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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:熊井啓( 1 )

愛する

この映画を見る前に、いろいろな人から「主演の酒井美紀は、ミスキャストだ」ということは聞かされていました。

役の解釈があまりに表面的で、幼く演じすぎているというのです。

確かにそうだったかもしれません。

しかし、その「幼さ」は、ラストで彼女が再びハンセン病療養所に舞い戻る場面に繋がっていくことを思うと、その決意の浮世離れした純粋さとか優しさとで、逆に納得させられる部分でもあるような気がしています。

むしろ、思わせ振りたっぷりに演じて、観客に「なにかあるのか」と思わせてしまうような過剰な演技が目立つ渡部篤郎の方が、ミスキャストといえばミスキャスト(あるいは、それ以前の問題)だったかもしれません。

男は、少女と出会ったその日、強い酒で酔わせておいてから連れ込み宿に誘いますが、彼女に頑なに断られると、怒ってひとり立ち去ろうとします。

しかし、男はヨロケテ道端に倒れ込む、駆け寄った少女に「大丈夫!?」と抱えられると、さも哀れそうに子供のときに小児麻痺を患って足や肩がときどき痛むのだと告白します。

少女は「可哀想」と同情して、見事「床入り」とアイなる場面です。

この作品には、こんなふうに男が哀れっぽく女の同情をかっているとしか思えないようなミエミエのセリフが随所に出てきます。

幼いときに父に死なれ、母は自分を棄ててアメリカへ去り、いままで一人ぼっちで生きてきたのだとか。

これではまるで、女を誑し込むために嘘八百を並べる結婚詐欺師の手口です。

あるいは最初のそういう気持ちが徐々に変わっていったとしても、その境目のない一本調子の渡部篤郎の過剰な演技(あるいは、大切なものを欠落させていることに気づかない無駄な自己顕示)が、底辺で生きる少年と少女の悲恋物語を嘘っぽく台無しにしてしまった元凶だと感じました。

しかし、こんなふうに書いてしまうと、幾人かの女友達から、また物凄い非難を受けてしまいそうです。

すべての作品について言えることだと思うのですが、ある作品に対して、女性が受ける印象と男性が受ける印象とでは、根本的に全然違うのかもしれないなと思うことがあります。

それは、普段ならそのようなことを意識することもないのに、ことさら意識させられてしまうタイプの映画というべきかもしれません。

まさにこの「愛する」がそういう作品だったからでしょうか。

それは、物語の焦点を絞り切れないまま自己分裂してしまった証拠でもあるのかもしれません。

大学病院でハンセン病の診断を受けた少女は、検査のために穂高近くの療養所に入ります。

検査の結果、ハンセン病でないことが判明して安心し、退院を素直に喜び、一度は恋人の住む東京に帰りかけますが、再び少女は病院に舞い戻ります。

彼女は、帰京するための「あずさ」を胸をときめかせて待ちながら、ふと同室だった女性から贈られた指輪を見つめ、彼女がその指輪に込めた思いに困惑し、自分がそれをつけていることの意味に戸惑います。

「帰る場所」と「置去りにする場所」とのあいだでの葛藤は、同時に、これから自分が「帰っていく人」と「置去りにする人々」とのあいだでの葛藤となって、彼女はホームで蹲って苦悶して、やがて療養所に帰ることを選択し決心する、このシーンのなかで語られる彼女の「決意」とは、まさに東京にいる恋人を諦める選択のうえでなされた「決意」だったのだと思います。

彼女は、棄民政策をとる国家や、未熟で傲慢なだけの医療や、国民の悪意に満ちた偏見によって公的に見棄てられ、強制的な拘束を余儀なくされ、人生を奪われた病める孤立した老人たちのために、身を挺して嬉々としてつくします。

作品中、東京にいる恋人を思い出し、彼から贈られたマフラーに顔を埋めて慟哭する場面も挿入されたりしていますが、作品の流れからすると、そのトーンはあまりに唐突すぎて(取って付けたような彼女のイマワノキワの一言なんて、最たるもの)、その部分だけ浮いて見えてしまうくらいでした。

むしろこの映画は、女性が「男」を看棄て、そして忘れ去ってしまうというシビアな映画です。

彼女が事故死したことを知った男が墓前で彼女の冥福を祈りながら、最後に語りかける「また逢いに来るからな」の一言が、いかに空しく聞こえてしまうかに、すべてが語り尽くされているでしょう。

「私が・棄てた」哀れな女の物語のはずが、いつの間にか「私が・棄てた・男」に変質してしまった映画だったのかもしれませんね。

(97日活)製作総指揮・中村雅哉、製作・山口友三、監督脚本・熊井啓、助監督・竹安正嗣、原作・遠藤周作、撮影・柳沢正夫、音楽・松村禎三、美術・木村威夫、録音・久保田幸雄、照明・島田忠昭、編集・井上治、衣装・岩崎文雄、スクリプター・小山三樹子、スチール・目黒祐司、
出演・酒井美紀、渡部篤郎、岸田今日子、小林桂樹、上條恒彦、三條美紀、松原智恵子、宍戸錠、岡田眞澄、西田健、絵沢萠子、梶原美樹
1997.10.04 114分 カラー ビスタサイズ
by sentence2307 | 2006-07-23 12:17 | 熊井啓 | Comments(0)