世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:行定勲( 2 )

ひまわり

小学校の同級生だった「ともみ」が、輝明の留守電のテープにひとこと「私のこと、おぼえていますか?」という短いメッセージを残したまま、海難事故で行方不明になったと報ずるTVニュースを見るところから、この物語は始まります。

「ともみ」の遺体がまだ発見されないままに彼女の葬儀は始められています。

その葬式に小学校の同級生たちが集まり、そして、つい昨日まで「ともみ」と親しく付き合っていた男たちも交えて、彼女がそれぞれの男たちの元に残していった過去と現在の断片が、少しずつ語られます。

「最後に彼女に会ったのは、オレかもしれない」という語り出しで話される回想の中のどの「ともみ」も、どこか淋しそうで、そして何か言いたげにしながらも、結局は眼を伏せ、口を閉ざしたまま諦めの笑みを凍りつかせて、彼らの前から立ち去りました。

彼女が何を求め、そして、何を言いたかったのか、多くの「何故」が解明されないまま、とらえどころのない印象の薄い少女だった「ともみ」という娘が、「別に、それ程のつきあいがあった訳じゃないから・・・」と回想する男たちによって、体の関係はあったとしても、しかし、その「ともみ」の気持ちが自分のすぐそばにあった訳ではなかったことが徐々に明らかにされていくだけです。

そして、同時に、その言葉がむすぶ悪い噂としての「都合のいい女・ともみ」の深い孤独の影が浮かび上がってきます。

完璧なメイクを終えたあと、暗い部屋のカーテンを勢いよく開けて強烈な日差しを受けるシーンは、飾らない幼い素顔のままの自分を「ひまわり」と呼んで、たどたどしくも愛してくれた初恋への熱い思いが描写されていますが、さらに、現実を生きる「ともみ」の深い孤独と失意が描かれている場面でもあります。

誰だって現在が満たされていれば、もはや取り戻しようもない「初恋」なんか振り返る訳はありません。

そして、その「初恋」が、「ボール、当ててよ」という「ともみ」の言葉によって、「恋」以前のもの、仲間はずれにされていたひとりぽっちの少女の孤独な像と、そうした「ともみ」を少しずつ死のそばまで追い詰めた男たちや女たちの残酷さが静かに見えてきた作品でもありました。

輝明の留守電に残る「ともみ」のメッセージ。

自殺か、そうじゃなかったのかなどという疑問など、人間の生きること、死んでいくことにとって、最初から何の意味も持たないと悟らされる確かな力量を示した行定勲監督の長編初監督作です。
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by sentence2307 | 2006-05-28 10:39 | 行定勲 | Comments(0)

北の零年

「大泣きした」という感想から「金返せ」まで、実にバラエティに富んだ称賛と非難の幅広い層の評価を集めたこの映画、しかし、これこそがエンターテインメントなのだと思いました。

吉永小百合には、「吉永小百合」しか演じられない役(個性の魅力から演技の限界までのどの辺りを採るかは、きっと各自のこれまでの映画体験と、この女優への思い入れとにゆだねられるべきものと思います)というものが多分あって、観客は、「それ」を認識したうえで映画を見に行くわけですから、それさえ分かっていれば、それで十分だったろうし、いつの時代でも、映画はそのようにして大衆の中で生き続けてきたのだと思います。

しかし、それらのことをすべて納得して、それでも、あえて「金返せ!」という声を発したくなるとすれば、それはどういうことなのだろうと考えました。

話は逸れますが、先週の木曜日に放送した「クイズミリオネア」を見ていて、面白い場面に遭遇しました。

回答者は、あの北村晴男弁護士、あと一問で1000万円獲得=ミリオネアというところまで上り詰めた最後の問題、これが実に素晴らしい問題でした。

「明治の元勲・伊藤博文が首相の時に受け取っていた給料は、今の教員の初任給を基準にした場合、幾らくらいか」という問題です。

たしか答えの選択肢は4つ、450万円、4500万円、4億5000万円、45億円、だったと思います。

問われているのは、きっと給料の格差だけではありません。

この国の揺籃期に特権を独り占めできた為政者たちが金moneyに対して、道義心も含め、どういった距離感をもって接したのかという問題でもあります。

おそらく常識の範囲で最高か、または最低だろうと北村弁護士は推測します。

まず極端な45億円という「あり得ない額」は除外して、あと3つのうちの中間にある額4500万円は回答者の判断を迷わせるために設定しただけの単なるダミーで、つまりこの額にはポリシーがないと出題者の意図を見抜き、北村弁護士は退けています。

