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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:石井輝男( 2 )

ねじ式

つげ義春の世界を描くことの困難は、ひとコマひとコマに書き込まれたイメージのひとつひとつが、作者の中で既に極限にまで突き詰められた結果としてのエロティックな妄想の、独自の完成されたショットに結実して、最早そこには確固たるものが「存在」し、その完結した世界を一連の連続した世界に繋げていく困難にあることだと思います。

漫画と映画の違いがあるにせよ、いまさらどのような説明的な映像を付け足したとしても、完成された悪夢を前にしては、おそらく限りない徒労感を伴わずには措かない作業となることは必至です。

それは、「ゲンセンカン主人」や「無能の人」を見るまでもなく、小説の映像化とは違って、この場合、作られた映画は、どこまでいっても独自の強烈な映像を持つ原作の漫画を超えられるはずがないという宿命のような限界のなかでの作業を強いられるからだと思います。

例えば、僕たちは、秀逸なシーンを「あっ、原作と同じシーンだ。」という褒め方で、どこまでいっても原作の括りのなかで、その忠実さを、またはその「崩さないでいる」ことを評価する立場から自由になり得ないからでしょうか。

内縁の妻国子との別れ話、病院、山里の飲み屋、大衆食堂、海辺、産婦人科医など作中に出てくるあの卑猥なイメージの数々は、それだけでは、力を持ち得ない妄想のただの映像化でしかありません。

妄想を生み出した背後には、どうしても馴染めないでいるウンザリするような虚妄な日常の泥沼があり、また、虚妄だと思い込まなければやり過ごせないような性格破綻者の逃れようもない厳しい現実があって、そこから生み出される絶望や憎悪、そして自嘲などによって紡ぎだされた妄想としての「卑猥」があるのだと思います。

つげ義春の漫画の映像化は、まさに、「卑猥」の根をどのあたりまで描き得るのかが、まずは問われることとなるのだろうと思います。

1996年に撮られた石井輝男監督の心惹かれる作品です。

(96)監督・プロデューサー・脚色:石井輝男、製作・井上博貴、プロデューサー・小林桂子、原作・つげ義春、撮影:角井孝博、音楽:瀬川憲一、録音:曽我薫、照明:野口素胖、特殊メイク・原口智生、選曲・薄井洋明、美術・松浦孝行、編集・神谷信武、衣装デザイン・石倉良子、金山修子、スクリプター・宮沢厚、スチール・岡本真菜子、助監督:三木秀則
出演・浅野忠信、藤谷美紀、藤森夕子、金山一彦、つぐみ、丹波哲郎 、清川虹子、藤田むつみ、青葉みか、砂塚秀夫、水木薫、杉作J太郎、三輪禮子、原マスミ、広崎哲也、神戸顕一、西川直希、アスベスト館
by sentence2307 | 2007-01-13 10:08 | 石井輝男 | Comments(0)

天城心中 天国に結ぶ恋

山口県周南市・徳山工業高等専門学校の学内で起きた殺人事件は、手配されていた同級生の男が自殺をとげて遺体で発見されたことで、この事件の不可解な部分がますます分からなくなってしまいました。

それでなくとも、ここ何ヶ月、日本では立て続けに殺人にまつわる異常な事件が次々と起こり、TVのニュースを見ているだけで、なんか遣り切れない思いで気が滅入りっぱなしになっていた時に起こったのがこの事件です。

そして、この周南市の殺人事件が、同級生の犯行によるものという可能性が高く、その容疑者を「少年法」に基づいて匿名のまま全国手配したことで、通り魔の事件ではないということがはっきりしてから、この殺人事件が「無理心中」の側面を持った事件ではないかという気がしていました。

