世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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カテゴリ:中平康( 4 )

前回、大島渚の小評論「今井正 下手くそ説について」(1958)を読みながら、「中平・増村vs今井」論争の要約を試みたのですが、要約していくうちに大島渚の3人に対する位置取りが、だんだん分かってきました。

この小評文を読む限りにおいて、批判者の中平康と増村保造の批判(下手くそ・事大主義・低劣な倫理観)よりも、今井正の反論(大衆のウケ、大衆の身の丈に合った倫理観に寄り添う、観客動員数)の方に大島渚は、少なからず肩入れしているように感じられたからです。

今井正が主張する要点「映画に観客が入らなければ、なんの意味もない」は、確かにそのとおりだよな、と大島渚も、明らかにそこの部分で今井側に同調を示していると読めました。

そして、この同調には、撮りたいものを自由に撮れる大映の優等生・増村保造や、言いたい放題のわがままを許されている日活のやんちゃ坊主・中平康の、ともに大企業の中で優遇されて、ぬくぬくと甘やかされている2人の主張など、せいぜい世間を知らないわがままなお坊ちゃんの言い掛かりか、極端に言えば、(いつも100点をとっている)優等生へのみっともない「嫉妬」にすぎないと、暗に彼らが「劣等生」であることをみずから自認してしまっていると、大島渚は、増村・中平の批判を一蹴しています。

なにがなんでも、いつも100点(キネ旬ベスト10圏内)のシャシンを撮っていなければ、即仕事の機会を失う厳しくギリギリな環境に身を置いている独立プロの仕事を理解できない世間知らず(増村・中平)の愚挙でしかないと。

「映画監督・中平康伝」を拾い読みしていたとき、「自分たちは劇場にいる観客を面白がらせるのが仕事で、観客を劇場にまで来させるのは宣伝部や営業の仕事だ」みたいな文言をどこかで読んだ記憶があり、改めて読み返したのですが、掲載箇所の確認はできませんでしたが、そうした甘い認識に照らしても、大きな会社を後ろ盾にして安穏と仕事をする人間と、独立プロというギリギリの環境に身を置いて仕事をしている人間の違いだなと痛感しました。

しかし、「甘々な環境」に身を置く彼らとしても、ベストテン発表の時期に、「プログラムピクチャー」という見えない足枷に絡めとられていることを実感することになります、この中平康伝の随所で漏らされている苛立ちは、金のために身売りした映像作家の、撮りたいものをとれないという奴隷の嘆きにすぎません、その状況は、今井正のそれより、かなり深刻なものだったかもしれません。

この中平康の評伝を読むと、自分の作品を熱心に見に来ない観客への非難と、もうひとつは、自分の作品を一向に評価しない映画批評家たちへの呪詛があります。

そして、これらの非難や呪詛の根底には、もちろん、今井正が、キネマ旬報ベスト・ワンに、なんと5たびも輝いたという驚異的な快挙があることは、いうまでもありません。

そこで、ちょっとした「ひとり遊び」を考え付きました。

今井正がベスト・ワン作品を連発していた同じ時期に、ほかの映画作家たちがどういう作品を撮っていて、どういう評価をされたかを一覧表にしてみようという「ひとり遊び」です。

下記の一覧表を見て感じることは、映画の新しい形式(ヌーヴェルバーグの波)への過剰反応と猿真似の無力さ、そしてもうひとつは、批評家の定見なき無節操です。

ヌーヴェルバーグの波といっても、影響を与えたものといえば、せいぜい手持ちカメラで撮る絵の面白さくらいなもので、時代が経過するにつれ、クラシックなストーリーに回帰し、やがて吸収されてしまう程度のものですし、いま「突然炎のごとく」を見れば、いつも男からちやほやされていなければヒステリーを起こし、それでも自分に関心を示さない男とみると、復讐のために無理心中して強引に道連れにしてしまうという、なんとも身勝手なヒステリー女の話で、この映画を時代的に解釈するためには気の遠くなるような「映画史的説明」を要するかもしれません。

大島渚の「日本の夜と霧」は、内容はともかく、映画としてはどうなの、という映画です、この作品を高ランクにつけた批評家を「批評家の定見なき無節操」といわざるをえません、「なんだか理解できないけれども、分からないからきっと凄いらしい、そうに違いない」という理由で票を投じたのではないかと想像できます。よく分からないが、なんだかすごそうなヌーヴェルバーグを妄信することが「形式を革新する」ことだと見当違いの思い込みをして、今井正に突っかかっていったのと、なんだか共通しているようで苦笑を禁じ得ません。

フランスとかイタリアなんかのやることをそのまんま妄信しちゃあ、だめだったんじゃないかなあ、そんな気がします。個々の作家の卓越した仕事が、なにかのムーブメントの現れと錯覚し、集合体としたときに、皮肉にもたちまち勢いを失うということをみれば、あらゆる芸術活動は、あくまでも個の情動から発する以外のものでないことは、一目瞭然だとおもいます。


【1950】
また逢う日まで(1950東宝)監督・今井正、キネ旬1位

【1951】
どっこい生きてる(1951新星映画)監督・今井正、キネ旬5位

【1952】
山びこ学校(1952八木プロ)監督・今井正、キネ旬8位

【1953】
にごりえ(1953新世紀プロ=文学座)監督・今井正、キネ旬1位
ひめゆりの塔(1953東映東京)監督・今井正、キネ旬7位

【1955】
ここに泉あり(1955中央映画)監督・今井正、キネ旬5位
愛すればこそ・第二話とびこんだ花嫁(1955独立映画)監督・今井正、キネ旬35位
由紀子(1955中央映画)監督・今井正、