まさに、要件事実の再構成というやつですよね。

明治という時代を形作った「彼ら」が、獲得した公的な特権をフルに独占して、ひたすら私腹を肥やすために「最高額」を手にしたのか、あるいは貧弱な日本を欧米に等しく列する強固な国にするために金なんか問題じゃないと、祖国のために身を挺して働いた勤皇の志士の気概と誇りに相応しい意外な「最低額」に甘んじたのか、と考えるわけです。

なにしろこの番組は全国放送です、なにしろ公的な仕事に携わる弁護士という職業にある北村氏です、当然「後者」を(意識的にしろ無意識的にしろ)選択せざるを得なかったかもしれません。

残念ながら僕たちは、金に汚く、権力に貪欲で、日本の動乱期を、狡猾と、そして過剰な性欲を金に飽かせて満たして生きた明治の好色なこの元勲について、あまりにも多くのことを知りすぎているために、むしろ「4億5000万円」という額の方を選択することは、普通ならそれ程困難なことではなかったと思います。

しかし、それでもなお、あえて「450万円」を推理する庶民の「思考のあり方」に、僕はとても惹かれました。

あらゆる歴史的公人が、「誠実でないわけがない」と思い込むほど庶民は愚かではありませんし、だから実際、多少公務に誠実でなくとも、金に汚く権力に貪欲でも、傲慢で好色であったとしても、その「奇麗事の建前」を汚されたくらいで、失望したり悲観するほど庶民は素朴でも純粋でもないはずです。

彼らがそんな奇麗事を信じているかどうかさえ疑わしい。

もっとも、自分もまた手を汚すだけ汚して生きているのだと認識できるだけの誠実さがあればの話ですが・・・。

「北の零年」の描く奇麗事にもっともらしく腹を立てて、あたかも自分が道義をただす審問官ででもあるかのように、堂々と「金を返せ!」と高言できる厚顔無恥さに心の底から呆れ返り、腹立たしい思いから、この駄文を書き始めました。

そして、映画「北の零年」を見て、「大泣き」か「金返せ」のどちらの態度を支持するかといえば、僕は「素直さ」から「ひねくれた」までの遠慮がちな含意に基づく「大泣き」の方を支持します。

意味有り気な薄ら笑いと、見透かすような目配せを交わしながら、「本当は、甘い汁をたっぷり吸って散々いい思いしているんだろう?」と互いに心を通わすあの密かな黙契によって、嘘泣きしてみせる素直さの方に深い親しみを感じるとともに、すべてを知り尽くして、それでもあえて「450万円」を選ぶ成熟を支持したいと思います。

もちろん、この映画に素直に感動して、澄んだ真珠の涙を流す純粋さをこそ、まずは至上のものと支持することを前提にして、と言ったうえでのことですが・・・。

(05東映)監督:行定勲、プロデューサー:角田朝雄、天野和人、冨永理生子、製作プロデューサー:長岡功、多田憲之(北海道統括)、エグゼクティブプロデューサー:早河洋、坂上順、製作総指揮:岡田裕介、坂本眞一、企画:遠藤茂行、木村純一、脚本:那須真知子、撮影:北信康、美術:部谷京子、編集:今井剛、音楽:大島ミチル、VFXプロデューサー:尾上克郎、照明:中村裕樹、製作統括:生田篤、装飾:大庭信正、録音:伊藤裕規、助監督:大野伸介、

出演:吉永小百合(小松原志乃),渡辺謙(小松原英明),豊川悦司(アシリカ),柳葉敏郎(馬宮伝蔵),石田ゆり子(馬宮加代),香川照之(持田倉蔵),石原さとみ(小松原多恵),吹越満(長谷慶一郎),奥貫薫(長谷さと),阿部サダヲ(中野又十郎),金井勇太(川久保平太),大高力也(間宮雄之介),大後寿々花(小松原多恵.少女時代),モロ師岡(窪平),榊英雄(高岡),寺島進(花村完爾),アリステア・ダグラス(エドウィン・ダン),忍成修吾(殿),中原丈雄(内田),田中義剛(友成洋平),馬渕晴子(長谷すえ),大口広司(モノクテ),藤木悠(中野亀次郎),平田満(川久保栄太),鶴田真由(おつる),石橋蓮司(堀部賀兵衛),
168分、2005.1.15
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by sentence2307 | 2006-01-22 17:39 | 行定勲 | Comments(0)