稼ぎを得ながら苦しいたびを続けるふたりは、ときには諍いを起こしながらも遂に母にめぐり会い、薄幸のふたりにもようやく楽しい日々が訪れる。

★『人馬平安』(1940満洲映画協会)監督・高原富士郎、脚本・中村能行、周藍田、撮影・福島宏、
出演・劉恩甲、張敏、張書達、王麗君、呼玉麟、
城内の裏長屋に住む馬車夫の張は、酒好きで仕事嫌いのその日暮しをしていた。今朝も女房に叩き起こされて仕事には出たものの、人通りの少ないところを選んで流すので客はさっぱり寄り付かない。ところがある夜、酔っぱらいの客が代金のかわりにおいていった籤が一万円の当選と分かり、有頂天になって豪遊する。しかし、家に帰ると、女房から番号が一桁違うと教えられ今度は真っ青になる。それからは心を入れ替えて真面目に働くようになった。懸命に働いたので生活にも余裕ができてきた一年後、女房が突然張の前に一万円を差し出す。あのときに張が一万円を握ったらますます怠け者になると思って女房が嘘をついたのである。同時に子供ができたことを知らされ、張はもっと精を出して仕事をするのだった。高原富士郎の始めての喜劇作品。

★『王属官』(1940満洲映画協会)監督・高橋紀、藤川研一、原作・牛島春子、脚色・高柳春雄、撮影・杉浦要、
出演・趙剛、王三、馬雪筠、張剣秋、
満州建国後、日も浅い頃、属官の王文章は恋人麗英の待つ故郷へ帰ってきた。この村ではまだ地方官吏が税金を不当に徴収するなどの横暴が行われている。麗英の父も娘に人並みの結婚をさせてあげたいばかりに趙牌長の手先となって不正を働いている一人である。不正に気がついた王は麗英との結婚を延期して急ぎ帰任した。発覚を恐れた趙は虚偽の報告書を提出したものの、非を悔いた王の父が一味の名簿を盗み出して王に手渡そうとした。しかし、一味に見つかって半殺しの目にあい、名簿を麗英に渡すと息絶えた。証拠を手にした王は一味を検挙して事件は解決する。王は喜びのむんみんに迎えられ、麗英と結婚式場に向かった。新聞に連載されて好評を博した小説が原作。作者の牛島春子は満州国官吏夫人。新京の大同劇団によるユニット出演作品。

★『新生』(1940満洲映画協会)監督・高原富士郎、原作・姜学潜、脚色・周藍田、撮影・遠藤灊吉、
出演・董波、劉恩甲、徐聡、孟虹、
青年訓練所の出現は、昔ながらに営々と働く老人たちの間では、反対の声が多かったが青年たちからは大いに歓迎された。その青年訓練所を卒業した王維国、章郎、呉漢の三人が村に帰ってきた。そして彼らによって奉仕隊が組織されて各地の刈入れなどに派遣されると、青年たちの心もようやく老人たちに通じた。派遣地では、そこで知り合った村の娘・毛蘭香と呉漢との結婚が発表された。満州の協和会青年運動を描いた作品。

★『現代男児』(1940満洲映画協会)監督・脚本・山内英三、撮影・池田専太郎、藤井春美、
出演・杜撰、崔徳厚、陶滋心、王影英、
自動車修理工の梁国平は国兵徴兵検査に合格、妻の雪英に励まされて入営する。国平の田舎の地主は国平の妹・小麗に思いを寄せているが、その思いが叶わないので、梁一家に恨みを抱いていた。刈入れの季節が来て、梁一家も家族総出で野良仕事に励むが、兄の国英が病気で働けないために、なかなか捗らない。そこへちょうど帰郷した国平も刈入れを手伝うが、帰営時間に遅れてしまう。わけを聴いた体調の情けで翌日に特別休暇が許される。帰郷してふたたび刈入れに精を出ていると、隊長と戦友たちが手伝いにきてくれた。またたくまに刈り入れは進んでいった。夕陽の沈む頃、刈入れを終えた国平は感激の涙を浮かべて村民に送られ戦友たちと兵営に帰っていった。

★『地平線上』(1940満洲映画協会)監督・脚色・荒牧芳郎、原作・宮本陸三、撮影・谷本精史、
出演・劉白、王潔衷、白苹、馬黛娟、
レンガ積みの現場で働く苦力頭の郭は忠実に黙々と仕事をしていたが、もうひとりの苦力頭の修は事業主に賃金の値上げを要求していた。その修の横恋慕に、現場監督の楊と郭の娘・蘭光の恋は急速に進展する。賃上げ要求が通らず、恋にも破れた修は、手下の苦力を連れて現場から引き上げてしまう。困った楊が郭に相談すると、郭は徹夜してでも工事を期日までに仕上げることを約束した。ある日、楊が銀行に工事の金を受け取りに、蘭光と一緒に楽しそうに歩いていく姿を見た修は、銀行の帰りを狙って大金を奪おうとする。王は重傷を負いながらも現場まで逃げ帰るが、金を井戸に投げ込むと息絶える。犯人は修とにらんだ郭は、井戸の金を取りにきた修を待ち伏せし、格闘の末に修を射殺。しかし、郭もまた修の銃弾に倒れた。

★『大地秋光』(1940満洲映画協会)監督・島田太一、脚本・高森文夫、撮影・南田常治、
出演・崔徳厚、李顕廷、李景秋、葉苓、
農夫の崔は、古い頭の持ち主で、息子の明徳が勧める新しい耕作法には耳を貸さず、依然として昔ながらの農法に頼っていた。一方、李はそれとは正反対で、県の技術員の指導を受けて積極的に科学的な農法を取り入れていた。李の娘・小蘭は、親同士が両極端ながらも明徳とは仲が良かった。秋の収穫、李は賞状を受けるほど豊作だったが、崔の家はさんざんで、家畜も病気になっていた。目の前のどうすることもできない現実には、さすがの崔も考えを改めないわけにはいかなかった。そして、来年からは新しい農法に切り替えていくことを明徳と小蘭のふたりに誓うのだった。

★『劉先生回顧』(1940満洲映画協会)監督・山内英三、撮影・遠藤灊吉、
出演・崔徳厚、安琪、葉苓、趙愛蘋、
劉は立派な腕を持つ彫刻の職人だったが、賭博に夢中になり、今日も祭りに着せる娘・素琴の着物を質に入れてしまった。母親の王梅が、娘の着物を質から出してくれるよう別の質草を都合したのだが、途中に賭博場が立っていることを知ると、ふらふらと入り、無理して工面した金をすべて使ってしまった。金に窮した劉は素琴を抵当にして高利貸しから金を借りる。しかし、期日が来ても劉には返すあてがない。素琴は父の素行と一家を救うために自ら身を売る決心をする。それを聞いた素琴の恋人・宋は、自分の蓄えで素琴を救う。ようやく自分の過ちに気づいた劉は、ふたたび仕事に腕を振るう決意を新たにするのだった。

★『都市的洪流』(1940満洲映画協会)監督・脚本・周暁波、撮影・島津為三郎、
出演・杜撰、孟虹、鄭暁君、王宇培、
鳳姐は、町の金貸しの手代・李四に借金のかたとして連れて行かれることになった。鳳姐は恋人の小三子も連れて行くことを条件に村を離れた。李四の主人で好色漢の林は、さっそく鳳姐を自分の女中にしてちょっかいを出す。虚栄に目のくらんだ鳳姐は、やがて放蕩ナ生活に溺れていく。金の魅力に負けて恋人を棄て林と結婚した林太太は鳳姐の出現で自分の座を奪われることとなり、同じく自棄になっている小三子と不倫の関係に陥る。数年後、爛れ腐敗した生活に疲れた鳳姐と小三子は、むかしの二人に戻って村に帰ろうとするが、鳳姐は、いまの自分にその資格がないことを書き残して姿を消した。小三子は彼女が残していった着物を抱え、丘の上に立ち尽くしていつまでも鳳姐の呼び続けた。

★『胖痩閙三更』(1940満洲映画協会)監督・脚本・新田稔、撮影・谷本精史、
出演・那娜、劉恩甲、張書達、
二巻ものの短編喜劇

★『黎明曙光』(1940満洲映画協会・製作提携・松竹、大同劇団)監督・山内英三、原作・脚色・荒牧芳郎、撮影・遠藤灊吉、
出演・季燕芬、徐聡、笠智衆、周凋、杜撰、西村青兒、王宇培、惆長渹、
満州建国当時、東辺道にて匪賊絶滅工作のさなかに殉職した警察官・清水裕吉の物語。松竹との提携第一回作品。満映初のオーンプンセットが組まれた。満州帝国国務総理製作指定作品、満映・松竹・大同劇団提携映画。ポスターには、「建国の聖業に当たり、烈々たる精神を以って人柱となりし英霊は、いま、安らかに眠る。王道楽土の国の礎は永遠に堅く、その栄光は銀幕に燦たり」とある。

支那の夜・前後篇 1940東宝系 李香蘭
熱砂の誓ひ 1940東宝系 李香蘭
孫悟空 1940東宝系 李香蘭


【1941年(昭和16年)】
★『籬畔花香』(1941満洲映画協会)監督・宋紹宗、脚本・熙野(八木寛)、撮影・島津為三郎、
出演・張静、劉潮、杜撰、王影英、張敏、孟虹、
魏雄飛は、童養媳婦児(他人の娘を幼少のときよりもらって女中として使い成長の後、息子に娶る妻のこと)の小鈴を嫁にもせずに、情婦を引っ張り込んでいた。ある日、情婦に愛想をつかされた雄飛は、小鈴に挑みかかるが、小鈴は魏の家を逃げ出し、李の家の門前で気を失って倒れてしまう。しかし、李の娘・敏華に助けられ、やがて李家の女中として働くようになった。夏になると李の息子・頌華が新京の大学から帰郷してきた。小鈴と頌華の二人はやがて離れられぬ間になっていった。小鈴が李家にいることを知った雄飛は図図しく金をせびりにきた。そして小鈴がすでに頌華の子供を孕んでいることを知ると、それをタネに李夫人をゆすった。はじめて事情を知った李夫人は、臨月の小鈴を追い出してしまった。頌華を頼って新京に出るが、急いで帰郷する頌華と入れ違いになり、旅館で産気づいて倒れる。小鈴のお産は重かったが、孫の顔を見て李夫人もようやく二人の結婚を許した。

★『她的秘密』(1941満洲映画協会)監督・脚本・朱文順、撮影・島津為三郎、
出演・王麗君、徐聡、隋尹輔、呉菲菲、
梅雪音の父は、彼女を金持ちの尊重の息子に嫁がせようとして田舎に呼び寄せた。しかし、雪音は、家を飛び出して恋人・程大鵬のもとへ走った。大鵬の父が病死すると程の家は没落した。大鵬も学業を続けることができなくなった。かねてより大鵬に思いを寄せる歌手の宋丹馥は彼に学費を援助することで結婚を迫った。大鵬は断ったものの、それを知った雪音は、大鵬の将来を思って姿を消した。大鵬は宋丹馥と結婚した。それから二十年、大鵬とのあいだに雪音が生んだ子・懐音は、大鵬のもとで立派な青年となり結婚の話も進んでいる。大鵬は偶然に新京で雪音に出逢い、再びむかしの思いが甦る。それを知った懐音の結婚相手の親は、縁談を拒否してきた。懐音は自分の母親とも知らずに雪音を責める。雪音は何事も語ることなく再び身を引く。懐音の結婚式の夜、雪音が着とくとの知らせが届いた。懐音は大鵬と病床に駆けつけるが、懐音から「お母さん」と呼ばれるのを聞きながら、雪音は静かに息を引き取った。

★『雙妹涙』(1941満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、脚本・安龍斉、
出演・季燕芬、馬黛娟、隋尹輔、
李栄春は白華と相愛の仲だったが、白華の父から貧しさゆえに結婚を反対され新京へ働きに出る。白華は李を追って新京へ向かうが、すでに李は引っ越したあとだった。白華は百貨店に勤めながら、李を探すことを決めると、そこで同年輩の秀蘭と仲良くなった。李はある工場で働いていたが、その隣が病む祖父を抱えた秀蘭の家だった。親切に面倒を見てくれる李を秀蘭は兄と呼び、その噂を白華にもするのだが、白華はそれが李であるとは知らないでいる。秀蘭の祖父はやがて秀蘭を李に託して息を引き取る。しかし、今度は李が過労のために倒れる。秀蘭は自分のみを犠牲にして李を入院させようとすると、それを知った白華は彼女を助け、そして、兄と呼ばれている人が李であることを初めて知る。しかし、李は二人に見守られつつ息絶える。白華と秀蘭は互いに力を合わせて職場に生きることを誓い合った。

★『新婚記』(1941満洲映画協会)監督・朱文順、脚本・熙野(八木寛)、撮影・福島宏、
出演・劉恩甲、白玫、李景秋、
関克武は社長の娘・宵音と結婚したが、お嬢様育ちの宵音は、気の弱い克武をこきつかう。田舎の父から訪問するという便りに、惨めな生活を見られたくない克武は、同僚の張に相談する。張は、家庭での暴君的な亭主振りを克武に見せ付けるが、しかし、実は張も恐妻家で腕時計を買ってやるという約束で妻と一芝居演じたのだった。克武は宵音に哀願して、やっと父を安心させて田舎に返すことができた。ある夜、社宅の隣組精神を宵音が冒涜したことから、日頃から苦々しく思っていた同僚たちの怒りが爆発した。社長の娘だからと躊躇する主任を押し切り、克武を後押しして宵音を懲らしめる。宵音は起こって実家に帰ってしまうが、かつて恐妻家だった父親に諭され、ようやく自分の非を悟った。晴れた日曜日、隣組同士のピクニックでは、皆が明るく合唱した。坪井與の記録では、脚本の熙野は、八木寛、張我権、長畑博司の三人の共同になっている。

★『天上人間』(1941満洲映画協会)監督・周暁波、脚本・張南、撮影・遠藤灊吉、
出演・季燕芬、杜撰、陶滋心、張奕、
蹴球の選手・呉廷玉は、妹の友人である趙芸芳と愛し合っている。しかし、芸芳の父母は、彼女の卒業を待って従兄と結婚させるつもりでいる。やがて学校を終えた芸芳は耐え切れずに家出して廷玉のもとに走る。二人の固い決意に両家は結婚を許すことにする。ところが、子供もでき、平凡な家庭生活が訪れると、廷玉は飽きてしまい茶社の歌手・艶紅に心引かれ、毎日のように通うようになる。彼女にそそのかされてハルピンに駆け落ちした廷玉は艶紅と情夫の孫根に計られて金を巻き上げられ、阿片密売者の汚名を着せられることになる。ハルピンに駆けつけた廷玉の父の力で無実が判明し、一方、艶紅と情夫の孫根は捕らえられた。悪夢から覚めた廷玉は病床の妻に心から詫びるのだった。

★『雨暴花残』(1941満洲映画協会)監督・山内英三、脚本・劉果全、撮影・島津為三郎、
出演・李顕廷、張静、趙愛蘋、劉潮、鄭暁君、
東京で二年余りの研究を積んで新京へ帰った新進の画家・汪仁良は、自分を待っているはずの愛人・桂芳が、親友の作家・週明敏と同棲していることを知った。汪は、桂芳のために身を引く決意をするが、実は桂芳はいまでも汪を愛し、気弱さから執拗な周の誘惑に勝てないでいるのだった。汪は周に桂芳を託して去っていった。やがて周は自分の戯曲があル劇団によって上演されるようになり、その劇団の女優・麗娜と深い仲になる。身重の桂芳は、周の心を再び取り戻そうとするが、病に倒れてしまう。桂芳の友人・玉華からの知らせを受けた汪は、新京へかけつけると、死に瀕している桂芳を前に、誓いを破った周を激しく責めた。自分の非を思い知らされた周は、悄然と雨の中を去っていく。そのとき、麗娜を周に奪われた劇団員の俳優の刃に刺されて倒れる。その頃、汪と玉華の看病も空しく桂芳は息絶えた。

★『巾幗男児』(1941満洲映画協会)監督・王則、脚本・梁孟庚、撮影・遠藤灊吉、
出演・王麗君、李顕廷、張奕、戴剣秋、張敏、
小珍珠は母をつれて父を訪ねるため、父・張国祥のいる炭鉱の鉱夫募集に、男装して応募する。採用された小珍珠は父母と一緒に暮らすようになるが、しかし、賭博好きの父はいつも借金のために料理屋の馬二虎から責められている。ある夜、小珍珠は馬に女であることを見破られ脅迫されて馬の店で女給として働かされた。組頭の斉は、馬と共謀して鉱夫への配給品を私腹におさめていたが、それも露見する日がきて、呉大福が組頭になった。小珍珠にしつこく言い寄る馬は、呉大福に倒され、呉大福は初めて小珍珠の男装の秘密を知る。そして二人の間には幸福が訪れた。

★『運転時来』(1941満洲映画協会)監督・高原富士郎、原作・鈴木重三郎、脚色・張我権、撮影・池田専太郎、
出演・劉恩甲、張書達、季燕芬、
仲の良い街頭商人の劉と張は、茶社の女・蘭芳の気を引こうと、商売に身が入らないほどお互いに張り合っている。挙句の果てに一攫千金を夢見て北満の鉱山に出かけるが、山の酒場に蘭芳とそっくりの鳳珍がいて、二人はここでも張り合うことになる。大晦日の夜、二人は財布をはたいて鳳珍を招待するが、吹雪にまぎれて迷い込んできたのは虎だった。ますます激しくなる吹雪に小屋ごと二人は谷底に転落する。しかし、かろうじて助かった二人は金塊を発見して、一躍大金持ちになる。モーニング姿の金持ちになったふたりは、蘭芳のいる茶社を再び訪れるが、そこに蘭芳と鳳珍がいて、姿かたちがそっくりならと、それぞれに仲良く収まる。

★『明星日記』(1941満洲映画協会)監督・脚本・山内英三、撮影・福島宏、
出演・劉恩甲、葉苓、李顕廷、
ホテルのガラス拭きの劉と、エレベーターガールの葉苓は互いに淡い恋心を抱いて仲良く働いていた。劉は、いつの日にか映画スターになることを夢見ていた。そして、その苦労が報われて、ようよっと端役で映画に出演できることになった。しかし、葉苓には主役を得ることができたと嘘の手紙を書いてしまう。ところがある日、撮影所の重役と監督の徐が、葉苓のいるホテルに宿泊した。そして、葉苓をひと目で気に入り、女優としてスカウトし入社させた。劉は嘘がばれるので戸惑っていると、徐からラヴシーンのセリフをつけてもらっている葉苓を見てカッとなり、彼女を殴りつけてしまう。葉苓から事情を聞いた徐は劉を抜擢し主役にする。そして葉苓も一本撮り終えたら家庭の人となることを約束して二人はまた元の仲に戻る。

★『黄金夢』(1941満洲映画協会)監督・大谷俊夫、脚本・安関、撮影・福島宏、
出演・蕭大昌、趙愛蘋、姚鷺、葉苓、劉恩甲、張書達、
金鉱掘りに全財産をつぎ込み、借金で首の廻らなくなった王所斉は、支配人から有望な鉱脈が発見されたという知らせを受けるが、五千円の資金の都合がつかない。王の娘・麗芳をひそかに思う高利貸しの銭銅秀は、麗芳が自分の息子の家庭教師になることを条件に出資を引き受ける。王は理学博士の牛米国を連れて鉱脈の鑑定に赴くが、牛博士は実は考古学の学者で鉱脈の鑑定どころではなくなる。皆が悲嘆しているところへ次男が、第二夫人に五万円の富くじが当たったことを知らせにきた。さらに、鉱脈も金こそ出なかったが、契丹の古都であることが牛博士によって発見された。

★『鏡花水月』(1941満洲映画協会)監督・谷俊(大谷俊夫)、脚本・姜衍、撮影・池田専太郎、
出演・浦克、馬黛娟、
常発の父は、小さな別荘以外は何の財産も残さずに死んだ。隣家の娘・桂芬に再会を約し、常発は仕事もない村をあとに都会に出て行った。しかし、お人よしの常発はやっとある会社の計算係に就職したものの、同僚や酒場の女に騙されて三ヶ月でクビになった。悄然として帰郷し、桂芬の家に居候するが、ある日、桂芬の父から自分の別荘に幽霊が出るという話を聞く。常発は別荘に入ると、一巻の奇書を発見した。それによって忍者の隠身術を体得する。そこで再び都会へ行き、かつて自分を騙した者たちを片っ端からやっつける。しかし、ふと目覚めると、それはすべて夢の中の出来事。常発は桂芬の愛情を感じながら田舎で働くべきだと思い直す。

★『花瓶探索』(1941満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、脚本・呂平(長畑博司)、撮影・藤井春美、
出演・劉志人、董波、鄭暁君、陶滋心、
探偵事務所を開いている劉と張は、隣の家の富豪・李の娘の姉妹とそれぞれに仲が良い。その李が遺産のありかをかいた紙片を残して死ぬと、正夫人と第二夫人との間で争いが起き正夫人と二人の娘は追い出されてしまう。一週間ほどして、李から遺言状を預かっていた弁護士が現れ、紙片の絵は李が愛蔵していた花瓶であることが判明した。しかし、その花瓶は既に売り払ってしまっていた。映画会社が買い取ったことを突き止めると、花瓶をめぐって第二夫人の息の掛かった無頼漢と、スタジオの中で争奪戦を繰り広げる。ようやく花瓶を取り戻し、探偵二人は遺産を受け継いだ姉妹二人とめでたくゴールインする。

★『患難交響楽』(1941満洲映画協会)監督・張天賜、撮影・谷本精史、
出演・周凋、趙成巽、浦克、王瑛、
裏町のみすぼらしい旅社に住む音楽家、小説家、画家の三人は、貧乏暮らしで家賃の支払いも半年以上滞っている始末である。しかも仲が悪くて喧嘩ばかりしている。ある日、音楽家が、自分の友人を頼って歌の修行に出てきた女を、宿がないので旅社に連れて帰ってくる。旅社の住民がそれぞれに好奇の目を向けるが、彼女が仲に入ることによって三人の仲も良くなり、力を合わせて精進することになる。そこへ旅社の主人が借金で困っていることを聞き、三人は恩返しにと芝居の興行を思い立つ。台本は小説家、音楽は音楽家、装置は画家、出演者は旅社の住民全員、そして出し物は「孟姜女」と決まる。この思い切った興行は大当たりをとり、主人の借金どころか一躍成金になり、そのうえ方々から出演の依頼が殺到し引っ張りだこになる。

★『幻夢曲』(1941満洲映画協会)監督・脚本・周暁波、撮影・島津為三郎、
出演・徐聡、孟虹、杜撰、白玫、
有名な歌手・白萍のステージを見た微娜と麗々は、彼の美貌と美声に心惹かれた。麗々は毎日のように白萍を訪れるが、白萍のほうは微娜に心を寄せていて、彼女が閨秀詩人であることから自分の歌の作詞を依頼する。二人の恋は急速に発展するが、古風な考えの微娜の母親は二人の結婚を許さず、外出することさえ禁じた。白萍は奉天での公演を終えると微娜の作詞による「幻夢曲」の発表会のために新京に帰ってくる。しかし、面会を拒絶されると、自分を捨てたものと誤解し、ステージで倒れてしまう。麗々は病の白萍を西洋に誘い出すと、それを聞いた微娜も家を抜け出してあとを追う。しかし、二人の仲の良いところを見ると悄然として帰郷し、そのまま病床についてしまった。娘の憔悴した姿を見た父親は白萍に手紙を出す。白萍は微娜の病床を訪れ、母親もようやく二人の結婚を許した。

★『鉄漢』(1941満洲映画協会)監督・山内英三、脚本・尚元度、撮影・撮影・遠藤灊吉、
出演・李顕廷、季燕芬、
奉天城の城壁に近い貧民外に住む鍛冶屋の趙は、このあたりの顔役・王大全の子分として綿布の闇取引に一役買っている。趙はトラックの修理を頼んできた運転手の劉も加担させようとするが、劉はきっぱりと拒否する。闇取引の夜、小鳳は養父の趙に強要されて警察の目を誤魔化す役をするが、事情を知らない劉が通りかかって小鳳を助け、自宅に連れ帰ってしまう。闇取引は失敗する。起こった王は小鳳を連れ去る。劉は王の家が城壁の真下にあるのを幸いに、上からロープを使って屋敷に忍び込み、小鳳を救い出すことに成功する。必死にロープを伝って城壁を登ると、古びた城壁の一部が悪人たちの頭上に崩れ落ちていき、二人は無事に逃れることができた。奉天協和劇団の脚本による。坪井與の記録では撮影は気賀靖吾になっているという。

★『家』(1941満洲映画協会)監督・脚本・王則、撮影・池田専太郎、
出演・張敏、周凋、劉潮、鄭暁君、姚鷺、
代々が鍛冶屋の王家は、父の死後、老母の姚氏、長男の家福が仕事を継いでいた。そして生活の因習的でつつましくそのために洋画を勉強している家禄や女学生の桂芬はいつも兄・家福とぶつかっていた。家福にとっては姉の桂芳がいつも生活費の無心を言ってくることが不満で、なにかと波風が絶えない。ある日、桂芳の夫が新事業のために千円の融資を頼んできたことから家福もついに怒りを爆発させてしまう。老母は皆のいざこざから神経衰弱で倒れ、やがて重体に陥る。皆は老母の病気を前にしてようやく目が覚め、家福も、そして家禄や桂芬も老母を中心にして家を守っていくことを誓うのだった。

★『園林春色』(1941満洲映画協会)監督・周暁波、脚本・熙野(長畑博司)、撮影・谷本精史、
出演・杜撰、孟虹、候志昂、
林檎園の管理人の家には、桂芬と和甫の姉弟がいたが、親戚の孤児・小蘭が引き取られてくる。農園には作男の進財もいて、四人はすぐに仲良くなる。ある日、農園の持ち主は和甫の気性に惚れ込み、町の農学校に入学させて、卒業後は管理を任せる約束をする。十年の歳月が流れて和甫は学業を終えて再び農園に帰ってくる。小蘭は美しい娘に成長していて、和甫は妹としてではなく小蘭を娘として見るようになるが、小蘭から進財を愛していることを聞かされて苦悩する。しかし、嫉妬する自分を恥じて父母に二人が結婚できるように説く。なにも気づいていない小蘭は、和甫に感謝しつつ進財のもとに嫁いでいった。

★『奇童歴険記』(1941満洲映画協会)監督・徐紹周、脚本・王智侠、撮影・遠藤灊吉、
出演・趙愛蘋、葉生、戴剣秋、王兆義、馬曼麗、
幼いときに両親をなくした王宏模少年は、継母の宋氏に育てられていた。宋氏は王少年につらく当たっていた。王少年の仲良しは馮兄妹、それに墓守の谷平老人だった。ある夜、馮少年と王少年は、村の不良・趙が墓地で金持ちを刺殺、谷平老人に口止めしているところを目撃した。谷平老人にかかる嫌疑を、王少年は訴えでて趙が犯人であることを証言する。趙は山の中に姿を隠すが、山遊びに行って皆とはぐれた王少年と馮菊児が迷い込んだ洞窟が、趙の隠れ家だった。しかし、趙は誤って谷底に落ち、王少年は洞窟の中に貴重な古鼎を発見して表彰される。継母もようやく前非を悔い、王少年を可愛がるようになった。

★『荒唐英雄』(1941満洲映画協会)監督・脚本・張天賜、撮影・谷本精史、
出演・浦克、張暁敏、馬黛娟、
王大凡は大学を出て三年経つが、まだ就職もできない。恋人の麗華のすすめで体育雑誌社の記者に応募し、運良く就職することができた。運動のことなど皆目分からぬ大凡を主任は首にしようとするが、大凡はあるマラソン退会の取材中に犬に終われて選手団にまぎれ、間違って優勝者にされてしまったことから、社長の信任を得ることになった。そこで運動界の権威・馬博士の奉天での講演の随行を命じられるが、馬博士は汽車に乗り遅れ、大凡ひとりが奉天にいく。大凡が馬博士とそっくりなことから間違えられて大歓迎を受ける。じきに化けの皮が剥がれるが、町外れで馬車夫にハンドバックを奪われようとしている令嬢をたすけると、それが社長の令嬢と分かって一躍課長に抜擢され、晴れて麗華と結婚することになった。

★『満庭芳』(1941満洲映画協会)監督・王則、脚本・張我権、撮影・池田専太郎、
出演・徐聡、王麗君、孟虹、李顕廷、隋尹輔、
梁其祥は娘二人の嫁いだあと、まだ国民学校に通う息子の成長を楽しみに余生を送っている。姉の玉敏は請負師の周誠に嫁いだが、夫が事業に失敗して貧乏していた。妹の玉鳳は、建築会社で働く林長華に嫁いでいるが、夫が薄給でもかまわず虚栄心が強くて濫費を重ね、やがて夫が会社の金を使い込むまでになる。林は退職金で清算するつもりで、其祥にすべてを打ち明けた。もとはといえば自分の娘の濫費から出たこと、其祥は千五百円の金を出してやる。しかし、林は周がようやく落札した請負工事の保証金に困っていることを知り、その金を周に貸し与えてしまう。周からその話を聞いた其祥は、林の思いやりに感動して改めて林に金を与え玉鳳も自分の非を悟るのだった。

★『青春進行曲』(1941満洲映画協会)監督・張天賜、脚本・張我権、
出演・董波、趙成巽、張奕、張暁敏、孟虹、
蒋達夫は母を失い田舎の祖父母のもとで育てられていたが、大学卒業とともに、会社の支配人をしている父・実甫に呼ばれて都会に出てくる。父は達夫を試練のために平社員として入社させる。達夫は同僚の高佩時とアパートに同居するが、佩時が管理人の娘・秀琳を思っているのを知り、橋渡しをしてやる。ところが、秀琳は達夫に思いを寄せていた。一方、達夫は、集金の際に顧客の柳と取っ組み合いの喧嘩をするが、柳の娘・柳莉が中に入っておさめ、この柳莉からも達夫は好意を寄せられる。秀琳は嫉妬から佩時に気持ちが向いていく。ある日、達夫と佩時は副支配人が同業者と結託して、経理をごまかそうとしていることを知ると、二人の活躍でその証拠を掴み陰謀を暴く。実甫は大手柄の息子を支配人に、佩時を副支配人に任命した。やがて達夫と柳莉、佩時と秀琳の二組は幸福を掴む。

★『王麻子膏薬』(1941満洲映画協会)監督・朱文順、脚本・張我権、撮影・福島宏、
出演・周凋、劉志人、陶滋心、張氷玉、劉恩甲、
街の一角にある平民娯楽場の市場に覗き眼鏡屋の店を出している王麻子、手品師の王俊子は、さっぱり客が入らず金にならない。一方、京韻太鼓の桂芬と桂香の姉妹は人気を呼んでいる。4人は同じ田舎から出てきた仲間である。王麻子は、儲からない覗き眼鏡屋を諦め、市場の主人・牛若旦那から金を借りて王麻子膏薬屋をひらく。王俊子も負けてはならじと、桂香の援助でその向かいに老王麻子膏薬屋をひらく。仲の良かった二人も商売上の争いから喧嘩を始める。桂芬と桂香がとりなして、今度は共同して店を持つことになる。しかし、桂芬に手を出そうとして逆に王麻子たちに袋叩きにされた牛若旦那は、王たちの店を叩き潰してしまう。追い出された4人は、街を捨てて再び仲良く田舎へと帰っていった。

★『小放牛』(1941満洲映画協会)監督・王則、撮影・遠藤灊吉、
出演・世枢、孟虹、
牛飼いの朱曲が郊外で放牛していると、村娘の雲姐が通りかかり、杏花村への道を尋ねる。朱曲は道を教えるかわりに、娘に歌を歌ってくれるように頼む。仕方なく娘は歌いだすが、一曲終えると、また頼まれる。そのうちに朱曲も歌いだし、二人は歌のやり取りに連れて踊り、舞い始める。京劇の舞台をそのまま撮影した巡回映写用の作品で四巻の短編。この牛飼いの役を演じては他に並ぶものがないといわれた王長林の、その高弟・世枢が主役を務める。世枢は、王長林亡きあとの第一人者といわれた。

★『玉堂春』(1941満洲映画協会)監督・王心斉、指揮・大谷俊夫、撮影・池田専太郎、島津為三郎、
出演・趙嘯瀾、尚富霞、朱遇春、朱徳奎、
金持ちの息子・王金龍は、源氏名を玉堂春と名乗る芸妓の蘚三と相愛の仲となって金を使い果たしてしまう。蘚三はひそかに王金龍に金を与え都に上って出世し自分を再び迎えに来てくれるように頼む。王金龍は途中で強盗に金を奪われるが、再び蘚三から金を与えられて都へ急ぐ。その後、蘚三は妾として売り飛ばされるが、売られた先の男の女房には情夫がいて、女房は情夫と共謀のうえ夫を毒殺、その罪を蘚三になすり付ける。蘚三は巡按署で裁判を受けることになる。裁判の日、巡按使としてこの事件を裁くのは王金龍であった。王金龍は犯人として出廷したのが蘚三だったので、その場で気絶してしまう。医者の手当てを受けて再び開廷されるが、王金龍は、自分の過去まで明るみに出され、私情を挟むことは許されないので、上司の裁断を乞う。そして心を鬼にして、慕い寄ろうとしてくる蘚三を退廷させる。「小放牛」と同様、京劇の舞台をそのまま撮影したもので、巡回映写用として作られた。映画は前半の部分の舞台劇をカット、裁判の場面の後半のみを作品にしている。王心斉の監督昇進第1回作品で、主役の蘚三を演じた趙嘯瀾は、梅蘭芳と並ぶ四大名女形のひとりといわれる尚小雲の高弟である。巡回で民衆に大好評を得た。

★『夜未明』(1941満洲映画協会)監督・脚本・張天賜、撮影・福島宏、
出演・周凋、馬黛娟、趙恥、浦克、
北満の小さな町で旅行者を営む楊は、温厚な人柄だったが、裏では、呉服屋と称して時おり新京から訪れる王から阿片を仕入れる密売者だった。しかし、楊自身は古い人々と同様に阿片を売ることを罪悪だとは考えていなかった。楊は妻を亡くしたあと、娘の小蘭を目に入れても痛くないような可愛がり様だったが、その小蘭が新京での学業を終えて帰ってくることになった。ある日、小蘭は、父の阿片を見つけると、新時代の教養を身につけた彼女は父を責めて阿片の密売をやめさせる。小蘭が留守のあいだに訪れた王はふたたび阿片の密売を続けさせようとして楊と争い、誤って自分の刃で自らの命を落す。楊は死体を始末するが、やがて王の息子・棟材が父を探しに来た。楊は良心の呵責から、自殺する積りで家を出た。遺書を見た小蘭と棟材は楊を追って馬車を走らせるのだった。坪井與の記録では昭和16年の項に収録されている。

★『春風野草』(1941満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、脚本・楊葉、撮影・藤井春美
出演・隋尹輔、白玫、劉志人、陶滋心、
会社員の周超の妻・芳梅は、ある日、周の帰宅が遅かったことから喧嘩となり家を飛び出して、親友の華の家に駆け込む。しかし、華も小説家の夫・李博文と夫婦喧嘩の最中だった。突然転がり込んできた芳梅を前に、喧嘩を一時中断、李夫婦は甘ったるい芝居を打つ。それを見せ付けられた芳梅は堪らずふたたび夫の元へ帰っていく。芳梅が帰ると、李夫婦もさっきまでの喧嘩はやんで、李は明日までといわれていた放送劇を、たったいま体験したばかりの二組の夫婦喧嘩をネタにして書き上げた。翌日の夜、二組の夫婦はそれぞれに放送劇を楽しんで聞いていた。坪井與の記録では昭和16年の項に収録されている。

★『龍争虎闘』前篇・後篇(1941満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、脚本・姜衍(姜学潜)、撮影・藤井春美、
出演・徐聡、蕭大昌、張敏、白玫、崔徳厚、張暁敏、隋尹輔、
(前篇)李懐玉は、老母と兄・懐風との三人で貧しい生活を送っている。しかし幼児から山野を駆けあるいは、経書に親しみ、文武両道に秀でた青年に育っていた。官吏登用令が発せられて武芸にすぐれたものを募集することを知って、懐玉は受験の意を固めるが、かつて婚約を結んだ月英の父・呉員外に旅費を借用にてったところ、呉は小銭をやって追い返そうとする。呉の若い後妻・艶雲がを引き止めて歓待すると、呉は二人の間を誤解し、さらに月英との縁を断つために懐玉の暗殺を企てる。月英は小間使いから暗殺の話を聞くと懐玉の部屋にしのんできた刺客を殺し、懐玉に旅費を与えて出発させる。兄・懐風は懐玉の帰りの遅いのを心配して呉の家に談判に赴き、はずみで召使を傷つけてしまう。怒った呉は老母と懐風を捕らえるが、男装した月英の働きで逃げ出す。月英は懐玉を追うが、出会うことができずに、山中で匪首の白狼に襲われる。
(後篇)女ながらも武芸で鍛えた月英に白狼はあっさりと屈服した、義兄弟の縁を月英に乞う。一方、懐玉は、途中で道連れになった葛欽洪と雨宿りのためにある寺に立ち寄る。月英もこの寺に宿を求めるがこの寺は賊の巣窟で、葛欽洪は殺されてしまう。乱闘の末、懐玉は、月英と知らずにまた別れてしまう。やがて試験の日、懐玉は及第するが、遅れてきた月英は、相手を懐玉と知らずに試合を申し込む。試合が始まって月英は、相手が懐玉と気づいたものの懐玉は、男装している月英に気づかず、真剣勝負を挑む。月英は、わざと試合に負け、ようやく一切を知った懐玉は、月英、老母、兄・懐風を伴って故郷へと帰っていった。
唐代の武侠小説をヒントにした満映最初の古装片(時代劇)、日本のチャンバラ映画のテクニックを導入して「胭脂」とともに日本でも高く評価された作品である、興行的にも記録破りの好成績をおさめた。この作品の脚本を書いた姜衍(姜学潜)は、甘粕正彦が満映に入れた人物、満映で中国脚本家として養成された。実は秘密国民党員だったことから、日頃憲兵に目をつけられ、ある日、憲兵に連れ去られた、八木保太郎がそのゆくえを必死になって探したというエピソードが残っている。結局、甘粕の尽力で彼を無事取り返すことができるのだが、探し回る八木が満州における公安機関が林立し、あまりにも複雑すぎて、どこから探せばいいのか分からなかったという「複雑な連れ去られた先」を紹介している。満州内には当時、日本特務機関、日本憲兵隊、満州国憲兵隊、満州国国家警察、市警察、日本領事館警察、刑事警察、満州国特務機関、鉄道警察、と計9機関もあり、それぞれが独立して活動して縄張り争いがはげしく、たがいに反目しているので、結局どこを探せばいいのか途方にくれたという。満映で働く中国人もそこで職を得ているからといって、なにも保護されたり特別扱いされているわけではなく、中国人は日本の官憲に始終目をつけられ監視されており、街の本屋で左翼系の本(そもそもそれが仕掛けられた罠で)を立ち読みしてだけでも、特務機関とつながっている店主から密告されてすぐさま拘束され、ひどい拷問にあったという。

蘇州の夜 1941松竹系 李香蘭


【1942年(昭和17年)】
★『迎春花』(1942満映、撮影協力・松竹)監督・佐々木康、脚本・長瀬喜伴、撮影・野村昊、森田俊保、中根正七、美術・磯部鶴雄、音楽・万城目正、録音・中村鴻一、現像・富田重太郎、平松忠一、編集・濱村義康、台詞指導・王心斎、製作担当・大辻梧郎、磯村忠治、撮影事務・安井正夫、1942.03.21 9巻 74分 白黒
出演・李香蘭、近衛敏明、浦克、木暮実千代、藤野季夫、吉川満子、那威、張敏、日守新一、戴剣秋、袁敏、曹佩箴、干延江、周凋、王宇培、関操、三和佐智子、路政霖、江雲逵、宮紀久子、下田光子、瀧見すが子、
佐藤忠男は「キネマと砲聲」のなかで、当時「キネマ旬報」に掲載されたこの作品の批評として「・・・それにしても之は何という貧しい作品であろう。之は観客を喜ばしめ、楽しませるものを僅かしか持っていない。物語は先ずよいとしても、映画表現の貧困さは、結局、此映画が、李香蘭を売りものにした興業価値に頼る以外に取り柄の無いという感じを与える。二人の女性に日満夫人を象徴せしめた脚本の組み立ては大船映画の常道であるとしても、此処には二人の女の心は明確に汲み取れるほどには描かれていない。・・・満映作品には、之に及ばぬものが数限りなくあるには違いないが、松竹スタッフの全面的な生産である点、それが満映作品としての輝かしい存在理由を持たぬ点に、何よりの不備が感じられる。」(1942.4.21号・村上忠久)とこの作品を酷評するだけでは足りず、満映の一般の作品は、さらに水準が低いはずだと決め付けられたと紹介している。

★『胭脂』(1942満洲映画協会)監督・谷俊、脚本・柴田天馬、撮影・池田専太郎、
出演・鄭暁君、隋尹輔、趙愛蘋、杜撰、候志昂、郭宛、浦克、
終日刺繍をして孝行している胭脂は、向かいに住む龔の妻・王氏と日頃から仲が良いが、王氏は軽口の女だった。ある日、遊びに来ていた王氏を送るために通りに出たところ、通りかかった青年・顎秋隼を見そめる。行商人の夫が留守がちなのを幸い、王氏は宿介という青年と深い仲になっていたが、宿介が顎と同学であることから王氏は仲を取り持つ約束をした。その話を聞いた宿介は、胭脂の家に顎だと偽って忍び込み、胭脂に迫った。胭脂に撥ね付けられたものの、鞋を盗んで逃げる。鞋を男に渡すことは女が全てを許すしるしとされている。しかし、宿介は途中で鞋を落としてしまい、毛大、張三、李四の誰かがそれを拾う。そして拾った人物は胭脂の家に忍び込むが、部屋を間違えて起きてきた父親を殺してしまう。胭脂は鞋を持ち去った男が顎だと思っていたので、それを供述すると嫌疑は顎に掛かった。しかし、裁判ののち、毛大、張三、李四も捕らえられその中から真犯人も判明した。やがて胭脂と顎はめでたく結ばれる。
原作は、清代の小説「聊斎志異」で、京劇「胭脂判」としてもよく知られた怪異譚。脚色の柴田天馬は「聊斎志異」の研究家で、そして大の映画ファンでもあり、満映の嘱託になっていた。坪井與の記録では昭和17年(康徳9年)の項目におさめられている。佐藤忠男の「キネマと砲聲」には、「従来、北京語映画として作られながら、東北三省(満州)以外に公開されなかった満映の劇映画(娯民映画)から優秀作品を選んで、上海ではじめて公開した。それは「龍争闘虎」と「胭脂」の二本であり、ことに後者は情感のある秀作であった。」と高く評価されたことを紹介している。

★『瓔珞公主』(1942満洲映画協会)監督・山内英三、脚本・姜衍、撮影・島津為三郎、
出演・李顕廷、劉潮、趙成巽、安琪、徐聡、趙愛蘋、張静、
遠い昔、魁量とよばれる国は、土地は肥え、五穀は豊穣、民は太平を謳歌し、国王は仁慈の心厚く、城下は賑わっていた。国王夫妻は19歳になる公主に婿を取ることが唯一の望みである。そこで4人の重臣達の公子から婿を選ぶことに決め、親書を送った。やがて、何声春、馬得勝、厳重福、魏鳴が集められたが、魏鳴ひとりだけが献上物も持たずに逞しい体を粗衣に包んだだけで現れた。公主は、それぞれに魔鬼山に棲む龍の目を取ってくるように難題を与えると、何声春、馬得勝、厳重福の三人は龍に近づくこともできず偽の龍眼を持ち帰って公主を欺こうとするが、魏鳴は龍を倒して龍眼を手に入れる。公主は三人の偽物をすぐに見抜き、魏鳴はめでたく公主を得て、魁量国の王位を継いだ。この作品は、坪井與の記録には昭和17年(康徳9年)の項目に収録されている。

★『黄河』(1942満洲映画協会)監督・脚本・周暁波、助監督・徐紹周、撮影・谷本靖史、美術・伊藤彊、
出演・周凋、徐聡、張奕、孟虹、王麗君、隋尹輔、王影英、李香蘭、王字培、
孫唯倹は先祖代々より黄河畔に住む農民だが、盲目の母と妹を抱えて貧乏のどん底生活をしている。わずかな麦畑さえ地主・万才の抵当に入っている。妹の小玉は万才の三男・発泉と許婚であるが、万才はもはや喜んではいなかった。麦畑の刈り入れがきて、唯倹は抵当をめぐって趙と争い、誤って傷つけてしまったことから流浪の旅にでる。その頃、日支の戦いは激烈を極め、敗走する中国軍は黄河を決壊させて日本軍の進路を阻んだ。唯倹は故郷に帰ってみると、家は跡形もなく、村から遠くはなれたところで、ようやく母や妹にめぐり会えた。発泉の兄・発有は中国軍の遊撃隊長だが、民衆の苦しみを眼前にして悩んでいる。しかし、さらに破壊工作の命令が下る。躊躇する発有は、政治局員に狙われるが、それを知った次男の発源が殺されてしまう。発有は政治局員を射殺して日本軍に協力する態度をしめす。決壊された黄河に、軍民協力のもとで新たな堤防が作られ始めた。
黄河 1942満映系 李香蘭

★『歌女恨』(1942満洲映画協会)監督・朱文順、原作・樑孟庚、脚本・丁明(山内英三)、撮影・藤井春美、
出演・白玫、浦克、趙愛蘋、楊恵人、李景秋、呉菲菲、劉恩甲、張静、江雲達、蕭大昌、
若く美しい譚小黛の率いる譚一座は、旅興行の途中、馬車を引く馬が足を痛めて動けなくなってしまった。そこへ通りかかった騎馬の青年・王仲菲は、事情を知って譚小黛を駅まで送り届けた。都会に帰ったある夜、小黛はふたたび王仲菲にめぐり会った。彼はある地主の息子で、叔父の娘・淑鳳と結婚することになっていたが、この再会から二人は愛し合うようになる。二人の秘密を知った義母は、王の叔父と王の通う学校へ密告し二人の仲を割こうとした。叔父は小黛を訪れ、王の将来のために別れてくれるように頼んだ。小黛は願いを聞き入れ王に絶縁状を送った。小黛は旅先の宿で好色の銭に力づくで迫られたが、そのとき、銭に棄てられた妾が飛び込んできて銭を撃った。小黛は、子供を抱いた妾を哀れに思って、自分で罪を着ようとし、裁判を受けた。しかし、真犯人は名乗り出て、小黛は犯人の子供を育て上げることを誓うのだった。

★『一順百順』(1942満洲映画協会)監督・脚本・王心斎、撮影・福島宏、
出演・浦克、張奕、葉苓、周凋、陶滋心、王安、
大順は、子供のときに両親を失い、いまは自動車掃除夫をしている。大順はタイピストの小萍を愛しているのだが、彼女の父が欲張りで金のない大順の結婚を許さない。大順は、自動車掃除夫をやめて、海水浴場の救護員の仕事につく。しかし、彼は泳ぐことができない。ある日、舟の中で遊んでいると、突然助けを求める声がした。自分が泳げないことも忘れて、夢中で海に飛び込む。無事に助けた相手は前の会社の社長令嬢だった。社長からお礼として千円を送られた大順は、ふたたび前の会社に復職できた。そしてめでたく小萍とも結婚することができた。

★『雁南飛』 : 監督楊葉
★『皆大歓喜』 : 監督王心斎

★『黒痣美人』(1942満洲映画協会)監督・劉国権・笠井輝二、脚本・佐竹陸男、撮影・気賀靖吾、
防諜をテーマとした三巻の短編映画。

★『花和尚魯智深 水滸伝初集』(1942満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、脚本・何群、張我権、撮影・中根正七、
出演・陳鎮中、李顕廷、徐聡、蕭大昌、戴剣秋、張静、劉恩甲、浦克、杜撰、趙愛蘋、白玫、
金翠蓮と父親は酒楼で琵琶を弾き歌を唄うことで生活している。金翠蓮は愛人の趙が東京に行くための旅費を鎮関西に借りている。一方で鄭に妾のなるように責め立てられている。鄭はある日、場銭の取立てに来て、棒使いの豪傑・李忠、李忠の弟子・史進と争い大騒ぎを起す。そこへ乱暴者の魯達も加わり鄭の一味を追い払う。李忠、史進、魯達の三人は意気投合して酒楼にあがる。そこで翠蓮親子の話を聞いた三人は金を出し合い親子を東京の趙のところへ旅立たせる。翠蓮は趙と出会い、いままでのイキサツを語る。魯達は懸賞を懸けられ追われるが、趙にかくまわれ、やがて五台山文殊院の智真長老を頼って出家し、智深と法名を名乗る。しかし、大酒を飲んで手に負えず、大相祥寺にやることにする。魯智深は長老に感謝し、預けていた禅杖と戒刀を受け取るために旅にでる。

★『娘娘廟』(1942満洲映画協会)監督・水ケ江龍一、脚本・姜衍、撮影・遠藤灊吉、
出演・曹佩箴、張静、馬黛娟、徐聡、張奕、張敏、趙愛蘋、戴剣秋、王瑛、張望、陳鎮中、劉恩甲、郭範、鄭暁君、張暁敏、張氷玉、陶滋心、呉菲菲、周凋、何奇人、王影英、馬旭儀、蕭大昌、
王母娘娘の大殿で三人の天女・碧宵、瓊宵、雲宵が唄い踊っている。これを見た来客の九天娘娘は、三人に天露の酒を与える。酔った三人は、王母娘娘の怒りに触れて下界に追放される。そして、それぞれに下界で生まれ変わり育つ。やがて文武両道を教えられ、ある夜、馬賊が襲来するが、三人の娘は撃退する。そして王娘娘の声で「早く天に帰れ」という夢を見る。三人の娘が歩き疲れていると、若者の馬車に救われ、お礼の歌を唄うと、天に昇っていく。若者は、村人にこのことを告げると、村では娘たちの座っていた石の上に廟を建て三人を祭った。
満鉄広報部で、カメラマン藤井静が隣の丘にカメラをすえ、ズームレンズの威力を駆使して、大石橋の娘々廟に詣でる素朴な農民の姿を精密にとらえた「娘々廟会」(製作は満鉄映画制作所で日本初の文化短編映画とされている)とは別の作品で、解説を中村伸郎が語っている。この娘々廟は、満人の信仰厚く、満州各地にあるが、なかでもこの大石橋郊外迷鎮山の祭りは一番にぎやかで、春になれば農民たちは遠くからこの祭りのためにやってくるその様子が沿道の屋台店とともに親愛を込めて描かれている。この作品を編集・構成したのは名編集者・芥川光蔵、本作は彼の代表作のひとつである。このほか「ガンジュール」、「草原バルガ」、「秘境熱河」があり日本国内でも高く評価され、いずれも佳作としてベストテンを賑わし、あるいはランクされた。彼は青地忠三とともに戦前の日本を代表する記録映画作家のひとりである。1930年の「ガンジュール」は、北蒙古最大のラマ廟の祭礼を記録したもので、美文調のタイトルと原住民の情緒的な描き方が注目された。「草原バルガ」は、満州コロンバイル、バルガ地方の草原風景と遊牧蒙古人の生活をフォトジェニックにとらえ、茫洋として果てしない大陸の風景を巧みに活写した。

★『愛的微笑』(1942満洲映画協会)監督・丁明、脚本・荒牧芳郎・佐竹陸男、撮影・中根正七、美術・堀保治、
出演・葉笙、曹佩箴、王芳明、李唐、干延江、江運達、張敏、畢影、
楊春生は家は貧しかったが、学校では首席を通して
董先生に愛されていた。同じ組の達元は、そんな春生を妬んでいて、いつも意地悪だた。組で万年筆が紛失したときも、春生のせいにした。学校ではグライダーを飛ばすのが流行っているが、買ってもらうことができない春生は、肯定の隅からさびしく眺めているだけだった。しかし、ある日、誘惑に負けて玩具店からグライダーを盗んでしまった。姉はそれを知って、グライダーを店に返させた。店の主人は正直な行為に感心して、かえって大きなグライダーをくれた。生徒たちが写生に出かけた日のこと、達元の画用紙が風に飛ばされて河の中に落ちてしまった。春生は河に入ってそれを拾おうとするが、溺れそうになり、董先生に助けられた。それからは達元と春生は友達になって、運動会では肩を組んで二人三脚に出場するのだった。

★『雁南飛』(1942満洲映画協会)監督・楊葉、脚本・荒牧芳郎、撮影・池田専太郎、
出演・李顕廷、鄭暁君、李景秋、李雪娜、趙恥、陶滋心、杜撰、張愛蘋、蕭大昌、李映、
発動船の機関夫をしている楊徳成は、船主の銭世忠の娘・王華と愛し合っている。しかし、世忠は二千円の金を持ってこなければ、娘との結婚は許さないと楊徳成に言い渡す。楊は、金を稼ぐために地方に出かけて行く。王華と楊とのあいだには、名吉という子供も生まれていたのだが、八年という歳月が流れ、王華の父母は新しい船長の劉源泉との結婚を娘に勧めた。父親のいない名吉を不憫に思って王華は結婚を決意する。三人は幸福だった。そんにところに楊が二千円の金を貯めて帰ってきた。王華は自分の不実を詫びたが、楊は承知できなかった。しかし、劉を実の父親だと信じている名吉の姿を見て、自分から身を引くのだった。そして金をためる九年のあいだ、自分を励ましてくれた義侠の女・静英を懐かしく思い出だしていた。

★『皆大歓喜』(1942満洲映画協会)監督・王心斎、脚本・八木寛、撮影・福島宏、
出演・張敏、徐明徳、劉婉淑、趙愛蘋、浦克、徐頴、王安、
田舎のおばあさんの所へ新京にいる長女・喜英と次男・克定から、建国十周年祝賀行事に来るよう誘いがくる。喜英は病院長の夫人だが、ヒステリーで嫉妬深い。祖母が来たら夫を困らせようと企んでいる。克定は新聞記者で、祖母に結婚の許しを得ようと思っている。三男は博覧会場で会計兼ボーイの仕事につき、妻があるが祖母には隠している。博覧会場で落ち合った一家は、すべてをおばあさんがうまく裁いて、まるい収めてくれる。おばあさんはまた、豊年の喜びに湧く田舎へと帰っていった。

★『恨海難塡』(1942満洲映画協会)監督・朱文順、脚本・丁明、撮影・竹村康和、
出演・徐聡、李顕廷、張静、張慧、趙成巽、隋尹輔、葉苓、陶滋心、
検事・楊国は、妻・秀娟、そして子供の春生と平穏な日々を送っている。そこへ、長年外国で暮らしていた弟の国祚が帰ってきた。かつては秀娟と愛を語ったことのある国祚は、秀娟に金を要求した。そして、もし金を出さなければ、昔もらった秀娟からの手紙を楊国にばらすと脅迫した。秀娟はやむなく信托証書を渡すが、国祚はさらに兄の実印を使って金を手に入れる。しかし、悪党の馮に撃たれて金も証書も奪われる。馮は秀娟の美貌にも目をつけ脅迫する。やがて秀娟は全てを告白して裁きを待つのだった。

★『黒瞼賊 前篇 後篇』(1942満洲映画協会)監督・張天賜、脚本・丁明、姜衍、撮影・藤井春美、
出演・周凋、白崇武、劉恩甲、畢影、王宇培、趙愛蘋、陶滋心、張奕、馬黛娟、戴剣秋、
ある県域で武士ばかりが狙われる殺人事件が起こる。犯人は黒瞼賊と思われているが、捕手頭の高順には手に負えない。高順は呂明と呼ばれるせむしの画家を、その腕を見て武芸達者の者と判断した。呂明は妓館の紫花を描いている。夏輝と名乗る青年武士も足しげく通ってくる。父を黒瞼賊に殺された青年剣客の魏良は、やがて夏輝と一騎打ちをする。高順は夏輝を殺人事件の犯人と見て家を襲うが、夏輝は平然として奥に消えると入れ替わりに黒瞼賊が現れる。高順は地下室に突き落とされ、黒瞼賊の高笑いが響き渡る。やがて犯人が追い詰められるときがくる。呂明は変装をとると夏輝になり、そして、その正体は黒瞼賊であることを自ら暴いて倒れる。張天賜の監督による初めての古装片。前篇 後篇に分かれ、張奕が呂明、夏輝、黒瞼賊の三役を演じている。

★『豹子頭林冲 水滸伝第二集』(1942満洲映画協会)監督・朱文順、脚本・熙野(八木寛、長畑博司、張我権)、撮影・深田金之助、
出演・周凋、王麗君、王芳蘭、李顕廷、趙成巽、陳鎮中、徐聡、
近衛兵の槍術の師範・林沖は、教頭・張の娘・貞娘と許婚だった。ある日、林沖は街中で鉄の禅杖を振り回している一人の僧を押し留めた。有名な花和尚・魯智深であった。二人はすぐに意気投合して酒楼で義兄弟の縁を結ぶと花和尚の大相祥寺へ出かけた。そのとき、ちょうど貞娘が大相祥寺へお参りに来ていたが、貞娘は狩猟の帰りらしい立派な服装の若者に言い寄られて楼上に連れ込まれようとしていた。林沖は若者を打ち倒そうとしたところ、自分の上官・高大尉の息子・高衛内であることから許してやる。高衛内は林沖をなんとかして陥れようと画策する。新しい刀を購入した林沖は、高大尉の使いが、自分の刀と比べたいことを伝えに来たので役所へ出向く。しかし、役所には誰もいず、白虎節堂の中まで入ってしまった。そこは軍の規律で誰も入ってはならない場所だった。そこへ高大尉があらわれ、林沖を取り押さえる。計られた林沖は裁判の後、滄洲へ流罪となる。高衛内の部下は、林沖の護送途中で殺してしまうよう役人に金を与える。しかし、これを花和尚が聞きつけ、やがて衛内もその部下を斬り捨てる。駆けつけた貞娘は、うれし泣きに泣いて林沖と抱き合うのだった。

★『五千万人の合唱』(1942満洲映画協会)監督・大谷俊夫・朱文順、製作・伊東弘、監修・多田満男(牧野満男)、脚本・谷俊・爵青、撮影・藤井春美・福島宏、美術・堀保治、録音・大森伊八、編集・石野誠三、
満州建国十周年の紀念映画として企画された。詳細は不明。坪井與の記録には「作られなかったのではないか」との記述がある。

★勤労的女性(1942満洲映画協会)監督・坂根田鶴子、

★健康的小国民(1942満洲映画協会)監督・坂根田鶴子、


【1943年(昭和18年)】
★『誓ひの合唱』(1943満洲映画協会)製作・藤本真澄、監督・脚本・島津保次郎、撮影・鈴木博、音楽・服部良一、美術・松山崇、録音・鈴木勇、照明・平田光治
出演・李香蘭、黒川弥太郎、鳥羽陽之助、清水将夫、河野秋武、石島房太郎、浅田健三、佐山亮、冬木京三、西村慎、生方明、中村彰、黒井洵、載剣秋、灰田勝彦、
製作=東宝映画=満州映画協会 1943.08.12 紅系 10巻 2,321m 85分 白黒
誓ひの合唱 1943満映系 李香蘭

★『碧血艶影』(1943満洲映画協会)監督・劉国権、脚本・丁明、撮影・気賀靖吾、
出演・徐聡、周凋、張奕、浦克、趙成巽、張静、陳鎮中、李瑞、
金富貴という富豪の家に十万円を要求する脅迫状が届いた。現金を指定の場所に置くと警官が張り込んでいたにもかかわらず持ち去られてしまう。何文才の手下の一人・張甲祖とその女房・蘇秀麗、そして羅子安の三人組が企てた事件だった。終われる犯人の一人・秀麗は、寺の僧に返送して隠れていたが、何文才に突き止められる。そこへ警官が踏み込んできた。金を隠した場所を言わない秀麗を何文才が撃つ。秀麗は倒れながらも何文才を撃ち、金の場所を示す言葉を残して死ぬ。蘇秀麗は、金富貴の家で働く女中・秀麗の姉だった。二人で仲良く暮らすことを夢見て犯した過ちだった。

★『求婚啓事』(1943満洲映画協会)監督・王心斎、脚本・佐竹陸男、撮影・福島宏、
出演・周凋、葉苓、杜撰、浦克、江雲達、梅秋、趙愛蘋、
大順百貨店主の呉国卿は、十年前に妻を失い、いまでは一人娘の芳娥の成長を楽しみにしている。芳娥は、父が再婚しない限りは、一生父のそばにいる積りであった。しかし、ある日、百貨店で逢った田華圃に心惹かれる。国卿は、紅蓮という女の元に通い詰めていたが、紅蓮とその情夫に金をゆすられる。ある日、新聞の求婚広告を見て、国卿は、その相手と会うことになる。しかし、相手の方女史を訪ねたところ、広告のことは何も知らないという。その犯人は芳娥だった。方女史は芳娥の女学校時代の先生だった。やがて国卿と方女史、芳娥と華圃の二組の夫婦がめでたく誕生する。

★『銀翼恋歌』(1943満洲映画協会)監督・大谷俊夫、脚本・長畑博司、撮影・竹村佐久象、
出演・徐聡、戴剣秋、王麗君、趙成巽、陳鎮中、張奕、浦克、趙愛蘋、孟虹、馬黛娟、袁敏、
林志人と秦大華の操縦する小型飛行機が鏡泊湖畔に不時着した。そこで知り合った可憐な乙女・小鳳は、母を失い、叔父を頼って新京に出てきて李家の女中となって働いた。下男として働く従兄の金吾は小鳳をものにしようと狙い、叔母は売り飛ばそうともくろんでいる。ある日、小鳳は、街に出て志人と再会し、飛行場を訪ねて飛行機に乗せてもらう。小鳳は、志人から結婚を申し込まれるが、その頃、金吾は金を使い込んで李家をグビになり、小鳳も家を追われた。全てを諦めて小鳳は身売りすることを承知し、代金はそのまま志人に研究費として送るのだった。落ち込んでいる志人を大華は花街を連れて行く。そこで、いまは雪梅と名乗っている小鳳だった。小鳳は、鏡泊湖に逃げ帰った。志人もあとを追ったが、ときすでに遅く、湖上に小鳳の清らかな姿を見つけた。小鳳は、志人の腕の中で静に息絶えた。

★『白馬剣客』(1943満洲映画協会)監督・張天賜、脚本・八木寛、撮影・藤井春美、
出演・張奕、呉恩鵬、浦克、華影、張暁敏、周凋、戴剣秋、王英影、
城主・陳大守には、白爵のほかに、側室の段氏の子・実念の二人の子供がいた。大守は、跡継ぎを白爵と決めていた。段氏は自分の子供を立てたいという念願で一杯だった。その頃、白爵のみを案ずる重臣たちが、黒衣隊と称する騎馬隊に次々と殺された。白爵派は、黒衣隊を討つには周志傑の帰りを待つよりほかなかった。しかし、帰ってきた志傑は、黒衣隊に恐怖心さえ抱いている様子で、一同は大いに失望した。志傑の恋人・勝姑の父・呂悦まで黒衣隊に殺されるに及んで、勝姑も志傑の不甲斐なさに憤慨する。段氏側は、大宴会を開きその席で大守暗殺さえ企てる。そこへ白馬剣客が現れ、賊を倒す。白馬剣客の仮面の下は志傑その人であった。勝姑は彼の忠誠にただ涙を浮かべた。

★『富貴之家』(1943満洲映画協会)監督・脚本・周暁波、撮影・福島宏、
出演・張敏、王宇培、白玫、周凋、呉菲菲、常娜、梅枝、隋尹輔、張奕、馬黛娟、江雲達、何奇人、陳鎮中、劉恩甲、
大家族丁家の長男・世業は、一家の権力者として家事の一切を妻・大嫂に任せている。次男・世家は、遊び好きで密かに女を作っている。長女・治範は楽天的である。大嫂は、治範を邪魔者扱いして早く嫁にやろうとする。三男・世勤は日本留学中、次女・治平も女学生で学友の桂芬は、兄・世勤と意気投合している。暗い雰囲気の家庭を、帰国した世勤は改革しようとする。しかし、大嫂は治平に結婚を強制しようとして、治平を自殺に追い込む。世勤は大嫂と口論の末、大嫂を殺してしまう。家の財産を自分のものにしようとたくらんでいた長兄の反省を、ようやく牢獄につながれている世勤は知る。桂芬の同情を得て、未来の新生に希望をつないでいる。

★『却後鴛鴦』(1943満洲映画協会)監督・脚本・朱文順、
出演・浦克、張静、徐聡、趙愛蘋、孟虹、張奕、王麗君、王宇培、曹佩箴、江雲達、袁敏、
金持ちの息子・唐鴻志の家には、孤児で従妹の陶英華が引き取られている。英華はすでに鴻志のタネを宿しているが、継母は自分の姪・玉茹と鴻志を結婚させて家を牛耳ろうと思っている。しかし、鴻志が承知しないので英華を弟の家に追いやってしまう。英華は死を考えたこともあるが、腹の中の子供のために仕事を転々としながら、仕事場の同僚の家で出産する。ふたたび鴻志とめぐり会ったとき、子供はすでに死んでいた。鴻志の父は、自分の非を悔いて、財産の一部で貧しい子供たちのために平民学校を創立する。ようやく鴻志と英華の二人も幸せをふたたび取り戻すのだった。

★『千金花子』(1943満洲映画協会)監督・王心斎、撮影・福島宏、
詳細不明

★『燕青と李獅子』水滸伝第三集(1943満洲映画協会)監督・張天賜、脚本・八木寛、撮影・島津為三郎、
燕青は任侠の若者、縁あって梁山泊の宋江の世話になる。宋江は、自分たち梁山泊の連中は悪党ではなく、正義と義侠のために挺身していることを天子に奏上するため、東京城に向かう。しかし、天子は面会しようとはしない。天子の愛している芸妓・李獅子が、宋江に従ってきた青燕に惚れ込んでしまう。李獅子の手引きでようやく宋江は目的を果たすことができる。

★『白雪芳踪』(1943満洲映画協会)監督・朱文順、脚本・馮宝樹、撮影・竹村佐久象、音楽・満映国楽研究部、
出演・張敏、趙成巽、白玫、張素君、華影、戴剣秋、
金持ちの紳士・魏以康は、妻の死後、十回忌の夜、社交界の花形である燕影と再婚するために、女中の呉媽に縁を切ることを伝える。呉媽とのあいだに仲明という男の子までもうけた関係だったが、家を追われて呉媽は仲明の手を引き街をさまよう。ある日、歌う唄いの少女・蓮芳とその祖父との二人連れと知り合い、互いに力を合わせて生活することになる。蓮芳は、歌手としてある茶館と契約した。すこしは収入も安定して仲明も小学校へ通うことができる。それから十二年、仲明は大学生になり、蓮芳と相愛の仲になっている。その頃、魏以康は、燕影との生活にも失敗し、さらに投機にも失敗して破産してしまう。ある夜、魏以康は、茶館で蓮芳を見初め、家に連れ込んで手篭めにしてしまう。魏の家で蓮芳は呉媽と仲明が写っている写真を見つけ、呉媽の告白から過去を知ることになる。蓮芳は汚れた体になったいま、家を出て仲明から去っていく。祖父の死を契機に蓮芳は看護婦となって働くが、ある日、病院に危篤の身となった魏以康が運ばれてくる。魏以康は過去を悔いて呉媽と仲明に会いたいと訴えるが、仲明は自分の過去を知って怒り、会おうとしない。やがて魏以康は息を引き取った。仲明は蓮芳を探したが、ふたたび蓮芳は仲明の前から姿を消して遠くへ去っていった。

★『今朝帯露帰』(1943満洲映画協会)監督・楊葉、脚本・原健一郎、
詳細不明

★『サヨンの鐘』(1943松竹(下加茂撮影所)・台湾総督府・満州映画協会)監督・清水宏、脚本・長瀬喜伴、牛田宏、斎藤寅四郎、撮影・猪飼助太郎、音楽・古賀政男、挿入歌・「サヨンの歌」詩・西条八十、曲・古賀政男、唄・李香蘭、「なつかしの蕃社」唄・霧島昇 菊池章子、「サヨンの鐘」唄・渡辺はま子、美術・江坂実、装飾・井上常次郎、録音・妹尾芳三郎、編集・猪飼助太郎、斎藤寅四郎、衣裳・柴田鉄造、字幕・藤岡秀三郎
出演・李香蘭(サヨン)、近衛敏明(武田先生)、大山健二(村井部長)、若水絹子(その妻)、島崎溌(サブロ)、中川健三(モーナ)、三村秀子(ナミナ)、水原弘志(豚買・サヨンの父)、中村実(ターヤ)、応援参加・桜蕃社
1943.07.01 紅系 9巻 2,520m 92分 白黒
サヨンの鐘 1943満映系 李香蘭

★『萬世流芳』(1942・公開1943中華聯合製片公司=中華電影=満映)監督・張善琨・卜萬蒼・朱石麟・馬徐維邦・楊小仲、
出演・陳雲裳(靜嫻)、袁美雲(玉屏)、李香蘭(鳳姑)、高占非(林則徐)、王引(潘達年)、
阿片戦争 (1840-1842) 百周年記念作品で、中国のトップ俳優4人と李香蘭が共演した話題作。当時広東で阿片の取締りにあたっていた英雄的な大臣林則徐の伝記映画として製作された。中華聯合製片公司と中華電影 (中華電影公司) は日本占領下の上海の国策映画会社 (1943年に合併して中華聯合電影公司) で、満州の国策映画会社満映 (満州映画協会) との共同製作。当初、「反英」のコンセプトで製作されたが、中国人は「抗日映画」と読み替えてヒットしたという。硬質な官憲の伝記映画というよりは、あまいメロドラマと割り切ってみた方が楽しめる。登場する女性3人は女優陣が演技を競う。林則徐が最初に客として招かれた福建巡撫の家の娘靜嫻は林則徐に縁談を断られ、尼寺に篭って阿片中毒を直す薬「戒煙丸」作りに精を出す、阿片戦争が始まると民衆軍を率いて戦い戦死する。福建巡撫の後に林則徐が客として招かれた元県令の家の娘玉屏は、病に倒れた林則徐を看病し、その縁で妻となる。玉屏は母の阿片中毒を直すために「戒煙丸」を求めることで靜嫻と出会い、阿片と戦う林則徐を共に支える。李香蘭が演じるのは阿片窟に出入りする飴売りの娘鳳姑で、阿片中毒で身を崩した潘達年(林則徐の学友)を支えて社会復帰させる妻を演じている。潘達年の阿片中毒を直すために「戒煙丸」を求める鳳姑も靜嫻と知り合う。林則徐の出世や、潘達年の阿片中毒や社会復帰の描写は淡白に描かれているが、女性の成就しない恋、献身、微妙な三角関係と女性間の友情を描いた部分はメロドラマ色が強い。阿片窟で飴売りする靜嫻が阿片窟で飴売りのふりをして『売糖歌』を歌う場面が印象的である。林則徐らの阿片の害毒と国を憂う直接的なセリフよりも、むしろ李香蘭の歌の方が、むしろ説得力があると評された。
萬世流芳 1943満映系 李香蘭

★戦ひの街 1943松竹系 李香蘭

★開拓の花嫁(1943満洲映画協会)監督・坂根田鶴子、

★野菜の貯蔵(1943満洲映画協会)監督・坂根田鶴子、

★暖房の焚方(1943満洲映画協会)監督・坂根田鶴子、


【1944年(昭和19年)】
★『虱は怖い』(1944満洲映画協会)演出・加藤泰通、脚本・今井新、撮影・吉田貞次、動撮(アニメーション)・笹谷岩男、森川信英、音楽・金城聖巻・新京音楽団、照明・山根秀一、2巻 14分 白黒 原題:子虱的怕可
加藤泰(通)が満映で撮った文化映画。実写部分のさまざまな映画技法や当時としては高水準のアニメーションを駆使することによって面白い作品になっている。満映時代にはもう1本『軍官学校』(1944)という作品もある。(原題;子虱的怕可)』(アニメーション;2巻14分)

★『軍官学校』(1944満洲映画協会)演出・脚本・加藤泰通、撮影・黒田武一郎
製作・満州映画協会 白黒

★『晩香玉』(1944満洲映画協会)監督・周暁波、脚本・姜学潜、撮影・藤井春美、王福春、
出演・浦克、白玫、寒梅、屠保光、徐聡、
寒梅は、大連の出身でこの作品でデビューした新人。この一本でスターとなり、「蘇少妹」の主役に抜擢されることになる。

★『緑林外史』(1944満洲映画協会)監督・王心斎、脚本・栗原有三、撮影・近藤稔、
出演・浦克、陳鎮中、曹佩箴、
建国前に監獄に入っていた緑林出身の馬賊が、建国後に出獄して都会に出てくるが、以前の社会とは一変。勝手が違って失敗ばかりする。

★『好孩子』(1944満洲映画協会)監督・池田督、脚本・館岡謙之助、撮影・竹村康和、
出演・干延江、
少年教育を目的とした少年院を舞台とした物語。多くの中学生がエキストラとして参加した。

★『愛與讐』(1944満洲映画協会)監督・笠井輝二、原作・原健一郎、脚本・熙野(八木寛、長畑博司、張我権)、撮影・岸寛身、
出演・孟虹、杜撰、張敏、徐聡、張奕、
文芸作品で、国務院芸術賞を受けた。

★『血濺芙蓉』(1944満洲映画協会)監督・広瀬数夫、脚本・原健一郎、撮影・竹村康和・王福春、
出演・徐聡、白姍、隋尹輔、芦田伸介、
活劇物で監督・広瀬数夫が俳優・ハヤブサ・ヒデト時代のアクロバット芸を披露している。新京放送局放送劇団員の芦田伸介が出演している。

★『夜襲風』(1944満洲映画協会)監督・広瀬数夫、脚本・原健一郎、撮影・福島宏、
周凋、張奕、隋尹輔、李顕廷。
活劇物。助監督の池田督が作った予告編から優れていて好評だった。

★『映城風光』(1944満洲映画協会)監督・大谷俊夫、撮影・深田金之助、
撮影風景を面白く見せる風景映画。

★『妙掃狼煙』原題:王順出世記(1944満洲映画協会)監督・脚本・大谷俊夫、撮影・深田金之助
詳細不明。

★『化雨春風』(1944満洲映画協会)監督・不明、脚本・佐竹陸夫・片岡董、
良家の子だが、臆病な小学生が、遠足に行ってグライダーを見学。そのプロペラを傷つけてしまう。小学生は心配のあまり荒野をさまようが、やがて父の力で気丈夫な子供に成長していく。

★『一代婚潮』(1944満洲映画協会)監督・周暁波、脚本・楊輔仁、
出演・孟虹、杜撰、張敏、周凋、冯露、丹江、云逵、

★『百花亭』(1944満洲映画協会)監督・張天賜、
張奕、寧波、顧萍、寒梅、王人路。

★『月弄花影』(1944満洲映画協会)監督・広瀬数夫、脚本・原健一郎、撮影・深田金之助、音楽・竹内輪治、
出演・李顕廷、顧萍、王宇培、
満映第一回の歌謡映画。歌の上手な人気少女を新京放送局よりスカウトし、顧萍という名前でデビューさせた。

★『私の鶯』(1944満洲映画協会)監督・脚本・島津保次郎、企画製作・岩崎昶、原作・大仏次郎、撮影・福島宏、音楽・服部良一、助監督・池田督、製作提携東宝、
出演・李香蘭、千葉早智子、黒井旬(二本柳寛)、進藤英太郎、グリゴリー・サヤーピン、ヴィクトル・ラウロフ、ニコライ・トルストホーフ、オリガ・エルグコーア、
満州事変で北満にいた日本人一家はそれぞれにはぐれてしまい、母をなくした娘は日系ロシア人の交響楽団員の一人に拾われる。やがて娘は歌手となり、父ともふたたびハルビンでめぐり会う。しかし、養父は最後の舞台で倒れて、娘に看取られて息を引き取る。娘は墓前でひとり「私の鶯」を歌う。戦争の中で家族の別離と再会を描いた東宝との提携作品。内地から演技指導の厳しい名匠島津保次郎を迎え、満映の総力をあげて作った自信作といえる。原作は大仏次郎による「ハルビンの歌姫」。主題歌のほか、李香蘭が次々と名曲を歌う音楽映画。当時、ハルビンの劇場で活躍していた白系ロシア人の歌手を多数出演させ、オペラやロシア歌謡を盛り込み、本編で交わされる会話はほとんどロシア語という異色のミュージカル映画である。しかし、この作品は、昭和19年3月に完成しても一般公開されなかった。内務省の検閲で時局に会わずという理由で公開見送りとされ、満州でもそれに倣ったとされている。しかし、昭和59年に「放浪の歌姫」と改題されたプリントが発見された、当初二時間近くあったものが、半分ほどに再編集されたプリントで、昭和61年6月「私の鶯 ハルピンの歌姫」として一般にも公開された。再編集された短縮版とはいえ脚本は残っているので欠落部分の類推は可能である。一説によると、戦勝国(ソビエト、中国)に差しさわりのある部分は遠慮してカットしたとみられる。満映作品として現在唯一見ることのできる満州映画協会娯民映画である。この作品の撮影中、昭和18年3月に、内田吐夢が脚本家・新藤兼人と「陸戦の華・戦車隊」のロケハンのために渡満していて、島津保次郎の撮影隊と会ったという。1960年代の初めに北京の中国電影資料館の外国映画の整理の仕事をしたアメリカ人の映画史家ジェイ・レイダは、この映画をボルシェヴィキを攻撃・非難している反共映画とした。しかし、元の完全版を見ている大塚有章は、「未完の旅路」五巻で「しかし、あの映画自体は愚劣だったな。シナリオも島津氏が書いたと聞いていたが、仮にも反共映画を作ろうというのなら、少なくとも監督は共産主義のABCくらいは勉強してかからねば駄目だと思うな。ハルビンのキャバレーを舞台にして共産主義者が暗躍しているところを描いたつもりだろうが、あそこまでお粗末では張り合う気も起こらんな」と述懐した。

★室内園芸(1944満洲映画協会)監督・坂根田鶴子、

★野戦軍楽隊 1944松竹系 李香蘭


【1945年(昭和20年)】
★『虎狼闘艶』(1945満洲映画協会)監督・大谷俊夫・池田督、脚本・館岡謙之助、撮影・深田金之助、進行主任・牧野寅太郎、
出演・王心賂、薛素煕、
森林匪賊の物語。虎の出てくる場面が見せ場となるはずだったが、動物園の虎を借りることができず、縫いぐるみと実写のカットバックを用いた。
京劇の舞台女優・薛素煕を抜擢して、龍井から森林鉄道で入った奥地で撮影を開始したが、その鉄道で監督の池田督が足を挟まれ大怪我をするという事故があった。急遽、進行主任の牧野寅太郎が、池田督の書いた絵コンテをカメラマンの深田金之助に渡して撮影は続けられた。撮影末期には池田が5月の大量応召で戦地へ向かうこととなり、さらに深田金之助も撮影終了と同時に招集されたが甘粕が軍に掛け合い南嶺からの外出を許されて完成作品を見ることができた。この作品の完成は、池田の師・広瀬数夫によってなされた。池田督は、甘粕からの特別な書状を持っていたにもかかわらず、誰にも見せることなく、ソ連参戦、日本敗戦で捕虜になり、シベリアへ送られた。

★『芝蘭夜曲』(1945満洲映画協会)監督・朱文順、脚本・周暁波、撮影・杉浦要、音楽・武川寛海、
出演・曹佩箴、
大石橋、娘娘廟を背景とする地での男女の甘い恋物語。

★『蘭花特攻隊』(1945満洲映画協会)監督・笠井輝二、脚本・館岡謙之助、撮影・岸寛身、音楽・武川寛海、
出演・水島道太郎、小杉勇、
昭和20年1月以来、上記のスタッフ・キャストで製作を進行、しかし5月になって笠井輝二監督の応召、そして飛行機の不足から製作中止となった。

★『蘇少妹』(1945満洲映画協会)監督・木村荘十二、脚本・姜学潜・長畑博司、撮影・杉山公平、音楽・武川寛海、
出演・寒梅、
題名の蘇少妹は、宋の詩人・蘇東坡の妹をさすが、実際には妹はなく、伝説中の人物。セットを組み、撮影を開始したところで終戦、未完成に終わった。杉山公平撮影技師は、藤フィルムと交渉して、ラストの部分をカラーにしたい希望があったという。

★『大地逢春』(1945満洲映画協会)監督・周暁波
出演・水島道太郎、小杉勇、

★『夜半鐘声』(1945満洲映画協会)監督・王心斎
出演・王芬蘭

★『租界的夜景』仮題(1945満洲映画協会)脚本・笠井輝二、
昭和19年より満映と華北電影との提携、大東亜省協力作品として笠井輝二が脚本を書き上げた。「脚本が大東亜省の許可を得たので、満映の中村監督、気賀キャメラマン等が華北へ出張、製作スタッフは満映、俳優は華北の企画のもとに天津租界を背景として英国の謀略を描くもの」と、雑誌「日本映画」に紹介された。




●満映における中国人俳優たち
杜撰、周凋、浦克、白玫、江雲逵、王宇培、王安、王影英、王瑛、王麗君、王芳蘭、王芳明、楊恵人、干延江、呉菲菲、劉恩甲、何奇人、戴剣秋、徐聡、李映、李顕廷、李景秋、李雪娜、季燕芬、李唐、李瑞、陳鎮中、曹佩箴、陶滋心、蕭大昌、孟虹、張静、張敏、張望、張奕、張暁敏、張氷玉、張素君、馬黛娟、趙愛蘋、趙成巽、趙恥、趙嘯瀾、張慧、朱徳奎、葉苓、葉笙、隋尹輔、鄭暁君、董波、馬旭儀、安琪、高翮、朱遇春、畢影、杜寒星、劉潮、郭範、尚富霞、候志昂、顧萍、寒梅、袁敏、常娜、梅枝、梅秋、徐明徳、劉婉淑、徐頴、白崇武、李香蘭、


【「満州映画協会」関係文献】国立国会図書館調べ
★満洲映画 [復刻版] 雑誌 ゆまに書房, 2012-2013 東京関西 冊子体
★満州の記録 : 満映フィルムに映された満州 図書 集英社, 1995.8 東京関西 冊子体
★満映男演員名簿 図書 [満洲映画協会], [1940] 東京 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体 / オンライン
★満映女演員名簿 図書 [満洲映画協会], [1940] 東京 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体
★「満州映画協会」研究史の整理と今後の展望 雑誌記事 池川 玲子 掲載誌 Image & gender : イメージ&ジェンダー研究会機関誌 7 2007.3 p.99~103 東京 冊子体
★満州映画協会の繁栄と悲劇--大スター李香蘭と甘粕理事長の自決 雑誌記事 掲載誌 政経人 47(5) 2000.05 p.66~74 冊子体
★満映 : 甘粕正彦と活動屋群像 幻のキネマ 図書 山口猛 著. 平凡社, 1989.8 東京関西 冊子体
★幻のキネマ満映 : 甘粕正彦と活動屋群像 (平凡社ライブラリー ; 588) 図書 山口猛 著. 平凡社, 2006.9 東京 冊子体
★「満州」移民映画とジェンダー : 満州映画協会女性監督・坂根田鶴子を中心として 博士論文 池川玲子 [著]. [池川玲子], [2006] 関西 冊子体
★映画随談(第14回)満州映画協会 : 配給部配給係が観た満州とシベリア(1) 雑誌記事 佐伯 知紀 掲載誌 映画撮影 (219):2018.11 p.70-73 東京関西 冊子体
★映画随談(第15回)満州映画協会 : 配給部配給係が観た満州とシベリア(2) 雑誌記事 佐伯 知紀 掲載誌 映画撮影 (220):2019.2 p.60-63 東京関西 冊子体
★甘粕正彦と李香蘭 : 満映という舞台 図書 小林英夫 著. 勉誠出版, 2015.7 東京関西 冊子体
★満映とわたし 図書 岸富美子, 石井妙子 著. 文藝春秋, 2015.8 東京関西 冊子体
★新中国映画の形成 : 旧満州映画協会から東北電影制作所 博士論文 向陽 [著]. [向陽], [2008] 関西 冊子体
★岸富美子(きしふみこ)(元満州映画協会編集者) 甘粕正彦と満洲映画「94歳最後の証言」 雑誌記事 石井 妙子 掲載誌 文芸春秋 92(12):2014.10 p.320-330 東京関西 冊子体
★満映 : 国策映画の諸相 図書 胡昶, 古泉 著, 横地剛, 間ふさ子 訳. パンドラ, 1999.9 東京関西 冊子体 / オンライン
★文化映画 雑誌 文化映画協会 東京 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★文化映画 1(5) 雑誌 文化映画協会, 1938-06 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★文化映画 1(4) 雑誌 文化映画協会, 1938-05 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体
★初期満映の活動に関する資料--雑誌『月刊満洲』の映画関連記事 (特集 ヴィジュアリズムの光と影--〈満洲〉&東京) 雑誌記事 有馬 学 掲載誌 朱夏 : 文化探究誌 / 『朱夏』編集部 編 (22) 2007.10 p.36~58 東京 冊子体 / オンライン
★映画技術 雑誌 映画出版社 [編]. 映画出版社, 1941-1943 <雑35-335> 関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★映画技術 6(1) 雑誌 映画出版社 [編]. 映画出版社, 1943-07 <雑35-335> デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体 / オンライン
★教材映画 雑誌 十六ミリ映画教育普及会 東京 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★教材映画 (64) 雑誌 十六ミリ映画教育普及会, 1940-06 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体
★講座日本映画 4 (戦争と日本映画) 図書 今村昌平 [ほか]編. 岩波書店, 1986.7 フィリピン映画/寺見元恵/290日本占領下のインドネシア映画/ユサ・ビラン ; 翻訳/浜下昌宏/300満州映画協会/佐藤忠男/312満映崩壊後の日々/森川和雄 ; 鈴木尚之 ; 新藤兼人/324戦後の大衆文化/鶴見俊介 東京関西 冊子体 / オンライン
★朱夏 : 文化探究誌 雑誌 『朱夏』編集部 編. せらび書房, 1991-2007 東京関西 デジタル 国立国会図書館限定 オンライン
★朱夏 : 文化探究誌 (7) 雑誌 『朱夏』編集部 編. せらび書房, 1994-08 .jp2)中薗英助「わが北京留恋の記」 / 田中益三 / p50~51 (0027.jp2)「証言 満州映画協会」を観る / M・T生 / p58~59 (0031.jp2)小特集<サラワク州の今・昔> サラワク デジタル 国立国会図書館限定 冊子体 / オンライン
★文化映画 雑誌 映画日本社 東京関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★文化映画 2(9)(20) 雑誌 映画日本社, 1942-09 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★文化映画 2(5) 雑誌 映画日本社, 1942-05 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体
★満洲行政経済年報 昭和17-18年版(康徳9-10年) 図書 日本政治問題調査所行政調査部 編. 日本政治問題調査所, 昭和17-18 <14.5-944> 関西 オンライン
★満洲行政経済年報 昭和18年版(康徳10年) 図書 日本政治問題調査所行政調査部 編. 日本政治問題調査所, 昭和17-18 <14.5-944> デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★満洲行政経済年報 昭和17年版(康徳9年) 図書 日本政治問題調査所行政調査部 編. 日本政治問題調査所, 昭和17-18 <14.5-944> デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体
★満洲行政経済年報 昭和17-18年版 図書 日本政治問題調査所行政調査部 編. 日本政治問題調査所, [19--] <317.9225-M178-N> 関西 オンライン
★満洲行政経済年報 昭和18年版 図書 日本政治問題調査所行政調査部 編. 日本政治問題調査所, 〔19--〕 <317.9225-M178-N> デジタル 国立国会図書館限定 オンライン
★満洲行政経済年報 昭和17年版 図書 日本政治問題調査所行政調査部 編. 日本政治問題調査所, 〔19--〕 <317.9225-M178-N> デジタル 国立国会図書館限定 冊子体
★矢原礼三郎--経歴及び著作目録 雑誌記事 与小田 隆一 掲載誌 久留米大学文学部紀要. 国際文化学科編 / 久留米大学文学部 [編] (25) 2008.3 p.39~49 東京 冊子体
★満洲から筑豊へ : 幻灯『せんぷりせんじが笑った!』(1956)をめぐる「工作者」たちのゆきかい 雑誌記事 鷲谷 花 掲載誌 映像学 / 日本映像学会 [編] (96):2016 p.5-26 東京関西 冊子体 / オンライン
★映画テレビ技術 = The motion picture & TV engineering 雑誌 日本映画テレビ技術協会, 1965- 東京関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★映画テレビ技術 = The motion picture & TV engineering (465) 雑誌 日本映画テレビ技術協会, 1991-05 『夜の鼓』(1) / 都築政昭 / p40~46 (0028.jp2)長春映画制作所訪問・報告 残影・満州映画協会(下) / 八木信忠 / p47~51 (0031.jp2)TVニュースの現場から 湾岸情勢取材を終 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★映画テレビ技術 = The motion picture & TV engineering (464)
雑誌 日本映画テレビ技術協会, 1991-04 長春映画制作所訪問・報告--残影・満州映画協会(上) / 八木信忠 / p18~22 (0015.jp2)湾岸戦争のなかの国際映画祭--テヘランか デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体 / オンライン
★満洲国策会社綜合要覧 図書 満洲事情案内所, 1939 <335.49-M178m> 関西 デジタル インターネット公開 冊子体
★図説満州帝国の戦跡 (ふくろうの本) 図書 太平洋戦争研究会 編, 水島吉隆 著. 河出書房新社, 2008.7 首都//94長春の街を歩く 和洋中を折衷した「満州風」建築物の数々//98東洋一のスタジオを擁した満州映画協会//104第5章 ハルビンロシアが築いた国際都市//110ハルビンの街を歩く ヨーロッパの香り漂う 東京関西 冊子体 / オンライン
★映画国策の前進 図書 山田英吉 著. 厚生閣, 1940 <778-Y158e> 関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体 / オンライン
★映画国策の前進 図書 山田英吉 著. 厚生閣, 昭15 <773-91> 関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 マイクロ / オンライン
★映画国策の前進 3版 図書 山田英吉 著. 厚生閣, 昭和15 <特219-301> 東京関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体 / オンライン
★満洲国策会社綜合要覧 康徳6年度 (満洲事情案内所報告 ; 第54号) 図書 満洲事情案内所 編. 満洲事情案内所, 康徳6 <789-94> 関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体 / オンライン
★滿洲映画. Manchou movie magazine 日文版 雑誌 滿洲映畫發行所, 1937-[1939] 東京 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★滿洲映画. Manchou movie magazine 2(8) 日文版 雑誌 滿洲映畫發行所, 1938-09 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 オンライン
★滿洲映画. Manchou movie magazine 2(5) 日文版 雑誌 滿洲映畫發行所, 1938-05 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体
★満洲帝国 : 満鉄・満映・関東軍の謎と真実 (洋泉社MOOK) 図書 洋泉社, 2014.11 東京関西 冊子体 / オンライン
★ダイヤモンド産業全書 第13 図書 ダイヤモンド社, 昭13 <744-83> 関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 マイクロ / オンライン
★映画戦 (朝日新選書 ; 13) 図書 津村秀夫 著. 朝日新聞社, 昭和19 <778-Ts74-9ウ> 東京関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体 / オンライン
★映画戦 (朝日新選書) 図書 津村秀夫 著. 朝日新聞社, 1944 <778-Tu735e7> 関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体
★メディアのなかの「帝国」 (岩波講座「帝国」日本の学知 ; 第4巻) 図書 山本武利 責任編集. 岩波書店, 2006.3 東京関西 冊子体 / オンライン
★帝国の銀幕 : 十五年戦争と日本映画 博士論文 Peter Brown High [著] p236 (0126.jp2)2「王道楽土」への招待 / p238 (0127.jp2)3 李香蘭と満州映画協会 / p241 (0128.jp2)4「支那人を描け!」 / p246 (0131.jp2)第8章 関西 デジタル 国立国会図書館内/図書館送信 冊子体
★写真集成近代日本の建築 7 図書 ゆまに書房, 2012.3 東京関西 冊子体 / オンライン
★特殊会社準特殊会社法令及定款集 康徳5年 (調資B5 ; 第10号) 図書 満州中央銀行調査課, 1938 東京 デジタル インターネット公開 冊子体
★二〇世紀満洲歴史事典 図書 貴志俊彦, 松重充浩, 松村史紀 編. 吉川弘文館, 2012.12 東京関西 冊子体
★秘密のファイル : CIAの対日工作 下 図書 春名幹男 著. 共同通信社, 2000.4 ,155,162,164,330マルコムX//(上)56丸紅//(下)390丸山真男//(上)432満州映画協会(満映)//(上)351満州国//(上)235,351,411 (下)79,162,164満州国通信 東京関西 冊子体
★新聞集成昭和編年史 昭和15年度版 1 図書 明治大正昭和新聞研究会 編集製作. 新聞資料出版, 1992.10 四七〇津田左右吉博士の取調べ一段落//四七一「ロツパと兵隊」三月の北野劇場//四七一「満州人の少女」満州映画協会//四七一八日ソ連の対芬平和提議・社説//四七一銃後の自粛・社説//四七一ソ連・フィンランド和平交渉 東京関西 冊子体
★新聞集成昭和編年史 昭和14年度版 4 (十月~十二月) 図書 明治大正昭和新聞研究会 編集製作. 新聞資料出版, 1992.8 年度輸入洋画百二十本に決る//七三一青年アジア連盟、問題の映画ガンガデイン上映反対に請願書//七三一満州映画協会、映画で日本紹介//七三一蒙古活仏大阪朝日新聞社来訪//七三一元ひとのみち事件結審//七三一二三日議 東京関西 冊子体
★新聞集成昭和編年史 昭和15年度版 4 図書 明治大正昭和新聞研究会 編集製作. 新聞資料出版, 1993.4 壮丁武道大会//三〇〇新考案「祝典結び」//三〇〇馬の売上二十五万円・日本競馬会阪神競馬場//三〇〇満州映画協会、上映も直営に//三〇〇八日蘭印の驕慢を戒しむ・社説//三〇〇米大統領第三期施政への片鱗//三〇一ブ 東京関西 冊子体
★新聞集成昭和編年史 昭和13年度版 3 図書 明治大正昭和新聞研究会 編集製作. 新聞資料出版, 1991.8 /三七四満蒙、意外な大収穫・演劇行脚の一行帰途へ//三七五仏文豪ジイド氏の作品映画化に横槍//三七五満州映画協会、支那を舞台に進出//三七五映画ニユース・「雪山のアルバム」他//三七五五日国境事件の折衝・社説//