【1956】
真昼の暗黒(1956現代ぷろ)監督・今井正、キネ旬1位
狂った果実(1956日活)監督・中平康、
狙われた男(1956日活)監督・中平康、
夏の嵐(1956日活)監督・中平康、
牛乳屋フランキー(1956日活)監督・中平康、

【1957】
米(1957東映東京)監督・今井正、キネ旬1位
純愛物語(1957東映東京)監督・今井正、キネ旬2位
くちづけ(1957大映東京)監督・増村保造、キネ旬20位
殺したのは誰だ(1957日活)監督・中平康、キネ旬24位
暖流(1957大映東京)監督・増村保造、キネ旬31位
青空娘(1957大映東京)監督・増村保造、
恋と浮気の青春手帖 街燈(1957日活)監督・中平康、
誘惑(1957日活)監督・中平康、
美徳のよろめき(1957日活)監督・中平康、

【1958】
夜の鼓(1958現代ぷろ)監督・今井正、キネ旬6位
巨人と玩具(1958大映東京)監督・増村保造、キネ旬10位
四季の愛欲(1958日活)監督・中平康、キネ旬40位
紅の翼(1958日活)監督・中平康、キネ旬40位
氷壁(1958大映東京)監督・増村保造、
不敵な男(1958大映東京)監督・増村保造、
親不幸通り(1958大映東京)監督・増村保造、

【1959】
キクとイサム(1959大東映画)監督・今井正、キネ旬1位
愛と希望の街(1959松竹大船)監督・大島渚、キネ旬33位
その壁を砕け(1959日活)監督・中平康、キネ旬36位
才女気質(1959日活)監督・中平康、キネ旬42位
最高殊勲夫人(1959大映東京)監督・増村保造、
氾濫(1959大映東京)監督・増村保造、
美貌に罪あり(1959大映東京)監督・増村保造、
闇を横切れ(1959大映東京)監督・増村保造、
密会(1959日活)監督・中平康、
明日の太陽(1959松竹大船)監督・大島渚、

【1960】
日本の夜と霧(1960松竹大船)監督・大島渚、キネ旬10位
太陽の墓場(1960松竹大船)監督・大島渚、キネ旬11位
偽大学生(1960大映東京)監督・増村保造、キネ旬15位
青春残酷物語(1960松竹大船)監督・大島渚、キネ旬18位
女経 第一話耳を噛みたがる女(1960大映東京)監督・増村保造、キネ旬25位
あした晴れるか(1960日活)、監督中平康、キネ旬37位
白い崖(1960東映東京)監督・今井正、
からっ風野郎(1960大映東京)監督・増村保造、
足にさわった女(1960大映東京)監督・増村保造、
「キャンパス110番」より 学生野郎と娘たち(1960日活)、監督中平康、
地図のない町(1960日活)、監督中平康、



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by sentence2307 | 2018-09-23 21:32 | 中平康 | Comments(0)

狂った果実

「狂った果実」56は、たったの17日間で撮り上げたといわれている中平康監督の驚くべきデビュー作です。

そして、中平監督は、つねづね、「ゴダールは、オレの作品を真似した」と、ヌーヴェルバーグの登場を既に先取りしていたことを豪語していたという話は有名ですよね。

いや、姫田眞左久キャメラマンが記したものの中には、もっと辛辣にヌーヴェルバーグを嘲っていたみたいな一文を読んだ記憶があります。

しかし、この「豪語」は、あながち大ボラとは言えない確かな信憑性があるのですが、ただ、華々しいデビューに較べて、失速著しい「荒れた晩年」の中平監督の性癖に照らして、幾分そうした大風呂敷の虚言みたいな印象を持たれてしまったことは、残念ですが否定できなかったのでしょう。

中平監督にふれた誠意あふれる姫田眞左久キャメラマンのその一文にも、言下に「眉ツバ」的な論調を感じ取ってしまうのは考えすぎかもしれませんが。

しかし、「狂った果実」のスピード感あふれる才気に満ち満ちたカットつなぎにトリュフォーが驚嘆して、彼の推薦によってシネマテークに保管された日本映画の第1号になったというこの作品が、ゴダールに深刻な衝撃と、そして大きな影響を与えた可能性は、大いにあり得たことだろうなと思います。

石原慎太郎が、裕次郎との思い出を綴った「弟」の中にこんな部分があります。

1962年、日仏独伊ポーランド5カ国の若い監督たち、つまりアンジェイ・ワイダ、フランソワ・トリュフォー、レンツォ・ロッセリーニ、石原慎太郎、マルセル・オフュルスたちが競作したオムニバス作品「二十歳の恋」の打ち合わせのために、日本篇を監督する石原慎太郎がパリを訪れた際に、フランス篇と総集編を担当するフランソワ・トリュフォーとの対話のなかで、トリュフォーは、自分のヌーヴェルバーグ・タッチは、「海辺の情熱」という日本映画のストーリーの設定や展開、そして畳み掛けるようなカッテッングのタッチに強く影響されたものだと告白されました。

トリュフォーにそれ程までに強い衝撃を与えたというその「海辺の情熱」という作品に、まったく心当たりのなかった石原慎太郎が、さらに具体的に話の筋を聞いてみると、なんとそれは自分がストーリーを書き下した裕次郎の主演第1作「狂った果実」だったということが分り、その評価に、却って自分のほうが驚いたという部分です。

帰国後、さっそく裕次郎にそのことを伝えると、「そりゃそうに決まってらあな」と当然のように答えたと記されており、そして、また、ある席で中平監督に同じように伝えたところ、もはや、映画への情熱をすっかり失っていた中平監督の冷ややかな無反応な態度が、裕次郎の反応と好対照に記されている部分には、複雑な思いを禁じ得ません。

