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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:キャロル・リード( 2 )

第三の男

ちょうど時間のめぐり合わせがいいのか、日曜の夜は、大抵TBSの「世界ウルルン滞在記」を見てしまいます。

若手タレントが、海外の一般家庭(とはいっても、特殊な技術を持った職人さん宅とか、なんらかの緊急事態に直面している地域とか、文化の恩恵をあずかれない時代から取り残されたような辺境の民族とかなので、それを「一般家庭」といえるかどうか分かりませんが)に数日ホームステイをして、日常生活を共に過ごし、その家族に打ち解けたあとの別れの日に、そこの主婦から「わたしの息子よ、また帰っておいで」とか抱き着かれて共に大泣きするという定番のシチュエーションで、視聴者もついウルウルさせられてしまうという番組です。

まあ出来の悪いドラマを見て疲れるよりも余程爽やかな余韻に浸れるので、つい毎週見てしまうのですが、さて、昨日の特番は、少し考えさせられる「滞在記」でした。

3人のゲストのうちの一人、大友康平が絶滅の危機にある楽器チターの職人(オーストリア最後のチター職人と紹介されました)ペーター氏を訪ねるという企画です。

チターといえば、もちもんキャロル・リード監督の「第三の男」のアントン・カラスを思い出さないわけにはいきません。

しかし、番組の中で幾度も語られるアントン・カラスの名前が、はたして好意的に語られていたのかどうか、番組が終わった後の印象を思い返しても判然としません。

「最後のチター職人」ペーター氏は、世界を席巻したアントン・カラスの名曲「第三の男」のテーマがヒットして以来、あの曲を超えるものがなかったために、チター人気も衰え、そしていま絶滅の危機を迎えたのだと話していましたが、それは暗に、アントン・カラスの「第三の男」(ハリー・ライムのテーマ)がなければ、チターがこんな絶滅の危機を迎えずに済んだのだ、それもこれもみんなあのアントン・カラスが悪いのだと聞こえなくもありませんでした。

このチター人気の凋落説について、大友康平が、この楽器の操作があまりにも複雑すぎるために愛好者が次第に敬遠したのかもしれないと必死になって指摘するのですが、この若きチター職人の耳には届きそうにありませんでした。

チターは、日本の筝に似た形をした弦楽器です、31本の伴奏用の弦と5本のメロディ弦が張られ、親指につけたプレクトラムと呼ばれる爪を使い、一台のチターでメロディと伴奏を同時に奏でます。

それにしても、この最後の職人ペーター氏が、見るからに若いのには少し意外な感じを受けました。

きっと、いまが「絶滅の危機」どころではなく、もはや絶滅してしまった楽器の「復興」という時期的状況にあることを認めたくないという現状認識のギャップがあったからかもしれません。

ここまで書いてきて、不思議な思いがひとつ残りました。

ここに登場するチターを愛するオーストリアの人々が、あの美しい名曲「第三の男」のメロディーを繰り返し奏でながらも、一度として映画「第三の男」のことを語らない(語りたがらなかった、と言うべきなのでしょうか)ことでした。

それはチターという楽器を使った名曲を世に送り出したことによって、チターを世界的に有名にし、しかし、逆に絶滅の危機を招いたと見ている若き職人のアントン・カラスへの冷ややかな印象(僕はそう印象しました)と、それは奇妙に符号することに気がついたからでした。

アメリカ・ソ連・フランス・イギリスという4大国の連合国軍の熾烈な占領下にあった当時の荒廃したウィーンが描かれたこの世界的な名作が、オーストリア人にどういう思いを抱かせたのか。

戦争によって破壊されたわが祖国を舞台にしたこの犯罪映画の背景にあったもの、占領した者が、された者を追い詰めるシチュエーションに、きっと複雑な思いを感じずにおれなかったと思います。

国を追われ、また祖国を破壊され、勝者によって狩りたてられていく敗者たちの苦渋、そういう思いが踏みにじられ無視されている本質が、名作「第三の男」には隠されていると考えているからこそ、この番組に登場したオーストリア人は、あえてこの作品を語ろうとしなかったのではないかと勘繰りました。

連合国に占領され、幾作かの屈辱的で珍妙な「フジヤマ・ゲイシャ映画」を見せ付けられ、それでも卑屈な薄笑いを浮かべて、へつらい、迎合するしかなかった極東の被占領国の東洋人の子孫として、複雑な思いに駆られざるを得ませんでした。

この絶望感と虚無があのハリー・ライムの言葉を、悪の哲学という観念を超えて、より一層のリアルを感じさせたのかもしれませんね。

「イタリアは、ボルジア家の30年の圧制で血の雨が降り続いたが、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、そしてルネッサンスを生んだ、しかし、スイスの 500年のデモクラシーと平和は何を生んだ? 鳩時計さ。」