# by sentence2307 | 2019-07-15 14:04 | 満映 | Comments(0)
パソコンの前に座ると、最近、まず、することといえばyou tube動画をひとわたりチェックするということになります。

地上波テレビの間延びした(そのくせ内容空疎な)バラエティ情報番組より、よほど気が利いていて、作る側の「見せる努力と意欲」も十分に感じられ、大変すがすがしく、ダレたテレビなどより、よほど信頼できるというものです。

オレオレ詐欺の犯罪者集団だかなんだか知りませんが、陰ながらその筋からお小遣いを頂戴してほくそえみ、テレビでは善人に見せかけて世間を欺きふんぞり返っているような、くそ面白くもないお笑い芸人が馬鹿ヅラした馬鹿笑いが癇にさわって仕方ありません。謹慎くらいで済ませるなという感じです。しかも、さも新ネタみたいに自慢げに吹聴している話にしても、そこらの芸能週刊誌にいくらでも載っていそうな陳腐な話題の焼き直しなのはミエミエで、その思い上がった愚劣な馬鹿騒ぎに付き合うくらいなら、活力とアイデア、ナマの声に満ち満ちたyou tube動画を見ていた方が、まだしも有益で新鮮、短くとも充実した時間を過ごせるというものです。

テレビには、つくづく愛想が尽きました。あんなもの。

草の根的なyou tube動画の隆盛は、荒廃したテレビの在り方そのものを脅かしているというのに、そして、いまのままではカナラズヤ近い将来、確実に大衆から飽きられ、テレビの存在価値そのものが根底から覆されて、消滅しかねないと危ぶまれているというのに、この激動の「変革期」もカイモク理解できず相も変わらず愚劣な番組を十年一日量産し垂れ流している思い上がった無知と醜態にはもうこれ以上耐えられません。というか、自分などはもう何年も前からとっくに見放していて、せいぜい見るものといえば、映画かスポーツくらいです。

とまあ、そんな感じでここのところyou tube動画を見ているのですが、これも日常的に見ていると、なんだかひとつの傾向みたいなものを感じるようになりました。

それってまさか、例えばあの、見ているうちになんだか自然とコーラが飲みたくなってしまうみたいな「心理的誘導操作」が巧みに仕組まれているとかいう「あれ」なんがではないとは思いますが、最近、そんな感じでwebの森をさまよっていて感じたことがあるので、そのことについて若干書いてみますね。

you tube動画といえば、すこし前までは、北海道のインターアーバンさんという方が製作した、北海道の各本線をたどりながらすべての駅を自動車で走破するというyou tube動画に嵌っていました。

北海道の各線・各駅が必ずしも国道・道道に整然と平行して走っているわけではないので、ときには、とんでもない脇道を迂回しなければならなかったり、人も通わない狭い田んぼ道や雑木林に迷い込んだりと、北海道の原野をこれでもかというくらい堪能できるスグレモノの動画で、傍らに置いた北海道鉄道路線図の各駅にチェックを入れながら日々見ていくうちに全ての駅にチェックが入ってしまいました。

新幹線が停車することによって華麗に整備された駅とか、大都市をひかえた近郊で乗降客が増えて急に手狭になるなど、そういう幸運な駅は、むしろ例外で、ほとんどの駅は、特急列車にスルーされて、停車する電車は日に2~3本くらい、それもだいたいは無人駅で、乗降客は日に数人(その人数に合わせて停車しているらしいのですが)、過疎化が進む辺境の地にあれば、端から徐々に秘境駅となり、やがてバタバタと廃駅となるというのが北海道の鉄道の運命と進行形の現状なのだなと感じさせられるスグレモノの動画です。

そうそう、この動画に出会ったのは、あのカーリングの聖地・北見市常呂町がどういう町かと検索し、また「北見駅」がどういう駅かと眺めていたときに、そのままの流れで「石北本線」の各駅をめぐるこの動画に出会ったのでした。もうほとんど秘境駅という感じの「西女満別駅」とか、「下白滝駅」から「上白滝駅」にかけての荒涼とした原野にある駅が廃駅となる前後の経緯を描いたドキュメンタリー番組を絡めて見たこともありました。

なんといっても実際の自然の風景や街路のたたずまいなど、世界の隅々まで居ながらにして見せてくれるこの手の「ストリートビュー動画」は、インターネットのすぐれた特性だと思います。

北海道の原野の魅力にすっかり魅入られてしまったので、二回目、三回目のインターネット北海道周遊を再びする可能性は大だと思います。こう考えると四国八十八ヶ所巡礼の魅力というのも、こういう感じなのかもしれません。全部のお寺を踏破するリアルな動画というのは存在するのでしょうか、たいへん興味があります。

しかし、この一連のyou tube動画は、見たい動画をピンポイントで語句指定して特定して見ていたわけですが、現実はなにもそんな律儀なことをしているだけではなくて、多くの場合、特に目的も指定もすることなくナニゲに見流す(こんな言葉はありませんが、昔風にいえば、いわばネットサーフィンです)目の前にある面白そうな動画を次々とたどっていくというダラダラした感じがむしろリアルです。

そしてこの場合の「興味を引く」というそのキモの部分は人それぞれに異なると思いますが、自分の場合は、「ものすごく気持ち良くしてくれる」ということが最優先のポイントということになります。

この「ポイント」に当たる動画を具体的に個々に上げていかなければ、「ものすごく気持ち良くしてくれる」という抽象の説明にはならないと思うので、まあ、キリがありませんが、そのうちの2~3を上げてみることにしますね。

そのひとつには、なんといっても「外人さんの日本褒め」という動画があります。

とにかく、日本好きの外人さんが日本のことをやたら褒める。

長い間日本に憧れていてやっと観光で来たという人から、もう何年も住み着いてしまっている人まで、それも欧米人、アジア人、中近東からアフリカまで、それこそ多種多彩の人種がいて、それこそ、やれ財布を落したら無事に返ってきただの、中身の金も手付かずだっただの、道に迷っていたら親切なタクシーの運転手さんが空港まで送ってくれて飛行機に間にあったうえに料金も受け取らなかっただの、日本では黒人なのに差別をされなかっただの、日本で生まれた黒人の少女が渡米したら始めて差別を知って差別されない日本社会に改めて感激しただの、いわば日本人の善良さ・規律正しさをあげるものとか、いやいや、まだありました、日本の風景(サクラとか)をベタほめし、温水洗浄トイレに喜声をあげ、スクランブル交差点と竹下通りと歌舞伎町、築地市場や浅草寺をレンタル着物でさまよい歩き、秋葉原のメイドカフェをのぞき、林立する自動販売機の数を数え、モノレールに乗り、新幹線のスピードにびっくりし、日本食の美味さ加減に大仰にのけぞってみせ(それも寿司や神戸牛、スキヤキや天麩羅ならともかく、お好み焼き・たこ焼き・ラーメンのたぐいにまでデリシャスやトレビアンの連発なのですから、そこまでいくと揶揄されているのではないかと疑心暗鬼になるのは当然で、それにしてもなにがなんだかわけがわかりません)、そして、ツアーのコースにでもなっているのか必ず伏見稲荷の赤鳥居のトンネルを嬉々としてくぐり、奈良公園の鹿に餌をあげてお辞儀をさせ、大仏を見て喜ぶという、そうした動画が延々累々と続きます。

まあ、来日観光客数というのが年々増大しているということですから、この動画のすべてが「眉唾」とは思いませんが、「本当かよ」という気持ちは、どうしても拭えません、それほどのことなのかよ、とこうなります。ならざるを得ません。

しかし、そう思いながらも、この似たような動画を飽きもせずに延々と見ることができるのは、やはりそこに「外人さんの日本褒め」の心地よさがあることは確かです。とにかく日本人は外人さんに褒められることにとても弱くて、だから大好きなのだと思います。自分も含めてね。それは日本人の中に業のように根深い外国コンプレックスとかがあって(だからいつまでたっても英語が喋れないのかもしれません)、外人に褒められると罪を贖われたように感激して、なんでも許してしまえる部分があるからだと思います。それを外人さんは日本人の善良さと誤解しているフシもあって、その双方のボタンの掛け違え感がまたなんとも言えない心地よさなのです。

そして、この流れで延々と動画を見ていくと、やがて「究極の動画」というのに行き着きます。つまり、いわゆる極め付け、それが「舞妓さんウォッチ」です。

これも日本観光ツアーのコースになっているのではないかと思うくらい、外国人観光客がぞろぞろと四条通りから花見小路あたりのお茶屋さんや置屋さんの前をなんとなくぶらついて、あきらかに舞妓さんや芸妓さんが通り掛るのを待ち伏せしてタムロしているふうで、そして、突如、舞妓さんが「出現する」(実際は、お茶屋さんに出向くだけなのですが)となると、まるで「怖いもの見たさ」で遠目からチラミをする遠慮深い人から、すれ違いざまに至近距離でカメラを向け、それでも飽きたらずに血相変えて追っかけまわすという正直にずうずうしい人までいろいろいて、この様子を見ているだけでも外人さんたちの「舞妓さん」に向ける興味と感心の高さがうかがわれます。聞くところによると、このずうずうしい追っかけの観光客の誰もが必ずしも善人というわけではなく、後ろからカンザシや髪飾りを引き抜いて盗んだり、ひどいのになると襟からなにかを入れたりするというとんでもないやつもいるとかで、舞妓さんたちもいい迷惑で、いくら注目の的になっているからといって、必ずしも善良に受け止めて悦に入っている場合ではない油断ならない部分もあるそうなのです。

これではまるで野鳥観察ではないかとも思ってしまうのですが、しかし、残念ながら「品」と「距離感」と「好奇心の質」の面においては、「舞妓さんウォッチ」の方は、はるかに「品」に欠け「危険な距離感」で「善良さに欠ける好奇心」によって、美しく見せるために無抵抗なのに付け込まれ、それをいいことに盗みや小暴力の危険や被害にさらされるという実に生々しい人間的な善悪の彼岸にいることを感じました。

自分がこの一連の動画を見ていて直感したのは、むかし、小売店の開店祝いの宣伝のために近所を賑やかに練り歩いた白塗りの顔のチンドン屋のあとを子供たちがぞろぞろとついて歩いていたあの景色でした。なによりも子供心には、あの「白塗りの顔」の物珍しさというのは、非日常のヨコハマメリーさん風な「異様さ」と同じものだったと思います。むかし、天井桟敷や状況劇場の芝居をみたとき、「白塗り」の顔を異様と受け止めたあの感性と同じものを見たのだと感じました。

いやいや、「チンドン屋」の白塗りと「舞妓さん」の美しい白塗りを比較するなんて、なんという不見識だとお叱りを受けそうですが、子供心に思ったことなので、なにとぞお許しください。

考えてみれば、自分がいままで舞妓さんの白塗りを、そうした美しさの面から見たことがまったくなくて、むしろ「異様さ」からしか見ていなかったという、それくらい遠い世界の存在だったということなのだと思います。

ですので、多くの舞妓さんたちが語る「舞妓さんになろうと思った動機」が、修学旅行のときに美しい舞妓さんを見て自分もなりたいと思ったというコメントなど、自分的にはどうにも実感の伴わない空疎なものに聞こえてしまって仕方ありませんでした。

そういえば、この「はるかに遠い存在」感は、水田伸生監督「舞妓Haaaan!!!」2007や周防正行監督「舞妓はレディ」2014を見たときも、「なぜ、いまさら、舞妓さんなんだ?」という唐突さと違和感しかなく、正直「意味、分かんねえ」という思いしか抱けませんでした。無理もありませんよ、遠い祇園のお茶屋遊びのことなど空想するにも手掛かりがなく「無」の状態だったのですから、興味がどうのこうのという段階にさえ至ってなかったわけで、ですから「舞妓さん」など、存在それ自体が現実とは考えられない存在だったのはしごく当然のことだったと思います。

その意味でいえば自分など、あの「善良さに欠ける悪意の好奇心に満ちた観光客」にもおよばない、それより以下の日本人にすぎませんでした。


(注)劇場版映画は以下のとおり。
舞妓はんだよ全員集合!!(1972年 松竹 ザ・ドリフターズ、吉沢京子主演)
舞妓はん(1963年、松竹、橋幸夫、倍賞千恵子主演)
舞妓物語(1987年、松竹、岡本舞子主演)
舞妓物語(1954年、東宝、峰幸子主演)(ストーリーは上とまったく違う)
祇園小唄絵日傘(1930年、マキノプロダクション、桜木梅子主演)
祇園囃子(1953年、大映、若尾文子主演)
祇園囃子(1934年、松竹、飯塚敏子主演)
おもちゃ(1999年、東映、宮本真希主演)
SAYURI(2005年、松竹配給、チャン・ツィイー主演)
舞妓Haaaan!!!(2007年、東宝配給、阿部サダヲ、堤真一、柴咲コウ主演)
舞妓はレディ(2014年、東宝配給、上白石萌音主演)


そんな感じで、外国人観光客の「舞妓さん追っかけ動画」を見ていたのですが、しかし、その手の動画のなかには、なにも興味本位のものばかりとは限らず好意的に舞妓さんや芸妓さんを美しく撮ろうという好事家の撮った動画もあることに気がつきました。満開のサクラの下での撮影会とか。奉納舞とか。イベントとか。

そこで驚天動地の、とてつもなく美形の芸妓さんを見つけてしまいました、さっそく名前をメモりました。そこには、祗園東の「つね桃さん」と書いてあります。とにかく、ものすごい美人。というか、そのキップの良さは、どう見ても柳橋とか赤坂芸者のイメージで、上品でおとなし目の芸舞妓さんが多い京都らしからぬ鋭さがあって、そのことを本人も一向に隠そうとしない明け透けなところが却って清々しく、好感を持ちました。どうすれば自分を美しく見せられるか(髷で白塗りの裾引き)を熟知しているプロに徹した賢さと自信と開き直りも、見るものを安心させるものがあります。

さっそくアレコレと検索をかけてみました。


山口県萩市出身 1987.2.6生
2002 祇園東「繁の家」に仕込みさんとして入る。
2003.3.3 舞妓さんとしてデビュー、桃の節供にちなんで「つね桃」に。
2008.11.28 21歳で襟変え(ということは、1987年生まれということですか)


なるほど、なるほど。検索していくにつれて、このヒトが、「超」のつく売れっ子芸妓さんということは、画像と動画の多さからでも容易に分かりました(むしろ、知らなかったのは自分だけだったのかという気分にさえ段々なってきたくらいです)が、そんなふうに調べ進むうちに、新しいコメントの調子が、なんだか過去形で書かれているようなのが少し気に掛かり始めたとき、「つね桃さんの結婚式」という記事に遭遇しました。どうも結婚を機に引退されたような感じです。

なるほどね、そりぁそうですよ、なにしろこの美形です、男たちが放っておくわけがありません。
外国人観光客が、舞妓さんの追っかけくらいでは気が納まらず、舞妓さんに成り切るコスプレ(和装レンタルと髷と白塗りの化粧がセットになっています)まで結構繁盛している意味もこれでよく分かりました。




●京都五花街の舞妓さん・芸妓さん名前一覧  2019.04.17 現在しらべ

★祇園甲部
【舞妓】
小純 こすみ 廣島家
鈴乃 すずの 福嶋
まめ樹 まめじゅ 多麻
豆結 まめゆい ニンベン
美羽子 みわこ 西村
佳つ笑 かつえみ 小田本
槇里子 まりこ 西村
市紘 いちひろ 中支志
小奈都 こなつ 中支志
あすか あすか つる居
菜乃葉 なのは 多麻
豆誉 まめよ 新井
瑞乃 みずの 福嶋
佳つ桃 かつもも 小田本
佳つ春 かつはる 小田本
豆沙弥 まめさや 柴田
多都葉 たつは 多麻
ゆり葉 ゆりは 多麻
豆珠 まめたま イ
小なみ こなみ 中支志
朋子 ともこ 西村
小花 こはな 枡梅
美月 みつき つる居
まめ衣 まめきぬ 多麻
佳つ花 かつはな 小田本
小衿 こえり 廣島家
まめ春 まめはる 多麻
【芸妓】
まめ柳 まめりゅう 多麻
茉利佳 まりか つる居
市晴 いちはる 中支志
紫乃 しの 福嶋
実佳子 みかこ 西村
佳つ江 かつえ 小田本
豆純 まめすみ 亻
市十美 いちとみ 中支志
佳つ雛 かつひな 小田本
豆六 まめろく 新井
恵里葉 えりは 多麻
真咲 まさき 美の八重
佳つ智 かつとも 小田本
紗月 さつき つる居
章乃 ふみの 福嶋
千紗子 ちさこ 西村
豆まる まめまる 柴田
小芳 こよし 廣島家
つる葉 つるは 多麻
紗矢佳 さやか つる居
小扇 こせん 廣島家
市有里 いちゆり 中支志
槙子 まきこ 西村
有佳子 ゆかこ 西村
真生 まお 美の八重
小愛 こあい 廣島家
満友葉 まゆは 多麻
【引退】
紗貴子 さきこ 西村
亜矢子 あやこ 西村
まめ章 まめあき 多麻
豆こま まめこま 柴田
真希乃 まきの 美の八重
豆千佳 まめちか 新井
清乃 きよの 福嶋
知余子 ちよこ 西村
佳つ扇 かつせん 小田本
由喜葉 ゆきは 多麻
夢乃 ゆめの 福嶋
まめ藤 まめふじ 多麻
まめ菊 まめきく 多麻
佳之介 かつのすけ 小田本
杏佳 きょうか つる居

★祇園東
【舞妓】
満彩尚 まさなお まん
叶久 かのひさ 叶家
叶千代 かのちよ 叶家
富千英 とみちえ 富菊
涼真 りょうま 栄政
満彩野 まさの まん
叶紘 かのひろ 叶家
【芸妓】
雛佑 ひなゆう 岡とめ
富津愈 とみつゆ 富菊
富多愛 とみたえ 富菊
まりこ 岡とめ
美晴 みはる 岡とめ
つね有 つねゆう 繁の家
つね和 つねかず 繁の家
満彩希 まさき まん
涼香 りょうか 榮政
豊壽 とよひさ 榮政
美弥子 みやこ 叶家
【引退】
満佐子 まさこ まん
雛菊 ひなぎく 岡とめ
文音 ふみね 岡とめ
満彩美 まさみ まん
つね桃 つねもも 繁の家
富久春 ふくはる 岡とめ
叶菜 かのな 叶家
駒子 こまこ 岡とめ
叶笑 かのえみ 叶家

★宮川町
【舞妓】
とし菜穂 としなほ 駒屋
とし菜希 としなぎ 駒屋
叶笑 かなえみ 川久
ふく典 ふくのり しげ森
君咲 きみさき 本城
小晶 こあき 花傳
ふく友梨 ふくゆり 堀八重
君萌 きみもえ 利きみ
とし七菜 としなな 駒屋
とし菜実 としなみ 駒屋
千賀染 ちかそめ 駒屋
菊咲奈 きくさな 花ふさ
ふく那 ふくな 河よ志
ふく香奈 ふくかな 河よ志
ふく千華 ふくちか 堀八重
富美梗 ふみきょう よし富美
小えん こえん しげ森
菊弥江 きくやえ 花ふさ
千賀明 ちかさや 駒屋
千賀遥 ちかはる 駒屋
ふく弥 ふくや 河よ志
とし恵美 としえみ 駒屋
叶幸 かなゆき 利きみ
ふく珠 ふくたま しげ森
叶子 かなこ 川久
ふく朋 ふくとも 堀八重
小はる こはる しげ森
【芸妓】
ふく音 ふくね 河よ志
とし純 としすみ 駒屋
小梅 こうめ 花傳
里春 さとはる 川久
ふく兆 ふくちょう しげ森
田ね文 たねふみ 高よし
富美夏 ふみか よし富美
君綾 きみあや 本城
弥千穂 やちほ 花傳
ふく恵 ふくえ 河よ志
ふく紘 ふくひろ しげ森
小ふく こふく しげ森
美恵雛 みえひな 春富
ふく尚 ふくなお 石初
ふく鈴 ふくすず 石初
ふく光 ふくてる 堀八重
とし真菜 としまな 駒屋
とし夏菜 としかな 駒屋
とし輝 としてる 駒屋
菊志乃 きくしの 花ふさ
里香 さとか 川久
【引退】
君さ代 きみさよ 本城
ふく英 ふくはな しげ森
富美苑 ふみその よし富美
富美芳 ふみよし よし富美
小凛 こりん 花傳
君有 きみゆう 本城
君とよ きみとよ 利きみ
君ひろ きみひろ 利きみ
ふく乃 ふくの 河よ志
小よし こよし しげ森
千賀すず ちかすず 駒屋
とし桃 としもも 駒屋
ふく苗 ふくなえ しげ森
美恵菜 みえな 石初
ふく真莉 ふくまり 堀八重
とし日菜 としひな 駒屋
とし智 としとも 駒屋

★先斗町
【舞妓】
秀眞衣 ひでまい 雅美家
秀華乃 ひでかの 雅美家
市愛 いちあい 舛之矢
市すみ いちすみ 山口
市沙登 いちさと 舛之矢
もみ香 もみか 山口
光はな みつはな 丹美賀
市結 いちゆう 勝見
市彩 いちあや 舛之矢
【芸妓】
多香 たか 山口
久桃 ひさもも 井雪
もみ福 もみふく 山口
あや野 あやの 山口
久鈴 ひさすず 舛之矢
市福 いちふく 舛之矢
【引退】
市奈菜 いちなな 山口
もみ陽菜 もみひな 丹美賀
市照 いちてる 舛之矢
あや葉 あやは 勝見
市駒 いちこま 丹美賀

★上七軒
【舞妓】 
尚舞 なおまい 中里 
市梅 いちうめ 市 
市ぎく いちぎく 市
勝貴 かつき 大文字
梅たえ うめたえ 梅乃
ふみ幸 ふみゆき 勝ふみ
市彩 いちあや 市
梅ひな うめひな 梅乃
市多佳 いちたか 市
【芸妓】
尚絹 なおきぬ 中里
尚可寿 なおかず 中里
【引退】
梅叶菜 うめかな 梅乃
勝音 かつね 大文字
市まり いちまり 市
梅なな うめなな 梅乃
梅はな うめはな 梅乃
梅ちえ うめちえ 梅乃
市こま いちこま 市
市知 いちとも 市
尚あい なおあい 中里
勝奈 かつな 大文字
勝也 かつや 大文字
梅蝶 うめちょう 梅乃
梅咲久 うめさく 梅乃
勝瑠 かつる 大文字



# by sentence2307 | 2019-06-25 19:45 | 徒然草 | Comments(0)
伝記映画が好きなので、目の前に「パニック映画」とか「冒険活劇」、「西部劇」、「オカルト映画」があって見る選択をしなければならないときに真っ先に見るのは、やはり「伝記映画」ということになります、加えてそれが「歴史もの」となれば躊躇する理由などいささかもありません、でも考えてみれば、映画って多かれ少なかれ「伝記映画」みたいなものかもしれませんね。なので、今回は問題なく、どの作品よりも優先して「チャーチル ノルマンディーの決断」を見ることにしました。

この「ノルマンディー上陸作戦」なら、ぼくたちの映画の鑑賞経験からいっても、幾らでもド派手に作ることのできるオールスター・キャストが可能な超大作映画になる題材なのに、「イギリスが作るとなると、こうなるか」の見本みたいな、自分たちのバラ色の固定観念の横っ面を思い切り張り倒してくれたスコブル後味の悪い、常人にはちょっと理解しがたい映画を見てしまいました。

それは、結局、どんな題材でもシェイクスピア風にまとめてしまうという「お座敷芸」といってしまえばそれまでですが、はっきり言ってそれは彼の国の「悪弊」以外のなにものでもありません。とくに映画にとってはね。

それにしてもこれってひどくないですか、自分では金科玉条だと固く信じ込んでいるその方法、いくらご立派な「シェイクスピア方程式」かもしれませんが、あらゆるストーリーにこれをそのまま当て嵌めることができるかどうか、この現代にあってはおのずからホドってものがありますから。これじゃあまるで後先のことも考えずに目先の利害と威信だけにこだわってEUを離脱してしまおうという「あの考え方」と同質のものを感じます。後世、国民投票が愚衆政治につながってしまういい例として残ってしまうかも。

いわばこれが、むかしからイギリスが持っている融通のきかない頑なな歴史的認識というものかもしれません、たとえそのために映画という「絵空事」であることで救われる良質な部分を損ない、時間の経過がようやく癒し固定できたはずのものが、一方的な認識によって淡色で描いて成立した気安さを一向に理解できず、相も変わらず深刻ぶって蒸し返しぶち壊すことで悦に入っているものの、その実体は実に薄っぺらでバレバレな自己正当化でしかない例のアレですよね。

特に、あの戦争で米英ソに標的にされ、きたない罠にはめられて痛い目にあった極東の島国の子孫にとっては、実にミエミエな「アレ」にすぎません。

この映画の違和感は、あのチャーチルが、かつて自分の作戦のために多くの死者を出してしまった「ガリポリの戦い」の失敗の記憶に捉われ・苛まれ、まるで悩めるハムレットのように煩悶・悲嘆し、アメリカの提案するノルマンディー上陸作戦(膠着状態にある戦局を一挙に覆し好転させようという捨て身の画期的な作戦です)に対しても「そんなことをしたら、多くの若者の命が失われるではないか」などと難色を示し、グズグズと反対する苦悩が描かれ続けます。戦争の端緒はどうであれ、多くの戦争を指揮してきた指導者の態度としては「それってどうなの?」という理解不能の実に煮え切らない驚くべき醜態です、「んなわけないだろう」という。

傑出した指導者・政治家なら、国を守るための戦争で一定の死者がでるのはハナからあたりまえのことで、いまさら悩むなどありえません、いい加減にしろと。

黒かったり黄色かったりする肌の色の民衆の自主独立の悲願を踏みにじり、散々に弾圧してきて(それも自分の手を汚さずに現地人同士を戦わせ弾圧・互いに殺戮させるという実に狡猾にして悪辣な悪魔の施策です)、そうした植民地経営の圧制のもとで殺戮の限りを尽くしてきたあの大英帝国(「大映」帝国ではありません)の指導者たるもの、悩むにしても、もうちょっと「戦略的な」深みがなければコタビの戦争で痛い目にあった東洋の黄色い観客のひとりとしては納得することなどできません。「ヒューマニズムだと」なにをいまさらほざきゃあがるんでい、片腹痛いわ、このやろう、こんな映画、到底信用するわけにはいきません。

しかもこの映画、ご丁寧にも、まさに明日、天候が回復したらノルマンディー上陸作戦が決行されようかという前夜、チャーチルは、多くの死者を出すくらいなら、むしろ、作戦が決行できないほどの嵐がくるように神に祈る場面さえ僕たちは見せつけられます。

えっ~!? あのチャーチルが!?  まさか、そんなことするわけないだろうが!?

これじゃあまるで、就寝前、宿題をしていないことを思い出した小学生が焦りまくり、翌日、突如台風がきて学校が休みになってください、あるいは、世界が破滅してみんなも死んで学校もなくなってしまいますようにと必死になって祈るようなもんじゃないですか、このチャーチルの浅はかな描き方には、心底呆れ返ってしまいました。結局、嵐も来ることなく、世界も破滅しなければ、せいぜい腹痛とかの仮病をかたってズル休みをしてしまおうという、これはその程度の低次元の貧しい発想と想像力によって撮られた、冷笑にも値しない(そんなことをしたら「冷笑」の品位が穢れます)、このところついぞ見たことも聞いたこともないぶざまなシーンでした。

少し前、自分はこのブログで、チャーチルの名言に感銘し、その幾つかを取り上げたことがありました。

例えば、
「上手な演説というのは、女性のスカートのようでなければならない。大事な点をカバーするだけの十分な長さが必要だが、興味をかき立てる程度に短くなくてはならない」
というものなのですが、無骨な「スピーチ」を論じるにあたりで、そうなのかなと思っていると、突如「スカート」を引き合いにだしてきて、「大事な点」という硬直のはずのイメージを一挙に艶めいて色っぽく変化させてしまうという言葉の魔術、言葉が有しているイメージをアクロバット的に重ねる言葉のモンタージュによって見える景色(映像)を一変させてしまう才能への驚きと衝撃の経験を書いたものでした。眼前には突如ミニスカートから覗くムチムチ・テラテラの太ももが現出し、官能的にうごめき、こすり合わされ、想像力は強引にスカートのさらにその奥、なにやらもやもやしたエロスの極致へとムラムラっと誘われます、う~ん、まったくもう。これじゃあイザナワレナイわけにいきませんから!! 

このような機知は、すぐれた一握りの政治家以外、並みの人間には到底できることではありません。彼らは「言葉」によって民衆を動かすことのできるプロなのだと思います。そしてまた、民衆はすぐれた政治家になら思うままに動かされてみたいと常に渇望し望んでいる存在なのだとも思います。

チャーチルに動かされる民衆もいれば、ヒトラーに動かされる民衆もいて、それは必ずしも幸とか不幸とかの問題ではなくて、政治家への「酔い方」のカタチのような気がします。しかし、その酔いは、いずれ大きな「代償」を払わされる「悪酔い」となるか、あるいは「果実」を受け取れる「夢」となるのかの違いであって、その「選択」可能の猶予の時期に民衆がどのような質の「酔い」を持ったのか拒んだのか、それはそれら民衆が経てきた歴史的資質が問われる問題でもあることは、たとえば某国の大衆迎合に溺れ込み愚民政治に奔走しウツツをぬかしたあげく、土下座外交で媚びへつらった北朝鮮から剣突をくらって無能な馬脚をあらわし、もはや世界からも相手にされず、ついに国を傾けてしまった憐れで愚かな政治家の例をあげるまでもありません。地位を利用した身内びいきで、私利私欲に走り公金を横領して、私腹を肥やしたこの国の多くの先達と同じように、このイカサマ野郎の将来もまた入獄か自殺かの悲惨な末路がすぐそこに待ちうけているなんてことは容易に予想することができます。

さて、この映画に描かれているチャーチル、最後には、周囲からの奥さんとか、秘書官やうら若きタイピストから諌められてようやく国民の指導者としての責任と冷静さを取り戻し、「ノルマンディー上陸作戦」を承諾して、あの史上名高い戦意鼓舞の感動のラジオの名演説に至るというラストになるわけですが、ただ、この映画の冒頭に出てくるチャーチルが移動の自動車の中でスピーチの文案を考えているという場面、秘書官はあれこれと言葉の言い回しや選択等の助言するのを、あるいは撥ね付けたり、あるいは渋々受け入れたりする描写が出てくるのですが、あの場面にもなんだか違和感を覚えました、チャーチルが自らの演説のああした細々とした言葉づかいに対して、あのような神経質なチェックをしただろうかという疑問です。

チャーチルなら、前述した「スピーチ」を「スカート」に例えたような、演説をいかに民衆に分からせることができるかと細心に注意し、様々な機知に思い巡らせたとしても、まさか「細々とした言葉づかい」までも神経を尖らせていたとはどうしても思えません。そういうチェックは、それ以前に秘書官の仕事であって、チャーチルはもっとその先の民衆に分かりやすい皮肉と諧謔に富む「譬え」に思いをめぐらせていたに違いないと思うのが、自分のイメージです。公文書として残るタイプ文書ならともかく、場の勢いを必要とする演説です、そこは「もの」が違うと思いました。

さて、この映画の中で、さらにひどいと感じたテイタラクな場面があります。

「ノルマンディー上陸作戦」をチャーチルが拒んだ驚くべき理由(もうこれ以上若者の死体を見るのはこりごりだ)によって反対の意思を示唆した連合国軍最高司令官アイゼンハワーから、「あんたの意見なんか求めていない。オレは軍人として、やるべきことをやるだけだ」ときっぱり、時代遅れのジジイは引っ込んでろと無視されます。

喧嘩の流儀として売り言葉に買い言葉というものがあるなら、ここは「これでも自分は一国の指導者だぞ、コレコレの理由で反対するのだ、ばかやろう」くらいのことは当然言わなければならないところでしょうが、この映画においてチャーチルの持っている札は、なにせ「弱々なヒューマニズム」だけなのですから、反論もへったくれもありません。

ですので、この映画に描かれているチャーチルは、自分が知っているチャーチルとは、似ても似つかないマガイモノの人物というしかありませんでした。

ただひとつだけ、書いておかなければならないことがあります。

この映画の感想を読んでいたら、チャーチルの奥さん「クレメンティーン」を演じたミランダ・リチャードソンを評価した記事を幾つか見かけました。まあ、コトは「見かけました」程度ですので、評価とまでいえるかどうか疑わしく、むしろ正確にいえば「違和感のある演技なので目についた」程度と考えたほうがいいかもしれません。

自分としても、この妻が宰相チャーチルを心から愛し、尊敬し、信頼して、陰ながら身をもって尽くすという良妻賢母のタイプの「演技」というわけではなく、すこし違う「妻」を演じていたことは気がつきました。

むしろ、たとえば、面倒くさい上司(課長)の下に配属させられてしまった「課長補佐」が、ふて腐れてか開き直ってかして、職務だからすべきことは仕方なくするけれども、それ以上のことはしないからね、それに理不尽な命令なら面と向かって言い返すくらいに冷たく見据え、「あんたのために、なんでオタクの失敗を自分が背負い込まなくちゃならないわけ」と突き放している感じは持ちました。

実は、このミランダ・リチャードソンのデビュー作というのを自分は見ています、その作品を、当時、高く評価した記憶が鮮明によみがえりました。

ですので、多くの方々が持ったかもしれない彼女の演技への「違和感」は、自分のそれとはちょっと質の異なったものでした。

その映画の題名は「ダンス・ウイズ・ア・ストレンジャー」、イギリス最後の絞首刑を受刑した女性ルース・エリスの実話を映画化したもので、ロンドンの酒場でホステスをしていたルースが、自分を真剣に愛してくれる男がいるのに、名家の御曹司の遊び人に入れあげて一方的に付きまとったあげく、無視されて彼を射殺してしまうまでを描いた衝撃作でした。カンヌ映画祭でヤング映画賞というのを受賞したそうです。

当時のこの映画のイメージを思い出すためと、もちろん懐かしさというものもありますので、そのときのコラムを以下に引用してみますね。

《【ダンス・ウイズ・ア・ストレンジャー】(2004. 11. 12)
マイク・ニューエルのこの作品、確か公開時の宣伝コピーは、「1955年、イギリスで最後に絞首台にのぼった女ルース・エリス」だったと思います。
イギリスでは、現在は、死刑制度が廃止されているという社会的な背景が前提になっています。
そして、これは、ふたりの恋人の間で苦悩した末に、憎悪の対象であるとともに最愛の恋人でもあった男を射殺するに至る女の生々しい情念を痛切に描いた傑作です。
僕自身がもっている「女性の愛し方というもの」についての固定観念を根本から揺るがすような、ものすごいショックを受けた作品でもありました。
そういえば、かつて、邦画で同じような感想を持った作品があったことを思い出しました。
吉村公三郎の「越前竹人形」です。
竹細工師の父親が世話をしていた遊女・玉枝を、父の死後、独りぼっちになった女への同情心から、息子が妻として娶ります。
彼は、その美しさを愛でるように玉枝に似せた竹人形の製作に打ち込みます。
「美しいままの存在」で満足している息子に対して、成熟した肉体をもつ玉枝は、何もないままの夫婦生活に欲求不満をつのらせ、偶然に昔の馴染み客(記憶では、西村晃演ずる行商人)と情交をもって不倫の子を宿してしまい、堕胎に失敗し絶命する、という悲劇でした。
若尾文子が官能的に演じたその女は、最初、強姦とも言える無理矢理の情交を強いられたのち、ずるずると続けられる泥沼のような情事にのめり込んでゆく中で、次第に意に反するような肉体の悦楽を覚えてしまいます。
女は、気持ち的には貞淑な妻であろうとし、また、夫を心から愛してもいながら、肉体がどうしようもなくケダモノのような男を求めてしまう肉欲の在り方に、僕は、強い衝撃を受けたのだろうと思います。
心情的には深く夫を愛し、貞淑であろうとする気持ちと、道ならぬ情交の相手の肉体を貪欲にまさぐるという剥き出しの欲望とが、ひとりの女性のなかで違和感なく一体のものとして同時に存在できるという「性欲」の発見は、僕にとって女性の見方を一変させるほどの衝撃だったのだろうと思います。
「ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャー」の中で、そのことを象徴するようなシーンがあります。
ナイトクラブの雇われマダム・ルースが、ひと目惚れした客の青年ディヴィッドと店の二階で性交にふける場面です。
そばには、連れ子の赤ん坊が激しく泣いています。
泣き続ける赤ん坊をほったらかしにして、欲望のままに相手の体を激しく求めるというこの描写は、何もかも棄てて、破滅に至ることさえも厭わない彼女の愛欲のあり方をそのまま象徴しているシーンでもあります。
彼女には、親身になって心配してくれる恋人デズモンドがいて、新しい生活の建て直しを決意する度に、ディヴィッドがあらわれて、すべてをメチャクチャにしてしまいます。
「女」が欲しくなればルースの体だけを求めにやって来るディヴィッドと、彼が現れれば、何もかもが壊されてしまうことが分かっていながら、そして憎しみながらも、彼に体を許してしまうルース。
デズモンドとの暮らしの中でも、彼の目を盗んでディヴィッドに逢いに行くその繰り返しの中で妊娠し、途端に逃げ腰になるディヴィッドとの地獄のような関係を清算するために、ルースは、ディヴィッドを射殺します。
ふたりの間に超えがたい階級差別がさり気なく描かれていたことも忘れられません。
この作品は、1985年カンヌ国際映画祭ヤング大賞を受賞した忘れがたい1作です。
Dance with a Stranger
(1985イギリス)監督・マイク・ニューウェル、脚本・シェラ・デラニー、製作・ロジャー・ランドール=カトラー、音楽・リチャード・ネヴィル・ハートレー、撮影・ピーター・ハナン、編集・ミック・オーズリー、美術・アンドリュー・モロ、衣装デザイン・Pip Newberry
出演・ミランダ・リチャードソン(ルース・エリス)、ルパート・エヴェレット(David Blakely)、イアン・ホルム(Desmond Cussen)、ジョアンヌ・ウォーリー(クリスティーン)、マシュー・キャロル(Andy)》


この映画のミランダ・リチャードソンの印象が強烈で、見た当時は衝撃に似た感銘を受けたのですが、その印象を結局忘れてしまったのは、以後の話題作に恵まれなかったからなのかと、彼女の出演作を改めて検索してみました。

なるほど、なるほど。そうですか。

いままでの出演作を以下にリストアップしてみたのですが、このうち見た作品は幾つかあるのに、まったく印象にありません。不思議です。

まだ、これはという作品とか、はまった役に恵まれないということでしょうか。

役柄を深く掘り下げたくとも、それにふさわしい役に恵まれないまま、掘り下げなくともいいような役を重く演じてしまったために、かえってそれがアダとなり、観客に負担を抱かせて、あえてスルーさせるものがあったというか、あるいは、ずばり忌避だったのか、そんな感じだったのかもしれません。

つい最近見た「ボストン ストロング 〜ダメな僕だから英雄になれた〜」の母親役は、まさにそんな感じでしたよね。



★ミランダ・リチャードソン出演作・カッコ内は、役名

1985
ダンス・ウィズ・ア・ストレンジャーDance with a Stranger(ルース)
ひと夏の青春The Innocent(メアリー・ターナー)
アンダーワールドUnderworld(オリエル)

1987
金持ちを喰いちぎれEat the Rich(DHSS Blonde)
太陽の帝国Empire of the Sun(ヴィクター夫人)

1989
ベーゼ/崩壊の美学El sueño del mono loco(マリリン)

1991
魅せられて四月Enchanted April(ローズ・アーバスノット)ゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門) 受賞

1992
クライング・ゲームThe Crying Game(ジュード)
ダメージDamage(イングリッド)英国アカデミー賞 助演女優賞 受賞

1994
愛しすぎて/詩人の妻Tom & Viv(ヴィヴィアン・エリオット)
ファーザーランド〜生きていたヒトラー〜Fatherland(シャーロット・マグワイア)テレビ映画

1995
欲望の華The Night and the Moment(ジュリー)

1996
カンザス・シティKansas City(キャロライン・スティルトン)
夕べの星The Evening Star(パッツィ・カーペンター)

1997
鉄の枷The Scold's Bridle(サラ・ブラックネイ)

1999
アリス・イン・ワンダーランド/不思議の国のアリスAlice in Wonderland(ハートの女王)テレビ映画
王様と私The King and I(アンナ)声の出演
第一の嘘The Big Brass Ring(ディナ)
スリーピー・ホロウSleepy Hollow(ヴァン・タッセル夫人)

2000
チキンランChicken Run(ミセス・トゥイーディ)声の出演
追撃者Get Carter(グロリア)

2001
スノーホワイト/白雪姫Snow White(エルスペス)

2002
スパイダー/少年は蜘蛛にキスをするSpider(イヴォンヌ/クレッグ夫人)
めぐりあう時間たちThe Hours(ヴァネッサ・ベル)

2003
ロスト・プリンス 〜悲劇の英国プリンス物語〜The Lost Prince(メアリー王妃)テレビ映画
フォーリング・エンジェルスFalling Angels(メアリー・フィールド)

2004
プリティ・ガールThe Prince & Me(ロザリンド女王)
チャーチルズ・ウォーChurchill: The Hollywood Years(エヴァ・ブラウン)
オペラ座の怪人The Phantom of the Opera(マダム・ジリー)

2005
ナターシャの歌にGideon's Daughter(ステラ)テレビ映画
ハリー・ポッターと炎のゴブレットHarry Potter and the Goblet of Fire(リータ・スキーター)

2006
パリ、ジュテームParis, je t'aime
サウスランド・テイルズSouthland Tales(ナナ・メエ・フロスト)

2007
ブラザーサンタFred Claus(アネット・クロース)

2009
ヴィクトリア女王 世紀の愛The Young Victoria(ケント公爵夫人)

2010
ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1 Harry Potter and the Deathly Hallows - Part 1(リータ・スキーター)

2014
マレフィセントMaleficent(ウラ女王)

2017
ボストン ストロング 〜ダメな僕だから英雄になれた〜Stronger(パティ・ボウマン)
チャーチル ノルマンディーの決断Churchill(クレメンタイン・チャーチル)



★チャーチル ノルマンディーの決断
(2017イギリス)監督・ジョナサン・テプリツキー、脚本・アレックス・フォン・チュンゼルマン、撮影監督・デヴィッド・ヒッグス、美術・クリス・ループ、音楽・ローン・バルフ、編集・クリス・ギル、衣装・バート・カリス、ヘア&メイクアップ・ケイト・ホール、
出演・ブライアン・コックス(ウィンストン・チャーチル)、ミランダ・リチャードソン(クレメンティーン・チャーチル)、エラ・パーネル(ミス・ギャレット)、ジョン・スラッテリー(連合国軍最高司令官アイゼンハワー)、ジェームズ・ピュアフォイ(英国王ジョージ6世)、ジュリアン・ウェイダム(モンゴメリー将軍)、リチャード・ダーデン(Jan Smuts)、ダニー・ウェブ(Marshal Brooke)、



# by sentence2307 | 2019-06-16 18:55 | ジョナサン・テプリツキー | Comments(0)

お茶漬けの味

先日、BSで小津作品「お茶漬けの味」1952を放映していたので、久しぶりに見てみました。

「お茶漬けの味」は、自分のなかの位置づけとしては、とても微妙な作品です、いままで何をさし置いても「是非とも見る」という作品では、必ずしもありませんでした。

ですので、たまたまのTV放映は、ある意味(他動的な)とても貴重な機会といえるかもしれません。

戦後の小津作品を単純に年代順に並べてみると、興味と評価についての比重は、どうしても「シリアス」な作品に傾いてしまうというのは、誰もがきっと同じだろうと思います、インパクトからみれば、それは致し方のないことと自分でも思っていますし、そうした傾向を「善し」とする部分が自分の中には確かにあります。

しかし、それらシリアスな作品(「風の中の牝鶏」「晩春」「宗方姉妹」「麦秋」そして「東京物語」や「東京暮色」)と同じ乗りで、この「お茶漬けの味」を見ることができるかというと、どうしても抵抗を感じてしまうのが、いままでの自分の状態でした。

この「お茶漬けの味」を、それこそはっきりと「喜劇」と仕分けしている解説書もあるくらいですから、そういう影響を受けてしまうのは避けられません、なので軽妙洒脱な「お茶漬けの味」という作品を受け入れるためには、どうしても特別の覚悟と気分の切り替えの心的手続きを必要としたのだと思います。

その意味で自分にとってこの「お茶漬けの味」はたいへん「微妙」な作品で、それが「敬遠」というカタチに現れてきたのかもしれません。この作品を見たのは今回が二度目、しかも数十年ぶりの鑑賞でした。

たぶんに思い込みというのもあったと思います、自分にとっての「お茶漬けの味」は、いわゆる「分かりやすい作品(だから、もう見なくていいか)」という位置づけで「ワキ」に押しやった作品といえます、思えば、随分と勝手な話ですが。

つまり、最初見たとき、なんの根拠もなく、「これは、こういう作品なんだよな」と決め付け、完全に理解したつもりになって、それ以後、二度と見直すことも、思い返すこともなくなってしまった映画として、「お茶漬けの味」という作品はありました、いわば「封印」状態にしてしまった作品です。

最初に見たのは、おそらく「並木座」か「文芸地下」あたりの「小津監督作品特集」の一本として「お茶漬けの味」を見たと思いますが、当然、他の小津作品と比較して見て、その「衝撃度」がすこぶる弱く、ずいぶん淡白な作品だなあと失望し、だから「封印」したのだと思います。

なにしろ、この映画の内容というのが、熟年夫婦が喧嘩して和解するまでを描いた映画にすぎません、親しく出入りしていた姪が、「見合いなんか、絶対に嫌」と見合いの場から逃げ出したことから、その世話をした妻が身勝手な振る舞いをした姪に怒りを向けると、夫のほうは「かばう」という立場になって夫婦仲もぎくしゃくし始め、やがて険悪になってしまいます。

この夫婦もまた見合い結婚で一緒になっていて、夫婦のあいだが疎遠なのはそのためなのかと感じ始めるあたりから、次第にお互いの積年の不満が噴出してぶつかり合うというストーリー展開です。

自分がこの作品を見るのは今回で二度目なのですが、姪が「お見合い」に疑問を感じたことと、熟年夫婦の間にくすぶる「疎遠」の原因が「見合い結婚」に端を発していたのではないかと思い始める物語の構図が、端正な整然とした相似形をなしていることに今回はじめて気がついて、とても感心しました、これが小津作品の楽しみ方というものなのかと。

「いまさら、なに言ってんだ」と叱られそうですが。

姪の見合い話がこじれたことが切っ掛けとなって、気まずくなった夫婦が、やがて和解に至るまでを描いた映画なのですが、これをもし「風の中の雌鶏」などと一緒に見たとしたら、シリアス好みの自分には、やはり落胆するしかなかったに違いないことは、容易に想像できます。

なにしろ、「風の中の雌鶏」は、夫が出征中に子供が急病になり、切り詰めた生活のなかでは治療費に当てる経済的余裕がなく、思い余った妻は売春してしまい、そのことを知った夫は激怒して妻を殴るわ蹴るわの、現代ではもはや製作することはおよそ困難な、「戦争直後」という逼迫した時代が作らせた凄まじい壮絶なDV極限的映画です。

しかし、かたや「お茶漬けの味」は、裕福な家庭の夫婦の気持ちをかすかな行き違いと、ささやかな和解とを描いた上品な映画です、そもそもの喧嘩の原因が「お嬢様育ち」の有閑マダム(現在では完全に「死語」ですが)のわがままと思い上がりが根底にあり、彼女のささやかな改心によって和解するという気持ちの微妙な行き違いをさざなみのように描いた、別段なんということもない映画です、当時の自分が、「風の中の雌鶏」に心奪われ、「お茶漬けの味」に失望したとしても、一向に不思議ではありません。

子供の命を救うためには売春するしか方法のなかった切羽詰った主婦の苦悩を描いた「風の中の雌鶏」を見たあとで、この気まぐれな有閑マダムの反省と改心の物語「お茶漬けの味」を見たら、まあ、こんな自分のことですから(いまから思えば、若気のいたりにすぎませんが)、落胆を通り越して、手抜き作品以外のなにものでもない、こんな作品を小津監督がわざわざ撮る必要があるだろうかという「悪印象と嫌悪」すら持ったかもしれないことは、容易に想像することができます。

ですので、そのとき自分が持ってしまった「烙印」は、今回、この作品を見るときも残っていて、もう「見なくてもいいかな」的な印象の中で、今回、BSでこの「お茶漬けの味」の放映を受けて、それほどの期待も抱かずに見たというわけです。

しかし、この「お茶漬けの味」の内容のすべてを忘却して、「知識」が皆無だったというわけではありません。

叔母・木暮実千代が、自分の夫のことを女友だちの前で(いずれも有閑マダムです)あまりにも悪し様に言う姿に、津島恵子演じる姪が嫌悪し、「見合い結婚」というものに幻滅し、見合いをすっぽかす動機になるという断片だけは鮮烈な記憶として持っていました。

この印象のカケラは、決して誤りというわけではありません、また、ストーリーの重要なキモを押さえていることもその通りなのですが、今回、この作品を改めて見て、そのニュアンスが若干異なっていることに気がつきました。

生活に余裕のある有閑マダムの妻・妙子(小暮実千代)は、同じようにひまを持て余している有閑マダムの友だちと修善寺旅行に行くこと約束し、夫・茂吉(佐分利信)には、友だちが急病になったから見舞いに行くと嘘をついて旅行を承諾させます。

この一連のやり取りから、この夫婦のカタチが想像できるような気がします。

一流商社に入った男が、その優秀さを上司に見込まれ、娘と見合いさせられてめとる、しかし、都会育ちの妻は、無骨な田舎出の男の所作のいちいちが癇にさわり、何もかもが気に入らない。

そういう思いを鬱積させている妻は、修善寺の夜も、やはり友だち相手に、面白くもない夫の生真面目さ・無骨さを酒の肴にして笑いものにして楽しんだ挙句のその翌朝、宿の池に放っている鯉に餌をあげながら、もそもそして餌を逃してしまう動きの鈍い鯉を鈍重な夫になぞらえて「鈍感さん」と呼び、友だち皆で散々に笑いものにしますが、自分の印象では、ここで姪の節子(津島恵子)が、夫を人前で笑いものにする妻・妙子に対する嫌悪をもよおし非難したとの記憶があったのですが、まったく違いました。

姪の節子も同じように皆のからかいに同調して(とまではいかないにしても、否定することもなく)穏やかな笑顔でその場の雰囲気に溶け込み、楽しんでいたことは確かです。

むしろ、妙子が夫をからかい悪口を言い募りながら突如不機嫌になって、つぶやくように、「あんなやつ(とは言っていませんが)どこへでも行っちゃえばいいのに」と吐き捨てるように言い、それから思いつめた表情でじっと黙り込む鬼気迫る表情は、修復不可能な夫婦の深刻な亀裂と、彼女の絶望感を示唆している衝撃的なシーンでした。

それは自分の記憶の中には、欠落したまるで存在していない「表情」です。

そして、自分の記憶の中にあった姪・節子の反発と怒りの言葉「お見合いなんか、絶対にいや」は、もう少しあとの場面の、実家で無理やりお見合いさせられることになったと叔母・妙子に訴えにきたときの会話のやり取りのなかで発せられています。

姪・節子は、叔母・妙子も見合いで結婚したと聞かされ、「だからふたりは合わないんだわ」ときめつけ、妻が夫に嘘をつくこと、亭主のことを人前でからかい笑いものにすること、そういう夫婦でいることで「幸福なのか?」と妙子に問い詰めます。

「私は幸福よ」

「真っ黒な、もそもそした鯉を叔父様だなんて、お気の毒だわ」

「余計なことよ」

「いいの、結婚したって、旦那様の悪口なんて絶対に言わない。私、自分で探します。お見合いなんて大嫌い。」

「困った人ね、そのうち分かるわよ」

「分かりたいとは、思いません。人の前で旦那様のこと、『鈍感さん』なんて、決して言いませんから」

姪・節子の本音が、ここで十分すぎるくらいに語られているのに、それに反して、彼女から激しい言葉を浴びせられた叔母・妙子の本音は、それほど十分に語られているとはいえない、と自分は長いあいだ思い込んできました。

しかし、妙子は、実家の千鶴(三宅邦子)や山内直亮(柳永二郎)から節子の見合いの話を聞き(前夜に説得し、渋々承知させたこと)、見合いの席である歌舞伎座への同行を依頼されたときも、前日の節子とのつきつめた話はいささかも仄めかすことなく、まるで何事もなかったかのように平然と同行を承諾しています。

この一連のシーンを見たとき、これが妙子の本音なのだなと思い当たりました。

だってほら、妙子は、姪の節子との会話の中で、こう語っていましたよね、「困った人ね、そのうち分かるわよ」と。

妙子が自ら語ってしまった「そのうち分かるわよ」の意味は、夫に嘘をついて気ままな旅行をしたり、好き勝手に遊びまわり、鈍重な夫を陰でからかい、「結婚なんて、しょせんそんなものだ」とうそぶいて、一瞬捉われるかもしれない自己嫌悪を適当にやりすごし、はぐらかして夫婦のあいだによそよそしい溝を作り、顔をそむけ合い、当然の孤独を抱えて暮らすことが、そのうちに分かる「結婚」の実体なのだ。結婚なんて「それ以外の、なにがあるの?」と。

鈍感と夫をなじり、大人気ないと姪を非難し、お茶漬けを下品にかき込む夫に「そんなご飯の食べ方、よして頂戴!」となじりながら、妙子は、それら非難の積み重ねのひとつひとつに、自分の非を少しずつ同時に気づき始めています。

この「積み重ね」が彼女の中になければ(そして、そのことを観客が理解できていなければ)、その夜、飛行機の故障によって夫が突然帰宅し、夫婦が和解をとげるという唐突感は、あるいは免れないかもしれません。

妙子が、腹立ちまぎれに実家に帰ってしまい、その間、突然、夫に海外出張の辞令が下りて、急遽旅立たなければならないとの連絡を受けても、それまで、怒りを高揚させたまま収束できない自分の頑なさにこだわっているあいだに、夫を空港に見送ることをあわや逸しかけたことも、妙子は反省し、深く傷ついたに違いない「積み重ね」を辿れなければこの夫婦の和解は十分に理解できないかもしれない、そんな危惧を感じました。

実は、自分も、夫婦の和解がなぜ「お茶漬け」なのか、という疑問をずっと抱いてきたひとりでした、この実感のなさもこの映画が「敬遠」につながったひとつの原因かもしれません。

夫婦の気安さの象徴というのが「お茶漬け」なのだろうかとも考えてみましたが、もうひとつピンときません。

そのときふっと中学校(相当むかしの中学校です)の若き女教師の言った言葉を思い出しました。


英語というのは、ごく短い文章で多くの情報を瞬時に伝えることのできる優れた言語です。それに引き換え、この日本語はどうですか、でれでれと長たらしいばかりで、結局、最後まで肯定しているのか否定しているのかさえ分からない曖昧さ、グズグスと持って廻った実に煮え切らない下等な言語です、と彼女は日本語で熱く語っていました。

そしてまた、アメリカの食べ物というのは、栄養満点の高カロリーで、だからああした立派で逞しい肉体が形成されるのです。それに引き換え、日本の食事の貧しさ・みすぼらしさはどうですか。日本人の貧弱な肉体が証明しています、実に恥ずかしい限りです。漬物とか納豆とか、得体の知れない臭さ、なんですかあれは。なぜ、あんな奇妙な物を食べなきゃいけないんですか、と。

欧米の優れた文化を賞賛・崇拝するために、できる限りの想像力と弁舌を駆使して彼女は「日本」を卑下しまくっていました。

いまでは、日本文化を愛する外国人が、へたな日本人よりも日本語を流暢に喋り、受け継ぐ者がいないような伝統文化に興味を持ち、着物はおろか日本髪を結いたくて、そのためにわざわざ来日し、あるいは帰化する人たちさえいて、納豆も漬物も健康的な食品であることを熟知している脂肪太りの外国人たちは、なんの抵抗もなく食べている時代です。

あの女教師の「日本」卑下を思い返すとき、この「お茶漬け」を撮ったときの当時の日本の風潮(アメリカナイズ)の時代背景を考えるべきで、この作品は、小津監督の時代への批判が込められていたのではないかと考えた次第です。

(1952松竹・大船撮影所)監督・小津安二郎、脚本・野田高梧・小津安二郎、製作・山本武、撮影・厚田雄春、美術・浜田辰雄、録音・妹尾芳三郎、照明・高下逸男、現像・林龍次、編集・浜村義康、音楽・齋藤一郎、装置・山本金太郎、装飾・守谷節太郎、衣裳・齋藤耐三、巧藝品考撰・澤村陶哉、監督助手・山本浩三、撮影助手・川又昂、録音助手・堀義臣、照明助手・八鍬武、録音技術・鵜澤克巳、進行・清水富二
出演・佐分利信(佐竹茂吉)、木暮実千代(佐竹妙子)、鶴田浩二(岡田登)、笠智衆(平山定郎)、淡島千景(雨宮アヤ)、津島恵子(山内節子)、三宅邦子(山内千鶴)、柳永二郎(山内直亮)、十朱久雄(雨宮東一郎)、望月優子(平山しげ)、設楽幸嗣(山内幸二)、小園蓉子(女中ふみ)、志賀直津子(西銀座の女)、石川欣一(大川社長)、上原葉子(黒田高子)、美山悦子(女店員)、日夏紀子(女店員)、北原三枝(女給)、山本多美(女中よね)、山田英子(給仕)、谷崎純(爺や)、長谷部朋香(見合いの相手)、藤丘昇一(事務員)、長尾敏之助(社長秘書)、
劇場公開日 1952.10.01 12巻 3,156m 115分 白黒 スタンダードサイズ(1.37:1)
毎日映画コンクール男優主演賞受賞(佐分利信)




# by sentence2307 | 2019-06-09 17:01 | 小津安二郎 | Comments(0)

野菊の如き君なりき

ここ数日間、木下恵介監督作品「野菊の如き君なりき」1955に、サブタイトルが付いていなかったか、すこし調べています。

もし付いていたとしたら、イメージ的には、「思い出の君はいつまでも美しく」みたいな、そんな感じのものだったのではないかという記憶が薄っすらとあるので、そのあたりを確かめたくて、あれこれ検索を試みたのですが、結局確認するまでには至りませんでした。

でも、仮にこの惹句が木下恵介作品「野菊の如き君なりき」のものだったとしたら、作品の要点を巧み言い当てている、いかにも相応しいサブタイトルだと感心していたので、別の作品と取り違えて覚えていることも含めて調べてみたのですが、どうもうまくいきませんでした。

この伊藤左千夫の書いた「野菊の墓」は、明治期、いとこ同士の淡い初恋が、大人たちの過干渉によって破綻させられるという実に切ない胸の詰まるような悲恋物語です。

むかしこの映画の作品解説には、「いとこ同士の初恋とその破綻」を「封建的な道徳観を持った大人たちによって無理やり引き裂かれ」みたいに説明したものを読んだことがあって、そのたびにものすごい違和感を覚えていました。

もし、この映画に描かれているその「初恋の破綻」の部分を説明するとしたなら、そんな大括りな紋切り型の説明ではなく、むしろ、「狭い村社会の好奇な目」とか、「悪意と嫉妬の告げ口」とズバリ言ってしまうのがもっとも相応しく、なにも遠まわしに「明治という時代の悪弊のため」などと時代のせいにするなどという事大主義は、なんか如何にも日本的だなとずっと考えていました。

この「初恋の破綻」は、なにも明治の時代的な特徴なんかではなくて、いまだって初恋くらいは十分に破滅させることができる普遍な「悪意ある好奇と嫉妬」とを、まずは挙げるべきではないかなと。

いまでもよくある小中学生とか高校生の自殺に伴う「いじめ報道」の記事の定番に、いじめられた側の自殺者がどんなに苦しんで自殺に至ったかを異常なほどの執着でもって掘り下げネチネチと報道する記事に対して、それに引き換え、死に追いやった加害者たちに関する糾弾がまるでない記事などに接すると、「いじめ」の実態を、まるで最初から、避けがたい「天災」かなんかみたいに扱われているのが不思議でなりません。まるで「遭遇してしまったことは、仕方なかったことなのだ。こんなことで自殺するなんて君が弱すぎたんだよ」と言わんばかりの姿勢には、いかにも日本的な迎合の姿勢を感じ、不快で、思わず湧き上がる怒りを禁じえません。

確かに、自殺者は弱く、だからこそ弱い者とみると寄ってたかっていじり回し、いじめずにはおられない愚劣な者たちのターゲットになってしまうわけですから、ここにある「いじめ」のシステムを解明しないかぎり、いつまでたっても弱者たちは高層ビルから飛び降りるか、家に引きこもるしかして、逃げ回るしかないということになります。

マスメディアは、権力悪におもねるようなマゾヒスティックな報道の姿勢をいい加減改めて、むしろ、いじめ抜いて自殺まで追い詰めたあげく、しおらしく反省ヅラしたその腹の中では、きっとちゃっかり舌を出して薄笑いしているに違いない、そして、その後ものうのうと好き勝手に新たなターゲットを物色している「やり得」の加害者たちをのさばらせないような立ち向かう報道の姿勢が必要です。

しかし、木下恵介作品「野菊の如き君なりき」は、とても優れた作品には、違いありません。

明治期の農村の自然のなかで成長した従姉弟同士の少年と少女の淡い初恋が、その若さと年齢差ゆえに、家族や肉親、そして世間の冷たい目にさらされ、悪意ある干渉に追い詰められ、引き裂かれて破綻するという物語です、少女は泣く泣く初恋を諦めて他家に嫁ぎますが、やがて病死するという伊藤左千夫原作のなんとも遣り切れない哀切な悲恋物語で、その死の床の枕下には、忘れられない少年の手紙が大切にしまわれていて、少女の秘めた健気な思いが死後に分かり涙を誘うという、この作品を越えるようなピュアな悲恋物語は、いまだ作られていないのではないかと思うくらいの傑作には違いありません。

この映画を見た当時、四隅を白いボカシで囲った場面がいかにも作り物めいていて、「ずいぶんだなー」と抵抗を感じた記憶があります、しかし、それでもすぐに、哀切きわまりない「木下」調に引き込まれて、見終わったときには、そうした画面への抵抗感や違和感もすっかり忘れてしまったのだと思います。

しかし、いま改めて映画のスチール写真を眺めると、やはり「これって、やりすぎじゃん!」という違和感は確かにあります。あらためて、これって木下恵介のずいぶん大胆な試みだったんだなあと思います、自分としては、いままであまりいい評判も聞いていなかっただけに、一種の「掛け」みたいな試みだったのかもしれません。

郷愁の感じをだすために四隅に楕円形のボカシを入れた手法っていうのは、大むかしに町の写真館の店先のショーウィンドウでよく見かけた家族写真とか出征兵士の写真とか、ああいうのによくありました、いずれにしても古い写真帖を一枚一枚めくっていくっていう「乗り」だったんでしょうね。撮った瞬間・見た瞬間から、最初から「思い出」となるように意識的に作られているのだと思います、「生前感」とか「郷愁感」とかを兼ね備えた・・・。

この独特な雰囲気を木下恵介監督は狙っていたでしょうし、それが木下監督の持ち味なので、見ていて違和感というものをあまり感じなかったのですが、自分の友人に、むかしから木下恵介を毛嫌いしているヤツがいました、彼の描く「抒情」とか「詩情」の正体は、実は、観客に媚る「女々しさ」にすぎず、絶対に受け入れられない、とよく言っていました。たぶん、嫉妬から民子と政夫を引き裂き、初恋を諦めさせたうえで、世間体を憚って他家に嫁入りさせて民子を病死まで追い詰めて破綻させる元凶の「家族」への指弾が一向に描かれていない「やられっぱなし」が気に入らなかったのだと思います、まるで、あの一面的な「いじめ報道」みたいな嫌悪と同じものをこの作品に感じていたのだと思います。

木下恵介容認派の自分などは、「こういうタイプの映画があってもいいじゃん」とつい考えてしまうのですが、この「野菊の如き君なりき」に一貫して流れている被虐趣味には耐えられず、どうしても許容できなかったのだと思います。

考えてみれば、「優柔不断」とか「どっちつがず」も「女々しさ」の延長線上にある感性なので、当然といえば当然な話かもしれません。

いまでも、この話になると、自分は内心「まさかね」と思いながらも、彼の熱弁に対してニヤニヤしながら適当に相槌をうって同調することにしていました。

しかし、最近、この「野菊の如き君なりき」を長年擁護してきた自分の思いを一挙にひっくり返すような、まるで天地を揺るがす新聞記事に遭遇しました。

自分的には新聞を読むという習慣は確かに「あります」が、時間としては、朝食をとるときに傍らに広げて読むという程度です、「その間の時間」だけ新聞に接しているということになるので、大きな事件などがあったときは、その関連の記事を集中的に読むことになるので、他の記事を読む余裕がなくなってしまうというそんな感じです、それでも、「テレビ番組表」と「人生相談」だけは欠かさずに目を通しています。

ただ、「人生相談」については、「相談」は読みますが、「回答」のほうは最初の1~2行を読んで、最後まで読み通すことは滅多にありません、きっとそれは、答えが容易に想像が付くからだと思います、たとえ「同調」でも「否定」でも「韜晦」であったとしてもね。

ですので、いずれにしてもその答えが「想定内」のものであることは長年の経験によって分かっているので最初の1~2行を読みさえすれば見当がついてしまうからだと思います。

ところが、自分の長年の固定観念を突き崩すような「回答」に遭遇したのでした。

「相談者」は80歳男性、むかし、結婚して間もなく、体形が不満で離縁してしまった女性への悔恨の思いを募らせています。(読売新聞朝刊2019.5.18、15面)

回答者は、ノンフィクションライターの最良葉月という人。

それにしてもこのまま記憶の闇に落として忘却してしまうには実に惜しい傑出した回答ですので、以下に転載しておきますね。


《【相談】
80代男性。52年前に離婚した相手の女性のことで悩んでいます。
結婚後、その女性の肩が張っていて、男性のような体形であることに嫌気がさしました。別れたいと思い、私は女性を無視しました。女性はいたたまれなくなって家を出て、7か月で結婚生活は終わりを迎えました。
いま思えば、なんて非情なことをしたのだろうと、深く反省する毎日です。体形が男性的だというだけで、相手を傷つけ不幸にしてしまいました。最近やたらと彼女のことを思い出し、悔やまれてなりません。
いまの妻は、非情にきつい性格で言葉遣いも悪く常に争いの日々です。だから余計に別れた彼女のことが残念でなりません。そして私には子どもがおらず、私の死後、墓が無縁仏になることについて、親に申し訳ないと思っています。
今後の残り少ない人生を、どのような償いの心構えで生きていけばいいのでしょうか。(東京・U男)

【回答】
あなたから見れば娘のような年齢の私に手紙が届いてしまいました。生意気を申し上げるようですが、一読して、元妻はあなたと離婚して本当によかったとつくづく思いました。
あなたが彼女にしたことは、今ではモラルハラスメントと呼ばれる精神的暴力です。自分が彼女を不幸にしたと考えるなんて不遜きわまりない。早いうちにあなたから逃れられたのは、不幸中の幸いだったといえるでしょう。彼女は彼女の人生をしっかりと歩んでおられると思います。
困ったのは、あなた自身です。現在の妻の欠点をあげつらい、家を継ぐ子ができなかったのが親に申し訳ないという。元妻への償いについての相談かと思いきや、いま一番気になるのは墓のこと。いや逆でした。こんな老後になったのはなぜかと考えるうちに、自ら切り捨てたもうひとつの人生が惜しくなったのでしょう。
遅きに失しましたが、それでも気がついてよかったと思います。ボランティアでも寄付でもいいのです。これからは天に徳を積むつもりで、人知れず善きことをなさってください。謝罪すべきは、あなたに与えられたかけがえのない人生に対してではないでしょうか。》


そうですか、そうですか、よく分かりました。

いえいえ、この傑出した「回答」を「民子さん」に当て嵌めようとか思っているわけではありません。だって、民子さんは、政夫からの手紙を後生大事に抱き締めて死んでいったわけですから、そりゃあ可哀想だったかもしれませんが、まだまだ「手紙」という救いはあったわけですから、この「回答」を適用することはできません、むしろ、逆です。

政夫は命永らえ、そろそろ死を思う老境に達したとき、「そういえば、ああいうこともあったっなあ」と、たまたま民子さんのことを思い出し、思い立って彼女の墓に野菊を供えに詣でた部分なんか、まさにこの「回答」はぴったりなのではないかと考えたとき、ふっと、民子さんがいやいや嫁いだという他家の「婿さん」という人は、この物語では、ついぞ顔を出さなかったことに思い至りました。

本当に可哀想なのは、もしかすると徹頭徹尾、言及されなかったこの婿さんなのではないかと。

今度うちに来た嫁さんはさあ、以前になんかあったみたいで、なんだかイワクありそうな人でね、ほんと大丈夫かなと思っていたら、案の定、家にも、婿であるこの自分にも一向に馴染もうとしないで、一日中部屋に閉じこもってめそめそと泣いてばかりいるかと思うと、そのうちに病気になってしまって臥せってしまい、あれよあれよという間に死んでしまったわけよ、でね、嫁さんの家族っていうのが大挙して押しかけてきて、枕の下からむかしの恋人の手紙を見つけて、突如「私らが悪かった」とかなんとか他人の家で大号泣がはじまったってわけ、おれなんていい面の皮だよ、まったく。なんなんだよあいつら、人のこと馬鹿にするのもいい加減にしてくれよ。

あっ! 分かった、ボクの友人がこの作品をものすごく嫌悪し、苛立っていたのは、これだったんだな。

そういうことなら、なんか分かるような気がします。

夜、呑み屋にひとりで入ったら、ろくに注文なんか聴きにきもしないで、ホッタラカシの目にあっているちょんがーの身としたら、彼がこの作品を嫌がっている理由もなんだか分かるような気もします。なるほどね。孤独なんだなあ、みんな。

(1955松竹)監督・脚色・木下惠介、原作・伊藤左千夫(『野菊の墓』)、製作・久保光三、撮影・楠田浩之、音楽・木下忠司、美術・伊藤熹朔、編集・杉原よ志、録音・大野久男、照明・豊島良三、
出演・田中晋二(政夫)、有田紀子(民子)、笠智衆(老人)、田村高廣(栄造)、小林トシ子(お増)、杉村春子(政夫の母)、雪代敬子(民子の姉)、山本和子(さだ)、浦辺粂子(民子の祖母)、松本克平(船頭)、小林十九二(庄さん)、本橋和子(民子の母)、高木信夫(民子の父)、谷よしの(お浜)、渡辺鉄弥(常吉)、松島恭子(お仙)
昭和30年キネマ旬報ベストテン第3位、モノクロ。



# by sentence2307 | 2019-06-05 09:38 | 木下恵介 | Comments(0)

万引き家族

つい昨日もバス停でバスを待っていた複数の児童と、付き添っていた親が刺し殺されるという身の毛のよだつ悲惨な事件が起こりました。

いまの時点では事件の詳細は、まだ分かっていませんが、なんとも痛ましい事件で、ニュースを見るのが怖くなってしまうくらいです。


それでなくとも最近は、子殺しの事件とか児童虐待に関する報道があまりにも多くて、この国はいったいどうなってしまったのかという不安にかられています。

あの野田の事件など、夫の暴力におびえた妻が、この異常者のご機嫌を取るために被害者児童(自分の子供です)の動静をまるで媚びるみたいに逐一報告するなど、積極的に父親の虐待に加担した事実が明らかになっています。娘を人身御供に捧げれば、たとえイットキでも夫のDVから免れられるという、身勝手な自己保全のために子供の命を犠牲にしたとんでもない母親です。

同じように父親から恫喝されておびえた担任の教師が、こともあろうに子供の救命を求める必死の作文をそのまま父親にチクるという愚劣な事実も明らかになりました。そのことによって子供はさらにこの異常な父親によって痛みつけられたはずです。それでもお前は人間か、人の痛みを知らないこんなチクリ野郎がのうのうと教師面して日頃偉そうなことをほざいていたかと思うと、正直ハラワタが煮えくり返る怒りを感じます、これだって明らかな刑事罰に値する犯罪でしょう、刑事責任を追及してきちんと処罰しなければ下劣で悪質なこの手の教師はこの世からいつまでたっても一掃できません。

身勝手な親や愚劣な教師たちが寄ってたかって、子供をまるで家畜のように追い立て、なぶり殺し、聴くところによれば父親の性的虐待までもからんでいるらしく、歯止めのきかないこの状態は、もはや陰惨を通り越して異常というしかありません。

先日、アメリカで宗教上の倫理観にもとづく「堕胎禁止条例」に反対する集会とデモ(写真で見ると、参加者はほとんど女性でした)があったことが報道されていましたが、いまの時代、そりゃあ堕胎禁止に反対するのも一理あるかなと思います。馬鹿面してsexだけ楽しんでいればそれだけで十分の、とうてい子供など育てることのできない、最初から持つべきでない幼稚で身勝手なただの色情狂たちにとって、「堕胎」こそは「親」にならずに済む・そして望んでもいない子供を持たずに済む・だから子供を殺さずに済む、唯一彼らの必須アイテムだからです。

もう、これ以上、「子殺し」の悲惨なニュースは聞きたくありませんし、こんな惨憺たる状況を呼び寄せかねない無闇な「生めよ増やせよ」の呼びかけで、逆に子殺しを増やしてしまうくらいなら、むしろこの国の滅びにつながる「人口減少」を受け入れるほうが、まだマシというものです。どんな熾烈な環境にあっても、どんなに貧しくとも、子供を大切に思い、扱うことのできる人間なら、この世界には、まだまだ、たくさんいるはずだと信じたいです。もはや、この国の将来の望みは、愛と常識を兼ね備えた他国民に託すほかないのかという、こうした遣り切れない「時代の空気」のなかで、この「万引き家族」という映画に出会えたことは、自分にとってとても意義のあることだったと思います。映画を見る習慣を持っていて、本当によかったなと感じることのできた幸せで稀有な瞬間でした。

思い入れが激しく、ただ好きな映画に対しては、「分析」や「解釈」や「批評」など到底似つかわしいとは思えません、できることといえば、ただひたすらな「回想」だけです。

「さて、」と本論に取り掛かろうとしていたタイミングで、たまたまwowowで「万引き家族」の放映があり、幾人かの人と(偶然、みな女性でしたが)この映画について話す機会があって、それぞれの方から三つのことを訊かれました。


① お姉ちゃん(亜紀)は、なぜ、お客さん(4番さん)を抱きしめたの? そのときなんて言ったの?
② 祥太は、なぜ、わざと捕まったの?
③ りんちゃんの最後のシーンは、何を意味しているの?
と。


なるほど、なるほど。

自分的には、取調室における妻・信代(安藤サクラ)と夫・治(リリー・フランキー)の供述の場面からまともに語り出そうかと考えていた矢先なので、むしろこの「夫婦」が語る「家族たち」(実際は戸籍的な夫婦や家族ではなく寄せ集まりの関係にすぎないので、正確を期するなら、このようにカギ括弧でくくる必要があります)について考えてしまうほうが、この映画の本質にダイレクトに迫ることのできる卓越した設問に違いないと感心し、正直、虚を突かれた感じでした。

だって、そうですよね、取調室における妻・信代の供述の場面は、安藤サクラの圧倒的な演技と相俟って、おそらくは映画史に残るこの映画の重要な核となる場面で思わず目を奪われてしまいますが、しかし、大切なのは、彼女が語っている「内容」のほうなのであって、アタマから順序立ててストーリーを忠実にたどろうとした構想自体は決して誤りではなかったとしても、この夫婦の供述を逐一追うことで、はたして「偽の家族」と生活を共にし、その中でのびやかに育まれた子供たちの姿を捉えることができるかどうか、むしろ見えなくさせられる部分のほうが多いかもしれないなと思い当たるものがありました。

とにかく、①~③に注目し語り出そうというのは、自分の発想にはない面白い視点なので試してみる価値はあります。

ただ、①の「お姉ちゃん(亜紀)は、なぜ、お客さん(4番さん)を抱きしめたの? そのときなんて言ったの?」という質問を、現実に面と向かって問われたとしたら、

《亜紀は「4番さん」の自傷行為の傷跡を見つけてしまい、彼が同じ欠落を抱える人間であることを知り、心動かされ、同情して抱き締めた》

と結構あっさりと模擬試験の回答みたいに答えてしまうかもしれません、まあ、そんなふうに言ってしまったら、それこそ身もフタもありませんが、それは、この「万引き家族」において「亜紀」の存在だけは、いかにも作られた画一的で希薄な印象しか受けなかったために、そこにはそのままの「正解」しか思い浮かべることしかできなかったのだと思います。

さらに、「そのとき、亜紀はなんて言ったの?」という問いですが、その部分、全然覚えていないので、改めてそのシーンを録画で確認しました。

亜紀が客の「4番さん」(池松壮亮)に膝枕をして会話する場面、話しながら彼のコブシに殴り傷があるのを見とめた亜紀は「どうしたの、これ?」と尋ね、そして「殴ったの、誰かを」と言い掛けた瞬間、どう見ても彼がそんなふうに他人に関わることができるような人間でないことを察知した亜紀は、思わず「4番」を抱き締め、「あたしもねえ、自分を殴ったことありますよ」と言い、さらに「痛いねえ、これ。痛い痛い、痛いよね」と続け、「4番」が、おそらく重度の吃音のためにうまく発音できないくぐもった声に亜紀はうなづいて、「分かったからね」と感極まって共感する場面です。ただ、その傷が、本当に「自傷」によるものかどうかは最後まで分かりません。

この映画についてのコメントのなかに、「このシーンは余計」と断じた感想を読んだことがありますが、むしろ、「おばあちゃんは、お金が欲しかっただけなのかな、私じゃなくて」も含めて、「余計な演技」という印象を持ちました。

「4番」の傷が「自傷」であると即断して「共感」するという悲痛な心の動きを表現するのに、こういう説明的な演技ではなく、もう少し工夫して抑制する演技ができなかったのか、安藤サクラの衝撃的な演技に照らすと(比較的に見てしまうのは仕方ありません)、とても残念な思いが残りました。

次に「② 祥太は、なぜ、わざと捕まったの?」ですが、取調室で供述する信代の場面が、この映画の白眉だとすると、「もうひとつ」の白眉が、拘置所での信代との面会を終えたあとで、偽の父親・治と祥太がアパートの一室で最後の一夜を過ごす場面です。

部屋の灯りを消し、布団に入った偽の父親・治は祥太に問い掛けます。

「明日、帰るんだよな」
「うん」
「そっか」
「ねえ、ぼくを置いて逃げようとしたの」

祥太は、取調官から聞いた「あの人たちは君を置きざりにして逃げようとしたんだよ。本当の家族だったらそんなことしないよね」という話をただそうと、思い切って偽の父親・治に訊きます。

しかし、その答えは、「ああ・・・(置き去りにしようと)した。その前に捕まっちまったけどな」でした。

「そか」
「ごめんな」
「うん」
「父ちゃんさ、おじさんに戻るよ」

あの拘置所の面会室で信代の言った「もう分かったでしょう。うちらじゃダメなんだよ、この子には」と言い、さらに、夫・治の制止も無視して、祥太に彼を保護した場所とクルマの車種を伝えています、松戸のパチンコ屋で、クルマは習志野ナンバーの赤いヴィッツだと。

偽の父親・治もそのことを十分に理解し、「父ちゃんさ、おじさんに戻るよ」と伝えたのかもしれませんが、「でも、しかし」という思いは、治には断ちがたくあったに違いありません。それは、翌朝のバス停の場面によって証明されます。

バス停でバスを待ちながらふたりは言葉を交わします。

「施設の人にちゃんと謝るんだぞ。おじさんに無理やり止められたってな」

「うん、そうする」

いよいよバスが来て乗り込もうとする祥太(城桧吏)は、意を決したように、偽の父親・治にこう告白します。

「おじさん・・・わざと捕まった、ぼく、わざと捕まったんだ」

「そっか・・・そっか」

そして、動き出すバスを追いながら、「おいっ、祥太!」と偽の父親・治が何ごとかを伝えようと必死に走りながら叫ぶ姿が窓のすぐそこにあっても、祥太は振り返ることもなく下を向いたままじっとしています、やがてバスは加速し、もはや治の姿も見えなくなり、後戻りできないくらいに「距離」がついたときに、始めて祥太が振り返るというあの象徴的な場面があります。

あのとき、偽の父親・治は、なにを伝えようとしたのか、その声は確かに届いていたはずなのに祥太がなぜ振り返ろうともせずに、「もはや後戻りできないくらいの距離になったときに始めて振り返った」のか、偽の父親・治は、「おれには、万引きの仕方以外に教えられるものなんて何もない」といいながらも、「自分の本名をつけた痛切な思い」だけはどうしても伝えたかったのではないか、しかし、その治の問い掛けにも答えようとしなかった祥太の頑なな拒絶とのあいだにあった「溝」が、「なぜ」だったのか、ということだったとしたら、これは、あくまで自分だけの推測ですが、こんにふうに考えてみました。

思うに、祥太だけは、皮肉なことに他の子供たち、亜紀(松岡茉優)やゆり(佐々木みゆ)と同じような、この家族がそれぞれお互いを結束させた「虐待の記憶」(社会からはじき出された疎外感)を有しておらず、皮肉にも、この偽の家族のなかでは愛されて育った記憶しかなくて、だから祥太は「偽の家族」にすがりつくだけの「理由」を有していなかったのではないかと。

店に並べられている品物は、誰かに買われるまでは誰のものでもない、だから盗んでも構わないのだと、治から万引きの正当性を教えられた祥太は、それを信じ積極的に万引きを繰り返します。

しかし、そのとき彼に「信仰」はあったかもしれませんが、犯罪を犯すことの「理解」までは持っていなかったと思います、祥太が疑いもなくこの「万引きの哲学」を素直に受け入れたのは、なにもこの奇妙に屈折した哲学を理解し納得していたからではなくて、彼の「信仰」を支えたものは、「家族」で過ごした「幸せな日々」という時間だったに違いないと是枝監督は描いていたのだと思いました。

しかし、信代の失職と老婆の死(年金がからんでいます)によって一家の生活を支える収入が途絶えることを恐れて、さらなる「万引き」を必要とした過程で、「妹・ゆり」も、かつての自分と同じように、疑いもなくみずから万引きに手を染めていく事実を目の当たりにしたとき、「悪いこと」の意味をうすうす悟った祥太は、自分が捕まること以外に、この偽の家族の犯罪を止めることができないと考えて、それを実行に移したときに、祥太の「幸せな日々」も同時に破綻したのだと思います。

バスを追い掛ける治を祥太が振り返らなかった理由は、捕まったあのときに、祥太のなかでは、すでに「家族」との関係(紐帯)を断ってしまったからに違いありません。

信代が言った「もう分かったでしょう。うちらじゃダメなんだよ、この子には」とは、このことを指していたのだなと思いました。

しかし、いずれにしても、そのような祥太も、たとえ自分の子が姿を消しても失踪届さえ出されることなく厄介払いされた「忘れられた子供たち」のなかのひとりであることに違いなく、行き場のない子供・彼が絶望的な境遇であることには、なんら変わりがないのですが。

さて、次の「③ りんちゃんの最後のシーンは、何を意味しているの?」です、

ここまで書いてきて、迂闊ですが、この「りん」という少女の名前に幾つかの変転があったことに気がつきました、またまた録画で確認です。

なるほど、なるほど。

一人でいるところを保護し「家族」の家に連れてきたときにつけられた仮の名前が「ゆり」、テレビで行方不明者として報道されたのを知り慌てて髪を切って付け替えた名前が「りん」、本来は「じゅり」でしたよね。

取調室で、偽の父親・治が、彼女がひとりでいるところを保護したと言うと、取調官から、「それを誘拐というのですよ」と断じられた言葉とともに、信代の「捨てたんじゃない、捨てたものを拾ったんです。捨てた人っていうのは、ほかにいるんじゃないんですか」と返した言葉が的確に響き合います。

自分としては最初からこの「ゆり→りん→じゅり」を特に意識せずに使い分けていなかったので、いまさらどうしたものかと迷ったすえに、安直ですが露出度からいえば、「りん」とするのが一番ふさわしいと考え、この拙文を冒頭から改めて修正しようとしたとき、あの取調室における信代と取調官(池脇千鶴)のやり取りの場面を思い出しました。

信代は「りん」が家に戻されたことを知り、「戻りたいって言ったの? りんが?」と取調官に不審気に聞き返します。

すかさず取調官は「『じゅり』よ」と本来の名前に言い直しています。

「そんなこと言わないよ、あの子は」と信代は、そのことをつよく否定します。あのひどい虐待を受け、痛みつけられ、怯えきっていた「じゅり」では最早なく、生活をともにし、やっと安らぎを得て子供らしさを取り戻したワタシの娘の「りん」(これが信代のつけた名前です)が、ふたたび虐待を受けるしかない荒んだあの家に戻るわけがないと否定したのだと思います。

しかし、取調官は、信代が「りん」の名前にこだわる語気を察して、彼女の痛いところを突いてきます。(取調官のバイブル「供述心理」に記されたマニュアルどおりにです)

「子供にはねえ、母親が必要なんですよ」

「母親がそう思いたいだけでしょう? 産んだらみんな母親になるの?」

「でも、産まなきゃなれないでしょう。あなたが産めなくて、つらいのは分かるけどね、うらやましかった? だから淫売したの?」と取調官は、信代の自尊心を傷つけるような屈辱的で侮辱的な質問をたたみかけて挑発します。

「そんな・・・憎かったかもね、母親が」

挑発にのせられて、動揺する信代に浴びせかけるように取調官は言い募ります。

「ふたりの子供は、あなたのこと、なんて呼んでました、ママ、お母さん?」

そしてここで、安藤サクラの迫真の演技が展開されるのですが、この場面を最初に見たとき、あの拭っても拭っても湧き出る涙は、「でも、産まなきゃ母親にはなれないでしょう」というぶしつけな言葉の屈辱に耐えた「悔し涙」だろうか、それとも自らが犯した罪の「悔悛」かとずっと考えていました。

実は、取調官の「子供たちは、あなたのこと、なんて呼んでいました、ママ、お母さん?」と尋問され、嗚咽で身を震わせて涙を流したあとで、信代は、ふた言、なにごとかをつぶやいたのですが、残念ながらその言葉をどうしても聞き取ることができませんでした。

しかし、たとえ聞き取れなかったとしても、それはそれで良かったと思い始めていました。

せいぜい「仕方ない」とか「私が悪かった」とか、そういうことだろうと考えたからですが、少しずつ時間が経つにつれて、彼女は「そいういことじゃない」と言っているように聞こえて仕方なくなりました。ただ産んだからといって誰もが親になれるわけではない、子供なんか持つべきでない弱々しい親たちが、自分を傷つけるだけでも足りず、子供まで虐待し殺してしまう、どうしてそんな人間が「親」といえるのか、と。

なので、ここはどうしても信代の思いを受けて「りん」という名であらねばならないと強く確信しました。あっ、村上春樹みたいになってしまいました。

りん(佐々木みゆ)は、人気のないアパートの廊下で、ひとりで遊んでいます。そこは、かつて彼女が「偽の家族」に拾われた場所でもあり、実家に帰されたあとも、やはり以前と変わらない母親の虐待にさらされ、思い余って再び同じ場所に逃れてきていることが分かります。

やがて、彼女は囲いの隙間から何かを見止めて柵から伸び上がり、遠くを見た一瞬、目を見開いて「あっ!」という顔のアップでこの映画は不意に終わります。

これが、この映画「万引き家族」のラストです。

親から見捨てられたこの少女が、いったいなにを見たのかについてまでは、この映画ではことさらな説明があるわけではありませんし、分からないのですが、ただ、「たぶん」という仮定で語ることが許されるなら、それは偽の父親・治か、あるいは他の「家族」の姿を見たからだ、ぜひとも「そうあってほしい」という自分の甘々な願望を打ち消すことがどうしてもできませんでした、親から虐待され、行き場を失ったこの薄幸の少女にだって安息の場所がきっと許されていいに違いない、というせめてもの妄想に浸れた一瞬の「あっ!」だったことには間違いありません。


(2018)監督・脚本・編集・是枝裕和、製作・石原隆、依田巽、中江康人、プロデューサー・松崎薫、代情明彦、田口聖、アソシエイトプロデューサー・大澤恵、小竹里美、撮影・近藤龍人、照明・藤井勇、録音・冨田和彦、美術・三ツ松けいこ、装飾・松葉明子、衣装・黒澤和子、ヘアメイク・酒井夢月、音響効果・岡瀬晶彦、音楽・細野晴臣、助監督・森本晶一、キャスティング・田端利江、制作担当・後藤一郎、ラインプロデューサー・熊谷悠、製作プロダクション・AOI Pro. 配給・ギャガ
出演・リリー・フランキー(柴田治)、安藤サクラ(柴田信代)、松岡茉優(柴田亜紀)、城桧吏(柴田祥太)、佐々木みゆ(ゆり(りん、北条じゅり))、樹木希林(柴田初枝)、池松壮亮(4番さん)、緒形直人(柴田譲)、森口瑤子(柴田葉子)、蒔田彩珠(柴田さやか)、山田裕貴(北条保)、片山萌美(北条希)、黒田大輔(JK見学店店長)、松岡依都美(根岸三都江)、清水一彰、毎熊克哉、井上肇、堀春菜、柄本明(山戸頼次)、高良健吾(前園巧)、池脇千鶴(宮部希衣)、


第10回 TAMA映画賞・最優秀作品賞、最優秀女優賞・安藤サクラ、松岡茉優
第42回 山路ふみ子映画賞・山路ふみ子女優賞・安藤サクラ
第4回 エル シネマアワード・エル シネマ大賞
第43回 報知映画賞・助演女優賞・樹木希林
第36回 ゴールデングロス賞・優秀銀賞
第40回 ヨコハマ映画祭・主演女優賞・安藤サクラ、助演女優賞・松岡茉優
第31回 日刊スポーツ映画大賞・作品賞、主演女優賞・安藤サクラ、助演女優賞・樹木希林
第42回日本アカデミー賞・最優秀作品賞、最優秀監督賞・是枝裕和、最優秀脚本賞・是枝裕和、最優秀主演女優賞・安藤サクラ、最優秀助演女優賞・樹木希林、最優秀音楽賞・細野晴臣、最優秀撮影賞・近藤龍人、最優秀照明賞・藤井勇、優秀主演男優賞・リリー・フランキー、優秀助演女優賞・松岡茉優、優秀美術賞・三ツ松けいこ、優秀録音賞・冨田和彦、優秀編集賞・是枝裕和、
第61回 ブルーリボン賞・助演女優賞・松岡茉優
第43回 エランドール賞・特別賞・「万引き家族」製作チーム
第73回 毎日映画コンクール・日本映画大賞、女優主演賞・安藤サクラ
女優助演賞「樹木希林」
第28回 東京スポーツ映画大賞・作品賞、主演男優賞・リリー・フランキー、主演女優賞・安藤サクラ、助演女優賞・松岡茉優
第14回 おおさかシネマフェスティバル・日本映画 作品賞ベストテン 第2位
第92回 キネマ旬報ベスト・テン・日本映画ベスト・テン 第1位、主演女優賞・安藤サクラ、読者選出 日本映画監督賞・是枝裕和、読者選出 日本映画ベスト・テン 第1位
第23回 日本インターネット映画大賞・日本映画作品賞 第2位、日本映画監督賞・是枝裕和、日本映画助演女優賞・樹木希林、日本映画ベストインパクト賞・樹木希林
2018年度 全国映連賞・日本映画作品賞、監督賞・是枝裕和、女優賞・安藤サクラ
2018年度 芸術選奨文部科学大臣賞・映画部門・黒澤和子
2018年 日本映画ペンクラブ賞
2018年度ベスト映画 日本映画部門 第1位
第38回 藤本賞・藤本賞・是枝裕和
第71回 カンヌ国際映画祭・コンペティション部門 パルムドール(最高賞)
第36回 ミュンヘン国際映画祭・シネマスターズ・コンペティション部門 アリ・オスラム賞(外国語映画賞)
第55回 アンタルヤ国際映画祭・監督賞・是枝裕和
第37回 バンクーバー国際映画祭・外国長編映画観客賞
第3回 スレマニ映画祭・長編作品審査員賞
第76回 ゴールデングローブ賞・外国語映画賞ノミネート
第24回 放送映画批評家協会賞・外国語映画賞ノミネート
第44回 ロサンゼルス映画批評家協会賞・外国語映画賞
第3回 ニューメキシコ映画批評家協会賞・助演女優賞・安藤サクラ
第39回 ボストン映画批評家協会賞・外国語映画賞、アンサンブル・キャスト賞
第23回 フロリダ映画批評家協会賞・外国語映画賞、助演女優賞・安藤サクラ
第53回 全米映画批評家協会賞・外国語作品賞 3位入賞
第72回 英国アカデミー賞・外国語映画賞ノミネート
第30回 パームスプリングス国際映画祭・外国語映画賞
第44回 セザール賞・外国語映画賞
第91回 アカデミー賞・外国語映画賞ノミネート
第16回 国際シネフィル協会賞・主演女優賞・安藤サクラ



# by sentence2307 | 2019-05-29 11:50 | 是枝裕和 | Comments(0)

黙って聴いてろ!!