そして、その文節の締め括りに石原慎太郎は、こう記しています。

「いずれにせよ、あの映画は、偶然と奇跡に満ちた青春という、人間にとってたった一度の季節を表象していたと思う。
あの時代にしか、あのようにしかあり得なかった私たちの青春を、あの映画はほとんど完璧に代表してくれている。
同じ世代だったトリュフォーが感じ取ったものもまさにそれただったに違いない。」

(1956日活)(監督)中平康(原作脚本)石原慎太郎(撮影)峰重義(美術)松山崇、辻井正則(音楽)佐藤勝、武満徹
(出演)北原三枝、石原裕次郎、津川雅彦、東谷暎子、藤代鮎子、深見泰三、岡田真澄、木浦昭芳、島崎喜美男、加茂嘉久、近藤宏、山田輝二
(85分・35mm・白黒)
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by sentence2307 | 2006-07-23 12:13 | 中平康 | Comments(116)
【日活特報 日活撮影所建設始まる(地鎮祭)】 (3分・35mm・白黒)
(1953日活)

【狂った果実】
海辺の別荘でひと夏を送る裕福な学生(石原)の無軌道な生きざまと性愛を、新人・中平康がけだるくも鮮烈に描いた太陽族映画。『太陽の季節』の脇役で評価された裕次郎は、本作の主演としてスターダムへの階段を踏み出した。太陽族の滝島夏久(石原)はまだ純真な弟・春次(津川)の初恋の女性・恵梨(北原)を奪う。やがて心の中にあった兄弟への愛情の均衡も破れ、恵梨は夏久の強靭な肉体に強く惹かれていった。恵梨と夏久の全ての出来事を知った春次は、憑かれたようにモーターボートでヨットの二人を追った。さんさんと輝く太陽の下、夏久と恵梨を海中に叩き落した春次のモーターボートは、海の彼方へ疾走していく。この映画は、全てが新しかった。
(1956日活)(監督)中平康(原作脚本)石原慎太郎(撮影)峰重義(美術)松山崇、辻井正則(音楽)佐藤勝、武満徹
(出演)北原三枝、石原裕次郎、津川雅彦、東谷暎子、藤代鮎子、深見泰三、岡田真澄、木浦昭芳、島崎喜美男、加茂嘉久、近藤宏、山田輝二
(85分・35mm・白黒)

【勝利者】
若きボクサー(石原)が、自分に夢をかけたトレーナー(三橋)への反発心を燃やしつつ、バレリーナ(北原)との恋に賭ける。太陽族のイメージから脱却し、ここにアクション・スター裕次郎が誕生した。ボクシングの素養があった三橋達也が、裕次郎に指導をしたという。元ボクサー・山城(三橋)はかっての自分の夢を新人ボクサー・夫馬俊太郎(石原)によって果たそうと、女性との交際も禁じ、火の出るようなトレーニングを始めた。急速に腕を上げた俊太郎は、バレリーナ・マリ(北原)と愛し合うようになり山城のもとを飛び出す。恩を仇で返された山城は憎しみと愛情の交錯の中で悩み続け、俊太郎がチャンピオンを賭けたタイトルマッチの当日を迎える。
1957(1957日活)(監督脚本)井上梅次(原作)キノトール(木下徹)、小野田勇(脚本)舛田利雄(撮影)岩佐一泉(美術)松山崇(音楽)小杉太一郎
(出演)三橋達也、南田洋子、石原裕次郎、北原三枝、殿山泰司、小林重四郎、安部徹、宍戸錠、清水將夫、桂典子、浦島久恵
(98分・35mm・カラー)

【鷲と鷹】
復讐と犯罪捜査、二つの目的を持った二人の男(石原・三国)が水夫に化けて乗り込んだ船が、やがて暴風雨に巻き込まれる。豪快な海洋アクションで、『勝利者』に続き、娯楽映画の名職人・井上梅次が裕次郎のスターへの道を踏み固める。鮎川船長(二本柳)を父の仇と疑う千吉(石原)、保険金目当ての偽装沈没計画をかぎつけた刑事・佐々木(三国)は、いずれも水夫に化けて船に乗り込む。千吉を追って密航した酒場女・朱実(月丘)は、千吉と船長の娘・明子(浅丘)の仲を嫉妬する。明子の明るい姿は千吉の荒んだ心を和らげ、復讐心をグラつかせ始めたが、そんな時、船荷が全てニセモノで船長の航海詐欺であることが判明する。
(1957日活)(監督脚本)井上梅次(原作)(撮影)岩佐一泉(美術)中村公彦(音楽)多忠修
(出演)石原裕次郎、三國連太郎、月丘夢路、長門裕之、浅丘ルリ子、二本柳寛、柳沢眞一、澤村國太郎、安部徹、西村晃、キド・シン(木戸新太郎)、小林重四郎
(115分・35mm・カラー)

【俺は待ってるぜ】
ブラジルへ行ったはずの兄が殺されていたと知って、ボクサー崩れの男が復讐を誓う。裕次郎のヒット曲に着想を得た兄・慎太郎が脚本を書き、のちにスタイリッシュな演出で注目される蔵原惟繕のデビュー作にもなった。悪役・二谷英明との壮絶な格闘シーンも見所。ボクサーあがりの島木譲次(石原)は波止場近くの小さなレストランのマスターであった。彼にはブラジルに渡った兄がおり、連絡があり次第、日本を脱出してブラジルへ渡ることを夢見ていた。しかし兄はブラジルへ出発する前に日本で殺されていたのだ。恋人・早枝子(北原)の証言で、犯人はグレン隊の柴田(二谷)と確信した譲次は、単身柴田の店に乗り込み、凄まじい殴り合いの末、復讐を遂げる。
(1957)(監督)蔵原惟繕(脚本)石原慎太郎(撮影)髙村倉太郎(美術)松山崇(音楽)佐藤勝
(出演)石原裕次郎、北原三枝、小杉勇、植村謙二郎、二谷英明、波多野憲、草薙幸二郎、藤代鮎子、青木富夫
(90分・35mm・白黒)