一週間も行方知れず(当時)になっていた男が、既にどこかで自殺しているだろうという確信が僕にはありました。

そして、そのような一週間でたまたま観た映画が新東宝作品「天城心中 天国に結ぶ恋」だったのです。

周南市の事件を無理心中と連想したのは、きっとこの映画の影響があったからだと思いますが、それは一種の啓示のような実に不思議な感覚を僕に与えました。

「現実の生活をする」ことと「映画を観る」こととが、ストレス解消という意味から、このふたつが努めて互いに無縁の場所でなされ、純粋に「映画」の世界に浸り込んで現実を遮断することに意味あると固く信じ、その轍を守ってきた積りの僕にとって、こういうカタチ=「映画」が現実認識になんらかの影響を与え合うことのないよう、ずっと考え行為してきたのですが、この即製されたキワモノ映画「天城心中 天国に結ぶ恋」を見ているうちに、その禁を犯したい誘惑に駆られてきました。

この心中事件「天城心中」のことは、かつて松本清張の「昭和史発掘」のなかで読んだ記憶があったので、ネットでちょっと検索してみたのですが、どうも僕の勘違いみたいでした。

しかし、いずれで読んだにしろ、この古い心中事件のセンセーショナルな記憶と現代の周南市で起きたショッキングな事件が、不思議に呼応するものがあり、気に掛かって仕方ありませんでした。

CSの「チャンネルNECO」で石井輝男監督一周忌特集として4本ラインアップされた作品のなかから、イの一番に僕がこの作品「天城心中 天国に結ぶ恋」を選んだ理由は、その不思議な共鳴だったでしょう。

しかし、センセーショナルという意味からいうと、映画愛好家がこの作品に寄せる興味は、むしろ驚異的な製作期間の「短さ」=即製の方に関心が寄せられてきた作品でした。

この新東宝作品が公開されたのは、資料によると1958年1月26日、しかし、天城山中で二人の死体が発見されたというのが1957年12月10日ということですから、この映画が製作に要した時間の短さ=即製は、まさに「伝説」に相応しい驚異さであって、ギネス記録を検索したくなるくらいです。

旧満州国王家高官の娘と大学の男友達という身分違いの男女が、天城山中でピストル心中したというセンセーショナルな事件を、早速に題材にしてキワモノ的な作品に仕立てていく裏には、世論が沈静化する前の、まだまだ集金能力がある「題材」を温かいうちに急いで料理してしまおうという営業戦略に加えて、時間の経過によって商売物の「純粋」を汚しかねない余計な事実が表れることを恐れたこともあるかもしれません。

先入観なしにこの映画を素朴に鑑賞していけば、ここに描かれているものは、現実社会の穢れに絶望した純粋で貧しい青年(とても不自然です)に同情を寄せる深窓の令嬢が、同情から青年の自殺に付き合ったという感じに描かれています。

社会への適応能力を欠いた弱々しいこの男は、また、タチの悪い自殺願望者でもあって、死に急ぐ彼に魅入られた令嬢が、巻き添え的に死を共にしたように描かれています。

それらがすべて肉欲を超えたところでなされたのだというに至っては、とても不自然で、かえって何かが隠蔽されているに違いないと思わせるものが潜んでいます。

この作品のすべての嘘っぽさが、ある権力への遠慮を示しているというべきかもしれませんね。

いずれにしても、この映画にとって時間のかかる熟成はマイナス要因でしかなく、どうしても「即製」が必要されたのだと思います。

(58富士映画=新東宝)製作・近江俊郎、企画・柴田真造、監督・石井輝男、助監督・松井稔、脚本・館岡謙之助、撮影・杉本正二郎、音楽・米山正夫、美術・本郷久典、録音・深尾昌司、照明・守田芳彦、製作主任・曽我益也、スチール・谷誠泰、
出演・三ツ矢歌子、真山くみ子、高田稔、宮田文子、高橋伸、菊池双三郎、古川ロッパ(緑波)、山田長正、花岡菊子、水上恵子、姿まゆみ、葉山由紀子、根岸香代、畑爽、佐伯一彦、浅見比呂志、白川晶雄、西野寛、菜穂進、石崎真砂子、秋元まさみ〔クレジットなし〕

1958.01.26 5巻 1,339m 49分 白黒
by sentence2307 | 2006-09-09 14:19 | 石井輝男 | Comments(0)