わが地域には、ボランティアが運営している「日本語教室」というのがあります。

地域に居住している外国人が、生活に困らない程度の日本語の日常会話を短期間で無料で教えるという教室ですが、難解な日本語ができずに困っていて、教えてもらいたいという外国人のニーズはここ最近顕著にあるのに、その要望の増加に追いつけない教える側の人材不足というのが常態的に存在しているのです。

教えるといっても、まるっきりの無資格では講師になることはできません、ある一定の講座を受けて(当然有料です)、そのうえで既定の教材(これも有料)にそった「教え方」というのが段階的に決められていて、そこには自治体がらみというシガラミもあるので当然それなりの規定というものは避けがたく、ただの素直な善意だけで通じるようなものではなくて、そりゃあ、なかなか「うるさい」ものが、ないでもありません。

日本語を習得したいという外国人のニーズがこれほどあり、たとえ有料でも構わないから短期間で教えてほしいという熱い機運が一方にあるのに、「規約」に捉われて身動きできないひとつには「授業は無料」という足かせもありました。

しかし、「いま」というこの現実において、もしかしたら彼ら外国人の方が経済的に日本人より余程豊かかもしれないのに(ここでいう「外国人」が、どうも中国人を指しているらしいと感じたとしたら、その直感は正しいです)、このボランティアの「日本語教室」の根底には、依然として十数年前の、まだまだ貧しかった外国人に施しを与えるという旧態依然のイデオロギー(そんなものは今となっては、実態にそぐわない経済借款と同じような、もはや幻想にしかすぎません)が存在していて、そうしたすべての「規制」にがんじがらめになってしまい、実際の要望にも応えることができずに、どうにも身動きが取れなくなって一歩も進めないでいる姿を見ていると、「構造改革」とか「規制改革」という言葉をどうしても思い出さないわけにはいきません、「貧しさ」「施し」「資格」「定型化した講座」「無料」、いつまでも、こんな「上から目線」の古びた優越規制にこだわっていて、目の前にある現実に適応できずにマニュアルどおりにしか動けない頑なさを見るにつけて、あるベトナム人の女性の言葉を思い出しました。

「日本人はとても親切で、日本語を熱心に教えてくれるいい人たちばかりだけれども、なぜみんな英語が喋れないのか、日本では英語を教えないのか」と。

外国人に日本語を教えるに際しては、極力英語は使わないようにというお達しは、確かにありますが、これみよがしに英語をひけらかしたくて仕様がないという異常者や能天気な変態は別として、「片言」~「まったく」まで、英語を喋れないという人たちは事実として多くいると思います。自分も含めてね。

そう思えば、僕たちが、中学校から大学にいたるまで「英語教育」というのを足掛け10年近く受けてきたはずなのに、英語が喋れないというのは、ベトナム人女性から改めて言われなくとも、異常なことには違いないと気づかされ「なるほどな」と思わず同感してしまいました。

「貴国においてはいざ知らず、日本においては、およそ6年から10年くらいは英語を習うであろう」と、そのベトナム人女性に答えようと思いながら、「その理由」というのも併せて答える必要があるだろうかと思ったとき、むかし高校の教師から

「黙って聴いてろ!!」

と恫喝されたことを、突如、思い出しました。

自分は、むかしから理屈っぽい性格で、疑問に思ったこと、納得ができないことは根掘り葉掘り訊かずにはおれない性格であることは確かです。

嫌な性格なら、長ずるにおよんで徐々に矯正するというのが普通の行き方かもしれませんが、もともと「嫌だ」とは考えていなかったので矯正することもなく、ちょうど高校の頃は、その「根掘り葉掘り」がピークに達したときだったかもしれません。

授業中でも突っ込みどころがあると、手を挙げてよく質問していました。

そして、その理屈っぽい「根掘り葉掘り」に業を煮やして激怒した教師から、ついに、

「黙って聴いてろ!!」

のお言葉を頂戴したのだと思います。

なるほど、なるほど。

「黙って聴いてろ!!」の一方通行の授業では、何年たっても英語が話せるようになるとは、とうてい思えません。一向に喋れない自分がまさにその証拠ですし、多くの日本人がその証拠でもあります。

さて、このベトナム人女性に、10年も学習しながら日本人が一向に英語を話せない理由を、どのように説明したらいいのか、じっと天井を見上げて、しばし考えてしまいました。

天井を見上げながら不気味な三白眼になって固まってしまった日本人のおっさんを前にして、その若きベトナム人女性は、一瞬怯え、かすかに身を引いたかもしれません。



# by sentence2307 | 2019-05-25 12:14 | 徒然草 | Comments(0)

人情紙風船

ここ数週間のあいだに山中貞雄の「人情紙風船」につながるような出来事に幾度か遭遇して、その結果、ついに本編を見ないわけにはいかなくなるという「奇妙なめぐり合わせ」を経験しました。

こう書くと望んでもいないのに成り行き上、仕方なく「人情紙風船」を見たみたいに受け取られかねませんが、そうではなくて、不思議な偶然の導きで映画にいざなわれたという感じの実にハッピーな、何年か振りかで経験した心地よい出来事だったことを書いてみたいと思います。

たぶん、それもこれも自分のなかに常に山中貞雄の「人情紙風船」という作品が記憶として刻印されていたからだと思います。

実は、前回のブログで引用した投稿「101歳になっても子を思う母」が掲載されていたのと同じ日付の読売新聞朝刊の「文化欄」(25面)に、小説家・佐伯泰英の書いた「映画と私」(上)というコラムが載っていて、そこに山中貞雄監督の「人情紙風船」のワン・シーンの写真が大きく添えられいたので、なんだか朝っぱらから嬉しくなってしまい、まさにテンションあげあげという感じになったのが、まず最初の「めぐり合わせ」としてありました。

その記事を見かけたときは、次の(下)が掲載されたあとでじっくり読めばいいかと手元に置いておいたのですが、次の週の火曜日が祝日のために掲載予定のはずの日の朝刊が休みとなり、じゃあまた次週まで掲載を待たなければならないのかと思っているうちにすっかりそのことを忘れてしまって、結局(下)の方は読み逃してしまいました。

しかし、まあ、佐伯泰英にとって映画「人情紙風船」との出会いが、小説家になることの重要な契機になったというその事実だけで十分なので、当初の目論見からは少し肩透かしをくらわせられてしまった感じですが、遅ればせながら「人情紙風船」について書かれている部分をご紹介しようと思います。

佐伯泰英が日大芸術学部映画学科に入って、授業で「人情紙風船」をはじめて見せられたグダリです。こんな感じです。


《大学に入って授業の一環として古い映画を見せられた。その中でも昭和12年製作の山中貞雄の「人情紙風船」は、「映画とは」との基本的な問いを私に突き付け、映画作法を学んだ。
江戸の裏長屋に長雨がそぼ降る毎日、刹那的な貧しい暮らしと騙し合いの哀歓が描写されていく。この映画を二十代後半の山中が演出したのだ。そして、映画公開の日に召集令状を受けて中国戦線に向かい、「『人情紙風船』が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。」と戦病死を予感したような告白を従軍記に残している。この作品は当時の評論家たちに「髷をつけた現代劇」と評されたそうな。
私が書く時代小説は、山中作品の「人情紙風船」に学んだものだ。連日報道される出来事や人間模様を、江戸時代に舞台を置き換えて描いてきた。それもこの二十年間に二百六十余冊も書き飛ばしてきた。量的には凌駕しても、「人情紙風船」の終盤、中村翫右衛門演ずる髪結新三のニヒルな表情と仕草の一瞬には到底かなわない。虚無的な眼差しの先に生と死のドラマが展開されることを観客に予感させて終わりを告げる、なんとも新鮮で衝撃的だ。》


この佐伯泰英のコラム「映画と私」(上)に同時に掲載されていた「人情紙風船」の写真は、白子屋の娘お駒(霧立のぼる)が雨に降られて、忠七が傘を取ってくるまで雨宿りをしているところに、たまたま通りかかった髪結新三(中村翫右衛門)が、いままさに傘をさし掛けながら声を掛けようという、あの有名なカドワカシの場面です。

その写真を見た瞬間、自分のなかで、思わず「あっ、これは!」と、ある連想につながるものがありました。

そのつい数日前、旧い友人から「季刊・リュミエール」1985・冬号(特集・フランソワ・トリュフォーとフランス映画)を貰ったばかりで、まさにその記事を一頁目から少しずつ読み始めていたところでした。

冒頭は、トリュフォーへのインタビュー記事があって、その最初の発言というのが、山中貞雄の「人情紙風船」についての感想でしたので、それで強く印象に残っていたというわけです、まさにそのタイミングで、あの読売新聞朝刊の「人情紙風船」の写真との遭遇があったので、偶然というにはあまりにも出来すぎたこの「めぐり合わせ」に、なにか不思議な運命の引力みたいなものを感じてしまったのかもしれません。

そのインタビュー記事は「フランソワ・トリュフォー 最後のインタビュー」というタイトルです、その最初の小見出しは「ヤマナカの『人情紙風船』はグリィフィスやジョン・フォードを想わせた」とありました。こういう見出しを読むだけで、なんだか嬉しくなってしまいますよね。こうした知的挑発に満ちた小難しい記事に抵抗なく浸れたあの時代の独特な空気感が懐かしくて、どっぷりと浸る楽しみに、しばし時間を忘れて読みふけってしまいました。

難解さをひたすら嫌悪し、差別用語に異常におびえ、なにごとも平易で幼稚で無害な表現に書き換えられてしまう神経過敏の「言葉狩り」の現代においては、この「難解さを楽しむ」はすっかり廃れてしまいましたが、こういう圧倒的な言葉の活力を浴びる心地よさに、久しぶりにパワーを貰った感じです。

現代のこの「幼稚禍」ともいえる風潮に、もっとも被害をこうむっているのは、芸も能もない使い捨てのジャリ・タレに席巻された「音楽業界」だと思います。おかげで、日本の音楽シーンはすっかり空虚になってしまいましたが、ここにきてなにやら内輪もめで「崩壊」の兆しがうかがわれるような感じで・・・。

まあ、それはさておき、このインタビューの聞き手は、山田宏一・蓮實重彦で(いずれかの発言かは記事中では特定できません)初っ端の質問は、山中貞雄の「人情紙風船」について感想を訊くというところから始まっています。話の調子から察すると、以前、トリュフォーに「人情紙風船」を見せる機会をつくったらしい印象が前提みたいになっている感じです。

以下は、その質問を受けたトリュフォーの発言。

トリュフォー「すばらしい映画でした。といっても、セリフはまったく分かりませんでしたから、イメージだけを追って見ました(注・トリュフォーに見せるのだから、字幕のついたものを用意できなかったのでしょうか)。もっとも心うたれたのは、キャメラと演出が緊密に絡み合って、一分の隙もない完璧な画づくりに成功している点です。この映画を見て、久しぶりにキャメラと演出についてのかかわりについて考えました。久しぶりにとは言っても、それほど昔のことではないのですが、映画作家にはふたつのタイプがあって、自分の狙いどおりの画づくりを完璧に果たさなければ気がすまないタイプと、画づくりにはそれほど執着せず、画面に偶然が入り込みのを気にしないタイプとがある、という内容のことを文章に書いたことがあります。たとえば、カール・ドライヤーの映画は、あらかじめ想定したとおりの完璧な画づくりがなされた作品です。アップからロングに至るまで、完璧な構図です。画面のなかにいる人間は、片隅にいる人も、遠くにいる人も、一人一人が計算どおりに動いています。しかし、イタリアのネオレアリズモの映画はそうではない。街頭に出て撮影された映画であり、本番中に予想外のことが起こったり、予定外の歩行者やトラックが画面を横切ることがあっても当然なのです。フランスのヌーヴェル・ヴァーグもそうです。オール・ロケなので、セット撮影のように100%計算どおりに撮ることは不可能だったし、その気もなかった。」

と、まあ、トリュフォーの熱く語る話の勢いは、まだまだこんな感じで延々と続くのですが、ここで日本人のひとりとして、ひとつの懸念を表明しておかなければなりません、それはトリュフォーのこの長広舌がはたして再び冒頭の「山中貞雄」に回帰できるのか、という疑問です、そうでなきゃあ、あなた、冒頭で言っていたあの「山中貞雄は、とてもスバラシイ」が、その場シノギのただの言いっぱなしのリップ・サーヴィスだったなら、なにも「お付き合い」までして最後まで読む義理はないわけで、そちらがそう出るのなら、こっちにだって考えというものがありますから、なにもこの先、この長文のインタビュー原稿を義理堅くウダウダと付き合う徒労をはらう必要なんて毛頭ないわけで、

そういうことは出来るだけ避けるというのが自分の信条なので、ここはひとつ、少しだけアクセルふかして走り読みしちゃいますね。

早読みのコツは一応心得ています、行代わりの一文をそれぞれ押さえていけば、だいたいの要旨はつかめるというものです。

便宜上、それぞれの文章の冒頭に番号を振りましたが、特別な意味などありません。

① イングマール・ベルイマンは、ロッセリーニ的な映画から出発して、ドライヤー的な映画にたどり着いた映画作家です。・・・これは、たぶんゴダールの影響です。
② いずれにせよ、それは、必要以外のものはすべて極限まで、画面から排除するという考え方です。・・・警察や刑務所の鑑識の記録のための写真のように正確に冷酷に撮る。映画の画面はフィクションだったのに、ドキュメンタリーになる。
③ キャメラと演出とのかかわりは微妙なもので、ドキュメンタリーやニュース映画で単にキャメラが捉えたイメージにも、「演出」がある。・・・キャメラマンが大統領をグレタ・ガルボのように崇めていたといえる。・・・キャメラマンはほとんど本能的に、この神聖ガルボ、崇高なる美女への崇拝の念から、彼女を撮るときには、他の夾雑物をすべて画面から排除して純粋に彼女の美しさだけを生かす画づくりに達したに違いない。キャメラをのぞきながら、撮る対象を尊敬してしまうというのが、ひとつの不思議。
④ 映画史には、そういう要素が強く支配している部分がある。映画がストーリーを語り始めた当初、スクリーンは演劇の舞台とまったく同じようにみなされた。キャメラはつねに客席の方向から人物や事件や風景をとらえるという演出プランがたてられた。きょう見た山中貞雄の映画もそうですが(やっと、出たか!)、ストーリーを語るための完璧な演出プランができていることがわかる。ディテールを見せるにはキャメラが寄る、全体を見せるにはキャメラを引く、という正確なキャメラ・ポジションが演出を決めていくわけです。ヤマナカの映画を見て感じたのは、まずそれです。ジョン・フォードの映画を思わせました。

やれやれ、ここまできてやっと「人情紙風船」に回帰したようなので安心しました。

そうそう、もうひとつありました、すぐ立て続けに山中貞雄の「人情紙風船」に関する記事にまたまた遭遇しました。

msnのホームページには、ときたま映画に関する面白そうな話題がアップされていることがあって、あとでじっくり見ようと思っているうちに、いつの間にか消されてしまい、そんなことなら早いとこ控えておけばよかったと後悔することがよくあります、なので最近はそういう記事に遭遇すると躊躇なく、すぐにその場で控えておくことにしています。

この連休の終わりころ、msnに「日本映画歴代ベスト40」という記事(迂闊にも出展を見逃してしまいました)がアップされていたので、ざっと目を通しました、定番のいつものベスト40なら、あえて控えておくこともありませんしね。

しかし、よく見ると、見慣れている「定番のベストもの」とはいささかオモムキを異にするので、ちょっと気になりました。

日本映画史に精通している趣味人なら、この監督を選ぶとしたらベスト作品ならまずこれとか、それでなくとも日本映画の傑出した作品ならほかに幾らでもあるというのに、そういう数々の名作をはずしておいて「こういう作品はまず選出しないだろう、それでもこの作品をチョイスするのか?」という疑念に捉われたとき(だからこそ、目を引いたわけですが)、その日本映画史に対する無知さ加減と鈍感さに、もしかしたらこれって日本人が選んだベスト40じゃないかもしれないなという気持ちが湧き起こりました。

そうですよね、イメージ的には、海外の映画祭で高く評価された作品が散見できるところを見ると、どうもそのあたりの情報しか持ち合わせていない欧州系の映画祭の関係者が選んだか、あるいは、コテコテ日本文化趣味の知ったかぶりのフランス人あたりが強引に選出したものではないかという思い、「日本ではそれほどの評価を得ているわけではない」作品が選ばれたのかと納得し、ちょっと面白かったので紹介しようと思いました。

〈日本映画歴代BEST40〉
1 七人の侍(1954)黒澤明
2 羅生門(1950)黒澤明
3 切腹(1962)小林正樹
4 東京物語(1953)小津安二郎
5 砂の女(1964)勅使河原宏
6 人間の条件(1959)小林正樹
7 誰も知らない(2004)是枝裕和
8 雨月物語(1953)溝口健二
9 ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ(1985)ポール・シュレイダー
10 おとし穴(1962)勅使河原宏
11 薔薇の葬列(1969)松本俊夫
12 野火(1959)市川崑
13 そして父になる(2013)是枝裕和
14 大菩薩峠(1957)内田吐夢
15 仁義なき戦い(1973)深作欣二
16 たそがれ清兵衛(2002)山田洋次
17 他人の顔(1966)勅使河原宏
18 赤い殺意(1964)今村昌平
19 山椒大夫(1954)溝口健二
20 おくりびと(2008)滝田洋二郎
21 飢餓海峡(1965)内田吐夢
22 浮雲(1955)成瀬巳喜男
23 女が階段を上がるとき(1960)成瀬巳喜男
24 茶の味(2004)石井克人
25 御用金(1969)五社英雄
26 楢山節考(1983)今村昌平
27 天国と地獄(1963)黒澤明
28 トウキョウソナタ(2008)黒沢清
29 原爆の子(1952)新藤兼人
30 HANABI(1997)北野武
31 武士の一分(2006)山田洋次
32 人情紙風船(1937)山中貞雄
33 二十四の瞳(1954)木下恵介
34 鬼婆(1964)新藤兼人
35 上意討ち 拝領妻始末(1967)岡本喜八
36 巨人と玩具(1958)増村保造
37 麦秋(1951)小津安二郎
38 ビルマの竪琴(1956)市川崑
39 野獣の青春(1963)鈴木清順
40 家族ゲーム(1983)森田芳光

という感じですが、特にこの部分

27 天国と地獄(1963)黒澤明
28 トウキョウソナタ(2008)黒沢清
29 原爆の子(1952)新藤兼人
30 HANABI(1997)北野武
31 武士の一分(2006)山田洋次
32 人情紙風船(1937)山中貞雄
33 二十四の瞳(1954)木下恵介

(「なんだ、こりゃ?」と云いたいところですが)「32位 人情紙風船(1937)山中貞雄」を見たときに、思わずトリュフォーの述懐を思い起こし、このベスト40作品の選出先を「仏国か欧州」と咄嗟に想定してみたのだと思います。

まあ、名作とゴミ、時間差とジャンルを適当に入れ子にしてシャッフルしただけで、それをジャポニズムの知悉と気取っている欧州人の傲慢な無知さ加減とか、「人情紙風船」を「32位」に位置づけるという疚しさのアリバイ工作のような微妙で中途半端な順位に位置づけとかも笑ってしまいましたが、少なくとも「人情紙風船」をベスト40内にチョイスするということに関しては、まずは評価しないわけにはいかないだろうなとは思った次第です。

しかし、それにしても、浪人して困窮の極みにある海野又十郎が、思い余って、かつて亡父が目を掛けた恩あるはずの江戸詰めの毛利三左衛門に仕官の口ぞえを頼みにいき、あからさまに嫌がられながらそれでも縋るように幾度も懇願する果て(白子屋の用心棒であるやくざの弥太五郎源七の子分から殴る蹴るの散々の目に会いながらも、その理不尽な暴力が毛利三左衛門とつながっていることまでは理解できない又十郎のいささか異常な鈍感さには堪らない歯痒さを覚えて観客は苛立ったはずです)、ついに業をにやした毛利三左衛門から「もう屋敷には訪ねてくるな。道で逢っても声を掛けるな」と手きびしく面罵・拒絶されて、わずかな金と亡父の手紙を叩きつけられるという屈辱と怒りによって、又十郎が降りしきる雨の中、ずぶ濡れになりながら惨めさの極みでうな垂れじっと立ち尽くして耐える絶望と虚無のあの姿を、果たして能天気な欧州人がどこまで理解できるのか、この「32位」というランクがどういうランクなのかと、なんだか声荒く問い詰めたくなるような苛立ちをおぼえました。

そうそう、むかし友人から、又十郎が、亡父の恩義があるからとはいえ、三左衛門にあれだけ執拗に仕官を依頼するというそもそもの理由が分からないと言われたことがありました、一目で三左衛門の嫌悪の表情と冷ややかな拒絶の態度があからさまなのに、それが分からない又十郎の「鈍感さ」が却って不自然で理解できない、相手の嫌悪の表情があれほどの壁となって立ち塞がっているのに、それでもあのように執拗に取りすがる「懇願」のみじめな姿の、その自虐と被虐の底なしの異常性が理解できないと。

しかし、それは、又十郎がどこまでも「サムライ」であろうとしたコダワリあったからだということで十分に説明がつくと自分は彼に返したかもしれません。

浪々の身をどうにか支えてくれた糟糠の妻・おたきの励まし(サムライとして仕官して身を立てることが最善と考える、封建制度の只中で自分の階級的な位置取りに固執することを明快に理解している彼女です)自体が、冷ややかな現実の拒絶にたじろぎ八方塞りのなかでみずからの「階級」などとっくに見失い見限っている又十郎にとっては単に「縛り」と「圧」でしかなく、妻に世間の冷ややかな「壁」や「拒絶」の実体をいまさら理解させるなど到底不可能なことくらい、又十郎自身、十分すぎるくらい分かっていることです、妻との「到底不可能」な認識差を埋めるにはその場しのぎの虚言によってしか凌ぎようのない又十郎にとって妻の「励まし」は、三左衛門の「拒絶」と同質の不可能でしかなかったのだと思います。

しかし、妻・おたきにとって、夫の行為(認識差を埋める虚言など)のそれらすべては、結局のところ「裏切り」でしかなかったことは、彼女がその懐剣を使って夫に武士の誇りを思い出させ、「いさぎよい死」を強いたあとの彼女の自害によって武士としての体面は保たれたことになります。

そこには、一貫して又十郎の「サムライ」というものの根本的な理解が欠けているという部分で、拒絶されても取りすがること以外になにも為しえなかったという自虐と被虐のみじめで底なしの異常な姿というものがあったのではないか、とかつて友人に説明したような気がします。だから、又十郎にとって、自分がなんで妻に殺されなければならないのか、最後まで理解できなかったのではないかと。

もしかしたら妻・おたきは、もうこれ以上、困窮した生活のために夫にみじめな思いはさせたくないという同情から、失意のなかで煩悶している夫を見かねて殺したのではないかという友人の意見もありましたが、酔いつぶれた又十郎の服を畳んでいたときに、妻が亡父の手紙を発見した場面があることによって彼の不甲斐なさや不実を許せず、ついに夫に「いさぎよい死」を強いたのであって、「同情説」は到底有り得ないと、きっぱり否定したことも思い出しました。

それでも、自分的には、この虚無と悲憤に満ちたラスト・シーンには多少の違和感がありました。

山中貞雄は遺書に、自身「『人情紙風船』が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。負け惜しみにあらず」(昭和13.4.18)と書き残しています。

僕たちは、山中貞雄のこのココロザシ半場にして非業の死をとげた痛ましい記憶、いや、なによりも日本映画界にとっての「最大の損失」と語り伝えられる伝説のなかで戦後の日本映画をずっと見守ってきた世代です。

山中監督の語り残した「チトサビシイ」が意味するところを、この映画「人情紙風船」のラストシーンに描かれた絶望と虚無感にいつの間にかオーバーラップさせて「オレの実力はあんなものじゃない、まだまだ凄いシャシンを撮れるんだ」という気負いと悔恨とに読み替えていたとしても、それは決して誤りではなかったでしょうが、一方で「本当にそうだろうか?」という思いもありました、それが自分の抱いた「違和感」の実態だったと思います。

「人情紙風船」を見た者なら誰しもその作品の完成度の高さに感嘆し、これ以上の作品というものが果たしてあるだろうかという思いと、山中貞雄自身が語り残した「『人情紙風船』が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ」との言葉の落差が、とても奇妙に聞こえてしまうのでした。

たしかに、山中貞雄の早すぎた死を悲しみ、そしてこの天才の夭折を惜しむ者たちの思いの延長線上に、当然のように「山中貞雄が生きていたら、もっと素晴らしい作品を撮ったに違いない」という確信は十分に成立していいと思っている自分もその一人ですが、しかし、そこには思い半ばにして屈した人間への「無念さ」を、そのまま作品の見方に反映させてしまってもいいのだろうか、という疑問に捉われました。

あの痛快無比の傑作「丹下左膳余話・百万両の壷」を撮った山中貞雄です、「虚無」とか「絶望」など、およそ山中貞雄には似つかわしくないという思いからなかなか自由になれませんでした。

そこで未練がましく、歌舞伎の解説書を引っ張り出して「髪結新三」の項を拾い読みしてみたところ、ストーリーのトーンが、あまりにも違いすぎるので驚いてしまいました。

終幕の「深川閻魔堂橋の場」には、このようにありました。

《恥をかかされた源七は、深川閻魔堂橋で新三を待ちうけ争った末に切り殺します。(しかし、これが最後ではありません、まだまだ続きがあるのです。)
一方、白子屋に戻されたお熊(映画では、「お駒」でした)は、又四郎(当初から予定されていた婿さんです)と祝言を挙げるが、枕を交わさず、自害しようとして誤って又四郎を殺してしまいます。善八の姪のお菊は、世話になっている白木屋への日頃の恩を思って、罪を被って自害します。新三殺しで捕らえられた源七はしらを切りますが、お熊が自首して罪を白状したのを見て、自分の罪を認めます。奉行大岡越前の守は、二人に寛大な仕置きを申し付けました。》

あらすじを読んだだけでも、この黙阿弥の原作が、いかに堂々たるピカレスク・ロマンであることが分かります。なにしろ、かどわかした白子屋の娘を一晩さんざん弄んでから、それでもまだピーピー泣いているようなら、さっさと女郎屋に売り飛ばしちまうなんて凄いセリフもあるくらいですから、この映画の脚色のオリジナリティが物凄いものだったことが、よく分かりますよね。


(1937P.C.L.映画製作所・前進座)製作・武山政信、監督・山中貞雄、原作・河竹黙阿弥(『梅雨小袖昔八丈』、通称『髪結新三』)、製作主任・大岩弘明、脚本・三村伸太郎、撮影・三村明、録音・安惠重遠、片岡造、美術装置・久保一雄、美術考証・岩田専太郎、編集・岩下広一、音楽・太田忠、録音現像・写真化学研究所、演奏・P.C.L管弦楽団
出演・河原崎長十郎(海野又十郎)、中村鶴蔵(金魚売源公)、中村翫右衛門(髪結新三)、坂東調右衛門(按摩藪市)、市川樂三郎(目明し弥吉)、市川菊之助(錠前屋の兼吉)、山崎長兵衛(徳兵衛)、中村進五郎(夜そば屋の甚吉)、坂東みのる(吉兵衛)、市川章次(役人)、市川莚司[加東大介](源七乾分百蔵)、中村公三郎(流しの与吉)、市川進三郎(配役不明)、市川笑太朗(弥太五郎源七)、助高屋助蔵(家主長兵衛)、嵐敏夫(平六)、市川扇升(長松)、嵐芳三郎(白子屋久兵衛)、澤村比呂志(磨師の卯之公)、市川岩五郎(古傘買いの乙松)、山崎進蔵(猪助)、橘小三郎(毛利三左衛門)、瀬川菊之丞(忠七)、岬たか子(乙松の女房おくま)、原緋紗子(源公の女房おてつ)、岩田富貴子(久兵衛の女房おなつ)、一ノ瀬ゆう子(甚七の女房おちよ)、山岸しづ江(又十郎の女房おたき)、霧立のぼる(白子屋の娘お駒)、御橋公(白子屋久左衛門)、山崎島二郎(役人)、河原波留子、澤村千代太郎、瀬川花章、中村鶴蔵、平塚ふみ子
配給=東宝映画 1937.08.25 日比谷劇場 10巻 2,352m 86分 モノクロ スタンダードサイズ(1:1.37)35ミリ

1937キネマ旬報ベストテン第7位。
1979日本公開外国映画ベストテン(キネ旬戦後復刊800号記念)第4位
1989日本映画史上ベストテン(キネ旬戦後復刊1000号記念)第13位
1989大アンケートによる日本映画ベスト150(文藝春秋)第10位
1995オールタイムベストテン・日本映画編(キネ旬)第4位
1999映画人が選ぶall time best 100・日本映画編(キネ旬創刊80周年記念)」第18位
2009映画人が選ぶall time best 100・日本映画編(キネ旬創刊90周年記念)」第23位



# by sentence2307 | 2019-05-16 22:20 | 山中貞雄 | Comments(0)
4月30日付けの読売新聞朝刊を、いまでも手元に置いてあります。

いえいえ、なにも「平成」最後の日の新聞だからといって記念のためにとっておいたり、プレミアムがついたら売りさばいて小銭でも稼ごうなんて、そんな気の利いた了見など持ち合わせているわけではありません。

手元にとっておいた理由というのは、同紙の「くらし欄」(11面)に読者の投稿を掲載する「ぷらざ」というコラム欄があって、その日掲載されていた「101歳になっても子を思う母」という女性(70歳)の投稿にちょっと心動かされるものがあって、自分のブログに再録させてもらおうと思い、手元に置いておいたのです。

これを読んだら、おそらく誰もが心を打たれ、胸に迫るものを感じると思います。

以下が、その全文です。

《14年前に父を亡くし、鹿児島県内の老人ホームで暮らす101歳の母がいる。年相応の認知力の衰えはあるものの、まだ「誰かね?」と言われたこともなく、ときどき、私に電話を掛けてくる。
先日も母から電話があった。「一人は、ほんのこちさびしかもんじゃ。なんごて長生きしとるんじゃろ。はよ、父さんとこ行きたかがよー」と涙声で訴えてきた。
私も、10年前に主人を亡くし、一人で暮らす身だ。
「母さん、私もここでひとりじゃ。一人はさびしか。母さんの気持ちがよーく分かるよ」と返した。
すると母は「あー、おまんさあも一人じゃったな。一人はしゃべらんからいかんよ。近くのスーパーに行って、誰かと話っしゃんせ。具合悪いときゃ、すぐ病院へ走んやんせ」。いつしか、涙声から心強い母親の声に変わっていた。
母とは、親とは、いくつになっても子を心配するものなのだ。ありがたいと頭が下がる思いで受話器を置いた。
私も頑張らなければという思いになった。》

ひとり遠い鹿児島の老人ホームで暮らす101歳の、まるでみずからの長寿をなげくかのような老母の悲痛な孤独と、その孤独を十分に分かっていても何も為しえず、ただ母を気遣う言葉しか掛けてあげられない70歳の娘の痛切、そうした思いのすべてを秘めて互いに掛け合う薩摩弁の柔らかな物言いに、ただただ打ちのめされてしまったのかもしれません。

これはまるで、小津監督作品「父ありき」や「母を恋はずや」を見たときに受けたあの胸の詰まるような痛恨と同質なものだな、と感じました。

朝の新聞の片隅でふと触れた痛切が、いつも見ている朝の景色をまったく違うものに変えてしまったことに、一瞬、戸惑いました。

そのとき、最近、少し前のブログで、伊丹万作「故郷」の感想を書くときに、同じタイトルの「故郷」という邦画が何本くらい作られたのか、jmdbで確かめたことを思い出しました。

自分的には、検索する前には、当然ながら、類語をふくめて何十本、何百本という製作本数という結果があるに違いないと確信しながら検索をはじめたのですが、結果は、たったの5本だったので、驚くのを通り越して、ちょっと呆れてしまいました。「故郷」という言葉は、日本人のキイワードではなかったのかという意外な思いでした。

肩透かしを食わされたその記憶が、それ以降いつまでも自分のなかに残っていて、いつも「それなら何が日本人にふさわしいキイワードなのか」と、内心でずっと自問していたということはあったかもしれません。

この101歳の老母を気遣う70歳の女性の投稿文を読んだとき、「あっ!」と反応し、直感的に「そうか、キイワードは、『母』だな」と確信するものがありました。

さっそく、jmdbで、「母」と入力を・・・と思ったのですが、そのまえに、タイトルに「母」とつく映画で、自分が子供のときに耳にして、気に掛かりながらも、その後、一切の情報に邂逅することもなく、もちろん、見ることもなかった映画というのを同時に思い出した、もちろん予備知識なども皆無なので、いい機会です、検索ついでに、その映画から検索してみることにしました。

うろ覚えながら、そのタイトルは、たしか「母のない子と子のない母」だったと記憶しているので、検索し始めてみると、どうも正確には「母のない子と子のない母と」というらしいことが分かりました。

検索結果は、以下のとおりです。

★母のない子と子のない母と
戦争でひとり息子を亡くした老婆と病気で母を失った兄弟。愛する者を失った悲哀に生きる者たちは、それでもなお前を向いて助け合い、やがて心を結び合う。故郷の風土に根ざし、戦争への怒りと人間への愛情を込めた作品を数多く遺した壼井栄。映画化もされた『二十四の瞳』と並ぶ著者の長編児童文学の傑作。第二回芸術選奨文部大臣賞受賞作。
(1952劇団民藝、新教映)監督・若杉光夫、脚色・久板榮二郎、原作・壷井栄、企画・劇団民芸、製作・菅義雄、八名正、、撮影・井上莞、美術・民芸美術部、音楽・斎藤一郎、解説・滝沢修
出演・田中晋二(一郎)、宇野重吉(一郎のお父さん)、高野由美(一郎のお母さん)、長木義秀(ヨンちゃん)、北林谷栄(おとら小母さん)、小汐保平(史郎)、斎藤美和(史郎のお母さん)、左卜全(史郎のおじいさん)、原ひさ子(史郎のおばあさん)、清水将夫(校長先生)、多々良純(役場の六さん)、
製作=民芸 1952.11.04 9巻 2,466m 白黒

なるほど、なるほど、そういうことですか。かの民芸が製作した映画だったんですね、わざわざ検索なんかするんじゃなかった。人道主義と共産主義の区別もつかず、戦時中の贖罪感も手伝って、猫も杓子も、よせばいいのに山田五十鈴でさえも赤旗を振ったというあの噴飯ものの激動時代、バブルの時代、ミニスカートのねえちゃんたちが、ジュリアナのお立ち台で、大きな扇子と腰を振ってパンチラで踊りまくっていたのとは、わけが違います。少人数相手の演劇で、仲間内で息巻いていればいいものを、わざわざ映画にまでしゃしゃり出て「映画」をアジテーションの道具として堕落させ、つまらない「映画」を量産した、その残滓的な作品だったというわけですか。トリュフォーならずとも、怒るで、まったく。

いかに名作「二十四の瞳」を撮った木下恵介といえども、この原作じゃあ、いい映画なんか撮ることは所詮無理だったと思います。だから木下恵介もこちらの作品の方は食指を動かさなかったというわけだったのでしょうけれども。

でもまあ、これで長い間、気になっていた作品がどういう作品だったのかの調べもつきましたので、気も済みました。

そうそう、気に掛かっていたことが、もうひとつありました。

前回、伊丹万作の「故郷」の周辺情報を確かめるために「伊丹万作全集 第1巻」を読んでいたら、たまたま面白い記事をみつけたので、紹介しておきたいと思います。

あきらかに小津監督の「母を恋はずや」を意識して書かれたものであることは一目で分かりましたので、すぐ目に付いたというわけです。あえて「意識して」と書きましたが、それを「あてこすって」とか「嫌味で」とか、いろいろな表現にかえことも、あるいは可能かもしれません。

それは「キネマ旬報」昭和9年6月11日号に掲載された「回答その他」という小文のなかの「文法」と題された時評みたいな感じのものです、ごく短いものなので 全文筆写してみますね。

《松竹の写真の題名に「何とかを恋はずや」というのがあった。これをどう読ませるつもりか分からないが、「恋はずや」と読ませるつもりなら、それは無茶である。日本語にはない読み方で、したがって意味も通じようがない。意味の通じない題名など、少し無責任すぎるし、第一商売上困りはしないか。
「恋ふ」という他動詞は、は行上二段活用で、「ひ、ひ、ふ、ふる、ふれ、ひよ」と働くのであって、「は」とは働かない。したがってこの場合は、「恋ひずや」というのが正しい。「恋はずや」という語は日本にないのだから、そのつもりでいてもらいたい。これは中学二年生の知識であるから、僕が物知りぶっていることにはなるまい。また松竹に中学二年生以上の教育を受けた人が一人もいないというはずもなかろう。タイトルの方は吉山旭光氏に任せておくが、題名だけは捨ておき難い。世間の者どもに活動屋などという手合いは平易な文法さえもわきまえておらんと思わせることはくやしいから、仲間うちで警めておく。》

これ以上はないだろうと思えるくらいのなんたる嫌味、なんたる傲慢、ちなみに小津監督は、年譜によれば、中学校卒業後、神戸高商受験失敗後、代用教員をしたとあるので、「松竹に中学二年生以上の教育を受けた人が一人もいないというはずもなかろう」は、そのまま、相手を侮辱し喧嘩を売っているとしか思えません。

しかし、たとえそれが「は行上二段活用」であろうと、「恋ひずやの方が正しい」であろうと、現代においてもいまだ確固として映画史に残り、記憶に刻印されている作品といえば「母を恋はずや」なのであって、観客に飽きられ、記憶と映画史とからすっかり姿を消してしまった伊丹万作の「故郷」ではなかったことが示唆するものは、たとえそのタイトルの命名が文法上、些か規定から外れたものであったとしても、しかし、その誤りもすべて含めて、言葉に対する感受性もまた作家の美意識であることを支持した僕たちの証しであるのだと言わずにはおられません。

さて、それでは、懸案のキイワード「母」の検索といってみますか。

いざ検索してみると、ヒットした件数は、おお!! なんと401件、まさにこれが日本人の心のキイワードといえるにふさわしい堂々たる件数じゃないですか。

なるほど、なるほど、そういうことだったんですね。この壮観な401件の検索結果は、ぜひともこのブログの末尾に全件掲げたいと思いますが、当初自分的には、「母もの映画」といえば望月優子や三益愛子のイメージが強烈で、どうしても「陰々滅々」感(とか、聖母的な先入観)が強くて、もうひとつ検索にリキが入らずに積極的にはなれなかったのですが、この検索結果を見て驚愕し、俄然生き返りました。

そのタイトルのイロドリの華やかさ、百花繚乱の桃色吐息ぶりといったらありません。

ひとむかし前なら、子供たちや意地悪な嫁に疎まれ、虐げられて家にいられずに、ついに行き場をなくして老人ホームに追いやられたり、鉄道自殺するしかなかった老いた母親たちは、この現代においては、娘の婿さんを豊満な肉体で誘惑し、

実の息子とやってしまうとか(実際の年齢差を考えると、ありえないと思ってしまうとしたら、まだまだ修行が足りません)、

とにかく、日本映画史の一断面を抉り取った壮観さを堪能できることには、間違いありません。保証します。

これこそ躊躇なく「正調・日本映画史」と名づけても十分OKだと思ってます。


【正調・日本映画史】
1. まま母 (製作=横田商会) 1910.11.01 富士館 白黒 無声
2. 母の罪 (製作=吉沢商店) 1911.05.01 電気館 白黒 無声 出演・木下吉之助、五味国太郎
3. 母の躾 (製作=吉沢商店) 1912.01.01 電気館 白黒 無声 出演・木村操、五味国太郎
4. 継母 (製作=横田商会) 1912.05.01 千代田館 白黒 無声
5. まま母(警官の涙) (製作=日活) 1914.04. 浅草大勝館 白黒 無声
6. 母(捨小舟) (製作=日活(向島撮影所)) 1914.07. 浅草遊楽館 白黒 無声 出演・森三之助、関根達発、立花貞二郎
7. 母の罪 (製作=日活(向島撮影所)) 1914.08. 浅草オペラ館 白黒 無声 出演・関根達発、一派
8. 此子此母 (製作=日活(向島撮影所)) 1914.09. 浅草三友館 白黒 無声 原作・中井苔香
9. 母の心 (製作=日活(向島撮影所)) 1915.01. 浅草三友館 白黒 無声 監督・小口忠
10. 二人の母 (製作=日活(向島撮影所)) 1916.03. 浅草三友館 白黒 無声

11. 母と子 (製作=日活(向島撮影所)) 1916.06.27 浅草オペラ館 3巻 白黒 無声 原作・佐藤紅録
12. 母の心 (製作=小林商会) 1916.10.30 京橋豊玉館 3巻 白黒 無声 出演・中村秋孝、佐川素経、静田健、多知花静衛、三木久雄
13. 幼き母 (製作=日活(向島撮影所)) 1917.07.01 第二遊楽館 5巻 白黒 無声 出演・山本嘉一、東猛夫、秋月邦武、立花貞二郎、藤川三之助
14. 儚き母子 (製作=小林商会) 1917.07.11 浅草三友館 5巻 白黒 無声 出演・関根達発、静田健、西野薫、島田小次郎、中野信近
15. 残れる母娘 (製作=天活(大阪撮影所)) 1918.03.01 大阪楽天地 白黒 無声 脚本・藤田紫影、出演・石川新水、伊村義雄、熊谷武雄、山田九州男、五味国太郎、秋山十郎、宍戸熊介
16. 捨てられた母 (製作=日活(向島撮影所)) 1918.03.30 浅草オペラ館 4巻 白黒 無声 監督・小口忠、脚本・桝本清、出演・山本嘉一、五月操、東猛夫、新井淳、衣笠貞之助
17. 母の扉 (製作=日活(向島撮影所)) 1918. . 白黒 無声 監督・田中栄三
18. 母の心 (製作=日活(向島撮影所)) 1919.08.31 浅草オペラ館 白黒 無声 原作・柳川春葉
19. 慈母のなやみ (製作=国活) 1920.05.29 芝大門館 5巻 白黒 無声
20. 此父此母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1921.07.21 第二松竹館 4巻 白黒 無声 監督・賀古残夢、出演・五味国太郎、宮田八郎、大山武、鈴木歌子

21. 涙の母 (製作=日活(向島撮影所)) 1921. . 白黒 無声
22. 母いづこ (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1922.01.10 浅草松竹館 6巻 白黒 無声 監督・牛原虚彦、脚本・伊藤大輔、原作・「オーヴァ・ゼ・ヒル」より
23. 母の心 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1922.05.01 浅草松竹館 6巻 白黒 無声 監督・池田義臣、脚本・小田喬、原作・柳川春葉、撮影・水谷文次郎
24. 母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1923.05.16 浅草松竹館 10巻 白黒 無声 監督・野村芳亭、脚本・石川白鳥、撮影・小田浜太郎、出演・川田芳子
25. 永遠の母 (製作=松竹キネマ(下加茂撮影所)) 1924.01.13 電気館 8巻 白黒 無声 監督・池田義信、脚本・武田晃、原作・野村芳亭、撮影・長井信一
26. 懐かしき母 (製作=マキノ映画製作所(等持院撮影所)) 1924.03.04 浅草オペラ館 6巻 白黒 無声 監督・志波西果、原作・志波西果、撮影・松浦茂、配役・村瀬実太
27. 雲母阪 (製作=マキノ映画製作所(等持院撮影所)) 1924.06.20 浅草大東京 5巻 白黒 無声 監督・沼田紅緑、脚本・マキノ青司、原作・直木三十三、
28. お澄と母 (製作=日活(京都撮影所第二部)) 1924.06.29 浅草三友館 8巻 白黒 無声 監督・村田実、脚本・村田実、原作・ブラスコ・イヴァニエス
29. 二人の母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1924.08.01 電気館 6巻 白黒 無声 監督・牛原虚彦、脚本・小田喬、撮影・酒井健三、出演・三村千代子
30. 母なればこそ (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1924.09.22 電気館 7巻 白黒 無声 監督・池田義信、脚本・池田義信、撮影・長井信一、出演・奈良真養

31. 狂へる母に (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1924.12.22 電気館 3巻 白黒 無声 監督・吉野二郎、脚本・吉田弘隆、撮影・中村正雄、出演・飯田蝶子
32. 水兵の母 (製作=小笠原プロダクション) 1925.03.05 神戸キネマ倶楽部 6巻 白黒 無声 監督・小笠原明峰、脚本・水島あやめ、原作・小笠原長生
33. 母を呼ぶ声 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1925.03.15 電気館 5巻 白黒 無声 監督・吉野二郎、脚本・古田弘隆、原作・古田弘隆、撮影・田辺憲次
34. 海国の母 (製作=東亜キネマ(甲陽撮影所)) 1925.08.12 大阪第一朝日館 6巻 白黒 無声 監督・上月吏、脚本・田村喜一郎、原作・永井健、撮影・古泉勝男
35. 母校の為めに (製作=日活(大将軍撮影所)) 1925.09.08 浅草三友館 7巻 白黒 無声 監督・阿部豊、助監督・伊奈精一、脚色・畑本秋一、清水竜之助
36. 母ちゃんの馬鹿 (製作=帝国キネマ演芸(芦屋撮影所)) 1925. . 製作中止 白黒 無声 監督・松本英一、撮影・大森勝、出演・松本泰輔、沢蘭子
37. 母を尋ねて三百里 (製作=日活(大将軍撮影所)) 1926.05.07 三友館 7巻 白黒 無声 監督・田坂具隆、脚本・鈴木謙作、原作・鈴木謙作、撮影・気賀靖吾
38. 母よ恋し (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1926.05.23 電気館 6巻 白黒 無声 監督・五所平之助、脚本・水島あやめ、原作・水島あやめ、撮影・内田斎
39. 母なればこそ (製作=帝国キネマ演芸(芦屋撮影所)) 1926.11.06 大阪芦辺劇場 5巻 白黒 無声 監督・佐藤樹一路、原作・佐藤樹一路、撮影・鷲田誠
40. 愚かなる母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1926.12.01 浅草松竹館 8巻 白黒 無声 監督・池田義信、脚本・水島あやめ、原作・水島あやめ

41. 母に誓ひて (製作=タカマツ・アズマプロダクション) 1926.04.03 白黒 無声 監督・山本嘉次郎、脚色・山本嘉次郎、撮影・小谷三郎、配役・野田鉄次(職工)
42. この母を見よ (製作=マキノプロダクション(御室撮影所)) 1927.01.28 千代田館 6巻 白黒 無声 監督・久保為義、脚本・芝蘇呂門、撮影・藤井春美
43. 心中雲母阪 (製作=マキノプロダクション(御室撮影所)) 1927.03.18 千代田館 8巻 白黒 無声 指揮・マキノ省三、監督・井上金太郎、橋本栄一、脚色・秋篠珊次郎
44. 懐しの母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1927.10.21 電気館 5巻 白黒 無声 監督・佐々木恒次郎、脚本・村上徳三郎、原作・村上徳三郎、撮影・内田斎
45. 叔母さんの家 (製作=河合プロダクション) 1928.09.14 7巻 1,456m 白黒 無声 監督・松本英一、出演・里見明 橘重子 雲井三郎
46. 母いづこ (製作=日活(大将軍撮影所)) 1928.09.14 富士館/みやこ座 10巻 白黒 無声 監督・阿部豊、脚色・阿部豊、木村恵吾、原作・阿部豊、撮影・青島順
47. 豪傑の母 (製作=帝国キネマ演芸) 1928.09.22 大阪芦辺劇場 白黒 無声 監督・江後岳翠、脚本・江後岳翠、原作・江後岳翠、撮影・谷口禎
48. 母よ君の名を汚す勿れ (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1928. . 白黒 無声 監督・五所平之助、脚本・五所平之助、原作・北村小松、撮影・三浦光男
49. 母と子 (製作=東亜キネマ(京都撮影所)) 1929.01.20 大阪パーク劇場 6巻 白黒 無声 監督・米沢正夫、脚本・佃血秋、原作・佃血秋、撮影・河崎喜久三
50. 第二の母 (製作=日活(太奏撮影所)) 1929.04.26 富士館/みやこ座 5巻 白黒 無声 監督・木村次郎、脚本・東坊城恭長、原作・畑本英一、撮影・町井春美

51. おっ母よ (製作=帝国キネマ演芸) 1929.05.29 大阪芦辺劇場 白黒 無声 監督・深川ひさし、脚本・阪本長郎、撮影・古林潤、出演・鈴木信子、藤間林太郎
52. 母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1929.12.01 帝国館 10巻 白黒 無声 監督・野村芳亭、脚本・柳井隆雄、潤色・野田高梧、原作・鶴見祐輔
53. 母校に輝く (製作=沢田義雄プロダクション) 1929. . 白黒 無声 監督・楠山律、撮影・寺田清彦、出演・沢田義雄、浪花千栄子
54. 母校の名誉 (製作=マキノプロダクション(御室撮影所)) 1930.01.31 新宿劇場 8巻 白黒 無声 監督・川浪良太、脚本・川浪良太、原作・川浪良太
55. 三人の母 (製作=帝国キネマ演芸) 1930.04.10 常盤座 8巻 白黒 無声 監督・曽根純三、脚本・村田圭三、原作・小笠原白也、撮影・塚越成治
56. 母 (製作=日活(太奏撮影所)) 1930.04.25 富士館 8巻 白黒 無声 監督・長倉祐考、脚本・相田澄子、原作・菊池寛、撮影・松沢又男
57. この母を見よ (製作=日活(太奏撮影所)) 1930.05.09 富士館 10巻 白黒 無声 監督・田坂具隆、脚本・八木保太郎、撮影・伊佐山三郎、出演・滝花久子
58. 母の栄光 (製作=河合映画製作社) 1930.07.11 7巻 1,404m 白黒 無声 監督・高松操、脚本・杉原保、原作・杉原保、撮影・永貞二郎
59. 母三人 (製作=日活(太奏撮影所)) 1930.11.07 富士館 10巻 白黒 無声 監督・阿部豊、脚本・木村千疋男、原作・川村花菱、撮影・町井春美
60. 瞼の母 (製作=千恵蔵プロダクション 配給=日活) 1931.03.13 富士館/神田日活館 8巻 1,784m 白黒 無声 監督・稲垣浩、助監督・寺川千秋、脚本・稲垣浩

61. 我が子我が母 (製作=帝国キネマ演芸) 1931.04.22 常盤座 10巻 白黒 無声 監督・印南弘、脚本・民門敏雄、原作・民門敏雄、撮影・二宮義暁
62. この母に罪ありや (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1931.06.12 帝国館 12巻 2,873m 白黒 無声 監督・清水宏、脚色・伏見晁、池田忠雄、原作・湯原海彦
63. 母はどうする (製作=河合映画製作社) 1931.07.23 河合キネマ 6巻 1,329m 白黒 無声 監督・吉村操、脚本・太田辰三、原作・太田辰三、撮影・石川東橘
64. 母なればこそ (製作=帝国キネマ演芸) 1931.09.01 常盤座 8巻 白黒 無声 監督・川浪良太、脚本・西条照太郎、原作・西条照太郎、撮影・藤井清
65. 二郎と其の母 (製作=キヨノ映画) 1931.10.30 浅草松竹座 4巻 白黒 無声 監督・山口辰雄、脚本・山口辰雄、原作・椎名竜徳、撮影・山田忠治
66. 母よその名を汚す勿れ (製作=東活映画社) 1931.12.05 大阪敷島倶楽部 7巻 白黒 無声 監督・米沢正夫、脚本・桜庭青蘭、原作・桜庭青蘭、撮影・上村貞
67. 頼母子権兵衛 (製作=赤沢キネマ) 1932.01.05 浅草松竹館 6巻 白黒 無声 監督・吉野二郎、脚本・東草之助、原作・東草之助、撮影・土岐淳一
68. 永遠の母 (製作=河合映画製作社) 1932.05.06 浅草河合キネマ 7巻 1,420m 白黒 無声 監督・吉村操、脚本・藤田潤一、原作・藤田潤一、撮影・石川東橘
69. 母の秘密 (製作=東活映画社) 1932.06.20 大阪有楽座 12巻 白黒 無声 監督・米沢正夫、脚本・東活文芸部、原作・野村雅延、撮影・柾木四平
70. まぼろしの母 (製作=新興キネマ) 1932.11.01 電気館 10巻 白黒 無声 監督・清涼卓明、脚本・小川正、原作・小川正、撮影・三木茂

71. 母の秘密 (製作=新興キネマ) 1932.12.25 電気館/新宿帝国館 10巻 白黒 無声 監督・高見貞衛、脚本・八尋不二、原作・三宅やす子、撮影・藤井清
72. 眠れ母の胸に (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1933.01.20 帝国館 12巻 2,447m 白黒 サウンド版 監督・清水宏、脚色・野田高梧、原作・野田高梧
73. その子と母 (製作=河合映画製作社) 1933.02.08 6巻 1,179m 白黒 無声 監督・吉村操、脚本・大井利与、原作・太田辰三、撮影・藤岡弘司
74. 母よ子よ (製作=日活(太奏撮影所)) 1933.07.06 富士館 8巻 白黒 無声 監督・田口哲、脚本・依田義賢、原作・依田義賢、撮影・気賀靖吾
75. 或る母の姿 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1933.07.20 帝国館 8巻 白黒 無声 監督・佐々木恒次郎、脚本・陶山密、原作・陶山密、撮影・青木勇
76. 母三人 前篇 (製作=新興キネマ) 1933.10.19 電気館 10巻 白黒 無声 監督・曽根純三、脚本・八尋不二、原作・川村花菱、撮影・藤井静
77. 母三人 後篇 (製作=新興キネマ) 1933.10.25 電気館 8巻 1,998m 白黒 無声 監督・曽根純三、脚本・八尋不二、原作・川村花菱、撮影・藤井静
78. 東洋の母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1934.02.01 帝国劇場/帝国館 15巻 3,818m 白黒 総指揮・城戸四郎、総監督・清水宏、監督・石川和雄、佐々木康、佐藤武、沼波功
79. 母の微笑 (製作=日活(太奏撮影所)) 1934.03.01 富士館/日比谷映劇 6巻 白黒 監督・渡辺邦男、脚色・鈴木紀子、原作・簡易保険局、撮影・碧川道夫
80. さくら音頭 涙の母 (製作=P.C.L.映画製作所 配給=東和商事映画部) 1934.03.08 日比谷映劇 10巻 2,047m 75分 白黒 監督・木村荘十二、脚本・木村荘十二、原作・木村荘十二

81. 夢に見る母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1934. . 白黒 無声 監督・青山三郎、脚本・鈴木紀子、原作・鈴木紀子、撮影・松沢又男
82. 母の愛 苦闘篇 愛児篇 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1935.01.31 帝国館 15巻 白黒 サウンド版 監督・池田義信、脚本・陶山密、原作・松竹脚本部
83. 母の心 (製作=赤沢キネマ) 1935.03.07 電気館 8巻 白黒 監督・根岸東一郎、脚本・赤沢大助、原作・村上寛、撮影・花沢義之
84. 母の恋文 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1935.04.18 帝国館 12巻 白黒 監督・野村浩将、監督補助・北村昭彦、松村清四郎、中本茂、脚色・池田忠雄
85. なみだの母 (製作=太奏発声映画 配給=日活) 1935.05.08 大阪常盤座 8巻 白黒 監督・永富映次郎、脚色・牛原虚彦、原作・額田六福、撮影・河崎喜久三
86. 父帰る母の心 (製作=第一映画社 配給=松竹キネマ) 1935.10.08 帝国館 8巻 白黒 監督・寺門静吉、助監督・森一生、鴻嶺利光、池田李雄、脚色・原健一郎
87. 叔母さんの意地わる (製作=大都映画) 1935.11.21 河合キネマ 7巻 1,508m 白黒 無声 監督・太田辰三、脚本・太田辰三、原作・太田辰三、撮影・石川東
88. スクリーングラフ 第八輯「文化の母」 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所ニュース部)) 1935. . 2巻 白黒 解説版
89. 第二の母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1936.01.23 富士館 7巻 白黒 監督・田口哲、春原政久、脚本・小国英雄、原作・小国英雄、撮影・福田寅次郎
90. 母の面影 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1936.02.06 帝国館/丸の内松竹/新宿松竹館9巻 白黒 サウンド版 監督・佐々木啓祐、脚本・斎藤良輔、原作・斎藤良輔

91. 護国の母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1936.05.07 富士館 8巻 白黒 監督・田口哲、脚本・鈴木紀子、原作・鈴木紀子、撮影・福田寅次郎
92. 母を尋ねて (製作=松竹キネマ(大船撮影所)) 1936.08.30 帝国館/丸の内松竹/新宿松竹館10巻 白黒 解説版 監督・佐々木康、脚本・柳井隆雄、原作・日野輝久
93. 母なればこそ (製作=P.C.L.映画製作所 配給=東宝映画) 1936.09.21 日本劇場 8巻 1,857m 68分 白黒 監督・木村荘十二、脚本・三好十郎、原作・川口松太郎
94. 嘆きの母 (製作=松竹キネマ(大船撮影所)) 1936.10.15 帝国館/丸の内松竹/新宿松竹館8巻 白黒 監督・宗本英男、脚色・宗本英男、潤色・野田高梧
95. 母の花園 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1936.11.22 大阪朝日座 9巻 2,211m 白黒 監督・西鉄平、脚本・如月敏、原作・如月敏、撮影・樗木喬
96. 瞼の母 (製作=千恵蔵プロダクション 配給=日活) 1936.12.03 富士館 7巻 白黒 監督・衣笠十四三、脚色・大森光太郎、原作・長谷川伸、撮影・漆山裕茂
97. わが母の書 (製作=松竹キネマ(大船撮影所)) 1936.12.19 新宿松竹館 15巻 白黒 監督・池田義信、脚本・斎藤良輔、図斎与一、原作・斎藤良輔、図斎与一
98. 小楠公とその母 (製作=日本合同映画) 1936. . 白黒 サウンド版 監督・中川紫朗、脚本・中川紫朗、原作・小楠公会、撮影・渡会六蔵
99. 母校の花形 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1937.04.01 富士館 6巻 白黒 監督・千葉泰樹、脚色・小国英雄、山崎謙太、原作・サトウ・ハチロー、撮影・長井信一
100. 母の夢 (製作=松竹(大船撮影所)) 1937.04.01 帝国館/丸の内松竹/新宿松竹館8巻 白黒 監督・佐々木康、脚本・斎藤良輔、原作・菊池寛、撮影・野村昊

101. 真実一路 母の巻 (製作=日活(多摩川撮影所)1937.06.10 大阪常盤座 9巻 白黒 監督・田坂具隆 脚色・荒牧芳郎 原作・山本有三 撮影・伊佐山三郎
102. 軍国母の手紙 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1937.10.21 大阪朝日座 7巻 1,410m 白黒 監督・久松静児 脚本・陶山密 原作・陶山密 撮影・鈴木栄
103. 母への抗議 (製作=松竹(大船撮影所) 1937.11.01 新宿松竹館 8巻 白黒 監督・深田修造 脚本・斎藤良輔 原作・斎藤良輔 撮影・渡辺健次
104. 母よ安らかに (製作=新興キネマ(東京撮影所) 1937.11.11 大阪朝日座 8巻 2,042m 白黒 監督・田中重雄 脚本・如月敏 原作・如月敏 撮影・二宮義暁
105. 呼子鳥 後篇 母の時代 (製作=新興キネマ(東京撮影所) 1937.11.18 大阪朝日座 7巻 白黒 監督・久松静児 脚本・陶山密 原作・加藤武雄 撮影・古泉
106. 母の勝利 (製作=松竹(大船撮影所) 1937.11.25 帝国館 8巻 白黒 監督・斎藤寅次郎 脚本・野田高梧 撮影・武富善男 出演・葉山正雄 坪内美子
107. 母の曲 前篇 (製作=東宝映画(東京撮影所) 1937.12.11 日本劇場 2,156m 79分 白黒 製作・萩原耐 監督・山本薩夫 脚本・木村千依男 八住利雄
108. 母の曲 後篇 (製作=東宝映画(東京撮影所)
母の曲 後篇 1937.12.21 日本劇場 1,915m 70分 白黒 製作・萩原耐 監督・山本薩夫 脚本・木村千依男 八住利雄
109. 母の鐘 (製作=G・S映画研究所 1937. . 白黒 無声 監督・永富映次郎 脚本・永富映次郎 原作・永富映次郎 撮影・田中春光
110. 母親人形 (製作=東宝映画(京都撮影所)) 1938.01.07 日本劇場 8巻 2,056m 75分 白黒 監督・石田民三 脚本・白浜四郎 原作・長谷川伸 撮影・玉井正夫

111. 母の瞳 (製作=大都映画) 1938.01.10 大都劇場 8巻 白黒 監督・吉村操 脚本・大井利与 原作・大井利与 撮影・富沢恒夫
112. 母ぞよく知る (製作=松竹(大船撮影所) 1938.03.10 帝国館/新宿松竹館/渋谷劇場/銀座映劇8巻 白黒 監督・原研吉 脚本・斎藤良輔 原作・斎藤良輔
113. 母の魂 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1938.04.14 大阪朝日座 11巻 3,192m 白黒 総指揮・六車修 監督・田中重雄 脚本・陶山密 撮影・二宮義暁
114. 軍国涙の母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1938.04.21 富士館 4巻 白黒 監督・渡部恒次郎 脚色・荒牧芳郎 原作・竹田敏彦 撮影・渡辺孝 配役 高岡邦
115. 二度目の母 (製作=大都映画) 1938.06.16 大都劇場 6巻 白黒 無声 監督・和田敏三 脚本・ 三木誠 撮影・岩藤隆光 出演・大河百々代 藤間林太郎
116. 母と子 (製作=松竹(大船撮影所)) 1938.07.01 大阪劇場 10巻 2,426m 89分 白黒 監督・渋谷実 監督補助・厳谷平三 荒井英郎 大屋善三 本郷武雄 脚色・柳井隆雄
117. 瞼の母 (製作=東宝映画(東京撮影所)) 1938.07.10 日本劇場 10巻 2,295m 84分 白黒 製作・森田信義 監督・近藤勝彦 脚本・竹井諒 原作・長谷川伸
118. わが家に母あれ (製作=松竹(大船撮影所) 1938.08.18 帝国館/新宿松竹館/渋谷劇場/横浜常設館/銀座映劇6巻 白黒 監督・渋谷実 脚本・柳井隆雄 原作・森山季子
119. 姉ちゃんは母ちゃんは (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1938.09.08 大阪朝日座 6巻 1,430m 白黒 監督・須山真砂樹 脚本・小出英男 原作・小出英男
120. 母の歌 前篇(誓) (前篇(誓) 製作=松竹(大船撮影所)) 1938.12.15 帝国館/新宿松竹館/横浜常設館/銀座映劇5巻 白黒 監督・佐々木康 脚本・斎藤良輔 撮影・野村昊

121. 母の歌 後篇(縁) (製作=松竹(大船撮影所)) 1938.12.15 帝国館/新宿松竹館/横浜常設館/銀座映劇7巻 白黒 監督・佐々木康 脚本・斎藤良輔 撮影・野村昊
122. 美はしき母性 (製作=松竹(大船撮影所) 1938.12.24 帝国館/新宿松竹館/横浜常設館7巻 白黒 監督・蛭川伊勢夫 脚本・柳井隆雄 斎藤良輔 原作・山岡荘八
123. 幸福の母 (製作=オールキネマ社) 1938. . 1巻 326m 12分 白黒 演出・芦田宏昌 撮影・芦田宏昌
124. 母子船頭唄 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1939.01.14 大阪朝日座 5巻 1,313m 白黒 監督・青山三郎 脚本・村上徳三郎 撮影・青島順一郎
125. 日本の母 母の巻 (製作=大都映画) 1939.02.15 大都劇場 7巻 白黒 監督・吉村操 脚本・中川竜夫 原作・中川竜夫 撮影・永貞二郎
126. 日本の母 子の巻 (製作=大都映画) 1939.02.23 大都劇場 7巻 白黒 監督・吉村操 脚本・中川竜夫 原作・中川竜夫 撮影・永貞二郎
127. 誓ひの乳母車 (製作=大都映画) 1939.03.01 大都劇場 6巻 白黒 監督・中島宝三 脚本・中島宝三 撮影・広川朝次郎 出演・藤間林太郎 雲井三郎
128. 母に捧ぐる歌 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1939.05.25 電気館/大阪朝日座 8巻 1,977m 白黒 監督・伊奈精一 脚本・中田龍雄 原案・伊奈精一
129. 母を讃へる歌 (製作=松竹(大船撮影所)) 1939.07.06 帝国館/新宿松竹館/横浜常設館/銀座映劇7巻 白黒 監督・原研吉 脚本・野田高梧 森山李子撮影・厚田雄春
130. 母 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1939.10.12 大阪朝日座 11巻 2,957m 白黒 監督・田中重雄 脚本・陶山密 原作・鶴見祐輔 撮影・行山光一

131. 母は強し (製作=松竹(大船撮影所)) 1939.12.17 帝国館/新宿松竹館/渋谷松竹/銀座映劇12巻 白黒 監督・佐々木啓祐 脚本・猪俣勝人 原作・竹田敏彦
132. 母恋千鳥 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1939.12.24 大阪朝日座 7巻 1,976m 白黒 監督・須山真砂樹 脚本・一木章 原作・一木章 撮影・樗木喬
133. 母よ正しき愛を (製作=大日本文化映画製作所) 1939. . 2巻 白黒
134. この母にしてこの子あり (製作=大都映画) 1940.01.10 大都劇場 7巻 白黒 監督・吉村操 脚本・土田耕平 原作・土田耕平 撮影・永貞二郎
135. 雲月の九段の母 (製作=東宝映画(東京撮影所)) 1940.01.11 日本劇場 8巻 1,733m 63分 白黒 製作・滝村和男 監督・渡辺邦男 脚本・平野直
136. 母の踏む路 (製作=大都映画) 1940.03.21 大都劇場 6巻 白黒 監督・宇佐美彪 脚本・宇佐美彪 原作・土田耕平 撮影・広川朝次郎
137. 母の願ひ (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1940.04.18 大阪朝日座 9巻 2,183m 白黒 監督・久松静児 脚本・村上徳三郎 原作・浜本浩 撮影鈴木栄
138. 悲曲「母」 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1940.06.27 富士館 9巻 白黒 監督・伊賀山正徳 脚色・館岡謙之助 原作・萩原四郎 撮影・渡辺五郎
139. 母なきあと (製作=大都映画) 1940.09.26 大都劇場 5巻 白黒 監督・小崎政房 脚本・小崎政房 原作・小崎政房 撮影・広川朝次郎
140. 闘ふ母 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1940.10.05 大阪朝日座 8巻 1,902m 白黒 製作・高岩肇 監督・久松静児 脚本・山上七郎 原作・広津和郎

141. お母さん (製作=松竹(大船撮影所)) 1940.11.07 国際劇場/新宿・渋谷松竹 7巻 白黒 監督・瑞穂春海 脚本・斎藤良輔 長瀬喜伴、撮影・桜井清寿
142. 母の真情 (製作=大都映画) 1941.01.07 大都系 5巻 白黒 監督・山内俊英 脚本・土田耕平 原作・諏訪三郎 撮影・富沢恒夫
143. 母系家族 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1941.01.30 日活系 13巻 白黒 監督・清瀬英治郎 脚本・千葉泰樹 原作・石川達三 撮影・山崎安一郎
144. 大将の母 (製作=大日本教育映画協会 配給=皇国映画) 1941.02.22 大阪朝日座 4巻 白黒 監督・山本紀夫 撮影・渡辺孝 出演・村瀬幸子
145. 母代 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1941.02.22 大阪朝日座 9巻 白黒 製作・今村貞雄 監督・田中重雄 脚本・鈴木英夫 原作・舟橋聖一
146. 母の姿 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1941.03.15 大阪朝日座 4巻 白黒 監督・青山三郎 脚本・望月幸三 原作・田郷虎雄 JOAK放送劇「父の碑」
147. 母の灯 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1941.06.12 大阪朝日座 9巻 白黒 監督・深田修造 小石栄一、脚本・笠原良三 原作・石橋みつ子 撮影・高橋通夫
148. 母なき家の母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1941.07.24 日活系 9巻 白黒 監督・伊賀山正徳 脚本・比佐芳武 撮影・渡辺五郎 音楽・大久保徳二郎
149. 戦陣訓 母と戦場 (製作=大都映画) 1942.01.14 大都系 10巻 白黒 監督・倉谷勇 脚本・水町青滋 原作・火野葦平 撮影・松井鴻
150. 母の顔 (製作=皇国映画) 1942.01.24 新興系 6巻 白黒 監督・村上潤 脚本・鈴木忠一郎 撮影・岡野進一 出演・林千歳 田中春雄 三島慶子

151. 海の母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1942.02.07 日活系 11巻 白黒 監督・伊賀山正徳 脚色・永見隆二 原作・永見隆二 撮影・渡辺五郎
152. 母よ嘆く勿れ (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1942.04.16 紅系 8巻 白黒 監督・深田修造 脚本・柳川真一 原作・加藤武雄 撮影・古泉勝男
153. 日本の母 (製作=松竹(大船撮影所)) 1942.06.18 白系 10巻 白黒 監督・原研吉 脚本・野田高梧 八木沢武孝、撮影・武富善男 音楽・浅井挙曄
154. 母の地図 (製作=東宝映画) 1942.09.03 紅系 11巻 2,825m 103分 白黒 演出・島津保次郎 演出助手・杉江敏男 脚本・植草圭之助 潤色・島津保次郎
155. 母は死なず (製作=東宝映画) 1942.09.24 紅系 11巻 2,841m 104分 白黒 製作・藤本真澄 演出・成瀬巳喜男 脚本・猪俣勝人 原作・河内仙介
156. 母の記念日 (製作=松竹(大船撮影所)) 1943.11.11 白系 9巻 2,372m 87分 白黒 監督・佐々木康 脚本・野田高梧 柳井隆雄 柳川真一、原作・佐々木孝丸
157. 雛鷲の母 (製作=大映(東京撮影所)) 1944.01.27 紅系 10巻 2,407m 88分 白黒 製作・三浦信夫 監督・吉村廉 脚本・八田尚之 撮影・山崎安一郎
158. 母の灯 (製作=松竹(京都撮影所)) 1947.07.01 8巻 2,081m 76分 白黒 企画・石田清吉 監督・市川哲夫 脚本・沢村勉 原作・小糸のぶ
159. 母 (製作=大映(東京撮影所)) 1948.08.23 8巻 2,115m 77分 白黒 企画・中代富士男 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 撮影・山崎安一郎
160. 母紅梅 (製作=大映(東京撮影所)) 1949.01.24 9巻 2,281m 83分 白黒 企画・中代富士男 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 撮影・姫田真佐久

161. 母三人 (製作=大映(東京撮影所)) 1949.04.24 9巻 2,297m 84分 白黒 企画・中代富士男 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 原作・川村花菱
162. 母恋星 (製作=大映(京都撮影所)) 1949.06.12 10巻 2,331m 85分 白黒 企画・高桑義生 浅井昭三郎、監督・安田公義 脚本・波多謙治 撮影・武田千吉郎
163. 母呼ぶ鳥 (製作=松竹(京都撮影所)) 1949.08.16 国際劇場 一般封切 22日 10巻 2,549m 白黒 製作・糸屋寿雄 監督・高木孝一 脚本・柳井隆雄
164. ホルスタイン物語 母の丘 (製作=六和映画) 1949.09.06 8巻 2,134m 白黒 監督・八木沢武孝 脚本・八木沢武孝 撮影・草刈裕夫 出演・水島道太郎
165. 母燈台 (製作=大映(東京撮影所)) 1949.11.05 10巻 2,488m 91分 白黒 企画・中代富士男 監督・久松静児 脚本・八木沢武孝 撮影・高橋通夫
166. 母椿 (製作=大映(東京撮影所)) 1950.01.10 9巻 2,149m 78分 白黒 企画・関幸輔 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 原作・筒井順
167. 母の調べ (製作=松竹(京都撮影所)) 1950.02.05 国際劇場 一般封切 12日 8巻 2,158m 白黒 製作・中野泰介 監督・高木孝一 脚本・沢村勉 原作・谷屋
168. 遙かなり母の国 (製作=大映(東京撮影所)) 1950.03.05 11巻 2,639m 96分 白黒 企画・奥田久司 監督・伊藤大輔 脚本・依田義賢 原作・川口松太郎
169. 母 (製作=松竹(京都撮影所)) 1950.05.14 9巻 2,560m 白黒 製作・中野泰介 監督・佐々木啓祐 脚本・長瀬喜伴 原作・鶴見祐輔
170. 拳銃の前に立つ母 (製作=大映(東京撮影所)) 1950.06.24 9巻 2,151m 79分 白黒 製作・中代富士男 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 原作・川口松太郎

171. 母情 (製作=新東宝) 1950.06.28 9巻 2,347m 86分 白黒 製作・清水宏 製作主任・山本喜八郎 監督・清水宏 助監督・石井輝男
172. 母月夜 (製作=大映(東京撮影所)) 1951.01.27 10巻 2,354m 86分 白黒 製作・中代富士男 監督・佐伯幸三 脚本・松田昌一 撮影・秋野栄久
173. 母千鳥 (製作=大映(東京撮影所)) 1951.04.21 10巻 2,523m 92分 白黒 監督・佐伯幸三 脚本・松田昌一 撮影・秋野栄久 音楽・渡辺浦人
174. 母恋草 (製作=松竹(大船撮影所)) 1951.06.29 11巻 2,544m 白黒 製作・久保光三 監督・岩間鶴夫 脚本・鈴木兵吾 原作・竹田敏彦
175. 母を慕いて (製作=松竹(京都撮影所)) 1951.07.27 8巻 2,291m 白黒 製作・石田清吉 企画・福島通人 監督・斎藤寅次郎 脚本・池田忠雄 中村定郎
176. 母待草 (製作=松竹(大船撮影所)) 1951.08.17 9巻 2,118m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木啓祐 脚本・長瀬喜伴 原作・竹田敏彦
177. 月よりの母 (製作=新東宝) 1951.08.24 11巻 2,740m 100分 白黒 製作・青柳信雄 監督・阿部豊 脚本・八木隆一郎 中田晴康、原作・中田晴康
178. 母は嘆かず (製作=新東宝) 1951.09.28 7巻 2,055m 75分 白黒 監督・渡辺邦男 脚本・渡辺邦男 撮影・友成達雄 出演・水谷八重子 灰田勝彦 永田とよ
179. 母人形 (製作=大映(京都撮影所)) 1951.10.26 10巻 2,276m 83分 白黒 監督・佐伯幸三 脚本・松田昌一 撮影・牧田行正 音楽・渡辺浦人
180. 母化粧 (製作=松竹(大船撮影所)) 1951.12.14 8巻 2,166m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木啓祐 脚本・池田忠雄 長瀬喜伴、原作・竹田敏彦

181. 瞼の母 (製作=大映(京都撮影所)) 1952.01.08 9巻 2,195m 白黒 監督・佐伯幸三 脚本・松田昌一 原作・長谷川伸 撮影・牧田行正
182. 母なれば女なれば (製作=キヌタプロ 配給=東映) 1952.01.17 11巻 2,741m 白黒 監督・亀井文夫 脚本・棚田吾郎 原作・徳永直 撮影・瀬川順一
183. 嵐の中の母 (製作=東映(東京撮影所)) 1952.02.07 9巻 2,366m 白黒 監督・佐伯清 脚本・八住利雄 撮影・横山実 出演・水谷八重子 岸旗江 香川京子
184. 母山彦 (製作=大映(東京撮影所)) 1952.04.24 10巻 2,733m 白黒 監督・田中重雄 脚本・八住利雄 撮影・渡辺公夫 出演・三益愛子 長谷川裕見子
185. 母の願い (製作=松竹(大船撮影所)) 1952.05.22 9巻 2,232m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木啓祐 脚本・伏見晁 原作・小糸のぶ
186. 母を恋う歌 (製作=新映プロ 配給=東宝) 1952.05.29 9巻 2,247m 白黒 製作・大塚和 監督・並木鏡太郎 脚本・高柳春雄 山崎謙太、撮影・小原譲治
187. 母子鶴 (製作=大映(東京撮影所)) 1952.07.03 9巻 2,513m 白黒 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 原作・川口松太郎 撮影・姫田真佐久
188. 母の山脈 (製作=松竹(大船撮影所)) 1952.07.24 9巻 2,254m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木康 脚本・野田高梧 原案・清閑寺健
189. 母の罪 (製作=東映(東京撮影所)) 1952.08.06 10巻 2,626m 白黒 監督・伊賀山正徳 脚本・館岡謙之助 原作・菊池幽芳 撮影・西川庄衛
190. 巣鴨の母 (製作=大映(京都撮影所)) 1952.10.16 11巻 2,530m 白黒 監督・安達伸生 脚本・八尋不二 撮影・伊佐山三郎 出演・三益愛子 根上淳 船越英二

191. 母のない子と子のない母と (製作=民芸) 1952.11.04 9巻 2,466m 白黒 監督・若杉光夫 脚本・久板栄二郎 原作・壺井栄 撮影・井上莞
192. 二人の母 (製作=東映(東京撮影所)) 1952.12.11 10巻 2,794m 白黒 監督・伊賀山正徳 脚本・館岡謙之助 山崎謙太、撮影・西川庄衛 出演・折原啓子
193. 母の瞳 (製作=大映(東京撮影所)) 1953.01.09 10巻 2,393m 白黒 監督・安田公義 脚本・八住利雄 原作・八住利雄 撮影・秋野友宏
194. 母子鳩 (製作=宝プロ 配給=東映) 1953.02.05 9巻 2,630m 白黒 監督・伊賀山正徳 脚本・館岡謙之助 原作・加藤武雄 撮影・松井鴻
195. 鞍馬天狗 疾風雲母坂 (製作=東映(京都撮影所)) 1953.02.12 9巻 2,219m 白黒 監督・萩原遼 脚本・小川正 丸根賛太郎 鏡二郎、原作・大仏次郎
196. 母波 (製作=大映(東京撮影所)) 1953.04.22 9巻 2,157m 白黒 監督・小石栄一 脚本・田辺朝治 原作・川口松太郎 撮影・峰重義
197. 母と娘 (製作=東宝) 1953.05.27 9巻 2,195m 白黒 製作・田中友幸 監督・丸山誠治 助監督・広沢栄 脚本・井手俊郎 原作・源氏鶏太
198. お母さんの結婚 (製作=日本映画新社 配給=東宝) 1953.07.01 7巻 1,800m 白黒 製作・中村正 監督・斎藤達雄 脚本・池田和夫 撮影・白井茂
199. 秘めたる母 (製作=新映プロ 配給=東宝) 1953.10.14 5巻 1,269m 白黒 監督・小田基義 脚本・原聡 星川清司 撮影・井上莞 音楽・佐藤勝
200. 母の誕生日 (製作=松竹(大船撮影所)) 1953.10.27 5巻 1,036m 白黒 製作・大町竜夫 監督・萩原徳三 脚本・津路嘉郎 原作・中里恒子 美川きよ