【嵐を呼ぶ男】
1958年の正月映画として公開されるや大ヒットを記録し、裕次郎人気の沸騰を示した一篇。襲われて負傷した手をかかえて臨むドラム合戦のシーンはあまりにも有名。撮影開始の前、裕次郎は、疲労のため目に病を抱えたまま、ドラムの技術を習得したという。女流マネージャー・美弥子(北原)に見出されたドラマー・国分正一(石原)は、美弥子の厳格な指導、猛練習でメキメキと力をつけ、また、二人の間にも淡い恋心が芽生えていた。しかし作曲家志望の弟・英次(青山)が新人リサイタルに推薦されることになり、美弥子に横恋慕する評論家・左京(金子)の力が必要となる。正一は美弥子から離れる決心をしたが、左京一味の襲撃にあい右手を完全につぶされる。
(1957日活)(監督原作脚本)井上梅次(脚本)西島大(撮影)岩佐一泉(美術)中村公彦(音楽)大森盛太郎
(出演)石原裕次郎、北原三枝、青山恭二、芦川いづみ、白木マリ、岡田眞澄、金子信雄、笈田敏夫、小夜福子、髙野由美、汐見洋、安部徹
(100分・35mm・カラー)

【麻薬3号】
中毒患者の巣窟に出入りするエセ新聞の編集者(長門)が、恋人(南田)の反対も聞かず、麻薬の取り引きに深入りしてゆく。五味康祐の小説が原作だが、五味と名乗る医者くずれの小説家(河野)、そしてエセ新聞の真面目な社員(大坂)など、脇役陣も見逃せない。
(1958日活)(監督)古川卓巳(原作)五味康祐(脚本)松浦健郎(撮影)山崎善弘(美術)千葉一彦(音楽)小杉太一郎
(出演)長門裕之、南田洋子、白木マリ、河野秋武、日守新一、二本柳寛、高原駿雄、近藤宏、小林重四郎、植村謙二郎、丘野美子、西村晃
(95分・35mm・白黒)

【錆びたナイフ】
殺人事件を目撃したために、町の権力抗争に巻き込まれる3人のチンピラ。「タフガイ」のニックネームを得た裕次郎が、小林旭・宍戸錠と初の本格的な競演を果たし、その後旭はスターとして一本立ちしてゆく。ダンプカーによるチェイスの場面など、舛田利雄の豪快な演出が冴える。運輸会社社長・勝又(杉浦)が市長を殺す現場を目撃した三人のチンピラのうち、島原(宍戸)が何者かに殺された。残る橘(石原)と寺田(小林)はひっそりと暮らしていたが、寺田も銃弾に倒れる。逮捕された勝又の自殺により、事件はあっけない幕切れとなったが、橘は勝又の後ろに黒幕がいることに気づく。やくざの世界から足を洗い平凡な市民になることが念願だった橘だが、再びナイフを手にする。
(1958日活)(監督脚本)舛田利雄(原作脚本)石原慎太郎(撮影)高村倉太郎(美術)松山崇(音楽)佐藤勝
(出演)石原裕次郎、北原三枝、安井昌二、白木マリ、宍戸錠、小林旭、清水將夫、楠田薫、杉浦直樹、高原駿雄、川上信夫、天路圭子、相原巨典、弘松三郎
(90分・35mm・白黒)

【風速40米】
建築科の学生に扮した裕次郎が、ライバル会社に騙されそうになった父(宇野)の仕事を完成させるため、暴風をおしてビルの突貫工事に挑む。アクション性もあるが、経済成長下の建設ブームに乗って、産業礼賛の色彩も濃い作品になっている。北アルプスの山小屋で不良学生に襲われた今日子(北原)は、危ないところで滝 颯夫(石原)に救われ愛し合う。颯夫の父・敬次郎(宇野)は建設会社の技師長であったが、知らず知らずに会社乗っ取りの片棒をかつがされていた。颯夫は悪夢から醒めた敬次郎とともに、遅れている新ビル建設の突貫工事に取りかかった。夜半から強まった風はついに風速40米を越え、工事を続ける颯夫たちに暴徒が襲った。
(1958日活)(監督)蔵原惟繕(原作脚本)松浦健郎(撮影)横山実(美術)松山崇(音楽)佐藤勝
(出演)石原裕次郎、北原三枝、川地民夫、金子信雄、宇野重吉、山田禪二、林茂朗、深江章喜、柳瀬志郎、鴨田喜由、伊丹慶治、小泉郁之助、千葉麗子、須田喜久代
(97分・35mm・カラー)

【完全な遊戯】
石原慎太郎の短篇をもとにした、いわば最後の“太陽族”映画。競輪を悪用した詐欺、そして女性(芦川)への集団暴行という暗黒の「遊戯」にふける学生たちを、「気だるいばかりのニヒリズム」(渡辺武信)の中に描く。冷酷さを貫いた梅野泰靖の演技も強い印象を残す。
(1958日活)(監督)舛田利雄(原作)石原慎太郎(脚本)白坂依志夫(撮影)横山実(美術)坂口武玄(音楽)真鍋理一郎、河辺公一
(出演)小林旭、芦川いづみ、葉山良二、白木マリ、岡田真澄、武藤章生、柳瀬志郎、梅野泰靖、大森義夫、松下達夫、深見泰三、松本染升、髙品格、木城ゆかり、髙野由美
(93分・35mm・白黒)

