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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:丸山誠治( 1 )

憎いもの

笠智衆が小津作品にはどうしても欠かせない役者だとしたら、まったく同じ意味において藤原釜足も、黒澤作品には絶対欠かせない役者だと思います。

あのぶっきら棒な台詞まわしのたどたどしさとか、無骨で融通のきかない如何にも頑なで一途なところなど、黒澤明はこういうタイプの男を好ましいと思っていたのだろうなと思います。

藤田進とか、三船敏郎なんかもそうでしたものね。

きっと黒澤監督ご本人が、そういうタイプだったからだと思います。

藤原釜足は、35年の成瀬作品「乙女ごころ三人姉妹」に酔っ払いの役で出演しているとネット検索で知ったのですが、そういう場面があったかどうかさえ、咄嗟には思い出すことができません。

もしかしたら暗い寂しい路地裏で細川ちか子に因縁をつけていた与太者役か、あるいは「通行人」の役だったかもしれませんが、いまは確信が持てません。

はっきり印象に残っているのは、やはり成瀬作品「妻よ薔薇のやうに」35なのですが、出演履歴をつらつら眺めていて少し意外に思ったのは、初期の出演作と思い込んでいた「秀子の車掌さん」が、ずっと後年の41年だったことですね。

きっと、「妻よ薔薇のやうに」の老け役と、「秀子の車掌さん」の若々しい運転手役とがごっちゃになって前後が混乱し、そんな錯覚を起こしのだと思います。

だいたいが老けて見える人だったので、時間が経過してもあまり年齢のギャップを感じさせないという証しなのかもしれません。

この映画「憎いもの」は、まず62分といういやに尺の短い映画だなという印象のほかには、これといった予備知識もなく見た映画です。

そうそう、「藤原釜足→黒澤作品」という先入観だけは、きっとアタマの隅にあったと思いますが、とりあえず予備知識といえばそれくらいでした。

その尺の短さが取り付きやすい印象を与え、身構えたり緊張することなく、すんなり見始めることができたのだと思います。

言い方を換えれば「舐めて掛かって見始めた」ということなのでしょうか。

しかし、この作品は、そんなダレた僕を根底から揺さぶるような珠玉の名品でした。

地方で雑貨商を営む村井(藤原釜足)が、もうすぐ来る祭りを当て込んで、仕入れ値が当地の半値で済む東京で品物を揃えて大儲けしようと企んでいます。

資金は、東京で働いている娘(安西郷子)から毎月送金してくる金が、かなりの額になっているらしく、夫婦の会話からすると、当初は店舗の改築資金にする積りだったというくらいの相当な額と察せられます。

気のいい老妻と、親孝行の娘を持った慎ましい平凡な男が、金儲けというささやかな企みを抱いたことによって、やがて彼の人生は大きく狂わされていきます。

東京で過ごす最後の夜、村井は市議会議員の木山に強引に遊びに誘われ、あいまい宿で娼婦を買うはめになりますが気が進まず、帰りを促すためにドアを開けた木山の部屋で娼婦となりはてた娘と鉢合わせします。

逆上して娘を罵り、失意のなかで飛び出した村井は夜の街でしたたかに飲んで酔い潰れ、やがて偶然に木山と出会って共に宿に帰り、更に飲み直したのちに、泥酔している木山を絞め殺してしまいます。

刑事から「娘を犯した木山への憎しみから殺意を持ったのだろう」と問われる村井は、木山への殺意を否定します。

「ただ、憎らしいものがあったのだ」と述懐しながら「ひょっとこ」の面を思い浮かべるというこの不思議な終わり方が、いつまでも僕の脳裏にちらついていました。

会社での会合のはねた後、とり散らかった書類をまとめながら、映画好きの友人と雑談しているときに、彼もたまたまこの映画「憎いもの」を見ていたことを知り、少し話が盛り上がりましたが、しかし、この映画のあの終わり方について、少しばかり見解の相違があることにも気が付きました。

彼いわく「ラストが、実のところよく理解できなかった。あれって不条理劇みたいなものなのか。」というのです。

見方によっては、この抽象的なラストは、アルベール・カミユの「太陽の日差しが眩しかったから」みたいな、観客に疑問符を投げ掛けるような終わり方という印象を受けるかもしれません。

しかし、僕は少し違う考えを持ちました。

社会にがんじがらめに縛られ、身動きできない村井には、怒りをぶつけるべき相手がいなかったのだ、つまり彼は八方を封じられている存在なのだと思いました。

木山が自分の娘を夜の相手として抱いたとはいえ、それは知らずにしたことで、「娼婦」と信じて買った木山には罪はないと、村井は無理にでも自分自身を納得させようとしていますし、そのことを木山に対して伝えてもいます。

もとより村井にとっては、日頃世話になっている市会議員の木山に対して、許すことしか選択の余地がなかったのかもしれませんが、そういう論理で木山を許してしまえるのなら、たとえ娼婦に堕ちたとはいえ、その稼ぎを家に送金し続けてきた娘に対しては、なおさらのこと村井には娘を詰ることのできない立場に追い込まれたと考えるべきかもしれません。

そのやり場のない怒りと殺意は、ぼろ儲けを企んで悲惨を招いた自らの欲望の象徴でもある「ひょっとこ」の面に向けられたとしても、あながち外れてはいないように思われます。

その「ひょっとこ」の面をたまたま木山がかぶっていたにすぎなかったということだったのではないか、と友人に話してみました。

うまく伝わったかどうか、あれ以来友人とは、いまだ話す機会を持てないでいます。

この作品は、橋本忍の脚本で東宝のダイヤモンドシリーズの第4弾として製作された作品で、名匠、名優を惜しげも無く起用した、力のこもった短編映画を次々に発表していったうちの1本として作られた作品です。

そして、このダイヤモンドシリーズには、あの千葉泰樹の「好人物の夫婦」がありましたよね。

(57東宝)製作・宇佐美仁、監督・丸山誠治、監督助手・松森健、脚本・橋本忍、原作・石坂洋次郎、撮影・西垣六郎、音楽・伊福部昭、美術・浜上兵衛、録音・西川善男、照明・猪原一郎、スチール・田中一清、製作担当者・鈴木政雄、

出演・藤原釜足、賀原夏子、安西郷子、若原亘、東野英治郎、小泉博、中田康子、佐田豊、千石規子、若宮忠三郎、水の也清美、江幡秀子、宮口精二、
1957.05.28 6巻 1,680m 白黒
by sentence2307 | 2006-02-11 22:55 | 丸山誠治 | Comments(2)