201. 母系図 (製作=東映(東京撮影所)) 1953.12.08 10巻 2,548m 白黒 監督・ 伊賀山正徳 脚本・館岡謙之助 撮影・西川庄衛 音楽・木下忠司
202. 母の湖 (製作=大映(東京撮影所)) 1953.12.15 10巻 2,339m 白黒 監督・小石栄一 脚本・笠原良三 原作・萩原四朗 撮影・渡辺公夫
203. 伊津子とその母 (製作=東宝) 1954.02.17 9巻 2,535m 白黒 製作・田中友幸 監督・丸山誠治 脚本・井手俊郎 原作・由起しげ子
204. 四人の母 (製作=大映(東京撮影所)) 1954.02.23 10巻 2,617m 白黒 監督・佐伯幸三 脚本・松田昌一 佐伯幸三、撮影・渡辺公夫 出演・三益愛子 折原啓
205. 母の秘密 (製作=新東宝) 1954.06.15 10巻 2,456m 90分 白黒 監督・内川清一郎 脚本・館岡謙之助 撮影・岩佐一泉 出演・轟夕起子 筑紫あけみ
206. 母恋人形 (製作=東映(東京撮影所)) 1954.06.22 11巻 2,767m 白黒 監督・伊賀山正徳 脚本・館岡謙之助 原作・竹田敏彦 撮影・西川庄衛
207. 母時鳥 (製作=大映(東京撮影所)) 1954.07.04 10巻 2,289m 白黒 監督・枝川弘 脚本・田辺朝二 原作・竹田敏彦 撮影・高橋通夫
208. 母の初恋 (製作=東京映画 配給=東宝) 1954.09.17 7巻 2,807m 白黒 製作・滝村和男 三輪礼二、監督・久松静児 脚本・八田尚之 原作・川端康成
209. 伊達騒動 母御殿 (製作=大映(京都撮影所)) 1954.10.13 10巻 2,487m 白黒 監督・安田公義 脚本・阿蘇太郎 池田菁穂、撮影・竹村康和 出演・三益愛子
210. 継母 (製作=東映(東京撮影所)) 1954.10.26 11巻 2,986m 白黒 企画・依田一郎 原進一 監督・伊賀山正徳 監督補佐・加島昭 脚本・館岡謙之助

211. この子この母 (製作=松竹(大船撮影所)) 1954.12.01 12巻 2,658m 白黒 製作・長島豊次郎 監督・萩山輝男 脚本・長瀬喜伴 撮影・井上晴二
212. 母千草 (製作=大映(東京撮影所)) 1954.12.15 11巻 2,516m 白黒 監督・鈴木重吉 脚本・松田昌一 撮影・中川芳久 出演・三益愛子 川上康子 信欣三
213. 母を尋ねて幾山河 (製作=東映(東京撮影所)) 1954.12.21 6巻 1,726m 白黒 監督・小石栄一 脚本・八木沢武孝 撮影・佐藤三郎 出演・月丘千秋
214. 母の曲 (製作=新東宝) 1955.05.15 12巻 2,700m 99分 白黒 製作・柴田万三 監督・小石栄一 脚本・笠原良三 原作・吉屋信子
215. 母性日記 (製作=松竹(大船撮影所)) 1955.06.15 11巻 2,836m 白黒 製作・長島豊次郎 監督・佐々木啓祐 脚本・中山隆三 撮影・鶴見正二
216. 母水仙 (製作=東映(東京撮影所)) 1955.07.20 9巻 2,456m 白黒 企画・坪井与 原伸光 監督・伊賀山正徳 脚本・笠原良三 原作・三好一光
217. 母笛子笛 (製作=大映(東京撮影所)) 1955.08.03 11巻 2,540m 白黒 製作・藤井朝太 企画・中代富士男 監督・斎村和彦 脚本・舟橋和郎
218. 美しき母 (製作=東宝) 1955.12.04 11巻 2,681m 白黒 製作・堀江史朗 監督・熊谷久虎 脚本・浄明寺花子 原作・林房雄
219. 母ふたり (製作=新東宝) 1955.12.13 10巻 2,497m 91分 白黒 製作・三上訓利 監督・野村浩将 脚本・大木弘二 原作・川口松太郎
220. 不良少年の母 (製作=東映(東京撮影所)) 1955.12.20 9巻 2,356m 白黒 製作・依田一郎 監督・小石栄一 脚本・八田尚之 撮影・星島一郎

221. 若人のうたごえ お母さんの花嫁 (製作=新東宝) 1956.01.08 5巻 1,286m 47分 白黒 製作・伊藤基彦 監督・毛利正樹 脚本・川内康範 村山俊郎
222. 父と子と母 (製作=京都映画 配給=松竹) 1956.02.26 6巻 1,305m 白黒 監督・井上和男 脚本・岸生朗 本山大生 井上和男、撮影・谷口政勝 音楽・池田正
223. お母さんの黒板 (製作=松竹(大船撮影所)) 1956.04.11 6巻 1,637m 白黒 製作・保住一之助 監督・佐々木啓祐 脚本・津路嘉郎 原作・小田和夫 土井行
224. 母子像 (製作=東映(東京撮影所)) 1956.06.01 9巻 2,383m 白黒 企画・マキノ光雄 坪井与 吉野誠一、監督・佐伯清 脚本・植草圭之助 原作・久生十蘭
225. ひとりの母の記録 (製作=岩波映画 配給=日活) 1956.06.07 4巻 1,028m 白黒 製作・小口禎三 監督・京極高英 脚本・岩佐氏寿 撮影・加藤和三
226. 唄祭母恋しぐれ (製作=宝塚映画 配給=東宝) 1956.06.08 5巻 1,233m 45分 白黒 監督・倉谷勇 脚本・龍富雄 撮影・近藤憲明 音楽・河村篤二
227. 母恋月夜 (製作=東映(東京撮影所)) 1956.08.01 7巻 1,746m 白黒 企画・原伸光 監督・石原均 脚本・笠原良三 原作・吉野不二郎
228. 母を求める子等 (製作=大映(東京撮影所)) 1956.08.08 10巻 2,405m 88分 白黒 製作・永田秀雄 企画・中代富士男 監督・清水宏 助監督・弓削太郎
229. 愛の翼 お母さん行ってきます (製作=東映(東京撮影所)) 1956.10.02 6巻 1,663m 白黒 企画・光川仁朗 監督・石原均 監督補佐・若林栄二郎
230. 乳母車 (製作=日活) 1956.11.14 11巻 3,004m 白黒 製作・高木雅行 監督・田坂具隆 助監督・牛原陽一 脚本・沢村勉 原作・石坂洋二郎

231. 母孔雀 (製作=東映(東京撮影所)) 1956.12.05 8巻 2,278m 白黒 企画・原伸光 監督・伊賀山正徳 脚本・笠原良三 原作・竹田敏彦
232. 母白雪 (製作=大映(京都撮影所)) 1956.12.19 9巻 2,145m 白黒 製作・武田一義 企画・蔭山敏雄 監督・安田公義 助監督・多田英憲
233. 母星子星 (製作=東映(東京撮影所)) 1957.01.22 6巻 1,685m 白黒 企画・原伸光 依田一郎、監督・石原均 脚本・中田竜雄 撮影・星島一郎
234. 東京だヨおッ母さん (製作=東宝) 1957.04.23 7巻 1,667m 白黒 製作・竹井諒 監督・斎藤達雄 監督助手・船床定男 脚本・山上光穂
235. 母と子の窓 (製作=松竹(大船撮影所)) 1957.05.28 12巻 2,982m 白黒 企画・小倉武志 監督・番匠義彰 助監督・生駒千里 脚色・猪俣勝人
236. 異母兄弟 (製作=独立映画) 1957.06.25 12巻 3,027m 白黒 製作・栄田清一郎 監督・家城巳代治 脚本・依田義賢 寺田信義、原作・田宮虎彦
237. ふるさとの唄 お母さんの東京見物 (製作=東映(東京撮影所)) 1957.11.17 6巻 1,530m 白黒 東映スコープ 企画・渡辺達人 光川仁朗 監督・村山新治 助監督・鈴木敏郎
238. 母つばめ (製作=東映(東京撮影所)) 1958.01.29 6巻 1,616m 白黒 企画・原伸光 監督・伊賀山正光 助監督・鈴木敏郎 脚本・笠原良三
239. 世界の母 (製作=新東宝) 1958.02.11 9巻 2,281m 83分 白黒 製作・大蔵貢 企画・島村達芳 監督・野村浩将 助監督・勝俣真喜治
240. 母三人 (製作=東京映画 配給=東宝) 1958.02.18 11巻 2,831m 白黒 東宝スコープ 製作・滝村和男 監督・久松静児 監督助手・板谷紀之 脚本・井手俊郎

241. 母 (製作=大映(東京撮影所)) 1958.03.05 13巻 3,045m カラー 大映スコープ 製作・永田雅一 企画・川崎治雄 監督・田中重雄 助監督・瀬川正雄
242. 母恋鳥 (製作=中川プロ 配給=新東宝) 1958.09.14 6巻 1,390m 51分 白黒 製作・加茂秀男 沖悦二 監督・中川順夫 脚本・中川順夫 撮影・福田寅次郎
243. 母の旅路 (製作=大映(東京撮影所)) 1958.09.21 10巻 2,526m 92分 白黒 大映スコープ 製作・永田秀雄 企画・中代富士男 監督・清水宏 脚色・笠原良三
244. 母と拳銃 (製作=東映(東京撮影所)) 1958.11.19 9巻 2,226m 白黒 東映スコープ 企画・岡田寿之 岡田実彦、監督・関川秀雄 脚本・舟橋和郎 森田新
245. 母しぐれ (製作=東映(東京撮影所)) 1959.01.15 白黒 東映スコープ 監督・和田篤人 脚本・村松道平 出演・松島トモ子 三浦光子 小野透 三波春夫
246. 母と娘の瞳 (製作=東映(東京撮影所)) 1959.02.04 9巻 2,246m 白黒 東映スコープ 企画・根津昇 監督・小林恒夫 脚本・甲斐久尊 原作・小島政二郎
247. 母のおもかげ (製作=大映(東京撮影所)) 1959.03.04 10巻 2,434m 89分 白黒 大映スコープ 製作・武田一義 企画・中代富士男 監督・清水宏
248. 僕らの母さん (製作=東京映画 配給=東宝) 1959.03.29 4巻 1,640m 白黒 東宝スコープ 製作・金原文雄 監督・板谷紀之 脚本・野木一平
249. 母子草 (製作=東映(東京撮影所)) 1959.04.22 9巻 2,427m 白黒 東映スコープ 企画・原伸光 監督・山村聡 脚本・楠田芳子 原作・小糸のぶ
250. とどけ母の叫び (製作=松竹(京都撮影所)) 1959.09.06 5巻 2,124m 白黒 松竹グランドスコープ 製作・杉山茂樹 監督・福田晴一 脚本・依田義賢

251. 娘・妻・母 (製作=東宝) 1960.05.21 9巻 3,347m カラー 東宝スコープ 製作・藤本真澄 監督・成瀬巳喜男 監督助手・広沢栄 脚本・井手俊郎 松山善三
252. 遙かなる母の顔 (製作=東映(東京撮影所)) 1960.10.05 7巻 2,170m 白黒 東映スコープ 企画・植木照男 監督・小石栄一 脚本・鈴木兵吾 原作・大林清
253. 母桜 (製作=大映(東京撮影所)) 1960.11.16 6巻 1,825m 白黒 大映スコープ 製作・中泉雄光 企画・中代富士男 監督・枝川弘 脚本・星川清司
254. 母と娘 (製作=松竹(大船撮影所)) 1961.07.09 6巻 2,361m 白黒 松竹グランドスコープ 製作・植野哲雄 監督・川頭義郎 脚本・成沢昌茂 原作・小糸のぶ
255. 母あちゃん海が知ってるよ (製作=日活) 1961.11.19 8巻 2,649m 白黒 日活スコープ 企画・大塚和 監督・斎藤武市 脚本・中島丈博 原作・山内久
256. 瞼の母 (製作=東映(京都撮影所)) 1962.01.14 7巻 2,275m 83分 カラー シネマスコープ 企画・橋本慶一 三村敬一、監督・加藤泰 助監督・本田達男 大西卓 清水彰、
257. のこされた子とのこした母と (製作=大映(京都撮影所)) 1962.05.27 6巻 1,889m 白黒 シネマスコープ 企画・高森富夫 監督・西山正輝 脚本・浅井昭三郎
258. 悲しみはいつも母に (製作=新東宝 配給=大映) 1962.06.03 白黒 ワイド 企画・柴田万三 監督・中川信夫 助監督・高橋繁男 原作・西村滋
259. 不貞母娘 (製作=Gプロ) 1963.01. 成人映画指定月 監督・高木丈夫 出演・左京未知子
260. 母 (製作=近代映画協会) 1963.11.08 8巻 2,772m 白黒 監督・新藤兼人 脚本・新藤兼人 原作・新藤兼人 撮影・黒田清巳 出演・乙羽信子

261. 瞼の母より 月夜の渡り鳥 (製作=松竹(京都撮影所)) 1963.12.24 6巻 2,445m カラー シネマスコープ 製作・今泉周男 監督・市村泰一 脚本・鈴木兵吾 元持栄美 桜井義
262. 母の歳月 (製作=松竹(大船撮影所)) 1965.01.30 7巻 2,956m カラー ワイド 製作・城戸四郎 桑田良太郎、監督・水川淳三 脚本・野田高梧 赤穂春雄
263. とめてくれるなおっ母さん (製作=松竹(大船撮影所)) 1969.06.07 7巻 2,362m カラー ワイド 製作・島田明彦 監督・田向正健 脚本・田向正健 南部英夫
264. 子連れ狼 三途の川の乳母車 (製作=勝プロダクション 配給=東宝) 1972.04.22 2,225m 85分 フジカラー シネマスコープ 製作・勝新太郎 松原久晴、監督・三隅研次
265. 子連れ狼 死に風に向う乳母車 (製作=勝プロダクション 配給=東宝) 1972.09.02 2,438m 89分 フジカラー シネマスコープ 製作・勝新太郎 松原久晴、監督・三隅研次
266. 青幻記 遠い日の母は美しく (製作=青幻記プロ 配給=東和) 1973.02.24 117分 カラー ワイド 製作・加藤辰次 成島東一郎、監督・成島東一郎 助監督・臼井高瀬
267. ウルトラマンタロウ ウルトラの母は太陽のように (製作=円谷プロ=TBS 配給=東宝) 1973.08.01 689m 25分 カラー 製作・熊谷健 橋本洋二、監督・山際永三
268. 告白手記 母という女 (製作=東京興映) 1973.08. 66分 カラー ワイド 監督・小川欽也
269. 母をたずねて三千里 (製作=日本アニメーション 配給=東映) 1976.07.18 2巻 25分 カラー ワイド 製作・中島順三 演出・高畑勲 演出助手・横田和善
270. 母と娘 禁じられた性戯 (製作=大蔵映画) 1976.08.21 61分 カラー ワイド 監督・名和三平 出演・中野リエ しば早苗 永田道子

271. 岸壁の母 (製作=東宝映画 配給=東宝) 1976.12.11 2,546m 93分 カラー シネマスコープ 製作・田中友幸 鈴木慶司 田中収、企画・大観プロダクション、監督・大森健次郎
272. 聖母観音大菩薩 (製作=若松プロ=ATG) 1977.06.25 90分 カラー ビスタビジョン 企画・葛井欣士郎 若松孝二、監督・若松孝二 助監督・栗原幸治
273. 濡れて新宿 売春母娘 (製作=新東宝) 1977.06. 61分 カラー ワイド 監督・岡本愛 出演・野田さとみ 乱孝寿 野上正義
274. 獣色母娘 (製作=大蔵映画) 1977.08.09 62分 カラー ワイド 監督・北見一郎 出演・小杉じゅん 杉佳代子 沢木ミミ
275. 花街の母 (製作=テアトル・プロ=松崎プロ 配給=東宝) 1979.12.01 2,652m 97分 カラー ビスタビジョンサイズ 製作・酒井知信 企画・小澤潔 監督・西河克己
276. 母をたずねて三千里 (製作=日本アニメーション 配給=東宝東和) 1980.07.19 107分 カラー 製作・本橋浩一 企画・佐藤昭司 プロデューサー・中島順三 松土隆二
277. お母さんのつうしんぼ (製作=にっかつ児童映画) 1980.10.18 97分 カラー 製作・結城良煕 荒井喜代治、監督・武田一成 助監督・黒沢直輔
278. 蓮如とその母 (製作=「蓮如とその母」映画製作推進委員会) 1981.10.07 虎の門ホール 92分 カラー 製作・安東民児 監督・川本喜八郎 脚本・新藤兼人
279. ワイセツ家族 母と娘 (製作=にっかつ) 1982.05.14 60分 カラー ビスタサイズ プロデューサー・佐々木志郎 山田耕大、監督・那須博之 助監督・菅野隆
280. 淫乱母娘責め (製作=大蔵映画) 1982.09. 60分 カラー ワイド 監督・市村譲 出演・堀江以恵子 恵杏里 井田恵美子

281. 凌辱! 母娘くずし (製作=獅子プロ 配給=東映セントラルフィルム) 1984.01. 60分 カラー ワイド 監督・片岡修二 出演・香川留美 筒見愛 麻生うさぎ
282. 狙われた母娘 (製作=ミリオンフィルム) 1984.12. 62分 カラー ワイド 監督・秋津隆二 出演・村井亜紀 早乙女宏美 相原由美
283. 絶唱母を呼ぶ歌 鳥よ翼をかして (製作=日本人妻自由往来実現運動の会=日本人妻里帰運動後援会) 1985.06.20 133分 カラー ワイド 製作・池田文子 監督・井上梅次
284. 味比べ母娘妻 (製作=東活) 1985.10. 60分 カラー ワイド 監督・新田栄
285. 母さんの樹 (製作=翼プロダクション) 1986.09.21 116分 カラー ワイド 製作・山口逸郎 企画・伊藤武郎 監督・橘祐典 脚本・寺島アキ子 小塚清一
286. 母 (製作=松竹=ビックバン=キネマ東京) 1988.04.29 75分 カラー ワイド 製作・大谷信義 静間順二 高橋松男、企画・高橋松男 プロデューサー・脇田雅丈 伊藤秀裕
287. いんらん家族 義母の寝室 (製作=新東宝映画 配給=新東宝映画) 1991.01.12 54分 カラー ワイド 監督・深町章 脚本・周知安 撮影・稲吉雅志
288. ダライラマの母 (原題:達頼活彿之母) (製作=迎滔電影製作有限公司=プルミエ・インターナショナル 配給=東宝) 1993.05.22 第1回欽ちゃんのシネマジャック15分 カラー ビスタビジョンサイズ
289. いんらん巨乳母娘 (製作=新東宝) 1993.05.28 54分 カラー ワイド 監督・ ................ 深町章 脚本・周知安 撮影・稲吉雅志 出演・しのざきさとみ 杉浦みさお
290. 不倫・母・娘 (製作=国映 配給=新東宝映画) 1993.05.28 58分 カラー ワイド 企画・朝倉大介 監督・佐野和宏 助監督・梶野考 脚本・佐野和宏

291. 義母と息子 不倫総なめ (製作=オフィス・コウワ 配給=エクセス・フィルム) 1995.02.24 関西 H06.12.23 59分 カラー ワイド 企画・オフィス・コウワ プロデューサー・高橋講和
292. 母と娘 女尻こすり合い (製作=キクフィルム 配給=エクセス・フィルム) 1995.10.06 60分 カラー ワイド 監督・小林悟 助監督・佐藤吏 脚本・如月吹雪
293. 日本一短い「母」への手紙 (製作=東映) 1995.11.23 117分 カラー ワイド 企画・坂上順 プロデューサー・小島吉弘 進藤淳一 浅附明子、監督・澤井信一郎
294. 義母の長襦袢 淫らな匂い (製作=プロダクション鷹 配給=エクセス・フィルム) 1996.05.31 57分 カラー ワイド 監督・珠瑠美 助監督・近藤英総 脚本・珠瑠美
295. どすけべ三昧 母娘喰い (製作=新東宝映画 配給=新東宝映画) 1996.08.09 50分 カラー ワイド 企画・中田新太郎 監督・深町章 助監督・榎本敏郎
296. 禁断 (年下の義母と息子) (ミュージアム) 1996.03.20 57分 カラー 監督・遠山世々 脚本・佐賀健児 撮影・小沢さとし 出演・桐生さつき 大村波彦
297. 叔母 魔性の血淫 (ピンクパイナップル) 1996.03.29 76分 カラー 監督・内藤忠司 脚本・内藤忠司 塩田明彦 原作・綺羅光 撮影・福沢正典
298. 叔母は家庭教師 (ミュージアム) 1996.08.08 57分 カラー 監督・遠山世々 脚本・京極雅人 撮影・小沢さとし 出演・野本美穂 神倉智之
299. 母が性獣になった理由 (ピンクパイナップル) 1996.11.01 56分 カラー 製作・松島富士雄 普天間琉太郎 下村良樹 監督・池田賢一 脚本・池田賢一
300. びしょ濡れ下宿 母娘のぞき (製作=関根プロダクション 配給=大蔵映画) 1997.02.28 60分 カラー ワイド 監督・関根和美 助監督・加藤義一 脚本・如月吹雪 関根和美

301. 淫行家族 義母と女房の妹 (製作=セメントマッチ 配給=大蔵映画) 1997.06.23 60分 カラー ワイド 監督・池島ゆたか 助監督・佐藤吏 脚本・五代暁子
302. 義母のONANIE 発情露出 (製作=旦々舎 配給=エクセス・フィルム) 1997.11.28 関西 10.24 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 制作・鈴木静夫 監督・浜野佐知
303. 義母と高校教師 息子の眼の前で (製作=フィルムハウス 配給=エクセス・フィルム) 1997.12.26 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介
304. 異常分娩 義母と息子 (ピンクパイナップル=ケイエスエス販売) 1997.02.07 60分 カラー 製作・加藤文彦 監督・加藤文彦 脚本・加藤文彦
305. 若羞母 (ミュージアム) 1997.02.21 60分 カラー 監督・光石富士朗 脚本・京極雅人 撮影・佐藤徹 出演・小川美那子 新堂有望 川畑博嗣
306. 聖母のララバイ (ワイ・エフ・シー) 1997.02.25 70分 カラー 監督・川村真一 脚本・嶋公浩 原作・睦月彰郎 撮影・下元哲
307. 淫美母 (ミュージアム) 1997.11.21 63分 カラー 監督・光石富士朗 脚本・五代暁子 撮影・小沢佐俊 音楽・村山竜二
308. 女刑事RIKO 聖母の深き淵 (製作=角川書店=エース・ピクチャーズ 配給=エース・ピクチャーズ) 1998.04.25 99分 カラー ワイド 製作・原正人 企画・原正人
309. 母娘どんぶり 密壺くらべ (製作=IIZUMI Production 配給=エクセス・フィルム) 1998.05.29 大阪 5.01 60分 カラー ワイド 製作・北沢幸雄 企画・稲山悌二 業沖球太
310. 喪服義母 息子で喘ぐ (製作=サカエ企画 配給=エクセス・フィルム) 1998.11.27 大阪 10.21 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・新田栄 助監督・竹桐哲也

311. 義母と新妻 (ミュージアム) 1998.01.21 60分 カラー 監督・平野秀昭 脚本・大地健太郎 撮影・佐久間公一 出演・浅見まお 篠原さおり 森羅万象
312. 淫恥母 (ミュージアム) 1998.08.21 63分 カラー 製作・佐藤昌平 加藤章生 監督・鈴木誠二 脚本・五代暁子 撮影・今井裕二
313. 美熟母 (ミュージアム) 1998.09.21 66分 カラー 製作・常泰文幸 榎本靖 佐波正彦 監督・吉村典久 脚本・江面貴亮 撮影・三浦忠
314. 義母の寝室 寝乱れ襦袢 (製作=フィルムハウス 配給=エクセス・フィルム) 1999.02.05 関西 1.05 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介
315. 未亡人寮母 くわえてあげる! (製作=フィルムハウス 配給=エクセス・フィルム) 1999.03.05 関西 2.03 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介
316. MARCO 母を訪ねて三千里 (製作=松竹=三井物産=日本アニメーション 配給=松竹) 1999.04.03 96分 カラー ワイド 製作・幸甫 真藤豊 土橋寿一、企画・曽根俊治 佐藤昭司
317. 和服義母の貞操帯 -肉締まり- (製作=シネマアーク 配給=エクセス・フィルム) 1999.05.28 関西 4.28 60分 カラー ワイド 企画・奥田幸一 稲山悌二、監督・下元哲
318. 母娘ONANIE いんらん大狂艶 (製作=小川企画プロダクション 配給=大蔵映画) 1999.09.16 大阪 9.04 59分 カラー ワイド 監督・小川欽也 助監督・寺島亮 脚本・池袋高
319. 義母覗き 爪先に舌絡ませて (製作=国沢プロ 配給=大蔵映画) 1999.10.09 60分 カラー ワイド 監督・国沢実 助監督・細貝昌也 脚本・樫原辰郎
320. 義母と娘 羞恥くらべ (製作=サカエ企画 配給=エクセス・フィルム) 1999.11.26 関西 10.20 61分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・新田栄 助監督・加藤義一

321. 和服義母 息子よやめて! (製作=ENKプロモーション 配給=エクセス・フィルム) 2000.02.04 関西 1.05 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・駒田愼司
322. 王母鄭氏 チョンおばさんのクニ (製作=シグロ 配給=シグロ) 2000.03.25 90分 カラー プロデューサー・山上徹二郎 製作デスク・佐々木正明 鏑木亜樹 全燦伊
323. 義母の淫臭 だらしない下半身 (製作=フィルムハウス 配給=エクセス・フィルム) 2000.04.14 関西 3.15 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介
324. 義母35才 息子が欲しい (製作=サカエ企画 配給=Xces Film) 2000.11.23 関西 10.18 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・新田栄 助監督・加藤義一
325. 淫熟母 (ミュージアム) 2000.01.21 74分 カラー 監督・西保典 脚本・西保典 大河原ちさと 撮影・福沢正典 音楽・平野朱美
326. 熟女と母性愛 (プレイス) 2000.01._ 70分 カラー 製作・服部龍三 監督・原田サンタマリア
327. 覗かれた人妻 夫がいない昼下がりの若義母 (カレス・コミュニケーションズ) 2000.03.03 72分 カラー 監督・新里猛作 脚本・高木裕治 撮影・立花宣
328. 半熟女 義母の誘惑 (ピンクパイナップル=ケイエスエス販売) 2000.05.12 70分 カラー 製作・高橋巌 監督・油谷岩夫 脚本・是安弥生 出演・徳井唯
329. 義母教師 禁じられた想い (製作=O・H・C 販売元=カレス・コミュニケーションズ) 2000.08.14 71分 カラー 監督・石川二郎 脚本・高木裕治 原案・大河原ちさと
330. 緋色の淫熱母 自虐の近親相姦 (ブルーム) 2000.12.21 90分 カラー 監督・西藤玄太 出演・高梨さとみ 愛田レイ 鹿嶋智子

331. 義母の秘密 息子の匂い (製作=サカエ企画 配給=Xces Film) 2001.01.19 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・新田栄 助監督・加藤義一
332. いんらん母娘 ナマで愛して (製作=新東宝映画 配給=新東宝映画) 2001.04.27 58分 カラー ワイド 企画・福俵満 監督・深町章 助監督・佐藤吏
333. 義母と教師 教え娘の部屋で (製作=フィルムハウス 配給=Xces Film) 2001.07.13 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介 監督・勝利一
334. 股がる義母 息子の快感 (製作=IIZUMI Productuion 配給=Xces Film) 2001.10.05 60分 カラー ワイド 製作・北沢幸雄 企画・稲山悌二 業沖球太 監督・北沢幸雄
335. 人妻不倫痴態 義母・未亡人・不倫妻 (製作=フィルムハウス 配給=Xces Film) 2001.11.17 61分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介
336. お母さんへ (配給=アップリンク) 2001.12.22 1998年製作 4分 カラー 8mm 監督・能瀬大助
337. 蜜恥母 (ミュージアム) 2001.01.21 74分 カラー 製作・佐藤昌平 糟谷東 監督・沢木良介 脚本・堀内靖博 撮影・福沢正典
338. 艶熟母 (ミュージアム) 2001.02.21 81分 カラー 監督・藤原健一 脚本・石田二郎 撮影・福沢正典 出演・愛染恭子 星野海二 桜井風花 深沢和明
339. 堕ちてゆく人妻 禁断の母娘 (レジェンド・ピクチャーズ) 2001.05.08 75分 カラー 製作・菊田昌史 原田健二 企画・斎藤晃一 監督・松岡邦彦
340. 愛義母 (ミュージアム) 2001.06.21 69分 カラー 製作・佐藤昌平 黒須功 監督・神野太 脚本・神野太 撮影・茂呂高志 出演・ローバ

341. 義母の貞操隊 (ジャンク) 2001.10.22 120分 カラー 監督・下元哲 北沢幸雄 脚本・岡野有紀 小猿兄弟舎 五代暁子 出演・黒田詩織 風間今日子 しのざきさとみ
342. 理想の母親 マザコン男の歪んだ愛情 (ブルーム) 2002.01.22 90分 カラー プロデューサー・千堂徹 監督・阿久津秀人 脚本・村山雅昌
343. 厚母神太郎 (FMC) 1983.05.23 夢に散る情熱
344. 大阪母親プロ (新日本プロ) 1960.08.12 暴れん坊大将
345. 志母山高也 (東映京都) 1977.01.22 やくざ戦争 日本の首領 入江康夫 1977.02.11 大奥浮世風呂 東映京都
346. 吉母淳 (FIRE Reiciel Studio) 吉母淳 2001.10.27遊び人
347. 母 (製作=東亜キネマ(甲陽撮影所)) 1925.01.22 大阪八千代座 6巻 白黒 無声 監督・桜庭喜八郎 脚本・佐藤紅緑 原作・佐藤紅緑 撮影・三木稔
348. 永遠の母 (製作=マキノプロダクション(御室撮影所)) 1930.05.16 新宿劇場 4巻 白黒 無声 監督・久保為義 原作・長和隆 撮影・三木稔
出演・松浦築
349. 神母英郎 (松竹) 1980.03.15 遙かなる山の呼び声
350. わが母に罪ありや (製作=松竹(大船撮影所)) 1952.12.23 9巻 2,356m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木啓祐 脚本・橋田寿賀子 撮影・鶴見正二

351. 真珠母 (製作=松竹(大船撮影所)) 1953.05.27 10巻 2,649m 白黒 製作・山口松三郎 監督・堀内真直 脚本・橋田寿賀子 原作・林芙美子
352. 母なき子 (製作=日活) 1955.12.04 10巻 2,445m 白黒 製作・山本武 監督・堀池清 脚本・新藤兼人 高橋二三 撮影・柿田勇
353. 天竜母恋い笠 (製作=東映(京都撮影所)) 1960.10.23 7巻 2,448m 89分 カラー 東映スコープ 企画・神戸由美 監督・工藤栄一 脚本・棚田吾郎
354. 新任保母日誌 ひらけ!ボッキキー (製作=EMS 販売元=TMC) 2002.05.22 74分 カラー ビスタサイズ ステレオHiFi 製作・海津昭彦 企画・井手正明
355. 母は叫び泣く (製作=松竹(大船撮影所)) 1952.10.11 9巻 2,404m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木啓祐 脚本・椎名利夫 撮影・鶴見正二
356. 義母性本能 過ちに溺れて (TMC) 2002.06.22 60分 カラー ステレオHiFi ビスタサイズ 製作・海津昭彦 企画・松下康司 プロデューサー・西山秀明
357. 山口雲母工業所 (スタジオジブリ=日本テレビ=電通=徳間書店) 2001.07.20 千と千尋の神隠し
358. 川奈まり子 牝猫義母 (製作=旦々舎 配給=Xces Film) 2002.01.18 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 制作・鈴木静夫 監督・浜野佐知
359. 義母尻 息子がしたい夜 (製作=ネクストワン 配給=Xces Film) 2002.04.19 59分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・松岡邦彦 助監督・竹洞哲也
360. 淫夢母 (ジーピー・ミュージアム) 2002.08.25 70分 カラー 監督・山口誠 脚本・江面貴亮 撮影・中尾正人 出演・冴島奈緒 稲垣尚吾 瀬戸純 深沢和

361. 少年母を助く (新声館) 1909.02.17 白黒 無声
362. 母の慈愛 (提供=M・パテー商会) 1909.03.01 第一文明館 白黒 無声
363. 母の茲愛 (製作=M・パテー商会) 1909.04.12 大勝館 白黒 無声
364. 艶美母 (ジーピー・ミュージアム) 2002.10.25 76分 カラー 製作・佐藤昌平 寺西正巳 監督・藤原健一 脚本・江面貴亮 撮影・中尾正人
365. 愛恥母 (ジーピー・ミュージアム) 2002.11.25 74分 カラー 監督・亀井亨 脚本・江面貴亮 撮影・中尾正人 出演・谷川みゆき 杉本聖帝 中渡実果
366. ドすけべ母娘 (製作=国映 配給=新東宝映画) 1995.07.14 60分 カラー ワイド 企画・朝倉大介 監督・松岡邦彦 助監督・久万真路 脚本・瀬々敬久
367. 父よ母よ! (製作=松竹) 1980.09.20 132分 カラー ワイド 製作・沢村国雄 斎藤守恒 監督・木下恵介 監督助手・横堀幸司 脚本・木下恵介
368. あまえさせて・・・ 義母のかほり (ブルーム) 2003.01.21 90分 カラー プロデューサー・千堂徹 監督・阿久津秀人 出演・米倉京子 星野えみ 杉原恵美子 中野千春
369. 女体ドラフト会議 第二幕 保母編・華道家元編・看護婦編 (製作=BILLOW 販売元=アンカー・ビジュアルネットワーク) 2003.01.24 78分 カラー プロデューサー・碇まもる 徳原英孝 三木和史
370. 義母の秘密 息子愛撫 (製作=ENKプロモーション 配給=Xces Film) 2002.11.29 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・駒田愼司 監督・渡辺護

371. 発情義母 息子いじり (製作=メディアミックス 配給=Xces Film) 2002.08.02 56分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・川崎軍二 助監督・山根浩三
372. 新任保母日誌 お姉さんといっしょ (製作=ジャンク 販売元=TMC) 2003.05.22 75分 カラー ビスタサイズ ステレオHiFi 製作・海津昭彦 企画・井出正明 制作・入江友彦
373. 邊母木仲治 (グルーヴコーポレーション=現代映画) 2003.04.05 鏡の女たち
374. 義母の誘惑 禁断の関係 (製作=レジェンド・ピクチャーズ 販売元=レジェンド・ピクチャーズ) 2003.07.04 65分 カラー プロデューサー・江尻健司、制作・佐々木文夫
375. 母を恋はずや (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1934.05.11 帝国館 9巻 2,559m 白黒 無声 監督・小津安二郎、構成・野田高梧、脚色・池田忠雄
376. 邊母木伸治 (ケイエスエス=衛星劇場=グループコーポレイション) 1997.05.24 うなぎ2003.07.19 踊る大捜査線THEMOVIE2レインボーブリッジを封鎖せよ! フジテレビジョン
377. 万里尋母 (製作=満州映画協会) 1938._._ 白黒 監督・坪井與、脚本・坪井與、撮影・大森伊八、配役・葉苓
378. 慈母涙 (製作=満州映画協会) 1939._._ 白黒 監督・水ケ江龍一、脚本・荒牧芳郎、撮影・藤井春美、配役・李麗萍(実母)、李明高諭
379. 風船売りの小母さん (製作=小笠原プロダクション)1924._._ 白黒 無声 監督・水谷登志夫、脚色・水谷登志夫、原作・水谷登志夫
380. 疼く義母と娘 猫舌くら、 (製作=フィルムハウス 配給=XcesFilm) 2003.04.21 59分 カラー ワイド 企画・稲山剃二、プロデューサー・伍代俊介、監督・山董

381. いんらん家族計画 発情母娘 (製作=新東宝映画 配給=新東宝映画) 2003.08.29。 61分 カラー ワイド 企画・福俵満、監督・深町章、助監督・佐藤吏
382. 義母レズ 息子交換 (製作=シネマアーク 配給=XcesFilm) 2003.11.28 60分 カラー ワイド 企画・稲山剃二、奥田幸一、監督・下元哲、助監督・高田宝重
383. 子母沢寛原作(松竹下加茂) 1931.04.10紋三郎の秀 1931.08.30 刀の中の父1931.10.08 投げ節弥之助 みちのくの巻 1931.10.16 郷土くずれ1931.10.23 
384. 欲情義母 息子を喰う (製作=サカエ企画 配給=XcesFilm) 2004.04.30 カラー ワイド 企画・稲山悌二、監督・新田栄、助監督・加藤義一
385. 母の居る場所 台風一過(製作=KAERUCAFE 配給=KAERUCAFE) 2004.05.08 37分 カラー 製作総指揮・秋原正俊、制作・松下和義、高山創一、監督・秋原正俊
386. 義母の寝室 淫熟のよろめき (製作=加藤映像工房 配給=オーピー映画) 2004.05.22 カラー ワイド 監督・加藤義一、助監督・竹洞哲也、脚本・岡輝男
387. お母さんといっしょ 禁じられた母娘関係 (製作=レジェンド・ピクチャーズ 販売元=レジェンド・ピクチャーズ) 2004.07.04 74分 カラー ステレオ プロデューサー・江尻健司、
388. 濡恥母 (ミュージアム) 1999.01.21  60分 カラー 製作・塩谷勲、榎本靖、佐波正彦、監督・横山楽居、脚本・樫原辰郎、撮影・佐藤和人
389. 親友の恥母 さかり下半身 (製作=ネクストワン 配給=XcesFilm) 2004.08.13 カラー ワイド 企画・稲山悌二、監督・松岡邦彦、助監督・菅沼隆
390. エロ義母と発情息子 淫らな家族 (製作=フィルムハウス 配給=XcesFilm) 2004.08.27 カラー ワイド 企画・稲山悌二、プロデューサー・伍代俊介、監督・坂法

391. 義母と巨乳 奥までハメて (製作=新東宝映画 配給=新東宝映画) 2004.10.01 カラー ワイド 企画・福俵満、監督・深町章、助監督・佐藤吏、
392. 義母同窓会 息子を食べないで (製作=サカエ企画 配給=Xces Film) 2004.12.10 カラー ワイド 企画・稲山剃二、監督・新田栄、助監督・加藤義一
393. 変態姉妹母 (製作=東活) 1981.05. 71分 カラー ワイド 監督・吉野優、出演・篠順子、南条碧、杉江良子
394. ひばりの母恋ギター (製作=東映(東京撮影所)) 1962.08.12 7巻 2,286m カラー シネマスコープ 企画・亀田耕司、原伸光、監督・佐伯清、脚本・鷹沢和善
395. 淫恋母 (GPミュージアム) 2004.03.25 70分 カラー 監督・川野浩司、出演・三東ルシア、白土勝功、仲真リカ、なかみつせいじ
396. 痴漢義母 汚された喪服 (製作=新東宝映画、配給=新東宝映画) 2005.03.25 カラー ワイド 企画・福俵満、プロデューサー・黒須功、監督・廣田幹夫
397. 母袋暁野 (多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科2002年度 卒業制作展) 2003.01.20 Parade GroupB しもきた映画祭 ProgramC なゆたー
398. 朋の時間 母たちの季節 (製作=「朋の時間」製作委員会 配給=「朋の時間」上映委員会) 2003.03.08 大阪シネ・ヌーヴォ 123分 カラー ビデオ プロデューサー・貞末麻哉子
399. 沖縄県読谷村障害児を守る父母の会 (沖縄県読谷村障害児を守る父母の会) 2003.03.08 朋の時間 母たちの季節 「朋の時間」製作委員会
400. 母子草 (製作=松竹(太奏撮影所)) 1942.06.04 白系 13巻 白黒 監督・田坂具隆、脚本・小糸しのぶ、原作・小糸のぶ、撮影・伊佐山三郎

401. ねっちり母娘 赤貝の味 (製作=ナベシネマ 配給=オーピー映画) 2003.10.21 60分 カラー ワイド 監督・渡邊元嗣、助監督・小川隆史、脚本・山崎浩治



# by sentence2307 | 2019-05-08 13:16 | 映画 | Comments(0)

伊丹万作の「故郷」

暇つぶしにyou tube動画をあれこれ見ていたら、偶然、伊丹万作監督の「故郷」1937という映画に遭遇しました。

予備知識などまるでない(と思っていた)未知の映画だったのですが、これ幸いとまずは鑑賞しました。

実は、ここのところ、最新映画というやつを何本も立て続けに見てきたために少々食アタリ気味というか、「いわゆる最新映画」を見ることに対して行き詰まりを感じていて、そのパサパサに渇いた「得るものなし感」が徒労感となって積みあがり、無性に疲れてしまったということはありました。

これ以上、苛立ちが募ってきたら「かなりヤバイことになるぞ」という強迫観念というか遣り切れない不安にさいなまれている感じです。

そういうときには、いつもすることなのですが、目先の変わった「古い映画・映像」を見て気持ちを落ち着かせるということをやっています、戦前のサイレント映画や国策映画など、その辺はなんでもいいのですが、古色蒼然たる映像を求めてyou tubeの森を彷徨っていたところ、この伊丹万作の「故郷」に出会ったというわけです。

そうそう、「古い映像」というのは、例えば、リュミエール兄弟が世界各国の珍しい風景や風習を撮って観光を見世物みたいにして商売にしようとしたその国のひとつに日本も含まれており、派遣されたフランス人映画技師が原日本人たちを撮って廻った映像というのが何本か残されていてインターネットで見ることができます。

例えば、街路を往来する真っ黒に日焼けした背の低い多くの男たち・女たち(着物はだらしなく着崩れ、顔は真っ黒に汚れ、髪はボウボウで、ほとんどみな半裸の状態です)が、据えられたカメラを物珍しそうに何度も振り返る姿を写したフィルムがあって、その顔はどれも照れたような奇妙な薄笑いを浮かべており、抑えられない好奇心でカメラのレンズをわざわざ覗き込んでいくというあの姿にたまらない感銘を受けました。

あるいは、戦争直後、多くの日本のやせ細った子供たち(まさか、戦災孤児なんかじゃなかったと思います)が、進駐軍の栄養の行き届いたアメリカ軍人にまとわり付いて口々に「チョコレート、ギブミーしてんか!」と叫びながら必死に異国の軍人に群がりネダっている姿を見ると、屈辱的な浅ましさよりも生きることにどこまでも純粋なその活力に圧倒され、深い感銘を受けるということもあったかもしれません。

それらのフィルムに映し出されている日本人の彼らは、誰もがひとしなみにみすぼらしく、薄汚れていて、極貧のなかでその日の食うものにも事欠くありさまのように見えても、それでも薄笑いを絶やすことなく、とんでもない活力に満ちていて、向けられた異国人のカメラのレンズを物珍しそうに覗き込む好奇心だけは溢れかえるほど持っていたという、そういう「熱」に圧倒されたくて、自分は、フィルムのなかに「古色蒼然」を求めていたのだと思います。

そして、今回の伊丹万作の「故郷」に出会ったという次第です。

いわば「お口直し」を期待して見た映画という感じだったでしょうが、でも、はたして期待したような「お口直し」となり得たかどうかは、大いに「疑問」としなければならなかったかもしれませんが、しかし、「突っ込みどころ満載」という意味でなら、このダレた自分の活性化には大いに役に立ったということはできると思います。

ただ、この映画、見ているうちに、どうしてこうも面白くないのだという思いが幾度も萌して、その退屈さは集中を止切らせ、散漫になった気持ちの隙に雑念が入り込んできたのかもしれません。(しかし、この「雑念」のほうが、この映画なんかよりよほど面白かったので、後述しようかとは思っています、お楽しみに!)

たぶん、この映画、作品自体の面白味に欠けるため、顔は映画の場面に向けられてはいたものの、メリハリのない緩慢な物語のスジを追うのに疲れ果て、徐々に集中を欠いた意識はいつの間にかどこかにスッ飛んでしまったのだと思います。

そりゃあ、なにも東京の大学を出たからって「家業の手伝いくらいするのは当たり前だろ(そもそも東京で職に就けなかったのに、なんで田舎にそれがあると思って帰省してきたのかが理解できません)」など誰が考えても当然のことを、たいそうな「教訓」のようにこれでもかと平然と描くその白々しいストーリーに、われならずとも観客はみな疲れ果ててしまったのだと思います。

都会の大学を卒業し帰省した酒屋の娘(夏川静江)が、東京で就職できなかったものが、まして田舎で「大学出」にふさわしい職などあるわけもなく、彼女が期待を寄せていた有力者のコネも失い、かといって家業の酒屋にもなじめずに、ただ悶々鬱々と日を過ごしているという状態です。

大学を卒業しても行き場も定まらない厳しい現実に、ただ焦るばかりでどうすることもできない妹は、自分のそうした鬱屈を一向に理解しようとしない兄に対して、内心では「所詮、教養のない田舎者は、せいぜい目先のことばかりに拘って愚かにも先が見通せないのだ」と軽蔑しています。

兄は兄で、逼迫した家業の苦境を知っているのに手助けをしようともしない妹に苛立って「身分不相応の教育など、かえって身の毒だ」と決め付けて、互いを罵りあうこの兄妹の軋轢の言葉の数々は、しかし、どれもが実感のないお座なりな説明の域を出ない死んだ言葉にすぎず、仲の良くない兄妹なら世間によくある想定内の凡庸な言葉の応酬でしかない以上、その一連の場面もまた空疎感から免れるわけではありません。

家業を手伝おうともしない妹のそうしたダレた生活ぶり(兄・坂東簑助には「そう」見えました)に苛立ち、ことあるごとに叱責せずには居られない兄との衝突を繰り返すうちに、妹のつい口走った抗弁と突っかかるような生意気な態度に激昂した兄は、はずみで妹の頬を張ってしまうということがおこります。

そのとき兄は、妹を東京の大学にあげるために田畑を売り払ったことを憤懣やるかたなくナジリ、「こんな役立たずになるくらいなら、なにもお前を大学になんぞにやるんじゃなかった」と悔いて罵ります。

打擲を受けたうえに罵倒された妹は、売り言葉に買い言葉で「もう、兄の世話にはならない、家を出る」と捨て台詞を吐いて家を飛び出します。

家を出てから一年後、妹は意気消沈して故郷の駅にふたたび降り立ちますが、この場面、都会に出てから彼女がどのように苦労したのかまでは一向に説明されず、演出者の意識と興味は、むしろその先の「怒っている兄と妹がどのようにして和解するか」にすっかり前のめりに入れ込んでしまっているので、妹が経験したかもしれない苦労などには興味を示さず、それどころか「そりゃあ、いわゆる苦労だよ、わかるだろう」みたいに端折り、単なる概念としてしか考えていないことはミエミエで、そういう突き詰めのない「概念」だけのパッチワークのようなツギハギだらけのこうした映画が、はたしてどこまで観客を引き付け感銘を与えることができるのかという疑問に捉われてしまいました。

しかし、飛び出して行った先の東京で彼女がどのような辛酸を嘗めたのか、どのような過酷な目に遭遇しなければならなかったのかは、この物語にとっては、そのディテールはとても重大で是非とも説明しておくべきものだったはずです。

さしずめ溝口健二なら、都会に出た妹は、やくざな男にすぐに引っかかって騙され、果ては売春までさせられたあげく、ついには悪い病気を背負い込んで鼻が落ち、麻薬にも蝕まれたすえに使い物にならなくなって棄てられ、さらに肺病にかかったうえでやっと性転換して故郷に舞い戻ってきたとかなんとか、そういう「重き履歴」を観客に具体的・重層に的に示すことで、リアリズムは一層の厚みを獲得していくものだと思えば、この伊丹万作作品は「リアリズム」とは別のものを目指していたと思うしかありません。

それはこの物語が単に舞台の戯曲だから仕方ないのかと考えたとき、突然あの「雑念」に囚われたのでした。

そもそも、それがどこに書いてあったかまでは思い出せなかったものの、市川崑監督(当時は伊丹監督の助監督だったそうです)が伊丹万作の映画を見て

「伊丹さんは、シナリオはうまいが、演出は下手だね」

と言ったという言葉を思い出したのでした。

まさに言い得て妙の、目からウロコが落ちるような至言です、こういうのを透徹した直感というのだなと思いました。

しかし、そうは言うものの、この映画を見て一箇所だけ感心した部分がありました。

決して家業に馴染もうとしない娘に母親はさびしそうに語り掛けます、「あんたは、東京に行って、すっかり変わってしまったね」と。

それは母親が娘に会いに東京の大学に行ったときの思い出です。

母親が大学内で娘の姿を見つけて笑顔で合図したとき、そのときの母親の姿が、見るからにみすぼらしく恥ずかしくて母親だとは言えずに、娘は思わず友だちには「あれはうちの婆やよ」と言ったことが聞こえてしまったと、さびしげに母親が娘に語る場面です。

しかし、この含蓄に富んだ衝撃的な母の言葉は、その後、イメージを膨らませることもなく、また、どのような演出的な展開を見せるでもなく、気抜けするくらい孤立したままの単なる「いいセリフ」というだけで立ち消えてしまいました。

伊丹万作は、この傑出したセリフを強烈な映像で印象づけようとするわけでもなく、この悲憤に満ちた母の言葉に娘がどういう表情をして反応したのかを追うことも・作り上げることもなく、あたかもそこには最初から何もなかったかのように、この「セリフ」を終わらせてしまっています。

市川崑監督ならずとも、これは本当に「伊丹さんは、シナリオはうまいが、演出は下手だね」だったのだなと感心しました。

そういうことなら、是非ともこの記事の在り所を確かめたいという気持ちが猛烈に沸き起こってきました。

そうですか、そうですか。それならば手持ちの資料に当たりますか。

最初はまず、岩波書店の「講座・日本映画」から見ていくことにしましょうか。

あっ、そうそう、その前に邦画で「故郷」というタイトルのつく映画がどれだけあるか、検索しておきますね。

Jmdbによると、

1 溝口健二 1923
2 木村荘十二 1931
3 伊丹万作 1937
4 山田洋次 1972
5 向井 寛 1999

の4本がヒットしました。

そのうち
①岩波書店「講座・日本映画」に掲載されている作品は、
溝口健二監督作品 1923
伊丹万作監督作品 1937
山田洋次監督作品 1972   の3本でした。

②田中純一郎の「日本映画発達史」では、
溝口健二監督作品 1923
山田洋次監督作品 1972  の2本が掲載されていて、

③佐藤忠男の「日本映画史」には、
山田洋次監督作品 1972  の1本だけが掲載されていました。

このように邦画のうちで「故郷」とタイトルされた作品がどれほどあるかとまず調べた理由は、「故郷」というタイトルが、日本人の観念上もっとも親しみやすいテーマ(望郷)に違いないという連想から、それだけに当然膨大な量の同名作品が作られているはずという思い込みがあって、その多くの作品のなかから伊丹作品を特定して検索・チョイスするための利便をあらかじめ考えてしまおうと思ったからでした。

しかし、調べてみれば、なんてことはありません、結果は意外に少なくて、まったくもって拍子抜けした感じでしたし、各冊を調べていくうちに、この同じタイトルを持った作品のなかで、映画史からまずは最初に消えていくべく作品の順序みたいなものも、なんだか分かってしまったような感じを受けました。

つまり、伊丹万作作品「故郷」が幾つかの映画史本の中から他の作品に先立ってまずはひっそりとその姿を消した過程を実際に見てしまったような。そして、それはその映画自体の持つある種の「欠落」が起因したために。

実は、この伊丹万作作品を調査している過程で岩波書店の「講座・日本映画 第3巻」にそのものズバリの記事、「伊丹さんの演出」(佐伯清筆)というのが収録されていることにはずっと以前から気がついてはいました。

この小文なら以前にもすでに読んでいることも記憶していますし、その内容のニュアンスというのもなんとなく自分の中に残っていました。そういう意味でなら、自分にとってこの伊丹作品「故郷」に予備知識が皆無だったという部分は訂正しなければなりません。

ぼくたちの知っている佐伯清は、多くの高名な仁侠映画を撮った監督として記憶しているのですが、彼は中学を卒業するとすぐに同郷の伊丹万作を頼って彼の門下生として弟子入りしていて、そして師匠が肺結核で死ぬまで師事したというくらいの人だったので、当然、恩ある伊丹監督への敬愛と尊敬の念は、そりゃあただならぬものがあったでしょうから、そういう人の書いた師匠についての論評「伊丹さんの演出」のなかに、まさか伊丹演出をアタマから下手だと腐した市川崑監督の辛辣な直言など掲載されていようはずがない、検索してみたところでどうせ無駄骨になるに違いないという確信から、この論評の調査だけは省きました。

しかし、いざ目を通してみれば、すぐにでも見つかるような冒頭のごく近い箇所にその記述はしっかりとありました。

それはこんなふうに記されています。

《伊丹さんは大変お洒落な人でした。舶来ものの衣服、帽子、靴、そのどれをとっても一流品です。それが似合うかどうかは別のことで、鼻下に髭を生やした伊丹さんの貴族的ともいえる白皙の顔は、哲学者というか、文学者というか、およそ活動屋の世界では珍しい存在でした。無口で鋭い目をして、対象を、または人間を見つめる伊丹さんの顔は、ときに怖いようでさえありました。その証拠に、今日巨匠などと言われている市川崑が、むかし、私のセカンドで伊丹さんについたとき、
「俺、いやや、伊丹さん怖い」
と言って、僕にこぼしたことがありました。その崑ちゃんが、伊丹さんはシナリオは上だが、演出は下だと言っています。つまり下手糞だと言うわけです。さあ、どうでしょう、兎に角伊丹さんは、我々の世界では異例の紳士でありました。》(講座・日本映画 第3巻157頁下段)

ごく素直に読み流しても、とても違和感の残る一文です、師匠・伊丹監督について褒めていることといえば外見のお洒落な身なりについてだけで、肝心の「演出」については持ち上げるどころか(自分の口から語ってはいないものの)、市川崑の言として「伊丹さんの演出は下手糞だ」と言い切ったそのままの言葉を、なんの注釈も否定の言葉も付すことなく掲載しています。

自分にはそれが「意地悪さ」とか「悪意」とかに読めてしまって仕方ありませんでした。さらに続く「さあ、どうでしょう」も随分だと思いました。

つまり、ここには師匠・伊丹万作を、手放しで一方的に信奉している門下生という視点など微塵もない、それとはまた別の、少し突き放した客観的で辛らつ眼差しの観察者か、同業の批判者しか存在していないように思えてなりません。

例えば、「無口で鋭い目をして、対象を、または人間を見つめる伊丹さんの顔は、ときに怖いようでさえありました。」という一文に続いて、セカンドの市川崑がそういう伊丹監督を怖いと言ったとしながらも、すぐにも「伊丹さんの演出は下手糞だ」と続けています。

それならあの伊丹監督が演出時にみせていた「無口で鋭い目をして、対象を、または人間を見つめた」あの怖い顔は、いったいなんだったんだ、あたかも真に迫って演出しているかのように見せていたのは、ひたすらスタッフの視線を意識して「巨匠」を演じただけの、ただの薄っぺらな演技・ポーズにすぎなかったのか、そういえば、その少し前に書いてあるあのお洒落な「舶来ものの衣服、帽子、靴、そのどれをとっても一流品」と、「怖いような無口で鋭い目」の一文は等価だと仄めかされていて、伊丹監督の演出など、中身などまるでない人目を意識しただけの、意識過剰のただの見せ掛けのポーズにすぎなかったのだと、どうしてもそう読めてしまって仕方ありませんでした。

まさかそこに「揶揄」の気持ちまでは存在しているとは思いませんが、否定の気持ちを真正面から表明することなく、第三者の口を借りて「こういう意見もありますよ」的に真意を隠しながらも巧みに示唆した責任逃れの、いささか屈折した気持ちを抱えた底意地の悪さと、秘められた狡猾さという印象をどうしても拭えませんでした。

そうした気持ちで、この佐伯清の論評「伊丹さんの演出」をアタマから読んでいくと、文中のエピソードのなかにも、このタイプの違和感は随所に見出すことができます。

まず最初のエピソード、撮影所の食堂でスタッフが談笑していたとき、誰かが「えらいこっちゃで、いまオープンで万さんと稲監が喧嘩しとる!」と息せき切って駆け込んでくるという描写のあとに、こんな描写があります。

《「ええ?」と言って、総立ちになった一同の口から突いて出た言葉は
「ついでや、殴ってしまえ、稲監を!」
「そうや、やったれ! やったれ!」
でした。ということは、万さんこと伊丹万作さんは、自分の側の人間で、稲監こと稲垣浩さんは敵側の人間であったということ、伊丹さんは「万さん」と親しまれ、稲垣さんは、「稲監が、稲監が」と、案外嫌われていました。》(講座・日本映画 第3巻158頁上段)

結局、この「ご注進」は早とちりのガセだったので、「すぐそのあと、笑って話し合いながら入ってきたお二人の姿を見て、なんや、ということで、ちょんになりましたが、ざっとこんな具合でした」と収束させています。

しかし、「この際だから」と、稲垣浩監督の日頃の悪評判をこれでもかと開陳し、さらに「案外嫌われていました」を付け加えるなど、随分じゃないか、これじゃあまるで鬱憤晴らしだと感じました。そう考えると、この「悪評判」だって、仲間内で本当に一般化されたものだったのか、それとも個人的な見解にすぎないものだったのではないか、区別がつきません。

それに、この騒動の切っ掛けとなった「ご注進」が、そもそもガセだったわけですから、この「開陳」だって本来は不要の見当違い・場違いな意見表明にすぎず、すぐさま修正か削除の処置を必要としたはずのものでしかなく、ここにも巧みに機を捉えてみせたかすかな「悪意」とか「作為」の気配を感じないわけにはいきませんでした。

つづくエピソードは、「新しき土」をアーノルド・ファンクと共同監督したクダリです。

それは、こんなふうに始められています。

《このあと伊丹さんは乞われてJOへ移り、ドイツの山岳映画の巨匠アーノルド・ファンクとの共同監督「新しき土」の仕事、これが半年以上一年近くの大仕事になり、精神的肉体的に随分と伊丹さんを苦しめたんだと思います。一旦決めてやり始めたことについて、不平不満は一切口に出さない人です、そのことは、先の「忠治売出す」で、何回も同じ演出をやらされながら、ぶつっとも愚痴をこぼされなかったことでもお分かりでしょう。》と。

そして、ファンクと伊丹万作のお互い天才肌の強い個性がぶつかりあっても、決して譲り合おうとしない「確執」が描かれています、人間関係が煮詰まり、絡まりあっても、その打開策をみずから講じることのできない伊丹万作は疲れきって、佐伯清にほとんど任せて、実体は仕事を投げ出した状態だったと記されています。

この記述で伺われることは、伊丹万作という人の天性の虚弱体質というものはもちろんあったでしょうが、人間関係が一旦こじれると自分から折れて打開策を講じることができない性格の卑弱さ(これを「繊細さ」と表現しても一向にかまいません)が顕著で、事態が収拾できないとなると、さっさと自分の殻に逃げ込んでしまうという負の部分もあったのだなということが分かります。

彼が、現象的にみれば「不平不満は一切口に出さなかった人」だったかもしれませんが、逆にいえば「弱みをさらけだして誰に対しても自分から心を開けなかった人見知りで頑なな人」という見方もできるわけで、そのあたりが本当のところだったのでないか、それは、まさに自身が「演出力のない監督である」ことを自認・自覚していた何よりの証拠で、また、それは衣服や容貌など外見を気にするスタイリストと共通するとの認識からは、演出者として劣等感があったからではないかと勘繰りたくなってしまいます。

そうしたことのすべてを見てきた身内の人間・佐伯清でなければ表現しえない伊丹万作との微妙な「距離感と確執」がそこにはあったのだと考えてしまいました。

三つ目にエピソードは、いよいよ「故郷」の撮影現場での事件が描かれています。

アル中気味だった小笠原章二郎(子爵の御曹司と書かれています)という役者が、酔ったまま現場に入ってきて、どうしてもセリフが出てこずに撮影が中断してしまい、これを伊丹監督が激怒したという顛末が書かれている部分です。

酒に酔ったまま現場に入り、セリフもつかえて演技ができず撮影を中断させるなど、考えなくとも、役者としてはなんとも弁解しようのない、もってのほかの失態で、伊丹監督が激怒したというのも無理からぬこととは思いますが、佐伯清がこのアル中役者を説明するクダリのなかに気になるひと言が書き込まれているのを発見しました。

こんな感じです。

《助十に小笠原章二郎、小笠原長生子爵の子息、軽演劇でちょっと売り出していたのを連れてきたわけです。ところがこの人がちょっとアル中気味で、伊丹さんの諧謔精神がなかなか理解できず、少々自棄になったのか、仕事中昼間から酒を飲んでセットに現れるようになりました、私を含め裏方はたびたび彼の傍らに行きますから、このことを早くから気づいていましたが、伊丹さんは彼から離れてキャメラの傍らにおりコンテとか演技に対する注文とかは、私が伊丹さんの意見を彼に伝えるようにしていましたので、その彼に気づいていたかどうか、あるいは知っていて知らぬ振りをしていたのか、私も何度か彼に注意しようと思いましたが、東京からわざわざ京都へ来てもらっている人だし、芝居さえきちんとやってくれるなら、少々のことはしばらく辛抱しよう、いずれ彼自身も気づくであろうと黙っていました。それが、ある日、最悪の事態となって、えらいことになりました。》

幾度かのテストを繰り返しているうちに、酔っていたその役者はセリフも出せずにそのまま座り込んでしまいます。

《ステージの中はシンとして咳ひとつなく、ただ黙って章二郎さんを見つめるのみ、その間何分くらいあったでしょう、私はチラと伊丹さんを見上げ、章二郎さんに声をかけました。
「さあ、もう一度テストをやりましょう!」》

そのとき、伊丹監督から
「お前は、黙っとれ!!」と、突然怒鳴られたと書かれています。怒鳴られたのは後にも先にもこれが初めてだったと付け加えられてもいました。

怒り心頭の伊丹監督は、座り込んでいる役者に歩み寄り顔をぶん殴ってステージから立ち去ったとあります。

しかし、そのあとすぐに佐伯清助監督が追って「出すぎた真似をしてすみません」と謝り、走り込んできた小笠原章二郎も平伏して詫びたと記されていました。

しかし、なにがこれほどまでに伊丹万作を激怒させたのか、これだけのことじゃないはずという疑問が残りました。

だって、「怒鳴られたのは後にも先にもこれが初めてだった」というくらい寛容で通してきた伊丹監督です、役者への指示はすべて助監督が伝えたと書いてあるのですから、まずは見せしめ的に助監督をスタッフの前で叱責したうえで、使えない役者など(幾らでも代りのきく端役です)さっさと交代させてしまえばそれで済むことで、なにもそんなに向きになった逆上しなくともいいじゃないか、という気持ちがいつまでも残りました。

それでこんなふうに考えてみました。

単に、酔って演技ができなかった役者に激怒したというよりも、彼が日頃から「伊丹さんの諧謔精神がなかなか理解できず、少々自棄になったのか、仕事中昼間から酒を飲んでセットに現れるようになった」ことを知り、侮辱されたと感じた伊丹監督が、彼がセリフにつまった機会を捉えて「激怒」を浴びせたのではないかと考えてみたのですが、やはり、それでも激怒の動機づけとしては、もうひとつ「弱い」と感じ、さらに考えました。

そして、こんなふうに考えられないか、というある考えにたどり着きました。

撮影もスケジュールの半分を過ぎたあたりで、監督ならこの映画がどう仕上がるのかくらいは、とうに見当がついていて、その鬱積したストレスがちょっとした契機を捉えて暴発したのではないかと。

(1937製作=J.O.スタジオ、配給=東宝映画)製作・森田信義、監督・伊丹万作、脚本・伊丹万作、原作・金子洋文、撮影・三木茂、美術・高橋庚子、録音・中大路禎二、照明・上林松太郎、衣裳・橋本忠三郎、小道具・山本保次郎、結髪・都賀かつ、床山・濱田金三、監督補助・毛利正樹、松村四郎、尾崎橘郎、撮影補助・荒木秀三郎、直江隆、音楽・ポリドール・レコード、現像・J・O現像所、製作・ゼーオー・スタヂオ
出演・坂東簑助(和田堅太郎)、夏川静江(妹喜多子)、藤間房子(母おとく)、船越復二(弟剛)、五條貴子(歌子)、三木利夫(兄信四郎)、永井柳太郎(人夫八兵衛)、山田好良(県会議員某)、常盤操子(妻)、深見泰三(校長)、石川冷(庄屋)、沢井三郎(村の青年)、丸山定夫(訓導野間彦太郎、父)、高堂國典(深見泰三)
1937年5月1日公開・日本劇場 84分(10巻 / 2,294メートル) / 現存版 84分(NFC所蔵)フォーマット : 白黒映画 - スタンダードサイズ(1.37:1) - モノラル録音(発声版トーキー)



# by sentence2307 | 2019-04-28 13:58 | 伊丹万作 | Comments(0)

禁じられた遊び

最近、映画を立て続けに見ていてよく感じることがあります、そこそこ上手に作られている映画なのに、記憶に止まらずにすぐに忘れてしまうということが度々あって、なんだか戸惑っています、「オレも、そろそろアレかな」と。

しかし、実際に当の映画を見てみれば、見たか見ないかくらいはすぐに判断できるので、やっぱ自分がボケているわけじゃないんだなと安堵したり気を取り直したりしているわけですが、しかし、それにしても多くの作品の印象が薄いというのは事実なので、それって、そのまま、いまの作品に強烈なインパクトが欠けているからなのだとか、それに映画のタイトルからして、内容を象徴するような、すぐにも「あれだな」と連想させるだけの絶妙なタイトルというのが少なくなっていて(タイトルと内容のミスマッチ)、責任回避みたいな原タイトル流用という弊害からもたらされたものなのではないかなどと、ぐずぐずと自分のまだらボケをすっかり棚に上げて(やっぱ、そうじゃん!)、タイトルにまで八つ当たりしようというのですから、ほんとにもう我ながら「末期症状」の入り口に足を踏み入れているのかもしれません。


すこし前に、旧い友人と酒を酌み交わしながら、そのことについて話したことがありました。
しかし、すぐに「そりゃあ、むしろ受け手側の感性の鈍化が原因だわな」と即座にバッサリやられてしまいました。

いえいえ、もちろんそれは「ボケ」の話とかじゃなくて、我々の世代のもっている感性というやつが、現代の映画へコミットするだけの取っ掛かりを失ってしまって無力化しているうえに、映画のほうも「ある種の情感」を持った内容の作品がごく少なくなったということもあるかもしれません。

「映画」に対する思い入れも現代の感覚とは、少しずつズレが生じているからじゃないかなというのが彼の意見です。いわば「時代遅れ病」とでもいうのでしょうか。ホント、「ばっさり」です。

そして彼は、なんの脈絡もなしに突然、ルネ・クレマンの「禁じられた遊び」を語り始めました。

そりゃあ、自分だってあの「禁じられた遊び」が映画史に残るほどの重要で素晴らしい作品であるくらいは十分に承知しているつもりですし、そのことに関してはまったく異論もありません。彼と同じように1ミリもたがわず十分に名作だと思っています。

しかし、その「名作」の方はいいとしても、この「なんの脈絡もなしに突然に話しはじめた」がずいぶん唐突すぎて、どういう切っ掛けでそうなったかが不明なので、熱く語りはじめている彼には大変申し訳ないのですが、その話の腰を折り、あえて「なぜいま『禁じられた遊び』を?」とその理由を尋ねてみました。

しかし、あらたまって聞いてみると、その理由なんて、なんてことありません。

wowowのオンデマンドの配信リストの中に、たまたまこの「禁じられた遊び」があったので、だからそれを見たというだけのことでした。

そうそう、言い遅れましたが、彼は自分とは違い、いまだ現役で仕事を続けていますので、昼間はそれなりに多忙で映画などのんびり見ている場合じゃないと(彼に言わせると「なんたってこっちは、オタクみたいに遊んでいられる身分じゃないからね」というのが口癖です)、ですので仕事を終えて夕食も済み、そのあとの就寝までの時間を、ネット配信の映画を見るのを楽しみにしているということで、wowowのオンデマンド配信もそのうちのひとつのツールとして活用しているらしいのです、もっぱらパソコンでオンデマンド配信の映画を楽しむという生活スタイルをもっている御仁です。

その配信リストに最近「禁じられた遊び」がアップされていたので見たということでした。

まあ、いざ聞いてしまえばなんてこともありません。

しかし、自分にしてからも映画のテレビ放映を同時的に視聴するということは大変マレで、やはり映画鑑賞はもっぱらネット配信を利用している一人ですが、ただひとつ難を言わせてもらえば(wowowの場合です)、最新映画に比べてクラシックな名作映画の放送枠がとても少ないということがあって、とても残念な思いをしています。まあ、それがwowowの売りであることも十分に承知しているので、思わず彼に「へえ~、wowowで『禁じられた遊び』とは、そりゃまた珍しいね」と思わず彼に同調しました。

そんな感じで、その夜の酒宴は、彼が久しぶりに見た「禁じられた遊び」の感銘を熱く語る独壇場となりましたが、しかし、彼のその話、よくよく聞いてみると、「懐かしさ」という部分での感銘の再現(思い起こし)というだけで、なにもリアルな感銘とか、リアルな「賛辞」とかというのとは、またひとつ違うみたいなのです、その微妙な温度差が少し気になったので、彼がひととおり語り終えたタイミングをつかまえて「それで、今回の場合はどう感じたわけ?」とあえて突っ込んで聞いてみました。

「それがさ、久しぶりに見てね、変なところばかりが気になって仕方がなかったんだよ」と彼は、意外にも少々うんざりしたような醒めた真顔で話し始めました。

まず冒頭、パリの戦火を逃れて避難する群衆(そこにはポーレット一家も含まれています)にドイツ軍の戦闘機が襲い掛かってきて機銃掃射でポーレットの両親が撃たれて死ぬという場面、自分の飼犬のことばかりに気を取られているポーレットは、制止する両親の手を振り切って逃げた犬を追い橋の中央に飛び出していきます、あわてて娘を追った両親は、その場で戦闘機の機銃掃射の狙い撃ちにあって射殺されてしまいます。

犬を抱き締めながら、ポーレットは、すでに死んでいる母親の顔を撫ぜながら「ママ、ママ」と問いかけますが、すでに死んでいるので反応などありません。

その場面で彼は、「むかしだったらさ、きっとこの場面で泣いたんだろうなと思ったね。死の意味も分からないくらい幼いポーレットがとても哀れでさ」と言い、「でも今回はね」とさらに続けて語りました。

この過酷な時代に、いくら幼いからとはいえ、ああした迂闊な行為は家族すべての死につながる危険で切実な重要事なわけなのだから、その戦時下、両親は子供に「死」がどんなものか常日頃しっかりと説いて聞かせておかなくちゃダメだったんじゃないのかな、厳しく叱りつけるくらいにね。それに、あの時代、いくら子どもとはいえ「死」がどういうものか、ドイツ軍が迫ってくるフランス市街の緊張感とか、もしかしたら身近にもリアルな「死」があったかもしれない、そういう状況下で、あのポーレットの無知で無邪気すぎる設定がずいぶん無理があって、作為に満ちた「カマトト」みたいに見えてしまって仕方なかったよ。なんだか「小綺麗でいたいけな可哀そうな少女の視点」をあえて作り上げるために、まわりを、虚偽のリアリズムで飾り立てたみたいな気がしてね。

オレたちはいままでテレビ報道なんかで子供を巻き込んだ多くの戦争と、その悲惨な戦禍(無差別爆撃によって手足を失った血まみれになった子供たち)を嫌というほど見せつけられてきて、そのうえでこの「ポーレットの無邪気さ」をあらためて考えると、なんだか机上の空論というか、巧みに組み上げられた「悲劇」のためだけの「設定」に見えてしまって、今回はずいぶんと「苛立たしく腹立たしい」ものを感じてしまったんだよね。

そうそう、あの場面で唯一「リアリズム」を感じさせたシーンは、両親を失い一人で道端にたたずんでいたポーレットを、可哀そうに思った行きずりの一家が彼女を荷車に抱え上げたとき、その中年女がポーレットの抱えている犬を見て「それ、もう死んでるよ」とか言って取り上げ、無造作に川に投げ捨てる場面だね。

少なくともあれが、いつどこで自分だって死ぬかも分からない極限の戦時下に、人間が当然持つに違いない「ありふれた死」に対して、反射神経を弛緩させ麻痺させてみずからを防御する感覚を鈍化させる庶民の生活の知恵というか、認識のかたちだと、あの部分だけは妙に納得できたくらいかな。
シビアな現実に直面したとき、人間は生き延びるために感性を必要なだけ鈍化させて適応してしまえる逞しさを持っている生き物だと。そうやって人間は、あらゆる極限状態を耐えてやり過ごし生き延びてこられたんだと。

だけど、「死」を理解できないポーレットは、川に流れ去っていく犬の死骸を追って、このストーリーを展開させ、やがて、死を弄ぶ「墓遊び」にまでストーリーを広げながら、巧みに「駅の雑踏に迷子として呑み込まれる痛切なラスト」にまで引っ張っていくわけだけど、ひとむかし前なら気にも留めなかったその巧みさが、つまり、この「可哀そうなポーレットちゃん」のお話の「組み立て方」がどうにも鼻について仕方なかったんだよ。

さらに続けて、彼は、ここに描かれているフランス農民の愚かな狡さとか、事務的にすぎる官憲や意地の悪そうな修道女の冷ややかさとか、「可哀そうな」な迷子のポーレットを呑み込む駅の雑踏が象徴する酷薄な民衆の不自然な描き方などについても語ったのですが、それらはすべて「可哀そうな孤児の物語」を誇張するために人間を歪めて描く必要からそうしたまでのことで、リアリズムとは何の関係もない作為と悪意に満ちた誇張にすぎないと、いささか憤慨気味(そう見えました)に彼は語っていました。

あの設定がもし仮に、ポーレットを可哀そうに思う愛情深い善意の農民だったり、温情溢れる官憲だったり、愛情深い修道女だったりしたなら、この物語はもっと違う物語になっていたかもしれないよね、でもそれじゃあ観客を感銘させることはできない・悲しませることはできない、そのために巧みに「脚本」をこねくり回しているうちに、「名作」には仕上がったかもしれないにしても、その無理がたたって随所にほころびができているのが気になって仕方なかったんだよな。

ポーレットが「ミシェル! ミシェル!」と泣き叫びながら雑踏の中に消えていくあのラストを盛り上げるためだけに、あきらかり無茶ぶりとしか思えないこの観念の倒錯の必要から、信仰心のあつい敬虔な信者・少年ミシェルを、まるでポーレットに隷従する「墓標盗人」に豹変させる奇妙で強引なストーリーが作られていったのだなと。

この倒錯したミシェル像が矛盾して描かれる切っ掛けとなっているシーンは、ポーレット自身が、もはや用無しになった犬の死骸をまるでゴミのように無造作に投げ捨てる場面に込められていると言いました。前半の犬への執拗なこだわりを、後半の死を弄ぶ「墓遊び」につなげるにはとんでもない飛躍がどうしても必要になってしまって、その矛盾した乖離を収束する辻褄合わせのために、ポーレットに、あれほど執着し、取り戻すことにこだわっていた「犬の死骸」をいとも無造作に捨て去るという奇妙な行為をとらさなければならなかったのだと。
「悲劇」をでっちあげるために、この現実に悪意ある作為をほどこすこの「捻じ曲げ感」は、ちょうど不自然なまでにいじめ抜かれる「おしんストーリー」(あの冨樫森作品も顕著に「それ」は感じました)のヘドが出るような悪質な嘘(映画の堕落)と同じタイプのものだと。

これはつまらない蛇足ですが、今回、自分もかなり冷静にこの作品を改めて見直してみたのですが、ラストのポーレットが駅の雑踏に呑み込まれる場面は、その少し前に修道女がポーレットの首に名札を掛けているシーンがあるので、一時は迷子になったとしてもすぐに連れ戻される可能性もあったことに気が付いたことも付け加えておきますね。

まあ、こんな感じで、自分はただ彼の話にほぼ相槌を打つということに終始しただけだったのですが、しかし、この「ただ相槌を打つだけ」という態勢からイメージするような消極的で受け身だったわけではありませんでした。

彼の話を聞きながら、自分にもいささか思い当たるフシがあったので、帰宅してさっそく書棚から、まずトリュフォーの「映画の夢 夢の批評」(山田宏一・蓮實重彦訳、たざわ書房1979.401.2刷、276頁、1600円)を取り出しました。

その夜、彼が話していることを聞いているうちに、それって、もしかしたらトリュフォーの「受け売りじゃん」という気がしてきたからです。

だって、ほら、ヌーヴェル・ヴァーグの初期っていうのは、フランス映画界の大御所にトリュフォーが噛みついたってところから始まったっていうじゃないですか。ただし、その大御所たちが誰々で、彼らのなにが悪くってトリュフォーがあんなにもむきになって噛みついたのかまでは、すっかり忘れているので、ここはいい機会です、パラパラと走り読みしながら、久しぶりにフランス映画史でも勉強してみますか。酔って帰った真夜中に、よりにもよって始めるようなことじゃありませんが。

しかし、残念ながら、この本からは該当の記事を発見することはできませんでした。ただ、トリュフォーの書いた「あとがき」には、ヤマダと話し合い、パリで出版した自分の映画評論集「わが人生の映画たち」(1975、フラマリオン社刊)のなかの全5章を三つに分割して逐次日本で刊行しようという計画が合意されたと書いてありました。

具体的にいうと、

【第1段階】(いま読んでいるこの本です)
第1章 大いなる秘密+「批評家は何を夢みるか」(書下ろし)

【第2段階】
第4章 異邦人たち
第5章 ヌーヴェルヴァーグの仲間たち+<日本映画賛歌>「溝口健二、木下恵介、市川崑、中平康」

【第3段階】
第2章 トーキー時代の映画作家(1)アメリカ映画の監督たち
第3章 トーキー時代の映画作家(2)フランス映画の監督たち

ということで、目指す記事はどうも
【第3段階】第3章 トーキー時代の映画作家(2)フランス映画の監督たち
のようです。

そこには、錚々たる監督名が列記されていて、トリュフォーがこのうちの誰をけなし、誰を持ち上げたのかまでは分かりませんが、そのリストのなかに、確かにルネ・クレマンの名前がありました。

それらの監督名は、以下のとおりです。

クロード・オータン=ララ、ジャック・ベッケル、ロベール・ブレッソン、ルネ・クレマン、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー、ジャン・コクトー、サッシャ・ギトリ、アルベール・ラモリス、ジャン=ピエール・メルヴィル、マックス・オフュルス、ジャック・タチ、


このあとに、さらにこうも書かれていました。

「・・・というところまでヤマダと話し合ったのだが、もちろん、これは、まず本書が出版されて成功したらの話である。そのためにも、ぜひ本書が成功してくれることを祈りたい。」

なるほど、この本が、はたして「成功」したのか否か(つまり条件を満たして次段階の出版が叶ったのかどうか)までは、調べている時間はもうありません、そんな悠長なことをしていたら、そのうち夜が明けてしまいます。

もうこれ以上、この本につきあっている暇はありません、時間切れです。次に、やはりヤマダつながりで「トリュフォーの手紙」平凡社(山田宏一)2012.7.25.1刷、493頁、2400円、を引っ張り出しました。

この本、時系列で書かれているので、たいへん探しやすく、ありました、ありました、

「・・・と、のっけから総括的、断定的、攻撃的な喧嘩口調だ。『これでいいのか』と体制に、既存の支配勢力に、一気に食って掛かるような勢いだ。」(123頁)

という、実に嬉しくなるような牙をむきだした一文が燦然と輝いて、向こうからこちらの目のなかに飛び込んできたじゃないですか。これですよ、これ、不良少年にして怒れる狂犬トリュフォーなら、こうでなくっちゃいけません。噛みつけ噛みつけ、コノヤロー、片っ端からぶっころしちまえってんだよ。

いやいや、勝手に興奮している場合じゃありません。その先の一節を読んでみますね、キイワードを見つけて、その前後をこうして広げていくという読み方は、邪道であっても結構有効で合理的な方法です、「早わかり」のためには最適です。

「フランス映画の進歩とは、要するに脚本家と脚本の進歩、すなわち文学の名作(アンドレ・ジッドの小説「田園交響楽」、レイモン・ラディゲの小説「肉体の悪魔」等々)を映画化するための大胆な脚色法(それは文学と「等価」の映画的表現形式があるという傲慢な確信に基づいて「原作を裏切らずに、その文学的精神に基づいて創造する」というものである)、そして、ふつう難解とみなされる主題(とくに宗教的な問題にかかわる)にきわめて積極的に敏感に対応し、その(みせかけの)真摯さゆえに大衆が簡単に受け入れてくれることへの絶対的な確信にもとづくものなのである。」

なんだ、なんだ、こんな括弧ばかりあちこち挿入した文章なんて、読みにくくって意味が掴めないじゃないか、これじゃあまるでオレの書いたものと同じだっての、いったいお前は、なにを言いたいんだ(それに加えて、どういうヘタレな訳なんだこりゃ)などと鼻白んでいる場合じゃありません。

要するに「原作の主題を忠実に生かすようにすれば、失敗ない」といっているのだと思います。原作(の主題)を忠実・完全に脚本に写し取って再現できれば、原作のチカラ(主題)に守られて、映画も大過なく大衆に受け入れてもらえ、成功できるに違いないと、いままで名作といわれた映画は、そういうふうに作られてきたわけだけれども、はたして「それでいいのか」とトリュフォーは言っているのだと思います。「そんなもんは、映画なんかじゃねえや、バーロー」と。(誰彼構わず「噛みつく」トリュフォーだったら、これくらいの言い方がふさわしいかもしれません)

そして、そのあとには、こうも書かれています。

「そして、これらの大御所の脚本家たちの大胆で真摯な脚本の欺瞞に満ちた美徳を告発し、なで斬りにしてよくできた脚本によるよくできた映画を、ということは戦前からのフランス映画の良質の伝統を受け継ぐ、つまりはフランス映画の主流を、徹底的に批判し、過激に、まさに急進的に作家主義を主張しつつ、ヌーヴェル・ヴァーグを予告する、いわば革命前夜の論文であった。」

つまり、脚本をなぞるだけのものではない「映画のための映画」を作るべきだと言いたいわけなのでしょうね。なんだか、こうして文脈を追っていくだけでは、なんだかわけが分からなくなってしまいました。

そもそも、「禁じられた遊び」よりも「大人は判ってくれない」が決して優れている作品とは、どうしても思えない「信仰心」を欠いた自分などには、この気負った幼稚な文章の数々が見え透いてしまい、どこまでも「嘘っぽい」ものとしか感じられないから、もうひとつ分からないのかもしれませんが。

また旧友と会うことがあったら、今度は言い返してやろうと心に決めました、かれ、きっと逆上すると思います、なにしろヌーヴェル・ヴァーグ大好きの敬虔な信者ですから、カレ。やれやれ

(1952)監督・ルネ・クレマン、脚本・ジャン・オーランシュ、ピエール・ボスト、ルネ・クレマン、原作・フランソワ・ボワイエ『Les Jeux inconnus』、製作・ポール・ジョリ、音楽・ナルシソ・イエペス、撮影・ロベール・ジュイヤール、編集・ロジャー・ドワイア、
出演・ブリジット・フォッセー(ポーレット)、ジョルジュ・プージュリー(ミシェル・ドレ)、リュシアン・ユベール(ミシェルの父ジョゼフ・ドレ)、シュザンヌ・クールタル(ミシェルの母)、ジャック・マラン(ミシェルの長兄ジョルジュ・ドレ)、ロランス・バディ(ミシェルの姉ベルト・ドレ)、アメデ(ベルトの恋人フランシス・グアール)、ルイ・サンテヴェ(司祭)、ピエール・メロヴェ(ミシェルの次兄レイモン・ドレ)、アンドレ・ワスリー(フランシスの父グアール)、





☆☆ ☆

この小文を少しずつ書いていたここ1週間にさまざまな事件が起こりました。

そのもっとも大きな事件といえば、やはりパリの世界遺産「ノートルダム大聖堂」の消失でしょうか。

屋根の部分が大きく炎上し、猛烈な炎に煽られた尖塔が、またたくまに崩れ落ちるというリアルな光景は、あのツインタワービルの崩壊の瞬間を思い出させるほどの惨状を連想させて大きなショックを受けました。

記事によると、ノートルダム大聖堂が今の形になるまでには1163年の着工から、さらに200年を要したというのですから、内部の装飾の贅の凝らし方がいかに壮大で華麗なものだったかは、この「かかった時間」からでも想像できると思います、今年が何年であり、引き算が正確にできさえすれば、その加減乗除の法則によって、建築年数などすぐにも算出できるというものです。(できないのかい!?)

しかし、世界遺産に指定されたこれほどの建築物をいとも簡単に焼失させてしまうなんて、「いったい管理体制は、どうなってんだ」という怒りと苛立ちにまず最初に捉われたとき、現場に駆け付けたというマクロン・フランス大統領が記者の質問に答えている姿が、テレビの画面に大写しになりました。

彼は言いました「世界に呼びかけて大聖堂を再建する」と。

えっ~!?と、思わず拍子抜けし、つづいて、「このバカ、アホちゃうんか」と、思わず口走ってしまいました。条件反射的に「不意」に発してしまった生理的嫌悪の雄叫びだったので、もし仮にこの失礼な言葉を不快に思われる方がいらっしゃったとしたらどうぞお許しくを願いたく存じます。ついつい本音が・・・。

だって、そうですよね、重要文化財のこれだけの大火災です。まずは「けが人は?」と気遣い、テロの可能性も含めたうえでの故意の放火だったのか(厳戒態勢の緊急手配)、それとも不慮の失火だったのか(捜査)の両面から、それらを想定した防火体制の管理に不備はなかったか(他の文化財の防火管理体制は大丈夫かの緊急確認手配)、それとも人為的なミスだったのか、いや、そもそも最初から「管理」などという金のかかる余計なものなんてやってなかったのではないか(例の仕分け、あの大衆迎合・人民裁判の大いなる恥さらし、日本でもありました。その大罪を犯した仕掛け人がいまでもしゃあしゃあと政治家としてのさばっているのが理解できません)、工事規則なんてものは最初からなくて業者のやりたい放題に任せていて、燃えやすい木製の危険極まりないチープな足場を組んだその近くで、意識の低い工事関係者がタバコか煙の出るものをスパスパやらかして火のついている燃えかすをそのままポイ捨てしたとか、芋でも焼いたりしていなかったかなど工事人のモラルも含めたセキュリティの両面で調査・究明していくと、まずは言明するのが、一国の元首たる者のタシナミだと思うのに(なにも緊急性のない「再建」の話など、誰が考えてもずっとあとでいい話です)、金に取り憑かれた頭の回転も鈍そうなこの呑気な大統領は、言うに事欠いて、開口一番「世界から金を集めて再建しま~す」とかなんとか寄付金を募っている始末ですから、もうなにをかいわんやです。

こんなテアイしか一国の元首として据えられないような国民は、まったくもって不運というしかありません。だいたい発想自体が、植民地経営の大国気分が抜けきらない、どこまでも東洋人から富をかすめ取ることしか考えていない「ゴーン」的発想なんだよな。自分の財布と他人の財布の区別がつかず、ショーグンだかシャチョーだか知らないが、日本をナメタ勝手な名前をちゃっかり盗品に付けて澄ましているあのコソ泥のいかさまヤローを最初のうちは庇い立てていたこと(献金の鼻薬が効いていて首を横に振ることがどうしてもできなかったという事情もあったのでしょうが)を極東の島国のわれわれ東洋人はいまだ忘れていませんから。まったくあきれ返ってものが言えません。とにかくサイテーだよ、お前ら。一発そのドタマを張り倒して「ゴ~ン」とでもうたわしたろかい、オンドレ。除夜の鐘じゃねえや、ばかやろー。

わたしは言いたい、日本企業からネコババした金でこそこそ買った豪華クルーザー「社長号」に、えげつないリストラで失業に追いやられ、いまも苦しい生活を余儀なくされている元・社員たちの家族を、どうか・どうかその「社長号」とかに招待して乗せてあげてくださいませな。お願いしますよ、拘置所のゴ~ンさん!!