【紅の翼】
急患の報を受けて、記者(中原)とともに八丈島へ血清を運ぶことになったパイロット(石原)。危険な任務であるばかりか、同乗の男(二谷)の恐ろしい素性を知ってセスナ機は危機に陥る。サスペンス調だが、裕次郎らしい明朗な空気も漂う航空映画の佳作である。
民間航空のパイロット・石田康二(石原)に、八丈島の子供が破傷風にかかり至急血清を送れという報せが来た。セスナ機には若紳士・大橋(二谷)と記者・弓江(中原)が同乗。大島上空で大橋が殺人犯とわかり、セスナ機やむなく危険な不時着をする。子供へのヒューマニズムに燃える康二は、隙をみて大橋を倒し八丈島へ向けて離陸するが、ガソリンを使い切ったセスナ機は失速状態に陥る。
(1958日活)(監督脚本)中平康(原作)菊村到(脚本)松尾昭典(撮影)山崎善弘(美術)松山崇(音楽)佐藤勝、馬渡誠一
(出演)石原裕次郎、芦川いづみ、中原早苗、二谷英明、小沢昭一、西村晃、芦田伸介、清水將夫、安部徹、清水まゆみ、峯品子
(93分・35mm・カラー)

【南國土佐を後にして】
ペギー葉山の歌う同名のヒット曲をテーマソングとした一種の歌謡映画だが、後に日活アクション黄金時代を華々しく飾る「渡り鳥」、「流れ者」としての小林旭の原型とも言える作品。家族や恋人への愛情を純粋に持ちながらも、アウトローとして生きることを余儀なくされた男の孤独が浮かび上がる。
(1958日活)(監督脚本)齋藤武市(原作脚本)川内康範(撮影)高村倉太郎(美術)佐谷晃能(音楽)小杉太一郎
(出演)小林旭、浅丘ルリ子、ペギー葉山、中原早苗、高野由美、西村晃、二本柳寛、内田良平、河上信夫、武藤章生、小泉郁之助、弘松三郎、天草四郎
(78分・35mm・カラー)

【ギターを持った渡り鳥】
函館に流れ着いた風来坊が、地元のボス(金子)とその一味の悪巧みと戦う。18日という短期ロケで撮られたが、大ヒットしたことで「渡り鳥」はシリーズ化された。「マイトガイ」小林旭の黒い革ジャンにギターというスタイル、またライバル役・宍戸錠との対決もここに始まる。
(1959日活)(監督)齋藤武市(原作)小川英(脚本)山崎巖、原健太郎(撮影)髙村倉太郎(美術)坂口武玄(音楽)小杉太一郎
(出演)小林旭、浅丘ルリ子、中原早苗、渡辺美佐子、金子信雄、青山恭二、宍戸錠、白木マリ、二本柳寛、木浦佑三、鈴木三右衛門、神戸瓢介、片桐恒男、青木富夫、弘松三郎
(77分・35mm・カラー)

【拳銃無頼帖 抜き射ちの竜】
抜き射ちを得意としながらも麻薬に蝕まれていた竜(赤木)は、麻薬取引を行う組織の中国人ボスに救われ、その用心棒として銃撃戦で腕をふるうこととなる。赤木圭一郎に日活“第三の男”のイメージを定着させた傑作で、本作の成功により、これに続く3作の「拳銃無頼帖」シリーズが作られた。
(1960日活)(監督)野口博志(原作)城戸礼(脚本)山崎巌(撮影)永塚一栄(美術)大鶴泰弘(音楽)山本直純
(出演)赤木圭一郎、宍戸錠、浅丘ルリ子、香月美奈子、沢本忠雄、草薙幸二郎、菅井一郎、西村晃、二本柳寛、高品格、藤村有弘、黒田剛、長弘、天草四郎
(85分・35mm・カラー)

【海から来た流れ者】
「流れ者」シリーズの第1作。土建業者どうしが対立を見せる伊豆大島に降り立った主人公(小林)は、彼らの争いに巻き込まれる。そして悪玉組織の計画を探るべく、組織内部に潜り込むことに。宍戸錠の徹底した悪者ぶりは特に見物。
(1960日活)(監督)山崎徳次郎(原作)原健三郎(脚本)山崎巌、大川久男(撮影)姫田真佐久(美術)中村公彦(音)大森盛太郎
(出演)小林旭、葉山良二、川地民夫、浅丘ルリ子、筑波久子、二本柳寛、宍戸錠、深見泰三、木浦佑三、弘松三郎、木島一郎、渡井喜久雄、白井鋭、荒井岩衛
(82分・35mm・カラー)

【東京の暴れん坊】
コメディの要素たっぷりで人気を博した「暴れん坊」シリーズの第1作。ここでは、小林旭が元レスリング選手でパリ帰りのフランス料理の名人として登場する。彼の料理屋と彼の通う銭湯での騒ぎが、政界の大御所(小川)の手助けとともに解決されてゆく。
(1960日活)(監督)斎藤武市(原作)松浦健郎(脚本)石郷岡豪(撮影)高村倉太郎(美術)中村公彦(音楽)小杉太一郎
(出演)小林旭、浅丘ルリ子、近藤宏、小川虎之助、小園蓉子、中原早苗、相原巨典、三島雅夫、十朱久雄、藤村有弘、小沢昭一、内田良平
(79分・35mm・カラー)