(49イギリス)監督・製作:キャロル・リード、制作:キャロル・リード、デヴィッド・O・セルズニック、アレクサンダー・コルダ、原作・脚本:グレアム・グリーン、撮影:ロバート・クラスカー、音楽・ツィター演奏:アントン・カラス、助監督:ガイ・ハミルトン
出演:ジョセフ・コットン、オーソン・ウェルズ、アリダ・ヴァリ、トレヴァー・ハワード、バーナード・リー、ウィルフリッド・ハイド=ホワイト、エリッヒ・ポント、エルンスト・ドイッチュ、ジークフリート・ブロイアー、パウル・へルビガー
THE THIRD MAN  140分
アカデミー賞1950年:撮影賞(白黒部門)、カンヌ国際映画祭1949年:グランプリ(42回まではグランプリが最高賞・現在のパルム・ドール) 、英国アカデミー賞 (1949年):作品賞(国内部門)
by sentence2307 | 2007-10-08 23:30 | キャロル・リード | Comments(29)

第三の男

JRの駅を降りてから、会社に行くまで間に大きな公園があって、ほんの僅かな時間なのですが、その中を突っ切って朝の散歩気分でゆっくりと会社まで歩いていきます。

人気のない秋の終わりの薄靄のかかった公園の、朝の冷気のなかをぶらぶら歩く物悲しい雰囲気が、とても気にいっています。

その公園の散策路の途中に、テーブルや椅子を屋外に出して食事をさせるというちょっと洒落たレストランがあって、僕も昼休みには散歩がてら、ちょくちょく食事に来ることがあるのですが、早朝、このレストランを借り切って、よくテレビ・ドラマのロケ撮影の現場に遭遇することがあります。

最初のうちは物珍しく野次馬気分で見物していたのですが、それが度重なると、珍しくも何ともなくなって、それでなくとも通勤の足を止められるわけですから、なかには不快感をあからさまに口にする人だってでてきます。

そんな事情からでしょうか、そのうちに、通行止めをせずに本番中に、エキストラとともに一般の通行人もどんどん歩かせながら撮影をするようになりました。

多分ドキュメンタリー的な要素を取り入れたのかもしれませんが、本当のところは、一般人ならノー・ギャラでいいくらいのところかもしれません。

「いいですよ、通ってください」と言われて、カメラの回っている前を通り過ぎるのは、やっぱり緊張もし、面映いものです。

「これ、いつ放送されるのですか」とスタッフに訊いている通行人もいます。

幾度か通行人をやっているうちに、あるとき、自分はなにも俳優ではないのだから、上手に演じようとする必要や義理などまるでないし、むしろ、カメラが回っているときこそ「緊張している一般人」そのままでやるほうが野次馬としての自分のあるべき姿なのではないか、と気が付いたのでした。

そして、あるとき試みに多くの通行人のひとりとして、自分だけ足と手を同時に出して歩いてみました。

「カット」の声はありません。

物凄い快感です。

放送の日、主たるドラマが展開する背景の遠い通行人のなかに、手と足を同時に動かして歩いている奇妙なオヤジの姿を、誰か見つけてくれるでしょうか。

なんか胸のときめくような快感です。

アイデンティティを求める一種の知的なテロリズムのような感じもします。

あれから、僅かのチャンスに少しずつ芸域を広げてきました、カメラ目線のまま突然何かに蹴躓くなんてのを芸域といってもいいのか分かりませんが。

そして、あるとき、村上弘明が主演のテレビ・ドラマの撮影に遭遇しました。

向こうから村上弘明が歩いてきて、幾人かの通行人とすれちがってレストランに入るというだけのシーンです。

その撮影をしばらく立ち止まって見ていた僕たち通勤者にADらしき若者が「どうぞそのまま通ってください」と盛んに勧めます。

すこし躊躇ったのですが、その若者は、こちらの逡巡などお構いなしに、「じゃあ、本番いきましょう。」とスタッフ・キャストに声を掛けています。

その叫び声に背中を押されるように、僕たちもつられて歩き出しました。

長身の端正な二枚目・村上弘明が、足早に颯爽と僕たちとすれ違っていきます。

すれ違うときに、ほんのパフォーマンスで何気なく自分のお尻を掻いてみました。

カメラ効果を十分に計算した背中の演技です。テロリズムです。

同時に、「カット!」というスタッフの悲鳴に近い叫び声が聞こえてきました。


あれからしばらくは、あの場所を避けて通勤しています。

これって、やっぱ雰囲気的には「第三の男」のラスト・シーンというべきですよね?
by sentence2307 | 2005-11-06 17:02 | キャロル・リード | Comments(1)