もし、ルイ=フェルディナン・セリーヌが生きていたら、「まあ、いずれにしても今回の大聖堂消失は、ずさんな安全管理の欠如か、それとも堕落したフランス社会に神がくだした鉄槌だな」とでも、きっと爽やかな毒を吐くに違いありません。(最初は、「天罰だな」と書いてみたのですが、そこまで言うなよと言われそうなので「鉄槌」に書き直しました。)



# by sentence2307 | 2019-04-19 15:16 | ルネ・クレマン | Comments(0)

教誨師

前回のブログでドキュメンタリー映画「マーロン・ブランドの肉声」の感想を書いた際、オードリー・ヘップバーンのデビューまでのエピソードを主題の導入部として迷わず使いました。

自分的には、この「迷わずに」という選択はごく普通の感覚だったので、そのことについて特に説明することもないと思っていたのですが、しかし、あらためて読み返してみると、やはり、この部分の「唐突感」はまぬがれません。

ヘップバーンもブランドも同時期に彗星のように現れ、同じように衝撃的なデビューをはたした稀有なスターという印象が強かったので、2人をつなぐためのことさらな「接続詞」など、ハナから不要と考えていたというのが、説明を端折った主たる理由です。

しかも、その生涯と、そして生涯の最後も、ともに、決して平穏だったり幸福だったりしたわけではなかったにしろ、生育したシビアな境遇と環境に精一杯あがらい、その生き難さを、あえて自ら求めて生きた部分は、同じ人間として尊敬に値するものと考え、どうしてもこのふたりの生きざまを並列的に書いてみたかったのだと思います。

それらは、ともに、あえて求めなければ、波乱にも不運にも見舞われることもなかったはずのもので、だから一層無残な思いにさせられたのですが、その一方で、(自分もふくめて)そのような困難などあえて求めることなく、無難な場所で平穏に幸福に暮らしている人なら幾らでもいることの理不尽さに反発を感じた部分も確かにありました。

しかし、この「マーロン・ブランドの肉声」という作品に出会ったのは、そもそも録画の予約を間違えての偶然(それにしては、ずいぶん不甲斐ない「偶然」ですが)から見ることになった映画なので、それを思えば最初からモチベーションなど不在の不甲斐ない経緯であったことには間違いなく、それについては猛省しているところです。

なにしろ、その期間で、意識的に見たまともな作品といえば、ジャ・ジャンクーの「一瞬の夢」1997くらいだったので、いかに自分が、いま現在の同時代映画に嫌気がさし始めていて「現実ばなれ」をおこしているかが分かろうというものです。

そんな感じでいたときに、早世した大杉漣の遺作「教誨師」をまだ見ていないことがずっと前から気に掛かっていたので、この機会に見てみることにしました。

この映画、終始、拘置所の面会室において、死刑囚たちとの会話のやり取りだけで展開する教誨師のお話です、まあ、異色と言えば異色の作品ですが、「映画なら、もうひとつ、そのさきを見せてほしい」という正直な感想を持ちました。

ここには、6人の死刑囚が登場し、日々それぞれに何気ない会話が交わされる場面が延々と続いていくわけですが、しかし、演出にしても観客にしても、緊迫感を欠いたその「何気なさ」に流されてしまうと、そこには単なる「なにものでもない映画」を見てしまうことになるのではないかという危惧を感じました。

ここに登場する6人の人間は、かつて(その切っ掛けが不運か凶悪かはともかく)殺人事件を起こし、裁判で死刑判決を受けて拘置所に拘禁され、いつ不意に死刑執行を言い渡されるかも分からない不安な極限状態に身を置いていて、日々「その瞬間」がやってくるのを恐れながら、その恣意的な「確実」をじっと待つしかないぎりぎり日常生活のなかで、日常的行事のひとつとして「教誨師」との面談があり、その「局面」(教誨師との面談)を自分の生き延びる数少ない、いや、もしかするとこれが唯一の突破口=手立てかもしれない「彼」を、いかに取り込み利用できるかと必死になって考えているはずです。

自己中心的な若者・高宮(玉置玲央)、おしゃべりな関西の中年女・野口(烏丸せつこ)、お人よしのホームレス・進藤(五頭岳夫)、家族思いで気の弱い父親・小川(小川登)、心を開かない無口な男・鈴木(古舘寛治)、気のいいヤクザの組長・吉田(光石研)。

おもねるとか、泣き落すとか、だますとか、脅し付けるとか、奇策としては虚を突いて真情を吐露するとか、あるいは駄弁によって主題をはぐらかし、韜晦をもって相手を篭絡するとか(おっと、これはわがブログの基本方針でした)。

一方の教誨師は、「受刑者の心の救済につとめ、彼らが改心できるように導く」という職務の大前提があって(映画ではそう言っていました)、したたかな死刑囚たちが秘める前述の企みとのその乖離のなかで、虚々実々とまではいいませんが、彼らの「命の利害」がかかった土壇場の必死の駆け引き(この次元で、もはやこの設定自体が「軋轢」です)にさらされ、あるいは挑まれたとき、教誨師はどう対応するのか、はたして「受刑者の心の救済に務め、彼らが改心できるように導く」というきれいごとのタテマエだけで対応して課せられた職務が全うできるだろうかというのが、この作品を見ながらずっと考え続けたことでした。

そして、作品を見終わったあと、やはり、これは教誨師という仕事を誠実に対応しようとしたひとりの男の困難を描いた映画なのだろうなという最終的な印象を持ちかけたとき、いや、待てよと、自分の中でその印象を拒む思いを払拭できないものがあることにも気が付きました。

この教誨師の主人公が為したこの映画で描かれている一連のいきさつを、たとえ「困難」と描かれていたとしても、なにも「失敗」したわけではありません、たとえ、面談したそれぞれの死刑囚たちにやり込められ、なにもコクらなくてもいいような過去まで思わず告白し、恫喝されておびえ、戸惑い、うろたえながらも、この教誨師の主人公は実に立派に、これら不特定な「彼」の死刑執行の時までどうにか間を持たせ、とにかく時間を稼ぎ、死刑台に送ることができたのですから、彼の仕事は「成功」したと言ってもいいのではないかと思えてきたのです。

それこそが、死刑囚たちのしたたかな「手練手管」に対する教誨師の精一杯の、そして、計算しつくされたしたたかな「手練手管」だったのではないかと。

しかし、この映画自体は残念ながら、そこまで描いていたわけではありませんでした。というか、そういう終わり方はしていませんでした。

お守りのように大切に持っていたグラビアページ(水着アイドル)の片隅に書き込まれた死刑囚のメッセージ、それは文字を書けなかった彼が、生れてはじめて書いたメッセージで、「あなたがたのうち、だれがわたしに、つみがあるとせめうるのか」と書かれていて、しかし、それをどのように解釈したらいいのか、呆然として歩み去るその場面の教誨師の表情をどうしても読みとれず、「残念」だけが残ってしまった自分には、判断できようはずもありませんでした。

死刑執行に失敗し、心神喪失状態におちいった死刑囚に、彼自身(そもそも自分がなにものであるのか)と彼の犯した「犯罪」を思い出させるために(「心神喪失状態」だと死刑執行は停止されます)、その犯罪を犯さなければならかった無残な「過去」へとたどり、日本の抑圧と差別の爛れた歴史をあからさまにして、国家権力の支配と抑圧のシステムを巧みにあばいた大島渚の「絞死刑」が自分の中に強く刻印されているかぎり、これからもずっと、この手の中途半端に不全な作品には、同意できようはずもありません。

(2018)監督・脚本・原案・佐向大、エグゼクティブプロデューサー・大杉漣、狩野洋平、押田興将、プロデューサー・松田広子、撮影・山田達也、照明・玉川直人、録音・整音・山本タカアキ、美術・安藤真人、衣装・宮本茉莉、ヘアメイク・有路涼子、編集・脇本一美、助監督・玉澤恭平、制作・古賀奏一郎、製作会社・TOEKICK☆12、ライブラリーガーデン、オフィス・シロウズ
出演・大杉漣(教誨師・佐伯保、少年時代・杉田雷麟)、玉置玲央(高宮真司)、烏丸せつこ(野口今日子)、五頭岳夫(進藤正一)、小川登(小川一)、古舘寛治(鈴木貴裕)、光石研(吉田睦夫)、青木柚(佐伯健一)、藤野大輝(長谷川陽介)、




【参考 日本編「著名教誨師」列伝】 by wiki

★留岡 幸助(とめおか こうすけ、1864年4月9日(元治元年3月4日) - 1934年(昭和9年)2月5日)は、日本の社会福祉の先駆者で、感化院(現在の児童自立支援施設のこと)教育の実践家。牧師、教誨師。東京家庭学校、北海道家庭学校の創始者として知られる。石井十次、アリス・ペティ・アダムス、山室軍平とともに「岡山四聖人」と呼ばれる。
留岡自身は「感化」という呼称や概念を「不遇ゆえに触法に追い込まれてしまった子どもに対する、大人と子どもという力の上下関係を元にした、卑しい意味での慈悲のあらわれ」と嫌っており、自身の事業は「個人の考え方を論も無く押し付けて変えさせる『感化』などではなく、子どもに家族の在り方や人としての愛情を対等の立場から共に論を立てて教え学び合うための『家庭教育』である」としている。
<生涯>
備中国高梁(現・岡山県高梁市)に生まれる。吉田万吉、トメの子の6人兄妹の次男として生まれ、生後まもなく、留岡家の養子となる。留岡家は、米屋を営んでいた。子供同士の喧嘩で武家の子供を怪我させ、商いに支障が出て、養父から厳しい折檻を受け、家出。高梁にある日本基督組合教会のキリスト教会に逃げ込み、その伝で福西志計子の元に匿われ、さらに福西により岡山市にいた金森通倫の元に保護され、のち18歳で上代知新牧師より正式な洗礼を受ける。
徴兵検査は不合格、1885年(明治18年)同志社英学校別科神学科邦語神学課程に入学。新島襄の教えを受ける。京都での学生時代、徳富蘆花と交友を結ぶ。彼の小説『黒い眼と茶色い眼』の中に登場する「邦語神学の富岡君」は留岡がモデルだといわれる。1888年(明治21年)卒業後、福知山で教会牧師となる。
1891年(明治24年)北海道市来知(いちきしり)の空知集治監の教誨師となる。1894年(明治27年)から1897年(明治30年)にかけてアメリカに留学。コンコルド感化監獄で実習、その後、エルマイラ感化監獄ではブロックウェーに直接指導を受ける。
帰国後、国内でも感化院(家庭学校)の設立のために奔走する。1899年(明治32年)、ようやく資金の目処もつき、巣鴨に土地を購入し、家庭学校を設立。留岡は、また牧会者として霊南坂教会に所属し、「基督教新聞」の編集を行った。
感化院としては、これ以前に1885年に高瀬真卿の東京感化院、その翌年1886年の千葉県仏教各宗寺院連合の千葉感化院がある。前者は神道、後者は仏教精神によるもの。(それ以前にも池上雪江の活動も挙げられる)ただし上述の通り留岡自身は「感化」という概念を嫌い、それとは異なる感化概念の構築を目指したため、それ以前の「感化教育」と家庭学校以降の「感化教育」(家庭教育ないしは児童自立支援教育)を同一のものとして扱うべきかは意見が分かれる。
1900年(明治33年)、最初の妻であった夏子と死別。のち高梁時代の伝で順正女学校卒業後、巣鴨家庭学校に就職していた寺尾きく子と結婚。
1914年(大正3年)、北海道上湧別村字社名淵(かみゆうべつむら、あざしゃなぶち)に国有地の払い下げを受けて、家庭学校の分校と農場を開設。1915年(大正4年)11月9日、藍綬褒章を受章(『官報』第993号、大正4年11月23日)。
1922年(大正11年)には神奈川の茅ヶ崎にも家庭学校の分校を作るがこちらはまもなく関東大震災で建物が倒壊して、1933年(昭和8年)閉校となる。留岡はこの間、北海道と巣鴨を行き来しながら、二つの学校を指導監督する。
1931年(昭和6年)巣鴨の家庭学校本校で、奉教五十年を祝う感謝の会が開かれ、彼は徳富蘇峰と会談中に脳溢血で倒れる。1933年(昭和8年)にきく子夫人が死去。留岡は家庭学校の名誉校長に就任し、現場から退く。二代目の校長に就任したのは、牧野虎次である。1934年(昭和9年)2月5日、旧友・徳富蘆花の住まいに程近い東京・上祖師谷の自宅で死去。
留岡の死後34年経って北海道家庭学校は、1968年(昭和43年)社会福祉法人の認可を受け、東京の家庭学校から分離、独立した施設となった。
<親族>
三男 留岡幸男(内務官僚・警視総監・北海道庁長官)
四男 留岡清男(北海道大学教授・北海道家庭学校長)
<留岡幸助を扱った作品>
『大地の詩 -留岡幸助物語-』2011年4月9日公開の日本映画。留岡幸助を村上弘明が演じる。監督は山田火砂子。
<参考文献>
同志社大学人文研究所編『留岡幸助著作集』全5巻、同朋舎、1978年
高瀬善夫『一路白頭ニ到ル 留岡幸助の生涯』岩波新書、1982年
室田保夫『留岡幸助の研究』不二出版、1998年
二井仁美『留岡幸助と家庭学校 近代日本感化教育史序説』不二出版、2010年
兼田麗子『福祉実践にかけた先駆者たち-留岡幸助と大原孫三郎』藤原書店、2003年
倉田和四生『留岡幸助と備中高梁 石井十次・山室軍平・福西志計子との交友関係』吉備人出版、2005年

★藤井恵照(ふじい えしょう、1878年〈明治11年〉1月11日 - 1952年〈昭和27年〉12月26日)は 浄土真宗本願寺派僧侶、教誨師(東京監獄〈のちの市ヶ谷刑務所〉の教誨師。更生保護施設の創設に尽力した。刑務教誨事業研究所〈刑務教誨司法保護事業研究所の前身〉の設立・育成もその一つである)。広島県福山市(旧沼隈郡)の正光寺出身。
<経歴>(『真宗人名辞典』290頁)
1878年(明治11年)広島県福山市の浄土真宗本願寺派正光寺生れ。
1900年(明治33年)本願寺大学林(現在の龍谷大学)卒業。
1902年(明治35年)京都監獄での教誨実習生に任ぜられ、その後、本願寺派遣の内務省警察監獄学校留学生となる。市谷監獄の教誨師であった河野純孝を訪ね、大きな感化を受ける 
1904年(明治37年)台南監獄教誨師事務嘱託に就き、1909年(明治42年)以降、高松(1909年〈明治42年〉)、小菅(1915年〈大正4年〉)、東京(1918年〈大正7年〉)、豊多摩、市谷の監獄や刑務所の教誨師を歴任。
1936年(昭和11年)東京保護観察所の保護司。
1938年(昭和13年)東京保護観察所の保護司退官。
1939年(昭和14年)法務大臣官房保護課事務嘱託(司法保護委員の指導)。
1940年(昭和15年)司法大臣表彰。
1950年(昭和25年)藍綬褒章受章。
この間、保護施設の台南累功舎の創立、高松讃岐修正会と東京の小菅真哉会の整備。1926年(大正15年)、両全会、帝国更新会と和敬会母子寮の創立に当たる(『真宗人名辞典』290頁)。刑務所内の売店の権利を獲得して保護事業の資金にするなどのアイデアマンの一方、自宅官舎の一室を事務所兼施設代わりで母子寮を創始し、逝去するまで家族と共に施設内に住み込むなどこの道に献身した(山下存行『更生保護史の人びと』275-281頁、『教誨百年』下巻 浄土真宗本願寺派本願寺 真宗大谷派本願寺112頁、『龍谷大学論集』242-243頁)。1952年(昭和27年)、東京信濃町両全会において還化。行年77歳(『死刑囚物語』1951年、160頁)。
<更生保護施設の創設>
a)両全会(現、更生保護法人 両全会)
日本を代表する更生保護施設のひとつ。1917年(大正6年)、東京監獄(後の市ヶ谷刑務所)の教誨師であった藤井恵照により創設された女性のための更生保護施設。女子釈放者のために自分の官舎自室を事務所として解放。収容保護も自室をあてる。更生のための収容保護と指導を始めたのが起源。1926年(昭和元年)に新宿区信濃町に2階建て木造一棟を購入し収容保護施設を開設。家族と共に入居し、1952年(昭和27年)還化まで施設にとどまる。(『教誨百年』下巻 浄土真宗本願寺派本願寺 真宗大谷派本願寺 112-124頁)1998年(平成10年)、現在の渋谷区代々木神園町に新築、移転。
b)帝国更新会(現、更生保護法人 更新会)
1926年(大正15年)、「起訴猶予者・執行猶予者の更生保護団体」として大審院検事の宮城長五郎と教誨師の藤井恵照によって、起訴猶予者と執行猶予者を対象に、東京芝区(現港区)田村町に創設。経営責任者。日本刑事政策史としても大書に値する画期的保護事業。1931年(昭和6年)、思想部を併置して、思想事犯者の保護開始。1945年(昭和20年)、西早稲田に本部を統合(『教誨百年』下巻 浄土真宗本願寺派本願寺 真宗大谷派本願寺 124-125頁)。1996年(平成8年)、更生保護事業法施行に伴い「財団法人」から「更生保護法人」に法人名を変更。
c)和敬会(現、社会福祉法人 和敬会)
両全会の姉妹団体。1937年(昭和12年)に和敬会母子寮と和敬保育園の創設。刑務所在所中の者の家族に対する保護。
d)刑務教誨事業研究所
設立育成。のちに刑務教誨司法保護事業研究所を発足。
<信念>保護の裏付けなくして刑務教誨の徹底は期し得ない(『教誨百年』下巻 浄土真宗本願寺派本願寺 真宗大谷派本願寺120頁)。
<その他>両派本願寺は何かにつけ、ややもすると対立的傾向にあったとみなされるなかにあって、刑務教誨に関する限り、同心一体の姿で事に当たり、業績を上げたことも、同氏の宗我を離れた政治的手腕によるものである(『教誨百年』下巻 浄土真宗本願寺派本願寺 真宗大谷派本願寺 120頁)。
<著作>『死刑囚物語』(百華苑)、月刊誌「刑務教誨」発行

★本多まつ江(ほんだ まつえ、1889年(明治22年)12月25日 - 1969年(昭和44年)4月26日。教師であり、僧侶夫人、司法保護司、教誨師(名古屋拘置所の教誨師。晩年は『死刑囚の母』と讃えられた)。旧姓は赤羽。
<来歴>
長野県東筑摩郡神林村字下神(現・松本市)に赤羽吉弥の五女として誕生する。神林尋常小学校卒業。長野県立松本高等女学校を卒業したのち、東京九段の和洋女子専門学校(現和洋九段女子中学校・高等学校)に進学。卒業後は、市立松本女子職業学校、新潟県立長岡高等女学校経て、埼玉県立久喜高等女学校に奉職。久喜高女時代は、国立療養所多磨全生園で、見習い看護婦として勤労奉仕をしている。
川島芳子の養父で、同郷の川島浪速に請われ、1916年(大正5年)4月に芳子の家庭教師となる。当時、東京・赤羽(現在の十条あたり)にあった川島邸に、まつ江は住み込みで芳子の教育にあたった。家庭教師を始めた頃、芳子は、豊島師範附属小学校に入学している。
1921年(大正10年)川島一家が東京の家を引き払い、浪速の故郷である信州松本に転居した年の3月、まつ江は名古屋市中村区岩塚町「林高寺」の住職・本多恵孝と結婚。本多まつ江となる。しかし、挙式後1ヶ月した頃にアメリカのコロンビア大学に単身留学をし、3年後の1924年(大正13年)に帰国するまで、夫とは別居生活をする。
1933年(昭和8年)「大日本連合女子青年団満州視察団員」として中国大陸へ渡り、芳子と再会している。日中戦争の間は、アジアからの留学生の援助をしていた。1938年(昭和13年)司法保護司を委嘱される。
1960年(昭和35年)名古屋拘置所の教誨師となり、晩年は『死刑囚の母』として讃えられた。癌性腹膜炎のため79歳で逝去。
<人物とエピソード>
川島芳子に対し、利害関係なく愛情を注いだ数少ない人物である。
芳子からは『赤羽のお母様』と呼ばれて親しまれ、芳子が甘えられる数少ない人物であった。
利発な芳子のことを考え、単なる家庭教師には終わりたくない気持ちもあり、まつ江は謝金を断ったという。
芳子は食事の時、まつ江の好物が膳に乗っていると、「わたし、これ嫌いだから赤羽のお母様召し上がって」と言って押し付けたという。芳子は何でも気のつく優しい子供だったそうが、ひねくれた愛情を見せる子だったのであろう。
まつ江は、当時にしてはインテリな女性であり、また国際的視野を持つ人物と思われる。
結婚直後に3年間の留学生活に入るという、行動力の裏には、僧侶である夫の絶大な信頼関係があったからであり、その信頼関係は終生変わらなかったという。
1933年(昭和8年)の再会の時は、芳子は事前にまつ江に手紙を出し、「久しぶりにお母様に会へると思ふと、飛びあがりたくなるようにうれしゅうございます。お出での時には、栄泉堂の最中と甘納豆をドッサリ買って来てね」と書いている。
戦後、逮捕された芳子の獄中からの書簡の中に、「このわたしが死んだと聞いて、悲哀の涙にかきくれ、心から歎いて下さるのは、赤羽のお母様だらう」という、赤羽まつ江に関する記述がある。
蒋介石夫人の宋美齢とは、コロンビア大学で同じ留学生クラブだった。
芳子が戦後、軍事裁判で漢奸として処させると知るや、芳子の助命活動を始める。まずは松本の浅間温泉にいた芳子の養父・川島浪速を訪ね、散在している松本高女の卒業生を訪ね、東奔西走ののち、3千名以上の署名を集めた。その趣旨は「芳子はすでに日本人であるから、漢奸として扱うべきではない」というものだった。食糧難、交通難の中、親戚友人から寄せられた資金で上京。長年親交のある大妻コタカを訪ねて落ち着くと、政界の各方面に足を運んで援助を要請した。まず社会党の松岡駒吉、長野・愛知県選出の国会議員、川島浪速と懇意の頭山満の三男・頭山秀三、GHQの幹部などに再三訪問した。しかし、多大な協力によりいよいよ北京へ飛ぶ段取りがついた時、ラジオ放送で芳子の処刑を聞いて、精根尽き果てたまつ江は卒倒したという。
<栄典・表彰>
1962年(昭和37年)11月 日本宗教連盟理事長より表彰
1966年(昭和41年)7月 名古屋矯正管区長により感謝状授与
1969年(昭和44年)4月26日 勲六等瑞宝章
<関連文献>
本多まつ江顕彰会『松風の跡』本多まつ江顕彰会(非売品)1971年
渡辺龍策『川島芳子 その生涯 見果てぬ滄海』番町書房 1972年(単行本)
渡辺龍策『川島芳子 その生涯 見果てぬ滄海(うみ)』徳間文庫1985年
上坂冬子『男装の麗人・川島芳子伝』文藝春秋1984年(単行本)
上坂冬子『男装の麗人・川島芳子伝』文春文庫1988年 
上坂冬子『女たちが経験したこと 昭和女性史三部作』中央公論新社(新版)2000年

★田嶋 隆純(たじま りゅうじゅん、1892年〈明治25年〉1月9日 - 1957年〈昭和32年〉7月24日)は、チベット語に訳された仏教文献の精査解読とそれに基づくチベット訳と漢訳の仏典対照研究の先駆けとなった仏教学者。大正大学教授。真言宗豊山派大僧正。教誨師(花山信勝の後を受けて巣鴨プリズンの教誨師になる。『代受苦』〈地蔵菩薩の身代りの徳〉の活動が多くの戦犯者から感謝され、『巣鴨の父』と慕われた)。
大正末期、日本におけるチベット語の先駆者河口慧海に師事しチベット語を修得。昭和初期にフランスに渡りソルボンヌ大学に留学。チベット訳の『大日経』や曼荼羅の研究に学績を残した。
また大戦後、花山信勝の後を受けて巣鴨拘置所の教誨師となり、刑場に臨む戦犯に寄り添い処刑に立ち会うとともにBC級戦犯の助命減刑嘆願にも奔走した。その「代受苦」(地蔵菩薩の身代りの徳)の活動が多くの戦犯から感謝され、「巣鴨の父」と慕われた。
田嶋が出版に尽力した『世紀の遺書』(1953、巣鴨遺書編纂会)は大きな反響を呼び、その益金の一部によって東京駅前広場(丸の内南口)に「愛(アガペ)の像」が建てられ、巣鴨で処刑された戦犯らの平和への想いの象徴となった。「愛の像」のなかには本書が納められた。
<経歴>
1892年(明治25年)1月9日、栃木県下都賀郡(現在の栃木県栃木市都賀地域)で農家の四男に生れ、13歳の時、栃木市満福寺(当時、新義真言宗智山派)の長澤泰純のもとに入室。生来頭脳明晰で、常用経典の読誦や、弘法大師の主著『十巻章』や漢籍の素読に目を見張るものがあった。14歳の時、永見快賢(後の護国寺貫首)に随い得度。
1911年(明治44年)上京し、護国寺の豊山中学(現・日本大学豊山中学校・高等学校)・豊山派尋常学院に学ぶ。豊山中学を卒業後、護国寺の援護のもと、1919年(大正8年)豊山大学(現・大正大学)本科を卒業。同時に研究科(今の大学院)に進み、教授・荻原雲来の薦めにより河口慧海に師事しチベット語並びにチベット訳仏教文献を学び、『大日経』のチベット訳と漢訳の対照研究に励んだ。
1922年(大正11年)研究科を修了。その時の論文が後に出版される『蔵漢対訳大日経住心品』である。同年、豊山大学講師。1925年(大正14年)、満福寺の新師・長澤泰隆の長女フミと結婚。1927年(昭和2年)、大正大学助教授。1928年(昭和3年)、同大学教授。折しも『中外日報』紙上で、師の河口慧海が高野山大学教授・栂尾祥雲の『曼荼羅の研究』(1927、高野山大学出版部)の問題点を指摘。師の後を受け論拠を挙げて批評したところ、栂尾も田嶋の『蔵漢対訳大日経住心品』を厳しく批判。お互いに譲らず真摯な学術論争が半年続いた。
1931年(昭和6年)ソルボンヌ大学に留学。1934年(昭和9年)3月、弘法大師1100年御遠忌を機に、パリ東洋語学校のポール・ドミエヴィルやハーバード大学のセルゲイ・エリセーエフなどの協力のもと、ギメ東洋美術館新講堂で記念講演を行い、続いて「弘法大師の教義と両部曼荼羅」と題しての連続講演を行った。これを縁に東洋学のシルヴァン・レヴィやアルフレッド・フーシェと知遇を得、その指導のもとで仏文の『大日経の研究』を上梓し学位論文とした。4年10ヵ月の留学中、折からパリに滞在していた『放浪記』の林芙美子や考古学者の森本六爾たちとの交遊もあった。
1936年(昭和11年)帰国し、師・長澤泰隆の後継として高平寺(現・栃木市岩船地域)に入る。1941年(昭和16年)、宗教関係者や代議士らとともに渡米し、日米開戦回避と平和維持をアメリカ各地で訴える。1942年(昭和17年)、東京江戸川区小岩の正真寺(真言宗豊山派)に移る。
戦後、1945年(昭和20年)から、大正大学文学部長・図書館長・仏教学部長・真言宗研究室主任などを歴任。1949年(昭和24年)、花山信勝の後を受け巣鴨拘置所の教誨師となる。大学の講義中、突然会いに来たアメリカ兵から受諾を要請されたという。
1951年(昭和26年)教誨活動・助命減刑嘆願・戦犯遺族との連絡・世界宗教者会議への提訴・国連軍への輸血協力等々による過労のため巣鴨拘置所で倒れ、以後亡くなるまで肢体言語不自由の闘病生活となる。
1952年(昭和27年)巣鴨拘置所において田嶋の還暦祝賀会が行われ、「教誨師の還暦を祝う会が獄舎で行われたことがあるだろうか」「日夜、死と対決して生きる苦しみに悶える死刑の友を、生きる喜びに導いた<菩薩の変化(へんげ)>と思われる最高の師」といわれた。
1953年(昭和28年)田嶋の尽力により、戦犯と家族の遺書・遺稿701篇を集めた『世紀の遺書』が刊行され、その益金によって、1955年(昭和30年)、東京駅丸の内南口広場に「愛(アガペ)の像」が建てられた。「愛」の字を田嶋が揮毫している。
1957年(昭和32年)65歳で遷化。葬儀には旧戦犯やその家族、巣鴨プリズン関係者らが多く参列した。
弟子に柴崎徳純(栃木市太山寺)、釈昭純(東京葛飾区普賢寺、葛飾区議会議員)、義弟に長澤實導(仏教学者、大正大学教授、智山教化研究所初代所長、文博、真言宗智山派満福寺第29世)がいる。
<関連資料>
田嶋隆純『蔵漢対訳 大日経住心品』新興社(1927年)
田嶋隆純『仏文 両部曼荼羅及密教教理』田嶋隆純遺著刊行会(1959年)。新版1984年
『世紀の遺書』巣鴨遺書編纂会(1953年)
大岡昇平『ながい旅』新潮社(1982年)。新潮文庫、角川文庫で再刊
田嶋信雄『田嶋隆純の生涯』隆純地蔵尊奉賛会(正真寺、2006年)。著者は後任の住職

★花山 信勝(はなやま しんしょう、1898年(明治31年)12月3日 - 1995年(平成7年)3月20日)は、日本の仏教学者、浄土真宗本願寺派の僧侶。東京大学名誉教授。教誨師(1946年〈昭和21年〉2月から巣鴨プリズンの教誨師となり、東條英機ら7名のA級戦犯の処刑に立ち会った)。

<概要>
石川県金沢市生まれ。第四高等学校卒、東京帝国大学印度哲学科卒。大学院で日本仏教史を専攻し、東洋大学教授、東京大学文学部教授、國學院大學教授等を歴任する。1935年(昭和10年)、『聖徳太子御製法華経義疏の研究』で学士院恩賜賞を受賞。
1946年(昭和21年)2月から巣鴨拘置所の教誨師となり、東條英機ら七人のA級戦犯の処刑に立ち会い、その時の模様を『平和の発見-巣鴨の生と死の記録』に記した。東條は、「米国憲兵と一緒に合掌するのも仏縁だね」と笑っていた、と語った。なお被告の重光葵の手記『巣鴨日記』には、長期間の収監で精神的に消耗していた被告たちにとって、花山との接触はひとつの救いでもあった、という旨の記述がある。(『文藝春秋』1952年(昭和27年)8月号掲載、翌年に文藝春秋新社刊)
<家族>
長男の花山勝道は、金沢で浄土真宗本願寺派「宗林寺」の住職を務めた。
次男の花山勝友は仏教学者、武蔵野女子大学副学長を務めたが、父の後を追う形で同じ年に病没した。なお次男勝友や門下生達との座談会での回想が、『東方学回想 Ⅵ 学問の思い出〈2〉』(刀水書房、2000年)に収録。
<著書>
『聖徳太子御製法華義疏の研究』 東洋文庫, 1933
『聖徳太子の仏教』 仏教年鑑社, 1936
『聖徳太子と日本文化』 日本文化協会、1937
『日本の仏教 内閣印刷局』(国体の本義解説叢書), 1942
『憲法十七条の精神』 厚徳書院, 1943
『日本仏教』 三省堂, 1944
『勝鬘経義疏の上宮王撰に関する研究』 岩波書店, 1944
『白道に生きて』 北方出版社, 1948 (顕真叢書 ; 1)
『平和の発見 巣鴨の生と死の記録』 朝日新聞社, 1949
『「巣鴨の生と死 ある教誨師の記録」』 中公文庫, 1995
『万世を照らすもの-仏教学徒の記録』 酣灯社, 1949
『永遠への道 わが八十年の生涯』 日本工業新聞社, 1982
『聖徳太子と憲法十七条』 大蔵出版, 1982
『太平洋戦争とお念仏』 国際真宗学会, 1986
<訳註・校訂>
『法華義疏 聖徳太子』 岩波文庫上下, 1931-33 改版 1975
『往生要集 源信』 小山書店,1937 岩波文庫(旧版),1942、復刊1988、復刻版一穂社,2004 
『勝鬘経義疏 聖徳太子』 岩波文庫, 1948、復刊1988ほか/改訂新版吉川弘文館 1977
『維摩経義疏 聖徳太子』 百華苑, 1971 改訂版 1980
『上宮聖徳法王帝説』 狩谷エキ斎(棭齋)證註、岩波文庫(共注),1941 復刊1988

★加賀尾 秀忍(かがお しゅうにん、1901年1月5日 - 1977年5月14日)は、昭和期に活躍した真言宗の僧侶。フィリピン・モンテンルパの戦犯刑務所で教誨師として尽力したので『モンテンルパの父』と慕われた。
<概要>
1901年1月5日、岡山県真庭郡落合町の極楽寺に生まれる。落合尋常小学校を卒業後、おなじ落合にある木山寺に入り、住職の高藤秀本に師事し漢籍・経文を習った。1929年、真言宗京都大学を卒業して真言宗の僧侶となる。宝蔵院の住職をつとめたのち、高野山東京別院の副主監となる。
1949年11月4日、フィリピン・マニラ郊外のモンテンルパにある、当時、戦犯刑務所だったニュー・ビリビット刑務所に、病気のため早期帰国した安達本識(あだち・ほんじき)教誨師の後任として赴任する。当初、6ヶ月の任期であったが、自ら無給で残ることを決め、死刑判決を受けて、処刑の瀬戸際に立つ日本人戦犯の助命活動にたずさわる。ダグラス・マッカーサー元帥などの、当時の日本の指導者たちに助命嘆願書を提出するも、1952年1月19日には、明らかに無実の者もいる日本人BC級戦犯14名の処刑に立ち会う。3月半ばのある日、戦犯たちと会議をもち日本への世論喚起のため、歌の作成を提案する。こうして完成した歌は、死刑囚である代田銀太郎作詞で、同じく死刑囚の伊藤正康作曲の『モンテンルパの歌』と題がつけられて日本へ郵送された。
そして、この歌はNHKラジオ「陽気な喫茶店」で紹介され、たまたまゲストとして出演していた歌手の渡辺はま子の目にとまった。そして当時、鎌倉にあった自宅に帰ると、すぐにピアノで試し弾きをやってみて、望郷と帰国の念に駆られる感じ漂う哀しいリズムの歌であることを知った。そして、自分がかつて、戦争協力者として台湾や中国大陸各地の前線や基地、軍の病院を歌で慰問して巡っていた頃の自分を責め、生涯をかけてこの歌を歌っていこうと心に決めると、さっそく曲の手直しと編曲にとりかかった。具体的には当初、5番から成っていたものを2番削除して3番構成とした。そして曲名も『あゝモンテンルパの夜は更けて』と改められて発表された。レコードも宇津美清とのデュエットで吹き込んだものがビクターレコードから発売され、20万枚の売り上げを記録するなど大ヒットする。当時のローマ法王のピウス12世に協力要請を行い、フィリピン大統領へのメッセージが実現し、フィリピン大統領との会見が実現する。1953年5月、当時のフィリピン大統領エルピディオ・キリノと面会した。そして、このときに『あゝモンテンルパの夜は更けて』のオルゴールをプレゼントする。大戦末期に行われたマニラ市街戦で、妻や子を日本軍に殺害されていたキリノ大統領も、オルゴールの中の曲の作詞作曲が2人の日本人戦犯であることを加賀尾氏より知る。そして、会見から1ヶ月後の6月27日、日本人戦犯の釈放が決定される。こうして1953年7月7日、フィリピン独立記念日の日、晴れて日本人戦犯の全員特赦と帰国が実現し、7月15日、処刑された戦犯兵士の遺骨17柱と、戦犯としてニュー・ビリビッド刑務所に収容されていた108名の元日本人兵士同胞とともに、現地時間の午後2時過ぎに帰還船「白山丸」(日本郵船所属の貨客船)でマニラを出港し、7日後の7月22日朝、横浜港大桟橋着で日本に帰国する。
その後、日本国内で僧侶として活躍しながら、『13階段と平和』と題して講演活動を行う。1973年には、日比親善に功労があったとして、勲三等旭日中綬章を授与された。
1977年5月5日朝、岡山県井原市の自坊で3度目の脳出血を発症して倒れる。倉敷市の倉敷中央病院に入院するも、5月11日重篤に陥り、3日後の5月14日午前12時22分、死去する、享年76歳。
<演じた人物>テレビドラマ・・・小日向文世『戦場のメロディ 〜108人の日本軍兵士の命を救った奇跡の歌〜』(2009年9月12日、フジテレビ)薬師丸ひろ子演じる渡辺はま子が主人公となっているものの、処刑立会いのシーンや歌作り提案の場面など、加賀尾秀忍が登場する重要な場面も少なからずある。
<著作>
モンテンルパに祈る 1953年 富士書苑

★道城 重太郎(どうじょう じゅうたろう、1905年(明治38年)5月26日 - 1980年(昭和55年)2月6日)は、牧師、日本イエス・キリスト教団の第2代目委員長。教誨師(神戸刑務所教誨師)。
<生涯・初期>
福岡県京都郡蓑島村に生まれる。1923年(大正12年)に日本メソジスト教会行橋教会で求道を始め、梶原景虎牧師の指導を受ける。
<入信・献身>
伝道会で沢村五郎の説教を聞いて新生を体験する。1923年11月フィリップ宣教師より洗礼を受ける。1925年(大正14年)日本伝道隊御影聖書学舎(現、関西聖書神学校)に入学し、神学を学ぶ。
<日本伝道隊牧師>
1926年に神学校を卒業して岡山独立教会へ赴任する。1930年(昭和5年)に小林静英と結婚する。1935年(昭和10年)正教師の按手礼を受ける。翌年、明石人丸教会に赴任する。
<日本イエス・キリスト教団>
1951年(昭和26年)に日本イエス・キリスト教団が創設される時に教団の設立に参与する。1958年(昭和33年)まで教団の副委員長として、小島伊助委員長を補佐する。1958年より日本イエス・キリスト教団第2代目委員長として、1965年(昭和40年)まで教団を指導した。
1961年(昭和36年)には日本イエス・キリスト教団代表として新改訳聖書刊行協力会に加わる。
神戸刑務所教誨師、関西聖書神学校の講師としても活躍した。1980年(昭和55年)に現職のまま死去する。
<参考文献>『日本キリスト教歴史大辞典』教文館、1988年

★大谷 光照(おおたに こうしょう、1911年(明治44年)11月1日 - 2002年(平成14年)6月14日)は、日本の宗教家で浄土真宗本願寺派第23世宗主、伯爵。諱は光照。法名は勝如上人。院号は信誓院。 昭和天皇の従兄弟にあたる。教誨師。
<経歴>
第22世法主大谷光瑞(鏡如上人)の実弟大谷光明 (浄如上人)の長男として京都府京都市で誕生した。母は九条道孝の七女紝子(きぬこ)、紝子の姉は大正天皇皇后(貞明皇后)の節子。
1914年(大正3年)、西本願寺の疑獄事件に端を発して光瑞が法主の座を引退、弟の光明に継承権があったが、光瑞が遠慮を求めて光明も就任を辞退した。新々門であった光照は当時4歳であったため、大谷家側近(近松尊定、六雄澤慶など)が4代にわたり管長代理を務めた。1927年(昭和2年)に得度して第23世法主を継職。以後50年の間、本願寺派教団の陣頭指揮にあたった。
その後、旧制第一高等学校を経て1935年(昭和10年)に東京帝国大学文学部東洋史学科卒業。1937年(昭和12年)4月、徳大寺実厚長女の嬉子と結婚。1977年(昭和52年)、門主を引退し前門となる。
<戦前戦中の活動>
青年法主光照は、昭和の戦時下の教団を指導した。1933年(昭和8年)には声明集の改定に取り組むなどする一方で、1941年(昭和16年)に宗制を改定、従来神祇不拝を旨としていた宗風を放棄し、「王法為本ノ宗風ヲ顕揚ス是レ立教開宗ノ本源ナリ」と宣言。国家神道と結びついた「戦時教学」を推進した。
特に、親鸞の著作に皇室不敬の箇所があるとして該当部分を削除するよう命じたり(聖典削除問題)、門信徒に戦争協力を促す消息(声明)を発して戦時体制を後押しした。戦時中に発布された消息では、天皇のため命を捧げよと次のように説いている。 「凡そ皇国に生を受けしもの誰か天恩に浴せざらん、恩を知り徳に報ゆるは仏祖の垂訓にしてまたこれ祖先の遺風なり、各々その業務を格守し奉公の誠を尽くさばやがて忠君の本義に相契ふべし、殊に国家の事変に際し進んで身命を鋒鏑におとし一死君国に殉ぜんは誠に義勇の極みと謂つべし、一家同族の人々にはさこそ哀悼の悲しみ深かるべしと覚ゆれども畏くも上聞に達し代々に伝はる忠節の誉を喜び、いやましに報國の務にいそしみ其の遺志を完うせらるべく候」
光照自身も度々軍隊慰問を行い、南京攻略戦直後には自ら南京に入城し犠牲者追弔会を行った。教団も戦争協力の名目で大量の戦時国債を購入し、戦後の教団財政の危機を招くこととなった。今日、「戦時教学」を推し進め、その指導的立場にあった光照らの戦争責任を問う声もある。
西本願寺は敗戦後GHQの指導のもとで、宗制の改革を行い、宗主の権限を縮小し、西本願寺の象徴的存在へと変更となる。1945年(昭和20年)まで、法主または門跡と呼称されたが、1946年(昭和21年)より、門主と改称される。
<戦後の主な活動>
1946年(昭和21年)管長制廃止などの教団制度改革を実施
1948年(昭和23年)蓮如上人450回遠忌法要
1961年(昭和36年)親鸞聖人700回大遠忌法要
1973年(昭和48年)親鸞聖人誕生800年・立教開宗750年慶讃法要
<主な職歴>
1952年(昭和27年)第2回世界仏教徒会議名誉総裁
1955年(昭和30年)全日本仏教会会長
1956年(昭和31年)全国教誨師連盟総裁
1961年(昭和36年)全日本仏教会会長(2回目)
1962年(昭和37年)財団法人全国教誨師連盟総裁
1969年(昭和44年)全日本仏教会会長(3回目)
1970年(昭和45年)世界宗教者平和会議京都大会名誉総裁
<人物>
門主在任中には、正信偈の改譜をはじめ、法式規範などを着々と整備していったことからも伺えるように、儀式儀礼には非常に厳格な面があった。
趣味は切手収集、テニス、ゴルフ好きでも知られた。
<著書>
『唐代の仏教儀礼』(有光社、1937年)
『「法縁」抄 : 勝如上人の九十年』(本願寺出版社、2002年7月

★古川 泰龍(ふるかわ たいりゅう、1920年8月23日 - 2000年8月25日)は、日本の真言宗の僧侶。教誨師(福岡刑務所の死刑囚教誨師。死刑囚の冤罪撤回運動に尽力した)。
<生涯>
真言宗の僧侶の子として、佐賀県に生まれる。
高野山専修学院を卒業し、佐賀県藤津郡塩田町の真言宗常在寺の住職となる。1952年より福岡刑務所で死刑囚教誨師を務める。福岡事件の2人の死刑囚と面会する。現場に赴き検証を進め冤罪と判断する。1961年より彼らの無実を訴えるため本格的に助命運動をはじめる。1975年に、完全無罪を主張している1人は、死刑執行となり、実行したが防衛行為であると主張している1人については、無期懲役となり、1989年に仮釈放となるが、古川泰龍は身元引受人となる。40年近く、福岡事件の真相を求める運動で、先頭に立つ。真相究明書『白と黒のあいだ』を、河出書房から出版する。
熊本県玉名市の立願寺に転居。1964年1月2日、冤罪救済支援のため訪ねてきた自称「弁護士」を、当時11歳の娘が強盗殺人指名手配犯の西口彰と見破り、警察に通報、翌日の逮捕に協力する(西口彰事件)。このいきさつが、フジテレビで1991年にドラマ化される(amazon.co.jp実録犯罪史・恐怖の24時間~連続殺人鬼~西口彰の最後)。このドラマでは、古川泰龍がモデルの人物を河原崎長一郎が演じる。逮捕後も、西口彰と手紙のやりとりを行い、書物の差し入れもする。
1965年、ベトナム戦争の泥沼化で、アメリカの戦争介入に反対する市民運動が世界各地に起こるが、「ベトナムに平和を!市民連合」の玉名の運動、「玉名ベ平連」の結成に家族で参加する(旧「ベ平連」運動の情報ページ-元「玉名ベ平連」の古川泰龍さん、8月25日に逝去)。1969年4月のベ平連九州地区懇談会の場所を提供するなどする。
1969年、「神戸シュバイツァーの会」会長の牧師の向井正からアルベルト・シュヴァイツァーの遺髪を授かり、1973年、「生命山シュバイツァー寺」を開山する。1986年に、この寺で生活したイタリア人神父のフランコ・ソットコルノラとの話で、カトリックの別院を設ける(与えられた死-シュバイツァー寺住職・古川泰龍、福岡事件再審請求を支える古川龍樹・龍桃さんに聞く)。
1984年、「日中戦争強制労働殉難者の慰霊塔」を建立する。中国に行き、南京大虐殺記念館での犠牲者の慰霊法要を行う(中華人民共和国駐日大使館-日本の友人が南京大虐殺犠牲者の慰霊法要)。
仏教の僧侶として、キリスト教関係者との対話も重視している。ローマ教皇のヨハネ・パウロ2世とも3回面会している(福岡事件再審請求を支える古川龍樹・龍桃さんに聞く)。
2000年8月25日に死去。80歳没。
<著作>
『福岡、中国人闇ブローカー殺し殺人請負強盗殺人事件真相究明書 - 九千万人のなかの孤独』(コスモス社、1963年→花伝社、2011年)
『白と黒とのあいだ - 福岡誤殺事件』(河出書房新社、1964年)
『「死」は救えるか 医療と宗教の原点』(地湧社、1986年)
『歎異抄 - 最後の一人を救うもの』(地湧社、1988年)
『叫びたし寒満月の割れるほど - 冤罪死刑囚と歩む半生』(法蔵館、1991年)
『「他力」を明かす - 続歎異抄・念仏のこころ』(地湧社、1992年) 4-88503-093-5
<論文>CiNii>古川泰龍

★岡村 又男(おかむら またお、1931年 - )は、日本の牧師。横須賀中央教会担任牧師、日本聖書刊行会理事長、日本同盟基督教団顧問、久里浜少年院教誨師。群馬県生まれ。教誨師(久里浜少年院教誨師)。
1931年、群馬県出身。舟喜麟一が牧した福音伝道教団前橋キリスト教会が母教会。同盟聖書学院(第三期生)卒業後の1955年、日本同盟基督教団横須賀中央教会牧師となる。その後日本同盟基督教団理事、同理事長、東京基督教短期大学非常勤講師、東京基督教大学非常勤講師などを歴任。東京基督教大学教授の岡村直樹は息子。
2007年日本福音功労賞を受賞する。
<著書>
「主に喜ばれる教会生活」、「主に喜ばれる結婚と家庭生活」「教会員の手引き」「式文」

★鈴木 啓之(すずき ひろゆき、1955年11月-)は日本の牧師、ミッション・バラバ伝道者、NPO「人生やりなおし道場」の道場長、「ふるさと志絆塾」の塾長、教誨師(府中刑務所教誨師)。元暴力団員。2001年(平成13年)製の日韓合作映画『親分はイエス様』のコンセプトモデルとなった「ミッション・バラバ」(暴力団組員等の過去をもつ牧師を中心に結成されたキリスト教宣教団体)の代表者。
<経歴・初期>
1955年(昭和30年)11月大阪市天王寺区の病院で、製薬工場の経営者を父として生まれ、生野区で幼少期を過ごす(鈴木の父は、明治大学で考古学を専攻し、新聞記者などを務める。鈴木が生まれたころは製薬会社を経営していた。両親は創価学会の会員の教学の最高位の『教授』であり、鈴木も幼少期から大石寺の例会などに行っていた熱心な創価学会会員だった。
天王寺区の私立高興国高校商業科に進学する。中退して、ラーメン屋でバイトを始める、翌4月に経理学校に入学するが、半年で退学して、建設関係の仕事をする。
<暴力団員時代>
1972年(昭和47年)頃、暴力団とのトラブルに巻き込まれたことがきっかけになり、酒梅組5代目組長谷口正雄の甥の紹介で、酒梅系の組織に入会する。有名な博打打ちとして、大阪で暗躍し年間20億円以上を稼こともあり、週刊誌で紹介されたこともあった。
1975年(昭和50年)頃、暴力団同士の抗争の後に、警察の捜査を逃れるために瀬戸内海岸に潜伏し、砂利船の作業に従事する。半年後大阪に戻り、最初の結婚をする。1980年頃、警察に出頭し、暴行と器物損壊、ひき逃げの罪で実刑判決を受け、奈良少年刑務所で服役する。1985年頃、3回の抗争に関連して、凶器準備集合、暴力行為で2回目の実刑判決を受けて、大阪刑務所に収監される。
<博打打ち時代>
賭博で3億の借金を負ったことで、組に迷惑をかけまいと思い組に破門状を出してもらい、フリーの博打ちになる。組長から3000万を預けられ、抗争資金の捻出を依頼される。
2度目の、懲役刑が終わって出所した直後に、大坂のコーリャン・クラブで働いていた韓国人女性(現在の鈴木夫人)に出会う。その韓国人女性が不慮の事故で、膝の皿を割り全治三カ月と診断された。しかし、彼女自身と教会のいやしの祈りにより奇跡的に回復する。この奇跡を見て、キリストの力を博打で生かそうと思い自ら教会に出席するようになる。そして、1988年(昭和63年)12月5日の教会で結婚式を挙げる。
奇跡的に3億の借金を清算することができたが、1990年(平成2年)3月、他の組の親分から預かった活動資金を博打に使い込んだことから再び命を狙われる身となる。
大阪から逃亡し、東京都新宿の歌舞伎町に愛人と共に潜伏するようになる。逃亡生活のストレスで不整脈、慢性疲労症候群、自律神経失調症などを患い、通院するが、自殺を考えるほどに追い詰められる。逃亡生活から9か月目の12月に近所の新大久保にある東京中央教会という韓国人系の教会に駆け込む。駆け込んで3日目の礼拝でに日本人副牧師の平塚正弘から「誰でも変わることができる」と声をかけられて回心する。すぐに、新幹線で大阪に戻り妻と再会する。
<神学生時代>
1991年(平成3年)1月東京渋谷区本町の家で妻子と同居し、東京中央教会に通うようになる。
1991年4月に東京中央教会の東京中央神学院に入学する。神学の学びを続けながら、6月からは生活費のために神学校同級生と共に工事現場で働くようになる。7月に『ジェリコ・ジャバン』の聖歌隊に参加する。その時、メッセンジャーだったアーサー・ホーランドと松沢秀章の影響を受けて、新宿で路傍伝道をするようになる。その時、同じく新宿で伝道をしていたアーサー・ホーランドと親しくなり、十字架行進の話が決まる。1992年春の神学校2年生の時に、半年間の休学届を出し沖縄から十字架行進を始める。北海道宗谷岬まで行き、1992年のジェリコ・ジャパンの大阪集会で十字架行進は終了する。その後、杉並区下井草のマンションに住み、建設現場に復帰し、神学校の学びを再開する。
1993年(平成5年)の夏休みに韓国を訪問し、釜山から板門店まで十字架行進を行う。行進中に毎日韓国の教会で集会を開く。元従軍慰安婦などにも謝罪をする。また、夫人の実家にも訪れる。
1993年の暮れに、鈴木ら7人の元ヤクザとアーサー・ホーランドと松沢秀章らが「ヤクザ・フェローシップ」という聖書研究会を始める。それが、改称しミッション・バラバという伝道団体になる。2007年まで鈴木が代表を務める。
<牧師時代>
1994年(平成6年)3月神学校を卒業すると錦糸町にある韓国系教会『ハレルヤ東京教会』に牧師に迎えられる。1994年11月にはミッション・バラバのメンバーと北米の伝道旅行に出かける。その活動がアメリカ合衆国の日系人新聞『羅府新報』や『オークデール・リーダー』などのマスコミに取り上げられ、日本でも毎日新聞などで取り上げられる。
船橋市東船橋で支教会の開拓伝道を始め、ハレルヤ所望(ソマン)教会を発足させる。ハレルヤ教会の活動が軌道に乗ると、1995年頃から開拓伝道を始め、1995年10月31日にシロアム・キリスト教会が設立され、アーサー・ホーランド、小坂忠らに按手礼を受ける。
1998年3月アメリカ合衆国ワシントンD.C.のヒルトンホテルで開催された、ビル・クリントン大統領(当時)も出席する『朝食祈祷会』(英:National prayer breakfast)に出席し昼餐会でスピーチをする。
2001年に劇場公開された映画『親分はイエス様』では、鈴木がモデルの一人になった。2003年には、進藤龍也(現在・[罪人の友]主イエス・キリスト教会牧師)ら元暴力団員が住みこむ。そのことがきっかけになり、もと暴力団員らが、人生をやり直すための共同生活所の『やりなおしハウス』が誕生する。
2004年3月に鈴木は府中刑務所の教誨師に任命される。2008年9月にシロアム・キリスト教会は会堂を船橋市東船橋より千葉県柏市へと移転する。2009年3月にはNPO法人「人生やり直し道場」を設立し、道場長になり、2010年9月には柏市五條谷に新会堂を建設し、教会堂を移転する。
現在、シロアム・キリスト教会主任牧師、「人生やりなおし道場」の道場長、ふるさと志絆塾の塾長などで幅広い活動を行っている。
<教会のアクセス>
シロアム・キリスト教会は、千葉県柏市あけぼの3-9-3(国道6号水戸街道沿い呼塚交差点近く)にあり、同施設には「人生やりなおし道場」を併設している。そこから巣立った牧師・宣教師も多数いる。
また分教会として、北海道札幌市のすすきのに「シロアムクリストチャーチ」をオープンしている。
<著書>
「愛されて、許されて」(2000年10月、雷韻出版刊。
「誰だって人生をやり直せる」(2001年4月、飛鳥新社刊。
<参考文献>
アーサー・ホーランド『親分はイエス様』PHP研究所、1996年
鈴木『愛されて、許されて』雷韻出版、2000年
金沢泰裕『イレズミ牧師とツッパリ少年達』集英社、2000年
進藤龍也『極道牧師の辻説法』学研パブリッシング、2010年

★塩谷 直也(しおたに なおや、1963年(昭和38年)-)は、日本の神学者、青山学院大学法学部教授。教誨師(府中刑務所教誨師)。
<学歴>
1987年、国際基督教大学教養学部卒業
1992年、東京神学大学修士課程修了
<職歴>
日本基督教団中京教会副牧師
梅ヶ丘教会牧師・府中刑務所教誨師
青山学院大学法学部教授
<研究分野>
宗教学、組織神学
<著書>
迷っているけど着くはずだ(新教出版社 2000年)
忘れ物のぬくもり―聖書に学ぶ日々(女子パウロ会 2007年)

★進藤 龍也(しんどう たつや、1970年(昭和45年)12月23日- )は牧師、教誨師。元暴力団員。刑務所伝道になどに従事する。
<経歴・初期>
1970年(昭和45年)に埼玉県蕨市に生まれる。1973年(昭和48年)3歳の時、交通事故に会い、脳挫傷、脳内出血、頭蓋骨骨折の重傷を負うが九死に一生を得る。中学1年の頃から非行に走る。地元の暴力団の草野球チームに入団する。
<暴力団員時代>
17歳頃から池袋の暴力団の事務所に出入りして、1988年(昭和63年)にスカウトを受け、盃をいただいて正式に暴力団員になり、その後広域指定暴力団の武闘派の暴力団の組員になり、池袋をテリトリーとする覚醒剤密売人になる。18歳で西川口で傷害事件を起こして逮捕される。埼玉県警南警察署に留置所に拘留される。その後、浦和少年鑑別所(現さいたま少年鑑別所)に入れられるが、情状酌量を引き出し短期間で出所する。
1989年(平成元年)に、かまぼこ工場の社長の債権の取り立てをしている際に、不渡りを出した社長の自宅を占拠した理由で逮捕され、鑑別所送りを免れ、20日間、四谷警察署の留置場に拘留された後、処分保留で釈放される。
1992年(平成4年)に、執行猶予中に覚醒剤使用の容疑で逮捕される。浦和拘置所支所に収容された後、刑事裁判で1年2カ月の判決を受け、川越少年刑務所に収監される。3カ月の分類審査の後に、松本少年刑務所に懲役刑で収監される。執行猶予が付いていた1年2カ月を含めて2年4カ月収監される予定であったが、2カ月早く茨城の叔父が身元引受人になり、仮釈放される。
1994年(平成6年)に覚醒剤の譲り渡しの容疑で逮捕され、秋田刑務所に2年8カ月収監される。秋田刑務所内の受刑者向けの「キリストクラブ」で初めて福音を聞く。ミッション・バラバに関する鈴木啓之の著作と差し入れられた聖書を読み、キリスト教に興味を持つようになる。 秋田刑務所を出所後に、「ミッション・バラバ」の本を見つけ、鈴木牧師に電話をする。鈴木牧師に「ヤクザにつまづかないように祈っていて下さい」とお願いする。
1998年(平成10年)には、28歳で同系の他の組に移籍して組長代行になる。しかし、覚醒剤中毒で破門になる。
<回心>
2001年(平成13年)5月13日東京都日本橋で覚醒剤所持の容疑で逮捕され東京拘置所に留置される。その時鈴木啓之牧師から減刑の嘆願書を書いてもらう。また、内縁の妻から差し入れられた聖書を読み、旧約聖書のエゼキエル書33章11節を読んで回心する。刑務所の中では、月岡世光に手紙を書いて聖書の教えを学ぶ。その後、裁判で2年4カ月の実刑判決を受け松江刑務所で懲役刑に服する。月岡に紹介された国際聖書通信講座で聖書を学ぶようになる。
<神学生時代>
2003年(平成15年)に2年4カ月の松江刑務所での服役が終わると鈴木啓之牧師のシロアム・キリスト教会に住みこむ。鈴木牧師より洗礼を受けてクリスチャンになる。シロアム・キリスト教会に鈴木牧師を慕い、進藤ら元暴力団員らが住みこむようになり、教会の祈りと献金で「やりなおしハウス」ができる。そして、JTJ宣教神学校に入学して、牧師を目指す。
<開拓伝道・牧師時代>
2005年(平成17年)2年で全科目を終了しJTJ宣教神学校を卒業する。神学校の恩師中野雄一郎の紹介で、中野雄一郎、岸義紘、鈴木啓之、安田眞の4人の牧師に按手礼を受けて牧師になる。
川口の公民館を借りて土曜日に聖書研究を始めながら、単独で開拓伝道を始める。母親のスナックを会場に、土曜日に礼拝をすることになる。その教会をマタイの福音書9章13節に基づいて、「[罪人の友]主イエス・キリスト教会」と命名する。
<参考文献>
進藤龍也『人はかならず、やり直せる』中経出版
進藤龍也『極道牧師の辻説法』2010年
『クリスチャン情報ブック』いのちのことば社
鈴木啓之『イレズミ牧師どん底からの再出発方法』

★兼松 一二(かねまつ かつじ)生年不明。1971年(昭和46年)より活動歴あり。友愛キリスト教会の牧師。JTJ神学校講師、東海神学塾講師、教誨師(笠松刑務所の教誨師。中部教誨師会理事)。 友愛グループ牧会長
<経歴>
1971~1994岐阜県の同盟福音キリスト教会。 
笠松キリスト教会で牧師を務める。
1994 岐阜県各務原市にて開拓伝道を始め、今に至る。
2002法務大臣賞をいただく。
2006長年にわたる教誨師として奉仕した功績により、藍綬褒章を受章。
<現在>
宗教法人 友愛キリスト教会牧師。
JTJ宣教会神学部長として、講師を務める。
東海神学塾講師。
笠松刑務所で教誨師を務める。
中部教誨師会理事を務める。
岐阜県教誨師会副会長を務める。



# by sentence2307 | 2019-04-11 10:42 | 映画 | Comments(0)
あまり見ることのなかったタイプの番組ですが、先週、BSの「ザ・プロファイラー」(司会は岡田准一)で「オードリー・ヘップバーン特集」を放送していたので、さっそく見てみました。「プロファイラー」的な側面からオードリー・ヘップバーンを見ようというのですから、ただ事じゃありません。ヘップバーンは、もっとも好きな女優のひとりなので、「聞き捨てできない」という思いで見ました。彼女のこと、ひどいこと言ったら承知しないぞという感じです。

そりゃあ「美しさ」だけのことなら、現代だって匹敵する美形の女優なら幾らでもいると思いますが、あの気品と天性の愛らしさを兼ね備えた女優というと、そうはいません、というか、正直言って、オードリー・ヘップバーンに匹敵し、ましてや超える女優など、いまだかつて見たことも聞いたこともないと言い切ってもいいくらいだと思っています。

少女期をナチスドイツ侵攻の圧制下のオランダで過ごしたヘップバーンは、飢えと死の恐怖を経験したことで、後年になってもずっと、同時代を同じ悲惨な状況で生き、そして殺されたアンネ・フランクの無残な死を胸に秘め、いつまでも忘れずにいたことや、あるいは、バレリーナ志望だったのに戦時中の栄養不良がたたって体力的にプリマになるのは到底無理と宣告され、それでなくとも男性よりも身長が高かった不運も重なりバレリーナになることを諦めたとか、今回はじめて知ったことが数多くありました。

それに、そもそも映画出演の切っ掛けというのが、「女優志望」でもなんでもなくて、ただ生活費を稼ぐためのほんのアルバイト気分にすぎなかったという部分も思わず失笑してしまいましたが、もっとも興味深かったのは、「ローマの休日」の主役が、当初はエリザベス・テイラーで企画が進められていたという部分でしょうか。

もし、あの主役が大女優エリザベス・テイラーになっていたら、それこそ美しさを鼻にかけた高慢な王女を演じるくらいがせいぜいだったでしょうし、共演した名優グレゴリー・ペックだって、みすみす一歩しりぞいて主役の座を女優に譲るなどという奥ゆかしさを見せることもなかったに違いありません。

ヘップバーンが、ほとんどそのデビュー作で(端役での小品出演というのがそれまでに何本かあったようですが)アカデミー主演女優賞を射止めたのですから、それこそ突如彗星のように出現した驚異的なデビューといっていいと思いますが、しかし、たとえあれほどの美形であって、それに「気品と天性の愛らしさ」を兼ね備えていたとしても、ただそれだけでは「アカデミー主演女優賞」受賞というのはあり得なかったと思っています。

そこにはスタッフやキャスト、そして時代を超えた新たなスターをずっと待ち望んでいた映画関係者やアカデミー会員の強いプッシュがあって意識的・好意的に「栄光への道」を作ってあげなければ、決してあの栄光に到達することはなかったはずです。

そんなことを、ぼんやり考えながら数日過ごしていたとき、迂闊にもビデオの予約を間違えて、考えてもいなかった映画を録画していることに気がつきました。

その作品というのは「マーロン・ブランドの肉声」という2015年のドキュメンタリー作品でした。

しかし、「オードリー・ヘップバーン」ならともかく、「マーロン・ブランド」では、はっきり言って自分としては「意識」して録画するような存在でも、自分好みの俳優でもありません。

ウィリアム・ワイラーやグレゴリー・ペックが、オードリー・ヘップバーンのか細く健気な彼女のために何とかしてあげたいと助力に努めるような妖精のごとき存在ならともかく、マーロン・ブランドの印象というのは、躁鬱の振れが激しく、すべてがやたらに重たくて扱いにくい泥沼のような存在でしかありません、道の向こうから彼がやって来るのが見えたりしたら、喧嘩でも吹っ掛けられて絡まれては大変です、面倒なトラブルに巻き込まれるより先に、あわてて横道にそれて逃げたくなるような厄介な存在です。

とにかく、この映画「マーロン・ブランドの肉声」を一応通して見てみたのですが、案の定、マーロン・ブランドの惨憺たる生涯をこれでもかというくらい徹底的に突き詰めて描いた救いのない悲惨な作品でした。

映画の冒頭、意表を突くようにデジタル画像されたマーロン・ブランドの顔が映し出され、

「マーロン・ブランドは多くの音声録音を残したが、これまで人の耳に触れることがなかった。」というナレーションのあとで、こんなふうに語り出されます。

≪録音を始める。モノラル録音で、マイクは1番を使用する。
それではまず説明をしよう。
私は頭をデジタル化した。レーザーをこう当てられてね。顔もデジタル化した。いろいろな表情をしたよ。しかめつらや笑顔、悲しげな顔も、すべてデジタル化される。生の役者ではなく、パソコンの中の役者だ、そういう時代がやってきたんだ。
これが自分の遺作となるかもしれない。≫

そして、さらに続けて

≪明日、明日、明日とは。
日一日と確かな足取りで忍び寄り、最後の歴史の一節へとたどりつく。
そして、昨日という日は、愚者がチリと化す道筋を照らす。
つかの間のロウソクは消え去るだろう。
人生は歩くつかの間の影でしかない。
下手な役者も、舞台で大げさに振舞ってはいても、すぐに姿を消す。
人生は愚者が語る物語。響きも感情もすさまじいが、そこにはなにものも存在することのない無意味なものだ。
これは、そんな私の生活に関するプライベートの記録といえるだろう。≫

「彼は過去に生きる男で、孤独の中で苦悩した人物に思える。困惑や悲哀、そして孤独や不満の状態に悩まされているようだ。社会生活が難しいほど傷ついていて機械人形のようになっている。自分への扱いに不満で怒りを抱いていたのかもしれない。映画の情報などをこうして集めて自分を理解しようとしていた。」

マーロン・ブランドの父親は、アメリカ各州を旅するセールスマンで普段は家におらず(旅先で飲んだくれて女遊びをしていたことは、ブランドの述懐のなかにあります)、たまに帰ってくると酔って母親を罵倒し殴りつけるようなアル中の横暴な父親でしたし、母親はオマハの地方劇団の女優をしていて、やはり家には寄りつかず、ときには酔って留置場にいるのをブランドがタクシーで引き取りにいったという話も映画のなかで紹介されています、この母親もまたやはり手の付けられないアル中でした。

しかし、この映画のなかで母のエピソードを語るマーロン・ブランドは、そういう母親との思い出を決して悪しざまには語ることなく、どこまでも深い愛を感じさせる同情的な述懐を展開していますが、しかし、彼が話すエピソードのどれにも母親の愛情を裏付けるような具体的な事実が提示されるわけではありません、まるで「そうあってほしい」というような(たぶん虚偽だから、なおさら)空虚な回想を聞き続けていると、そこには父親に対する絶対的な敵意(のちにそれが「殺意」であったことが仄めかされます)と絶望的な嫌悪のはけ口として、行き場のない感情が仕方なく母親の方に流れたというだけにすぎなくて、この母親もまたマーロン・ブランドにとっては、やはり「嫌悪」の枠内に位置していたことが次第にあかされます。

居場所のない家を早朝に抜け出し、孤独を持て余した少年マーロン・ブランドは誰ひとりいないオマハの町をさまよい歩きます。

≪心を漂流させよう。過去へ、遠いむかしへ。
まだとても若い頃、あの頃は、朝起きると皆が寝ているあいだに服を着て、オマハの町の舗道を歩いては、大きな楡の木の下に坐った。光の中で風が木の葉の影を揺らしていた。優しい夢で、柔らかな風が呼んでいるようだった。あの風だけは信じられるものだと思った。君は私の思い出そのもの≫

≪自由にならねばと一生をとおして強く思った。あの列車に乗ったとき私は自由だった。車両で立ってレールの音に耳を傾けた。こんなふうに変わったリズムだ。
ニューヨークに到着したときは靴下にも心にも穴があいていた。
酔って舗道に横になり、眠ったこともあったが、行き交う人は誰ひとり無関心でそんな男を気にとめる者などいなかった。
人にはとても興味があった。彼らのことを知りたくてしょうがなかった。道行く人の顔を長いあいだ眺めていた、タイムズスクエア近くのタバコ店にもよく行った。そして人の顔を3秒眺めて、その人の人柄を分析したりした。顔には多くのことが隠されている。人は何かを隠しているものだ。本人も気づいてないことを推測するのが面白かった。何を感じ、何を考え、なぜそう感じるのか。それがどのようにして、それぞれの振る舞いに至るのか。答えはなにか、いや、そもそもそこに答えなんかあるのか。
人は本心から望むこと、達成感を得られるようなもの、そういったものを望むものだ。
自分を無知な人間だと感じていた。ろくな教育も受けず、何の知識もない人間、劣等感がまるで糞のように喉元まで詰め込まれた無価値な人間、自分を愚かだと感じていた。≫

1943年の秋、マーロン・ブランドは、グリニッジ・ヴィレッジ12丁目にあるニュースクール・フォー・ソーシャル・リサーチの演劇ワークショップに入学し、そこで演技指導者ステラ・アドラーと出会います。そして、ステラから運命のスタニスラフスキー・メソッドを学びました。

ニュースクールで学ぶために父親に学費を送金してくれるようブランドが頼んだとき、父親は「お前なんか、どうせろくなものにならんだろうから、期待などしてないがね」と嫌みを言われ、冷笑されたことに深く傷ついたことを生涯忘れませんでした。

ステラは、ブランドに絶えず「恐れるな、ありのままの自分を出して好きなように演じていいのよ。舞台では自分に正直であること。多くの感情を掘り下げ、愛や怒りをさらけ出して、あなたを苦しめている感情を表現に変えるの」と言いつづけます。

しかし、そのように役者として自分の感情を高揚させ爆発させるメソッドを教授され体得したとしても、しかし、その一方で、常識を備えた普通人として、高揚した感情を飼いならし、収束の方法までは教えてもらえなかったことが、やがてマーロン・ブランドの生涯を惨憺たるものに貶めたことは間違いありません。

人間の奥底にはなにかドロドロしたものがあるに違いない、そうでなければならないはずだと固く信じているマーロン・ブランドにとって、「普通の感情」や「普通の人間」という存在がどうしても理解できず、演じることもできないまま周囲との軋轢を生じさせつづけました。

≪誰もが人に言えないような逸話を持っている。過去を持たない感情では、現在を表現できない。われわれは早い段階で演技の術を得る。子供の頃にオートミールをこぼしたのも母の気を引くための演技だ。演ずることは生き残ることと同じだ。≫

≪ああ、私の母だ、その写真。母が40歳くらいの写真だ。母は、素晴らしい人だった。独創的で、芸術的な人だったよ。母をよく思い出す。酒の匂いがする息も大好きだった。すごく甘い香りだった、いい香りだ。母は、アルコール依存症で、住んでいた町は小さくて、母のことを皆が知っていた。母は、徐々に家に寄りつかなくなり、まったく姿を消してしまうこともあった。どこへ行っていたのか、時には拘置所に迎えに行ったこともあった。思い出すと今でも恥ずかしさで胸が震えて、怒りの感情で自分が抑えられなくなってくる、このまま気が狂ってしまうんじゃないかと思うこともあるよ。≫

≪金を得るためだよ。ずっと貧乏だった。父は巡回販売員だった。私は半年の仕事で、父の10年分の稼ぎを超えた。父の判断基準は金だった。出来損ないの息子の稼ぎを理解できなかったようだ。怒ることが必要なシーンでは、自分の中で怒りを表す仕組がいる、いわば「感情を高揚させるための手続き」というか、怒りに満ちた何かの仕組みだ。
父が母を殴った記憶がある。私は14歳だった。親父は強い男だ。バーでも喧嘩をした。自分への嫌悪も抱えていただろう。家に寄り付かず、中西部で飲んで女遊びをしていた。意味もなく私もよく殴られた、当時は父に怯えていた。とてもつらいことが起きると意識から消そうとする。忘れたいんだ。毎晩どこかへ出かけて行って、癇癪を起して一晩を過ごす。メチャクチャになるほど、泣いたり叫んだりする。これがかなりきつい。演じた役のイメージで見られる。床から物を食べたりしないとか、裸足で道を走ったりしないと信じてもらえない。イメージを忘れてもらうのは難しい。スタンリーとの共通点はないし、嫌いなタイプだ。嫌いだから感情移入ができなかった。ケダモノのように残酷で暗い役柄だったよ。カウンセリングも受けた。演ずることで正気を失うと心配されてね。≫

ステラは言った。「万全だと思えば8割の出来。体験が6割と思えば、4割の出来。体験が4割であれば、そのまま帰りなさい」と。

≪自由の叫びは、鎖で繋がれた証しでもある。
役者になれていなかったら、何をしていただろう。
詐欺師だったかもな。腕の経つ詐欺師だ。巧みに嘘をつき、思いどおりのイメージやそれらしいイメージをとおす。
まだ60年代前で皆が反逆を求めていた。時代のニーズと私の雰囲気が合っていたんだ。私自身が物語といえる。反逆のために反抗する。≫

≪自分を負け犬と感じることは誰もが経験することだ。私はずっと劣等感に悩まされていた。≫

いまをときめく若き人気俳優マーロン・ブランドをゲストに迎えた当時のテレビのインタビュー番組の一場面が映し出されます。ちょうど「徹子の部屋」か「新婚さん、いらっしゃい」みたいな感じでしょうか、まあ、いずれの番組にしてもやがてくる令和の御世をどこまで生き残れるか危ぶまれるところでしょうが。

その手のノリのサプライズという設定で、突如父親が現れてブランドの少年時代の思い出話を聞き出すというシチュエーションのこの一連の場面は、ここまでこのドキュメンタリー映画を見てきた観客にとっては、「痛切」とか「残酷」と言い募っても到底言葉足らずの感が払拭できないほどまでに拗れたこの父子関係の爛れ具合を、さらにもっと相応しく赤裸々に言い表せる言葉があれば、むしろ「そちら」の方を採用したくなるほどの二人の関係を生々しく映し出しています。

マーロン・ブランドがその少年時代に父親から受けたものといえば、ただ威圧され虐待されつづけた記憶しかなく、そもそも俳優として大成できたのは、そのいまわしい記憶のトラウマから逃れるため、父親の否定をバネにして自分を解放しようとした痛ましい演技の病的な「成果」にすぎなかったことを考えれば、テレビ放送の手前、ただ息子は優しいステレオタイプの息子の役を演じ、父親はただ愛情深い父親の役を演じたに過ぎない偽善に満ちたものでしかないことを十分知悉している僕たちはこの場面を見ることになるわけですが。

「お父さんが見えているそうですね。隠れているのですか? お呼びしましょう、お父さん~!」

父親(マーロン・ブランド・シニア)登場

「息子さんのことをいろいろ聞いてみましょう。こんばんは、ご自慢の息子さんでしょう?」

「役者としてはそうでもないが、人としては立派だと思う」

僕たちはこのドキュメンタリー映画のどこかで、父親の人間に対する価値観は「そいつがいくら稼ぐか」にかかっており、単にその金額のタカによって人間の価値が測られることをすでにブランドから知らされているので、父親のこの「人としては立派だと思う」が、単なるカネの問題でしかないことがすぐに分かり、つまり、父親の言葉の中には暗に「息子」の全否定が語られていることを察した司会者は、さらに父親に尋ねます。

「教えてください、扱いにくい子供でしたか?」

「いわゆる普通の子供でした」

その場に同席しているブランドの表情は、すでに仮面の微笑が貼り付けられた演技者の顔でしかありませんが、オレのことなど何ひとつ知らないくせに、あんたがオレにしたことは、酒と女の匂いをぷんぷんさせて、たまに帰ってきては母とオレを気ままに殴りつけて楽しんでいたことくらいだろう、という思いで父親の偽善の言葉を苦々しく聞いていたことは間違いありません。

「ただ、一般的な子供よりも親とのモメゴトは多かったでしょうな」

「公平に判断するために、あなたの言い分も聞きましょうか?」と司会者はブランドに話を振ります。

「いや、その必要はありません、オヤジには負けてませんから、大丈夫です」

この言葉を受けてナレーションは、<お互いの役割を演じた>と断じていましたが、むしろ、自分的には<これがふたりの精いっぱいの本音だった>というべきで、このよじれた親子がそれぞれににじり寄って表明することのできたせめてもの誠実さだったのではないかと思えました。

ブランドは言います。

≪あれは偽善そのものだったよ。子供時代に受け入れてもらえないと、受け入れられるアイデンティテイを探す。だから私は、役柄に幅があるんだ≫と。

この言葉の中には、表明していること自体の在り様と同時に、片方で、自分がどのように変われば父親に受け入れてもらえるのかと必死に模索しながら、徐々にみずから人格を歪めてアイデンティティを失うに至るマーロン・ブランドの心の破綻の過程が語られていきます。

≪子供の頃、芝刈りなどで小銭を稼いで映画を見に行き、すべてから逃げたかった。映画を見た高揚感で1週間を乗り切った。魔法の時間だったよ。
役者は、名前が新聞に載ったり、注目を集めることを好むものだが、私は成功の幻想によく悩まされ、色眼鏡で見られていると思い、人に会うのも面倒になった。特別扱いに疲れるんだ。動物園の動物や異国の生きもののように、奇妙な目で見られることをね。現実から切り離されてしまう、そのことが私には耐えられない。普通に暮らせないのが、こんなにもつらいこととは思わなかったよ≫

≪母が雇った家庭教師、美しい髪ときれいな肌をした東洋人で、彼女に寄り添って安らいだ記憶がある。彼女が結婚のために私から去っていった日、7歳の少年は棄てられたと感じた。私は母にも棄てられたと感じていた。アル中だったから。あの日を境に素行が悪くなり問題児となった。
愛された記憶のない人間は、真実の愛を見逃す。真実の愛を知らないから、ありそうな場所を探すだけだ。≫

≪赤ん坊の息づかいは覚えている。そして鼓動も聞いた。自分の手の中でこんな小さな子が生きているのかと思うと涙がでてきた。息子には絶対、父を近づけてはならないと思った、私と同じ目にあわせてはならない≫

ナレーションは問いかけます。「マーロン、過去のことを話してくれないか」

≪父は、酔っぱらいだった。強くて女好きで男臭い男だった。かなりキツかったよ。
母は、とても詩的な人だったよ。だが、やはり酔っぱらいだった。
流し台には汚れたままの皿が山のように残っていて、家は散らかり放題だった。それを見るたびに、自分だけを残して、本当はみんな死んでしまったのではないかと思い、とても怖かったよ。
あるとき、父が母を殴っていて、私は2階の部屋に行った。だが、そのときなにかが自分の中で崩壊し、怒りのアドレナリンが全身を満たし、熱く支配された怒りの衝動のままに父親を睨みつけ、「今度繰り返したら、お前を殺すぞ!」と怒鳴りつけた。≫

父への殺意をみなぎらせ、「お前を殺すぞ!」と威嚇した衝撃的なモノローグを受けたあと、瞬間に転換したシーンは、息子クリスチャン・ブランドが、妹シャイアンの恋人を射殺したという緊急通報を受けて全警官に「銃撃事件発生」という緊急招集が掛かった場面に、このドキュメンタリー映画は冒頭の場面に回帰していきます。

息子クリスチャン・ブランドは、両親の離婚による親権争いに翻弄されて神経の安定を失い、生育し、1990年5月16日、妹シャイアンの恋人ダグ・ドロレッツをマーロン・ブランド邸で射殺し10年の判決を受け5年服役して出所しています。

射殺した動機は、日ごろから妹にダグが暴力をふるっていたからだと主張しましたが、一方では、当時クリスチャンはひどい薬物中毒だったという噂もありました。

しかし、クリスチャン服役中の1995年に妹シャイアンは、タヒチで自殺します、当時25歳。

そして、そのクリスチャンも2008年1月26日にロサンゼルスの病院で肺炎のため死去し、悲痛な人生を閉じました、49歳でした。

生まれたばかりの息子を抱き上げて、「この子を自分と同じ目にあわせてはならない」と強く念じたマーロン・ブランドの祈りが神にどこまで通じたのか、痛ましくも皮肉な思いに捉われないわけにはいきません。

2004年7月1日、マーロン・ブランド死去、80歳。

≪運命からも世の中からも見放され、独りわが身の不遇を嘆く。聞く耳を持たぬ天を無益な叫びで煩わせ、わが身を眺めて不運を呪う。
朝、目覚めてこう思う。「まったくなんという人生だろう。なぜこんなことになってしまったのか。」
今年はキツかった。人には想像できないほどだ。できるだけ強くあろうとしても、誰もがあるとき、糸が切れるものだ。痛みには、対処しなければならない。これまで精神分析には莫大な金をつぎ込んできたが、連中はなにもしてくれなかった。脳にペンチやドライバーを差しただけだ。
人生に、より真実が見え、若き日の名残りと引き換えに手に入った自分自身で分析しなくては、とやっと気づいた。
内面が見えなければ、決して外側が見えるはずがない。
生れながらの悪人はいない。最初の10年で身についた悪い習慣を多くの人は乗り越えていく。
クリスチャンは情緒障害や精神的な混乱に悩まされていた。むかしの私と同じように。父とは違うと思っていたが、人はそれとはなしに、親に似てくるものなのだろう。
父が死んだとき、父が背中を丸くして永遠の世界に向かう姿を思い描いた。振り返って父は言った。
「私は努力したのだ」
私は父を許した。私は父のせいで罪人であった。父も罪人だった。父は4歳で母親に捨てられ、仕方なかった。
自分の心を振り返ってよく考えてみたことで、いわゆる人間らしい普通の人に近づいたように思う。だれもが人を憎むことができるし、人を愛することもできる。どちら側に進むかによって殺人者にも聖人にもなれる。
よく瞑想している。その結果、心は落ち着き、実に静かな時を過ごしている。
心はどんどん静かになっていく。至福の時が近づいている。
それではまた、次回まで眠ろう。・・・マーロン・ブランド≫

ドキュメンタリー映画「マーロン・ブランドの肉声」の各シーンをたどりながら、自分なりに理解を重ねてきたのですが、最後になって単純なひとつの疑問に捉われました。

生涯にわたって、これだけ父と子の葛藤に苦しみ、その苦悩を「演ずる」ことで理解し、できれば和解しようと努めたマーロン・ブランドが、なぜ、同じエリア・カザンの作品である父の子の葛藤の物語の象徴的な作品「エデンの東」の主演をジェームズ・ディーンに譲ってしまったのか、エリア・カザン作品を成功させた実績もあることを考えれば、あからさまな要望を表明しなくとも、少なくともオファーくらいはあったのではないか、このドキュメンタリー映画でこれまでに知ったブランドの心情から考えると、この父性を求める「キャル」こそは、どうしても演じてみたい役だったのではないかと思えて仕方ありません。それとも、そういうストレートな役柄だったからこそ、あえて「敬遠」したのか、その辺の事情をどうしても知りたくなりました。

そこで、調べるのなら、「エリア・カザン自伝」を見るのが最適と考え、さっそく図書館から大冊「エリア・カザン自伝」上・下巻を借りてきました。合わせると1000頁はゆうに越してしまうのではないかという、とにかくすごい大著です。この本を家まで運ぶだけでも大仕事で、歩いているうちに腕が痺れてきて、そのうち肩から腕が抜けるのではないかと不安になったくらいです。

ざっと見たところ、映画「エデンの東」に言及している箇所は、下巻の157頁4行目から163頁にかけて書かれていることを確認し、該当箇所をさっそくアタマから読んでみました。

なるほど、なるほど、要約すると、「欲望という電車」1951と「波止場」1954の成功によって、エリア・カザンは、撮る環境として最高の状態にあったときで、「エデンの東」1955の企画を会社に提出したときも、なんの条件も課せられることなく、現場のことはすべて一任するという状態でした、もし、カザンが「エデンの東」のキャル役をマーロン・ブランドでいくという意思があったのなら、それを阻むものなどなにひとつなかったわけで、むしろ「エデンの東」のキャル役を蹴ったのはマーロン・ブランドの方だなと思えてきました。

「エリア・カザン自伝」には、キャストもカザンに一任されてはいるものの、ジェームズ・ディーンという駆け出しの役者を一度面接してくれないかという依頼もあったので、カザンは半信半疑でジェームズ・ディーンに会います。

会ってみるとこれが、胸糞が悪くなるほどの生意気な小僧で、礼儀もなにもわきまえない不貞腐れた態度に不快を感じながら、カザンは、原作者のスタインベックの元へも面会にやります。そしてジェームズ・ディーンに面会したスタインベックの印象もエリア・カザンと同意見(不貞腐れた生意気な小僧)で、その場で「エデンの東」のキャル役のイメージにぴったりということで主役はジェームズ・ディーンと決定したのだそうです。

こうして読んでくると、エリア・カザンの側からも、どうしてもマーロン・ブランドでなければダメだというほどの積極的なオファーがあったという印象はどこにも見当たりませんし、それよりも、なにかとても寒々しい感じがしてなりません。

「波止場」でアカデミー主演男優賞をとったことが、なにか関係しているのかとも考えてみましたが、それならむしろ「恩」はブランドの方にあるわけだし、とは言っても、いまさら「どうか主役に使ってください」とは、あまりにも白々しすぎて言えないかもしれない。などなど、お互いに何も言い出せない膠着状態にあったのかもしれないなどと考えていたとき、wikiの「マーロン・ブランド」の項に、こんな記述を発見しました。


「1954年に、カザンの『波止場』で港湾労働者を演じ、アカデミー賞主演男優賞を獲得した。アカデミー賞の受賞により名実共にトップスターになる。
翌年、育ての親ともいえるカザンの大作『エデンの東』の主役のオファーを蹴った。
これはカザンが、当時アメリカを吹き荒れていた赤狩りの追及に負けて同じような容共的な仲間をジョセフ・マッカーシー率いる非米活動委員会に告発したことに対してマーロン・ブランドが憤慨していたからという。この映画でジェームズ・ディーンがスターになった。」

1952年4月10日、エリア・カザンは、非米活動委員会の証言台に立った。しかし、それは委員会の小委員会による聴聞であって公開はされなかった。

赤狩りの膨大な資料集「裏切りの30年」を編集したエリック・ベントリーはこう書いている。

・・・委員会はエリア・カザンをやさしく取り扱った。カザンは、1952年1月14日の委員会の常任会議で証言したが、その証言内容はこれまで公表されていない。ここに掲載する証言(4月10日のもの)でさえ、カザンを聴衆から保護するため、本来は同様の会議が行われ、1日遅れて1952年4月10日に新聞発表されたものである。

その非公開聴聞会はこのように始まった。

小委員会の議長はフランシス・E・ウォルター議員、委員会の顧問弁護士であるフランク・S・タヴェナーがカザンに質問を始める。


タヴェナー カザンさん、あなたは1952年1月14日常任会議で委員会に証言しましたね?

カザン そのとおりです。

タヴェナー その聴聞のとき、およそ17年前、あなた自身が共産党員であったことと党内でのあなたの活動に関しては、完全に証言しましたね?

カザン そのとおりです。

タヴェナー しかしそのとき、他の人の活動に関するどのような資料も委員会に提出することを断り、党内でのあなたの活動に関係のあったほかの人びとが誰であるかを証言することも断りましたね?

カザン 他の人たちのほとんどについてです。幾人かは名前を挙げました。

タヴェナー しかしそのときは、全部の名前を挙げるのを断りましたね。

カザン そのとおりです。

タヴェナー さて、私の理解しているところでは、あなたは自発的に委員会に対して聴聞会を再開し、あなたが共産党時代に知っていた他の人たちについて、完全に説明する機会を与えてほしい、と要請しました。

カザン そのとおりです。私は十分かつ完全な陳述を行いたいのです。私が知っているすべてをお話ししたい。

タヴェナー それで、ここでの証言の準備のために、あなたは自分の持っている情報資料を思い起こし、整理するために大変な時間と努力を費やしましたか?

カザン そうです。大変時間がかかりました。

タヴェナー あなたの言う十分かつ完全な陳述を文書の形で用意していますか? 委員会に提出できますか?