【大草原の渡り鳥】
「渡り鳥」シリーズの第6作。舞台である北海道摩周湖付近の広大な自然や荒野を走る馬のシーンは、このシリーズに“西部劇らしさ”を与えることとなった。そのため、アイヌ問題に触れる内容を持ちながらも、現実離れした虚構の世界が現出する。
(1960日活)(監督)齋藤武市(原作)原健三郎(脚本)山崎巖(撮影)高村倉太郎(美術)坂口武玄(音楽)小杉太一郎
(出演)小林旭、宍戸錠、浅丘ルリ子、白木マリ、南田洋子、木浦佑三、佐々木孝丸、江木俊夫、金子信雄、弘松三郎、垂水悟郎、高田保、黒田剛
(83分・35mm・カラー)

【闘牛に賭ける男】
闘牛興行の来日を手がけることになった新聞社員(石原)が、度重なるトラブルに抗して闘牛興行にこぎつける物語を、大がかりなスペイン・ロケで描く。回想シーンが技巧的に使われたが、当時の日活社内ではそれが問題視され、一時回想シーンがタブーになったという。財閥の娘・冴子(北原)は、スペイン料理店で闘牛の招へいに失敗した新聞社の事業部員・北見 徹(石原)に会い、惹かれるものを感じた。冴子と北見は婚約したが、北見の新事業は失敗し、彼は闘牛に命を賭けるため冴子のもとを去る。北見は興行界の大立者ガリエゴを追い続け、胃を冒され、血を吐いて倒れた。ガリエゴの心も溶け北見の夢も叶う時、冴子は一人アメリカへと旅立っていった。
(1960日活)(監督脚本)舛田利雄(脚本)山田信夫(撮影)山崎善弘(美術)木村威夫、横尾嘉良(音楽)佐藤勝
(出演)北原三枝、二谷英明、石原裕次郎、エリス・モンテス、アントニオ・ベラ、マリア・カルメン、トニー・ミハリヤス、アルフォンソ・ロハス、芦田伸介、安部徹、高原駿雄、三津田健
(93分・35mm・カラー)

【俺の故郷は大西部(ウェスタン)】
裕次郎・旭・圭一郎とともに「ダイヤモンド・ライン」を形成した和田浩治の主演作で、本作の発表当時まだ16歳。その幼さを活かしてコミカルな路線で活躍、西部劇のパロディとなった本作は「日活アクションの虚構性と遊戯精神ここに極まれり」(渡辺武信)とも評された。
(1960日活)(監督)西河克己(原作)野村耕三(脚本)山崎巌(撮影)伊佐山三郎(美術)佐谷晃能(音楽)池田正義
(出演)和田浩治、清水まゆみ、東野英治郎、浜村純、杉山俊夫、殿山泰司、E・H・エリック、近藤宏、青木富夫、矢頭健男、榎木兵衛、シェーブ・ワイアット
(63分・35mm・カラー)

【紅の拳銃】
「トニー」の愛称で親しまれた赤木圭一郎の遺作。殺しの腕を見込まれ、殺し屋になった男(赤木)だが、わけあって初仕事の殺しさえ回避する。それがもとで、その殺しを依頼した麻薬組織と闘うことになる。赤木と拳銃の相性の良さが改めて確認できる作品。
(1961日活)(監督)牛原陽一(原作)田村泰次郎(脚本)松浦健郎(撮影)姫田眞佐久(美術)木村威夫(音楽)小杉太一郎
(出演)赤木圭一郎、白木マリ、笹森礼子、芦田伸介、藤村有弘、垂水悟郎、小沢栄太郎、小沢昭一、吉行和子、草薙幸二郎、深江章喜、浜村純
(86分・35mm・カラー)

【ろくでなし稼業】
初の宍戸錠主演作品。それまで主役の敵となる悪者役を演じてきた宍戸は、風来坊らしさが求められる本作の主人公も不自然なくこなしている。また、宍戸の相棒役の二谷のコミカルさも、作品全体に軽快なテンポを与え、この作品に必要不可欠なものとなっている。
(1961日活)(監督)斎藤武市(脚本)山内亮一、槙瓢兵(撮影)高村倉太郎(美術)坂口武玄(音楽)小杉太一郎
(出演)宍戸錠、二谷英明、金子信雄、小沢栄太郎、南田洋子、吉永小百合、山田禅二、沢本忠雄、弘松三郎、土方弘、待田京介、衣笠力矢
(82分・35mm・カラー)

【有難や節 あヽ有難や有難や】
ナンセンスな詞で知られる守屋浩のヒット曲をもとにしたもので、守屋やかまやつひろしが歌を披露する歌謡映画でもある。ギャグの多くもナンセンスで、作曲家の浜口庫之助が何の脈絡もなく昭和天皇そっくりの姿で登場するショットは、ファンの間でも有名。
(1961日活)(監督)西河克己(原作)野村耕三(脚本)山崎巌(撮影)岩佐一泉(美術)佐谷晃能(音楽出演)浜口庫之助
(出演)和田浩治、清水まゆみ、守屋浩、大坂志郎、森川信、吉永小百合、星ナオミ、内田良平、田中明夫、山内明、近藤宏、高品格
(67分・35mm・カラー)

