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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:アンリ・ジョルジュ・クルーゾー( 1 )

恐怖の報酬

うちの会社は、創業何年というやたら歴史の古い、まあそれくらいしか話題にすることのない実に面白味に欠ける会社なのですが、しかし時代の最先端をゆくカッコいい会社などでは滅多に聞かれないようなレトロな話がゴロゴロしています。

例えば会社の備品など、そのままでも十分に骨董品的な価値がある物凄く時代のついたシロモノが幾つもあって(多くは昭和初期の物だという話です)、その中のひとつに、昔ながらの金庫があります。

大震災や空襲の業火にも耐えたという満身創痍のツワモノです。

分厚い扉に物々しいダイヤルが付いていて、それを右に何回、左に何回、右に何回、更に左に何回と、気が触れたようにグルグル廻わし続ける、例のあれです。

ガタイだけは大きく場所ふさぎの邪魔もので、本当に物凄く迷惑しているのですが、そんな本心を表立って口に出すような無謀な人間はわが社にはひとりもいません。

なにしろ伝統を否定したら、即自己否定に繋がってしまうような古い会社なので、「伝統」のお蔭で食べていける我々社員は、その辺のところは十分に認識している積りでいます。

しかし、金庫が「そこ」に在り続けている真の理由は、なにも伝統を愛しているからではなくて、この金庫がやたら重すぎるために、動かすだけで相当な費用がかかりそうだと見積もった上層部が、経費節約の折から決断できないでいるというのが真相らしいのです。

結果的には、伝統を守るという社風に適っているので、これはこれでOKということになっています。

それならこの金庫、ただの飾り物かといえば、そんなことはありません。

貰い物のビール券から始まって文房具類や共同購入のコーヒーのストックとか、金目のものも少々、50円切手と80円切手のシートが複数枚収納されているという実に名状しがたい不思議箱になっています。

この金庫の開け閉めは原則的には管理職か、もしくは管理職の立会いを要するという厳しい規則が定められているのですが、実際は誰もが勝手気ままに開け閉めしているのが現状です。

普段はダイヤル自体を動かさずに、ただ鍵を差し込んで捻るだけで開け閉めが出来るので(しかし、偶然にダイヤルに触れたりして少しでも動かした場合、扉はロックされてしまい、その時こそダイヤル自体を回して開けなければならなくなりますが。)、普段は金庫のダイヤル番号などまったく必要なく、「ダイヤルを使って開ける」という行為は有名無実化しているのが現状なのですが、ある日それが「有名無実」でなくなる事件がシュッタイしました。

誰かがダイヤルを廻してしまったらしく、その扉が突然開かなくなってしまったのです。

当初は、緊急を要する重要な物など入っているはずもないので、部長には内緒で、そのままほっておくことにしました。

必要になったときに、いずれ誰かが部長に話せばいいということになりました。

というのは、金庫の開け方が書いてある紙(例の「右に何回左に何回」というアレです。)は、代々部長職が引き継ぐことになっていて、つまり、そのメモの引継ぎが、なんとなく部長職のステータスのような象徴的な意味を持っているので、もし、誰かが「金庫を開けてほしい」と依頼すれば、普段は何となく無視し、本人も無視に甘んじているようなそういう関係が、そのステータスを擽ることで部長職という役職をカレに思い出させ、一時的にではあれ、お互い面白くない身分関係をあらわにしてしまう恐れがあるからでした。

しかし、本当のところは、そのメモどおりにダイヤルを回しても、いままで一回ですんなりと金庫が開いたことなんてないのです。

右に3回とか左に4回とかいうあれが実に難しいので、どの数字に合わせて、それをどう回せば1回に相当するのか、やればやる程ドツボに嵌り、回す部長は、扉が開かないことに少しずつ苛立ち、不機嫌になり、焦れば焦るほど更に開かなくなり、冷ややかな皆の視線を浴びて遂に逆上に至るというのが、いつものパターンなのです。

部長に「金庫を開けてほしい」と依頼することを渋る理由が、実はここにあるのでした。

そして、「それ」は、昼休みが終わって部屋に戻ったときでした。

新採(新卒採用のことです)の女の子が、金庫の前でゴソゴソやっています。

「どうしたの」と聞くと、金庫に○○請負契約書という重要書類を入れておいたのに扉が開かないというのです。

部の浮沈を賭けた数千万円の大仕事です。

すぐにでも出しておかないと、とても面倒なことになります。

一時はパニック状態になりましたが、結局誰かが部長に金庫を開けることを頼むしかないという結論に達し、それを誰が「やる」かということになりました。

そうなれば、いつものことですが、一番年長の僕が当然今回も割を食う立場にいます。

部長は、「誰がダイヤル回したんだ」から始まり、日頃無視されている鬱憤がこの時とばかり噴出して、出勤時間が遅いの、ダラダラ残業が多くなったの、ホウレンソウ(報告・連絡・相談の略称です)が徹底してないの、果ては僕の数年前の取引上のミスのことまで持ち出して散々いやみを言った末に、やっと開けてもらうことができました。

そして、最後の決めセリフです。

大切な契約書を不用意に金庫に仕舞った女の子に
「重要な書類は、金庫に入れちゃ駄目だぞ!」
と厳重に言い渡していました。

笑う者など、誰一人いませんでした。
by sentence2307 | 2005-11-02 22:11 | アンリ・ジョルジュ・クルーゾー | Comments(0)