カザン はい、そういうステートメントを準備しています。


カザンは、1952年4月9日付、非米活動委員会あてのそのステートメントを提出したが、このステートメントには長文の宣誓供述書をつけており、その口述書のなかで、自分が共産党に入り、かつそこから脱党したいきさつ、その間に接触した共産党員の名前をあげ、さらに自分が関係した演劇と映画の作品すべてについて、ひとつひとつ注釈と弁明をくわえている。

そのリストのなかには、マーロン・ブランドが出演した「欲望という名の電車」も「革命児サパタ」も含まれていた。


(2015)監督・スティーブン・ライリー、製作・ジョン・バトセック、R・J・カトラー、ジョージ・チグネル、製作総指揮・アンドリュー・ラーマン、脚本・スティーブン・ライリー、編集・スティーブン・ライリー、原題・Listen to Me Marlon
キャスト・マーロン・ブランド(声の出演)



# by sentence2307 | 2019-04-04 23:02 | マーロン・ブランド | Comments(0)

初国知所之天皇

年に一度あるかないかのタイミングで、気が向いたとき発作的に部屋の大掃除をすることがあります。ですので、そもそも一般的な年末の大掃除など、自分にはハナから無縁の話です。

常日頃、配偶者から「自分の部屋くらい、少しは片づけてよ」と口うるさく言われていて、特に雑芥ゴミ一斉回収日の火曜日になると、嫌みったらしく部屋をのぞきにきて、「あれ、もう捨てられるんじゃないの」などと積読本とか映画のカタログの山を見て無理難題をほざいたあとにお約束の言葉の応酬があり、さいごは当然無視してやり過ごすという感じになります。そこは、「蒋介石は相手にせず」の毅然たる態度をもって一貫した決意でのぞんでいるところであります。

だいたい、いまだにワタシの歪んだ性格というものを一向に理解しようとしない証拠となるそのひとことが、なおさら当方に片づける意欲を失わせ、意地でも片づけてなどやるものかという確固たる決意を呼び覚まし、人間として意地には意地で対抗することになってしまうあたりの道理というものを理解しようとしないかぎりは、この内戦はどこまでも止むことがないという感じでしょうか、彼女があのボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の愚かしい戦いから教訓としてなにひとつ学び取っていないということが、とても残念でなりません。

あるいは、韓国をナミの民主主義国家と思い違いしているからカノ国をうまく扱えないだけであって、「北朝鮮」と同じ意味での「南朝鮮」と冷静になって観察すれば、三権分立なきあの想像を絶するような低劣にして不可解な国のすべてがすぐにでも理解できようというものです、椎名町に対する南長崎みたいなものじゃないですか、それにあの奇怪な整形同顔仮面グルーブの慰安婦集団、少女時代、TWICE、BLACK PINKなどにしても、よく見ればまさに形を変えた北朝鮮の喜び組(歌踊組・幸福組・満足組)と同じ発想で、あたかも今どきの楽曲とルックス、衣装と振りに惑わされなければ、そこに見えてくるものはお仕着せの軍服を着込んで粛清の恐怖に怯えながら機械仕掛けのように行進している笑顔仮面の北朝鮮女性兵士となんら違わない同じタイプの個性を欠いた薄気味悪い女兵士だということがおのずから分かろうというものです。

愚民どもの顔色ばかりをうかがい、司法までも崩壊させて権力の走狗にしてしまうような愚かしい虚偽とでっちあげの国に民主主義なんて最初から存在するはずも、定着できるはずもないのです。

「どこまで言う気、もういいからね」「あ、そう」というわけです。

さて、今回、その大掃除に着手した直接の切っ掛けというものがありました。

先日、久しぶりに新宿で重篤な病気から生還した旧友と再会して、おいしいお酒を飲みながら(病後の彼が飲んでもよかったものかどうかは、かなり疑問です。いまごろ具合が悪くなっていなければいいのですが)、昨今の映画の話をしているうちに、彼が「いままでのことを少しずつ整理している」らしいことを知り、自分もなにか実のあることをしなければいけないな、とぼんやり考えたことが切っ掛けといえば切っ掛けだったかもしれません。

部屋を占領している「積読本」の方は読了しない限りは処分するわけにはいかないのでどうにもなりませんが、「カタログの山」の方なら、整理していけば、ある程度の処分はできるかなと考え、早速、その仕分け作業に取り掛かりました。

試写会や劇場で見たあとで手に入れた映画のチラシやカタログをあちこちにほったらかしにしているうちにゴミ化してしまい、それ以後、ただの一度として読み返したことがないという惨憺たる状態です。

だいたい、そのカタログのなかには、キューブリックの「2001年宇宙の旅」があるくらいですから、「おして知るべし」というか、「なにをかいわんや」という感じでしょうか。

そんなふうに整理をすすめていたとき、その「カタログの山」から珍しいものを掘り出しました。

表紙には、「文芸座・文芸地下劇場 第2回フィルムフェスティバル」と書いてあり、さらにその下には「特集・監督自身が執筆した自作映画の解説=邦画篇」という小見出しもある十数頁のごく薄い小冊子でした。

あっ、これ、覚えてる、懐かしいじゃないですか。自分にとっては、文字通り、実に懐かしい「掘り出しもの」でした。

表紙の左上には、拳銃を片手に構えている若きジャン=ポール・ベルモンド(たぶんジョゼ・ジョバンニの「ラ・スクムーン」だと思います)が載っていて、中央にはペンをくわえているアンヌ・ヴィアゼムスキー(これは、「中国女」のポスターそのままなのですぐに分かりました)がおり、その下には横転している自動車が燃えている写真(「中国女」の下にあるのですから、これは当然ゴダールの「ウィークエンド」に違いありません。)が掲載されています。なるほど、文芸座の方は「フランス映画特集」というわけですね、

そして、裏表紙を見ると発行日は、なんと昭和51年5月11日とあります、マジか! と驚き、近くの電卓を引き寄せ、あらためて引き算をしてみました。え~っ!! なななんと43年とか経っているじゃないですか。それにしては、ゴダールって、まだ死んでないよなあ、なんてね。これはたちの悪い冗談です。いえ、ついあの「フランソワは死んだかもしれない。わたしは生きているかもしれない。だが、それにどんな違いがあるというのだろう?」を思い出してしまったものですから。

そうですか、そうですか。その失われた膨大な時間が自分の目の前を轟音を立てて走馬灯のように逆流し(走馬灯が逆流するってか???)、しばし呆然となり、しばらく虚空を見あげてしまいました。位置的にいえば、天井の隅、廻り縁が合わさるあのあたりです。

しかしまあ、経ってしまった年月を、いまさら悔いてみてもどうなるものでもありません。

気を取り直して裏表紙に掲載されている「文芸座」と「文芸地下」で行われたという上映プログラムを眺めてみました。

ちょっと転写してみますね、なんといっても、このくらいの時間が経てば、単なる文字列とはいえども、もはや熟成を遂げた一種の立派な民俗学的な価値のあるものです、そうに違いありません。

もうこうなった以上、のんびり掃除なんかしている場合じゃありませんから。

掃除なんかしなくたって、べつに人間たるもの、死にゃあしませんし。そうだ、そうだ、ばかやろ~。


【文芸座スケジュール】
1976
5.11~5.16 「中国女」「ウィークエンド」(ともにゴダール)
5.17~5.19  J・ドレー「ボルサリーノ」、J・ジョバンニ「ラ・スクムーン」
5.20~5.22  ルネ・クレマン「禁じられた遊び」、アラン・レネ「二十四時間の情事」
5.23~5.25  トリュフォー「映画に愛をこめて アメリカの夜」、アンリコ「ラムの大通り」
5.26~5.28  P・コラルニック「ガラスの墓標」、J・ロートネル「狼どもの報酬」
5.29~5.31  J・ドミー「シェルブールの雨傘」、C・ルルーシュ「男と女」


【文芸地下スケジュール】
1976
5.26~5.31 「無人列島」「GOOD-BYE」「王国」(ともに金井勝)
6.1~6.3  原将人「初国知所之天皇」
6.4~6.6  大和屋竺「裏切りの季節」、足立正生「略称 連続射殺魔」
6.7~6.9  藤沢勇夫「バイバイラブ」、大森一樹「暗くなるまで待てない!」
6.10~6.12  内川清一郎「一寸法師」、中川信夫「地獄」
6.13~6.15  土本典明「不知火海」、小川紳介「どっこい! 人間節」


これって、一向に古びていない、すごいライン・アップですよね。

実際にこれらの作品を見た1976年という年を考えるなら、「不知火海」や「どっこい! 人間節」などは、まさに最新作だったでしょうし、このリストのなかで、一番古い作品というとルネ・クレマンの1952年の「禁じられた遊び」だと思うのですが(見た当時でさえも、ずいぶん古い作品だという認識はあったと思います)、それでも1976年という時点からすれば、たった24年前の映画だったわけですし。

なんだか、そういうふうに考えると感無量(時間の経過と作品の普遍性)という感じがします。

ここにライン・アップされている作品は「現代」という時点から見ても、その存在感は確固たるものがあって、自分の中ではいまだ古びた感じは一向にしないのですが、2019年といういま、僕たちが現在見ている映画たちが、どれだけ時の流れに抗して風化することなく、1976年に見たこれらの作品と同じように、確固たる存在感を保ち続けて未来の時間を生き残ることができるだろうかと考えたとき、たぶんそのほとんどは「無理」だろうなという残念な確信に捉われました。

そこではじめて気がついたことがあります。

このプログラムには、上映された邦画の監督たちが、それぞれコメントを寄せていて、自分はそれを漫然と読んでしまっていたのですが、そこでハタと気が付いたことがありました。

自分が書籍の編集者だった現役のころ、友人から頼まれてある作家の全集を作る下準備として諸々の雑誌に書き散らしたコラムを丹念にひとつひとつ拾い集めるという作業を手伝わされたことがありました。

大作家と言えども食うや食わずの駆け出しの時代には、生活のためなら注文があれば、どんなにつまらない仕事でも、匿名でエロ雑誌のカラー頁に書いたコラムや名もない業界誌、市民広報などに匿名で書き散らしたコラムまで丹念にあたって調べ上げ、拾っていくという気の遠くなるような作業でした。

あたる雑誌というのは、当時、奥さんという人が家計簿に収入として細かくつけていたリストがあったので、そのリストが手掛かりになっていたので無闇矢鱈に調べたというわけではありませんでしたが、当然、そのなかには最初から全集などに収録できるわけもない猥雑な小文とか無内容なものも相当あり、最初から採用されないと分かっているものでも、採用の有無は上の機関がするということで、自分たちの仕事は、あらゆるもの「すべて」を蒐集することだと命ぜられた実に徒労感に満ちた仕事でした。

この文芸座・文芸地下のカタログを読んでいたときに、ふっとそのときの記憶がよみがえってきたので、このようなカタログに載ったような、たとえ小文だったとしても、そこはきちんとデジタルで残しておくべきなのではないかとふと考えた次第です。

この特集上映のために署名入りの作品解説を寄せた監督は3人いて、

原将人「ぼくのスクリーンサイズ ―『初国知所之天皇』文芸地下上映に寄せて―」
内川清一郎「一寸法師雑感」
中川信夫「『地獄』いろいろ」

とあるのですが、自分的には、もっとも鮮烈な記憶の中に生き続けている「初国知所之天皇」の原将人の作品解説(原文)を書きとどめておきたいと思います。




★原将人「ぼくのスクリーンサイズ」 ―『初国知所之天皇』文芸地下上映に寄せて―                  原 将人

ぼくは一番前で映画を見るのが好きだ。一番前に坐ってぼくの視覚を全部スクリーンが占めなければ気がすまない。前に他人の頭があると見た気がしないくらいだ。
だから、ぼくは映画はフィルムと光があればそれですべてで、それ以外のこと、例えば制作条件のこと、上映の形態のことなどは、言い切ってしまえば、個人的な好みの範疇に属するにすぎないとまで言ってきた。
そんなぼくが『初国知所之天皇』を撮ってからというもの、自分で映写技師をやりながら上映してきた。初めの頃はぼくの視覚を全部占めないスクリーンサイズに苛立った。そして、スクリーンの一番前で自分の映画を見たいと何度思ったことだろう。16mmにブローアップしたことのひとつにもそのことがあった。ブローアップは自分で簡単なプリンターを組み立てて、スクリーンを撮影するのではなく、直接8mmのフィルムのコマを撮影していったので、鮮度をまったく損なわずブローアップすることができた。8mmの粒子の荒れをそのまま16mmに置き換えることができた。一番前の座席で粒子の荒れた画面を凝っと見ていると、粒子の荒れやボケが不思議な魅力を醸し出し、キチンとした35mmの画面より、よりリアルなものを感じられたのだった。
でも、一番前の座席でゆっくりと見ることのできたのも試写の時だけで、その後はやはりぼくが映写技師をやらなければならなかった。でも、16mmの映写技師は本当に映写技師だ。8ミリのようにスピードを自由に選んだり、音楽やセリフを流すところもその時の気分だったり、あたかも映画を演奏するようにはいかない。
やはり自分で映写するには8mmでなければおもしろくないし、ぼくが映写する意味もない。いまではもっと映画を演奏したい気分でいっぱいで、ギターも少し弾けるようになったので、音楽も生演奏でやることにした。
自分でギターを弾きながら、8ミリと、16mmが少し混じったオリジナル版を映写していると、テープの音を出す箇所を間違えたり、テープを止め忘れたりする。以前だと、止めたり巻き戻したり、あるいはヘッドホーンでモニターをしながら必死になって合わせたりしていた。音を出す場所とか、フィルムのスピードとかは毎回微妙に異なるのだが、そんなふうにして手動同調によってある範囲よりは大幅に異ならないようにしていた。でもいまは、間違ったり、止め忘れたりしても、あまり慌てたりせず、そのまま次の切れ目まで見送ってしまっている。それはもっと毎回毎回、異なった完成の仕方をする『初国知所之天皇』を楽しむことができるようになったのだろうし、それ以上に、毎回毎回、音がズレたり、演奏が全然異なったりしながらも、スクリーンの上に確実に存在しているふわふわした魂みたいなものがはっきりと見えるようになったからに違いない。
『初国知所之天皇』を撮り終えてから3年になろうとしている。そして漸く新しい大作に取り掛かることができそうだ。
時間は決して直線に流れているのではない。その3年の時間のへだたりによって、また新しく撮り始めようとしていることによって、自分が3年前撮影していたとき、何をやろうとしていたのかが、ふっと後ろに纏い付いている影のような自分の姿がはっきり見えるような気がする。
『初国知所之天皇』は舗道に映ったぼくの影から始まる。そして延々とぼくの撮影した日本の風景と時折ぼくの姿が映し出され、そこに少々たどたどしく少々廻りくどいぼくのナレーションがかぶさり、それが時折は撮影しながらぼくが作った唄だったりする。それがオリジナル版では8時間・16mmリフレイン版では4時間も続くのだけれども、そのなかでぼくはずっと大切なことを、しかもそれだけの時間を必要とする大切なことを言い続けてきたのだろう。ふっと付き纏っている影というような漠然とした言い方しかできないが、ぼくはいまはっきりとそれを見ることができる。
オリジナル版で8時間、16mm版でも4時間もあれば、あまり窮屈でないところでゆっくりと、できれば寝っ転がって見れれば一番いいにきまっている。だから、いままでも上映する場所とか雰囲気に非常に気を使ってきた。でも、一方では、どんな場所であれ大勢の人に見てもらいたいと思う。たとえ同じ場所でも、どこの座席で見るかによって印象は異なるし、見る人のその時のコンディションによっても異なるのだから、上映する場所とか雰囲気に気を使いだしたらきりがない。だから、どんな場所でも見える人には見えることと、映画にそうした条件を超える力があることを信じるしかない。
そして、大勢の人に見てもらうには映画館ほど相応しい場所はない。8mmオリジナル版のライブ演奏による上映を始めたいま、それと並行して16mmリフレイン版がこれを機会に、どんどん映画館とか大きいところで上映されて、出来得る限り多くの人たちに見てもらえればうれしいと思う。



【おまけ】
2011-02-01
★『初国知所之天皇』が甦る              原 將人

1990年代の初頭の頃、私は来日したジョナス・メカスさんに初めてお目に掛かり新宿のナジャで指圧をして差し上げた。指圧が終わってからメカスさんが言った。「原クン、お礼にいいことを教へてあげやう。映画はアルタミラとラスコーの洞窟壁画から始まったんだよ」
燃え盛る焚き火の炎に、けふの感謝と明日の狩猟の願ひと祈りを受けて、うたとともに、揺れ動いてゐた、牛や手の洞窟壁画こそ映画の始まりだったのだ。20代で8ミリに出会ひ『初国知所之天皇』のライブ上映により、映画の始源を追ひ求めてきた私にとって、その言葉はまさに啓示だった。
現在は無い。有るのは過去と未来ばかりで、現在はその接点に過ぎないと言った哲学者がゐたが、ライブとは未来を過去にしていくその接点の軌跡だ。映画の撮影は未来を過去にしてゆく作業で、いはば記憶づくりだ。そして、上映は過去を未来に差し戻し、映画館といふ場所での集合的な記憶にしてゆく過程だ。20世紀に産業として成立した映画にはそれができなかったが、映画にはライブといふ形式こそ理想なのだ。願ひと祈りの場所の記憶の集積。映画は想起すべき過去を伴ってこそ、語り継がれる記憶となる。私がライブ上映にこだはる理由はそこにある。
しかし、1973年にライブ映画として一世を風靡した『初国知所之天皇』は、30数年の長きにわたってそれができなかった。今回それが復活するいきさつは次ぎのやうなものである。
30数年前私は火事に遭った。分厚いプラスチックの大きなリールに巻かれた『初国知所之天皇』のオリジナルの8ミリフィルムは、変型したリールとケースの殻に包まれて一塊の異物と化してゐた。幸いラボに置かれた、ブローアップした16ミリは無事だったので、その後の上映はすべて16ミリ版でまかなってきたが、私は異物と化していた8ミリの塊を自分の分身の遺骨のやうにして、引っ越す度にも捨てずに持ち歩いてきた。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし」と、無常感に浸るには、私は余りにも若過ぎたのだった。だが、皮肉なことに、2006年の富士フィルムの8ミリ製造中止のニュースによって、やうやく、この世の無常を思ひ知らされた。
私は意を決して一塊の異物となった『初国知所之天皇』のオリジナルフィルムをハンマーで割ってみた。なんと異物と化してゐたのはリールとケースばかりで、フィルムそのものは無事だった。巻頭部分の変形こそ痛々しかったが、それを過ぎるとほぼ30数年前と変はらぬ状態でプラスチックの殻に守られてゐたのだった。私はそのハイライト部分を『初国の旅』と名付け、それを中心にして3面マルチを組み『マテリアル&メモリーズ』といふライブ作品を編んだが、3年間のライブ上映を繰り返すうちに『マテリアル&メモリーズ』は増殖し、『初国の旅』が無くても成立するやうになった。
そして、キッドアイラックホールといふ1970年代の記憶を共有するのに最適な場所も見つかった。そんな折も折、宇波拓、テニスコーツを中心にした音楽サポートの申し出を受け、40年振りに『初国知所之天皇』のライブ上映が復活することになった。
アルタミラロとラスコーから始まった映画の記憶を甦らせたいと心から願ひ祈るばかりである

* * *

☆原 将人(正孝改め)
1950年(昭和25年)7月15年生まれ。東京都目黒区出身、
1968年(昭和43年)、高校在学中に映画『おかしさに彩られた悲しみのバラード』により第1回東京フィルム・アート・フェスティバルグランプリ、8mmATG賞を同時受賞した。
17歳の映画作家誕生ということで話題を投げた。昭和44年麻布高校卒業。
その後の作品には、「早川義男自己表現史」1970、「東京戦争戦後秘話・予告編」1970(脚本のみ。監督は大島渚)がある。
1973年(昭和48年)『初国知所之天皇』(はつくにしらすめらみこと)で8mm映画の新しい地平を開き、後進たちに勇気と希望を与え、数えきれないほどの作家、監督を輩出した。
1975年(昭和50年) 初国知所之天皇 リフレイン
1979年(昭和50年) ユリシーズの不思議な旅(ビデオ作品)
1980年(昭和54年) 初国知所之天皇 アゲイン
1982年(昭和57年) 人間・0歳の周辺
1983年(昭和58年) らいちょうのうた
1985年(昭和60年) C・W・ニコルの世界(テレビ番組)
1993年(平成5年) 百代の過客
1994年(平成6年) 初国知所之天皇 1994年版
1996年(平成8年) 101年目の映画へ(テレビ番組)
1997年(平成9年) 20世紀ノスタルジア(初の商業映画『20世紀ノスタルジア』で、第38回日本映画監督協会新人賞を受賞)
1997年(平成9年) ロードムービー家の夏(金子ともかず、小沼亮子との共同監督)
1999年(平成11年) 原発通信(はらはつうしん、ビデオ作品)
1999年(平成11年) 豊饒のバッハ
2002年(平成14年) MI・TA・RI!(第1回フランクフルト国際映画祭観客賞受賞)
2015年(平成27年) あなたにゐてほしい Soar

参加作品
薔薇の葬列(1969年)
東京战争戦後秘話(1970年)
オレンジロード急行(1978年)
急にたどりついてしまう(1995年)

著書
見たい映画のことだけを(有文社)
父と子の長い旅(フィルムアート社)
20世紀ノスタルジア(扶桑社)



【初国知所之天皇(はつくにしらすめらみこと)】
『初国知所之天皇』は、1973 年、当時23歳だった原將人(正孝)によって発表された。8ミリ+16ミリの作品で、『古事記』と『日本書紀』をベースにした北海道から鹿児島まで旅する 壮大なストーリであるとともに、神話的世界の国づくりが映画づくりに重なり、国家と個人が統合される。
1973年に同一スクリーンに8mmと16mmの2種類の映写機によって交互に映写していく上映方式によって公開され、大きな反響を呼んだインディーズ映画の傑作「初国知所之天皇」の1994年ニューバージョン。1971年、日本の神話〈古事記〉に材を取って撮影を始めた16mm劇映画「初国知所之天皇」は半ばにして挫折するが、翌年、原監督はひとりで8mmカメラを手にして撮影できなかった撮影予定地をまわる旅に出る。その映画を撮るという行為そのものを記録した、作家による作家自身の映画日記、映画についての映画が「初国知所之天皇」である。1973年上映時は6~7時間の上映時間であり、その後1975年には16mm作品として4時間5分バージョンが、また1980年には2面マルチ映像による2時間の再編集版が作られた。ニューバージョンは1975年版を2面マルチヴァージョンとして1時間48分に再編集したもので、1993年の山形国際ドキュメンタリー映画祭に特別上映された。



# by sentence2307 | 2019-03-21 17:56 | 原将人 | Comments(0)

カメラを止めるな!

この作品「カメラを止めるな!」の存在を知ったのは、町山智浩がラジオで紹介していたのを、たまたま聴いたのが最初だったかもしれません。

それとも、新聞が報じていた記事
「公開当初は、たった2館のみで上映されたこの作品の観客動員数がものすごくて、上映館を一挙に100館超えで全国拡大した」

を読んだのが、あるいは最初だったのか、いまとなっては思い出すことができませんが、いずれにしても、従来なら、金に飽かした映画会社の誇大広告の猛烈な攻勢によって、作品そのものとは別の次元で空疎なイメージをでっちあげ、とにかく投資資金の回収だけはしなければと、必死になって集客をあおる詐欺まがいの営業戦略にすっかり慣れきってしまっている僕たちにとって(そこでは、提供された粗悪な作品を実際に見たあとでお約束どおり「あの映画、それほどでもなかったよ」とガッカリ失望することさえもセットになっていたくらいです)、しかし、この「カメラを止めるな!」は、ここ何年もついぞ経験したことのない、いや、あったとしてもすっかり忘れてしまったほどの時間が経過した、観客の側から盛り上がった鮮烈な「草の根的な現象」だったと思います。

あのとき、町山智浩は、たしか、映画の後半は「ネタばれ」になるから話せないとか言っていて、内容の詳細にわたる言及までは避けていました。

以後のネットの書き込みを注視していても、次第にこの作品の大まかな骨格は分かってきましたが、やはり「ネタばれ」は避けるという姿勢だけは貫かれているようでした。

そのたびに、いったい「ネタばれ」ってなんなんだという苛立ちが、自分のなかに積みあがっていくのを感じました。

以前、映画の惹句のひとつのスタイルとして、「この映画を見た人は、まだ見てない人に、映画の結末を絶対に話さないでください」というのがありました。

自分の記憶では、その惹句を最初に使った作品は、たしかヒッチコックの「サイコ」だったと思いますが、そもそも、映画「サイコ」が、最初から「犯人」を知ってしまったからといって、どうこういうタイプの作品なのかという苛立たしい疑問(まさかミステリー映画じゃあるまいし)がずっと自分の中にあり、収益をあげなければならない映画会社としては、謎解きを楽しむミステリー映画と宣伝したほうが分かりやすく売りやすいと考えたくらいのことは自分にも見当がつきましたが、しかし、ヒッチコックのあの傑出した作品「サイコ」を、なにも「犯人さがし」の映画にしなくたってという苦々しい思いは常にありました。その程度のことなら、なにもわざわざトリュフォーの見解を確かめるまでもありません。

この映画「カメラを止めるな!」にしても、ケチな「ネタばれ」なんかに気をとられるよりは、入れ子細工のように工夫を凝らしたアイデアの重層的な部分をもっと楽しめばいいと思います。

まあ、そんな感じで、すぐにも見てみたいと思ったものの、折あしくその時期がちょうどアカデミー賞選考の前哨戦で盛り上がっていた真っ最中でもあり、誰もがアカデミー賞に再び「メキシコの風」が吹きまくるのではないかという期待と噂でもちきりになっていたときなので、ついつい自分も「オスカー・レース」の追っ掛けに入れ込んでしまいました。

結論的には、アカデミー賞は、やはり「アメリカ・ファースト」でしたが、そうしたゴタゴタのなかでは映画「カメラを止めるな!」を見るまでの余裕がなく、そうこうしているうちに、ついに地上波の放映に先を越されてしまったというわけです。

しかしまあ、何だかんだいっても、どんな形ではあれ、とにかく映画は見さえすればそれでいいのですから、長い間見ることを先延ばしにしていた期待の作品を、こうしてようやく見ることができました。

しかし、いたずらな「先延ばし」が、功罪を伴うということは言えるかもしれません。確かに、その間に、聞かなくて済んだかもしれない(明らかにまともでない)多くの人の感想を「まともに」聞いてしまったということはありました。

例えば、そのなかには、聞き捨てできないような、こんなコメントもありました。

「この作品、キネ旬のベストテンには入らなかったんですよね。その程度の映画なんだなと思いました」と。

おいおいおい、ちょっと待てえや、あのな、ええか、ベストテンとか選ぶために雁首ならべているあの連中・選考委員とかいう奴らをよく見てみろや、な、ろくな奴いてへんやん、自認しているかどうかはともかく、彼らに課されている役割というのは、ただ「平均点」を出すこと、彼らの雑多な意見が均されて「平均」になるのではなくて、メジャー的な発想で最初から均された意見しか持ってない者たちを並び立てているのみと見るべきであって、映画「カメラを止めるな!」がキネ旬の何位にランクされたかなど、ここでは全然異次元の、問題とするにさえ値しない。ここで大事なことは、インディーズがメジャーを一瞬でもおびやかしたということがキモなんだよ。

このメジャーの大資本とインディペンデント映画が、互いを決して容認も理解もしなかったという事例なら、アメリカに恰好な記録があります。

1958年、ニューヨーク派の巨匠ジョン・カサヴェテスは、インディペンデント映画の傑作「アメリカの影」を撮ります。従来のハリウッドの描くニューヨークが、軽妙洒脱な華やかな「都会」を描いたのに対して、カサヴェテスは、当時タブー視されていた有色人種と白人の葛藤を暗く重厚なタッチで鮮烈に描いて、ニューヨーク派に深刻な衝撃と高い評価を得ていました。

シドニー・ルメットの「質屋」が撮られたのが1964年のことですから、その挑発的な先見性と戦闘性には実に驚くべきものがあったと思います。

当初、ジョナス・メカスも絶賛したひとりだったのですが、しかし、その「絶賛」は、すぐに「罵倒」に代わりました。

メカスが絶賛したのは、上映時間60分の16mmオリジナルヴァージョンの方で、罵倒の対象になった作品は、カサヴェテスが作品を分かり易くするために再編集した上映時間87分35mmブローアップ版で、こんなものは単なるハリウッドにおもねった「悪しきコマーシャル映画でしかなく、インディペンデント精神の放棄にすぎない」と腹立たし気に罵っています(メカスの映画日記20~23頁)。しかし、35mmブローアップ版しか知らない僕たちには、この檄文を複雑な思いで読むしかありませんが。

つまり、自分の言いたいことは、メジャーの大資本とインディペンデントがつくる映画には、理解し合えない溝があるのが当然で、インディペンデントでなければ表現しえないものがあることを自覚・自認すべきと考えた次第で、映画「カメラを止めるな!」がベスト・テンに入らなかったのは、むしろ当然だと思うくらいでいいのだと思います。

そこで、ちょっと前に出た「キネマ旬報」2月下旬号(ベスト・テン発表特別号)を引っ張り出しました。

実は、この号、自分的には「永久保存版」という位置づけで毎年買っているのですが、文字通り、ただ保存しておくだけで、買って以後開いたことがありません。そしていつの間に書棚から姿を消してしまいます。

以前ならデータ満載の資料として貴重な雑誌だったのでしょうが、ここに掲載されているくらいのことは、いまではインターネットで容易に検索できてしまいます、あえて見る箇所があるとすれば、11位以降のランキングを知りたいと思うときくらいかもしれません。

さっそく、映画「カメラを止めるな!」が、はたして何位にランクされているのか、確かめてみました。

ふむふむ、17位ですか、これだってすごいことですよ、まさに快挙といっていいくらいです。

そこで、選者たちが「カメラを止めるな!」を何位にランクし、またどう言及しているか、ピックアップしながら最初から読んでみました。

「素朴な映画愛のためらいのなさがいい」8位(内海陽子・映画評論家)
「映画館で感じた熱量もふくめて」10位(大久保清朗・映画評論家)
「2018年の映画界最大の話題は『カメラを止めるな!』現象でいいとして、それは実質的側面を代表する作品ということにはならない」10位(大高宏雄・映画ジャーナリスト)
「『カメラを止めるな!』も外れましたが、すでに十分すぎる評価ではないでしょうか。」ラン外(尾形敏朗・映画評論家)
「エンタテインメントとして楽しんだ」10位(川本三郎・批評家)
「上田慎一郎の『カメラを止めるな!』・・・など新人の挑戦に刺激を受けた」と名をあげながらも無視(金原由佳・映画ジャーナリスト)
7位にランクするもコメントなし(黒田邦雄・映画批評家)
「特記すべき長編初監督作として上田慎一郎の『カメラを止めるな!』・・・をあげておく」9位(轟夕起夫・映画評論家)
「『カメ止め』ブームが象徴しているように、衝動に駆られて製作した作品、撮ることの喜びと苦悩が溢れ出ていた作品が力を発揮していた。」といいながらランク外(中山治美・映画ジャーナリスト)
「どう考えても『カメラを止めるな!』以外のベスト・ワンは思いつかず、評判になってから『大したことはない』という声も聴きましたが、『大したこと、大あり』でしょ」1位(野村正昭・映画評論家)
「『カメラを止めるな!』・・・はすべて新人監督。」4位(平辻哲也・ジャーナリスト)
「平成最後のキネ旬ベスト・テンを象徴するかのようにジャパニーズドリームを見事に成し遂げた『カメラを止めるな!』に軍配を上げようと思っていたが・・・」2位(増當竜也・映画文筆)
「2018年の日本映画界を語るうえで欠かせない『カメラを止めるな!』は、自主映画に近い製作体制で作られたインディーズ映画。論壇だけでなく興行面においても圧倒的な熱を帯び、100年先に映画史を振り返る際にも時代の指標となるだろう。同時に、瀬々敬久や白石和彌などメジャー映画会社で実績ある監督も、自主映画に近い製作体制で作品を発表したことを忘れてはならない。いま日本映画界が考えるべき問題は此処に存在しているからだ。」といいながらランク外(松崎健夫・映画評論家)
10位にランクすれどもコメントなし、こういう二枚舌使う卑劣なヤカラがヤバイのだ(三留まゆみ・イラストレイター)
「興行的には『カメラを止めるな!』が話題を呼んだが、作品的には弱い印象がした。」興行的ってさあ、メジャーは「興行的に」狙っているのに当てられなかったわけだろ! そこを言ってんの、アホ。ランク外(村山匡一郎・映画評論家)
7位にランクすれどもコメントなし、7位(吉田伊知郎・映画評論家)
「前半は少し退屈な『カメラを止めるな!』だが、映画作りにはまだ一獲千金の夢があることを教えてくれたことへの感謝をこめて」10位(渡辺祥子・映画評論家)
5位にランクすれどもコメントなし、5位(渡辺武信・映画評論家)


こう読んできて、一応まともなのは、野村正昭、松崎健夫、渡辺祥子くらいで、あとの連中は、お仕事ほしさに大手資本の顔色をうかがってヨイショすることに窮々としているだけで、こんな愚劣な連中がもっともらしく採点しているわけですから、何位になろうと別に気にすることはありません。

ちなみに、この号の「日本映画採点表」のいちばん最後に載っている映画は、107位の「真っ赤な星」、そして、この作品を映画評論家・秋本鉄次という人が10位にランクし1ポイントを計上したことによって107位にランク・インさせて、ランキングの末端で攪乱を狙ったわけですが、これがそもそもどういう映画かというと、
≪国内外で注目を集める新鋭・井樫彩監督が、孤独を抱える14歳の少女と27歳の女性の愛の日々をつづったラブストーリー。田舎町の病院に入院した14歳の陽は、優しく接してくれる看護師の弥生に特別な感情を抱くが、退院の日、弥生が突然看護師を辞めたことを知る。1年後、陽は街中で偶然にも弥生と再会する。しかし彼女は現在、男たちに身体を売って生計を立てており、過去の優しい面影はすっかり消えていた。学校にも家にも居場所のない陽は、引き寄せられるように弥生に近づくが、弥生には誰にも言えない悲しい過去があった。孤独を抱える2人は、弥生のアパートで心の空白を埋める生活を送りはじめるが……。陽役を「みつこと宇宙こぶ」の小松未来、弥生役を「THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY リミット・オブ・スリーピング ビューティ」「娼年」の桜井ユキがそれぞれ演じた。≫
なのだそうです。

そして、この解説中にある同じ桜井ユキが出演した「娼年」も4位にランクして7ポイントを計上したことによって、「娼年」はみごと、54位にランクされました。54位になるためには、12ポイントというポイントが必要だったわけですから、この秋本氏の4ポイントがいかに効いたか、いかに寄与したかが、これだけで分かります。

桜井ユキの親戚か、あるいは単なるストーカーかもしれず、いずれにしても「万引き家族」「菊とギロチン」「きみの鳥はうたえる」「寝ても覚めても」をさしおいて、「真っ赤な星」と「娼年」などに投票してしまおうという不自然さには、いかにもイカガワシイ人には違いないという印象をぬぐえません、親戚かストーカーかと勘繰りたくもなるというのも当然です。

そういうひねくれた人たち(わたしは違います)が集まって選ぶベスト・テンです、なにもランク・インしなかったからといって少しも気にすることなんかありませんヨ。

でも「キネマ旬報 ベスト・テン特集号」をはじめて有効に活用できて嬉しいです。

この映画「カメラを止めるな!」は、ワンカットで映画を撮るという命題を与えられ、映画人が夢とプライドを呼び覚まされ、「映画」のために結束し、あらゆる困難を克服して映画を取り上げたという作品ですが、しかし、スポコンものとは違います。ワンカットで映画を撮りあげるということが、映画人のむかしからの夢だったからだと思います。
思いつくままに長回しで著名な監督名をあげると、

アスガル・ファルハーディー
アルフォンソ・キュアロン
アルフレッド・ヒッチコック
アレクサンドル・ソクーロフ
アンドレイ・タルコフスキー
ヴィム・ヴェンダース
オーソン・ウェルズ
カール・テオドア・ドライヤー
ギャスパー・ノエ
クエンティン・タランティーノ
ジム・ジャームッシュ
ジャ・ジャンクー
ジャック・リヴェット
ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
ジャン=リュック・ゴダール
ジャン・ルノワール
ジョセフ・W・サルノ
スタンリー・キューブリック
相米慎二
タル・ベーラ
ツァイ・ミンリャン
デヴィッド・リンチ
テオ・アンゲロプロス
ブライアン・デ・パルマ
ポール・トーマス・アンダーソン
ホウ・シャオシェン
マーティン・スコセッシ
マックス・オフュルス
ミクローシュ・ヤンチョー
ミケランジェロ・アントニオーニ
溝口健二
三谷幸喜
ミヒャエル・ハネケ
ルキノ・ヴィスコンティ
ロバート・アルトマン

ということになり、あげてみればきりがなく、枚挙にいとまがないという感じです、例えば、演技の高揚を止切らせることを嫌った溝口健二は、細かいカット割りをせずに、カメラを据えっぱなしにして俳優の演技をじっくりと追いました。何十回もダメ出しされた俳優たちは、どのように演じればいいか分からなくなり、心理的にも体力的にも追い詰められて、ついにパニックになって冷静さを失い、無我夢中で逆上気味に愁嘆場を演じたとき(演ずることを超えたとき)、はじめて溝口健二からOKがでたといわれています。

反対に、小津監督は細かくカットを割ることによって、俳優には極力「演技」をさせませんでした。そもそも小津監督が俳優の演技というものを信用してなかったということはあったかもしれませんが、むしろ、無駄な動きを封じることでかもし出されるゆったりとした一連の動作と閉ざされた時間のなかに、日常生活を生きる人間の思いの深み(諦念とか失意とか)を表そうとしたのではないかと思います。

この映画「カメラを止めるな!」は、ワンカットで映画を撮るという映画人にとっての至上命題が、それまでダレていた現場に、「活動写真」の歴史的モラルを思い出させ、映画を撮るために一致結束することの歓びを描き得たのだと思いますし、そうでなければ、僕たちにこれほどの感銘を与えることはできなかっただろうと思います。


そうそう、この小文の最初に「この作品は、工夫をこらしたアイデアの重層的な部分をもっと楽しめばいい」と書きました。

アップされた多くのコメントのなかに、この「カメラを止めるな!」をトリュフォーの「アメリカの夜」のパクリだと断じた意見を読みましたが、それにはちょっと首をひねらざるを得ませんでした。

そのご仁が、映画製作の現場の舞台裏を見せるという意味において単なるメイキング・フィルムと印象したのだったとしたら、それは勘違いもはなはだしいと思います。

かつての「メイキング・フィルム」というのは、巨匠とよばれる大監督が、かっこよく撮影現場をテキパキと仕切ったり、主役級の俳優たちが、あれこれと演技に工夫を凝らす様子を写したもので、しかもトリュフォーの「アメリカの夜」にいたっては、それぞれに「映画の記憶」を呼び覚ますという幸福な思い出に耽溺できる品格をそなえてさえいたことを思うと(その「映画の記憶」の具体例については、wikiから拝借して、末尾に貼りつけておきました。)、映画「カメラを止めるな!」とは、似ても似つかないものというしかありません。

映画「カメラを止めるな!」は、監督不在(あるいは、ダレた監督なら、いなくとも十分やっていけるという皮肉)という現場で、スタッフのひとりひとりが自主的に動き、駆けずり回ることができたアナーキーなドキュメントであることで僕たちに感銘を与えることができたのだと思います。

つまり、この監督不在のメイキング・フィルム(「メイキング・フィルム」だったとしたら、ですが)は、「アメリカの夜」というよりも、むしろ、これまでの映画においてはフレームからはずれ、決して目にすることのなかった裏方の名もないスタッフたちが、ストーリーの導き手として跳梁する黒子のような姿をはじめて白日の下にさらして描き切ったという、かつてならあり得なかった画期的な場面を僕たちは初めて目にすることができ、そしてそのことに感銘を受けたのだとしたら、それはやはり「アメリカの夜」などではなくて、篠田正浩の「心中天網島」こそが相応しいかもしれないなと思いはじめた次第です。



【トリュフォーの「アメリカの夜」は、いかにして「映画の記憶」の夢を見たか?】
★タイトルの『アメリカの夜』(フランス語の原題「La Nuit américaine」の和訳)とは、カメラのレンズに暖色系の光を遮断するフィルターをかけて、夜のシーンを昼間に撮る「擬似夜景」のこと。モノクロ時代に開発されハリウッドから広まった撮影スタイルであるため、こう呼ばれた。英語では "day for night" と呼び、この映画の英語タイトルも「Day for Night」となっている。映画のカラー化により使えるシーンが減少し、機材やフィルムの感度が上がって夜間撮影が難しいものではなくなった現在では、この撮影方法はほとんど使われないことになっているが、丁寧に見ていればときどき見られる。
★映画のセットはワーナー・ブラザースの映画『シャイヨの伯爵夫人』(TheMadwomanofChaillot)に作られたものをそのまま使った。そのため9週間の撮影のために80万ドルという少なさで、しかもドル・ショックで実質的に72万ドルの価値しかなくなってしまった。
★日本初公開時のタイトルは『映画に愛をこめて アメリカの夜』だった。1988年のリバイバル公開から『フランソワ・トリュフォーのアメリカの夜』に変更されたが、近年発刊されているデータベース本などでも『映画に愛をこめて アメリカの夜』で記載されてある場合が多いようである。
★献辞で使われた映像は、D・W・グリフィス監督の『見えざる敵』。
★フェラン監督が見る、少年がステッキで『市民ケーン』のスチル写真を盗む夢は、トリュフォーの少年時代の体験。『大人は判ってくれない』でも少年がポスターを盗むシーンがある。
★フェラン監督は左耳に補聴器をつけているが、トリュフォーは補聴器をつけていない。だが、難聴であり、その理由もフェラン監督と同じである。
★フェラン監督が注文した本は、ブニュエル、ルビッチ、ドライヤー、ベルイマン、ゴダール、ヒッチコック、ホークス、ロッセリーニ、ブレッソン。
★冒頭でクレーン撮影を行うシーンがあるが、トリュフォー自身は大掛かりなクレーンは一度も使っていない。
★『突然炎のごとく』でジャンヌ・モローが男たちがドミノに夢中で気を引くために「誰か、あたしの背中をかいてくれない?」というセリフを言った時、口調があまりにも自然だったせいか、小道具係が本当に背中をかいてやったというハプニングがあった。そのとき映画作りの現場を映画にするというアイデアを思いついたのだという。
★猫が思い通りに動いてくれず、何度も撮影をやり直すシーンは『柔らかい肌』での体験。
★ノイローゼ気味の女優が「ブール・アン・モット」という特製のバターを要求してスタッフが慌てるシーンは、ジャンヌ・モローが『エヴァの匂い』で同じ要求をしたという実話から。女優のわがままを象徴するシーンとなった。
★「40本ほどの出演作品のなかで、12-13回は電気椅子にかけられ、刑務所生活は合計すると800年以上も送ったことになる」と語るアレクサンドルのモデルは悪役時代のハンフリー・ボガート。また、彼のモデルとしてジャン・コクトーもイメージされている。
★劇中劇のストーリーはニコラス・レイ監督とグロリア・グレアムの『孤独な場所で』撮影などの間に実際に起こった事件がモデル(劇中劇では男女を逆にしている)。
★フランス女優がセリフの代わりに数字を読み上げるというエピソードは、フェデリコ・フェリーニが『8 1/2』で使った手法。
★彼女のセリフ「昔は女優は女優、ヘアメイクはヘアメイクだったのに」は、ロベルト・ロッセリーニ時代のイングリッド・バーグマンがよくこぼしたという文句。
★ジャクリーン・ビセットをスタンリー・ドーネン監督の『いつも2人で』を初めて観て、使いたいと思って、彼女を念頭においてシナリオを書いていたので返事が遅かった時は本当に悲しかったという。彼女の人物は主に『華氏451』のジュリー・クリスティの思い出と、『恋のエチュード』の二人の姉妹のイメージが加わっている。
★セリフを覚えられない女優のモデルは晩年のマルティーヌ・キャロル。
★ヒロインの女優の告白をそのまま映画のセリフに転用してしまうエピソードは、『夜霧の恋人たち』で当時恋人だったカトリーヌ・ドヌーヴがトリュフォーに告白した言葉を『隣の女』でファニー・アルダン(彼女もトリュフォーとは恋人関係だった)のセリフにしてしまうことで現実のものとなった。これを見たドヌーヴもやはり「あきれたわ、みんな私のセリフじゃない!」と言ったという。トリュフォーには印象に残った言葉や体験をメモに書き留めて残しておく習慣がある。
★アントワーヌ・ドワネルものではないが、ジャン=ピエール・レオがアルフォンスという役名で出てきて「女は魔物か?」ほかの台詞も他の作品から意識的に引用されている。トリュフォーは引用することによって明確に終止符を打ったのだという。
★劇中劇のラストシーンで雪にしようというアイデアが出るところで、保険会社の代表で背の高いイギリス人が出てくるが、スクリーン・テストの時に「ヘンリー・グレアム」と名乗っていたが、途中から作家グレアム・グリーンだと分かる。ニースの別荘に招待してくれたが、ヒッチコックの評価をめぐって大論争になったという。名前を出さないこととスチル写真は撮らないことを条件に出てくれた。



(2017)監督・上田慎一郎、脚本・上田慎一郎、プロデューサー・市橋浩治、撮影・曽根剛、録音・古茂田耕吉、特殊造形・下畑和秀、メイク・下畑和秀、ヘアメイク・平林純子、衣装・ふくだみゆき、編集・上田慎一郎、音楽・永井カイル、主題歌・鈴木伸宏、伊藤翔磨、メインテーマ・鈴木伸宏、伊藤翔磨、助監督・中泉裕矢、吉田幸之助、制作・吉田幸之助、スチール・浅沼直也、アソシエイトプロデューサー・児玉健太郎、牟田浩二、
出演・濱津隆之(日暮隆之)、真魚(日暮真央)、しゅはまはるみ(日暮晴美)、長屋和彰(神谷和明)、細井学(細田学)、市原洋(山ノ内洋)、山崎俊太郎(山越俊助)、大澤真一郎(古沢真一郎)、竹原芳子(笹原芳子)、吉田美紀(吉野美紀)、合田純奈(栗原綾奈)、浅森咲希奈(松浦早希)、秋山ゆずき(松本逢花)、山口友和(谷口智和)、藤村拓矢(藤丸拓哉)、イワゴウサトシ(黒岡大吾)、高橋恭子(相田舞)、生見司織(温水栞)、



# by sentence2307 | 2019-03-16 14:14 | 上田慎一郎 | Comments(1)
自分の主たる関心事は映画なので、ブログに何かを書き込むというと、どうしても「そっち系」の記事になってしまいます。

ここ最近の書き込みを見ても、結果的には「アカデミー賞」関係の記事がズラズラっと並び、まるで映画賞の追っかけみたいな感じになっていますが、自分の生活実態にそくしていえば、決して「映画中毒」的な生活を送っているわけではありません。

クラシック音楽を聴くのも好きですし、ジャズも大好きです。むかしから生ギターで謳いあげる黒人ブルース(シカゴ・ブルース)とかが好きなので、以前はその系統のLPレコードを集めていて、そこでマディー・ウォーターズと出会い、そこからはごく自然にレオン・ラッセルとかローリング・ストーンズとか、無理なくエルトン・ジョンも受け入れることができました。

ビートルズがでてきた当初、同じイギリス出身ということもあってローリング・ストーンズと混同していた友人もいましたが、ローリング・ストーンズがシカゴ・ブルースの影響をモロに受けたアメリカ南部風のコテコテのロックンローラーであるのに対して、ビートルズは、クラシック音楽のテイストをもった純ヨーロッパ系の異色のグループだとすぐに見分けがついたことを覚えています。

そんな感じでつい最近までLPレコードを愛聴してきたのですが、ここ最近は、とくに聴くための装置がなくても、だいたいの音楽はyou tubeで気軽に聴けてしまうので、それに満足さえできれば、とくに聴くための立派な装置など必要としないし、そもそもLPレコード自体を保有する意味も失われてしまったような感じがしていました。

「物質」からその「必要性」がなくなってしまえば、あとに残るものといえば長い間保有してきたこと自体の「愛着」(むしろ、こちらの方が厄介な問題なのかもしれません)とどう折合いをつけるかだけの話ですが、自分を納得させられるメンタル手続きというか操作というか、その「愛着」の中に幾らかは占めているに違いない「物欲」を遠心分離器にかけて抜き取ってしまうという方法を試みてみました。

もしかしたら、「愛着」と「物欲」を取り違えているのかもしれませんし、さらに、「愛着」なんて「物欲」の錯覚で、むしろイコールなのかもしれないじゃないですか、それって大いにあり得ることだと思います、そこのところを確かめてみたいと考えて、ある方法を試みました。

しかし、なにもこんなふうに理屈っぽく考えなくたって、かさ張るLPレコードはそれなりの専用の保存場所を必要として、それでなくとも狭い空間に身を縮めて生活していかなければならない自分のような平凡な生活者にとっては、日常生活を狭めている物質の処理というものは切実な問題なのだという事実だけで、自分を納得させるのには十分な理由のはずなのですが。

その「ある方法」というのは、去年あたりからですが、徐々に近所のリサイクルショップへLPレコードを売り払い始めました。メンタルを納得させるための「荒療治」です。

そして、今年初頭にバスクラリネットのエリック・ドルフィーの名盤「アット・ザ・ファイヴ・スポット Vol.1」を最後に、ついにすべてのレコードの処分が完了しました。

この処分計画をする直前に、もし、手元から所有していた「物」がすべてなくなるという状態になったら、ものすごい空虚感に襲われるかもしれないと想像していたのですが、実際に最後の一枚を手放したときも、それほどの喪失感には見舞われませんでした。

たぶん、ひとつには、その買取り価格がものすごく安かったことにあったからかもしれません。

以前、LPレコードがまたブームになっているというニュースを聞いたことがありましたが、どこの世界の話だと思うくらいの惨憺たる「安値」でした。

その「安値」は、いまでは誰一人聴きもしないような時代遅れのレコードを後生大事に持ち続けていた自分の滑稽さを教えてくれました、それがひとつと、買取りの査定をした若い店員が、そのレコードを手に取って、同僚に「エリック・ドルフィーって、知ってるか」と聞いている無邪気な姿に、かえって救いを感じたのかもしれません、時代は移ろい、マイルス・デイヴィスもジョン・コルトレーンもアール・フッカーも「誰だ、それ?」と聞き返される時代に自分もそろそろ生きはじめているのだなということを実感した瞬間でした。

それから「読書」というのも、自分の生活習慣の重要な部分を占めています。

ただ、少し前と現在では、習慣としての自分の「読書スタイル」に大きな変化がありました。

これはなにも自分に課していた規制というほどのものではないのですが、以前は、一冊の本を完全に読了しない限り次の本を読むということが、性格的にどうしてもできませんでした。

しかし、一冊の本を読み切るためには、一本の映画を見るみたいに2時間やそこいらで済む話ではありません、ゆうに何日も何十日もかかる行為です。

村上春樹の「騎士団長殺し」1部・2部を読んだ時など、正直、1か月かかりました。

それでなくとも、むらっけの多い自分など、一冊の読書にかかりきりになっているその間、どうしても当初の緊張感がうすれ、次第に意識もはなれ、徐々に別の本に興味が移っていて、それがそのときの自分の正直な気持ちの実態なのに(それだって大切な「モチベーション」であることには違いありません)、それでも無理やり一冊の本の読書に自分を縛り付けていたということを繰り返してきました。

考えてみれば、これって、すごくおかしな話ですよね。しかし、かといって、そのとき読んでいた本を放棄して別の本に切り替えてしまったら、それこそ本末転倒の話になってしまいます。

そこで、こんなふうな方法を編み出しました、「複数冊・同時読書」です。

「あんた、そりゃあ邪道だわ。いわば読書の禁じ手」などと言われそうですが、しかし、この方法、自分にはピッタリと嵌まった実に功利的な方法でした。なにしろ、ダラダラ読むよりも、短い箇所を読むことになるので、よほど集中力が増しました、一行一行を集中して読み取ることができるようになりました。

そして、読むのに飽きたら、そのページのその行に付箋を貼っておいて、そのときその瞬間にいちばん読みたいと思っているまた別の本を手に取って読み始めます、「興味優先」のこの方法にはつまらない罪悪感すら入り込む余地などいささかもありません。

それは映画においても同じことだなと気が付きました。興味があるものを、そのときに、あるいは、その部分を集中して少しずつ見る・遅々として読む、というのが、もっとも理にかなった方法であることに気が付いたのでした。

まあ、これは自分だけの方法なのであって、あまり人様にはお薦めできませんが。

そうそう、「付箋」といえば、自分は、読書するときには、片手に付箋を持って読み始めます、以前は、鉛筆で傍線を引いていたのですが、読了後、見直すことを考えたら、付箋を貼るほうが、よほど効率的なのでそうしているのですが(当然、「傍線」の付箋と、「読みかけ」の付箋とは、色違いで区別しています)、前述した村上春樹の「騎士団長殺し」1部・2部のときも、「傍線」付箋を貼りながら読んだのですが、意外に付箋の数はほんのわずかしか貼られることはありませんでした。

たぶん、以前なら、多用される村上春樹独特の「それはまるで○○のような」に感銘を受けていたのに、いまではすっかりその言い回しに慣れてしまい、たぶん飽きてもしまっていて、あえてスマートだと思うこともなく、だから心を動かされることもそれほどではなくなってしまったからかもしれません。

それに、読んでいる最中は面白いと感じた言い回しも、それから何日か経った読了後に読み返してみると、どこが面白いと感じて付箋をつけたのだったかも、すっかり分からなくなってしまっている状態で、意味の失われた付箋をひとつずつ剥がしていった結果、残った付箋はたった一か所、「第2部 遷ろうメタファー編」528ページのこの部分だけでした。


「この世界には確かなことなんて何ひとつないかもしれない」と私は言った。「でも少くとも何かを信じることはできる」


しかし、これだって、時が経てば、なんでこんな言葉に感銘したのだったか、前後の脈絡を失っていく過程で、いつしか貼り付けた付箋の意味さえ分からなくなってしまうに違いありません。しかし、これはなにもネガティブな意味で言っているのではありません。いままさに読んでいるという読書の瞬間のダイナミズムを損なうものではいささかもないことを言いたかったのです。



# by sentence2307 | 2019-03-10 10:28 | 村上春樹 | Comments(0)

「赤ひげ」と「北浜駅」

木曜日の朝、BS放送の番組表を見ていたら、昼に黒澤監督の「赤ひげ」、夜には「新・鉄道・絶景の旅 北海道道東の旅」という2時間枠の旅番組を放送することを知り、いずれも楽しみにしていたのですが、朝一番に出かけた税務署での確定申告がスムーズにいかず、昼過ぎまでずれ込んでしまったために、結局、楽しみにしていた「赤ひげ」の一部を見逃してしまいました。

もちろん、この作品、初見というわけではありませんが、優れた作品というものは、鮮明に残っているはずの印象を、改めて木っ端みじんに打ち砕くほどのパワーを持っていることを幾度も経験しているので、その「パワー」に再び身をゆだねたくて、再見、再々見と、繰り返し見ることを楽しみにしている作品「赤ひげ」だったのですが、今回の場合は、感動を「更新する」というわけにはいきませんでした。

この作品を「見る」側の受け手たる自分のそのときの状態(心的低迷とか衰弱とか)ということも、もちろんありますが。

しかし、「貧困はすべての人間を歪める。それは行政が悪いからだ」というこの作品の主たるテーマは、残念ながら、この作品自体を随所で矮小化させ、「怒れる赤ひげ」本人を単にエエカッコウシイの薄っぺらなカッコマンにしただけのような気がします。

「貧困がすべての人間を歪める」などという素直な哲学なら、いまさら教えてもらわなくとも、いつの時代においても、ごく当たり前のことにすぎず、それまでの黒澤作品には、そういう歪んだ人間たちが炸裂させるさらなる瞬発力が描かれていたことを知っている僕たちは、こうした「赤ひげ」の描かれ方は、黒澤明という傑出した才能の衰弱と後退という惨憺たる印象(これなら単なる「前提」を描いたにすぎません)を一層与えることになったのかもしれません。

自分的には最近、早島大祐の「徳政令」(講談社現代新書2018)という本を読んでいたこともあって、それが多少影響していたのかもしれません。この本の副題は「なぜ借金を返さなければならないのか」、このキャッチフレーズからして知的イメージをくすぐられ、本論もまた傑出した論考という感想を持ちました。

世の中から理不尽な扱い=虐待を受け、あるいは貧困に追いつめられ、社会から見捨てられた弱者がさらに病んで、救いのないその最期のイマワノキワに恨み言ひとつ言うのでもなく、いままさに息を引き取ろうという不運な人々に焦点をあてた怒りのモチーフは大いに理解できますが、しかし、そのもうひとつ先に、黒澤明なら、また別の世界を見せてくれるのではないかという期待が停滞し、裏切られたこの作品に対する失意と、そして悔いとが、自分の中にあったのだと思います。

たぶん、以前に「衝撃」と受け止めたかもしれないこの作品の、細部にこだわった重厚な描写と演技者たちの大仰な演技の数々も、この視点から見れば、その騒擾のカオスを簡潔にまとめるだけの掌握力を欠いた黒澤明の戸惑いによる放置によって、ただ冗長で無意味なだけの引き延ばしがもたらされたものと感じたとしても、その直感は、あながち誤りではなかったように思いました。

これは晩年の黒澤作品に顕著にみられる特徴でさえあることは、周知の事実です。

今回、この作品を見た正直な感想は、「なにも、こんなに長い映画である必要があるのか」というものでした。

またいつか、この作品「赤ひげ」にめぐり会うことがあれば、こんどはどんな顔を見せてくれるのか、いまから楽しみです。

というわけで、不完全な形でしか見ることのできなかった「赤ひげ」だったので、今日の視聴予定番組として2番目にチェックをしていた旅番組「新・鉄道・絶景の旅 北海道道東の旅」の方は、なおさら見逃すまいと思ったかもしれません。サブタイトルは、「冬景色と大自然を満喫」となっています。

平昌オリンピック以来、なんだかカーリングづいている自分は(とくに「女子」にですが)、最近「オホーツク」とか「道東」というワードに出会うと敏感に反応してしまい、その「道東」とつく番組があれば、どうしても見てしまいます。

番組は、釧路駅を出発して知床半島、網走から北見、留辺蘂駅(この町の意外な賑やかさには驚きました)まで、釧網本線から石北本線にかかる旅を列車を乗っておこなうというものでした。

摩周湖に寄り、知床半島では流氷歩きをし、止別でホテルに宿泊し、北浜駅では駅レストランでランチをとり、網走で下車してまた食事をし、北見(とはいっても、実は、さらに常呂町の「カーリング場」まで車でいくのですから、相応の時間を要したと思います)でカーリングに興じ・・・とこの旅は延々と続いていきます、その間、幾度もホテルに宿泊して豪華な食事と贅沢な温泉につかっている場面もありました、自分はあまりにもぼんやりと見過ごしてしまったので、食事回数とか宿泊回数をうっかりしてカウントしなかったのですが、これっていったい何泊の旅行だったのだと突然の疑問に捉われてしまいました。

だって、それでなくともですよ、北海道といえば特急列車優先で、各駅停車など特急が走るスキマ時間を遠慮がちに縫うようにしてかろうじて走っているという継子扱いの状態ですから、それこそ特急が止まらない駅で下車などしてしまったら、次の電車がまたいつ止まってくれるのか、時刻表を見て愕然とし、寒風が容赦なく吹き込む駅舎で寒さに凍え、命の危険さえも感じて辛抱強く待つくらいなら、いっそのことその地で宿泊してしまった方がよほど賢明な選択と思うくらいなのに、この番組では、マイナーな各駅停車駅にも丹念に下車していました(と、感じました)、はたしてこの旅番組の旅行日数がどのくらいのものなのか、番組の最後に突然の疑問がわいてきたというわけです。

実はこの北浜駅には、若干の予備知識がありました、3月3日の読売新聞の日曜版にこの駅のことが紹介されていて(髙山文彦「せつない鉄路を巡る旅」)記憶に残っていたので、古い新聞の束から当の新聞を引っ張り出して確認しました。そしてことさらに記憶に残っていたかといえば、その見出しが印象的だったからだと思います。

そこにはこう書かれていました、「孤独感とは別のさびしさ」。改めて読むと、いい年をしてこんなバレバレの見出しに反応してしまったなんて、ちょっと気恥ずかしい気もしますが。

そして、全国の無人駅を紹介しているこの記事をあらためて読むと、「北浜駅」に言及している部分はほんの数行でした、期待していたぶん、ちょっと拍子抜けです。

そこには、こう書かれていました。

「網走の北浜駅は、目の前がオホーツク海。初雪がどっさりと降った日で大小の鮭が遡上していた。」

この一文を読んだとき、この駅が単に「無人駅」にすぎないのに、自分の記憶のなかに刻まれた時には、なぜかいつのまにか「秘境駅」にすり替わって覚え込んでしまったのだと思います。

番組でも紹介されていたとおり「北浜駅」は、無人駅であっても秘境駅なんかじゃありません。駅舎には立派なレストランもあって、さらにオホーツク海を一望のもとに見渡せる展望台さえ備えている立派な駅です。

あえて秘境駅というなら、女満別空港にもっとも近い駅、「西女満別駅」の方が相応しいだろうなと思いながら、この道東の列車旅の番組を見た次第です。



# by sentence2307 | 2019-03-09 10:34 | 黒澤明 | Comments(0)
ここにきてアメリカのアカデミー賞も日本のアカデミー賞もやっと終わって、ようやく落ち着いた気分になりました。

なんだか、これでアンタの「アカデミー賞」ネタも尽きただろうと言われそうですけれども、負け惜しみではありませんが、自分としては、それほど「アカデミー賞」に熱く入れ込んでいたわけではありません。

だって、いままでアップした小文を見てもらえば、お判りになるかと思いますが、その駄文のどれにも「アカデミー賞・愛」が感じられるようなものなど、ひとつもありません。

結局は、アメリカの作品賞や監督賞がどう決まろうと、それは単なる海のかなたの「情報」にすぎず、自分にとっては、これから遅れてやってくるであろう映画を見るうえでの予備知識というか参考程度のものですし、日本アカデミー賞について書いた小文に至っては、配偶者の名を借りた誹謗中傷でしかありません、よくまあ、あそこまで書けたものだとわれながら感心します。

自分が楽しみにしているのは、ほかのところにあります。

このお祭りみたいな「アカデミー賞受賞作品月間」の期間には、各局や映画関連サイトで、華やかに「アカデミー賞受賞作品特集」をぶち上げて古典的名作を放映するので、ここ何年ものあいだ、それを物凄く楽しみにしています。

今年などは、gyaoで「キネマ旬報ベスト10入賞作品特集」というものまでありました。

しかし逆に、放映する作品の種類も本数も多すぎて、毎日できるだけ見るようにしてはいるものの、それでも追いつかず、たとえその作品群のなかで感銘を受けた作品に出会ったとしても、そこで立ち止まって感想をまとめるなどということは到底不可能、まるでカツオの大群のように押し寄せてくる名作群を次々と捌くようにして見ていくだけで精一杯という状況です、考えてみればこれもずいぶん贅沢な話です。

自分は、cs放送以外では、おもにwowowのオンデマンドか同時配信を利用して映画を見ているのですが、正直、wowowでは、ごく最近の新作をおもに放映するというスタンスのために、少し前に見た映画を控えたメモには、惨憺たる作品がラインアップされています。

自分は、10本見たあとで、それを一括りとして自分なりのベスト10(便宜上)をつけて綴り込みに保存しています。

そのときのベスト10は、こんな感じでした。


1、静かなる叫び(2009)ドニ・ヴィルヌーヴ監督
2、愛を綴る女(2016)ニコール・ガルシア監督
3、レッド・スパロー(2018)フランシス・ローレンス監督
4、ビョンド・ザ・スピード(2017)ミヒャエル・ロスカム監督
5、ユダヤ人を救った動物園(2017)ニキ・カーロ監督
6、犯人は生首に訊け(2017)イ・スヨン監督
7、パリ、憎しみという名の罠(2017)オリヴィエ・マルシャン監督
8、ありふれた悪事(2017)キム・ボンファン監督
9、殺人者の記憶法・新しい記憶(2017)ウォン・シニョン監督
10、15時17分、パリ行き(2018)クリント・イーストウッド監督
あまりにもひどすぎて登録抹消、あゝ荒野・上ばかりでなく下も


このなかで例外は、10位のクリント・イーストウッド作品で、「ミリオンダラー・ベイビー」のような痛切な作品を撮る監督が、こんなものを撮るのかと、期待して見た分だけ、その凡庸さにはものすごいショックを受けました。

このすぐ後で、「アカデミー賞受賞作品特集」において「ミリオンダラー・ベイビー」を見ただけに、なおさらその思いを強くしたかもしれません。

これなどは、期待していたのに失望させられたというケースですが、期待してなかったのに意外に良かったという作品は、1~3の作品くらいでした。

この程度の作品にわざわざ「ベスト10」などつける必要があるのかと、いままで持続してきた自分の習慣が疑わしく無意味に思えてきて、一瞬、揺らいだかもしれません。

その後、すぐに「アカデミー賞名作月間」が始まりました、たぶん、そのスタートはwowowで放映した黒澤明の「生きる」あたりだったと思います。

とにかく本数が多いので、箇条書きにせずズラズラっと書いてみますね。


神々のたそがれ、フレンチ・コネクション、ローズマリーの赤ちゃん、ペコロスの母に会いに行く、川の底からこんにちは、黒衣の刺客、バース・オブ・ネイション、わが谷は緑なりき、荒野の決闘、ストーカー、飢餓海峡、ショーシャンクの空に、たそがれ酒場、バウンド、菊豆、血槍富士、エルELLE、おみおくりの作法、仮面/ペルソナ、花様年華、さらば、わが愛/覇王別姫、吸血鬼(カール・ドライヤー)、フェリーニのアマルコルド、赤い風車、ミッドナイト・エクスプレス、怒りの葡萄、レッズ、ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日、ヘルプ~心がつなぐストーリー、アフリカの女王、ゴッドファーザー、ゴッドファーザーpart2、ゴッドファーザーpart3、ミリオンダラー・ベイビー、アルゴ、君の名前で僕を呼んで(そのとなりに、モーリスとアナザーカントリーと御法度がありましたが)、第17捕虜収容所、8 1/2、アメリカ アメリカ、本日休診、君はひとりじゃない、バリー・リンドン、


などなど、こんな感じです、この怒涛のような名作群に優劣をつけるなど、しょせん無理・無謀な話なのですが、しかし、上記のヘタレな作品のベスト10を考えるのに比べたら、よほど楽しい作業になることは間違いありません。



# by sentence2307 | 2019-03-04 18:50 | アカデミー賞 | Comments(2)
確定申告に必要な書類がまだ全部そろわず、どうしようかとぐずぐず悩んでいる朝、狂気のように納豆をかき回すかたわら横目で新聞をのぞき込んでいたわが配偶者が、食卓の向こうから話しかけてきました。

「ねえねえ、アカデミー賞って、まだやっていたっけ。だってほら、これ」

と自分に向けられた小さな記事には、「日本アカデミー賞」との見出しが小さく記されていました。

この手の記事の扱いの「小ささ」に対する衝撃は、最近も幾度か経験していて、いまではもうすっかり慣れてしまいました、紀平梨花の世界大会6連勝(ひとむかし前なら驚異的な快挙です)とか、カーリングの日本選手権の記事(五輪メダリストが敗退したのにです)とか。世間の冷たさとメディアの節操のなさなんて、いまさらどうこう言うほどの話ではありませんが。

「これはね」と、ここは小さな子供を諭すように、一度大きく息を吸いこんでから、配偶者の顔のなかに揶揄や冷笑や悪意がないかを一応確かめます、毎年、この時期になると繰り返されるお約束の冷ややかな会話が待っていることを覚悟はしてますが。

案の定、目の前には、自分の答えを意地悪そうな薄ら笑いを浮かべて待っている配偶者の狡猾そうな顔があります。まるでコワモテのサラ金の取り立てを前にして弁解しなければならないような強迫感に圧し潰されそうな気分です。

「これはね、日本アカデミー賞っていうのね」

「へえ~、日本のやつもこんなにすぐやってしまうものなんだ、そんなアカデミー賞なら、『グリーンブック』や『ROME/ローマ』でもなんでも押しのけて、アメリカでもらいなさいよ、だわよねえ。これじゃ負け犬の遠吠えどころか、恥の上塗りじゃない、まだ何日も経っていないっていうのにさ、なに考えてるんだこいつら」

ほら、また始まった、映画のことなんか、これっぽっちの興味も関心もないわが配偶者にまで、こんなさんざんな言われ方されてるじゃないですか。しかも、毎年ですよ、これって。そのつど、日本映画界の擁護者として弁解にアイ努めなければならない自分の身にもなってくださいよ、たまったもんじゃありませんから。

とにかく、この名称だけでも、なんか独自性のあるものに変えたほうがいいですよ、これじゃあまるで朝貢の品選びに悩む卑屈な属国根性丸出しの敗者復活戦じゃないですか。いえいえ、これはわたしが言ってるわけでも創作したわけでもなくて、みずからの発言に責任というものを一切持とうとしないわが配偶者が言ったことなのですからご理解を願いたく存じあげます。

しかし、この日頃の鬱憤晴らしに日本アカデミー賞をやり玉にあげて怒りの咆哮をぶちまけて狂気のように激するわが配偶者の凄惨なご尊顔を拝謁しているうちに、ある思い出がよみがえってきました。

もう10年以上まえの話になりますが、sonyのビデオカメラを買ったことがあります。この言い方、少し言い回しが変かもしれませんが、「買いました」ではニュアンスとしては真意を伝えるにはとても弱くて、むしろ、興味があって買ったけれども、使いこなせずにすぐに飽きて、興味が他に逸れたという意味合いを込めるには「買ったことがある」とするのがベストと判断しました。

たぶん、ビデオカメラを買うなんてことは普通のことで、取り立てて買った理由など、ことさらに説明するほどのことでもないでしょうし、また、そのことについて誰からも詮索されたわけでもありませんが、実は、自分だけの秘密の動機というのがありました、このことはいままで誰にも話したことがありません。

「じゃあなにかい、エスカレーターとかでの盗撮目的に使うとか?」などと言われそうですが、いえいえ、そんなんじゃありません、信じてください。興味はありますが、決してやったことはありませんので、ホントです。

実は、その当時、たぶん「ぴあ」とかの主催で、一般から募集する短編映画(上映時間は、ほんの数分のものです)のコンクールをやっていて、応募作品はおもにビデオ作品で、その入選作品の特集をたまたま「日本映画専門チャンネル」で見たのですが、そのなかの1本にとても感心(というよりも、むしろ感動)した作品がありました、「もの凄く」と最上級の言葉で飾っても一向に差し支えありません、なにしろいまだ鮮明に記憶しているくらいですから。

薄れた記憶をたどって内容を書いてみますが、なにせ確認してないままの記憶なので、どこまで信憑性があるか自信がありません、内容そのものが間違っているとか、他の作品と交錯して覚えてしまっているという可能性は大いにありますので、その辺は、あらかじめご寛容いただかなければなりません。

内容というのは、「水戸黄門」と「ゴジラ」がミックスされたようなストーリーで、ご存知・黄門さまが例のトリオで旅をしていると目の前に突然ゴジラが現れ、びっくりするというだけのフィルムだったと思います。

なにせ上映時間が、おそらくほんの数分の短編なので、もちろん複雑なストーリーとかはなく、この4人のキャラクター(水戸黄門、助さん、角さん、そしてゴジラ)をTシャツ・ジーパンのフツーの兄ちゃん(製作者だと思います)がひとりで、そのまま、なんの扮装もなしにそれぞれを表情だけで巧みに演じ分けるという、実に驚くべき作品でした。

まあ、いってみれば一人芝居を普段着の上半身だけで演じたものなのですが、それぞれのリアルな表情の演じ分けにはすこぶる驚愕した記憶があります。

まず、ゴジラです、グロテスクな姿に生まれついてしまったわが身の、その醜さを課した神を呪うかのように天に向かって咆哮する哀しみの慟哭が物凄く真に迫っていました。

朝の食卓で、日本アカデミー賞を呪う配偶者の怒りの表情が、まさに「これ」だったのです、やれやれ。

そのとき受けた衝撃がどれほどのものだったかは、思わず自分をビデオカメラを買うために電機量販店へ走らせたことでもお察しいただけるかと思います。

この方法なら(据えっぱなしのカメラとTシャツ・ジーパン、そして想像力ひとつでOK)自分ひとりでも映画を撮れるのではないかと考えたのだと思います。

それこそ「市民ケーン」だって「怒りの葡萄」だって「さらば、わが愛/覇王別姫」だって撮ることは不可能じゃないと。

しかし、いざカメラを手にしたとき、その不可能を思い知りました。

目の前には、カメラもTシャツもジーパンもあるのに、ただ「想像力を具現化する表情と演技」だけがない、この「ない」がいかに決定的なことか、ビデオで自撮りした自分の顔は見るに堪えない醜さで、これを他人に見せるのかと考えただけで吐きそうになりました。
いや~、演技者の偉大さをこのときほど痛感したことはありませんでした。

わが配偶者は、あんなふうに言ってますが、たとえ世界がすべてあなたのことを冷笑し、揶揄し、馬鹿にし、見放し、敵になったとしても、このわたしこそはあなたの味方です。味方じゃないわけがありません。

いまでこそ愚劣な学園ものしか撮れないとしても、かつての日本映画の栄光を知っている自分こそは力強い最後の友人と思っていただいて結構です。まさにラスト・ユアフレンド・フォーエヴァーなのであります、同じですが。

あっ、配偶者が見回りにやってきましたので、寝たふりしてやりすごしますから、今日はこのへんで失礼します。

(小声で)「永久に栄えあれ、日本アカデミー賞!!」 バンザ~イとかなんとか。

やれやれ



# by sentence2307 | 2019-03-02 11:13 | アカデミー賞 | Comments(0)
今朝のmsnのホームページに「世界の名作ベスト100」という記事がアップされていました。この手の記事があると、「またか」という思いも勿論ありますが、ついつい見入ってしまうというのも事実です、そのまま見ないでいると、結局は、あとあとまでもそれが気になって尾を引くということになるので、ここは「きっぱり、見る」というのが自分にとっての正解ということになります。

しかし、世の中には、それこそ、いろいろの団体、あるいは個々人がそれぞれの「世界の名作ベスト100」を持っているので、ひとつには、その多様性と個性をどこまで楽しむことができるかということに掛かってくると思うのですが、ここにある問題が発生します。

例えば、第1位「市民ケーン」、第2位に「東京物語」を選ぶという通念とか良識?というものがある一方で、当然、意表を突くような個性的な第1位もあるわけで、スタンリー・キューブリックが選ぶ第1位なら、その意外性に驚き、さすがキューブリックだ、なるほどなと個性に感心し、楽しむということもできるのでしょうが、今回msnにアップされた「米映画批評サイトが選んだ『不朽の名作』ベスト100」というタイトルの記事で、出典は「英語圏の映画ファンの間で人気の高い批評サイト/データベースのロッテントマトRotten Tomatoe」なのだそうです。

そういえば、ここのところ、msnのホームページに「オズの魔法使」のジュリー・ガーランドのスチール写真がやたらにアップされていたのは、このことかと思い当たりました。

まあ、「いろいろの団体、あるいは個々人がそれぞれ自分なりの『世界の名作ベスト100」を持ってもいい』わけなのですから、なんでもありは当然なのでしょうが、しかし、ざっと見たところ、このベスト100、黒澤明が4本入っているのに、いまどきのベスト100にはめずらしく小津監督の作品がどこにも見当たりません。

そこでこの「ロッテントマトRotten Tomatoe」がどういった批評サイトだか知りませんが、ちょっとこの小津監督作品を欠落させたベスト100位というものが如何なるものか、分析したくなりました。

分析プランとしては、まず、ベスト100位の作品を掲げ、次に、そこに掲げられた作品が、その監督にとって最良な作品と言えるのか、をチェックするとともに、選ばれなかった監督の最良の作品をあげて比較してみようと考えました。

(注)表中「RT評価〇〇%」と記載されている意味が分かりませんが、ただ「90%」が「100%」よりも先んじて表示されているところを見ると、一定の水準を満たしている予備選考の通過した作品と理解しました。


【米映画批評サイトが選んだ「不朽の名作」ベスト100】

1位:『オズの魔法使』(1939年)RT評価:98%
監督:ヴィクター・フレミング 出演:ジュディ・ガーランド、フランク・モーガン、レイ・ボルジャー

2位:『市民ケーン』(1941年)RT評価:100%
監督:オーソン・ウェルズ 出演:オーソン・ウェルズ、ジョゼフ・コットン、ドロシー・カミンゴア

3位:『第三の男』(1949年)RT評価:99%
監督:キャロル・リード 出演:オーソン・ウェルズ、ジョゼフ・コットン、アリダ・ヴァリ、トレヴァー・ハワード

4位:『カリガリ博士』(1920年)RT評価:100%
監督:ローベルト・ヴィーネ 出演:ヴェルナー・クラウス、コンラート・ファイト、フリードリッヒ・フェーエル

5位:『メトロポリス』(1927年)RT評価:99%
監督:フリッツ・ラング 出演:ブリギッテ・ヘルム、アルフレート・アーベル、グスタフ・フレーリッヒ

6位:『イヴの総て』(1950年)RT評価:100%
監督:ジョセフ・L・マンキーウィッツ 出演:ベティ・デイヴィス、アン・バクスター、ジョージ・サンダース

7位:『或る夜の出来事』(1934年)RT評価:98%
監督:フランク・キャプラ  出演:クラーク・ゲーブル、クローデット・コルベール、ウォルター・コノリー

8位:『モダン・タイムス』(1936年)RT評価:100%
監督:チャールズ・チャップリン 出演:チャールズ・チャップリン、ポーレット・ゴダード、ヘンリー・バーグマン

9位:『カサブランカ』(1942年)RT評価:97%
監督:マイケル・カーティス 出演:ハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマン、ポール・ヘンリード

10位:『大いなる幻影』 (1937年)RT評価:97%
監督:ジャン・ルノワール 出演:ジャン・ギャバン、ディタ・パルロ、ピエール・フレネー

11位:『雨に唄えば』 (1952年)RT評価:100%
監督:スタンリー・ドーネン、ジーン・ケリー 出演:ジーン・ケリー、デビー・レイノルズ、ドナルド・オコナー

12位:『サイコ』 (1960年)RT評価:97%
監督:アルフレッド・ヒッチコック出演:アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー、ヴェラ・マイルズ

13位:『ローラ殺人事件』 (1944年)RT評価:100%
監督:オットー・プレミンジャー 出演:ジーン・ティアニー、ダナ・アンドリュース、クリフトン・ウェッブ

14位:『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』 (1964年)RT評価:98%
監督:リチャード・レスター 出演:ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター

15位:『白雪姫』 (1937年)RT評価:98%
監督:デイヴィッド・ハンド、ウィルフレッド・ジャクソン、ラリー・モリー、パース・ピアース、ベン・シャープスティーン、ウィリアム・コトレル 声の出演:アドリアナ・カセロッティ、ハリー・ストックウェル、ルシル・ラ・ヴァーン

16位:『キングコング』 (1933年)RT評価:98%
監督:メリアン・C・クーパー、アーネスト・B・シェードザック 出演:フェイ・レイ、ブルース・キャボット、ロバート・アームストロング

17位:『吸血鬼ノスフェラトゥ』 (1922年)RT評価:97%
監督:F・W・ムルナウ 出演:マックス・シュレック、グスタフ・フォン・ヴァンゲンハイム、アレクサンダー・グラナック

18位:『ロビンフッドの冒険』 (1938年)RT評価:100%
監督:マイケル・カーティス、ウィリアム・ケイリー 出演:エロール・フリン、イアン・ハンター、オリビア・デ・ハバランド

19位:『サンセット大通り』 (1950年)RT評価:98%
監督:ビリー・ワイルダー 出演:ウィリアム・ホールデン、グロリア・スワンソン、エリッヒ・V・シュトロハイム

20位:『反撥』 (1965年)RT評価:100%
監督:ロマン・ポランスキ 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、イアン・ヘンドリー、ジョン・フレイザー

21位:『北北西に進路を取れ』(1959年)RT評価:99%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ケーリー・グラント、エヴァ・マリー・セイント、ジェームズ・メイソン

22位:『裏窓』 (1954年)RT評価:100%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ジェームズ・ステュアート、グレース・ケリー、ウェンデル・コーリイ

23位:『フランケンシュタインの花嫁』 (1935年)RT評価:100%
監督:ジェイムズ・ホエール 出演:ボリス・カーロフ、コリン・クライヴ、エルザ・ランチェスター

24位:『フィラデルフィア物語』 (1940年)RT評価:100%
監督:ジョージ・キューカー 出演:キャサリン・ヘプバーン、ケーリー・グラント、ジェームズ・スチュワート

25位:『黒い罠』 (1958年)RT評価:96%
監督:オーソン・ウェルズ 出演:チャールトン・ヘストン、ジャネット・リー、オーソン・ウェルズ

26位:『七人の侍』 (1954年)RT評価:100%
監督:黒澤明 出演:三船敏郎、志村喬、津島恵子ほか

27位:『西部戦線異状なし』 (1930年)RT評価:100%
監督:ルイス・マイルストン 出演:リュー・エアーズ、ルイス・ウォルハイム、ジョン・レイ

28位:『十二人の怒れる男』 (1957年)RT評価:100%
監督:シドニー・ルメット 出演:ヘンリー・フォンダ、マーティン・バルサム、リー・J・コッブ

29位:『めまい』 (1958年)RT評価:96%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ジェームズ・ステュアート、キム・ノヴァク、バーバラ・ベル・ゲデス

30位:『大人は判ってくれない』 (1959年)RT評価:100%
監督:フランソワ・トリュフォー 出演:ジャン=ピエール・レオ、アルベール・レミー、クレール・モーリエ

31位:『黄金』 (1948年)RT評価:100%
監督:ジョン・ヒューストン 出演:ハンフリー・ボガート、ウォルター・ヒューストン、ウォルター・ヒューストン

32位:『博士の異常な愛情』 (1964年)RT評価:99%
監督:スタンリー・キューブリック 出演:ピーター・セラーズ、ジョージ・C・スコット、スターリング・ヘイドン

33位:『レベッカ』 (1940年)RT評価:100%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演: ローレンス・オリヴィエ、ジョーン・フォンテイン、 ジョージ・サンダース

34位:『欲望という名の電車』 (1951年)RT評価:98%
監督:エリア・カザン 出演:ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランド、 キム・ハンター

35位:『アラビアのロレンス』 (1962年)RT評価:98%
監督:デヴィッド・リーン 出演:ピーター・オトゥール、オマー・シャリフ、アレック・ギネス、アンソニー・クイン

36位:『ローズマリーの赤ちゃん』 (1968年)RT評価:99%
監督:ロマン・ポランスキー 出演:ミア・ファロー、ジョン・カサヴェテス、ルース・ゴードン

37位:『フランケンシュタイン』 (1931年)RT評価:100%
監督:ジェイムズ・ホエール 出演:コリン・クライヴ、メイ・クラーク、ジョン・ボリス

38位:『羅生門』 (1950年)RT評価:98%
監督:黒澤明 出演:三船敏郎、森雅之、京マチ子、志村喬

39位:『波止場』(1954年)RT評価:98%
監督:エリア・カザン 出演:マーロン・ブランド、カール・マルデン、リー・J・コッブ

40位:『怒りの葡萄』 (1940年)RT評価:100%
監督:ジョン・フォード 出演:ヘンリー・フォンダ、ジェーン・ダーウェル、ジョン・キャラダイン

41位:『三つ数えろ』 (1946年)RT評価:97%
監督:ハワード・ホークス 出演:ハンフリー・ボガート、ローレン・バコール、ジョン・リッジリー

42位:『ローマの休日』 (1953年)RT評価:98%
監督:ウィリアム・ワイラー 出演:グレゴリー・ペック、オードリー・ヘップバーン、エディ・アルバート

43位:『ラスト・ショー』 (1971年)RT評価:100%
監督:ピーター・ボグダノヴィッチ 出演:ティモシー・ボトムズ、ジェフ・ブリッジス、シビル・シェパード

44位:『バルカン超特急』 (1938年)RT評価:98%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:マーガレット・ロックウッド、マイケル・レッドグレイヴ、ポール・ルーカス

45位:『暴力脱獄』 (1967年)RT評価:100%
監督:スチュアート・ローゼンバーグ 出演:ポール・ニューマン、ポール・ニューマン、 ストローザー・マーティン

46位:『山猫』 (1963年)RT評価:100%
監督:ルキノ・ヴィスコンティ 出演:バート・ランカスター、アラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレ、ジュリアーノ・ジェンマ

47位:『戦艦ポチョムキン』 (1925年)RT評価:100%
監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン 出演:アレクサンドル・アントノフ、ウラジミール・バルスキー、G・アレクサンドロフ

48位:『捜索者』 (1956年)RT評価:100%
監督:ジョン・フォード 出演:ジョン・ウェイン、ジェフリー・ハンター、ナタリー・ウッド

49位:『チャイナタウン』 (1974年)RT評価:98%
監督:ロマン・ポランスキー 出演:ジャック・ニコルソン、フェイ・ダナウェイ、ジョン・ヒューストン

50位:『或る殺人』 (1959年)RT評価:100%
監督:オットー・プレミンジャー 出演:ジェームズ・ステュアート、リー・レミック、ベン・ギャザラ

51位:『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』 (1956年)RT評価:98%
監督:ドン・シーゲル 出演:ケヴィン・マッカーシー、ダナ・ウィンター、ラリー・ゲイツ

52位:『巴里のアメリカ人』 (1951年)RT評価:95%
監督:ヴィンセント・ミネリ 出演:ジーン・ケリー、レスリー・キャロン、オスカー・レヴァント

53位:『風と共に去りぬ』 (1939年)RT評価:92%
監督:ヴィクター・フレミング 出演:ヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブル、トーマス・ミッチェル

54位:『黄金狂時代』 (1925年)RT評価:100%
監督:チャールズ・チャップリン 出演:チャールズ・チャップリン、マック・スウェイン、トム・マレイ

55位:『三十九夜』 (1935年)RT評価:96%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ロバート・ドーナット、マデリーン・キャロル、ルーシー・マンハイム

56位:『リオ・ブラボー』 (1959年)RT評価:100%
監督:ハワード・ホークス 出演:ジョン・ウェイン、ディーン・マーティン、リッキー・ネルソン

57位:『成功の甘き香り』 (1957年)RT評価:98%
監督:アレクサンダー・マッケンドリック 出演:バート・ランカスター、トニー・カーティス、スーザン・ハリソン

58位:『生きるべきか死ぬべきか』 (1942年)RT評価:98%
監督:エルンスト・ルビッチ 出演:キャロル・ロンバード、ジャック・ベニー、ロバート・スタック

59位:『赤い靴』 (1948年)RT評価:96%
監督:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー 出演:モイラ・シアラー、アントン・ウォルブルック、マリウス・ゴーリング

60位:『メリー・ポピンズ』 (1964年)RT評価:100%
監督:ロバート・スティーヴンソン 出演:ジュリー・アンドリュース、ディック・ヴァン・ダイク、デヴィッド・トムリンソン

61位:『アフリカの女王』 (1951年)RT評価:98%
監督:ジョン・ヒューストン 出演:キャサリン・ヘプバーン、ハンフリー・ボガート

62位:『街の灯』 (1931年)RT評価:98%
監督:チャールズ・チャップリン 出演:チャールズ・チャップリン、ヴァージニア・チェリル、フローレンス・リー

63位:『2001年宇宙の旅』 (1968年)RT評価:93%
監督:スタンリー・キューブリック 出演:キア・デュリア、ゲイリー・ロックウッド、ウィリアム・シルベスター

64位:『三十四丁目の奇蹟』 (1947年)RT評価:96%
監督:ジョージ・シートン 出演:モーリン・オハラ、ジョン・ペイン、エドマンド・グウェン、ナタリー・ウッド

65位:『ヒズ・ガール・フライデー』 (1940年)RT評価:98%
監督:ハワード・ホークス 出演:ケーリー・グラント、ロザリンド・ラッセル、ラルフ・ベラミー

66位:『素晴らしき哉、人生!』 (1946年)RT評価:93%
監督:フランク・キャプラ 出演:ジェームズ・ステュアート、メアリー・ハッチ、ライオネル・バリモア

67位:『フレンチ・コネクション』 (1971年)RT評価:98%
監督:ウィリアム・フリードキン 出演:ジーン・ハックマン、ロイ・シャイダー、フェルナンド・レイ

68位:『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』 (1968年)RT評価:97%
監督:ジョージ・A・ロメロ 出演:デュアン・ジョーンズ、ジュディス・オーディア、カール・ハードマン

69位:『裁かるるジャンヌ』 (1928年)RT評価:98%
監督:カール・テオドール・ドライヤー 出演:ルネ・ファルコネッティ、ウジェーヌ・シルヴァン、モーリス・シュッツ

70位:『地獄の逃避行』 (1973年)RT評価:98%
監督:テレンス・マリック 出演:マーティン・シーン、シシー・スペイセク、ウォーレン・オーツ

71位:『蜘蛛巣城』 (1957年)RT評価:98%
監督:黒澤明 出演:三船敏郎、志村喬、山田五十鈴ほか

72位:『紳士は金髪がお好き』 (1953年)RT評価:98%
監督:ハワード・ホークス 出演:ジェーン・ラッセル、マリリン・モンロー、チャールズ・コバーン

73位:『影なき狙撃者』 (1962年)RT評価:98%
監督:ジョン・フランケンハイマー 出演:フランク・シナトラ、ローレンス・ハーヴェイ、ジャネット・リー


74位:『フリークス』 (1932年)RT評価:94%
監督:トッド・ブラウニング 出演:ウォーレス・フォード、リーラ・ハイアムス、オルガ・バクラノヴァ

75位:『國民の創生』 (1915年)RT評価:98%
監督:D・W・グリフィス 出演:リリアン・ギッシュ、メエ・マーシュ、ヘンリー・B・ウォルソール

76位:『禁断の惑星』 (1956年)RT評価:98%
監督:フレッド・マクラウド・ウィルコックス 出演:ウォルター・ピジョン、アン・フランシス、レスリー・ニールセン

77位:『スパルタカス』 (1960年)RT評価:96%
監督:スタンリー・キューブリック 出演:カーク・ダグラス、ローレンス・オリヴィエ、ジーン・シモンズ

78位:『007 ゴールドフィンガー』 (1964年)RT評価:97%
監督:ガイ・ハミルトン 出演:ショーン・コネリー、ゲルト・フレーベ、オナー・ブラックマン

79位:『我等の生涯の最良の年』 (1946年)RT評価:96%
監督:ウィリアム・ワイラー 出演:マーナ・ロイ、フレドリック・マーチ、ダナ・アンドリュース

80位:『101匹わんちゃん』 (1961年)RT評価:98%
監督:ウォルフガング・ライザーマン、ハミルトン・ラスク、クライド・ジェロニミ 声の出演:ロッド・テイラー、J・パット・オマリー、ベティ・ルー・ガーソン

81位:『赤ちゃん教育』 (1938年)RT評価:95%
監督:ハワード・ホークス 出演:キャサリン・ヘプバーン、ケーリー・グラント

82位:『突撃』 (1957年)RT評価:95%
監督:スタンリー・キューブリック 出演:カーク・ダグラス、ラルフ・ミーカー、アドルフ・マンジュウ

83位:『お熱いのがお好き』 (1959年)RT評価:96%
監督:ビリー・ワイルダー 出演:マリリン・モンロー、ジャック・レモン、トニー・カーティス

84位:『我輩はカモである』 (1933年)RT評価:94%
監督:レオ・マッケリー 出演:グルーチョ・マルクス、ハーポ・マルクス、チコ・マルクス

85位:『ファンタジア』 (1940年)RT評価:96%
監督:ベン・シャープスティーン 演奏:レオポルド・ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団

86位:『サンライズ』 (1927年)RT評価:98%
監督:F・W・ムルナウ 出演:ジョージ・オブライエン、ジャネット・ゲイナー、マーガレット・リビングストン

87位:『乱』 (1985年)RT評価:96%
監督:黒澤明 出演:仲代達矢、寺尾聰、隆大介、根津甚八

88位:『地球の静止する日』 (1951年)RT評価:94%
監督:ロバート・ワイズ 出演:マイケル・レニー、パトリシア・ニール、ヒュー・マーロウ

89位:『荒野の用心棒』 (1964年)RT評価:98%
監督:セルジオ・レオーネ 出演:クリント・イーストウッド、マリアンネ・コッホ、ジャン・マリア・ヴォロンテ

90位:『血を吸うカメラ』(1960年)RT評価:96%
監督:マイケル・パウエル 出演:カールハインツ・ベーム、アンナ・マッシー、モイラ・シアラー

91位:『理由なき反抗』(1955年)RT評価:96%
監督:ニコラス・レイ 出演:ジェームズ・ディーン、ナタリー・ウッド、サル・ミネオ、デニス・ホッパー

92位:『アパートの鍵貸します』(1960年)RT評価:94%
監督:ビリー・ワイルダー 出演:ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン、フレッド・マクマレイ

93位:『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』(2001年)RT評価:95%
監督:ピーター・ジャクソン 出演:イライジャ・ウッド、イアン・マッケラン、ヴィゴ・モーテンセン

94位:『鳥』(1963年)RT評価:96%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ロッド・テイラー、ティッピ・ヘドレン、ジェシカ・タンディ、スザンヌ・プレシェット

95位:『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)RT評価:98%
監督:ジャック・ドゥミ 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、フランソワーズ・ドルレアック、ジーン・ケリー、ジョージ・チャキリス

96位:『カッコーの巣の上で』(1975年)RT評価:94%
監督:ミロス・フォアマン 出演:ジャック・ニコルソン、ルイーズ・フレッチャー、ブラッド・ドゥーリフ

97位:『007 ドクター・ノオ』(1962年)RT評価:96%
監督:テレンス・ヤング 出演:ショーン・コネリー、ウルスラ・アンドレス、ジョセフ・ワイズマン

98位:『戦場にかける橋』(1957年)RT評価:94%
監督:デヴィッド・リーン 出演:ウィリアム・ホールデン、アレック・ギネス、早川雪洲

99位:『007 ロシアより愛をこめて』(1963年)RT評価:96%
監督:テレンス・ヤング 出演:ショーン・コネリー、ダニエラ・ビアンキ、ロッテ・レーニャ

100位:『ミーン・ストリート』 (1973年)RT評価:96%
監督:マーティン・スコセッシ 出演:ロバート・デ・ニーロ、ハーヴェイ・カイテル、デヴィッド・キャラダイン


ということなのですが、ちょっと整理しますね。

とりあえず複数本アップされている監督から見ていくと、なんといってもダントツは、ヒッチコックの8作品です、12位に「サイコ」、21位「北北西に進路を取れ」、22位「裏窓」、29位「めまい」、33位「レベッカ」、44位「バルカン超特急」、54位「三十九夜」、94位「鳥」とアップされています。

順位はともかく、このラインアップを見ていると、なんだか物足りない気持ちになってきました。だって「汚名」も「疑惑の影」も「見知らぬ乗客」も「私は告白する」も「海外特派員」も欠けているじゃないですか。

「サイコ」「裏窓」「めまい」は、まあ残すとしても、あとの作品は、「汚名」「疑惑の影」「見知らぬ乗客」「私は告白する」と差し替えたほうがいいような気がします。

1934年から撮られた伝説の4作品にそれほどごだわらなくともいいのではないかと。

つぎは、ハワード・ホークス作品が5本あげられています。41位「三つ数えろ」、56位「リオ・ブラボー」、65位「ヒズ・ガール・フライデー」、72位「紳士は金髪がお好き」、81位「赤ちゃん教育」ですね。

ここだけの話ですが、自分は中学生になるまで、「赤い河」と「リオ・ブラボー」は、ジョン・フォード作品だとずっと思い込んで見ていたのですが、だんだんその違いが分かるにつれて、ジョン・フォード作品の抒情性と深い郷愁とを理解しはじめたとともに、職人ハワード・ホークスの男っぽくてセクシーな作品がたまらなく好きになりました。

ホークスが育て女優たち、キャロル・ロンバート、リタ・ヘイワーズ(「ショーシャンクの空に」では思わず笑ってしまいました)、バージニア・メイヨ、ジョーン・コリンズ、そしてマリリン・モンロー、そういえば、ビリー・ワイルダーの演出するモンローよりも、ハワード・ホークスの作り出すモンロー像の方がはるかにピュアなお色気と可愛らしさが際立っていたように感じました。しかし、やはり「暗黒街の顔役」と「ハタリ!」が欠けているとなるとハワード・ホークスを語り切ることはできないように思います。

つづいて黒澤明の4本、26位「七人の侍」、38位「羅生門」、71位「蜘蛛巣城」、87位「乱」ですね。ほかの巨匠がほぼ2本ずつですので、黒澤作品が4本も入ればそれで十分ですが、「七人の侍」が26位とは、ずいぶん見くびられたものだと思います。

念のために、もう一度、1位~25位にランクされた作品をおさらいしときますと・・・

1位:『オズの魔法使』(1939年)
2位:『市民ケーン』(1941年)
3位:『第三の男』(1949年)
4位:『カリガリ博士』(1920年)
5位:『メトロポリス』(1927年)
6位:『イヴの総て』(1950年)
7位:『或る夜の出来事』(1934年)
8位:『モダン・タイムス』(1936年)
9位:『カサブランカ』(1942年)
10位:『大いなる幻影』 (1937年)
11位:『雨に唄えば』 (1952年)
12位:『サイコ』 (1960年)
13位:『ローラ殺人事件』 (1944年)
14位:『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』 (1964年)
15位:『白雪姫』 (1937年)
16位:『キングコング』 (1933年)
17位:『吸血鬼ノスフェラトゥ』 (1922年)
18位:『ロビンフッドの冒険』 (1938年)
19位:『サンセット大通り』 (1950年)
20位:『反撥』 (1965年)
21位:『北北西に進路を取れ』(1959年)
22位:『裏窓』 (1954年)
23位:『フランケンシュタインの花嫁』 (1935年)
24位:『フィラデルフィア物語』 (1940年)
25位:『黒い罠』 (1958年)

となるのですが、果たしてこれらの作品のいったいどれが、「七人の侍」を上回る作品といえるでしょうか、考えてみなくとも、おのずから答えは明らかです。

こんなヘタレなランキングなど相手にするのも片腹痛いわ、バカヤロー(いま、ちゃぶ台をひっくり返したところです)

なわけなのですから、もうこれ以上なにをかいわんやです、小津監督作品の不在など怒る気にもなれません。もう一回、国際連盟脱退!