【ろくでなし野郎】
数少ない二谷英明主演作品の一つ。イタリア帰りと自称する神父(二谷)は治安改善のため、できて間もない工場町にやって来るが、その町ではすでに奇妙な事件が起きていた。日本の風景をバックに黒い法衣がはためき、周囲の世界を超越したヒーロー像が浮かび上がる。
(1961日活)(監督)松尾昭典(原作)野口泰彦(脚本)星川清司(撮影)山崎善弘(美術)中村公彦(音楽)鏑木創
(出演)二谷英明、芦川いづみ、長門裕之、中原早苗、安部徹、郷鍈治、南風洋子、芦田伸介、山田禅二、初井言栄、森塚敏、市村博、宮田秀明
(77分・35mm・カラー)

【アラブの嵐】
中近東を舞台とする海外ロケ作品の一つで、エジプトの風景もまたストーリーの展開をダイナミックに演出している。その一方で、しばしば日活アクションに見られる自己探究、自己鍛錬の場として旅というテーマは、本作においても貫かれている。
祖父の遺言に従って外国行きを決意した宗方真太郎(石原)は、旅客機の中で、エジプトで行方不明になった両親を探すという、ゆり子(芦川)と知り合う。ベイルートの空港でアラブ人に鞄をすりかえられたことに気付かない真太郎はゆり子と共にカイロに向った。そこで様々な危険に襲われ、帝国主義者とナショナリストの抗争を目のあたりにし、ようやく自分が運動の渦中に捲き込まれたことを知った。
(1961日活)(監督脚本)中平康(脚本)山田信夫(撮影)山崎善弘(美術)松山崇(音楽)黛敏郎
(出演)石原裕次郎、芦川いづみ、小髙裕二、葉山良二、シャディア、三津田健、井上昭文、カマルエル・シェナウイ、ハッサン・ユーシェフ、浜田寅彦、南寿美子、山岡久乃、田中明夫、マハムド・エム・リゼーリ、伊藤寿章、浜村純
(91分・35mm・カラー)

【人間狩り】
裕次郎映画でも定評のある松尾昭典監督の作品で、アクション映画というよりは刑事物のジャンルに分類されよう。冷酷な刑事と自他ともに認めながら、時効間際の犯人の逮捕をためらう辣腕の刑事役・長門裕之の好演が光る。
(1962日活)(監督)松尾昭典(脚本)星川清司(撮影)岩佐一泉(美術)中村公彦(音楽)鏑木創
(出演)長門裕之、中原早苗、大坂志郎、渡辺美佐子、北林谷栄、菅井一郎、梅野泰靖、小沢栄太郎、髙野由美、山岡久乃、髙山秀雄、伊藤孝雄、下元勉、神山繁
(89分・35mm・白黒)

【憎いあンちくしょう】
純愛とは何かを探し求めて東京から九州までジープを飛ばす人気芸能人(石原)と、それを追ってゆくマネージャー兼恋人(浅丘)が展開するロードムービー。爽快なラブストーリーではあるが、偽りや罠でいっぱいのテレビやラジオと「真実」を伝える映画という映画優位の構図も示唆する意欲作。マスコミの人気タレント・北大作(石原)は、スケジュールに追われる日々に倦怠している。恋人兼マネージャーの典子(浅丘)との間にも、かつての情熱は感じられなくなっていた。そんな時、九州の片田舎と東京に離れて住んでいる男女の純愛を成就させるために、大作はスケジュールを放り出し九州までジープを飛ばす。典子は愛する大作の突飛な行動を正当化し、話題の焦点にしようと一芝居打つ。
(1962日活)(監督)蔵原惟繕(脚本)山田信夫(撮影)間宮義雄、岩佐一泉(美術)千葉和彦(音楽出演)黛敏郎
(出演)石原裕次郎、浅丘ルリ子、長門裕之、芦川いづみ、川地民夫、小池朝雄、草薙幸二郎、佐野浅夫、髙品格、山田禪二、浅丘恵介
(105分・35mm・カラー)

【花と竜】
日活における任侠アクションの先駆けとなった作品で、裕次郎主演作品では数少ない時代物でもある。原作は火野葦平の「花と龍」で、明治末期の九州・若松港で荷役を支配する玉井金五郎の人生を描いたものだが、本作は日活アクション特有の若者の威勢の良さやアクション・シーンが強調された。明治三十年代、大陸を相手に景気が出始めた頃、北九州の門司港へやって来た玉井金五郎(石原)は野望に燃えていた。浜尾組の仲仕となって働くようになった金五郎は次第に頭角を現していったが、いざこざを起こし、女仲仕・マン(浅丘)と共に若松の永田組に落ち着いた。そこで親分の代りに組の采配を振るうようになり、永田の引退を機に玉井組が誕生したが、対立する友田組から果し状が舞い込んだ。
(1962日活)(監督)舛田利雄(原作)火野葦平(脚本)井手雅人(撮影)山崎善弘(美術)松山崇(音楽)伊部晴美
(出演)石原裕次郎、浅丘ルリ子、岩崎加根子、白木マリ、大坂志郎、桂小金治、葉山良二、芦田伸介、垂水悟郎、髙品格、井上昭文、富田仲次郎、髙橋とよ
(109分・35mm・カラー)
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by sentence2307 | 2006-07-22 15:13 | 中平康 | Comments(94)

狂った果実

こう言っては何ですが、「ブランデー・グラス」を歌わせたら、「僕って」ちょっとすごいんです。

某クラブでは、「またか」という黙殺の賞賛を一身に浴びて、同行の仲間たちが必死になって「次の次」の曲目選びに没頭している頭越しに、ただ一人だけこちらを向いて盛んに拍手を送ってくれるカウンターのマスターだけを相手に、つい縋るように歌いかけてしまうという孤独に耐えながら、生涯独身で通した小津監督の孤独なども重ね合わせてしまう今日この頃です、なんてね。