とはいっても、まあ、ついでなので、残りの分だけでも表示しておきますね。せっかく調べたので・・・

スタンリーキューブリックの4本、32位「博士の異常な愛情」、63位「2001年宇宙の旅」、77位「スパルタカス」、82位「突撃」
ビリー・ワイルダーの3本、19位「サンセット大通り」、83位「お熱いのがお好き」、92位「アパートの鍵貸します」
ヴィクター・フレミングが、1位「オズの魔法使」、53位「風と共に去りぬ」
ウィリアム・ワイラーは、42位「ローマの休日」、79位「我等の生涯の最良の年」
エリア・カザンの34位「欲望という名の電車」、39位「波止場」
オーソン・ウェルズの2位「市民ケーン」、25位「黒い罠」
オットー・プレミンジャーの13位「ローラ殺人事件」、50位「或る殺人」
ジェイムズ・ホエールの23位「フランケンシュタインの花嫁」、37位「フランケンシュタイン」
ジョン・ヒューストンの31位「黄金」、61位「アフリカの女王」
ジョンフォードの40位「怒りの葡萄」、48位「捜索者」
チャールズ・チャップリンの54位「黄金狂時代」、62位「街の灯」
デヴィッド・リーンの35位「アラビアのロレンス」、98位「戦場にかける橋」
テレンス・ヤングの97位「007 ドクター・ノオ」99位「007 ロシアより愛をこめて」
フランク・キャプラの7位「或る夜の出来事」、66位「素晴らしき哉、人生!」
マイケル・カーティスの9位「カサブランカ」、18位「ロビンフッドの冒険」
マイケル・パウエルの59位「赤い靴」、90位「血を吸うカメラ」
F・W・ムルナウの17位「吸血鬼ノスフェラトゥ」、86位「サンライズ」
ロマン・ポランスキーの20位「反撥」、36位「ローズマリーの赤ちゃん」、49位「チャイナタウン」



# by sentence2307 | 2019-03-01 20:50 | 映画 | Comments(0)
アカデミー賞授賞式から2日もたつと、記事も画像も動画もどんどん削除されてしまうみたいで、昨日は確かにあったはずのお目当ての画像が、今日にはいくら探しても見つからないなんてことが、だんだん増えていく感じがします。

放送当日、wowowで授賞式の生中継を見るために、番組表にあるとおりの時間、午前8時30分にテレビのスイッチを入れたところ、映し出されたのはノミネートされた関係者がドルビー・シアターのレッドカーペットをぞろぞろ歩く画面ばかりで、この感じじゃ実際の「授賞式」なんていうのは、もっとずっと後のことなのだなと、すぐに察することができました。実際の授賞式は日本時間の午前10時からだったみたいですね。

以前の自分なら、こんな間抜けな引き延ばしにのんびり付き合ってはいられないと、実質的な授賞式がはじまるまで、さっさと違うチャンネルに替えてしまうところですが、現地のインタビュアー(すみれと男性アナウンサー)がなかなか「話題の人」をつかまえられずに、「あ~あ、いっちゃった」みたいな右往左往がなんだかとてもおもしろく、結局、最後まで付き合ってしまいました。

そうしたなか、やはりインタビューには成功しなかったのですが、遠景でエマ・ストーンの姿をとらえた場面があったので、なおさら目を離せなくなってしまったのかもしれません。

彼女、芸の幅は広いし、しかも、千変万化する(ふるいねえ~)あの微妙な表情が、とにかくすごいです。

少し前にジョン・ヒューストン監督の「アフリカの女王」を放映していたので見たのですが、キャサリン・ヘップバーンの繊細な演技を見ていて、現代に比肩できる女優がいるとすれば、やはり、エマ・ストーン以外にはいないだろうなという気がしました、というのは言い過ぎです。

「アフリカの女王」のキャサリン・ヘップバーン(ローズ)は、牧師の兄と一緒にアフリカのジャングルの奥地で布教活動をしています。
彼女自身、いつの間にか自分が婚期を逸してしまったことを密かに自覚してはいるものの、神に仕える聖なる仕事に従事していることを心の拠り所にしているので現実からどうにか目を逸らすことができていたのですが、ドイツ軍の突然の侵攻で教会を焼かれ今日にもこの土地から追い立てられるというとき、兄の口から心無い辛辣なひと言(それがなんという言葉だったのか、控えるのを忘れてしまいました)を言われ、「自分は、なんのために今まで頑張ってきたのだ」という落胆と虚脱と孤独感にさいなまれます、このときのヘップバーンの繊細な演技がすごかったのです。
そうした心情を引きずったまま、顔なじみの船長ハンフリー・ボガード(チャーリー)の「アフリカの女王号」に同乗し、ドイツ軍から逃れて河下りの逃避行を続けるなか、ひょんな事件(敵砦からの襲撃をかわし、激流から脱出する)の成功で思わず抱き合って喜び合い心をかよい合わせますが、そのふたりの近づきざまが、面倒くさい駆け引きをしたり、わざと焦らしたりなどというつまらないテクニックを弄することなく、一直線に気持ちを通じさせるその素直な描写にはたまらなく心をうたれました。

ここに描かれているチャーリーは、決して女性が好むような好男子でも清潔な男でもありません、しかし、ぼくたち観客は、少し前のシーンで、ローズは、自分が無駄に婚期を逸してしまったことを悔い、その落胆と虚脱と孤独感のなかでチャーリーと出会ったことを十分に分かっているので、この男女の急接近の描写が微笑ましいまでの自然な成り行きであることを理解できるのだと思います。

現代においては、「婚期を逸する」ことの言い訳として「社会参加」や「自立」をあげるまでもなく、その理由付けなら幾らでもあって、まさか「男性から選ばれない」ことを苦にしたり自責したりするなど、そんな卑屈な心情のありかたは、男女が対等なこの時代にあっては、とんでもないネガティブなことで、口にするのも憚られるというかんじでしょうか。

しかし、男に対する「対等」と「慢心」を得たかわりに、このヘップバーンのような「素直さ」を失うことが、「社会参加」や「自立」することの答えなのか、ちょっと考えさせられる映画でした。

遠景でとらえたエマ・ストーンの話から少し脱線してしまいましたが、その「遠景」という場所が、(この場所でみなポーズをとっています)どうもアカデミー賞授賞式のために特注して作らせたドレスを見せびらかすところらしいのです。

しかし、それにしても、エマ・ストーンのその宇宙服はなんだよ、と言いたくなるような服でした、以前、パフィーが着てなかったっけ、それ!! という感じです。

オレでもできるこんなろくでもないドレスを考えたデザイナーってのはいったい誰なんだと検索してみたら、ルイ・ヴィトンだそうです。へえ~、そうなの! カバン屋に服なんか作らしちゃあ、だめだよ、という感じでしょうか。

最近、エマは金回りがいいから、やつにボラれたんじゃないの、そんな気がします。

誰か教えてあげてください、「スタートレック」の衣装さんに聞いてみなって。その手の服ならきっと倉庫に腐るほどあるから。


以下は、今回、レッドカーペットで俳優が着ていたドレスのデザイナーたちです。

★アトリエ・ヴェルサーチ(エイミー・アダムス、キキ・レイン、コンスタンス・ウー)
★アルベルタ・フェレッティ(エイミー・ポーラー)
★アレクサンダー・マックイーン(レディー・ガガ)
★イヴ・サン・ローラン(ラミ・マレック)
★ヴァレンティノ(ジョーダン・ピール、ジェンマ・チャン、フランシス・マクドーマンド)
★ヴェラ・ワン(ティナ・フェイ)
★エトロ(デヴィッド・オイェロウォ、ステファン・ジェームズ)
★エリー・サーブ(ジェニファー・ハドソン、ジュリア・ロバーツ、ミシェル・ヨー)
★エルザ・スキャパレリ(リンダ・カーデリーニ、ヘレン・ミレン)
★エルメネジルド・ゼニア(マハーシャラ・アリ、ハヴィエル・バルデム、マイク・マイヤーズ、タイラー・ペリー)
★オスカー・デ・ラ・レンタ(レジーナ・キング)
★カール・ラガーフェルド(ジェイソン・モモア)
★カナーリ(ポール・ラッド)
★キャロライナ・ヘレナ(グレン・クローズ)
★クリスチャン・シリアノ(オクタヴィア・スペンサー)
★クリスチャン・ディオール(シャーリズ・セロン、レティーシャ・ライト)
★サルヴァトーレ・フェラガモ(クリス・エヴァンス)
★ジヴァンシー(アダム・ランバート、レイチェル・ワイズ、チャドウィック・ボウズマン)
★シャネル(テッサ・トンプソン)
★ジャンバティスタ・ヴァリ(ケイシー・マスグレイヴス、マヤ・ルドルフ)
★ジョルジオ・アルマーニ・プリヴェ(セリーナ・ウィリアムス、ベン・ハーディ、ブライアン・タイリー・ヘンリー、サミュエル・L・ジャクソン、グウィリム・リー、サム・ロックウェル)
★セリーヌ(ブリー・ラーソン)
★ディースクエアード(アウクワフィナ、ジョセフ・マゼロ)
★ディオール・オム(ニコラス・ホルト、ヴィゴ・モーテンセン、アダム・ドライヴァー)
★トム・フォード(ジェニファー・ロペス、ジョー・アルウィン、ブラッドリー・クーパー、ダニエル・クレイグ、キーガン=マイケル・キー、マイケル・B・ジョーダン)
★トム・ブラウン(エルシー・フィッシャー、ウィンストン・デューク)
★パメラ・ローランド(アリソン・ジャニー)
★パル・ジレリ(ジョン・モラニー)
★バルマン(エミリア・クラーク)
★プラダ(オリヴィア・コールマン、アルフォンソ・キュアロン、ウィレム・デフォー、ジェームズ・マカヴォイ)
★ブランドン・マックスウェル(メリッサ・マッカーシー、サラ・ポールソン)
★ブリオーニ(クリスチャン・ベール、アレン・リーチ)
★ブルネロ・クチネリ(リチャード・E・グラント、ディエゴ・ルナ)
★ブロック・コレクション(ダナイ・グリラ)
★マーク・ジェイコブス(ベット・ミドラー)
★マイケル・コステロ(クイーン・ラティファ)
★ミュウ・ミュウ(アマンドラ・ステンバーグ)
★J・メンゼル(マリナ・デ・タヴィラ)
★ラルフ・ローレン(ヘンリー・ゴールディング)
★リーム・アクラ(アンジェラ・バセット、クリステン・リッター)
★ロダルテ(ヤリーツァ・アパリシオ、ルーシー・ボイントン、ローラ・ダーン)



# by sentence2307 | 2019-02-27 18:47 | アカデミー賞 | Comments(0)
いつもアカデミー賞授賞式直前にはサイトめぐりをして受賞作品の予想を立て(正確には、ヒト様の予想の幾つかを集計して、ということになりますが)受賞結果と照らし合わせながら楽しんでいました、今回もそのように自分なりの「予想表」を準備してwowowの授賞式の実況放送を見たのですが、例年なら、結果が分かってしまえば「予想」など顧みることもなくうち捨てて、当然、思い出すこともありませんでした。

しかし、今年の場合は、事前予想をあれこれと、かなり入れ込んで読んだこともあって、その実際の「結果」との乖離にはちょっとした戸惑いを感じています。

その最大なものは、いざフタを開けてみたら、ピーター・ファレリー監督「グリーンブック」の意外な評価だったかもしれません。

だって、事前予想を読んだ限りでは、なんといってもアルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ」への評価がダントツで、このままいったら監督賞のみならず、作品賞と最優秀主演女優賞・助演女優賞だって総なめにするのではないかという勢いだったのに、実際には、受賞したのは「監督賞」のみで、アカデミー賞の頂点といわれる「作品賞」は、いかにもハリウッド映画らしい人種的融和を無骨なおとぎ話のように描いた「グリーンブック」が獲得しました、そうした印象を総合すると、ハリウッドの映画人と組合はキュアロン監督とそのNetflix作品に監督賞と外国語映画賞の名誉称号だけ与えておいて、実際のところは、この傑出したメキシコ人監督をその「勢い」とともに「脇に封じ込めた」という印象を強く持ちました。

同じような印象を持ったもうひとりは名優グレン・クローズ、そして、大いに期待されていた日本人監督の2作品「万引き家族」と「未来のミライ」が受賞を逃した理由も、同じ論理が働いたのではないかとチラっと考えたりしたくらいです。

ハリウッド映画を愛し、そして守りつづけるアカデミー会員は、「未来のミライ」ではなく「スパイダーマン:スパイダーバース」を選び、そして「万引き家族」ではなく「ROMA/ローマ」を選んだのだと。

msnのホームページには、「アカデミー賞でまた人種論争、『グリーンブック』作品賞に批判」という見出しで、アカデミーが「グリーンブック」に作品賞を与えたことについて以下のような記事が掲載されていました。

≪【AFP=時事】24日に授賞式が行われた今年の米アカデミー賞(AcademyAwards)では、マイノリティーの候補が相次いで受賞を果たした一方で、黒人の市民権をテーマにしたドラマ映画『グリーンブック(Green Book)』の作品賞受賞が物議を醸し、多様性をたたえるアカデミー賞のメッセージに影を落としている。
 ピーター・ファレリー(Peter Farrelly)監督が手掛けた『グリーンブック』は、1960年代の米国で意外な友情を育んだ同性愛者の黒人ピアニストとイタリア系運転手の実話に基づいた作品だが、一部からは人種問題について「ホワイトスプレイニング」(白人が偉そうに説教すること)する映画だとの批判が上がり、ソーシャルメディアをにぎわせている。
 同作の作品賞受賞が発表されると、ベテラン映画監督のスパイク・リー(Spike Lee)氏は会場を一時退出。さらにその後、過去にもみられたようなお粗末な選択だとの見解を示唆した。
 リー監督は1990年、高い評価を受けていた自身の作品『ドゥ・ザ・ライト・シング(Do the Right Thing)』がノミネートさえ逃した一方で、人種問題に対する無神経さが広く批判されていた『ドライビング Miss デイジー(Driving Miss Daisy)』が作品賞を受賞し、ショックを受けた過去がある。
 それから約30年後となる今年、リー監督は『ブラック・クランズマン(BlacKkKlansman)』で作品賞にノミネートされていたが、再び人種問題がテーマかつ車内シーンが多い映画に賞を奪われた形となり、憤慨した様子をみせた。
 リー監督は競争の激しい脚色部門で受賞したものの、舞台裏では「運が悪いな。誰かが誰かを車に乗せると、私は必ず負ける」と冗談交じりに語り、作品賞について不満を隠さなかった。
『グリーンブック』ではまた、アフリカ系米国人のマハーシャラ・アリ(Mahershala Ali)が助演男優賞を獲得。アリは2年前、イスラム教徒として初めて演技部門でオスカーを受賞している。
 本作は世界で計1億4000万ドル(約155億円)以上の興行収入を上げる人気を博した一方で、公開後は論争も巻き起こしてきた。アリが演じたピアニストの故ドン・シャーリー(Don Shirley)氏の遺族は同作を「うその交響曲」と非難。他にも、同作はおなじみの「白人救世主映画」の一つだと批判する声が上がっている。
 今年のアカデミー賞は、表面上は期待通りの多様性を見せた。俳優陣の大半がアフリカ系の大作アメコミ映画『ブラックパンサー(Black Panther)』が3つの賞を獲得したほか、演技部門4賞のうち3つで黒人やエジプト系1世の米国人が受賞。『ブラックパンサー』では、オスカー史上初めてアフリカ系女性が衣装デザイン賞と美術賞を受賞した。
◇「不愉快なほど鈍感」
 しかし映画評論家のリチャード・ブロディー(RichardBrody)氏は米誌ニューヨーカー(New Yorker)への寄稿で、『グリーンブック』を「不愉快なほど鈍感」と批判。アカデミー賞は同作を作品賞に選んだことで、2016、2017年にソーシャルメディアで広がった「#OscarsSoWhite(オスカーは真っ白)」との批判を受けた後も有意義な変化が一切なかったことを示したと論じた。
英紙ガーディアン(Guardian)に映画論評を寄せるピーター・ブラッドショー(PeterBradshaw)氏も、「善意による白と黒のバランス」はうわべだけの取り繕いという印象を生んだと指摘。また英ニュースサイトのインディペンデント(Independent)も、アカデミー賞の「執拗(しつよう)で異様なほどの凡庸さ」を嘆いた。
その一方で、批判に対する批判も集まった。一部のコメンテーターからは、映画業界は観客の怒りを買うことを恐れ、真の改革よりも表面的なポリティカルコレクトネス(政治的妥当性)にこだわるあまり、硬直状態に陥っているとの声が上がった。
 またオンラインマガジン「クイレット(Quillette)」を創刊した編集者のクレア・リーマン(Claire Lehmann)氏はツイッター(Twitter)投稿で「いくら意識を高めようとも、十分とは絶対に認められない」と嘆いた。≫

なのだそうです。





# by sentence2307 | 2019-02-26 11:22 | アカデミー賞 | Comments(0)
◆作品賞 グリーンブック

◆監督賞 アルフォンソ・キュアロン(ROMA ローマ)

◆主演男優賞 ラミ・マレック(ボヘミアン・ラプソディ)

◆主演女優賞 オリヴィア・コールマン(女王陛下のお気に入り)!!!

◆助演男優賞 マハーシャラ・アリ(グリーンブック)

◆助演女優賞 レジーナ・キング(ビール・ストリートの恋人たち)

◆脚本賞 グリーンブック

◆脚色賞 ブラック・クランズマン

◆撮影賞 ROMA ローマ

◆編集賞 ボヘミアン・ラプソディ

◆美術賞 ブラックパンサー

◆衣装デザイン賞 ブラックパンサー

◆メイキャップ&ヘアスタイリング賞 バイス

◆視覚効果賞 ファースト・マン

◆録音賞 ボヘミアン・ラプソディ

◆音響効果賞 ボヘミアン・ラプソディ

◆作曲賞 ブラックパンサー

◆主題歌賞 「Shallow」(アリー スター誕生)

◆アニメーション映画賞 スパイダーマン:スパイダーバース

◆外国語映画賞 ROMA ローマ(イタリア)

◆ドキュメンタリー映画賞(長編) Free Solo

◆ドキュメンタリー映画賞(短編) Period. End of Sentence.

◆短編映画賞(実写) Skin

◆短編映画賞(アニメーション) Bao







<参考>
第91回アカデミー賞ノミネーション

◆作品賞
『ROMA/ローマ』
『女王陛下のお気に入り』
『アリー/スター誕生』
『バイス』
『ブラックパンサー』
『ブラック・クランズマン』
『グリーンブック』
『ボヘミアン・ラプソディ』

◆監督賞
アルフォンソ・キュアロン(『ROMA/ローマ』)
スパイク・リー(『ブラック・クランズマン』)
アダム・マッケイ(『バイス』)
ヨルゴス・ランティモス(『女王陛下のお気に入り』)
パヴェウ・パヴリコフスキ(『COLD WAR/あの歌、2つの心』)

◆主演男優賞
ラミ・マレック(『ボヘミアン・ラプソディ』)
クリスチャン・ベイル(『バイス』)
ブラッドリー・クーパー(『アリー/スター誕生』)
ウィレム・デフォー(永遠の門 ゴッホの見た未来)
ヴィゴ・モーテンセン(『グリーンブック』)

◆主演女優賞
グレン・クローズ(『天才作家の妻 40年目の真実』)
オリヴィア・コールマン(『女王陛下のお気に入り』)
レディー・ガガ(『アリー/スター誕生』)
ヤリツァ・アパリシオ(『ROMA/ローマ』)
メリッサ・マッカーシー(『ある女優作家の罪と罰』)

◆助演男優賞
マハーシャラ・アリ(『グリーンブック』)
リチャード・E・グラント(『ある女優作家の罪と罰』)
アダム・ドライヴァー(『ブラック・クランズマン』)
サム・エリオット(『アリー/スター誕生』)
サム・ロックウェル(『バイス』)

◆助演男優賞
◎マハーシャラ・アリ(『グリーンブック』)
△リチャード・E・グラント(『ある女流作家の罪と罰』)
アダム・ドライヴァー(『ブラック・クランズマン』)
サム・エリオット(『アリー/スター誕生』)
サム・ロックウェル(『バイス』)

◆助演女優賞
レジーナ・キング(『ビール・ストリートの恋人たち』)
エマ・ストーン(『女王陛下のお気に入り』)
レイチェル・ワイズ(『女王陛下のお気に入り』)
エイミー・アダムス(『バイス』)
マリーナ・デ・タビラ(『ROMA/ローマ』)

◆助演女優賞
◎レジーナ・キング(『ビール・ストリートの恋人たち』)
△エマ・ストーン(『女王陛下のお気に入り』)
△レイチェル・ワイズ(『女王陛下のお気に入り』)
△エイミー・アダムス(『バイス』)
マリーナ・デ・タビラ(『ROMA/ローマ』)

◆オリジナル脚本賞
デボラ・デイヴィス、トニー・マクナマラ(『女王陛下のお気に入り』)
ポール・シュレイダー(『魂のゆくえ』)
ブライアン・ヘイズ・カリー、ピーター・ファレリー、ニック・ヴァレロンガ(『グリーンブック』)
アルフォンソ・キュアロン(『ROMA/ローマ』)
アダム・マッケイ(『バイス』)

◆脚色賞
ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン(『バスターのバラード』)
バリー・ジェンキンス(『ビール・ストリートの恋人たち』)
ブラッドリー・クーパー、ウィル・フェッターズ、エリック・ロス(『アリー/スター誕生』)
ニコール・ホロフスナー、ジェフ・ウィッティ(『ある女優作家の罪と罰』)
スパイク・リー、デヴィッド・ラビノウィッツ、チャーリー・ウォッチェル、ケヴィン・ウィルモット(『ブラック・クランズマン』)

◆撮影賞
ルーカス・ザル(『COLD WAR あの歌、2つの心』)
ロビー・ライアン(『女王陛下のお気に入り』)
カレブ・デシャネル(『Never Look Away』原題)
アルフォンソ・キュアロン(『ROMA/ローマ』)
マシュー・リバティーク(『アリー/スター誕生』)

◆編集賞
『ブラック・クランズマン』(バリー・アレクサンダー・ブラウン)
『ボヘミアン・ラプソディ』(ジョン・オットマン)
『女王陛下のお気に入り』(ヨルゴス・ランティモス)
『グリーンブック』(パトリック・J・ドン・ヴィト)
『バイス』(ハンク・コーウィン)

◆美術賞
『ブラックパンサー』
『女王陛下のお気に入り』
『ファースト・マン』
『メリー・ポピンズ リターンズ』
『ROMA/ローマ』

◆衣装デザイン賞
『バスターのバラード』
『ブラックパンサー』
『女王陛下のお気に入り』
『メリー・ポピンズ リターンズ』
『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』

◆メイクアップ&ヘアスタイリング賞
『Border』(原題)
『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
『バイス』

◆視覚効果賞
『アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』
『プーと大人になった僕』
『ファースト・マン』
『レディ・プレイヤー1』
『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』

◆録音賞
『ブラックパンサー』
『ボヘミアン・ラプソディ』
『ファースト・マン』
『ROMA/ローマ』
『アリー/スター誕生』

◆音響編集賞
『ブラックパンサー』
『ボヘミアン・ラプソディ』
『ファースト・マン』
『クワイエット・プレイス』
『ROMA/ローマ』

◆作曲賞
『ブラックパンサー』(ルドウィグ・ゴランソン)
『ブラック・クランズマン』(テレンス・ブランチャード)
『ビール・ストリートの恋人たち』(ニコラス・ブリテル)
『犬ヶ島』(アレクサンドル・デスプラ)
『メリー・ポピンズ リターンズ』(マーク・シャイマン)

◆歌曲賞
All the Stars(『ブラックパンサー』)
I’ll Fight(『RBG』原題)
The Place Where Lost Things Go(『メリー・ポピンズ』)
Shallow(『アリー/スター誕生』)
When a Cowboy Trades His Spurs for Wings(『バスターのバラード』)

◆長編アニメーション映画賞
『インクレディブル・ファミリー』
『犬ヶ島』
『未来のミライ』
『シュガー・ラッシュ:オンライン』
『スパイダーマン:スパイダーバース』

◆外国語映画賞
『Capernaum』(原題/レバノン)
『COLD WAR あの歌、2つの心』(ポーランド)
『Never Look Away』(英題/ドイツ)
『ROMA/ローマ』(メキシコ)
『万引き家族』(日本)

◆長編ドキュメンタリー賞
『Free Solo』(原題)
『Hale County This morning, This evening』(原題)
『Minding the Gap』(原題)
『Of fathers and sons』(原題)
『RBG』(原題)

◆短編ドキュメンタリー映画賞
『Black Sheep』
『End Game』
『Lifeboat』
『A Night at the Garden』
『Period. End of Sentence.』

◆短編実写賞
『Detainment』(原題)
『Fauve』(原題)
『Marguerite』(原題)
『Mother』(原題)
『Skin』(原題)

◆短編アニメーション映画賞
『Animal Behaviour』(原題)
『Bao』
『Late Afternoon』(原題)
『One Small Step』(原題)
『Weekends』(原題)



# by sentence2307 | 2019-02-25 13:26 | アカデミー賞 | Comments(0)
いよいよアカデミー賞の発表が来週に迫ってきました、なんだか落ち着きません。

ルーティンとまではいえませんが、最近では、パソの前に座わって、まず見るのは「アカデミー賞」関係の記事とかで、それをひと当たり見てからでないと、ほかのことをする気になど、どうしてもなれないのです。

ノミネート作品のなかには日本公開が未定の作品も結構あり、当然チェックした時点では原題表示なのが、情報が日々更新されていくなかで、知らないうちに原題からかけ離れた邦題がつけられていたりして、その新旧情報が入り乱れてアップされていることに気づかず、題名は違うのにどうも似たような作品(実は、同じ作品)があるなとか思いながら右往左往し、正直、訳が分からなくなって、仕方なくスタッフやキャストの基本情報を付け合わせて特定するという厄介な作業を幾度か繰り返してきました。

そのような状況のなかで、昨日などは衝動的に思いついたキイワード「オスカー直前予想」という言葉であちこち検索をかけていたら、たまたまwowowのオンデマンドで「第91回アカデミー賞 直前予想」という番組がアップされていることを知り、このリアルタイムな番組をどうにか見逃さずにすみました。

その番組の司会者は町山智浩、それからコメンテーターはVariety副編集長のティム・グレイとLA映画批評家協会員エイミー・ニコルソンのふたりで、そこで話されていた「作品賞」「監督賞」「主演男優賞」「主演女優賞」「助演男優賞」「助演女優賞」の有力な候補作品をちゃっかり自分のブログに引用させてもらったというわけです。

そして、そのwowowオンデマンドでは、引き続きノンフィクションW「WHY MEXICO? ~アカデミー賞に輝く越境者たち」というドュメンタリーがアップされていたので、ついでといったらなんですが、引き続いて見てみました。

内容は、このところのアカデミー賞を席巻している感のあるメキシコ出身の3人の気鋭監督(アルフォンソ・キュアロン、ギレルモ・デル・トロ、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ)が、ハリウッドにくるまでのメキシコ当時の厳しい政治的規制のなかで、自由な映画づくりを求めながらも苦慮し行き詰った青春の日々の失意と渇望を、当時の関係者へのインタビューをとおして回想したドキュメンタリーでした。

自分は一瞬、政治的な束縛や厳しい規制に囚われた経験が、彼らの映画にみずみずしさを描く活力の基盤になっているのだとしたら、それはずいぶんと皮肉な話だなと思いかけたのですが、すぐに思い直しました。

きっとそれは、そうではなくて、どこぞの国の映画人のように「貧困」も「自由」の意味も実感できず理解もできずに見失い、すっかり平和ボケして、ふやけてチャラチャラしたぶざまな「学園映画」しか撮ることしかできなくなってしまった彼らこそが、むしろ世界の辺境に追いやられた哀れで不幸でみすぼらしい、「豊かさ」という刑罰に処せられて盲しいた映画難民なのではないかとチラッと思ったりしました。

受賞作を選出するアカデミー会員がどう考えるかは別として、今回のアカデミー賞のノミネート作品をみわたしてみると、やはりダントツは、アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ」でしょうか。

映画批評家の解説とか予告編とかを見ていると、なんだかこの作品は、まるでロッセリーニの「無防備都市」を思わせる迫力さえ感じさせます。

この作品は、「作品賞」「監督賞(アルフォンソ・キュアロン)」「主演女優賞(ヤリツァ・アパリシオ)」「助演女優賞(マリーナ・デ・タビラ)」でノミネートされています。

守銭奴トランプなら「この野郎、今年もぼったくるのか!」と激怒するに違いありませんが、実は、メキシコには、かつて映画作りにおいて燦然たる歴史があります、ブニュエルのメキシコ時代の傑出した諸作品、当時のメキシコにこれだけの名優がそろっていたのかと驚愕した記憶がいまも鮮明に残っています。



ルイス・ブニュエル監督の32作品(【】はメキシコ時代の作品)

★アンダルシアの犬(1928仏) ルイス・ブニュエル監督
薄雲が月きを横切るのを見た男が若い女の眼を剃刀で真横に切り裂く。8年後。若い男が自転車で若い女の部屋を訪ねるがドブに落ちる。浜辺で別な女が切断された手首を拾おうとすると、警官が拾って自転車の男が持っていた箱に入れて渡す。若い女の部屋では、愛撫を拒まれた若い男が紐を引くと二人の修道士、腐ったロバの死体を載せた二台のピアノなどがつながれていた。男の手の穴から蟻がどんどん這い出す。男の口が消えて毛が生える。ラストは春。砂漠に埋まった男女が虫にたかられている。

スペイン出身の異才ルイス・ブニュエルが1928年に手がけた実験的ショートフィルム(映像詩)である。当時、アナキズムに心酔していたブニュエルによる、「映画の機能を否定した映画」である。共同脚本にサルバドール・ダリ。20年代に最高潮に達したアバンギャルド映画の頂点を飾る傑作で、60年には、28年の完成当時上映に際してブニュエル自らが蓄音機を回していた音楽を選び、自らサウンド版を作成した。主たるストーリーというものはないが、大筋では男性と女性の情のもつれを描くものの明快なストーリーはなく、冒頭、女性の眼球が剃刀で切り裂かれるシーンに始まり、月を遮る一筋の雲のほか、切断され路上に転がった手首を見つめ杖でつつく女装の男、痙攣する手のひらから這い出してくる蟻など、脈略のない悪夢的で奇怪・衝撃的な謎めいたイメージ映像が連続して描かれる。それらはブニュエルとダリが互いに出し合ったイメージであり、観客はそれらシュールなイメージの重なりから、新たなイメージを喚起される。最初の上映にあたり、ブニュエルは、観客たち(パブロ・ピカソ、アンドレ・ブルトン、ジャン・コクトー、マックス・エルンスト、ル・コルビュジエ、ルネ・マグリット、ポール・エリュアール、ルイ・アラゴン、マン・レイ、トリスタン・ツァラら)の抗議に対抗することを予想して、投げつけるための小石を用意していたが、観客たちは拍手喝采で応え、ブニュエルはシュルレアリストのグループへの仲間入りを認められたといわれる。女性が目を剃刀で切られるシーンでは、ブニュエルによれば死んだ子牛の目を用いたそうだが、その事実が知られるまでは、豚や馬の目、もしくは死体を使って撮ったのではないかと言う様々な憶測が飛び交ったが、内戦状態に入る政情不安のスペインで作られた点は注目すべきものがある。
(1928フランス)監督・ルイス・ブニュエル、脚本・ルイス・ブニュエル、サルバドール・ダリ、撮影・アルベール・デュヴェルジェ、美術・ピエール・シルズネック、編集・ルイス・ブニュエル、音楽・ワークーナー「トリスタンとイゾルデ」、アルゼンチン・タンゴより、
原題Un Chien Andalou、モノクロ、上映時間17分
出演・シモーヌ・マルイユ(若い女)、ピエール・バチェフ(若い男)、ジェムミラヴィル(浜辺の女)、ルイス・ブニュエル(剃刀の男)、サルバドール・ダリ(修道士)


★黄金時代(1930仏)
サソリの這う岩石ごしに司祭の一団がミサをあげているのを見た盗賊が仲間を呼んで戻ると司祭は骸骨になっていた。海岸に新たに司祭、軍人、大臣らが上陸する。ローマ帝国建設の儀式が始まるが、すぐ隣の泥の中で男女が戯れている。男は逮捕され、大臣に非難されるが、決然と愛する女の元に帰る。しかし、ふたりは仲を引き裂かれ、怒った男は燃えるモミの木、大司教、羽根などを窓から放り出す。そのころモリニイ城では、「ソドム120日」の狂宴を終えた4人の極悪人が城をあとにした。首領ブランジー公爵にキリストのイメージがダブッて終わる。
(1930フランス)監督・ルイス・ブニュエル、脚本・ルイス・ブニュエル、サルバドール・ダリ、撮影・アルベール・デュヴェルジェ、美術・ピエール・シルズネック、編集・ルイス・ブニュエル、音楽・ジョルジュヴァンパリス、メンデルスゾーン、モーツァルト、ベートーヴェン、ドビュッシーワグナーより、モノクロ、上映時間62分
出演・リア・リス(女)、ガストン・モド(男)、マックス・エルンスト(盗賊の首領)、ピエール・プレヴェール(盗賊ペマン)、リヨネル・サラン、ヴァランティーヌ・ユゴー、


★糧なき土地(1932仏)
スペインの荒涼たるウルデス地方のドキュメンタリー映画。極度の貧困、飢え、病気などが支配する世界を描く。文明が美しく発展したヨーロッパの都市のわずか100キロの地に、まるで原始そのままの無残な日々を生きる人々の村がある。栄養失調のため不自由な身体の人々、ただ死を待つのみの人々。死と背中あわせの日常のなかから聖者に救いを求める人々、だが、ブニュエルはその人々のなかにこそ聖者の姿を見ている。
製作はラモン・アシン、監督・脚本・編集は「自由の幻想」のルイス・ブニュエル、撮影はエリ・ロタール、が各々担当。ブラームスの「第四交響曲」が挿入されている。フランス語
(1932スペイン)監督・ルイス・ブニュエル、脚本・ルイス・ブニュエル、製作・ラモン・アシン、撮影・エリ・ロタール、コメンタリー・ピエール・ユニク、フリオ・アシン、朗読・アベル・ジャッカン、美術・ピエール・シルズネック、編集・ルイス・ブニュエル、音楽・ブラームス「交響曲第4番」より、助監督・ピエール・ユニク、チャンセスベントゥーラ、題名はTerre Sans Pain。モノクロ、上映時間27分


★グラン・カジノ【1946メキシコ】
ブタ箱から逃げ出したものの職にあぶれているヘラルド(ホルヘ・ネグレーテ)とデメトリオ(フリオ・ビリャレアル)の二人組はグラン・カジノで知り合ったエリベルト(アグスティン・イスンサ)と意気投合、彼の口利きでエンリケの経営する油井で働くことになった。ところが油井の横取りを企む土地のヤクザ、ラヤド一家のボス、ファビオ(ホセ・バビエラ)に脅迫されていたエンリケはファビオの持ち物であるカジノで謎の失踪、そこへエンリケの妹で歌手のメルセデス(リベルタ・ラマルケ)がアルゼンチンからやってきた。ヘラルドは彼女に事件の経過を話すと、危険だから国に帰るよう勧めるが、どうやら彼女はヘラルドが兄の失踪に関係があると疑ったらしく、その謎を探ろうと単身歌手としてカジノに潜入する。そんな中、今度はデメトリオが失踪を遂げた。エルベルトの口から兄とデメトリオの死がファビオによるものであったことを知ったメルセデスはヘラルドに謝りに向かい、誤解を解き合って愛を確かめた二人は復讐を果たすためカジノに乗り込む。ヘラルドはファビオの口を割らせて事件の真の黒幕がマネケルマンという男であることを知るが、そこへ警察がやって来て逆にヘラルドが捕まってしまう。メルセデスはヘラルドの身を救うためにマネケルマンのもとへ向かい、油井を売り渡す契約をする。釈放されたヘラルドとメルセデスは一緒に町を出るが、その耳にドカンという音が聞こえてきた。万が一自分の身に何かあってカジノから戻ることができなかった場合、油井を爆破するようにというヘラルドの指示を知った上でのメルセデスの行動であったのである。

ルイス・ブニュエルがメキシコ時代の第一作として監督した、歌あり踊りありの異色娯楽作。石油ブームに湧くメキシコの油田地帯タンピコに、若い女メルセデスが、兄を殺した男に復讐するためにやってきた。しかし、ふたりは恋に落ちてしまう。人気歌手二人を主演にしたミュージカル映画。
(1946メキシコ)監督・ルイス・ブニュエル、脚本・マウリシオ・マグダレーノ、エドムンド・バエス、原作・ミシェル・ヴェベール、製作・オスカル・ダンシヘルス、撮影・ジャック・ドレイパー、美術・ハビエル・トレス・トリハ、音楽・マヌエル・エスペロン、編集・グロリアシェーマン、モノクロ、上映時間85分
出演・リベルタ・ラマルケ(メルセデス)、ホルヘ・ネグレーテ(兄の仇ジェラルド)、メルセデス・バルバ(Camelia)、アグスティン・イスンサ(Heriberto)、ホセ・バビエラ(Fabio)、フリオ・ビリャレアル(Demetrio)


★のんき大将【1949メキシコ】
妻に先立たれて以来酒浸りの日々を送るラミロ(フェルナンド・ソレール)を何とか立ち直らせようと親戚たちは二日酔いの彼をボロアパートにかつぎ込み、自分たちも貧相なふりをして、目覚めたラミロに、彼が2年間も正気を失なっている間に一家は破産、家も取り上げられたのだと嘘の宣告をしてショック療法を試みた。ところが薬が利きすぎたラミロはひどい落ち込みよう、あげくの果てに自殺しようとする。それを止めたのが同じアパートに住む青年、パブロ(ルーベン・ローホ)。彼の口からラミロは自分が眠っていたのが一晩に過ぎないことを知り、家族の芝居に気づく。そこでラミロはそれを逆手にとって自分勝手な家族の性格を矯正すべく、嘘から出たまこと、破産が現実になったと嘘をつく。最初は落胆していた家族もしだいに見違えるように勤勉になり、ラミロの娘のビルヒニア(ロサリオ・グラナドス)とパブロの間に恋も芽ばえて、ラミロは葬儀屋で働くと称しては昼間は自分の会社の経営に余念のない毎日、財産ももとの二倍に増えた。そんな中、ビルヒニアのかつての婚約者アルフレドが訪ねてくる。境遇の変化にも変わらぬ愛を告白するフルフレドにビルヒニアの心は揺れ動く……。そんな中ついにラミロの芝居がばれ、家族は無事もとの生活に戻るが、一人収まらないのはビルヒニアを愛していたパブロ、金持ちにもてあそばれただけだったとすっかりカンカン。しかしそれをよそにビルヒリアとアルフレドの結婚式の準備は進められてゆく。が、式の当日の土壇場になってラミロはアルフレドの行動が、ラミロの芝居を見抜いた上でのものであり、彼の本心が財産目当てであることを知って神父に結婚の異議を申し立て、ビルヒニアは花嫁衣裳のまま、やはり彼女のことが忘れられず戻ってきたパブロの腕の中に飛び込んでゆく。

妻の死後、酒浸りになった億万長者ドン・カミロに、親類たちは策謀で破産を宣告。貧民窟で絶望した彼は自殺を図るが失敗し、策謀を知る。彼は、破産は事実であると逆に親類に嘘をついて復讐するというコメディ。ルイス・ブニュエルがアドルフォ・トラードの戯曲を基に、その多彩な才能の一端を見せるメキシコ時代の監督第二作。
(1949メキシコ)監督・ルイス・ブニュエル、脚本・ルイス・アルコリサ、ラケル・ローハス、原作戯曲・アドルフォ・トラード、製作・オスカル・ダンシヘルス、フェルナンド・ソレル、撮影・エセキエル・カラスコ、音楽・マヌエル・エスペロン、編集・カルロス・サヴァーヘ、美術・ルイス・モヤ、ダリオ・カバニャス、
モノクロ、上映時間90分
出演・フェルナンド・ソレール(ドン・ラミロ)、ロサリオ・グラナドス(Virginia)、ルーベン・ロホ(Pablo)、Maruja Griffell(Milagros)、アンドレス・ソレル(Ladislao)、ルイス・アルコリサ(Alfredo)、


★忘れられた人々【1950メキシコ】
メキシコの大都会の裏には、悲惨な生活を送る貧しい人々の集落があった。そこの子供たちは悪に染まって行くばかりで、手のつけられぬ存在であった。その頃、かれらの首領格ハイボ(R・コボ)は感化院を脱走して、再び不良仲間の前に姿をあらわした。ハイボは自分が感化院へ送られたのはジュリアンの密告だと知って、ひそかに復讐を誓った。ハイボらは、市場へ出かけ、そこにいる盲目の音楽師を襲おうとした。彼は自分の体に笛、太鼓、ギターをくくりつけ弾きながら歌って金を乞う哀れな老人であった。ハイボらは彼の銭入れを狙って失敗し、その夕方、彼を待伏せて惨々な目にあわせた。不良仲間の一人ペドロにはまだ女盛りの母とたくさんの弟妹たちがいた。夜おそく帰って来たペドロは母に叱りつけられ食事を与えられないで追い出された。彼は迷子のオイトスに出会い、オイトスを連れて仲間のカカリツオの納屋へ泊りに行った。そこへ宿なしのハイボも泊りに来た。カカリツオの妹メチェは美しい少女で、いつも彼女に関心を見せるハイボを嫌い、ペドロやオイトスに優しくした。翌日、ハイボはペドロにジュリアンを呼び出させ、密告の仕返しにジュリアンを殴殺した。オイトスは盲目の音楽師と知り合い、彼に養って貰うことになった。やがてジュリアンの死体が発見され、警察の動きか目立って来た。ハイボは唯一の目撃者であるペドロを脅迫し、口を封じた。その晩ペドロは夢を見た。ジュリアン殺人事件におびえ、母の優しい愛情を求める夢だった。ペドロは母をよろこばそうと決心し、鍛冶屋に徒弟奉公したが、ハイボが来てナイフを盗んたので、ペドロも逃げなければならなくなった。ハイボはペドロを見張るため彼の家へ行った。ペドロは居ず、脚を洗う母に欲清を感じてハイボは彼女と関係した。ペドロは遂に感化院へおくられた。そこの校長はペドロの性質が善良なことを見ぬいて金を与え使いに出した。しかし、ハイボが待伏せしていて金を奪ったので、ペドロはハイボのジュリアン殺しを人々に告げた。ペドロはハイボに殺され、ハイボも警官に射殺された。

「アンダルシアの犬」など前衛映画作家として知られたルイス・ブニュエルが1950年に監督したメキシコ映画、肉体の中を彷徨う無垢な精神が瞬間に垣間見た意味。悪に染まった少年たちの生態を描いたもの。これを見ればブニュエルが分かる。決して忘れてはいけない幻想とリアリズムの融合。
(1950メキシコ)監督・ルイス・ブニュエル、脚本・ルイス・ブニュエル、ルイス・アルコリサ、製作・オスカル・ダンシヘルス、撮影・ガブリエル・フィゲロア
出演・エステラ・インダ(Marta)、アルフォンソ・メヒア(Pedro)、ロベルト・コボ(Jaibo)、ミゲル・インクラン(Blind)、Alma Della Fuentes(Meche)、


★スサーナ【1950メキシコ】
嵐の中、刑務所の柵を破って脱走したスサーナ(ロシータ・クィンタナ)は、信仰深い大農場を経営する一家に助けられる。居候として住みついたスサーナは、家長グアダルーペ(フェルナンド・ソレール)やその息子アルベルト(ルイス・ロペス・ソモサ)らを自分の魅力を振りまいて、次々に誘惑していく。使用人のヘスス(ヴィクトル・マヌエル・メンドーサ)は、ある日通りすがりの警官から脱走した女囚の話を聞き、それがスサーナであると直感して、それを口実に彼女に近づこうとする。色仕掛けの罠にはまった家長を唆かして妻カルメン(マチルデ・パロウ)を離縁させ、その後釜に坐ろうと画策しているスサーナは、相手にしない。じっと耐えていた妻はついに、夫との仲を嫉妬し、激情に駆られてスサーナを痛めつけ始める。そこへ、ヘススが警官を連れてやって来る。スサーナは逮捕され、家族達は目が醒める。翌朝、一家はスサーナが去り、秩序が戻ったことを神に感謝するのだった。

悪魔的な女性と、彼女に翻弄される家族を描く。祈りが通じて感化院を脱走したスサーナは、ある敬虔な農家に逃げ込む。家長から息子たちまでスサーナの虜となる。妻と離婚してまで家長はスサーナを求める。
(1950メキシコ)監督・ルイス・ブニュエル、脚本・ルイス・ブニュエル、ハイメ・サルバドール、ロドルフォ・ウシグリ、原案・マニュエル・レアーチ、製作・セルヒオ・コーガン、撮影・ホセ・オルティス・ラモス、美術・グンテル・ヘルソ、音楽・ラウル・ラビスタ、録音・ニコラス・ド・ラ・ロゼ、編集・ホルヘ・ブストス
出演・ロシータ・クィンタナ(Susana)、フェルナンド・ソレール(Don Guadalupe)、ビクトル・マヌエル・メンドーサ(Jesus)、ルイス・ロペス・ソモサ(Alberto)、マチルデ・パロウ(Dona Carmen)、Maria Gentil Arcos(Felisa)、


★ペテン師の娘【1951メキシコ】
老いた酒場のおやじドン・キンティンは妻に死なれて孤独の身になった。彼は20年前に捨てた娘を探している。ある日ふとしたことで、若い男と大喧嘩をするが、男が連れていた妻こそ娘だった。

ルイス・ブニュエルが35年にスペインで映画化したカルロス・アルコリサの戯曲『苛烈な男ドン・キンティン』を、ブニュエル自身がメシコで再映画化した作品。頑固な父親が生き別れになった娘と再会するまでのトラブルをコミカルに描く。
(1951メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル、製作・オスカル・ダンシヘルス、脚本・ラケル・ロハス・デ・アルコリサ、ルイス・アルコリサ、原作・カルロス・アルニーセス、撮影・ホセ・オルティス・ラモス、美術・エドワード・フィッツジェラルド、編集・カルロス・サバーヘ、音楽・マヌエル・エスペロン、
主演:フェルナンド・ソレル(ドン・キンティン)、アリシア・カーロ(その娘マルタ)、ルーベン・ローホ(その夫パコ)、フェルナンド・ソト、


★愛なき女【1951メキシコ】
古美術商を営む資産家夫婦の仲は冷めきっていた。というのも妻ロサリオ(ロサリオ・グラナドス)には、25年前に長男カルロスが子供のころ家出をし、山でさまよってるところを助けたフリオ(ティト・フンコ)と恋に落ち、失敗した経験があったからである。月日が経ち、成人した次男のカルリートス(ハイメ・カルペ)に突如莫大な遺産が転がり込む。贈り主は、一度は成就しかけたロサリオとの愛を諦めて国を離れたフリオだった。その金でカルリートスは豪華な結婚式を挙げるが、式の最中に父のドン・カルロス(フリオ・ビリャレアル)は急死する。医師であるカルロス(ホアンキン・コルデロ)は、研究のための資金が欲しかったばかりでなく、弟の新妻は彼が想いを寄せていた女性であったことから弟を敵視し始める。彼は母が隠していた写真から彼女の不義を知り、弟の出産に疑惑を抱くようになる。やけになったカルロスは熱帯行きを決意するが、弟と口論するうちにあやうく殺し合いの喧嘩になりかける。その時、母は決然と自らの過去を明らかにし、息子たちとも別れて、独り愛人の想い出とともに生きることを宣言するのだった。
憎しみ合う兄弟の悩みと和解を描く家族劇。骨董屋の妻が技師と恋に落ちるが夫とは別れず、不毛の結婚生活と不倫関係を25年にわたって続ける。
(1951メキシコ)監督・ルイス・ブニュエル、製作・セルヒオ・コーガン、原作・ギイ・ド・モーパッサン『ピエールとジャン』、脚本・ハイメ・サルバドール、撮影・ラウル・マルティネス・ソラレス、音楽・ラウル・ラヴィスタ、美術・グンテル・ヘルソ、編集・ホルヘ・ブストス、
出演・ロサリオ・グラナドス(ロサリオ)、フリオ・ビリャレアル(ドン・カルロス)、ティト・フンコ(フリオ)、ホアキン・コルデロ(カルロス)、ハイメ・カルペ(カルリートス)、


★昇天峠【1951メキシコ】
メキシコ、ゲレーロ州海岸地方のある村。三男坊オリヴェリオ(エステバン・マルケス)の結婚式の当日、突然病床の母親(レオノーラ・ゴメス)の容体が悪くなる。欲深い兄達は、息のあるうちに自分たちに都合のよい遺言状を作ろうと必死で、財産の中でも価値の高いメキシコシティの家を狙っている。しかし母親は孫である死んだ娘の子供にその家を譲りたいと思い、一番信頼できるオリヴェリオに法的効力のある遺言状を作って欲しいと頼む。オリヴェリオは代埋人のいる隣町まで、おんぼろバスに乗って出発する。バスに乗ると、いろいろな珍事が続出、霧が発生するし妊婦は産気づき、峠の一本道なのに滅多に来ない対向車が来る。川にさしかかるとぬかるみにはまり込み、オリヴェリオは男好きな娘ラクェル(リリア・プラド)に誘惑される。バスはようやくスピードを出し始めたが、突然運転手のシルヴェストロ(ルイス・アセヴェス・カスタニェダ)が実家のある村に立ち寄ると言い出す。この日は彼の母親の誕生日で、乗客全負が宴席に招待される。果てしなく続く宴会にうんざりしたオリヴェリオは、バスを失敬してラクェルとともに町へむかい、途中昇天峠でついにラクェルと結ばれてしまう。公証人の知恵で証文を作ってもらったオリヴェリオは、故郷の村に戻ると既に息をひきとっていた母の拇印を証文に押す。かくしてメキシコシティの家は孫に渡ることになった。

危篤の母親の依頼で公証人を呼びに行く息子の奇妙なバス旅行を描く。結婚式直後、母の危篤を知ったオリベリオは、自分に有利な遺言状に捺印してもらうために新妻を残してバスで郷里に向かう。バスは途中、昇天峠を越えるが、その間バスでは様々な予期せぬ出来事が展開する。妊婦の早産、娼婦の誘惑、運転手の開く宴会、ぬかるみや牛の妨害などなど、母の枕元にたどり着いた時には母は死んでいた。しかし、なぜか彼は母の捺印を得られた。
(1951メキシコ)監督・ルイス・ブニュエル、製作・原案・マヌエル・アルトラギーレ、マリア・ルイサ・ゴメス・メナ、脚本・アルトラギーレ、ブニュエル、ファン・デ・ラ・ガバダ、リリア・ソラノ・ガリアナ、撮影・アレックス・フィリップス、音楽・グスタボ・ピッタルーガ、美術・特殊効果・エドワード・フィッツジェラルド、ホセ・ロドリゲス・グラナダ、編集・ラファエル・ポルティーリョ、録音・Eduardo Arjona、Jesus Gonzalez Gancy、
出演・リリア・プラド(ラケル)、エステバン・マルケス(オリベリオ)、カルメリタ・ゴンサレス(その新妻アルビーナ)、レオノーラゴメス(母)、ルイス・アセヴェス・カスタニェダ(Silvestre)、 マニュエル・ドンデ(Eladio Gonzalez)


★乱暴者【1952メキシコ】
肉屋で働くペドロ(ペドロ・アルメンダリス)は、大柄な体躯と腕っぷしの強さを誇って、地主カブレラ(アンドレス・ソレール)の用心棒をしていた。ある日、団結して抵抗する小作人たちを訝しく思っていたカブレラは、ペドロに命じてその代表の男を殺させる。自らも傷を負ってペドロは復讐しようとする小作人たちの網をかいくぐり、殺した代表の娘メチェ(ロシータ・アレナス)を人質にとって逃走した。ペドロが父の仇とは知らぬメチェは地主に搾取されてきた小作人の苦しい事情を話すと、ペドロは何も考えずに強い者の味方をしてきたことを後悔し、心を改める。しかしペドロに目をかけてきたカブレラの妻パロマ(カティ・フラード)は、メチェに対する嫉妬から父親を殺したのがペドロであることを話してしまう。真相を知ったメチェに追い出されたペドロは町に舞い戻る。ペドロに妻を寝とられたカブレラがペドロを殺そうと待ち構えるが、逆に息の根を止められる。パロマのタレこみで警察はペドロを指名手配する。メチェは彼のことを許すのだが、逆に見つかり警察に射殺されるのだった。

力持ちで優しい用心棒に起こる悲劇的な結末に終るメロドラマ。地主カブーラの用心棒ペドロは、命令されて小作人の代表を殺し、復讐を恐れてその娘メチェを人質にして逃走する。父の仇とは知らないメチェは、小作人の実情を話し、ペデロは改心するが、恋仲だった地主の妻パロマが嫉妬からメチェに事実を話し、メチェはペドロを追い出す。妻を寝取られたガブレーラは、ペデロを殺そうとするが、殺人犯ペデロは警察に射殺される。
(1952メキシコ)監督ルイス・ブニュエル、製作セルヒオ・コーガン、脚本ブニュエル、ルイス・アルコリサ、撮影アグスティン・ヒメネス、美術グンテル・ヘルソ、ロベルト・シルヴァ、編集ホルヘ・ブストス、音楽ラウル・ラヴィスタ
出演・ペドロ・アルメンダリス(ペドロ)、カティ・フラード(パロマ)、ロシータ・アレナス(Meche)、アンドレ・ソーラー(Andres Cabrera)、ロベルト・マイヤー(Carmelo Gonzalez)、ベアトリス・ラモス(Dona Marta)、


★ロビンソン漂流記【1952メキシコ】
生き残りを賭けた極限のサバイバル
(1954メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル
主演:ダニエル・オハーリヒー


★エル【1953メキシコ】


一人の男が強迫観念に捕われ、異常になっていく様を描く。
(1952メキシコ)監督・ルイス・ブニュエル、製作・オスカル・ダンシヘルス、原作・メルセデス・ピント、脚色・ブニュエル、ルイス・アルコリサ、撮影・ガブリエル・フィゲロア、美術・エドワード・フィッツジェラルド、パブロ・ガルヴァン、編集・カルロス・サヴァヘ、音楽・ルイス・ヘルナンデス・ブレトン、
主演:アルトゥーロ・デ・コルドヴァ


★嵐が丘【1953メキシコ】
エミリー・ブロンテの原作を基に男女の狂おしいまでの愛と情熱を描く。製作はオスカル・ダンシヘルスとアベラルド・L・ロドリゲス、監督は「愛なき女」のルイス・ブニュエル。ブロンテの原作をフランス時代にブニュエルとピエール・ユニクが脚本化、それをブニュエル、フリオ・アレハンドロ、アルドゥイノ・マイウリが脚色。撮影はアグスティン・ヒメネス、美術はエドワード・フィッツジェラルド、音楽はラウル・ラヴィスタでリヒャルト・ワグナーの「トリスタンとイゾルデ」を使用。出演はイラセマ・ディリアンほか。
(1953メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル
主演:イラセマ・ディリアン

★幻影は電車に乗って旅をする【1953メキシコ】
失業者二人によって勝手に乗りまわされる廃車寸前の市電の車窓に映る風景を通して、日常に密む夢幻を描き出したドラマ。製作はアルマンド・オリベ・アルバ、監督はルイス・ブニュエル、脚本はマウリシオ・デ・ラ・セルナの原作を基にブニュエルとルイス・アルコリサ、ホセ・レベルタスの共同、撮影はラウル・マルティネス・ソラレス、音楽をルイス・ヘルナンデス・ブレトンがそれぞれ担当。出演はリリア・プラド、カルロス・ナヴァロほか。
幻影は市電に乗って旅をする、市電の夢、真夜中の、路面電車…
(1953メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル
主演:リリア・プラド

★河と死【1954メキシコ】
長年、対立しあう2つの家庭の争いをコミカルに描くドラマ。監督は「欲望のあいまいな対象」のルイス・ブニュエル、製作はアルマンド・オシーヴェ・アルバ、ミゲル・アルバレス・アコスタの『黒い岩の上の白い壁』の小説を基にブニュエルとルイス・アルコリサが脚本を執筆、撮影はラウル・マルティネス・ソラレス、音楽はラウル・ラヴィスタが担当。
(1954メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル
主演:コルンバ・ドミンゲス

★犯罪の試み(アルチバルド・デラクルスの犯罪的人生)【1955メキシコ】
ブニュエルのメキシコ時代の作品で、アルモドバル監督の「ライブ・フレッシュ」に引用されるなど、最も愛すべき傑作として語られてきた。日本では40年の時を超えてついに公開された。少年アルチバルドは美しい家庭教師からオルゴールを鳴らせば思い通りに人を殺せると教えられる。その彼女は言葉通りにオルゴールの音の中で死んでしまった。大人になったアルチバルドは、革命騒ぎで失われていたオルゴールと再会。その日から、彼の周りで美女たちが次々に死んでいく。
(1955メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル
主演:エルネスト・アロンソ

★それを暁と呼ぶ(1955仏伊)
(1956イタリア/フランス)監督:ルイス・ブニュエル
主演:ジョルジュ・マルシャル

★この庭での死【1956仏メキシコ】
シュールレアリズムの巨匠、ルイス・ブニュエルの幻の怪作。金の採掘者たちが集まるキャンプ近くの村にやって来た山師が拘束された。採掘者たちの騒ぎに乗じて逃げ出した彼は、仲間とともにサバイバルを展開する。朽ちていく文明の中で…
(1956フランス,メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル
主演:シモーヌ・シニョレ

★ナサリン【1958メキシコ】
ベニート・ペレス・ガルドスの原作を基に、メキシコのスラム街の中で信念を貫く一人の神父の姿を描いたルイス・ブニュエル監督の59年度カンヌ映画祭特別審査員賞受賞作。脚本はブニュエルとフリオ・アレハンドロの共同、撮影はガブリエル・フィゲロアが担当。出演はフランシスコ・ラバル、マルガ・ロペスほか。最後のセリフ、神と人の間、虚しさを噛み締める映画
(1958メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル
主演:フランシスコ・ラバル

★熱狂はエルパオに達す【1959仏メキシコ】
36歳の若さでこの世を去ったフランスの貴公子、ジェラール・フィリップの最後の主演作。自由主義に奔走した男の皮肉な運命を描く、ルイス・ブニュル渾身の力作! ブニュエル、ジェラール・フィリップの遺作
(1959メキシコ/フランス)監督:ルイス・ブニュエル
主演:ジェラール・フィリップ

★若い娘【1960米メキシコ】
シュールレアリスト、ルイス・ブニュエル監督の珍しい英語劇。レイプ犯の濡れ衣を着せられ、逃亡した黒人ミュージシャンのトレヴァー。そこで3人の男女と出会い、彼らの奇妙な共同生活が始まるのだが……。ハイヒールでスキップ
(1960アメリカ/メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル
主演:ザカリー・スコット


★ビリディアナ (1961スペイン) ルイス・ブニュエル監督
カンヌ国際映画祭(1961年・パルム・ドール)
(1960スペイン)監督:ルイス・ブニュエル
主演:シルヴィア・ピナル

★皆殺しの天使【1962メキシコ】
「アンダルシアの犬」の異才ルイス・ブニュエルが1962年にメキシコで手がけた作品で、ある邸宅に閉じ込められたブルジョワたちがたどる意外な運命を、ブラックなブルジョワ批判を交えつつ描いた不条理劇。オペラ観劇後に晩餐会に招かれ、ノビレ夫妻の邸宅を訪れた20人のブルジョワたち。晩餐を終えた彼らは客間にすっかり腰を落ち着かせ、夜が明けても全員が帰る方法を忘れたかのように客間を出ることができなくなってしまう。そのまま数日が過ぎ、水や食料も底を突いて命を落とす者まで出現。ブルジョワたちの道徳や倫理が崩壊していく中、事態は異様な展開へ転がりはじめる。第15回カンヌ国際映画祭では賛否両論を巻き起こした。
ルイス・ブニュエルが簡単に観れる時代・・・。かくも長き滞在
(1962メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル
主演:シルヴィア・ピナル

★小間使の日記(1964仏伊)
ブニュエル映画として初めて上映禁止にもスキャンダルにもならず世界的にヒットした、製作のシルベルマン、脚本のカリエールとの記念すべき第1作。小間使セレスティーヌがパリからノルマンディーの田舎へやってきた。典型的なブルジョワ生活を送る家人の口うるさい日々に、セレスティーヌは嫌悪感を抱き始める。そんな時、残忍な殺人事件が起こる。犯人をつきとめようとするセレスティーヌの好奇心の行方は……。
ブニュエルらしさ、変な人たち、メイド探偵の失敗、なのか、不穏な雰囲気が漂う
(1963フランス/イタリア)監督:ルイス・ブニュエル
主演:ジャンヌ・モロー

★砂漠のシモン【1965メキシコ】
(1965メキシコ)監督:ルイス・ブニュエル
主演:クラウディオ・ブルック

★昼顔(1967仏)
ヴェネチア国際映画祭(1967年・金獅子賞)
南米アルゼンチン生れのフランス作家ジョゼフ・ケッセルの同名小説の映画化で、「小間使の日記」のルイス・ブニュエルとジャン・クロード・カリエールが共同で脚色、ルイス・ブニュエルが監督した文芸もの。撮影はサッシャ・ヴィエルニー。音楽は使わず自然音だけで効果を狙っている。出演者には、「ロシュフォールの恋人たち」のカトリーヌ・ドヌーヴ、「輪舞」のジャン・ソレル、「恋愛論」のミシェル・ピッコリ、「タヒチの男」のジュヌヴィエーヴ・パージュ、「恋人のいる時間」のマーシャ・メリル、「凶悪犯」のピエール・クレマンティなど。サンローランに包まれた美しいドヌーヴ、何処までも遠のいていく無人の馬車、YSLイヴ・サンローランを着た悪魔! カトリーヌ・ドヌーヴが美しい!
(1967製作国:フランス)監督:ルイス・ブニュエル
主演:カトリーヌ・ドヌーヴ

★銀河(1969仏伊)
無神論者のレッテルを貼られそれを忌み嫌ったブニュエルによる<福音書>。現代からキリストの時代へ、あるいは中世へ、18世紀へ、4世紀へ--SF映画のように自由闊達に飛びながら、パリ郊外からスペインの聖地サンチャゴに至る<銀河>をゆくふたりの怪しげな巡礼ピエールとジャンの冒険譚を描く。シュールで奇妙なロードムービー、ブニュエル風巡礼、せめてこの半分でも出鱈目であれば・・、異国の味
(1968フランス/イタリア)監督:ルイス・ブニュエル
主演:ポール・フランクール

★哀しみのトリスターナ(1970スペイン仏伊) ルイス・ブニュエル監督
母親と死に別れ、没落貴族にひき取られた16歳の少女。やがて彼女は若き画家と駆け落ちするが、その幸せも長くは続かなかった。過酷な運命に翻弄される女性をカトリーヌ・ドヌーヴが熱演する衝撃作。カトリーヌ・ドヌーヴが無垢な女から変身! 昼顔より格段にいいと思う(^-^)b 無垢な心は脆く、崩れやすい、戦慄の中にある美しさ
(1970イタリア,フランス,スペイン)監督:ルイス・ブニュエル
主演:カトリーヌ・ドヌーヴ

★ブルジョワジーの秘かな愉しみ(1972仏) ルイス・ブニュエル監督
アカデミー賞(1973年)
 ブルジョワ階級の、一般階級とは異なる価値観で生きる奇妙な日常をシニカルに描いたドラマ。某国の駐仏大使とその友人一行が、セネシャルの屋敷を訪れる。
分析しないで、不思議な展開を楽しみましょ、くすくす笑える、映画好きのための映画! 欲求不満のブルジョワジーが可笑しい
(1972フランス)監督:ルイス・ブニュエル
主演:ジャン=ピエール・カッセル

★自由の幻想(1974仏)
1808年、スペインのドレドでナポレオン軍に抵抗するスペイン人たちが叫ぶ、「自由くたばれ!」-飛んで現代のパリ。少女が持ち帰った観光絵葉書に興奮する両親、翌朝父親が訪れた医者の看護婦は危篤の父の元へ、不思議なホテルを出た彼女の車に乗り合わせた教授の向う先は……数珠繋ぎの不可解な出来事の果てに動物園の動物たちの向うから叫びが! ブニュエルが完全に自由な映画を作ると宣言した<不可思議3部作>の最終作にして、シュルレアリスム映画の集大成。
不自由なくして自由は有り得ない、シュールなどではない!
(1974フランス)監督:ルイス・ブニュエル
主演:ジャン=クロード・ブリアリ

★欲望のあいまいな対象 (1977仏スペイン) ルイス・ブニュエル監督
ロサンゼルス映画批評家協会賞(1977年)
正体不明のテロ事件が頻発するセビリアの町から、パリ行きの列車に乗り込んだのは、初老のブルジョワ紳士マチュー。追いすがる女にバケツの水を掛けた彼は、驚く乗客たちに奇妙な愛の体験談を語り始める……。姿を現すたびに表情を変える若く美しい小間使コンチータを2人1役という史上初の試みで描いた巨匠ブニュエルの遺作。長期に亘って性欲が理性を凌駕し続けた話。小娘に振り回される初老の男 恋愛哲学
(1977フランス/スペイン)監督:ルイス・ブニュエル
主演:フェルナンド・レイ



# by sentence2307 | 2019-02-23 22:04 | アカデミー賞 | Comments(0)

オスカー直前予想!!

「直前予想って、それじゃあまるで競馬の予想と同じじゃん!?」
などと揶揄されそうですが、どちらにせよノミネート作品のうち未見の作品がほとんどなので、選考もへったくれもありません、そもそも迷うような前提条件さえクリアできてないわけですから、あれこれ迷うなんて図々しいことはやめにして、ほら、よく言うじゃないですか、そもそもタイプが全然違うストーリーをどうやって優劣をつけるんだとか、ジャンルそのものが異なる作品をなにを根拠に「こっちが良くて、あっちはダメ」などと言えるのかとか、こまかく考えればそんな選別をすること自体がしょせんは無理な話なので、そうならむしろ気楽にパッパと選んで受賞作を仮定したってなんら差し支えなく、その辺にころがっている怪しげな雑情報を手当たり次第にかき集めて適当にパッチワークし、アカデミー賞の風向きがどうなっているかくらいの「見当」ならどうにかつきそうな気がします(多かれ少なかれ、大方の批評家もそんな感じのガラガラポンで予想しているに違いありません)なのでどうせなら「徹底的に遊び倒したほうが勝ちちゃうのん!!」みたいな割り切り方も必要なのではないかと、すご!!

そこで一応自分的な選定の信憑性を持たせるために、アカデミー賞で「重要な前哨戦」と言われているいくつかの賞の受賞作をチェックしてからノミネート作品の絞りをかけてみようかと思い立ちました。

例えば、ゴールデン・グローブ賞、ブロードキャスト映画批評家協会賞、アメリカ映画協会選出TOP11あたりが、とても参考になる重要な賞だと聞いていますし、また、「組合賞」関係では、アメリカ製作者組合賞、アメリカ監督組合賞、アメリカ映画俳優組合賞が重要なのだそうです、そのほか映画祭ではトロント国際映画祭もチェックしておく必要があるとか。そこでさっそくチェックを始めてみました。

【アメリカ製作者組合賞】
◆作品賞 グリーンブック
◆アニメーション映画賞 スパイダーマン:スパイダーバース
◆ドキュメンタリー映画賞 Won't You Be My Neighbor?

【アメリカ監督組合賞】
◆監督賞 アルフォンソ・キュアロン(ROMA ローマ)
◆監督賞(第一回作品) ボー・バーナム(Eighth Grade)
◆監督賞(ドキュメンタリー) ティム・ウォードル(まったく同じ3人の他人)

【アメリカ映画俳優組合賞】
◆主演男優賞 ラミ・マレック(ボヘミアン・ラプソディ)
◆主演女優賞 グレン・クローズ(天才作家の妻 40年目の真実)
◆助演男優賞 マハーシャラ・アリ(グリーンブック)
◆助演女優賞 エミリー・ブラント(クワイエット・プレイス)
◆アンサンブル演技(キャスト)賞 ブラックパンサー
◆スタントアンサンブル賞 ブラックパンサー
◆功労賞 アラン・アルダ

【アメリカ脚本家組合賞】
◆脚本賞 ボー・バーナム(Eighth Grade)
◆脚色賞 ニコール・ホロフセナー、ジェフ・ウィッティ(ある女流作家の罪と罰)
◆ドキュメンタリー脚本賞 Bathtubs Over Broadway

【アメリカ撮影監督組合賞】
◆撮影賞 COLD WAR/あの歌、2つの心
◆スポットライト賞 泉の少女ナーメ

【アメリカ編集監督組合賞】
◆編集賞(ドラマ) ボヘミアン・ラプソディ
◆編集賞(コメディ) 女王陛下のお気に入り
◆編集賞(アニメーション) スパイダーマン:スパイダーバース
◆編集賞(ドキュメンタリー) Free Solo

【アメリカ美術監督組合賞】
◆美術賞(ピリオド) 女王陛下のお気に入り
◆美術賞(ファンタジー) ブラックパンサー
◆美術賞(コンテンポラリー) クレイジー・リッチ!
◆美術賞(アニメーション) 犬ヶ島

とまあ、こんな感じで、少しずつ調査をすすめてみたのですが、これっていくらやっても、なんか雲をつかむような作業に思えてきました。

こんな統計を重ねて果たして目指す目標に行きつくのか、だんだん不安になってきました。

それでも少し我慢しながら進めてみたのですが、一度モチベーションを欠いてしまったこともあり、やはり遅々としてすすみません、これじゃあいくらやっても、とてもラチがあくものではないと、だんだん気が付きました、これでは100年やっても多分ラチがあきそうにありません、自慢じゃありませんが、超のつくほどの面倒くさがり屋の自分です、こういう地道にコツコツ積み上げていくタイプの作業は自分には免疫も適正もなくて、すぐに飽きてしまいました。無理もありません、なにしろこちらは「コピペして即完成」主義者です。

この超便利なデジタル時代のことですから、なんかもっとスマートで簡単・迅速にできる方法だってきっとどこかに用意されているはずと、あれこれ考え探した結果、天啓のような素晴らしいアイデアに出会いました。

たまたま見ていたwowowの番組表に「第91回アカデミー賞 直前予想」というドンピシャな番組があるじゃないですか。それですよ、これ。それに放送日時と時間を確認したら、まさに今日のいまという感じです、あわててオンデマンドの画面を開きました。

先様がまるごと教えてくれると言っているんですから、なにもわざわざ苦労してコツコツ調べる必要なんかありません、それこそが無駄というもの、そんなこと天が許してもオレがゆるさないというやつです。

だいたいのところノミネートされている作品を見てもいないくせに予想なんぞを立てようするのがそもそもの暴挙なのです。
渡りに船とばかりにさっそくその番組「第91回アカデミー賞 直前予想」を見てみました。出演は、Variety副編集長のティム・グレイ、LA映画批評家協会員エイミー・ニコルソン、そして町山智浩の3人、話の進行は、「助演女優賞」「助演男優賞」「主演女優賞」「主演男優賞」「監督賞」「作品賞」の順で語られていましたが、このブログでは見やすさを考慮して通例どおり「作品賞」「監督賞」「主演男優賞」「主演女優賞」「助演男優賞」「助演女優賞」としますね。しかし、この表を作っていて感じたことですが、「助演男優賞」「助演女優賞」の受賞者を考え選ぶことが活力と巧緻の両面があって一番楽しいことに気が付きました。
(なお、番組内で語られた本命は◎、次点は△で表示しました)


◆作品賞
◎『ROMA/ローマ』
△『女王陛下のお気に入り』
△『グリーンブック』
『アリー/スター誕生』
『バイス』
『ブラックパンサー』
『ブラック・クランズマン』
『ボヘミアン・ラプソディ』
◆監督賞
◎アルフォンソ・キュアロン(『ROMA/ローマ』)
△スパイク・リー(『ブラック・クランズマン』)
△アダム・マッケイ(『バイス』)
ヨルゴス・ランティモス(『女王陛下のお気に入り』)
パヴェウ・パヴリコフスキ(COLD WAR/あの歌、2つの心)

◆主演男優賞
◎ラミ・マレック(『ボヘミアン・ラプソディ』)
△クリスチャン・ベール(『バイス』)
△ブラッドリー・クーパー(『アリー/スター誕生』)
ウィレム・デフォー(永遠の門 ゴッホの見た未来)
ヴィゴ・モーテンセン(『グリーンブック』)

◆主演女優賞
◎グレン・クローズ(『天才作家の妻 40年目の真実』)
△オリヴィア・コールマン(『女王陛下のお気に入り』)
△レディー・ガガ(『アリー/スター誕生』)
ヤリツァ・アパリシオ(『ROMA/ローマ』)
メリッサ・マッカーシー(『Can You Ever Forgive Me?』原題)

◆助演男優賞
◎マハーシャラ・アリ(『グリーンブック』)
△リチャード・E・グラント(『ある女流作家の罪と罰』)
アダム・ドライヴァー(『ブラック・クランズマン』)
サム・エリオット(『アリー/スター誕生』)
サム・ロックウェル(『バイス』)

◆助演女優賞
◎レジーナ・キング(『ビール・ストリートの恋人たち』)
△エマ・ストーン(『女王陛下のお気に入り』)
△レイチェル・ワイズ(『女王陛下のお気に入り』)
△エイミー・アダムス(『バイス』)
マリーナ・デ・タビラ(『ROMA/ローマ』)


直前予想なので、まあ、こんなところでいいのではないかと。



# by sentence2307 | 2019-02-21 09:28 | アカデミー賞 | Comments(0)
昨日は、夜に放送される「カーリング日本選手権」決勝戦を見るために、夜に予定していた用事をまだ日の高いうちに済ませてしまい、また、夕食なども早々にとってテレビ観戦にそなえました。

今年の日本選手権は、いわゆる4強(ロコソラーレ、中部電力、北海道銀行、富士急)と言われるどのチームも充実していて、この大会は実に見ごたえのある試合が多かったと思います。

しかし、「いわゆる4強」とはいっても、構図としては、やはり、どのチームも、平昌オリンピックで銅メダルを獲得したロコ・ソラーレ打倒を掲げていて、実際は、「ロコ・ソラーレ」vs「中部電力、北海道銀行、富士急」というのが正しい構図だったと思います。

標的にされたロコ・ソラーレには災難だったかもしれませんが、どのスポーツにおいても、追うチームは、国内のオリクピック・メダリストの打倒(追いつけ・追い越せ)をまずは目標にかかげて精進するのは当然なわけですから、これはメダリストにとっての宿命みたいなもので、チャンピオンはいかなる挑戦者も退けるというのが覇者の証しである以上、いくら海外遠征などで準備が十分できなかったというのは言い訳にならず、それをも見越してこの大会に備えるのがチャンピオンとしてのつとめだったのではないかという声が周囲には多くて、同情の声はあまり聞かれませんでした。

それにしても、スキのない中部電力の戦いぶりには目を見張るものがありました。

かつて平昌オリンピックの代表決定戦においてロコ・ソラーレに圧勝を許して屈服したあの時と、これが同じチームかと目を疑うような堂々たる戦いぶりです。

見ていると投げ損じのミスだって随所にあったと思うのに、そのミスは後を引くことなく、幾つもの事態に対応できる勝利のセオリーはそれぞれしっかりと確立されていて、まるで「勝利」から逆算したような考え抜かれた石の配置が、いかに藤澤選手の最後の絶妙な一投さえも難なく呑み込まれ、効果も奇蹟も生み出せないまま、いつのまにか失地回復不可能な大量得点をズルズル許してしまう結果に持ち込まれていたというのが、正直な感想でした。

昨日の試合でいえば、それはまさに3―3の同点で迎えた第5エンド、中部電力の北沢選手が放った最後の一投が、ハウスのなかにあったロコ・ソラーレの2つのストーンを押し出して一気に4点を獲得した決定的な場面にありました。どのように石を配置して防いでも、いつのまにか中央に石を集められ、結局最後の一投くらいでは、もはや「手も足もでない」状況が作られてしまうという感じでした。

皮肉なことに、ハウスの中にある相手の石を一掃して大量得点を奪い、相手の戦意を喪失させるというこの絶妙な投てきスタイルは、かつて藤澤選手が得意にしていた、まさに起死回生の一投でした。

日刊スポーツが昨日の日本選手権の結果を報じています。

≪女子は中部電力が平昌五輪(ピョンチャンオリンピック)女子銅メダルのロコ・ソラーレを11-3で破り、2年ぶり6度目の優勝に輝いた。今大会は1次リーグから決勝まで10戦全勝。平昌五輪男子代表の司令塔だった両角友佑氏(34)がコーチに就任し、攻めるカーリングで結果を出した。これで世界選手権(3月、デンマーク)の代表権を獲得した。≫

そして、この記事のおわりに今大会の中部電力の躍進について、市川美余元選手が「両角コーチが中部電力の『攻め』を確立」と題するコメントを出していますので以下に引用しますね。

≪両角コーチが中部電力の「攻め」を確立/市川美余
中部電力がすべてにおいて一枚上手だったと思います。やりたい組み立てもできていましたし、攻めのスタイルを確立できていました。ピタッと決めるフリーズショット(石と石をくっつける)も世界レベルです。フォースの北沢選手のメンタルが強く、プレッシャーのかかる場面でも淡々とこなしていました。
これからのカーリングは攻めないと勝てないと思います。両角コーチがいち早く取り入れたものを、しっかり確立できたのは大きいですね。男子でも守りのチームが多い中で、女子なのにあのスタイルができるのはスキルと体力、パワーを兼ね備えているからです。
若い中嶋選手がスキップでセカンド、経験のある松村選手がサードで体力を使うスイーパーとして生き生きしていました。フォースの北沢選手はショットだけに専念できるチーム編成で、それぞれの選手が伸び伸びとプレーできていました。(元日本代表サード)≫


スポーツは、勝つことがすべてなのですから、そりゃあ、おっしゃっていることはまさにそのとおりです、一片の間違いもありません。

それはそうなのですが、しかし、自分としては、「そだね~」とのどかに声を掛け合い、場違いな笑い声を会場に響かせ、試合の最中だというのにのんきにお菓子や韓国産盗作いちごを美味しそうに食べてはアイドルの噂話などに興じている、そんな彼女たちの作り出す和やかな雰囲気と、そういうカーリングが(こういうスポーツがあったっていいじゃないかという感じで)たまらなく好きだっただけに、もし、勝つためには、今回の中部電力のように、世界の最新の情報をいち早く取り入れ、石をどう置けば相手がどう失敗するかとさんざんに考えてはその巧妙な罠で誘い、まんまとその罠に引っかかって失敗でもすれば、腹のなかでざまあみろとほくそ笑み、しかし、顔だけは真顔をよそおって黙々と次の罠を仕掛けていくという、あの陰険にしてヒステリックな欺瞞的な作戦がこのスポーツのすべてを支配するというのなら、(カーリングというスポーツの実態は、まさにそうでしたし、今回の中部電力の勝利によって逆コースの道をたどりそうな予感がします)、自分としても大切な部分を欠落させたカーリングの追っかけを考え直すことになるかもしれません。これって脅迫ですからね。



# by sentence2307 | 2019-02-18 18:54 | カーリング | Comments(2)
ここのところ連日、「日本カーリング選手権」の予選リーグ(ただし女子戦だけです、スミマセン)をテレビ観戦しています。

たぶん、コロ・ソラーレがらみでずっと試合を見てきたこともあって、コロ・ソラーレの出足の不調さが一層その印象を強めたのかもしれません、4強といわれているその他の3チーム(中部電力、北海道銀行、富士急)の強さが今回はとても際立っていて、「彼女たち、こんなに強かったっけ」という意外な感じを持ちました。

試合を中継放送しているBSの解説者は「4強の各チームの実力は拮抗している」といっていましたが、「拮抗」どころか、この3強チームに対しては、戦っているうちのある部分では「伯仲している」とか、もしかしたら「圧倒されている」といってもいい部分が幾度もあったように思いました。

僅差でかろうじて勝利した富士急戦や昨夜の北海道銀行戦も、あるいは、中部電力戦のように「僅差で敗退」という可能性だってなかったとは言えないくらいの「拮抗」ぶりだったと思います。

しかし、これは自分が、いつのまにかコロ・ソラーレ側から観戦してしまっているからそう思うだけで、客観的に見れば、富士急戦と北海道銀行戦では、最後の決めどころでスキップの微妙な寄せの緻密な投てきに差がでたとも言えるわけで、そのことを正当に評価すれば、藤澤選手の調子がだんだん上がってきた証拠でもあり、「遅れてきた藤澤選手」が3強チームとどう渡り合うか、決勝までの戦い(そこまでいくと信じています)が大いに楽しみになってきました。

そうそう、昨日の北海道銀行戦で意外に思ったことがありました、第10エンドで最後の投てきに入る際、まだ試合がどうころぶか分からない緊張するところで、藤澤選手がリラックスして微笑していたのがとても印象的でした。

中部電力時代、誰にも頼れずプレッシャーに圧し潰されたかつての藤澤選手とは雲泥の差です、なんか、「一勝」とか「一敗」なんかに捉われることなく、目の前にあるその瞬間の「勝負」に掛ける「勝負師のふてぶてしさ」を見た感じがしました、そういってしまえば、他のチームのスキップや選手たちだって、そういうことは言えるわけで、アスリートに対して、こんなこと、いまさらいうようなことではないのかもしれませんが。

この後、2月16日(土)に決勝に進出する2チームのふるい落としがあり、17日(日)にいよいよ決勝戦が行われるそうです。とても楽しみです。


さて、前回、「ミステリーゾーン」のなかで、うっすらと記憶に残っているふたつのストーリー(片方は「世にも不思議な物語」の可能性もあります)について書いたところ、そのうちのひとつについてyazakiさんからご教示をいただき、そのタイトルが「The Midnight Sun」(ふたつの太陽)であることが分かりました。

そこでさっそく、you tubeで動画検索して見てみました。

なるほど、自分の記憶では主人公は「男性」とばかり思っていたのですが、ほんとうは画家志望の女性だったんですね、しかも妙齢な美人。

自分の記憶とすり合わせながら、実際の内容を書きとってみました、こんな感じです。

【内容】
なぜか地球の軌道が変動して太陽にゆっくりと近づいるという事態になっています。
ニューヨークのアパートに住む住民たちは、気温の低い地を求めて北か南のどちらかにどんどん非難を始めています。しかし、若い画家のノーマ(ロイス・ネットルトン)とブロンソン夫人(ベティ・ガード)だけが、このアパートを離れずに残ることを決心します。
真夜中だというのに、ノーマが暮らす部屋には真昼のように日が照りつけていて、すでに気温は43 °Cも上昇しています。
このアパートにふたりだけになったノーマとブロンソン夫人は、お互いに助け合おうと誓い合っています。
もはや街には人の姿はなく、水不足のために厳しい給水制限が実施されていて、電気も徐々に消されている状況のなかで、食物と水は途絶え始めています。
ラジオからは、警察が街を捨てたことを報じており、町に残った市民は略奪者から自分を守らなければならないと伝えています。さらに、「あなたは歩道の熱で卵焼きをつくることができるし、海洋の熱でスープを温めることだってできるよ」と冗談をとばしたあと、怒りの言葉とともに放送が不意に途切れます。
温度は49 °Cまで上昇し、ノーマとブロンソン夫人は、耐え難い暑さに次第に衰弱していきます。ノーマがなにげなく窓枠に触れると、そこは火傷するほど熱していました。
ノーマの描く絵が、太陽と燃え上がる都市の絵ばかりなので、ブロンソン夫人は精神的にも不安定になっていて、彼女に冷たいテーマの絵を描いてくれるように懇願し「もう太陽の絵は描かないで、たくさんよ!」と叫びます。
ブロンソン夫人がカギをかけ忘れた屋上の非常口から略奪者(トム・リース)が侵入してきて、あわててノーマの部屋に逃れますが、略奪者は外から大声でドアを開けるように脅し付けています。
ノーマは、護身用の拳銃を構えて、立ち去らなければ発砲すると逆に脅します。やがてノーマは略奪者が立ち去ったものと判断してドアを開けた途端、男が侵入してきて彼女の銃を奪い、彼女の水を奪って飲みます。水を飲み終わったあとで、彼女たちのおびえる様子をみた男は冷静になり、この耐え難い暑さと渇きのためにこんなことをしてしまったことを男は詫びて許しを請います。この暑さのために妻が死に、生まれたての赤ん坊が残されてしまったことを告げ、ノーマの許しを乞うて部屋から出ていきました。
熱暑のためにすっかり衰弱したブロンソン夫人を励まし慰めるために、ノーマは緑豊かな山の中にある滝の絵を見せます。
ブロンソン夫人は、その滝の絵を見て、滝の飛沫が本当に跳ね返ってくると錯乱して狂喜します。
温度は54℃まで上昇して、温度計の上限のメモリを超えて破裂してしまい、ノーマはもはや立っていることができません。油絵のペイントは高熱のために溶けはじめるのを見て、ノーマは絶叫し、意識が朦朧となっていきました。
ノーマは自分の部屋のベッドで目を覚まします、窓は降りしきる雪に閉ざされ真っ暗で、温度計の気温は−23 °Cを指しています。高熱で寝たきりの状態にあるノーマを、ブロンソン夫人と医師(ウイリアム・キーン)が看病しています。
ノーマは、太陽に近づきすぎて暑熱で焼け死にそうになったのは、自分の高熱が見させた悪夢にすぎなかったのだと、はじめて理解します。
事実、地球の軌道が変動したために太陽から遠ざりはじめていて、世界はゆるやかに凍死しつつあることに気が付いたのでした。

(1961.11.17)監督アントン・リーダー、脚本ロッド・サーリング、
出演・ロイス・ネットルトン(ノーマ)、ベティ・ガード(ブロンソン夫人)、トム・リース(侵入者)、ウイリアム・キーン(医者)、ジェイソンウィングリーン(シュスター)、ジューンエリス(シュスター夫人)


こんな感じで「ミステリーゾーン」や「ララミー牧場」など「アメリカTV映画」についてあれこれ検索して遊んでいたら、ある通販サイトから、さっそく「ベン・ケーシー」のDVDのご案内というのが送信されてきました。

確かに、自分の書いたそのリストの中には「ベン・ケーシー」も含まれています。しかし、ビッグ・データかなんだか知りませんけれども、そういうかすかな書き込みも見逃さずに瞬時に売り込みを掛けてくるとは、いやあ、その商魂、実にたいしたものです。

でも、こういう抜け目のないリアクションを目の当たりにすると、自分のテータがどこかで蓄積されているようで、なんだか逆に怖くなる部分てありますよね。

だってほら、たまにですが、発作的にムラムラッときて、つい「出来心」で(ホントですよ!)気まぐれにエッチ系の検索などをかけてしまうなんてこと、よくあるじゃないですか。

そういう発作的な書き込みも見逃さずにゲットされ、集中的にしつこくメール攻勢をかけてきて、当方ではハナからそんなもの相手にせずに当初は無視し続けても、それが何百回・何千回目と波状攻撃されて来る日も来る日もメール攻撃されたら、そのうちにうんざりして「この購入ボタンをクリックさえすればこの苦しみから逃れられる・楽になれるのだ」と心理的に追い詰められ(ことさら自分などは、そういうプレッシャーには人一倍弱いときています)、ついに根負けして、「購入」のボタンを押してしまうなんてことは大いにあり得ることだと思います。

しかし、一面、そういの「あくどい商魂」とはいっても、当方にまったく非がないかといえば、そうでもありません、そもそも、最初に会員登録とかメルマガ登録をしなければ、ハナからそんな売り込みを掛けられることもないわけで、自分的には「情報」だけ欲しいと考えている「いいとこ取り」の負い目もあり、なのでなんとも言えず、たいへん難しいところでもあります。

でも、なんで、このような言い訳がましいことをグダグダ書いたかというと、送信されてきた「ベン・ケーシー」のDVDの売り込みメールに詳細なリストが添付されていたので、とっさにこれ幸い「これは使えるな」と思う本能的なリアクションに、「やっば、メルマガ登録をやめられずにいる理由があるのかもしれない」と思い当たった次第です。

そこで、このリストを眺めながら、せめて自分の遠い記憶にあるタイトルと付け合わせながら楽しもうと思ったのですが、なんか「これって、少なすぎないか」という印象を持ちました。

この「ベン・ケーシー」のDVDですが、シーズン1、2、3とあって、ひとつのシーズンは18話(DVD 9枚組・18話収録)しかありません。「18話って、なに?」という感じです。

ちなみに、シーズン2も18話、シーズン3は16話となっていますから、しめて52話ということになります。

こういってはなんですが、自分的には、「50音順配列」というものに大いなるこだわりを持っているモノですが、そんなことより、はるかに「整合性」という部分にこそ大いなるこだわりがあります。

ここは、どうしてもwikiに頼るしかありません。この「ベン・ケーシー」について、wikiではこんなふうに解説されていました。

「(ベン・ケーシーは)1961年10月2日から1966年3月21日まで、アメリカABCで1話60分、全153話が放送された。日本でも1962年5月4日から1964年9月25日までTBS系列で放送されて、最高テレビ視聴率が50%を超えて大ヒットした海外ドラマである。」
153話と52話じゃ、差し引き100話も差があるじゃないですか。ダメだ、そんなの!
そもそも、このDVDに「シーズン1、2、3」などと書いてありますが、これだって信憑性があるのかどうか、大いに疑問です。

そこで考えました、IMDbでシーズン1のタイトルすべてを検索して、このDVDのタイトル18話を当て嵌めてみようかと。まあ、なんですよね、こんなことしているわけですから、いくら暇とはいえ時間がいくらあっても足りません。足りるわけがありません。なんのためにこんなことをしているのか、自分で自分が分からなくなることもありますが、いよいよ何も分からなくなったら、そのときは自分の胸に「HELP」とか書こうかと思っているくらいなので、そのときはよろしくお願いします。

しかし、まあ、IMDbでシーズン1のタイトルすべてを調べてみました。


▼シーズン1▼
1巻:おそれ/リンダの微笑
2巻:明日に賭ける時/レモンの木の思い出
3巻:高価な水/笑いよ、よみがえれ
4巻:遠い町からのみじかい便り/美しき争い
5巻:わが友クリコー/狂気の口づけ
6巻:ある暗黒/拳銃魔
7巻:たとえ死すとも/栄光の果てに
8巻:ある夜の病棟/愛の重荷
9巻:裏町の誘惑/この手を君に
DVD 9枚組(18話収録)/モノクロ/日本語吹替

Season 1
S1, Ep1(2 Oct. 1961)To the Pure おそれ
S1, Ep2(9 Oct. 1961)But Linda Only Smiled リンダの微笑
S1, Ep3(16 Oct. 1961)The Insolent Heart 明日に賭ける時
S1, Ep4(23 Oct. 1961)I Remember a Lemon Tree レモンの木の思い出
S1, Ep5(30 Oct. 1961)An Expensive Glass of Water 高価な水
S1, Ep6(6 Nov. 1961)The Sound of Laughter 笑いよ、よみがえれ
S1, Ep7(13 Nov. 1961)A Few Brief Lines for Dave 遠い町からのみじかい便り
S1, Ep8(20 Nov. 1961)Pavane for a Gentle Lady 美しき争い
S1, Ep9(27 Nov. 1961)My Good Friend Krikor わが友クリコー
S1, Ep10(4 Dec. 1961)The Sweet Kiss of Madness 狂気の口づけ
S1, Ep11(11 Dec. 1961)A Certain Time, a Certain Darkness ある暗黒
S1, Ep12(18 Dec. 1961)A Dark Night for Billy Harris 拳銃魔
S1, Ep13(1 Jan. 1962)And If I Die たとえ死すとも
S1, Ep14(8 Jan. 1962)A Memory of Candy Stripes 栄光の果てに
S1, Ep15(15 Jan. 1962)Imagine a Long Bright Corridor ある夜の病棟
S1, Ep16(22 Jan. 1962)A Story to Be Softly Told 愛の重荷
S1, Ep17(29 Jan. 1962)The Big Trouble with Charlie 裏町の誘惑
S1, Ep18(5 Feb. 1962)Give My Hands an Epitaph この手を君に

大幅に意訳したタイトルもありましたが、DVD「シーズン1」18話分のタイトルは、どうにか嵌まるみたいでした。



# by sentence2307 | 2019-02-16 08:36 | カーリング | Comments(0)
ブログを書きながら、たまに「アクセスレポート」の「記事別アクセス」というのをのぞき見しています。

どの記事がどれくらい読まれているかを知るのは、ブログを息長く書き続けていくうえで励みになりますし、また、どういう方向性で書いていけば受けるのかとか、具体的なエネルギーにもなっています、ただ、しかし、この「励みにもなり、エネルギーにもなる」という部分が少しだけ食い違うと、かえって大きなプレッシャーになって跳ね返ってくるということを今回、書いてみたいと思います。

「記事別アクセス」のなかにこれが掲げられると、正直、気が重くなるというタイトルに「テレビ名画座」(2013. 01. 14)というのがあります。

1960年代初頭、テレビ放送の草創期に午後の時間の穴埋めとして外国映画(おもにフランス映画でした)を放映していたことがあって、そのことをかすかな記憶をたよりに調査して書いたコラムがあり、その番組のなかで見ることのできた数々の名作が自分の少年期の基本的な映画の知識を形作っていて、それから以後の映画体験においても重要な基盤となっているということを自覚しながら、1961年に絞って調査した結果を書きました。

その調査に際しては、まず図書館に行って新聞の縮刷版で調査しようと考えたのですが、図書館には手軽に見ることのできる冊子というのが、収容スペースと経費節約のための理由でか所蔵がなく、データ化されたソフトを図書館のパソコンで閲覧するという方法で調査しなければなりませんでした。

しかし、「番組欄」だけを見る調査とはいえ、一年分の新聞を1ページずつ画面上で繰っていくという煩雑さに加えて、そもそもそれ以前に閲覧するために必要な手続きというのが忍耐を求められる役所的な煩雑さがあり、正直、辟易させられてしまいました。

こうした「その後」の調査が出来なかったということもあるので、「記事別アクセス」欄に「テレビ名画座」のタイトルが掲げられているたびに、思わずドキッとしてたじろぎ、

「あれって、どうなった? オタク、あのとき継続して調べるとか言ってたじゃん?」

などと暗に言われているようなプレッシャーを感じ、そのたびにたいへん気が重くなるという状態が続いています。

しかし、そうした一連の行為がいくら面倒とはいえ、図書館はごく近所にあり、また、お役所的な「手続き」が煩雑とはいっても、そこは市民への奉仕を標ぼうする図書館のことですから、そのへんの事務手続きなどタカが知れたことと割り切れば、自分のすこしの努力でできないことではありません。

ただ、その再調査に二の足を踏んでいるというについては、ほかに理由があります。

たしかに、自分にとっての映画体験という意味ではあの「テレビ名画座」は、たいへん大きなインパクトをもった番組でした。
そのときのコラムにも書きましたように

「パルムの僧院」や「赤と黒」、「悪魔の美しさ」、「肉体の悪魔」、「花咲ける騎士道」、「モンパルナスの灯」、「七つの大罪」、「夜ごとの美女」、「愛人ジュリエット」、「輪舞」などの往年のフランス映画はこの番組で見ましたし、そのほか、イタリアン・ネオリアリズム作品(ロッセリーニやデ・シーカ、ピエトロ・ジェルミなど)やヌーヴェルバーグの一部の作品も見ていたわけですから、世界映画史における重要な時期のヨーロッパの映画を選りすぐって見ていたことになるわけで、たとえ実態としては時系列的にバラバラで混乱していたとしても、知識としての基本的な「素養」は身につけられたという意味では、申し分のない環境だったと思います。

その後、徐々にヌーヴェルバーグの評論に接していったとき、はじめてデュヴィヴィエが手ひどく批判されていることを知りました、そのこと自体にまずは驚き、その酷評がどうしても理解できないくらいに自分はフランスの古典的名作映画にのめり込んでいて、信条としては、たぶんヌーヴェルバーグの作品以上の思い入れだつてありました、つまり、自分の映画経験の成熟度が、時代的に「ヌーヴェルバーグ以前」まで到達していたということを示しているのではないかと密かに自負するとともに、また、ヌーヴェルバーグの作品を理解するのには、自分はまだまだ未熟で、時間も必要としたのだなという思いもありました。

そういう訳で、当時の自分の生活の主体は、「テレビ名画座」よりも、明らかに「アメリカTV映画」が中心にだったわけですから、「テレビ名画座」=ヨーロッパ映画について調べるよりも先に、まずは「アメリカTV映画」について調べなければ話にならないというか、自分が経てきた映像体験の最初の重要な部分を欠落させることは、実際とそぐわないという思いを強くしたのだと思います。

というわけで、まず最初に、自分が当時、はまっていた「アメリカTV映画」を思いつくままにざっとあげてみますね。


名犬リンチンチン、★スーパーマン、アニーよ銃をとれ、★アイ・ラブ・ルーシー、★ヒッチコック劇場、★名犬ラッシー、★ローン・レンジャー、★パパは何でも知っている、モーガン警部、★ビーバーちゃん、バット・マスターソン、★うちのママは世界一、★ペリー・メイスン、ガンスモーク、ウィリアム・テル、★コルト45、★ローハイド、★拳銃無宿、★世にも不思議な物語、第五騎兵隊、★未知の世界(ミステリーゾーン)、シャイアン、★ララミー牧場、テキサス決死隊、★ボナンザ、★サンセット77、★ライフルマン、★パパ大好き、マイク・ハマー、★アンタッチャブル、マーベリック、★怪傑ゾロ、保安官ワイアット・アープ、サーフサイド6、★ベン・ケーシー


思いつくままに上げただけでも、もはや35本、たとえこのなかに数年間のうちでシーズンが入れ替わり前後したものがあったとしても、子供だった自分は、毎週、これらのドラマをひとつずつ楽しみにして見ていたことになります。

あの「テレビ名画座」の枠のなかで上映されたヨーロッパの名作映画の詳細も、そりゃあもちろんいずれは調べなければならないだろうなとは思っていますが、そうすることにもうひとつモチベーションがあがらないのは、「まず知りたい」という自分の思いの中には「ジャン・コクトーやジュリアン・デュヴィヴィエ」があるわけではなく、むしろ、当時夢中になって見た数々の「アメリカTV映画」作品がまずはあるからだと思います。フランス映画の古典的名作をどれほど見たかということよりも、むしろ月曜日には「アメリカTV映画」の何を見た、火曜日にはまた別の「アメリカTV映画」を見ていたかの方が自分にとってはよほどリアルで、1週間のその視聴ローテイションというのが分かれば、そのころの自分の生活がまるごと摑めてしまうというくらい生活の中心に位置していたのだったと思います。

特に、どんな支障があろうと必ず都合をつけて見たという番組に★印を付してみたのですが、このなかに「ミステリーゾーン」と「世にも不思議な物語」があることに気が付きました。記憶では、いずれも深夜枠で放送していたこの番組だったために、親に叱られながら夜遅くまで起きて見ていたことをはっきりと思い出しました。

いま思い返しても、一話で完結するストーリーで構成されていたこのふたつの番組で見たドラマが、いまでも印象深く記憶に刻み込まれています。

「ミステリーゾーン」も「世にも不思議な物語」も、それぞれに素晴らしいストーリーが満載で、しかし、記憶に残っている物語がどちらで放送されたドラマだったか、いまとなっては判別が困難になっています。

印象に残っているドラマというのを、ふたつだけ、かすかな記憶をたどりながら書いてみますね。


【ストーリー①】
なにもかも満ち足りて幸せなそうな少年が楽しそうに散歩しています、背後から自分を呼ぶ声がするので振り返ると、遠くからなにごとかを叫びながら自分を追ってくる老人の姿が目に入ります。その老人は見るからにみすぼらしくて薄汚く、そのうえおそろしい形相で何か必死に自分に訴えかけているのですが、なにを言っているのかまでは分かりません、少年はその異様さに驚愕し怖くなって必死に逃げつづけ、やっとその不気味な老人から逃れることができました。その後、少年は、あまりの恵まれすぎた環境にあまえて成長したために、慢心して数々の人生の選択を誤り、大切な人々も裏切って失い、ついには世間からも見放されて人生の落後者となってしまいます。なんの望みもない零落した老人は、失意と絶望の果てに死に場所を探して野をさまよっているとき、遠くに少年時代の自分が幸福そうに散歩をしている姿を見つけます。老人は「人生を誤るな!!」と少年に呼び掛け必死に追いかけますが、どうしても追いつけません。「お~い、まってくれえ!!」苦痛に歪んだ老人の顔の大写しでドラマは終わりました。

【ストーリー②】
地球の軌道が少しずれて、太陽が地球に近づいているために世界の多くの人々や家畜が、その異常熱射でどんどん死んでいて膨大な死亡者が出ていることを、ラジオのニュースが伝えています。ここニューヨークのビルの一室でもブライドを深く下した窓から強烈な陽光が容赦なく差し込み、いくらクーラーを最大限にきかせてもいっこうに効果がなく、人々は熱暑にあえいで苦悶しています。しかし、太陽は少しずつ確実に接近し続け、温度はじりじりと上昇し、ついに上空いっぱいを太陽がおおって、「もうだめだ!!」と叫んだところで、ふいに男は揺り起こされます。「おい、どうした。ひどくうなされていたぞ」
飛び起きた男は、「ああ、夢でよかった」とホッとしながら、窓の外に広がる雪原のニューヨークを呆然と眺めます。軌道を外れた地球が太陽から徐々に遠ざかっているニュースがラジオから流れています。


実は、この印象深いふたつのドラマが、はたして「ミステリーゾーン」か「世にも不思議な物語」かのどちらの番組で放送されたものなのか、いままで知りたいと思ったことなど一度もありませんでした、放置状態のままでした。

しかし、今回、「★印」を付したことを切っ掛けにして、ぜひとも知りたいというささやかな欲が湧いてきました。

それらしい情報がなければ元々という気持ちで検索をはじめたところ、なんとyou tube でかなりまとまった動画が見られることが分かりました。

当のふたつのストーリーを探し当てることができるかどうかまでは分かりませんが、どちらとも立派なDVDのシリーズが出ているので、そのリスト(ミステリーゾーンの50音順作品リストは末尾に掲げますね)を拝借したうえで、アップされているyou tube動画を片っ端から見て確認していこうと考えました。

自分の古い記憶をどこまでたどれるか、とてもミステリアスな楽しい時間になりそうです。

和文検索で限界が見えたら、そのときはまた英文タイトルからそのままyou tube検索をかけて、字幕のない動画をダイレクトで見ようかとも思っていますが、それはあくまで最終的な非常手段ということにしておきます。

しかし、まあどんな感じか、試しに最初にヒットした幾つかの動画をまずは見てみることにしました。

最初に見たのは、「ミステリーゾーン」の動画で「He's Alive」というドラマでした、邦題は「暗闇の男」となっています。

舞台は、アメリカの片田舎、街頭でナチの「突撃隊」のような制服を着た青年ピーターが右翼っぽい過激な演説を熱っぽくぶちあげていますが、聴衆は時代遅れのナチ運動などハナからバカにしている感じで白け切って面白半分にながめています。結局、演説など続けていられないほど散々ヤジられたすえに街の男たちに殴り倒されます。街頭運動に行き詰まりを感じた青年ピーターが落ち込んでいると、ひとりの男が彼の前に現れます。顔に影が掛かっていて誰だかは分かりませんが、あきらかに「ヒトラー」その人という感じです。男はピーターに、聴衆の心をとらえる演説のコツは危機感と恐怖心をあおることだと教えます、そのように演説したことで見事聴衆の心を捉えたピーターに、男はさらに組織の引き締めと党の拡大をはかるために「殉教者」が必要だと唆します。そこでピーターは運動当初からの盟友だった親友を党員の手で処刑し、さあこれからはおれの組織だ、もっと大きくして世界を支配するぞみたいに息巻くそのピーターのようすを傍らで見ながら、影の男はひそかにほくそ笑むというドラマでした。

見る前の自分としては、人畜無害な空想SFドラマみたいなものを想像していただけに、この重々しい「政治色」には、なんだか微妙な違和感を覚えました。

先日BSで見たドキュメンタリー「鷲とライオン ヒトラーVSチャーチル」の中でも描かれていましたが、第1次大戦敗北の賠償金の支払いにあえいでいた衰弱しきっていたドイツを、ヒトラーは、アウトバーンの建設と、軍隊の増強によって新たな雇用を生み出し、150万人いた国内の失業者を半減させたという初期の経済的手腕が内外で高く評価・称賛されて、当時の英米国内にもかなりのナチのシンパがいたという解説がありました。

それに領地拡大をはかった軍事的侵略の理由付けというのが、近隣諸国を第三帝国のもとで繁栄させるというこじつけも、それなりの説得力があったのだなと、あのドキュメンタリーを見て実感しました。

そういう背景を踏まえると、主人公のピーターの熱い演技も納得ができます、しかし、それにしてもピーターを演じる美形の俳優の演技は、まさに真に迫っていて尋常じゃありませんでした。この美青年、見ようによっては「突然炎のごとく」のオスカー・ウェルナーに似ていなくもありませんし、時代的にはどうなのかわかりませんが、まさか彼がアメリカのテレビドラマなんかに出演するわけもないなどと思いながら、半信半疑でラストのスタッフ・キャストの名前で確認しようと思ったのですが、なにせ字幕の流れが速く、画面も粗いときているので、とうてい読み取れる状態ではありませんでした。

結局、IMDbを開いて検索してみることにしました。

そこには、このように記されていました。

Director: Stuart Rosenberg
Writers: Rod Serling, Rod Serling (created by)
Stars: Dennis Hopper, Ludwig Donath, Paul Mazursky | See full cast & crew »

えっ! な、な、なに!! と見るなり、びっくりしてしまいました。

監督は、あの「暴力脱獄」のスチュアート・ローゼンバーグ、主役のピーターを演じたのは、デニス・ホッパー、それに端役にはポール・マザースキーとあるじゃないですか。まさに「なんだ、こりゃ」でした。

これは、ちょっと油断できません、気を引き締めて、次にアップした動画(世にも不思議な物語)も見ることにしました。

題名は、「時空を超えた再会」です、タイトルから受ける印象は、たぶん小泉八雲の怪談みたいな話だろうなという気持ちで見始めました、まず、登場してきた大写しの女優の顔を見て初っ端からまたまたびっくりです、これは誰が見たってあのジョーン・フォンティンです。

こういっちゃあ失礼ですが、たかが30分たらずのテレビ映画です、あっ、「たかが」だけ余計でした。

しかし、現在でこそ、テレビと映画の垣根が少しばかり低くなったとはいっても、映画俳優たるもの「テレビなんかに出るのかよ」(落ちぶれたからって、よりにもよってテレビなんかにでなくとも)と蔑まれる偏見はまだまだアチラでは健在です。

1960年ころ、日本のテレビで放送した「ララミー牧場」というシリーズが空前の大ヒットをとばしたことがありました。その騒動はまさに社会現象といってもいい騒ぎでした。

なかでも準主役「ジェス」を演じたロバート・フラーが物凄い人気になって、だぶん請われて日本に来日したときの、その大歓迎ぶりがいまでも語り草になっています。

wikiの「ロバート・フラー」の「来日」の項には、このように記されています。

≪ロバート・フラーが1961年4月17日に来日した際、羽田空港に10万人のファンが殺到して大騒ぎとなった。更には、当時の日本国内閣総理大臣池田勇人に招かれるなど、一連の社会現象を巻き起こした(のちに来日したザ・ビートルズでさえ、この様な厚遇は受けていないことから、当時の熱狂ぶりがうかがえる)。≫

当のロバート・フラーは、「ララミー牧場」で絶大な人気を得て、日本の総理大臣に謁見までしたという栄誉ある背景があるのにもかかわらず、そのときに映画出演したキューブリックの「スパルタカス」(シナリオはダルトン・トランボ)では、「エキストラ出演でクレジットなし」という状態でした、いわばクレジットに名前さえ出ない終始チョイ役という感じです。

もちろん、それ以前に出た映画(というか、正しくは「参加した」というくらいがふさわしいでしょう)においては、当然ずっと「クレジットなし」の状態だったわけですよね。


その作品というのは、
「愛しのシバよ帰れ」1952(エキストラ出演でクレジットなし)
「決戦攻撃命令」1952(クレジットなし)
「ジュリアス・シーザー」1953(ローマ市民・クレジットなし)
「紳士は金髪がお好き」1953(コーラス・クレジットなし)
「カラミティ・ジェーン」1953(花を持った青年・クレジットなし)
「ラスヴェガスで逢いましょう」1956(ダンサー・クレジットなし)
「灰色の服を着た男」1956(クレジットなし)
「殴られる男」1956(クレジットなし)
「十戒」1956(エキストラ出演でクレジットなし)
「友情ある説得」1956(兵士・クレジットなし)
「成功の甘き香り」1957(クレジットなし)


そういうロバート・フラーがですよ、羽田空港に着き、タラップから空港を見たときに、目の前に10万人のファンが殺到して自分に向かって大歓声をあげている光景を目の当たりにしたわけですから、そりゃあ「エキストラ出演でクレジットなし」のロバート・フラーが感激のあまり泣き崩れたというのも、あながち誇張とばかりは言えないと思います。

そういう時代のテレビです、30分のテレビドラマにアカデミー賞を受賞したハリウッドの大女優ジョーン・フォンティンが現れて、ヒッチコックの「レベッカ」と同じように唇をかすかに歪めて微笑むあの美しい顔が、テレビに大写しになるのですから、そりゃあびっくりするのも当然です。

そうこうするうちに、ドラマのなかでは、ジョーン・フォンティンの家に、いわくありげな男が入ってきました、ふたりの会話のようすでは、どうも離婚の危機にある夫婦らしいのですが、その亭主を演じている男優、どう見てもウォーレン・ベイティにしか見えません。

なに、ジョーン・フォンティンにウォーレン・ベイティだって? 「レベッカ」と「俺たちに明日はない」じゃ、なんか時代が違うじゃん、という感じです。

ストーリーは、子供を死産したことが夫婦のあいだに疑心暗鬼を生み亀裂を生じさせていたところ、話し合いにきた亭主が自動車で帰る途中の雪道で滑り崖下に転落したちょうど同じころ、フォンティン夫人の元に若き亭主が現れて「いかに子供が欲しいか」という気持ちを語り夫人の誤解が解けるという物語でした、やっぱ小泉八雲でそれほど間違いじゃなかったという感じでしょうか。

詳細をIMDbで確認しますね、いや~、なんだか今日はIMDbで検索することが多いわ。

えっと、なになに・・・

Alcoholic Ellen Grayson summons her husband Harry to her isolated house to announce their marriage is over, after which he crashes his car. Helen is then visited by a man, the exact double ... See full summary »

ふむふむ、あらすじは、まあそんなところだわな。

Director: John Newland
Writers: Merwin Gerard (creator), Lawrence B. Marcus (dramatized by) (as Larry Marcus)
Stars: Joan Fontaine, Warren Beatty, John Newland | See full cast & crew »

ほら、やっぱ、そうでした、ジョーン・フォンティンにウォーレン・ベイティだったでしょう? 

でも、こう見ただけでも、これってすごいシリーズだったことが分かりますよね。

今後は、いずれのシリーズとも少しずつ見ていきたいと思っていますので、自分なりに再構成した「ミステリーゾーン」の鑑賞用リストを添付します。まあ、自分用の手控えということで未完成品ですが。



★ミステリーゾーン 作品目録

【あ】
Cat and Mouse 「愛のレッスン」
Red Snow 「赤い雪」
Four O'Clock 「悪意の果て」
Crazy as a Soup Sandwich 「悪魔との契約」
Dealer's Choice 「悪魔のジョーカー」
I of Newton 「悪魔の方程式」
ケネス・ギルバート監督・ジョン・ホールドマン脚本
Perchance to Dream 「悪夢」
The Howling Man 「嵐の夜」
嵐の夜、人里離れた怪しげな寺院に駆け込んだデビッドは、地下牢に閉じ込められていた男の懇願を聞き入れ、僧侶達に黙って開放してしまう。しかし、その男は。
A Short Drink from a Certain Fountain 「ある泉からの一杯」
Number Twelve Looks Just Like You 「ある改造」
19歳になったら皆改造され、同じ美しい顔を与えられる世界。だが、ひとりの少女が改造を拒む。
監督:アブナー・バイバーマン、脚本:チャールズ・ボーモント、ジョン・トマーリン
ゲスト:コリン・ウィルコックス、スージー・パーカー、リチャード・ロング
Execution 「ある死刑囚」
The Uncle Devil Show 「アンクル・デビル・ショー」
I Am the Night - Color Me Black 「暗黒の死刑台」
夜明けとともに男が縛り首になる日。だが、朝になっても一向に明るくならず、暗いまま。保安官と住人たちはしびれをきらす。
監督:アブナー・バイバーマン、脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:マイケル・コンスタンティン、ポール・フィックス、ジョージ・リンゼイ
【い】
Acts of Terror 「怒りの化身」
ブラッド・ターナー監督 ; J・マイケル・ストラジンスキー脚本
The Masks 「生きている仮面」
裕福だが、余命いくばくもない老人は、娘夫婦とその子供たちに、遺産相続の条件として、カーニバルの日に奇妙な仮面をつけるよう命じる。
監督:アイダ・ルビノ、脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:ロバート・キース、ヴァージニア・グレッグ、ミルトン・セルツァー
The Dummy 「生きている人形」
Quarantine 「意識の空白」
Lost and Found 「遺失物」
Ninety years Without Slumbering 「命を刻む時計」
老人は、祖父から引継いだ時計をとても大切にしていた。老人は、その時計が止まるときに自分も死ぬと信じていたのだ。
監督:ロジャー・ケイ、脚本:リチャード・デ・ロイ
ゲスト:エド・ウィン、キャロリン・カーニー、ジェームズ・キャラハン
The Whole Truth 「因縁も売り物です」(真実のみ)
いつもデタラメを言ってポンコツ車を売りつけている中古車屋が新たに買い取った車は「因縁付き」の物だった。その車が来て以来、彼は全く嘘がつけなくなり。
【う】
Long Live Walter Jameson 「ウォルター・ジェームソン氏の生涯」
Wong's Lost and Found Emporium 「失いしもの」
Paladin of the Lost Hour 「失なわれし時の番人」
Stranger in Possum Meadows 「宇宙からの使者」
ストゥーラ・ガンナーソン監督 ; ポール・チトリック, ジェレミー・ベルトラン・フィンチ脚本
The Cold Equations 「宇宙の法則」
マーティン・ラバット監督 ; アラン・ブレンナート脚本
The Parallel 「宇宙飛行士の幻想」
A Small Talent for War 「宇宙よりの使者」
クラウディア・ワイル監督 ; アラン・ブレンナート, カーター・ショルツ脚本
Mr. Denton on Doomsday 「運という名の男」
【え】
Take My life...Please! 「永遠のエンターティナー」
The Once and Future King 「永遠の王」
ジム・マクブライド監督 ; ジョージ・R・R・マーティン脚本
The Changing of the Guard 「栄光ある引退」
A Game of Pool 「栄光の報酬」
A Day in Beaumont 「エイリアン来襲!」
Queen of the Nile 「エジプトの女王」
コラムニストは、有名な美人女優が年をとっていないことに気づく。彼は、女優に近づき調べ始める。
監督:ジョン・ブラーム、脚本:チャールズ・ボーモント
ゲスト:リー・フィリップス、アン・ブライス、セリア・ロブスキー
The Elevator 「エレベーター」
R・L・トーマス監督 ; レイ・ブラッドベリ脚本
Extra Innings 「延長戦」
The Invaders 「遠来の客」
一人暮らしの老婆の家に或る夜落下してきた物体は、他の惑星からの物だった。中から小さな乗員が二人現れ彼女を悩ませるが、やがて彼女は物体を斧で叩き壊す。
【お】
The Incredible World of Horace Ford 「落ちた時計」
Sounds and Silences 「音と静けさ」
In His Image 「おのれの影」
Gramma 「おばあちゃん」
Personal Demons 「オリジナル・ストーリー」
【か】
The Card 「カード」
Opening Day 「解禁日」
The Thirty Fathom Grave 「海底の墳墓」
The Long Morrow 「帰ってきた宇宙船」
40年の惑星調査に飛び立つ直前、宇宙飛行士はある女性と出会い恋に落ちる。戻ってきたら会いに行くと約束するのだが……。
監督:ロバート・フローリー、脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:ロバート・ランシング、マリエット・ハートレイ、ジョージ・マクレディ
The Four of Us Are Dying 「顔を盗む男」
The Mirror 「鏡」
Nervous Man in a Four Dollar Room 「鏡の中の男」
冴えないチンピラのジャッキーは、安ホテルの鏡の中に別の人生を歩む自分の姿を見る。もう一人の自分と会話する内、彼はこれまでの人生からの脱却を考え始める。
The Shadow Man 「影男」
Walking Distance 「過去を求めて」(歩いて行ける距離)
Will the Real Martian Please Stand Up? 「火星人は誰だ?」
山中に何かが飛来し着陸。警官が跡を付けてみると、どうやら何かが近くのレストランに入ったらしい。中にはバスの乗客7人がいて、実はバスに乗っていたのは6人だったという。
Something in the Walls 「壁の中の顔」
The Man in the Bottle 「家宝の瓶」
今にもつぶれそうな古道具屋の老夫婦が、ある日不思議な瓶を手に入れる。瓶の中からは魔人が現れ、何でも望みをかなえてくれるという。
The Trance 「神の声」
ランディー・ブラッドショー監督 ; ジェフ・スチュアート脚本
Chameleon 「カメレオン」
The Hunt 「狩りの最中突然に」
What You Need 「彼に必要なもの」
【き】
Little Girl Lost 「消えた少女」
Little Boy Lost 「消えた少年」
Nightcrawlers 「帰還兵」
The Mind of Simon Foster 「記憶の値段」
A Thing about Machines 「機械嫌い」 (機械に脅迫された男)
尊大で何事も自分以外は信じようとしない作家のフィンクリーは、身の回りの機械に特に憎悪を感じていたが、やがて家の中のありとあらゆる機械達が彼に「反乱」を起こし始める。
A Game of Pool 「危険なチャレンジ」
The Big Tall Wish 「奇蹟」(大いなる願い)
A Most Unusual Camera 「奇妙なカメラ」
泥棒夫婦チェスターとポーラは盗品のカメラが5分先の未来を写すカメラだと気づく。監獄から脱走してきたポーラの弟も加わり、このカメラを使って競馬で大儲けするが、そのカメラに導かれるように仲間割れして破滅する。
Childrens Zoo 「奇妙な動物園」
Five Characters in Search of an Exit 「奇妙な奈落」
The Last Defender of Camelot 「キャメロット・蘇る神話」
The Toys of Caliban 「キャリバンのおもちゃ」
Ye Gods 「キューピット」
The Hellgramite Method 「恐怖の治療法」
恐怖の治療法 / ギルバート・シルトン監督 ; ウィリアム・セルビー脚本
Need to Know 「恐怖のメッセージ」
Passage on the Lady Anne 「霧に消えた船」
The Monsters Are Due on Maple Street 「疑惑」(メープル通りの怪)
Profile in Silver 「銀貨の横顔」
King Nine Will Not Return 「キング・ナイン号帰還せず」
第二次大戦中の最中、ある爆撃機が砂漠に不時着する。しかし機長を除き搭乗員の姿はどこにも見当たらない。無線も通じない状況下で機長は徐々に理解し始める。何が起こっているのか。
Probe 7, Over and Out 「禁断の遊星」
見知らぬ惑星に不時着した宇宙飛行士。地球は核戦争で崩壊し、彼が唯一の生存者のようだった。だが、その惑星にはもうひとりの生存者がいた。
ゲスト:リチャード・ベースハート、アントワネット・バウアー、バートン・ヘイマン
監督:テッド・ポスト、脚本:ロッド・サーリング
【く】
He's Alive 「暗闇の男」
米国ネオナチ突撃隊の青年が市民の理解を得られず、運動に行き詰まりを感じていたときに、突如現れた影の男から聴衆を引きつける演説の仕方を教授され、見事に成功したあと、組織の引き締めと党の拡大をはかるために殉教者が必要だと唆される。
監督:スチュアート・ローゼンバーグ、脚本:ロッド・サーリング、製作:ハーバート・ハイシュマン
Night of the Meek 「クリスマス・ギフト」
What's in the Box 「狂った映像」
テレビの修理が終わり、気晴らしにテレビをつけると、夫の浮気現場が映し出され……。
監督:リチャード・L・ベア、脚本:マーティン・M・ゴールドスミス
ゲスト:ウィリアム・デマレスト、ジョーン・ブロンデル、スターリング・ホロウェイ
The Midnight Sun 「狂った太陽」(真夜中の太陽)
You Drive 「車は知っていた」
雨の中、車を運転していた男は、新聞配達の少年を轢いてしまう。その日から、彼の車に異変が起こり始める。
監督:ジョン・ブラーム、脚本:アール・ハムナー・Jr.
ゲスト:エドワード・アンドリュース、ヘレン・ウェスコット、ケヴィン・ハーゲン
Black Leather Jackets 「黒い訪問者」
どこからともなく現れた3人のバイカーは、実は地球侵略が目的の宇宙人だった。だがそのうちの1人が少女と恋におちる。
監督:ジョセフ・M・ニューマン、脚本:アール・ハムナー・Jr.
ゲスト:リー・キンソルビング、シェリー・ファベアズ、マイケル・フォレスト
The Mind and the Matter 「群衆よさらば」
全ての人間を憎んでいる男。或る日思考力を持った不思議な本の力によって、彼は全ての人類を抹消する。男性も女性も見掛けも言動も自分とそっくりに作り変えた。
【け】
Act Break 「劇作家の願い」
Still Life 「現像」
【こ】
Love is Blind 「恋は盲目」
The Junction 「交差点」
The Lateness of the Hour 「合成人間の家」
ロボットの召し使い達に何でもさせる両親に嫌気がさした娘は、ロボットを解体しなければ家から出て行くと言うが、彼女には自分の過去の思い出がない事に気づく。
The Call 「孤独との決別」
ギルバート・シルトン監督 ; J・マイケル・ストラジンスキー脚本
A Saucer of Loneliness 「孤独の受け皿」
ジョン・ハンコック監督 ; デイビッド・ジェロルド脚本
Wordplay 「言葉あそび」
It's a Good Life 「子供の世界」
But Can She Type? 「コピー」
The Little People 「こびと虐殺」
The Little People of Killany Woods 「こびとのはなし」
Living Doll 「殺してごめんなさい」
妻の連れ子となじめない男。妻が娘に買った人形も気に入らない。だがその人形も彼のことが嫌いだと話し始める。人形が本当に話していることに気づいた男は……。
監督:リチャード・C・サラフィアン、脚本:チャールズ・ボーモント
ゲスト:テリー・サヴァラス、トレイシー・ストラトフォード、メアリー・ラロッシュ
In Praise of Pip 「殺すなら私を…」
飲んだくれのヤミ馬券売りの男は、息子がベトナムで重傷を負ったとの知らせを受ける。男が、かつて息子と遊んだ遊園地に行く。
ゲスト:ジャック・クラグマン、ロバート・ダイヤモンド、ビル・マミー
監督:ジョセフ・M・ニューマン、脚本:ロッド・サーリング
【さ】
The Brain Center at Whipple's 「最後の支配者」
最新鋭の機械を導入し、工場の従業員が一斉に解雇される。 周りの人々は事業主に苦情を訴えるのだが……。
監督:リチャード・ドナー、脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:リチャード・ディーコン、ポール・ニューラン、テッド・デ・コルシア
Two 「最後の二人」
The Prime Mover 「サイコロ人生」
超能力が備わった相棒を連れてラスベガスへやってきた男。首尾良く大金をせしめたが、恋人には逃げられ相棒からはもう力を使いたくないと言われる。ギャングとの最後の大勝負。
Her Pilgrim Soul 「さまよえる魂」 ウェス・クレイブン監督 ; アラン・ブレナート脚本
Many, Many Monkeys 「猿の大群」
The Odyssey of Flight 33  「33号機の漂流」(フライト33 時間の旅)
旅客機33便は、奇妙な気流に飲まれタイムスリップしてしまう。何度着陸を試みても、そこは元いた世界とはまるで違う光景が広がるばかり。
【し】
Shelter Skelter 「シェルタースケルター」
シェルター・スケルター / マーサ・クーリッジ監督 ; ロン・コブ, ロビン・ラブ脚本
Steel 「四角い墓場」
ロボット・ボクシングの試合の直前にロボットが壊れてしまい、元ボクサーのマネージャーは、ロボットに成りすまして、試合に出ることにするのだが……。
ゲスト:リー・マーヴィン、ジョー・マンテル、チャック・ヒックス
監督:ドン・ワイズ、脚本:リチャード・マシスン
Time and Teresa Golowitz 「時間とテレサ」
One Life, Furnished in Early Poverty 「時空を超えて」
時空を超えて / ドン・カルロス・ダナウェイ監督 ; アラン・ブレナート脚本
Examination Day 「試験日」
Dead Run 「地獄への運び屋」
Mr. Garrity and the Graves 「死者を呼ぶ男」
無法者の手により多くの人が殺されていた町。そこに現れた1人の男は、死人を生き返らせることができるという。
監督:テッド・ポスト、脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:ジョン・デナー、J・パット・オマリー、ジョン・クリフ
A Little Peace and Quiet 「静かなひととき」
The Purple Testament 「死相」
One for the Angels 「死神につかれた男」
Nothing in the Dark 「死神の訪れ」
Dead Man's Shoes 「死人の靴」
Come Wander with Me 「死ぬほど愛して」
ロカビリー歌手の男は、新しい音楽を求め、山奥にやってくる。しかし彼の曲が現実となり、悲劇が起こる。
監督:リチャード・ドナー、脚本:アンソニー・ウィルソン
ゲスト:ゲイリー・クロスビー、ボニー・ビーチャー、ジョン・ボルト
Person or Persons Unknown 「自分を探す男」
The Jungle 「ジャングルの呪い」
The Convict's Piano 「囚人のピアノ」
The Jeopardy Room 「処刑のベルが鳴るとき」
亡命するためにホテルに潜伏している男。秘密警察たちは、ホテルに爆弾を仕掛け、男が3時間以内に爆弾を見つけられれば、自由を保障するという。
監督:リチャード・ドナー、脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:マーティン・ランドー「スペース1999」、ジョン・ヴァン・ドリーレン、ロバート・ケルジャン
From Agnes - With Love 「女性にご用心」
コンピューターのプログラマーは、超高性能コンピューター「アグネス」から恋のアドバイスを受ける。ところが「アグネス」もプログラマーに恋をしており……。
監督:リチャード・ドナー、脚本:バーナード・C・ショーエンフェルド
ゲスト:ウォーリー・コックス、スー・ランドール、ラルフ・テージャー
The Last Flight 「白い雲の果て」
Devil's Alphabet 「死を呼ぶ集い」
Room 2426 「信念の脱出」
Judgement Night 「審判の夜」
To Serve Man 「人類に供す」
【す】
One More Pallbearer 「水爆落ちる」
The Hunters 「姿なき狩人」
姿なき狩人 / ポール・リンチ監督 ; ポール・チトリック脚本
Back There 「過ぎし日を」(時のかなたに)
クラブにいた筈のピーターは、リンカーン大統領暗殺直前の時代に飛ばされてしまう。彼は歴史を変えようと試みるが失敗。だが元の時代へ戻ってみると。
The Sixteen-Millimeter Shrine 「スクリーンの中に消えた女」
The Storyteller 「ストーリーテラー」
The Rip Van Winkle Caper 「砂の上の宝」(リップ・ヴァン・ウィンクルの犯罪)
金塊を強奪した4人の男達が、罪を逃れる為に特殊な薬で100年間眠り、やがて目覚める。しかし仲間割れを起こし、最後に残った男が金塊と共に街へ行ってみる。
Nick of Time 「素晴らしい未来」
新婚旅行中の若い夫婦が立ち寄ったとある町のカフェのテーブルに置かれたオモチャの占い機械。だが若い夫は、やがてその結果に憑かれたように占いを繰り返し始める。
A World of His Own 「すべては彼の意のままに」
【せ】
The Shelter 「生と死の世界」(核シェルター)
Father and Son Game 「生の証明」
Showdown with Rance Mcgrew 「西部劇作法」(ランス・マグルーとの対決)
Our Selena is Dying 「生への執念」
生への執念 / ブルース・ピットマン監督 ; J・マイケル・ストラジンスキー脚本
Aqua Vita 「生命の水」
ポール・タッカー監督 ; ジェレミー・ベルトラン・フィンチ, ポール・チトリック脚本
A Kind of a Stopwatch 「世界が静止する日」
解雇されバーで飲んでいた男は、そこで出会った老人から、文字通り時を止める時計を受け取る。
監督:ジョン・リッチ、脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:リチャード・アードマン、ハービー・フェイ、ロイ・ロバーツ
The World Next Door 「世界の隣に」
Street of Shadows 「絶望からの再生」
絶望からの再生 / リシャルト・ブカイスキ監督 ; マイケル・リ-ヴス脚本
【そ】
Uncle Simon 「憎悪の家」
憎らしい叔父が死に、遺産を相続することになった女。だが、相続の条件は、叔父のロボットの実験を引き継ぐことで……。
監督:ドン・シーゲル、脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:セドリック・ハードウィック、コンスタンス・フォード、イアン・ウルフ
そこには誰もいなかった(だれもいなくなった町)
【た】
Voices in the Earth 「大地の声」
On Thursday We Leave for Home 「太陽が二つ輝く」
The Trade-Ins 「たそがれの賭け」
And When the Sky was Opened 「誰かが何処かで間違えた」
Tooth and Consequences 「誰よりも愛される歯医者」
誰よりも愛される歯医者 / ロバート・ダウニー監督 ; ハスケル・パーキン脚本
There Was an Old Woman 「タンスの中の怪物」
【ち】
The Last Night of a Jockey 「小さくしてくれ」
不正行為が発覚し、出場停止になった騎手。やけになっていると、どこからともなく声が聞こえてきて……。
監督:ジョセフ・M・ニューマン、脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:ミッキー・ルーニー
Third from the Sun 「地球への脱出」
The Long Distance Call 「長距離電話」
亡くなった老婆が可愛がっていた孫に最後に与えたオモチャの電話機。しかし死んだ筈のお婆ちゃんから電話がかかって来た。
The Silence 「沈黙の世界」
静かさを求めてクラブに入会したテイラー。だがそこにはおしゃべりな男がいて、テイラーは彼に1年間黙っていられたら50万ドルやると約束する。やがて約束の日が近付いてきた。
The New Exhibit 「陳列された目」
【つ】
Mr. Dingle The Strong 「強いぞディングル君」(怪力ディングル)
気弱なセールスマンが、突然怪力や天才的な才能を発揮し始める。だがそれは他の星から来た宇宙人達のちょっとした実験だった。
Stopover in a Quiet Town (aka Strangers in Town) 「連れて来たのはだれ?」
パーティーで酔った夫婦が目覚めると、知らない町にいた。その町には人影がなく、すべてが小道具でできている。そして時折聞こえる子供の笑い声は一体……。
監督:ロン・ウィンストン、脚本:アール・ハムナー・Jr.
ゲスト:バリー・ネルソン、ナンシー・マローン、デニス・リン
テイラーの車 / ギル・ベットマン監督 ; キャル・ウィリンガム脚本
【て】
The Mighty Casey 「鉄腕ケーシー」(奇跡の左腕ケイシー)
The Gift 「天よりの使者」
【と】
The Old Man in the Cave 「洞窟の予言者」
水爆が落ちてから10年。世界は壊滅してしまったが、「洞窟の人」の忠告のおかげで小さな町の人々だけは生き延びることができていた。
監督:アラン・クロスランド・Jr.  脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:ジェームズ・コバーン、ジョン・アンダーソン、ジョン・マーレイ
The Beacon 「燈台」
燈台 / ガード・オズワルド監督 ; マーティン・パスコ, レベッカ・パール脚本
The Arrival 「到着」
Shatterday 「動揺日」
The Passersby 「遠い道」
A Matter of Minutes 「時のすきま」
時のすきま / シェルドン・ラリー監督 ; ロックン・S・オバノン脚本
A Message From Charity 「時を超えたメッセージ」
The Curious Case of Edgar Witherspoon 「特異な症例」
Cold Reading 「特殊音響効果」
Special Service 「特別業務」
What are Friends For? 「友達じゃないか」
友達じゃないか / ガス・トリコニス監督 ; J・マイケル・ストラジンスキー脚本
Kentucky Rye 「ドライバーへの警告」
The Trunk 「トランク」
A Passage for Trumpet 「トランペットに憑かれた男」
【仲間割れ】
Shadow Play 「ナイトメア」
Young Man's Fancy 「亡き母の招き」
The Wall 「謎のゲート」
Dust 「縄」(魔法の砂)
開拓時代の西部の小さな村で、いつもインチキ商売をしているサイクスは、絞首刑になる息子を助ける為に必死の父親に「人の心を変える薬だ」と偽薬を売りつける。
Twenty Two  「No.22の暗示」
入院中のリズは毎晩看護婦に導かれて「22」と書かれた死体安置室へ行き「もう一人入れるわ」と言われる夢を見る。退院後、旅行に出掛けようと空港へ来た彼女は、飛行機が「22」号便だと知って・・・
【に】
A Quality of Mercy 「日本軍の洞窟」
Nightmare at 20,000Feet 「二万フィートの戦慄」
6か月の入院を終え、退院したばかりの男は、飛行機で家路につく。だが、窓の外を見ると、翼の上に生き物が乗っているのを目にする。男は驚いて妻に話すのだが……。
ゲスト:ウィリアム・シャトナー「宇宙大作戦/スタートレック」、クリスティン・ホワイト、ニック・クラヴァット
監督:リチャード・ドナー、脚本:リチャード・マシスン
Miniature 「人形の家で」
Caesar and Me 「人形はささやく」
売れない腹話術師の、相棒の人形が突然話し出す。金に困った腹話術師に、人形は泥棒に入ることを提案する。
監督:ロバート・バトラー、脚本:アデーレ・T・ストラスフィールド
ゲスト:ジャッキー・クーパー、サラ・セルビー、スザンヌ・キュピト
People Are Alike All Over 「人間という名の動物」
【ね】
The Fever 「熱病」(熱狂)
【の】
Static 「ノイズに憑かれた男」
地下室で見つけた古いラジオは、不思議な事に今ではもうなくなってしまったラジオ局からの放送を流し続けていた。耳を傾ける老人を誰も相手にしなかったが。
【は】
The Burning Man 「バーニング・マン」
Nightmare as a Child 「灰色の影」
Time Enough at Last 「廃虚」
A Stop at Willoughby 「敗北者」(ウィラビーに停車)
The Grave 「墓」
A Penny for Your Thoughts 「八時間の奇蹟」
出勤前に朝刊を買おうと弾いたコインが倒れずに立った。その瞬間から彼には周囲の心が読める様になり、会社の中の人々の本音が解ってしまう。
I Shot an Arrow into the Air 「放たれた矢」
【ひ】
A Piano in the House 「ピアノの怪」
The Hitch-Hiker 「ヒッチハイカー」
The Road Less Travelled 「人里離れて」
The Chaser 「媚薬」
The Self-Improvement of Salvadore Ross 「百万ドルの変身」
ある女性にふられた男は、若さや性格、彼のすべてを交換できることに気づき……。
監督:ドン・シーゲル、脚本:ジェリー・マクニーリー
ゲスト:ドン・ゴードン、ゲイル・コーブ、ヴォーン・テイラー
【ふ】
The Misfortune Cookie 「フォーチュン・クッキー」
Dead Woman's Shoes 「復讐のハイヒール」
AN OCCURRENCE AT OWN CREEK BRIDGE「ふくろうの河」
Memories 「不思議な旅」
不思議な旅 / リシャルト・ブカイスキ監督 ; ボブ・アンダーウッド脚本
Of Late I Think of Cliffordville 「再び故郷へ」
The Trouble with Templeton 「二つの夜」
ブロードウェイの老俳優テンプルトンは満ち足りていた前妻との思い出に浸る日々が続いていた。ある日馴染みの店に顔を出すと、そこは幸せだった数十年前の姿のままの妻や友人達が。
Private Channel 「プライベートチャンネル」
プライベート ・ チャンネル / ピーター・メダック監督 ; エドワード・メドリック脚本
【へ】
Elergy 「平和の園」
【ほ】
Teacher's Aide 「暴力教師」
Deaths-Head Revisited 「亡霊裁判」
The Lonely 「星に流された男」(孤独な男)
The Fugitive 「星のシンデレラ」
Hocus-Pocus and Frisby 「ほら吹きフリスビィ」
【ま】
The Crossing 「曲がり角」
Still Valley 「魔書と南軍」
The After Hours 「マネキン」
The Bard 「魔法入門」
Wish Bank 「魔法のランプ」
Death Ship 「幻の宇宙船」
The 7th is Made Up Of Phantoms 「幻の騎兵隊」
かつて第7騎兵隊が戦った場所で演習を行なう陸軍。すると当時の第7騎兵隊の気配を感じる。その存在を確信した陸軍兵士たちは、第7騎兵隊と合流すべく先を急ぐ。
監督:アラン・クロスランド・Jr.  脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:ロン・フォスター、ウォーレン・オーツ、グレッグ・モリス
A Hundred Yards Over the Rim 「幻の砂丘」
開拓時代の西部。幌馬車隊を率いるホーンは偵察に出ている最中に、現代へタイムスリップしてしまう。ケガをした彼は、現代の世界で子孫が高名な医者になっている事を知る。
Valley of the Shadow 「幻の谷間」
Healer 「マヤの秘石」
Night Call 「真夜中に呼ぶ声」
一人暮らしの老婆は無言電話を受けるようになる。相手の正体をつきとめようとする。
監督:ジャック・ターナー、脚本:リチャード・マシスン
ゲスト:グラディス・クーパー、ノラ・マーロウ、マルティーヌ・バートレット
Kick the Can 「真夜中の遊戯」
【み】
Printer's Devil 「魅いられた男」
Mr. Bevis 「ミスター・ビーバス」
The Bewitchin' Pool 「水に消えた影」
不仲で喧嘩ばかりの両親から逃げるため、2人の子供たちはプールで遊び始める。すると、不思議な老婆の家にたどりついた。
監督:ジョセフ・M・ニューマン、脚本:アール・ハムナー・Jr.
ゲスト:メアリー・バダム、ジョージア・シモンズ、ティム・スタッフォード
Cavender is Coming 「みならい天使」
The Eye of the Beholder 「みにくい顔」
ジャネットは美しくなるため、何度目かの整形手術を終える。しかし今度も手術は失敗し、彼女はその世界から追放される事になる。その世界とは。
Grace Note 「未来の音色」
未来へのレクイエム / シェリー・レヴィンソン監督 ; アラン・ブレンナート脚本
【む】
Once Upon a Time 「昔はよかった物語」
To See the Invisible Man 「無視刑囚」
無視刑囚 / ノエル・ブラック監督 ; スティーブン・バーンズ脚本
Joy Ride 「無謀な運転」
The Obsolete Man 「無用な男」
読書を禁じられた世界。図書館員のロムニィは「時代遅れ」の罪で死刑を宣告される。彼は部屋に支配者を呼んで、自分の希望した処刑方法はこの部屋での爆殺だと告げ共死にを迫る。
【め】
Mirror Image 「めぐりあい」
【も】
Mute 「物云わぬ少女」
The Star 「燃えつきた惑星」
Monsters! 「モンスター! 」
モンスター! / B・W・L・ノートン監督 ; ロバート・クレイス脚本
【や】
Appointment on Route 17 「約束」
If She Dies 「屋根の上の少女」
The Fear 「闇に光る指紋」
あやしい光を見たという家主を訪ね、パトロールの男は詳しい事情を聞くことにする。その時、強い光が彼らを照らす。そして、外へ出てみると……。
監督:テッド・ポスト、脚本:ロッド・サーリング
ゲスト:ピーター・マーク・リッチマン、ヘイゼル・コート
【ゆ】
Ring-a-Ding Girl 「指輪の中の顔」
ハリウッドで大成功した映画女優は、地元のファンクラブからある指輪を贈られる。その指輪に人々の顔を見た彼女は、突然故郷に舞い戻り……。
監督:アラン・クロスランド・Jr.  脚本:アール・ハムナー・Jr.
ゲスト:マギー・マクナマラ、メアリー・マンデイ、デヴィド・マックリン
Dreams for Sale 「夢売ります」
Shadow Play 「夢の世界」
今正に死刑を宣告されようとしている男。しかし彼は突如笑い出し、全ては自分の空想が作り出した物で判事も弁護士も、この裁判自体が実際には無い物だと主張し始める。
A World of Difference 「夢の中に消えた男」
【よ】
Welcome to Winfield 「ようこそウィンフィールドへ」
The Leprechaun-Artisit 「妖精レプレコン」
Button, Button 「欲望のボタン」
20/20 Vision 「予知された未来」
予知された未来 / ジム・バーディ監督 ; ロバート・ウォーデン脚本
I Dream of Genie 「四つめの願い」
Spur of the Moment 「甦った過去」
婚約したばかりの女性が乗馬を楽しんでいると、黒ずくめの女が彼女を追いかけ始める。なんとか女から逃げた彼女は、その夜、駆け落ちする。
監督:エリオット・シルヴァースタイン、脚本:リチャード・マシスン
ゲスト:ダイアナ・ハイランド、ロバート・ホーガン、ロジャー・デイヴィス
The Last Rites of Jeff Myrtlebank 「蘇ったジェフ」
Nightsong 「夜の歌」
Jess - Belle 「夜の女豹」
The Night of the Meek 「弱き者の聖夜」(柔和なる人びとの夜)
デパートのクリスマスセールでサンタを演じ子供達が喜ぶのが一番嬉しい、というヘンリーはどうしようもない酔っ払いサンタだが、彼が偶然拾った袋からは不思議な事に。
【ら】
The Library 「ライフ・ライブラリー」
【り】
Escape Clause 「良心を売った男」(免除条項)
【れ】
Rendez-vous in a Dark Place 「霊界のランデブー」
No Time Like the Past 「歴史のかきかえ」
【ろ】
I Sing the Body Electric 「ロボットの歌」
【わ】
Song of the Younger World 「若い世界の歌」
Dream Me a Life 「私の為に生命を夢見て」
私の為に生命を夢見て / アラン・キング監督 ; J・マイケル・ストラジンスキー脚本
The Girl I Married 「私の妻」



# by sentence2307 | 2019-02-05 21:39 | アメリカ・テレビ映画 | Comments(2)
アカデミー賞が最高の映画に与えられる映画の祭典なら、ラジー賞(正式名称は、ゴールデン・ラズベリー賞)は、最低の映画に与えられる映画の祭典です。

授賞式は、アカデミー賞の授賞式が行われる前日の2月23日(現地時間)に行われますが、今朝、そのノミネートというのが発表されていました、なんといっても失笑なのは、トランプ大統領が2部門でノミネートされていていることでしょうか。

ひとつは、「ワースト主演男優賞」。

ドナルド・トランプ(「華氏119」「Death of a Nation(原題)」)が本人としてノミネートされているのが、ひとつ。

もうひとつは、「出演者およびパペットのあらゆるコンビ」に与えられる「ワースト・スクリーンコンボ」では、「ドナルド・トランプと彼の永続的な心の狭さ」という理由でノミネートされています。

さすがアメリカ、みごとです、権力者にも物怖じしないこの辛辣なユーモア、見上げたものです。

しかし、このユーモアにトランプ大統領がどう返すか、たぶん、ツイッターで「自分を非難するマスコミを徹底攻撃」というあたりがいいところだと、大方の予想はつきますが、ユーモアで返せないこういうところが、やっぱ、この人の余裕のなさというか、限界って感じですかね。あらゆる人間は、すべて敵だ、みたいな。

そこで思い出しました、先週の読売新聞の書評(2019.1.20朝刊)で、トランプ大統領について書かれた本が紹介されていて、ものすごく感心したので、とっておきました。

これです、これ。「FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実」(日本経済新聞出版社)

著者は、ボブ・ウッドワードという米国を代表するジャーナリストで、現在はワシントンポスト紙の副編集長をしている方だそうです。そして、この素晴らしい書評を書いたのは、森健氏。ちょっと、引用してみますね。


≪政権発足から2年。メキシコ国境での壁建設などの大統領令やマティス前国防長官を含む多くの要職の解任など、正常とは思えない数々の判断をしてきたアメリカのトランプ大統領。だが本書を読むと、実像はもっとひどいことが分かる。著者はかつてウォーターゲート事件を暴いたベテラン記者。本書でも政権内幕の信じがたい話が活写される。描かれるのは政権発足の前段から大統領に就任して1年半あまりの日々。その間、ロシアゲート、北朝鮮の核ミサイル問題、貿易問題などの難題が続いていく。
まず驚くのは彼が大統領としての仕事を根本的に理解していないことだ。当選後、政治任用の4000のポストに誰を当てるかもまるで用意がなく、ヨーロッパや韓国との安全保障の連携もお金の支出額でしか判断しない。
お金の話には「興奮」するが、政府の財政運営は理解していない。財政赤字を減らせという一方、政府は財務省証券を発行し、売って儲けを出せばいいという。それは財政赤字を増やすことだが、と指摘すると「どういう意味だ?」とくる。貿易や産業の関係に疎く、製造業からサービス業への流入が多いのは「理解できない」。
恐ろしいのは、記憶も不確かなところだ。オーストラリアの首相と関税について除外すると請け合ったのに、8か月経つと話したことも覚えていない。そして、夜はテレビをつけっぱなしで見続け、ツイッターに興じる。
こうした危うい大統領を懸念し、中枢の要職は大統領を通さずに仕事をする。前国務長官は独断でカタールとの外交文書の覚書に調印し、国家経済会議委員長は韓国大統領宛の親書を隠したりする。隠したのは米韓自由貿易協定の破棄という内容だったためだ。
前国務長官は会議で本人が不在の時にみんなに言う。「あの男は知能が低い」。こうした人物が世界最大の権力を握っている。読んでいる方も恐怖を覚える本である。≫


ふ~ん、これじゃあまるでヒトラー政権の最後みたいじゃないですか。

まあ、とにかくラジー賞のノミネートの記事と歴代受賞者と作品を末尾に掲載しておきますね。


★ラジー賞ノミネート発表 トランプ大統領がワースト主演男優賞に
(2019.1.22 17:00)

ワースト主演男優賞にトランプ大統領がノミネート
[映画.com ニュース] 最低映画の祭典ゴールデン・ラズベリー賞(通称ラジー賞)のノミネートが発表された。
今年で39回目となるラジー賞は、ジョン・トラボルタ主演のクライム映画「ギャング・イン・ニューヨーク」、パペットと人間が共存する世界を舞台に展開するR指定コメディ「パペット大騒査線 追憶の紫影(パープル・シャドー)」、ウィル・フェレルとジョン・C・ライリー共演で映画化された「ホームズ&ワトソン」が、最多6部門ノミネートで並ぶ大混戦。また、「華氏119」などにニュース映像で登場したドナルド・トランプ大統領が2部門、メラニア夫人とケリーアン・コンウェイ大統領顧問が1部門でノミネートされている。
さらに、映画のなかの最悪の組み合わせを選出するはずのワースト・スクリーンコンボ賞に、「ジョニー・デップと彼の急降下中の映画のキャリア」や「ドナルド・トランプと彼の永続的な心の狭さ」などをノミネートしており、ユーモアや話題性を優先した結果となっている。第39回ゴールデン・ラズベリー賞授賞式は、アカデミー賞の前日2月23日(現時時間)に行われる。

ノミネート結果は以下の通り。

★ワースト作品賞
「ギャング・イン・ニューヨーク」
「パペット大騒査線 追憶の紫影(パープル・シャドー)」
「ホームズ&ワトソン(原題)」
「ロビン・フッド(原題)」
「ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷」

★ワースト主演男優賞
ジョニー・デップ(「名探偵シャーロック・ノームズ」)
ウィル・フェレル(「ホームズ&ワトソン(原題)」)
ジョン・トラボルタ(「ギャング・イン・ニューヨーク」)
ドナルド・トランプ(本人として)(「華氏119」「Death of a Nation(原題)」)
ブルース・ウィリス(「デス・ショット」)

★ワースト主演女優賞
ジェニファー・ガーナー(「ペパーミント(原題)」)
アンバー・ハード(「ロンドン・フィールズ(原題)」)
メリッサ・マッカーシー(「パペット大騒査線 追憶の紫影(パープル・シャドー)」)
ヘレン・ミレン(「ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷」)
アマンダ・セイフライド(「ジュディーを探して」)

★ワースト助演男優賞
ジェイミー・フォックス(「ロビン・フッド(原題)」)
リュダクリス(「ショウ・ドッグス(原題)」)
ジョエル・マクヘイル(「パペット大騒査線 追憶の紫影(パープル・シャドー)」)
ジョン・C・ライリー(「ホームズ&ワトソン(原題)」)
ジャスティス・スミス(「ジュラシック・ワールド 炎の王国」)

★ワースト助演女優賞
ケリーアン・コンウェイ(本人)(「華氏119」)
マーシャ・ゲイ・ハーデン(「フィフティ・シェイズ・フリード」)
ケリー・プレストン(「ギャング・イン・ニューヨーク」)
ジャズ・シンクレア(「スレンダーマン 奴を見たら、終わり」)
メラニア・トランプ(本人)(「華氏119」)

★ワースト・スクリーンコンボ
出演者およびパペットのあらゆるコンビ(「パペット大騒査線 追憶の紫影(パープル・シャドー)」)
ジョニー・デップと急降下中の映画のキャリア(「名探偵シャーロック・ノームズ」)
ウィル・フェレルとジョン・C・ライリー(「ホームズ&ワトソン(原題)」)
ケリー・プレストンとジョン・トラボルタ(「ギャング・イン・ニューヨーク」)
ドナルド・トランプと彼の永続的な心の狭さ(「華氏119」「Death of a Nation(原題)」)

★ワースト・リメイク/パクリ/続編
「Death of a Nation(原題)」
「デス・ショット」
「ホームズ&ワトソン(原題)」
「MEG ザ・モンスター」(「ジョーズ」のパクリ)
「ロビン・フッド(原題)」

★ワースト監督賞
イータン・コーエン(「ホームズ&ワトソン(原題)」)
ケビン・コノリー(「ギャング・イン・ニューヨーク」)
ジェームズ・フォーリー(「フィフィティ・シェイズ・フリード」)
ブライアン・ヘンソン(「パペット大騒査線 追憶の紫影(パープル・シャドー)」)
ピーター・スピエリッグ&マイケル・スピエリッグ(「ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷」)

★ワースト脚本賞
「Death of a Nation(原題)」
「フィフティ・シェイズ・フリード」
「ギャング・イン・ニューヨーク」
「パペット大騒査線 追憶の紫影(パープル・シャドー)」
「ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷」
(映画.com速報)





★歴代のラジー賞(最低作品賞、最低主演男優賞、最低主演女優賞、最低監督賞)

1980年(第1回)
最低作品賞:『ミュージック・ミュージック』
最低主演男優賞:ニール・ダイアモンド(『ジャズ・シンガー』)
最低主演女優賞:ブルック・シールズ(『青い珊瑚礁』)
最低監督賞:ロバート・グリーンウォルド(『ザナドゥ』)

1981年(第2回)
最低作品賞:『愛と憎しみの伝説』
最低主演男優賞:クリントン・スピルスベリー(『ローン・レンジャー』)
最低主演女優賞:ボー・デレク(『類猿人ターザン』)、フェイ・ダナウェイ(『愛と憎しみの伝説』)
最低監督賞:マイケル・チミノ(『天国の門』)

1982年(第3回)
最低作品賞:『インチョン!』
最低主演男優賞:ローレンス・オリヴィエ(『インチョン!』)
最低主演女優賞:ピア・ザドラ(『Butterfly』)
最低監督賞:テレンス・ヤング(『インチョン!』)、ケン・アナキン(『パイレーツ・ムービー/恋のしおかぜ』)

1983年(第4回)
最低作品賞:『The Lonely Lady』
最低主演男優賞:クリストファー・アトキンズ(『ナイト・イン・ヘブン』)
最低主演女優賞:ピア・ザドラ(『The Lonely Lady』)
最低監督賞:ピーター・サスディ(『The Lonely Lady』)

1984年(第5回)
最低作品賞:『ボレロ/愛欲の日々』
最低主演男優賞:シルヴェスター・スタローン(『クラブ・ラインストーン/今夜は最高!』)
最低主演女優賞:ボー・デレク(『ボレロ/愛欲の日々』)
最低監督賞:ジョン・デレク(『ボレロ/愛欲の日々』)

1985年(第6回)
最低作品賞:『ランボー/怒りの脱出』
最低主演男優賞:シルヴェスター・スタローン(『ランボー/怒りの脱出』『ロッキー4/炎の友情』)
最低主演女優賞:リンダ・ブレア(『ナイト・パトロール』『非情の島・女囚大脱走』『暴行都市』)
最低監督賞:シルヴェスター・スタローン(『ロッキー4/炎の友情』)

1986年(第7回)
最低作品賞:『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀』『プリンス/アンダー・ザ・チェリー・ムーン』
最低主演男優賞:プリンス(『プリンス/アンダー・ザ・チェリー・ムーン』)
最低主演女優賞:マドンナ(『上海サプライズ』)
最低監督賞:プリンス(『プリンス/アンダー・ザ・チェリー・ムーン』)

1987年(第8回)
最低作品賞:『ビル・コスビーのそれ行けレオナルド』
最低主演男優賞:ビル・コスビー(『ビル・コスビーのそれ行けレオナルド』)
最低主演女優賞:マドンナ(『フーズ・ザット・ガール』)
最低監督賞:ノーマン・メイラー(『タフガイは踊らない』)、エレイン・メイ(『イシュタール』)

1988年(第9回)
最低作品賞:『カクテル』
最低主演男優賞:シルヴェスター・スタローン(『ランボー3/怒りのアフガン』)
最低主演女優賞:ライザ・ミネリ(『ミスター・アーサー2』『レンタ・コップ』)
最低監督賞:ブレイク・エドワーズ(『キャデラック・カウボーイ』)、スチュワート・ラフィル(『マック』)

1989年(第10回)
最低作品賞:『スタートレックV 新たなる未知へ』
最低主演男優賞:ウィリアム・シャトナー(『スタートレックV 新たなる未知へ』)
最低主演女優賞:ヘザー・ロックリア(『怪人スワンプシング』)
最低監督賞:ウィリアム・シャトナー(『スタートレックV 新たなる未知へ』)

10周年特別賞
10年間の最低作品賞:『愛と憎しみの伝説』
10年間の最低男優賞:シルヴェスター・スタローン(『コブラ』『ロックアップ』『オーバー・ザ・トップ』『ランボー/怒りの脱出』『ランボー3/怒りのアフガン』『クラブ・ラインストーン/今夜は最高!』『ロッキー4/炎の友情』『デッドフォール』)
10年間の最低女優賞:ボー・デレク(『ボレロ/愛欲の日々』『類猿人ターザン』)
10年間の最低新人賞:ピア・ザドラ(『Butterfly』『The Lonely Lady』)

1990年(第11回)
最低作品賞:『フォード・フェアレーンの冒険』『ゴースト・ラブ』
最低主演男優賞:アンドリュー・ダイス・クレイ(『フォード・フェアレーンの冒険』)
最低主演女優賞:ボー・デレク(『ゴースト・ラブ』)
最低監督賞:ジョン・デレク(『ゴースト・ラブ』)

1991年(第12回)
最低作品賞:『ハドソン・ホーク』
最低主演男優賞:ケビン・コスナー(『ロビン・フッド』)
最低主演女優賞:ショーン・ヤング(『死の接吻』)
最低監督賞:マイケル・レーマン(『ハドソン・ホーク』)

1992年(第13回)
最低作品賞:『嵐の中で輝いて』
最低主演男優賞:シルヴェスター・スタローン(『刑事ジョー/ママにお手あげ』)
最低主演女優賞:メラニー・グリフィス(『嵐の中で輝いて』『刑事エデン/追跡者』)
最低監督賞:デヴィッド・セルツァー(『嵐の中で輝いて』)

1993年(第14回)
最低作品賞:『幸福の条件』
最低主演男優賞:バート・レイノルズ(『コップ・アンド・ハーフ』)
最低主演女優賞:マドンナ(『BODY/ボディ』)
最低監督賞:ジェニファー・チェンバース・リンチ(『ボクシング・ヘレナ』)

1994年(第15回)
最低作品賞:『薔薇の素顔』
最低主演男優賞:ケビン・コスナー(『ワイアット・アープ』)
最低主演女優賞:シャロン・ストーン(『わかれ路』『スペシャリスト』)
最低監督賞:スティーヴン・セガール(『沈黙の要塞』)

1995年(第16回)
最低作品賞:『ショーガール』
最低主演男優賞:ポーリー・ショア(『陪審員だよ、全員集合!』)
最低主演女優賞:エリザベス・バークレー(『ショーガール』)
最低監督賞:ポール・ヴァーホーヴェン(『ショーガール』)

1996年(第17回)
最低作品賞:『素顔のままで』
最低主演男優賞:トム・アーノルド(『スクール・ウォーズ/もうイジメは懲りごり!』『ドタキャン・パパ』『ステューピッド/おばかっち地球防衛大作戦』)、ポーリー・ショア(『バイオ・ドーム/ボクたち環境改善隊』)
最低主演女優賞:デミ・ムーア(『陪審員』『素顔のままで』)
最低監督賞:アンドリュー・バーグマン(『素顔のままで』)

1997年(第18回)
最低作品賞:『ポストマン』
最低主演男優賞:ケビン・コスナー(『ポストマン』)
最低主演女優賞:デミ・ムーア(『G.I.ジェーン』)
最低監督賞:ケビン・コスナー(『ポストマン』)

1998年(第19回)
最低作品賞:『アラン・スミシー・フィルム』
最低主演男優賞:ブルース・ウィリス(『アルマゲドン』『マーキュリー・ライジング』『マーシャル・ロー』)
最低主演女優賞:スパイス・ガールズ(『スパイス・ザ・ムービー』)
最低監督賞:ガス・ヴァン・サント(『サイコ』)

1999年(第20回)
最低作品賞:『ワイルド・ワイルド・ウェスト』
最低主演男優賞:アダム・サンドラー(『ビッグ・ダディ』)
最低主演女優賞:ヘザー・ドナヒュー(『ブレア・ウィッチ・プロジェクト)
最低監督賞:バリー・ソネンフェルド(『ワイルド・ワイルド・ウエスト』)

特別大賞
1990年代最低作品賞:『ショーガール』
20世紀最低主演男優賞:シルヴェスター・スタローン(彼が行ったすべてのことの99.5%に対して)
20世紀最低主演女優賞:マドンナ(『BODY/ボディ』『上海サプライズ』『フーズ・ザット・ガール』)
1990年代最低新人俳優賞:ポーリー・ショア(『バイオ・ドーム/ボクたち環境改善隊』『原始のマン』『陪審員だよ、全員集合!』)

2000年(第21回)
最低作品賞:『バトルフィールド・アース』
最低主演男優賞:ジョン・トラボルタ(『バトルフィールド・アース』『ラッキー・ナンバー』)
最低主演女優賞:マドンナ(『2番目に幸せなこと』)
最低監督賞:ロジャー・クリスチャン(『バトルフィールド・アース』)

2001年(第22回)
最低作品賞:『フレディのワイセツな関係』
最低主演男優賞:トム・グリーン(『フレディのワイセツな関係』)
最低主演女優賞:マライア・キャリー(『グリッター きらめきの向こうに』)
最低監督賞:トム・グリーン(『フレディのワイセツな関係』)

2002年(第23回)
最低作品賞:『スウェプト・アウェイ』
最低主演男優賞:ロベルト・ベニーニ(『ピノッキオ』)
最低主演女優賞:マドンナ(『スウェプト・アウェイ』)、ブリトニー・スピアーズ(『ノット・ア・ガール』)
最低監督賞:ガイ・リッチー(『スウェプト・アウェイ』)

2003年(第24回)
最低作品賞:『ジーリ』
最低主演男優賞:ベン・アフレック(『デアデビル』『ジーリ』『ペイチェック/消された記憶』)
最低主演女優賞:ジェニファー・ロペス(『ジーリ』)
最低監督賞:マーティン・ブレスト(『ジーリ』)

2004年(第25回)
最低作品賞:『キャットウーマン』
最低主演男優賞:ジョージ・W・ブッシュ(『華氏911』)
最低主演女優賞:ハル・ベリー(『キャットウーマン』)
最低監督賞:ピトフ(『キャットウーマン』)

2005年(第26回)
最低作品賞:『Dirty Love』
最低主演男優賞:ロブ・シュナイダー(『Deuce Bigalow: European Gigolo』)
最低主演女優賞:ジェニー・マッカーシー(『Dirty Love』)
最低監督賞:ジョン・アッシャー(『Dirty Love』)

2006年(第27回)
最低作品賞:『氷の微笑2』
最低主演女優賞:シャロン・ストーン(『氷の微笑2』)
最低主演男優賞:ショーン・ウェイアンズ、マーロン・ウェイアンズ(『最凶赤ちゃん計画』)
最低監督賞:M・ナイト・シャマラン(『レディ・イン・ザ・ウォーター』)

2007年(第28回)
最低作品賞:『I Know Who Killed Me』
最低主演女優賞:リンジー・ローハン(『I Know Who Killed Me』)
最低主演男優賞:エディ・マーフィ(『マッド・ファット・ワイフ』のノービット役)
最低監督賞:クリス・シルヴァートン(『I Know Who Killed Me』)

2008年(第29回)
最低作品賞:『愛の伝道師 ラブ・グル』
最低男優賞:マイク・マイヤーズ(『愛の伝道師 ラブ・グル』)
最低女優賞:パリス・ヒルトン(『The Hottie and the Nottie』)
最低監督賞:ウーヴェ・ボル(『T-フォース ベトコン地下要塞制圧部隊』『デス・リベンジ』『ポスタル』)

2009年(第30回)
最低作品賞:『トランスフォーマー/リベンジ』
最低男優賞:ジョナス・ブラザーズ全員(『ジョナス・ブラザーズ ザ・コンサート 3D』)
最低女優賞:サンドラ・ブロック(『ウルトラ I LOVE YOU!』)
最低監督賞:マイケル・ベイ(『トランスフォーマー/リベンジ』)

2010年(第31回)
最低作品賞:『エアベンダー』
最低男優賞:アシュトン・カッチャー(『キス&キル』『バレンタインデー』)
最低女優賞:サラ・ジェシカ・パーカー、キム・キャトラル、クリスティン・デイヴィス、シンシア・ニクソン(『セックス・アンド・ザ・シティ2』)
最低監督賞:M・ナイト・シャマラン(『エアベンダー』)

2011年(第32回)
最低作品賞:『ジャックとジル』
最低主演男優賞:アダム・サンドラー(『ジャックとジル』『ウソツキは結婚のはじまり』)
最低主演女優賞:アダム・サンドラー(『ジャックとジル』の女性ジル役として)
最低監督賞:デニス・デューガン(『ジャックとジル』『ウソツキは結婚のはじまり』)

2012年(第33回)
最低作品賞:『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part2』
最低主演男優賞:アダム・サンドラー(『俺のムスコ』)
最低主演女優賞:クリステン・スチュワート(『スノーホワイト』『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part2』)
最低監督賞:ビル・コンドン(『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part2』)


2013年(第34回)
最低作品賞:『ムービー43』
最低主演男優賞:ジェイデン・スミス(『アフター・アース』)
最低主演女優賞:タイラー・ペリー(『A Madea Christmas』)
最低監督賞:『ムービー43』を監督した13人

2014年(第35回)
最低作品賞:『Saving Christmas』
最低主演男優賞:カーク・キャメロン(『Saving Christmas』)
最低主演女優賞:キャメロン・ディアス(『SEXテープ』『ダメ男に復讐する方法』)
最低監督賞:マイケル・ベイ(『トランスフォーマー/ロストエイジ』)

2015年(第36回)
最低作品賞:『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』『ファンタスティック・フォー』[2]
最低主演男優賞:ジェイミー・ドーナン(『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』)[2]
最低主演女優賞:ダコタ・ジョンソン(『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』)[2]
最低映画監督賞:ジョシュ・トランク(『ファンタスティック・フォー』)

2017年(第38回)
最低作品賞:『絵文字の国のジーン』
最低主演男優賞:トム・クルーズ(『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』)
最低主演女優賞:タイラー・ペリー(『Tyler Perry's Boo 2! A Madea Halloween』)
最低映画監督賞:トニー・レオンディス(『絵文字の国のジーン』)



# by sentence2307 | 2019-02-02 18:06 | 徒然草 | Comments(0)
1月31日午後、NHK・BS1放送のドキュメンタリー「鷲とライオン ヒトラーVSチャーチル」(前編)の中でチャーチルのエッジの効いた名言を紹介していました。

議会で女性議員がチャーチルに罵声を浴びせます。
アスター夫人「あなたが私の夫だったら、あなたに毒を盛るでしょうね」
チャーチル「私が君の夫なら、喜んでその毒を飲むだろうね」
(それほど夫人が悪妻だというユーモア交じりの皮肉)

チャーチルの名言として知られているものとして、ほかに、

「私は豚が好きだ。猫は人を見下し、犬は人に従う。しかし、豚は人にこびることなく、自分と同等のものとして人を扱う」
(酒を飲まないヒトラーが、酒好きのチャーチルを「酔っぱらいの豚」と罵った言葉をそのまま返した皮肉。ヒトラーが強圧と恐怖とによって部下に絶対的な服従を求めたため、側近にはヒトラーにおもねり媚びる人間しか残らなかったためナチス政権は崩壊したといわれる。)

もすごく素敵だし、

「上手な演説というのは、女性のスカートのようでなければならない。大事な点をカバーするだけの十分な長さが必要だが、興味をかき立てる程度に短くなくてはならない」

とか、

「個人的には、私はいつも学ぶ準備ができている。教えられるのは嫌いだがね」

とか、

「(労働党のライバル)アトリー氏はとても謙虚な男だ。実際、彼には誇るべき点が何もないのだけどね」

とかも嫌みたっぷりでとても好きな言葉、

まあ、「成功は終わりではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは続ける勇気だ」なんかよりは余程ね。

今日の後編の放送が楽しみです。


鷲とライオン ヒトラーVSチャーチル
(2016フランスROCHE PRODUCTIONS)Hitler VS. Churchill The Eagle and The Lion
人類史上かつてない惨劇をもたらした戦争の時代に鋭く対峙したヒトラーとチャーチル。その対照的な生い立ちから決戦の舞台裏まで、全編オールカラー化した映像で描く。
前編では2人の生い立ちから第二次大戦開戦まで。上流階級に生まれたチャーチルは騎兵将校となり、インドや南アフリカに従軍した後、26歳で議員に当選する。一方、オーストリアの貧しい家庭に生まれたヒトラーは、画家を志すが挫折。第一次大戦では兵士として従軍し、ドイツ敗戦後は極端な愛国思想を唱えて政界へ進出、首相に上り詰める。チャーチルは早くからヒトラーの台頭を警戒していた。時代は第二次大戦に突入して行く。
後編は、激しい空中戦が繰り広げられた1940年の「バトル・オブ・ブリテン」から始まる。ナチスによるフランス侵攻が始まったこの年の5月、チャーチルは首相に就任していた。ヒトラーは「日独伊三国条約」を締結するもソ連侵攻で惨敗。更にノルマンディー作戦、ドレスデンへの爆撃で追い詰められ、ついに自ら命を絶つ。一方のチャーチルも戦後は選挙で大敗し、歴史の表舞台から去る。時代と絡み合った二人の数奇な運命を描く。



# by sentence2307 | 2019-02-01 10:37 | ドキュメンタリー映画 | Comments(0)