しかし、石原裕次郎って、とにかく「日活」という(メジャーから離れた多彩な才能が結集した)不思議な空間から生み出された奇跡のような人(従来の俳優という観念からは考えられもしなかった人)なんだなあって、つくづく思います。

日活は、その後いろんな亜流の俳優を生み出そうと努力したみたいですけれども、結局「石原裕次郎」以上の人を生み出すことはできませんでした。

ひとことで言えば、彼だけが「サマになっていた」のだと思います。

それは、カラオケ好きの立場から言うと、どんなつまらない歌でも結構聞かせてしまう「あの声」に象徴されるのかもしれないなあって考えてしまいます。

「狂った果実」56は、たったの17日間で撮り上げたといわれている中平康監督の驚くべきデビュー作です。

そして、中平監督は、つねづね、「ゴダールは、オレの作品を真似した」と、ヌーヴェルバーグの登場を既に先取りしていたことを豪語していたという話は有名ですよね。

いや、姫田眞左久キャメラマンが記したものの中には、もっと辛辣にヌーヴェルバーグを嘲っていたみたいな一文を読んだ記憶があります。

しかし、この「豪語」は、あながち大ボラとは言えない確かな信憑性があるのですが、ただ、華々しいデビューに較べて、失速著しい「荒れた晩年」の中平監督の性癖に照らして、幾分そうした大風呂敷の虚言みたいな印象を持たれてしまったことは、残念ですが否定できなかったのでしょう。

中平監督にふれた誠意あふれる姫田眞左久キャメラマンのその一文にも、言下に「眉ツバ」的な論調を感じ取ってしまうのは考えすぎかもしれませんが。

しかし、「狂った果実」のスピード感あふれる才気に満ち満ちたカットつなぎにトリュフォーが驚嘆して、彼の推薦によってシネマテークに保管された日本映画の第1号になったというこの作品が、ゴダールに深刻な衝撃と、そして大きな影響を与えた可能性は、大いにあり得たことだろうなと思います。

石原慎太郎が、裕次郎との思い出を綴った「弟」の中にこんな部分があります。

1962年、日仏独伊ポーランド5カ国の若い監督たち、つまりアンジェイ・ワイダ、フランソワ・トリュフォー、レンツォ・ロッセリーニ、石原慎太郎、マルセル・オフュルスたちが競作したオムニバス作品「二十歳の恋」の打ち合わせのために、日本篇を監督する石原慎太郎がパリを訪れた際に、フランス篇と総集編を担当するフランソワ・トリュフォーとの対話のなかで、トリュフォーは、自分のヌーヴェルバーグ・タッチは、「海辺の情熱」という日本映画のストーリーの設定や展開、そして畳み掛けるようなカッテッングのタッチに強く影響されたものだと告白されました。

トリュフォーにそれ程までに強い衝撃を与えたというその「海辺の情熱」という作品に、まったく心当たりのなかった石原慎太郎が、さらに具体的に話の筋を聞いてみると、なんとそれは自分がストーリーを書き下した裕次郎の主演第1作「狂った果実」だったということが分り、その評価に、却って自分のほうが驚いたという部分です。

帰国後、さっそく裕次郎にそのことを伝えると、「そりゃそうに決まってらあな」と当然のように答えたと記されており、そして、また、ある席で中平監督に同じように伝えたところ、もはや、映画への情熱をすっかり失っていた中平監督の冷ややかな無反応な態度が、裕次郎の反応と好対照に記されている部分には、複雑な思いを禁じ得ません。

そして、その文節の締め括りに石原慎太郎は、こう記しています。

「いずれにせよ、あの映画は、偶然と奇跡に満ちた青春という、人間にとってたった一度の季節を表象していたと思う。
あの時代にしか、あのようにしかあり得なかった私たちの青春を、あの映画はほとんど完璧に代表してくれている。
同じ世代だったトリュフォーが感じ取ったものもまさにそれただったに違いない。」

そして、裕次郎の死は、「映画俳優」が僕たちにとって遥か遠い憧れの対象であり得た時代の終わった日だったのでしょうね。

現在、「映画俳優」というものが自身のカリスマ性を放棄し、単なる職業で満ち足りてしまったとき、大衆の憧れであることもまた失ってしまったのだと思います。

数年前に第二の石原裕次郎を広く一般から公募したイベントがありましたが、実のところ大真面目で現代の大衆の中から「石原裕次郎」を探しているとは、どうしても思えませんでした。現在の大衆の中など、本当はいるはずもないことなど、内心では誰もが最初から分かっていたことだと思います。

裕次郎は、「あの時代」以外のどこにも存在するはずがないのです。

(56日活)監督・中平康、製作・水の江滝子、原作脚本・石原慎太郎、撮影・峰重義、音楽・佐藤勝、武満徹、助監督・蔵原惟繕、美術・松山崇、録音・神谷正和、照明・三尾三郎、編集・辻井正則、スクリプター・木村雪恵、スチール・斎藤耕一、製作主任・桜井宏信 栗橋正敏、特殊撮影・日活特殊技術部
出演・石原裕次郎、津川雅彦、深見泰三、藤代鮎子、北原三枝、ハロルド・コンウェイ、岡田真澄、東谷暎子、木浦昭芳、島崎喜美男、加茂嘉久、紅沢葉子、渡規子、ピエール・モン、竹内洋子、原恵子、潮けい子、近藤宏、山田禅二、峰三平、石原慎太郎、宮路正義 中村美津子 明石涼子 関田裕 北茂朗 寺島哲 大美善助 北浜久 川口凡人 加藤良朗
1956.07.12 9巻 2,356m 86分 白黒
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by sentence2307 | 2006-06-25 18:29 | 中平康 | Comments(0)